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特開2022-125104炭素繊維シ-ト、ガス拡散電極、膜-電極接合体、固体高分子形燃料電池、及び炭素繊維シートの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022125104
(43)【公開日】2022-08-26
(54)【発明の名称】炭素繊維シ-ト、ガス拡散電極、膜-電極接合体、固体高分子形燃料電池、及び炭素繊維シートの製造方法
(51)【国際特許分類】
   D04H 1/4242 20120101AFI20220819BHJP
   H01M 4/96 20060101ALI20220819BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20220819BHJP
【FI】
D04H1/4242
H01M4/96 B
H01M4/96 M
H01M8/10 101
【審査請求】有
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022101503
(22)【出願日】2022-06-24
(62)【分割の表示】P 2021080154の分割
【原出願日】2017-06-06
(71)【出願人】
【識別番号】000229542
【氏名又は名称】日本バイリーン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 佳織
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 達規
(72)【発明者】
【氏名】道畑 典子
(72)【発明者】
【氏名】多羅尾 隆
(57)【要約】
【課題】 柔軟性に優れ、取扱い性の優れる炭素繊維シート、ガス拡散電極、膜-電極接合体、及び固体高分子形燃料電池を提供すること。
【解決手段】 本発明の炭素繊維シートは、炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在する炭素繊維シートであり、前記粒子又は粒子凝集体として、炭素繊維の平均繊維径の1.5倍以上の直径を有する大型粒子又は大型粒子凝集体を、厚さ方向における炭素繊維間に含む。本発明のガス拡散電極、膜-電極接合体及び固体高分子形燃料電池は前記炭素繊維シートを使用したものである。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在する炭素繊維シートであり、前記粒子又は粒子凝集体として、炭素繊維の平均繊維径の1.5倍以上の直径を有する大型粒子又は大型粒子凝集体を、厚さ方向における炭素繊維間に含むことを特徴とする、炭素繊維シート。
【請求項2】
炭素繊維シートの厚さ方向における内部に、大型粒子又は大型粒子凝集体が存在していることを特徴とする、請求項1記載の炭素繊維シート。
【請求項3】
大型粒子又は大型粒子凝集体が略球形状を有することを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載の炭素繊維シート。
【請求項4】
大型粒子又は大型粒子凝集体が炭素繊維と点的に接触した状態で存在していることを特徴とする、請求項1~請求項3のいずれか一項に記載の炭素繊維シート。
【請求項5】
大型粒子又は大型粒子凝集体と炭素繊維との間に、皮膜が形成されていないことを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の炭素繊維シート。
【請求項6】
大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有することを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載の炭素繊維シート。
【請求項7】
請求項6に記載の炭素繊維シートを、ガス拡散電極用基材として用いることを特徴とする、炭素繊維シート。
【請求項8】
請求項6に記載の炭素繊維シートに、触媒が担持されていることを特徴とする、ガス拡散電極。
【請求項9】
請求項8に記載のガス拡散電極を備えていることを特徴とする、膜-電極接合体。
【請求項10】
請求項8に記載のガス拡散電極を備えていることを特徴とする、固体高分子形燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、炭素繊維シート、ガス拡散電極、膜-電極接合体、固体高分子形燃料電池、及び炭素繊維シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から炭素繊維シートはその導電性と多孔性を利用して、燃料電池用のガス拡散電極用基材として、また、電気二重層キャパシタの電極として、或いは、リチウムイオン二次電池の電極としての使用が検討されている。
【0003】
このような炭素繊維シートとして、炭素繊維と抄造用バインダとを混合した繊維ウエブを抄造し、この繊維ウエブにフェノール樹脂等の熱硬化性樹脂を含浸し、硬化させた後に、1000℃以上の温度で焼成することにより製造した、炭素繊維シートが知られている。炭素繊維シートの量産性を考慮すると、炭素繊維シートはロール状に巻くことのできる柔軟性を有していることが望まれるが、前記炭素繊維シートは導電性に優れるものの、ロール状に巻くことができず、柔軟性が不充分で取り扱い性が悪いものであった。
【0004】
また、本願出願人は、「ガラス繊維にアクリル樹脂及び/又は酢酸ビニル樹脂を含むバインダを付着せしめたガラス不織布からなるガス拡散電極用基材に、カーボンブラックと、ポリテトラフルオロエチレン樹脂又はポリフッ化ビニリデン樹脂とを含む導電性ペーストを被着焼成したガス拡散電極」(特許文献1)を提案しているが、ガラス繊維は剛性が高く、また、導電性ペーストが被着焼成していることによって、更に剛性が高くなっているため、柔軟性が不充分で取り扱い性の悪いものであった。
【0005】
このような柔軟性の問題点を解決できる炭素繊維シートとして、本願出願人は、「第1導電性材料と第1導電性材料間を繋ぐ第2導電性材料とを有する繊維状物を含む導電性多孔体であり、前記導電性多孔体は比表面積が100m/g以上であり、しかも曲げ強度が10MPa以上、かつ曲げたわみ量が1mm以上であることを特徴とする、導電性多孔体。」(特許文献2)を提案した。この導電性多孔体はある程度の柔軟性を有するものであったが、柔軟性が不充分で取り扱い性の悪いものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008-204945号公報
【0007】
【特許文献2】特開2017-59309号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明はこのような状況下でなされたものであり、柔軟性に優れ、取扱い性の優れる炭素繊維シート、ガス拡散電極、膜-電極接合体、固体高分子形燃料電池、及び炭素繊維シートの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の炭素繊維シートは、炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在する炭素繊維シートであり、前記粒子又は粒子凝集体として、炭素繊維の平均繊維径の1.5倍以上の直径を有する大型粒子又は大型粒子凝集体を、厚さ方向における炭素繊維間に含む。
【0010】
本発明の炭素繊維シートは、炭素繊維シートの厚さ方向における内部に、大型粒子又は大型粒子凝集体が存在している、大型粒子又は大型粒子凝集体が略球形状を有する、大型粒子又は大型粒子凝集体が炭素繊維と点的に接触した状態で存在している、大型粒子又は大型粒子凝集体と炭素繊維との間に、皮膜が形成されていない、及び/又は大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有する、のが好ましい。
【0011】
また、本発明の炭素繊維シートは、大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有する前記炭素繊維シートを、ガス拡散電極用基材として好適に用いることができる。
【0012】
更に、前記炭素繊維シートに、触媒が担持されているガス拡散電極、このガス拡散電極を備えている膜-電極接合体、このガス拡散電極を備えている固体高分子形燃料電池である。
【0013】
本発明の炭素繊維シートの製造方法は、炭化可能な樹脂を含有する紡糸液を用いて前駆炭素繊維を紡糸する段階、粒子又は粒子凝集体を前記前駆炭素繊維に供給する段階、厚さ方向における前駆炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在する前駆炭素繊維シートを形成する段階、前記前駆炭素繊維シートを構成する前駆炭素繊維を炭化させ、厚さ方向における炭素繊維間に、炭素繊維の平均繊維径よりも大きい直径を有する大型粒子又は大型粒子凝集体を含む炭素繊維シートとする段階、を含む。
【0014】
なお、粒子又は粒子凝集体を前記前駆炭素繊維に供給する段階を、粒子又は粒子凝集体を含む分散液を前駆炭素繊維へ噴霧して実施する、特に、粒子又は粒子凝集体を含む分散液を、電荷を有する液滴に断片化して、前駆炭素繊維へ噴霧して実施するのが好ましい。
【0015】
また、前駆炭素繊維を紡糸する段階を、静電紡糸法により実施するのが好ましく、大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有するのが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
本発明は、厚さ方向における炭素繊維間に炭素繊維の平均繊維径よりも大きい直径を有する大型粒子又は大型粒子凝集体が存在していることによって、炭素繊維同士の接点が少ないため、また、大型粒子又は大型粒子凝集体が存在していることによって炭素繊維が大型粒子又は大型粒子凝集体に沿って湾曲していることができるため、柔軟性が優れ、取扱い性に優れていると考えられる。また、大型粒子又は大型粒子凝集体が家における柱のような作用をするため、厚さ方向における圧力によっても破損しにくい、という効果も奏する。
【0017】
炭素繊維シートの厚さ方向における内部に、大型粒子又は大型粒子凝集体が存在していると、柔軟性により優れている。
【0018】
大型粒子又は大型粒子凝集体が略球形状を有すると、大型粒子又は大型粒子凝集体と炭素繊維との接触面積が小さく、炭素繊維の自由度があまり制限されていないため、炭素繊維シートは柔軟性により優れている。
【0019】
大型粒子又は大型粒子凝集体が炭素繊維と点的に接触した状態で存在していると、大型粒子又は大型粒子凝集体と炭素繊維との接触面積が小さく、炭素繊維の自由度があまり制限されていないため、炭素繊維シートは柔軟性により優れている。
【0020】
大型粒子又は大型粒子凝集体と炭素繊維との間に、皮膜が形成されていないと、炭素繊維の自由度があまり制限されていないため、炭素繊維シートは柔軟性により優れている。また、炭素繊維シートの空隙を有効に利用することができる。例えば、ガス拡散性や透水性に優れている。
【0021】
大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有すると、炭素繊維シートは導電性に優れているため、導電性を必要とする用途に好適に使用できる。
【0022】
大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有する炭素繊維シートは導電性に優れているため、ガス拡散電極用基材として好適である。
【0023】
ガス拡散電極は、大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有し、導電性の優れる炭素繊維シートに、触媒が担持されているため、電気抵抗が低く、充分な発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池を製造できる。
【0024】
膜-電極接合体は、前記ガス拡散電極を備えているため、電気抵抗が低く、充分な発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池を製造できる。
【0025】
固体高分子形燃料電池は、前記ガス拡散電極を備えているため、電気抵抗が低く、充分な発電性能を発揮できる。
【0026】
本発明の炭素繊維シートの製造方法は、粒子又は粒子凝集体を前駆炭素繊維に対して供給しているため、大型粒子又は大型粒子凝集体を、厚さ方向における炭素繊維間に含む炭素繊維シートを製造することができる。つまり、柔軟性に優れ、取り扱い性に優れる炭素繊維シートを製造することができる。
【0027】
なお、粒子又は粒子凝集体を含む分散液を前駆炭素繊維へ噴霧すると、大型粒子又は大型粒子凝集体と炭素繊維との間に、皮膜が形成されていない炭素繊維シートを製造しやすい。
【0028】
また、粒子又は粒子凝集体を含む分散液を、電荷を有する液滴に断片化して前駆炭素繊維へ噴霧すると、大型粒子又は大型粒子凝集体が略球形状を有し、大型粒子又は大型粒子凝集体が炭素繊維と点的に接触した状態で存在し、大型粒子又は大型粒子凝集体と炭素繊維との間に、皮膜が形成されていない炭素繊維シートを製造しやすい。
【0029】
更に、静電紡糸法により前駆炭素繊維を紡糸すると、細く、繊維径が揃っており、しかも連続した前駆炭素繊維を紡糸できる。したがって、導電性に優れ、しかも表面積が広く、炭素繊維表面を有効に利用できる炭素繊維シートを製造できる。
【0030】
更に、大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有すると、導電性の優れる炭素繊維シートを製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
図1】実施例1における炭素連続繊維不織布(炭素繊維シート)の厚さ方向断面における電子顕微鏡写真(2500倍)
図2】実施例1における炭素連続繊維不織布(炭素繊維シート)の炭素粒子凝集体の拡大電子顕微鏡写真(20000倍)
図3】実施例1における炭素連続繊維不織布(炭素繊維シート)の表面における電子顕微鏡写真(5000倍)
図4】比較例3におけるケッチェンブラックを付与した炭素連続繊維不織布の厚さ方向断面における電子顕微鏡写真(2500倍)
図5】比較例3におけるケッチェンブラックを付与した炭素連続繊維不織布の炭素粒子凝集体の拡大電子顕微鏡写真(20000倍)
図6】比較例3におけるケッチェンブラックを付与した炭素連続繊維不織布の表面における電子顕微鏡写真(5000倍)
【発明を実施するための形態】
【0032】
本発明の炭素繊維シートは、厚さ方向における炭素繊維間に、炭素繊維の平均繊維径よりも大きい直径を有する大型粒子又は大型粒子凝集体が存在していることによって、炭素繊維同士の接点が少なく、炭素繊維の自由度が高いため、また、大型粒子又は大型粒子凝集体が存在していることによって、炭素繊維が大型粒子又は大型粒子凝集体に沿って湾曲していることができ、炭素繊維シートを曲げた際の変形に追従できる余裕があるため、柔軟性が優れ、取扱い性に優れていると考えられる。また、大型粒子又は大型粒子凝集体が家における柱のような作用をするため、厚さ方向における圧力によっても破損しにくい、という効果も奏する。なお、「厚さ方向」とは、両表面に直交する直線と平行な方向を意味し、「両表面」とは、炭素繊維シートの中で、最も面積の広い面と、その面に対向する面を意味する。
【0033】
本発明の炭素繊維は、例えば、PAN系炭素繊維であることができる。また、炭素繊維は導電性材料を含んでいることができる。このように導電性材料を含んでいると、より導電性、機械的強度が優れている。このような導電性材料は、例えば、フラーレン、カーボンナノチューブ、カーボンナノホーン、グラファイト、グラフェン、気相成長カーボンファイバー、カーボンブラック、金属(例えば、金、白金、チタン、ニッケル、アルミ、銀、亜鉛、鉄、銅、マンガン、コバルト、ステンレスなど)、前記金属の金属酸化物の群の中から選ばれる1種類、又は2種類以上から構成することができる。これらの中でも、カーボンナノチューブは導電性に優れ、しかも炭素繊維中において長さ方向に配向しやすく、導電性、機械的強度を高めることができるため好適である。
【0034】
本発明の炭素繊維は繊維内部に空隙のない状態にあると、機械的強度及び導電性に優れているため好適である。この「繊維内部に空隙がない」とは、炭素繊維シートの厚さ方向における切断面において、輪郭が連続しており、横断面形状が明確な炭素繊維の横断面全体が1~3本納まる視野での炭素繊維の観察を10箇所で実施し、空隙が観察されない炭素繊維の本数が70%以上であることを意味する。なお、炭素繊維が前述のような導電性材料を含んでおり、炭素繊維シートを厚さ方向に切断した時に、導電性材料が脱落して形成されたことが明らかな空隙は、上記空隙に含まない。また、導電性材料自体が多孔で空隙を含んでいたとしても、導電性材料は不連続で、炭素繊維の機械的強度等へ与える影響が小さいため、炭素繊維が空隙を含む導電性材料を含んでいても、繊維内部に空隙がない、とみなす。
【0035】
本発明の炭素繊維の平均繊維径は特に限定するものではないが、炭素繊維自体の機械的強度が優れるように、また、炭素繊維同士の接触箇所がある程度あり、炭素繊維シートの機械的強度、導電性に優れているように、10nm~20μmであるのが好ましく、50nm~10μmであるのがより好ましく、100nm~5μmであるのが更に好ましい。
【0036】
本発明における「平均繊維径」は、炭素繊維の40点における繊維径の算術平均値を意味し、「繊維径」は、炭素繊維を顕微鏡写真で観察した際の長さ方向に直交する幅を意味する。
【0037】
なお、炭素繊維は導電性に優れているように、連続繊維であるのが好ましい。なお、本発明の炭素繊維シートをガス拡散電極用基材として用いる場合には、炭素繊維の繊維端部が実質的になく、固体高分子膜を損傷しないという効果も奏する。このような連続繊維である炭素繊維は、例えば、炭化可能な有機材料を含む紡糸液を用いて、連続した前駆炭素繊維を紡糸(例えば、静電紡糸法、スパンボンド法など)した後に、前記炭化可能な有機材料(前駆炭素繊維)を炭化して製造することができる。なお、「連続繊維」とは、電子顕微鏡を用いる炭素繊維シートの写真撮影を、撮影画像の一辺が炭素繊維の平均繊維径の60倍程度の長さとなる倍率で行なった場合に、電子顕微鏡写真1枚あたりの炭素繊維の端部数が0.3以下であることを意味する。つまり、電子顕微鏡写真20枚における炭素繊維の端部の総数を撮影枚数(20枚)で除した、電子顕微鏡写真1枚あたりの炭素繊維の端部数が0.3以下であることを意味する。なお、その写真撮影は、炭素繊維シートの切断部を含まない表面の中央部における、連続的に異なる箇所において行なう。例えば、平均繊維径が1μmの炭素繊維が連続繊維であるかどうかを確認する場合、電子顕微鏡を用いる写真撮影を、炭素繊維シートの切断部を含まない表面の中央部における、連続的に異なる箇所において、撮影画像の一辺が60μm程度となる倍率(2500倍)で20枚(4行×5列)行ない、電子顕微鏡写真1枚あたりの炭素繊維の端部数を算出し、0.3以下であれば、連続繊維と考えることができる。
【0038】
本発明の炭素繊維シートは1種類の炭素繊維から構成されている必要はなく、2種類以上の炭素繊維から構成することができる。例えば、導電性材料の有無、導電性材料の種類、炭素繊維内部の空隙の有無、平均繊維径、繊維長などから選ばれる少なくとも1点で相違する2種類以上の炭素繊維から構成することができる。
【0039】
本発明の炭素繊維シートを構成する炭素繊維同士は機械的強度が優れているように、また、導電性に優れているように、接合しているのが好ましい。なお、炭素繊維同士の接合は炭素繊維同士の密着性に優れ、機械的強度、導電性に優れているように、有機材料の炭化物によって接合しているのが好ましい。このような炭素繊維シートは、例えば、炭化可能な有機材料を含む有機繊維を含む繊維シートを炭化させることによって得ることができる。このような炭素繊維同士が接合した状態は、電子顕微鏡写真で確認することができる。例えば、図2は炭素繊維シートの炭素粒子凝集体の拡大電子顕微鏡写真であるが、炭素繊維同士が接合していることを確認できる。
【0040】
本発明の炭素繊維シートは、上述のような炭素繊維に加えて、粒子又は粒子凝集体を有しており、炭素繊維の平均繊維径よりも大きい直径を有する大型粒子又は大型粒子凝集体を、厚さ方向における炭素繊維間に含み、炭素繊維同士の接合が妨げられており、炭素繊維同士の接点が少ないため、また、大型粒子又は大型粒子凝集体が存在していることによって、炭素繊維が大型粒子又は大型粒子凝集体に沿って湾曲していることができるため、柔軟性が優れ、取扱い性に優れていると考えている。つまり、炭素繊維同士の接点が少なく、炭素繊維の自由度が比較的高く、また、炭素繊維が湾曲していると、炭素繊維シートを曲げた際の変形に追従できる余裕があるため、本発明の炭素繊維は柔軟性に優れていると考えられる。
【0041】
このように、本発明の炭素繊維シートを構成する大型粒子又は大型粒子凝集体が炭素繊維の平均繊維径よりも大きい直径を有するのであれば、炭素繊維同士の接合が妨げられ、柔軟性に優れる炭素繊維シートであるが、確実に炭素繊維同士の接合を妨げることができるように、大型粒子又は大型粒子凝集体の直径は炭素繊維の平均繊維径の1.5倍以上であるのが好ましく、2.0倍以上であるのがより好ましく、2.5倍以上であるのが更に好ましい。一方で、大型粒子又は大型粒子凝集体の直径が大き過ぎると、炭素繊維同士の接合がほとんどなくなり、炭素繊維シートの機械的強度、導電性等が著しく悪くなる傾向があるため、大型粒子又は大型粒子凝集体の直径は炭素繊維の平均繊維径の60倍以下であるのが好ましく、50倍以下であるのがより好ましく、40倍以下であるのが更に好ましい。なお、大型粒子又は大型粒子凝集体の直径は炭素繊維の平均繊維径よりも大きければ良く、特に限定するものではないが、0.1μm~1000μmであるのが好ましく、0.5μm~100μmであるのがより好ましく、1μm~30μmであるのが更に好ましく、1μm~10μmであるのが更に好ましい。
【0042】
この大型粒子又は大型粒子凝集体の「直径」は、炭素繊維シートの厚さ方向断面における電子顕微鏡写真を撮影し、電子顕微鏡写真に写っている50個の大型粒子又は大型粒子凝集体の直径の算術平均値をいう。なお、大型粒子又は大型粒子凝集体の形状が写真上、非円形である場合には、写真上における、大型粒子又は大型粒子凝集体の面積と同じ面積を有する円の直径を、大型粒子又は大型粒子凝集体の直径とみなす。
【0043】
本発明の大型粒子又は大型粒子凝集体を構成する材料は導電性であっても、非導電性であっても良いが、炭素繊維の導電性を利用する場合には、導電性の大型粒子又は大型粒子凝集体であるのが好ましい。前者の導電性材料は電気抵抗率が10Ω・cm以下の材料を意味し、例えば、カーボン(例えば、ケッチェンブラック、アセチレンブラック、カーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、フラーレン、カーボンナノホーン、グラファイト、グラフェンなど)、金属(銀、アルミニウム、ニッケル、金、パラジウム、プラチナ、カドミウム、コバルト、銅、鉄、亜鉛など)、導電性金属酸化物(酸化すずドープ酸化インジウム、酸化すず、酸化亜鉛など)を挙げることができ、カーボンは耐薬品性、導電性などの点から好適であり、特に、ケッチェンブラックやアセチレンブラックなどの導電性カーボンを使用するのが好ましい。
【0044】
他方、後者の非導電性材料は電気抵抗率が10Ω・cmを超える材料を意味し、例えば、非導電性金属酸化物(例えば、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化鉄、二酸化マンガン、酸化銅、酸化ニッケル、酸化コバルト、酸化亜鉛、チタン含有酸化物、ゼオライト、触媒担持セラミックスなど)、有機樹脂(ポリアミド系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリオレフィン系樹脂、フッ素系樹脂など)、活性炭粉体(例えば、水蒸気賦活炭、アルカリ処理活性炭、酸処理活性炭など)、イオン交換樹脂粉体、植物の種子などを挙げることができる。
【0045】
本発明の大型粒子又は大型粒子凝集体の形状は特に限定するものではないが、例えば、略球形状(略球状や真球状)、繊維状、針状(例えば、テトラポット状など)、平板状、多面体形状、羽毛状、不定形形状であることができる。これらの中でも、略球形状であると、炭素繊維との接触面積が小さく、炭素繊維の自由度を低下させにくいため、好適な形状である。
【0046】
なお、好適である略球形状とは、次の方法で測定されるアスペクト比が2.0以下であることを意味し、1.5以下であるのが好ましく、1.2以下であるのがより好ましい。
【0047】
(アスペクト比)
(1)炭素繊維シートの表面における電子顕微鏡写真において、個々の輪郭全体を明瞭に観察できる大型粒子又は大型粒子凝集体を選択する。
(2)選択した大型粒子又は大型粒子凝集体における外周上の2点を結んでできる最長の線分(最長線分)を引く。
(3)前記最長線分に対して直交し、選択した大型粒子又は大型粒子凝集体における外周上の2点を結んでできる最長の線分(直交線分)を引く。
(4)前記最長線分(長径)と直交線分(短径)との比を求める。つまり、最長線分(長径)/直交線分(短径)の値を求める。
(5)前記(1)~(4)の操作を任意に選択した50個の粒子に対しして実施し、最長線分(長径)/直交線分(短径)の算術平均値をアスペクト比とする。
【0048】
なお、大型粒子又は大型粒子凝集体は中空であっても、中実であっても良い。
【0049】
本発明の炭素繊維シートにおいては、大型粒子又は大型粒子凝集体は、直径、材料、形状、導電性か非導電性か、及び/又は、中空か中実か、から選ばれる少なくとも1点で相違する大型粒子又は大型粒子凝集体が混在していても良い。
【0050】
本発明の炭素繊維シートは大型粒子又は大型粒子凝集体を含むものであるが、炭素繊維シートの厚さ方向における内部に存在するように含んでいるのが好ましい。このように内部に存在していると、曲げによる応力が加わっても、大型粒子又は大型粒子凝集体がその応力を緩和するため、柔軟性により優れていると考えられる。なお、大型粒子又は大型粒子凝集体は炭素繊維シートの内部のみに存在することもできるが、柔軟性に優れているように、炭素繊維シートの内部に加えて、表面近傍にも存在しているのが好ましい。つまり、炭素繊維シートの厚さ方向全体にわたって、大型粒子又は大型粒子凝集体が存在しているのが好ましい。この炭素繊維シートの「内部」とは、炭素繊維シートの厚さ方向における断面写真を撮影し、両表面間を表面に平行な直線で三等分した時の真ん中の領域を意味し、「表面近傍」とは、前記直線で三等分した時の表面を含む領域を意味する。
【0051】
なお、炭素繊維シートの厚さ方向における内部に大型粒子又は大型粒子凝集体を含む場合、炭素繊維シートの内部全体に均一に大型粒子又は大型粒子凝集体が存在している必要はなく、大型粒子又は大型粒子凝集体の層と炭素繊維の層とが交互に存在していても良い。
【0052】
また、炭素繊維シートが内部にのみ大型粒子又は大型粒子凝集体を含む場合、表面近傍は炭素繊維のみ、又は大型粒子又は大型粒子凝集体のみから構成することができる。
【0053】
本発明における炭素繊維シートにおいて、大型粒子又は大型粒子凝集体はどのように存在していても良いが、大型粒子又は大型粒子凝集体が炭素繊維と点的に接触した状態で存在しているのが好ましい。このように点的に接触した状態で存在していると、大型粒子又は大型粒子凝集体と炭素繊維との接触面積が小さく、炭素繊維の自由度があまり制限されておらず、炭素繊維シートは柔軟性により優れているためである。このような点的に接触した状態は、略球形状を有する大型粒子又は大型粒子凝集体がその形状を変形させることなく、炭素繊維に接合している場合に達成しやすい。
【0054】
また、本発明における炭素繊維シートにおいて、大型粒子又は大型粒子凝集体は炭素繊維との間に皮膜が形成されていない状態で存在しているのが好ましい。このように皮膜が形成されていないと、炭素繊維の自由度があまり制限されておらず、炭素繊維シートは柔軟性により優れているためである。なお、皮膜が形成されていないと、炭素繊維シートの空隙を有効に利用することができるという効果も奏する。つまり、炭素繊維と大型粒子又は大型粒子凝集体との間に皮膜が形成されていると、その皮膜の近傍における炭素繊維シートの空隙を有効に利用できない傾向があるが、皮膜が形成されていなければ、炭素繊維シートの有する空隙を有効に利用することができる。このような「皮膜を形成していない」状態としては、例えば、大型粒子又は大型粒子凝集体が点的又は線的に、炭素繊維と接着、付着、溶着、又は固着した状態にある。なお、大型粒子又は大型粒子凝集体を、液状接着剤を使用して炭素繊維に接着した場合に、皮膜が形成されやすい。
【0055】
このように、本発明の炭素繊維シートは厚さ方向における炭素繊維間に大型粒子又は大型粒子凝集体を含むものであるが、厚さ方向に限定するものではなく、炭素繊維シートの面方向における炭素繊維間にも、大型粒子又は大型粒子凝集体を全面的に、又は部分的(千鳥状、正方配置、ランダムなど)に含んでいるのが好適である。特に、炭素繊維シートの厚さ方向及び面方向における全体の炭素繊維間に、大型粒子又は大型粒子凝集体を含むのが好ましい。面方向に大型粒子又は大型粒子凝集体を含む場合も、厚さ方向における炭素繊維間に存在する場合と同様に、大型粒子又は大型粒子凝集体が略球形状、炭素繊維と点的に接触した状態、及び/又は炭素繊維との間に皮膜が形成されておらず、炭素繊維シートの柔軟性を損なわないように、存在しているのが好ましい。
【0056】
また、本発明の炭素繊維シートは大型粒子又は大型粒子凝集体のみが存在している必要はなく、炭素繊維の平均繊維径と同じか、より小さい直径を有する小型粒子又は小型粒子凝集体も存在していても良い。本発明の炭素繊維シートにおいては、大型粒子又は大型粒子凝集体によって、柔軟性を有すると考えられるため、大型粒子又は大型粒子凝集体が多いのが好ましく、具体的には、大型粒子又は大型粒子凝集体は炭素繊維シートの厚さ方向における個数が1個以上であるのが好ましく、25個以上であるのがより好ましく、50個以上であるのが更に好ましい。なお、この個数は、炭素繊維シートの両表面が収まり、かつ撮影画像面積の80%以上を炭素繊維シートの断面が占める、撮影可能な倍率で、炭素繊維シートの厚さ方向における断面写真を20枚撮影した場合の、断面写真1枚あたりにおける、大型粒子又は大型粒子凝集体の個数を意味する。つまり、断面写真20枚における大型粒子又は大型粒子凝集体の個数の総数を、撮影枚数(20枚)で除した、断面写真1枚あたりの大型粒子又は大型粒子凝集体の個数を意味する。なお、写真撮影は、炭素繊維シートの端部を含まない断面の中央における、連続的に異なる箇所において行なう。
【0057】
本発明の炭素繊維シートは炭素繊維と粒子又は粒子凝集体とを含むものであるが、炭素繊維同士の接点が少ないように、粒子又は粒子凝集体は炭素繊維シート全体の1mass%以上を占めているのが好ましく、5mass%以上を占めているのがより好ましく、10mass%以上を占めているのが更に好ましい。なお、大型粒子又は大型粒子凝集体は炭素繊維シート全体の0.9mass%以上を占めているのが好ましく、4.5mass%以上を占めているのがより好ましく、9mass%以上を占めているのが更に好ましい。一方で、粒子又は粒子凝集体の量が多過ぎると、炭素繊維シートの強度が低くなり、この点から取り扱い性が悪くなる傾向があるため、粒子又は粒子凝集体は炭素繊維シート全体の99mass%以下を占めているのが好ましく、95mass%以下を占めているのがより好ましく、90mass%以下を占めているのが更に好ましい。本発明の大型粒子又は大型粒子凝集体は、粒子又は粒子凝集体全体に占める割合が高い方が好ましいため、大型粒子又は大型粒子凝集体は炭素繊維シート全体の99mass%以下を占めているのが好ましく、95mass%以下を占めているのがより好ましく、90mass%以下を占めているのが更に好ましい。
【0058】
本発明の炭素繊維シートは上述の通り、厚さ方向における炭素繊維間に、大型粒子又は大型粒子凝集体を含み、炭素繊維同士の接点が少ない、多孔性の状態にあるため、炭素繊維シート内部の空隙を有効に利用できるものである。具体的には、見掛密度が0.40g/cm以下の多孔性の状態にあるのが好ましい。見掛密度が小さければ小さい程、多孔性でその内部空隙を有効に利用できるため、0.20g/cm以下であるのがより好ましく、0.12g/cm以下であるのが更に好ましい。なお、見掛密度が小さ過ぎると、形態安定性に劣る傾向があるため、0.01g/cm以上であるのが好ましい。この「見掛密度」は「目付(単位:g/m)」を「厚さ(単位:μm)」で除することによって算出される値であり、「目付」は、炭素繊維シートを10cm角に切断して得た試料の質量を測定し、1mの大きさの質量に換算した値をいい、「厚さ」は、シックネスゲージ((株)ミツトヨ製:コードNo.547-401:測定力3.5N以下)を用いて測定した値をいう。
【0059】
なお、本発明の炭素シートは炭素繊維と大型粒子又は大型粒子凝集体とを含むものであるが、その他の材料を含むこともできる。例えば、レーヨン、ポリノジック、キュプラなどの再生繊維;アセテート繊維などの半合成繊維;ナイロン繊維、ビニロン繊維、フッ素繊維、ポリ塩化ビニル繊維、ポリエステル繊維、アクリル繊維、ポリエチレン繊維、ポリオレフィン繊維又はポリウレタン繊維などの合成繊維;ガラス繊維、セラミック繊維などの無機繊維;綿、麻などの植物繊維;羊毛、絹などの動物繊維;などを含むこともできる。
【0060】
本発明の炭素繊維シートの形態は特に限定するものではないが、例えば、炭素繊維がランダムに配向した不織布形態、繊維が規則正しく配向した織物又は編物形態であることができる。特に、不織布形態であると、空隙が微細で、高空隙率であるため好適である。
【0061】
本発明の炭素繊維シートの目付は特に限定するものではないが、機械的強度、導電性に優れているように、0.5~500g/mであるのが好ましく、1~400g/mであるのがより好ましく、3~300g/mであるのが更に好ましく、5~200g/mであるのが更に好ましい。また、厚さも特に限定するものではないが、1~2000μmであるのが好ましく、3~1000μmであるのがより好ましく、5~500μmであるのが更に好ましく、10~300μmが更に好ましい。
【0062】
本発明の炭素繊維シートを、導電性を必要とする用途に使用する場合、電気抵抗が500mΩ・cm以下であるのが好ましく、100mΩ・cm以下であるのがより好ましく、20mΩ・cm以下であるのが更に好ましい。この「電気抵抗」は次の手順により得られる値である。
(1)炭素繊維シートを5cm角(面積:25cm)に切断し、試料を調製する。
(2)試料を両面側から金メッキを施した金属プレートで挟み、金属プレートの積層方向に、2MPaで加圧下、1Aの電流(I)を印加した状態で、電圧(V)を計測する。
(3)抵抗(R=V/I)を算出する。
(4)抵抗(R)に試料の面積(25cm)を乗じることによって、電気抵抗を算出する。
【0063】
本発明の炭素繊維シートは柔軟で取り扱い性に優れるものであり、大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有する場合には、導電性が更に優れているため、電極用基材として好適に用いることができる。例えば、リチウムイオン二次電池又は電気二重層キャパシタの電極として用いた場合、容量の大きい二次電池又はキャパシタを作製できる。また、固体高分子形燃料電池のガス拡散電極用基材として用いた場合、優れた発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池を作製できる。
【0064】
本発明の大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有し、導電性の優れる炭素繊維シートをガス拡散電極用基材として用いる場合、導電性に優れているばかりでなく、本発明の炭素繊維シートは多孔性であるため、炭素繊維間の空隙に何も充填されていなければ、ガス拡散電極用基材(炭素繊維シート)の厚さ方向及び面方向への排水性に優れているとともに、供給したガスの拡散性に優れている。
【0065】
なお、ガス拡散電極用基材(炭素繊維シート)の炭素繊維間の空隙に、フッ素系樹脂を含んでいると、液水が押し出されやすいため、排水性に優れている。このフッ素系樹脂としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリクロロトリフルオロエチレン(PCTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリフッ化ビニル(PVF)、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂(PFA)、四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体(FEP)、エチレン・四フッ化エチレン共重合体(ETFE)、エチレン・クロロトリフルオロエチレン共重合体(ECTFE)、フッ化ビニリデン・テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体、及び前記樹脂を構成する各種モノマーの共重合体、などを挙げることができる。
【0066】
本発明のガス拡散電極は大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有し、導電性の優れる炭素繊維シートに、触媒が担持されているため、電気抵抗が低く、充分な発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池を製造できるものである。また、本発明のガス拡散電極は、炭素繊維シートに触媒が担持され、例えば、炭素繊維及び/又は大型粒子又は大型粒子凝集体の表面に触媒が担持され、触媒同士の接触による電子伝導だけではなく、炭素繊維及び/又は大型粒子又は大型粒子凝集体による電子伝導パスも形成されているため、電子伝導パスから孤立した触媒が少ない。そのため、効率的に触媒を利用でき、触媒量を少なくできるという効果も奏する。
【0067】
本発明のガス拡散電極は上述のような本発明の炭素繊維シートに触媒が担持されていること以外は、従来のガス拡散電極と全く同様の構造を有する。例えば、触媒としては、白金、白金合金、パラジウム、パラジウム合金、チタン、マンガン、マグネシウム、ランタン、バナジウム、ジルコニウム、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、金、ニッケル-ランタン合金、チタン-鉄合金などであることができ、これらから選ばれる1種類以上の触媒であることができる。
【0068】
なお、触媒以外にも、電子伝導体及びプロトン伝導体を含んでいるのが好ましく、電子伝導体として、カーボンブラック等の大型粒子又は大型粒子凝集体と同様の導電性材料からなるのが好適であり、触媒はこの電子伝導体に担持されていても良い。また、プロトン伝導体としては、イオン交換樹脂が好適である。
【0069】
このようなガス拡散電極は、例えば、次の方法で作製できる。まず、エチルアルコール、プロピルアルコール、ブチルアルコール、エチレングリコールジメチルエーテルなどからなる単一あるいは混合溶媒中に、触媒(例えば、白金などの触媒を担持したカーボン粉末)を加えて混合し、これにイオン交換樹脂溶液を加え、超音波分散等で均一に混合して触媒分散懸濁液とする。そして、本発明の炭素繊維シートに、前記触媒分散懸濁液をコーティング、或いは散布し、乾燥して、ガス拡散電極を製造することができる。
【0070】
本発明の膜-電極接合体は前述のような導電性の優れるガス拡散電極を備えているため、電気抵抗が低く、充分な発電性能を発揮できる固体高分子形燃料電池を製造できるものである。
【0071】
本発明の膜-電極接合体は前述のようなガス拡散電極を備えていること以外は、従来の膜-電極接合体と全く同様であることができる。例えば、固体高分子膜としては、パーフルオロカーボンスルホン酸系樹脂膜、スルホン化芳香族炭化水素系樹脂膜、アルキルスルホン化芳香族炭化水素系樹脂膜などであることができる。
【0072】
このような膜-電極接合体は、例えば、一対のガス拡散電極のそれぞれの触媒担持面の間に固体高分子膜を挟み、熱プレスすることによって接合して製造できる。また、前述のような触媒分散懸濁液を支持体に塗布して触媒層を形成した後、この触媒層を固体高分子膜に転写し、その後、触媒層に本発明の炭素繊維シートが当接するように積層し、熱プレスする方法によっても製造できる。
【0073】
本発明の固体高分子形燃料電池は、前記ガス拡散電極を備えているため、電気抵抗が低く、充分な発電性能を発揮できる。
【0074】
本発明の燃料電池は前述のようなガス拡散電極を備えていること以外は、従来の燃料電池と全く同様であることができる。例えば、前述のような膜-電極接合体を1対のバイポーラプレートで挟んだセル単位を複数積層した構造からなり、例えば、セル単位を複数積層し、固定して製造できる。
【0075】
なお、バイポーラプレートとしては、導電性が高く、ガスを透過せず、ガス拡散電極にガスを供給できる流路を有するものであれば良く、特に限定するものではないが、例えば、カーボン成形材料、カーボン-樹脂複合材料、金属材料などを用いることができる。
【0076】
本発明の炭素繊維シートは、例えば、炭化可能な樹脂を含有する紡糸液を用いて前駆炭素繊維を紡糸する段階、粒子又は粒子凝集体を前記前駆炭素繊維に供給する段階、厚さ方向における前駆炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在する前駆炭素繊維シートを形成する段階、前記前駆炭素繊維シートを構成する前駆炭素繊維を炭化させ、厚さ方向における炭素繊維間に、炭素繊維の平均繊維径よりも大きい直径を有する大型粒子又は大型粒子凝集体を含む炭素繊維シートとする段階、を含む方法により製造することができる。このように、厚さ方向における炭素繊維間に炭素繊維の平均繊維径よりも大きい直径を有する大型粒子又は大型粒子凝集体を介在させることによって、厚さ方向における炭素繊維同士の接点を少なくし、また、炭素繊維を大型粒子又は大型粒子凝集体に沿って湾曲させることができるため、柔軟性が優れ、取扱い性に優れる炭素繊維シートを製造できると考えられる。
【0077】
より具体的には、まず、炭化可能な樹脂を含有する紡糸液を用いて前駆炭素繊維を紡糸する段階を実施する。この炭化可能な樹脂は特に限定するものではないが、例えば、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂、キシレン樹脂、ウレタン樹脂、シリコーン樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂、熱硬化性ポリイミド樹脂、熱硬化性ポリアミド樹脂などの熱硬化性樹脂;ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリ酢酸ビニル樹脂、塩化ビニル樹脂、フッ素樹脂、ポリアクリロニトリル樹脂、アクリル樹脂、ポリエーテル系樹脂、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ピッチ、ポリアミノ酸樹脂、ポリベンゾイミダゾール樹脂などの熱可塑性樹脂;セルロース(多糖類)、タール;又はこれら樹脂のモノマーを成分とする共重合体(例えば、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合体、アクリロニトリル・スチレン共重合体など)などを挙げることができる。これらの中でも、アクリル樹脂、特にポリアクリロニトリルが85%以上のものを使用すると、炭化率が高く、繊維内部に空隙がなく、しかも高強度で高弾性率の炭素繊維としやすいため好適である。
【0078】
なお、炭素繊維の導電性、機械的強度を高めることができるように、導電性材料を混合することもできる。この導電性材料としては前述のような導電性材料であることができ、カーボンナノチューブであるのが好ましい。
【0079】
また、導電性材料に替えて、又は加えて、ポリジメチルシロキサンなどのシリコーンや、金属アルコキシド(ケイ素、アルミニウム、チタン、ジルコニウム、ホウ素、スズ、亜鉛などのメトキシド、エトキシド、プロポキシド、ブトキシドなど)が重合した無機ポリマーなど、公知の無機系化合物が重合したポリマーを混合することもできる。
【0080】
このような材料を準備した後、前駆炭素繊維を紡糸するために、炭化可能な樹脂を含有する紡糸液を調製する。場合によっては、導電性材料、シリコーン、及び/又は無機ポリマーを含有する紡糸液を調製する。
【0081】
紡糸液を構成する溶媒は炭化可能な樹脂が溶解可能な溶媒であれば良く、特に限定するものではないが、例えば、アセトン、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド、1,4-ジオキサン、ピリジン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、N-メチル-2-ピロリドン、アセトニトリル、ギ酸、トルエン、ベンゼン、シクロヘキサン、シクロヘキサノン、四塩化炭素、塩化メチレン、クロロホルム、トリクロロエタン、エチレンカーボネート、ジエチルカーボネート、プロピレンカーボネート、水等を挙げることができ、これらの溶媒の単独溶媒、又は混合溶媒であることができる。なお、紡糸性に問題がない範囲で、貧溶媒を添加することもできる。
【0082】
なお、紡糸液における炭化可能な樹脂の固形分濃度は、炭素繊維を形成できれば良く、特に限定するものではないが、1~50mass%であるのが好ましく、5~30mass%であるのがより好ましい。1mass%を下回ると、生産性が極端に低下し、50mass%を上回ると、紡糸が不安定になる傾向があるためである。
【0083】
次いで、上述のような紡糸液を用いて前駆炭素繊維を紡糸する。この前駆炭素繊維を形成する方法として、例えば、乾式紡糸法、静電紡糸法、特開2009-287138号公報に開示されているような、液吐出部から吐出された紡糸液に対してガスを平行に吐出し、紡糸液に対して、1本の直線状に剪断力を作用させて繊維化する方法、を挙げることができる。これらの中でも、静電紡糸法、又は特開2009-287138号公報に開示された紡糸方法によれば、平均繊維径が3μm以下の繊維径の小さい前駆炭素繊維を紡糸しやすいため好適である。また、乾式紡糸法又は静電紡糸法によれば、連続繊維である前駆炭素繊維を紡糸しやすいため好適である。特に、静電紡糸法によれば、繊維径が小さく、繊維径の揃った、連続繊維である前駆炭素繊維を紡糸でき、導電性に優れ、しかも表面積が広く、炭素繊維表面を有効に利用できる炭素繊維シートを製造できるため好適である。
【0084】
なお、本発明における「前駆炭素繊維」とは、炭化可能な樹脂が炭化していない状態の繊維を意味し、炭化可能な樹脂が炭化して炭素繊維を構成するため、炭素繊維の素となる繊維という意味で、前駆炭素繊維と表現している。
【0085】
次いで、粒子又は粒子凝集体を前記前駆炭素繊維に対して供給する段階を実施する。粒子又は粒子凝集体を供給することによって、厚さ方向における炭素繊維間に、大型粒子又は大型粒子凝集体を含む前駆炭素繊維シートを製造することができ、結果として、柔軟性に優れ、取り扱い性に優れる炭素繊維シートを製造することができる。
【0086】
この粒子又は粒子凝集体の供給方法は特に限定するものではないが、例えば、粒子又は粒子凝集体を圧縮気体の作用によって噴出する方法、粒子又は粒子凝集体を含む分散液を圧縮気体や超音波の作用によって噴霧する方法、粒子又は粒子凝集体を含む分散液を静電気の作用によって、電荷を有する液滴に断片化して噴霧する方法、などの方法を挙げることができる。これらの供給方法の中でも、粒子又は粒子凝集体を含む分散液を圧縮気体や超音波の作用によって噴霧する方法であると、前駆炭素繊維間に皮膜のない前駆炭素繊維シートを製造しやすいため好適である。特に、粒子又は粒子凝集体を含む分散液を静電気の作用によって、電荷を有する液滴に断片化して噴霧する方法は、大型粒子凝集体の場合には略球形状を有し、大型粒子又は大型粒子凝集体が前駆炭素繊維と点的に接触した状態で付着し、大型粒子又は大型粒子凝集体と前駆炭素繊維との間に、皮膜が形成されていない前駆炭素繊維シートを製造しやすいため好適である。つまり、液滴同士が電気的に反発して断片化するため、前駆炭素繊維間に大型粒子又は大型粒子凝集体を含む皮膜を形成しにくい。特に、前駆炭素繊維を静電紡糸法により紡糸した場合のように、帯電した前駆炭素繊維に対して、前駆炭素繊維の電荷と反対極性に帯電させた液滴を噴霧すると、電荷の作用により、大型粒子又は大型粒子凝集体を含む液滴を確実に前駆炭素繊維に付着させることができる。例えば、静電紡糸法により紡糸した前駆炭素繊維が捕集体上に集積する前の飛翔する前駆炭素繊維に対して、前駆炭素繊維の電荷と反対極性に帯電させた液滴を噴霧すると、電荷の作用により、大型粒子又は大型粒子凝集体を含む液滴を確実に前駆炭素繊維に付着させることができる。なお、帯電していない前駆炭素繊維に対して帯電させた液滴を噴霧する場合には、帯電させた液滴の極性は特に限定しない。例えば、静電紡糸法により紡糸した場合であっても、アースした捕集体上に集積し、非帯電となった前駆炭素繊維に対して帯電させた液滴を噴霧する場合には、極性に関係なく帯電させた液滴を噴霧して、大型粒子又は大型粒子凝集体を含む液滴を前駆炭素繊維に付着させることができる。
【0087】
この粒子又は粒子凝集体の前記前駆炭素繊維への供給は、例えば、紡糸後の飛翔状態にある前駆炭素繊維に対して、前駆炭素繊維が捕集体上に集積した直後の前駆炭素繊維に対して、或いは、前駆炭素繊維が捕集体上にある程度集積した後の前駆炭素繊維に対して、実施することができる。特に、紡糸後の飛翔状態にある前駆炭素繊維に対して、又は前駆炭素繊維が捕集体上に集積した直後の前駆炭素繊維に対して、粒子又は粒子凝集体を供給すると、前駆炭素繊維間の接触を妨げ、また、前駆炭素繊維を大型粒子又は大型粒子凝集体に沿って湾曲させることができる結果、柔軟性がより優れ、より取扱い性に優れる炭素繊維シートを製造しやすいと考えられるため、前記段階で粒子又は粒子凝集体を供給するのが好ましい。
【0088】
この粒子又は粒子凝集体としては、前述のような導電性又は非導電性の粒子又は粒子凝集体を使用することができる。特に、粒子又は粒子凝集体が導電性を有すると、導電性の優れる炭素繊維シートを製造できるため好適である。この導電性を高める場合、粒子又は粒子凝集体として、ケッチェンブラックやアセチレンブラックなどの導電性カーボンを使用するのが好ましい。
【0089】
なお、粒子又は粒子凝集体の分散液を使用する場合、分散液における溶媒は粒子又は粒子凝集体を溶解させることなく、分散させることのできるものであれば良く、特に限定するものではない。また、分散液における粒子又は粒子凝集体の濃度は特に限定するものではないが、1~80mass%であるのが好ましく、3~70mass%であるのがより好ましく、5~60mass%であるのが更に好ましい。
【0090】
また、導電性の粒子又は粒子凝集体の分散液を使用し、分散液を、電荷を有する液滴に断片化して噴霧する場合、断片化しにくい傾向があるため、有機樹脂を含む分散液を調製し、電荷を有する液滴に断片化しやすくするのが好ましい。このような有機樹脂としては、例えば、ナイロン樹脂、ビニロン樹脂、フッ素樹脂、ポリ塩化ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、ポリオレフィン樹脂、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコールを挙げることができる。
【0091】
このように有機樹脂を含む分散液を調製する場合、分散液における溶媒は、粒子又は粒子凝集体を溶解させることなく、分散させることができ、しかも有機樹脂を溶解又は分散させることのできるものであれば良く、特に限定するものではない。なお、分散液が有機樹脂を含む場合、分散液は導電性の粒子又は粒子凝集体を有機樹脂の融液中に分散させたものであっても良い。
【0092】
次いで、厚さ方向における前駆炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在する前駆炭素繊維シートを形成する段階を実施する。例えば、粒子又は粒子凝集体の前駆炭素繊維への供給を、紡糸後の飛翔状態にある前駆炭素繊維に対して実施した場合には、粒子又は粒子凝集体の付着した前駆炭素繊維を捕集体上に集積して、厚さ方向における前駆炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在する前駆炭素繊維シートを形成することができる。また、前駆炭素繊維が捕集体上に集積した直後の前駆炭素繊維に対して粒子又は粒子凝集体を供給した場合、粒子又は粒子凝集体の付着した前駆炭素繊維の上に前駆炭素繊維が集積し、その集積した直後の前駆炭素繊維に粒子又は粒子凝集体が供給されるため、前駆炭素繊維への粒子又は粒子凝集体の供給と同時に、厚さ方向における前駆炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在する前駆炭素繊維シートを形成することができる。更に、前駆炭素繊維が捕集体上にある程度集積した後のシート状の前駆炭素繊維に対して、粒子又は粒子凝集体を供給した場合、粒子又は粒子凝集体の付着したシート状の前駆炭素繊維を積層して、多層の前駆炭素繊維シートを形成することができる。
【0093】
この前駆炭素繊維シートを形成する段階で、前駆炭素繊維シートの内部の厚さ方向における前駆炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在するように、粒子又は粒子凝集体を供給すれば、厚さ方向における内部に粒子又は粒子凝集体が存在する炭素繊維シートを製造することができる。例えば、粒子又は粒子凝集体の前駆炭素繊維への供給を、紡糸後の飛翔状態にある前駆炭素繊維に対して実施する場合、また、前駆炭素繊維が捕集体上に集積した直後の前駆炭素繊維に対して粒子又は粒子凝集体を供給する場合、前駆炭素繊維シート内部を構成する前駆繊維に対して粒子又は粒子凝集体を供給すれば、内部の厚さ方向における前駆炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在する前駆炭素繊維シートを形成することができる。また、捕集体上にある程度集積した後のシート状の前駆炭素繊維に対して、粒子又は粒子凝集体を供給する場合、粒子又は粒子凝集体の付着したシート状の前駆炭素繊維が内部を構成するように積層して、内部の厚さ方向における前駆炭素繊維間に粒子又は粒子凝集体が存在する前駆炭素繊維シートを形成することができる。
【0094】
そして、この前駆炭素繊維シートを構成する前駆炭素繊維を炭化させ、本発明の炭素繊維シート、つまり、厚さ方向における炭素繊維間に、炭素繊維の平均繊維径よりも大きい直径を有する大型粒子又は大型粒子凝集体を含む炭素繊維シートを製造することができる。
【0095】
この炭化段階は、前駆炭素繊維を構成する炭化可能な樹脂を炭化できれば良く、特に限定するものではないが、例えば、窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性気体雰囲気中、最高温度800~3000℃で加熱して実施することができる。なお、昇温速度は5~100000℃/分であるのが好ましく、5~1000℃/分であるのがより好ましい。また、最高温度での保持時間は、3時間以内であるのが好ましく、1~120分間であるのがより好ましい。
【0096】
以上のような方法により、本発明の炭素繊維シートを製造することができるが、前駆炭素繊維を構成する炭化可能な樹脂がポリアクリロニトリル樹脂である場合には、炭化処理後も繊維形状を維持できるように、炭化処理の前に不融化工程を実施するのが好ましい。この不融化は、例えば、酸化雰囲気中、温度200~300℃で10~120分間加熱して実施できる。なお、不融化の加熱は2回以上、温度又は時間の異なる条件で実施することができる。
【0097】
以上は、本発明の炭素繊維シートの製造方法の一例であるが、各種後加工により、各用途に適合する物性を付与又は向上させることができる。例えば、本発明の炭素繊維シートを固体高分子形燃料電池のガス拡散電極用基材として使用する場合、炭素繊維シートの撥水性を高め、排水性及びガス拡散性を高めるために、ポリテトラフルオロエチレンディスパージョンなどのフッ素系樹脂ディスパージョン中に、炭素繊維シートを浸漬して、フッ素系樹脂を付与した後、温度300~350℃で焼結することができる。また、大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性である場合には、前駆炭素繊維シート又は炭素繊維シートを加圧することによって、前駆炭素繊維同士又は炭素繊維同士の密着性を高め、導電性を高めることもできる。しかしながら、本発明の炭素繊維シートは見掛密度が0.40g/cm以下の多孔性の状態にあるのが好ましいため、加圧力は適宜調整するのが好ましい。
【0098】
なお、内部に空隙のない炭素繊維からなる炭素繊維シートは、炭化率の高い炭化可能な樹脂を使用することによって製造しやすい。例えば、ポリアクリロニトリル、エポキシ樹脂、フェノール樹脂などを使用すると、内部に空隙のない炭素繊維からなる炭素繊維シートを製造しやすい。
【実施例0099】
以下に、本発明の実施例を記載するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0100】
(紡糸溶液の調製)
ポリアクリロニトリル(PAN)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)に加え、ロッキングミルを用いて溶解させ、固形分濃度15mass%の紡糸溶液を調製した。
【0101】
(粒子凝集体分散液の調製)
ケッチェンブラックの水ディスパージョン[ライオン(株)製、ライオンペーストW-311N、固形分量:16.5mass%、一次粒子径:40nm]に、ポリエチレングリコール[和光純薬工業(株)製、分子量:50万]、及び純水を混合し、ケッチェンブラック濃度を12mass%、ポリエチレングリコール濃度を0.7mass%としたカーボン分散液(粒子凝集体分散液)を調製した。
【0102】
(実施例1)
前記紡糸溶液を下記条件の静電紡糸法により紡糸して得た前駆炭素連続繊維を、対向電極であるステンレスドラム上に直接集積させるのと同時に、下記条件で前記カーボン分散液の静電スプレーを行ない、電荷を有する液滴に断片化して、ステンレスドラム上部から前駆炭素連続繊維の集積位置に向かって噴霧し、集積直後の前駆炭素連続繊維にケッチェンブラックを付着させ、前駆炭素連続繊維とケッチェンブラックとが混在した前駆炭素連続繊維不織布(前駆炭素連続繊維とケッチェンブラックの質量比=70:30)を作製した。
【0103】
続いて、前記前駆炭素連続繊維不織布に対して、空気中、温度220℃で30分、及び温度260℃で1時間の酸化処理を行い、前駆炭素連続繊維を構成するPANを不融化し、不融化前駆炭素連続繊維不織布とした。
【0104】
そして、不融化前駆炭素連続繊維不織布を、真空置換式電気炉を用いて、窒素ガス雰囲気下、最高温度800℃で1時間の炭化焼成処理(昇温速度:10℃/分)を実施して、炭素連続繊維不織布(平均繊維径:350nm、炭素連続繊維は繊維内部に空隙がない)を製造した。
【0105】
この炭素連続繊維不織布の厚さ方向断面、球状大型粒子凝集体の拡大、及び表面における電子顕微鏡写真(図1~3を参照)を撮影し、観察したところ、ケッチェンブラックが球状大型粒子凝集体(直径:4μm、アスペクト比:1.2)の形態で、厚さ方向における炭素繊維間に含まれていた(球状大型粒子凝集体の個数:50個)。また、ケッチェンブラックの球状大型粒子凝集体は炭素繊維に点的に接触した状態で、皮膜を形成することなく接着した状態にあった。更に、炭素連続繊維はその繊維同士で接合している箇所がある一方で、ケッチェンブラック球状大型粒子凝集体を介して炭素連続繊維同士が接合している箇所もみられた。更に、炭素連続繊維の一部はケッチェンブラック球状大型粒子凝集体によって湾曲した状態にあった。更に、炭素連続繊維不織布は、その内部、表面近傍を含む厚さ方向全体、及び面方向全体にわたって、ケッチェンブラック球状大型粒子凝集体を有していた。
【0106】

<静電紡糸条件>
電極:金属製ノズル(内径0.41mm)とアースしたステンレスドラム
吐出量:3.0g/時間
ノズル先端とステンレスドラムとの距離:10cm
印加電圧:+16kV
温度/湿度:25℃/30%RH
【0107】
<静電スプレー条件>
電極:金属性ノズル(内径0.41mm)とアースしたステンレスドラム
吐出量:2.5g/時間
ノズル先端とステンレスドラムとの距離:10cm
印加電圧:+18kV
温度/湿度:25℃/30%RH
【0108】
(実施例2)
カーボン分散液の噴霧量を増やし、前駆炭素連続繊維不織布における、前駆炭素連続繊維とケッチェンブラックとの混在質量比率を50:50としたこと以外は実施例1と同様にして、炭素連続繊維不織布(平均繊維径:350nm、炭素連続繊維は繊維内部に空隙がない)を製造した。この炭素連続繊維不織布の厚さ方向断面、球状大型粒子凝集体の拡大、及び表面における電子顕微鏡写真を撮影し、観察したところ、ケッチェンブラックが球状大型粒子凝集体(直径:4μm、アスペクト比:1.2)の形態で、厚さ方向における炭素繊維間に含まれていた(球状大型粒子凝集体の個数:80個)。また、ケッチェンブラックの球状大型粒子凝集体は炭素繊維に点的に接触した状態で、皮膜を形成することなく接着した状態にあった。更に、炭素連続繊維はその繊維同士で接合している箇所がある一方で、ケッチェンブラック球状大型粒子凝集体を介して炭素連続繊維同士が接合している箇所もみられた。更に、炭素連続繊維の一部はケッチェンブラック球状大型粒子凝集体によって湾曲した状態にあった。更に、炭素連続繊維不織布は、その内部、表面近傍を含む厚さ方向全体、及び面方向全体にわたって、ケッチェンブラック球状大型粒子凝集体を有していた。
【0109】
(実施例3)
カーボン分散液の噴霧量を増やし、前駆炭素連続繊維不織布における、前駆炭素連続繊維とケッチェンブラックとの混在質量比率を20:80としたこと以外は実施例1と同様にして、炭素連続繊維不織布(平均繊維径:350nm、炭素連続繊維は繊維内部に空隙がない)を製造した。この炭素連続繊維不織布の厚さ方向断面、球状大型粒子凝集体の拡大、及び表面における電子顕微鏡写真を撮影し、観察したところ、ケッチェンブラックが球状大型粒子凝集体(直径:4μm、アスペクト比:1.2)の形態で、厚さ方向における炭素繊維間に含まれていた(球状大型粒子凝集体の個数:150個)。また、ケッチェンブラックの球状大型粒子凝集体は炭素繊維に点的に接触した状態で、皮膜を形成することなく接着した状態にあった。更に、炭素連続繊維はその繊維同士で接合している箇所がある一方で、ケッチェンブラック球状大型粒子凝集体を介して炭素連続繊維同士が接合している箇所もみられた。更に、炭素連続繊維の一部はケッチェンブラック球状大型粒子凝集体によって湾曲した状態にあった。更に、炭素連続繊維不織布は、その内部、表面近傍を含む厚さ方向全体、及び面方向全体にわたって、ケッチェンブラック球状大型粒子凝集体を有していた。
【0110】
(比較例1)
静電スプレーによるカーボン分散液の噴霧を行なわなかったこと以外は実施例1と同様にして、PAN系炭素連続繊維(平均繊維径:350nm、炭素連続繊維は繊維内部に空隙がない)のみからなる炭素連続繊維不織布を製造した。この炭素連続繊維不織布の表面における電子顕微鏡写真を撮影し、観察したところ、炭素連続繊維は直線状で、炭素連続繊維はその繊維同士で接合している状態にあった。
【0111】
(比較例2)
前記紡糸溶液を実施例1と同じ条件の静電紡糸法により紡糸して得た前駆炭素連続繊維を、対向電極であるステンレスドラム上に直接集積して前駆炭素連続繊維不織布を形成した後、前記カーボン分散液を実施例1と同じ条件で前記カーボン分散液の静電スプレーを行ない、電荷を有する液滴に断片化して、ステンレスドラム上部から、既に集積して不織布形態となった前駆炭素連続繊維不織布に向かって噴霧し、表面にケッチェンブラックが付着した前駆炭素連続繊維不織布(前駆炭素連続繊維とケッチェンブラックの質量比=70:30)を作製した。
【0112】
続いて、実施例1と同様に、前駆炭素連続繊維の不融化及び炭化焼成処理を実施して、炭素連続繊維不織布(平均繊維径:350nm、炭素連続繊維は繊維内部に空隙がない)を製造した。
【0113】
この炭素連続繊維不織布の厚さ方向断面、球状大型粒子凝集体の拡大、及び表面における電子顕微鏡写真を撮影し、観察したところ、ケッチェンブラックが球状大型粒子凝集体(直径:4μm、アスペクト比:1.2)の形態で、面方向における炭素連続繊維間に、点的に皮膜を形成することなく接着した状態で含まれていたものの、厚さ方向における炭素繊維間には含まれていなかった。更に、炭素連続繊維は直線状で、炭素連続繊維はその繊維同士で接合している箇所があり、ケッチェンブラック球状大型粒子凝集体を介して炭素連続繊維同士が接合している箇所はみられなかった。つまり、炭素連続繊維同士の接合がケッチェンブラック球状大型粒子凝集体によって妨げられた箇所はなかった。更に、炭素連続繊維不織布は、その表面のみに、全面的に、ケッチェンブラック球状大型凝集体を有しており、ケッチェンブラック球状大型粒子凝集体は脱落しやすい状態にあった。
【0114】
(比較例3)
比較例1と同様にして作製した炭素連続繊維不織布を、ケッチェンブラックの水ディスパージョン[ライオン(株)製、ライオンペーストW-311N、固形分量:16.5mass%、一次粒子径:40nm]中に浸漬した後、温度80℃で1時間乾燥して、ケッチェンブラックを有する炭素連続繊維不織布(平均繊維径:350nm、炭素連続繊維とケッチェンブラックとの質量比=45:55、炭素連続繊維は繊維内部に空隙がない)を製造した。
【0115】
このケッチェンブラックを有する炭素連続繊維不織布の厚さ方向断面、ケッチェンブラックの拡大、及び表面における電子顕微鏡写真(図4~6を参照)を撮影し、観察したところ、ケッチェンブラックが皮膜の形態で、炭素連続繊維不織布の厚さ方向全体及び面方向全体において、炭素繊維シートの空隙を塞いだ状態にあった。なお、厚さ方向における炭素繊維間にケッチェンブラック球状大型粒子凝集体は含まれていなかった。なお、炭素連続繊維は直線状であり、炭素連続繊維はその繊維同士で接合している箇所がある一方で、ケッチェンブラックを含む皮膜で炭素連続繊維同士が接合している箇所もみられた。
【0116】
(比較例4)
フッ化ビニリデン・テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合物(THV)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)に加え、ロッキングミルを用いて溶解させ、濃度10mass%の溶液を得た。
【0117】
次いで、CVD法で合成されたカーボンナノチューブ(CNT)[商品名:VGCF-H(昭和電工(株)製)、繊維径:150nm、アスペクト比:40、多層カーボンナノチューブ]を前記溶液に混合し、撹拌した後、更にDMFを加えて希釈してカーボンナノチューブを分散させ、分散溶液を得た。
【0118】
更に、前記分散溶液に、クレゾールノボラックエポキシ樹脂を主剤とし、ノボラック型フェノール樹脂を硬化剤とする炭化可能な樹脂(EP)を加え、CNT:THV:EPの固形分質量比が40:30:30で、固形分濃度が16mass%の第1紡糸液を調製した。
【0119】
他方、ポリアクリロニトリル(PAN)をN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)に加え、ロッキングミルを用いて溶解させ、濃度20mass%の第2紡糸液を調製した。
【0120】
次いで、第1紡糸液を静電紡糸法により、下記条件で第1前駆炭素連続繊維を紡糸し、対向電極であるステンレスドラム上に、直接、集積すると同時に、前記第2紡糸液を静電紡糸法により、下記条件で第2前駆炭素連続繊維を紡糸し、直接、前記第1前駆炭素連続繊維集積体に衝突させて集積して、第1前駆炭素連続繊維と第2前駆炭素連続繊維とが混合した、前駆炭素連続繊維不織布を調製した。
【0121】

(静電紡糸条件)
(1)第1紡糸液
電極:金属性ノズル(内径:0.33mm)とアースしたステンレスドラム
吐出量:4g/時間
ノズル先端とステンレスドラムとの距離:8cm
印加電圧:+10kV
温度/湿度:25℃/35%RH
【0122】
(2)第2紡糸液
電極:金属性ノズル(内径:0.41mm)とアースしたステンレスドラム
吐出量:2g/時間
ノズル先端とステンレスドラムとの距離:12cm
印加電圧:+15kV
温度/湿度:25℃/35%RH
【0123】
次いで、カレンダーロール(線圧10N/cm)を用いて、前駆炭素連続繊維不織布の厚さを調整した後、温度150℃に設定した熱風乾燥機で1時間の熱処理を実施して、第1前駆炭素連続繊維を構成するエポキシ樹脂を硬化させ、硬化前駆炭素連続繊維不織布を調製した。
【0124】
続いて、実施例1と同様に、硬化前駆炭素連続繊維の不融化及び炭化焼成処理を実施して、炭素連続繊維不織布(平均繊維径:1.5μm、炭素連続繊維は内部に空隙を有する)を製造した。
【0125】
この炭素連続繊維不織布の表面における電子顕微鏡写真を撮影し、観察したところ、炭素連続繊維は直線状ではなく、湾曲した状態で、その繊維同士で接合していた。
【0126】
<電気抵抗の測定>
次の手順により、実施例1~3及び比較例1~4の炭素連続繊維不織布の電気抵抗を測定した。この結果は表1に示す通りであった。
(1)炭素連続繊維不織布を5cm角(面積:25cm)に切断し、試料を調製する。
(2)試料を両面側から金メッキを施した金属プレートで挟み、金属プレートの積層方向に、2MPaで加圧下、1Aの電流(I)を印加した状態で、電圧(V)を計測する。
(3)抵抗(R=V/I)を算出する。
(4)抵抗(R)に試料の面積(25cm)を乗じることによって、電気抵抗を算出する。
【0127】
<柔軟性の評価>
実施例1~3又は比較例1~4の炭素連続繊維不織布を、50mm角に切り取り、試料を調製した。次いで、この試料を二つ折りにした状態で、金属板で挟むことで1.2kPaの加重を5秒間かけた。その後、金属板の間から試料を取り出し、試料の破断状態、つまり、試料にヒビが入り、2つに破断したかどうかを確認した。この結果は表1に示す通りであった。
【0128】
【表1】
【0129】
表1の結果から、大型粒子又は大型粒子凝集体を、厚さ方向における炭素繊維間に含んでいることによって、二つ折りにしても破断しない柔軟性を有する炭素繊維不織布であることが分かった。また、導電性の大型粒子又は大型粒子凝集体を含んでいること によって、導電性にも優れていることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0130】
本発明の炭素繊維シートは柔軟で取り扱い性に優れるものであり、特に、大型粒子又は大型粒子凝集体が導電性を有する場合には、導電性も優れているため、電極用基材として好適に用いることができる。例えば、リチウムイオン二次電池又は電気二重層キャパシタの電極、固体高分子形燃料電池のガス拡散電極用基材として、好適に使用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6