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  • 特開-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022131058
(43)【公開日】2022-09-07
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220831BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220831BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20220831BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20220831BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
C23C16/34
C23C16/40
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021029792
(22)【出願日】2021-02-26
(71)【出願人】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】城地 司
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF10
3C046FF13
3C046FF16
3C046FF22
3C046FF25
3C046FF27
4K030AA02
4K030AA14
4K030AA17
4K030AA18
4K030BA18
4K030BA38
4K030BA41
4K030BA42
4K030BA43
4K030BB12
4K030CA03
4K030CA05
4K030LA22
(57)【要約】      (修正有)
【課題】本発明は、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供する。
【解決手段】基材1と、基材1の表面に形成された被覆層5とを備え、被覆層5が、基材1側から被覆層5の表面側に向かって、下部層2及び上部層3をこの順で含み、下部層2が特定のTi化合物層を1層又は2層以上含有し、上部層3がα型Al23層を含有し、下部層2の平均厚さが2.0μm以上15.0μm以下であり、上部層3の平均厚さが3.5μm以上15.0μm以下であり、上部層3において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が50%を超え80%以下であり、且つ、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が70%以上であり、上部層3において、α型Al23層の組織係数TC(0,0,12)が8.0以上8.9以下である、被覆切削工具6。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備え、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面側に向かって、下部層及び上部層をこの順で含み、
前記下部層が、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含有し、
前記上部層が、α型Al23からなるα型Al23層を含有し、
前記下部層の平均厚さが2.0μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層の平均厚さが3.5μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、50%を超え80%以下であり、且つ、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、70%以上であり、
前記上部層において、下記式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、8.0以上8.9以下である、被覆切削工具。
【数1】
(式(1)中、I(h,k,l)は、α型Al23層の(h,k,l)面を測定したX線回折によるピーク強度であり、I0(h,k,l)は、JCPDSカード番号10-0173によるα型Al23の(h,k,l)面の標準回折強度であり、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(2,1,4)、(3,0,0)、(0,2,10)及び(0,0,12)の9の結晶面を指す。)
【請求項2】
前記CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、80%以上99%以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記上部層において、前記下部層側から前記被覆層の表面に向かって2.5μmの位置における平均粒径duに対する、前記被覆層の表面側から前記下部層側に向かって0.5μmの位置における平均粒径dsの比[ds/du]が、1.0以上1.7以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記duが、0.5μm以上1.4μm以下であり、前記dsが、0.6μm以上1.5μm以下である、請求項3に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記被覆層が、前記上部層の前記基材側とは反対側の上に外層を含み、
前記外層が、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を含有し、
前記外層の平均厚さが、0.3μm以上4.0μm以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記被覆層全体の平均厚さが、5.5μm以上25.0μm以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記下部層に含まれるTi化合物層が、TiNからなるTiN層、TiCからなるTiC層、TiCNからなるTiCN層、TiCOからなるTiCO層及びTiCNOからなるTiCNO層からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1~6のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
前記基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、請求項1~7のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。上記の被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウムからなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基材と、基材上に形成された被膜とを備えた表面被覆切削工具であって、被膜は、α型Al23層を含み、α型Al23層は、複数のα型Al23の結晶粒を含み、かつ(001)配向を示し、結晶粒の粒界は、CSL粒界と一般粒界とを含み、CSL粒界のうちΣ3型結晶粒界の長さは、Σ3-29型結晶粒界の長さの80%超であり、かつΣ3-29型結晶粒界の長さと一般粒界の長さとの和である全粒界の合計長さの10%以上50%以下である、表面被覆切削工具が記載されている。
【0004】
例えば、特許文献2には、超硬合金、サーメット、セラミック、スチール、若しくは立方晶窒化ホウ素(CBN)などの超硬質物質の基材、及び、全厚さが5から40μmであるコーティングであって、コーティングは、少なくとも1つの層が1から20μmの厚さを有するα-Al23層である1つ以上の耐熱性層からなる、コーティング、から成り、ここで、少なくとも1つのα-Al23層中のΣ3型結晶粒界の長さは、Σ3、Σ7、Σ11、Σ17、Σ19、Σ21、Σ23、及びΣ29型結晶粒界(=Σ3-29型結晶粒界)の結晶粒界を合計した全長さの80%超であり、結晶粒界性格分布は、EBSDによって測定される切削工具インサートが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際公開2017-009928号公報
【特許文献2】特表2014-526391号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工では、高速化、高送り化及び深切り込み化がより顕著となり、従来よりも被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが求められている。特に、鋼の高速切削等、被覆切削工具に負荷が作用し、切削温度が高くなるような切削加工が増えており、かかる過酷な切削条件下において、従来の被覆切削工具では被覆層の耐クレータ摩耗性が不十分であるため、早期に塑性変形が生じる。これが引き金となって、工具寿命を長くし難い。さらに、被覆層のチッピングを起因とした欠損が生じ、工具寿命を長くし難い。
一方で、特許文献1のα型Al23層を形成した被覆切削工具は、α型Al23層において、CSL粒界と一般粒界との和である全粒界の合計長さにおけるΣ3粒界の長さの割合が、50%以下であり、一定の機械特性の向上が達成されている。しかしながら、Σ3粒界の長さの割合が50%を超えると結晶粒が粗粒化するため、被覆切削工具の耐チッピング性が不十分となり、改善の余地がある。
また、特許文献2のα型Al23層を形成した被覆切削工具は、α型Al23層において、CSL粒界の長さを合計した全長さに対するΣ3型結晶粒界の長さの割合を80%超としているが、CSL粒界と一般粒界との和である全粒界の合計長さにおけるΣ3粒界の長さの割合を高めることが検討されていない。このため、特許文献2の被覆切削工具は、耐摩耗性、耐塑性変形性及び耐欠損性が不十分であり、改善の余地がある。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上述の観点から、被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねた。その結果、被覆切削工具の被覆層として、Ti化合物層を含有する下部層と、α型Al23を含有する上部層とをこの順で含み、該上部層を特定の要件を満たす層とすることで、α型Al23を含有する上部層の損傷を抑制できることを見出した。また、それにより、α型Al23を含有する上部層の効果が従来よりも持続するので、耐摩耗性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備え、
前記被覆層が、前記基材側から前記被覆層の表面側に向かって、下部層及び上部層をこの順で含み、
前記下部層が、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含有し、
前記上部層が、α型Al23からなるα型Al23層を含有し、
前記下部層の平均厚さが2.0μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層の平均厚さが3.5μm以上15.0μm以下であり、
前記上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、50%を超え80%以下であり、且つ、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、70%以上であり、
前記上部層において、下記式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、8.0以上8.9以下である、被覆切削工具。
【数1】
(式(1)中、I(h,k,l)は、α型Al23層の(h,k,l)面を測定したX線回折によるピーク強度であり、I0(h,k,l)は、JCPDSカード番号10-0173によるα型Al23の(h,k,l)面の標準回折強度であり、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(2,1,4)、(3,0,0)、(0,2,10)及び(0,0,12)の9の結晶面を指す。)
[2]
前記CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、80%以上99%以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記上部層において、前記下部層側から前記被覆層の表面に向かって2.5μmの位置における平均粒径duに対する、前記被覆層の表面側から前記下部層側に向かって0.5μmの位置における平均粒径dsの比[ds/du]が、1.0以上1.7以下である、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記duが、0.5μm以上1.4μm以下であり、前記dsが、0.6μm以上1.5μm以下である、[3]に記載の被覆切削工具。
[5]
前記被覆層が、前記上部層の前記基材側とは反対側の上に外層を含み、
前記外層が、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を含有し、
前記外層の平均厚さが、0.3μm以上4.0μm以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[6]
前記被覆層全体の平均厚さが、5.5μm以上25.0μm以下である、[1]~[5]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[7]
前記下部層に含まれるTi化合物層が、TiNからなるTiN層、TiCからなるTiC層、TiCNからなるTiCN層、TiCOからなるTiCO層及びTiCNOからなるTiCNO層からなる群より選ばれる少なくとも1種である、[1]~[6]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[8]
前記基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、[1]~[7]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって、工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0013】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備え、被覆層が、基材側から被覆層の表面側に向かって、下部層及び上部層をこの順で含み、下部層が、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含有し、上部層が、α型Al23からなるα型Al23層を含有し、下部層の平均厚さが2.0μm以上15.0μm以下であり、上部層の平均厚さが3.5μm以上15.0μm以下であり、上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、50%を超え80%以下であり、且つ、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、70%以上であり、上部層において、下記式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、8.0以上8.9以下である。
【数2】
(式(1)中、I(h,k,l)は、α型Al23層の(h,k,l)面を測定したX線回折によるピーク強度であり、I0(h,k,l)は、JCPDSカード番号10-0173によるα型Al23の(h,k,l)面の標準回折強度であり、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(2,1,4)、(3,0,0)、(0,2,10)及び(0,0,12)の9の結晶面を指す。)
【0014】
本実施形態の被覆切削工具は、上記の構成を備えることにより、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることができ、その結果、工具寿命を延長することができる。本実施形態の被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する要因は、以下のように考えられる。ただし、本発明は、以下の要因により何ら限定されない。すなわち、まず、本実施形態の被覆切削工具は、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含有する。本実施形態の被覆切削工具は、基材と上部層との間に、このような下部層を備えると、耐摩耗性及び密着性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが2.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが15.0μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。
【0015】
また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層がα型Al23からなるα型Al23層を含有することにより、硬くなるため、耐摩耗性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層の平均厚さが、3.5μm以上であると、被覆切削工具のすくい面における耐クレータ摩耗性が一層向上し、上部層の平均厚さが、15.0μm以下であると被覆層の剥離がより抑制され、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する。
【0016】
本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、50%を超えると、比較的低い粒界エネルギーを有する粒界の占める割合が大きくなるため、上部層の機械的特性が向上する。一方、上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、80%以下であると、結晶粒の粗粒化を抑制できるため耐チッピング性に優れる。また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、70%以上であると粒界エネルギーが比較的低い結晶粒界の割合が多いことを示す。本実施形態の被覆切削工具において、粒界エネルギーが低いと、機械的特性が向上するので、耐クレータ摩耗性が向上する。
【0017】
本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、上記式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、8.0以上であることにより、(0,0,12)面のピーク強度I(0,0,12)の比率が高くなる。これに起因して、クレータ摩耗を抑制でき、その結果、耐摩耗性に優れる。一方、本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、上記式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、8.9以下であると、容易に製造することができる。
【0018】
そして、これらの構成が組み合わされることにより、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性が向上し、その結果、工具寿命を延長することができるものと考えられる。
【0019】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。被覆切削工具6は、基材1と、基材1の表面に被覆層5が形成されており、被覆層5には、下部層2、上部層3及び外層4がこの順序で上方向(基材側から被覆層の表面側)に積層されている。
【0020】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを備える。被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【0021】
本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると、耐摩耗性及び耐欠損性に更に優れるので好ましく、同様の観点から、基材が超硬合金であるとより好ましい。
【0022】
なお、基材は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、基材が超硬合金からなるものである場合、その表面に脱β層が形成されてもよい。また、基材がサーメットからなるものである場合、その表面に硬化層が形成されてもよい。これらのように基材の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0023】
本実施形態に用いる被覆層は、その平均厚さが、5.5μm以上25.0μm以下であることが好ましく、これにより耐摩耗性が向上する。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層全体の平均厚さが5.5μm以上であると、耐摩耗性が向上し、被覆層全体の平均厚さが25.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。同様の観点から、本実施形態に用いる被覆層の平均厚さは、8.0μm以上22.0μm以下であることがより好ましく、10.5μm以上21.3μm以下であることがさらに好ましい。
なお、本実施形態の被覆切削工具における各層及び被覆層全体の平均厚さは、各層又は被覆層全体における3箇所以上の断面から、各層の厚さ又は被覆層全体の厚さを測定して、その相加平均値を計算する。
【0024】
[下部層]
本実施形態に用いる下部層は、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含有する。本実施形態の被覆切削工具は、基材と上部層との間に、このような下部層を備えると、耐摩耗性及び密着性が向上する。
【0025】
下部層に含まれるTi化合物層としては、特に限定されないが、例えば、TiNからなるTiN層、TiCからなるTiC層、TiCNからなるTiCN層、TiCOからなるTiCO層、TiCNOからなるTiCNO層、TiB2からなるTiB2層が挙げられる
【0026】
下部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されてもよいが、複層で構成されていることが好ましく、2層又は3層で構成されていることがより好ましく、3層で構成されていることが更に好ましい。下部層は、耐摩耗性及び密着性がより一層向上する観点から、TiN層、TiC層、TiCN層、TiCO層及びTiCNO層からなる群より選ばれる少なくとも1種の層を含むことが好ましい。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の少なくとも1層がTiCN層であると、耐摩耗性が一層向上する傾向にある。
【0027】
また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の少なくとも1層がTiN層であり、該TiN層を基材の表面に形成すると、密着性が一層向上する傾向にある。下部層が2層で構成されている場合には、基材の表面に、TiC層又はTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成してもよい。下部層が3層で構成されている場合には、基材の表面に、TiC層又はTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成し、第2層の表面に、TiCO層又はTiCNO層を第3層として形成してもよい。下部層が3層で構成されている場合には、下部層の基材側(第1層)にTiN層又はTiC層を有すると、基材と下部層の密着性が一層向上する傾向があるため好ましく、また、下部層の上部層側(第3層)にTiCO層又はTiCNO層を有すると、下部層と上部層の密着性が一層向上する傾向があるため好ましい。それらの中では、下部層が基材の表面にTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成し、第2層の表面に、TiCNO層を第3層として形成してもよい。
【0028】
本実施形態に用いる下部層の平均厚さは、2.0μm以上15.0μm以下である。本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが2.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが15.0μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。同様の観点から、下部層の平均厚さは、2.5μm以上14.5μm以下であることが好ましく、3.2μm以上14.0μm以下であるとより好ましい。
【0029】
下部層において、TiC層又はTiN層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、0.05μm以上1.0μm以下であることが好ましい。同様の観点から、TiC層又はTiN層の平均厚さは、0.1μm以上0.5μm以下であることがより好ましく、0.2μm以上0.4μm以下であることがさらに好ましい。
【0030】
下部層において、TiCN層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、2.0μm以上15.0μm以下であることが好ましい。同様の観点から、TiCN層の平均厚さは、2.2μm以上14.0μm以下であることがより好ましく、2.5μm以上13.0μm以下であることがさらに好ましい。
【0031】
下部層において、TiCO層又はTiCNO層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、0.1μm以上1.0μm以下であることが好ましい。同様の観点から、TiCN層の平均厚さは、0.2μm以上0.8μm以下であることがより好ましく、0.4μm以上0.7μm以下であることがさらに好ましい。
【0032】
Ti化合物層は、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなる層であるが、下部層による作用効果を奏する限りにおいて、上記元素以外の成分を微量含んでもよい。
【0033】
[上部層]
本実施形態に用いる上部層は、α型Al23からなるα型Al23層を含有する。本実施形態の被覆切削工具は、上部層がα型Al23からなるα型Al23層を含有することにより、硬くなるため、耐摩耗性が向上する。
【0034】
また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層の平均厚さが3.5μm以上15.0μm以下である。上部層の平均厚さが、3.5μm以上であると、被覆切削工具のすくい面における耐クレータ摩耗性が一層向上する。上部層の平均厚さが、15.0μm以下であると被覆層の剥離がより抑制され、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する。同様の観点から、上部層の平均厚さが3.5μm以上14.5μm以下であることが好ましく、3.6μm以上14.0μm以下であるとより好ましい。
【0035】
また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、50%を超え80%以下である。上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、50%を超えると、比較的低い粒界エネルギーを有する粒界の占める割合が大きくなるため、上部層の機械的特性が向上する。一方、上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、80%以下であると、結晶粒の粗粒化を抑制できるため耐チッピング性に優れる。なお、本実施形態において、全粒界の合計長さとは、CSL粒界の長さとそれ以外の一般結晶粒界の長さとを合計した長さである。同様の観点から、上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合は、52%以上79%以下であることが好ましく、54%以上78%以下であることがより好ましい。
【0036】
また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、70%以上であり、好ましくは70%以上99%以下である。上部層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、70%以上であると粒界エネルギーが比較的低い結晶粒界の割合が多いことを示す。本実施形態の被覆切削工具において、粒界エネルギーが低いと、機械的特性が向上するので、耐クレータ摩耗性が向上する。一方、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が、99%以下であると製造するのが容易となる傾向にある。同様の観点から、上部層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合は、75%以上99%以下であることがより好ましく、80%以上99%以下であることがさらに好ましく、80%以上97%以下であることが特に好ましい。
【0037】
本実施形態に用いる上部層は、粒界エネルギーが比較的高い結晶粒界と粒界エネルギーが比較的低い結晶粒界とを有する。通常、結晶粒界は原子の並びが不規則に乱れておりランダムに配列されるため、隙間が多く、比較的高い粒界エネルギーを有する。一方、結晶粒界の中には、原子の並びが規則的であり隙間の少ない粒界もあり、そのような結晶粒界は比較的低い粒界エネルギーを有する。このような比較的低い粒界エネルギーを有する結晶粒界の代表例として対応格子(Coincidence Site Lattice)結晶粒界が挙げられる(以下、「CSL結晶粒界」と表記し、「CSL粒界」とも表記する。)。結晶粒界は、緻密化、クリープ及び拡散のような重要な焼結プロセスに対して、電気的、光学的、及び機械的特性に対してと同様に有意義な影響を及ぼす。結晶粒界の重要性は、いくつかの因子、例えば、物質中の結晶粒界密度、界面の化学組成、及び結晶学的組織、すなわち結晶粒界面方位及び結晶粒方位差に依存する。CSL結晶粒界は、特別な役割を果たしている。CSL結晶粒界の分布の程度を示す指標として、Σ値が知られており、それは結晶粒界において接する2つの結晶粒の結晶格子点密度と、両方の結晶格子を重ね合わせた際に一致する格子点の密度との比率として定義される。単純な構造の場合、低いΣ値を有する粒界は、低界面エネルギー及び特殊な特性を有する傾向にあることが一般的に認められる。したがって、CSL結晶粒界の割合及び結晶粒方位差の分布を制御することは、上部層の特性及びその向上にとって重要であると考えられる。
【0038】
近年、後方散乱電子回折(以下「EBSD」とも記す)として知られるSEMをベースとした技術が、物質中の結晶粒界の研究に用いられている。EBSDは、後方散乱電子によって発生する菊池回折パターンの自動分析に基づいている。
【0039】
対象とする物質の各結晶粒について、結晶学的方位は、対応する回折パターンのインデックスを作成した後に決定される。EBSDを市販のソフトウェアと共に用いることにより、組織分析及び粒界性格分布(Grain Boundary Character Distribution:GBCD)の決定が比較的容易に行われる。界面をEBSDにより測定及び解析することにより、界面の大きなサンプル集団での結晶粒界の方位差を明らかにすることができる。通常、方位差の分布は、物質の処理及び/又は物性に関連する。結晶粒界の方位差は、オイラー角、角/軸の対(angle/axis pair)、又はロドリゲスベクトルなどの通常の方位パラメータから得られる。
【0040】
本実施形態において、上部層のCSL結晶粒界は、Σ3粒界の他、Σ7粒界、Σ11粒界、Σ13粒界、Σ17粒界、Σ19粒界、Σ21粒界、Σ23粒界及びΣ29粒界を指す。Σ3粒界は、上部層のCSL結晶粒界の中で最も低い粒界エネルギーを有すると考えられる。ここで、Σ3粒界の長さとは、EBSDを備えたSEMで観察される視野(特定の領域)中のΣ3粒界の合計長さを示す。このΣ3粒界は、その他のCSL結晶粒界と比較して、対応格子点密度が高くなり、低い粒界エネルギーを有する。言い換えれば、Σ3粒界は一致する格子点が多いCSL結晶粒界であり、Σ3粒界を粒界とする2つの結晶粒は単結晶又は双晶に近い挙動を示し、結晶粒が大きくなる傾向を示す。本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、CSL結晶粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合を高めたことで、耐クレータ摩耗性が向上する。
【0041】
ここで、全粒界とは、CSL結晶粒界以外の結晶粒界とCSL結晶粒界とを合計したものである。以下、CSL結晶粒界以外の結晶粒界を「一般結晶粒界」という。一般結晶粒界は、EBSDを備えたSEMで観察した場合の上部層の結晶粒の全粒界からCSL結晶粒界を除いた残りの粒界となる。したがって、「全粒界の合計長さ」とは「CSL結晶粒界の長さと一般結晶粒界の長さとの和」として表すことができる。
【0042】
本実施形態において、上部層における全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合及びCSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合は、次のようにして算出することができる。
【0043】
被覆切削工具において、基材の表面と平行な方向に上部層の断面を露出させて観察面を得る。上部層の断面を露出させる方法としては、例えば、切断及び研磨が挙げられる。このうち、上部層の観察面をより平滑にする観点から研磨が好ましい。特に、観察面は、より平滑である観点から鏡面であると好ましい。上部層の鏡面観察面を得る方法としては、特に限定されないが、例えば、ダイヤモンドペースト又はコロイダルシリカを用いて研磨する方法やイオンミリング等を挙げることができる。
【0044】
その後、上記の観察面を、EBSDを備えたSEMによって観察する。該観察領域としては、平坦な面(逃げ面等)を観察することが好ましい。
【0045】
SEMは、EBSD(TexSEM Laboratories社製)を備えたSU6600(日立ハイテクノロジーズ社製)を用いる。
【0046】
観察面の法線は、入射ビームに対して70°傾斜させ、分析は、15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射することにより行われる。データ収集は、観察面上、上部層の50μm×30μmの面領域に相当する1000×600ポイントについて、0.05μm/ステップのステップにて行われる。このデータ収集を5視野の面領域(上部層の50μm×30μm)について行い、その平均値を算出する。
【0047】
データ処理は、市販のソフトウェアを用いて行われる。任意のΣ値に対応するCSL結晶粒界を計数し、全結晶粒界に対する比として各粒界の割合を表すことによって確認することができる。以上より、Σ3粒界の長さ、CSL粒界の長さ及び全粒界の合計長さを求めて、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合、及びCSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合を算出することができる。
【0048】
本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、下記式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、8.0以上8.9以下である。
【数3】
(式(1)中、I(h,k,l)は、α型Al23層の(h,k,l)面を測定したX線回折によるピーク強度であり、I0(h,k,l)は、JCPDSカード番号10-0173によるα型Al23の(h,k,l)面の標準回折強度であり、(h,k,l)は、(0,1,2)、(1,0,4)、(1,1,3)、(0,2,4)、(1,1,6)、(2,1,4)、(3,0,0)、(0,2,10)及び(0,0,12)の9の結晶面を指す。)
【0049】
本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、上記式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、8.0以上であることにより、(0,0,12)面のピーク強度I(0,0,12)の比率が高くなる。これに起因して、クレータ摩耗を抑制でき、その結果、耐摩耗性に優れる。一方、本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、上記式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)が、8.9以下であると、容易に製造することができる。
同様の観点から、上記式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)は、8.1以上8.8以下であることが好ましく、8.2以上8.8以下であることがより好ましい。
なお、本実施形態において、α型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)は、後述の実施例に記載の方法により求めることができる。
【0050】
本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、下部層側から被覆層の表面に向かって2.5μmの位置における平均粒径duに対する、被覆層の表面側から下部層側に向かって0.5μmの位置における平均粒径dsの比[ds/du]が、1.0以上1.7以下であることが好ましい。
【0051】
本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、比[ds/du]が、1.0以上であると、製造が容易であるため好ましく、1.7以下であると、α型Al23層の結晶粒の粗大化を抑制することにより耐チッピング性が向上する傾向にある。同様の観点から、本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、比[ds/du]が、1.2以上1.7以下であることがより好ましく、1.3以上1.7以下であることがさらに好ましい。
【0052】
本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、duが0.5μm以上1.4μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、duが0.5μm以上であると、上部層の下部層側において、柱状晶の占める割合が高くなるため、耐チッピング性が向上する傾向にあり、duが1.4μm以下であると表面側のα型Al23層の結晶粒の粗大化を抑制することで耐チッピング性が向上する傾向にある。同様の観点から、本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、duが0.5μm以上1.2μm以下であることがより好ましく、0.6μm以上1.0μm以下であることがさらに好ましい。
【0053】
本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、dsが0.6μm以上1.5μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、dsが0.6μm以上であるとα型Al23層の結晶粒の粒子の脱落を抑制することで耐クレータ摩耗性が向上する傾向にあり、dsが1.5μm以下であるとα型Al23層の結晶粒の粗大化を抑制することにより耐チッピング性が向上する傾向にあり、さらに、表面粗さが小さくなる傾向にあるため、切削抵抗が小さくなり、耐チッピング性が向上する傾向にある。同様の観点から、本実施形態の被覆切削工具は、上部層において、dsが0.7μm以上1.5μm以下であることがより好ましく、0.9μm以上1.5μm以下であることがさらに好ましい。
なお、本実施形態において、ds及びduは、以下の方法により測定することができる。基材の表面と垂直な方向の断面について、EBSDを備えたFE-SEMで観察する。隣接する測定点の間で5度以上の方位差がある場合はそこを粒界と定義する。粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒と定義する。そして、ds及びduを求めるα型Al23層の特定の厚さの位置に、基材と平行な方向の直線を引く。直線の長さを結晶粒の数で除した値を、平均粒径ds及びduとする。このとき、直線の長さは、20μm以上であると好ましい。また、観察した視野において、直線の長さが20μmよりも短い場合は、複数の視野を観察し、直線長さの合計が20μm以上となるようにすればよい。具体的には、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。
【0054】
なお、本実施形態において、上部層は、α型酸化アルミニウム(α型Al23)を含有していればよく、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型酸化アルミニウム(α型Al23)以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0055】
[外層]
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層が、上部層の基材側とは反対側の上に外層を含むことが好ましい。
本実施形態に用いる外層は、Tiと、C、N及びOから成る群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を含むことが好ましい。Ti化合物層としては、例えば、TiCからなるTiC層、TiNからなるTiN層、TiCNからなるTiCN層、及びTiB2からなるTiB2層が挙げられる。
中でも、本実施形態に用いる外層は、TiN層やTiCN層などのTi化合物層を有することが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、外層がTiN層やTiCN層などのTi化合物層を有することにより、耐摩耗性が向上する傾向にあり、さらに使用したコーナを容易に識別することができる傾向にある。同様の観点から、本実施形態に用いる外層は、TiN層がより好ましい。
【0056】
本実施形態に用いる外層の平均厚さは、0.3μm以上4.0μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、外層の平均厚さが0.3μm以上であると、上層を有することによる効果を得ることができ、また、外層の平均厚さが4.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。同様の観点から、本実施形態の被覆切削工具は、外層の平均厚さが、0.3μm以上3.5μm以下であることがより好ましく、0.3μm以上3.0μm以下であることがさらに好ましい。
【0057】
なお、本実施形態において、外層は、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、TiNやTiCNなどのTi化合物以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0058】
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層を構成する各層は、化学蒸着法によって形成されてもよく、物理蒸着法によって形成されてもよい。各層の形成方法の具体例としては、例えば、以下の方法を挙げることができる。ただし、各層の形成方法はこれに限定されない。
【0059】
(化学蒸着法)
(下部層形成工程)
下部層として、例えば、Tiと、C、N及びOからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を以下のとおり形成することができる。
例えば、Ti化合物層がTiの窒化物層(以下、「TiN層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を850~950℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0060】
Ti化合物層がTiの炭化物層(以下、「TiC層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:1.5~3.5mol%、CH4:3.5~5.5mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を70~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0061】
Ti化合物層がTiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:4.0~8.0mol%、CH3CN:0.5~1.5mol%、H2:残部とし、温度を800~900℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0062】
Ti化合物層がTiの炭窒酸化物層(以下、「TiCNO層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:1.0~6.0mol%、CO:0.05~2.0mol%、N2:20~45mol%、H2:残部とし、温度を950~1020℃、圧力を70~120hPaとする化学蒸着法で形成することができる。下部層形成工程において、第3層としてTiCNO層を形成する場合、原料ガス組成のうち、COの割合を減らすことにより、平滑界面とすることができ、その結果、次に形成する上部層において、式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)を大きくすることができ、上述した特定の範囲とすることができる。当該組織係数TC(0,0,12)を大きくし、上述した特定の範囲とするためには、原料ガス組成において、COの割合は、2.0mol%以下であることが好ましく、1.8mol%以下であることがより好ましく、1.7mol%以下であることが特に好ましい。
【0063】
Ti化合物層がTiの炭酸化物層(以下、「TiCO層」ともいう。)である場合、原料組成をTiCl4:1.0~6.0mol%、CO:0.05~2.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1020℃、圧力を70~120hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0064】
(上部層形成工程)
上部層として、例えば、α型Al23からなるα型Al23層(以下、単に「Al23層」ともいう。)を以下のとおり形成することができる。
【0065】
まず、基材の表面に、1層以上のTi化合物層からなる下部層を形成する。次いで、下部層のうち、基材から最も離れた層の表面を酸化する。その後、基材から離れた層の表面にα型Al23層を含有する上部層を形成する。
【0066】
より具体的には、下部層における基材から最も離れた層の表面の酸化は、ガス組成をCO2:0.2~1.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~80hPaとする条件により行われる(酸化工程)。このときの酸化処理時間は、1~10分であることが好ましい。
【0067】
その後、基材から最も離れた層の表面上にα型Al23層の核を形成する(核形成工程)。α型Al23層の核形成工程は、原料ガス組成をAlCl3:1.0~4.0mol%、CO:0.05~2.0mol%、CO2:1.0~3.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2:残部とし、温度を950~980℃、圧力を60~80hPaの条件で行う。核形成工程の時間は、3~5分であることが好ましい。また、原料ガス組成を反応容器に導入する前の余熱部の温度を230~260℃の範囲とすることが好ましい。当該余熱部の温度を前記範囲とすることにより、上部層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合を上述した特定の範囲とすることができる。具体的には、当該余熱部の温度が大きいほど、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が高くなる傾向にある。
【0068】
α型Al23層の核形成後、アニール工程を行う。アニール工程は、原料ガス組成をH2:100mol%とし、温度を950~1020℃、圧力を70~200hPaの条件で行う。アニール工程の時間は、45~70分であることが好ましい。核形成工程後、前記時間の範囲でアニール工程を行うことにより、上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合を上述した特定の範囲とすることができる。具体的には、アニール工程の時間が長いほど、上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合が高くなる傾向にある。また、アニール工程を行わないと、上部層において、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合は極めて小さくなる傾向にある。
【0069】
その後、α型Al23層は、原料ガス組成をAlCl3:1.0~5.0mol%、CO2:2.5~4.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2S:0.15~0.25mol%、H2:残部とし、温度を950~1000℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される(成膜工程)。成膜工程において、0.5~2.0℃/分の速度で徐々に冷却することが好ましい。成膜工程において、前記速度で徐々に冷却することにより、上部層において、平均粒径dsを上述した特定の範囲とすることができ、平均粒径の比[ds/du]を上述した特定の範囲とすることができる。また、成膜工程において、原料ガス組成のうち、CO2の割合を減らすことにより、新たな核形成を抑制でき、その結果、上部層において、式(1)で表されるα型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)を大きくすることができ、上述した特定の範囲とすることができる。
【0070】
また、上部層において、CSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合を上述した特定範囲とするためには、上部層形成工程において、圧力を制御したり、上部層の平均厚さを制御したり、原料組成中のTiCl4の割合を制御したりすればよい。より具体的には、上部層形成工程における圧力を低くしたり、原料組成中のTiCl4の割合を大きくしたりすることにより、上部層におけるΣ3粒界の長さの割合を大きくすることができる。また、上部層の平均厚さを大きくすることにより、上部層におけるΣ3粒界の長さの割合を小さくすることができる。
【0071】
(外層形成工程)
さらに、上部層の表面にTiの窒化物層(以下、「TiN層」ともいう)やTiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」ともいう)からなる外層を形成してもよい。
【0072】
外層としてのTiN層は、原料組成をTiCl4:7.0~8.0mol%、N2:30~50mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0073】
外層としてのTiCN層は、原料組成をTiCl4:7.0~9.0mol%、CH3CN:0.7~2.0mol%、CH4:1.0~2.0mol%、N2:4.0~6.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0074】
本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又は電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)等を用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、刃先稜線部から被覆切削工具のすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、各層の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の組成は、被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)等を用いて測定することができる。
【0075】
本実施形態の被覆切削工具は、優れた耐欠損性及び耐摩耗性を有することに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる。ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない。
【実施例0076】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0077】
基材として、CNMG120408のインサート形状に加工し、89.2WC-8.8Co-2.0NbC(以上質量%)の組成を有する超硬合金を用意した。この基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0078】
[発明品1~14及び比較品1~11]
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表1及び3に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に組成を示す下部層を、第1層、第2層及び第3層の順で、表2に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、CO2:0.3mol%、H2:99.7mol%のガス組成、1000℃の温度、及び70hPaの圧力の条件の下、2分間、下部層の表面に酸化処理を施した。その後、表4に示す条件で、下部層の表面上にα型Al23層の核を形成した。また、その際、原料ガス組成を反応容器に導入する前の余熱部の温度を表4に示すとおりとした。α型Al23層の核形成後、表5示す条件で、アニール工程を行った。次いで、表6に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に示す組成の上部層を、表2に示す平均厚さになるよう、下部層の第3層の表面に形成した。最後、表1に示す原料ガス組成、温度及び圧力の条件の下、表2に示す組成の外層を、表2に示す平均厚さになるよう、上部層の表面に形成した。こうして、発明品1~14及び比較品1~11の被覆切削工具を得た。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
【表3】
【0082】
【表4】
【0083】
【表5】
【0084】
【表6】
【0085】
[各層の平均厚さ]
得られた試料の各層の平均厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。測定結果を表2に示す。
【0086】
[各層の組成]
得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。測定結果を表2に示す。
【0087】
[CSL粒界の長さ及びΣ3粒界の長さ]
得られた試料の上部層のCSL粒界の長さ及びΣ3粒界の長さを下記のとおりに測定した。まず、被覆切削工具において、基材の表面と平行な方向に上部層の断面が露出するまで研磨して観察面を得た。また、得られた観察面を、コロイダルシリカを用いて研磨して鏡面観察面を得た。
【0088】
その後、上記の観察面を、EBSDを備えたSEMによって観察した。該観察領域としては、逃げ面を観察した。
【0089】
SEMは、EBSD(TexSEM Laboratories社製)を備えたSU6600(日立ハイテクノロジーズ社製)を用いた。
【0090】
観察面の法線は、入射ビームに対して70°傾斜させ、分析は、15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射することにより行われた。データ収集は、観察面上、上部層の50μm×30μmの面領域に相当する1000×600ポイントポイントについて、0.05μm/ステップのステップにて行われた。このデータ収集を5視野の面領域(上部層の50μm×30μm)について行い、その平均値を算出した。
【0091】
データ処理は、市販のソフトウェアを用いて行われた。任意のΣ値に対応するCSL結晶粒界を計数し、全結晶粒界に対する比として各粒界の割合を表すことによって確認した。以上より、Σ3粒界の長さ、CSL粒界の長さ及び全粒界の合計長さを求めて、全粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さ、及びCSL粒界の合計長さ100%に対するΣ3粒界の長さの割合を算出した。結果を表7に示す。
【0092】
[α型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)]
得られた試料について、Cu-Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を、出力:50kV、250mA、入射側ソーラースリット:5°、発散縦スリット:2/3°、発散縦制限スリット:5mm、散乱スリット:2/3°、受光側ソーラースリット:5°、受光スリット:0.3mm、BENTモノクロメータ、受光モノクロスリット:0.8mm、サンプリング幅:0.01°、スキャンスピード:4°/分、2θ測定範囲:20°~155°とする条件で行った。装置は、株式会社リガク製のX線回折装置(型式「RINT TTRIII」)を用いた。X線回折図形からα型Al23層の各結晶面のピーク強度を求めた。得られた各結晶面のピーク強度から、α型Al23層の(0,0,12)面の組織係数TC(0,0,12)を求めた。結果を表7に示す。
【0093】
[平均粒径ds及びdu
得られた試料について、平均粒径ds及びduを以下のとおり測定した。基材の表面と垂直な方向の断面について、EBSDを備えたFE-SEMで観察した。隣接する測定点の間で5度以上の方位差がある場合はそこを粒界と定義した。粒界で囲まれた領域を1つの結晶粒と定義した。そして、ds及びduを求めるα型Al23層の特定の厚さの位置に、基材と平行な方向の直線を引いた。直線の長さを結晶粒の数で除した値を、平均粒径ds及びduとした。このとき、直線の長さは、30μmとした。結果を表7に示す。
【0094】
【表7】
【0095】
得られた発明品1~14及び比較品1~11を用いて、下記の条件にて切削試験1及び2を行った。切削試験1及び2の結果を表8に示す。
【0096】
[切削試験1]
インサート:CNMG120408
基材:89.2WC-8.8Co-2.0NbC(以上質量%)
被削材:S45Cの丸棒(直径150mm×長さ400mm)
切削速度:300m/分
送り:0.50mm/rev
切り込み深さ:2.0mm
クーラント:使用
評価項目:試料が欠損または最大逃げ面摩耗幅が0.3mm又は塑性変形量が0.3mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。
【0097】
[切削試験2]
インサート:CNMG120408
基材:89.2WC-8.8Co-2.0NbC(以上質量%)
被削材:外周に4本の溝を有するSCM415丸棒(直径150mm×長さ400mm)、
切削速度:250m/分
送り:0.30mm/rev
切り込み深さ:1.0mm、
クーラント:使用、
評価項目:試料がチッピング(幅0.2mm以上)あるいは欠損に至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。
【0098】
【表8】
【0099】
表8に示す結果より、いずれの発明品も、切削試験1における工具寿命までの加工時間が20分以上であり、かつ、切削試験2における工具寿命までの加工時間が15分以上であるのに対し、比較品は、切削試験1における工具寿命までの加工時間が20分未満、及び/又は、切削試験2における工具寿命までの加工時間が15分未満であった。よって、発明品の耐摩耗性及び耐欠損性は、比較品と比べて、総じて、より優れていることが分かる。
【0100】
以上の結果より、発明品は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0101】
本発明の被覆切削工具は、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、そのような観点から、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0102】
1…基材、2…下部層、3…上部層、4…外層、5…被覆層、6…被覆切削工具
図1