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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022131794
(43)【公開日】2022-09-07
(54)【発明の名称】糸条の振り落とし方法
(51)【国際特許分類】
   D01D 5/06 20060101AFI20220831BHJP
   D01F 2/00 20060101ALI20220831BHJP
   D01F 6/60 20060101ALI20220831BHJP
   D01F 6/74 20060101ALI20220831BHJP
   D04H 3/009 20120101ALI20220831BHJP
   D04H 3/013 20120101ALI20220831BHJP
   D04H 3/037 20120101ALI20220831BHJP
【FI】
D01D5/06 105A
D01F2/00 Z
D01F6/60 371F
D01F6/74 Z
D04H3/009
D04H3/013
D04H3/037
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021030927
(22)【出願日】2021-02-26
(71)【出願人】
【識別番号】000103622
【氏名又は名称】オーミケンシ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141586
【弁理士】
【氏名又は名称】沖中 仁
(74)【代理人】
【識別番号】100102211
【弁理士】
【氏名又は名称】森 治
(72)【発明者】
【氏名】磯島 康之
(72)【発明者】
【氏名】梶田 秀樹
(72)【発明者】
【氏名】岡林 太志
【テーマコード(参考)】
4L035
4L045
4L047
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035BB03
4L035BB64
4L035CC05
4L035CC13
4L035FF05
4L045AA02
4L045BA03
4L045DA08
4L045DA27
4L045DA45
4L047AA12
4L047AA24
4L047AA26
4L047AB03
4L047EA06
(57)【要約】
【課題】繊維構造が剛直で固い繊維糸条に対して、かつ高速紡糸において、糸条体の振り落としが前後左右に可能に乱れることなく、捕集体上に緊密かつ整然と糸シートとして形成することができる糸条の振り落とし方法を提供すること。
【解決手段】マルチフィラメント糸条を紡糸し、凝固再生処理を実質的に完了した後、トラバース運動を伴った流体ジェットにより糸条を牽引、前進させ、流体ジェットの吹出口からの流体速度が糸速を実質的に維持する間の距離において捕集装置面上で捕集堆積させ、該捕集装置は流体通過性の構造とし、捕集面背面に流体吸引装置による流体吸引回収機構を設けることによって糸シートを緊密かつ乱れなく集積する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人造繊維を製造する過程におけるマルチフィラメント糸条の振り落とし方法において、マルチフィラメント糸条を紡糸し、凝固再生処理を実質的に完了した後、トラバース運動を伴った流体ジェットにより糸条を牽引、前進させ、流体ジェットの吹出口からの流体速度が糸速を実質的に維持する間の距離において捕集装置面上で捕集堆積させ、該捕集装置は流体通過性の構造とし、捕集面背面に流体吸引装置による流体吸引回収機構を設けることによって糸シートを緊密かつ乱れなく集積することを特徴とする糸条の振り落とし方法。
【請求項2】
前記マルチフィラメント糸条が、溶剤法セルロース繊維糸条であることを特徴とする請求項1に記載の糸条の振り落とし方法。
【請求項3】
前記マルチフィラメント糸条が、パラフェニレンアラミド繊維糸条であることを特徴とする請求項1に記載の糸条の振り落とし方法。
【請求項4】
前記マルチフィラメント糸条が、ポリベンザゾール繊維糸条であることを特徴とする請求項1に記載の糸条の振り落とし方法。
【請求項5】
前記流体ジェットが、圧縮空気であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の糸条の振り落とし方法。
【請求項6】
前記流体ジェットが、過熱水蒸気であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の糸条の振り落とし方法。
【請求項7】
前記流体ジェットが、非圧縮性の媒体液であることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の糸条の振り落とし方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人造繊維を製造するために用いられる湿式紡糸方法に関するものである。さらに詳しくは、人造繊維を製造する過程におけるマルチフィラメント糸条の振り落とし方法に関するもので、特に、高強度・高剛性の繊維がもつ固くて折り畳みしにくい性質をもつ糸条に対する振り落とし性を改善する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来から高強度、高弾性を有する繊維に関しては、その製造方法として湿式紡糸法が主に用いられている。例えば、パラフェニレンアラミド繊維、ポリベンザゾール繊維、溶剤法セルロース繊維など、高強度、高弾性の繊維は、その繊維構造が剛直であることに関係して高い耐溶融性をもつことを特徴としている。その反面、その製造方法として溶融紡糸法を採用ことができない。
したがって、これらの繊維製造工程においては湿式紡糸法が主に用いられている(例えば、特許文献1~2参照。)。
【0003】
これらの繊維に共通している製法は、繊維を形成するポリマーを溶媒に溶解させて紡糸原液ドープ液を調整する工程、その原液ドープ液から湿式又はエアギャップ式によって紡糸する工程、さらにそのようにして得られた糸条を精練し、乾燥する工程からなっている。
いずれの繊維であっても、凝固性又は非凝固性媒体中(エアギャップ式の場合は空気中)に紡出することによって繊維糸条の形成がなされる。そして、この繊維の形成過程において、延伸細化を起こさせるとともに凝固、再生処理を行い、その後、繊維を形成するポリマーを溶解させるために用いている溶媒などの非繊維成分を除去するための精練処理を行い、続いて、乾燥させる工程を必須としている。
【0004】
一方、工業的な繊維製造の実施態様においては、製造コスト低減の面から紡糸速度を高速化することが求められており、かつ、それに伴い、精練・乾燥以降の処理の高速対応も求められている。これらの課題に応えるための湿式紡糸装置は、例えば、図1に示す構成からなり、以下の工程で人造繊維を製造するようにしている。
【0005】
その概要を説明すると以下のとおりとなる。
1.ドープ1を金属製の網からなる濾材を通過させ、2軸混練と脱泡を行った後、昇圧させ、ドープ温度を高温に保った状態で多数の細孔が穿設された紡糸口金2から紡出する。2.紡出したドープ1は、紡糸口金2の下方に設けられた流動浴を施すドローゾーンを構成するクエンチチャンバ(エアギャップ紡糸の場合)4を経て、所定の温度にまで冷却された後、凝固浴5に導入される。
3.凝固浴5を通過したマルチフィラメントからなる糸条体3は、水等による再生浴(13)へ導かれる。この再生工程は、繊維中に存在する溶媒を脱溶媒する工程である。その後、張力をかけた状態で、複数の絞りローラ6によって余剰液の絞りを行う。
4.その後、再生工程を通過した糸条体3は、一対の振り落としローラ7及びトラバース7aを介して、第1コンベア8上に載置される。さらに、第1コンベア8と走行方向が逆の第2コンベア9上に糸条体3を反転させて載置するようにする。
5.第2コンベア9は、一定速度で駆動するようにし、第2コンベア9の上方に水噴射装置からなる精練装置10を設けた精練工程(洗浄部14)及び乾燥装置11を設けた乾燥工程を経た後、巻取機12で糸条体3を巻き取る。
ここで、第1コンベア8及び第2コンベア9は、精練工程及び乾燥工程での通液性及び通気性を良好にする観点から、網体や多孔板を用いるようにしている。
【0006】
この凝固再生浴工程と精練工程の間にあって、直線状に進行する繊維糸条を捕集装置面上にシート状になるように折り畳み、糸シートとして堆積させる工程がある。これを振込部と呼んでおり、その操作を振込操作又は振り落とし操作と呼んでいる。
この操作は上記1.~5.の工程における重要ポイントになっており、その良し悪しがその後の工程における精練性、乾燥性、解舒性に大きな影響を与える重要管理ポイントとなっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭59-1557316号公報
【特許文献2】特開2001-49527号公報
【特許文献3】特公昭47-29926号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、前記4.項に記載した直線状に振り落とされる繊維糸条を捕集装置上でシート状に折り畳み、糸シートとして堆積させる工程に関係する。
【0009】
ところで、糸条を捕集装置に振り落とすに当たって、糸条が柔軟な性質をもつ糸条の場合は、大きな問題は起こらないが、固い性質をもつ糸条の場合は、通称暴れ落ち(前後左右に過剰に揺動しながら振り落ちる現象)と呼ばれる現象が起こる。その結果として糸シートの形成に乱れが発生するという問題が起こる。
一般的に、振り落とし操作は、図1に示すように、一対の振り落としローラ7を、相対配置し、糸条をその間の間隙を通過させることによって振り落とす方法が汎用されている。ローラ7間で把持し噛み合わせることによって糸条を前進させ、ローラの離反点で糸条をその自重によって振り落とすようにしている。
【0010】
このとき、糸条が柔らかくて柔軟性がある場合はスムースな振り落としが行われ、捕集装置上に堆積する繊維は緊密かつ整然とした均一な形の糸シートが形成される。
捕集装置上に堆積する糸シートはトラバース幅に従った整然とかつ緊密な状態で堆積された後、第1コンベアから第2コンベアへの反転移載が行われ、かつ両コンベアでサンドウィッチされた状態で精練以降の工程に進む。
このように捕集装置上に糸条をシート状に、かつその糸シートは緊密、整然と堆積された形の糸シートを形成させることが当該プロセスのポイントである。
【0011】
この堆積状況は、その後の精練性、乾燥性、解舒性、巻取性に大きく影響を与えるため重要な工程管理要因となる。これを糸シートフォーメーションと呼ぶが、この良し悪しは精練部であればシート乱れ、精練液の原単位に関係し、乾燥部であればシート飛散や乾燥斑、乾燥源である蒸気や電力の原単位悪化に関係する。解舒部においても隣接錘の糸シートに対する共連れ、ループ切断などに大きな影響を与える。
【0012】
以下、対比例のあるセルロース繊維を例にとって説明する。
一般のビスコース法やキュプラ法(例えば、特許文献3参照。)によって生成する糸条の場合は、上記の方法で大きな問題は生じることはない。
しかし、溶剤法セルロース繊維の場合は、振込部において糸条の振り落ち性に問題が生じるようになる。
【0013】
同じセルロース繊維でも溶剤法による場合は、凝固段階で糸が剛直な繊維構造を形成する。そのため、高強度、高弾性の糸条が凝固再生段階で得ることができるが、逆にそのよ
うな性質を獲得した結果として、糸の固さが固く、その糸の固さゆえ、糸の振り落としがスムースに行われず、前後左右に暴れた状態で落下堆積する。
【0014】
このため堆積コンベア上で糸シートを緊密かつ整然と積層された形に形成することが困難である。このような状態を糸シートフォーメーションが悪いと言う。
シートフォーメーションが悪いと、隣接錘の糸シートに絡み合ったり、オーバーラップして、共連れなどの現象を引き起こし、精練・乾燥後の糸条の解舒性を阻害する。また、精練性自体を悪くし、精練液の原単位を悪化させる。これは工業的には極めて深刻なダメージを与える現象である。
同様な現象は、剛直な繊維構造を有するパラフェニレンアラミド繊維、ポリベンザゾール繊維などにおいても共通的に見られる。
【0015】
本発明は、高強度・高剛性の繊維がもつ固くて折り畳みしにくい性質をもつ糸条に対する振り落とし性を改善し、繊維構造が剛直で固い繊維糸条に対して、かつ高速紡糸において、糸条体の振り落としが前後左右に可能に乱れることなく、捕集体上に緊密かつ整然と糸シートとして形成することができる糸条の振り落とし方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するために、本発明は、マルチフィラメント糸条を紡糸し、凝固再生処理を実質的に完了した後、トラバース運動を伴った流体ジェットにより糸条を牽引し前進させ、流体ジェットの吹出口からの流体速度が糸速を実質的に維持する間の距離において捕集装置面上で捕集堆積させ、該捕集装置は流体通過性の構造とし、捕集面背面に流体吸引装置による流体吸引回収機構を設けることによって糸シートを緊密かつ乱れなく集積することを特徴とする糸条振り落とし方法を提供する。
【0017】
本発明に適用される繊維糸条としては、溶剤法セルロースのみならず、パラフェニレンアラミド繊維、ポリベンザゾール繊維など、高強度、高弾性であって、かつその繊維構造が剛直であり耐溶融性を具備する繊維糸条に対しても好適に適用できる。
【0018】
また、前記流体ジェットのジェット流体は、圧縮空気であることが望ましい。
また、ジェットの流体媒体は、繊維構造に弛緩を与えて糸条の固さをより緩和させるために過熱水蒸気であってもよい。
前記流体ジェットは、非圧縮性の流体液であることができる。糸速が高速になった場合や糸束が高繊度になった場合などに有利に適用することができる。
【発明の効果】
【0019】
本発明方法によれば、パラフェニレンアラミド繊維、ポリベンザゾール繊維、溶剤法セルロース繊維など、固さのある折れ曲がりにくい特徴をもつ繊維糸条をコンベア上に堆積するに当たって、糸シートの整然性、緊密性を確保することに効果をもたらす。
糸シートの形成に当たって、随伴液の自重によるだけでなく、流体ジェットによる前進力、短い飛翔距離などの効果が相俟って、振り落とし糸条の前後左右への揺動が抑えられ、その結果トラバース装置の動きに従動したシートフォーメーションを形成することができる。
その結果、その後の精練工程や乾燥工程において精練効率や乾燥効率を向上させることにつながる。
精練工程においてはその精練液の原単位を半減以上のレベルに向上させることが確認できる。乾燥工程においても同様な効果を確認することができる。この結果、プロセスのエネルギ原単位を格段に向上させることができ、省エネプロセスとしての効果を高めることができる。
また、隣接錘との間の渡り糸による接合トラブルを回避し、解舒工程の段階で糸シートのスムースな解舒に大きく奏功することができる。
整然とした糸シートの形成は糸シート間の間隙距離の最小化に寄与することから、設備生産性の向上にも大きく寄与することにつながる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の糸条の振り落とし方法に関わる技術を示す説明図である。
図2】本発明の糸条の振り落とし方法に用いる流体ジェットノズルの一例を示す説明図である。
図3】本発明の糸条の振り落とし方法に用いる流体ジェットノズルに関して、流体ジェットの糸通路と流体流路の違いを模式的に示す説明図である。
図4】本発明の糸条の振り落とし方法に用いる流体ジェットノズルの一例を示す説明図である。
図5】本発明の糸条の振り落とし方法における流体ジェット、振込ディスタンスと捕集コンベア、吸引ボックスの糸関係を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の人造繊維製造用湿式紡糸装置の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0022】
ところで、上記従来の湿式紡糸装置において、振り落としローラ7には、前記したように特殊な構造の一対のロールが用いられている。
この形状的特徴と位置関係において、振り落としローラ7と振り落としの受け皿となる捕集装置との間には一定の距離が生じる。
振り落とされた繊維シートの堆積具合は高い整然性と緊密性が必要とされる。これを実現するための課題はシートフォーメーション課題と呼ばれる。
ビスコース法やキュプラ法のような比較的柔らかいセルロース繊維ではこのシートフォーメーションの問題が顕在化することはないが、固い繊維においては、繊維がいわば繊維状というより針金状に近い状態となり、振り落とし過程で前後左右に大きく揺動しながら振り落ちることが観察される。
固い繊維か柔軟な繊維かは、マルチフィラメント糸の束を湿潤された状態で立てたときの繊維束自身の倒れやすさ、曲がりやすさによって分類することができる。固い繊維は曲がりにくく、倒れにくい。湿潤糸条の自己屈曲する性質の程度を表している。
【0023】
糸シートは、通常トラバース装置の振りと捕集装置の進行により形成される。糸条自体はトラバース装置による左右への揺動はあるが、糸の固さゆえ前後方向への揺動や左右方向への過剰な揺動による振り落ちが生じる。
糸条が柔軟な性質を有しておれば、糸シートはトラバースの振りにほぼ従った動きをするため整然とした緊密なシートが形成されることが分かった。
【0024】
そこで本発明者らは、固い繊維の場合、振り落とし装置の糸離点と捕集装置表面の糸シートの形成地点との距離(振込ディスタンス)、糸条の速度などに注目して検討した結果、本発明に到達した。
【0025】
流体ジェットの一例を図2に示す。
図2において、21はノズル本体、22は糸条導入管、23は加速管、24は流体供給口を示している。
図示の流体ジェットにおいて、加速管23はノズル本体に比べて一定の長さを有しているが、加速管自体は必須のものではなく、条件によってはなくてもよい。
湿式紡糸においては、糸条自体は凝固再生液体を伴う含液湿潤状態であるので、糸条の通路部が長いと管壁との接触抵抗により糸条は減速され、管内で実質的なオーバーフィー
ド状態が形成されることになる。このため糸条は交絡や嵩高な縺れを生じることになる。それによる集束性は後工程や用途分野の加工工程で好都合な場合もあるが、不都合な場合もあるので、目的によって調整する必要がある。糸条に集束性が望まれる場合はある一定の長さの加速管を設け、望まれない場合は、加速管はなくてよい。
流体ジェット媒体の圧力は糸速によって変える必要がある。また、圧縮性流体と非圧縮性流体では異なり、各々の適性条件を選定する必要がある。
【0026】
流体による糸条の牽引力は、圧縮性流体と非圧縮性流体によって異なる。圧縮性流体の場合は糸速の5倍程度が必要である。非圧縮性流体の場合は約2倍程度の流速が必要である。
紡糸速度200m/minの場合、圧縮性流体の場合は200×5=1,000m/minの流速が必要である。これは空気風速として換算すると17m/secとなる。紡糸速度が1,000m/minの場合、圧縮性流体の場合は1,000×5=5,000m/minの流速が必要である。これは空気風速に換算すると83m/secとなる。
圧縮性流体、例えば、水の場合、紡糸速度200m/minの場合、200×2=400m/minの流速が必要である。これは圧力と液速の関係式から、6.7=14×ΔP1/2から、ΔP=0.28kg/cmとなる。同様に紡糸速度1,000m/minの場合、200×2=400m/minの流速が必要となる。
圧縮性流体、非圧縮性流体のいずれの場合においても適切な牽引速度をもつ流体条件を具現する必要があることは言うまでもない。
【0027】
流体ジェットの前にフィードロールを設けている場合は、流体ジェットによる糸条の牽引速度はその速度を上回る必要がある。その場合、圧力とテンションの関係を確認しながら噴射速度を決める必要がある。
ジェットによって発生する糸条の牽引テンションはデニールあたり0.01gのオーダである。糸条テンションとしては、凝固時の紡糸張力に比べると低いテンションである。
圧力が下がって速度が下がれば供給ロールに巻きつく。つまり、「供給ロールへ巻きつこうとする力<ジェットによって引き離そうとする力」の場合、テンションが発生するが、「供給ロールへ巻きつこうとする力>ジェットによって引き離そうとする力」の場合、供給ロールに巻きつくことになる。この臨界圧力、臨界速度、糸テンションを確認しておく必要がある。
【0028】
図3は、ジェットノズルの糸条導入路(糸条導入口33)とエアジェットの圧縮エアの導入路(流体導入口34)の位置関係を示す。
図3に示すように、糸条導入路と流体導入路の合流点31の場合(両者が近接している場合)は、噴出糸の直進性が低く、糸条導入路と流体導入路の合流点32の場合(両者の間に距離がある場合)は、糸条の直進性が高くなる。
湿潤糸が長い直管で管壁接触により糸条搬送にブレーキがかかることによって実質的なオーバーフィード状態となる。非接触搬送を目的とするなら、付着液はできる限り絞り、ノズルの長さは短く、管径は小さく、非接触型にすることが望ましい。糸の前進推進のためには糸とエアとの合流が飛翔口の奥手にあるより飛翔口側のあることが好ましく、そのような構造が糸の直線飛翔に好適である。
【0029】
圧縮空気の適正な圧力条件は牽引されている糸条のジェット入口テンションを計測することで明確になる。ポイントはここの糸条テンションであるが、デニールあたり0.01g程度と低い。しかしそれで牽引可能ということである。
凝固時の紡糸張力と比べると、振込時のテンションは1/10以下である。
ビスコース法による典型的な紡糸方法であるセントル紡糸では、内層巻取テンションはデニールあたり0.01g以下であることからデニールあたり0.01g程度の牽引テンションを生じれば問題ない。
エアジェットは、糸条に前進のための牽引力を与えるが、ジェット装置を通過した以降は随伴液を含んだ糸の自重による振り落とし機構にゆだねて捕集装置上に糸シート形状に振り込まれる。
【0030】
振込ディスタンスは短い距離でよい。流体は広がらず速度を保持したままネット捕集されるのが好ましい。
前述したように糸の振込のための前進搬送力は、本来随伴液を含んだ糸条の自重落下による。その力に対してブレーキがかからないことが条件である。
【0031】
トラバース運動とは、捕集装置の進行方向に対して直角方向に糸条を反復揺動させる機構であり、シートフォーメーション上、不可欠の機構である。ジェットノズル自体をトラバース機構の上に搭載することによって達成される。
【0032】
捕集装置表面は一部の低速条件の場合を除いて流体通過性であることが好ましい。紡糸速度やジェット速度が低速の場合は流体通過性を必要としない場合もあるが、工業的に採用しうる生産条件における好適な捕集面構造はネットである。ネットのメッシュ、線径、それに基づく空隙率は、糸条の速度(紡糸速度)や繊度(デニール/デシテックス)によって変わるので、それらに応じて最適条件を選ぶ必要がある。
【0033】
捕集装置は流体通過性が望ましく、そのためにはネットやパンチングシートのような多孔形状をしたものが望ましい。
また、捕集装置の下面には吸引装置を配置し吸引構造としておく。そうすることで捕集に当たって糸シート形成をスムースに行い、かつ捕集面に密接して堆積するようになる。また、糸条搬送後の流体飛散によって糸シートが乱れないようにすることにも役立つ。糸シートは、第1コンベア8から第2コンベア9に移載するときに反転するが、その際のシート崩れを防止するので、その後の精練液の強い流れに対する糸シート崩れに対しても強い抵抗性を示す。
【0034】
流体ジェットの吹出面と着地面である捕集装置表面の距離を振込ディスタンスと呼び、これは重要な工程要因である。該ディスタンスは剛直な繊維であるのでその振り落としにおける揺動範囲をトラバースによる揺動範囲に限定するために短く設定することが好ましい。ディスタンスの設定には2つの要素が緊密に関係する。流体の速度減衰と捕集面でのスムースなシート堆積である。好適なディスタンスは50mm以内、より好ましくは30mm以内である。
【0035】
また、固い糸条の場合、このディスタンスの距離は重要である。10mm以内に設定することも可能である。かつ積極的な振り落とし力とも相俟って、非常に好ましい糸シートフォーメーションを形成することが可能となる。
折り畳み状に糸が重なって糸シートを形成していく。
【0036】
折り畳みの状況は、重畳度によって表すことができる。重畳度は単位時間当たりの「糸の長さ/移動長さ」によって表すことができる。移動長さとはトラバース幅(mm/ターン)×トラバース回転数(ターン数/min)である。重畳度は100以内で適宜選ぶことができる。重畳度は後述する糸シートの目付量とも関係するので併せて好適条件を選定する必要がある。
【0037】
糸条の振り落としの動きを観察すると、トラバース範囲を逸脱した糸条落下の動きが生じることがあり、それは糸の固さのため過剰に揺動してしまう傾向につながっている。加えて糸条の固さにより捕集装置の進行方向に対しても振り落とし糸条の振り幅は大きくなる傾向が見られる。振り落としにおけるこのような過剰な揺動は糸条の固さによって生じ
るものである。
糸の固さはレーヨン糸に比べて高いと観察される。そのためトラバースのターンにおける折り畳みが大きな8の字状になる。振込問題は振込シート形成プロセスによるリラックスプロセスの基幹課題である。当該プロセスを進める以上避けて通ることはできない課題である。
振り落としが糸の固さのため前後左右に大きく揺動しながら振り落ちる、ロール面への付着のために離脱点が一定でないなどの理由によって糸シートフォーメーションが適切な形で形成されない。
【0038】
糸シートの目付量は実際の生産条件においては重要管理ポイントとなる。目付量には精練性や乾燥性において適正値があり、高過ぎても低過ぎても好ましくない。例えば、700g/mの目付量は高過ぎであり、200g/mの目付量は低過ぎである。高過ぎれば装置の寸法を増大させる(処理時間を長くするする必要がある)ことになり、糸条の溶剤残留物含量を増大させる。低過ぎれば精練のための精練液原単位を増加させ、結果的に装置の寸法を増大させることにつながる。また、乾燥のための熱源原単位を悪化させる。
【0039】
本発明方法の好適対象であり、かつ同じ繊維ポリマーからなる繊維素材と比較できる対象をもつ溶剤法セルロース繊維の場合についてより詳細に説明する。
溶剤法セルロース繊維において、先行して公知公用となったNMMO溶剤に対して、後続公知溶剤であるイミダゾール系溶剤に代表されるようなイオン液体によるドープ液から生成されるセルロース系再生繊維は、ロールによる振り落としの乱れ現象は大きい。特にイミダゾール系溶剤に代表されるようなイオン液体によるドープ液から生成されるセルロース系再生繊維の場合は顕著である。
原因は、再生後、精練前の糸条のロールへの粘着性が強く、ロール巻きつき傾向やそれに伴って生じる振込不良があるからである。
同じ工程に、同じセルロース繊維素材であるレーヨン糸条やキュプラ糸条を通した場合には同様の現象は回避されること、及び凝固再生が完了した糸条を通した場合には同様の現象は回避されることなどからイミダゾール系溶剤ドープ液の再生過程にある糸の脱溶媒液自体の高粘性によって引き起こされる現象であるものと推察される。
また、これらに対して、ロールの表面ライニング材を、軟質塩化ビニル、ポリウレタン、ポリ4フッ化エチレンなどの非粘着性材質に変更すればロール巻きつきや前後左右に揺動する振り落としの傾向は若干の改善は見られるが、本質的には変わらず、抜本的な解決案にはならない。
ポリ4フッ化エチレンシートをライニングさせたもので観察したが改善されなかった。糸が固いためトラバースのターン部で湾曲を描き、折り畳みシートがうまく形成されない。
これらのことから、羽根ロール方式での問題解決の難易度は高いと考えられる。その結果、流体ジェットを用いた牽引方式など解決策を拡げて技術確立を進めてきたが、流体ジェットによる振込においては、ロール巻きつきそのものがないことも相俟って、スムースな糸シート堆積が行われることも明らかになった。
いずれにせよ振込問題は付着と剥離のバランスの問題であり、本発明方法は付着性が強い場合、かつ振込処理する糸条の固さが固い場合における振り落とし方法として有効性が高いことが分かった。
【0040】
また、ジェットノズルは糸通しの操作性を良くすることが実際面で重要となる。そのため、割り子型構造にすることが望ましい。その一例を図4に示す。
図示のジェットノズルは割り子構造となっており、ノズルの本体側41とノズルの蓋側42からなっており、この場合、糸条の通路は本体側に設置されている。
ここで、図4において、43は流体吐出孔、44は流体導入路、45は糸条体、46はノズル本体部と蓋部をつなぐ蝶番部側、47は締め付け密閉する側である。
糸通しを行う際にはエアサッカーにより糸条を牽引しながら、ノズルの蓋側を開いて糸通しを行い、その後蓋側を閉じて尺万力などによって蓋側と本体側を密閉することができる。
【0041】
図5に、本発明方法の好適な振込部の一例を示す。糸条の供給ロールとなるゴデットロール52から供給された糸条はトラバース54を搭載したジェットノズル53によって前進推進される。その後、振込ディスタンス55を経て捕集装置面、この場合は、反転コンベア56(図1における第1コンベア8)の表面上に捕集される。
反転コンベア56はネットのような流体通過性表面で構成され、反転コンベア56の背面には、吸引ボックス57が設置され減圧吸引されている。この減圧吸引機構により流体ジェットの流体を飛散させることなく吸引し、ジェットにより運ばれた糸条の緊密かつ均一な糸シート化とその把持固定を効果ならしめる。
反転コンベア56上に積載された糸シートは、メインコンベア58上に反転して積載される。
反転コンベアは第2コンベアを活用してもよい。
【0042】
固い性質をもつ糸条に対しては、供給糸条の単糸細化によって曲げ強度を下げて糸シートフォーメーションを容易にすることや、この段階で凝固液又は再生液に第3液を加えて、それらのなかに柔軟剤を添加して糸条を柔軟化することも考えられる。
しかし、マルチフィラメント糸条の単糸繊度は用途要求によって従属される特性であり、製造側の要求だけによって決定することはできない。また、基本的には凝固・再生・精練液は回収し、リサイクル使用を行うことが前提なので、このなかに新たな成分は持ち込むのは望ましくないが、回収リサイクルに対して影響を与えない成分であれば採用してもよい。
また、上記の制約条件が最終用途の要求に合致するならば、また製造工程で併用することに支障がなければ併用することも可能である。
【0043】
振込不良の問題は最終的にシートフォーメーション性につながる問題である。上述した振り落とし性の問題に加えて、糸の固さによるシートフォーメーションがうまくできないと、設備生産性、精練性、乾燥性、解舒性、巻取性、などに幅広く負の影響を与える。これらの影響は、設備コストのアップ、エネルギコストのアップ、工業生産時における一級品の収率ダウンにつながる。その結果、製品の製造コストアップに直結することになる。
【0044】
以上、本発明の糸条の振り落とし方法について、その実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記実施の形態に記載した構成に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において適宜その構成を変更することができるものである。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の糸条の振り落とし方法は、フィラメント糸条の固さが高く、かつ剛直な繊維に対して、糸条体による振り落とし操作において、極めて整然とかつ緊密に糸シートを形成することができることから、精練工程や乾燥工程におけるトラブルを防ぎ、錘間を跨ぐ渡り糸のような糸同士の絡合トラブルを防ぎ、かつ精練性、乾燥性の効率運用に資するものである。もちろん糸の固さが柔軟な場合に用いても問題はなく、幅広く、また、新設、既設の別なく、適用することができる。
【符号の説明】
【0046】
1 ドープ
2 紡糸口金
3 糸条体(マルチフィラメント)
4 クエンチチャンバ(ドローゾーン)
5 凝固浴
6 絞りローラ
7 振り落としローラ
7a トラバース
8 第1コンベア
9 第2コンベア
10 精錬装置
11 乾燥装置
12 巻取機
13 第1洗浄部
14 第2洗浄部
21 ノズル本体
22 糸導入管
23 加速管
24 流体供給口
31 糸条導入路と流体導入路の合流点(両者が近接している場合)
32 糸条導入路と流体導入路の合流点(両者の間に距離がある場合)
33 糸条導入口
34 流体導入口
41 割り子型流体ノズルの本体側
42 割り子型流体ノズルの蓋側
43 流体吐出孔
44 流体導入路
45 糸条
46 ノズル本体部と蓋部をつなぐ蝶番部側
47 締め付け密閉する側
51 絞りバー
52 フィードロール(ゴデットロール)
53 ジェットノズル
54 トラバース
55 振込ディスタンス
56 反転コンベア
57 吸引ボックス
58 メインコンベア(第2コンベア)
図1
図2
図3
図4
図5