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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022132064
(43)【公開日】2022-09-07
(54)【発明の名称】1液型歯科用接着性組成物
(51)【国際特許分類】
   A61K 6/30 20200101AFI20220831BHJP
   A61K 6/62 20200101ALI20220831BHJP
【FI】
A61K6/30
A61K6/62
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021188674
(22)【出願日】2021-11-19
(31)【優先権主張番号】P 2021030551
(32)【優先日】2021-02-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】391003576
【氏名又は名称】株式会社トクヤマデンタル
(72)【発明者】
【氏名】中西 健太
(72)【発明者】
【氏名】福留 啓志
【テーマコード(参考)】
4C089
【Fターム(参考)】
4C089AA10
4C089BC07
4C089BD10
4C089CA03
(57)【要約】
【課題】 幅広い可視光硬化型歯科用材料に対し、事前硬化なしでも高い接着性を示すことができる1液型歯科用接着性組成物を提供する。
【解決手段】 酸性基含有重合性単量体を含む重合性単量体成分:100質量に対して2-ベンジル-2-(ジメチルアミノ)-4‘-モルホリノブチロフェノン等のα―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤:0.5~5質量部を含有し、更にカンファーキノン:0.1~4質量部を含有するか、又は、外部(たとえば被接着体となる、カンファーキノンを含む可視光硬化型歯科用材料等)からカンファーキノンが供給されることにより可視光照射により硬化可能となる、1液型歯科用接着性組成物。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸性基含有重合性単量体を含む重合性単量体成分:100質量及びα―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤:0.5~5質量部を含有し、カンファーキノン:0.1~4質量部を更に含有するか、又は外部からカンファーキノンが供給されることにより可視光照射により硬化可能となる、ことを特徴とする1液型歯科用接着性組成物。
【請求項2】
カンファーキノン:0.1~4質量部を含有する、請求項1に記載の1液型歯科用接着性組成物。
【請求項3】
重合性単量体及び光重合開始剤を含有し、可視光照射によって硬化する光硬化性組成物からなる光硬化型歯科用材料用の1液型の歯科用接着性組成物である、請求項2に記載の1液型歯科用接着性組成物。
【請求項4】
重合性単量体及びカンファ―キノンを含有する光重合開始剤を含有し、可視光照射によって硬化する光硬化性組成物からなる光硬化型歯科用材料用の1液型の歯科用接着性組成物であって、
カンファーキノンを実質的に含有せず、前記光硬化型歯科用材料からカンファーキノンが供給されることにより可視光照射により硬化可能となる、請求項1に記載の1液型歯科用接着性組成物。
【請求項5】
前記α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤が、下記一般式(1)
【化1】
(式中、Phはフェニル基を表し、R、R、R及びRは、夫々独立に、一価の有機基又は水素原子を表す。)
で示される化合物からなる、請求項1~4の何れか一項に記載の1液型歯科用接着性組成物。
【請求項6】
前記α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤が、三重項エネルギー移動型光増感反応を受け、且つ三重項励起エネルギーが62kcal/mol以下である化合物からなる、請求項1~5の何れか一項に記載の1液型歯科用接着性組成物。
【請求項7】
3級アミン(α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤を除く):1~5質量部を更に含有する、請求項1~6の何れか一項に記載の1液型歯科用接着性組成物。
【請求項8】
水及び/又は有機溶媒からなる溶媒成分:20~450質量部を更に含有する、請求項1~7の何れか一項に記載の1液型歯科用接着性組成物。
【請求項9】
重合性単量体及び光重合開始剤を含有し、可視光照射によって硬化する光硬化性組成物からなる光硬化型歯科用材料と、歯科用接着性組成物と、の組み合わせからなる歯科修復用キットであって、
前記光硬化型歯科用材料は、当該光硬化型歯科用材料の硬化体からなる厚さ1mmの試料について、背景を黒色及び白色とした色差計による三刺激値測定で得られる、黒色背景におけるY刺激値:Yb(黒色背景)及び白色背景におけるY刺激値:Yw(白色背景の比として定義されるコントラスト比:Yb/Ywが0.45以下である光硬化型歯科用材料であり、
前記歯科用接着性組成物は、請求項1~8の何れか1項に記載の1液型歯科用接着性組成物である、
ことを特徴とする前記歯科修復用キット。
【請求項10】
α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤及びカンファーキノンを含有することを特徴とする可視光型ラジカル重合開始剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1液型歯科用接着性組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
歯科治療で汎用的に使用されているコンポジットレジンは、重合性単量体及び重合開始剤並びに必要に応じて配合される充填材を含む硬化性組成物からなり、齲蝕を除去した歯牙の窩洞に充填してから硬化させることにより歯牙の修復を行う歯科用材料である。また、コンポジットレジン型レジンセメントは上記コンポジットレジンと同様の組成の硬化性組成物であり。金属、セラミックス、高分子材料等の歯科用補綴修復材に塗布し圧接することで歯牙の修復に用いられる歯科用材料である。このような歯科用材料(以下、「CR等」と略記することもある。)は使用する重合開始剤に応じて、化学重合開始剤を用いた化学重合型、光重合開始剤を用いた光重合型、両重合開始剤を兼用したデュアルキュア型に分類されるが、光照射により硬化できる光重合型及びデュアルキュア型のもの(以下、「光硬化型CR等」ともいう。)が広く普及している。これらCR等は、それ自体は歯質に対する接着性をほとんど有しないため、治療(歯牙の修復)を行う場合には、歯質にCR等の硬化体を強固に接合するために、CR等の充填や圧接前に、歯科用接着材(ボンディング材とも言われる。)を歯牙表面に施用する必要がある。
【0003】
このような歯科用接着材としては、酸性基等の接着性を向上させるための官能基を有する重合性単量体を含む重合性単量体成分、および重合開始剤を含む硬化性組成物からなるものが一般的に知られており、CR等と同様に重合開始剤の種類に応じて分類され、夫々のタイプの特徴を踏まえて適宜使い分けられている(特許文献1及び2参照。)。なお、化学重合開始剤を用いた場合には、光照射器を用いて光照射を行う必要が無い反面、2液に分けて保管して使用時に混合する必要があるのに対し、光重合開始剤のみを用いた場合には、光照射は必要になるものの、1液で保管でき混合操作が不要となるという利点がある。
【0004】
これら従来の歯科用接着材を使用する際には、歯牙の治療(修復)対象となる表面に施用した後、CR等の充填を行う前に、重合・硬化させて予め接着層を形成するのが一般的である。しかし、このようなCR等充填前の硬化(以下、「事前硬化」ともいう。)を行うためには、重合のための操作や時間が必要となるだけでなく、重合熱の発生等により患者に若干の負担をかけ、また、操作中に唾液や血液などにより接着層表面が汚染されて所期の接着強度が得られなくなる危険性がある。このため、事前硬化させる必要のない歯科用接着材も開発されている。
【0005】
例えば、特許文献3には、上記した事前硬化不要と言う特徴を有するばかりでなく、施用時における混合操作が不要な1液型の歯科用接着材として、「芳香族アミンを含有する光硬化型の充填材料を歯質に接着するための1液型の歯科用接着性組成物であって、1質量部~40質量部の(a1)酸性基含有重合性単量体、を含む100質量部の(A)重合性単量体と、0.05質量部~2質量部の(B)二価の銅化合物と、0.1質量部~10質量部の(c1)有機過酸化物と、0.01質量部~5質量部の(c2)無機過酸化物と、の少なくとも一方を含む(C)過酸化物と、0.1質量部~10質量部の(d1)ビスアシルフォスフィンオキサイド、を含む(D)光重合開始剤と、1質量部~50質量部の(E)水と、10質量部~300質量部の(F)有機溶媒と、を含有し、かつ還元剤を含有しない歯科用接着性組成物」が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009-137960号公報
【特許文献2】特開2018-027913号公報
【特許文献3】特開2020-138911号公報
【特許文献4】特開2005-89729号公報
【特許文献5】特許第6250245号
【特許文献6】国際公開第2020/050123号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】山田文一郎、「歯科有機材料の化学 基礎知識と応用」、第1版、山本貴金属地金株式会社、2016年7月5日、p.72
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献3に開示される前記歯科用接着性組成物は、1液型の構成を採りながら、施用後硬化を行うことなくCR等を施用してCR等の硬化と同時に硬化させることにより高い接着強度の接着層を形成することができるという、優れた効果を発揮するものである。しかし、このような効果を得るためには、歯科用充填材(CR等)として芳香族アミンを含有する光硬化型歯科用充填材(光硬化型CR等)を使用する必要がある。すなわち、前記歯科用接着性組成物は、これに含まれる(D)光重合開始剤にCR等を硬化させる時に照射される光を照射して硬化を図るものであるが、CR等の層を透過することによって接着材に到達する光の強度は低下するため、光硬化だけでは不十分であり、十分な硬化強度の接着層を形成するためには歯科用接着性組成物に含まれる(B)二価の銅化合物及び(C)過酸化物と、歯科用充填材から供給される芳香族アミンと、によって高活性な化学重合開始剤を形成させて、これを機能させる必要がある。
【0009】
紫外線は人体に対して有害であるため、通常の光硬化型CR等は一般的な歯科用の光照射器の光(470nm)照射で硬化できる可視光硬化型であり、その多くは、還元剤としてアミン化合物を含む。しかし、アミン化合物として脂肪族アミンが使用されることもあり(特許文献4参照。)、脂肪族アミンのみを用いた光硬化型CR等に対して前記歯科用接着性組成物を適用した場合には、上記高活性な化学重合開始剤は形成されないため、所期の効果は得られない。また、還元剤として芳香族アミンを含む光硬化型CR等に対して使用した場合であっても、含まれる芳香族アミンの種類や量はまちまちであり、十分な効果が得られないケースが発生することも懸念される。
【0010】
そこで、本発明は、可視光硬化型CR等に対して使用したときに、可視光硬化型CR等がアミン化合物を含むか否かに拘わらず、またアミン化合物を含む場合であってもその種類や配合量に拘わらず、事前硬化を行うことなく可視光硬化型CR等を充填して可視光硬化型CR等と同時に硬化させることができ、その時の硬化によって高い強度の接着層を形成することができる1液型の歯科用接着性組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、前記課題を解決するものであり、本発明の第一の形態は、酸性基含有重合性単量体を含む重合性単量体成分:100質量及びα―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤:0.5~5質量部を含有し、カンファーキノン:0.1~4質量部を更に含有するか、又は外部からカンファーキノンが供給されることにより可視光照射により硬化可能となる、ことを特徴とする1液型歯科用接着性組成物である。
【0012】
上記形態の1液型歯科用接着性組成物(以下、「本発明の1液型歯科用接着性組成物」又は「本発明の接着性組成物」ともいう。)は、カンファーキノン:0.1~4質量部を含有することが好ましい。
【0013】
また、重合性単量体及び光重合開始剤を含有し、可視光照射によって硬化する光硬化性組成物からなる光硬化型歯科用材料用の1液型の歯科用接着性組成物であることが好ましい。そして、このような本発明の1液型歯科用接着性組成物は、重合性単量体及びカンファ―キノンを含有する光重合開始剤を含有し、可視光照射によって硬化する光硬化性組成物からなる光硬化型歯科用材料用の1液型の歯科用接着性組成物であって、カンファーキノンを実質的に含有せず、前記光硬化型歯科用材料からカンファーキノンが供給されることにより可視光照射により硬化可能となる、1液型歯科用接着性組成物をも含む。
【0014】
本発明の1液型歯科用接着性組成物においては、前記α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤が、下記一般式(1)
【0015】
【化1】
【0016】
(式中、Phはフェニル基を表し、R、R、R及びRは、夫々独立に、一価の有機基又は水素原子を表す。)
で示される化合物からなることが好ましく、また、前記α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤が、三重項エネルギー移動型光増感反応を受け、且つ三重項励起エネルギーが62kcal/mol以下である化合物からなることが好ましい。
【0017】
更に、3級アミン(α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤を除く):1~5質量部を更に含有することが好ましく、水及び/又は有機溶媒からなる溶媒成分:20~450質量部を更に含有することも好ましい。
【0018】
本発明の第二の形態は、重合性単量体及び光重合開始剤を含有し、可視光照射によって硬化する光硬化性組成物からなる光硬化型歯科用材料と、歯科用接着性組成物と、の組み合わせからなる歯科修復用キットであって、前記光硬化型歯科用材料は、当該光硬化型歯科用材料の硬化体からなる厚さ1mmの試料について、背景を黒色及び白色とした色差計による三刺激値測定で得られる、黒色背景におけるY刺激値:Yb(黒色背景)及び白色背景におけるY刺激値:Yw(白色背景の比として定義されるコントラスト比:Yb/Ywが0.45以下である光硬化型歯科用材料であり、前記歯科用接着性組成物は、請求項1~8の何れか1項に記載の1液型歯科用接着性組成物である、ことを特徴とする前記歯科修復用キット(以下、「本発明のキット」ともいう。)である。
【0019】
本発明の第三の形態は、α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤及びカンファーキノンを含有することを特徴とする可視光型ラジカル重合開始剤(以下、「本発明の可視光型ラジカル重合開始剤」ともいう。)である。
【発明の効果】
【0020】
本発明の可視光型ラジカル重合開始剤によれば、強度の低い可視光(例えば400~500nmの波長領域の光)照射によってもラジカル重合性単量体を十分に硬化させることが可能である。そして、本発明の1液型歯科用接着性組成物は、本発明の可視光型ラジカル重合開始剤を含むこと、又は使用時において接着対象物である可視光照射によって硬化する可視光硬化型CR等から供給されるカンファーキノンを利用して本発明の可視光型ラジカル重合開始剤を形成できることから、事前硬化を省略しても、可視光硬化型CR等(の硬化体)を歯質に高い接着強度で接着することができる。したがって、患者への負担を軽減し、また、接着層への唾液や血液など付着による接着強度の低下を防止することが可能となる。
【0021】
また、上記効果は可視光硬化型CR等に含まれるアミン化合物などの成分には影響を受けないことから、本発明の1液型歯科用接着性組成物の適用できる可視光硬化型CR等の範囲は極めて広い。
【発明を実施するための形態】
【0022】
1.本発明の可視光型ラジカル重合開始剤および本発明の1液型歯科用接着性組成物の概要について
特許文献3に記載された1液型歯科用接着性組成物の適用対象となる可視光硬化型CR等は、芳香族アミンを含むことが必須であり、そのことにより適用可能な可視光硬化型CR等の範囲が狭くなってしまっている。芳香族アミンが必須となるのは、歯科用接着性組成物に含まれる成分と共に特定の化学重合開始剤を構成するためであることから、本発明者等は、化学重合開始剤の作用を利用することなく、光重合開始剤の作用だけで十分に硬化させることができれば適用対象となる可視光硬化型CR等は限定されないと考え、(強度の低い)透過光によっても十分な硬化強度を与える光重合開始剤について検討を行った。その結果、α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤は、単独では可視光によっては活性化しないにもかかわらず、カンファーキノンと共存した場合には、強度の低い可視光照射によっても高い重合活性を発揮することができることを見出した。
【0023】
そして、(1)上記特性を有するα―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤及びカンファーキノンを含有する可視光型ラジカル重合開始剤(本発明の可視光型ラジカル重合開始剤)を1液型歯科用接着性組成物の光重合開始剤として利用すればどのような可視光硬化型CR等を用いた場合でも事前硬化を行うことなく可視光硬化型CR等の硬化時に同時に硬化して高い強度の接着層を形成することができること、及び(2)カンファーキノンについては、接着対象物となる光硬化型歯科用材料にカンファーキノンが含まれていれば、このカンファーキノンを利用することもできること、に想到し、本発明を完成するに至ったものである。
【0024】
なお、α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤は、その吸収波長域を300~430nmの紫外領域であることからUVオフセットインキや液状レジストで使用されているが、一般的な歯科用の光照射器の光(470nm)では光反応を起こさない(人体に有害な紫外光照射が必要となる)ため、歯科治療において人体に直接適用する光硬化性材料には、通常、使用されないものである。また、カンファ―キノンは、光硬化型CR等の光重合開始剤の成分として汎用されているものであり(非特許文献1参照。)、前記(2)の光硬化型歯科用材料に含まれるカンファーキノンを利用する場合でも適用可能な可視光硬化型CR等の範囲はかなり広いものとなる。
【0025】
本発明は何ら論理に拘束されるものではないが、上記効果が得られる理由は次のようなものであると推定している。すなわち、α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤がカンファーキノンと共存した本発明の可視光型ラジカル重合開始剤が、強度の低い可視光照射によっても高い重合活性を発揮することができる理由は、カンファーキノン1分子が複数分子のα―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤と相互作用し、開始ラジカルが生じることによると推定している。たとえば前記(2)のケースでは、歯牙に形成された窩洞の内表面に、カンファーキノンを含まない態様の本発明の接着性組成物を施用した後に(これを硬化させることなく)光硬化型CR等を充填して、可視光を照射して硬化を行う場合、光硬化型CR等に含まれるカンファ―キノンは、本発明の接着性組成物内に移動した一部のものを含めて可視光を吸収し励起状態になる。そして接着性組成物の近傍や内部に存在する励起状態のカンファ―キノンとの相互作用によって接着性組成物に含まれるα―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤が分解されて、開始ラジカルが生じることで硬化が進行する。一方、カンファ―キノンは基底状態に戻り、上記サイクルを繰り返すため、低強度の可視光照射によっても高い重合活性が得られたものと推定している。
【0026】
このように、本発明の接着性組成物がカンファーキノンを特に含まない場合であっても、光硬化型CR等から供給される僅かなカンファ―キノン又は励起状態のカンファ―キノンによってα―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤が活性化されてラジカル重合開始剤として有効に機能し(重合硬化に必要なラジカルを発生させることができるようになり)、高い接着強さが得られるものと考えられる。なお、カンファ―キノンと3級アミンの組み合わせでは、原理的にカンファーキノン1分子から1分子の開始ラジカルが生じるので、接着性組成物においてα―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤を用いずに、この組み合わせを採用しても十分な硬化を得ることはできない。
【0027】
本発明の可視光型ラジカル重合開始剤においては、α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤:1質量部に対してカンファーキノンを0.04~1.6質量部、特に0.08~0.8質量部含有することが好ましい。また、後述する(α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤以外の)3級アミンを上記基準で0.4~2質量部、特に0.8~1.6質量部含有することが好ましい。
【0028】
以下、本発明の1液型歯科用接着性組成物を使用する対象となる光硬化型CR等(以下、「対象光硬化型CR等」ともいう。)及び本発明の1液型歯科用接着性組成物について、詳しく説明する。なお、本明細書においては特に断らない限り、数値x及びyを用いた「x~y」という表記は「x以上y以下」を意味するものとする。かかる表記において数値yのみに単位を付した場合には、当該単位が数値xにも適用されるものとする。また、本明細書において、「(メタ)アクリル系」との用語は「アクリル系」及び「メタクリル系」の両者を意味する。同様に、「(メタ)アクリレート」との用語は「アクリレート」及び「メタクリレート」の両者を意味し、「(メタ)アクリロイル」との用語は「アクリロイル」及び「メタクリロイル」の両者を意味する。
【0029】
2.対象光硬化型CR等及び本発明のキット
前記したように、本発明の1液型歯科用接着性組成物を使用する対象となる光硬化型CR等(対象光硬化型CR等)は、本発明の1液型歯科用接着性組成物がカンファーキノンを含むか否かによって若干異なり、含む場合には特に制限は無いが、カンファーキノンを(実質的に)含まない場合にはカンファーキノンを含む光硬化型CR等となる。
【0030】
上記対象光硬化型CR等としては、重合性単量体及び光重合開始剤を含む光硬化性組成物からなるものが特に限定されず、従来の光硬化型CR等で使用されているものが制限なく使用できる。上記重合性単量体としては、たとえば、後述する本発明の接着性組成物における「(a2)酸性基非含有重合性単量体」として好適に使用されるものが好適に使用できる。また、光重合開始剤も光硬化型CR等、特に可視光硬化型CR等で使用されているものが制限なく使用できるが、カンファ―キノンと3級アミンの組み合わせからなるものを使用することが好適である。3級アミンとしては、後述する本発明の接着性組成物における「(C)3級アミン」として好適に使用されるものが好適に使用できる。カンファーキノン(CQ)及び3級アミンの含有量は、通常、重合性単量体100質量部に対してCQ:0.2~2質量部及び3級アミン:0.01~10質量部であり、CQ:0.2~0.5質量部及び3級アミン0.02~10質量部であることが好ましい。
【0031】
対象光硬化型歯科用充填材は、研磨性や機械的強度を高めるために、シリカ、ジルコニア、シリカ―ジルコニア等の無機充填材(シランカップリング剤等の表面処理剤で処理されていてもよい。)を、重合性単量体100質量部に対して50~1500質量部、特に70~1000質量部含むことが好ましい。
【0032】
さらに、化学重合開始剤、重合禁止剤、紫外線吸収剤、顔料等の添加剤を適宜含んでいてもよい。
【0033】
通常の光硬化型CR等は、(活性化光となる可視光の)光照射によって内部まで硬化するようにするために、ある程度以上の透光性を有する。そのため、上記光照射時の光は事前に塗布された本発明の1液型歯科用接着性組成物にも届き、これを硬化させて皮膜を形成することにより事前硬化が不要となる。治療時において比較的深い窩洞内に光硬化型CR等に対しても、事前硬化不要で確実に所期の接着強度が得られるという観点から、本発明の1液型歯科用接着性組成物は、厚さ1mmの硬化体試料について、背景を黒色及び白色とした色差計による三刺激値測定で得られる、黒色背景におけるY刺激値:Yb(黒色背景)及び白色背景におけるY刺激値:Yw(白色背景の比として定義されるコントラスト比:Yb/Ywが0.45以下である光硬化型歯科用材料(対象光硬化型CR等)と組み合わせた歯科修復用キット(本発明のキット)として使用することが好ましい。このようなキットとして使用した場合には、たとえば光硬化型歯科用材料(対象光硬化型CR等)の厚さが例えば2.0mmであっても、事前硬化不要で十分な接着強度を得ることができる。このような効果の観点からYb/Ywが0.40以下の光硬化型歯科用材料(対象光硬化型CR等)と組み合わせた歯科修復用キットとすることが好ましい。Yb/Ywの下限値は特に限定されないが、通常は0.25以上、好ましくは0.3以上である。
【0034】
なお、上記コントラスト比:Yb/Ywは、硬化体の透明性の指標となるものであり、コントラスト比が低いほど透明性が高く、コントラスト比が低いほど透明性は高くなる。また、硬化前のCR等のコントラスト比(透明性)は硬化体のコントラスト比と一致するものではなく、組成によっては若干低くなったり高くなったりする場合があるが、光硬化型CRの硬化時には(硬化後の)硬化体にも光が照射されるので硬化体のコントラスト比が上記範囲内であれば確実に事前硬化不要で十分な接着強度を得ることができる。
【0035】
本発明のキットで用いられる光硬化型歯科用材料(対象光硬化型CR等)は上記条件を満足するものであれば特に限定されないが、透明性を低下させる(コントラスト比:Yb/Ywを大きくする)顔料等の着色剤の配合量が少なく、且つ歯牙に対する色調調和性が高いという理由から、例えば特許文献5又は6に記載されているような、光の干渉作用等によって発色する構造色を利用することによって着色剤による調色を省略し、且つ様々な色調を有する天然歯牙に対して高い色調調和性(或いは高い審美性)を有する修復を行うことができる光硬化型CR等(以下、「構造色系CR」ともいう。)を使用することが好ましい。
【0036】
ここで、構造色系CRとは、(1)重合性単量体、(2)100~1000nmの範囲の所定の平均一次粒子径を有する球状粒子群からなり、当該球状粒子群を構成する個々の粒子は、実質的に同一物質で構成されると共に当該個々の粒子の90%(個数)以上が平均一次粒子径の前後の5%の範囲に存在する、1又は複数の「同一粒径球状粒子群」(G-PID)を含んでなる無機粒子、及び(3)光重合開始剤を含有し、前記G-PIDを構成する球状粒子の25℃におけるナトリウムD線に対する屈折率が、前記重合性単量体の硬化体の前記屈折率よりも大きい硬化性組成物であって、当該硬化性組成物の硬化体が光の入射角の変化に寄らず一定の色調の構造色を発色する硬化性組成物からなるCR等を意味する。
【0037】
3.本発明の1液型歯科用接着性組成物の各成分について
3-1.(A)重合性単量体(モノマー)成分
(A)重合性単量体(モノマー)成分は、1分子中に少なくとも1つのラジカル重合性不飽和基を有する化合物である。本発明の接着性組成物では、(A)モノマーがラジカル重合することによって硬化する。(A)モノマーは、少なくとも(a1)酸性基含有重合性単量体(酸モノマー)を含む。
【0038】
3-1-1.(a1)酸性基含有重合性単量体(酸モノマー)
(a1)酸性基含有重合性単量体(酸モノマー)は、1分子中に、少なくとも1つのラジカル重合性不飽和基に加え、少なくとも1つの酸性基を含む重合性単量体を意味する。(a1)酸モノマーは、主に、歯質(象牙質、エナメル質)、卑金属(鉄、ニッケル、クロム、コバルト、スズ、アルミニウム、銅、チタン等あるいはこれらを主成分として含む合金)、および、ジルコニウムなどの金属と酸素とを主成分として含む金属酸化物(ジルコニアセラミックス、アルミナ、チタニアなど)に対する接着性を向上させる。また、(a1)酸モノマーは、歯質の脱灰効果や、歯質に対する高い浸透性向上効果を有し、充填修復材の歯質に対する接着性を良好なものとする。
【0039】
本発明で使用される(a1)酸モノマーは、従来の歯科用接着材に使用される酸モノマーと特に変わる点は無く、ラジカル重合性不飽和基として、アクリロイル基、メタクリロイル基、アクリルアミド基、メタクリルアミド基、スチリル基等を有し、酸性基としては、ホスホノ基{-P(=O)(OH)}、カルボキシル基{-C(=O)OH}、リン酸二水素モノエステル基{-O-P(=O)(OH)}、リン酸水素ジエステル基{(-O-)P(=O)OH}、スルホ基(-SOH)、及び酸無水物骨格{-C(=O)-O-C(=O)-}等を有するものが、特に制限なく使用される。これらの中でも、CR等との接着性の観点から重合性不飽和基は、アクリロイル基及び/又はメタアクリロイル基であることが好ましい。また、水に対する安定性が高く、歯面のスメア層の溶解や歯牙脱灰を緩やかに実施できる点から、カルボキシル基、リン酸二水素モノエステル基、リン酸水素ジエステル基から選択される少なくとも1種の基を有する重合性単量体が好ましく、リン酸二水素モノエステル基またはリン酸水素ジエステル基から選択される少なくとも1種の基を有する重合性単量体が最も好ましい。
【0040】
好適に使用できる(a1)酸モノマーを例示すれば、次のようなものを挙げることができる。すなわち、カルボキシル基を有するものとして、アクリル酸、メタクリル酸、4-(メタ)アクリロキシエチルトリメリット酸、11-(メタ)アクリロイルオキシ-1,1-ウンデカンジカルボン酸、1,4-ジ(メタ)アクリロイルオキシピロメリット酸、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルマレイン酸、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルフタル酸、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルヘキサヒドロフタル酸等を挙げることができる。また、スルホ基を有するものとして、2-メタクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、2-アクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、p-ビニルベンゼンスルホン酸、ビニルスルホン酸等を挙げることができる。さらに、リン酸二水素モノエステル基またはリン酸水素ジエステル基を有するものとして、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルジハイドロジェンホスフェート、ビス[2-(メタ)アクリロイルオキシエチル]ハイドロジェンホスフェート、2-(メタ)アクリロイルオキシエチルフェニルハイドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルジハイドロジェンホスフェート、6-(メタ)アクリロイルオキシヘキシルフェニルハイドロジェンホスフェート、10-(メタ)アクリロイルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルプロパン-2-ジハイドロジェンホスフェート、1,3-ジ(メタ)アクリロイルプロパン-2-フェニルハイドロジェンホスフェート、ビス[5-{2-(メタ)アクリロイルオキシエトキシカルボニル}ヘプチル]ハイドロジェンホスフェート等を挙げることができる。
【0041】
これら酸性基含有重合性単量体は1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0042】
また、目的接着性組成物における(a1)酸モノマーの配合量は、(A)モノマー成分の合計質量、すなわち、(a1)酸モノマー及び後述する(a2)非酸モノマーの合計質量を100質量部としたときの(a1)酸モノマーの配合量が3質量部~30質量部であることが好ましく、5質量部~20質量部であることがより好ましい。
【0043】
3-1-2.(a2)酸性基非含有重合性単量体(非酸モノマー)
(a2)酸性基非含有重合性単量体(非酸モノマー)は、1分子中に、酸性基を含まず、かつ、ラジカル重合性不飽和基を1以上含む化合物であれば公知の化合物を特に制限無く用いることができる。ラジカル重合性不飽和基としては、酸モノマーと同様にアクリロイル基及び/又はメタアクリロイル基であることが好ましい。
【0044】
(a2)非酸モノマーとして好適に使用できるものを例示すれば、次のようなものを挙げることができる。すなわち、単官能性重合性単量体としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、グリジジル(メタ)アクリレート、2-シアノメチル(メタ)アクリレート、ベンジルメタアクリレート、ポリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレート、2-ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、3-ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、グリセリルモノ(メタ)アクリレート等を挙げることができる。また、多官能性重合性単量体としては、2,2’-ビス{4-[2-ヒドロキシ-3-(メタ)アクリロイルオキシプロポキシ]フェニル}プロパン、トリエチレングリコールメタクリレート、2,2-ビス[(4-(メタ)アクリロイルオキシポリエトキシフェニル)プロパン]、1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)-2,2,4-トリメチルヘキサン、1,6-ビス(メタクリルエチルオキシカルボニルアミノ)-2,4,4-トリメチルヘキサン、トリメチロールプロパントリメタクリレート等を挙げることができる。
【0045】
(a2)非酸モノマーは、1種類のみを用いてもよく、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0046】
(a2)非酸モノマーの配合割合は、(A)モノマー成分の質量から、(a1)酸モノマーの含有量を除いた残部となる、すなわち、(A)モノマー成分100質量部中における(a2)非酸モノマーの含有量は70質量部~97質量部であることが好ましく、80質量部~95質量部であることがより好ましい。
【0047】
3-2.(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤
本発明の接着性組成物では、CR等の充填前の段階での光照射を不要とするために、CR等中のカンファ―キノンと相互作用する成分として(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤を配合する。
【0048】
(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤とは、下記一般式(1)で表される化合物であって、光照射による開裂反応でラジカルを生成する化合物を意味する。
【0049】
【化2】
【0050】
上記一般式(1)中の、Phはフェニル基を表し、R、R、R及びRは、夫々独立に、一価の有機基又は水素原子を表す。一価の有機基は、メチル基、エチル基、ベンジル基であることが好ましい。
【0051】
α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤としては、上記条件を満足し、且つ三重項エネルギー移動型光増感反応を受ける化合物であることが好ましく、さらに重合活性の高さから三重項励起エネルギーが62kcal/mol以下である化合物であることがより好ましい。好適に使用できる化合物としては、2-ベンジル-2-(ジメチルアミノ)-4‘-モルホリノブチロフェノン(BASFジャパン社製、商品名IRGACURE369:三重項励起エネルギー60kcal/mol)、2-(4-メチルーベンジル)-2-(ジメチルアミノ)-4‘-モルホリノブチロフェノン(BASFジャパン社製、商品名IRGACURE379:三重項励起エネルギー60kcal/mol)、及び2-メチル-4‘-(メチルチオ)-2-モルホリノプロピオフェノン(BASFジャパン社製、商品名IRGACURE907:三重項励起エネルギー61kcal/mol)等を挙げることができる。
【0052】
また、目的接着性組成物における(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤の配合量は、(A)モノマーの合計質量、すなわち、(a1)酸モノマー及び(a2)非酸モノマーの合計質量を100質量部としたときの(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤の配合量は0.5質量部~5質量部であり、1質量部~4質量部が好ましい。
【0053】
3-3.(C)その他光重合開始剤成分
本発明の1液型歯科用接着性組成物は、光重合開始剤成分として、(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤以外の(C)その他光重合開始剤成分を含んでいてもよい。ここで、光重合開始剤成分とは、光照射により励起状態となり、水素引き抜き反応や開裂反応によってラジカルを生じる化合物及びそのようなラジカル発生を促進する化合物を意味する。光重合開始剤としては、公知の光重合開始剤を制限無く用いることができるが、たとえば、カンファ―キノン等のα-ジケトン類及びアシルホスフィンオキサイド類、チオキサントン類等が使用できる。
【0054】
これらの中でも、対象光硬化型CR等の範囲がより広がるという観点から、(c1)カンファーキノンを含有し、本発明の1液型歯科用接着性組成物中において本発明の可視光型ラジカル重合開始剤が含まれるようにしておくことが好ましい。カンファーキノンの含有量は、通常(A)モノマーの合計質量100質量部に対して0.1~4質量部であり、0.2~2質量部であることが好ましい。
【0055】
また、接着性向上の目的で、その他光重合開始剤成分として、(c2)3級アミンを含むことが好ましい。(c2)3級アミンは水素供与体として重合活性を高めるほか、酸素による重合阻害を低減することで接着性を向上させる。
【0056】
このような(c2)3級アミンとしては、α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤以外の3級アミンであれば特に限定されず、分子中に芳香族環を有する芳香族3級アミンや、分子中に芳香族環を有していない脂肪族第3級アミンの何れの公知の化合物が制限なく使用できる。
【0057】
芳香族3級アミンとして好適に使用できるものを例示すれば、次のようなものを挙げることができる。すなわち、p-ジメチルアミノ安息香酸メチル、p-ジメチルアミノ安息香酸エチル、p-ジメチルアミノ安息香酸プロピル、p-ジメチルアミノ安息香酸アミル、p-ジメチルアミノ安息香酸イソアミル、p-ジエチルアミノ安息香酸エチル、p-ジエチルアミノ安息香酸プロピル等を挙げることができる。
【0058】
また、脂肪族3級アミンとして好適に使用できるものを例示すれば、次のようなものを挙げることができる。すなわち、トリエタノールアミン、N-メチルジエタノールアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、N,N-ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N-ジエチルアミノエチルメタクリレート等を挙げることができる。
【0059】
上述した(c1)芳香族3級アミンや(c2)脂肪族3級アミンはそれぞれ、1種単独で使用することもできるし、また、2種以上を併用することもできる。
【0060】
特に本発明では、接着性の観点から脂肪族3級アミンが好ましく、ラジカル重合性不飽和基を含むN,N-ジメチルアミノエチルメタクリレートが最も好ましい。
【0061】
また、目的接着性組成物における(c2)3級アミンの配合量は、(A)モノマーの合計質量100質量部に対して、1質量部~5質量部であることが好ましく、2質量部~4質量部がより好ましい。
【0062】
3-4.(D)溶媒成分
本発明の接着性組成物では、操作性や保存安定性の観点から水及び/又は有機溶媒からなる溶媒成分(D)を含むことが好ましい。
【0063】
(D)溶媒成分である水としては、貯蔵安定性、生体適合性及び接着性の観点で有害な不純物を実質的に含まない事が好ましく、例としては脱イオン水、蒸留水等が挙げられる。
【0064】
有機溶媒としては、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、ブタノール、イソブチルアルコール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;エチルエーテル、1,4-ジオキサン、テトラヒドロフラン等のエーテル類;酢酸エチル、蟻酸エチル等のエステル類;トルエン、キシレン、ベンゼン等の芳香族系溶媒;ペンタン、ヘキサン、ヘプタン、オクタン等のハイドロカーボン系溶媒;塩化メチレン、クロロホルム、1,2-ジクロロエタン等の塩素系溶媒;トリフルオロエタノール等のフッ素系溶媒等が使用できる。これらの中でも、溶解性および保存安定性等の観点で、ケトン類、アルコール類が好ましく、アセトン、メチルエチルケトン、エタノール、イソプロピルアルコール、ターシャリーブチルアルコールが特に好ましい。
【0065】
また、目的接着性組成物における(D)溶媒成分の配合量は、(A)モノマーの合計質量100質量部としたときに20質量部~450質量部であることが好ましく、40質量部~200質量部であることがより好ましい。
【0066】
3-5.その他の成分
本発明の1液型歯科用接着性組成物には、必要に応じて、上記の成分以外の各種添加剤などの成分を含んでいてもよい。添加剤としては、例えば、フィラー、重合禁止剤などが挙げられる。
【0067】
フィラーは、歯科用接着性組成物を硬化して得られる接着層における機械的強度や操作性を向上させるために配合される。フィラーとしては、特に制限はなく、公知の無機フィラー、有機フィラー、無機-有機複合フィラーを用いることができる。
【0068】
重合禁止剤としては、ヒドロキノン、ヒドロキノンモノメチルエーテル、ジブチルヒドロキシトルエンなどが挙げられる。
【0069】
また、複数の化合物の組み合わせからなる化学重合開始剤の成分の内の一部であれば、化学重合開始剤として機能しない範囲で(1液で保管できる範囲で)含むこともできる。たとえば、前記特許文献3に記載された歯科用接着性組成物に含まれる(B)二価の銅化合物及び(C)過酸化物を含むことができ、この場合、対象光硬化型CR等として芳香族アミンを含むものを使用したときには、特許文献3に記載された歯科用接着性組成物と同様に高活性な化学重合開始剤が形成され、より硬化性が高めることができる。
【実施例0070】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に制限されるものではない。
【0071】
1.原材料
まず、実施例及び比較例、参考例で原材料として用いた各物質とその略号を以下に示す。
【0072】
1-1.(A)重合性単量体(モノマー)
(a1)酸性基含有重合性単量体(酸モノマー)
・MDP:10-メタクリルオキシデシルジハイドロジェンホスフェート
・SPM:モノ(2-メタクリロキシエチル)アシッドホスフェートとビス(2-メタクリロキシエチル)アシッドホスフェートの混合物。
【0073】
(a2)酸性基非含有重合性単量体(非酸モノマー)
・BisGMA:2.2’―ビス[4―(2―ヒドロキシ―3―メタクリルオキシプロポキシ)フェニル]プロパン
・3G:トリエチレングリコールジメタクリレート
・HEMA:2―ヒドロキシエチルメタクリレート
・UDMA:2,2,4-トリメチルヘキサメチレンビス(2―カルバモイルオキシエチル)ジメタクリレート
・D―2,6E:2,2-ビス(4-メタクリロイルオキシポリエトキシフェニル)。
【0074】
1-2.(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤
・IC369:2-ベンジル-2-(ジメチルアミノ)-4‘-モルホリノブチロフェノン(BASFジャパン社製、IRGACURE369)
・IC379:2-(4-メチルーベンジル)-2-(ジメチルアミノ)-4‘-モルホリノブチロフェノン(BASFジャパン社製、IRGACURE379)
・IC907:2-メチル-4‘-(メチルチオ)-2-モルホリノプロピオフェノン(BASFジャパン社製、IRGACURE907)。
【0075】
1-3.α―アミノアセトフェノン型以外の(c1)光重合開始剤
・CQ:カンファ―キノン
・BTPO:ビス(2,4,6-トリメチルベンゾイル)フェニルフォスフィンオキサイド。
【0076】
1-4.(c2)3級アミン
・DMEM:メタクリル酸2-(ジメチルアミノ)エチル
・TEA:トリエタノールアミン
・DMBE:4-(ジメチルアミノ)安息香酸エチル。
【0077】
1-5.(D)溶媒
・アセトン
・エタノール
・IPA:イソプロパノール
・水。
【0078】
2.実施例及び比較例
実施例1
(1)1液型接着性組成物の調製
酸モノマーであるMDP:20質量部、非酸モノマーであるBis-GMA:33質量部及び3G:22質量部、HEMA:25質量部、(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤であるIRGACURE369:2.5質量部、溶媒であるエタノール:40質量部および水:20質量部を混合して接着性組成物を得た。
【0079】
(2)対象光硬化型CR等
対象光硬化型CR等となる歯科用コンポジットレジン(CR)として、エステライトユニバーサルフロー シェードCE{トクヤマデンタル社製、コントラスト比:Yb/Yw=0.39、以下、EUF(CE)と略記することもある。}を用いて、後述する歯質への接着強度評価を行った。
なお、上記コントラスト比は、CRを7mmφ×1mmの貫通した孔を有する型にいれ、両面にポリエステルフィルムを圧接したのちに、可視光線照射器(たとえば、エリパー、3M社製、照射強度1200mW/cm)で両面を10秒ずつ光照射し硬化させることによって得た厚さ1mmの硬化体試料について、色差計(東京電色製、「TC-1800MKII」)を用いて夫々黒色及び白色背景で測定したYb及びYwに基づき決定されたYb/Ywの値を意味する。
【0080】
(3)歯質への接着強度(接着強さ)評価
屠殺後24時間以内に抜去した牛前歯を、注水下、耐水研磨紙P600で研磨し、唇面に平行かつ平坦になるように、象牙質平面を削り出した研磨面に、直径3mmの穴を開けた両面テープを貼り付けた。続いて、研磨面のうち両面テープの穴から露出している接着面に、接着性組成物を塗布し、5秒間エアブローして乾燥させた。
【0081】
直径8mmの穴が設けられた厚み0.5mmのパラフィンワックスを、パラフィンワックスの穴と、両面テープの穴とが同心円となるように歯科用接着性組成物が塗布された接着面に貼り付けて深さが0.5mmである模擬窩洞を作製した。この模擬窩洞に上記EUF(CE)を充填してポリエステルフィルムで軽く圧接した後、可視光線照射器(エリパー、3M社製、照射強度1200mW/cm)を用い、光照射10秒による光硬化を行った。その後、あらかじめ研磨したSUS304製丸棒(直径8mm、高さ18mm)をレジンセメント(ビスタイトII、トクヤマデンタル社製)で接着した。最後に、37℃の水中にて24時間浸漬することで接着強度測定用のサンプルを得た。なお、使用したコンポジットレジン(エステライトユニバーサルフロー)は、CQを含む光重合性の組成物である。
【0082】
作製したサンプルについて、島津製作所製オートグラフ(クロスヘッドスピード2mm/分)を用いて引張接着強度(接着強さ)を測定した。4個のサンプルの測定値を平均し、測定結果としたところ、12.0MPaであった。なお、引張強度は10MPa以上であれば良好と判断される。
【0083】
実施例2~29
組成を表1及び表2に示すように変更した他は実施例1と同様にして本発明の1液型歯科用接着性組成物を得、評価を行った。評価結果を表1及び表2に示す。なお、これら表中の「↑」は、「同上」を意味する。
【0084】
【表1】
【0085】
【表2】
【0086】
比較例1~4
組成を表3に示すように変更した他は実施例1と同様にして本発明の1液型歯科用接着性組成物を得、評価を行った。評価結果を表3に示す。なお、表3中の「↑」は、「同上」を意味する。
【0087】
【表3】
【0088】
表1及び表2に示されるように実施例1~26ではいずれの場合においても接着試験結果が良好であった。
【0089】
一方、表3に示されるように比較例1では(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤を含まないため、接着強さが低かった。比較例2では歯質への接着性を示す酸モノマーを含まないため、接着強さが低かった。また、(B)α―アミノアセトフェノン型以外の光重合開始剤を用いた比較例3~4では、良好な接着試験結果が得られなかった。
【0090】
実施例30
(1)硬化性評価用試料の調製
酸モノマーであるMDP:20質量部、非酸モノマーであるBis-GMA:33質量部及び3G:22質量部、HEMA:25質量部、(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤であるIRGACURE369:0.4質量部、(C)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤以外の3級アミンであるDMBE:0.5質量部並びにCQ:0.3質量部を混合して硬化性評価用試料を得た。
【0091】
(2)硬化体の硬化性評価
6mmφ×1.0mmの孔を有するポリテトラフルオロエチレン製のモールドに硬化性評価用試料を充填してポリプロピレンフィルムで圧接し、可視光線照射器(エリパー、3M社製)を用い、当該照射器をポリプロピレンフィルムに密着して指定時間光照射し、硬化体を調製した。得られた硬化体を微小硬度計(松沢精機製MHT-1型)にてヴィッカース圧子を用いて、荷重50gf、荷重保持時間30秒で試験片にできたくぼみの対角線長さによりヴィッカース硬度を求めた。その結果を表4に示す。得られたヴィッカース硬度は、光照射時間が5秒の場合に5.6、20秒の場合に6.7であった。なお、本評価ではモノマー組成が異なる硬化体間での比較を行うために、照射時間が20秒の場合のヴィッカース硬度に対する、5秒の場合のヴィッカース硬度の割合(%)を即時硬化度と定義した。即時硬化度が高いほど短い(弱い)光照射でも硬化させることができる優れた光重合開始剤だと判断される。
【0092】
比較例5~8
組成を表4に示すように変更した他は実施例30と同様にして硬化性評価用試料を得、評価を行った。評価結果を表4に示す。
【0093】
【表4】
【0094】
表4に示されるように、実施例30では(a1)酸モノマーと(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤と歯科用材料からの供給を想定して添加したCQを含むため即時硬化度が高く、優れた光重合開始剤だと判断された。
一方で、表4に示されるように、比較例5では(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤を含まない組成のため、即時硬化度が低かった。
比較例6ではCQを含まないため、硬化が進行しなかった。その結果、ヴィッカース硬度が測定できなかった。
比較例7では(a1)酸モノマーを含まないため、即時硬化度が低かった。
比較例8では(a1)酸モノマーと(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤を含まないため、即時硬化度が低かった。
比較例8に比べ、比較例7の方が低いヴィッカース硬度を示したことから、(a1)酸モノマーを含まない(A)モノマーを用いた場合には(B)α―アミノアセトフェノン型の光重合開始剤は重合阻害となることが示唆された。
【0095】
実施例31~32
実施例1において、模擬窩洞に充填する歯科用コンポジットレジンを、実施例31においては、エステライトユニバーサルフローミディアム シェードA1(トクヤマデンタル社製、コントラスト比0.51)に、実施例32においては、エステライトユニバーサルフローミディアム シェードA4(トクヤマデンタル社製、コントラスト比0.53)に変更する以外は実施例1と同様にして歯質への接着強さ評価を行った。その結果、実施例31における接着強さは11.5MPaであり、実施例32における接着強さは11.3MPaであった。
【0096】
実施例33~35
直径8mmの穴が設けられた厚み0.5mmのパラフィンワックスの厚みを2.0mmに変更することにより、模擬窩洞の深さを2.0mmとし、更に模擬窩洞に充填する歯科用コンポジットレジンを表5に示すものに代える他は実施例1と同様にして歯質への接着強さ評価を行った。結果を表5に示す。
【0097】
なお、表5における歯科用コンポジットレジン:CRの欄における略号は、夫々以下のCRを意味する。
【0098】
・EUF(CE):実施例1で用いたのと同じ、エステライトユニバーサルフローミディアム シェードCE(トクヤマデンタル社製、コントラスト比0.39)
・OCF:オムニクロマフロー(トクヤマデンタル社製 構造色系CR、コントラスト比0.31)
・OC:オムニクロマ(トクヤマデンタル社製 構造色系CR、コントラスト比0.39)。
【0099】
【表5】