(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022123154
(43)【公開日】2022-08-24
(54)【発明の名称】卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入する方法およびそのための組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 48/00 20060101AFI20220817BHJP
A61P 15/08 20060101ALI20220817BHJP
A61K 35/76 20150101ALI20220817BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20220817BHJP
A01K 67/027 20060101ALI20220817BHJP
C12N 15/864 20060101ALN20220817BHJP
【FI】
A61K48/00
A61P15/08
A61K35/76
A61K31/7088
A01K67/027
C12N15/864 100Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2019120173
(22)【出願日】2019-06-27
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.Hoechst
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】100101454
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 卓二
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】篠原 隆司
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 哲史
【テーマコード(参考)】
4C084
4C086
4C087
【Fターム(参考)】
4C084AA13
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4C087ZC04
4C087ZC61
(57)【要約】
【課題】卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入する方法およびそのための組成物を提供する。
【解決手段】本開示は、卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入する方法であって、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを対象に投与することを含む方法、卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入するための、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを含む組成物などを提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入するための、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを含む組成物。
【請求項2】
前記卵胞の細胞が、体細胞である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記体細胞が、莢膜細胞または顆粒膜細胞である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
疾患または症状の処置に用いられる、請求項1~3のいずれかに記載の組成物。
【請求項5】
疾患または症状を処置するための、卵胞の細胞に導入するポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを含む組成物。
【請求項6】
前記疾患または症状が、卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状である、請求項4または5に記載の組成物。
【請求項7】
前記疾患または症状が、不妊症である、請求項4~6のいずれかに記載の組成物。
【請求項8】
前記疾患または症状が、莢膜細胞または顆粒膜細胞の遺伝子異常に起因する、請求項4~7のいずれかに記載の組成物。
【請求項9】
前記疾患または症状が、卵胞発育に関与する因子の遺伝子異常に起因する、請求項4~8のいずれかに記載の組成物。
【請求項10】
前記ポリヌクレオチドが、卵胞発育に関与する因子をコードする、請求項1~9のいずれかに記載の組成物。
【請求項11】
前記卵胞発育に関与する因子が、FSHである、請求項10に記載の組成物。
【請求項12】
前記アデノ随伴ウイルスベクターが、AAV1、AAV9、AAVDJ、AAVDJ8、AAV6、またはAAV6.2である、請求項1~11のいずれかに記載の組成物。
【請求項13】
卵巣に投与される、請求項1~12のいずれかに記載の組成物。
【請求項14】
ヒトに投与される、請求項1~13のいずれかに記載の組成物。
【請求項15】
卵胞の細胞にポリヌクレオチドが導入された非ヒト脊椎動物を作製する方法であって、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを非ヒト脊椎動物に投与することを含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入する方法およびそのための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
卵巣には、卵子と、それをとりまく体細胞から構成される卵胞が存在する。卵胞は、卵巣の局所因子と下垂体から分泌されるゴナドトロピンである卵胞刺激ホルモン(FSH)および黄体形成ホルモン(LH)との作用により、原始卵胞、一次卵胞、前胞状卵胞、胞状卵胞、成熟卵胞(グラーフ卵胞)と段階的に発育し、卵巣からの卵子の放出、すなわち排卵を起こす。卵胞を構成する体細胞としては顆粒膜細胞および莢膜細胞があり、それぞれFSH受容体およびLH受容体を発現し、エストロゲンおよびアンドロゲンを産生する。卵胞発育は、原始卵胞から胞状卵胞まではゴナドトロピン非依存的であり、TGF-βファミリータンパク質、エストロゲン、アンドロゲン、インスリン、IGF-1などにより調節される。直径2mmを越えた胞状卵胞以降、卵胞発育はゴナドトロピン依存性となる。その他にも、インヒビン、アクチビン、フォリスタチン、IGF、BMP、GDF、IL-6など様々な因子が卵胞発育や排卵現象に関与することが報告されている。
【0003】
卵巣機能不全は不妊の原因となる。卵巣機能不全または不妊の治療には、長年、FSH製剤などの薬剤が用いられているが、その効果が限定的であるのが現状である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入する方法およびそのための組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
ある態様において、本開示は、卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入するための、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを含む組成物を提供する。
【0006】
さらなる態様において、本開示は、卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入する方法であって、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを対象に投与することを含む方法を提供する。
【0007】
さらなる態様において、本開示は、卵胞の細胞にポリヌクレオチドが導入された非ヒト脊椎動物を作製する方法であって、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを非ヒト脊椎動物に投与することを含む方法を提供する。
【発明の効果】
【0008】
本開示により、卵胞の細胞に簡便にポリヌクレオチドを導入することが可能となった。アデノ随伴ウイルスベクターは、既に遺伝子治療で用いられている安全で取扱い容易なベクターであり、広い応用が期待される。一例として、卵胞の細胞へのポリヌクレオチドの導入により、疾患または症状、例えば卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状およびがんを処置しうる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、mCherry発現AAV(AAV1,AAV9,AAVDJ,AAVDJ8,AAV6,AAV6.2)の顕微注入7日後のC57BL/6(B6)×DBA/2 F1(BDF1)マウスの卵巣を示す。
【
図2】
図2は、mCherry発現AAV9投与マウスおよびベクターを投与していないネガティブコントロールマウスの、卵巣の組織切片の抗mCherry抗体による免疫染色の結果を示す。実線の矢印は顆粒膜細胞、破線の矢印は莢膜細胞を示す。スケールバーは50μmである。
【
図3】
図3は、Cre発現AAV9の顕微注入7日後のR26R-Eyfpマウスの卵巣の組織切片を示す。
【
図4】
図4は、Kitl発現AAV9の顕微注入2ヶ月後のKitl
Sl-t/Kitl
Sl-tマウスの子宮(Uterus)および子孫(Offspring)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
特に具体的な定めのない限り、本明細書で使用される用語は、有機化学、医学、薬学、分子生物学、微生物学等の分野における当業者に一般に理解されるとおりの意味を有する。以下にいくつかの本明細書で使用される用語についての定義を記載するが、これらの定義は、本明細書において、一般的な理解に優先する。
【0011】
本開示では、数値が「約」の用語を伴う場合、その値の±10%の範囲を含むことを意図する。例えば、「約20」は、「18~22」を含むものとする。数値の範囲は、両端点の間の全ての数値および両端点の数値を含む。範囲に関する「約」は、その範囲の両端点に適用される。従って、例えば、「約20~30」は、「18~33」を含むものとする。
【0012】
卵巣は、その機能として、卵子の発育および排卵と、生殖ホルモンであるエストロゲンおよびプロゲステロンの分泌とを有する。卵巣は皮質と髄質とからなり、皮質では、結合組織である間質の間に様々な発育段階の卵胞が存在する。卵胞は、卵子と、それをとりまく体細胞から構成される。卵胞が原始卵胞から成熟卵胞まで発育する過程で、まず卵細胞の周囲に顆粒膜細胞層が形成され、次いで、その周囲に基底膜が形成され、さらに莢膜細胞層が形成される。
【0013】
本開示では、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターにより、卵胞の細胞にポリヌクレオチドが導入される。すなわち、AAVベクターは、卵胞の細胞に導入するポリヌクレオチドを含む。ある実施形態において、卵胞の細胞は、体細胞である。卵胞の体細胞としては、莢膜細胞、顆粒膜細胞、黄体細胞、卵胞上皮細胞、血管内皮細胞などが挙げられる。好ましい実施形態において、卵胞の体細胞は、莢膜細胞または顆粒膜細胞である。
【0014】
AAVは、約4.7kbの一本鎖DNAをゲノムに持つ非エンベロープウイルスである。野生型のAAVゲノムは、2つの末端逆位反復配列(ITR)の間に、カプシドタンパク質をコードするCap遺伝子と、AAVの複製に必要なヘリカーゼ活性を有するタンパク質をコードするRep遺伝子とを有する。AAVベクターのゲノムは、通常、ITR間のゲノム配列が細胞へ導入すべきポリヌクレオチドと置換されている。
【0015】
AAVは、セロタイプによって特定の組織または細胞に対する指向性を有する。AAVの指向性は、ウイルス表面のカプシドタンパク質により決定される。本開示におけるAAVベクターは、天然のカプシドタンパク質を有していても、人為的に改変されたカプシドタンパク質を有していてもよい。本開示のAAVベクターは、卵胞の細胞への指向性を有する限り、いずれのAAVベクターであってもよい。AAVベクターは、卵胞の細胞への指向性に加え、卵胞の基底膜を通過する能力を有していてもよい。卵胞の基底膜を通過する能力は、基底膜の内側に存在する細胞にポリヌクレオチドを導入する場合に有利である。例えば、AAVベクターがかかる能力を有する場合、基底膜の形成後の卵胞においてもその内側に存在する細胞にポリヌクレオチドを導入することができ、卵胞の発育段階を問わず、細胞にポリヌクレオチドが導入することができる。好適なAAVベクターは、実施例の記載に準じて卵巣に投与した場合に目的の細胞に感染するか否かを調べることにより、選択することができる。
【0016】
ある実施形態において、AAVベクターは、AAV1、AAV9、AAVDJ、AAVDJ8、AAV6、もしくはAAV6.2、または卵胞の細胞への指向性を有するその変異体である。さらなる実施形態において、AAVベクターは、AAV1、AAV9、AAVDJ、AAVDJ8、AAV6、もしくはAAV6.2、または卵胞の細胞への指向性と、卵胞の基底膜を通過する能力とを有するその変異体である。
【0017】
AAVの変異体を得る方法は、当業界において公知である。例えば、カプシドタンパク質を改変し、そのAAVの性質を実施例の記載に準じて確認することにより、所望の変異体を得ることができる。DNAシャッフリングまたはエラープローンPCR等によりカプシドタンパク質を変異させたAAVのライブラリーを作製し、スクリーニングしてもよい。
【0018】
AAVベクターに含まれるポリヌクレオチドは、特に限定されず、タンパク質またはペプチドをコードするポリヌクレオチド、およびアンチセンス核酸、siRNA、miRNA、stRNA、リボザイム、デコイ核酸などの核酸分子をコードするポリヌクレオチドが挙げられる。
【0019】
ある実施形態において、ポリヌクレオチドは、卵胞発育に関与する因子をコードする。 卵胞発育に関与する因子としては、卵胞刺激ホルモン(FSH)、黄体形成ホルモン(LH)、TGF-βファミリータンパク質、エストロゲン、アンドロゲン、インスリン、IGF-1、インヒビン、アクチビン、フォリスタチン、IGF、BMP、GDF、IL-6またはそのシグナル伝達に関わる分子(例えば、受容体、転写因子など)が挙げられるが、これらに限定されない。ある実施形態において、ポリヌクレオチドは、FSH、LH、エストロゲン、またはアンドロゲンをコードする。さらなる実施形態において、ポリヌクレオチドは、FSHをコードする。
【0020】
ポリヌクレオチドは、CRISPR/Cas9、TALEN、またはZFNなどによるゲノム編集のためのタンパク質または核酸分子をコードするポリヌクレオチドであってもよい。通常、AAVベクターは細胞のゲノムに挿入されないが、ゲノム編集技術と組み合わせることにより、細胞のゲノムを改変することができる。CRISPR/Cas9によるゲノム編集のためのタンパク質および核酸分子としては、エンドヌクレアーゼであるCas9タンパク質、Cas9タンパク質を標的配列へ動員するガイドRNA(gRNA)、ゲノムの二本鎖切断部位に導入されるドナーベクターなどが例示される。ドナーベクターは、例えば、本明細書に記載の卵胞発育に関与する因子をコードするポリヌクレオチドを含みうる。
【0021】
ポリヌクレオチドは、GFP、eGFP、BFP、YFP、EYFP、CFP、RFP、dsRed、およびmCherry等の蛍光タンパク質をコードするポリヌクレオチドであってもよい。
【0022】
ポリヌクレオチドは、プロモーター、エンハンサー等の調節要素を含んでも良い。プロモーターは、細胞内でポリヌクレオチドの発現を調節できるものであれば特に限定されない。プロモーターとしては、CAGプロモーター、SRαプロモーター、EF1αプロモーター、CMVプロモーター、PGKプロモーター、U6プロモーター、およびtRNAプロモーター等が挙げられ、目的に応じて適宜選択することができる。
【0023】
AAVベクターに含まれるポリヌクレオチドのサイズは、特に限定はされないが、通常4.7kbp程度までである。1つのAAVベクターが2種以上のポリヌクレオチドを含んでもよく、あるいは、2種以上のAAVベクターを組み合わせて投与してもよい。
【0024】
AAVベクターは、当業界において知られる如何なる方法により作製してもよい。例えば、HEK293細胞またはその改変体であるAAV-293細胞などのパッケージング細胞に、1)両端にAAVのITRを有し、その間に目的のポリヌクレオチドを挿入したAAVベクタープラスミド、2)AAVの複製や粒子形成に必要とされるRep遺伝子およびCap遺伝子を有するAAVヘルパープラスミド、および3)AAVの増殖に必要とされるアデノウイルスのヘルパー遺伝子を有するアデノウイルスヘルパープラスミドをトランスフェクションすることにより、作製することができる。かかるAAVベクターの作製は、AAV Helper-Free System(Agilent Technologies)などの市販のキットを用いて行うこともできる。
【0025】
AAVベクターは、その導入効率を高めるための試薬とともに、投与することができる。かかる試薬としては、ノイラミニダーゼ、MG132などのプロテアソーム阻害剤、Eeyarestatin I、トリチウムチミジン、シスプラチン、エトポシド、カルパイン阻害剤、ユビキチンリガーゼ阻害剤などが挙げられる。
【0026】
AAVベクターは、インビトロまたはインビボにおける卵胞の細胞へのポリヌクレオチドの導入に用いることができる。ある実施形態において、AAVベクターは、インビボにおける卵胞の細胞へのポリヌクレオチドの導入のため、対象に投与される。別の実施形態において、AAVベクターは、インビトロにおける卵胞の細胞へのポリヌクレオチドの導入のため、培養細胞または組織に添加される。
【0027】
AAVベクターの投与方法は、全身投与であっても局所投与であってもよい。投与方法としては、限定はされないが、卵巣への投与および静脈内投与が挙げられる。ある実施形態において、AAVベクターは、卵巣に投与される。AAVベクターは、卵巣のいずれの部位に投与してもよい。例えば、AAVベクターは、卵巣皮質に投与しうる。
【0028】
本開示において、卵胞の細胞は脊椎動物の細胞であり、AAVベクターを対象に投与する場合、対象は脊椎動物である。脊椎動物としては、例えば、哺乳動物、鳥、魚、両生動物および爬虫類動物が挙げられる。哺乳動物としては、限定はされないが、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、ミンク、イヌ、ネコ、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジー、ヒトなどが挙げられる。鳥類としては、ニワトリ、ウズラ、アヒル、ガチョウ、シチメンチョウ、オーストリッチ、エミュ、ダチョウ、ホロホロ鳥、ハトなどが挙げられる。好ましい実施形態において、脊椎動物は、哺乳動物である。さらなる実施形態において、哺乳動物は、齧歯目、ウサギ目、または霊長目の動物(例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット、ウサギ、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジー、またはヒト)である。一部の実施形態において、哺乳動物は、ヒトである。別の実施形態において、脊椎動物は非ヒト脊椎動物であり、好ましくは非ヒト哺乳動物である。
【0029】
卵胞の細胞へポリヌクレオチドを導入することにより、疾患または症状を治療しうる。疾患または症状としては、卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状およびがんが挙げられる。卵巣機能不全には、卵子の発育または排卵の障害と、生殖ホルモンの分泌障害とが含まれる。卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状としては、不妊症が挙げられる。
【0030】
ある実施形態において、疾患または症状は、莢膜細胞または顆粒膜細胞の遺伝子異常に起因する。別の実施形態において、疾患または症状は、卵胞発育に関与する因子の遺伝子異常に起因する。遺伝子異常は、例えば、Persani L et al., J. Mol. Endocrinol. 45, 257-279, 2010に記載の遺伝子異常でありうる。導入されるポリヌクレオチドは、例えば、かかる遺伝子異常によって低下または欠失したタンパク質の機能を補う、または亢進したタンパク質の機能を抑制する、タンパク質、ペプチド、または核酸分子をコードするポリペプチドでありうる。
【0031】
本明細書において、疾患または症状の処置には、治療的処置と、予防的処置とが含まれる。すわなち、AAVベクターの投与対象には、疾患または症状を有する対象と、疾患または症状の発症の危険性があるが、いまだ発症していない対象が含まれる。例えば、AAVベクターの投与対象には、卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状を有する対象と、卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状の発症の危険性がある(例えば、莢膜細胞または顆粒膜細胞の遺伝子異常または卵胞発育に関与する因子の遺伝子異常を有する)が、いまだ卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状を発症していない対象が含まれる。
【0032】
AAVベクターを含む組成物は、有効成分であるAAVベクターに加えて、医薬上許容される担体および/または添加剤を含みうる。医薬上許容される担体としては、生理食塩水または他の生理学的に許容される緩衝液が例示される。添加剤としては、溶解補助剤、pH調節剤、保存剤、安定化剤などが例示される。剤型は、限定はされないが、例えば注射剤であり、液状の注射剤、および用時溶解して用いる固形注射剤(例えば、凍結乾燥注射剤)が例示される。AAVベクターを含む組成物は、キットとして提供されてもよく、キットは、用時溶解に用いる緩衝液や使用説明書などをさらに含んでもよい。
【0033】
AAVベクターは、卵胞の細胞にポリヌクレオチドが導入された非ヒト脊椎動物の作製に利用することもできる。卵胞の細胞へのポリヌクレオチドの導入(および、場合によりこれによる遺伝子改変)により、例えば、疾患または症状のモデル動物、例えば、卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状のモデル動物またはがんのモデル動物を作製することができる。
【0034】
AAVベクターの投与量は、対象に応じて適宜変更される。例えば、体重1kg当たり約109~1015vg(vector genome)、好ましくは1010~1014vg、または1010~1013vgで投与しうる。
【0035】
本発明の例示的な実施形態を以下に記載する。
【0036】
[1]
卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入するための、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを含む組成物。
[2]
前記卵胞の細胞が、体細胞である、前記1に記載の組成物。
[3]
前記体細胞が、莢膜細胞または顆粒膜細胞である、前記2に記載の組成物。
[4]
疾患または症状の処置に用いられる、前記1~3のいずれかに記載の組成物。
[5]
疾患または症状を処置するための、卵胞の細胞に導入するポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを含む組成物。
[6]
前記疾患または症状が、卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状である、前記4または5に記載の組成物。
[7]
前記疾患または症状が、不妊症である、前記4~6のいずれかに記載の組成物。
[8]
前記疾患または症状が、莢膜細胞または顆粒膜細胞の遺伝子異常に起因する、前記4~7のいずれかに記載の組成物。
[9]
前記疾患または症状が、卵胞発育に関与する因子の遺伝子異常に起因する、前記4~8のいずれかに記載の組成物。
[10]
前記ポリヌクレオチドが、卵胞発育に関与する因子をコードする、前記1~9のいずれかに記載の組成物。
[11]
前記卵胞発育に関与する因子が、FSHである、前記10に記載の組成物。
[12]
前記アデノ随伴ウイルスベクターが、AAV1、AAV9、AAVDJ、AAVDJ8、AAV6、またはAAV6.2である、前記1~11のいずれかに記載の組成物。
[13]
卵巣に投与される、前記1~12のいずれかに記載の組成物。
[14]
ヒトに投与される、前記1~13のいずれかに記載の組成物。
【0037】
[15]
卵胞の細胞にポリヌクレオチドが導入された非ヒト脊椎動物を作製する方法であって、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを非ヒト脊椎動物に投与することを含む方法。
[16]
前記卵胞の細胞が、体細胞である、前記15に記載の方法。
[17]
前記体細胞が、莢膜細胞または顆粒膜細胞である、前記16に記載の方法。
[18]
前記アデノ随伴ウイルスベクターが、AAV1、AAV9、AAVDJ、AAVDJ8、AAV6、またはAAV6.2である、前記15~17のいずれかに記載の方法。
[19]
前記アデノ随伴ウイルスベクターを卵巣に投与する、前記15~18のいずれかに記載の方法。
[20]
前記非ヒト脊椎動物が、非ヒト哺乳動物である、前記15~19のいずれかに記載の方法。
[21]
前記非ヒト哺乳動物が、齧歯目、ウサギ目、または霊長目の動物である、前記20に記載の方法。
【0038】
[22]
卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入する方法であって、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを対象に投与することを含む方法。
[23]
前記卵胞の細胞が、体細胞である、前記22に記載の方法。
[24]
前記体細胞が、莢膜細胞または顆粒膜細胞である、前記23に記載の方法。
[25]
前記アデノ随伴ウイルスベクターが、疾患または症状を処置するために投与される、前記22~24のいずれかに記載の方法。
[26]
疾患または症状を処置する方法であって、卵胞の細胞に導入するポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターを対象に投与することを含む方法。
[27]
前記疾患または症状が、卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状である、前記25または26に記載の組成物。
[28]
前記疾患または症状が、不妊症である、前記25~27のいずれかに記載の方法。
[29]
前記疾患または症状が、莢膜細胞または顆粒膜細胞の遺伝子異常に起因する、前記25~28のいずれかに記載の方法。
[30]
前記疾患または症状が、卵胞発育に関与する因子の遺伝子異常に起因する、前記25~29のいずれかに記載の方法。
[31]
前記ポリヌクレオチドが、卵胞発育に関与する因子をコードする、前記22~30のいずれかに記載の方法。
[32]
前記卵胞発育に関与する因子が、FSHである、前記31に記載の方法。
[33]
前記アデノ随伴ウイルスベクターが、AAV1、AAV9、AAVDJ、AAVDJ8、AAV6、またはAAV6.2である、前記22~32のいずれかに記載の方法。
[34]
前記アデノ随伴ウイルスベクターを卵巣に投与する、前記22~33のいずれかに記載の方法。
[35]
前記対象がヒトである、前記22~34のいずれかに記載の方法。
【0039】
[36]
卵胞の細胞へのポリヌクレオチドの導入に使用するための、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクター。
[37]
疾患または症状の処置に使用するための、卵胞の細胞に導入するポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクター。
【0040】
[38]
卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入するための、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターの使用。
[39]
疾患または症状を処置するための、卵胞の細胞に導入するポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターの使用。
【0041】
[40]
卵胞の細胞にポリヌクレオチドを導入するための医薬の製造のための、前記ポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターの使用。
[41]
疾患または症状を処置するための医薬の製造のための、卵胞の細胞に導入するポリヌクレオチドを含むアデノ随伴ウイルスベクターの使用。
【実施例0042】
1.方法
ウイルス産生
AAVは既報のとおり産生した(Watanabe et al., 2017)。説明すると、AAVベクタープラスミド (pAAV-CAG-mCherry、pAAV-CAG-Kitl、またはpAAV-CAG-Cre)、アデノウイルスヘルパープラスミド (pHelper; Agilent Technologies, Santa Clara, CA)、およびAAVヘルパープラスミド [pAAV1,pAAV9,pAAV6,pAAV6.2;Penn Vector Core (University of Pennsylvania, PA)より供与;pAAV-DJ,pAAV-DJ8; Cell biolabs, San Diego, CA] をAAV-293細胞に一過性にトランスフェクトした。ウイスル力価は、FastStart Universal SYBR Green Master Mix (Roche Diagnostic GmbH, Penzberg, Germany) と特異的プライマーとを用いたリアルタイムPCRにより決定した。ウイスル力価は、1.0×1013vg/mLとした。
【0043】
動物および移植
インビボスクリーニングおよびトレーサー実験では、4-5週齢C57BL/6(B6)×DBA/2 F1(BDF1)マウスを用いた。一部の実験では、4-8週齢R26R-Eyfpマウス [Dr. F. Costantini (Columbia University Medical Center, NY) より供与] (Srinivas et al., 2001) を用いた。生殖能回復実験では、6週齢B6.Cg-Kitl<Sl-t>/Rbrc(KitlSl-t/KitlSl-t)マウス (Kuroda et al., 1988)(RIKEN BRC, Ibaraki, Japan) を用いた。
【0044】
ウイルス粒子の顕微注入
卵巣への注入のため、最終肋骨から2mm尾方の腹側面を2ヶ所切開した。血管および卵巣被膜を傷つけないよう注意しつつ、卵巣を細鉗子により引き出した。卵管および卵嚢の周囲の脂肪体を穏やかに支え、ピペットをマイクロマニピュレータにより進め、ガラス針を卵巣白膜下に挿入した。少量のトリパンブルーを添加して充填を確認した。卵巣間質に約2μlのウイルス粒子を顕微注入した。
【0045】
卵巣の解析
顕微注入の7-10日後にマウスを殺し、卵巣を4%パラホルムアルデヒドにより氷上30分で固定し、凍結切片作製のためTissue-Tek OCT Compoundに包埋した。R26R-Eyfpマウスの解析では、卵巣をUVライト下で解析した。凍結切片の免疫染色は、既報のとおり行った (Watanabe et al., 2018)。一次抗体として、抗mCherry抗体(Thermo Fisher Scientific, M11217)を使用した。一次抗体の検出には、Alexa fluor 568 anti-rat IgG (Thermo Fisher Scientific, A11077)を用いた。切片はいずれもHoechst 33342により染色した。
【0046】
2.結果
インビボ顕微注入によるAAVセロタイプのスクリーニング
はじめに、卵巣細胞への感染を試験するため、mCherry発現AAVを顕微注入した。異なるカプシドを有する6種類のAAV (AAV1,AAV9,AAVDJ,AAVDJ8,AAV6,AAV6.2)を作製した。これらはいずれも組織非特異的CAGプロモーター下でmCherryを発現する。ガラス針を用いて、ウイルス粒子を卵巣白膜下に顕微注入した。この卵巣を顕微注入の7日後に回収し、UVライト下で解析した。顕微注入した卵巣はいずれもmCherryのシグナルを示した(
図1)。試験したAAVのうち、AAV9が最も強いシグナルを示した。この観察に基づき、以下の実験にはAAV9を使用した。
【0047】
AAV9投与マウスの卵巣の抗mCherry抗体による免疫染色により、mCherryが卵胞の顆粒膜細胞および莢膜細胞に発現することが確認された(
図2)。卵母細胞には明らかなシグナルが見られなかった。同程度の数の卵胞が発達したため、顕微注入は卵胞の発達を障害しないようであった。これらの結果は、AAV9が、正常な卵胞発達に影響することなく、顆粒膜細胞および莢膜細胞に感染したことを示す。
【0048】
次に、R26R-Eyfpマウスを用いて、AAV9による感染を確認した。R26R-Eyfpマウスを用いることで、より高感度な感染細胞の検出が可能となる。このマウスは、loxPに挟まれたSTOP配列と、それに続くEfyp遺伝子とが、Gt(ROSA)26Sor遺伝子座に挿入されている。Cre発現AAV9を使用し、Efyfpの発現をモニターした。予想されたとおり、顕微注入の7日後に回収した卵巣において、EYFPシグナルが検出された。組織切片を作製すると、卵巣間質の表面領域に注入したにも関わらず、EYFP+感染細胞は卵巣全体に見られた(
図3)。
【0049】
AAV形質導入による先天性不妊マウスモデルにおける生殖能の回復
AAVの顆粒膜細胞への感染を確認するため、KitlSl-t/KitlSl-t 変異マウスを用いた。雄のKitlSl-t/KitlSl-t 変異マウスは生殖能を有するが、雌の変異マウスは、KITを発現する卵母細胞とKITLを発現する顆粒膜細胞との間のシグナル伝達の欠如により、先天的に生殖能を欠く。KitlSl-t/KitlSl-t変異マウスの卵巣は、原始卵胞しか含まない。2匹の6週齢KitlSl-t/KitlSl-t 変異雌マウスの卵巣に、Kitl発現AAV9を顕微注入した。
【0050】
Kitl発現AAV9の顕微注入後、これらの雌マウスをヘテロ接合性の雄マウスと同じケージに入れた。顕微注入の2ヶ月後に2匹の雌マウスを殺し解析すると、子宮内に全部で4匹の胎児が観察された(
図4)。これらの胎児は生存しており、正常な形態であり、胎盤の大きさおよび形態に明らかな異常はなかった。このデータは、Kitl発現AAV9が顆粒膜細胞に感染し、変異マウスの卵巣が、生存可能な胎児に発達する生殖能のある卵母細胞を産生できたことを示す。
【0051】
以上の結果から、AAVベクターが卵胞の細胞に感染し、卵巣機能不全またはこれに起因する疾患または症状を処置しうることが示された。
【0052】
参考文献
Kuroda, H., Terada, N., Nakayama, H., Matsumoto, K., and Kitamura, Y. (1988). Infertility due to growth arrest of ovarian follicles in Sl/Slt mice. Dev. Biol. 126, 71-79.
Srinivas, S., Watanabe, T., Lin, C.S., William, C.M., Tanabe, Y., Jessell, T.M., and Costantini, F. (2001). Cre reporter strains produced by targeted insertion of EYFP and ECFP into the ROSA26 locus. BMC. Dev. Biol. 1, 4.
Watanabe, S., Kanatsu-Shinohara, M., Ogonuki, N., Matoba, S., Ogura, A., and Shinohara, T. (2017). Adeno-associated virus-mediated delivery of genes to mouse spermatogonial stem cells. Biol. Reprod. 96, 221-231.
Watanabe, S., Kanatsu-Shinohara, M., Ogonuki, N., Matoba, S., Ogura, A., and Shinohara, T. (2018). In vivo genetic manipulateon of spermatogonial stem cells and their microenvironment by adeno-assciated viruses. Stem Cell Reports 10, 1551-1564.