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  • 特開-ダニ防除剤 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022129630
(43)【公開日】2022-09-06
(54)【発明の名称】ダニ防除剤
(51)【国際特許分類】
   A01N 63/14 20200101AFI20220830BHJP
   A01N 27/00 20060101ALI20220830BHJP
   A01P 17/00 20060101ALI20220830BHJP
【FI】
A01N63/14
A01N27/00
A01P17/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021028372
(22)【出願日】2021-02-25
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (その1) 発行日 2020年2月28日 刊行物 第64回日本応用動物昆虫学会大会講演要旨集 (その2) 発行日 2020年2月28日 刊行物 第64回日本応用動物昆虫学会大会講演要旨集 (その3) 発行日 2020年5月25日 刊行物 日本ダニ学会誌 第29巻 第1号
(71)【出願人】
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】秋野 順治
(72)【発明者】
【氏名】小西 麻結
(72)【発明者】
【氏名】矢野 修一
【テーマコード(参考)】
4H011
【Fターム(参考)】
4H011AC06
4H011BB01
4H011BB20
(57)【要約】      (修正有)
【課題】ダニ防除剤の提供。
【解決手段】アリ由来成分を含むダニ防除剤。好ましくは、炭素数が21~50の直鎖又は分枝不飽和炭化水素を含むダニ防除剤。より好ましくは、不飽和結合の数が1~6個である、前記ダニ防除剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アリ由来成分を含むダニ防除剤。
【請求項2】
炭素数が21~50の直鎖又は分枝不飽和炭化水素を含むダニ防除剤。
【請求項3】
不飽和結合の数が1~6個である、請求項2に記載のダニ防除剤。
【請求項4】
前記分枝不飽和炭化水素を構成する分枝鎖が、炭素数1~3のアルキル基である、請求項2又は3に記載のダニ防除剤。
【請求項5】
前記ダニが、ハダニである、請求項1~4のいずれかに記載のダニ防除剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ダニ防除剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
ダニは、農作物に被害をもたらすことが知られており、中でもハダニ類は、栽培作物を始めとする植物組織を葉裏から吸汁することで加害する重要農業害虫である。その防除にあたってはピラゾール-ピリダジノン系、マクロライド系、ピロール系、オキサゾリン系等の各種有効殺ダニ成分を含む農薬、カブリダニや糸状菌等の生物農薬を用いる生物防除、粘着板や紫外線照射などの物理的防除、気門封鎖剤としての天然物由来油分利用など、様々な方法が実施されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2018-024583号公報
【特許文献2】特開昭58-72503号公報
【特許文献3】特開昭52-151149号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
現行では、合成殺ダニ剤が広汎に利用されているが、ハダニ類が産雄単為生殖、繁殖力の高さ、世代交代の速さ、近親交配、および異物代謝能力の高さという生物学的特性を持つことから、短期間で薬剤抵抗性を発達させやすいため、薬剤が効力を失う期間が短いことが課題となっている。実際これまでに開発・販売されてきた薬剤でも基幹殺ダニ成分の変遷は、他害虫種と比べても、とりわけ著しい。また、生物的防除は効果的であるものの、生物農薬として用いる天敵種を随時補充する必要があるため、持続的利用を考えると農家の経費負担が大きくなる点が問題となっている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、カンザワハダニがアミメアリの痕跡(歩行跡)を避けることを見出し、さらに改良を重ねた。
【0006】
本開示は、例えば以下の項に記載の主題を包含する。
項1.
アリ由来成分を含むダニ防除剤。
項2.
炭素数が21~50の直鎖又は分枝不飽和炭化水素を含むダニ防除剤。
項3.
前記直鎖不飽和炭化水素の炭素数が、21~35であり、
前記分枝不飽和炭化水素の炭素数が、23~50である、項2に記載のダニ防除剤。
項4.
不飽和結合の数が1~6個である、項2又は3に記載のダニ防除剤。
項5.
前記直鎖不飽和炭化水素の不飽和結合数が、1~3個であり、
前記分枝不飽和炭化水素の不飽和結合数が、1~6個である、項2~4のいずれかに記載のダニ防除剤。
項6.
前記分枝不飽和炭化水素を構成する分枝鎖が、炭素数1~3のアルキル基である、項2~5のいずれかに記載のダニ防除剤。
項7.
前記ダニが、ハダニである、項1~6のいずれかに記載のダニ防除剤。
【発明の効果】
【0007】
新規なダニ防除剤が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】ハダニによる葉面のアリ痕跡回避の評価方法(a、b)、T字経路を用いたハダニによるアリ抽出物の忌避性評価方法(c)の概略図を示す。
図2】カンザワハダニによるアミメアリの痕跡回避の持続時間の評価結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示に包含される各実施形態について、さらに詳細に説明する。
本開示に包含されるダニ防除剤は、不飽和炭化水素を含む。また、本開示に包含されるダニ防除剤は、不飽和炭化水素を有効成分とするものであってもよい。本明細書において、当該ダニ防除剤を「本開示のダニ防除剤」と表記することがある。
【0010】
本開示に用いられる不飽和炭化水素は、直鎖不飽和炭化水素であってもよく、分枝不飽和炭化水素であってもよい。入手の容易性の観点から、直鎖不飽和炭化水素であることが好ましい。
【0011】
本開示に用いられる不飽和炭化水素は、炭素数が21~50であることが好ましい。当該範囲の上限又は下限は、例えば、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、又は49であってもよい。より具体的には、例えば、23~47であってもよく、23~31であってもよい。
本開示に用いられる直鎖不飽和炭化水素の炭素数は、21~35であってもよい。当該範囲の上限又は下限は、例えば、22、23、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、又は34であってもよい。より具体的には、例えば、23~35であってもよい。
本開示に用いられる分枝不飽和炭化水素の炭素数は、23~50であってもよい。当該範囲の上限又は下限は、例えば、24、25、26、27、28、29、30、31、32、33、34、35、36、37、38、39、40、41、42、43、44、45、46、47、48、又は49であってもよい。より具体的には、例えば、25~47であってもよい。
【0012】
本開示に用いられる不飽和炭化水素の不飽和結合は、二重結合であることが好ましい。
本開示に用いられる不飽和炭化水素は、不飽和結合の数が1個以上であることが好ましい。当該範囲の上限又は下限は、例えば、2、3、4、5、又は6個であってもよい。より具体的には、例えば、1~6個であってもよい。
本開示に用いられる直鎖不飽和炭化水素の不飽和結合の数は、1~3個であってもよい。例えば、1~2個であってもよく、1個であってもよい。
本開示に用いられる分枝不飽和炭化水素の不飽和結合の数は、1~6個であってもよい。例えば、1~5個であってもよく、1~4個であってもよく、1~3個であってもよく、1~2個であってもよい。
本開示に用いられる不飽和炭化水素は、特に限定されないが、二重結合の数が1つの場合には、7位、9位又は11位に不飽和結合を有する不飽和炭化水素であってもよい。二重結合の数が2つの場合には、7位と10位、もしくは9位と12位のように[-C=C-C-C=C-]の構造を含み不飽和結合を併せ有する不飽和炭化水素であってもよい。二重結合の数が3つの場合には、7位と10位と13位、もしくは9位と12位と15位のように[-C=C-C-C=C-C-C=C-]の構造を含み不飽和結合を併せ有する不飽和炭化水素であってもよい。
本開示に用いられる不飽和炭化水素は、二重結合の立体配置が、E配置であってもよく、Z配置であってもよい。中でも、不飽和炭化水素中、二重結合の数が1つの場合は、二重結合の立体配置が、Z配置であることが好ましい。
【0013】
本開示に用いられる分枝不飽和炭化水素中、分枝鎖は、例えば、炭素数が1~3のアルキル基(例えば、メチル基、エチル基、プロピル基等)等が挙げられる。中でも、メチル基が好ましい。
【0014】
本開示に用いられる分枝不飽和炭化水素中、分枝の数は、例えば、1~4個であってもよい。当該範囲の上限又は下限は、例えば、2又は3個であってもよい。より具体的には、例えば、2~3個であってもよい。
【0015】
本開示に用いられる不飽和炭化水素は、合成物であっても抽出物であってもよく、天然物から抽出したものや商業的に入手可能なものなど、特に限定されない。抽出物としては、例えば、アリの分泌物を溶媒抽出したもの等が挙げられる。アリとしては、クロヤマアリ(Formica japonica)、アミメアリ(Pristomyrmex punctatus)、トビイロシワアリ(Tetramorium caespitum)、シリアゲアリ類(Crematogaster)、ケアリ類(Lasius )等が例示される。中でも、クロヤマアリ(Formica japonica)、アミメアリ(Pristomyrmex punctatus)が好ましい。分泌物としては、例えば、ふ節や体表等からの分泌物が挙げられる。溶媒としては、ヘキサン、ジエチルエーテル等が挙げられる。中でも、ヘキサンが好ましい。
【0016】
本開示に用いられる不飽和炭化水素としては、より具体的には、直鎖不飽和炭化水素としては、トリコセン、ペンタコセン、ヘプタコセン、ノナコセン、ヘントリアコンテン、ペンタコサジエン、ペンタトリアコンテン等が例示され、分枝不飽和炭化水素としては、メチルペンタトリアコンテン、トリメチルペンタトリアコンテン、トリメチルペンタトリアコンタジエン、トリメチルヘプタトリアコンテン、トリメチルヘプタトリアコンタジエン、トリメチルヘプタトリアコンタトリエン、ジメチルノナトリアコンタトリエン、トリメチルノナトリアコンタジエン、トリメチルノナトリアコンタトリエン、メチルヘンテトラコンタトリエン、ジメチルヘンテトラコンタジエン、ジメチルヘンテトラコンタトリエン、トリメチルヘンテトラコンタトリエン、メチルトリテトラコンタトリエン、ジメチルトリテトラコンタトリエン、ジメチルトリテトラコンタトリエン、トリメチルトリテトラコンタトリエン、ジメチルペンタテトラコンタジエン、ジメチルペンタテトラトリアコンタトリエン、ジメチルペンタテトラコンタテトラエン、トリメチルペンタテトラコンタトリエン、ジメチルヘプタテトラコンタジエン、ジメチルヘプタテトラコンタトリエン、ジメチルヘプタテトラコンタテトラエン、トリメチルヘプタテトラコンタトリエン等が例示される。より好ましくは、ペンタコセン、ヘプタコセン、ノナコセン、ヘントリアコンテン等が挙げられる。さらに好ましくは、9Z-ペンタコセン、9Z-ヘプタコセン、9Z-ノナコセン、9Z-ヘントリアコンテン等が挙げられる。
【0017】
なお、不飽和炭化水素は、1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0018】
本開示のダニ防除剤中、炭素数が21~50の直鎖又は分枝不飽和炭化水素の含有量は、特に限定されず、例えば、0.1~100質量%の範囲で、適宜設定することができる。
【0019】
本開示のダニ防除剤中、炭素数が21~50の直鎖又は分枝不飽和炭化水素が2種以上含まれる場合、炭素数が21~50の直鎖又は分枝不飽和炭化水素の含有比率は、特に限定されず、適宜設定することができる。
本開示のダニ防除剤中、炭素数が21~50の直鎖又は分枝不飽和炭化水素全量に対して、炭素数が21~33の直鎖又は分枝不飽和炭化水素、より好ましくは炭素数が23~31の直鎖又は分枝不飽和炭化水素の含有量は、5質量%以上であってもよい。当該範囲の上限又は下限は、例えば、6、7、8、9、10、15、20、25、30、35、40、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、98、99、又は100質量%程度であってもよい。より具体的には、例えば、5~100質量%であってもよい。
本開示のダニ防除剤中、炭素数が21~50の直鎖又は分枝不飽和炭化水素全量に対して、二重結合の数が1個である炭素数が21~50の直鎖又は分枝不飽和炭化水素の含有量は、5質量%以上であってもよい。当該範囲の上限又は下限は、例えば、6、7、8、9、10、15、20、25、30、35、40、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、98、99、又は100質量%程度であってもよい。より具体的には、例えば、5~100質量%であってもよい。
本開示のダニ防除剤中、炭素数が21~50の直鎖又は分枝不飽和炭化水素全量に対して、炭素数が21~50の直鎖不飽和炭化水素の含有量は、5質量%以上であってもよい。当該範囲の上限又は下限は、例えば、6、7、8、9、10、15、20、25、30、35、40、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、98、99、又は100質量%程度であってもよい。より具体的には、例えば、5~100質量%であってもよい。
【0020】
本開示のダニ防除剤は、上述した成分を含み、さらに他の成分を含むことができる。当該他の成分としては、例えば、薬学的に許容される基剤、担体、添加剤(例えば溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、滑沢剤、抗酸化剤、保存剤等)等が例示される。これらの成分は、1種単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0021】
本開示のダニ防除剤は、上述した成分と、必要に応じて他の成分とを組み合わせて常法により調製することができる。
【0022】
本開示のダニ防除剤の形態は、特に限定されず、粉末状、顆粒状、タブレット状、カプセル剤状などの固体の形態;液状、乳液状、ジェル状などの半固体又は液体の形態等を有することができる。
【0023】
本開示のダニ防除剤が対象とするダニは、ダニ目に属する動物であることが好ましい。ケダニ亜目に属する動物がより好ましく、ハダニ科に属する動物がさらに好ましい。ハダニ科に属する動物としては、カンザワハダニ(Tetranychus kanzawai)、ナミハダニ(Tetranychus urticae)、ミカンハダニ(Panonychus citri)、リンゴハダニ(Panonychus ulmi)等が例示される。
また、本開示のダニ防除剤が対象とするダニは、アリに捕食されるダニであってもよい。
【0024】
本開示のダニ防除剤は、ダニを防除するために用いることができる。また、本開示のダニ防除剤は、ダニに対する忌避効果を有することから、ダニ忌避剤としてより好適に用いることができる。
本開示のダニ防除剤は、捕食者由来成分を含むことから、抵抗性を獲得しづらいことが予測される。このため長期利用が可能になることが予測される。
【0025】
本開示のダニ防除剤は、例えば、作物、果樹等の植物、それらを栽培する土壌、ダニの生息場所となる下草、ダニの移動経路となる施設(例えば、ビニルハウスやガラス温室等)素材、家屋壁面、コンクリート表面等に適用することができる。
【0026】
本開示のダニ防除剤を適用する植物としては、ダニが定着しうる限り特に限定されず、例えば、マメ、ナス、キュウリ、イモ、イチゴ、メロン等の野菜;リンゴ、ナシ、モモ、カキ、カンキツ、アンズ等の果樹;バラ、キク、カーネーション等の花き類等が挙げられる。
【0027】
本開示のダニ防除剤は、そのまま適用してもよく、水等の溶媒に懸濁したものを適用してもよい。
【0028】
本開示のダニ防除剤の適用方法は、特に限定されず、本開示のダニ防除剤の形態に応じて適宜設定することができる。例えば、植物、土壌、施設素材、家屋壁面、コンクリート表面等への散布処理等が挙げられる。
【0029】
本開示のダニ防除剤の適用量は、特に限定されず、本開示のダニ防除剤の形態、適用対象等に応じて適宜設定することができる。
【0030】
本開示は、アリ由来成分を含むダニ防除剤をも包含する。
アリ由来成分としては、アリ分泌化合物であることが好ましい。アリとしては、クロヤマアリ(Formica japonica)、アミメアリ(Pristomyrmex punctatus)、トビイロシワアリ(Tetramorium caespitum)、シリアゲアリ類(Crematogaster)、ケアリ類(Lasius )等が例示される。中でも、クロヤマアリ(Formica japonica)、アミメアリ(Pristomyrmex punctatus)が好ましい。分泌部位としては、例えば、ふ節や体表等が挙げられる。
本開示に用いられるアリ分泌化合物は、アリから分泌された化合物であってもよく、分泌された化合物と同一の構造を有する化合物であれば人為的に合成した化合物であってもよい。
アリ分泌化合物としては、不飽和炭化水素が好ましい。不飽和炭化水素については、上述した記載を援用することができる。
【0031】
なお、本明細書において「含む」とは、「本質的にからなる」と、「からなる」をも包含する(The term "comprising" includes "consisting essentially of” and "consisting of.")。また、本開示は、本明細書に説明した構成要件を任意の組み合わせを全て包含する。
【0032】
また、上述した本開示の各実施形態について説明した各種特性(性質、構造、機能等)は、本開示に包含される主題を特定するにあたり、どのように組み合わせられてもよい。すなわち、本開示には、本明細書に記載される組み合わせ可能な各特性のあらゆる組み合わせからなる主題が全て包含される。
【実施例0033】
本開示の内容を以下の実験例を用いて具体的に説明する。しかし、本開示はこれらに何ら限定されるものではない。下記において、特に言及する場合を除いて、実験は大気圧及び常温条件下で行っている。また特に言及する場合を除いて、「%」は「質量%」を意味する。また、各表に記載される各成分の配合量値も特に断らない限り「質量%」を示す。
【0034】
ハダニ
カンザワハダニ(Tetranychus kanzawai)は、2018年に京都で収集された。ナミハダニ(Tetranychus urticae)は、1998年に日本の奈良で収集された。これらの集団は、ペトリ皿中の水飽和綿に押し付けたインゲンマメ(Phaseolus vulgaris L.)の十分に展葉した第一葉上で飼育した。水に浸した綿は、ダニが逃げないように障壁の役割を果たした。葉皿は透明なプラスチック容器に入れ、25℃、相対湿度60%、光周期16L(7:00-23:00):8Dで保存した。
【0035】
アリ
京都で100匹以上のアミメアリ(Pristomyrmex punctatus Smith)とクロヤマアリ(Formica japonica Motschoulsky)を収集した。アリは透明なプラスチック容器に人工のアリの巣を入れ飼育した。アリには水とハチミツを週2回与え、タンパク質源としては毎週殺したばかりの昆虫を与えた。
【0036】
実験例1:ハダニによる葉面のアリ痕跡(歩行跡)の回避
ハダニが餌植物表面のアリの痕跡を回避しているかどうかを調べるために、アリの痕跡がある葉面とない葉面を連結した装置で実験した。以下に述べる実験はいずれも13:00~17:00の間に行った。10×20mmの平板な豆の葉を10×10mmの2等分に切り、片方の葉をアリの巣の入り口前の濡れたペーパータオルの上に置き、ドアマットのようにしてアリの痕跡をつけた(図1a)。
水に濡らした綿の上に、20匹以上のアリが横切って歩いた葉を、他のアリの痕跡がない葉の隣に移した。次いで、成熟2~4日齢の雌のカンザワハダニ又はナミハダニを、両葉の境界に置いたパラフィルム片上に置いた(図1b)。1時間後、餌となるダニが定着した葉を記録した。なお、すべての雌がその時間内に特定の葉の位置に定着していることが確認された。アミメアリの痕跡の評価には、28個体のナミハダニ、27個体のカンザワハダニを、クロヤマアリの痕跡の評価には16個体のナミハダニと12個体のカンザワハダニを用いた。データは、ハダニが2つの正方形に等確率(すなわち、0.5)で定着するという共通の帰無仮説を用いて、二項対立二項検定を行った。結果を表1に示す。なお、表中Trace+はアリの痕跡がある試験区、Trace-はアリの痕跡がない対照区を意味する。
【0037】
【表1】
【0038】
表1に示す通り、ハダニを捕食するアミメアリと野外で同所的に暮らすカンザワハダニは、アミメアリの痕跡を避けることが確認された。また、野外でアミメアリと同所的に暮らすことが少ないナミハダニもアミメアリの痕跡を避けることが分かった。さらに、カンザワハダニ、ナミハダニはクロヤマアリの痕跡も避けることが分かった。
【0039】
実験例2:カンザワハダニによるアミメアリの痕跡回避の持続時間
ハダニ忌避に対するアリの痕跡の効果が経時的に低下するかどうかを調べるために、実験例1と同様にしてアミメアリの痕跡をつけた葉を調製し、水に浸した綿に1時間(n=28)、3時間(n=37)、又は24時間(n=32)保存した。調製した葉を、同じ期間保存したアリの痕跡のない葉の隣に移し、実験例1と同様の方法でカンザワハダニ雌の回避反応を比較した。結果を図2に示す。なお、図中、+はアリの痕跡をつけた試験区、-はアリの痕跡がない対照区を意味する。
【0040】
図2に示すとおり、カンザワハダニの雌は、0、及び1時間保存した葉においては、アミメアリの痕跡を有意に回避したが、3、及び24時間保存した葉においては、痕跡を回避しなかった(二項検定)。つまり、アミメアリの痕跡に対するカンザワハダニの忌避効果は、少なくとも1時間以上持続することが示唆された。
【0041】
実験例3:カンザワハダニによるアミメアリ抽出物の忌避性
アミメアリの化学的痕跡を抽出するために、20匹のアリをガラス製シャーレ(直径45mm、深さ16mm)に導入し、スライドグラス(76×24mm、松波ガラス株式会社、岸和田市)で覆った。1時間後、すべてのアリを除去し、500μLのヘキサンを用いて皿の内壁を洗浄した。すべての抽出物を結合させ、次の実験のために十分な抽出物を得るために、異なるアリを用いてこの手順を20回繰り返し、アミメアリ痕跡抽出物(Trace extracts)を得た。対照溶媒については、アリがいない状態で1時間放置したディッシュに同量のヘキサンを注ぎ、上記の方法で溶媒を連結した。
カンザワハダニ雌によるアミメアリ痕跡抽出物の忌避性を調べるために、濾紙のT字経路(35×35 mm、幅2 mm)を用いて実験を行った(図1c)。T字経路の一方の経路(長さ17.5mm)に0.175アリ当量(すなわち、5μL)のヘキサン抽出物を適用し(すなわち、0.01アリ当量/mm)、もう一方の経路には対照溶媒のヘキサンを適用した。それらの経路から溶媒を蒸発させた後、T字経路を垂直にぶら下げ、成熟2日後の雌のカンザワハダニをT字経路の下端に導入し、雌が最初に遠端まで歩いた経路を記録した。各雌ダニとT型濾紙は1回のみ使用した。
また、同じ経路装置を用いて、カンザワハダニの雌によるアミメアリのトレイルフェロモンの活性物質である6-アミル-2-ピロンの忌避性を調べた。化合物は試薬(東京化成工業株式会社製)として購入し、ヘキサンで10および1pg/μLの濃度に希釈した。T字経路の一方の経路に当該溶液をそれぞれ0.011および0.0011 ant当量/mmの量で塗布した。また、対照溶媒であるヘキサンを同量、もう一方の経路に適用した。カンザワハダニの雌による忌避を、上述したのと同様の方法で試験した。結果を表2に示す(二項検定)。なお、表中Trace+は痕跡抽出物又はトレイルフェロモンを塗布した試験区、Trace-は痕跡抽出物及びトレイルフェロモンを塗布しない対照区を意味する。
【0042】
【表2】
【0043】
カンザワハダニは、アミメアリ痕跡抽出物を塗布した経路を選んで歩くことが有意に少なく(二項検定、P<0.0001)、カンザワハダニがアリ痕跡抽出物を避けていることが確認された。一方、アミメアリのトレイルフェロモンを経路に塗布しても有意差は認められなかった(二項検定)。このことから、カンザワハダニは、アミメアリのトレイルフェロモンを回避しないことが示唆された。
【0044】
実験例4:クロヤマアリ及びアミメアリの痕跡抽出物・体表ワックス抽出物の忌避性
クロヤマアリ及びアミメアリを用いて実験例3と同様の方法により、痕跡抽出物を取得した。
別途、各種アリを個体あたり0.1mLのヘキサンに5分浸漬して体表ワックス抽出を得て、シリカゲルカラムクロマトグラフィーによりヘキサンで溶出される炭化水素成分を分画した。
【0045】
実験例3と同じ経路装置を用いて、カンザワハダニの雌による各種アリの痕跡抽出物と、それと当量になるように塗布処理した体表炭化水素成分の忌避性を調べた。結果を表3に示す
【0046】
【表3】
【0047】
カンザワハダニは、アミメアリの痕跡抽出物同様にアミメアリ体表炭化水素成分を塗布した経路を選んで歩くことが有意に少なく(二項検定、P<0.001)、カンザワハダニがアミメアリ痕跡抽出物同様にその体表炭化水素を避けていることが確認された。また、クロヤマアリの痕跡抽出物を避ける(二項検定、P<0.001)ようにクロヤマアリ体表炭化水素成分も避ける(二項検定、P<0.05)ことが確認された。
【0048】
実験例5:クロヤマアリ及びアミメアリの痕跡抽出物および体表炭化水素組成
実験例3、4と同様の方法によりクロヤマアリ及びアミメアリから取得した痕跡抽出物及び体表炭化水素成分をそれぞれガスクロマトグラフ分析に供し、各アリの成分組成を比較した。また各構成成分については、体表炭化水素成分をガスクロマトグラフ直結質量分析に供し、得られた各マススペクトル及びガスクロマトグラフ上での保持指標値から、その化学構造を推定した。痕跡抽出物の成分は、ガスクロマトグラフ上での保持指標値を体表炭化水素成分と照合することでその組成を推定した。組成比は、それぞれのクロマトグラフにおけるピーク面積比より算出した。
【0049】
ガスクロマトグラフ分析には、島津ガスクロマトグラフ分析装置GC2014を用い、分析カラムとして15m長で内径0.25mm、膜厚0.10μmのメチルシリコン系無極性カラムを使用した。試料注入は1分間のスプリットレス注入法によっておこない、分離した成分の検出には水素炎検出器(FID)を用いた。試料注入口の温度は300℃、カラムオーブンの温度設定には最高温度320℃までの昇温条件を用いた。ガスクロマトグラフ直結質量分析には、AgilentガスクロマトグラフGC6890とJEOL質量分析計SX102によるGCMSシステムを用いた。分析カラムにはGC分析と同規格のメチルシリコン系無極性カラムを使用し、試料はクールオンカラム法によって注入した。イオン化電圧70eVでEIマススペクトルを測定し、測定質量範囲はm/z 40―700に設定した。
分析結果を表4、5に示す。
【0050】
【表4】
【0051】
【表5】
【0052】
表4に示すように、クロヤマアリの痕跡抽出物及び体表炭化水素成分には、直鎖炭化水素が含まれることが分かった。中でも炭素数が、25、27、29、31の炭化水素が多く含まれることが確認された。不飽和炭化水素については、二重結合が1つの不飽和炭化水素(末端から数えて9番目の炭素に二重結合あり)が検出された。
表5に示すように、アミメアリの痕跡抽出物及び体表炭化水素成分には、直鎖炭化水素に加えて、分枝炭化水素が多く含まれていることが分かった。中でも炭素数が、35、37、39、41、43、45、47の炭化水素が多く含まれることが確認された。また、クロヤマアリの痕跡抽出物及び体表炭化水素成分に含まれる不飽和炭化水素と比較して、アミメアリの痕跡抽出物に含まれる不飽和炭化水素は、二重結合の数が多いことが分かった。
【0053】
実験例6:カンザワハダニによるアミメアリ及びクロヤマアリ由来体表炭化水素(飽和炭化水素成分、不飽和炭化水素成分)の忌避性
アミメアリ及びクロヤマアリから抽出・分画した体表炭化水素成分を、10%硝酸銀含有シリカゲルカラムクロマトグラフィーによって、ヘキサン、ジエチルエーテル・ヘキサン混合溶媒(エーテル含有率1%、2%、3%、5%、30%、50%)及び100%ジエチルエーテルによって順次溶出される成分を分画し、飽和炭化水素成分と不飽和炭化水素成分とに分画した。
クロヤマアリでは不飽和度1の不飽和炭化水素成分が単一画分に分画された。アミメアリでは不飽和度によって不飽和炭化水素成分が複数の画分に分画されるため、それらの画分を合一したものを不飽和炭化水素成分として、忌避試験にもちいた。
忌避試験は実験例3同様に実施し、アミメアリでの処理量は0.175アリ当量、クロヤマアリでの処理量は0.1アリ当量とした。
【0054】
【表6】
【0055】
カンザワハダニによるアミメアリ体表炭化水素成分への忌避反応は、飽和炭化水素成分ではなく不飽和炭化水素成分によって引き起こされる(二項検定、P<0.05)ことが確認された。また、クロヤマアリ体表炭化水素成分への忌避反応も、飽和炭化水素成分ではなく不飽和炭化水素成分によって引き起こされる(二項検定、P<0.001)ことが確認された。
【0056】
実験例7:カンザワハダニによるクロヤマアリ痕跡抽出物に含まれる不飽和炭化水素の忌避性
クロヤマアリに含まれる不飽和炭化水素化合物を用いて、実験例3と同様の方法により、T字経路を用いて忌避性の評価を行った。不飽和炭化水素を塗布した経路に定着した個体数(試験区)と不飽和炭化水素を含まない経路に定着した個体数(対照区)を以下に示す。
【0057】
2.3% 9Z-ペンタコセン、66.7% 9Z-ヘプタコセン、28.7% 9Z-ノナコセン、及び2.3% 9Z-ヘントリアコンテンを含む混合物(表4に記載の含有率と同じ割合)を用いた場合は、対照区:試験区=24:7(二項検定、p<0.01)であった。カンザワハダニは、当該混合物を有意に忌避したことが確認された。
25% 9Z-ペンタコセン、25% 9Z-ヘプタコセン、25% 9Z-ノナコセン、及び25% 9Z-ヘントリアコンテンを含む混合物を用いた場合は、対照区:試験区=28:3(二項検定、p<0.001)であった。カンザワハダニは、当該混合物を有意に忌避したことが確認された。
50% 9Z-ヘプタコセン、及び50% 9Z-ノナコセンを含む混合物を用いた場合は、対照区:試験区=22:9(二項検定、p<0.05)であった。カンザワハダニは、当該混合物を有意に忌避したことが確認された。
9Z-ヘプタコセンを用いた場合は、対照区:試験区=22:9(二項検定、p<0.05)であった。カンザワハダニは、当該混合物を有意に忌避したことが確認された。
9Z-ノナコセンを用いた場合は、対照区:試験区=23:8(二項検定、p<0.05)であった。カンザワハダニは、当該混合物を有意に忌避したことが確認された。
図1
図2