IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 京都府公立大学法人の特許一覧 ▶ 株式会社西尾木材工業所の特許一覧 ▶ 奈良県の特許一覧

<>
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図1
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図2
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図3
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図4
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図5
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図6
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図7
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図8
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図9
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図10
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図11
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図12
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図13
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図14
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図15
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図16
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図17
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図18
  • 特開-木材の熱処理方法及び熱処理木材 図19
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022131431
(43)【公開日】2022-09-07
(54)【発明の名称】木材の熱処理方法及び熱処理木材
(51)【国際特許分類】
   B27K 5/00 20060101AFI20220831BHJP
【FI】
B27K5/00 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021030378
(22)【出願日】2021-02-26
(71)【出願人】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(71)【出願人】
【識別番号】512109242
【氏名又は名称】株式会社西尾木材工業所
(71)【出願人】
【識別番号】000225142
【氏名又は名称】奈良県
(74)【代理人】
【識別番号】100104569
【弁理士】
【氏名又は名称】大西 正夫
(72)【発明者】
【氏名】西尾 良一
(72)【発明者】
【氏名】田中 徹
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 貴文
(72)【発明者】
【氏名】堀山 彰亮
(72)【発明者】
【氏名】古田 裕三
(72)【発明者】
【氏名】神代 圭輔
(72)【発明者】
【氏名】宮藤 久士
(72)【発明者】
【氏名】安武 温子
(72)【発明者】
【氏名】寺西 頼子
【テーマコード(参考)】
2B230
【Fターム(参考)】
2B230AA11
2B230AA15
2B230BA01
2B230CC21
2B230DA02
2B230EB01
2B230EB05
2B230EB13
2B230EB38
(57)【要約】
【課題】木材腐朽菌等の分解を受けやすいヘミセルロースと、セルロースのうち非晶領域を分解、変成してリグニン以上の抵抗性を示し、木材腐朽菌によって分解されないばかりか、それ自体が抗菌性を示すフラン等の化合物とすることで木材に寸法安定性及び高い耐久性を与える。
【解決手段】200℃以下の加熱で全量が分解、昇華して、その分解により無機酸を発生させる塩の希薄な水溶液に木材を浸漬、又は木材に塗布、噴霧、含浸する工程と、前記水溶液に浸漬、又は塗布、噴霧、含浸された木材に対して120~200℃で72時間以内の加熱処理を行う工程とを備えており、前記水溶液は、濃度0.1~5.0重量%の塩化アンモニウム水溶液であり、前記加熱工程後の重量減少率が、3%以上20%以下に設定されている。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
200℃以下の加熱で全量が分解、昇華して、その分解により無機酸を発生させる塩の希薄な水溶液に木材を浸漬、又は木材に塗布、噴霧、含浸する工程と、前記水溶液に浸漬、又は塗布、噴霧、含浸された木材に対して120~200℃での加熱処理を行う工程とを具備することを特徴とする木材の熱処理方法。
【請求項2】
前記水溶液は、0.1~5.0重量%の塩化アンモニウム水溶液であることを特徴とする請求項1記載の木材の熱処理方法。
【請求項3】
前記加熱工程後の重量減少率が、3%以上20%以下であることを特徴とする請求項1又は2記載の木材の熱処理方法。
【請求項4】
前記加熱工程は、120℃~200℃に達してからの処理時間が72時間以内であることを特徴とする請求項1、2又は3記載の木材の熱処理方法。
【請求項5】
前記請求項1乃至4のいずれかの方法が施されたことを特徴とする熱処理木材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、木材に対して寸法安定性及び耐久性を付与するための熱処理と、この熱処理が施された木材とに関する。
【背景技術】
【0002】
野外等の厳しい環境下で木材を使うと、「腐る(木材腐朽菌による劣化)」、「シロアリによる食害を受ける」といった欠点が問題となる。従前は木材保存剤を木材に塗布、含浸することで木材腐朽菌による劣化やシロアリによる食害に対処するのが一般的であったが、ユーザー側の環境や健康に対する意識の高まりにより、薬剤に頼らないで木材の耐久性を高める技術の開発が望まれている。
さらに言えば、野外のような厳しい環境下にあっては、木材は大きな反りが発生したり、割れたりすることもあり、それが元となって短期間で補修や取り換えを余儀なくされることも度々である。
【0003】
近年、オランダやフィンランドなどのヨーロッパでは、寸法安定性や木材の耐久性等を改善することを目的とした熱処理技術が開発され、それぞれプラトーウッド(Plato wood)、サーモウッド(Thermo wood)(登録商標)という製品名で販売されている。さらに我が国でもエステック処理という熱処理技術が開発され、実用に供されている。
【0004】
木材を構成する主要成分は、セルロース、ヘミセルロースとリグニンである。熱処理では、これらの木材成分中でも耐久性が低い(木材腐朽菌やシロアリに分解されやすい)ヘミセルロースとセルロースの結晶化していない部分(非晶領域)が分解除去されると同時に、その一部が耐久性の高い成分に変成することで、耐久性が向上すると考えられる。
また、反りや割れを防ぐには含水率変動に伴う寸法変化(膨潤と収縮)を小さくすること、すなわち木材に寸法安定性を付与することが必須であるが、木材の膨潤と収縮はヘミセルロースとセルロースの非晶領域に因るところが大きいと考えられ、それらを分解除去すると、反りや割れを防ぐことができる。さらには、その変成物は疎水的であることが知られており、熱により生じる変成も寸法安定化に寄与している。
実用的な見地から、ヘミセルロースとセルロースの非晶領域を分解除去すると同時に変成させるためには、これまでに開発されたいずれの熱処理技術であっても、200℃以上300℃以下、好ましくは220℃以上250℃以下の加熱が不可欠であった。その温度領域では発火の恐れがあるために、空気を排除した不活性ガス下での加熱など、燃焼を防ぐことが必須となる。
ちなみに、処理温度に上限を記したのは、それ以上の温度になると、ヘミセルロース及びセルロースの非晶領域だけではなく、木材の強度を担保しているセルロースの結晶領域やリグニンの分解が顕著になり、木材が著しく脆弱化するためである。従って、従前の技術でより好ましい熱処理をするためには、不活性ガスの存在下で、かなり厳密な温度制御をすることが求められていた。
【0005】
不活性ガスとして窒素を用いた処理は特開昭56-135004号公報に、過熱水蒸気を用いた処理は特表平09-502508号公報に、超臨界二酸化炭素中での熱処理は特開2013-180460号公報にそれぞれ開示されている。
【0006】
【特許文献1】特開昭56-135004号公報
【特許文献2】特表平09-502508号公報
【特許文献3】特開2013-180460号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者がスギ辺材を供試材として、特許文献2に記載された過熱水蒸気を用いた熱処理を実施して、JIS K 1571に基づいて木材腐朽菌に対する抵抗性を評価したところ、防腐薬剤での処理に匹敵するような高い性能を発揮させる(換言すると、同規格に記載の「木材腐朽菌の分解による重量減少率が3%以下」を満たす)には、木材が含有するヘミセルロースをかなりの割合で分解、除去させ、その一部を変成させて、乾量ベースで木材の重量を15%以上、望ましくは18%程度減じなければならず、それには240℃で8時間以上の処理が不可欠であった。200℃で72時間、220℃で24時間では、この領域に達することができず、さらに処理時間の延長が求められた。
これは過熱水蒸気処理だけにあてはまることではなく、上述したいずれの処理でも高い耐久性の発現には200℃を超える温度で相当な時間の処理が必須であった。すなわち、処理に要するエネルギーが過大であること、装置内の温度を均一に保ったり、所定の材料温度を維持したりする温度制御が難しいことに加え、窒素や水蒸気など、不活性ガスを充満させた状態で処理をしなければ発火するので、特別な装置が必要であった。このため、従来の方法での熱処理木材は高価にならざるを得なかった。
さらには、上述したいずれの処理でも熱処理による強度などの物性の著しい低下が懸念された。
【0008】
なお、JIS K 1571「木材保存剤―性能及びその試験方法―」に基づく培養ビンを用いた室内試験(以下、「室内ビン試験」という)について、その概略を示す。
この規格は、木材保存剤の評価試験方法であり、薬剤が木材から流脱することによる防腐効力の低下をみるために、木材試験片を水中に浸漬させる工程と乾燥工程を10回繰り返す工程からなる「耐候操作」を実施した後に、オオウズラタケとカワラタケを供試菌として12週間に亘り強制的に木材試験体を腐朽分解させ、その際の重量減少率を調べる試験法である。重量減少率が3%以下であれば、充分に耐久性があると判断して、「防腐効力がある」と判定する。同規格は、熱処理によって耐久性、特に木材腐朽菌に対する抵抗性(以下、「耐朽性」という)が発現したことを確かめる方法として、最適な手法と考えられる。
【0009】
本発明者がスギ辺材を被処理木材として、特許文献2に従って種々の温度・時間条件で熱処理を行い、室内ビン試験でその耐朽性を評価したところ、熱処理に伴い生じる重量減少率と、耐朽性(室内ビン試験での腐朽による重量減少率)との間には明確な関係が認められた。熱処理に伴う重量減少率を、カワラタケの場合は15%以上、オオウズラタケの場合は18%以上にすれば、室内ビン試験での腐朽による重量減少率が3%以下となった(図1参照)。
ただし、この基準(3%以下)は雨水が直接かかり、水が滞留するような場所、たとえば、ウッドデッキなどで、木材を長期にわたって使用するための必須条件である。水が滞留しない軒下や建築物の外壁などでは、木材腐朽菌による重量減少率が概ね10%以下になれば、充分な耐用年数が確保できる。したがって、発明者は木材への耐朽性付与を目的とした研究を進めるに当たっては、室内ビン試験でのオオウズラタケ及びカワラタケでの重量減少率の目標値を10%以下、好ましくは3%以下としている。
一方、寸法安定性を付与するにも特許文献2の熱処理は有効であり、図2に示すとおり、熱処理に伴う重量減少率が高くなるにつれて、吸湿に伴う寸法変化は小さくなった。無処理の木材の膨潤率はおよそ10%程度であるが、発明者の経験からすると、膨潤率を7%、好ましくは5%まで抑制することができれば、野外での使用で生じる反りや割れの発生がなくなるか、発生しても軽微になる。図2によると、無処理の木材の膨潤率を7%、または5%に抑えるには、熱処理に伴う重量減少率をそれぞれ、3%、または5%にする必要がある。
【0010】
本発明者は長年、過熱水蒸気による木材の熱処理に関する研究を行っており、その間、熱処理温度の低減を種々の条件にて試みてきたところ、常温ではほぼ中性から弱酸性を示す塩の希薄な水溶液を、加熱前にあらかじめ含浸させることにより、200℃以下の加熱においても15%以上の重量減少率が得られることを見出した(特開2018-161802号公報参照)。
【0011】
今般、特開2018-161802号公報で開示された技術の実用化を目指し、同公開公報に示された条件にて、詳細に研究を進めた結果、同技術では、処理を施す木材の断面寸法が一定以上の大きさになると、以下に示すような不具合が生じ、実用化が難しいことが示唆された。
図1から推察して、耐朽性の発現に最低限必要な過熱蒸気処理による重量減少率13%以上を目指して、断面寸法が30mm角のスギ辺材を供試材として、同公開公報に記載された塩化マグネシウムの濃度0.5~1.5%水溶液を用い、160~180℃にて、24~72時間加熱処理を行ったところ、材料表面と中心部とでは、熱による分解と変成の程度に著しい差が生じることが明らかになった。すなわち、表面付近では加熱による木材の分解と変成が過度に進み、処理後の木材には「消し炭」のようなぜい弱化した表面層が見られた。一方、木材の中心部では、耐朽性が向上するほどの分解と変成が進んでいなかった。
【0012】
熱処理によりこのような不均一な分解と変成が生じる原因について、種々検討をした結果、木材中にあらかじめ含浸するのが、上記のような塩の希薄な水溶液(塩化マグネシウムの濃度0.5~1.5%水溶液)であっても、乾燥させる際に、木材の内部から表面へ水が移動するのに付随して、水に溶解した塩化マグネシウムも移動する。その結果として、中心部に残存する塩化マグネシウムは少なくなり、一方で表面付近は必要以上に塩化マグネシウムが多く蓄積することが不均一となる原因であるという結論に至った。
【0013】
被処理木材中で塩濃度の偏りを少なくして、熱処理による不均一な分解と変成を防ぐ方法について、精力的に研究を重ねた結果、本発明に至った。本発明により、不活性ガスを使用するための特別な装置が不要かつ、温度制御が容易となるため、熱による強度等の物性の劣化が少なくなる。これにより、均一な品質の熱処理木材を低コストで提供することができるようになる。
【0014】
本発明は、上記事情に鑑みて創案されたもので、熱処理温度を200℃以下、好ましくは180℃以下で、従前の熱処理木材よりも強度等の物性の劣化を抑制しつつ寸法安定性と高い耐朽性を発現させることができ、しかも熱処理に必要なエネルギーの低減を図り、温度制御を容易に、さらには酸素が存在する条件下での処理を可能にして、特別な装置を用いる必要のない木材の熱処理方法と、この熱処理方法によって処理された熱処理木材を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明に係る木材の熱処理方法は、200℃以下の加熱で全量が分解、昇華して、その分解により無機酸を発生させる塩の希薄な水溶液に木材を浸漬、又は木材に塗布、噴霧、含浸する工程と、前記水溶液に浸漬、又は塗布、噴霧、含浸された木材に対して120~200℃での加熱処理を行う工程とを有している。
【0016】
本発明に係る木材の熱処理方法で用いる塩の希薄な水溶液は、濃度0.1~5.0重量%の塩化アンモニウム水溶液である。
【0017】
本発明に係る木材の熱処理方法で処理した木材は、前記加熱工程後の重量減少率が、3%以上20%以下となっている。
【0018】
また、本発明に係る木材の熱処理方法の処理時間は、120~200℃に達してから72時間以内となっている。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る木材の熱処理方法によると、木材腐朽菌等の分解を受けやすいヘミセルロースと、セルロースのうち非晶領域を分解、変成してリグニン以上の抵抗性を示し、木材腐朽菌によって分解されないばかりか、それ自体が抗菌性を示すフラン等の化合物となる。その結果、木材を高い耐朽性を有する高耐久化木材とすることができる。また、それらのフラン化合物は疎水的であり、水による膨潤がないので、寸法安定性の向上にも寄与する。
しかも、熱処理による木材の性能向上のために、従来の方法であれば必要であった高い温度や複雑な装置を必要としないというメリットを有している。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】熱処理(過熱蒸気処理)に伴い生じる重量減少率と耐朽性(室内ビン試験での重量減少率)との関係を示すグラフであって、同図(A)はオオウズラタケ、同図(B)はカワラタケによる重量減少率を示すグラフである。
図2】熱処理(過熱蒸気処理)に伴い生じる重量減少率と、無処理スギ材並びに熱処理スギ材の木口面の膨潤率との関係を示すグラフである。なお、図中の膨潤率は、温度20℃で相対湿度95%の環境下で平衡含水率になったときの値を示している。
図3】加熱温度を一定として、それぞれの温度で熱重量示差熱分析装置を用いて加熱したときの加熱時間と塩化アンモニウムの重量減少率との関係を示すグラフである。
図4】濃度2.5%の塩化アンモニウム水溶液を含浸したスギ辺材試験体と、これを含浸していないスギ辺材試験体を熱重量示差熱分析装置にて、昇温温度10℃/minで室温から500℃まで昇温させたときの熱分解による重量減少挙動、示差熱挙動を示すグラフである。
図5】気乾状態で接線方向(T)20mm×半径方向(R)20mm×長さ方向(L)10mmに切削加工したスギ辺材を105℃で全乾状態として、濃度0~2.5%の塩化アンモニウム水溶液を含浸し、乾燥させた後、過熱蒸気を用いて24時間の熱処理を行ったときの塩化アンモニウム濃度と重量減少率との関係を示すグラフである。
図6】気乾状態で接線方向(T)20mm×半径方向(R)20mm×長さ方向(L)10mmに切削加工したスギ辺材を105℃で全乾状態として、濃度0.2~1.0%の塩化アンモニウム水溶液を含浸し、乾燥させた後、過熱蒸気を用いて170℃で24~72時間の熱処理を行ったときの処理時間と熱処理による重量減少率との関係を示すグラフである。
図7】気乾状態で接線方向(T)20mm×半径方向(R)20mm×長さ方向(L)10mmに切削加工したスギ辺材を105℃で全乾状態として、濃度0~2.5%の塩化アンモニウム水溶液を含浸し、乾燥させた後、過熱蒸気を用いて24時間の熱処理を行った試験体と無処理の試験体を粉砕、冷水抽出を行った後に、クラーソン法による酸不溶分の定量を行ったときの塩化アンモニウム濃度と酸不溶分率との関係を示すグラフである。
図8】含浸する塩化アンモニウム濃度と処理温度を変えて24時間の熱処理を行った木材(接線方向(T)20mm×半径方向(R)20mm×長さ方向(L)10mmに切削加工したスギ辺材)に対して、室内ビン試験を行ったときの塩化アンモニウム濃度と室内ビン試験での重量減少率との関係を示すグラフであって、同図(A)はオオウズラタケ、同図(B)はカワラタケによる重量減少率を示すグラフである。
図9】断面寸法が30mm角で長さ70mmのスギ辺材試験体に濃度1.5~2.5%の塩化アンモニウム水溶液を含浸した後、105℃での乾燥を経て、170℃で24時間、熱処理を行った後の断面を示す写真である。
図10】濃度2.5%の塩化アンモニウム水溶液を含浸したスギ辺材試験体と、含浸していない無処理のスギ辺材試験体を昇温速度10℃/minで室温から500℃まで昇温させたときの熱分解による重量減少率を示すグラフである。
図11】塩化マグネシウム、硫酸アンモニウム、リン酸アンモニウム及び塩化アンモニウムを熱重量示差熱分析装置にて、昇温速度10℃/minで室温から500℃まで昇温させたときの熱分解による重量減少率を示すグラフである。
図12】濃度0~5.0%の塩化アンモニウム水溶液をα-セルロース99%以上のろ紙に含浸させた後、軽くろ紙表面を拭い余剰の液を除いたものを、送風乾燥機を用いて105℃で乾燥させた後、熱重量示差熱分析装置を用いて昇温速度10℃/minで室温から275℃まで昇温させ、275℃における重量減少率から塩化アンモニウムを含浸したときの重量増加率を差し引いて求めた、ろ紙自体の重量減少率を示すグラフである。
図13】気乾状態で接線方向(T)20mm×半径方向(R)20mm×長さ方向(L)10mmに切削加工したスギ辺材に、濃度0~1.0%の塩化アンモニウム及び塩化マグネシウム水溶液を含浸したうえで、温度180℃で24時間過熱蒸気を用いて熱処理を行ったときの各水溶液の薬剤濃度と重量減少率との関係を示すグラフである。
図14】濃度0~2.5%の塩化アンモニウム水溶液を含浸後、120℃、140℃並びに170℃で24時間、大気中で熱処理をしたスギ辺材(接線方向(T)30mm×半径方向(R)30mm×長さ方向(L)6m)の熱処理に伴い生じる重量減少率と、無処理スギ材並びに熱処理スギ材の木口面の膨潤率との関係を示すグラフである。なお、図中の膨潤率は、飽水状態になったときの値を示している。
図15】濃度0~1.0%の塩化アンモニウム水溶液並びに、塩化マグネシウム水溶液をそれぞれ含浸した気乾状態で接線方向(T)20mm×半径方向(R)20mm×長さ方向(L)10mmに切削加工したスギ辺材を温度180℃で24時間の過熱蒸気処理を行った試験体及び無処理の試験体を粉砕、冷水抽出を行った後に、クラーソン法による酸不溶分の定量を行ったときの濃度と酸不溶分率との関係を示すグラフである。
図16】濃度0~1.0%の塩化アンモニウム水溶液並びに塩化マグネシウム水溶液をそれぞれ含浸した気乾状態で接線方向(T)20mm×半径方向(R)20mm×長さ方向(L)10mmに切削加工したスギ辺材を温度180℃で24時間の過熱蒸気処理を行った試験体に対して、耐候操作を行った後にオオウズラタケを用いて室内ビン試験を行ったときの濃度と室内ビン試験による重量減少率との関係を示すグラフである。
図17】濃度1.5~2.5%のリン酸アンモニウム水溶液並びに、硫酸アンモニウム水溶液を含浸した断面寸法が30mm角で長さ70mmのスギ辺材試験体に対して、170℃で24時間過熱蒸気による熱処理を行ったときの試験体の断面写真である。
図18】濃度2.5%の塩化アンモニウム水溶液、硫酸アンモニウム水溶液及び、リン酸アンモニウム水溶液をα-セルロース99%以上のろ紙に含浸させた後、余剰液を拭ったもの、及びろ紙単体を、送風乾燥機を用いて105℃で乾燥させた後、熱重量示差熱分析装置を用いて昇温速度10℃/minで室温から500℃まで昇温させたときの重量減少挙動を示すグラフである。
図19】塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム及び硫酸アンモニウムの濃度2.5%水溶液を含浸したスギ辺材試験体及び、対照材として含浸を行っていない無処理試験体を、熱重量示差熱分析装置を用いて、昇温速度10℃/minで室温から500℃まで昇温させたときの重量減少挙動を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の実施の形態に係る木材の熱処理方法は、以下に本発明を実施するための形態を示すが、これは一例にすぎず、本発明の範囲を限定するものではない。
200℃以下の加熱で全量が分解、昇華して、無機酸を発生させる塩としては、塩化アンモニウムをその代表として挙げることができる。化学大辞典縮小版(共立出版株式会社、東京都文京区小日向4-6-19 1987年2月15日発行)によると、塩化アンモニウムは335℃付近で分解昇華して、アンモニアと塩化水素に解離するとされているが、発明者が熱重量示差熱分析装置を用いて調べたところ、160℃では10時間、180℃では3時間で、試験に供した塩化アンモニウム全量が、分解、昇華することを見出した(図3参照)。
【0022】
120~200℃での熱処理により木材の改質を行う際、その温度域に至るまでは顕著な分解や昇華あるいは蒸発が起こらず、その温度域に達して以降、処理時間の範囲内に全量が分解、昇華あるいは蒸発する薬剤を用いることで、前述したような木材表面付近での薬剤の蓄積を防ぐことができる。すなわち、200℃以下で昇華、分解あるいは蒸発する薬剤の水溶液を含浸した木材を乾燥させる際には、薬剤の一部は水の移動に伴って表面付近に移動して、表面付近の濃度が高まるが、その後の改質を目的とした200℃以下で行う熱処理の際には、分解昇華により、表面付近の濃度が低下して、必要以上に薬剤濃度が上昇するのを防いでくれる。その結果、木材の内部と表面付近との熱処理による不均一な分解と変成が軽減され、均一な熱処理ができるようになる。
【0023】
このような開発思想に基づき、200℃以下で全量が分解、昇華することが明らかになった塩化アンモニウムの希薄な水溶液を含浸したスギ辺材を供試材として、示差熱分析を行ったところ、200℃以下の温度域で、その重量を減じ、熱分解が進んでいることが明確になった。これは、塩化アンモニウムの熱分解によって生じた塩化水素により、木材の熱分解が促進された結果と考えられる。一方で、そのような水溶液を含浸しなかった対照区(スギ辺材無処理試験体)では、ほとんど重量が減らず、200℃以下の温度域では従来から言われているとおり、熱分解がほとんど進まなかった(図4参照)。
【0024】
上述したように、希薄な塩化アンモニウムの水溶液を含浸したスギ辺材の示差熱分析では200℃以下の領域でも熱分解が進行していることが明らかになったが、その際の特徴として、熱収支が全く見られなかった(図4参照)。
一般に木材が熱分解する際には発熱を伴い、先の特許文献2で行う200℃以上の熱処理においては、加える熱エネルギー量が少しでも過多になると、自己発熱により、温度制御が不能になり、木材成分全体の分解を伴うような領域にまで温度が上昇し、炭化が進み木材は著しく脆弱化してしまう。
一方で、吸熱が生じた場合には、分解と変成が発生する温度を維持するのに、追加のエネルギーを要する。さらに言えば、熱収支がある場合、温度制御が難しくなることは自明である。熱収支を伴わないで、木材に高い耐朽性や寸法安定性を付与する分解と変成が達成できることは、酸素が存在する大気中での処理が可能になることでもあり、大変有意義である。
【0025】
加熱により分解して無機酸を発生させる塩としては、先の特開2018-161802号公報には具体的な名称が記載されている。たとえば、塩化マグネシウムや硫酸銅、硫酸アンモニウムなどである。
塩化マグネシウム、硫酸銅、硫酸アンモニウムを用いた熱処理でも木材の分解と変成を促進させることはできるが、示差熱分析の結果、200℃以下の温度では全量が分解昇華されることはなく、相当量の残存が確認された。また、これらの塩では、材料寸法が大きくなった場合、表面付近と中心部付近とでは分解や変成の程度が大きく異なり、不均一な処理になったことは先に述べたとおりである。
【0026】
熱処理による分解の程度は、これまで述べてきたように木材の熱処理に伴う重量減少率の大小で知ることができる。一方、木材のどのような成分が分解しているかは、木材の成分や示差熱の分析結果から知ることができる。
木材に高い耐朽性や寸法安定性を付与しつつ、強度等の物性の低下を最小限に抑えるには、木材の主要成分であるリグニン、セルロースとヘミセルロースのうち、ヘミセルロース及びセルロースの非晶領域を中心に分解を生じさせることが望ましい。塩化アンモニウムの希薄な水溶液を含浸したスギ辺材を150~180℃で熱処理をした結果、リグニンにはほとんど変化がない一方で、木材腐朽菌等の分解を受けやすく、かつ木材の膨潤収縮に関与しているヘミセルロースと、セルロースの非晶領域が分解することが明らかになった。ヘミセルロースとセルロースの非晶領域は、木材のしなやかさを発現させる成分であり、本発明の熱処理により、木材のたわみ量が小さくなる(しなやかさが若干失われる)ことは避けられないが、その一方でこれらの成分は破壊強度に大きな影響を及ぼす成分ではないので、強度等の物性の低下を最小限に抑えることができる。
【0027】
熱による変成については、木材の成分分析とFT-IR等による分析結果から推し量ることができる。木材中に含まれるリグニンは、クラーソン法により定量することができる。すなわち、濃度72%の硫酸中に供試木粉を入れ、攪拌しながら室温で4時間、続いてそれに水を加えて濃度3%に希釈して、4時間煮沸後、不溶となった部分をガラスフィルターで減圧ろ過、乾燥させて定量する。この方法では、木材成分のうちセルロースとヘミセルロースが酸により加水分解されて水に可溶になるのに対して、リグニンが酸で縮合して不溶化する性質を利用している。
【0028】
塩化アンモニウムの希薄な水溶液を含浸したスギ辺材を150~180℃での熱処理後に、クラーソン法を実施したところ、酸に不溶となる成分が激増した。また、塩化アンモニウムの希薄な水溶液を含侵したセルロースろ紙を、170℃で熱処理し、クラーソン法を実施したところ、セルロースの非晶領域が分解、変成して、酸に不溶な成分が見られ、それらはFT-IR分析の結果、フラン化合物であることが示唆された。
加熱処理をした木材試験体にあっても、クラーソンリグニンとして定量される酸不溶成分のうち、熱処理をしたことによる増加分は、ヘミセルロースやセルロースの非晶領域から変成したフラン化合物と考えられる。
木材に200℃を超える温度で熱処理を行うことによりフラン化合物が生成することは通説であったが、塩化アンモニウム水溶液を用いることで200℃以下の処理でも、同様な変成が起きることが示された。さらには、塩を用いない従前の熱処理では、酸に不溶な成分の増加、すなわち熱処理により生成されるフラン化合物は多く見積もっても4%以下であったのに対して、本発明による塩化アンモニウム水溶液を用いた150~180℃の熱処理では、その増加率は10%以上に達することもあった。塩化アンモニウム水溶液を用いることで、加熱による分解が促進するとともに、フラン化合物への変成も促進することが示唆された。
【0029】
木材の主要成分(セルロース、ヘミセルロースとリグニン)中で、最も木材腐朽菌に抵抗性がある成分はリグニンであるが、本発明によるところの熱処理でセルロースの非晶領域やヘミセルロースから変成して生成される大量のフラン化合物はリグニン以上の抵抗性を示し、木材腐朽菌によって分解されないばかりか、それは抗菌性を示すと言われている。すなわち、木材成分の中で木材腐朽菌に弱いヘミセルロースやセルロースの非晶領域を分解すると同時に、それらから変成して得られるフラン化合物をできる限り多く生成させることは、木材の高耐久化に大変有効と言える。先に述べたとおり、従前の熱処理である特許文献2の方法で作製した熱処理木材で、JIS K 1571の基準を満たす耐朽性をスギ辺材に付与させるには、熱処理によりその重量を18%減じる必要があったのに対して、本発明では13%程度の重量減少で、同規格を満たす耐朽性が得られた。
また、オオウズラタケを用いた室内ビン試験による重量減少率を10%程度に抑えるには、従来の無機塩を用いない熱処理では13%の重量減少率が必要であったのに対して、本発明では10%程度の重量減少率で同等の耐朽性が発現することを見出した。
一方、後述するように、寸法安定性の付与に関しては、図2に示した従来の無機塩を用いないで熱処理を行ったときの重量減少率と膨潤率との関係とほぼ同じ結果が、濃度0.2~2.5%の塩化アンモニウム水溶液を含浸して、120~170℃で1~24時間、熱処理を行ったスギ辺材試験体でも得られている。
【0030】
先の特開2018-161802号公報に記載されている塩、たとえば、塩化マグネシウムや硫酸銅などの希薄な水溶液を含浸したスギ辺材にも同様の熱処理を行った後にクラーソン法による分析を行ったが、本発明による塩化アンモニウムを用いた熱処理のように、顕著なフラン化合物の増加は確認されなかった。
【0031】
以下、本発明により、実際に木材を処理する手順について説明する。
0.1~5%の濃度に調製を終えた塩化アンモニウム水溶液を木材に塗布、噴霧、含浸あるいは塩の水溶液中に浸漬して、木材中に浸透させる。このとき用いる塩化アンモニウム水溶液の濃度が0.1%未満では希薄すぎてその効果が期待できない。一方、濃度が5%よりも濃い塩化アンモニウム水溶液を用いても分解と変成を促進する効果が高まらないこと、あるいは処理後の木材中に塩化アンモニウムが残存してしまう恐れがあることは、研究の結果、明白である。
木材中に塩化アンモニウムの水溶液を確実に含浸させる方法としては、加圧式注入法が効果的である。その一例をあげると、ステンレス製の耐圧容器に処理を施すべき木材を入れ、浮かないように重石あるいはロープ等で縛って固定する。耐圧容器のふたを閉じ、真空ポンプで容器内を減圧にする。例えば50~100hPa程度の減圧状態を30分~4時間保つ。その後、耐圧容器内外の圧力差を利用して、塩化アンモニウム水溶液を容器内に注ぎ、さらに液送りポンプを利用するなどして、容器内をできる限り塩化アンモニウム水溶液で満たす。続いて、プランジャーポンプ等、耐圧のポンプを利用して、塩化アンモニウム水溶液を容器内に送り込むことで0.5~1.5MPaの加圧状態にして、その状態を1~24時間維持した後、解圧する。液送りポンプを逆回転して余剰の塩化アンモニウム水溶液を回収して、注入操作を終える。液回収後さらに、真空ポンプで減圧状態にして、木材中の永久空隙にある余剰の塩化アンモニウム水溶液を回収する操作を行うこともある。
【0032】
加圧式注入法の例をもう一つ示すと以下のようである。ステンレス製の箱型容器に処理を施すべき木材を入れ、浮かないように重石あるいはロープ等で縛って固定したのち、木材が塩化アンモニウム水溶液中に充分に浸かる程度に塩化アンモニウム水溶液を注ぐ。その後、箱型容器を耐圧容器内に入れ、耐圧容器のふたを閉じ、真空ポンプで容器内を減圧にする。例えば50~100hPa程度の減圧状態を30分~4時間保つ。その後、コンプレッサ等を利用して圧縮空気を耐圧容器内に入れることで0.5~1.5MPaの加圧状態にして、その状態を1~24時間維持した後、解圧する。塩化アンモニウム水溶液を回収後、あるいは液中から直接木材を取り出し、注入操作を終える。
【0033】
塩化アンモニウム水溶液を浸透した木材を一般的な木材乾燥法により乾燥させる。天然乾燥も手段の一つであるが、できる限り含水率が低い状態にして、この後に行う加熱処理工程に供した方が、作業効率が良いので、蒸気等を用いて行う人工乾燥がより望ましい。ここで、木材中に自由水がない状態か、それ以下にまで乾燥させておく。また、この乾燥工程とこの後に行う加熱工程を同一の装置を用いて行うことも可能である。
【0034】
加熱工程には、高温乾燥が可能な木材乾燥装置を用いることも可能であるし、過熱水蒸気や窒素ガス置換、あるいは真空かそれに近い状態を保つことが可能で、無酸素状態あるいは低酸素状態を作り出せる専用の熱処理装置を用いることも当然可能である。前述の乾燥工程を終えた被処理木材を装置内に入れ、120℃以上200℃以下、好ましくは140℃から180℃の環境下に一定時間、たとえば、1時間~72時間置き、木材の成分のうち、ヘミセルロースとセルロースの非晶領域の分解と変成を促す。200℃を超えると、前述したとおり、不活性ガスを充満させた状態で処理しないと発火の恐れがあり、一方、120℃未満では分解がほとんど生じない。不活性ガスを用いなくとも発火の恐れがなく、かつ分解が適度に進む温度域は140℃から180℃である。このとき生じる重量減少は耐朽性の発現を主たる目的とした場合、10%以上20%以下の範囲が望ましく、さらには12%以上15%以下がより好ましい。後に述べるように、塩化アンモニウムを用いた熱処理では一定の温度に到達後まもなく分解と変成が生じるが、処理を72時間以上行っても木材中の塩化アンモニウムが分解して消失した後は、その効果があまり期待できない。
また、寸法安定性の付与を主たる目的とした場合では、処理に伴う重量減少率は3%以上20%以下が望ましく、より好ましくは5%以上15%以下が望ましい。このとき、上限を設けたのは、処理に伴う木材の機械的性質の劣化を考えてのことである。
【0035】
塩化アンモニウム(和光純薬試薬特級)5mgを用いて、熱重量示差熱分析装置で、160℃一定、170℃一定及び、180℃一定として、その重量減少挙動を調べたところ、160℃では10時間、170℃では5時間、180℃では3時間で、供試したすべての塩化アンモニウムが分解、昇華することが明らかになった(図3参照)。
【0036】
処理を施すべき木材(試験体)には、気乾状態で接線方向(T)20mm×半径方向(R)20mm×長さ方向(L)10mmに切削加工したスギ辺材を105℃で全乾状態として、1試験条件当たり24体を用いた。
塩の水溶液として濃度0~2.5%の塩化アンモニウム水溶液を用いた。試験体をステンレス製のバットの中に入れ、ステンレス製の重石を乗せた後、上記塩化アンモニウム水溶液を充分量注ぎ、塩化アンモニウム水溶液中に沈めた。
そのバットを加圧式注入缶に入れ、真空ポンプで脱気して、およそ50hPaの減圧下に1時間、続いてコンプレッサを用いて1.3MPaの加圧下に2時間、さらに解圧後液中にて1昼夜置いた後、塩化アンモニウム水溶液中から試験体を取り出し、含浸量を測定した後、60℃の送風乾燥機中で1日間、続いて105℃に昇温して1日間乾燥させ、全乾状態とした。
全乾重量(W1)を測定した後、熱処理装置内に入れて過熱蒸気を満たし、材温が150℃、160℃、170℃と180℃になるように装置を調整して、24時間処理を行った。
その後、150℃以下になったときに取り出し、全乾状態での重量(W2)を測定した。熱処理に伴う重量減少率を式(W1-W2)/W1×100により求めた。
結果は図5に示すとおり、塩化アンモニウム水溶液を用いないで熱処理を行ったときの重量減少率が2~3%程度であったのに対して、塩化アンモニウム水溶液を用いることで明らかに重量減少率は高くなり、濃度1.5%以上の注入材を160~180℃で処理することにより、重量減少率12~15%を得ることができた。
さらに、同様の方法で濃度0.2~1.0%の塩化アンモニウム水溶液を含浸したスギ辺材を試験体として、170℃で24~72時間の熱処理を行ったときの処理時間と熱処理による重量減少率との関係を図6に示す。濃度1.0%注入材は24時間以内に塩化アンモニウムが作用する分解が速やかに進行し、処理時間をさらに延ばしてもそれ以上重量は減少しなかった。また、それより希薄な濃度0.2%、0.5%含浸材では、48時間まではある程度重量が減少するが、その後72時間まで処理を延長しても1%程度の重量減少率に止まり、72時間を超えて熱処理を行ってもそれ以上の重量減少は得られないことが示された。また、72時間熱処理を行った試験体中には塩化アンモニウムは存在せず、72時間以内に分解、昇華していることが明らかになった。
【0037】
上述した24時間の熱処理を行った24体の試験体のうち6体を粉砕して、冷水抽出後に、クラーソン法により酸不溶分の定量を行った。図7に示すように、塩化アンモニウム水溶液を用いない処理では、酸不溶分の増加は3%未満であったのに対して、塩化アンモニウム水溶液を用いたときには最大で10%以上の増加が認められた。
【0038】
上述した24体の試験体のうちの残余の18体を用いて室内ビン試験を実施した(オオウズラタケ、カワラタケ用にそれぞれ9体ずつ)。室内ビン試験後の重量減少率を図8に示す。カワラタケには、塩化アンモニウム水溶液の濃度が1.5%以上で処理した試験体のみを用いたところ、無処理試験体では44%の重量減少があったのに対して、熱処理を行った試験体の重量減少率はいずれの条件でも0.5%未満であり、カワラタケに対して高い耐朽性が付与されていることが分かった。
この結果を図5と併せてみると、カワラタケに対しては、熱処理に伴う重量減少率が概ね10%以上あれば、JIS K 1571に規定されている性能基準「木材腐朽菌の分解による重量減少率が3%以下」を満たした。特許文献2に従って熱処理をしたときには15%程度の重量減少率が必要であり、塩化アンモニウムを用いた熱処理では、それを用いないときよりも熱処理に伴う重量減少率が5%程度低い領域で高い耐朽性が発現した。
一方、オオウズラタケに対しては、無処理試験体では55%を超える重量減少率があったのに対して、150~160℃の熱処理では濃度2.5%の塩化アンモニウム水溶液の含浸で、170~180℃の熱処理では濃度1.5%の含浸材で性能基準を満たす充分な耐朽性の発現を見た。この結果と図5の結果を併せると、熱処理による重量減少率が13%以上あれば確実に、オオウズラタケに対する高い耐朽性が発現することが確認できる。特許文献2に従って熱処理をしたときには18%程度の重量減少率が必要であり、オオウズラタケに関しても、熱処理に伴う重量減少率を5%程度低減することができた。このように、希薄な塩化アンモニウム水溶液を用いることで、木材の重量減少率が小さいところ、換言すれば木材の熱による劣化が小さいところで耐朽性が発現した。
【0039】
断面寸法が30mm角で長さ70mmのスギ辺材試験体を用い、それに対して濃度1.5~2.5%の塩化アンモニウム水溶液を加圧式注入法で含浸した後、105℃での乾燥を経て、170℃で24時間の熱処理を行い、重量減少率の測定とともに、表面及び断面の目視観察と触診を行った。
その結果、熱処理に伴う重量減少率は15%程度であり、目視や触診では特に脆弱化した層は見られなかった。中心付近を切断して中心部と表面付近の差を目視により観察した結果、中心部と表層との材色の差は軽微であり、ほぼ均一に熱処理ができていることが分かった(図9参照)。
【0040】
α-セルロース99%以上のろ紙を濃度2.5%の塩化アンモニウム水溶液中に浸した後、軽くろ紙表面をぬぐい余剰の液を除き、105℃での乾燥を経て、一般的な送風乾燥機を用いて、170℃で2時間の熱処理を行った。その際の重量減少率はおよそ8%であった。同じろ紙を塩化アンモニウム水溶液に浸さないでそのまま170℃で2時間加熱したときの重量減少率は1%程度であり、塩化アンモニウム水溶液を用いることで、熱分解が進んでいることが明らかになった。また、それをクラーソン法により分析した結果、酸不溶分は7%であった。本来、セルロースは酸可溶である。セルロースろ紙のクラーソン法による酸不溶分は1%未満であり、セルロースからも熱処理による分解によって酸に不溶となる成分が相当量生成することが分かった。その不溶物はFT-IRによる分析の結果、フラン化合物であることが示唆された。
【0041】
塩化アンモニウム水溶液による木材の熱による分解と変成について、詳細な検討を実施するなかで、濃度2.5%の塩化アンモニウム水溶液を含浸したスギ辺材と含浸していないスギ辺材を試験体として行った熱重量示差熱分析の結果を図10に示す。この図は、温度を室温から10℃/minの速度で500℃まで昇温したときの試験体の重量減少と温度との関係を示している。
その結果、塩化アンモニウム水溶液を含浸した試験体は、含浸していない試験体ではまだほとんど熱分解が生じない150~200℃の領域で、ヘミセルロースと、セルロースの一部(非晶領域)の分解に由来すると考えられる重量減少が見られた。一方で、セルロースの大部分を占める結晶領域やリグニンは、含浸していない試験体と同様に、この温度領域では分解されない。また、塩化アンモニウムにより促進される熱分解は、木材腐朽菌により、容易に分解されるヘミセルロース及びセルロースの非結晶領域に限られるという特徴がある。このことは、熱処理による重量減少の小さい温度領域でも耐朽性が発現する一因となっていることを示唆している。
一方、後述する先の特開2018-161802号公報に記載されている塩化マグネシウム、硫酸アンモニウム並びにそれらと同様に、木材の熱分解を促進させる可能性があるリン酸アンモニウムについては、ヘミセルロース及びセルロース全体の熱分解を促進させており、木材の耐朽性付与には、相当な熱劣化を伴う恐れがあった。
【0042】
先の特開2018-161802号公報に具体的な名称が記載されている塩化マグネシウム、硫酸アンモニウム並びにそれらと同様に、木材の熱分解を促進させる可能性があるリン酸アンモニウムについて、熱重量示差熱分析装置にて、昇温速度10℃/minで室温から500℃まで昇温させて熱分解による重量減少を調べた。その結果を図11に示す。500℃まで昇温してもリン酸アンモニウムは30%程度、塩化マグネシウムについては70%程度の重量減少に留まり、薬剤全てが分解、昇華して消失することはなかった。また硫酸アンモニウムについては全てが昇華したものの、その温度域は塩化アンモニウムに比べ、はるかに高い温度であった。一方の塩化アンモニウムは、120℃付近から分解が始まり、275℃付近で完全に分解した。
図12は、濃度0~5.0%の塩化アンモニウム水溶液をα-セルロース99%以上のろ紙に含浸させた後、軽くろ紙表面を拭い余剰の液を除き、送風乾燥機を用いて105℃で乾燥させたものを、熱重量示差熱分析装置を用いて昇温速度10℃/minで室温から275℃まで昇温させたときの275℃におけるろ紙自体の重量減少率を示す。この結果からみて、5.0%を超える濃度の塩化アンモニウムを含浸してもそれ以上の分解を促進する効果は得られないことが分かった。
【0043】
処理を施すべき木材(試験体)には、気乾状態で接線方向(T)20mm×半径方向(R)20mm×長さ方向(L)10mmに切削加工したスギ辺材を105℃で全乾状態としたものを用いた。
塩の水溶液として濃度0~2.5%の塩化アンモニウム水溶液を用いた。試験体をステンレス製のバットの中に入れ、ステンレス製の重石を乗せた後、上記塩化アンモニウム水溶液を充分量注ぎ、塩化アンモニウム水溶液中に沈めた。
そのバットを加圧式注入缶に入れ、真空ポンプで脱気して、およそ50hPaの減圧下に1時間、続いてコンプレッサを用いて1.3MPaの加圧下に2時間、さらに解圧後液中にて1昼夜置いた後、塩化アンモニウム水溶液中から試験体を取り出し、含浸量を測定した後、60℃の送風乾燥機中で1日間、続いて105℃に昇温して1日間乾燥させ、全乾状態とした。
このように調製した塩化アンモニウム含浸試験体及び、同様の方法で塩化マグネシウム水溶液(濃度0~1.0%)を含浸処理した試験体を、180℃で過熱蒸気処理を行ったときの濃度と重量減少率の関係を図13に示す。両者とも、濃度が高くなるに従い重量減少率は大きくなった。また、それぞれの濃度における重量減少率は両者とも同程度であり、熱分解は同等に生じていた。
【0044】
上述の24時間の過熱蒸気処理を行った試験体のうち、塩化アンモニウム水溶液の濃度が0.2~1.0%、熱処理温度が160℃で、熱処理に伴う重量減少率が3~10%の範囲にある試験体及び、対照材として無処理のスギ辺材を用いて、飽水状態での膨潤率を求めた。膨潤率を求めた試験体の熱処理による重量減少率は図5に示すとおり、それぞれ濃度0.2%の水溶液では約4%、0.5%で6%、1.0%で9%であった。その結果、無処理のスギ材の木口面での膨潤率がおよそ10%であったのに対して、熱処理に伴う重量減少率が4%、7%並びに9%の試験体の膨潤率はそれぞれ、5.0%、4.7%と4.5%となり、実用上十分な寸法安定効果が得られた。
【0045】
なお、上述の例(濃度0.2%の注入材を160℃、24時間熱処理)以外に、熱処理による重量減少率が3~5%を満たす条件の一例を示すと、接線方向(T)30mm×半径方向(R)30mm×長さ方向(L)6mmに切削加工したスギ辺材では、濃度0.2%の塩化アンモニウム水溶液を含浸後に、170℃で4時間、0.5%、170℃で1時間、2.5%、140℃で1時間、2.0%、120℃で24時間などであった(表1参照)。
ここで、表1の実験を行った目的と方法について説明する。この試験以外の木材試験体を用いた熱処理は酸素が存在しない過熱水蒸気充填下で行った。その理由は熱処理時に試験体が燃え、火災になることを危惧したからである。しかし、図4から明らかなように、塩化アンモニウムを用いた場合、200℃以下の加熱では熱分解による発熱が生じていなかったため、当実験は、安全面を確保しながら、送風式の乾燥機を用いて酸素が存在する大気中で加熱を行い、発火しないことを確かめることを第一の目的とした。試験体は前記載のとおりの寸法のスギ辺材を1条件当たり4体用いた。含浸に供した塩化アンモニウムの濃度は0~2.5%とした。加熱温度は120℃、140℃と170℃として、1~24時間加熱した。
当実験の第二の目的は、用いる水溶液の濃度の下限値、並びに温度の下限値を、処理に伴う重量減少という観点から求めることであった。
その結果、大気中での加熱であっても発火しないことが確かめられたほか、1~4時間という極めて短時間の処理でも、寸法安定性が発現するには十分な重量減少率が得られること、さらには塩化アンモニウムの濃度によっては耐朽性が発現する領域に達する重量減少になることが分かった。以上のように、加熱後、極めて短時間で木材成分の分解と変成が進むこと、120℃は分解と変成が進む下限値であることが明らかになった。
表1記載の塩化アンモニウム水溶液を含浸後に、大気中で熱処理をした試験体を用いて、大気中での熱処理による寸法安定効果の確認試験を行った。熱処理試験体と一切処理を行っていない無処理試験体について、全乾状態での半径方向(R)と接線方向(T)の寸法をデジタルノギスで測定した後、脱イオン水中に沈めて、50hPa以下の減圧下に2時間、常圧に戻して水中で24時間静置し、飽水状態とした。水中から取り出した試験体の表面をペーパータオルで軽く拭き取った後、半径方向(R)と接線方向(T)の寸法を測定して、それらの値から木口面積での全膨潤率を算出した。図14には熱処理に伴って生じる重量減少率と、無処理スギ材並びに熱処理スギ材の木口面の膨潤率との関係を示す。膨潤率を求める条件は若干異なるものの、図2に示した塩を用いないで200℃以上の温度で過熱蒸気を用いた熱処理を行った結果と、当図の結果は非常に似ている。無処理試験体で10%余りあった膨潤率は、熱処理に伴う重量減少率が3%程度で、6~7%に、重量減少率が5%になると、膨潤率は5%程度にまで抑制できている。
【0046】
【表1】
【0047】
段落番号0043に記載の塩化アンモニウム及び塩化マグネシウム水溶液を含浸後、180℃で過熱蒸気を用いて行った熱処理試験体を粉砕後、冷水抽出を行った後に、クラーソン法による酸不溶分の定量を行った。それぞれの濃度における酸不溶分率を図15に示す。過熱蒸気処理による重量減少率は塩化アンモニウム及び塩化マグネシウム共に同程度の結果であった(図13参照)が、塩化アンモニウム処理材は濃度が高くなるに従って酸不溶分が増加しているのに対し、塩化マグネシウム処理材はほとんど増加がみられなかった。
【0048】
上述の180℃で過熱蒸気処理を行った試験体に耐候操作を行った後にオオウズラタケを用いて室内ビン試験を行った。それぞれの濃度における室内ビン試験での重量減少率を図16に示す。上述したように、過熱蒸気処理による重量減少率は塩化アンモニウム及び塩化マグネシウム共に同程度の結果であったが、室内ビン試験の結果は大きな差がみられ、塩化マグネシウムを用いた処理材の方が明らかに高い耐朽性を示した。それは高い濃度で処理したものほど顕著であった。
【0049】
断面寸法が30mm角で長さ70mmのスギ辺材試験体に対して、濃度1.5~2.5%の硫酸アンモニウム水溶液及びリン酸アンモニウム水溶液を含浸後に170℃で24時間の過熱蒸気処理を行ったときの試験体の断面写真を図17に示す。図9で示したとおり、塩化アンモニウム水溶液を含浸した後に熱処理したものは処理ムラが生じていないのに対し、硫酸アンモニウム水溶液及びリン酸アンモニウム水溶液を含浸した後に熱処理したものについては試験材の内外で大きく処理ムラが生じていることが明らかになった。
【0050】
濃度2.5%の塩化アンモニウム水溶液、硫酸アンモニウム水溶液及びリン酸アンモニウム水溶液をα-セルロース99%以上のろ紙に含浸させた後、軽くろ紙表面をぬぐい余剰の液を除き、送風乾燥機を用いて105℃で乾燥させたものを、重量示差熱分析装置を用いて昇温速度10℃/minで室温から500℃まで昇温させたときの重量減少挙動を図18に示す。
塩化アンモニウム水溶液では180℃付近からセルロースの非晶領域を選択的に分解させる一方で、セルロースの結晶領域は無処理のろ紙とほぼ同じ温度領域まで分解されないのに対して、硫酸アンモニウム水溶液及びリン酸アンモニウム水溶液では、分解開始温度がより高温であり、かつ、一旦分解を始めると、結晶領域を含むセルロース全体を一様に分解していた。
【0051】
リン酸アンモニウム及び硫酸アンモニウムの濃度2.5%水溶液を含浸したスギ辺材試験体を供試材、同濃度の塩化アンモニウム水溶液を含浸した試験体を対照材として、熱重量示差熱分析を実施した。結果を図19に示す。
温度を室温から10℃/minの速度で500℃まで昇温し、その重量減少と温度との関係を調べた。その結果、塩化アンモニウム処理材については150℃を超えた付近からヘミセルロースと、セルロースの一部(非晶領域)の分解に由来すると考えられる重量減少が見られた一方で、リン酸アンモニウム及び硫酸アンモニウムは分解開始温度がそれよりも高温で、かつ分解が始まると選択的な分解ではなく、ヘミセルロースやセルロースの非晶領域のみならず、セルロースの結晶領域をも含め一様に分解していることが示唆された。
【0052】
以上述べてきたように塩化アンモニウムは、200℃以下の温度でそのすべてが分解、昇華する。塩化アンモニウムのような200℃以下ですべてが分解、昇華する塩を用いて、140~180℃で熱処理をすることで、均一な分解と変成が可能になり、かつ、加熱による重量減少が従前の技術を用いたときよりも少ない、すなわち熱劣化が小さい領域で、木材に寸法安定性及び高い耐久性、特に耐朽性を付与する効果が認められた。
【0053】
なお、上述した説明では、塩化アンモニウム水溶液等をスギ辺材試験体に含浸した実験のみを例として挙げたが、含浸ではなく、スギ辺材試験体に塗布、噴霧或いは浸漬したものであっても同様の効果を奏することは言うまでもない。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19