(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022012314
(43)【公開日】2022-01-17
(54)【発明の名称】細胞回収装置
(51)【国際特許分類】
C12M 1/34 20060101AFI20220107BHJP
【FI】
C12M1/34 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020114086
(22)【出願日】2020-07-01
(71)【出願人】
【識別番号】302015926
【氏名又は名称】ネッパジーン株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】714006956
【氏名又は名称】株式会社エターナス
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】青木 大一郎
(72)【発明者】
【氏名】長棟 輝行
(72)【発明者】
【氏名】大木 理恵子
(72)【発明者】
【氏名】平家 勇司
(72)【発明者】
【氏名】山平 真也
(72)【発明者】
【氏名】山口 哲志
(72)【発明者】
【氏名】野口 正生
(72)【発明者】
【氏名】栗原 欣也
(72)【発明者】
【氏名】渥美 優介
(72)【発明者】
【氏名】中本 和希
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 孝尚
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029BB11
4B029CC01
4B029CC02
4B029FA01
4B029GA03
4B029GB06
(57)【要約】
【課題】レボルバーを回転することなく、異なる拡大倍率の顕微鏡画像をワンタッチで切り替えて見ることが可能な細胞回収装置を提供すること。
【解決手段】細胞回収装置は、透明な容器に収容された細胞を拡大して観察する光学系を具備する細胞回収装置である。光学系は、細胞を、細胞の上方から観察する第1の光学系と、細胞の下方から観察する第2の光学系とを具備する。第1の光学系と第2の光学系は、拡大倍率が異なっており、かつ、第1の光学系と第2の光学系の光軸が一致している。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明な容器に収容された細胞を拡大して観察する光学系を具備する細胞回収装置であって、前記光学系は、前記細胞を、該細胞の上方から観察する第1の光学系と、該細胞の下方から観察する第2の光学系とを具備し、前記第1の光学系と前記第2の光学系は、拡大倍率が異なっており、かつ、前記第1の光学系と前記第2の光学系の光軸が一致している、細胞回収装置。
【請求項2】
前記第1の光学系の拡大倍率が、前記第2の光学系の拡大倍率よりも低い、請求項1記載の細胞回収装置。
【請求項3】
前記第1の光学系の拡大倍率が4倍~10倍であり、前記第2の光学系の拡大倍率が20倍~40倍である、請求項2記載の細胞回収装置。
【請求項4】
前記第1の光学系が第1の光源を具備し、前記第2の光学系が第2の光源を具備し、前記第1の光源により前記第1の光学系及び前記第2の光学系による観察が可能であり、前記第2の光源により前記第2の光学系及び前記第1の光学系による観察が可能である、請求項1~3のいずれか1項に記載の細胞回収装置。
【請求項5】
前記第1の光源と前記第2の光源の種類が異なる、請求項4記載の細胞回収装置。
【請求項6】
電気浸透流ポンプを具備する細胞吸引手段を具備し、該細胞吸引手段は、前記電気浸透流ポンプの先端側に細胞を吸引するキャピラリーを具備し、前記電気浸透流ポンプの基端側に、前記細胞の培養液に連通するサイフォンチューブを具備する、請求項1~5のいずれか1項に記載の細胞回収装置。
【請求項7】
前記細胞を収容する前記容器を載置する二次元ステージを具備し、前記第1の光学系及び前記細胞吸引手段を駆動する第1の駆動系と、前記二次元ステージを駆動する第2の駆動系を具備し、前記第1の駆動系と前記第2の駆動系は互いに独立しており、かつ、前記第1の駆動系の分解能が、前記第2の駆動系の分解能よりも小さい、請求項6記載の細胞回収装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に生命科学研究の目的で使用される細胞回収装置に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代シーケンス技術の出現により細胞の様々な情報が解析できるようになった結果、従来の概念とは異なり、一細胞から増殖した細胞集団は、同一細胞でも形質は経時的に細胞間で大きくバラつくことが分かってきた。例えば、同じがん細胞種でありながら、ある濃度の抗がん剤が効く細胞と効かない細胞が存在する。したがって、個々の細胞レベルで解析を行わなければ抗体医薬開発、再生医療分野、糖尿病、アレルギー、アルツハイマーなどの病気の解明を効率的に行うことは不可能であり、一細胞解析技術が必要不可欠になってきているのが現状である。
【0003】
このような生命科学研究の変化に伴い、一細胞を分離する装置(以下、「細胞単離装置」と呼ぶ。)もさまざまなものが出てきており、大きな傾向としては手動操作型で単位時間あたりの細胞処理数は低いローエンド製品と、自動処理型で単位時間あたりの細胞処理数が高いハイエンド製品とに分類することができる。しかし、その大半は後者の製品が占めている。
【0004】
ハイエンド製品の特徴としては、以下の特許文献の例に示すように、目的の細胞を画像で自動検出することに重点を置いているもの、目的の細胞の回収を容易かつ確実に行うために細胞容器の工夫に重点を置いているものなどがある。これにより、細胞の蛍光シグナル等に基づいて、ほぼ全自動で短時間内に数千個といった規模の細胞を単離することが可能になっている。
【0005】
一方、ローエンド製品の特徴としては、使用者が細胞の顕微鏡画像を直接目視で確認するためのディスプレイと、手動で目的の細胞を探すための位置調整手段と、目的細胞を物理的に吸引するための微小なガラス管とが組み合わされている構成が基本となっている。短時間に大量の細胞を単離することはできないが、使用者が細胞を確認しながら単離することができるのが利点である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2016-000007号公報
【特許文献2】特開2017-108738号公報
【特許文献3】特開2014-132897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記したハイエンド製品では、短時間で多数の細胞を回収することができるが、回収された細胞が、意図した細胞であるとの保証がない。ローエンド製品では、顕微鏡画像を見ながらユーザーが確認して単離を行うため、ユーザーが目的とする細胞を単離できる割合は高くなる。しかしながら、目的細胞であるか否かを判断するために必要な倍率で観察を行うには、レンズの倍率を20倍程度まで高める必要がある一方、細胞を探索するためには低倍率で視野を広くする必要があることから、レンズ倍率を頻繁に変更しなければならない手間がある。さらに、顕微鏡のレボルバーを回転して拡大倍率を低倍率から高倍率に変更した場合、視野が多少ずれてしまうので、低倍率での観察で見つけた細胞を、高倍率で再び探さなければならなくなることも少なくない。
【0008】
本発明の目的は、レボルバーを回転することなく、異なる拡大倍率の顕微鏡画像をワンタッチで切り替えて見ることが可能な細胞回収装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、観察する細胞を透明容器に収容すると共に、細胞の上方から観察する光学系と、細胞の下方から観察する光学系を設け、これらの両光学系の拡大倍率を異なるように設定しておき、かつ、これらの両光学系の光軸を一致させることにより、異なる拡大倍率の顕微鏡画像をワンタッチで切り替えて見ることを可能にできることに想到し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1) 透明な容器に収容された細胞を拡大して観察する光学系を具備する細胞回収装置であって、前記光学系は、前記細胞を、該細胞の上方から観察する第1の光学系と、該細胞の下方から観察する第2の光学系とを具備し、前記第1の光学系と前記第2の光学系は、拡大倍率が異なっており、かつ、前記第1の光学系と前記第2の光学系の光軸が一致している、細胞回収装置。
(2) 前記第1の光学系の拡大倍率が、前記第2の光学系の拡大倍率よりも低い、(1)記載の細胞回収装置。
(3) 前記第1の光学系の拡大倍率が4倍~10倍であり、前記第2の光学系の拡大倍率が20倍~40倍である、(2)記載の細胞回収装置。
(4) 前記第1の光学系が第1の光源を具備し、前記第2の光学系が第2の光源を具備し、前記第1の光源により前記第1の光学系及び前記第2の光学系による観察が可能であり、前記第2の光源により前記第2の光学系及び前記第1の光学系による観察が可能である、(1)~(3)のいずれか1項に記載の細胞回収装置。
(5) 前記第1の光源と前記第2の光源の種類が異なる、(4)記載の細胞回収装置。
(6) 電気浸透流ポンプを具備する細胞吸引手段を具備し、該細胞吸引手段は、前記電気浸透流ポンプの先端側に細胞を吸引するキャピラリーを具備し、前記電気浸透流ポンプの基端側に、前記細胞の培養液に連通するサイフォンチューブを具備する、(1)~(5)のいずれか1項に記載の細胞回収装置。
(7) 前記細胞を収容する前記容器を載置する二次元ステージを具備し、前記第1の光学系及び前記細胞吸引手段を駆動する第1の駆動系と、前記二次元ステージを駆動する第2の駆動系を具備し、前記第1の駆動系と前記第2の駆動系は互いに独立しており、かつ、前記第1の駆動系の分解能が、前記第2の駆動系の分解能よりも小さい、(6)記載の細胞回収装置。
【発明の効果】
【0011】
本発明の細胞回収装置によれば、異なる拡大倍率の顕微鏡画像をワンタッチで切り替えて見ることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は本発明の一実施例になる細胞回収装置の外観を示す模式的斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の細胞回収装置は、透明な容器に収容された細胞を拡大して観察する光学系(顕微鏡)を具備する。この光学系は、細胞を、細胞の上方から観察する第1の光学系と、細胞の下方から観察する第2の光学系とを具備する。第1の光学系と第2の光学系は、拡大倍率が異なっており、かつ、第1の光学系と第2の光学系の光軸が一致している。
【0014】
両光学系の光軸が一致しているので、この構成により、異なる拡大倍率で細胞の上方からと下方から同時かつ常時、細胞を観察が可能となり、2種類の拡大倍率による顕微鏡画像を、レボルバーの回転のような操作を行うことなく、ワンタッチで切り替えてモニターで見ることができるようになる。レボルバーの回転がないので、異なる拡大倍率での観察画像の視野がずれるということがない。
【0015】
前記第1の光学系の拡大倍率が、前記第2の光学系の拡大倍率よりも低いことが好ましい。これは、細胞を浸している培養液の液面が揺れる場合があり、低倍率の方が、このような液面の揺れの影響が小さいからである。下方から観察する第2の光学系では、細胞を、容器の底面側から観察するので、このような液面の揺れの影響を受けにくいため、高倍率での観察にも支障を来すことがない。通常、第1の光学系の拡大倍率が4倍~10倍程度であり、第2の光学系の拡大倍率が20倍~40倍程度であるが、必ずしもこれに限定されるものではない。
【0016】
第1の光学系が第1の光源を具備し、第2の光学系が第2の光源を具備することが好ましい。この場合、両光学系の光軸が一致しているので、第1の光源により第1の光学系及び第2の光学系の両方による観察が可能であり、第2の光源により第2の光学系及び第1の光学系による観察が可能となる。両光源は、同一の光源であってもよいが、異なる種類の光源を用いることにより、異なる種類の光源を用いた観察が可能となるので有利である。例えば、第1の光源を白色光源として通常の観察を行い、第2の光源を、蛍光観察に適した青色光源とすることが可能である。
【0017】
本発明の細胞回収装置は、電気浸透流ポンプを具備する細胞吸引手段を具備することが好ましい。細胞吸引手段は、電気浸透流ポンプの先端側に細胞を吸引するキャピラリーを具備し、電気浸透流ポンプの基端側に、細胞の培養液に連通するサイフォンチューブを具備することが好ましい。この場合、使用時には、サイフォンチューブを細胞の培養液内に浸漬し、キャピラリー、電気浸透流ポンプ及びサイフォンチューブ内を培養液で満たしておく。これにより、キャピラリー、電気浸透流ポンプ及びサイフォンチューブ全体の内部の液圧を均一にすることができ、液の影響を受けることなく、電気浸透流ポンプに印加される電圧のみによって的確に電気浸透流ポンプを作動させることが可能となり、再現性のある精密な吸引及び吐出動作が可能となる。
【0018】
本発明の細胞回収装置は、細胞を収容する前記容器を載置する二次元ステージを具備し、第1の光学系及び細胞吸引手段を駆動する第1の駆動系と、二次元ステージを駆動する第2の駆動系を具備することが好ましい。そして、第1の駆動系と第2の駆動系は互いに独立しており、かつ、前記第1の駆動系の分解能が、前記第2の駆動系の分解能よりも小さいことが好ましい。この構成により、大きな距離を移動する必要がある、細胞吸引手段(後述の実施例に記載するように細胞吸引手段により吸引した細胞は、マイクロプレートのウェルのような細胞収納容器に移送される)や、低分解能光学系を、低分解能駆動系により迅速に移動し、精密な移動が必要な二次元ステージの移動は、高分解能駆動系により行うことが可能となり、細胞回収の作業効率を大幅に高めることができる。
【0019】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【実施例0020】
図1は、本発明の細胞回収装置の外観を示す図である。メインプレート101上には細胞回収駆動系X軸102が配置され、この末端にはX軸を回転させる動力源となる細胞回収駆動系X軸モーター103が連結されている。細胞回収駆動系X軸102はX軸ブロック104のねじ穴と嵌合し、さらにX軸ブロック104の下部がX軸ガイド溝105にも嵌っているため、細胞回収駆動系X軸102が回転することでX軸ブロック104は直進運動を行う。細胞回収駆動系X軸102の対向には平行してX軸ガイドバー(図示せず)が配置され、X軸ブロック104と対になる形でX軸ガイドブロック106がX軸ガイドバーに取り付けられ、ガイドバーに沿って直進運動を行う。これら2つのブロックを連結することでより安定的に直進運動を行うことができる。X軸ブロック104とX軸ガイドブロック106の連結には細胞回収駆動系Y軸107を使用する。これにより、Y方向に直進運動が可能なY軸ブロック108の制御とX軸の制御と複合してXY二方向へ自在に移動できる。さらに、Y軸ブロック108の上面に細胞回収駆動系Z軸109が連結され、Z軸ブロック110がXY平面に対して鉛直方向に直進運動を行う。したがって、Z軸ブロック110の位置は三次元的に自由に制御できることになる。
【0021】
Z軸ブロック110には小プレート111が取り付けられ、このプレートに低倍率光学系鏡筒112と電気浸透流ポンプガイド113が取り付けられており、これらはZ軸ブロック110とともに上下動できる。さらに低倍率光学系鏡筒112の下方には低倍率対物レンズ114、上方には低倍率撮影カメラ115が接続されている。また、低倍率光学系鏡筒112の側方に低倍率用光源116が接続され、同軸照明による撮影が可能になっている。一方、電気浸透流ポンプガイド113には細胞を吸引するための電気浸透流ポンプ117が連結され、位置および角度の調整が可能になっている。また、電気浸透流ポンプ117に電力を供給する電源ケーブル118は制御ボックス119に接続される。制御ボックス119内には電圧制御基板が収容されており、制御コンピュータ等からの指示により、任意の電圧を出力できるようになっている。この他、カメラ、光源、各軸の駆動モーターなども全て制御ボックス119に接続され、必要に応じてそれぞれ制御を行う。
【0022】
さらにメインプレート101上には、低倍率対物レンズ114の基本位置の下方にあたる位置に細胞探索用二次元ステージ120が設置される。細胞探索用二次元ステージ120はX方向およびY方向に駆動が可能な精密軸と、それらの軸を回転させて変位を行う精密モーターが接続されている。精密軸のねじピッチは0.1mm~1mm程度であり、精密モーターの回転分解能は1/1024~1/4096程度であるため、駆動分解能2マイクロメートル以下の非常に高精度な位置制御が可能なものである。精密モーターもケーブルによって制御ボックス119に接続されており、制御コンピュータ等からの指示により、任意の位置に移動を行うことができる。前述した通り、高分解能かつ広範囲に駆動できる自動ステージは非常に高価であるが、本発明では広範囲の駆動は細胞回収駆動系として分離しているため、細胞探索用二次元ステージ120としては15ミリメートル四方から35ミリメートル四方程度を駆動できれば十分である。細胞探索用二次元ステージ120上には、やはり低倍率対物レンズ114の基本位置の下方にあたる位置に細胞容器121が設置される。細胞容器121としてはさまざまなものが利用できるが、細胞懸濁液の蒸発による動作の不安定化を防ぐため、底が深くカバーも付属しているディッシュ型の容器が扱いやすい。細胞容器カバー122の中央には、細胞探索用二次元ステージ120の駆動範囲に対応した形状の開口部を設け、電気浸透流ポンプ117の先端に接続されたキャピラリー123は、この開口部を通して細胞容器121内部に進入し、細胞吸引を行う。このときに必要な電気浸透流ポンプ117の上下動は細胞回収駆動系Z軸109の回転により実施される。
【0023】
なお、電気浸透流ポンプ117のキャピラリー側とは反対側の末端部には、サイフォンチューブ124が接続されており、サイフォンチューブ124の先端は細胞容器カバー122の端に設けられた穴を通して細胞懸濁液内に浸漬している。これは本願発明者らによる独自の構成である。キャピラリー123を含む電気浸透流ポンプ117の全体と、サイフォンチューブ124を液体で満たすことにより、キャピラリー123の先端と電気浸透流ポンプ117の末端には同じ水圧が作用するため、電気浸透流ポンプ117に電圧を印加しない限りは全く液流は発生せず、安定した動作を実現することができる。このような構成を用いない場合、細胞懸濁液の吸引および吐出によって電気浸透流ポンプ117の末端部の液面位置が変化するため、キャピラリー123に作用する水圧も変化する。これにより、電圧とは別の要因で液流が発生するため、とくに細胞の操作に必要な極微量の液流の制御が非常に難しくなってしまう。
【0024】
電気浸透流ポンプ117の電圧制御により適切に細胞を吸引した後は、電気浸透流ポンプ117を細胞容器121から引き上げ、細胞回収駆動系X軸102および107細胞回収駆動系Y軸107を駆動して、メインプレート101上に配置された細胞回収容器125に設けられた多数のウェルのうち、目的の位置へキャピラリー123を挿入して細胞を吐出する。細胞の吸引および吐出に必要な極微量の液流の制御を電圧の制御のみで高精度に実施できることが電気浸透流ポンプの特徴である。細胞の吐出を終えた後は、再び細胞容器にキャピラリー123を戻し、次の細胞の探索を行う。
【0025】
細胞の探索は低倍率光学系に接続された低倍率撮影カメラ115の画像のみで行うこともできるが、ユーザーが回収したい細胞であることをより正確に確認するには、高倍率光学系を利用して細胞の形態や表面状態まで観察できる方がよい。これを迅速に実行するため、本実施例の細胞回収装置では、細胞容器121の底面側に高倍率光学系を配置する。高倍率光学系は低倍率光学系と同様に、高倍率光学系鏡筒126、高倍率撮影カメラ127、高倍率用光源128から構成される。高倍率撮影カメラ127および高倍率用光源128は制御ボックス119に接続され、制御コンピュータからの指示により直ちに画像の取り込みと表示を行うことができる。高倍率光学系を細胞容器の底面側に配置するのは、一般的に高倍率レンズの方が被写界深度が小さく、上方から撮影すると液面の変化の影響を受けやすいためである。低倍率対物レンズおよび高倍率対物レンズの倍率の組み合わせは、5倍と20倍にするのが一例であるが、回収したい細胞の大きさや形状によって組み合わせを変更してもよい。いずれにしても、倍率を二種類に限定することにより、
図1に示すような細胞容器を上下で挟んで観察する構成が可能となる。
【0026】
この方式の第一の利点は、二つの光学系の光軸が一致するように調整しておけば、視野の中心を常に同一にできることである。したがって、視野の中心で細胞を吸引するようにキャピラリー123の位置を調整することにより、低倍率光学系を利用して広視野で効率的に細胞探索を行い、回収したい細胞を視野の中心に移動させ、直ちに高倍率撮影カメラの画像に切り替えて細胞の詳細確認を行うことができる。この方式の第二の利点は、このような倍率の切り替えに時間を要しないことである。一般的な顕微鏡であれば、倍率の切り替えには対物レンズを物理的に移動させる操作が必要であるため、この操作にどうしても数秒を要してしまう。しかし本発明の細胞回収装置の方式であれば、倍率の切り替えはソフトウェアによるカメラの切り替えのみで完了するため、瞬時に切り替えが可能となるのである。細胞一つのみの回収であればこの時間はそれほど大きな影響を与えないが、96ウェル型の回収容器に一つずつ細胞を回収するような実験では、数分単位で全体の処理時間に差が生じる。回収した細胞はできるだけ早く培養あるいは解析に適した環境へ移動させたいという事情があるため、この時間の差は実験の精度に大きな影響を及ぼす場合もある。
【0027】
さらに、この方式には第三の利点として、細胞の撮影に利用する光源を切り替えられるという特徴もある。例えば低倍率光学系で細胞を探索する場合、低倍率用光源116としては細胞の明視野像を確認するための白色光源を採用するのが通常であるが、高倍率用光源128には細胞の蛍光を検出するための青色光源等を採用し、これを低倍率での細胞探索に利用することも可能である。これは二つの光学系の光軸が一致しているために可能となることであり、細胞集団の中から蛍光を発するものだけを回収したいというような用途では非常に便利である。これと同様に、高倍率光学系で細胞を詳細に観察する場合に、低倍率用光源116を利用することも可能である。一般的には細胞の明視野像を観察する場合、同軸照明よりも集光された透過照明を利用する方がより明瞭な細胞像を得られるので、このような照明方法の方が目的には適している。照明の切り替えも制御ボックス119を介してソフトウェアにより瞬時に行うことができるため、場合によっては同一倍率の撮影を二種類の照明で行うことも容易である。このような用途の一例としては、まず感度の高い蛍光を利用して細胞の探索を行い、次に明視野像に切り替えて実際に細胞が存在することを確認する、あるいは蛍光を発しない細胞が近隣に存在して誤吸引してしまうことを防止する、といったことが挙げられる。これらの用途は、確実に細胞を一個のみ回収したいという目的においては極めて重要である。
【0028】
このようにして回収すべき細胞を確定した後は、電気浸透流ポンプによる吸引と保持、細胞回収容器の所定のウェル位置への移動、ウェルへの細胞の吐出、細胞探索位置への帰還という一連の操作を行う必要がある。まず細胞の吸引、保持および吐出については、既に述べたように電気浸透流ポンプの動作はサイフォンチューブ124の利用により安定化されているため、あらかじめ設定した電圧を順に出力することにより自動的に実施される。また、所定の位置への移動についても三次元的な位置制御が可能な構成であるから、あらかじめ細胞回収容器の形状を指定しておけば、やはり自動的に実施される。したがって、ユーザーは目的細胞の確認と指定のみ行えばよく、その後の回収操作はボタンを一度押す程度の操作で容易かつ迅速に実行できるのである。
【0029】
制御ボックス119にはPC(図示せず)が接続される。使用時には、このPCに接続されたモニター(図示せず)を見ながら主にマウス操作で細胞を回収する。モニター上に映っている細胞をユーザーが目で見て確認し、それが回収対象であればその細胞をクリックすると、ソフトウェアがモニター座標(クリック座標)と機械座標を変換して、目的細胞が「ターゲット位置」に来るように自動で変位を実行する。
【0030】
モニター座標と機械座標を正確に変換するためにはあらかじめキャリブレーション作業を行う必要がある。具体的にはキャリブレーションモードを起動し、画面の左上にある細胞などの目印をクリックする。次に、矢印キーなどでその目印がなるべく右下(初期位置の対角位置)に来るように手動でステージを移動させ、もう一度目印をクリックする。これにより、2回のクリック位置からモニター座標の変位がわかり、ステージの変位量は手動操作でどれだけ移動コマンドを送ったかでわかっているので、モニター座標と機械座標の変換に必要な係数が決まる。
【0031】
「ターゲット位置」はモニターに映っているキャピラリーの先端に対してどの程度前の位置に細胞を持ってくるかを指定するもので、遠すぎると吸引力が作用せず吸引できず、近すぎるとキャピラリーの壁の厚みによる段差に引っかかってやはり吸引できない。これは実験的に決めるもので、だいたい50μm前後の値がよいことがわかっている。ターゲット位置も、あらかじめソフトウェアをターゲット位置指定モードに切り替えて、モニターに映っているキャピラリー先端50μm程度の位置をクリックすることにより決定する。これを決定すると、モニター上には「+」マークが表示される。
【0032】
以上の事前設定は基本的には一度だけやっておけばよいものである。設定後は、取りたい細胞をクリックして「+」マークの位置に細胞が移動したことをユーザーが目視で確認し、問題なければ「吸引」ボタンをクリックすると電気浸透流ポンプに電圧が印加され、細胞を吸引する。吸引も問題なく実行できたことを確認したら、「プレートへ吐出」ボタンをクリックすると、プレートのウェルへ移動して吐出電圧を印加する行程を自動で行う。
【0033】
なお、以上のようなPCを用いた制御やソフトウェア自体は、公知の細胞回収装置に多用されているものであり、当業者であれば容易に実施可能である。
【0034】
これまで述べた本実施例の細胞回収装置の特徴をまとめると、次のようになる。
【0035】
(1) 細胞容器内の細胞を探索するための高分解能駆動系と、吸引した細胞を回収容器へ移送するための広範囲駆動系が分離している。なお、ここでいう「分離」とは機能的に分離独立して駆動できるという意味であるから、高分解能駆動系が広範囲駆動系の上に搭載されていてもよい。すなわち、例えば、Z軸とY軸ユニットを連結せず、光学系と細胞回収系は上下動のみ行い、その代わり、X軸とY軸を組み合わせた2次元の広範囲駆動系にプレートを取り付け、さらにその上に高分解能駆動系を搭載するといった構成も可能である。この場合、まず広範囲駆動系で大雑把に(とはいえ10μm程度の細胞サイズに比べれば大雑把という意味であり、20μm程度の分解能では制御できるが)細胞容器と回収容器の間の移動を行う際には細胞回収系は上に移動させておき、そこから細胞回収系を下ろして、さらに狙った細胞に対して高分解能駆動系で微妙な位置調整を行うことが可能である。
【0036】
(2) 細胞を吸引および/または吐出する手段が電気浸透流ポンプであって、当該電気浸透流ポンプの先端に接続された細胞吸引器具から当該電気浸透流ポンプの末端に接続されたチューブまでが液体で連続的に満たされており、かつ、細胞を吸引する段階においては、これらがいずれも細胞懸濁液の内部に浸漬されていることを特徴とする。なお、電気浸透流ポンプの末端に接続されたチューブが浸漬される位置は細胞探索範囲外であることが望ましく、細胞懸濁液と液面が共有されている構造であれば細胞が全く存在しない領域であってもよい。
【0037】
(3) 細胞容器の上方に低倍率光学系、下方に高倍率光学系が配置され、これらの光学系の光軸が一致していることを特徴とする。さらに、低倍率光学系側から入射した照明光により高倍率光学系での細胞の観察および撮影を行うことが可能であり、かつ/または、高倍率光学系側から入射した照明光により低倍率光学系での細胞の観察および撮影を行うことが可能であることを特徴とする。なお、ここでいう「低倍率」とは対物レンズとして4倍~10倍程度のものを使用すること、ここでいう「高倍率」とは対物レンズとして20倍~40倍程度のものを使用することを意味する。必要に応じて倍率可変のレンズを使用してもよい。