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特開2022-127433マクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地及びその使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022127433
(43)【公開日】2022-08-31
(54)【発明の名称】マクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地及びその使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0793 20100101AFI20220824BHJP
   C12N 5/0786 20100101ALI20220824BHJP
【FI】
C12N5/0793
C12N5/0786
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021025586
(22)【出願日】2021-02-19
(71)【出願人】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(72)【発明者】
【氏名】二宮 格
(72)【発明者】
【氏名】金澤 雅人
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065BB06
4B065BB13
4B065CA44
(57)【要約】
【課題】マクロファージを神経細胞に直接分化転換するための培地、並びに、前記培地を用いた神経細胞の製造方法及びマクロファージを神経細胞に直接分化転換する方法を提供する。
【解決手段】マクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地は、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤を含む。神経細胞の製造方法、及び、マクロファージを神経細胞に直接分化転換する方法は、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤を含む培地を用いて、マクロファージを培養して神経細胞に直接分化転換する分化転換工程を含む。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
マクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地であって、
グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤を含む、培地。
【請求項2】
前記PU.1阻害剤がDB2313である、請求項1に記載の培地。
【請求項3】
前記PU.1阻害剤の含有量が培地の総容積に対して0.1μmol/L超1μmol/L未満である、請求項1又は2に記載の培地。
【請求項4】
前記神経分化誘導因子がISX-9である、請求項1~3のいずれか一項に記載の培地。
【請求項5】
前記培地は、AMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤を更に含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の培地。
【請求項6】
グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤を含む培地を用いて、マクロファージを培養して神経細胞に直接分化転換する分化転換工程を含む、神経細胞の製造方法。
【請求項7】
マクロファージを神経細胞に直接分化転換する方法であって、
グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤を含む培地を用いて、マクロファージを培養して神経細胞に直接分化転換する分化転換工程を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地及びその使用に関する。具体的には、本発明は、マクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地、並びに、前記培地を用いた神経細胞の製造方法及びマクロファージを神経細胞に直接分化転換する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
体細胞を、多能性幹細胞を経ずに特定の分化細胞に直接転換することを「ダイレクトリプログラミング」と呼び、近年、このダイレクトリプログラミングは、基礎研究、創薬及び再生医療における新たな潮流として研究開発が盛んに行われている。
【0003】
例えば、非特許文献1~3には、アストロサイトや線維芽細胞等の体細胞から神経細胞へ直接分化転換したことが報告されている。
【0004】
一方、マクロファージは遊走作用を有する。当該作用により、例えば、脳梗塞急性期等において、マクロファージは病巣へと集積する。この集積したマクロファージを生体内で神経細胞へダイレクトリプログラミングすることができれば、新しい神経再生医療の可能性が拡がる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Hu W et al., “Direct Conversion of Normal and Alzheimer's Disease Human Fibroblasts into Neuronal Cells by Small Molecules.”, Cell stem cell, Vol. 17, Issue 2, pp. 204-212, 2015.
【非特許文献2】Yin JC et al., “Chemical Conversion of Human Fetal Astrocytes into Neurons through Modulation of Multiple Signaling Pathways.”, Stem cell reports, Vol. 12, Issue 3, pp. 488-501, 2019.
【非特許文献3】Mahato B et al., “Pharmacologic fibroblast reprogramming into photoreceptors restores vision.”, Nature, Vol. 581, Issue 7806, pp. 83-88, 2020.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、マクロファージから神経細胞へ直接分化転換した報告はこれまでにない。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、マクロファージを神経細胞に直接分化転換するための培地、並びに、前記培地を用いた神経細胞の製造方法及びマクロファージを神経細胞に直接分化転換する方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
(1) マクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地であって、
グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤を含む、培地。
(2) 前記PU.1阻害剤がDB2313である、(1)に記載の培地。
(3) 前記PU.1阻害剤の含有量が培地の総容積に対して0.1μmol/L超1μmol/L未満である、(1)又は(2)に記載の培地。
(4) 前記神経分化誘導因子がISX-9である、(1)~(3)のいずれか一つに記載の培地。
(5) 前記培地は、AMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤を更に含む、(1)~(3)のいずれか一つに記載の培地。
(6) グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤を含む培地を用いて、マクロファージを培養して神経細胞に直接分化転換する分化転換工程を含む、神経細胞の製造方法。
(7) マクロファージを神経細胞に直接分化転換する方法であって、
グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤を含む培地を用いて、マクロファージを培養して神経細胞に直接分化転換する分化転換工程を含む、方法。
【発明の効果】
【0009】
上記態様の培地によれば、マクロファージを神経細胞に直接分化転換するための培地を提供することができる。上記態様の製造方法によれば、マクロファージから直接分化転換した神経細胞を製造することができる。上記態様の方法によれば、マクロファージを神経細胞に直接分化転換することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例1における各培地で培養した細胞の微分干渉顕微鏡像である。
図2】実施例1における培地No.2で培養した細胞での多能性マーカー遺伝子の発現量を示すグラフである。
図3】実施例1における培地No.2で培養した細胞の蛍光染色像である。
図4】実施例1における培地No.2で培養した細胞での神経細胞の各マーカー遺伝子及びマクロファージの各マーカー遺伝子の発現量を示すグラフである。
図5】実施例1における培地No.2で培養した細胞の微分干渉顕微鏡像及び蛍光染色像である。
図6】実施例2における培地No.2で培養した細胞の蛍光染色像である。
図7】実施例3における培地中のDB2313濃度と細胞生存率及び神経細胞への分化転換率との関係を示すグラフである。
図8】実施例4における培地中のISX-9濃度と細胞生存率及び神経細胞への分化転換率との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<マクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地>
本実施形態のマクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地(以下、単に「本実施形態の培地」と称する)は、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤(GSK3阻害剤)、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤(ROCK阻害剤)、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤を含む。
【0012】
本実施形態の培地は、上記構成を有することで、マクロファージを神経細胞に直接分化転換することができる。
なお、本明細書において、「直接分化転換する」とは、体細胞を、多能性幹細胞を経ずに特定の分化細胞に直接転換することを意味し、「ダイレクトリプログラミングする」と同義で用いられる。
【0013】
これまでの報告から、線維芽細胞やアストロサイトを、特定の組成を有する培地を用いて培養することで、化学的に神経細胞へとダイレクトリプログラミングすることは可能であった。しかしながら、これら細胞で用いられている培地をそのままマクロファージに適用しても、神経細胞へとダイレクトリプログラミングすることはできなかった。これは、化学的にダイレクトリプログラミングするために求められる成分又は因子は、原料となる体細胞の種類によって大きく異なり、マクロファージから神経細胞へとダイレクトリプログラミングするために適切な成分又は因子がこれまで判明していなかったためであると考えられる。
【0014】
これに対して、発明者らは、マクロファージの数ある特性及びマーカー遺伝子の中から、転写因子であるPU.1に着目し、PU.1阻害剤を用いることでマクロファージが本来有する特性の発現を抑制でき、当該特性の発現を抑制することが、効率的にマクロファージを神経細胞へと直接分化転換するために有効であることを見出した。さらに、マクロファージが神経細胞へと直接分化転換するために有効な最小限の成分として、PU.1阻害剤に加えて、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤、及び神経分化誘導因子の組み合わせが有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
以下、本実施形態の培地に含まれる各成分について詳細を説明する。
【0016】
[PU.1阻害剤]
PU.1は、顆粒球、単球及びBリンパ球において発現しており、これら細胞系列の分化に必須の転写因子であることが知られている。そのため、マクロファージにおけるPU.1の発現又は機能を抑制することで、マクロファージが本来有する特性が発揮されることを抑制することができる。これにより、効率的にマクロファージを神経細胞へと直接分化転換することができる。
【0017】
すなわち、PU.1阻害剤としては、PU.1の発現又は機能を阻害できるものであれば特に限定されない。PU.1阻害剤として具体的には、例えば、低分子化合物、PU.1発現阻害剤、PU.1特異的結合物質等が挙げられる。中でも、PU.1阻害剤としては、低分子化合物であることが好ましい。
【0018】
PU.1阻害剤である低分子化合物としては、例えば、DB1976(CAS番号:2369663-93-2)、DB2115(CAS番号:1366231-70-0)、DB2313(CAS番号:2170606-74-1)が挙げられる。中でも、DB2313が好ましい。
【0019】
PU.1発現阻害剤としては、例えば、siRNA、shRNA、miRNA、リボザイム、アンチセンス核酸等が挙げられる。これらのPU.1発現阻害剤を投与することにより、PU.1の発現量を低下させて、マクロファージが本来有する特性が発揮されることを抑制することができる。その結果、効率的にマクロファージを神経細胞へと直接分化転換することができる。
【0020】
siRNA(small interfering RNA)は、RNA干渉による遺伝子サイレンシングのために用いられる21塩基対以上23塩基対以下の低分子2本鎖RNAである。細胞内に導入されたsiRNAは、RNA誘導サイレンシング複合体(RISC)と結合する。この複合体はsiRNAと相補的な配列を持つmRNAに結合し切断する。これにより、配列特異的に遺伝子の発現を抑制する。
【0021】
siRNAは、センス鎖及びアンチセンス鎖オリゴヌクレオチドをDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、例えば、適当なアニーリング緩衝液中、90℃以上95℃以下程度で約1分程度変性させた後、30℃以上70℃以下程度で約1時間以上8時間以下アニーリングさせることにより調製することができる。
【0022】
siRNA、shRNA、miRNA、リボザイム及びアンチセンス核酸は、安定性や活性を向上させるために、種々の化学修飾を含んでいてもよい。例えば、ヌクレアーゼ等の加水分解酵素による分解を防ぐために、リン酸残基を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネート等の化学修飾リン酸残基に置換してもよい。また、少なくとも一部をペプチド核酸(PNA)等の核酸類似体により構成してもよい。
【0023】
PU.1特異的結合物質としては、PU.1に特異的に結合してPU.1の機能を阻害するものが挙げられ、例えば、抗体、抗体断片、アプタマー等が挙げられる。抗体は、例えば、マウス等の動物に、PU.1タンパク質又はその断片を抗原として免疫することによって作製することができる。或いは、例えば、ファージライブラリーのスクリーニングにより作製することができる。抗体断片としては、Fv、Fab、scFv等が挙げられる。上記の抗体は、モノクローナル抗体であることが好ましい。また、市販の抗体であってもよい。
【0024】
アプタマーとは、標的物質に対する特異的結合能を有する物質である。アプタマーとしては、核酸アプタマー、ペプチドアプタマー等が挙げられる。標的ペプチドに特異的結合能を有する核酸アプタマーは、例えば、systematic evolution of ligand by exponential enrichment(SELEX)法等により選別することができる。また、標的ペプチドに特異的結合能を有するペプチドアプタマーは、例えば酵母を用いたTwo-hybrid法等により選別することができる。
【0025】
培地中のPU.1阻害剤の濃度は、培地の総容積に対して、0.1μmol/L超1μmol/L(以下、「mol/L」をMと略記する)未満であることが好ましく、0.15μM以上0.95μM以下であることがより好ましく、0.2μM以上0.9μM以下であることがさらに好ましく、0.3μM以上0.7μM以下であることが特に好ましく、0.35μM以上0.65μM以下であることが最も好ましい。
培地中のPU.1阻害剤の濃度が上記下限値以上であることで、より効果的にPU.1の発現又は機能を抑制することができる。一方で、上記上限値以下であることで、PU.1阻害剤の細胞に対する毒性をより抑えて、細胞生存率をより向上させることができる。
【0026】
[GSK3阻害剤]
GSK3阻害剤を用いることで、Wntシグナル伝達を促進することができ、その結果、神経細胞への分化転換を促進することができる。
【0027】
GSK3阻害剤としては、CHIR99021(CAS番号:252917-06-9)、Kenpaullone(CAS番号:142273-20-9)、6-Bromoindirubin-3’-oxime(BIO、CAS番号:667463-62-9)等が挙げられる。中でも、CHIR99021が好ましい。
【0028】
培地中のGSK3阻害剤の濃度は、培地の総容積に対して、通常、0.1μM以上10μM以下であり、0.5μM以上7μM以下であることが好ましく、1μM以上5μM以下であることがより好ましく、2μM以上4μM以下であることがさらに好ましい。
培地中のGSK3阻害剤の濃度が上記下限値以上であることで、GSK3阻害剤が奏する効果をより発揮することができる。一方で、上記上限値以下であることで、GSK3阻害剤の細胞に対する毒性をより抑えて、細胞生存率をより向上させることができる。
【0029】
[アデニル酸シクラーゼ活性化剤]
アデニル酸シクラーゼ活性化剤は、MAPキナーゼ阻害剤とも呼ばれる。
アデニル酸シクラーゼ活性化剤を用いることで、AMPの細胞内濃度を高めて、アデニル酸シクラーゼを活性化することができ、その結果、神経細胞への分化転換を促進することができる。
【0030】
アデニル酸シクラーゼ活性化剤としては、例えば、フォルスコリン(CAS番号:66575-29-9)等が挙げられる。
【0031】
培地中のアデニル酸シクラーゼ活性化剤の濃度は、培地の総容積に対して、通常、0.1μM以上100μM以下であり、1μM以上50μM以下であることが好ましく、5μM以上15μM以下であることがより好ましく、8μM以上12μM以下であることがさらに好ましい。
培地中のアデニル酸シクラーゼ活性化剤の濃度が上記下限値以上であることで、アデニル酸シクラーゼ活性化剤が奏する効果をより発揮することができる。一方で、上記上限値以下であることで、アデニル酸シクラーゼ活性化剤の細胞に対する毒性をより抑えて、細胞生存率をより向上させることができる。
【0032】
[ROCK阻害剤]
ROCK阻害剤を用いることで、細胞のアポトーシスを抑制し、細胞生存率を高く保つことができる。
【0033】
ROCK阻害剤としては、例えば、Y-27632(CAS番号:146986-50-7)、ファスジル(Fasudil)(CAS番号:105628-07-7)、Y39983(CAS番号:203911-26-6)、Wf-536(CAS番号:539857-64-2)、SLx-2119(CAS番号:911417-87-3)、アザベンゾイミダゾール-アミノフラザン(Azabenzimidazole-aminofurazans)(CAS番号:850664-21-0)、DE-104、H-1152P(CAS番号:872543-07-6)、Rhoキナーゼα阻害剤(ROKα inhibitor)、XD-4000、HMN-1152、4-(1-アミノアルキル)-N-(4-ピリジル)シクロヘキサンーカルボキシアミド(4-(1-aminoalkyl)-N-(4-pyridyl)cyclohexane-carboxamides)、Rhoスタチン(Rhostain)、BA-210、BA-207、Ki-23095、VAS-012等が挙げられる。中でも、Y-27632が好ましい。
【0034】
培地中のROCK阻害剤の濃度は、培地の総容積に対して、通常、0.1μM以上100μM以下であり、1μM以上50μM以下であることが好ましく、5μM以上15μM以下であることがより好ましく、8μM以上12μM以下であることがさらに好ましい。
培地中のROCK阻害剤の濃度が上記下限値以上であることで、ROCK阻害剤が奏する効果をより発揮することができる。一方で、上記上限値以下であることで、ROCK阻害剤の細胞に対する毒性をより抑えて、細胞生存率をより向上させることができる。
【0035】
[神経分化誘導因子]
神経分化誘導因子を用いることで、電位依存性カルシウムチャネルやNMDA受容体に作用し、カルシウムの流入を促進させ、neuroD遺伝子の発現を亢進することで、神経分化を促進することができる。
【0036】
神経分化誘導因子としては、例えば、イソキサゾール9(ISX-9)(CAS番号:832115-62-5)等が挙げられる。
【0037】
培地中の神経分化誘導因子の濃度は、培地の総容積に対して、通常、0.1μM以上10μM未満であり、1μM以上9μM以下であることが好ましく、2.5μM以上7.5μM以下であることがより好ましく、2.7μM以上5μM以下であることがさらに好ましい。
培地中の神経分化誘導因子の濃度が上記下限値以上であることで、神経分化誘導因子が奏する効果をより発揮することができる。一方で、上記上限値以下であることで、神経分化誘導因子の細胞に対する毒性をより抑えて、細胞生存率をより向上させることができる。
【0038】
[AMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤]
本実施形態の培地は、上記成分に加えて、AMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤を更に含むことが好ましい。本実施形態の培地は、AMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤を更に含むことで、より効率的にマクロファージを神経細胞に直接分化転換することができる。
AMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤は、BMP経路阻害剤とも呼ばれる。
【0039】
AMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤としては、例えば、ドルソモルフィン(CAS番号:866405-64-3)、コーディン(ヒトにおけるGenbankアクセッション番号:NP_001291401.1、NP_001291402.1、NP_001291403.1、NP_003732.2等)、ノギン(ヒトにおけるGenbankアクセッション番号:NP_005441.1等)、フォリスタチン(ヒトにおけるGenbankアクセッション番号:NP_006341.1、NP_037541.1等)、(6-[4-(2-ピペリジン-1-イル-エトキシ)フェニル]-3-ピリジン-4-イル-ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン)、DMH1(4-[6-(4-イソプロポキシフェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン、4-[6-[4-(1-メチルエトキシ)フェニル]ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]-キノリン)、LDN193189、(4-(6-(4-(ピペリジン-1-イル)フェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル)キノリン)が挙げられる。中でも、ドルソモルフィンが好ましい。
【0040】
培地中のAMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤の濃度は、培地の総容積に対して、通常、0.5μM以上10μM以下であり、0.75μM以上5μM以下であることが好ましく、1μM以上3μM以下であることがより好ましい。
【0041】
[その他成分]
本実施形態の培地は、成長因子、神経生物系サプリメント、培地サプリメント、血清、血清代替物、抗菌剤、並びにインスリン及びアルブミン等の血清由来のタンパク質等をさらに含有することができる。培地中のこれら成分の濃度は、公知の文献等を参酌して、当業者が適宜設定することができる。
【0042】
成長因子としては、例えば、神経成長因子(NGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、ニューロトロフィン3(NT3)、ニューロトフィン4/5等のニュートロフィンファミリー;グリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF);酸性線維芽細胞増殖因子(aFGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF);インスリン様成長因子(IGF)等が挙げられる。
【0043】
神経生物系サプリメントとしては、ビオチン、コレステロール、リノール酸、リノレン酸、プロゲステロン、プトレシン、レチノール、酢酸レチニル、亜セレン酸ナトリウム、トリヨードチロニン(T3)、DL-α-トコフェロール(ビタミンE)、アルブミン、インシュリン及びトランスフェリンを含むB27サプリメント(サーモフィッシャー社製品名);並びにヒトトランスフェリン、ウシインシュリン、プロゲステロン、プトレシン、及び亜セレン酸ナトリウムを含むN2サプリメント等が挙げられる。
【0044】
培地サプリメントとしては、例えば、L-グルタミン酸、L-グルタミン酸から得たジペプチドを含有する「GlutaMaxシリーズ」(サーモフィッシャー社製品名)等のグルタミン酸含有サプリメント、「MEM Non-Essential Amino Acids Solution」(サーモフィッシャー社製品名)等のアミノ酸水溶液、2-メルカプトエタノール等が挙げられる。
【0045】
抗菌剤としては、例えば、ペニシリン系抗生物質、セフェム系抗生物質、マクロライド系抗生物質、テトラサイクリン系抗生物質、ホスホマイシン系抗生物質、アミノグリコシド系抗生物質、ニューキノロン系抗生物質等が挙げられる。
【0046】
なお、本実施形態の培地は、N-[N-(3,5-ジフルオロフェニルアセチル-L―アラニル)]-S-フェニルグリシン tert-ブチルエステル(DAPT)(CAS番号:208255-80-5)等のγ-セクレターゼ阻害剤、及び、RepSox(CAS番号:446859-33-2)等のTGF-β受容体阻害剤を含まないことが好ましい。
従来、これら成分は、ES細胞やiPS細胞等の各種幹細胞の神経細胞への分化誘導を促進するのに有効な成分であると報告されている。しかしながら、本実施形態の培地は、これら成分を含まないことで、より効率的にマクロファージを神経細胞に直接分化転換することができる。
【0047】
[基礎培地]
本実施形態の培地は、上述した成分を基礎培地に添加して調製することができる。
【0048】
基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM(GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、X-VIVOTM 15無血清リンパ球培地(Lonza社製)、及びNeuroBasal Medium(Gibco社製);これらの混合培地の培地;これらの培地から神経分化に関する成分を低減した培地等が挙げられる。
【0049】
<神経細胞の製造方法>
本実施形態の神経細胞の製造方法(以下、単に「本実施形態の製造方法」と称する)は、GRK3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、ROCK阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤を含む培地を用いて、マクロファージを培養して神経細胞に直接分化転換する分化転換工程を含む。
【0050】
本実施形態の製造方法によれば、マクロファージから直接分化転換した神経細胞を製造することができる。すなわち、本実施形態の製造方法は、マクロファージを神経細胞に直接分化転換(ダイレクトリプログラミング)する方法ということもできる。
【0051】
本実施形態の製造方法を構成する工程について以下に詳細を説明する。
【0052】
[分化転換工程]
分化転換工程では、上述した成分を含む培地を用いて、マクロファージを培養して神経細胞に直接分化転換する。
【0053】
培地の組成については、上記「マクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地」に記載のとおりである。
【0054】
培養期間は、通常、1日間以上であり、3日間以上14日間以下であるが好ましく、5日間以上9日間以下であることがより好ましい。
【0055】
培養温度は、通常、30℃以上50℃以下であり、32℃以上45℃以下であることが好ましく、34℃以上40℃以下であることがより好ましい。
【0056】
培養容器内の二酸化炭素の含有割合は、通常、1体積%以上15体積%以下であり、2体積%以上10体積%以下であることが好ましく、3体積%以上7体積%以下であることがより好ましい。
【0057】
培養容器の形態としては、特に限定されないが、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、マイクロキャリア、スタックプレート、スピナーフラスコ、カバーガラス等の公知のものが挙げられる。
【0058】
分化転換工程で用いられるマクロファージの由来となる動物種は特に限定されないが、例えば、げっ歯類、有蹄類、ネコ目、霊長類等の哺乳類動物が挙げられる。げっ歯類には、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等が包含される。有蹄類には、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等が包含される。ネコ目には、イヌ、ネコ等が包含される。霊長類は、霊長目に属する哺乳動物をいい、霊長類としては、キツネザル、ロリス、ツバイ等の原猿亜目と、サル、類人猿、ヒト等の真猿亜目が挙げられる。中でも、ヒトであることが好ましい。
【0059】
分化転換工程で用いられるマクロファージは、公知の株化細胞であってもよく、単球から分化誘導させたものとであってもよい。また、マクロファージのフェノタイプは、M1型であってもよく、M2型であってもよい。
【0060】
[その他の工程]
単球由来のマクロファージを用いる場合には、分化転換工程の前に、単球をGM-CSF(Granulocyte-Macrophage Colony Stimulating Factor)又はM-CSF(Macrophage Colony Stimulating Factor)を含む培地で培養して、単球をM1型又はM2型のフェノタイプであるマクロファージに分化誘導する(以下、「分化誘導工程」又は「マクロファージ製造工程」ともいう)。
【0061】
なお、発明者らは、上記組成の培地を用いて、単球から神経細胞を直接分化転換することも試みたが、上記組成の内、特にPU.1阻害剤が単球に対して高い毒性を示すことから、上記組成の培地を用いて、単球から神経細胞を直接分化転換することができないことを確認している。そのため、単球をマクロファージに分化誘導させた後に、上記組成の培地を用いて、マクロファージから神経細胞を直接分化転換する。
【0062】
分化誘導工程における培養期間、培養温度、培養容器内の二酸化炭素の含有割合、及び培養容器の形態は、上記「分化転換工程」におけるそれらと同じである。
【0063】
単球としては、株化細胞であってもよく、動物の血液等の生体試料から単離されたものであってもよい。
【0064】
単球の培養に用いられる培地は、GM-CSF又はM-CSFを基礎培地に添加することで調製するができる。基礎培地としては、上記「分化転換工程」において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0065】
単球の培養に用いられる培地は、GM-CSF又はM-CSFの他に、培地サプリメント、血清、血清代替物、抗菌剤、並びにインスリン及びアルブミン等の血清由来のタンパク質等をさらに含有することができる。培地サプリメント及び抗菌剤としては、上記「分化転換工程」において例示されたものと同様のものが挙げられる。
【0066】
また、分化転換工程の後に、得られた細胞が神経細胞であるか否かを確認するために、得られた細胞を評価してもよい(以下、「評価工程」ともいう)。
【0067】
評価方法としては、例えば、細胞の形態観察や、神経細胞のマーカー遺伝子又はマーカータンパク質の発現を確認すること、細胞の活動電位を測定すること等が挙げられる。
【0068】
細胞の形態観察は、肉眼であってもよく、光学顕微鏡等を用いた方法であってもよい。得られた細胞が樹状突起様の構造を有する場合には、神経細胞が得られたと評価することができる。
【0069】
神経細胞のマーカー遺伝子又はマーカータンパク質としては、例えば、β-Tubulin 3(TUJ1)、微小管結合タンパク質2(MAP2)、ダブルコルチン(DCX)、Myelin Transcription Factor 1-Like(MYT1L)、Achaete-scute homolog 1(ASCL1)、Neurogenic Differentiation 1(NeuroD1)、神経特異的POU転写調節因子(BRN)、Neurogenin-2(NGN2)、Neuronal nuclei(NEUN)等が挙げられる。マーカー遺伝子又はマーカータンパク質の発現は、例えば、RT-PCR法、ウエスタンブロッティング、ELISA、免疫染色等により評価することができる。
これら神経細胞のマーカー遺伝子又はマーカータンパク質の発現が、マクロファージにおける発現量よりも上昇している、又は、神経細胞における発現量と同程度である場合には、神経細胞が得られたと評価することができる。
【0070】
また、マクロファージのマーカー遺伝子又はマーカータンパク質の発現をさらに確認してもよい。マクロファージのマーカー遺伝子又はマーカータンパク質としては、例えば、インテグリンαM(CD11b)、Ionized calcium binding adapter protein 1(Iba1)等が挙げられる。これらの発現の評価方法としては、神経細胞のマーカー遺伝子又はマーカータンパク質の評価方法と同じ方法が適用される。
これらマクロファージのマーカー遺伝子又はマーカータンパク質の発現がマクロファージにおける発現量よりも減少している場合に、マクロファージの特性が完全に失われており、上記神経細胞のマーカー遺伝子又はマーカータンパク質の発現の結果と合わせることで、マクロファージから神経細胞へ分化転換されたと評価することができる。
【0071】
<その他実施形態>
上記実施形態における培地、及び、上記実施形態における神経細胞の製造方法により得られた神経細胞は、例えば、脳梗塞や神経変性疾患等の脳神経疾患の再生医療への応用が期待される。
すなわち、一実施形態において、本発明は、上記実施形態における培地又は上記実施形態における製造方法で得られた神経細胞の有効量を、脳神経疾患の患者又は患畜に投与する、脳神経疾患の治療方法を提供する。
【0072】
対象となる脳神経疾患としては、例えば、脳梗塞;筋萎縮性側索硬化症(ALS)、パーキンソン病、アルツハイマー病等の神経変性疾患等が挙げられる。患者又は患畜としては、上記「培地」において例示された動物種が挙げられる。
神経細胞の有効量としては、対象となる脳神経疾患の治療に有効な量であって、当該疾患の種類や進行具合、患者又は患畜の体重や年齢、患者又は患畜の症状、病変部の大きさ等に応じて適宜設定することができる。
【0073】
また、脳神経疾患の病変部に集積した内在性マクロファージに対して、上記実施形態における培地に含まれる成分、具体的には、GSK3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、ROCK阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤(好ましくは、GSK3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、ROCK阻害剤、神経分化誘導因子、PU.1阻害剤、及びAMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤)を直接脳神経疾患の患者又は患畜に投与することで、生体内でマクロファージから神経細胞への分化転換を誘発させる、新規の再生医療法を提供することができる。
すなわち、一実施形態において、本発明は、GSK3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、ROCK阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤のそれぞれ有効量を、脳神経疾患の患者又は患畜に投与する、脳神経疾患の治療方法を提供する。
好ましくは、一実施形態において、本発明は、GSK3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、ROCK阻害剤、神経分化誘導因子、PU.1阻害剤、及びAMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤のそれぞれ有効量を、脳神経疾患の患者又は患畜に投与する、脳神経疾患の治療方法を提供する。
より好ましくは、一実施形態において、本発明は、CHIR99021、フォルスコリン、Y-27632、ISX-9、ISX-9、及びドルソモルフィンのそれぞれ有効量を、脳神経疾患の患者又は患畜に投与する、脳神経疾患の治療方法を提供する。
【0074】
上記化合物を組み合わせたセットは、脳神経疾患の治療剤セットということもできる。
或いは、上記5種類の(好ましくは、6種類の)化合物単独又はそれら混合物を含む組成物は、脳神経疾患の治療用医薬組成物ということもできる。以降、上記5種類の(好ましくは、6種類の)化合物単独又はそれら混合物を、総称して、「脳神経疾患の治療剤」と称する場合がある。
【0075】
上記医薬組成物は、経口的に使用される剤型であってもよく、非経口的に使用される剤型であってもよいが、非経口的に使用される剤型が好ましい。経口的に使用される剤型としては、例えば錠剤、カプセル剤、エリキシル剤、マイクロカプセル剤等が挙げられる。非経口的に使用される剤型としては例えば注射剤、軟膏剤、貼付剤等が挙げられる。
【0076】
薬学的に許容される担体としては、通常医薬組成物の製剤に用いられるものを特に制限なく用いることができる。より具体的には、例えば、ゼラチン、コーンスターチ、トラガントガム、アラビアゴム等の結合剤;デンプン、結晶性セルロース等の賦形剤;アルギン酸等の膨化剤;水、エタノール、グリセリン等の注射剤用溶剤;ゴム系粘着剤、シリコーン系粘着剤等の粘着剤等が挙げられる。
【0077】
医薬組成物は添加剤を含んでいてもよい。添加剤としては、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウム等の潤滑剤;ショ糖、乳糖、サッカリン、マルチトール等の甘味剤;ペパーミント、アカモノ油等の香味剤;ベンジルアルコール、フェノール等の安定剤;リン酸塩、酢酸ナトリウム等の緩衝剤;安息香酸ベンジル、ベンジルアルコール等の溶解補助剤;酸化防止剤;防腐剤等が挙げられる。
【0078】
医薬組成物は、上記5種類の(好ましくは、6種類の)化合物をそれぞれ単独又はそれら混合物と、上記薬学的に許容される担体及び添加剤を適宜組み合わせて、一般に認められた製薬実施に要求される単位用量形態で混和することによって製剤化することができる。
【0079】
医薬組成物は、他の疾患の治療薬と組合せて、使用してもよい。例えば、上記脳神経疾患の治療剤を、その他の脳神経疾患の治療薬等と組み合わせて使用することで、特定の脳神経疾患の症状を改善しながら、当該脳神経疾患を治療することができる。
上記脳神経疾患の治療剤と他の薬剤とは、同一の製剤にしてもよいし、別々の製剤にしてもよい。また、各製剤は、同一の投与経路で投与してもよいし、別々の投与経路で投与してもよい。更に、各製剤は、同時に投与してもよいし、逐次的に投与してもよいし、一定の時間乃至期間を空けて別々に投与してもよい。一実施態様において、上記脳神経疾患の治療剤と他の薬剤とは、これらを包含するセット(脳神経疾患の治療剤セット)としてもよい。
【0080】
患者への投与は、例えば、髄腔内注射、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射、鼻腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的、又は経口的に当業者に公知の方法により行うことができる。
【0081】
各化合物の有効量としては、対象となる脳神経疾患の治療に有効な量であって、当該疾患の種類や進行具合、患者又は患畜の体重や年齢、患者又は患畜の症状、投与方法等に応じて適宜設定することができる。
【0082】
また、一実施形態において、本発明は、上記実施形態における培地又は上記実施形態における製造方法で得られた神経細胞を被験物質と接触させる工程(以下、「工程X」ともいう)と、被験物質が神経細胞に及ぼす影響を検定する工程(以下、「工程Y」ともいう)と、を有する、被験物質の薬効評価方法を提供する。
【0083】
工程Xにおいて、被験物質としては、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ、代謝物ライブラリ等が挙げられる。被験物質としては、新薬を用いることができる。
【0084】
工程Yにおいて、被験物質が神経細胞に及ぼす影響は、例えば、ウエスタンブロッティング、ELISA、免疫染色等により検定することができる。
【0085】
さらに、工程Xの前に、神経細胞を哺乳動物の脳に移植する工程(以下、「工程x」ともいう)を有することができる。神経細胞が、アルツハイマー病様の病態等、特定の疾患様の病態を呈する場合に、工程xを有することで、より特定の疾患を罹患した生体に近い環境で被験物質の薬効を評価することができる。
【0086】
また、一実施形態において、本発明は、上記実施形態における培地に含まれる各成分、すなわち、GSK3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、ROCK阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤(好ましくは、GSK3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、ROCK阻害剤、神経分化誘導因子、PU.1阻害剤、及びAMP活性化プロテインキナーゼ阻害剤)を備える、マクロファージを神経細胞に直接分化転換(ダイレクトリプログラミング)するための培地用サプリメント(又は、神経細胞製造用培地サプリメント)を提供する。
上記サプリメントと、上述した基礎培地と、必要に応じて、上述したその他成分と、を、マクロファージを神経細胞に直接分化転換(ダイレクトリプログラミング)するための培地キット(又は、神経細胞製造用培地キット)とすることもできる。
【実施例0087】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0088】
[実施例1]
(単球由来マクロファージを神経細胞に直接分化転換する培地成分の検討)
健常ヒトから承諾を得て採取した血液試料から分離したヒト単核球を5.0×10cells/cm以下となるようにカバーガラス(松浪硝子工業社製、丸カバーグラス 18丸、商品コード:C018001)上に播種し、Monocyte Attachment Medium(PromoCell社製、C-28051)を用いて、37℃、5体積%CO環境下で1時間培養した。次いで、培地中の浮遊細胞を培地と共に除去した後、カバーガラス上の接着細胞(単球)について、培地の総体積に対して10ng/mLのGM-CSF(Granulocyte-Macrophage Colony Stimulating Factor)を含む培地(組成:10w/v%ウシ胎児血清(FBS)、X-VIVOTM 15無血清リンパ球培地(Lonza社製、04-418Q))で、37℃、5体積%CO環境下で7日間培養して、M1型のフェノタイプを有するマクロファージ(以下、「Mφ」と略記する場合がある)を得た。Mφが得られたことは、定量PCR法により、Mφのマーカー遺伝子であるCD11b遺伝子及びIba1遺伝子の発現亢進を検出することで確かめた。
【0089】
次いで、得られたヒト単球由来M1型Mφについて以下に示す組成の培地を用いて、さらに37℃、5体積%CO環境下で7日間培養した。
【0090】
【表1】
【0091】
上記No.1~No.3の各培地を用いて、7日間培養した後の細胞を微分干渉顕微鏡(倍率:400倍(上の画像)及び200倍(下の画像)、オリンパス社製、IX83)で撮像した際の微分干渉顕微鏡像(スケールバーは50μmである)を図1に示す。
【0092】
図1から、培地No.1及びNo.2を用いて培養した細胞は、神経細胞様の樹状突起を有する形態が観察された。一方、培地No.3を用いて培養した細胞では、神経細胞様の細胞への変化は観察されなかった。
これらのことから、Mφを神経細胞に直接分化転換するための培地成分としては、マクロファージを神経細胞に直接分化転換するために用いられる培地であって、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3阻害剤、アデニル酸シクラーゼ活性化剤、Rhoキナーゼ阻害剤、神経分化誘導因子、及びPU.1阻害剤が最小必須成分であることが明らかとなった。
【0093】
次いで、培地No.2を用いて、0、1、及び7日間培養した細胞について、Takara社製のNucleoSpin(登録商標) RNA Plus(740984-50)を用いて全RNAを回収し、多能性マーカー遺伝子であるPAX6遺伝子及びSOX2遺伝子の発現をTakara社製のThermal Cycler Dice Real Time Systemを用いて、RT-PCR法により確認した。結果を図2に示す。なお、図2において、「NS」とは“not significant”の略であり、非有意であることを意味する。
【0094】
図2から、培地No.2を用いて、7日間培養した細胞において、多能性マーカー遺伝子であるPAX6遺伝子及びSOX2遺伝子の発現はいずれも陰性であった。すなわち、培地No.2を用いたMφから神経細胞への分化転換は、多能性幹細胞を経由していないダイレクトリプログラミングであることを確かめられた。
【0095】
また、培地No.2を用いて、7日間培養した細胞について、神経細胞のマーカーであるβ-Tubulin 3(TUJ1)に対する特異的抗体(biolegend社製、801201)、並びに、多能性マーカーであるPAX6に対する特異的抗体(Covance社製、PRB-278P)及びSOX2に対する特異的抗体(R&D社製、AF2018)を用いて蛍光染色を行った。また、当該細胞について4’,6-ジアミジノ-2-フェニルインドール二塩酸塩(DAPI)(Vector Laboratories社製、H-2000-10)を用いて核染色した。細胞を蛍光顕微鏡(400倍、Carl zeiss社製、LSM710)を用いて観察した。結果を図3(上:TUJ1/PAX6/DAPI、下:TUJ1/SOX2/DAPI)に示す。なお、図3において、スケールバーは50μmである。また、図3の上下の蛍光染色像において、左側の画像は、抗TUJ1抗体、抗PAX6抗体又は抗SOX2抗体、及びDAPIの3種による検出像をMergeした画像である。真ん中の画像は、抗TUJ1抗体による蛍光染色像であり、右側の画像は、抗PAX6抗体又は抗SOX2抗体による蛍光染色像である。
【0096】
図3に示すように、培地No.2を用いて、7日間培養した細胞において、神経細胞のマーカーであるTUJ1の発現は確認されたが、多能性マーカーであるPAX6及びSOX2の発現は確認されなかった。
このことから、図2の結果と同様に、培地No.2を用いたMφから神経細胞への分化転換は、多能性幹細胞を経由していないダイレクトリプログラミングであることを確かめられた。
【0097】
次に、培地No.2を用いて、0、3、及び7日間培養した細胞について、Takara社製のNucleoSpin(登録商標) RNA Plus(740984-50)を用いて全RNAを回収し、神経細胞のマーカー遺伝子7種(TUJ1遺伝子、微小管結合タンパク質2(MAP2)遺伝子、ダブルコルチン(DCX)遺伝子、Myelin Transcription Factor 1-Like(MYT1L)遺伝子、Achaete-scute homolog 1(ASCL1)遺伝子、Neurogenic Differentiation 1(NeuroD1)遺伝子、神経特異的POU転写調節因子(BRN)遺伝子、及びNeurogenin-2(NGN2)遺伝子)、並びに、マクロファージのマーカー遺伝子2種(インテグリンαM(CD11b)遺伝子及びIonized calcium binding adapter protein 1(Iba1遺伝子))の発現をTakara社製のThermal Cycler Dice Real Time Systemを用いて、RT-PCR法により確認した。結果を図4に示す。図4において、「NS」とは“not significant”の略であり、非有意であることを意味する。また、「*」は、P<0.05、「**」は、P<0.01、「***」は、P<0.001を意味する。
【0098】
図4に示すように、培養日数が進むにつれて、神経細胞のマーカー遺伝子の発現が上昇し、一方で、Mφのマーカー遺伝子の発現が減少することが確かめられた。
【0099】
次いで、培地No.2を用いて、7日間培養した細胞について、神経細胞のマーカーであるTUJ1に対する特異的抗体(biolegend社製、801201)及びNeuronal nuclei(NEUN)に対する特異的抗体(Millipore社製、ABN78)を用いて蛍光染色を行った。また、当該細胞についてDAPIを用いて核染色した。細胞を蛍光顕微鏡(400倍、Carl zeiss社製、LSM710)を用いて観察した。結果を図5(左:微分干渉顕微鏡像、右:蛍光染色像)に示す。なお、図5において、スケールバーは50μmである。また、図5の右側の蛍光染色像において、左上の画像は、抗NEUN抗体、抗TUJ1抗体、及びDAPIの3種による検出像をMergeした画像であり、右上の画像は、抗TUJ1抗体による蛍光染色像であり、左下の画像は、抗NEUN抗体による蛍光染色像である。
【0100】
図5に示すように、培地No.2を用いて、7日間培養した細胞において、神経細胞のマーカーであるTUJ1及びNEUNのタンパク質レベルでの発現が確認された。
【0101】
[実施例2]
(単球由来M2型Mφを用いた神経細胞へのダイレクトリプログラミングの検討)
次に、培地No.2を用いて、フェノタイプの異なるMφ(単球由来M2型Mφ)についても同様に神経細胞へのダイレクトリプログラミングが達成できるかどうかについて検討した。
【0102】
健常ヒトから承諾を得て採取した血液試料から分離したヒト単核球を5.0×10cells/cm以下となるようにカバーガラス(松浪硝子工業社製、丸カバーグラス 18丸、商品コード:C018001)上に播種し、Monocyte Attachment Medium(PromoCell社製、C-28051)を用いて、37℃、5体積%CO環境下で1時間培養した。次いで、培地中の浮遊細胞を培地と共に除去した後、カバーガラス上の接着細胞(単球)について、培地の総体積に対して50ng/mLのM-CSF(Macrophage Colony Stimulating Factor)を含む培地(組成:10w/v%ウシ胎児血清(FBS)、X-VIVOTM 15無血清リンパ球培地(Lonza社製、04-418Q))で、37℃、5体積%CO環境下で7日間培養して、M2型のフェノタイプを有するMφを得た。Mφが得られたことは、定量PCR法により、Mφのマーカー遺伝子であるCD11b遺伝子及びIba1遺伝子の発現亢進を検出することで確かめた。
【0103】
次いで、得られたヒト単球由来M2型Mφについて上記培地No.2(組成は、上記表1参照)を用いて、さらに37℃、5体積%CO環境下で7日間培養した。
【0104】
次いで、培地No.2を用いて、7日間培養した細胞について、神経細胞のマーカーであるTUJ1に対する特異的抗体(biolegend社製、801201)を用いて蛍光染色を行った。細胞を蛍光顕微鏡(400倍、Carl zeiss社製、LSM710)を用いて観察した。結果を図6に示す。なお、図6において、スケールバーは50μmである。
【0105】
図6に示すように、培地No.2を用いて、7日間培養した細胞において、神経細胞のマーカーであるTUJ1のタンパク質レベルでの発現が確認された。
以上のことから、単球由来M2型Mφについても、単球由来M1型Mφと同様に、特定の成分を組み合わせて含有する培地を用いることで、神経細胞へのダイレクトリプログラミングが達成できることが確かめられた。
【0106】
[実施例3]
(培地中のPU.1阻害剤の至適濃度の検討)
次いで、培地に含まれるPU.1阻害剤の至適濃度を検討した。
【0107】
健常ヒトから承諾を得て採取した血液試料から分離したヒト単核球を5.0×10cells/cm以下となるようにカバーガラス(松浪硝子工業社製、丸カバーグラス 18丸、商品コード:C018001)上に播種し、Monocyte Attachment Medium(PromoCell社製、C-28051)を用いて、37℃、5体積%CO環境下で1時間培養した。次いで、培地中の浮遊細胞を培地と共に除去した後、カバーガラス上の接着細胞(単球)について、培地の総体積に対して10ng/mLのGM-CSFを含む培地(組成:10w/v%ウシ胎児血清(FBS)、X-VIVOTM 15無血清リンパ球培地(Lonza社製、04-418Q))で、37℃、5体積%CO環境下で7日間培養して、M1型のフェノタイプを有するMφを得た。Mφが得られたことは、定量PCR法により、Mφのマーカー遺伝子であるCD11b遺伝子及びIba1遺伝子の発現亢進を検出することで確かめた。
【0108】
次いで、得られたヒト単球由来M1型Mφについて、上記表1に示す培地No.2中のDB2313の濃度を0.1、0.3、0.5又は0.9μMにふり、それ以外の成分は培地No.2と同じである培地4種類を調製し、当該4種類の培地を用いて、さらに37℃、5体積%CO環境下で7日間培養した。
【0109】
次いで、各培地を用いて、7日間培養した細胞について、当該培地による培養開始時の細胞数に対する、培養後の細胞数の割合の百分率を細胞生存率として算出した。また、当該培地による培養開始時の細胞数に対する、神経細胞に転換した細胞の割合の百分率を分化転換効率として算出した。なお、神経細胞に転換したことは、目視での形態変化(樹状突起様構造の発現)及び免疫蛍光染色で神経マーカーであるTUJ1陽性であることによって確認した。図7は、培地中のDB2313濃度と、細胞生存率及び分化転換効率との関係を示すグラフである。
【0110】
図7に示すように、培地中のDB2313濃度が上昇するほど、分化転換効率がより上昇する傾向がみられ、一方で、培地中のDB2313濃度が減少するほど、細胞生存率がより上昇する傾向がみられた。
培地中のDB2313濃度が0.3μM以上0.7μM以下である場合に、細胞生存率及び分化転換効率がいずれも50%を超えて、特に良好であることが明らかとなった。
【0111】
[実施例4]
(培地中の神経分化誘導因子の至適濃度の検討)
次いで、培地に含まれる神経分化誘導因子の至適濃度を検討した。
【0112】
健常ヒトから承諾を得て採取した血液試料から分離したヒト単核球を5.0×10cells/cm以下となるようにカバーガラス(松浪硝子工業社製、丸カバーグラス 18丸、商品コード:C018001)上に播種し、Monocyte Attachment Medium(PromoCell社製、C-28051)を用いて、37℃、5体積%CO環境下で1時間培養した。次いで、培地中の浮遊細胞を培地と共に除去した後、カバーガラス上の接着細胞(単球)について、培地の総体積に対して10ng/mLのGM-CSFを含む培地(組成:10w/v%ウシ胎児血清(FBS)、X-VIVOTM 15無血清リンパ球培地(Lonza社製、04-418Q)で、37℃、5体積%CO環境下で7日間培養して、M1型のフェノタイプを有するMφを得た。Mφが得られたことは、定量PCR法により、Mφのマーカー遺伝子であるCD11b遺伝子及びIba1遺伝子の発現亢進を検出することで確かめた。
【0113】
次いで、得られたヒト単球由来M1型Mφについて、上記表1に示す培地No.2中のISX-9の濃度を1、3、5又は10μMにふり、それ以外の成分は培地No.2と同じである培地4種類を調製し、当該4種類の培地を用いて、さらに37℃、5体積%CO環境下で7日間培養した。
【0114】
次いで、各培地を用いて、7日間培養した細胞について、当該培地による培養開始時の細胞数に対する、培養後の細胞数の割合の百分率を細胞生存率として算出した。また、当該培地による培養開始時の細胞数に対する、神経細胞に転換した細胞の割合の百分率を分化転換効率として算出した。なお、神経細胞に転換したことは、目視での形態変化(樹状突起様構造の発現)及び免疫蛍光染色で神経マーカーであるTUJ1陽性であることによって確認した。図8は、培地中のISX-9濃度と、細胞生存率及び分化転換効率との関係を示すグラフである。
【0115】
図7に示すように、培地中のISX-9濃度が上昇するほど、分化転換効率がより上昇する傾向がみられ、一方で、培地中のISX-9濃度が減少するほど、細胞生存率がより上昇する傾向がみられた。
培地中のISX-9濃度が2.5μM以上7.5μM以下である場合に、細胞生存率及び分化転換効率がいずれも50%を超えて、特に良好であることが明らかとなった。
【0116】
以上のことから、特定の成分を組み合わせて含有する培地を用いることで、マクロファージを神経細胞へと化学的にダイレクトリプログラミングできることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0117】
本実施形態の培地によれば、マクロファージを神経細胞に直接分化転換するための培地を提供することができる。本実施形態の製造方法によれば、マクロファージから直接分化転換した神経細胞を製造することができる。本実施形態の方法によれば、マクロファージを神経細胞に直接分化転換することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8