(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022126852
(43)【公開日】2022-08-30
(54)【発明の名称】弾性表面波素子
(51)【国際特許分類】
H03H 9/145 20060101AFI20220823BHJP
H03H 9/25 20060101ALI20220823BHJP
【FI】
H03H9/145 C
H03H9/145 Z
H03H9/145 D
H03H9/25 C
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022104962
(22)【出願日】2022-06-29
(62)【分割の表示】P 2018215986の分割
【原出願日】2018-11-16
(71)【出願人】
【識別番号】320009163
【氏名又は名称】NDK SAW devices株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002756
【氏名又は名称】弁理士法人弥生特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松岡 直人
(72)【発明者】
【氏名】中村 麻樹子
(72)【発明者】
【氏名】吉元 進
(57)【要約】
【課題】ピストンモードの励振が可能な小型の弾性表面波素子を提供する。
【解決手段】弾性表面波素子は、圧電基板11と、その上面に形成された一対のバスバー2a、2bと、これらバスバー2a、2bから櫛歯状に伸び出す複数の電極指3a、3bとが設けられた一対のIDT電極とを備える。電極指3a、3bの交差領域ZABの端部側のエッジ領域EBでの弾性表面波の伝播速度は、交差領域ZABでの弾性表面波の伝播速度より低速であると共に、交差領域ZABにおける弾性表面波の伝播速度よりも、バスバー2a、2bが設けられたバスバー領域SBにおける弾性表面波の伝播速度が高速であり、さらに、
ギャップ領域RBにおける弾性表面波の伝播速度が、エッジ領域よりも高速、且つ、前記バスバー領域よりも低速とするため、エッジ領域EBからギャップ領域RBに亘る領域に伝播速度調節膜4が形成されている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電基板と、
前記圧電基板上に形成された一対のバスバーと、これらバスバーの各々から対向するバスバーに向かって互いに櫛歯状に伸び出す複数の電極指と、を備え、これら複数の電極指の並び方向に沿って見たとき、一方のバスバーに接続された電極指と、他方のバスバーに接続された電極指とが交差する領域である交差領域が形成された一対のIDT電極と、を備え、
前記交差領域の端部側の領域であって、前記複数の電極指の先端部を含む領域をエッジ領域と呼ぶとき、前記エッジ領域での弾性表面波の伝播速度が、前記交差領域での弾性表面波の伝播速度より低速であることと、
前記交差領域における弾性表面波の伝播速度よりも、前記バスバーが設けられた領域であるバスバー領域における弾性表面波の伝播速度が高速であることと、
前記エッジ領域と前記バスバー領域とに挟まれたギャップ領域における弾性表面波の伝播速度が、前記エッジ領域での弾性表面波の伝播速度よりも高速、且つ、前記バスバー領域での弾性表面波の伝播速度よりも低速であることと、
前記エッジ領域では、前記交差領域よりも弾性表面波の伝播速度を低下させると共に、前記エッジ領域と前記バスバー領域とに挟まれたギャップ領域では、弾性表面波の伝播速度が、前記エッジ領域での弾性表面波の伝播速度よりも高速、且つ、前記バスバー領域での弾性表面波の伝播速度よりも低速である状態とするため、前記エッジ領域から前記ギャップ領域に亘る領域に、弾性表面波の伝播速度を低下させるための伝播速度調節膜が形成されていることを特徴とする弾性表面波素子。
【請求項2】
前記エッジ領域には、前記交差領域よりも弾性表面波の伝播速度を低下させるための伝播速度調節膜が形成されていることを特徴とする請求項1に記載の弾性表面波素子。
【請求項3】
前記エッジ領域内に位置する電極指には、前記交差領域よりも弾性表面波の伝播速度を低下させるための拡幅部が形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の弾性表面波素子。
【請求項4】
前記交差領域よりもバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速にするため、前記電極指を構成する金属膜の厚さよりも、前記バスバーを構成する金属膜の厚さが薄いことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一つに記載の弾性表面波素子。
【請求項5】
前記交差領域よりもバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速にするため、前記電極指を構成する金属膜の密度よりも、前記バスバーを構成する金属膜の密度が小さいことを特徴とする請求項1ないし4のいずれか一つに記載の弾性表面波素子。
【請求項6】
前記IDT電極よりも上層側には、前記圧電基板の温度-周波数特性とは反対の方向に周波数が変化する温度-周波数特性を有する誘電体膜が形成されていることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか一つに記載の弾性表面波素子。
【請求項7】
前記交差領域よりもバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速にするため、電極指が配置された電極指領域に形成された誘電体膜の厚さよりも、前記バスバー領域に形成された誘電体膜の厚さが薄いことを特徴とする請求項6に記載の弾性表面波素子。
【請求項8】
前記交差領域よりもバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速にするため、電極指が配置された電極指領域に形成された誘電体膜よりも、前記バスバー領域に形成された誘電体膜の方が、弾性表面波の伝播速度が速い誘電体により構成されていることを特徴とする請求項6または7に記載の弾性表面波素子。
【請求項9】
前記交差領域よりもバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速にするため、電極指が配置された電極指領域には誘電体膜が形成され、前記バスバー領域には誘電体膜が形成されていないことを特徴とする請求項6ないし8のいずれか一つに記載の弾性表面波素子。
【請求項10】
前記圧電基板は、LiNbO3またはLiTaO3であり、前記誘電体膜は酸化ケイ素、酸窒化ケイ素またはフッ素ドープ酸化ケイ素であることを特徴とする請求項6ないし9のいずれか一つに記載の弾性表面波素子。
【請求項11】
隣り合って配置された電極指の中心線間の距離dに対し、当該電極指の延伸方向に沿って見た前記交差領域の端部とバスバーとの間幅が0.1d~2dの範囲内であることを特徴とする請求項1ないし10のいずれか一つに記載の弾性表面波素子。
【請求項12】
弾性表面波素子に耐候性を持たせるため、あるいは周波数調整を行うために、当該弾性表面波素子の最上層に形成された上層膜を備えたことを特徴とする請求項1ないし11のいずれか一つに記載の弾性表面波素子。
【請求項13】
前記上層膜は窒化ケイ素であることを特徴とする請求項12に記載の弾性表面波素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は周波数信号を弾性表面波に変換する弾性表面波素子に関する。
【背景技術】
【0002】
Q値が高くスプリアスの少ない弾性表面波素子として、ピストンモードで動作するものが開発されている(例えば特許文献1、2)。ピストンモードは、弾性表面波(SAW:Surface Acoustic Wave)の振動モードの1つであり、後述の
図1(c)に示すように、励振領域ではSAWの振幅がほぼ一定である一方、その外部側の領域にて急激に振幅が減少する振幅分布を示す。
【0003】
SAWの励振にあたっては、バスバーに多数の電極指を接続した櫛歯電極が用いられる。弾性表面波素子(SAW素子)は、電極指の並び方向に見て、電極指が交差するように2つの櫛歯電極を対向して配置したIDT(Interdigital Transducer)電極が設けられる。一方の櫛歯電極に所定の周波数を有する周波数信号を入力することによりSAWが励振され、他方の櫛歯電極へと伝播する。
【0004】
特許文献1、2に記載の技術は、対向して配置された2つのバスバー間の領域について、バスバーが伸びる方向に沿って中央の領域、その両脇の2領域、さらに両脇の2領域の5つ(特許文献1:中央領域、エッジ領域、ギャップ領域、特許文献2:中央励起領域、内縁領域、外縁領域)に分けている。そして、中央の両脇の領域に位置する電極指(特許文献1は「電極部」と記載)の幅を大きくしたり、狭くしたりすることなどによりピストンモードを得ている。また、特許文献1では、ギャップ領域のギャップ長寸法を1~3音響波長程度確保する必要がある旨が記載されている。
【0005】
しかしながらこれらの手法は、通常のIDT電極に比べギャップ長の寸法(特許文献1のギャップ領域や特許文献2の外縁領域の寸法)が長くなるため、素子(特許文献1:音響波装置、特許文献2:電気音響変換器)が大型化してしまう問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第5221616号公報
【特許文献2】特許第5503020号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこのような事情の下になされたものであり、ピストンモードの励振が可能な小型の弾性表面波素子を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本弾性表面波素子は、圧電基板と、
前記圧電基板上に形成された一対のバスバーと、これらバスバーの各々から対向するバスバーに向かって互いに櫛歯状に伸び出す複数の電極指と、を備え、これら複数の電極指の並び方向に沿って見たとき、一方のバスバーに接続された電極指と、他方のバスバーに接続された電極指とが交差する領域である交差領域が形成された一対のIDT電極と、を備え、
前記交差領域の端部側の領域であって、前記複数の電極指の先端部を含む領域をエッジ領域と呼ぶとき、前記エッジ領域での弾性表面波の伝播速度が、前記交差領域での弾性表面波の伝播速度より低速であることと、
前記交差領域における弾性表面波の伝播速度よりも、前記バスバーが設けられた領域であるバスバー領域における弾性表面波の伝播速度が高速であることと、を特徴とする。
【0009】
上述の弾性表面波素子は、以下の構成を備えていてもよい。
(a)前記エッジ領域には、前記交差領域よりも弾性表面波の伝搬速度を低下させるための伝搬速度調節膜が形成されていること。または、前記エッジ領域内に位置する電極指には、前記交差領域よりも弾性表面波の伝搬速度を低下させるための拡幅部が形成されていること。
(b)前記交差領域よりもバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速にするため、前記電極指を構成する金属膜の厚さよりも、前記バスバーを構成する金属膜の厚さが薄いこと。
(c)前記交差領域よりもバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速にするため、前記電極指を構成する金属膜の密度よりも、前記バスバーを構成する金属膜の密度が小さいこと。
(d)前記IDT電極よりも上層側には、前記圧電基板の温度-周波数特性とは反対の方向に周波数が変化する温度-周波数特性を有する誘電体膜が形成されていること。
(e)前記交差領域よりもバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速にするため、電極指が配置された電極指領域に形成された誘電体膜の厚さよりも、前記バスバー領域に形成された誘電体膜の厚さが薄いこと。または、前記交差領域よりもバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速にするため、電極指が配置された電極指領域には誘電体膜が形成され、前記バスバー領域には誘電体膜が形成されていないこと。
(f)前記交差領域よりもバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速にするため、電極指が配置された電極指領域に形成された誘電体膜よりも、前記バスバー領域に形成された誘電体膜の方が、弾性表面波の伝播速度が速い誘電体により構成されていること。
(g)(d)~(f)において、前記圧電基板は、LiNbO3またはLiTaO3であり、前記誘電体膜は酸化ケイ素、酸窒化ケイ素またはフッ素ドープ酸化ケイ素であること。
【0010】
(h)前記一対のバスバーの各々について、一方のバスバーに接続された複数の電極指の先端部と、他方のバスバーとの間に、これらの先端部から離れて、他方のバスバーから伸び出す複数のダミー電極が形成されていること。前記ダミー電極が形成されている領域であるダミー領域には、前記弾性表面波の伝播速度を低下させるための伝播速度調節膜が形成されていること。
(i)隣り合って配置された電極指の中心線間の距離dに対し、当該電極指の延伸方向に沿って見た前記交差領域の端部とバスバーとの間幅が0.1d~2dの範囲内であること。
(j)弾性表面波素子に耐候性を持たせるため、あるいは周波数調整を行うために、当該弾性表面波素子の最上層に形成された上層膜を備えたこと。前記上層膜は窒化ケイ素であること。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、エッジ領域での弾性表面波の伝播速度を、交差領域での弾性表面波の伝播速度より低速とし、一対のIDT電極の電極指が交差する交差領域における弾性表面波の伝播速度よりも、バスバーが設けられたバスバー領域における弾性表面波の伝播速度を高速としているので、従来のIDT電極に長いギャップ長寸法を設けなくとも、ピストンモードの弾性表面波を励振することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】ピストンモードを励振するための基本構成を示す説明図である。
【
図2】第1の実施の形態に係るSAW素子の構成図である。
【
図3】第2の実施の形態に係るSAW素子の構成図である。
【
図4】第3の実施の形態に係るSAW素子の構成図である。
【
図5】第1の変形例に係るSAW素子の構成図である。
【
図6】第2の変形例に係るSAW素子の構成図である。
【
図7】第3の変形例に係るSAW素子の構成図である。
【
図8】第4の変形例に係るSAW素子の構成図である。
【
図10】実施例のSAW素子に係る周波数-アドミタンス特性図である。
【
図11】比較例のSAW素子に係る周波数-アドミタンス特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
はじめに、
図1を参照しながら、本実施の形態に係る弾性表面波素子(SAW素子)にて、ピストンモードのSAWを励振させるための基本構成について説明する。
図1(a)はSAW素子を模式的に示した拡大平面図、
図1(b)は、
図1(a)中に示すY軸方向に沿って見たSAWの伝播速度の分布図、
図1(c)は、同方向に沿って見たSAWの振幅の分布図である。
【0014】
本例のSAW素子は、SAWを励振させる矩形状の圧電基板11上に形成されたIDT電極を備える。以下の説明では、矩形状の圧電基板11の長辺に沿った方向を縦方向(
図1(a)中のX方向)、短辺に沿った方向を横方向(同図中のY方向)ともいう。
【0015】
IDT電極は、例えば圧電基板11の各長辺に沿って縦方向に伸びるように設けられ、各々信号ポート12a、12bに接続された2本のバスバー2a、2bと、各バスバー2a、2bから横方向に向けて伸びるように形成された多数本の電極指3a、3bとを備えている。
【0016】
圧電基板11を構成する圧電材料としては、例えばニオブ酸リチウム(LiNbO3)やタンタル酸リチウム(LiTaO3)、窒化アルミニウム(AlN)、スカンジウム(Sc)ドープ窒化アルミニウムなどを用いる場合を例示することができる。
また、本実施の形態に係る圧電基板11には、(i)非圧電体材料からなる基板の表面に、圧電薄膜を形成したものや(ii)非圧電材料と圧電材料とを積層した積層基板が含まれる。(i)としては、非圧電材料であるサファイア基板の表面に、窒化アルミニウムの圧電薄膜を形成する場合が例示できる。また、(ii)としては、非圧電材料であるシリコン基板と圧電材料であるLiTaO3基板とを積層した積層基板を例示できる。
【0017】
圧電材料としてLiNbO3を用いる場合、オイラー角(φ,θ,ψ)表記におけるLiNbO3のカット角はφ、ψ=0±10°、θ=38±10°であるもの、またはφ、ψ=0±10°、θ=-85±15°であるもの、またはφ、ψ=0±10°、θ=131±15°または、φ=0±10°、θ=-90±10°、ψ=-90±10°であるものを例示できる。
圧電材料としてLiTaO3を用いる場合、オイラー角(φ,θ,ψ)表記におけるLiTaO3のカット角はφ、ψ=0±10°、θ=132±15°であるもの、またはφ、ψ=0±10°、θ=-90±15°であるものを例示できる。
【0018】
図1(a)に示すように、一方のバスバー2aに接続された電極指3aは、対向する位置に配置されたバスバー2b側へ向けて伸び出すように設けられている。また他方のバスバー2bに接続された電極指3bは、前記一方のバスバー2aへ向けて伸び出すように設けられている。そして、電極指3a、3bの並び方向に沿って見たとき、一方のバスバー2aに接続された電極指3aと、他方のバスバー2bに接続された電極指3bとが互い違いに交差して配置されている。
【0019】
上述のように、電極指3a、3bが交差して配置された領域は、IDT電極の交差領域ZABに相当する。また、交差領域ZABから見て各バスバー2a、2b側には、一方のバスバー2a、2bに接続された電極指3a、3bの先端部が、他方のバスバー2b、2aに到達していないことにより、電極指3a、3bが交差していない領域が2つ形成されている。これらの領域はギャップ領域RBに相当する。また、各バスバー2a、2bが形成されている2つの領域をバスバー2a、2bとも呼ぶ。さらに、交差領域ZABの両端部側の領域であって、各電極指3a、3bの先端部を含むように、縦方向に沿って伸びる帯状の領域をエッジ領域EBと呼ぶ。そして、電極指3a、3bが配置された領域であり、交差領域ZAB、エッジ領域EB及びギャップ領域RBを合わせた領域を電極指領域ともいう。
【0020】
本件発明者らは、上述の構成を備えるSAW素子において、
図1(b)に示すように、(i)エッジ領域EBでのSAWの伝播速度を、交差領域ZABでのSAWの伝播速度より低速とすること、及び(ii)交差領域ZABにおけるSAWの伝播速度よりも、バスバー領域SBにおけるSAWの伝播速度が高速とすることにより、
図1(c)に示す振幅分布を有するピストンモードのSAWを励振することが可能であることを把握している。
【0021】
以下、
図2~
図4を参照しながら、
図1(b)に例示したSAWの伝播速度の分布を形成することにより、ピストンモードのSAWを励振可能なSAW素子の具体的な構成例を説明する。
以下、
図2~
図8、
図9を用いて説明するSAW素子において、
図1(a)を用いて説明したものと共通の構成要素には、同図にて用いたものと共通の符号を付してある。
【0022】
図2(a)は、第1の実施の形態に係るSAW素子の概略平面図を示し、
図2(b)は、A-A’位置における概略の縦断側面図を示している。
図1(b)を用いて説明した、「交差領域ZABにおけるSAWの伝播速度よりも、バスバー領域SBにおけるSAWの伝播速度が高速とする」手法の1つ目として、本例のSAW素子は、電極指3a、3bを構成する金属膜の厚さよりも、バスバー2a、2bを構成する金属膜の厚さを薄くしている(
図2(b))。
また、2つ目の手法として、電極指3a、3bを構成する金属膜の密度よりも、バスバー2a、2bを構成する金属膜の密度が小さくなるように、これらの金属膜の材料を選定している。
【0023】
2つ目の手法の具体例から説明すると、バスバー2a、2bを構成する金属としてアルミニウム(Al)を選択したとき、電極指3a、3bを構成する金属としては、プラチナ(Pt)、銅(Cu)、金(Au)、銀(Ag)、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、コバルト(Co)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)、クロム(Cr)、タンタル(Ta)を選択する場合を例示することができる。
なお、バスバー2a、2b及び電極指3a、3bを各々構成する金属は、上述の組み合わせ例に限定されるものではなく、他の組み合わせにより、電極指3a、3bよりも、バスバー2a、2bを構成する金属膜の密度が小さくなるようにしてもよい。
【0024】
1つ目の手法の具体例としては、
図2(b)に示すように厚さの異なる金属膜からなるバスバー2a、2bと、電極指3a、3bとを別々に成膜する場合を例示することができる。
図2(b)に示す例の製造法について説明すると、圧電基板11の上面に、アルミニウムからなる所定の膜厚の金属膜を成膜した後、エッチングなどによりバスバー2a、2bをパターニングする。次いで、バスバー2a、2bがパターニングされた圧電基板11の上面に、前記アルミニウムの金属膜よりも膜厚の厚い銅の金属膜を成膜する。そして、エッチングなどにより電極指3a、3bをパターニングする。これにより、電極指3a、3bよりも、バスバー2a、2bを構成する金属膜の膜厚を薄くすることができる。
【0025】
なお、上述の2つの手法を同時に採用することは必須の要件ではなく、共通の金属を用いて膜厚のみを変化させたバスバー2a、2b、電極指3a、3bを形成してもよい。バスバー2a、2b、電極指3a、3bの双方を銅により形成し、電極指3a、3bの膜厚をバスバー2a、2bの膜厚よりも厚くする場合を例示できる。
または、密度が異なる金属を用いて、共通の膜厚のバスバー2a、2b、電極指3a、3bを形成してもよい。バスバー2a、2bをアルミニウムにより形成し、電極指3a、3bを銅により形成しつつ、電極指3a、3b及びバスバー2a、2bの膜厚を揃える場合を例示できる。
【0026】
さらに本例のSAW素子は、圧電基板11を構成する圧電材料の温度-周波数特性の影響を補償する温度補償機能を備えたTC(Temperature Compensate)-SAW素子として構成されている。
図2(b)に示すように、TC-SAW素子においては、IDT電極(バスバー2a、2b、電極指3a、3b)が形成された圧電基板11の上面に、誘電体膜5が形成(以下、「装荷」ともいう)されている。なお、図示内容が煩雑になることを避けるため、平面図である
図2(a)~
図8(a)においては、誘電体膜5の記載を省略(誘電体膜5の下面側を透視した状態を記載)してある。
【0027】
TC-SAW素子に装荷される誘電体膜5は、圧電基板11の圧電材料とは反対の周波数温度特性を有するものが用いられる。例えば圧電基板11の圧電材料が、温度の上昇に伴って励振される周波数が低下する負の周波数温度特性を有している場合には、温度の上昇に伴って周波数が上昇する正の周波数温度特性を有する誘電体膜5が装荷される。反対に正の周波数温度特性を有する圧電材料からなる圧電基板11に対しては、負の周波数温度特性を有する誘電体膜5が装荷される。このように、圧電基板11とは反対の周波数温度特性を持つ誘電体膜5を装荷することにより、SAW素子の周囲の温度変化の影響を低減することができる。
【0028】
例えば既述のLiNbO3は負の周波数温度特性を有する。そこで、LiNbO3により構成された圧電基板11に対しては、正の周波数温度特性を有する二酸化ケイ素、酸窒化ケイ素(化学量論比に特段の限定はなく、SiNOであってもよいし、SiO2に窒素をドープしたものであってもよい)やフッ素をドープした二酸化ケイ素の誘電体膜5を装荷する場合を例示することができる。これらの材料からなる誘電体膜5は、CVD(Chemical Vapor Deposition)やスパッタリングなどの手法によって装荷することができる。
【0029】
さらに、本例のSAW素子は、
図2(a)、(b)に示すように、前述の誘電体膜5のさらに上面側に、質量負荷効果によりエッジ領域EB及びギャップ領域RBのSAWの伝播速度を低下させるための伝播速度調節膜4が形成されている。
質量負荷効果を得ることを目的として形成される伝播速度調節膜4の構成材料に特段の限定はないが、成膜のしやすさや比重の大きさなどを考慮して、金属や誘電体が選択される。本例のSAW素子は、比較的成膜がしやすく比重の大きなチタン(Ti)を伝播速度調節膜4としている。
【0030】
その他のSAW素子の概略の設計変数を示しておくと、SAW素子の設計周波数に対応する波長λに対し、電極指3a、3bの中心線間の距離dは、λ/2に設定される。また、小型のSAW素子を構成する観点では、ギャップ領域RBの幅寸法は、0.1d~2d(0.05λ~1λ)、好適には0.4d~1d(0.2λ~0.5λ)程度に設定される。
【0031】
以上に説明した構成のSAW素子によれば、
図2(c)に示すSAWの伝播速度の分布図を形成することができるので、ピストンモードのSAWを励振することが可能となる。
上述の構成を備えるSAW素子において、設計周波数の周波数信号が印加されると、ピストンモードのSAWが励振されQ値が高くスプリアスの少ない周波数応答を得ることができる。
【0032】
本実施の形態のSAW素子によれば以下の効果がある。一対のIDT電極の電極指3a、3bが交差する交差領域ZABにおけるSAWの伝播速度よりも、バスバー2a、2bが設けられたバスバー領域SBにおけるSAWの伝播速度を高速としているので、従来のIDT電極に新たな領域を追加することなくピストンモードの弾性表面波を励振することができる。
【0033】
ここで、「交差領域ZABにおけるSAWの伝播速度よりも、バスバー領域SBにおけるSAWの伝播速度が高速とする」手法は、既述のバスバー2a、2b及び電極指3a、3bを構成する金属膜の膜厚を相違させることや、密度の異なる金属膜の材料を選定することに限定されない。
図3に示すSAW素子には、例えば圧電基板11に成膜された銅の金属膜をパターニングすることにより、同じ膜厚のバスバー2a、2b及び電極指3a、3bが形成されている。
【0034】
一方、バスバー2a、2bの上面(電極指領域の外側)に、二酸化ケイ素やフッ素をドープした二酸化ケイ素からなる誘電体膜5よりもSAWの伝播速度が速い高速誘電体膜51を装荷している。上面側に高速誘電体膜51が装荷されたバスバー領域SBにおいては、誘電体膜5が装荷された他の領域と比較して、SAWの伝播速度が高速になることを把握している。
高速誘電体膜51を構成する誘電体としては、窒化アルミニウム(AlN)や酸化アルミニウム(Al2O3)、窒化ケイ素(SiN)を例示することができる。
【0035】
また
図4に示すSAW素子のように、バスバー2a、2b(バスバー領域SB)の上面側に装荷された誘電体膜5の膜厚が、他の領域(電極指領域)に装荷された誘電体膜5の膜厚よりも薄い薄化領域52を形成してもよい。SAWの伝播速度は、上面側に装荷された誘電体膜5の膜厚を薄くするに連れて高速になる。従って、薄化領域52上が形成されたバスバー領域SBにおいては、当該薄化領域52よりも厚い誘電体膜5が装荷された他の領域と比較して、SAWの伝播速度が高速になる。
薄化領域52は、例えばSAW素子の全面に、均一な膜厚の誘電体膜5を装荷した後、バスバー領域SBの上面側の誘電体膜5の一部をエッチングにて削り取ることなどにより、形成することができる。
【0036】
また、バスバー2a、2bの上面側(バスバー領域SB、即ち、電極指領域の外側)には、誘電体膜5を装荷しないことにより、誘電体膜5が装荷された他の領域と比較してSAWの伝播速度を高速にすることもできる(図示省略)。
以上に説明した各種の実施の形態におけるSAWの伝播速度の調節手法は、
図2を用いて説明した、既述のバスバー2a、2b及び電極指3a、3bを構成する金属膜の膜厚、密度が異なるSAW素子にも組み合わせて適用することができる。
【0037】
次いで、
図5~
図8を参照しながら、エッジ領域EBにおけるSAWの伝播速度を低下させる手法の変形例について説明する。
ここで、これら
図5~
図8に示すSAW素子には、複数のダミー電極31a、31bが形成されている。ダミー電極31a、31bは、一方のバスバー2a、2bに接続された複数の電極指3a、3bの先端部と、他方のバスバー2b、2aとの間に、これらの先端部から離れて、他方のバスバー2b、2aから伸び出すように形成されている。
【0038】
ダミー電極31a、31bは、SAW素子の周波数特性におけるスプリアスの発生を抑制する効果がある。従って、
図2~
図4を用いて説明した各SAW素子においても、ダミー電極31a、31bを形成してもよい。
ダミー電極31a、31bが形成されたダミー領域の幅寸法は、0.2d~1d(0.1λ~0.5λ)程度に設定される。
【0039】
図5に示すSAW素子は、
図4に示した帯状の伝播速度調節膜4に替えて、電極指3a、3bのエッジ領域EBに含まれる部分、及び電極指3a、3b、ダミー電極31a、31bのダミー領域DBに含まれる部分に、グレーティング状に伝播速度調節膜41を形成した例を示している。
【0040】
また
図6に示すSAW素子は、
図4に示した帯状の伝播速度調節膜4に替えて、電極指3a、3bのエッジ領域EBに含まれる部分であって、電極指3a、3bの上面側に、グレーティング状に例えば銅からなる伝播速度調節膜41を形成した例を示している。従って、本例のSAW素子においては、伝播速度調節膜41の上面側に誘電体膜5が装荷されている。
【0041】
図6において、図示の便宜上、誘電体膜5の膜厚は成膜位置に応じて変化しているように記載されているが、CVDやスパッタリングリングなどの手法によって装荷された誘電体膜5は下部側の構造物(バスバー2a、2b、電極指3a、3b、伝播速度調節膜41)の段差形状に沿って、ほぼ一定の膜厚の誘電体膜5が形成される。従って、伝播速度調節膜41の下部側のエッジ領域EBにおいては、誘電体膜5の装荷に伴う質量負荷効果に加えて、伝播速度調節膜41の装荷に伴う質量負荷効果により、他の領域よりもSAWの伝播速度を低下させることができる(
図7、
図8に示すSAW素子の例において同じ)。
【0042】
次いで
図7に示すSAW素子は、電極指3a、3bの基端部の下面側であって、エッジ領域EBの下面側に至る領域に向けて、バスバー2a、2bから電極指状に伸びる伝播速度調節膜41’を形成し、また電極指3a、3bの先端部の下面側にアルミニウムの伝播速度調節膜41を形成した例を示している。これら伝播速度調節膜41’、41を装荷することにより、エッジ領域EBにおけるSAWの伝播速度を低下させることもできる。
また
図7に示すSAW素子の変形例として、
図8に示すSAW素子のように、電極指3a、3bの先端部の下面側の伝播速度調節膜41の形成は省略してもよい。
【0043】
さらには、ピストンモードを励振するSAW素子は、誘電体膜5が装荷されたTC-SAW素子でなくてもよい。この場合、
図2~
図3に示すように電極指3a、3b間を跨る伝播速度調節膜4を形成する場合には、短絡防止の観点から、例えば誘電体により伝播速度調節膜4を形成してもよい。またこのとき、伝播速度調節膜4、41は、酸化テルルのように、SAWの伝播速度が低い誘電体を採用してもよい。
【0044】
また温度変化に伴う膨張・伸縮の影響を抑制するため、圧電基板11の底面側に熱膨張率の小さい支持基板を貼り合わせてもよい。支持基板としてはシリコン(Si)、水晶(SiO2)、ガラス、ダイヤモンド(C)、サファイア(Al2O3)を例示することができる.さらに支持基板と圧電基板11との間に誘電体層(例えば二酸化ケイ素)や金属層を形成してもよい。
【0045】
さらにまた、SAW素子に耐候性を持たせるため、あるいはSAW素子の周波数調整(トリミング)を行うために、SAW素子の最上層に上層膜を形成してもよい。上層膜は、IDT電極(バスバー2a、2b、電極指3a、3b、ダミー電極31a、31b)や伝播速度調節膜4、41、41’、誘電体膜5よりも上層側に形成される。上層膜は、例えば窒化ケイ素により構成することができる。
【0046】
以上に説明したSAW素子は、
図2~
図8に示す単体のSAW素子にて電子部品として利用することができる。また、圧電基板11を縦方向に広げ、IDT電極の前後に、グレーティング反射器を設けてもよい。
さらに当該SAW素子は、共通の圧電基板11に複数のIDT電極を設けた弾性波共振器や弾性波フィルタにも適用することができる。
【0047】
そしてフィルタ、デュプレクサ、クアッドプレクサ、その他フィルタ機能を有するデバイスに本例のSAW素子は用いることができる。また当該デバイスは、PAMiD、PAiD、PADなどと呼ばれるパワーアンプデュプレクサモジュール(Power Amp Integrated Duplexer)、DiFEMなどと呼ばれるダイバーシティ受信用モジュール(Diversity Front End Module)に組み込むことができる。
【実施例0048】
SAWの伝播速度分布に応じたSAW素子の周波数特性をシミュレーションにより確認した。
A.シミュレーション条件
(実施例)
図2(c)に示すSAWの伝播速度分布を有するSAW素子のシミュレーションモデルを作成し、周波数-アドミタンス特性を調べた。その結果を
図10に示す。
(比較例)
図9に示すように、交差領域ZABにおけるSAWの伝播速度よりも、バスバー領域SBにおけるSAWの伝播速度が低速であるSAWの伝播速度分布を有するSAW素子のシミュレーションモデルを作成し、周波数-アドミタンス特性を調べた。その結果を
図11に示す。
【0049】
B.シミュレーション結果
図10に示す実施例のシミュレーション結果によれば、SAWの共振点、反共振点が確認され、SAW素子として利用可能な特性を備えていることが確認できた。また、高次の横モードに起因するスプリアスも観察されず、挿入損失の小さいSAW素子を構成することができた。
【0050】
一方、
図11に示すように、比較例に係るSAW素子においては、高次の横モードに起因する多数のスプリアスが確認され、実施例のSAW素子と比べて挿入損失が大きくなることが分かる。
このように、実施例と比較例の対比からも、伝播速度調節膜4を備えた実施例に係るSAW素子は、スプリアスの少ない良好な特性を有することが確認された。