(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022126016
(43)【公開日】2022-08-30
(54)【発明の名称】形質転換体
(51)【国際特許分類】
C12N 15/31 20060101AFI20220823BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20220823BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20220823BHJP
C07K 14/195 20060101ALN20220823BHJP
【FI】
C12N15/31 ZNA
C12N1/21
C12N1/20 A
C12N1/20 Z
C07K14/195
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021023828
(22)【出願日】2021-02-18
(71)【出願人】
【識別番号】592068200
【氏名又は名称】学校法人東京薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】八田国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 一哉
(72)【発明者】
【氏名】高妻 篤史
(72)【発明者】
【氏名】松元 陽歩
【テーマコード(参考)】
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065AA01Y
4B065AA26X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA01
4B065CA24
4B065CA60
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA11
4H045EA60
4H045FA74
(57)【要約】 (修正有)
【課題】凝集能及び/又はバイオフィルム形成能を向上させた形質転換体を提供する。
【解決手段】微生物に以下の(1)~(4)からなる群から選択される遺伝子を導入してなる形質転換体:(1)特定のDNA配列からなる遺伝子;(2)特定のDNA配列と配列同一性90%以上のDNA配列からなり、かつ、微生物の凝集能及び/又はバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;(3)特定のDNA配列において、1又は複数個のDNAが欠失、置換及び/又は付加され、かつ、微生物の凝集能及び/又はバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;並びに、(4)上記(1)~(3)のいずれかの遺伝子と相補的なDNA配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、微生物の凝集能及び/又はバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物に以下の(1)~(4)からなる群から選択される遺伝子を導入してなる形質転換体:
(1)配列番号1で表されるDNA配列からなる遺伝子;
(2)配列番号1で表されるDNA配列と配列同一性90%以上のDNA配列からなり、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(3)配列番号1で表されるDNA配列において、1または複数個のDNAが欠失、置換および/または付加され、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;ならびに
(4)上記(1)~(3)のいずれかの遺伝子と相補的なDNA配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【請求項2】
前記微生物が細菌である、請求項1に記載の形質転換体。
【請求項3】
前記微生物がプロテオバクテリア門に属する細菌から選択される、請求項1または2に記載の形質転換体。
【請求項4】
前記微生物がシュワネラ属(Shewanella)およびエスケリキア属(Escherichia)に属する細菌からなる群から選択される、請求項1~3のいずれか1項に記載の形質転換体。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の形質転換体を含む、バイオリアクター。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載の形質転換体を培養することを有する、バイオフィルムの形成方法。
【請求項7】
以下の(1)~(4)からなる群から選択される遺伝子を含む、微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能を向上させるためのキット:
(1)配列番号1で表されるDNA配列からなる遺伝子;
(2)配列番号1で表されるDNA配列と配列同一性90%以上のDNA配列からなり、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(3)配列番号1で表されるDNA配列において、1または複数個のDNAが欠失、置換および/または付加され、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;ならびに
(4)上記(1)~(3)のいずれかの遺伝子と相補的なDNA配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、形質転換体に関する。
【背景技術】
【0002】
微生物は、有用物質の生産や廃水/廃棄物の処理に利用されている。これらのプロセスにおける反応槽はバイオリアクターと呼ばれる。プロセスの効率(物質生産速度、廃棄物分解速度など)は、バイオリアクター内にいかに多くの微生物を保持するか(微生物量をいかに多くするか)に依存する。このために、活性汚泥廃水処理プロセスでは、微生物が凝集体を作りやすい環境を整えている。また、バイオリアクター内に固定床担体や流動床担体を入れ、その表面にバイオフィルムとして微生物を保持する試みもなされている。
【0003】
近年、廃棄物や廃水を燃料に電気エネルギーを生み出すバイオリアクターである微生物燃料電池が注目を集めている。微生物燃料電池の中では発電菌が電極上にバイオフィルムを形成し、その中で廃棄物中の有機物が酸化分解されて放出された電子が電極により回収されることで発電がおこなわれる。そこで、発電菌などの微生物を効率よく電極上に凝集させてバイオフィルムを形成することが微生物燃料電池における発電量を上げるための一つの方策となる。
【0004】
以上に示すように、バイオフィルムとして微生物を保持する技術は重要であり、従来の研究開発では、担体表面の物理的性質の最適化などが行われている。また、微生物を変異原性化合物で処理して突然変異を誘発し、バイオフィルム形成能が高い変異株を獲得する試みがなされている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Kouzuma A. et al., "Disruption of the putative cell surface polysaccharide biosynthesis gene SO3177 in Shewanella oneidensis MR-1 enhances adhesion to electrodes and current generation in microbial fuel cells", Applied and Environmental Microbiology, July 2010, p. 4151-4157.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、担体の物理化学的性質の最適化についてはすでに幅広い研究開発が行われ、これ以上の改善が望めない状況にある。また、突然変異体の取得には時間がかかり、さらに目的の変異体が得られる確率は高くない。よって、高い凝集能をもつ微生物をより迅速にかつ確実に取得する方法が望まれている。
【0007】
そこで本発明は、凝集能および/またはバイオフィルム形成能を向上させた形質転換体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果、微生物に以下の(1)~(4)からなる群から選択される遺伝子を導入してなる形質転換体によって上記課題を解決することを見出し、本発明の完成に至った:
(1)配列番号1で表されるDNA配列からなる遺伝子;
(2)配列番号1で表されるDNA配列と配列同一性90%以上のDNA配列からなり、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(3)配列番号1で表されるDNA配列において、1または複数個のDNAが欠失、置換および/または付加され、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;ならびに
(4)上記(1)~(3)のいずれかの遺伝子と相補的なDNA配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、凝集能および/またはバイオフィルム形成能を向上させた形質転換体を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例において構築したプラスミドpBBR-dgcSの構造を示す。
【
図2】実施例において作製した形質転換体が静止条件において形成するバイオフィルム量の結果を示すグラフである。
【
図3】S.oneidensis MR-1-OEおよびS.oneidensis MR-1
cが電気化学フローセルにおいて生成する電流量の結果を示すグラフである。
【
図4】S.oneidensis MR-1-OEおよびS.oneidensis MR-1
cが電気化学フローセルの電極上に形成したバイオフィルムのCLSM像を示す。
【
図5】S.oneidensis MR-1-OEおよびS.oneidensis MR-1
cが電気化学フローセルの電極上に形成したバイオフィルムを構成する細胞の総蛋白質量の測定結果を示す。
【
図6】実施例において使用した電気化学フローセルの模式図(A)および写真(B)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一形態に係る実施の形態を説明する。本発明は、以下の実施の形態のみには限定されない。
【0012】
本明細書において、範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味する。また、特記しない限り、操作および物性等の測定は室温(20~25℃)/相対湿度40~50%RHの条件で測定する。
【0013】
<形質転換体>
本発明の一形態は、微生物に以下の(1)~(4)からなる群から選択される遺伝子を導入してなる形質転換体である:
(1)配列番号1で表されるDNA配列からなる遺伝子;
(2)配列番号1で表されるDNA配列と配列同一性90%以上のDNA配列からなり、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(3)配列番号1で表されるDNA配列において、1または複数個のDNAが欠失、置換および/または付加され、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;ならびに
(4)上記(1)~(3)のいずれかの遺伝子と相補的なDNA配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0014】
本形態に係る微生物としては、細菌、酵母、藻類、カビなどが挙げられる。本形態に係る微生物は、好ましくは細菌であり、より好ましくはプロテオバクテリア門に属する細菌から選択される。
【0015】
本形態に係る微生物の具体例としては、シュワネラ(Shewanella)属、ジオバクター(Geobacter)属、ロドフェラックス(Rhodoferax)属、デスルフォバルブス(Desulfobulbus)属、デスルフォビブリオ属(Desulfovibrio)属、アクチノバチルス(Actinobacillus)属、エスケリキア(Escherichia)属、シュードモナス(Pseudomonas)属などに属する細菌を挙げることができる。
【0016】
シュワネラ属に属する細菌としては、シュワネラ・オネイデンシス(Shewanella oneidensis)、シュワネラ・ロイヒカ(Shewanella loihica)、シュワネラ・プトレファシエンス(Shewanella putrefaciens)、シュワネラ・アルガ(Shewanella algae)などが挙げられる。
【0017】
ジオバクター属に属する細菌としては、ジオバクター・サルフレドゥセンス(Geobacter sulfurreducens)、ジオバクター・メタリレドゥセンス(Geobacter metallireducens)などが挙げられる。
【0018】
ロドフェラックス(Rhodoferax)属に属する細菌としては、ロドフェラクス・フェリレヅセンス(Rhodoferax fermentans)などが挙げられる。
【0019】
デスルフォバルブス(Desulfobulbus)属に属する細菌としては、デスルフォバルブス・プロピオニクス(Desulfobulbus propionicus)などが挙げられる。
【0020】
デスルフォビブリオ属(Desulfovibrio)属に属する細菌としては、デスルフォビブリオ・デスルフリカン(Desulfovibrio desulfuricans)、デスルフォビブリオ・ブルガリス(Desulfovibrio vulgaris)などが挙げられる。
【0021】
アクチノバチルス(Actinobacillus)属に属する細菌としては、アクチノバチルス・サクシノゲネス(Actinobacillus succinogenes)などが挙げられる。
【0022】
エスケリキア(Escherichia)属に属する細菌としては、エスケリキア・コリ(Escherichia coli)などが挙げられる。
【0023】
本形態に係る微生物は、より好ましくはシュワネラ属(Shewanella)およびエスケリキア属(Escherichia)属に属する細菌からなる群から選択され、さらに好ましくはシュワネラ・オネイデンシス(Shewanella oneidensis)およびエスケリキア・コリ(Escherichia coli)から選択される。
【0024】
上記微生物は、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)、理化学研究所 微生物材料開発室(JCM)、米国菌培養収集所(ATCC)、ドイツ微生物細胞培養コレクション(DSMZ)などから入手することができる。
【0025】
上記微生物の培養は、使用する微生物に応じて通常の方法に従って行うことができる。
【0026】
微生物の種類によって、好気的条件下または嫌気的条件下で、形質転換体を培養する。前者の場合には、形質転換体の培養は、振とうあるいは通気攪拌などが行われてもよい。また、培養の条件(培養温度、培養時間、培地のpHなど)は、培地の組成や培養法によって適宜選択され、微生物が増殖できる条件であれば特に制限されず、培養する微生物の種類に応じて適宜選択できる。
【0027】
本形態に係る遺伝子は、微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする。
【0028】
本明細書において、「バイオフィルム」とは、固体や液体の表面上に微生物が付着してできる膜状の凝集体を意味する。
【0029】
本明細書において、「微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性」とは、細菌、酵母、藻類、カビなどの微生物の凝集および/またはバイオフィルム形成を促進することができる活性をいう。例えば、本形態に係る遺伝子が導入された細菌などの微生物は、導入されていない微生物と比較して、増殖が定常期に達した時点(例えば、最適培養温度で約24時間培養した時点)において形成されたバイオフィルムの570nmでの吸光度の値が1.2倍以上、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2.0倍以上に増大し得る。
【0030】
一実施形態では、本形態に係る遺伝子は、(1)配列番号1で表されるDNA配列からなる遺伝子(本明細書中、単に「dgcS遺伝子」とも称する)である。dgcS遺伝子は、シュワネラ・オネイデンシス(Shewanella oneidensis)MR-1株(本明細書中、単に「MR-1株」とも称する)由来の遺伝子である。MR-1株は、米国菌培養収集所(ATCC)から入手することができる(ATCC700550)。
【0031】
【0032】
dgcS遺伝子は、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子である。
【0033】
【0034】
dgcS遺伝子は、公知の方法によって作製することができる。例えば、配列番号1で表されるDNA配列を参考にプライマーを作製し、PCR法などで得ることができる。
【0035】
具体的には、配列番号1で表されるDNA配列の5’側および3’側の配列の中からそれぞれプライマーを作製する。これらのプライマーを用いてMR-1株のゲノムDNAを鋳型としてPCR法により目的のDNA領域を増幅することで、dgcS遺伝子を得ることができる。
【0036】
一実施形態では、本形態に係る遺伝子は、(2)上記配列番号1で表されるDNA配列と配列同一性90%以上のDNA配列からなり、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子である。配列同一性は、好ましくは95%以上であり、より好ましくは98%以上であり、さらに好ましくは99%以上である。
【0037】
本明細書において、DNA配列の配列同一性は、BLAST等の解析プログラムを用いて決定できる。BLASTを用いる場合は、プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。
【0038】
一実施形態では、本形態に係る遺伝子は、(3)配列番号1で表されるDNA配列において、1または複数個のDNAが欠失、置換および/または付加され、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子である。
【0039】
本明細書において、「1または複数個のDNAが欠失、置換および/または付加されたDNA配列」における「1または複数個」の範囲は、例えば1~20個、1~15個、1~10個、1~5個、1~4個、1~3個、1~2個、1個である。
【0040】
1または複数個のDNAが欠失、置換および/または付加されたDNA配列は、例えば化学合成、遺伝子工学的手法、突然変異誘発など公知の手法により作製することができる。具体的には、Sambrook J. et al., Molecular Cloning: A Laboratory Manual, Third Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (2001)、Ausbel F. M. et al., Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley and Sons (1987-1997)などに記載の方法に準じて行うことができる。
【0041】
一実施形態では、本形態に係る遺伝子は、(4)上記(1)~(3)のいずれかの遺伝子と相補的なDNA配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子である。
【0042】
本明細書において、「ストリンジェントな条件」は、低ストリンジェントな条件、中ストリンジェントな条件および高ストリンジェントな条件のいずれでもよい。「低ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%(w/v)SDS、50%(v/v)ホルムアミド、32℃の条件である。また、「中ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5%(w/v)SDS、50%(v/v)ホルムアミド、42℃の条件である。「高ストリンジェントな条件」は、例えば、5×SSC、5×デンハルト溶液、0.5(w/v)%SDS、50%(v/v)ホルムアミド、50℃の条件である。条件を厳しくするほど、二本鎖形成に必要とされる相補性の程度が高くなる。具体的には、例えば、これらの条件において、温度を上げるほど高い同一性を有するDNAが効率的に得られることが期待できる。ただし、ハイブリダイゼーションのストリンジェンシーに影響する要素としては、温度、プローブ濃度、プローブの長さ、イオン強度、時間、塩濃度など複数の要素が考えられ、当業者であればこれらの要素を適宜選択することで同様のストリンジェンシーを実現することが可能である。
【0043】
本明細書において、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズする遺伝子とは、上記(1)~(3)のいずれかの遺伝子と相補的なDNA配列からなるポリヌクレオチドの全部または一部をプローブとして、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法またはサザンハイブリダイゼーション法などを用いることにより得られるDNAをいう。
【0044】
本形態に係る形質転換体は、上記(1)~(4)からなる群から選択される遺伝子を上述の微生物(宿主微生物)に導入することにより作製することができる。例えば、上記(1)~(4)からなる群から選択される遺伝子を含むDNA断片を宿主微生物で機能する発現ベクターと連結して組換えベクターを作製し、当該組換えベクターを宿主微生物に導入して形質転換することにより、本形態に係る形質転換体を作製することができる。発現ベクターとしては、特に制限されず、プラスミド、バクテリオファージ、動物ウイルスなどが挙げられる。使用する発現ベクターは、宿主微生物に応じて適宜選択することができる。
【0045】
プラスミドとしては、例えばpBBR1MC2(Kovach,M.E. et al.,Gene,1995,Vol.166(1),p.175-176)、pKT230(ATCC 37294)、pUC18/19(Yanisch-Perron,C.,Vieira,J. and Messing,J.,1985,Gene,33,p.103-119)、pBHR1などの広宿主域ベクターが挙げられる。バクテリオファージとしては、例えば、λファージなどがあげられる。動物ウイルスとしては、例えば、レトロウイルス、ワクシニアウイルス、昆虫ウイルス(例えば、バキュロウイルスなど)などがあげられる。
【0046】
発現ベクターにおいて、本形態に係る遺伝子は、発現可能な状態でベクターに組み込まれることが必要である。発現可能な状態とは、宿主微生物において所定のプロモーターの制御下に発現されるように、遺伝子とプロモーターとを連結してベクターに組み込むことを意味する。発現ベクターには、上記(1)~(4)からなる群から選択される遺伝子のほか、プロモーターおよびターミネータ、所望によりエンハンサー等のシスエレメント、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、選択マーカー、リボソーム結合配列(SD配列)等を連結することができる。
【0047】
プロモーターとしては、Trpプロモーター、T7プロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、λPLプロモーター、lppプロモーター、cspAプロモーター、SPO1プロモーター、SPO2プロモーター、penPプロモーター、PHO5プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADH1プロモーター、GALプロモーターなどが挙げられる。
【0048】
選択マーカーとしては、例えばアンピシリン耐性遺伝子やカナマイシン耐性遺伝子やハイグロマイシン耐性遺伝子などの抗生物質耐性遺伝子が挙げられる。
【0049】
宿主微生物への組換えベクターの導入方法(形質転換方法)としては、従来公知の方法を適宜使用することができる。導入方法としては、接合伝達法、コンピテントセル法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、エレクトロポレーション法などが挙げられる。
【0050】
<バイオリアクター>
本発明の一形態は、上記本発明の一形態に係る形質転換体を含む、バイオリアクターである。
【0051】
本明細書において、バイオリアクターとは、生体触媒を用いて生化学反応を行う装置を意味し、前記生体触媒は、本発明の一形態に係る形質転換体を含む。本発明の一形態に係る形質転換体は、高い凝集能および/またはバイオフィルム形成能を有する。そのため、本発明の一形態に係る形質転換体は、内部により多くの微生物を保持することが必要なバイオリアクターに好適である。例えば、発電、廃水/廃棄物処理、有用物質の生産などに用いられるバイオリアクターが挙げられる。
【0052】
一実施形態において、本形態のバイオリアクターは、微生物燃料電池である。
【0053】
微生物燃料電池とは、微生物を利用して有機物(燃料)を電気エネルギーに変換する装置である。微生物燃料電池は、燃料(有機物の溶液)にマイナス極(アノード)とプラス極(カソード)とが浸されている。マイナス極では、燃料(有機物)が微生物により酸化分解される時に発生する電子を電極で回収する。その電子は外部回路を経由してプラス極に移動する。移動した電子はカソード極で、酸化剤の還元反応により消費される。マイナス極でおきる化学反応とプラス極で起きる化学反応の酸化還元電位(電子を授受する能力)の勾配に従い電子が流れる。二つの極の電位差と外部回路を流れる電流の積に相当するエネルギーが外部回路において得られる。現在、廃棄物バイオマスなどのエネルギー利用を可能にするものとして期待されている。なお、マイナス極の反応で副次的に生じる水素イオンは電極内の膜を通過してプラス極に到達する。水素イオンは、プラス極で電子および酸素と反応して水を生じる。
【0054】
バイオリアクターが微生物燃料電池である場合、宿主微生物は、好ましくはシュワネラ属に属する細菌から選択される少なくとも1種であり、より好ましくはシュワネラ・オネイデンシス(Shewanella oneidensis)、シュワネラ・ロイヒカ(Shewanella loihica)、シュワネラ・プトレファシエンス(Shewanella putrefaciens)およびシュワネラ・アルガ(Shewanella algae)からなる群から選択される少なくとも1種であり、さらに好ましくはシュワネラ・オネイデンシス(Shewanella oneidensis)であり、特に好ましくはシュワネラ・オネイデンシス(Shewanella oneidensis)MR-1株である。
【0055】
<バイオフィルムの形成方法>
本発明の一形態は、上記本発明の一形態に係る形質転換体を培養することを有する、バイオフィルムの形成方法である。
【0056】
上述のとおり、本発明に係る形質転換体は、バイオフィルム形成能が向上しているため、形質転換体を効率よく凝集させてバイオフィルムを形成することができる。
【0057】
本発明に係る形質転換体の培養は、宿主微生物の培養に用いられる通常の方法に従って行うことができる。
【0058】
形質転換体の種類によって、好気的条件下または嫌気的条件下で、形質転換体を培養する。前者の場合には、形質転換体の培養は、振とうあるいは通気攪拌などが行われてもよい。また、培養の条件(培養温度、培養時間、培地のpHなど)は、培地の組成や培養法によって適宜選択され、形質転換体が増殖できる条件であれば特に制限されず、培養する形質転換体の種類に応じて適宜選択できる。
【0059】
<キット>
本発明の一形態は、以下の(1)~(4)からなる群から選択される遺伝子を含む、微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能を向上させるためのキットである:
(1)配列番号1で表されるDNA配列からなる遺伝子;
(2)配列番号1で表されるDNA配列と配列同一性90%以上のDNA配列からなり、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;
(3)配列番号1で表されるDNA配列において、1または複数個のDNAが欠失、置換および/または付加され、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子;ならびに
(4)上記(1)~(3)のいずれかの遺伝子と相補的なDNA配列からなるポリヌクレオチドとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ微生物の凝集能および/またはバイオフィルム形成能の向上活性を有するタンパク質をコードする遺伝子。
【0060】
本形態に係る遺伝子については、上述と同様であるため、説明を省略する。
【0061】
一実施形態では、本形態に係るキットは、上述の遺伝子を含む組換えベクターを含む遺伝子導入キットであり、必要に応じて形質転換用試薬、取扱説明書などを含む。
【実施例0062】
以下に具体例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらの例に限定されない。
【0063】
<形質転換体の作製>
(1)プラスミドpBBR-dgcSの構築
はじめに、S.oneidensis MR-1株ゲノムを鋳型としてdgcS遺伝子開始コドンの71bp上流から終始コドンの29bp下流までの領域をプライマーペア(フォワードプライマー:CCCCGGTACCTATTCCGGCACACATATTGC(配列番号3)およびリバースプライマー:CCCCGAATTCCGCCGATAAAGAGCAGCATC(配列番号4))を用いたPhusion High-Fidelity DNA polymerase(New England Bio)によるPCRで増幅してdgcS遺伝子発現カセットとした。増幅したdgcS遺伝子発現カセットはQIAquick PCR Purification Kit(Qiagen)を用いて精製し、T4 polynucleotide kinase(New England Bio)で5’-末端脱リン酸化処理を行った。リン酸化下dgcS発現カセットをSmaIで開裂し、Antarctic phosphatase(New England Bio)を用いて5’-末端の脱リン酸化を施したpUC18へサブクローニングしPUC18-dgcSを作製した。pUC18-dgcSをEcoRI制限酵素とKpnI制限酵素とで処理してdgcS遺伝子発現カセットを切り出し、QIAEX-II Gel Extraction Kit(Qiagen)を用いてDNA断片の精製を行った。最後に、切り出したdgcS遺伝子発現カセットを、同様にEcoRI制限酵素とKpnI制限酵素とで処理したpBBR1MCS-2(Kovach et al., Gene, 1995, Vol. 166 (1), p. 175-176)へクローニングし、dgcS遺伝子発現プラスミド(pBBR-dgcS)(
図1)を作製した。
【0064】
(2)S.oneidensis MR-1株およびE.coli DH5α株へのプラスミドpBBR-dgcSの導入
作製したpBBR-dgcSは、E.coli WM6026株を用いた接合伝達により、S.oneidensis MR-1株へ導入した。また、E.coli DH5α株には、同株のコンピテントセルを用いた形質転換法を用いてpBBR-dgcSを導入した。
【0065】
(3)dgcS遺伝子が導入された形質転換体の選別
pBBR1MCS-2はカナマイシン(Km)耐性プラスミドである。したがって、pBBR-dgcSが導入された形質転換体はKm耐性プラスミドを保持している。上記(2)で得られた菌株をカナマイシン添加LB培地において培養し、カナマイシン耐性を示した菌株を形質転換体(S.oneidensis MR-1-OEおよびE.coli DH5α-OE)として選択した。
【0066】
<試験例1>静止条件におけるバイオフィルム形成へのdgcS遺伝子の構成的発現の影響
上記(2)および(3)と同様の方法により、コントロールとしてS.oneidensis MR-1株およびE.coli DH5α株へプラスミドpBBR1MCS-2を導入し、形質転換体(S.oneidensis MR-1cおよびE.coli DH5αc)(比較例)を作製した。
【0067】
各形質転換体を、LB培地を用いて37℃(E.coli)または30℃(S.oneidensis)で一晩振とう培養した。一晩培養物を100μLのLB培地で最終OD
600が0.01となるように希釈し、96ウェルプレートを用いて37℃(E.coli)または30℃(S.oneidensis)で24時間静置培養した。培養物は、浮遊細胞を取り除き、150μLの0.1%(w/v)クリスタルバイオレットで染色して、15分間インキュベートした。バイオフィルム中のクリスタルバイオレットを可溶化するために、200μLの30%(v/v)酢酸を各ウェルに添加し、室温で10分間インキュベートした。可溶化後、各ウェルから200μLのクリスタルバイオレット/酢酸溶液を新しいプレートに移した。サンプルをプレートリーダー上で570nmで測定した。結果を
図2に示す。
【0068】
図2に示すように、S.oneidensis MR-1-OEおよびE.coli DH5α-OEが静止条件において形成するバイオフィルム量は、それぞれS.oneidensis MR-1
cおよびE.coli DH5α
cと比べて、dgcS遺伝子の導入により増加することが分かる。
【0069】
<試験例2>培地流動条件の電気化学フローセルにおける電流生成やバイオフィルム形成へのdgcS遺伝子の構成的発現の影響
(1)電流生成量の測定
S.oneidensis MR-1-OEおよびS.oneidensis MR-1
cが電極上に形成する電気化学活性バイオフィルムにより生成される電流を測定するため、自作の電気化学フローセル(electrochemical flow cell;EFC、
図6参照)を用いて実験を行った。EFCのセットアップおよび運転は、文献(Kitayama et al., Appl Environ Microbiol, 2017, 83, p. 166-172)に記載の方法を参照して行った。
【0070】
EFCには、LB培地で前培養したS.oneidensis MR-1-OEまたはS.oneidensis MR-1cを初期菌体量がOD600=0.03となるように植菌した。EFCでは、乳酸最少培地(LMM)培地(Kitayama et al., Appl Environ Microbiol, 2017, 83, p. 166-172)を使用した。植菌後、約1時間培地を供給することなく培養し、形質転換体をEFC底部の作用極に付着させた。EFC運転中、培地を連続的に供給した。供給される培地は、常に高純度の窒素ガスでパージされ、嫌気条件を維持した。運転中、EFCは、30℃のインキュベータに設置された。
【0071】
電極には作用極に50cm
2のグラファイトプレート、対極に50cm
2チタンメッシュ、参照極にAg/AgCl電極(HX-R5、北斗電工株式会社製)を用い、ポテンショスタット(VMP3、BioLogic製)によって作用極電位を参照極に対して+0.2Vに設定した。この状態で、作用極と対極との間に流れる電流をポテンショスタットにより測定した。電流生成量は、電流量(μA)を作用極面積50cm
2で割った電流密度(μA/cm
2)を算出して評価した。結果を
図3に示す。
【0072】
図3に示すように、S.oneidensis MR-1-OEが電気化学フローセルにおいて生成する電流量は、S.oneidensis MR-1
cと比べて、dgcS遺伝子の導入により増加することが分かる。
【0073】
(2)バイオフィルム構造の画像(共焦点レーザー走査型顕微鏡(CLSM)像)の取得
S.oneidensis MR-1-OEおよびS.oneidensis MR-1
cが電極上に形成する電気化学活性バイオフィルムを観察するため、(1)と同様にして電気化学フローセルを用いて実験を行なった。EFCには嫌気条件下で緑色蛍光を示すタンパク質(anaerobic fluorescence protein;AFP)を発現させたS.oneidensis MR-1-OEまたはAFPを発現させたS.oneidensis MR-1
cを初期菌体量がOD
600=0.003となるように植菌した。EFCに形成されたバイオフィルムの観察は、正立型共焦点レーザー走査型顕微鏡(FV1200 BX61WI,Olympus製)を用いて行った。EFCを168時間運転した後、運転中のEFCの電位制御を一時停止し、EFC中央の観察窓を開放し対物レンズを培地内へ挿入した液浸状態でバイオフィルムの観察を行った。接眼レンズは40倍レンズを用い、観察時の励起光レーザー波長は473nmを用い、高感度検出器のダイクロイックミラーはFV12-MHSY(F)(Olympus製)を用いて緑色蛍光の観察し、バイオフィルム画像を取得した。結果を
図4に示す。
【0074】
結果を
図4に示すように、S.oneidensis MR-1-OEは、dgcS遺伝子の導入により、S.oneidensis MR-1
cと比べて、より密度の高いバイオフィルムを電気化学フローセルにおいて形成することが分かる。
【0075】
(3)バイオフィルムを構成する細胞の総蛋白量の測定
(1)と同様にしてEFCを168時間運転し形成されたバイオフィルム菌体を回収し、遠心により上清を除去し細胞ペレットを得た。0.8M NaOHを800μL加えて再懸濁した後、95℃で15分間熱処理し細胞を溶菌させた。その後、Micro bicinchoninic acid(BCA)protein assay kit(Thermo Fisher製)によりバイオフィルムを構成する細胞の総蛋白量を測定した。結果を
図5に示す。
【0076】
図5に示すように、S.oneidensis MR-1-OEが形成したバイオフィルムから得られた蛋白質量は、S.oneidensis MR-1
cのものと比べて約3倍の量であった。よって、dgcS遺伝子の導入により、MR-1株の凝集能が向上することが分かる。