(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022012715
(43)【公開日】2022-01-17
(54)【発明の名称】造形物の製造方法
(51)【国際特許分類】
D01B 7/00 20060101AFI20220107BHJP
【FI】
D01B7/00 Z
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020114744
(22)【出願日】2020-07-02
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-03-17
(71)【出願人】
【識別番号】508293793
【氏名又は名称】伊豆蔵 明彦
(74)【代理人】
【識別番号】110000626
【氏名又は名称】特許業務法人英知国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊豆蔵 明彦
(57)【要約】 (修正有)
【課題】つなぎ目や縫い目のないシームレスな繭糸層を有する造形物の製造方法を提供する。
【解決手段】型材2を用意する工程、前記型材2の回転軸21を決める工程、次いで、前記回転軸21の両端にそれぞれ支持材3を取り付けて、前記型材2を回転自在に支持する工程、次いで、熟蚕期の蚕4を前記型材2に這わせ、前記型材2の表面に繭糸を吐かせる工程、次いで、前記型材2の表面に対する前記蚕4の移動に伴う重心の位置変化により前記型材2を自発的に回転させる工程、を含む造形物の製造方法。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
型材を用意する工程、
前記型材の回転軸を決める工程、
次いで、前記回転軸の両端にそれぞれ支持材を取り付けて、前記型材を回転自在に支持する工程、
次いで、熟蚕期の蚕を前記型材に這わせ、前記型材の表面に繭糸を吐かせる工程、
次いで、前記型材の表面に対する前記蚕の移動に伴う重心の位置変化により前記型材を自発的に回転させる工程、
を含む造形物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繭糸を用いた造形物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、蚕の吐出する繭糸を造形物として生産する方法は、特許文献1に記載のように知られていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、特許文献1などの従来の造形物の製造方法は、平板上に熟蚕期の蚕を這わせて、繭糸繊維積層体を作り、それを造形物に張り付けるものであり、繋ぎ目が目立つものであった。
本発明は、つなぎ目や縫い目のないシームレスな繭糸層を有する造形物の製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、型材を用意する工程、前記型材の回転軸を決める工程、次いで、前記回転軸の両端にそれぞれ支持材を取り付けて、前記型材を回転自在に支持する工程、次いで、熟蚕期の蚕を前記型材に這わせ、前記型材の表面に繭糸を吐かせる工程、次いで、前記型材の表面に対する前記蚕の移動に伴う重心の位置変化により前記型材を自発的に回転させる工程を含む造形物の製造方法とすることで課題を解決した。
【図面の簡単な説明】
【0006】
【
図2】実施例の説明図(A)型材を回転自在に支持する工程の説明図(B)
図2(A)の枠内の拡大図
【発明を実施するための形態】
【0007】
[図面]
図2と
図3は、共に実施例を説明する図である。実際には型材2、足場材23、繭糸層94は互いに密着しているが、説明のためこれらの層が離れているように描いている。また、説明のために意図的に、部材を大きく描いていることもあるし、部材を小さく描いていることもあり、正確な縮尺で描かれたものではない。
【0008】
[繭糸]
図1は、繭糸9の断面図である。繭糸9は、熟蚕期の蚕4が吐出する繊維であって、中心にフィブロイン繊維93が2本通っており、周囲を、接着性を有するセリシン91で囲まれている。蚕4は、頭を8の字に動かしながら繭糸9を吐出するので、緩い巻きができ、弾力性が生まれる。吐出直後の繭糸9は液状であり、すぐに乾燥し繊維になる。生糸や絹糸は繭糸9とは異なる。フィブロイン繊維93は、セリシン91が熱水中で接着性が緩むという性質を利用して、熱水に漬けた繭から取り出される。生糸は、フィブロイン繊維93を数本の引き揃え繰糸したものである。絹糸は、生糸を複数本より合わせてさらに太くしたものである。繭糸9は、生糸と絹糸とは異なり熟蚕期の蚕4が吐出した繊維そのものをいう。
【0009】
(実施例)
(1)型材を用意する工程
図2は、実施例の説明図である。
型材2は、どのような立体形状のものでも使用可能であるが、説明を簡単にするため、実施例では、直径1mの風船を用いる。詳しくは後述するが、
図3のように、風船の空気を抜くことで、繭糸層94で覆われた造形物1から簡単に型材2を取り出すことが可能となる。風船はバルーンアートのように様々な立体形状を作ることができ、便利である。
また、型材2を取り出して完成した造形物1とする場合は、繭糸層94の厚さが均等かどうかを判断するのに便利なため、透明であることが好ましい。
型材2を取り出さずに完成した造形物1とする場合には、型材2に絵などを描いたものとしてもよい。
【0010】
[前処理工程]
型材2の表面の摩擦係数が小さい場合、蚕4が落下するおそれがあるため、型材2に蚕4が滑らないようにする足場材23で型材2の表面を覆う。足場材23として、寒冷紗やネットなどが好ましいが、足場になり得るものであればどのような素材でもよい。
【0011】
(2)回転軸を決める工程
[重心]
本発明では、回転軸21をどこに置くかは、任意である。均一な繭糸層94の厚さを形成させるためには回転軸21が重心22を通るように決めることが好ましく、実施例では重心22を通るように回転軸21を決めている。意図的に、繭糸層94の厚さを領域によって変えたい場合などでは、あえて回転軸21が重心22を通らないようにしてもよい。
重心22の求め方は簡単である。型材2の表面の一点に糸を固定し吊るすと、その糸の延長線上に必ず重心22が通るという原理を利用し重心22を求める。この作業を型材2の複数点で行い、その交点が重心22となる。最低2点でこの作業を行えば、重心22を求めることができるが、誤差を少なくするため、3つ以上の点で重心22を決めることが好ましい。この作業により、型材2がどのような形状をしていても、重心22の位置を特定できる。なお、その他にも重心22の求め方は様々存在し、上記方法に限られるものではない。実施例では、球状の風船を型材2として用いるため、重心22は球の中心点にあることが自明である。
【0012】
[回転軸の取り付け]
回転軸21の取り付け方は任意であるが、型材2が発泡スチロールのような素材である場合、棒状の回転軸21を型材2に通すことで簡単に回転軸21を取り付けることができる。実施例では、風船を型材2として使うため、棒状の回転軸21を風船(型材2)に挿通することができない。そこで、
図2(A)の第1回転軸212の両端に、支持材3を取り付けるための取付具211を設置することで回転軸21とした。
図2(B)は、
図2(A)の枠内の拡大図であり、取付具211の構造が図示されている。リング2112は、支持材3を取り付けるための部材である。実施例では支持材3として紐を使用している。取付具211を介して紐(支持材3)で吊られた型材2は、回転自在に支持されることとなる。
また、取付具211は、風船(型材2)に取り付けるための取付板2111を有しており、風船(型材2)に接着やテープなど適宜な手段で取り付けられる。実施例では、取付具211の付近まで繭糸9で覆われるように、足場材23で取付板2111の表面を覆うようにしている。
図示はしていないが、棒状の回転軸21を使用した場合は、回転軸21に直接的に支持材3を取り付けることができる。例えば、回転軸21をボールベアリングなどの軸受けに挿通し、軸受けを台に固定して支持材3とすることで、吊らなくとも回転軸21を回転自在に支持することもできる。
【0013】
(3)型材表面に繭糸を吐かせる工程
第5齢の熟蚕期の蚕4は、体が黄色くなることで見分けることができる。
図2(A)に図示されるように、熟蚕期の蚕4は、型材2の表面に配置される。前述したように、回転軸21は、蚕4を配置する前の型材2の重心22を通る第1回転軸212に設定されている。足場材23で覆われた型材2の表面に多数の蚕4を配置すると、蚕4の重量で重心22の位置が変化する。蚕4を配置するに際して、型材2を回転しないように固定し、型材2の上方と下方にバランスよく蚕4を配置する。蚕4の数は、型材2の表面積の大きさや、目的とする繭糸層94の厚さ、目標とする完成時間などによって、適宜決めることができる。蚕4を配置した後に、型材2の固定を解き、型材2が自由に回転するようにする。
【0014】
(4)型材を自発的に回転させる工程
蚕4は、上方に這いながら繭糸9を吐く性質があるので、型材2の下方に配置した蚕4は次第に型材2の上方に這い上ってゆく。蚕4の移動に伴い、次第に重心22も型材2の上方に上がってゆく。実施例の第1回転軸212は、球の中心を通るように設定されており、重心22が第1回転軸212より上に上がると、不安定となった型材2は重心22が下方になるように自発的に反転する。型材2上の蚕4の移動に伴う重心22の位置の変化により、型材2は自発的な回転を繰り返す。型材2が自発的な回転を繰り返すうちに、型材2の表面が均一な繭糸層94で覆われて行く。なお、回転に伴い蚕4が落下することがあるが、作業者はその都度、蚕4を拾い、蚕4を再配置するようにしてもよい。また、繭糸層94の厚さに大きな差が生じる場合がある。そのような場合、作業者は、繭糸層94の厚い領域に這う蚕4を取り除き、繭糸層94の薄い領域に蚕4を再配置してもよい。
【0015】
[回転軸の変更]
小さな型材2の場合、回転軸21を変更する必要はないが、実施例では直径1mの風船を型材2として用いるため、繭糸層94が不均一に形成されやすい。そこで、均一な繭糸層94を形成させるために、回転軸21を第1回転軸212から第2回転軸213に変更し、型材2を自発的に回転させる工程を繰り返すことで、均一な繭糸層94が形成される。必要に応じて、回転軸21の変更を繰り返すこともできる。
【0016】
[3軸ジンバル]
3軸ジンバルは、ドローンなどに取り付けたカメラを水平に保つためなどに使われている。図示していないが、3軸ジンバルを本発明に適用することも可能である。3軸ジンバルを支持材3として、型材2の回転軸21に取り付けると、3軸(XYZ軸)のどの方向に重心がずれても型材2が回転できるようになる。そのため。回転軸21を変更しなくとも、均一な繭糸層94を形成させることができる。
【0017】
以上の工程により、造形物1の表面に目標通りの繭糸層94が出来上がったとき、支持材3や、回転軸21として使用した取付具211を取り外すことで、継ぎ目や縫い目がない造形物1が完成する。
なお、繭糸層94の厚さが均一とならず、薄い繭糸層94の領域が生じることがある。透光性の高い風船等を型材2として採用することで、光を照射して繭糸層94の厚さを確認することもできる。取付具211を取り付けた場所など、繭糸層94がどうしても薄くなることがあるが、造形物1の完成前に取付具211を取り外して型材2の回転を止め、取付具211のあった場所に多くの蚕4を配置して繭糸層94の厚さを調整することもできる。
【0018】
(4)後工程
[型材の取り出し]
型材2を取り出さないまま、完成した造形物1とすることもできるが、型材2を取り出して完成した造形物1とすることもできる。
図3は造形物1から型材2を取り出す説明図である。造形物1に小さな孔11を開け、型材2として使用した風船の空気を抜く。しぼんだ風船(型材2)を取り出し、孔11から造形物1の内部にランプなどを配置することができる。足場材23を使用した場合は、足場材23を残したままとしてもよいし、足場材23を剥がして完成した造形物1とすることも可能である。
また、繭糸層94を厚く形成すれば、内部にフレーム等で補強しなくても形が崩れることはない。造形物1の内部にフレーム等の補強材を設けたいときは、型材2をフレームで作り、表面に足場材23を貼り付け、型材2を取り出さずに造形物1とすることもできる。
【0019】
[染色]
完成した造形物1を染色することで、意匠的効果を高めることができる。
【0020】
(実施例の変形例)
[蚕の品種]
蚕4は、様々な品種(variety)がある。中でも、黄色、赤色、緑色などの繭糸9を吐く品種もある。これは、蚕4が食べる桑に含まれるカロチノイドやフラボノイドが色素として繭糸に取り込まれるためである。
様々な色の繭糸9を出す蚕4の品種を使うことにより、完成した造形物1に多様な変化を加え、付加価値を高めることもできる。例えば、複数色の繭糸9が混在した繭糸層94を有する造形物1とすると、品種の混合具合により色が場所により微妙に変化した造形物1が作れる。また、意図的に品種を分けた領域を作ることで、部分的に色の違う造形物1が作れる。例えば、マスキングテープを利用して領域を分けて品種の異なる蚕4を配置するなどして、色の領域が明確に分かれた造形物1を作ることも可能である。
また、赤色の繭糸層94の上に黄色の繭糸層94を重ねるなどすることもできる。
【0021】
[使用目的]
本発明の製造方法で作られた造形物1は様々な目的で使える。例えば、アクセサリ、インテリア、玩具などがあげられる。人の上半身を模した型材2を使い、継ぎ目のない服を作ることにも使える。さらに、巨大な型材2を用い、造形物1を内部に人が入る瞑想空間として利用することもできる。造形物1の内部にランプを入れ、天然の繭糸層94を通してほのかなランプの光が透過するランプセードとして使うことができる。本発明の造形物1は、継ぎ目や縫い目がない。従来のランプセードは、ランプの光で継ぎ目や縫い目が目立つことがあるが、本発明の造形物1では、継ぎ目や縫い目がないため意匠的に優れたものとなる。
【0022】
以上、本発明に係る実施例を、図面を参照して詳述してきたが、具体的な構成は、これらの実施の形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があっても本発明に含まれる。
また、前述の実施例や変形例は、その目的および構成等に特に矛盾や問題がない限り、互いの技術を流用して組み合わせることが可能である。
【符号の説明】
【0023】
1 造形物
11 孔
2 型材
21 回転軸
211 取付具
2111 取付板
2112 リング
212 第1回転軸
213 第2回転軸
22 重心
23 足場材
3 支持材
4 蚕
9 繭糸
91 セリシン
93 フィブロイン繊維
94 繭糸層