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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022125543
(43)【公開日】2022-08-29
(54)【発明の名称】摺動システム
(51)【国際特許分類】
   C10M 169/04 20060101AFI20220822BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20220822BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20220822BHJP
   C10N 40/25 20060101ALN20220822BHJP
   C10N 40/04 20060101ALN20220822BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20220822BHJP
【FI】
C10M169/04
C23C14/06 A
C10N10:12
C10N40:25
C10N40:04
C10N30:06
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021023182
(22)【出願日】2021-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】000157083
【氏名又は名称】トヨタ自動車東日本株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100131026
【弁理士】
【氏名又は名称】藤木 博
(74)【代理人】
【識別番号】100194124
【弁理士】
【氏名又は名称】吉川 まゆみ
(72)【発明者】
【氏名】小池 亮
(72)【発明者】
【氏名】眞鍋 和幹
(72)【発明者】
【氏名】足立 幸志
【テーマコード(参考)】
4H104
4K029
【Fターム(参考)】
4H104FA06
4H104LA03
4H104PA03
4H104PA41
4K029AA02
4K029BA58
4K029BB07
4K029BD04
4K029CA04
4K029DD06
(57)【要約】
【課題】安定した低摩擦化までの時間を低減することができ、かつ、モリブデン系添加剤のタイプによらず優れた摩擦特性を得ることができる摺動システムを提供する。
【解決手段】相対移動し得る第1摺動部材10及び第2摺動部材20と、これらの間に介在しモリブデン系添加剤を含有する潤滑油30とを備える。第1摺動部材10の摺動面は立方晶構造を持つ窒化物を含む第1摺動被覆膜12よりなり、X線回折で測定される立方晶構造を持つ窒化物の結晶面のうち、(200)面に対する(111)面の面積比率が0.85以上である。第2摺動部材20の摺動面は、組成として鉄を含む第2摺動材料よりなる。摺動により、第1摺動被覆膜12の上に第2摺動部材20の鉄が移着し、モリブデン系添加剤と反応してFeの中間層が形成され、その上に、低摩擦のMoS表面層が形成される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対移動し得る第1摺動部材及び第2摺動部材と、これら第1摺動部材及び第2摺動部材の間に介在し、モリブデン系添加剤を含有する潤滑油とを備えた摺動システムであって、
前記第1摺動部材の摺動面は、立方晶構造を持つ窒化物を含む第1摺動被覆膜よりなり、
前記第2摺動部材の摺動面は、組成として鉄(Fe)を含む第2摺動材料よりなり、
前記第1摺動被覆膜は、X線回折で測定される前記窒化物の結晶面のうち、(200)面に対する(111)面の面積比率が0.85以上である
ことを特徴とする摺動システム。
【請求項2】
前記第2摺動材料は、鉄を90質量%以上含むことを特徴とする請求項1記載の摺動システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、相対移動し得る第1摺動部材及び第2摺動部材と、モリブデン系添加剤を含有する潤滑油とを備えた摺動システムに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車では、エンジン、トランスミッション等の様々な機械において、摺接しつつ相対移動する摺動部材を備えている。このような摺動部材を有する系(本明細書では「摺動システム」と言い、例えば、摺動機械が挙げられる)では、その摺動部分に作用する抵抗力(摺動抵抗)を小さくすることにより、性能の向上と共に稼動に必要なエネルギーの低減が図られる。このような摺動抵抗の低減は、通常、摺動面間に作用する摩擦係数の低減により達成される。摺動面間に作用する摩擦係数は、摺動面の表面状態と摺動面間の潤滑状態により異なる。このため摩擦係数の低減を図る場合、摺動面の表面改質と摺動面間へ供給する潤滑剤(潤滑油)の改良が検討される。
【0003】
潤滑油の改良としては、省燃費の観点から、近年ますます低粘度化されており、また、潤滑油の添加剤としてMoDTC(モリブデンジチオカーバメートまたはジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン)等のモリブデン系添加剤が標準的に使用されるようになっている。ここで、潤滑油の低粘度化にともない、摺動面に形成される油膜厚さが小さくなり、表面接触機会の増加により境界摩擦が増加し、摩耗、スカッフ、焼付き等の問題が起こりやすくなるが、モリブデン系添加剤は、表面に低摩擦な二硫化モリブデン(MoS)被膜を形成することにより、この問題を解決することができる。また、摺動面に用いられる材料の一つとしては、窒化クロム(CrN)膜がある。
【0004】
しかし、CrN膜は耐摩耗性に優れるものの、Cr-N結合が安定であるために、潤滑油中のMoDTCとの反応により低摩擦なMoS被膜を生成することが難しいという問題があった。そこで、例えば、特許文献1では、摺動面に非晶質状態のCrN膜を形成し、結晶の崩れによる未結合のCrがMoDTCと反応することにより低摩擦なMoS被膜を形成することができるようにすることが提案されている。また、特許文献2又は特許文献3では、摺動面にCrN膜を形成し、かつ、特定な化学構造を有するモリブデン化合物(Moの三核体からなる化学構造を有するもの、又は、ジアルキルジチオリン酸モリブデン(MoDTP))を潤滑油の添加剤として用いることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-45530号公報
【特許文献2】特許第6114730号公報
【特許文献3】特許第6667493号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の摺動部材では、摺動面の非晶質CrN膜における未結合CrがMoDTCと反応し、低摩擦のMoS表面層が形成される。MoSは摺動時に剥がれることによって低摩擦となるため、継続してCrとMoDTCの反応が必要であることから、MoSの形成の度に非晶質CrN中のCrが消費されることになり、摩耗は進行してしまうという問題があった。
【0007】
また、特許文献2又は特許文献3に記載の摺動システムでは、モリブデン系添加剤がMoDTC以外の特定の構造を有するものに限定され、選択性に欠けるという問題があった。
【0008】
本発明は、このような問題に基づきなされたものであり、安定した低摩擦化までの時間を低減することができ、かつ、汎用的なモリブデン系添加剤であっても、耐摩耗と低摩擦を両立する摺動システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の摺動システムは、相対移動し得る第1摺動部材及び第2摺動部材と、これら第1摺動部材及び第2摺動部材の間に介在し、モリブデン系添加剤を含有する潤滑油とを備えたものであって、第1摺動部材の摺動面は、立方晶構造を持つ窒化物を含む第1摺動被覆膜よりなり、第2摺動部材の摺動面は、組成として鉄(Fe)を含む第2摺動材料よりなり、第1摺動被覆膜は、X線回折で測定される窒化物の結晶面のうち、(200)面に対する(111)面の面積比率が0.85以上のものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明の摺動システムによれば、第1摺動部材の摺動面を、立方晶構造を持つ窒化物を含む第1摺動被覆膜により構成すると共に、第2摺動部材の摺動面を、組成として鉄を含む第2摺動材料により構成するようにしたので、第1摺動被覆膜の上に第2摺動部材の鉄が移着し、モリブデン系添加剤と反応して四酸化三鉄(Fe)の中間層が形成され、その上に、低摩擦のMoS表面層が形成される。立方晶構造を持つ窒化物としては、例えば、窒化クロム、窒化チタン(TiN)、又は、窒化クロムチタン(CrTiN)が挙げられるが、これらの窒化物と四酸化三鉄とはいずれも立方晶であり、かつ、四酸化三鉄の格子定数はこれらの窒化物のほぼ倍であり、結晶性が同等であるので、第1摺動被覆膜と四酸化三鉄の中間層とを容易に結合することができる。
【0011】
また、立方晶構造を持つ窒化物の(111)面は、他の(200)面等と比べて、四酸化三鉄中間層との結合の手が多い強固な結合となるので、第1摺動被覆膜における立方晶構造を持つ窒化物の結晶面について(200)面に対する(111)面の面積比率を0.85以上とすることにより、第1摺動被覆膜と中間層とを強固に結合することができ、中間層の剥離を抑制し、安定した低摩擦化に至るまでに時間を低減することができる。更に、各種のモリブデン系添加剤を用いることができるので、モリブデン系添加剤の選択性を向上させることができる。
【0012】
加えて、第2摺動材料が鉄を90質量%以上含む汎用的な鋼材や鋳鉄であれば、鉄の移着による四酸化三鉄の中間層の形成を容易とすることができ、より高い効果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の一実施の形態に係る摺動システムにおける摺動時の作用を説明するための模式図である。
図2】立方晶構造を持つ窒化物と四酸化三鉄との(200)面における結合構造を表す図である。
図3】立方晶構造を持つ窒化物と四酸化三鉄との(111)面における結合構造を表す図である。
図4】第1摺動被覆膜の窒化クロムの結晶面における(200)面に対する(111)面の面積比率と、低摩擦安定化までの摺動回数及び低摩擦安定化時の摩擦係数との関係を表す特性図である。
図5】低摩擦安定化までの摺動回数について実施例1と比較例1とを比較して表す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。
【0015】
図1は、本発明の一実施の形態に係る摺動システム1における摺動時の作用を説明するための模式図である。この摺動システム1は、相対移動し得る第1摺動部材10及び第2摺動部材20と、これら第1摺動部材10及び第2摺動部材20の間に介在し、モリブデン系添加剤を含有する潤滑油30とを備えたものである。本発明でいう「摺動システム」は、摺動部材と潤滑油を備えれば足り、機械としての完成体に限らず、その一部を構成する機械要素の組合わせ等でもよい。本発明の摺動システムは、適宜、摺動構造、摺動機械( 例えばエンジン、変速機)等と換言してもよい。
【0016】
第1摺動部材10及び第2摺動部材20は、相対移動する摺動面を有する機械部品であり、具体的には、動弁系を構成するカム、バルブリフタ(例えば、摺動面がカムとの接触面)、フォロワ、シム、バルブ、バルブガイド等、その他、シリンダライナー、ピストン(例えば、摺動面がピストンスカート)、ピストンリング、ピストンピン、クランクシャフト、歯車、ロータ、ロータハウジング、ポンプ等が挙げられる。中でも、自動車等のエンジンユニットや駆動系ユニット(変速機等)に好適に利用される。
【0017】
第1摺動部材10は、基材11の表面に立方晶構造を持つ窒化物を含む第1摺動被覆膜12を有しており、第1摺動部材10の摺動面は第1摺動被覆膜12により構成されている。立方晶構造を持つ窒化物としては、例えば、窒化クロム(CrN)、窒化チタン(TiN)、又は、窒化クロムチタン(CrTiN)が挙げられる。基材11は、各種装置の摺動部品であれば形状及び材質等に特に限定はなく、金属系基材(例えば鋼材)、セラミックス系基材、プラスチック系基材、ゴム系基材等のいずれであってもよい。
【0018】
第1摺動被覆膜12は、主として窒化クロム、窒化チタン又は窒化クロムチタンを含むことが好ましい。これらは耐摩耗性に優れるからである。なお、第1摺動被覆膜12は、例えば、クロム(Cr)及びチタン(Ti)の少なくとも一方と、窒素(N)とからなり、ドープ元素(例えば、酸素(O))等を含有していてもよい。また、これらの窒化物は、立方晶構造であり、格子定数が四酸化三鉄の半分程度である窒化物(CrN、TiNまたはCrTiN)であることが好ましい。
【0019】
また、第1摺動被覆膜12は、X線回折で測定される立方晶構造を持つ窒化物の結晶面のうち、(200)面に対する(111)面の面積比率が0.85以上である。これにより、安定した低摩擦化までの時間を短くすることができるからである。なお、第1摺動被覆膜12における立方晶構造を持つ窒化物の(200)面に対する(111)面の面積比率は、第1摺動被覆膜12についてX線回折で測定される立方晶構造を持つ窒化物の(111)面のピークからからバックグラウンドを引いた時のピーク面積値を、(200)面のピークからバックグラウンドを引いた時のピーク面積値で割ることにより求めることができる。立方晶構造を持つ窒化物の結晶面としては、例えば、(111)面、(200)面、(220)面、(222)面、及び、(311)面がある。
【0020】
第1摺動被覆膜12におけるX線回折で測定される立方晶構造を持つ窒化物の結晶面のうち、(200)面に対する(111)面の面積比率は1.0以上であればより好ましい。立方晶構造を持つ窒化物の(200)面に対する(111)面の面積比率が一定以上であれば一定の効果を得ることができるが、1.0以上とすればより高い効果を得ることができるからである。
【0021】
第1摺動被覆膜12の膜厚は、例えば、1μmから30μm程度である。第1摺動被覆膜12は、その成膜方法を問わないが、例えば、アークイオンプレティーング(AIP)法、又は、スパッタリング(SP)法(特にアンバランスドマグネトロンスパッタリング(UBMS)法)等の物理蒸着(PVD)法により形成することができる。その際、成膜条件を調整することにより窒化物の結晶方位を制御することができる。例えば、アークイオンプレティーング法であれば、反応ガスの導入条件を変えることにより、制御することができる。
【0022】
なお、アークイオンプレティーング法は、例えば、反応ガス(プロセスガス)中で、金属ターゲット(蒸発源)を陰極としてアーク放電を起こし、金属ターゲットから生じた金属イオンと反応ガス粒子を反応させて、バイアス電圧(負圧)を印加した被覆処理面に、緻密な皮膜を形成する方法である。本発明の場合、例えば、ターゲット金属をクロム及びチタンの少なくとも一方、反応ガスを窒素ガスとするとよい。また、ドープ元素を添加する場合には、そのドープ元素を含むターゲット又は反応ガスを用いるとよい。
【0023】
また、スパッタリング法は、ターゲットを陰極側、被覆処理面を陽極側として電圧を印加し、グロー放電により生じた不活性ガス原子イオンをターゲット表面に衝突させて、飛び出したターゲットの粒子(原子・分子)を被覆処理面に堆積させて皮膜を形成する方法である。本発明の場合、例えば、ターゲットを金属クロム及び金属チタンの少なくとも一方、不活性ガスをアルゴン(Ar)ガスとして、スパッタリングを行い、放出されたクロム原子(イオン)と窒素ガスを反応させることにより成膜することができる。
【0024】
第2摺動部材20の摺動面は、組成として鉄を含む第2摺動材料により構成されている。摺動により第2摺動部材20から鉄が第1摺動被覆膜12の上に移着し、モリブデン系添加剤と反応して、低摩擦のMoS表面層を形成することができるからである。第2摺動材料としては、例えば、クロム酸化物を表面に形成するステンレス鋼を除く鋼が挙げられる。第2摺動材料における鉄の含有量は、例えば、90質量%以上であることが好ましい。鉄以外にクロムを多く含むステンレス鋼では、クロム酸化物を形成するため、窒化物と結合する酸化鉄の形成を阻害するからである。
【0025】
潤滑油30に含有されるモリブデン系添加剤は、構成元素としてモリブデンを含む添加剤であり、例えば、摩擦調整剤及び酸化防止剤として用いられるモリブデン系添加剤を用いることができる。モリブデン系添加剤は、好ましくは、硫黄(S)を含有するものである。
【0026】
モリブデン系添加剤としては、従来用いられる公知のものを用いることができる。例えば、MoDTC、MoDTP、モリブデン酸ジアルキルアミン塩(Mo-Amn)、及び、モリブデンのトリマー(モリブデンの三核体)等の有機モリブデンが好ましく挙げられる。モリブデントリマーは、例えばMo又はMoからなり、Moからなると好ましい。モリブデントリマーは、そのような三核体からなる骨格(分子構造)を備える限り、末端に結合している官能基や分子量等は問わない。
【0027】
潤滑油30におけるモリブデン系添加剤の含有量は、潤滑油30の全体の質量に対してモリブデン量に換算して好ましくは25ppm~5000ppmであり、より好ましくは50ppm~5000ppmである。モリブデン系添加剤の含有量が25ppm以上であると十分な摩擦低減効果が得られる。MoDTC及びMoDTPでは、潤滑油30における含有量は、潤滑油30の全体の質量に対してモリブデン量に換算して好ましくは200ppm以上であり、より好ましくは400ppm以上である。モリブデントリマーでは、潤滑油30における含有量は、潤滑油30の全体の質量に対してMo量に換算して好ましくは25ppm以上であり、より好ましくは50ppm以上である。
【0028】
潤滑油30に用いられる基油(ベースオイル)としては、特に限定されずに、従来用いられる動物・植物油、鉱油、合成油等を用いることができる。基油は1種のみを単独で用いてもよいし、2種以上の混合物で用いてもよい。なお、基油の動粘度や粘度指数等は特に限定されず、摺動部材に通常用いられ得る範囲内に制御されていればよい。
【0029】
潤滑油30は、モリブデン系添加剤以外の添加物を含んでいてもよい。モリブデン系添加剤以外の添加物としては、例えば摩耗防止剤(例えばジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)、好ましくはセカンダリーアルキルタイプのZnDTP等)、防錆剤、金属不活性剤、加水分解防止剤、帯電防止剤、消泡剤、酸化防止剤(例えばZnDTP、好ましくはセカンダリーアルキルタイプのZnDTP等)、分散剤、清浄剤、極圧剤、摩擦調整剤、粘度指数向上剤、流動点降下剤、増粘剤、金属清浄剤(例えば過塩基性カルシウムスルホネート等)、無灰分散剤(例えばポリブテニルコハク酸イミド等)、腐食防止剤等が挙げられる。添加物は、例えば、摩耗防止剤及び酸化防止剤として用いられるZnDTPのように、2つ以上の用途で用いることもできる。モリブデン系添加剤以外の添加物の含有量は、潤滑油30の全体に対して通常20質量%以下であり、好ましくは15質量%以下であり、より好ましくは10質量%以下である。
【0030】
この摺動システム1における低摩擦化のメカニズムは以下のように推定される。まず、例えば、図1(A)に示したように、摺動面が立方晶構造を持つ窒化物を含む第1摺動被覆膜12よりなる第1摺動部材10と、摺動面が組成として鉄を含む第2摺動材料よりなる第2摺動部材20とをモリブデン系添加剤を含有する潤滑油の存在下において摺動させる。これにより、例えば、図1(B)に示したように、第1摺動被覆膜12の上に、第2摺動部材20から第2摺動部材の鉄が移着して移着膜13が形成される。第1摺動被覆膜12の窒化クロム等の立方晶構造を持つ窒化物は安定であるために、潤滑油30に含まれるモリブデン系添加剤との反応により低摩擦なMoS被膜を生成することが難しい。これに対して、移着膜13の鉄は活性であるので、例えば、図1(C)に示したように、モリブデン系添加剤と反応して四酸化三鉄の中間層14が形成され、その上に、低摩擦なMoS表面層15が形成される。
【0031】
窒化クロム等の立方晶構造を持つ窒化物と四酸化三鉄とはどちらも立方晶であり、かつ、四酸化三鉄の格子定数は窒化クロム等のほぼ倍であり、結晶性が同等であるので、第1摺動被覆膜12と四酸化三鉄の中間層14とは容易に結合される。また、本実施の形態では、第1摺動被覆膜12における立方晶構造を持つ窒化物の(200)面に対する(111)面の面積比率が0.85以上と大きくなっている。立方晶構造を持つ窒化物の(111)面は、立方晶構造を持つ窒化物の他の(200)面等と比べて、四酸化三鉄の中間層14との結合の手が多い強固な結合となる。例えば、図2に示したように、(200)面は結合の手が1本であるのに対して、図3に示したように、(111)面は結合の手が3本となる。よって、(200)面に対する(111)面の面積比率を0.85以上とより大きくすることにより、第1摺動被覆膜12と中間層14との結合がより強固となる。
【0032】
なお、図2及び図3において、グレーの丸は窒化クロムを構成する原子を表し、白丸は四酸化三鉄を構成する原子を表している。破線は窒化クロム又は四酸化三鉄を構成する原子の結合を表し、太実線は窒化クロムを構成する原子と四酸化三鉄を構成する原子との結合を表している。一点破線は、図2においては、窒化クロム又は四酸化三鉄の(200)面を表し、図3においては、窒化クロム又は四酸化三鉄の(111)面を表している。
【0033】
また、第2摺動部材20の表面にも、四酸化三鉄の中間層21が形成され、その上に、低摩擦なMoS表面層22が形成される。このように、第1摺動部材10及び第2摺動部材20の表面に低摩擦なMoS2表面層14,22が形成され、低摩擦化することができる。
【0034】
このように本実施の形態によれば、第1摺動部材10の摺動面を、立方晶構造を持つ窒化物を含む第1摺動被覆膜12により構成すると共に、第2摺動部材20の摺動面を、組成として鉄を含む第2摺動材料により構成するようにしたので、第1摺動被覆膜12の上に第2摺動部材20の鉄が移着し、モリブデン系添加剤と反応して四酸化三鉄の中間層14が形成され、その上に、低摩擦のMoS表面層15が形成される。窒化クロム、窒化チタン、又は、窒化クロムチタン等の立方晶構造を持つ窒化物と四酸化三鉄とはどちらも立方晶であり、かつ、四酸化三鉄の格子定数はこれらの窒化物のほぼ倍であり、結晶性が同等であるので、第1摺動被覆膜12と四酸化三鉄の中間層14とは容易に結合することができる。
【0035】
また、立方晶構造を持つ窒化物の(111)面は、他の(200)面等と比べて、四酸化三鉄中間層との結合の手が多い強固な結合となるので、第1摺動被覆膜12における立方晶構造を持つ窒化物の結晶面について(200)面に対する(111)面の面積比率を0.85以上とすることにより、第1摺動被覆膜12と中間層14とを強固に結合することができ、中間層14の剥離を抑制し、安定した低摩擦化に至るまでに時間を低減することができる。更に、各種のモリブデン系添加剤を用いることができるので、モリブデン系添加剤の選択性を向上させることができる。
【0036】
加えて、第2摺動材料20が鉄を90質量%以上含むようにしたので、鉄の移着による四酸化三鉄の中間層14の形成を容易とすることができ、より高い効果を得ることができる。
【実施例0037】
(実施例1,2)
第1摺動部材10の基材として、軸受鋼(SUJ2)よりなるボール状の試験片を用意し、AIP法により、窒素ガス中で、金属クロムからなるターゲットをアーク放電させて、表面に、窒化クロムよりなる第1摺動被覆膜12を形成した。その際、実施例1,2で、窒素ガスの導入条件を変化させることにより、第1摺動被覆膜12における窒化クロムの結晶方位を変化させた。
【0038】
成膜した第1摺動被覆膜12をX線回折(リガク製:SmartLab 90TF)により分析し、窒化クロムの結晶面における(111)面の面積比率を求めた。なお、窒化クロムの(111)面の面積比率は、X線回折で測定される窒化クロムの(200)面のピーク面積に対する(111)面のピーク面積の比率により求めた。その結果、窒化クロムの(200)面に対する(111)面の面積比率は、実施例1が1.12であり、実施例2が1.18であった。
【0039】
作製した各試験片について、潤滑油30の中で、ボールオンディスク型の摩擦試験を行った。潤滑油30には、基油を化学合成油であるポリアルファオレフィン(PAO8)とし、添加剤としてMoDTCをモリブデン量で200ppm添加したものを用いた。第2摺動部材20となる相手材は軸受鋼(SUJ2)とした。潤滑油の温度は80℃一定、荷重は10N、摺動速度は0.5m/sとし、低摩擦安定化までの摺動回数、及び、低摩擦安定化時の摩擦係数を測定した。
【0040】
(比較例1~5)
実施例1,2と同様にして、第1摺動被覆膜における窒化クロムの結晶方位を変化させた試験片を作製した。成膜した第1摺動被覆膜について、実施例1,2と同様にして、窒化クロムの結晶面における(200)面に対する(111)面の面積比率を求めた。その結果、窒化クロムの(200)面に対する(111)面の面積比率は、比較例1が0.10であり、比較例2が0.26、比較例3が0.33、比較例4が0.62、比較例5が0.57であった。作製した各試験片について、実施例1,2と同様にして、低摩擦安定化までの摺動回数、及び、低摩擦安定化時の摩擦係数を測定した。
【0041】
(評価)
表1及び図4に得られた結果を示す。図5は、低摩擦安定化までの摺動回数について実施例1と比較例1とを比較して示すものである。表1、図4及び図5に示したように、本実施例によれば、比較例に比べて、低摩擦安定化までの摺動回数、及び、低摩擦安定化時の摩擦係数を低減することができた。特に、図5に示したように、実施例1によれば、比較例1に比べて、低摩擦安定化までの時間を50%も短くできた。
【0042】
【表1】
【0043】
すなわち、第1摺動部材10の摺動面を、窒化クロム等の立方晶構造を持つ窒化物を含む第1摺動被覆膜12により構成し、第2摺動部材20の摺動面を、組成として鉄を含む第2摺動材料により構成し、第1摺動部材10と第2摺動部材20との間にモリブデン系添加剤を含有する潤滑油30を介在させると共に、第1摺動被覆膜10において、立方晶構造を持つ窒化物の結晶面のうち(200)面に対する(111)面の面積比率を0.85以上とすれば、低摩擦安定化までの摺動回数、及び、低摩擦安定化時の摩擦係数を低減することができることが分かった。
【0044】
以上、実施の形態を挙げて本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、種々変形可能である。
【符号の説明】
【0045】
1…摺動システム、10…第1摺動部材、11…基材、12…第1摺動被覆膜、13…移着膜、14…中間層、14…MoS表面層、20…第2摺動部材、21…中間層、22…MoS表面層、30…潤滑油
図1
図2
図3
図4
図5