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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022130331
(43)【公開日】2022-09-06
(54)【発明の名称】歯科用前処理材
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/40 20200101AFI20220830BHJP
   A61K 6/831 20200101ALI20220830BHJP
【FI】
A61K6/40
A61K6/831
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022024969
(22)【出願日】2022-02-21
(31)【優先権主張番号】P 2021028309
(32)【優先日】2021-02-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(71)【出願人】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(72)【発明者】
【氏名】中島 正俊
(72)【発明者】
【氏名】高橋 歩
(72)【発明者】
【氏名】平田 広一郎
【テーマコード(参考)】
4C089
【Fターム(参考)】
4C089AA12
4C089BA20
4C089CA03
(57)【要約】
【課題】 歯科用接着材を用いて歯科用修復物を歯質、特に象牙質に良好に接着できるようにすることができ、且つ、高い殺菌効果も期待できる歯科用前処理材を提供する。
【解決手段】 酸性基を有する重合性単量体を含む重合性単量体成分及び重合開始剤を含む歯科用接着材と組み合わせて使用される歯科用前処理材であって、殺菌剤として機能する分子型の次亜塩素酸(HClO)、及びSr2+などの2価以上の多価金属イオンが溶解しているpHが6~7である次亜塩素酸水溶液からなり、スミア層中の無機成分を残したまま有機成分を溶解除去してHybridized smear layerの形成を防止できる歯科用前処理材。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性基を有する重合性単量体を含む重合性単量体成分及び重合開始剤を含む歯科用接着材を用いて歯牙に歯科用修復材を接着する際に、前記歯科用接着材が施用される歯牙を前処理するための歯科用前処理材であって、
分子型次亜塩素酸及び2価以上の多価金属イオンが溶解しているpHが6~7である次亜塩素酸水溶液からなることを特徴とする歯科用前処理材。
【請求項2】
前記歯科用接着材における重合性単量体成分が、酸性基を有しない重合性単量体を更に含む、請求項1に記載の歯科用前処理材。
【請求項3】
前記歯科用前処理材の総質量を基準とする分子型次亜塩素酸濃度が10~300質量ppmである、請求項1又は2に記載の歯科用前処理材。
【請求項4】
2価以上の多価金属イオンが、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、銅、及び亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも1種の金属のイオンであり、前記歯科用前処理材の総質量を基準とする、溶解している前記2価以上の多価金属イオンの総濃度が0.1~20質量%である、請求項1~3の何れか1項に記載の歯科用前処理材。
【請求項5】
酸性基を有する重合性単量体及び重合開始剤を含む歯科用接着材と、分子型次亜塩素酸及び2価以上の多価金属イオンが溶解しているpHが6~7である次亜塩素酸水溶液からなる歯科用前処理材と、からなることを特徴とする歯科用接着キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用前処理材に関する。詳しくは、酸性基を有する重合性単量体及び重合開始剤を含む歯科用接着材を用いて歯牙に歯科用修復材を接着する際に、前記歯科用接着材が施用される歯牙を前処理するための歯科用前処理材に関する。
【背景技術】
【0002】
齲蝕を除去した後の窩洞の修復は、それが、初中期の比較的小さい窩洞の場合には、審美性、操作の簡略性や迅速性の点から、コンポジットレジンによる直接修復を行うことが多い。一方、比較的大きな窩洞の修復には、金属やセラミックス、或いは歯科用レジンで作られた補綴物が多用されている。これらコンポジットレジンや補綴物等の歯科用修復物は歯質への接着性を有していないため、これを歯質へ接着させるための歯科用接着材が併用される。歯科用切削器具を用いて窩洞形成を行った場合、その切削面には切削屑がこびりついたスミア層が形成される。歯科用接着材を用いた接着において良好な接着性を得るために、前処理材や歯科用接着材に配合される酸成分により無機成分を溶解して、スミア層を除去すると同時に、歯質表面を脱灰(エッチング)することが一般的である。
【0003】
ところで、歯の硬組織はエナメル質と象牙質からなり、臨床的には双方への接着が要求されるが、エナメル質がほぼ無機物質で構成されることからその接着機構は比較的単純であるのに対し、象牙質は、コラーゲン線維などの有機物質を20%程度含むことからその接着機構はやや複雑である。たとえば、良好な接着性を得るためには、脱灰(エッチング)により象牙質表面に露出するスポンジ状の基質コラーゲン線維の微細な隙間に接着材を浸透させる必要がある。ところが、このスポンジ状のコラーゲン線維は容易に収縮してしまうため、接着材の浸透が妨げられ、最適な接合界面の形成を阻害し、接着性能の低下を招く。
【0004】
近年は、これらの点を考慮してエナメル質と象牙質の双方に有効なセルフエッチング型の前処理材やセルフエッチング歯科用接着材システム(該接着材システムはそれ自体がエッチング性を有するため、前処理を特に必要としないことから、ワンステップ型接着材、或いはワンステップボンティング材と呼ばれることもある。)も開発されている(特許文献1及び2参照)。これらセルフエッチング型前処理材及びセルフエッチング歯科用接着材システムは、何れも酸性基を有する重合性単量体(以下、「酸モノマー」ともいう。)及び酸性基を有しない重合性単量体(以下、「非酸モノマー」ともいう。)、水、重合開始剤、並びに機能性フィラーを含有するものであり、スミア層の無機成分を脱灰除去すると同時に酸モノマーが象牙質基質コラーゲン線維間に浸透することが可能であり、象牙質に対しても比較的良好な接着を実現している。
【0005】
特許文献3では、象牙質コラーゲンを除去および/または改質するための機能と、ハイドロキシアパタイトを除去および/または改質するための機能と、を同時に併せ持つ前処理剤として、「(A)タンパク質またはコラーゲンを溶解ないし分解しうる化合物であって、尿素およびリン酸尿素よりなる群から選ばれる少なくとも1種の尿素化合物、(B)歯質を脱灰しうる化合物であって酸性化合物(b1)およびキレート化合物(b2)よりなる群から選ばれる少なくとも1種、ここで、酸性化合物(b1)はリン酸、塩酸、硝酸、硫酸、蟻酸、酢酸、(モノ、ジまたはトリ)クロル酢酸、プロピオン酸、α-クロルプロピオン酸、シュウ酸、クエン酸、マロン酸、マレイン酸、フマル酸、フェノールまたはポリ(メタ)アクリル酸であり、キレート化合物(b2)は、エチレンジアミン四酢酸、ジエチレントリアミン五酢酸、またはエチレンジアミン四酢酸もしくはジエチレントリアミン五酢酸の金属塩、アンモニウム塩またはアミン塩である、(C)水および/または水混合性有機溶媒および(D)塩化第二鉄を含有することを特徴とする歯科用前処理材組成物」が記載されている。そして、具体的には、切削により象牙質を露出させたヒト臼歯を(A)尿素、(B)クエン酸、(C)水および(D)塩化第二鉄を含有する歯科用前処理材組成物で処理した後に水洗乾燥を行ってから歯科用接着剤を用いてコンポジットレジンやアクリル樹脂を接着したときに高い接着強度が得られ、辺縁封鎖も良好であったことが記載されている。
【0006】
一方で、脱灰作用を持たないタンパク可溶化剤のみでの前処理剤の検討も行われている。しかしながら、上記の特許文献3にも記載があるが、タンパク可溶化剤だけでは十分な効果は得られていない。
【0007】
ところで、歯内治療用洗浄液として使用されている次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)水溶液や微酸性低濃度次亜塩素酸(HOCl)水溶液は、殺菌性を有するだけでなく酸化剤として機能してタンパク質を分解することができる。そして、これらの溶液により切削象牙質面を処理すると、脱灰作用を持たないため、スミア層中の有機成分のみを溶解除去することができるので、このような特性を生かした用途も考えられる。たとえば、穏やかなエッチング能力を備えたセルフエッチング接着材システムでは、スミア層は完全に除去されず特に有機成分が残存してしまうため、これらの溶液を前処理剤として利用できる可能性がある。しかしながら、非特許文献1には、NaOCl処理は、却って接着強度を低下させてしまい、また、HOCl処理は、その影響は少ないものの、その濃度が高く塗布時間が長い場合には接着強度が低下する傾向にあることが記載されている。そして非特許文献1によれば、これは、これらの溶液による前処理法では、タンパク溶解に働く酸化効果が、接着材の重合硬化阻害にも働くためであるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平10-236912号公報
【特許文献2】特開2001-72523号公報
【特許文献3】特許第4678911号公報
【特許文献4】特開2001-278724号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Journal of dentistry 38 (2010)261-268
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前記特許文献1や特許文献2に開示されるような、セルフエッチング型の前処理材やセルフエッチング歯科用接着材システムは、スミア層の無機成分を溶解することはできるが、有機物を除去する成分を含まない。そのため、象牙質接合界面には残留したスミア層の有機成分により、Hybridized smear layerが形成される。このHybridized smear layerは接合界面において瑕疵となるため、接着材の浸透性低下や接着材層の脆弱化を引き起こし、接着強度を低下させる要因となる。
【0011】
特許文献3に記載された前処理材を用いた方法においては、象牙質表層の有機成分のみならず無機成分も除去もしくは改質する必要があると記載されている。この前処理剤で切削象牙質面を処理すると、基質象牙質も脱灰されると考えられるが、脱灰作用により露出した象牙質基質有機成分も完全に溶解除去されるかについては明らかとなっていない。そのため、被着象牙質面の無機成分が減少することにより、前処理後に作用させる接着材中のリン酸モノマー等の酸モノマーと架橋して接着材層を強固にするカルシウムイオンの供給量が減少することや、脱灰象牙質が残余することによって象牙質側に生じるダメージに起因して、十分な接着性を得られない可能性がある。また、尿素やリン酸尿素は殺菌性が低いため、齲蝕除去後の窩洞面の殺菌効果を期待することができない。
【0012】
そこで本発明は、高い殺菌効果が期待でき、且つ、スミア層中の有機成分のみを溶解除去することにより、セルフエッチング歯科用接着材システムを用いて歯質、特に象牙質に歯科用修復物を良好に接着できる前処理材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記課題を解決するものであり、本発明の第一の形態は、酸性基を有する重合性単量体を含む重合性単量体成分及び重合開始剤を含む歯科用接着材を用いて歯牙に歯科用修復材を接着する際に、前記歯科用接着材が施用される歯牙を前処理するための歯科用前処理材であって、分子型次亜塩素酸及び2価以上の多価金属イオンが溶解しているpHが6~7である次亜塩素酸水溶液からなることを特徴とする歯科用前処理材である。
【0014】
上記形態の歯科用前処理材(以下、「本発明の前処理材」ともいう。)においては、前記歯科用接着材における重合性単量体成分が、酸性基を有しない重合性単量体を更に含む、ことが好ましい。また、前記歯科用前処理材の総質量を基準とする分子型次亜塩素酸濃度が10~300質量ppmであることが好ましい。更に、2価以上の多価金属イオンが、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、銅、及び亜鉛からなる群より選ばれる少なくとも1種であり、前記歯科用前処理材の総質量を基準とする、溶解している前記2価以上の多価金属イオンの総濃度が0.1~20質量%である、ことが好ましい。
【0015】
本発明の第二の形態は、酸性基を有する重合性単量体及び重合開始剤を含む歯科用接着材と、分子型次亜塩素酸及び2価以上の多価金属イオンが溶解しているpHが6~7である次亜塩素酸水溶液からなる歯科用前処理材と、からなることを特徴とする歯科用接着キット(以下、該第二の形態の歯科用接着キットを「本発明のキット」ともいう。)である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、前処理において殺菌効果が期待でき、且つ、歯科用接着材を用いて歯質、特に象牙質に歯科用修復物を良好に接着でき、たとえば、セルフエッチング型前処理材と歯科用接着材を併用した系やワンステップ型接着材(セルフエッチング歯科用接着材システム)を単独で使用した系よりも高い接着力を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明者等は、象牙質に対して、無機成分に対するエッチング能力を有する酸モノマーを含む歯科用接着材(セルフエッチング歯科用接着材システム)、特に酸モノマー及び非酸モノマーを含む歯科用接着材を単独で使用した場合には、スミア層の無機成分の除去はできるが、有機成分が残存してしまうことに着目し、次亜塩素酸を含み且つ酸成分を含まない前処理材を用いて前処理することにより、スミア層の無機成分を残したまま有機成分を少なくとも部分的に除去することができれば、上記セルフエッチング歯科用接着材システムがスミア層の無機成分を溶解しながら接着することにより、歯質にダメージを与えることなくスミア層の悪影響を排除(Hybridized smear layerの形成を防止)でき、前記目的を達成することができると考え、検討を行った。しかし、中性の次亜塩素酸水溶液を単独で前処理材として使用した場合には、所期の効果を得ることができなかった。
【0018】
そこで、次亜塩素酸水溶液の中性を保つことが可能な種々の添加効果について検討を行ったところ、2価以上の多価金属イオンを共存させた場合に接着性が向上することを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0019】
金属イオンは、酸化還元効果や抗菌効果などの薬理作用やタンパク質と結合して生理活性作用を持つことが知られている。本発明において2価以上の多価金属イオンの共存により接着力が向上した理由は明らかではないが、添加による有機成分の溶解除去作用に差がないことから、多価金属イオンの存在により、次亜塩素酸の酸化作用が歯面に残存することによる接着材の重合阻害が抑止されたことによるものと考えている。
【0020】
なお、前記特許文献3の公開公報である特開2001-278724号公報(特許文献4)には、(A)タンパク質またはコラーゲンを溶解ないし分解しうる化合物として、次亜塩素酸、次亜塩素酸リチウム、次亜塩素酸ナトリウムおよび次亜塩素酸カリウムなどの次亜塩素酸塩が使用できる旨が記載されているが、効果は実証されていない。次亜塩素酸塩の水溶液は強いアルカリ性を示すため、酸性化合物を含んでいてもエッチング効果が得られるか否かは不明であり、次亜塩素酸を使用した場合でも酸性化合物が共存するので、歯質がダメージを受ける可能性は排除できない。
【0021】
以下、本発明について、更に詳しく説明する。なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。また、本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0022】
本発明の前処理材は、pHが6~7であることからも分かるように、酸成分を実質的に含有しない。そのため、脱灰(エッチング)作用を有さずスミア層の無機成分を除去することはできないため、本発明の前処理材を使用して前処理を行った後は、歯科用接着材として脱灰(エッチング)作用を有するもの、具体的には、酸モノマーを含む重合性単量体成分及び重合開始剤を含む歯科用接着材を使用する必要がある。この歯科用接着材は、セルフエッチング歯科用接着材システムであり、本発明のキットにおける歯科用接着材に該当するものでもある。
【0023】
そこで、先ず、上記歯科用接着材(セルフエッチング歯科用接着材システム)について説明すると、該歯科用接着材としては、酸モノマーを含む重合性単量体成分及び重合開始剤を含む歯科用接着材であれば、前記セルフエッチング型接着材を含めて、汎用的に使用されているものが特に制限なく使用できる。
【0024】
上記歯科用接着材に含まれる成分や組成について簡単説明すると、酸モノマーとしては、カルボキシル基、スルホ基、ホスホン基、リン酸モノエステル基あるいはリン酸ジエステル基等の酸性基を有する(メタ)アクリレート、具体的には2―(メタ)アクロイルオキシエチルハイドロジェンマレエート、2―(メタ)アクロイルオキシエチルハイドロジェンサクシネート、2―(メタ)アクロイルオキシエチルハイドロジェンフタレート、11―(メタ)アクロイルオキシエチル―(1,1―ウンデカンジカルボン酸、2―(メタ)アクロイルオキシエチル―3‘―メタクロイルオキシ―2’―(3,4―ジカルボキシベンゾイルオキシ)プロピルサクシネート、4―(2―(メタ)アクロイルオキシエチル)トリメリテートアンハイドライド、N―(メタ)アクロイルグリシン、N―(メタ)アクロイルアスパラギン酸等のカルボン酸酸性ラジカル重合性単量体類;2―(メタ)アクリロイルオキシエチルフェニルハイドロジェンホスフェート、ビス((メタ)アクリロイルオキシエチル)ハイドロジェンフォスフェート、(メタ)アクリロイルオキシエチルジハイドロジェンホスフェート、10―(メタ)アクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート、6―(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンホスフェート等のリン酸酸性基含有ラジカル重合性単量体類;ビニルホスホン酸等のホスホン酸酸性基含有ラジカル重合性単量体類;スチレンスルホン酸、3―スルホプロパン(メタ)アクリレート、2―(メタ)アクリルアミド―2―メチルプロパンスルホン酸等のスルホン酸酸性基含有ラジカル重合性単量体類等が好適に使用できる。
【0025】
また、重合性単量体成分に占める酸モノマーの量は5~80質量%、特に10~60質量%であることが好ましく、残余の成分として非酸モノマーを含むことが好ましい。
【0026】
好適に使用できる非酸モノマーとしては、エチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、グリシジル(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ノナエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、2,2’-ビス[4-(メタ)アクリロイルオキシエトキシフェニル]プロパン、2,2′-ビス[4-(2-ヒドロキシ-3-メタクリルオキシプロポキシ)フェニル]プロパン、トリメチロールプロパントリメタクリレート、ペンタエリスリトールトリメタクリレート、ペンタエリスリトールテトラメタクリレート等を挙げることができる。
【0027】
重合開始剤としては、歯科用硬化組成物において通常使用される光重合開始剤及び/又は化学重合開始剤が特に制限なく使用できる。また、エッチング効果の観点から水を重合性単量体成分100質量部に対して5~100質量部含むことが好ましい。さらに、必要に応じて、水溶性有機溶媒、フィラー等を含んでいてもよい。
【0028】
次に、本発明の前処理材を構成する組成物(次亜塩素酸水溶液)について説明する。
【0029】
水溶液中の次亜塩素酸は、pHによって存在形態が変化する。具体的には、pHが3~6程度の弱酸性領域では殆どが分子型の次亜塩素酸(HClO)として存在し、pH9以上の塩基性領域では解離した次亜塩素酸イオン(OCl)としての存在が優勢となり、また強酸性領域(たとえばpH3未満)ではpHの低下に伴い塩素分子(Cl)の発生が優勢となる。水溶液中のHClOの存在比率は、(1)式により定義されており、pH7の場合にはHClOの割合が約76.0%、pH6の場合には96.9%となり、半数以上がHClOとして存在する。本発明の前処理材では、次亜塩素酸中の大部分を分子型の次亜塩素酸として存在させて有機物の酸化分解を高めるために、そのpHを7以下としている。
【0030】
HClOの存在比率=1/(1+10pH-pKa) 式(1)
pKa=7.5(25℃)
また、接着強度の向上の観点から、基盤となる歯質へのダメージを抑制するために、pHをできるだけ中性に近く設定することが好ましい。歯質の無機成分であるハイドロキシアパタイトは、酸により溶解するため、前処理剤のpHが低いと基盤となる健全な歯質が溶解してしまい、歯質が脆弱化すると共に、歯質のコラーゲンを変性することにより、後から塗布する接着材の浸透を妨げることで接着強度の低下を引き起こしてしまう。さらに、カルシウムイオンは、歯面前処理後に作用させる接着材中のリン酸モノマーと架橋することにより接着材層を強固にする効果を有するところ、(歯質より容易に溶解し易い)スミア層中の無機成分が前処理材よって溶解除去されてしまうと、カルシウムイオン量が不足し、上記架橋による強化の効果が低減することがある。
【0031】
したがって、前処理剤の酸化力を高めて有機物を除去する効果とスミア層および歯質の脱灰を抑制することで接着強さを向上させる効果を両立させるため、そのpHを6~7、好ましくは6.3~7、より好ましくは6.5~7としている。
【0032】
また、次亜塩素酸は酸化力の高さから、殺菌性を有することが知られている。そのため、スミア層の有機物の酸化除去効果に加え、齲蝕除去後の窩洞面の殺菌効果も有する。特に、分子型の次亜塩素酸(HClO)は次亜塩素酸イオン(ClO)と比較し、殺菌効果が高いことが知られている。したがって、本発明の前処理材における分子型次亜塩素酸の濃度は、スミア層の有機物を酸化除去する効果、殺菌作用及び安全性の観点から、10~300ppmであることが好ましい。分子型次亜塩素酸濃度が10ppm未満であると、十分な有機物分解除去効果が得られ難く、300ppmを超えると、口腔粘膜への影響が著しくなる傾向がある。有機物分解除去効率の観点からは、分子型次亜塩素酸濃度は、30ppm~250ppmであることが好ましく、50ppm~200ppmがより好ましい。
【0033】
なお、前記分子型次亜塩素酸濃度は、分光光度計により測定することが可能である。分子型次亜塩素酸の最大吸収波長は236nmであり、その波長のモル吸光係数は101±2M-1cm-1であることから、最大吸収波長の吸光度を測定することで濃度を算出することができる。
【0034】
このような次亜塩素酸水は、例えば、塩化ナトリウム水溶液を電気分解する電解法、塩基性の次亜塩素酸塩水溶液に酸を加える中和法、次亜塩素酸塩水溶液からなる原料水溶液をイオン交換樹脂で処理するイオン交換法により製造することができる。また、製造時に次亜塩素酸水のpHが6未満や7より超えてしまった場合には、NaOHやHCl等のアルカリ溶液や酸溶液を適量加えて調整することができる。なお、後述する多価金属イオンにおいて、多価金属イオンの供給源である化合物を水溶液に溶解すると酸になるような化合物の場合においては、塩基性の次亜塩素酸塩水溶液に多価金属イオン化合物を溶解させてpHを6~7に調整して製造することも可能である。
【0035】
本発明の前処理材に含まれる2価以上の多価金属イオンの金属としては、例えば、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、チタン、ジルコニウム、マンガン、鉄、ニッケル、銅、亜鉛、アルミニウム、ニッケル、等を挙げることができる。これらのうち、殺菌効果や歯質の再石灰化を促す効果を付与できることから、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、銅、亜鉛が好ましい。
【0036】
多価金属イオンの添加方法としては、例えば、これらの金属の塩化物、フッ化物、臭化物などのハロゲン化物、水酸化物、硝酸塩、硫酸塩などを添加する方法や、アルミノシリケートガラスやバリウムガラス等の金属溶出性ガラスを添加する方法が挙げられる。その中でも、水への溶解性が高い塩化物や硫酸塩が好ましく、溶解した際のpHが中性に近い、塩化ストロンチウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カルシウムがより好ましい。
【0037】
本発明の前処理材中の多価金属イオン濃度は、通常、0.1質量%~20質量%であればよいが、接着向上効率の観点から、0.5質量%~15質量%が好ましく、1.0質量%~12質量%がより好ましい。
【0038】
なお、前記多価金属イオン濃度は、蛍光X線分析装置(XRF)や誘導結合プラズマ質量分析装置(ICP-MS)により濃度を測定することが可能である。
【0039】
本発明の前処理材は、前記効果を損なわない範囲又は配合方法であれば、各種添加材等を含むことができる。例えば、歯質への塗布性を向上させるため、液を増粘させたりゲル状にしたりするために増粘剤を添加することも可能である。増粘剤としては、無機粒子を使用することが好適であり、平均一次粒子径が5nm以上100nm以下の無機粉体を使用することが好ましい。
【0040】
本発明の前処理材は、予め次亜塩素酸水溶液と多価金属イオンを所定の濃度となるように混合して調製し、それをそのまま前処理材としても良いし、使用時に次亜塩素酸水溶液と多価金属イオンを混合して使用しても良い。使用時に混合する場合には、所定濃度の次亜塩素酸水に多価金属イオン源となる化合物を溶解させる方法としても良いし、濃厚な次亜塩素酸水に、希釈倍率を想定して濃度が決められた多価金属イオンの水溶液からなる薄め液の2液を準備し、両者を混合する方法としても良い。また、次亜塩素酸ナトリウムに酸を加えて、pH6~pH7に調整し次亜塩素酸水溶液を生成した後、多価金属イオンを所定の濃度となるように混合して調製しても良い。さらに、混合による手間を省くために、スポンジ、綿球、筆、ブラシ等の塗布具に、金属イオン源となる化合物を含ませておき、その塗布具で次亜塩素酸水溶液を歯面に塗布することで、本発明の前処理材を歯面に塗布することも可能である。
【0041】
本発明の前処理材の使用方法は、歯科用前処理材を、スポンジ、ブラシ、ハケ、ヘラ、筆、あるいはローラー等で塗布、または噴霧した後、水により洗い流す。その後、前記歯科用接着材(セルフエッチング歯科用接着材システム)、例えば、コンポジットレジンを接着させるセルフエッチング型のボンディング材や、補綴物を接着させるセルフエッチング型のセメント材により、接着操作を行う。
【実施例0042】
以下、本発明を具体的に説明するために、実施例および比較例を挙げて説明するが、本発明はこれらにより何等制限されるものではない。
【0043】
先ず、実施例及び比較例で使用した、多価金属イオン源となる金属化合物、および、微酸性次亜塩素酸水製造に使用した原料材料;次亜塩素酸水の調製方法;並びに弱酸性次亜塩素酸水の評価方法;について説明する。
【0044】
(1)原材料等
[多価金属イオン源となる金属化合物]
・塩化ストロンチウム(SrCl:富士フィルム和光純薬株式会社製。)
・塩化亜鉛(ZnCl2:富士フィルム和光純薬株式会社製。)
[次亜塩素酸水製造に使用した原料]
・デントジア(株式会社トクヤマデンタル社製)
:有効塩素濃度500ppm弱酸性次亜塩素酸水
[セルフエッチング歯科用接着材システム]
・トクヤマボンドフォースII
(株式会社トクヤマデンタル社製、以下、「BFII」と略記する。)
・クリアフィルユバーサルボンドクイックER
(クラレノリタケデンタル株式会社製、以下、「UBQ」と略記する。)。
【0045】
(2)次亜塩素酸水の調製方法
前記デントジア(有効塩素濃度500ppm)をイオン交換水で希釈して、有効塩素濃度が105ppmとなるように調製した。希釈後のpHが4.6であったことから、NaOH水溶液をpHが6.8になるまで添加した。得られた溶液の有効塩素濃度は105ppmであった。また、分光光度計により分子型HClOが59ppmであることを確認した。
【0046】
なお、前記有効塩素濃度(質量ppm)とは、水溶液中に溶解した塩素分子、酸化力がある塩素化合物(たとえば分子型次亜塩素酸)及び酸化力がある塩素原子含有イオン(たとえばイオン型次亜塩素酸)の総塩素換算濃度を意味し、より具体的には、各成分の質量基準濃度を質量基準の塩素濃度に換算した後に、それらを総和して得られる濃度を意味する。
【0047】
(3)評価方法
(3-1)分子型HClO濃度測定
次亜塩素酸水中の分子型HClO濃度は、分光光度計GeneSpecII(株式会社日立ハイテクノロジーズ)を用いて測定した。
【0048】
(3-2)有効塩素濃度測定(製造)
次亜塩素酸水の有効塩素濃度は、有効塩素濃度測定キットAQ-202型(柴田科学株式会社)を用いて測定した。
【0049】
(3-3)pH測定
弱酸性次亜塩素酸水及び殺菌剤組成物のpHは、pHメーターF-55型(株式会社堀場製作所)を用いて測定した。
【0050】
(3-4)接着試験評価
ヒト抜去大臼歯の咬合面象牙質を被着面とし、本発明の前処理剤にて処理後、水洗・エアー乾燥を行った。その後、歯科用接着システムを塗布、重合硬化させ、コンポジットレジンを填塞した。24時間水中保管後、マイクロテンサイル接着試験法を用いて象牙質接着強さを測定した。なお、試験は11~18回行い、平均値を接着強さとすると共に標準偏差を調べた。
【0051】
実施例1及び2
前記(2)で調製した、pH=6.8、有効塩素濃度105ppmの次亜塩素酸水10mlとSrCl0.08gを、20mlスクリュー管瓶に入れ、10秒間手ぶりで混合し、前処理材Sr-1を調製した。
調製した前処理材Sr-1を用いて、表2に示す条件で前処理を行い、表2に示す歯科用接着材システム(BFII)を用いて接着試験評価を行った。
前処理材の組成を表1に、接着試験評価結果を表2に示した。
【0052】
実施例3~29、比較例1~10
前記(2)で調製した、pH=6.8、有効塩素濃度105ppmの次亜塩素酸水10mlをそのまま用いて前処理材N-1とすると共に、上記pH=6.8、有効塩素濃度105ppmの次亜塩素酸水10mlに添加する金属化合物(SrCl)の量及び種類を変更して表1に示す濃度及び多価金属イオンとした以外は実施例1と同様の手順で前処理材Sr-1~Sr-4、Zn-1、Zn-2を調製した。そして、これら前処理材を用いて、実施例3~29については表2及び表3示す条件で前処理を行と共に、表2及び表3に示す歯科用接着材システムを用いて、比較例1~10については表4示す条件で前処理を行と共に、表4に示す歯科用接着システムを用いて、夫々接着試験評価を行った。接着試験結果を表2~表4に示した。
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
【表3】
【0056】
【表4】
【0057】
比較例1の接着システム(BFIIのみで接着した場合と比較し、比較例3~6の次亜塩素酸水のみの処理では接着強さの向上は僅かであるが、実施例1~11、実施例21~25のSrCl又はZnClを添加した次亜塩素酸水では、接着強さが大幅に向上した。また、比較例2の接着システム(UBQ)を用いた場合も同様の傾向が確認され、SrCl又はZnClを添加した次亜塩素酸水の方が、次亜塩素酸水のみの処理に比べ、大幅に接着強さが向上した。