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特開2022-122738ラマン分光法による皮膚内部の水のイメージング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022122738
(43)【公開日】2022-08-23
(54)【発明の名称】ラマン分光法による皮膚内部の水のイメージング方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/65 20060101AFI20220816BHJP
【FI】
G01N21/65
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021020179
(22)【出願日】2021-02-10
(71)【出願人】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】大江 麻里子
(72)【発明者】
【氏名】新妻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】加納 英明
(72)【発明者】
【氏名】服部 利明
(72)【発明者】
【氏名】金田 大輝
【テーマコード(参考)】
2G043
【Fターム(参考)】
2G043AA03
2G043BA16
2G043EA03
2G043FA01
2G043HA01
2G043HA02
2G043HA09
2G043JA01
(57)【要約】
【課題】ラマン分光法により、肌状態の変化を鋭敏に反映する皮膚内部の水の分布を、より高鮮明にイメージングすることを目的とする。
【解決手段】水のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行い、フィット後の水のスペクトルを取得し、
タンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行い、フィット後のタンパク質のスペクトルを取得し、
フィット後の水及びタンパク質のスペクトルについて、ベースラインに対するスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を計算し、
水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を計算し、画像化することにより、高鮮明にイメージングが可能になる。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラマン散乱分光法による皮膚内部の水のイメージング方法であって、
各測定点について、皮膚試料からのラマン散乱スペクトルを取得し
水のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行い、ベースラインに対するガウスフィット後の水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を取得し:
タンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行い、ベースラインに対するガウスフィット後のタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を取得し;
水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を算出し;
各測定点における比に基づいて、画像化する
を含む、前記方法。
【請求項2】
前記皮膚が、角層である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記タンパク質のラマン散乱光が、タンパク質のアミドIのラマン散乱光である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記タンパク質のアミドIのラマン散乱光に対応するバンド領域が、1550~1750ラマンシフト/cm-1の領域である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記タンパク質のラマン散乱光が、ケラチンタンパク質のフェニルのラマン散乱光である、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
前記ケラチンタンパク質のフェニルのラマン散乱光に対応するバンド領域が、990~1060cm-1ラマンシフト/cm-1の領域である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記タンパク質のラマン散乱光が、タンパク質のCH3基のラマン散乱光である、請求項2に記載の方法。
【請求項8】
前記タンパク質のCH3基のラマン散乱光に対応するバンド領域が、2800~3000cm-1ラマンシフト/cm-1の領域である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
水のラマン散乱光が、水のOHのラマン散乱光である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記水のOHの散乱光に対応するバンド領域が、3000~3900ラマンシフト/cm-1の領域である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
ラマンイメージング装置において、皮膚内部の水のイメージングさせるプログラムであって
以下の指令:
入力部から入力されたスペクトルデータに対し、処理部に水のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行わせて、フィット後の水のスペクトルを取得し、
入力部から入力されたスペクトルデータに対し、処理部にタンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行わせて、フィット後のタンパク質のスペクトルを取得し、
フィット後の水及びタンパク質のスペクトルについて、処理部にベースラインに対するスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を計算させ、
水及びタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値について、処理部に水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を算出させ、
記憶部に記憶された測定位置情報と、前記比から、処理部に画像を生成させ、
出力部に前記画像を出力させる
指令を含む、前記プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラマン分光顕微鏡を用いて皮膚試料における水をイメージングする方法の技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
分光法を利用して試料中の水をイメージングする試みは数多くなされてきた。細胞試料などにおいて、深さ方向でのイメージングを行うには、共焦点光学系を導入することが一般的であるが、水のイメージングに用いられる近赤外分光法では共焦点光学系は利用できず、ミクロな細胞レベルでの水分布の深さ方向でのイメージングは困難であった。近年の分光技術の進化により、走査型のラマン散乱分光装置による生体組織の分光イメージング装置が開発され、深さ方向への水分布を評価することが可能になってきている。しかしながら、測定に要する時間がかかるため、短時間で変化する水をイメージングすることは依然困難であり、また観察対象の水が細胞のタンパクや脂質の構造のどこに存在するのか、という生命現象の解明につながるまでの精度での観察は困難であった。
【0003】
近年開発された非線形ラマン分光装置では、非線形光学過程を利用することで、測定スピード及び精度が大幅に向上してきており、生体試料での水分布の測定が可能になってきている。水分布の測定の際に、各測定点における特定領域のラマン分光スペクトルのピーク強度に基づく画像化手法が開発されてきている(非特許文献1及び非特許文献2)。非特許文献1では、各測定点におけるタンパク質:2950cm-1、脂質:2850cm-1、水:3340cm-1のラマン分光スペクトル強度に基づき画像化されており、非特許文献2では各測定点における脂質:2845cm-1、水:3295cm-1のラマンスペクトル強度に基づき画像化されている。
【0004】
一方、ラマン分光装置による生体組織の分析法として、タンパク質のスペクトル及び水のスペクトルをその積分値から定量化する手法が知られている(非特許文献3及び非特許文献4)。これらの文献では、CH3伸縮振動にかかるスペクトルのバンド領域の積算値と、水のOH伸縮振動にかかるスペクトルのバンド領域の積算値を測定し、測定点におけるタンパク質あたりの水分量を測定する方法が開示されている。かかる手法では、測定点でのタンパク質当たりの水分量は測定できているものの、画像化についてはいまだ行われていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Biomed. Opt., 19(11), 111604 (2014)
【非特許文献2】Laser Phys. Lett., 8(6), 465 (2011)
【非特許文献3】J. Raman Spectrosc., 31, 813 (2000)
【非特許文献4】J. Invest. Dermatol., 116, 434 (2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らが、皮膚試料において水分布をイメージングすることを目的として、皮膚試料から得たラマン分光スペクトルにおいて、水由来のピーク強度に基づいて画像化を行ったところ、ノイズが多くなり鮮明な画像が得られないという課題を見出した。そこで、本発明は、肌状態の変化を鋭敏に反映する皮膚内部の水の分布を、より高鮮明にイメージングすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らが、皮膚における水分量分布をより高鮮明にイメージングすることについて、鋭意研究を行った結果、水由来のバンド領域及びタンパク質由来のバンド領域のスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行った上で、ベースラインに対するガウスフィット後のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を取得し、タンパク質由来のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値に対する、水由来のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値の比として算出して画像化することにより、より高鮮明に水分量分布を測定することが可能になり本発明に至った。
そこで、本発明は下記に関する:
[1] ラマン分光法による皮膚内部の水のイメージング方法であって、
各測定点について、皮膚試料からのラマン散乱スペクトルを取得し
水のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行い、ベースラインに対するガウスフィット後の水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を取得し:
タンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行って、ベースラインに対するガウスフィット後のタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を取得し;
水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を算出し;
各測定点における比に基づいて、画像化する
を含む、前記方法。
[2] 前記皮膚が、角層である、項目1に記載の方法。
[3] 前記タンパク質のラマン散乱光が、タンパク質のアミドIのラマン散乱光である、項目2に記載の方法。
[4] 前記タンパク質のアミドIのラマン散乱光に対応するバンド領域が、1550~1750ラマンシフト/cm-1の領域である、項目3に記載の方法。
[5] 前記タンパク質のラマン散乱光が、ケラチンタンパク質のフェニルのラマン散乱光である、項目2に記載の方法。
[6] 前記ケラチンタンパク質のフェニルのラマン散乱光に対応するバンド領域が、990~1060cm-1ラマンシフト/cm-1の領域である、項目5に記載の方法。
[7] 前記タンパク質のラマン散乱光が、タンパク質のCH3基のラマン散乱光である、項目2に記載の方法。
[8] 前記タンパク質のCH3基のラマン散乱光に対応するバンド領域が、2800~3000cm-1ラマンシフト/cm-1の領域である、項目7に記載の方法。
[9] 水のラマン散乱光が、水のOHのラマン散乱光である、項目1~8のいずれか一項に記載の方法。
[10] 前記水のラマン散乱光に対応するバンド領域が、3000~3900ラマンシフト/cm-1の領域である、項目9に記載の方法。
[11] ラマンイメージング装置において、皮膚内部の水のイメージングを行わせるプログラムであって
以下の指令:
入力部から入力されたスペクトルデータに対し、処理部に水のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行わせて、フィット後の水のスペクトルを取得し、
入力部から入力されたスペクトルデータに対し、処理部にタンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行わせて、フィット後のタンパク質のスペクトルを取得し、
フィット後の水及びタンパク質のスペクトルについて、処理部にベースラインに対するガウスフィット後のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を計算させ、
水及びタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値について、処理部に水のスペクトルの積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を算出させ、
記憶部に記憶された測定位置情報と、前記比から、処理部に画像を生成させ、
出力部に前記画像を出力させる
指令を含む、前記プログラム。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、皮膚内部、特に角層における水分布をより高鮮明にイメージング可能になった。本発明の方法で取得された画像では、ノイズが低減される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1Aは、皮膚試料の一領域におけるラマンスペクトルを表す(薄線)。水のOH基由来のバンド(3000~3900cm-1)、及びタンパク質のCH3基由来のバンド(2800~3000cm-1)及びアミドI由来のバンド(1550~1750cm-1)が存在することを示しており、水のOH基由来のバンド領域及びアミドI由来のバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットを適用したスペクトルを濃線で示す。図1Bは、図1Aのスペクトルのうち、アミドIのピーク周辺を拡大して示しており、アミドIのバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットを適用したスペクトルを示す(濃線)。図1Cは、図1Aのスペクトルのうち、水のOH基由来のピーク周辺を拡大して示しており、水のOH基由来のバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットを適用したスペクトルを示す(濃線)。
図2図2Aは、従来技術を用い、各測定点において、水のOH基由来の3350cm-1から3550cm-1でのスペクトル強度の積算値及びCH3基由来の2910cm-1から2965cm-1でのスペクトル強度の積算値に対する水のOH基由来のスペクトル強度の積算値の比を求め、画像化して得た画像を示す。図2Bは、各測定点において、水のOH基由来のバンド領域に含まれるスペクトルに対しガウスフィットを行い得たスペクトルのガウス関数の振幅値、及びCH3基由来のバンド領域に含まれるスペクトルに対しガウスフィットを行い得たスペクトルのガウス関数の振幅値に対する水のOH基由来のバンド領域に含まれるスペクトルに対しガウスフィットを行い得たスペクトルのガウス関数の振幅値の比を求め、画像化して得た画像を示す。
図3図3は、図2Bで得られた画像について、画像から1次元のラインにおける輝度値を移動平均し、そのプロファイルと元のプロファイルとの差分の標準偏差をノイズとして評価した結果をグラフ化した図である。
図4図4は、ラマンイメージングシステムの装置構成を示す図である。
図5図5は、ラマンイメージングシステムのイメージング装置の装置構成を示す図である。
図6図6はラマンイメージングシステムのイメージング装置における処理のフローを表す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に係るイメージング方法は、皮膚試料、特に表皮の角層試料において水をイメージングする。水のイメージングにあたり、以下の工程:
皮膚からのラマン散乱スペクトルを取得し;
水のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行い、ベースラインに対するガウスフィット後の水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を取得し:
タンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行って、ベースラインに対するガウスフィット後のタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を取得し;
水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を算出し;
前記比に基づいて画像化する
を含む。
【0011】
ガウスフィットは、フィッティングを適用するバンド領域に含まれるスペクトルについて、ピークトップ及びピーク領域の端部を決定して、ピークトップ及び端部に合わせてフィッティングをかけることができる。ガウスフィットは、ガウス関数に基づいて行うことができる。ガウスフィッティングは、スペクトル解析用のアプリケーションに備え付けられているガウス関数を用いて適宜行うことができる。ガウスフィットは、手動で行われてもよいし、ピークの形状を自動認識して行われてもよい。ガウスフィット後のスペクトルは、ガウス関数で表され、かかるスペクトルのガウス関数について、ベースラインからの振幅値あるいは積算値が計算される。振幅値とは、ベースラインからピークトップまでの値を指し、積算値はベースラインからのスペクトル曲線下面積を指す。
【0012】
本発明においてラマン散乱光は、自発ラマン散乱顕微鏡、コヒーレント反ストークスラマン散乱顕微鏡(CARS)及び誘導ラマン散乱顕微鏡(SRS)のいずれで測定されてもよい。皮膚試料を観察する観点から、コヒーレント反ストークスラマン散乱顕微鏡(CARS)を用いることが好ましい。
【0013】
水のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルとは、水分子のOH伸縮振動に係るバンド領域に含まれるスペクトルを指し、単に水のスペクトル又は水のピークともいうこともある。水のスペクトルは、一例として3000~3900cm-1のバンド領域に含まれるスペクトルを指す。水のラマン散乱光に対応する領域のスペクトルは、上述の範囲から、スペクトル形状を考慮し、任意の範囲を選択することができる。一例として、ガウス関数の半値全幅の観点から、水のラマン散乱光に対応するバンド領域の下限として、3070cm-1から3090cm-1の任意の数値、例えば3070cm-1、3080cm-1、3090cm-1等を使用することができる。ガウス関数の半値全幅の観点から、水のラマン散乱光に対応するバンド領域の上限として、3660cm-1から3680cm-1の任意の数値、例えば3660cm-1、3670cm-1、3680cm-1等を使用することができる。かかる領域のスペクトルにガウスフィットを行い、ガウスフィット後のスペクトル又はピークについてベース領域に対するガウス関数の振幅値あるいは積算値を求める。
【0014】
タンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルとは、皮膚試料に主に含まれるタンパク質が有する基に係るバンド領域に含まれるスペクトルを指し、単にタンパク質のスペクトル又はタンパク質のピークということもある。より具体的にタンパク質のアミドI、フェニル、CH3の伸縮振動に係るバンド領域に含まれるスペクトルを指す。バンド領域は、予め決定されていてもよいし、スペクトルの所定のピークを特定し、ピークを含む領域として都度領域を決定してもよい。かかるバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットを行い、ガウスフィット後のスペクトル又はピークについてベース領域に対するガウス関数の振幅値あるいは積算値を求める。
【0015】
アミドIのラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルは、一例として、1550~1750cm-1のバンド領域に含まれるスペクトルを指す。上述の範囲から、スペクトル形状を考慮し、任意の範囲を選択することができる。一例として、ガウス関数の半値全幅の観点から、アミドIのラマン散乱光に対応するバンド領域の下限として、1600cm-1から1610cm-1の任意の数値、例えば1600cm-1、1605cm-1、1610cm-1等を使用することができる。ガウス関数の半値全幅の観点から、アミドIのラマン散乱光に対応するバンド領域の上限として、1690cm-1から1700cm-1の任意の数値、例えば1690cm-1、1695cm-1、1700cm-1等を使用することができる。本願において、アミドIのスペクトルは、角層試料においてケラチンタンパク質由来であると考えられる。
【0016】
CH3伸縮振動のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルは、一例として、2800~3000cm-1のバンド領域に含まれるスペクトルを指す。上述の範囲から、スペクトル形状を考慮し、任意の範囲を選択することができる。一例として、ガウス関数の半値全幅の観点から、CH3の伸縮振動のラマン散乱光に対応するバンド領域の下限として、2870cm-1から2890cm-1の任意の数値、例えば2870cm-1、2880cm-1、2890cm-1等を使用することができる。ガウス関数の半値全幅の観点から、CH3伸縮振動のラマン散乱光に対応するバンド領域の上限として、2970cm-1から2990cm-1の任意の数値、例えば2970cm-1、2980cm-1、2990cm-1等を使用することができる。
【0017】
フェニルの伸縮振動のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルは、一例として、990~1060cm-1のバンド領域に含まれるスペクトルを指すのスペクトルを指す。上述の範囲から、スペクトル形状を考慮し、任意の範囲を選択することができる。一例として、ガウス関数の半値全幅の観点から、フェニルのラマン散乱光に対応するバンド領域の下限として、998cm-1から1000cm-1の任意の数値、例えば998cm-1、1000cm-1等を使用することができる。ガウス関数の半値全幅の観点から、フェニルのラマン散乱光に対応するバンド領域の上限として、1014cm-1から1016cm-1の任意の数値、例えば1014cm-1、1016m-1等を使用することができる。
【0018】
測定点におけるガウスフィット後の水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とガウスフィット後のタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を算出し、各測定点における比を画像化することで、タンパク質に対する水の存在を画像化することができる。ガウスフィットを、水のスペクトル及びタンパク質のスペクトルに予め適用して画像化すること、また水スペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値のみでなく、タンパク質スペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値あたりの水スペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を求めることで、ノイズが低減され、より鮮明な画像を取得することができる。水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を用いることは、タンパク質補正ともいうことができる。したがって、水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を用いた水のイメージング方法は、タンパク補正後の水のイメージング方法ともいうことができる。図3に示したように、信号対ノイズ比は従来法の方が小さく、ガウスフィットを行った解析の方が大きい結果となった。ノイズが低減され、より鮮明な画像を取得することができる要因として、理論に限定されることを意図するものではないが、水のOH基に対応するスペクトルが、単一ピークにより表されず、比較的広い領域がスペクトル領域となることによると考えられる。このような場合に、ピーク強度や、所定のラマンシフト位置での強度を測定すると、誤差が大きくなり、ノイズが大きくなるものと考えられる。
【0019】
ラマンイメージングシステム200について、図4を参照して簡潔に説明する。ラマンイメージングシステム200は、試料に光を照射し、試料からのラマン散乱光を測定するラマン測定装置101と、測定されたラマン散乱光のスペクトルに応じて画像化をするイメージング装置100とから構成される。ラマンイメージングシステム200を、単にラマン分光顕微鏡装置、ラマンイメージング装置ということもできる。
【0020】
ラマン測定装置は、光学系として、励起光を照射する光源11と、光源11から照射された励起光のうち所定波長成分を透過させる第一バンドバスフィルタB11と、励起光を試料Sへと反射するミラー12と、ミラー12と試料Sとの間に設けられたレンズ13を含む照射系と、対物レンズ13’と、測定光のレイリー散乱成分をカットするレイリーカットフィルタ14と、レイリーカットフィルタ14を通過した後の測定光を集光する集光レンズ15と、レンズの焦点に設けられたスリット16と、スリット16を通過した測定光を分光するグレーティング17と、グレーティング17で分光された測定光を検出する2次元CCD等のマルチチャンネル検出器である光検出器18を含む検出系とを含む。光検出器によりラマンスペクトルを生成する。ミラー12として、ハーフミラーを用いることで、レンズ13と対物レンズ13を共通化することもできる。またさらに対物レンズ13後方にハーフミラーを用いることで、検出系を複数設けることができる。
【0021】
ラマン測定装置は、レンズ13と対物レンズ13’の間に位置を変更可能なステージ19を備える。ステージ19上に試料が載置され、励起光が試料上において照射される。レンズ13と対物レンズ13’の焦点に励起光が集められ、試料上の測定点となる。ステージ19の位置(XY平面の位置)を変更することで試料における励起光が走査されて、試料の各測定点で発生する測定光の強度が光検出器18で検出される。ステージ19の位置(XY平面の位置)を変更する代わりに、ライン照射システムを用いて、列ごとに走査する構成としてもよい。また、ステージ19のZ軸方向を調節することができる。ステージ19の位置の調節は、イメージング装置100により制御され、位置情報として記憶される。イメージング装置100は、位置情報と測定されたラマン強度とに基づいて画像化を行う。
【0022】
イメージング装置100は、記憶部、処理部、入力部、出力部を備えたいわゆるコンピュータによってその機能が実現されるものである。ラマン測定装置101により測定された各測定点におけるスペクトルのデータが入力部から入力される。イメージング装置100は、ステージ19の位置を制御しており、各測定点の位置データを記憶する。別の態様では、各測定点の位置データは別途入力部から入力されてもよい。入力されたデータは記憶部に記憶され、処理部において処理される。処理部では、スペクトルの処理及び画像処理が行われる。処理されたスペクトル及び/又は画像は記憶部に記憶され、そして出力部を介して出力される。
【0023】
処理部でのスペクトル処理としては、以下の:
ラマン散乱スペクトルにおいて、水のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行って、フィット後の水のスペクトルを取得し、
ラマン散乱スペクトルにおいて、タンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行い、フィット後のタンパク質のスペクトルを取得する
が行われる。フィット後の水及びタンパク質のスペクトルについて、さらに以下の:
ベースラインに対するスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を計算する
が行われる。さらに、以下の:
水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を算出し;
が行われうる。
ガウス関数の振幅値あるいは積算値の計算前に、水のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトル及びタンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルを決定する工程が含まれてもよい。これらの決定は、手動で決定されてもよいし、スペクトルのピーク及び端部から自動で決定されてもよい。また、水のラマン散乱光に対応するバンド領域及びタンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域は予め決定されていて、記憶部に記憶されていてもよい。
【0024】
処理部での画像処理としては、処理部において計算された水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比と、測定点の位置情報に基づき画像を生成する処理をいう。画像は、2次元画像であってもよいし、3次元画像であってもよい。
【0025】
本発明の別の態様では、上述の処理をラマンイメージングシステム200又はイメージング装置100に行わせるプログラムに関していてもよい。かかるプログラムは以下の指令:
入力部から入力されたスペクトルデータに対し、処理部に水のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行わせて、フィット後の水のスペクトルを取得し、
入力部から入力されたスペクトルデータに対し、処理部にタンパク質のラマン散乱光に対応するバンド領域に含まれるスペクトルにガウスフィットによるフィルタリングを行わせて、フィット後のタンパク質のスペクトルを取得し、
フィット後の水及びタンパク質のスペクトルについて、処理部にベースラインに対するスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値を計算させ、
水及びタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値について、処理部に水のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値とタンパク質のスペクトルのガウス関数の振幅値あるいは積算値との比を算出させ、
入力部から入力された又は記憶部に記憶された測定位置情報と、前記比から処理部に画像を生成させ、
出力部に前記画像を出力させる
指令を含む。
さらにかかるプログラムは、各処理の後に生成した情報、例えばスペクトルデータ、フィット後のスペクトル、振幅値あるいは積算値、比、及び画像をそれぞれ記憶部に記憶させる指令をさらに含んでもよい。ベースラインは、定法に基づき設定される。具体的に、スペクトル全体又は所定のスペクトル領域の周辺部を考慮して決定することができる。
【0026】
記憶部は、RAM、ROM、フラッシュメモリ等のメモリ装置、ハードディスクドライブ等の固定ディスク装置、又はフレキシブルディスク、光ディスク等の可搬用の記憶装置などを有する。記憶部は、入力部から入力されたデータ及び指示、処理部で行った演算処理結果等の他、コンピュータの各種処理に用いられるプログラム、データベースなどを記憶する。さらに、本発明において記憶部は、ガウスフィットのための関数及びアプリケーションを記憶する。コンピュータプログラムは、例えばCD-ROM、DVD-ROM等のコンピュータ読み取り可能な記録媒体や、インターネットを介してインストールされてもよい。コンピュータプログラムは、公知のセットアッププログラム等を用いて記憶部にインストールされる。
【0027】
入力部は、インターフェイスを含む。インターフェイスは、例えば、キーボード、マウス等の操作部、LANやポート等の通信部、CD-ROM、DVD-ROM、BD-ROM、メモリースティックなどの外部記憶装置に接続されていてもよい。入力部からは、ラマン測定装置で取得されたデータ、例えばスペクトルデータや測定位置情報が入力される。水及びタンパク質のラマン散乱光に対応する領域のスペクトルについては、操作部を介して、領域を設定することにより決定されてもよい。さらに、操作部を介して、入力部から処理部における処理の指示を与えることができる。
【0028】
処理部は、記憶部に記憶しているプログラムに従って各種の演算処理を実行する。演算処理は処理部に含まれる中央演算処理装置(CPU)によりおこなわれる。このCPUは、入力部、記憶部、及び出力部、並びにラマン測定装置を制御する機能モジュールを含み、各種の制御を行うことができる。これらの各部は、それぞれ独立した集積回路、マイクロプロセッサ、ファームウェアなどで構成されてもよい。処理部の各処理の後に生成した情報、例えばスペクトルデータ、フィット後のスペクトル、振幅値あるいは積算値、比、及び画像についての情報は、一旦、記憶部に記憶されてもよいし、そのまま次の処理に用いられてもよい。
【0029】
出力部は、処理部で演算処理を行って生成された画像やスペクトルを出力するように構成さる。出力部は、演算処理の結果を直接表示する液晶ディスプレイ等の表示装置、プリンタ等の出力手段であってもよいし、外部記憶装置への出力又はネットワークを介して出力するためのインターフェイス部であってもよい。また、ラマン測定装置を制御する指令を出力する。
【0030】
本発明のラマンイメージングシステム200は、サーバーを構成し、入力部及び出力部は、それぞれインターフェイス部を介して、ネットワークに接続されてもよい。
【0031】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0032】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例0033】
(1)皮膚試料の調製
ヒト皮膚試料は、フランスの法律および倫理規定に則り、美容外科手術時の廃棄予定部位を、Biopredic International社(Rennes, France)から購入し用いた。皮膚試料の皮膚全層に酵素処理を行うことにより、角層をシート状に抽出し角層試料とした。角層試料を冷凍し、冷凍した状態で輸送し、自然解凍して用いた。
【0034】
(2)皮膚試料からのラマンスペクトルの取得
測定には、オリジナルのCARS顕微鏡を用いた。光源にはカスタムメイドの白色レーザー光源(OPERA HP, Leukos, Limoges, France)を用いた。2本のレーザー出力のうち、ω1は中心波長1064nm、パルス幅50ps、繰り返し周波数1MHzである。ω2はω1をPCF(photonic crystal fiber)に導入することで得られたSC(supercontinuum)光である。サンプルには凍結角層シートを用いた。メスで6mm四方程度に整形し、スライドガラスとカバーガラスで挟み、マニキュアで封印することでプレパラートにした。測定範囲は100x100μm2領域であり、縦横共に101ピクセル数とし、1μmピッチでデータを取得した。露光時間は10ms、測定時間が4分程度である。レーザーパワーは、ω1が150mW、ω2が120mWであった。
【0035】
(3)ガウスフィットによるフィルタリング
取得したスペクトルにおいて水のOHの散乱光に対応するバンド領域:3000~3900ラマンシフト/cm-1に含まれるスペクトル、並びにCH3基のラマン散乱光に対応するバンド領域:2800~3000ラマンシフト/cm-1の領域に含まれるスペクトルを特定した。これらのスペクトルに対し、Igor Pro 6.22(Wavemetrics, Portland, OR, 米国)を用いて、ベースラインに対するガウス関数によるフィッティングを行い、ガウス関数の振幅値を算出した。OH基由来のバンド領域に含まれるスペクトルに対しガウスフィットを行い得たガウス関数の振幅値を、位置情報に基づいて画像化した(図2B左)。次に、CH3基由来のバンド領域に含まれるスペクトルに対しガウスフィットを行い得たガウス関数の振幅値に対する水のOH基由来のバンド領域に含まれるスペクトルに対しガウスフィットを行い得たガウス関数の振幅値の比を求め、位置情報に基づき画像化した(図2B右)。対照として、水のOH基について3350cm-1から3550cm-1でのスペクトル強度の積算値と位置情報に基づき画像化し(図2A左)、さらにCH基について2910cm-1から2965cm-1でのスペクトル強度の積算値に対する水のOH基について3350cm-1から3550cm-1でのスペクトル強度の積算値の比を求め、位置情報に基づき画像化した(図2A右)。図2A及びBの画像について、画像から1次元のラインにおける輝度値を移動平均し、そのプロファイルと元のプロファイルとの差分の標準偏差をノイズとして評価した結果をグラフ化した(図3)。
【符号の説明】
【0036】
200 ラマンイメージングシステム
100 ラマンイメージング装置
101 ラマン測定装置
11 光源
12 ミラー
13 レンズ
13’ 対物レンズ
14 レイリーカットフィルタ
15 集光レンズ
16 スリット
17 グレーティング
18 光検出器
19 ステージ
21 記憶部
22 入力部
23 処理部
24 出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6