(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022130993
(43)【公開日】2022-09-07
(54)【発明の名称】表面処理方法及び表面処理システム
(51)【国際特許分類】
B23K 15/00 20060101AFI20220831BHJP
B24C 1/06 20060101ALI20220831BHJP
B24C 1/00 20060101ALI20220831BHJP
【FI】
B23K15/00 502
B24C1/06
B24C1/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021029702
(22)【出願日】2021-02-26
(71)【出願人】
【識別番号】000191009
【氏名又は名称】新東工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100161425
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 鉄平
(72)【発明者】
【氏名】辻 俊哉
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 紀仁
(72)【発明者】
【氏名】岡田 晃
(72)【発明者】
【氏名】篠永 東吾
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 泰生
(72)【発明者】
【氏名】小林 裕野
【テーマコード(参考)】
4E066
【Fターム(参考)】
4E066AA03
4E066BE08
4E066CB02
4E066CB09
4E066CB10
4E066CB12
4E066CB13
(57)【要約】
【課題】電子ビームの照射によってワークを効率良く平滑にできる技術を提供する。
【解決手段】表面処理方法は、ワークの表面にブラスト加工を行うブラスト加工工程と、ワークのブラスト加工済の表面に電子ビームを照射する電子ビーム照射工程とを備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ワークの表面にブラスト加工を行うブラスト加工工程と、
前記ワークのブラスト加工済の前記表面に電子ビームを照射する電子ビーム照射工程と、
を備える表面処理方法。
【請求項2】
前記ワークは金属粉末の焼結品である、請求項1に記載の表面処理方法。
【請求項3】
前記ワークは積層造形品である、請求項2に記載の表面処理方法。
【請求項4】
前記ワークのブラスト加工済の表面は、粗さ曲線要素の平均長さが770.80μm未満である、請求項1又は2に記載の表面処理方法。
【請求項5】
ワークにブラスト加工を行うブラスト加工装置と、
前記ワークに電子ビームを照射する電子ビーム照射装置と、
前記ブラスト加工装置及び前記電子ビーム照射装置を制御する制御部と、
を備え、
前記制御部は、前記ブラスト加工装置を制御して前記ワークの表面にブラスト加工を行わせ、また、前記電子ビーム照射装置を制御してブラスト加工済の前記ワークの前記表面に前記電子ビームを照射させる、表面処理システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、表面処理方法及び表面処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は、電子ビームの照射によって金型表面を平滑にする表面処理方法を開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の方法では、電子ビームによりワークの表面が溶融することでワークの表面が平滑化されると考えられる。このため、ワークの表面状態を電子ビームによって溶融しやすい形状に制御することができれば、ワークの粗さを効率良く除去できる可能性がある。本開示は、電子ビームの照射によってワークを効率良く平滑にできる技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、ブラスト加工が溶融とは異なる原理で表面状態を制御できる点に着目し、電子ビームを照射する前にブラスト加工を行うと、電子ビームの照射のみを行った場合と比較して、ワークの表面粗さの低減率(電子ビーム照射前後でのワークの粗さの減少割合)が大きくなることを見出した。
【0006】
すなわち、本開示の一側面に係る表面処理方法は、ワークの表面にブラスト加工を行うブラスト加工工程と、ワークのブラスト加工済の表面に電子ビームを照射する電子ビーム照射工程とを備える。この表面処理方法によれば、電子ビームの照射のみを行った場合と比較してワークの表面粗さの低減率が大きくなるため、電子ビームの照射によってワークを効率良く平滑にできる。
【0007】
一実施形態においては、ワークは金属粉末の焼結品であってもよい。一実施形態においては、ワークは積層造形品であってもよい。焼結品又は積層造形品の表面は、粗さが比較的大きくなる傾向にある。この表面処理方法は、焼結品又は積層造形品の表面であっても効率良く平坦にできる。
【0008】
一実施形態においては、ワークのブラスト加工済の表面は、粗さ曲線要素の平均長さが770.80μm未満であってもよい。この場合、表面処理方法は、ワークの表面粗さの低減率を20%以上とすることができる。
【0009】
本実施形態の他の側面に係る表面処理システムは、ワークにブラスト加工を行うブラスト加工装置と、ワークに電子ビームを照射する電子ビーム照射装置と、ブラスト加工装置及び電子ビーム照射装置を制御する制御部とを備える。そして、制御部は、ブラスト加工装置を制御してワークの表面にブラスト加工を行わせ、また、電子ビーム照射装置を制御してブラスト加工済のワークの表面に電子ビームを照射させる。この表面処理システムは、上述した表面処理装置と同様に、電子ビームの照射のみを行った場合と比較して、電子ビームの照射によってワークを効率良く平滑にできる。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、電子ビームの照射によってワークを効率良く平滑にできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施形態に係る表面処理方法の一例を示すフローチャートである。
【
図2】ブラスト加工装置の一例を示す概要図である。
【
図3】電子ビーム照射装置の一例を示す概要図である。
【
図4】実施形態に係る表面処理システムの一例を示すブロック図である。
【
図5】ワークに対して行う電子ビームの照射の一例である。
【
図7】RSm(粗さ曲線要素の平均長さ)とRz(最大高さ粗さ)低減率との相関を示す散布図である。
【
図8】電子ビーム照射の前後のワークの断面観察結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照して、本開示の実施形態について説明する。なお、以下の説明において、同一又は相当要素には同一符号を付し、重複する説明は繰り返さない。図面の寸法比率は、説明のものと必ずしも一致していない。「上」「下」「左」「右」の語は、図示する状態に基づくものであり、便宜的なものである。
【0013】
[表面処理方法]
図1は、実施形態に係る表面処理方法の一例を示すフローチャートである。
図1に示す表面処理方法は、ワークの表面を平滑化する方法である。ワークは、表面処理が行われる対象物である。ワークは、例えば、鉄、アルミニウム、チタニウム、ステンレス、銅合金又は炭素鋼などの金属によって形成される。ワークは、金属粉末の焼結品であってもよい。焼結品は、金属粉末を粉末冶金によって焼結することで製造される。ワークは、積層造形品であってもよい。積層造形品は、金属粉末にレーザ光を繰り返し照射して製造される。ワークは、鋳造品であってもよい。切削加工品であってもよい。ワークは、鍛造品であってもよい。
【0014】
図1に示されるように、表面処理方法は、ブラスト加工工程(ステップS10)及び電子ビーム照射工程(ステップS20)を備える。ブラスト加工工程は、ブラスト加工装置によって行われる。電子ビーム照射工程は、電子ビーム照射装置によって行われる。最初に、各工程において使用される装置例の概要を説明する。
【0015】
[ブラスト加工装置]
図2は、ブラスト加工装置の一例を示す概要図である。ブラスト加工は、研磨材を投射することでワークの表面を研削する加工方法である。研磨材の材質は、金属(例えば、鉄、亜鉛、ステンレス)、セラミック(例えば、アルミナ、炭化ケイ素、ジルコン)、ガラス、樹脂(例えば、ナイロン樹脂、メラミン樹脂、ユリア樹脂)、植物由来物(例えば、くるみ、ピーチ)など種々の材質から選択される。研磨材の形状は、球状、多角形状、円柱状など種々の形状から選択される。例えば、金属の粒子の場合、ショットと呼ばれる球状粒子、グリッドと呼ばれる、鋭角部を有する多角形状粒子、カットワイヤと呼ばれる、円柱形状または円柱形状の角部を丸くした粒子、を選択できる。
【0016】
図2に示されるブラスト加工装置10は、直圧式(加圧式)のブラスト加工装置10である。
図2に示されるように、ブラスト加工装置10は、貯留容器20及びノズル30を含む。貯留容器20は、内部に研磨材を貯留する空間を画成し、研磨材を貯留する。貯留容器20には、外部から研磨材が供給される。例えば、作業者が貯留容器20に研磨材を供給してもよい。貯留容器20は、ブラスト加工に使用した研磨材の一部を再使用してもよい。この場合、貯留容器20は、後述する分級機構14からブラスト加工に使用した研磨材を供給される。貯留容器20は、定量供給部21及び配管13を介してノズル30に接続される。定量供給部21は、貯留容器20に貯留された研磨材を配管13へ送り出す装置であり、一例としてスクリューフィーダである。
【0017】
配管13には、気体を供給する気体供給源12が接続される。気体供給源12は、例えば、中圧力(一例として0.1MPa~0.6MPa)の気体を供給するコンプレッサ又はガスボンベ、低圧力(一例として0.01MPa~0.1MPa)の気体を供給するファン又はブロアなどの送風機などがある。本実施形態では、コンプレッサによって圧縮空気を供給する。気体供給源12から配管13に供給された気体は、定量供給部21によって送り出された研磨材をノズル30へと搬送する。
【0018】
ノズル30は、貯留容器20から供給された研磨材を気体と共に噴射する。ノズル30は、処理室31内に収容され、配管13を介して、貯留容器20から供給された研磨材と気体とが混合した固気二相流が供給される。ノズル30は、処理室31内に配置されたワークWに向けて、研磨材を気体と共に噴射する。これにより、ワークWにブラスト加工が行われる。ワークWはテーブル(不図示)に支持され、テーブル駆動機構によって位置が調整されてもよい。
【0019】
処理室31の下部は、分級機構14を介して貯留容器20に接続される。処理室31の下部に落下した研磨材及びワークWの切粉は、集塵機(不図示)に吸引されて分級機構14を通過する。分級機構14は、再使用可能な研磨材とその他の微粉(砕けた研磨材及びワークWの切粉など)とに分級する。その他の微粉は集塵機に回収される。分級機構14の下部は、貯留容器20の上部に接続される。再使用可能な研磨材は、分級機構14から貯留容器20へ供給される。研磨材を再使用しない場合、ブラスト加工装置10は、分級機構14を備えなくてもよい。
【0020】
ブラスト加工装置10は、制御装置11によって制御される。制御装置11は、例えばPLC(Programmable Logic Controller)として構成される。制御装置11は、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサと、RAM(RandomAccess Memory)及びROM(Read Only Memory)などのメモリと、タッチパネル、マウス、キーボード、ディスプレイなどの入出力装置と、ネットワークカードなどの通信装置とを含むコンピュータシステムとして構成されてもよい。制御装置11は、メモリに記憶されているコンピュータプログラムに基づくプロセッサの制御のもとで各ハードウェアを動作させることにより、制御装置11の機能を実現する。
【0021】
[電子ビーム照射装置の構成]
図3は、電子ビーム照射装置の一例を示す概要図である。
図3に示される電子ビーム照射装置40は、電子ビームEBをワークWに照射して、ワークWの表面処理を行う装置である。
図3に示されるように、電子ビーム照射装置40は、真空チャンバ41、カソード50、アノード51、一対のソレノイド60、及びステージ70を含む。
【0022】
真空チャンバ41は、電子ビームEBが照射されるワークW及び電子ビームEBの発生源を内部に格納する。電子ビームが照射されるワークWは、真空チャンバ41内のステージ70に載置される。電子ビームEBの発生源であるカソード50は、ステージ70と対向するように真空チャンバ41の内部に配置される。ステージ70とカソード50との間には、環状のアノード51が配置される。ステージ70、カソード50及びアノード51は、真空チャンバ41の内部において、一軸上に並ぶように配置される。一対のソレノイド60それぞれは、環状の部材である。第1のソレノイドがカソード50を囲むように真空チャンバ41の外部に配置され、第2のソレノイドがアノード51を囲うように真空チャンバ41の外部に配置される。
【0023】
真空チャンバ41には、ロータリーポンプ及びターボポンプなどの真空ポンプ(不図示)が接続される。真空チャンバ41は、電子ビームEBの照射を行う際には予め真空引きされる。真空引きされた真空チャンバ41に、外部からAr(アルゴン)ガスなどの不活性ガスが導入され、真空チャンバ41内は、5~15×10-2Pa程度の不活性ガス雰囲気に保たれる。
【0024】
真空チャンバ41内に格納されるカソード50及びアノード51には、パルス電圧を印加する電源(不図示)が接続される。ソレノイド60には、カソード50及びアノード51に接続される電源とは別の電源(不図示)が接続される。
【0025】
ソレノイド60に電圧が印加されると、ソレノイド60は、真空チャンバ41の内部のアノード51近傍に磁場を発生させる。アノード51近傍に発生した磁場が最大になるとき、アノード51にパルス電圧が印加される。電圧が印加されたアノード51に向かって、真空チャンバ41内の電子は移動する。この時、ソレノイド60によってアノード51近傍には磁場が発生しているため、電子は、ローレンツ力によって螺旋を描きながら移動する。この電子は、ガス分子との衝突を繰り返し、電子と衝突したガス分子は、陽イオンと電子に電離する。陽イオン及び電子は、ガスとさらに衝突を繰り返し、それぞれカソード50及びアノード51の近傍に、プラズマが形成される。
【0026】
アノード51近傍に形成されたプラズマが最大になるとき、カソード50へパルス電圧が印加される。このとき、カソード50とカソード50近傍のプラズマとの間の電位差は最大になる。これにより、カソード50から放出された電子は、カソード50及びカソード50近傍のプラズマが発生する電場によって、アノード51の方向へ加速して、電子ビームEBを生成する。電子ビームEBは、環状のアノード51を通過して、ステージ70に載置されたワークWに照射される。
【0027】
以下、再び
図1を参照し、表面処理方法について説明する。最初にブラスト加工工程(ステップS10)として、ブラスト加工装置10によってワークの表面に対してブラスト加工が行われる。これにより、ワーク表面が物理的に切削される。
【0028】
次に、電子ビーム照射工程(ステップS20)として、電子ビーム照射装置40によって、ワークのブラスト加工済の表面に電子ビームが照射される。ワークの表面の微小な凹凸は、電子ビームの照射によって溶融され、平滑にされる。具体的には、微小な凸部が電子ビームによって溶融され、溶融された金属が微小な凹部に流入することで、ワークの表面は平滑にされる。
【0029】
[表面処理システム]
図1に示される表面処理方法は、表面処理システムにより実行されてもよい。
図4は、実施形態に係る表面処理システムの一例を示すブロック図である。
図4に示されるように、表面処理システム90は、ブラスト加工装置10、電子ビーム照射装置40及び制御部80を備える。制御部80は、一例としてPLCとして構成され、ブラスト加工装置10及び電子ビーム照射装置40と通信可能に接続される。制御部80は、上述したコンピュータシステムとして構成されてもよい。制御部80は、ブラスト加工装置10及び電子ビーム照射装置40を制御する。ブラスト加工装置10は、制御部80の制御によってワークWにブラスト加工を行い、電子ビーム照射装置40は、制御部80の制御によってブラスト加工が行われたワークWに電子ビームの照射を行う。このように、表面処理システム90は、ブラスト加工装置10及び電子ビーム照射装置40それぞれを制御し、
図1に示される表面処理方法を実行できる。
【0030】
[実施形態のまとめ]
本実施形態に係る表面処理方法では、ワークWのブラスト加工済の表面に電子ビームが照射される。ワークWのブラスト加工済の表面は、100μm以上の凹凸が物理的に切削される。100μm以上の凹凸は、100μm未満の凹凸と比べて電子ビームの照射による溶融速度が遅くなる傾向にある。このため、ワークWのブラスト加工済の表面は、電子ビームによって溶融しやすい形状を有するといえる。つまり、本実施形態に係る表面処理方法は、ブラスト加工を行うことで、ワークWの表面を電子ビームによって溶融しやすい形状に制御できる。これにより、電子ビームの照射のみを行った場合と比較して、ワークの表面粗さの低減率が大きくなる。よって、本実施形態に係る表面処理方法は、電子ビームの照射によってワークを効率良く平滑にできる。
【0031】
また、本実施形態に係る表面処理方法は、表面粗さが比較的高い焼結品又は積層造形品をワークWとする場合であっても、電子ビームの照射のみを行った場合と比較して電子ビーム照射工程の時間を短縮できる。さらに、本実施形態に係る表面処理方法は、ブラスト加工によってワークWの表面に形成された欠陥を電子ビームによって除去することもできる。
【0032】
以上、種々の例示的実施形態について説明してきたが、上記の例示的実施形態に限定されることなく、様々な省略、置換、及び変更がなされてもよい。例えば、ブラスト加工装置10は、直圧式(加圧式)のブラスト加工装置に限定されず、重力式(吸引式)のエアブラスト装置又は遠心式のブラスト装置でもよい。
【実施例0033】
以下、上記効果を説明すべく本発明者が実施した実施例について説明する。本開示はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0034】
[ワークの作製]
ワークWとして、一辺が50mmの略立方体の積層造形品を用意した。ワークWは、Arcam社製の金属粉末Ti6Al4V ELI powderを積層造形して得た。積層造形は、Arcam社製の積層造形装置Arcam A2Xを用いた。同一のワークWを16個用意した。
【0035】
次に、16個のワークWのうち15個のワークWに対して、
図2に示されるブラスト加工装置10を用いて、それぞれ設定されたブラスト条件でブラスト加工を行った。ブラスト条件は、投射材の種類が鉄鋼グリッド又は鉄鋼ショット、投射材の硬さの下限値が450HV~800HV、粒度が0.2mm~2.5mmとした。これにより、ブラスト加工済の15個のワークWと、ブラスト未処理の1個のワークを得た。
【0036】
次に、
図3に示される電子ビーム照射装置40を用いて、16個全てのワークWの表面に電子ビームEBを照射した。
図5は、ワークに対して行う電子ビームの照射の一例である。
図5に示されるように、電子ビームEBの照射前後の表面状態を比較するためにマスク材Mを用いた。マスク材Mは、25mm四方の開口を有する銅製のマスクである。マスク材Mで覆われた状態のワークWに電子ビームEBを照射した。電子ビームEBの照射条件は、パルス幅を2μs、パルス周波数を0.125Hz、エネルギー密度を15J/cm
2、パルス照射回数を50回とした。
【0037】
[表面粗さの確認]
ブラスト加工済の15個のワークW(実施例)と、ブラスト未処理のワークW(比較例)について、電子ビーム照射前後の表面粗さを確認した。表面粗さは、JIS B0601:2001)に規定される、最大高さ粗さRz(μm)及び粗さ曲線要素の平均長さRSm(μm)を用いて評価した。最大高さ粗さRz(μm)は、ワークWの表面の粗さ曲線から最も高い点と最も低い点の差分である。粗さ曲線要素の平均長さRSm(μm)は、ワークWの表面の粗さ曲線の基準長さにおける輪郭曲線要素の長さの平均値である。さらに、電子ビームEBの照射前後の最大高さ粗さRz(μm)を用いて、最大高さ粗さRz低減率(%)を算出した。最大高さ粗さRz低減率(%)は、電子ビームEBの照射がワークWの表面を平滑化する割合であり、以下の数式で算出した。
最大高さ粗さRz低減率(%)=(1-電子ビームの照射後の最大高さ粗さRz/電子ビームの照射前の最大高さ粗さRz)×100
【0038】
表面粗さの評価結果を
図6に示す。
図6は、表面粗さの評価結果を示す表である。
図6に示されるブラスト条件「1」は、ブラスト未処理のワークWについての表面粗さの評価結果(比較例)である。
図6に示されるブラスト条件「2」~「16」は、ブラスト加工済のワークWについての表面粗さの評価結果(実施例)である。
【0039】
ブラスト条件「1」に示されるように、ブラスト未処理のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において174.51μmであり、電子ビームEBの照射後において139.75μmに低減した(Rzの低減率:20%)。RSmは、電子ビームEBの照射前において367.35μmであり、電子ビームEBの照射後において752.66μmに増加した。
【0040】
ブラスト条件「2」においては、ビッカーズ硬さが450HV、粒度が1.4mmの鉄鋼グリッドでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において53.19μmであり、電子ビームEBの照射後において45.68μmに低減した(Rzの低減率:14%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において1091.55μmであり、電子ビームEBの照射後において1322.48μmに増加した。
【0041】
ブラスト条件「3」においては、ビッカーズ硬さが800HVより大きく、粒度が0.7mmの鉄鋼グリッドでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において54.66μmであり、電子ビームEBの照射後において24.65μmに低減した(Rzの低減率:55%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において391.86μmであり、電子ビームEBの照射後において1291.25μmに増加した。
【0042】
ブラスト条件「4」においては、ビッカーズ硬さが800HVより大きく、粒度が0.7mmの鉄鋼グリッドでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において65.99μmであり、電子ビームEBの照射後において27.98μmに低減した(Rzの低減率58%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において433.89μmであり、電子ビームEBの照射後において1098.82μmに増加した。
【0043】
ブラスト条件「5」においては、ビッカーズ硬さが450HV、粒度が1.0mmの鉄鋼ショットでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において45.43μmであり、電子ビームEBの照射後において34.36μmに低減した(Rzの低減率:24%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において860.99μmであり、電子ビームEBの照射後において1180.18μmに増加した。
【0044】
ブラスト条件「6」においては、ビッカーズ硬さが450HV、粒度が2.5mmの鉄鋼ショットでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において45.36μmであり、電子ビームEBの照射後において32.19μmに低減した(Rzの低減率:29%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において922.88μmであり、電子ビームEBの照射後において937.18μmに増加した。
【0045】
ブラスト条件「7」においては、ビッカーズ硬さが450HV、粒度が1.4mmの鉄鋼ショットでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において45.45μmであり、電子ビームEBの照射後において35.67μmに低減した(Rzの低減率:22%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において1009.34μmであり、電子ビームEBの照射後において956.43μmに減少した。
【0046】
ブラスト条件「8」においては、ビッカーズ硬さが450HV、粒度が0.6mmの鉄鋼ショットでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において47.04μmであり、電子ビームEBの照射後において38.62μmに低減した(Rzの低減率:18%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において959.69μmであり、電子ビームEBの照射後において1234.12μmに増加した。
【0047】
ブラスト条件「9」においては、ビッカーズ硬さが450HV、粒度が2.5mmの鉄鋼ショットでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において39.45μmであり、電子ビームEBの照射後において35.29μmに低減した(Rzの低減率:11%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において1024.41μmであり、電子ビームEBの照射後において1400.89μmに増加した。
【0048】
ブラスト条件「10」においては、ビッカーズ硬さが800HVより大きく、粒度が0.3mmの鉄鋼グリッドでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において44.08μmであり、電子ビームEBの照射後において27.91μmに低減した(Rzの低減率:37%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において582.93μmであり、電子ビームEBの照射後において1298.67μmに増加した。
【0049】
ブラスト条件「11」においては、ビッカーズ硬さが450HV、粒度が0.7mmの鉄鋼グリッドでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において53.04μmであり、電子ビームEBの照射後において28.44μmに低減した(Rzの低減率:46%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において610.62μmであり、電子ビームEBの照射後において1114.42μmに増加した。
【0050】
ブラスト条件「12」においては、ビッカーズ硬さが600HV、粒度が0.7mmの鉄鋼グリッドでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において53.98μmであり、電子ビームEBの照射後において37.35μmに低減した(Rzの低減率:31%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において770.80μmであり、電子ビームEBの照射後において1154.21μmに増加した。
【0051】
ブラスト条件「13」においては、ビッカーズ硬さが800HVより大きく、粒度が0.2mmの鉄鋼グリッドでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において63.02μmであり、電子ビームEBの照射後において51.61μmに低減した(Rzの低減率:18%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において781.94μmであり、電子ビームEBの照射後において1136.86μmに増加した。
【0052】
ブラスト条件「14」においては、ビッカーズ硬さが800HVより大きく、粒度が0.2mmの鉄鋼グリッドでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において38.16μmであり、電子ビームEBの照射後において24.31μmに低減した(Rzの低減率:36%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において496.27μmであり、電子ビームEBの照射後において1311.28μmに増加した。
【0053】
ブラスト条件「15」においては、ビッカーズ硬さが800HVより大きく、粒度が0.2mmの鉄鋼グリッドでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において49.53μmであり、電子ビームEBの照射後において38.95μmに低減した(Rzの低減率:21%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において852.99μmであり、電子ビームEBの照射後において1195.85μmに増加した。
【0054】
ブラスト条件「16」においては、ビッカーズ硬さが800HVより大きく、粒度が0.2mmの鉄鋼グリッドでワークWをブラスト加工した。ブラスト加工済のワークWのRzは、電子ビームEBの照射前において32.90μmであり、電子ビームEBの照射後において16.18μmに低減した(Rzの低減率:51%)。一方、RSmは、電子ビームEBの照射前において299.65μmであり、電子ビームEBの照射後において1248.80μmに増加した。
【0055】
図6に示されるように、ブラスト条件「2」~「16」でブラスト加工済のワークWは、電子ビームEBの照射後のRzが16.18μm~51.61μmの範囲内である。これに対して、電子ビームEBの照射のみを行う、ワークW(ブラスト加工は未処理)は、電子ビームEBの照射後のRzが139.75μmである。よって、ブラスト加工が行われたワークWの表面に電子ビームEBを照射することで、ワークWの表面をより平滑にできることが確認された。
【0056】
さらに、
図6の結果に基づいて、電子ビームEBの照射前のRSmと、電子ビームEBの照射によるRzの低減率との相関を確認した。
図7は、RSmとRzの低減率との相関を示す散布図である。横軸は、電子ビームEBの照射前のRSmであり、縦軸は、Rzの低減率である。
図7では、ブラスト条件に応じて、ブラスト無し(ブラスト条件「1」)、鉄鋼ショットでのブラスト加工(ブラスト条件「5」~「9」)、鉄鋼グリッドでのブラスト加工後のRzが40μm未満(ブラスト条件「9」,「16」)、鉄鋼グリッドでのブラスト加工後のRzが40μm~50μm(ブラスト条件「10」,「15」)、鉄鋼グリッドでのブラスト加工後のRzが50μm~60μm(ブラスト条件「2」,「3」,「11」,「12」)、鉄鋼グリッドでのブラスト加工後のRzが60μm以上、の6つに分類してデータを示す。
【0057】
図7に示されるように、RSmが小さくなるとRzの低減率が上昇する相関関係が確認された。そして、Rzの低減率が20%以上を実現するためには、ブラスト加工済であり、かつ、Rsmが770.80μm未満という条件を満たす必要があることが確認された。また、ブラスト未処理のワークWのRSmと同程度のRSmを有するブラスト加工済のワークW(ブラスト条件「3」,「4」,「16」)は、ブラスト未処理のワークWと比較して、何れも2倍以上のRz低減率となった。このことから、ブラスト加工された表面は、今回評価したRSm以外のパラメータにおいて、電子ビームによって溶融しやすい形状に制御されている、と推測される。
【0058】
[表面の断面観察]
図8は、電子ビーム照射の前後のワークの断面観察結果である。
図8の(A)~(E)は、電子ビームEBの照射前のワークWの断面観察結果である。
図8の(A)はブラスト未処理のワークWの観察結果(ブラスト条件「1」)、
図8の(B),(D)はブラスト加工済のワークWの観察結果(ブラスト条件「12」)、
図8の(C),(E)はブラスト加工済のワークWの観察結果(ブラスト条件「16」)である。
図8の(A)に示されるように、ブラスト未処理のワークWでは、100μm以下の微小な凹凸及び100μmより大きい凹凸が確認された。これに対して、
図8の(B)~(E)に示されるように、ブラスト加工済のワークWでは、100μmより大きい凹凸が存在していない。このため、ブラスト加工によって100μmより大きい凹凸が除去され、平坦化されていることが確認された。また、
図8の(D),(E)に示されるように、ブラスト加工済のワークWの表面には20μm程度のき裂が確認された。
【0059】
図8の(F)~(H)は、電子ビームEBの照射が行われた後の断面観察結果である。
図8の(F)は、
図8の(A)に係るワークWに電子ビームEBを照射した後の観察結果、
図8の(G)は、
図8の(B),(D)に係るワークWに電子ビームEBを照射した後の観察結果、
図8の(H)は、
図8の(C),(E)に係るワークWに電子ビームEBを照射した後の観察結果である。
図8の(F)に示されるように、電子ビームEB照射によって、電子ビームEB照射前に確認された100μm以下の微小な凹凸は除去された。一方、電子ビームEBを照射したとしても100μmより大きい凹凸は完全に除去されず、残存した。これにより、電子ビームEBの照射は、100μmより大きい凹凸を効率良く除去できないことが確認された。これに対して、
図8の(G),(H)に示されるように、ブラスト加工済のワークWは電子ビーム照射により極めて平坦化された。
図8の(B)~(E)に示されるようなブラスト加工済の表面は、100μmより大きい凹凸が存在しないことから、電子ビームによって溶融しやすい形状を有しているといえることが確認された。
【0060】
以上より、ブラスト加工は、電子ビームEBの照射が除去できない100μmより大きい凹凸を除去できること(つまり、電子ビームによって溶融しやすい形状に表面を制御できること)が確認された。このため、ブラスト加工を行った後に電子ビームEBの照射を行う表面処理方法は、ワークWの表面を効率良く平滑にできることが確認された。また、電子ビームEBの照射は、ブラスト加工によるき裂を除去できることが確認された。