(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022128130
(43)【公開日】2022-09-01
(54)【発明の名称】機能欠損型転写因子様遺伝子及びこれを利用した自殖性ソバ属植物
(51)【国際特許分類】
C12N 15/29 20060101AFI20220825BHJP
A01H 5/02 20180101ALI20220825BHJP
A01H 6/00 20180101ALI20220825BHJP
【FI】
C12N15/29 ZNA
A01H5/02
A01H6/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021026492
(22)【出願日】2021-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(71)【出願人】
【識別番号】301040039
【氏名又は名称】株式会社ニッセーデリカ
(74)【代理人】
【識別番号】100069431
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 成則
(74)【代理人】
【識別番号】100102761
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 元也
(72)【発明者】
【氏名】安井 康夫
(72)【発明者】
【氏名】上野 まりこ
(72)【発明者】
【氏名】川手 康正
【テーマコード(参考)】
2B030
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD11
2B030AD20
2B030CA08
(57)【要約】
【課題】機能欠損型転写因子様遺伝子及びこれを利用した自殖性ソバ属植物を提供する。
【解決手段】ソバ属植物のゲノム配列の解読結果から同定したソバ属植物の雄芯及び雌芯の長さを支配する連鎖遺伝子群が形成する転写因子様遺伝子の機能を突然変異誘導により欠損させて機能欠損型転写因子様遺伝子であるS-ELF3-PS1遺伝子を生成し、このS-ELF3-PS1自殖性遺伝子を有する個体を交配栽培することにより雄芯と雌芯がともに長い自殖性ソバ属植物を育成した。
【選択図】
図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソバ属植物のゲノム配列の解読結果からソバ属植物の雄芯及び雌芯の長さを支配する連鎖遺伝子群が形成する転写因子様遺伝子を同定し、
この同定した転写因子様遺伝子の機能を突然変異誘導により欠損させて生成したことを特徴とする機能欠損型転写因子様遺伝子。
【請求項2】
前記転写因子様遺伝子は、
Sハプロタイプをもつ短柱花個体にのみ存在し、Sハプロタイプをもたない長柱花個体には存在しないS-ELF3遺伝子である
ことを特徴とする請求項1に記載の機能欠損型転写因子様遺伝子。
【請求項3】
前記突然変異誘導は、
前記転写因子様遺伝子の機能をエチルメタンスルホン酸処理により欠損させることによりS-ELF3-PS1遺伝子を生成する
ことを特徴とする請求項1に記載の機能欠損型転写因子様遺伝子。
【請求項4】
前記S-ELF3-PS1遺伝子は、
S-ELF3遺伝子のゲノム配列の3046番目の塩基にあたる第3イントロンのスプライシングサイトをGからAに改変させ、2976-2978番目のコドンが新たなストップコドンとなっている
ことを特徴とする請求項3に記載の機能欠損型転写因子様遺伝子。
【請求項5】
ソバ属植物のゲノム配列の解読結果から同定したソバ属植物の雄芯及び雌芯の長さを支配する連鎖遺伝子群が形成する転写因子様遺伝子の機能を突然変異誘導により欠損させて機能欠損型転写因子様遺伝子であるS-ELF3-PS1遺伝子を生成し、
このS-ELF3-PS1自殖性遺伝子を有する個体を交配栽培することにより育成された
ことを特徴とする自殖性ソバ属植物。
【請求項6】
前記交配栽培は、
前記S-ELF3-PS1遺伝子を有する個体と長柱花個体とを配合し、雄芯と雌芯が長い個体を分離することにより育成される
ことを特徴とする請求項5に記載の自殖性ソバ属植物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能欠損型転写因子様遺伝子及びこれを利用した自殖性ソバ属植物に関し、特に、自殖可能な自殖性ソバ属植物に関する。
【背景技術】
【0002】
高等生物のゲノムには組換えが極端に抑制されている領域が存在する。そこでは、複数の異なる形質を支配する遺伝子群が1つの遺伝子クラスター(supergene)を形成することが可能となり、特定の形質の組み合わせのみが複合適応形質として集団内および種内で観察される。
【0003】
例えば被子植物であるソバ属植物の二花柱性では自家不和合性および雄芯・雌芯の長さを支配する連鎖遺伝子群がSELF-INCOMPATIBILITY locus supergene (S-supergene)を形成し、他殖の高効率化に成功している。
【0004】
図12に示すように、二花柱性植物であるソバ属植物では種内に「雌芯が短く雄芯の長い花型(短柱花)」を持つ個体と「雌芯が長く雄芯の短い花型(長柱花)」をもつ個体が存在しており、短柱花と長柱花間ではお互いの葯と柱頭の高さが一致するため、訪花昆虫を介した交配和合間での受粉効率が高められている。
【0005】
このように、ソバ属植物では短柱花と長柱花が存在し、訪花昆虫を介した交配和合間での受粉が行われているため、受粉効率が悪く収率が悪いという問題があった。
【0006】
ソバ属植物等の二花柱性植物の収率を改善するために機能欠損型遺伝子を利用することが注目されており、その従来技術としては特許文献1に開示されたものがあるが、ソバ属植物に関してはそのような手法は知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、機能欠損型転写因子様遺伝子及びこれを利用した自殖性ソバ属植物を提供することを目的とする。
【0009】
ソバ属植物のS-supergeneには2つの対立遺伝子、Sおよびsハプロタイプが存在し、短柱花個体の遺伝子型はS/s、長柱花個体の遺伝子型はs/sである。発明者等はS-supergeneの構成因子の一つと考えられる転写因子様遺伝子(S-LOCUS EARLY FLOWERING 3, S-ELF3)の同定に成功した(Yasui et al 2012)((Yasui Y, Mori M, Aii J, Abe T, Matsumoto D, et al. (2012) S-LOCUS EARLY FLOWERING 3 Is Exclusively Present in the Genomes of Short-Styled Buckwheat Plants that Exhibit Heteromorphic Self-Incompatibility. PLOS ONE 7(2): e31264. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0031264.)。
【0010】
この遺伝子はSハプロタイプをもつ短柱花個体にのみ存在し、Sハプロタイプをもたない長柱花個体には存在しなかった。このため、S-ELF3は短柱花形質の制御に重要な役割をしていると推察されたが、その役割はわかっていなかった。
【0011】
そこで、S-ELF3遺伝子の機能を明らかにし、さらに二花柱性を失った自殖性ソバを育成するために、EMSを用いて機能欠損型のS-ELF3タンパク質をコードするS-ELF3-PS1遺伝子を開発した。S-ELF3-PS1遺伝子を持つソバ個体は自殖可能であり、本遺伝子を利用した自殖性ソバ属植物を育成した。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1の発明の機能欠損型転写因子様遺伝子は、ソバ属植物のゲノム配列の解読結果からソバ属植物の雄芯及び雌芯の長さを支配する連鎖遺伝子群が形成する転写因子様遺伝子を同定し、この同定した転写因子様遺伝子の機能を突然変異誘導により欠損させて生成したことを特徴とする。
【0013】
請求項2の発明は、請求項1に記載の発明において、前記転写因子様遺伝子は、Sハプロタイプをもつ短柱花個体にのみ存在し、Sハプロタイプをもたない長柱花個体には存在しないS-ELF3遺伝子であることを特徴とする。
【0014】
請求項3の発明は、請求項1に記載の発明において、前記突然変異誘導は、前記転写因子様遺伝子の機能をエチルメタンスルホン酸処理により欠損させることによりS-ELF3-PS1遺伝子を生成することを特徴とする。
【0015】
請求項4の発明は、請求項3に記載の発明において、前記S-ELF3-PS1遺伝子は、S-ELF3遺伝子のゲノム配列の3046番目の塩基にあたる第3イントロンのスプライシングサイトをGからAに改変させ、2976-2978番目のコドンが新たなストップコドンとなっていることを特徴とする。
【0016】
請求項5の発明は、ソバ属植物のゲノム配列の解読結果から同定したソバ属植物の雄芯及び雌芯の長さを支配する連鎖遺伝子群が形成する転写因子様遺伝子の機能を突然変異誘導により欠損させて機能欠損型転写因子様遺伝子であるS-ELF3-PS1遺伝子を生成し、このS-ELF3-PS1遺伝子を有する個体を交配栽培することにより育成されたことを特徴とする。
【0017】
請求項6の発明は、請求項5に記載の発明において、前記交配栽培は、前記S-ELF3-PS1遺伝子を有する個体と長柱花個体とを配合し、雄芯と雌芯が長い個体を分離することにより育成されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、ソバ属植物のゲノム配列の解読結果から同定したソバ属植物の雄芯及び雌芯の長さを支配する連鎖遺伝子群が形成する転写因子様遺伝子の機能を突然変異誘導により欠損させて機能欠損型転写因子様遺伝子であるS-ELF3-PS1遺伝子を生成し、このS-ELF3-PS1遺伝子を有する個体を交配栽培することにより育成された自殖性ソバ属植物が得られるので、高収穫が得られる自殖性ソバ属植物を提供できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、正常型のS-ELF3遺伝子のゲノム塩基配列を示す図である。
【
図2】
図2は、正常型のS-ELF3遺伝子のゲノム塩基配列を示す図である。
【
図3】
図3は、正常型のS-ELF3遺伝子のゲノム塩基配列を示す図である。
【
図4】
図4は、正常型のS-ELF3遺伝子のゲノム塩基配列を示す図である。
【
図5】
図5は、正常型のS-ELF3遺伝子のゲノム塩基配列を示す図である。
【
図6】
図6は、本発明で生成された変異型のS-ELF3-PS1遺伝子のゲノム塩基配列を示す図である。
【
図7】
図7は、本発明で生成された変異型のS-ELF3-PS1遺伝子のゲノム塩基配列を示す図である。
【
図8】
図8は、本発明で生成された変異型のS-ELF3-PS1遺伝子のゲノム塩基配列を示す図である。
【
図9】
図9は、本発明で生成された変異型のS-ELF3-PS1遺伝子のゲノム塩基配列を示す図である。
【
図10】
図10は、本発明で生成された変異型のS-ELF3-PS1遺伝子のゲノム塩基配列を示す図である。
【
図11】
図11は、本発明で生成されたソバ属植物を示す写真である。
【
図12】
図11は、ソバ属植物の交配和合間での受粉を説明する写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための実施例について、添付した図面を参照しながら詳細に説明する。
【0021】
まず、転写因子様遺伝子であるS-ELF3遺伝子の機能を欠損させた変異誘導集団の育成を行う。
【0022】
・変異誘導集団育成
S-ELF3の機能を欠損させるため、EMS(エチルメタンスルホン酸処理)による突然変異誘導を実施した。約4,600粒の種子を0.33%のEMS(エチルメタンスルホン酸)溶液で15時間処理し、京都大学附属農場で栽培した。1個体から3-6粒ずつを採取し、7,490粒の種子を得た。さらにこの種子を0.6%のEMSで15時間処理し、最終的に2,710個体から採種した。採種においては、1個体当たり1から2粒ずつを採種した。この種子を京都大学附属農場で播種・栽培し、3,336個体から個体ごとに採種した。また栽培時には12個体の葉を等量ずつまとめてDNAを抽出し、278のDNAバルクとした(12個体 x 278バルク = 3,336)。
【0023】
次に、S-ELF3遺伝子の変異検出を利用した機能欠損型転写因子様遺伝子であるS-ELF3-PS1を開発する手法を説明する。
【0024】
・変異検出を利用したS-ELF3-PS1の開発
S-ELF3のPCRプライマーを設計し、278のDNAバルクをテンプレートとして、以下の条件でPCR増幅を行なった。
【0025】
98度2分、(98度10秒、58度5秒、72度90秒) x 30回、72度5秒
PCRプライマーは以下の通り
TILL-2NEW_S-ELF3-RH_Fw, TGGGCTTCCATATTTTTAATCGTC
TILL-2NEW_S-ELF3-RH_Rv, GTAAGTCCTCAAAAGGGCAAATGA
PCR後にNextera XT DNA Library Prep kit(イルミナ社)を用いてバルクごとにPCR産物をライブラリー化し、Hiseq X(イルミナ社)を用いて塩基配列リードを取得した。その後に、trimmomatic 0.3.2でリードのクリーニング、参照配列(S-ELF3の塩基配列)へのBWA (Li and Durbin, 2009)(Fast and accurate short read alignment with Burrows-Wheeler transform, Bioinformatics, 25, 1754?1760.)によるマッピングを行った。
【0026】
そして、samtools(Li et al., 2009)(The Sequence Alignment/Map format and SAMtools, Bioinformatics, 25, 2078?-2079.)による処理(BAM変換、ソート、mpileup)、VarScan (Koboldt et al., 2009)(VarScan: variant detection in massively parallel sequencing of individual and pooled samples. Bioinformatics (Oxford, England), 25, 2283-2285 PMID: 19542151)によるVcf作成、SnpEff(Cingolani et al., 2012) (A program for annotating and predicting the effects of single nucleotide polymorphisms, SnpEff: SNPs in the genome of Drosophila melanogaster strain w1118; iso-2; iso-3.)による突然変異検出を行なった。
【0027】
その結果、
図9に太字及び下線で示すように、S-ELF3のゲノム配列の3046番目の塩基にあたる第3イントロンのスプライシングサイトをGからAに改変することにより、S-ELF3-PS1遺伝子を開発した。
【0028】
S-ELF3-PS1遺伝子では、
図9に太字及び下線で示すように、第3イントロンがスプライシングされずにmRNAに残るため、2976-2978番目のコドンが新たなストップコドンとなっている。この結果、S-ELF3-PS1タンパク質の機能は欠損すると考えられる。
【0029】
なお、
図1乃至
図5は、S-ELF3遺伝子の正常型のゲノム塩基配列を示し、
図6乃至10は、本発明で生成された変異型のS-ELF3-PS1遺伝子のゲノム塩基配列を示す。
図1乃至
図10において、内イントロンの配列は小文字で示し、変異が生じた箇所、およびスプライシングができなくなったために新たに生じたストップコドンを太字及び下線で示している。
【0030】
次に、S-ELF3-PS1遺伝子を利用した自殖性ソバ属植物(自殖性ソバ)の開発手法について説明する。
【0031】
・自殖性ソバの開発
S-ELF3-PS1遺伝子を有するソバ個体の花を確認したところ、
図11に示すように、雄芯20も雌芯10も長くなった。なお、
図11(A)は、 S-ELF3-PS1遺伝子を保持する自殖性ソバ属植物の花の拡大写真であり、
図11(B)は、S-ELF3-PS1遺伝子を保持する自殖性ソバ属植物の花が旺盛に自殖する様子を示す。
【0032】
さらに、この個体は自殖種子を着粒した。この個体はS-ハプロタイプを有しているため、本来は短柱花個体となるはずである。しかしながら、S-ELF3-PS1遺伝子を有するために雌芯が長くなり、自殖したと考えられる。このことから、S-ELF3-PS1遺伝子は短柱花の雌芯の長さと自家不和合性の両方の形質を長柱花の雌芯に変換したと考えられる。
【0033】
S-ELF3-PS1遺伝子をヘテロに有する雄芯と雌芯が長い自殖性個体(遺伝子型: S-ELF3-PS1/s)と自家不和合性の長柱花個体(遺伝子型: s/s)を交配したところ、次世代では13個体の雄芯と雌芯が長い自殖性個体、および28個体の長柱花個体を得た。13個体の雄芯と雌芯が長い自殖性個体はすべてS-ELF3-PS1を有しており、28個体の自家不和合性の長柱花個体はすべてS-ELF3-PS1を有していなかった。
【0034】
このようにS-ELF3-PS1遺伝子を保持させることにより、自殖性ソバを開発できた。なお、遺伝子型の判別には上記条件でのS-ELF3-PS1遺伝子のPCR増幅を利用した。また増幅されたS-ELF3-PS1遺伝子の突然変異箇所をサンガー法によって確認した。サンガー法に用には以下のプライマーを利用した。
【0035】
S-ELF3_Fw3004_seq, GCAAAGGATCTTCTCGATTCA
なお、本発明は上述の実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内であれば、当業者の通常の創作能力によって多くの変形が可能である。
【符号の説明】
【0036】
10…雌芯
20…雄芯