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特開2022-131862磁場サージ検出装置、検出方法およびこれを備える電力設備
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022131862
(43)【公開日】2022-09-07
(54)【発明の名称】磁場サージ検出装置、検出方法およびこれを備える電力設備
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/08 20060101AFI20220831BHJP
   G01N 24/00 20060101ALI20220831BHJP
【FI】
G01N24/08 510Z
G01N24/00 P
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021031050
(22)【出願日】2021-02-26
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(71)【出願人】
【識別番号】000003942
【氏名又は名称】日新電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】水落 憲和
(72)【発明者】
【氏名】ヘルブスレブ エンスト デイヴィッド
(72)【発明者】
【氏名】出口 洋成
(72)【発明者】
【氏名】辰巳 夏生
(72)【発明者】
【氏名】林 司
(57)【要約】
【課題】磁場サージを短時間かつ幅広い磁場強度の測定範囲で検出する。
【解決手段】磁場サージ検出装置10は、検出対象である磁場との相互作用により変化する量子センサ素子1の電子スピン状態を操作するための電磁波を、電子スピン状態の自由誘導減衰を観測するための時間τが、磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて決定されているパルスシーケンスにて、量子センサ素子1に繰り返し照射する電磁波照射部2と、磁場と相互作用した後の複数の電子スピン状態の変化に基づいて、磁場のサージを繰り返し検出する磁場サージ検出部3と、を備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出対象である磁場との相互作用により変化する量子センサ素子の電子スピン状態を操作するための電磁波を、前記電子スピン状態の自由誘導減衰を観測するための時間τが、前記磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて決定されているパルスシーケンスにて、前記量子センサ素子に繰り返し照射する電磁波照射部と、
前記磁場と相互作用した後の複数の前記電子スピン状態の変化に基づいて、前記磁場のサージを繰り返し検出する磁場サージ検出部と、
を備える、磁場サージ検出装置。
【請求項2】
前記磁場サージ検出部は、
相互作用した後の複数の前記電子スピン状態のそれぞれについて、それぞれの前記電子スピン状態に基づいて前記磁場の強度をそれぞれ算出する磁場強度算出部と、
複数の前記磁場の強度に基づいて、前記磁場の強度の時間的な微分特性(differential property)を算出する微分特性算出部と、
を含み、
算出した前記微分特性に基づいて前記磁場のサージを検出する、請求項1に記載の磁場サージ検出装置。
【請求項3】
前記微分特性算出部は、
【数1】
に基づいて前記微分特性を算出し、
ここで、iは0以上の整数値であり、Bは時間tにおける前記磁場の強度であり、Mは潜在的なサージ(potential surge)を含むデータポイントの数であり、Pは前記潜在的なサージの前のデータポイントの数である、請求項2に記載の磁場サージ検出装置。
【請求項4】
前記磁場サージ検出部は、
前記磁場と相互作用した後の前記電子スピン状態の位相の情報を読み出すための光を、前記量子センサ素子に照射する光照射部と、
前記光の照射によって前記量子センサ素子に生じる変化を検出する検出部と、
をさらに含み、
前記磁場強度算出部は、
前記検出された変化から前記位相の情報を読み出し、読み出した前記位相の情報に基づいて前記磁場の強度を算出する、請求項2または3に記載の磁場サージ検出装置。
【請求項5】
前記磁場サージ検出部は、前記磁場のサージを検出した場合に警報信号を出力する警報部をさらに含む、請求項1から4のいずれか一項に記載の磁場サージ検出装置。
【請求項6】
前記電磁波照射部は、前記磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて、π/2パルス間の時間τが決定されているパルスシーケンスにて、前記電磁波を前記量子センサ素子に繰り返し照射する、請求項1から5のいずれか一項に記載の磁場サージ検出装置。
【請求項7】
前記電磁波照射部は、前記磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて、単一のπパルス後の時間τが決定されているパルスシーケンスにて、前記電磁波を前記量子センサ素子に繰り返し照射する、請求項1から5のいずれか一項に記載の磁場サージ検出装置。
【請求項8】
検出対象である磁場との相互作用により変化する量子センサ素子の電子スピン状態を操作するための電磁波を、前記電子スピン状態の自由誘導減衰を観測するための時間τが、前記磁場のサージの時間的な変化率に応じて決定されているパルスシーケンスにて、前記量子センサ素子に繰り返し照射するステップと、
前記磁場と相互作用した後の複数の前記電子スピン状態の変化に基づいて、前記磁場のサージを繰り返し検出するステップと、
を含む、磁場サージ検出方法。
【請求項9】
前記磁場のサージを繰り返し検出するステップは、
相互作用した後の複数の前記電子スピン状態のそれぞれについて、それぞれの前記電子スピン状態に基づいて前記磁場の強度をそれぞれ算出するステップと、
複数の前記磁場の強度に基づいて、前記磁場の強度の時間的な微分特性(differential property)を算出するステップと、
を含み、
算出した前記微分特性に基づいて前記磁場のサージを検出する、請求項8に記載の磁場サージ検出方法。
【請求項10】
前記磁場のサージを繰り返し検出するステップは、
前記磁場と相互作用した後の前記電子スピン状態の位相の情報を読み出すための光を、前記量子センサ素子に照射するステップと、
前記光の照射によって前記量子センサ素子に生じる変化を検出するステップと、
をさらに含み、
前記磁場の強度をそれぞれ算出するステップは、
前記検出された変化から前記位相の情報を読み出し、読み出した前記位相の情報に基づいて前記磁場の強度を算出する、請求項9に記載の磁場サージ検出方法。
【請求項11】
請求項1から7のいずれか一項に記載のサージ検出装置を備える電力設備。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子センサを用いる技術に関し、より詳細には、量子センサを用いた磁場サージ検出装置、方法、および磁場サージ検出装置を備える電力設備に関する。
【背景技術】
【0002】
現代社会において電力は欠かすことができず、電力設備は必要不可欠なインフラストラクチャとなっている。変成器や開閉器等の送変電機器を含む電力設備は、一旦運転に入ると停止できる機会が少なく、このような電力設備に万が一故障が発生すると、社会的に与える影響は大きい。
【0003】
落雷等の影響により、短時間に異常な過電圧や過電流が流れるサージが電力設備に発生すると、電力設備に故障が生じるおそれがある。サージによる故障から電力設備を保護するために、電力設備には、サージ防護デバイス(SPD:Surge Protective Device)と呼ばれている避雷器が接続されている。落雷等の発生時には、避雷器自身が安全に故障してサージ電流をバイパスすることにより、電力設備を保護している。
【0004】
また近年では、磁場を測定するセンサ素子の材料として、ダイヤモンドが注目されている。ダイヤモンドの結晶構造において、窒素-空孔中心と呼ばれる複合欠陥が見られることがある。この窒素-空孔中心は、結晶格子の炭素原子の位置に置き換わる形で入った窒素原子と、その窒素原子の隣接位置に存在する(炭素原子が抜けている)空孔との対からなるもので、NV中心(Nitrogen Vacancy center)とも呼ばれている。ダイヤモンドの結晶構造には、NV中心以外にも、珪素-空孔中心(Silicon Vacancy center)と呼ばれる複合欠陥や、ゲルマニウム-空孔中心(Germanium Vacancy center)と呼ばれる複合欠陥が見られることがあり、NV中心を含むこれら複合欠陥は、色中心と呼ばれている。
【0005】
NV中心は、空孔に電子が捕獲された状態(負電荷状態、以下「NV」と呼ぶ)においては、電子スピンと呼ばれる磁気的な性質を示す。このNVは、電子が捕獲されていない状態(中性状態、以下「NV」と呼ぶ)に比べて、長い横緩和時間(デコヒーレンス時間、以下「T」と呼ぶ)を示す。つまり、NVの電子スピン状態は、外部磁場の縦方向(以下、「量子化軸」と呼ぶ)に揃えた電子スピンの磁化を横方向に傾けた後、個々のスピンの歳差運動が原因となり個々の向きがずれていって、全体としての横磁化が消失するまでの時間が長い。また、NVは、室温(約300K)下であっても長いT値を示す。
【0006】
NVの電子スピン状態は外部の磁場に反応して変化し、この電子スピン状態の測定も室温下で可能であるため、NV中心を含むダイヤモンドは、磁場センサ素子の材料として利用できる。
【0007】
例えば特許文献1には、ダイヤモンド中の電子スピンによる磁気共鳴により、交流磁場を測定する方法が開示されている。スピンには、スピンエコー法に基づくパルスシーケンスが与えられている。
【0008】
例えば特許文献2には、ダイヤモンド中の電子スピンに対する光検出磁気共鳴(Optically Detected Magnetic Resonance: ODMR)法により、交流磁場を測定する方法が開示されている。NV中心はレーザ光により励起され、NV中心から放出される蛍光強度の変化を測定することにより、スピン状態に関する磁気共鳴信号(位相情報)が検出される。
【0009】
磁場センサ素子として利用されているセンサには、ダイヤモンドの色中心を用いたセンサ以外にも、例えば炭化ケイ素(SiC)中の色中心を用いたセンサや、光ポンピング磁力計(optically pumped atomic magnetometer, OPM)、超伝導量子干渉計(superconducting quantum interference device, SQUID)等の種々の種類が存在する。これらダイヤモンドの色中心、炭化ケイ素の色中心、光ポンピング磁力計、および超伝導量子干渉計は、量子効果を利用して物理量を計測していることから、量子センサと呼ばれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2012-103171号公報
【特許文献2】特開2017-75964号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
落雷等の影響によりサージ電流が発生すると、サージ電流が機器内を流れて機器を故障させるだけではなく、サージ電流が流れる機器の周囲にも、約1ms(ミリセカンド)以内という極めて短時間のうちに高い強度の磁場が発生する。このような、サージ電流の発生により生じる瞬間的な磁場強度の急激な増大(以下、磁場サージと呼ぶ)は、運転状態にある電力設備に故障を生じさせるおそれがある。
【0012】
避雷器は、避雷器自身が安全に故障することによりサージ電流をバイパスすることはできるが、瞬間的に発生するこのような高い強度の磁場から電力設備を保護することはできない。避雷器がサージ電流をバイパスしても、バイパスしたサージ電流により、避雷器の周囲には磁場サージが生じる。そのため、電力設備の運転を停止させるインターロック機能を作動させるための電気信号を、サージ電流の発生から約1ms以内という極めて短時間のうちに出力する装置の開発が求められている。
【0013】
磁場サージを検出してインターロック機能を作動させるためには、電力設備が安定的な運転状態にあるときに発生している磁場と、サージ電流の発生により急激に増大する高い強度の磁場との両方を、磁場センサが測定可能であることが求められる。しかしながら、これまでに知られている磁場センサが測定可能な磁場強度の範囲(ダイナミックレンジ)は狭く、約1ms以内という極めて短時間で急激に増大する磁場サージの立ち上がりを検出してインターロック機能を作動させることは困難であった。磁場サージが発生する徴候として、磁場サージを短時間かつ幅広い磁場強度の測定範囲で検出することが求められている。
【0014】
本発明は、磁場サージを短時間かつ幅広い磁場強度の測定範囲で検出することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するための本発明は、例えば以下に示す態様を含む。
(項1)
検出対象である磁場との相互作用により変化する量子センサ素子の電子スピン状態を操作するための電磁波を、前記電子スピン状態の自由誘導減衰を観測するための時間τが、前記磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて決定されているパルスシーケンスにて、前記量子センサ素子に繰り返し照射する電磁波照射部と、
前記磁場と相互作用した後の複数の前記電子スピン状態の変化に基づいて、前記磁場のサージを繰り返し検出する磁場サージ検出部と、
を備える、磁場サージ検出装置。
(項2)
前記磁場サージ検出部は、
相互作用した後の複数の前記電子スピン状態のそれぞれについて、それぞれの前記電子スピン状態に基づいて前記磁場の強度をそれぞれ算出する磁場強度算出部と、
複数の前記磁場の強度に基づいて、前記磁場の強度の時間的な微分特性(differential property)を算出する微分特性算出部と、
を含み、
算出した前記微分特性に基づいて前記磁場のサージを検出する、項1に記載の磁場サージ検出装置。
(項3)
前記微分特性算出部は、
【数1】
に基づいて前記微分特性を算出し、
ここで、iは0以上の整数値であり、Bは時間tにおける前記磁場の強度であり、Mは潜在的なサージ(potential surge)を含むデータポイントの数であり、Pは前記潜在的なサージの前のデータポイントの数である、項2に記載の磁場サージ検出装置。
(項4)
前記磁場サージ検出部は、
前記磁場と相互作用した後の前記電子スピン状態の位相の情報を読み出すための光を、前記量子センサ素子に照射する光照射部と、
前記光の照射によって前記量子センサ素子に生じる変化を検出する検出部と、
をさらに含み、
前記磁場強度算出部は、
前記検出された変化から前記位相の情報を読み出し、読み出した前記位相の情報に基づいて前記磁場の強度を算出する、項2または3に記載の磁場サージ検出装置。
(項5)
前記磁場サージ検出部は、前記磁場のサージを検出した場合に警報信号を出力する警報部をさらに含む、項1から4のいずれか一項に記載の磁場サージ検出装置。
(項6)
前記電磁波照射部は、前記磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて、π/2パルス間の時間τが決定されているパルスシーケンスにて、前記電磁波を前記量子センサ素子に繰り返し照射する、項1から5のいずれか一項に記載の磁場サージ検出装置。
(項7)
前記電磁波照射部は、前記磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて、単一のπパルス後の時間τが決定されているパルスシーケンスにて、前記電磁波を前記量子センサ素子に繰り返し照射する、項1から5のいずれか一項に記載の磁場サージ検出装置。
(項8)
検出対象である磁場との相互作用により変化する量子センサ素子の電子スピン状態を操作するための電磁波を、前記電子スピン状態の自由誘導減衰を観測するための時間τが、前記磁場のサージの時間的な変化率に応じて決定されているパルスシーケンスにて、前記量子センサ素子に繰り返し照射するステップと、
前記磁場と相互作用した後の複数の前記電子スピン状態の変化に基づいて、前記磁場のサージを繰り返し検出するステップと、
を含む、磁場サージ検出方法。
(項9)
前記磁場のサージを繰り返し検出するステップは、
相互作用した後の複数の前記電子スピン状態のそれぞれについて、それぞれの前記電子スピン状態に基づいて前記磁場の強度をそれぞれ算出するステップと、
複数の前記磁場の強度に基づいて、前記磁場の強度の時間的な微分特性(differential property)を算出するステップと、
を含み、
算出した前記微分特性に基づいて前記磁場のサージを検出する、項8に記載の磁場サージ検出方法。
(項10)
前記磁場のサージを繰り返し検出するステップは、
前記磁場と相互作用した後の前記電子スピン状態の位相の情報を読み出すための光を、前記量子センサ素子に照射するステップと、
前記光の照射によって前記量子センサ素子に生じる変化を検出するステップと、
をさらに含み、
前記磁場の強度をそれぞれ算出するステップは、
前記検出された変化から前記位相の情報を読み出し、読み出した前記位相の情報に基づいて前記磁場の強度を算出する、項9に記載の磁場サージ検出方法。
(項11)
項1から7のいずれか一項に記載のサージ検出装置を備える電力設備。
【発明の効果】
【0016】
本発明によると、磁場サージを短時間かつ幅広い磁場強度の測定範囲で検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一実施形態に係る磁場サージ検出装置10の概略的な構成を模式的に示す図である。
図2図1に示す磁場サージ検出装置10の具体的な構成の一例を模式的に示す図である。
図3】本発明の一実施形態に係る磁場サージ検出装置10を備える電力設備9の概略的な図である。
図4】本発明の一実施形態に係る磁場サージ検出装置10を備える電力設備9の概略的な図である。
図5】ダイヤモンドのNV中心における電子のエネルギー準位を模式的に示す図である。
図6】光検出磁気共鳴(ODMR)法を用いた手法により磁場をセンシングする場合の例示的なパルスシーケンスであり、2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスにより自由誘導減衰(FID)信号を観測するパルスシーケンスである。
図7】本発明の磁場サージ検出コンセプトを説明するための図である。
図8】本発明の磁場サージ検出コンセプトを説明するための図である。
図9】本発明の一実施形態に係る磁場サージ検出方法の手順を示すフローチャートである。
図10】光検出磁気共鳴(ODMR)法を用いた手法により磁場をセンシングする場合の例示的なパルスシーケンスであり、単一のπパルスを含むパルスシーケンスにより自由誘導減衰(FID)信号を観測するパルスシーケンスである。
図11】実施例1に係るサージ磁場の数値シミュレーションの結果である。
図12】実施例1に係るサージ磁場の数値シミュレーションの結果である。
図13】実施例2に係るサージ磁場の数値シミュレーションの結果である。
図14】実施例2に係るサージ磁場の数値シミュレーションの結果である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を、添付の図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明および図面において、同じ符号は同じまたは類似の構成要素を示すこととし、よって、同じまたは類似の構成要素に関する重複した説明を省略する。
【0019】
なお、本明細書において、物理量(physical quantity)とは、物理学における一定の体系の下で次元が確定し、定められた物理単位の倍数として表すことができる量を意味する。物理量の一例としては、例えば、磁場、電場、温度および力学量(力学的なストレス、圧力等)が挙げられる。磁場、電場および力学量は、時間と共に変化しない物理量と、時間と共に方向が変化を繰り返す物理量とを含む。すなわち、磁場は、静磁場および交流磁場を含み、電場は、静電場および交流電場を含み、力学量は、静的な力学量および交流力学量を含む。
【0020】
[装置構成]
図1は、本発明の一実施形態に係る磁場サージ検出装置10の概略的な構成を模式的に示す図である。図2は、図1に示す磁場サージ検出装置10の具体的な構成の一例を模式的に示す図である。
【0021】
磁場サージ検出装置10(以下、単に検出装置10と記載する)は、センサ素子1と、電磁波照射部2と、磁場サージ検出部3とを備える。センサ素子1は、本実施形態では、検出装置10のプローブ11の先端に取り付けられている。
【0022】
センサ素子1は量子センサの素子である。本実施形態では、センサ素子1は、色中心を有しているダイヤモンドの結晶であり、色中心としてNV中心を用いる。NV中心は、炭素原子を置換した窒素(N)と、窒素に隣接する空孔(V)との複合体(複合欠陥)である。本実施形態では、センサ素子1は、ダイヤモンドの結晶12上の所定の領域内に、公知の方法により予め生成されている。例示的には、領域内には、概ね数千個のオーダの(濃度:~1×1012/cm-3)複数のセンサ素子1が生成されている。本実施形態では、センサ素子1はアンサンブルNV中心である。
【0023】
センサ素子1の電子スピン状態は、対象物9との相互作用8により変化を受ける。本実施形態では、対象物9は電力設備であり、相互作用8は磁場による相互作用である。相互作用8が磁場による場合には、センサ素子1の色中心の電子スピン状態は、対象物9である電力設備の周囲に発生している磁場の強度に応じた状態となる。
【0024】
電磁波照射部2は、センサ素子1の電子スピン状態を磁気共鳴によって操作するための電磁波を、センサ素子1に照射する。一例として、本実施形態では、電磁波照射部2は、公知のマイクロ波(microwave, MW)発振器21と、電磁波をパルス化した形式で照射するスイッチ22と、増幅器23とを備えている。スイッチ22および増幅器23は任意の構成とすることができる。本実施形態では、電磁波照射部2は、センサ素子1の電子スピン状態を操作するための電磁波を、パルス化された形式でセンサ素子1に照射する。
【0025】
電磁波照射部2がセンサ素子1に照射する電磁波のパルスシーケンスには、磁気共鳴を生じさせるための種々のパルスシーケンスを用いることができる。本発明とは離れて、例えば、センサ素子中の電子スピンに対する光検出磁気共鳴(ODMR)法により、例えば交流磁場をセンシングする場合には、スピンエコー法のハーンエコー法に基づくパルスシーケンスにて、電磁波をセンサ素子に照射する。また、例えば光検出磁気共鳴法により、例えば静磁場をセンシングする場合には、スピンエコー法のラムゼー法に基づくパルスシーケンスにて、電磁波をセンサ素子に照射する。
【0026】
本発明では、磁場サージを短時間かつ幅広い磁場強度の測定範囲(ダイナミックレンジ)で検出するために、自由誘導減衰(Free Induction Decay: FID)信号を観測するパルスシーケンスを用いる。このような自由誘導減衰信号を観測するパルスシーケンスは、磁気共鳴信号を検出する際に用いるパルスシーケンスの一例として例示する、ハーンエコー法やラムゼー法に基づくパルスシーケンスよりもさらに単純なパルスシーケンスである。自由誘導減衰信号を観測するパルスシーケンスを用いる理由は、本発明では、磁場サージをその立ち上がりの際に検出することが重要であり、磁場サージが生じた際の磁場の強度の正確性は重要ではないからである。
【0027】
よって、本発明では、電磁波照射部2は、センサ素子1の電子スピン状態の自由誘導減衰を観測するための時間τが、磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて決定されているパルスシーケンスにて、電磁波をセンサ素子1に照射する。本実施形態では、2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスを用いる。π/2パルス間の時間τは、検出対象である磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて決定されている。他の実施形態では、単一のπパルスを含むパルスシーケンスを用いる。単一のπパルス後の時間τは、検出対象である磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて決定されている。パルスシーケンスに施す工夫については、図6図8を参照して後述する。
【0028】
電磁波照射部2は、センサ素子1の近傍に配置された電磁波照射用のアンテナ14を通じて、電磁波をセンサ素子1に照射する。アンテナ14は、例えばリソグラフィ技術により、導電性を有する金属を用いてダイヤモンドの結晶12上に形成されている。
【0029】
磁場サージ検出部3は、対象物9との相互作用8により変化した後の、センサ素子1の複数の電子スピン状態の変化に基づいて、磁場サージを検出する。本実施形態では、磁場のサージは、対象物9である電力設備の周囲に発生している磁場の強度の時間的な微分特性(differential property)に基づいて検出する。磁場サージ検出部3は、光照射部31と、検出部32と、データ処理部33とを備える。
【0030】
なお、電磁波照射部2がセンサ素子1に照射する電磁波の周波数は、センサ素子1におけるスピン状態間のエネルギー差に相当するオンレゾナンス周波数(on-resonance)に予め設定されており、磁場サージ検出部3は、センサ素子1の電子スピン状態をオンレゾナンスに測定する。このような状態において、電力設備の周囲に発生している磁場に磁場サージが生じると、センサ素子1におけるスピン状態間のエネルギー差に変化が生じ、その結果として共鳴周波数にずれが生じる。すなわち磁場サージが生じると、磁場サージ検出部3はセンサ素子1の電子スピン状態をオフレゾナンス(off-resonance)に測定する。磁場サージ検出部3は、オフレゾナンスに測定された、オフレゾナンス状態に基づく変化を含む複数の電子スピン状態の変化に基づいて、磁場サージを検出する。
【0031】
光照射部31は、対象物9と相互作用した後のセンサ素子1の電子スピン状態の位相情報を読み出すための光を、センサ素子1に照射する。また、光照射部31は、センサ素子1の電子スピン状態を初期化するための光をセンサ素子1に照射する。一例として、本実施形態では、光照射部31は、光源311と、音響光学変調素子(Acoustic Optical Modulator: AOM)312と、対物レンズ313とを備えている。音響光学変調素子312および対物レンズ313は任意の構成とすることができる。
【0032】
光源311は、対象物9と相互作用した後のセンサ素子1の電子スピン状態の位相情報を読み出すための光を放出する。また、光源311は、センサ素子1の電子スピン状態を励起し初期化するための光を放出する。光源311が放出する光の波長は、センサ素子1の種類に応じて決定されている。本実施形態では、光源311は波長が532nm(緑色)のレーザ光を放出する。光源311には、例えば種々の公知のレーザ発生装置を用いることができる。本実施形態では、光源311は、緑色レーザ光を放出する半導体レーザである。
【0033】
対物レンズ313は、光源311から放たれる光を集光して、ダイヤモンドの結晶12上のセンサ素子1が生成されている領域へ照射する。例示的には、ダイヤモンドの結晶12上に集光されるレーザ光のスポットサイズは、直径が約2μmである。レーザ光のスポットサイズが縮小するほど、単位面積あたりのレーザ光の強度は増大し、ダイヤモンドの導電帯において生成される光電流の効率も増大する。
【0034】
図2に例示する構成では、レーザ光のスポットは、ダイヤモンドの結晶12上のセンサ素子1が生成されている領域を覆うように配置されている。好ましくは、レーザ光のスポットは、センサ素子1が生成されている領域の略中央からオフセットした位置に配置することができる。
【0035】
検出部32は、センサ素子1に生じる変化を検出する。本実施形態では、検出部32は、センサ素子1から放出される光を検出することにより、公知の光検出磁気共鳴(ODMR)法により、磁気共鳴の信号を発光強度の変化として検出する。この場合、検出部32には、例えば公知のフォトダイオードを用いることができる。フォトダイオードには、例えばアバランシェフォトダイオードを用いることができる。
【0036】
なお、本実施形態では、電磁波照射部2において操作用の電磁波をパルス化した形式で照射している。よって、本実施形態では、具体的にはPulsed Optically Detected Magnetic Resonance(pODMR)法による検出を行う。
【0037】
データ処理部33は、検出部32と接続され、検出部32にて検出された変化から、対象物9と相互作用した後のセンサ素子1の電子スピン状態の位相情報を読み出し、読み出した位相情報に基づいて磁場サージを検出する。データ処理部33は、磁場強度算出部331と、微分特性算出部332と、警報部333とを備える。
【0038】
データ処理部33には、例えば公知の汎用コンピュータや、スマートフォン等の種々の情報端末装置を用いることができる。データ処理部33は、検出装置10と一体化されて構成されていてもよいし、または図示するように、検出装置10の外部に設けられて、優先または無線のネットワーク99を介して検出装置10と接続されていてもよい。
【0039】
磁場強度算出部331は、相互作用した後の複数の電子スピン状態のそれぞれについて、それぞれの電子スピン状態に基づいて磁場の強度をそれぞれ算出する。
【0040】
微分特性算出部332は、複数の磁場の強度に基づいて、磁場の強度の時間的な微分特性(differential property)を算出する。本実施形態では、微分特性算出部332は、図7を参照して後述する数式に基づいて微分特性を算出する。
【0041】
警報部333は、磁場サージが検出された場合に、例えば警報信号を出力して電力設備9の運転を停止させる。警報信号は、電力設備9の運転を停止させるインターロック機能を作動させるための電気信号(すなわち、インターロック信号)とすることができる。警報信号は、例えば他の電力設備の運転状況を集中管理する図示しないコンピュータ機器へ、例えばネットワーク99を介して送信され、他の電力設備の運転を停止させることもできる。
【0042】
図3および図4は、本発明の一実施形態に係る磁場サージ検出装置10を備える電力設備9の概略的な図である。電力設備9として、図3には変流器9aを例示し、図4には変圧器9bを例示する。これらの図中に例示する検出装置10の配置箇所は一例である。
【0043】
検出装置10は、電力設備9(9a,9b)の周囲に発生している磁場を感知することができる位置に配置される。好ましくは、検出装置10は、センサ素子1が磁場を感知する軸の方向が、電力設備9の周囲に発生している磁場の方向に沿うように配置される。
【0044】
[検出原理]
本発明では、対象物である電力設備9の周囲に発生している磁場の強度を、量子センサ1を用いて測定する。これにより、磁場サージを高感度に検出する。磁場の強度の算出に用いる磁気共鳴信号は光検出磁気共鳴(ODMR)法により検出する。これにより、電気的に直接的に対象物である電力設備9に接続することなく、磁場サージを非接触で検出する。
【0045】
本発明では、磁気共鳴信号を測定する際に用いる、電子スピン状態を操作するための電磁波のパルスシーケンスを工夫している。これにより、磁場サージを短時間かつ幅広い磁場強度の測定範囲で検出する。量子センサ1に照射する電磁波のパルスシーケンスにおいて、センサ素子1の電子スピン状態の自由誘導減衰を観測するための時間τは、磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて決定する。すなわち、磁場強度の測定範囲(ダイナミックレンジ)は、磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて時間τを調整することより決定する。2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスを用いる場合、時間τはπ/2パルス間の時間である。単一のπパルスを含むパルスシーケンスを用いる場合、時間τは単一のπパルス後の時間である。なお、時間τはコヒーレンス時間T(横緩和時間T)よりも短い時間とする。
【0046】
以下ではまず、光検出磁気共鳴(ODMR)法により磁気共鳴信号を検出する原理および手順について説明し、検出した磁気共鳴信号から磁場強度を算出する方法について説明する。次に、磁気共鳴信号の検出原理および磁場強度の算出方法に基づいて、磁場サージを検出するコンセプトについて説明する。
【0047】
<光検出磁気共鳴(ODMR)法による磁気共鳴信号の検出>
図5は、ダイヤモンドのNV中心における電子のエネルギー準位を模式的に示す図である。
【0048】
本実施形態では、センサ素子1としてダイヤモンドのNV中心を用いる。NV中心の基底状態は磁気量子数m=-1,0,+1のスピン三重項状態であり、室温における定常状態では、基底状態において全ての準位は等しく分布している。
【0049】
基底状態にある磁気量子数m=0の電子は、波長が532nm(緑色)のレーザ光を照射されると励起状態へと遷移し、赤色の蛍光を放出して、磁気量子数m=0の基底状態に緩和する。
【0050】
一方、基底状態にある磁気量子数m=0の電子は、共鳴周波数が2.87GHzのマイクロ波を照射されると、電子スピン共鳴(ESR)が生じ、磁気量子数m=±1の二重縮退した基底状態へ遷移する。このような基底状態にある磁気量子数m=±1の電子は、波長が532nm(緑色)のレーザ光を照射されると励起状態へと遷移し、その後、ある一定の確率で、磁気量子数m=0の基底状態に戻る。このような一連の過程は、蛍光を放出しない無輻射での遷移である。
【0051】
このように、赤色の蛍光を放出する過程は、磁気共鳴が生じて、電子が磁気量子数m=±1の基底状態にある場合に起こり難くなる。また、磁気量子数m=±1の二重縮退した基底状態は、ゼーマン分裂により外部磁場の強度に比例して分離されるため、蛍光強度も電子が磁気量子数m=±1のどちらの状態であるかに応じて変化する。よって、マイクロ波の周波数を2.87GHz前後で掃引した際の、赤色の蛍光強度が低下した点として、磁気共鳴信号を検出することができる。
【0052】
図6は、光検出磁気共鳴(ODMR)法を用いた手法により磁場をセンシングする場合の例示的なパルスシーケンスである。図6に示す操作用の電磁波のパルスシーケンスは、2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスにより、自由誘導減衰(FID)信号を観測するパルスシーケンスである。
【0053】
状態Iは、レーザ光の照射により電子スピンを初期化した状態を表している。量子状態を単位球面上に表す表記法であるBloch球において、電子スピンは、量子化軸であるz軸に沿った方向に揃っている。
【0054】
次いで、状態IIにおいてπ/2パルスを照射することにより、量子化軸に沿った電子スピンを、量子化軸に垂直な平面に傾ける操作を行う。電子スピンはBloch球のxy平面に倒される。その後、xy平面に倒された電子スピンは、状態IIIにおいて、所定の時間τの間に、磁場との相互作用によってBloch球のxy平面において回転しながら位相緩和する。相互作用の強さは、電子スピンが感じる磁場の強度に対応している。この状態IIIにおいて、磁場との相互作用によって電子スピンがBloch球のxy平面において回転しながら位相緩和する。その様子が、後の状態Vにおいて自由誘導減衰(FID)信号として観測される。
【0055】
状態IIIにおいて位相緩和しながら所定の時間τが経過した後、状態IVにおいてπ/2パルスを照射することにより、位相緩和された電子スピンを量子化軸に射影する操作を行う。Bloch球のxy平面内に位置していた電子スピンは、量子化軸であるz軸に射影され、z軸に沿った方向に揃えられる。
【0056】
その後、状態Vにおいて、センサ素子にレーザ光を照射して、センサ素子から放出される光を検出することにより、相互作用後の電子スピン状態の位相情報の読み出しが行われる。
【0057】
図6に例示する2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスでは、電子スピンは、状態IIIにおいてBloch球のxy平面内において回転しながら位相緩和しており、磁気共鳴法では、電子スピンがこのように位相緩和する際の信号を磁気共鳴信号として検出している。π/2パルス間の時間τは、電子スピンが位相緩和する状態IIIの期間に対応しており、この時間τが測定の感度を決定付けている。磁場との相互作用により電子スピンが位相緩和する程度は、電子スピンが感じる磁場の強度に対応しているからである。
【0058】
本発明では、センサ素子1の電子スピン状態の自由誘導減衰を観測するための時間τを、磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて決定している。時間τの決定に考慮する事項については、図7および図8を参照して後述する。
【0059】
<磁気共鳴信号に基づいた磁場強度の算出方法>
光検出磁気共鳴(ODMR)法では、対象物9と相互作用した後のセンサ素子1の電子スピン状態の位相情報(磁気共鳴信号)は、発光強度の変化として検出される。検出した位相情報は、対象物の物理量に応じた状態となっている。よって、検出した相互作用後の電子スピン状態の位相情報を適切にデータ処理することにより、対象物の物理量を算出することができる。対象物の物理量は、電子スピンのハミルトニアンに基づいて算出することができる。
【0060】
電子スピンのハミルトニアンHgsは、以下の式で表される。
【数2】
ここで、μはボーア磁子であり、gは電子のg因子であり、hはプランク定数である。ベクトルSは電子スピンである。ベクトルBは印加磁場である。Dgsは零磁場分裂定数である。S,S,Sはそれぞれ、電子スピンSのx,y,z方向成分である。dgs は、電気双極子モーメントである。E,Eはそれぞれ、電場のx,y方向成分である。
【0061】
1番目の項
【数3】
は、ゼーマン効果による項であり、電子スピンが磁場センサとして機能することを意味している。
【0062】
2番目の項および3番目の項は、双極子相互作用(すなわち、スピン間相互作用)による項である。2番目の項
【数4】
は、電子スピンが温度センサおよび力学量(圧力)センサとして機能することを意味している。3番目の項
【数5】
は、電子スピンが電場センサとして機能することを意味している。
【0063】
よって、磁場の強度は、1番目の項に基づいて算出することができる。温度および力学量の強度は、2番目の項に基づいて算出することができる。電場の強度は、3番目の項に基づいて算出することができる。
【0064】
<磁場サージ検出コンセプト>
図7および図8は、本発明の磁場サージ検出コンセプトを説明するための図である。
【0065】
図7は、対象物9である電力設備の周囲に発生している磁場に磁場サージが発生している様子を模式的に表している。図7において、上段は、対象物9である電力設備の周囲に発生している磁場を示し、下段は、光検出磁気共鳴(ODMR)法を用いた手法により磁場をセンシングする場合の例示的なパルスシーケンスを示している。
【0066】
図8は、図7の下段に示すパルスシーケンスにおいて破線で囲む部分の拡大図である。図8に示す符号I~Vは、図6に示すパルスシーケンスの状態I~状態Vに対応している。
【0067】
本発明では、対象物9である電力設備の周囲に発生している磁場の強度を測定する。磁場強度の測定は、例えば図7および図8(より具体的には、図6)に例示するパルスシーケンスにて磁気共鳴信号を測定することにより行う。磁場サージが発生しているか否かの判断は、先のパルスシーケンスにおける磁気共鳴信号と、今回のパルスシーケンスにおける磁気共鳴信号とを比較することにより行う。例えばこれら磁気共鳴信号のそれぞれについて磁場強度を算出し、先のパルスシーケンスにおける磁場強度と、今回のパルスシーケンスにおける磁場強度とに基づいて、磁場強度の時間的な微分特性を算出する。この磁場強度の時間的な微分特性が、例えば所定の閾値を超えている場合には、磁場強度の急激な増大(すなわち、磁場サージ)が生じつつあると判断して、電力設備の運転を停止させるインターロック機能を作動させるための電気信号を出力する。
【0068】
磁気共鳴信号の比較、すなわち磁場強度の比較に用いる磁場強度のデータ数は、1シーケンス分の1個でもよいし、複数シーケンス分の複数個でもよい。磁場強度の比較に複数シーケンス分の複数個のデータを用いる場合には、例えばそれら複数個の磁場強度のデータの平均値を算出して用いることができる。
【0069】
本実施形態では、磁場強度の急激な増大は、磁場の強度の時間的な微分特性に基づいて判断する。本実施形態では、

【数6】
に基づいて微分特性を算出する。ここで、iは0以上の整数値であり、Bは時間tにおける磁場の強度であり、Mは潜在的なサージ(potential surge)を含むデータポイントの数であり、Pは潜在的なサージの前のデータポイントの数である。
【0070】
図7に示すように、時間tは測定を行った現在の時間を示し、時間tは先の時間(すなわち過去)を示す。MおよびPは、検出しようとする磁場サージの強度の時間的な変化率に応じて決定する。
【0071】
地磁気の影響による測定へのノイズを考慮すると、式1に示す微分特性は以下に示す式2の条件を満足することが好ましい。ここで、Tは地磁気の大きさ[単位:nT(ナノテスラ)]である。
【数7】
【0072】
なお、2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスを用いる場合、各時間tにおける磁場強度のデータBは、2つのπ/2パルス間の時間τの間に電子スピンが感じた磁場の強度の積算値を表している。単一のπパルスを含むパルスシーケンスを用いる場合、各時間tにおける磁場強度のデータBは、単一のπパルスが照射されている間にずれた周波数の程度を、測定可能な範囲で測定した値を表している。
【0073】
[検出手順]
図9は、本発明の一実施形態に係る磁場サージ検出方法の手順を示すフローチャートである。
【0074】
ステップS1において、センサ素子1にレーザ光を照射することにより、センサ素子1の色中心(NV中心)の電子スピンを初期化する。その後、初期化されたNV中心の電子スピンを、対象物9の周囲に発生している磁場と相互作用させる。十分な時間の間相互作用をさせると、NV中心の電子スピン状態は、磁場の強度に応じた状態となる。ステップS1の状態は、図6に示すパルスシーケンスの状態Iに対応している。対象物9の周囲に発生している磁場に磁場サージが発生している場合には、初期化されたNV中心の電子スピンは、磁場サージを含む磁場と相互作用をし、磁場サージを含む磁場の強度に応じた状態となる。
【0075】
ステップS2において、センサ素子1にスピン操作用の電磁波を照射することにより、磁場センシングを行う。本実施形態では、図6に示すパルスシーケンスに従って2つのπ/2パルスを照射することにより磁場のセンシングを行う。すなわち本実施形態では、図6に示すパルスシーケンスの状態II~状態IVに対応するように、NV中心の電子スピン状態を操作する。
【0076】
ステップS3において、センサ素子1にレーザ光を照射して、センサ素子1に生じる変化を検出することにより、相互作用後の電子スピン状態の、位相情報の読み出しを行う。本実施形態では、センサ素子1から放出される光を検出することにより、相互作用後の電子スピン状態の、位相情報の読み出しを行う。相互作用後の電子スピン状態の位相情報は、光検出磁気共鳴(ODMR)法により、発光強度の変化として検出部32を用いて検出する。ステップS3の状態は、図6に示すパルスシーケンスの状態Vに対応している。
【0077】
ステップS4において、ステップS1~S3の一連の測定処理を、所定の回数繰り返し実行したか否かを判定する。一連の測定処理を所定の回数繰り返し実行している(ステップS4においてYes)場合は、ステップS5の処理を行い、所定の回数繰り返し実行していない(ステップS4においてNo)場合は、再びステップS1から処理を行う。本実施形態では、所定の回数とは、式1または式2で表される磁場の強度の時間的な微分特性を算出するために要するデータポイントの数に相当し、式1または式2中のMおよびPの和に相当する。MおよびPの和に相当する複数のパルスシーケンスの範囲は、磁場の強度の時間的な微分特性を算出して磁場サージを検出するための、判定用の時間ウィンドウと表現することができる。言い替えると、本実施形態では、判定用の時間ウィンドウの幅内に含まれる時間の範囲において、磁場の強度の時間的な微分特性を繰り返しモニターする。
【0078】
ステップS5において、相互作用した後の複数の電子スピン状態のそれぞれについて、それぞれの電子スピン状態に基づいて磁場の強度をそれぞれ算出する。
【0079】
磁場の強度は、ステップS3において読み出した、相互作用後の電子スピン状態の位相情報から算出する。検出部32にて検出した相互作用後の電子スピン状態の位相情報は、対象物9の磁場に応じた状態となっている。よって、検出した相互作用後の電子スピン状態の位相情報を適切にデータ処理することにより、磁場の強度を算出することができる。例えば、相互作用後の電子スピン状態が基底状態となる確率を求めることにより、対象物9の磁場の強度を算出することができる。強度の算出は、電子スピンのハミルトニアンHgsの、ゼーマン効果による項に基づいて行うことができる。
【0080】
ステップS6において、複数の磁場の強度に基づいて、磁場の強度の時間的な微分特性を算出する。本実施形態では、式1に基づいて、磁場の強度の時間的な微分特性を算出する。
【0081】
ステップS7において、微分特性に基づいて磁場サージを検出する。例えば、ステップS6において算出した微分特性の大きさが、所定の大きさの閾値以上であるか否かを判断する。
【0082】
磁場サージが検出された(ステップS8においてYes)場合は、ステップS9において警報信号を出力して、電力設備9の運転を停止させる。警報信号は、電力設備9の運転を停止させるインターロック機能を作動させるための電気信号(すなわち、インターロック信号)とすることができる。警報信号は、例えば、他の電力設備の運転状況を集中管理するコンピュータ機器へ、例えばネットワーク99を介して送信される。集中管理用のコンピュータ機器は、警報信号を受信すると、電力設備の運転を停止させるインターロック機能を作動させるための電気信号(すなわち、インターロック信号)を、他の電力設備へ送信する。それぞれの電力設備は、インターロック信号を受信すると運転を停止する。
【0083】
磁場サージが検出されない(ステップS8においてNo)場合は、再びステップS1から処理を行い、磁場サージの検出を繰り返し行う。なお、磁場サージが検出されず(ステップS8においてNo)再びステップS1から処理を行う場合、ステップS4の説明において言及した判定用の時間ウィンドウによりモニターされる磁場の強度の時間幅は、パルスシーケンス1つ分の時間だけ後にずれる。
【0084】
[効果]
以上、本発明によると、磁場サージを短時間かつ幅広い磁場強度の測定範囲で検出することができる。これにより、サージ電流の発生から極めて短時間のうちに、電力設備の運転を停止させるインターロック機能を作動させることが可能となる。
【0085】
本発明では、対象物である電力設備の周囲に発生している磁場の強度を、量子センサを用いて測定する。これにより、磁場サージを高感度に検出することが可能となる。磁場の強度の算出に用いる磁気共鳴信号は光検出磁気共鳴(ODMR)法により検出する。これにより、電気的に直接的に対象物である電力設備に接続することなく、磁場サージを非接触で検出することが可能となる。
【0086】
本発明では、磁気共鳴信号を測定する際に用いる、電子スピン状態を操作するための電磁波のパルスシーケンスを工夫している。これにより、磁場サージを短時間かつ幅広い磁場強度の測定範囲で検出することが可能となる。
【0087】
[その他の形態]
以上、本発明を特定の実施形態によって説明したが、本発明は上記した実施形態に限定されるものではない。
【0088】
上記した実施形態では、図6に例示する2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスを用いているが、自由誘導減衰(FID)信号を観測するパルスシーケンスはこのパルスシーケンスに限定されない。2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスに代えて、例えば図10に例示する単一のπパルスを含むパルスシーケンスを用いることができる。単一のπパルス後の時間τは、検出対象である磁場のサージの強度の時間的な変化率に応じて決定されている。オフレゾナンス効果を利用することにより、2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスに代えて単一のπパルスを含むパルスシーケンスを適用するだけでも、本発明は機能する。磁場のサージはオフレゾナンス効果によって検出されるからである。
【0089】
なお、図10に例示する単一のπパルスを含むパルスシーケンスを用いる場合、単一のπパルス後の時間τは、コヒーレンス時間T(横緩和時間T)よりも短く且つ磁場のサージを検出することができる限り、短い方が好ましい。
【0090】
図10は、光検出磁気共鳴(ODMR)法を用いた手法により磁場をセンシングする場合の例示的なパルスシーケンスである。図10に示す操作用の電磁波のパルスシーケンスは、単一のπパルスを含むパルスシーケンスにより、短く磁場のサージを観測するパルスシーケンスである。
【0091】
状態Iは、レーザ光の照射により電子スピンを初期化した状態を表している。量子状態を単位球面上に表す表記法であるBloch球において、電子スピンは、量子化軸であるz軸に沿った方向に揃っている。
【0092】
次いで、状態II´においてπパルスを照射することにより、電子スピンをz軸に沿って反転させる操作を行う。その後、反転された電子スピンは、状態III´において、所定の時間τの間に、磁場との相互作用によって位相緩和する。強い磁場のサージがある場合、オフレゾナンスの効果により状態II´において電子スピンが反転されることはなくなり、その反転されなかったスピンの情報が、強い磁場のサージとして観測される。
【0093】
その後、状態IV´において、センサ素子にレーザ光を照射して、センサ素子から放出される光を検出することにより、相互作用後の電子スピン状態の位相情報の読み出しが行われる。
【0094】
上記した実施形態では、磁場の強度の算出に用いる磁気共鳴信号は光検出磁気共鳴(ODMR)法により検出しているが、磁気共鳴信号の検出に用いる方法は光検出磁気共鳴(ODMR)法に限定されない。光検出磁気共鳴(ODMR)法に代えて、例えば電気検出磁気共鳴(EDMR)法により磁気共鳴信号を検出することもできる。この場合、磁気共鳴信号を検出するための一対の測定電極をセンサ素子1に電気的に接続する。一対の測定電極間にバイアス電圧を印加し、測定電極を通じてセンサ素子1に電界を印加する。
【0095】
上記した実施形態では、対象物9である電力設備の周囲に発生している磁場の強度の時間的な微分特性に基づいて、磁場のサージを検出しているが、磁場のサージを検出する方法はこれに限定されない。例えば、磁場サージが発生しているか否かの判断は、今回のパルスシーケンスにおける磁場強度の測定値と、先のパルスシーケンスにおける磁場強度の測定値とを比較することにより行うこともできる。例えば、これら測定値の比が閾値を超えている場合には、磁場強度の急激な増大(すなわち、磁場サージ)が生じつつあると判断して、電力設備の運転を停止させるインターロック機能を作動させるための電気信号を出力する。
【0096】
上記した実施形態では、磁場サージ検出装置10は、電力設備9の周囲に発生している磁場の磁場サージを検出しており、電力設備9の例として変流器9aや変圧器9bが例示されているが、電力設備9はこれらに限定されない。電力設備9は、例えば変成器や開閉器等の送変電機器を含むことができる。
【0097】
[実施例]
以下に本発明の実施例を示し、本発明の特徴をより明確にする。
【実施例0098】
実施例1では、自由誘導減衰(FID)信号の数値シミュレーションを行った。
【0099】
・数値シミュレーションの条件
パルスシーケンスは単純なFIDシーケンスとした。各測定は単一のシーケンスに依存するため、磁気共鳴信号の蓄積は行わないとした。
【0100】
センサ素子のサンプルおよびパルスシーケンスについて想定した条件(a)~(h)は次の通りである。
【0101】
(a)コヒーレンス時間Tは100ns(ナノセカンド)
(b)レーザースポットの径は10μm、NV中心密度「NV」は3×1016cm-3。したがって、球形ボリューム内のNV中心の数は約15×10。なお、使用するNV中心のサンプルに応じて、NV中心密度「NV」は1×1019cm-3まで向上する可能性がある。
(c)スピン状態間のコントラストは約1%
(d)一つのNV中心毎に一回の読み出し毎に平均して0.1の光子
(e)FID信号を測定するパルスシーケンスは、図6に例示する2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスとした。
(f)レーザーパルス長は30μs、レーザーパルスと1つ目のπ/2パルスとの間の待機時間は1μs、π/2パルス長は40ns、これらパルス間の遅延(delay)は約10ns
(g)M=3(約100μsをカバー)、P=31(約1msをカバー)、T=0.3mT(ミリテスラ)。サージの波形は、立ち上がり時間が1μsであり、立ち下がり時間が100μsの三角形とした。
(h)測定は、スピンにハミルトニアンを使用してシミュレートした。したがって、オフレゾナンス効果などの重要な効果は十分に考慮された。測定のノイズについては、主なノイズ源であるショットノイズのみを考慮した。
【0102】
・数値シミュレーションの結果
図11および図12は、実施例1に係るサージ磁場の数値シミュレーションの結果であり、時間t=20msでの0.5mTの磁場Bのサージのシミュレーション結果である。図11において、(A)は強度(intensity)のシミュレーション結果であり、(B)は(A)の結果を式2を用いてフィルタリングした結果である。図12において、(A)は磁場(field)のシミュレーション結果であり、(B)は(A)の結果を式2を用いてフィルタリングした結果である。
【0103】
図11(A)において、実線は、ショットノイズを無視して測定される強度を示しており、クロス記号「×」で示すプロットは、ショットノイズを含んで測定される強度を示している。図12(A)において、実線は磁場(magnetic field)を示し、クロス記号「×」で示すプロットは、強度測定から変換される測定磁場を示している。
【0104】
図12(B)に示すように、実施例1に示す例では、約40μs(マイクロセカンド)以内に2mTのサージを検出することが可能であり、オフレゾナンス効果を利用することによって磁場サージを検出することが可能であることが示された。このオフレゾナンス効果は、例えば20mTまたは200mT等の、2mTよりも高い磁場についても同様に得られる効果である。オフレゾナンス効果に基づく測定を行う限り、サージ磁場の絶対値は重要ではない。よって、時間の経過と共に急激に増大するサージ磁場をモニターするには、オフレゾナンス効果を用いた測定が適していることが示された。
【実施例0105】
実施例2では、実施例1とは異なるパルスシーケンスを用いて、実施例1と同様に自由誘導減衰(FID)信号の数値シミュレーションを行い、応答時間の変化について検証を行った。具体的には、実施例1で用いた図6に例示する2つのπ/2パルスを含むパルスシーケンスに代えて、図10に例示する単一のπパルスを含むパルスシーケンスを用いて、自由誘導減衰(FID)信号の数値シミュレーションを行った。
【0106】
図13および図14は、実施例2に係るサージ磁場の数値シミュレーションの結果である。図13において、(A)は強度(intensity)のシミュレーション結果であり、(B)は磁場(field)のシミュレーション結果である。図14において、(A)は図13(A)の結果を式2を用いてフィルタリングした結果であり、(B)は図13(B)の結果を式2を用いてフィルタリングした結果である。
【0107】
図14(B)に示すように、実施例2に示す例では、約17μs以内に2mTの磁場サージを検出することが可能であることが示された。実施例2では、応答時間は約16.5μsであり、実施例1における応答時間の約48.5μsよりも応答時間が速くなることが示された。
【符号の説明】
【0108】
1 センサ素子(ダイヤモンドのNV中心)
2 電磁波照射部
3 磁場サージ検出部
8 相互作用
9(9a,9b) 電力設備(変流器、変圧器)
10 磁場サージ検出装置
11 プローブ
12 ダイヤモンドの結晶
14 アンテナ
21 マイクロ波(MW)発振器
22 スイッチ
23 増幅器
31 光照射部
311 光源
312 音響光学変調素子(AOM)
313 対物レンズ
32 検出部
33 データ処理部
331 磁場強度算出部
332 微分特性算出部
333 警報部
99 ネットワーク
図1
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