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  • 特開-口腔がん発症可能性の評価方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022012434
(43)【公開日】2022-01-17
(54)【発明の名称】口腔がん発症可能性の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/50 20060101AFI20220107BHJP
   G01N 1/10 20060101ALI20220107BHJP
【FI】
G01N33/50 G
G01N1/10 V
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020114257
(22)【出願日】2020-07-01
(71)【出願人】
【識別番号】519050842
【氏名又は名称】インテグラムヘルスデザイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175824
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100171446
【弁理士】
【氏名又は名称】高田 尚幸
(72)【発明者】
【氏名】石川 恵生
(72)【発明者】
【氏名】飯野 光喜
(72)【発明者】
【氏名】石澤 賢一
(72)【発明者】
【氏名】田中 敦准
(72)【発明者】
【氏名】木村 宏人
【テーマコード(参考)】
2G045
2G052
【Fターム(参考)】
2G045AA26
2G045BB08
2G045CB07
2G045DA78
2G045FB06
2G045JA03
2G052AA29
2G052AB18
2G052EB06
2G052ED16
2G052GA27
(57)【要約】
【課題】唾液を生体試料として、高い判別精度で口腔がんの発症可能性を評価する方法を提供する。
【解決手段】口腔がんの発症可能性を評価する方法であって、口腔がん患者から採取された唾液中の含有量と健常者から採取された唾液中の含有量とが顕著に異なるタンパク質を、口腔がんマーカータンパク質とし、被験動物から採取された唾液中の、前記口腔がんマーカータンパク質の含有量を測定する測定工程と、 前記測定工程において測定された前記口腔がんマーカータンパク質の含有量と、予め設定された基準値に基づいて、前記被験動物の口腔がん発症の可能性を評価する評価工程を有する、口腔がん発症可能性の評価方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
口腔がんの発症可能性を評価する方法であって、
口腔がん患者から採取された唾液中の含有量と健常者から採取された唾液中の含有量とが顕著に異なるタンパク質を、口腔がんマーカータンパク質とし、
被験動物から採取された唾液中の、前記口腔がんマーカータンパク質の含有量を測定する測定工程と、
前記測定工程において測定された前記口腔がんマーカータンパク質の含有量に基づいて、前記被験動物の口腔がん発症の可能性を評価する評価工程と、
を有する、口腔がん発症可能性の評価方法。
【請求項2】
前記口腔がんマーカータンパク質が2種類以上であり、
前記測定工程において、全ての口腔がんマーカータンパク質について、唾液中の含有量を測定し、
前記評価工程において、前記全ての口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値に基づいて、前記被験動物の口腔がん発症の可能性を評価する、請求項1に記載の口腔がん発症可能性の評価方法。
【請求項3】
前記口腔がんマーカータンパク質が2~300種である、請求項2の口腔がん発症可能性の評価方法。
【請求項4】
前記評価工程において、前記全ての口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値を変数として含む多変量判別式に基づいて、前記被験動物の口腔がん発症の可能性を評価する、請求項2又は3に記載の口腔がん発症可能性の評価方法。
【請求項5】
前記全ての口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値と前記多変量判別式から、当該多変量判別式の値である判別値を算出し、当該判別値が予め設定された基準判別値以上である場合に、前記被験動物は口腔がんを発症している可能性が高いと評価する、請求項4に記載の口腔がん発症可能性の評価方法。
【請求項6】
前記口腔がんマーカータンパク質が、二量体NADP選択性のアルデヒドデヒドロゲナーゼ、α-2-マクログロブリン様タンパク質1、アポリポタンパク質A-I、カルモジュリン様タンパク質5、癌胎児性抗原関連細胞接着分子6、コカインエステラーゼ、コルヌリン、デスモコリン-2、デスモグレイン-1、細胞外マトリックスタンパク質1、ガレクチン-3、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、IgGFc結合タンパク質、免疫グロブリン重可変3-72、免疫グロブリンカッパ変数1D-33、タイプII細胞骨格1ケラチン、キニノーゲン-1、ペプチジル-プロリルシス-トランスイソメラーゼA、プロラクチン誘導タンパク質、プロスタシン、AMBPタンパク質、及び膜貫通プロテアーゼセリン11Dからなる群より選択される1種以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載の口腔がん発症可能性の評価方法。
【請求項7】
前記口腔がんマーカータンパク質が、α-2-マクログロブリン様タンパク質1、コルヌリン、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、キニノーゲン-1、及び膜貫通プロテアーゼセリン11Dからなる群より選択される1種以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載の口腔がん発症可能性の評価方法。
【請求項8】
前記口腔がんマーカータンパク質が、α-2-マクログロブリン様タンパク質1、コルヌリン、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、キニノーゲン-1、及び膜貫通プロテアーゼセリン11Dである、請求項2~5のいずれか一項に記載の口腔がん発症可能性の評価方法。
【請求項9】
前記測定工程において、唾液中の前記口腔がんマーカータンパク質の測定を、液体クロマトグラフィー・質量分析法により行う、請求項1~8のいずれか一項に記載の口腔がん発症可能性の評価方法。
【請求項10】
前記測定工程において、前記被験動物から採取された唾液を前処理して前記唾液中のタンパク質を含有する測定用試料を調製し、前記測定用試料中の前記口腔がんマーカータンパク質の含有量を測定する、請求項1~9のいずれか一項に記載の口腔がん発症可能性の評価方法。
【請求項11】
前記前処理が、前記唾液をアセトン沈殿させ、得られた沈殿物を水性溶媒で再融解させた後、トリプシン処理することにより行う、請求項10に記載の口腔がん発症可能性の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、唾液を生体試料として、口腔がんの発症可能性を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
口腔がんは、直視できる部位に発生するため、早期発見が容易であると考えられてしまうことが多い。しかしながら初期の口腔がんは、口内炎や咬傷等の良性病変との鑑別が困難であることも少なくなく、進行した状態で診断されることが少なくない。特に初期病変の鑑別は専門医であっても困難である。口腔がんの発生頻度はがん全体の5%程度でそれほど高くはないものの、日本においては口腔がん罹患数だけでなく、死亡率も年々増加傾向にある。欧米では口腔がん罹患数が日本同様に増加傾向にあるにも関わらず、死亡率が減少傾向にあることを考えると、日本におけるこの傾向は深刻な問題といえる。
【0003】
唾液は、口腔がんの病変近傍から簡便かつ非侵襲的に採取できる生体試料である。唾液中の生体分子の中には、口腔がんのバイオマーカーとして機能し得るものがあると期待できる。唾液を用いて口腔がんのスクリーニングができれば、口腔がんの早期発見ができ、日本における口腔がん死亡率の低下に寄与できると考えられる。
【0004】
これまでに、唾液中のRNAを測定して口腔がんを検出するという研究報告は幾つかなされている。しかし、唾液中のRNAは非常に脆弱であるため、保存環境や測定手技の影響を受けるため、再現性に問題がある場合が多い。このため、今のところ、RNAを用いた口腔がんスクリーニングの実用化は行われていない。RNA以外の唾液中の口腔がんスクリーニングマーカーとしては、例えば、S-adenosylmethionineとpipecolateが報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ishikawa, et al., Scientific Reports, 2016, vol.6, Article number: 31520.
【非特許文献2】Shinoda, et al., Bioinformatics, 2010, vol.26, p.576-577.
【非特許文献3】Zhu, et al., Journal of Biomedicine and Biotechnology, 2010, Article number:2010:840518.
【非特許文献4】Ishihama, et al., Molecular & Cellular Proteomics, 2005, vol.4, p.1265-1272.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
S-adenosylmethionine等の口腔がんの判別精度は82%程度とそれなりに高いものの、臨床上、口腔がんのスクリーニングに使用するためにはより判別精度の高いバイオマーカーが望まれている。本発明は、唾液を生体試料として、高い判別精度で口腔がんの発症可能性を評価する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、唾液中のタンパク質を液体クロマトグラフィー・質量分析装置(LC-MS/MS)を用いて網羅的に測定し、口腔がん患者由来の唾液と健常者由来の唾液で含有量が有意に異なるタンパク質を同定した。その上で、これらのタンパク質をバイオマーカーとすることにより、唾液試料から口腔がんの発症可能性を評価できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、以下の方法を提供するものである。
[1] 口腔がんの発症可能性を評価する方法であって、
口腔がん患者から採取された唾液中の含有量と健常者から採取された唾液中の含有量とが顕著に異なるタンパク質を、口腔がんマーカータンパク質とし、
被験動物から採取された唾液中の、前記口腔がんマーカータンパク質の含有量を測定する測定工程と、
前記測定工程において測定された前記口腔がんマーカータンパク質の含有量に基づいて、前記被験動物の口腔がん発症の可能性を評価する評価工程と、
を有する、口腔がん発症可能性の評価方法。
[2] 前記口腔がんマーカータンパク質が2種類以上であり、
前記測定工程において、全ての口腔がんマーカータンパク質について、唾液中の含有量を測定し、
前記評価工程において、前記全ての口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値に基づいて、前記被験動物の口腔がん発症の可能性を評価する、前記[1]の口腔がん発症可能性の評価方法。
[3] 前記口腔がんマーカータンパク質が2~300種である、前記[2]の口腔がん発症可能性の評価方法。
[4] 前記評価工程において、前記全ての口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値を変数として含む多変量判別式に基づいて、前記被験動物の口腔がん発症の可能性を評価する、前記[2]又は[3]の口腔がん発症可能性の評価方法。
[5] 前記全ての口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値と前記多変量判別式から、当該多変量判別式の値である判別値を算出し、当該判別値が予め設定された基準判別値以上である場合に、前記被験動物は口腔がんを発症している可能性が高いと評価する、前記[4]の口腔がん発症可能性の評価方法。
[6] 前記口腔がんマーカータンパク質が、二量体NADP選択性のアルデヒドデヒドロゲナーゼ、α-2-マクログロブリン様タンパク質1、アポリポタンパク質A-I、カルモジュリン様タンパク質5、癌胎児性抗原関連細胞接着分子6、コカインエステラーゼ、コルヌリン、デスモコリン-2、デスモグレイン-1、細胞外マトリックスタンパク質1、ガレクチン-3、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、IgGFc結合タンパク質、免疫グロブリン重可変3-72、免疫グロブリンカッパ変数1D-33、タイプII細胞骨格1ケラチン、キニノーゲン-1、ペプチジル-プロリルシス-トランスイソメラーゼA、プロラクチン誘導タンパク質、プロスタシン、AMBPタンパク質、及び膜貫通プロテアーゼセリン11Dからなる群より選択される1種以上である、前記[1]~[5]のいずれかの口腔がん発症可能性の評価方法。
[7] 前記口腔がんマーカータンパク質が、α-2-マクログロブリン様タンパク質1、コルヌリン、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、キニノーゲン-1、及び膜貫通プロテアーゼセリン11Dからなる群より選択される1種以上である、前記[1]~[5]のいずれかの口腔がん発症可能性の評価方法。
[8] 前記口腔がんマーカータンパク質が、α-2-マクログロブリン様タンパク質1、コルヌリン、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、キニノーゲン-1、及び膜貫通プロテアーゼセリン11Dである、前記[2]~[5]のいずれかの口腔がん発症可能性の評価方法。
[9] 前記測定工程において、唾液中の前記口腔がんマーカータンパク質の測定を、液体クロマトグラフィー・質量分析法により行う、前記[1]~[8]のいずれかの口腔がん発症可能性の評価方法。
[10] 前記測定工程において、前記被験動物から採取された唾液を前処理して前記唾液中のタンパク質を含有する測定用試料を調製し、前記測定用試料中の前記口腔がんマーカータンパク質の含有量を測定する、前記[1]~[9]のいずれかの口腔がん発症可能性の評価方法。
[11] 前記前処理が、前記唾液をアセトン沈殿させ、得られた沈殿物を水性溶媒で再融解させた後、トリプシン処理することにより行う、前記[10]の口腔がん発症可能性の評価方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る口腔がん発症可能性の評価方法により、簡便かつ非侵襲的に採取できる唾液から、口腔がんの発症可能性を高い精度で評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1において、6種の唾液タンパク質(α-2-マクログロブリン様タンパク質1、コルヌリン、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、キニノーゲン-1、及び膜貫通プロテアーゼセリン11D)全てを用いて、口腔がん患者群と健常者群を区別するためのMLRモデルのROC曲線を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態(以下、「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0012】
<口腔がん発症可能性の評価方法>
本実施形態の評価方法は、口腔がんの発症可能性を評価する方法であって、口腔がん患者から採取された唾液中の含有量と健常者から採取された唾液中の含有量とが顕著に異なるタンパク質を、口腔がんマーカータンパク質とする。唾液は、口腔がんの病変組織に最も密接しており、かつ非侵襲的かつ容易に採取できる生体試料である。また、タンパク質は、定量的な検出が、有機酸等よりも比較的安定して行うことができる。このため、唾液中のタンパク質を口腔がんマーカーとすることにより、口腔がんの発症可能性を、被験者に負担が少なく、かつ有機酸等よりもより精度よく評価することができる。
【0013】
本実施形態の評価方法は、具体的には、被験動物から採取された唾液中の、口腔がんマーカータンパク質の含有量を測定する測定工程と、前記測定工程において測定された前記口腔がんマーカータンパク質の含有量に基づいて、前記被験動物の口腔がん発症の可能性を評価する評価工程と、を有する。本実施形態の評価方法において使用される口腔がんマーカータンパク質は、1種類であってもよいが、より評価精度を高められるため、2種類以上であることが好ましい。本実施形態の評価方法においては、例えば、2~300種類のタンパク質を口腔がんマーカータンパク質として用いることができる。
【0014】
本実施形態の評価方法において用いられる口腔がんマーカータンパク質としては、唾液中の含有量が、口腔がん患者群と健常者群とで大きく相違するものが好ましい。両群の差が大きいほど、口腔がんの発症可能性、すなわち、口腔がんを発症している可能性が高いか否かを精度よく評価することができる。本発明において口腔がんマーカーとされるタンパク質は、口腔がん患者の唾液中の含有量が健常者よりも有意に多い、すなわち、口腔がんの発症により唾液中の含有量が多くなるものであってもよく、口腔がん患者の唾液中の含有量が健常者よりも有意に少ない、すなわち、口腔がんの発症により唾液中の含有量が少なくなるものであってもよい。
【0015】
本実施形態の評価方法において用いられる口腔がんマーカータンパク質は、例えば、口腔がんを発症していることが医師によって確定診断されている口腔がん患者から採取された唾液と健常者から採取された唾液について、含有されているタンパク質を網羅的かつ定量的に解析し、両者で唾液中の含有量が大きく相違するものから選択することができる。個体差の影響を小さくするため、口腔がん患者の唾液のタンパク質プロファイルは、複数の口腔がん患者、好ましくは10名以上の口腔がん患者、より好ましくは50名以上の口腔がん患者から採取された唾液に対して測定し、これらの口腔がん患者群の30%以上、好ましくは50%以上において検出されたタンパク質の中から口腔がんマーカータンパク質は選抜されることが好ましい。同様に、健常者の唾液のタンパク質プロファイルは、複数の健常者、好ましくは10名以上の健常者、より好ましくは50名以上の健常者から採取された唾液に対して測定し、これらの健常者群の30%以上、好ましくは50%以上において検出されたタンパク質の中から口腔がんマーカータンパク質は選抜されることが好ましい。
【0016】
口腔がんマーカータンパク質は、口腔がん患者群のタンパク質プロファイルと健常者群のタンパク質プロファイルとを比較して、その含有量が両群で統計的に有意に相違するタンパク質から選択される。例えば、本実施形態の評価方法において用いられる口腔がんマーカータンパク質としては、その含有量がマンホイットニーU検定でP<0.1のタンパク質から選択されることが好ましい。本実施形態の評価方法において用いられる口腔がんマーカータンパク質としては、ロジスティック回帰分析増加法でP<0.05のタンパク質、又はロジスティック回帰分析減少法でP<0.05のタンパク質から選択されることも好ましい。
【0017】
本実施形態の評価方法において用いられる口腔がんマーカータンパク質としては、二量体NADP選択性のアルデヒドデヒドロゲナーゼ(Aldehyde dehydrogenase, dimeric NADP-preferring)、α-2-マクログロブリン様タンパク質1(Alpha-2-macroglobulin-like protein 1)、アポリポタンパク質A-I(Apolipoprotein A-I)、カルモジュリン様タンパク質5(Calmodulin-like protein 5)、癌胎児性抗原関連細胞接着分子6(Carcinoembryonic antigen-related cell adhesion molecule 6)、コカインエステラーゼ(Cocaine esterase)、コルヌリン(Cornulin)、デスモコリン-2(Desmocollin-2)、デスモグレイン-1(Desmoglein-1)、細胞外マトリックスタンパク質1(Extracellular matrix protein 1)、ガレクチン-3(Galectin-3)、ヘモグロビンサブユニットβ(Hemoglobin subunit beta)、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167(Ig kappa chain V-II region VKappa167)、IgGFc結合タンパク質(IgGFc-binding protein)、免疫グロブリン重可変3-72(Immunoglobulin heavy variable 3-72)、免疫グロブリンカッパ変数1D-33(Immunoglobulin kappa variable 1D-33)、タイプII細胞骨格1ケラチン(Keratin, type II cytoskeletal 1)、キニノーゲン-1(Kininogen-1)、ペプチジル-プロリルシス-トランスイソメラーゼA(Peptidyl-prolyl cis-trans isomerase A)、プロラクチン誘導タンパク質(Prolactin-inducible protein)、プロスタシン(Prostasin)、AMBPタンパク質(Protein AMBP)、及び膜貫通プロテアーゼセリン11D(Transmembrane protease serine 11D)の23種のタンパク質からなる群より選択される1種以上が好ましい。
【0018】
本実施形態の評価方法においては、中でも、評価精度をより高められることから、α-2-マクログロブリン様タンパク質1、コルヌリン、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、キニノーゲン-1、及び膜貫通プロテアーゼセリン11Dの6種のタンパク質からなる群より選択される1種以上が好ましく、これら6種全てを組み合わせて用いることが特に好ましい。本実施形態の評価方法においては、これら6種に加えてさらに10~30種類のタンパク質を口腔がんマーカータンパク質として用いてもよく、これら6種に加えてさらに250~300種類のタンパク質を口腔がんマーカータンパク質として用いてもよい。
【0019】
本実施形態の評価方法においては、被験動物から採取された唾液をそのままタンパク質測定に供してもよいが、被験動物から採取された唾液を前処理して当該唾液中のタンパク質を含有する測定用試料を調製し、当該測定用試料中の口腔がんマーカータンパク質の含有量を測定することが好ましい。当該前処理としては、唾液中のタンパク質の測定の際に通常行われる前処理を行うことができる。当該前処理としては、具体的には例えば、多糖類等の夾雑物を除去してタンパク質を租精製する処理や、タンパク質を測定しやすいように分解する処理等が挙げられる。これらの処理は組合せて行うことが好ましい。
【0020】
唾液中のタンパク質を租精製する処理としては、例えば、アセトン沈殿、硫安沈殿、TCA(トリクロロ酢酸)沈殿等によりタンパク質を沈殿させた後、得られた沈殿物をバッファー等の水性溶媒で再融解させる処理が挙げられる。各種沈殿処理は、常法により行うことができる。また、再融解させるバッファーとしては、口腔がんマーカータンパク質を溶解可能なものであれば特に限定されるものではなく、例えば、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等のリン酸バッファーや、トリス緩衝生理食塩水(TBS)等のトリスバッファー、HEPESバッファーなどのタンパク質の溶解に使用される公知のバッファーの中から適宜選択して用いることができる。また、当該バッファーには、界面活性剤や塩類等のタンパク質の溶解の補助剤となる成分を含有していることも好ましい。
【0021】
唾液中のタンパク質を分解する処理としては、トリプシン、リシルエンドプロテアーゼ(Lys-C Protease)、プロテイナーゼK等のタンパク質消化酵素による処理が挙げられる。これらの消化処理は、常法により行うことができる。
【0022】
測定工程における被験動物から採取された唾液中の口腔がんマーカータンパク質の含有量を測定する方法は、タンパク質を定量的に検出可能な方法であれば特に限定されるものではない。例えば、複数の口腔がんマーカータンパク質を用いる場合、唾液を前処理して得られた測定用試料を、液体クロマトグラフィー・質量分析法(LC-MS/MS)に供することにより、当該測定用試料中の複数のタンパク質を定量的に測定することができる。LC-MS/MSは、市販されているLC-MS/MS装置を用いて常法により行うことができる。
【0023】
当該測定工程における口腔がんマーカータンパク質の含有量の測定は、口腔がんマーカータンパク質に対する抗体を用いた免疫反応を利用して測定することもできる。当該抗体としては、市販の抗体を用いてもよく、常法により製造した抗体を用いることもできる。免疫反応を利用した測定方法としては、例えば、ELISA法、ウェスタンブロッティング法、イムノクロマト法等を用いることができる。
【0024】
本実施形態の評価方法においては、唾液が採取可能な動物であればいずれの動物を被験動物としてもよい。被験動物としては、例えば、ヒトが好ましいが、ヒト以外の動物であってもよい。非ヒト動物としては、実験動物、家畜、愛玩動物が挙げられ、具体的には、マウス、ラット、モルモット、スナネズミ、ハムスター、フェレット、ウサギ、ブタ、ウシ、ウマ、ヒツジ、ヤギ、イヌ、ネコ、マーモセット、アカゲザル、カニクイザル等が挙げられる。
【0025】
本実施形態の評価方法に供される唾液は、一般的な手法により採取、保管されていてもよい。例えば、流涎として容器に採取されたものであってもよく、濾紙やスワブ、スポンジ、ティッシュ等の多孔質性部材に吸収させて採取されたものであってもよい。採取された唾液を収容する容器としては、特に限定されるものではなく、試験管やビーカー、マイクロチューブ、ストロー型容器、スポイト型容器等であってもよい。採取方法としては、例えば、口から直接容器に流涎を垂らして採取することができる。また、当該容器からスポイト等で必要量を別の容器に分取してもよく、当該容器内の唾液に多孔質性部材を接触させて吸収させてもよい。また、多孔質性部材を直接口腔内の唾液に接触させて吸収させてもよい。唾液を吸収させた多孔質性部材は、タンパク質測定や前処理に供されるまで、乾燥させて室温(0~30℃)で保存することもできる。容器に収容して密閉した流涎は、タンパク質測定や前処理に供されるまで、室温(0~30℃)で保存してもよく、冷凍保存してもよい。
【0026】
使用した口腔がんマーカータンパク質が2種類以上の場合、測定工程において、全ての口腔がんマーカータンパク質について、唾液中の含有量を測定する。評価工程においては、測定工程で測定された全ての口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値に基づいて、被験動物の口腔がん発症の可能性を評価することが好ましい。
【0027】
本実施形態の評価方法における評価工程では、被験動物の口腔がん発症の可能性の評価を、測定工程で得られた各口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値自体に基づいて行ってもよく、各口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値を変数として含む多変量判別式を用い、この多変量判別式から求められる判別値に基づいて行ってもよい。
【0028】
口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値自体に基づいて評価する場合には、例えば、予め、口腔がん患者群と健常者群を識別するための値を、口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量に対して基準値として設定し、この基準値に基づいて評価することもできる。当該基準値は、口腔がんマーカータンパク質それぞれに対して設定される。測定工程において測定された口腔がんマーカータンパク質の含有量が、予め設定された基準値に対して口腔がん患者群側の量である場合に、被験動物は口腔がんを発症している可能性が高いと評価する。逆に、測定工程において測定された口腔がんマーカータンパク質の含有量が、基準値に対して健常者群側の量である場合に、当該被験動物は口腔がんを発症している可能性が低いと評価する。
【0029】
各口腔がんマーカータンパク質の基準値は、口腔がん患者群と健常者群の当該口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量を測定し、両群を区別することができる閾値として実験的に求めることができる。具体的には、口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の基準値は、一般的な統計学的手法によって求めることができる。
【0030】
基準値の求め方の一例としては、例えば、まず、各口腔がんマーカータンパク質について、口腔がん患者から採取された唾液中の含有量を測定する。複数の患者について測定した後に、その平均値又は中央値などによりこれらの患者群の唾液中の含有量を代表する数値を算出し、同様に健常者群の唾液中の含有量を代表する数値を算出し、両者を識別可能な閾値を基準値とすることができる。この際、ばらつきも考慮して両数値が区別されるような閾値を求め、これを基準値とすることが好ましい。
【0031】
口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値を変数として含む多変量判別式を用いて評価する場合には、例えば、測定工程において測定された全ての口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量の測定値と、これらの測定値を変数とする多変量判別式から、当該多変量判別式の値である判別値を算出する。当該判別値が予め設定された基準判別値以上である場合に、被験動物は口腔がんを発症している可能性が高いと評価することができる。
【0032】
本発明において用いられる多変量判別式は、2群を判別するために用いられる一般的な手法により求めることができる。当該多変量判別式としては、例えば、ロジスティック回帰式、多重ロジスティック回帰式、線形判別式、ナイーブベイズ分類器で作成された式が挙げられるが、これらに限定されるものではない。これらの多変量判別式は、例えば、口腔がん患者群と健常者群について、各口腔がんマーカータンパク質の唾液中の含有量を測定し、得られた測定値を変数として、常法により作成することができる。
【0033】
本発明において用いられる多変量判別式には、予め、口腔がん患者群と健常者群を識別するための基準判別値を設定しておく。基準判別値は、口腔がん患者群と健常者群について、使用する多変量判別式の値である判別値を求め、口腔がん患者群と健常者群を区別することができる閾値として実験的に求めることができる。
【0034】
本発明において用いられる多変量判別式としては、口腔がんの発症可能性の評価精度がより優れていることから、二量体NADP選択性のアルデヒドデヒドロゲナーゼ、α-2-マクログロブリン様タンパク質1、アポリポタンパク質A-I、カルモジュリン様タンパク質5、癌胎児性抗原関連細胞接着分子6、コカインエステラーゼ、コルヌリン、デスモコリン-2、デスモグレイン-1、細胞外マトリックスタンパク質1、ガレクチン-3、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、IgGFc結合タンパク質、免疫グロブリン重可変3-72、免疫グロブリンカッパ変数1D-33、タイプII細胞骨格1ケラチン、キニノーゲン-1、ペプチジル-プロリルシス-トランスイソメラーゼA、プロラクチン誘導タンパク質、プロスタシン、AMBPタンパク質、及び膜貫通プロテアーゼセリン11Dの23種のタンパク質の唾液中の含有量の測定値を変数として含む多変量判別式が好ましく、α-2-マクログロブリン様タンパク質1、コルヌリン、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、キニノーゲン-1、及び膜貫通プロテアーゼセリン11Dの6種のタンパク質のタンパク質の唾液中の含有量の測定値を変数として含む多変量判別式が特に好ましい。
【実施例0035】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0036】
[実施例1]
口腔粘膜病変の生検組織に対して行われた病理検査により口腔がんと診断された口腔がん患者(OC)39名と、健常者(HC)31名とから採取された唾液中のタンパク質を、LC-MS/MSを用いて網羅的に測定し、口腔がんマーカータンパク質を選抜した。化学療法や放射線療法などのアジュバント療法を以前に受けたことのない患者を被験者とした。被験者の年齢、性別、病理学的所見、及び病期分類に関する分布を表1に示す。
【0037】
【表1】
【0038】
<唾液採取から保存>
全ての被験者は、唾液収集の少なくとも3時間前に、歯科医又は歯科衛生士が唾液採取前に口腔衛生を確認され、必要であれば、歯垢及び結石沈着物を、歯磨剤を含まない歯ブラシ及び超音波スケーリングを使用して除去された。全ての被験者は、唾液採取前の少なくとも1.5時間前から飲食を控えるよう求められた。
【0039】
各被験者は、直前に口を水で濯いだ後、砕いた氷で満たされた紙コップに入れられた50mL容プラスチックチューブに、唾液を吐き出すことにより、唾液採取を行った。これにより、5~10分かけて、約3mLの刺激されていない全唾液が採取された。採取された唾液サンプルを、4℃、2,600×gで15分間遠心分離処理し、上澄みを新しい容器に分取した。当該上澄み液には、プロテアーゼインヒビターとして、唾液1000μLあたり、1μLのAprotinin、10μLのPhenylmethylsulfonyl fluoride、13.2μLのNaVOを加えて処理した。プロテアーゼインヒビター処理後の唾液サンプルは、少量ずつ分注し、測定まで-80℃で保存した。
【0040】
<保存した唾液サンプルの前処理>
唾液サンプルを質量分析(MS)分析に供する測定用試料とするための前処理は、市販のキット(製品番号:84840、ThermoFisher社製)に添付されているLC-MS/MS分析のプロトコルに従って行った。以降で用いたCell Lysis Buffer、Digestion Buffer、IAA(ヨードアセトアミド) cell lysis Buffer、vial containing trypsin、及びTrypsin storage solutionは、当該キットに含まれているものを用いた。また、Trypsin Protease溶液は、vial containing trypsinに40μLのTrypsin storage solutionを加えて、室温で5分間静置することによって調製した。
【0041】
-80℃保存した唾液サンプルを氷上で融解させた後、唾液サンプル20μL当たり100μLのCell Lysis Bufferを加えて唾液ライセートを調製した。当該唾液ライセートを、95℃で5分間インキュベートした後、氷上で5分間冷却し、4℃、16000×gで10分間遠心分離処理した。上澄みを100μL分取し、インターナルコントロールインジケーター(製品番号:84841、ThermoFisher社製)を0.5μg(0.5質量%)添加し、さらに2.1μLのDTT溶液を加えて、50℃で45分間インキュベートした後、室温で10分間静置した。
【0042】
その後、当該唾液ライセートに、11.5μLのIAA cell lysis Bufferを加え、遮光して室温で20分間インキュベートした。次いで、直ちに冷100%アセトン(-20℃、460μL:サンプルの4倍量)を加えて混合し、次いで-20℃で1時間~一晩インキュベートした。その後、4℃で10分間、16000×gで遠心分離処理して、アセトン沈殿したタンパク質ペレットを得た。上澄みのアセトンを除去した後、50μLの冷90%アセトン(-20℃)を加えて十分に混合して洗浄し、4℃で5分間、16000×gで遠心分離処理した。次いで、上澄みのアセトンを除去し、蓋を開いた状態で2分間ほど静置し、余剰アセトンを揮発させた。
【0043】
得られたタンパク質ペレットに、100μLのDigestion Bufferを加え、2μLのLys-C Protease水溶液(40μLの超純水を加えて、5分間室温で静置した溶液)を加えて、ピペッティングで混合し、37℃、2時間インキュベートした。次いで、4μLのTrypsin Protease溶液をさらに添加して優しくピペッティングした後、37℃で一晩インキュベートして、測定用試料を調製した。得られた測定用試料は、LC-MS/MSの測定まで-80℃で保存した。
【0044】
<測定用試料の脱塩処理>
まず、C18スピンカラム(製品番号:89870、ThermoFisher社製)内の樹脂を、活性化溶液(10mLの水に、同じく10mLのメタノールを加えた、50%メタノール水溶液)で洗浄した。すなわち、スピンカラムを叩いて樹脂を沈降させ、上下のキャップを外した後、レシーバーチューブに入れた。当該スピンカラムに、200μLの活性化溶液を添加して、内壁をリンスして樹脂を湿らせた後、1500×gで1分間遠心分離処理した後、フロースルーを捨てた。この洗浄処理を2~3回繰り返した。
【0045】
次いで、洗浄後のスピンカラム内の樹脂を、平衡化溶液(9.5mLの水に、0.5mLのアセトニトリルと0.05mLのTFA(トリフルオロ酢酸)を加えた、5%アセトニトリル・0.5%TFA水溶液)で平衡化した。すなわち、当該スピンカラムに、200μLの平衡化溶液を添加して、1500×gで1分間遠心分離処理した後、フロースルーを捨てた。この洗浄処理を2回繰り返した。
【0046】
保存していた測定用試料を融解させた後、当該スピンカラムの樹脂ベッドの上に載せた。当該スピンカラムをレシーバーチューブに入れ、1500×gで1分間遠心分離処理した。フロースルーを回収して、再び当該スピンカラムの樹脂ベッドの上に載せた後、当該スピンカラムを1500×gで1分間遠心分離処理した。
【0047】
フロースルーを捨てた後、当該スピンカラムを洗浄処理した。すなわち、当該スピンカラムに、200μLの洗浄液(9.5mLの水に、0.5mLのアセトニトリルと0.05mLのTFAを加えた、5%アセトニトリル・0.5%TFA水溶液)を添加して、1500×gで1分間遠心分離処理した後、フロースルーを捨てた。この洗浄処理を2回繰り返した。
【0048】
洗浄後のスピンカラムを、新しいレシーバーチューブに入れ、20μLの溶出緩衝液(0.6mLの水に、1.4mLのアセトニトリルを加えた、70%アセトニトリル水溶液)を、当該スピンカラムの樹脂ベッドの上に載せ、1500×gで1分間遠心分離処理した後、フロースルーを回収した。同じレシーバーチューブに入れた状態の当該スピンカラムに、再び新しい20μLの溶出緩衝液を、当該スピンカラムの樹脂ベッドの上に載せ、1500×gで1分間遠心分離処理した後、フロースルーを1回目のフロースルーと混合して回収した。
【0049】
回収されたフロースルーを真空エバポレーターでゆっくりと乾燥させた。得られた乾燥物を0.1容量%のギ酸水溶液に懸濁させて、測定用試料の脱塩処理物を得た。
【0050】
<LC-MS/MS>
測定用試料の脱塩処理物のペプチドの分離は、nanoLCシステム(「EASY-nLC 1000」、ThermoFisher社製)とC18分析カラム(「NTCC-360/75-3-125」、Nikkyo Technos社製)を用いて、当該カラムに測定用試料の脱塩処理物をインジェクトし、0.1容量%のギ酸水溶液中、30容量%のアセトニトリルグラジエントを、流速300nL/分、60分間流すことで行った。分離された各ペプチドは、ハイブリッド四重極Obitrap質量分析計(「Q-Exactive」、ThermoFisher社製)を用いて分析した。データ解析には、Proteome Discovererを使用して、1%の偽発見率で、SEQUEST検索エンジンを使用してUniProtヒトデータベースに対するMS/MSスペクトルを検索した。消化効率を評価するために、消化指標タンパク質配列をタンパク質データベースに含めた。
【0051】
<emPAIの算出>
生データは、Mascotデータベース検索エンジン(Matrix science社製)を使用して処理された。さらに、プロテオミクスにおける推定絶対タンパク質量は、Exponentially Modified Protein Abundance Index(emPAI:非特許文献2~4)として求めた。emPAIの算出は、Mascotデータベース検索エンジン(Matrix science社製)を用いて算出した。
【0052】
<統計分析>
口腔がん患者群と健常者群とを識別する唾液タンパク質を決定するために、多重ロジスティック回帰(MLR)モデルを用いた。最初に、少なくともいずれかの群の50%以上の被験者で検出されたタンパク質を選択した。2番目に、口腔がん患者群と健常者群の間で、P値<0.05(マンホイットニーU検定)を示すタンパク質を選択した。3番目に、MLRモデルを、前方特徴選択法を使用して改良した。多変量モデルの予測性能は、受信者操作特性(ROC)曲線下面積(AUC)の値を使用して評価された。統計分析は、SPSSバージョン20ソフトウェア(SPSS社製)を使用して行った。
【0053】
<口腔がんマーカータンパク質の選抜>
まず、測定された13,000種のタンパク質のうち、口腔がん患者の唾液と健常者の唾液で含有量が大きく異なる411種のタンパク質を選抜した。この411種のタンパク質群を、口腔がんマーカータンパク質の第1段階選抜群とした。
【0054】
次いで、この第1段階選抜群から、(A)口腔がん患者群と健常者群のいずれかの群において50%以上で検出されており、かつロジスティック回帰分析増加法でP<0.05のタンパク質と、(B)口腔がん患者群と健常者群の両群において50%以上で検出されており、かつロジスティック回帰分析減少法でP<0.05のタンパク質を、口腔がんマーカータンパク質として選抜した。(A)と(B)のタンパク質は合計286種であった。これらの286種のタンパク質群を、口腔がんマーカータンパク質の第2段階選抜群とした。
【0055】
この第2段階選抜群から、口腔がん患者群と健常者群の間で有意に分布の異なる23種の唾液タンパク質を、口腔がんマーカータンパク質の第3段階選抜群として選抜した。表2に、選抜された23種の唾液タンパク質の、各群のサンプルで測定されたタンパク質量を示し、表3に、各唾液タンパク質の量で口腔がん患者群と健常者群を区別するためのAUC値を示す。これら23種の唾液タンパク質の量は、口腔がん患者群と健常者群で大きく異なっていた。
【0056】
【表2】
【0057】
【表3】
【0058】
さらに、この第3段階選抜群から、α-2-マクログロブリン様タンパク質1、コルヌリン、ヘモグロビンサブユニットβ、Igカッパ鎖V-II領域Vκ167、キニノーゲン-1、及び膜貫通プロテアーゼセリン11Dの6種のタンパク質を、口腔がんマーカータンパク質の第4段階選抜群として選抜した。
【0059】
これらの6種の唾液タンパク質全てを用いて、口腔がん患者群と健常者群を区別するためのMLRモデルに基づく多変量判別式を作成し、当該多変量判別式に基づいて、口腔がん患者群と健常者群を判別した。図1に、ROC曲線を示す。MLRモデルで6種の唾液タンパク質全てを用いたROC分析の結果、口腔がん患者群と健常者群を区別するためのAUCは、0.957であった(95%信頼区間(CI):0.915-0.998;p<0.001)。
【0060】
表4に、ステージ0を除く口腔がん患者群の各唾液タンパク質のemPAIを、ステージごとに示した。口腔がん患者群と健常者群を区別する6種の口腔がんマーカータンパク質には、いずれもステージ特異的な差は観察されなかった。
【0061】
【表4】
図1