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特開2022-132080窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子
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  • 特開-窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022132080
(43)【公開日】2022-09-07
(54)【発明の名称】窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子
(51)【国際特許分類】
   C01B 33/06 20060101AFI20220831BHJP
   H01L 29/16 20060101ALN20220831BHJP
   C30B 29/38 20060101ALN20220831BHJP
【FI】
C01B33/06
H01L29/16
C30B29/38 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021206433
(22)【出願日】2021-12-20
(31)【優先権主張番号】P 2021030790
(32)【優先日】2021-02-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100120396
【弁理士】
【氏名又は名称】杉浦 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】藤田 利晃
(72)【発明者】
【氏名】安達 真樹
【テーマコード(参考)】
4G072
4G077
【Fターム(参考)】
4G072AA20
4G072BB05
4G072BB09
4G072DD07
4G072FF01
4G072GG02
4G072GG03
4G072HH02
4G072LL02
4G072MM01
4G072NN11
4G072RR07
4G072RR11
4G072TT17
4G072TT30
4G072UU30
4G077AA03
4G077AB03
4G077AB06
4G077BE11
4G077DA11
4G077EB01
4G077GA05
4G077GA06
4G077GA07
4G077HA05
4G077SB01
(57)【要約】
【課題】 格子熱伝導率が低い窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子を提供すること。
【解決手段】窒化物半導体材料は、M-Si-N-Te(但し、Mは遷移金属元素の少なくとも1種を示し、Teは任意元素である。)で示される金属窒化物であり、熱浸透率2000Ws0.5/mK未満である。特に、前記Mが、Cr,Mn,Ni,Mo,Wの少なくとも1種である。また、熱流スイッチング素子は、N型半導体層3と、N型半導体層上に積層された絶縁体層4と、絶縁体層上に積層されたP型半導体層5とを備え、N型半導体層及びP型半導体層の少なくとも一方が、上記窒化物半導体材料で形成されている。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
M-Si-N-Te(但し、Mは遷移金属元素の少なくとも1種を示し、Teは任意元素である。)で示される金属窒化物であり、熱浸透率2000Ws0.5/mK未満であることを特徴とする窒化物半導体材料。
【請求項2】
請求項1に記載の窒化物半導体材料において、
前記金属窒化物が、M-Si-N(但し、Mは遷移金属元素の少なくとも1種を示す。)で示されることを特徴とする窒化物半導体材料。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の窒化物半導体材料において、
電気抵抗率10Ωcm未満であることを特徴とする窒化物半導体材料。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の窒化物半導体材料において、
前記Mが、Cr,Mn,Ni,Mo,Wの少なくとも1種であることを特徴とする窒化物半導体材料。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の窒化物半導体材料において、
低熱伝導材料として用いられることを特徴とする窒化物半導体材料。
【請求項6】
N型半導体層と、
前記N型半導体層上に積層された絶縁体層と、
前記絶縁体層上に積層されたP型半導体層とを備え、
前記N型半導体層及び前記P型半導体層の少なくとも一方が、請求項1から5のいずれか一項に記載の窒化物半導体材料で形成されていることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低い格子熱伝導率を有する窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、バイアス電圧によって熱伝導率を能動的に変化させる熱流スイッチとして、例えば非特許文献1には、電気的絶縁性を示すポリイミドテープを2枚の半導体材料:Ag0.6Se0.4で挟み込んで電場を印加することで熱伝導度を変化させる熱流スイッチング素子が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】松永卓也、他4名、「バイアス電圧で動作する熱流スイッチング素子の作製」、第15回日本熱電学会学術講演会、2018年9月13日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記従来の技術には、以下の課題が残されている。
非特許文献1に記載の技術では、電圧を印加することで、半導体材料と絶縁体材料との界面に熱伝導可能な電荷を生成し、その電荷によって熱を運ぶことができるため、熱伝導が変化した状態に直ちに移行でき、比較的良好な熱応答性を得ることができる。しかしながら、この外部電場(外部電圧)に応じて材料界面起因の熱伝導が変化させ、素子全体の熱伝導の変化量を増大させるためには、ゼロバイアス(外部電圧が印加されていない状態)で、素子を構成する材料固有の熱伝導率を小さくする必要がある。熱伝導率は、熱浸透率の2乗に比例する関数であり、ゼロバイアスで、素子を構成する材料固有の熱浸透率を小さくする必要がある。ゼロバイアス時の、材料固有の熱伝導率は、格子熱伝導率と電子熱伝導率との和(足し算)で表される。
熱伝導率=格子熱伝導率+電子熱伝導率
【0005】
格子熱伝導は、結晶格子間を伝わる振動(フォノン、格子振動)による熱伝導である。また、電子熱伝導は、伝導電子による熱伝導であり、一般的に電気伝導率が増加すると電子熱伝導率が増加する傾向がある。このうち、半導体の電子熱伝導率については、半導体の導電性を維持するため、ゼロバイアス時の材料固有の電子熱伝導率は、トータルの熱伝導を大きくしない程度に、適当な値に調整する必要がある。なお、絶縁体材料は電子熱伝導を有しない。一方、格子熱伝導率については、小さいほど好ましい。低い格子熱伝導率を有する材料であると、ゼロバイアスでの素子全体の熱伝導率を下げることができるため、外部電場に応じた界面起因の熱伝導率の変化率を大きく、素子全体としての熱流スイッチング性能を向上させることができる。そのため、格子熱伝導率が低いことに由来する低熱伝導性(低熱浸透性)半導体材料と絶縁体材料とを用いることが要望されている。また、熱流スイッチング素子の耐熱性向上のため、構成材料として窒化物材料を用いることが望まれている。
【0006】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、格子熱伝導率が低い窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。すなわち、第1の発明に係る窒化物半導体材料は、M-Si-N-Te(但し、Mは遷移金属元素の少なくとも1種を示し、Teは任意元素である。)で示される金属窒化物であり、熱浸透率2000Ws0.5/mKK未満であることを特徴とする。
この窒化物半導体材料では、M-Si-N-Te(但し、Mは遷移金属元素の少なくとも1種を示し、Teは任意元素である。)で示される金属窒化物であり、熱浸透率2000Ws0.5/mK未満であるので、P型又はN型の半導体特性を有すると共に低い格子熱伝導率を有するので低い熱浸透率を示す低熱伝導性が得られる。なお、構成元素のうちMが遷移金属元素の少なくとも1種であることで導電性を向上させ、またSiは、結晶組織をナノクリスタル化(結晶サイズが5nm以下であり、非晶質を含む)させていると共に格子熱伝導率を低下させることが可能となるので、熱浸透率を低下させることが可能となる。
なお、「Teは任意元素である」との表記は、Te(テルル)の含有が任意ということを示している。つまり、Teを含んでも、含まなくてもよい事を示している。言い換えると、M-Si-N、または、M-Si-N-Te(但し、Mは遷移金属元素の少なくとも1種を示す)となる。
【0008】
第2の発明に係る窒化物半導体材料は、第1の発明において、前記金属窒化物が、M-Si-N(但し、Mは遷移金属元素の少なくとも1種を示す。)で示されることを特徴とする。
【0009】
第3の発明に係る窒化物半導体材料は、第1又は第2の発明において、電気抵抗率10Ωcm未満であることを特徴とする。
すなわち、この窒化物半導体材料では、遷移金属元素を含む窒化物であり、導電性を有しやすい遷移金属-窒素間結合を有する化合物であるので、10Ωcm未満の電気抵抗率が得られ、導電性に優れた半導体材料として好適である。
【0010】
第4の発明に係る窒化物半導体材料は、第1から第3の発明のいずれかにおいて、前記Mが、Cr,Mn,Ni,Mo,Wの少なくとも1種であることを特徴とする。
すなわち、この窒化物半導体材料では、前記Mが、Cr,Mn,Ni,Mo,Wの少なくとも1種であるので、低い熱浸透率が得られるとともに、低い電気抵抗率の金属窒化物材料が得られる。
【0011】
第5の発明に係る窒化物半導体材料は、第1から第4の発明のいずれかにおいて、低熱伝導材料として用いられることを特徴とする。
すなわち、この窒化物半導体材料では、低い熱浸透率が得られるため、熱流スイッチング素子等に用いる低熱伝導性半導体材料用に好適である。
【0012】
第6の発明に係る熱流スイッチング素子は、N型半導体層と、前記N型半導体層上に積層された絶縁体層と、前記絶縁体層上に積層されたP型半導体層とを備え、前記N型半導体層及び前記P型半導体層の少なくとも一方が、第1から第5の発明のいずれかの窒化物半導体材料で形成されていることを特徴とする。
【0013】
すなわち、この熱流スイッチング素子では、N型半導体層と、N型半導体層上に積層された絶縁体層と、絶縁体層上に積層されたP型半導体層とを備えているので、N型半導体層とP型半導体層とに外部電圧を印加すると、P型半導体層及びN型半導体層と絶縁体層との主に界面に電荷が誘起され、この電荷が熱を運ぶことで熱伝導率が変化する。
特に、N型半導体層及びP型半導体層の少なくとも一方が、第1から第3の発明のいずれかの窒化物半導体材料で形成されているので、格子熱伝導率が低く熱浸透率が低くなり、熱伝導率の変化率を外部電場(外部電圧)により大きくすることができる。
また、絶縁体層が窒化物である場合、N型半導体層及びP型半導体層の少なくとも一方が窒化物であるため、半導体層と絶縁体層との界面の接合性が高くなる。
【0014】
熱流スイッチング性能である電圧印加後の熱伝導率の上昇率Δkは、以下の式にて評価される。
Δk=k(V)/k(0)-1
Δk=b(V)/b(0)-1
k(V):電圧印加時の熱伝導率(W/mK)
k(0):電圧印加なしの熱伝導率(W/mK)
b(V):電圧印加時の熱浸透率(Ws0.5/mK)
b(0):電圧印加なしの熱浸透率(Ws0.5/mK)
上記の外部電圧で変化する界面起因の熱伝導率を、「第3熱伝導率」と定義し、外部電圧で変化しない材料固有の熱伝導率(格子熱伝導率と電子熱伝導率との足し算)と便宜上、区別する。
【0015】
k(V)=半導体の電子熱伝導率+半導体の格子熱伝導率+絶縁体の格子熱伝導率+第3熱伝導率
k(0)=半導体の電子熱伝導率+半導体の格子熱伝導率+絶縁体の格子熱伝導率
となり、熱流スイッチング性能を向上するには、電子熱伝導率、格子熱伝導率が小さい材料を選択することが好ましい。このうち、半導体の電子熱伝導については、半導体の導電性を維持するため、ゼロバイアス時の材料固有の電子熱伝導率は、トータルの熱伝導を大きくしない程度に、適当な値に調整する必要がある。一方、格子熱伝導率については、低い格子熱伝導率を有する材料であると、k(0)を小さくし、ゼロバイアスでの素子全体の熱伝導率を下げることができるため、熱伝導率は格子熱伝導率が低いほど、ゼロバイアスからの外部電場に応答する第3熱伝導率の寄与が大きくなり、外部電場に応じた熱伝導率の変化率が大きくなって熱流スイッチング性能が向上する。
【0016】
なお、N型半導体層と絶縁体層との界面及びその近傍と、P型半導体層と絶縁体層との界面及びその近傍との両方で電荷が生成されるため、生成される電荷量が多く、熱伝導率の大きな変化と高い熱応答性とを得ることができる。また、化学反応機構を用いない、物理的に熱伝導率を変化させる機構であるので、熱伝導が変化した状態に直ちに移行でき、良好な熱応答性を得ることができる。
また、外部電圧の大きさに乗じて、界面に誘起される電荷量が変化するので、外部電圧を調整することで、熱伝導率を調整することが可能となるので、本素子を介して、熱流を能動的に制御可能となる。
なお、絶縁体層が絶縁体であり、電圧印加に伴う電流が発生しないため、ジュール熱は生じない。そのため、自己発熱することなく、熱流を能動的に制御可能となる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
すなわち、本発明に係る窒化物半導体材料によれば、M-Si-N-Te(但し、Mは遷移金属元素の少なくとも1種を示し、Teは任意元素である。)で示される金属窒化物であり、熱浸透率2000Ws0.5/mK未満であるので、P型又はN型の半導体特性を有すると共に低い格子熱伝導率を有するので、低い熱浸透率を示す低熱伝導性が得られる。
このように本発明の窒化物半導体材料は、低い熱浸透率が得られるため、熱流スイッチング素子等に用いる低熱伝導性半導体材料用に好適である。
したがって、本発明の熱流スイッチング素子では、N型半導体層及びP型半導体層の少なくとも一方が、上記本発明の窒化物半導体材料で形成されているので、格子熱伝導率が低いN型半導体層,P型半導体層により、外部電場に応じた熱伝導率の変化率が大きくなって熱流スイッチング性能が向上する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明に係る窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子の一実施形態を示す斜視図である。
図2】本実施形態において、原理を説明するための概念図である。
図3】本発明に係る窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子の比較例を示す断面SEM画像である。
図4】本発明に係る窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子の実施例を示す断面SEM画像である。
図5】本発明に係る窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子の実施例を示す断面TEM画像である。
図6】本発明に係る窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子の実施例を示す断面TEM画像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明に係る窒化物半導体材料及びこれを備えた熱流スイッチング素子における一実施形態を、図1及び図2を参照しながら説明する。なお、以下の説明に用いる図面では、各部を認識可能又は認識容易な大きさとするために必要に応じて縮尺を適宜変更している。
【0020】
本実施形態の熱流スイッチング素子1は、図1及び図2に示すように、N型半導体層3と、N型半導体層3上に積層された絶縁体層4と、絶縁体層4上に積層されたP型半導体層5とを備えている。
さらに、本実施形態の熱流スイッチング素子1は、N型半導体層3に接続されたN側電極6と、P型半導体層5に接続されたP側電極7とを備えている。
【0021】
上記N型半導体層3及びP型半導体層5は、低熱伝導材料の窒化物半導体材料であって、M-Si-N-Te(但し、Mは遷移金属元素の少なくとも1種を示し、Teは任意元素である。)で示される金属窒化物であり、熱浸透率2000Ws0.5/mK未満かつ電気抵抗率10Ωcm未満である。
また、上記窒化物半導体材料は、ナノクリスタルである。
なお、本明細書では、結晶サイズが5nm以下であれば、非晶質の場合も含めてナノクリスタルと称している。
また、上記結晶サイズは、断面TEM画像で無作為に10点の結晶を選択し、それらの円相当径の平均値で求めている。
【0022】
上記Mは、Cr,Mn,Ni,Mo,Wの少なくとも1種である。
すなわち、上記金属窒化物は、Cr-Si-N,Mn-Si-N,Ni-Si-N,Mo-Si-N,W-Si-N,Cr-W-Si-N,Cr-Si-N-Te,W-Si-N-Teなどである。
これらの成膜方法は、スパッタリング法、分子線エピタキシー法(MBE法)等、各種成膜手法が採用される。
スパッタリング法については、スパッタリング装置にて、様々な組成比のターゲットを用いて、Arガス+窒素ガスの混合ガス雰囲気下において、スパッタガス圧、窒素ガス分圧等を変量し、上記金属窒化物を成膜することができる。
なお、成膜中の不可避不純物としてO(酸素)を微量に含有していても構わない。
また、N型半導体層3及びP型半導体層5に直接電圧を印加可能な場合は、N側電極6及びP側電極7が不要である。
【0023】
また、本実施形態の熱流スイッチング素子1は、絶縁性の基材2を備え、基材2上にN側電極6が形成されている。すなわち、基材2上に、N側電極6,N型半導体層3,絶縁体層4,P型半導体層5及びP側電極7が、この順で積層されている。なお、基材2上に、上記と逆の順序で積層しても構わない。また、基材2自体を、P側電極7又はN側電極6としても構わない。
【0024】
上記N側電極6及びP側電極7には、外部電源Vが接続され、電圧が印加される。なお、図1における矢印は、電圧(電場)の印加方向を示している。
N型半導体層3及びP型半導体層5は、厚さ1μm未満の薄膜で形成されている。特に、絶縁体層4との界面及びその近傍に生成される電荷e(正電荷,負電荷)は、5~10nmの厚さ範囲で主に溜まるため、N型半導体層3及びP型半導体層5は、100nm以下の膜厚で形成されることがより好ましい。なお、N型半導体層3及びP型半導体層5は、5nm以上の膜厚が好ましい。
また、絶縁体層4は、40nm以上の膜厚が好ましく、絶縁破壊が生じない厚さに設定される。なお、絶縁体層4は、厚すぎると電荷eを運び難くなるため、1μm未満の膜厚とすることが好ましい。
【0025】
なお、図2中の、N型半導体層3と絶縁体層4との界面及びその近傍に生成される電荷eの種類は、電子であり、白丸で表記されている。また、P型半導体層5と絶縁体層4との界面及びその近傍に生成される電荷eの種類は、正孔であり、黒丸で表記されている。(正孔は、半導体の価電子帯の電子の不足によってできた孔であり、相対的に正の電荷を持っているように見える。)
N型半導体層3及びP型半導体層5のN型,P型は、M元素の選択、組成比Si/(M+Si)比、N(窒素)の含有量で設定している。なお、上記窒化物半導体材料にN型,P型を示す金属元素をドーパントとして添加することでもN型,P型を設定可能である。
【0026】
絶縁体層4は、熱伝導率が小さい絶縁性材料であることが好ましく、SiO等の絶縁体、HfO,BiFeO等の誘電体、ポリイミド(PI)等の有機材料などが採用可能である。特に、誘電率の高い誘電体材料が好ましい。
上記基材2は、例えばガラス基板などが採用可能である。
上記N側電極6及び上記P側電極7は、例えばMo,Al等の金属で形成される。
【0027】
本実施形態の熱流スイッチング素子1は、図2に示すように、電場(電圧)印加により、N型半導体層3と絶縁体層4との界面及びその近傍に熱伝導可能な電荷eを生成することで、生成した電荷eが熱を運んで熱伝導率が変化する。
【0028】
電場(電圧)印加により界面及びその近傍に生成した電荷により、より大きな熱伝導率変化を得るには、格子熱伝導率が小さい材料が適しており、本実施形態の上記窒化物半導体材料は、格子熱伝導率が小さい、すなわち熱伝導率が小さい材料である。
また、上記定義した第3熱伝導率は、印加する外部電場(電圧)に応じて生成される電荷eの量に応じて増大する。
なお、N型半導体層3及びP型半導体層5と絶縁体層4との界面で電荷eが生成されることから、界面の総面積を増やすことで、生成する電荷eの量も増やすことができる。
【0029】
上記熱伝導率の測定方法は、例えば基板上に形成された薄膜試料をパルスレーザーで瞬間的に加熱し、薄膜内部への熱拡散による表面温度の低下速度あるいは表面温度の上昇速度を測定することにより、薄膜の膜厚方向の熱拡散率又は熱浸透率を求める方法であるパルス光加熱サーモリフレクタンス法により行う。なお、上記パルス光加熱サーモリフレクタンス法のうち、熱拡散を直接測定する方法(裏面加熱/表面測温(RF)方式)では、パルスレーザーが透過可能な透明基板を用いる必要があるため、透明基板でない場合は、熱浸透率を測定し、熱伝導率に換算する方式である表面加熱/測温(FF)方式で熱伝導率を測定する。なお、この測定には、金属膜が必要であり、Mo,Al等が採用される。
本実施形態では、表面加熱/測温(FF)方式で熱浸透率を測定している。
【0030】
本実施形態の熱流スイッチング素子1では、N型半導体層3と絶縁体層4との界面及びその近傍と、P型半導体層5と絶縁体層4との界面及びその近傍との両方で電荷eが生成されるため、生成される電荷量が多く、熱伝導率の大きな変化と高い熱応答性とを得ることができる。また、化学反応機構を用いない、物理的に熱伝導率を変化させる機構であるので、熱伝導が変化した状態に直ちに移行でき、良好な熱応答性を得ることができる。
【0031】
また、外部電圧の大きさに乗じて、界面に誘起される電荷量が変化するので、外部電圧を調整することで、熱伝導率を調整することが可能となるので、本素子を介して、熱流を能動的に制御可能となる。
なお、絶縁体層4が絶縁体であり、電圧印加に伴う電流が発生しないため、ジュール熱は生じない。そのため、自己発熱することなく、熱流を能動的に制御可能となる。
また、絶縁体層が窒化物である場合、N型半導体層及びP型半導体層の少なくとも一方が窒化物であるため、半導体層と絶縁体層との界面の接合性が高くなる。
【0032】
このように本実施形態の窒化物半導体材料(N型半導体層3とP型半導体層5)では、M-Si-N-Te(但し、Mは遷移金属元素の少なくとも1種を示し、Teは任意元素である。)で示される金属窒化物であり、熱浸透率2000Ws0.5/mK未満であるので、P型又はN型の半導体特性を有すると共に低い格子熱伝導率を有するので低い熱浸透率を示す低熱伝導性が得られる。なお、構成元素のうちMが遷移金属元素の少なくとも1種であることで導電性を向上させ、またSiは、結晶組織をナノクリスタル化(結晶サイズが5nm以下であり、非晶質を含む)させていると共に熱浸透率を低下させている。
【0033】
また、本実施形態の窒化物半導体材料では、遷移金属元素を含む窒化物であり、導電性を有しやすい遷移金属-窒素間結合を有する化合物であるので、10Ωcm未満の電気抵抗率が得られ、導電性に優れた半導体材料として好適である。
さらに、上記Mが、Cr,Mn,Ni,Mo,Wの少なくとも1種であるので、低い熱浸透率が得られると共に、低い電気抵抗率の金属窒化物材料が得られる。
本実施形態の熱流スイッチング素子1では、N型半導体層3と、N型半導体層3上に積層された絶縁体層4と、絶縁体層4上に積層されたP型半導体層5とを備えているので、N型半導体層3とP型半導体層5とに外部電圧を印加すると、P型半導体層5及びN型半導体層3と絶縁体層4との主に界面に電荷eが誘起され、この電荷eが熱を運ぶことで熱伝導率が変化する。
【0034】
特に、N型半導体層3及びP型半導体層5が、上記窒化物半導体材料で形成されているので、ゼロバイアス時に、低い格子熱伝導率を有して低い熱浸透率を示す低熱伝導性が得られ、熱伝導率の変化率を外部電場(外部電圧)により大きくすることができる。すなわち、格子熱伝導率が低いほど、ゼロバイアスからの外部電場に応答する界面起因の熱伝導率の寄与が大きくなり、外部電場に応じた熱伝導率の変化率が大きくなって熱流スイッチング性能が向上する。
【実施例0035】
上記実施形態に基づいて以下の表1に記載の材料(Cr-Si-N,Mn-Si-N,Ni-Si-N,Mo-Si-N,W-Si-N,Cr-W-Si-N,Cr-Si-N-Te,W-Si-N-Te)をSiO上に窒素含有雰囲気中の反応性スパッタで成膜した本発明の実施例について、その結晶組織,熱浸透率及び電気抵抗率について測定した。その結果を表1に示す。
なお、各実施例の組成は、窒素分率(N/(Ar+N))を変えると共に、Si/(M+Si)比を変えて設定した。
【0036】
組成分析は、X線光電子分光法(XPS)にて元素分析を行った。XPSでは、Arスパッタにより、最表面から深さ20nmのスパッタ面において、定量分析を実施した。なお、定量精度について、N/(M+Si+N)の定量精度は±2%、Si/(M+Si)の定量精度は±1%ある。
電気抵抗率(比抵抗)は、4端子法(van der pauw法)にて25℃で測定した。半導体のN型,P型の判定は、ホール効果測定により判定した。ホール効果測定時の印加磁場の大きさは0.5テスラとした。
また、比較例として、結晶組織が柱状結晶のもの(Cr-N,Cr-Si-N,Mn-N,Mo-N,W-N)を成膜したものについても、その熱浸透率及び電気抵抗率について測定した結果も表1に示す。
【0037】
上記熱浸透率は、パルス光加熱サーモリフレクタンス法のFF方式(表面加熱/表面測温)にて測定した(測定装置:ピコサーム社PicoTR)。測定は、室温で行った。
熱伝導率は、以下の式により熱浸透率から計算される。
熱伝導率k=(熱浸透率b)/体積熱容量
=(熱浸透率b)/(比熱×密度)
【0038】
【表1】
【表2】
【0039】
これらの結果から、各比較例では、いずれも結晶組織が柱状結晶であると共に熱浸透率が2500Ws0.5/mK以上であるのに対し、本発明の各実施例は、いずれも結晶組織がナノクリスタルであると共に熱浸透率が2000Ws0.5/mK未満の低熱伝導材料であった。また、本発明の各実施例の電気抵抗率は、いずれも10Ωcm未満であった。
特に、実施例1~13では、電気抵抗率が1Ωcm未満であった。
また、Teを9at%以上含む実施例21,24~26では、熱浸透率が1000Ws0.5/mK未満の低熱伝導材料であった。
また、Teを含む実施例21~26は、P型半導体であった。
また、本発明の実施例27として、上記実施例6のNi-Si-NのN型半導体に、Teが添加された材料(Ni-Si-N-Te)も作製した。
なお、Te量を9at%未満とする実施例27(Ni-Si-N-Te)の熱浸透率は、1163Ws0.5/mKとなり、実施例6のNi-Si-Nに比べ、熱浸透率が非常に小さくなった。また、この実施例27(Ni-Si-N-Te)の電気抵抗率は、9.46×10-3Ωcmであり、N型半導体であった。
なお、実施例1~27におけるM-Si-N-Teの各元素の組成範囲としては、Mは27.5~63.1at%、Siは10.8~33.7at%、Nは7.8~46.8at%、Teは0~29.6at%、各元素の合計は100at%であった。また、Si/(M+Si)は14.6~49.4at%であった。
【0040】
次に、上記比較例及び実施例のうちいくつかについて、断面SEM画像(斜め45度視野)を図3及び図4に示す。図3中には、比較例3のCr-Si-N膜、及び、比較例8のW-N膜の断面組織、表面組織が共に示されている。図4中には、実施例2のCr-Si-N膜、実施例4のMn-Si-N膜、実施例8のMo-Si-N膜、実施例11のW-Si-N膜の断面組織、表面組織が共に示されている。基板をへき開破断したものを用いており、例えば、柱状結晶の破断等は、基板をへき開破断した際に生じたものである。
さらに、上記比較例及び実施例のうちいくつかについて、断面TEM:HAADF-STEM(高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法)像を図5及び図6に示す。図5中には、実施例8のMo-Si-N膜、実施例11のW-Si-N膜の断面組織が示されている。図6中には、実施例25のW-Si-N-Te膜の断面組織が示されている。
これらの画像からわかるように、比較例の結晶組織が10~20nmφの柱状結晶であるのに対し、本発明の実施例の結晶組織は結晶サイズ5nm以下の緻密なナノクリスタルとなっている。さらに、断面TEM観察を実施した実施例について、膜断面の電子線回折を実施し、いずれも、結晶サイズが比較的大きいことを示唆するような、長周期的な結晶性を示す電子線回折像は検出されておらず、結晶サイズが非常に小さいナノクリスタルであることを確認している。なお、本明細書では、結晶サイズが5nm以下であれば、非晶質の場合も含めてナノクリスタルと称している。
【0041】
視斜角入射X線回折(Grazing Incidence X-ray Diffraction、薄膜XRD)も実施し、比較例の柱状結晶材料については、結晶化膜を示すピークが観測されているが、実施例については、結晶サイズが比較的大きいことを示唆するような、長周期的な結晶性を示すピークは検出されておらず、結晶サイズが非常に小さいナノクリスタルであることを示している。(本明細書では、結晶サイズが5nm以下であれば、非晶質の場合も含めてナノクリスタルと称している。)
【0042】
さらに、実施例のナノクリスタル膜は、表面平滑性が高く、かつ、緻密であり、高密度であることがわかる。すなわち、低熱伝導は、空隙等、密度が小さいことに由来するのではなく、本窒化物材料自体が低い熱伝導率を有することを示す。これらの結果は、ナノクリスタル化させたことで、結晶格子間を伝わる振動(フォノン、格子振動)による熱伝導を低減させ、格子熱伝導を低減し、熱浸透率が2000Ws0.5/mK未満の低熱伝導性半導体材料が得られたことを示している。
【0043】
次に、本発明の上記実施例の窒化物半導体材料をP型半導体層として用いた熱流スイッチング素子を作製し、電圧に対する熱浸透率と電圧印加後の熱伝導率の上昇率とを測定した結果を、表3に示す。
なお、以下の材料を用いてN型半導体層上に、絶縁体層、P型半導体層及びP側電極を積層して本発明の実施例とし、その熱伝導度の変化について測定した。
N型半導体層:N型半導体のSi基板(厚さ0.38mm)
絶縁体層:SiO(厚さ100nm)
P型半導体層:CrSiN(実施例3)
WSiN(実施例11)
WSiNTe(実施例25)
(各厚さ40nm)
P側電極:Mo(厚さ100nm)
【0044】
なお、SiO(厚さ100nm)及びP型半導体層(厚さ40nm)は、それぞれ単膜にて熱伝導率が2W/mK未満であることは確認済みである。
上記N型半導体のSi基板とP側電極のMoとにAu線を接続し、電圧を印加した。また、測定は、室温で行った。
【0045】
【表3】
【0046】
なお、熱浸透率は、パルス光加熱サーモリフレクタンス法のFF方式(表面加熱/表面測温)にて測定した(測定装置:ピコサーム社PicoTR)。測定は、室温で行った。
熱伝導率は、以下の式により熱浸透率から計算される。
熱伝導率k=(熱浸透率b)/体積熱容量
=(熱浸透率b)/(比熱×密度)
【0047】
したがって、電圧印加後の熱伝導率の上昇率Δkは、以下の式にて評価される。
Δk=k(V)/k(0)-1
Δk=b(V)/b(0)-1
k(V):電圧印加時の熱伝導率(W/mK)
k(0):電圧印加なしの熱伝導率(W/mK)
b(V):電圧印加時の熱浸透率(Ws0.5/mK)
b(0):電圧印加なしの熱浸透率(Ws0.5/mK)
【0048】
上記パルス光加熱サーモリフレクタンス法(FF法)による測定は、P側電極のMo膜側から、パルスレーザーで瞬間的に素子を加熱し、薄膜内部への熱拡散による表面温度の低下速度を測定することで、薄膜の熱浸透率が計測される。
この熱浸透率が大きい、すなわち熱伝導率が大きいと熱の伝わり方が大きくなり、温度の低下する時間が速くなる。
【0049】
これらの結果からわかるように、本発明の各実施例ともゼロバイアス(外部電圧が印加されていない状態)での熱浸透率が2000Ws0.5/mK未満であると共に、電圧印加後の熱伝導率の上昇率が電圧上昇に伴って大きくなっている。
特に、Teを含む実施例25の窒化物半導体材料をP型半導体層として用いた熱流スイッチング素子では、ゼロバイアスでの熱浸透率がより小さくなっていると共に、電圧印加後の熱伝導率の上昇率が電圧上昇に伴ってさらに大きくなっている。
Teを9at%以上含む窒化物半導体材料の単体の熱浸透率は、1000Ws0.5/mK未満の低い熱浸透性を示しており、実施例25では、きわめて低い熱伝導材料を用いたことで、ゼロバイアスでの熱流スイッチング素子の熱浸透率b(0)を小さくすることができたため、外部電場に応じた界面起因の熱伝導率の変化率を大きくすることができ、電圧印加後の熱伝導率の上昇率Δkが増加し、熱流スイッチング性能を向上させることができたと考えられる。
【0050】
なお、本発明の技術範囲は上記実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0051】
例えば、本発明の上記窒化物半導体材料では、上記Mが遷移金属元素の少なくとも1種であるが、Ta,Hfを多く含有させると絶縁性が高くなり半導体特性が得られなくなるため、Mを構成する主成分の元素としてTa,Hfは好ましくない。なお、Mとして上述したCr,Mn,Ni,Mo,Wの少なくとも1種等の遷移金属元素を主成分の元素とした場合、Ta,Hfの少なくとも一種を、半導体特性が得られる範囲で微量に含有させても構わない。
【符号の説明】
【0052】
1…熱流スイッチング素子、3…N型半導体層、4…絶縁体層、5…P型半導体層
図1
図2
図3
図4
図5
図6