(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022132267
(43)【公開日】2022-09-08
(54)【発明の名称】ポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法
(51)【国際特許分類】
B21D 22/20 20060101AFI20220901BHJP
【FI】
B21D22/20 J
B21D22/20 H
B21D22/20 A
B21D22/20 E
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021031297
(22)【出願日】2021-02-28
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-11-05
(71)【出願人】
【識別番号】399026328
【氏名又は名称】しのはらプレスサービス株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】512027599
【氏名又は名称】野原 清彦
(71)【出願人】
【識別番号】504151365
【氏名又は名称】大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】100093816
【氏名又は名称】中川 邦雄
(72)【発明者】
【氏名】篠原 正幸
(72)【発明者】
【氏名】川端 信行
(72)【発明者】
【氏名】佐久間 大己
(72)【発明者】
【氏名】野原 清彦
(72)【発明者】
【氏名】早野 仁司
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 学行
(72)【発明者】
【氏名】山中 将
(72)【発明者】
【氏名】加藤 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】山本 明
【テーマコード(参考)】
4E137
【Fターム(参考)】
4E137AA05
4E137AA11
4E137AA17
4E137BA01
4E137BA02
4E137BA04
4E137BA05
4E137BA06
4E137BA07
4E137BC01
4E137BC05
4E137CA09
4E137CA24
4E137CA26
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4E137FA23
4E137FA27
4E137GA02
4E137GB01
4E137GB02
4E137GB03
4E137GB04
4E137GB05
4E137GB08
4E137GB09
4E137GB10
4E137GB11
4E137GB13
4E137GB15
4E137GB16
4E137GB20
4E137HA06
(57)【要約】
【課題】鉄系及び非鉄系の金属材料のナノレベルの微視的変形挙動を踏まえ、これを適切に実用的な巨視的加工条件に結びつけることにより、金属材料の種類によらず、優れたプレス加工性の実現を可能にした金属材料のプレス加工方法を提案する。
【解決手段】金属材料のプレス加工に際して、ポンチを上下動させてポンチストロークに振動を与えるポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法であって、
ポンチストロークにおけるポンチの前進行程において、前記ポンチと前記金属材料の接触時に前記金属材料に対する加工力が発生し、前記金属材料の成形が進み、前記ポンチの後退行程と次に続くポンチの前進行程において、前記ポンチが前記金属材料に接触するまでの非接触時に、前記金属材料の内部に生じたナノレベルの微視的な応力場と歪場を緩和・平準化させる微振動動作を、
前記ポンチストロークに付与する金属材料の微振動プレス加工方法とした。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
絞り加工を主体とする金属材料のプレス加工に際して、
ポンチを上下動させてポンチストロークに振動を与えるポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法であって、
ポンチストロークにおけるポンチの前進行程において、前記ポンチと前記金属材料の接触時に前記金属材料に対する加工力が発生し、前記金属材料の成形が進み、
前記ポンチの後退行程と次に続くポンチの前進行程において、前記ポンチが前記金属材料に接触するまでの非接触時に、前記金属材料の内部に生じたナノレベルの微視的な応力場と歪場を緩和・平準化させる微振動動作を、
前記ポンチストロークに付与することを特徴とするポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項2】
1回のポンチストロークの前進及び後退距離をXP及びXrとすると、
この間の進行距離はΔX=XP-Xr,
さらに前記前進及び後退速度をVP及びVr、前進及び後退時間をtP及びtrとすると、
この間の進行速度はΔV=ΔX/(tP+tr)=(VP・tP)/(tP+tr)≡(XP+Xr)/(tP+tr)であり、
この場合、前記微振動動作は、XP>Xr,(即ちΔX>0)及びVP>Vr,(即ちΔV>0)(ポンチの進行方向を+、後退方向を-とする)を同時に満たすことを特徴とする請求項1に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項3】
前記微振動動作させた前記ポンチストロークによる前記プレス加工において、
移動距離をXとした場合、添え字P,rをそれぞれ前進及び後退線形運動を表すものとして、
X>0;0mm<XP≦100mm;0mm<Xr≦50mm;XP≧Xr>0なる条件と、
移動速度をVとした場合、VP≧1mm/sec;VP≧Vr>0なる条件の双方を満たすことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項4】
前記ポンチストロークに付与される前記微振動動作の振動数ν(Hz)の範囲は3≦ν≦10であり、
前記ポンチストロークの上死点から下死点までのサーボ制御による加工中の前進・後退振動のポンチストロークの微振動動作のパターンは、
慣用加減速線形定速前進後退等速又は非等速運動(P1)、
定速戦記前進後退等速又は非等速運動(P2)、
もしくは正弦波定角速度線形前進後退等速又は非等速運動(P3)、
或いはこれらを組み合わせたPjCj(j=1or2or3)
であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項5】
前記PjCj(j=1or2or3)中のPj(j=1or2or3)の占める比率Ψj(j=1or2or3)(ただしΣΨj=1であることを前提とする)は任意にとることができ、
前記振動数ν(Hz)の繰り返し数Niは1~3回であることを特徴とする請求項4に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項6】
前記微振動動作させたポンチストロークによる前記プレス加工における平均移動速度がVave、最大絞り深さがHmax、最大絞り加工時間がTmaxとすると、
それぞれ次式、
Vave=<Σ[∫{(XP-Xr)/ν}・t]dt>/tf
Hmax=[∫∫{(XP-Xr)・ν}dvdt]max
Tmax=Σ<Σ[∫{(1/ν)dν}](Ni)>i
で示される(ここにtfは絞り抜けに要した時における時間)ことを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項7】
前記微振動動作させたポンチストロークによる前記プレス加工における前記金属材料の加工温度Tが前記金属材料の結晶系によって以下の条件
体心立方系材料:室温≦T≦200℃
面心立方系材料:室温≦T≦300℃
稠密六方系材料:室温≦T≦400℃
に従うことを特徴とする請求項1~6のいずれか1項に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項8】
前記金属材料が、前記室温を20℃とした場合、以下の結晶系によって、
体心立方系材料:純鉄・炭素鋼・高張力鋼・
表面処理鋼・フェライトステンレス鋼・
β型チタニウム合金・タンタル・ニオブ
面心立方系材料:オーステナイトステンレス鋼・アルミニウム合金
・銅合金
稠密六方系材料:マグネシウム合金・α型チタニウム合金
であることを特徴とする請求項7に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項9】
前記加工温度Tに応じて、
動粘度Γが、
T≦40℃の場合:Γ=25~100cSt
T>40℃の場合:Γ=80超~800cSt
の潤滑剤をそれぞれ使用することを特徴とする請求項7又は8に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項10】
前記ポンチストロークの上下動に前記微振動動作を付与するサーボ機器と、プレス絞り加工用の金型工具から熱伝導によって前記金型材料の加工温度を制御する温度制御装置を用いることを特徴とする請求項1~9のいずれか1項に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項11】
請求項7~9のいずれか1項に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法を経た成形体に、
加工温度Tが、
T=室温の場合:従来法で、
T=室温超~200℃の場合:温間プレス加工方法で、
リストライク加工またはしごき加工を施すことを特徴とするポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項12】
請求項7~9のいずれか1項、又は請求項11に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法を経た成形体に、
前記加工温度Tが、
T=室温の場合:従来法で、
T=室温超~200℃の場合:温間プレス加工方法で、
穴あけまたはバーリング突起出し加工を施すことを特徴とするポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
【請求項13】
請求項1~請求項12の何れか1項に記載のポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法を利用して、焼鈍熱処理及びマシーニングセンターによる切削加工を回避した単一工程によるプレス加工製品を製造することを特徴とする、プレス加工品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄系及び非鉄系の金属材料のナノレベルの微視的変形挙動を踏まえ、これを適切に実用的な巨視的加工条件に結びつけることにより、金属材料の種類によらず、優れたプレス加工性の実現を可能にした金属材料のプレス加工方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鉄系及び非鉄系金属材料の弾塑性加工、おもに深絞り加工は、従来室温においてメカニカル/クランクプレス機や油圧プレス機、液圧・超音波・電磁力等を利用した特殊プレス機を用いて、また近年ストロークの動作を可変にしたサーボプレス機を用いて行われている。弾塑性加工は、室温での冷間加工や再結晶温度以上で行う熱間加工で行われることが多いが、最近では工具や被加工材を温間温度に加熱する温間加工法や加工速度と加工温度を同時に制御する「融合加工法」等も提案され、実用化されているものもある(特許文献1~9、非特許文献1~9を参照)。
最も一般的な弾塑性加工方法は汎用クランクプレス機や油圧プレス機を室温で用いる場合であり、以降これを「従来法」と称し、上記「温間加工法」や「融合加工法」とともに本発明に関わる加工法の比較対象とし、以下本発明との優劣の判断に用いる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開昭54-142168号公報
【特許文献2】特開昭54-143763号公報
【特許文献3】特開昭62-176617号公報
【特許文献4】特開平11-309518号公報
【特許文献5】特開平11-309519号公報
【特許文献6】WO2013/115401号公報
【特許文献7】特開2015-020208号公報
【特許文献8】特開昭54-142462号公報
【特許文献9】特開平07-048589号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】幸田成康:「金属物理学序論」, (1967), [コロナ社]
【非特許文献2】日本塑性加工学会編:「塑性加工便覧」, (2008), [ コロナ社]
【非特許文献3】D. McLean : ” Mechanical Properties of Metals “ , (1962) , [ John Wiley & Sons, Inc. ]
【非特許文献4】William C. Leslie:” The Physical Metallurgy of Steels”, ( 1981 ) , [ McGraw Hill, Inc. ]
【非特許文献5】野原清彦:「ステンレス鋼薄板の原価低減への取り組みとプレス加工技術」、プレス技術 (2007)、 [日刊工業新聞社]
【非特許文献6】日本金属学会編:「金属便覧」, (2008), [丸善株式会社]
【非特許文献7】野原清彦:「ステンレス鋼大全」, (2016), [日刊工業新聞社]
【非特許文献8】K. Nohara, Y. Watanabe and K. Yamahata:” Warm Press Forming of Stainless Steel Sheets “, (1990) , 1st Int. Conf. on New Manufacturing Tech. (Proc.), Japan
【非特許文献9】K. Nohara, M. Shinohara, N. Kawabata, H. Nakamura, K. Miyajima, Y. Yamamoto, H. Hayano, M. Yamanaka, T. Saeki, and S. Kato:“ Studies on Innovative Production Methods of HOM Coupler for SRF 9-Cell Cavity”, (2015) , Int. Particle Accelerator Conf.(Proc.), Richmond (Jefferson Lab. ), USA
【非特許文献10】J. A. Elias, R. H. Heyer and J. H. Smith :Trans. AIME, 224 (1962), 679
【非特許文献11】前野智美:「サーボプレスを活用した低サイクル振動モーションを用いた自動再潤滑」、プレス技術 (2008)、[日刊工業新聞社]
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記従来技術の「慣用室温加工方法」、「超音波加工方法」、「温間加工方法」あるいは「融合加工方法」によるプレス加工は、いずれも被加工材である鉄系及び非鉄系金属材料のナノ原子レベル(以下“ナノレベル”と表現する)の結晶構造や内部構造とそれらの変形挙動について、微視的観点からの現象の考察に基づいた巨視的加工手段・効果・産業上への利用可能性を検証してプレス加工を実施していないため、優れた加工性を達成するには適正条件の決定、加工性改善の程度、作業の難度、初期投資、経済性等において種々の難点があった。本願は、ナノレベルの事象とその検討に基づいて、優れた加工方法の開発の成果を得ることを発明の解決課題とする。
【0006】
即ち、本発明は、従来技術が内包する上記問題点に鑑みてなされたものである。その目的は、鉄系及び非鉄系の金属材料のナノレベルの微視的変形挙動を踏まえ、これを適切に実用的な巨視的加工条件に結びつけることにより、金属材料の種類によらず、優れたプレス加工性の実現を可能にした金属材料のプレス加工方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは、本分野における上述の現況に鑑み、巨視的変形挙動、即ちプレス加工性が、結局は金属材料の微視的なナノレベルの内部構造及び変形挙動、あるいは結晶構造とその変質に支配されるとの洞察のもとに、以下のごとき検討を行い、本発明に至ったものである。
すなわち、
(1)
絞り加工を主体とする金属材料のプレス加工に際して、
ポンチを上下動させてポンチストロークに振動を与えるポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法であって、
ポンチストロークにおけるポンチの前進行程において、前記ポンチと前記金属材料の接触時に前記金属材料に対する加工力が発生し、前記金属材料の成形が進み、
前記ポンチの後退行程と次に続くポンチの前進行程において、前記ポンチが前記金属材料に接触するまでの非接触時に、前記金属材料の内部に生じたナノレベルの微視的な応力場と歪場を緩和・平準化させる微振動動作を、
前記ポンチストロークに付与することを特徴とするポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(2)
1回のポンチストロークの前進及び後退距離をXP及びXrとすると、
この間の進行距離はΔX=XP-Xr,
さらに前記前進及び後退速度をVP及びVr、前進及び後退時間をtP及びtrとすると、
この間の進行速度はΔV=ΔX/(tP+tr)=(VP・tP)/(tP+tr)≡(XP+Xr)/(tP+tr)であり、
この場合、前記微振動動作は、XP>Xr,(即ちΔX>0)及びVP>Vr,(即ちΔV>0)(ポンチの進行方向を+、後退方向を-とする)を同時に満たすことを特徴とする(1)に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(3)
前記微振動動作させた前記ポンチストロークによる前記プレス加工において、
移動距離をXとした場合、添え字P,rをそれぞれ前進及び後退線形運動を表すものとして、
X>0;0mm<XP≦100mm;0mm<Xr≦50mm;XP≧Xr>0なる条件と、
移動速度をVとした場合、VP≧1mm/sec;VP≧Vr>0なる条件の双方を満たすことを特徴とする(1)又は(2)に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(4)
前記ポンチストロークに付与される前記微振動動作の振動数ν(Hz)の範囲は3≦ν≦10であり、
前記ポンチストロークの上死点から下死点までのサーボ制御による加工中の前進・後退振動のポンチストロークの微振動動作のパターンは、
慣用加減速線形定速前進後退等速又は非等速運動(P1)、
定速戦記前進後退等速又は非等速運動(P2)、
もしくは正弦波定角速度線形前進後退等速又は非等速運動(P3)、
或いはこれらを組み合わせたPjCj(j=1or2or3)
であることを特徴とする(1)~(3)のいずれか1に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(5)
前記PjCj(j=1or2or3)中のPj(j=1or2or3)の占める比率Ψj(j=1or2or3)(ただしΣΨj=1であることを前提とする)は任意にとることができ、
前記振動数ν(Hz)の繰り返し数Niは1~3回であることを特徴とする(4に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(6)
前記微振動動作させたポンチストロークによる前記プレス加工における平均移動速度がVave、最大絞り深さがHmax、最大絞り加工時間がTmaxとすると、
それぞれ次式、
Vave=<Σ[∫{(XP-Xr)/ν}・t]dt>/tf
Hmax=[∫∫{(XP-Xr)・ν}dvdt]max
Tmax=Σ<Σ[∫{(1/ν)dν}](Ni)>i
で示される(ここにtfは絞り抜けに要した時における時間)ことを特徴とする(1)~(5)のいずれか1に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(7)
前記微振動動作させたポンチストロークによる前記プレス加工における前記金属材料の加工温度Tが前記金属材料の結晶系によって以下の条件
体心立方系材料:室温≦T≦200℃
面心立方系材料:室温≦T≦300℃
稠密六方系材料:室温≦T≦400℃
に従うことを特徴とする(1)~(6)いずれか1に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(8)
前記金属材料が、前記室温を20℃とした場合、以下の結晶系によって、
体心立方系材料:純鉄・炭素鋼・高張力鋼・
表面処理鋼・フェライトステンレス鋼・
β型チタニウム合金・タンタル・ニオブ
面心立方系材料:オーステナイトステンレス鋼・アルミニウム合金
・銅合金
稠密六方系材料:マグネシウム合金・α型チタニウム合金
であることを特徴とする(7)に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(9)
前記加工温度Tに応じて、
動粘度Γが、
T≦40℃の場合:Γ=25~100cSt
T>40℃の場合:Γ=80超~800cSt
の潤滑剤をそれぞれ使用することを特徴とする(7)又は(8)に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(10)
前記ポンチストロークの上下動に前記微振動動作を付与するサーボ機器と、プレス絞り加工用の金型工具から熱伝導によって前記金型材料の加工温度を制御する温度制御装置を用いることを特徴とする(1)~(9)のいずれか1に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(11)
(7)~(9)のいずれか1に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法を経た成形体に、
加工温度Tが、
T=室温の場合:従来法で、
T=室温超~200℃の場合:温間プレス加工方法で、
リストライク加工またはしごき加工を施すことを特徴とするポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(12)
(7)~(9)のいずれか1、又は(11)に記載したポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法を経た成形体に、
前記加工温度Tが、
T=室温の場合:従来法で、
T=室温超~200℃の場合:温間プレス加工方法で、
穴あけまたはバーリング突起出し加工を施すことを特徴とするポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法。
(13)
(1)~(12)の何れか1に記載のポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法を利用して、焼鈍熱処理及びマシーニングセンターによる切削加工を回避した単一工程によるプレス加工製品を製造することを特徴とする、プレス加工品の製造方法。
とした。
【0008】
以下、本発明について、さらに詳細に述べる。
金属材料は鉄系、非鉄系を問わず微視的な金属組織、即ち種々の結晶系からなる単結晶が前後・左右・上下につらなった多結晶体からなっている。そして、この多結晶体は結晶学的に異なる方位をもつ多数の結晶の集合体、すなわち多数の結晶粒からなっている。各結晶粒は結晶粒界によって区分され、かつ相互に接合して、多結晶体金属材料を構成している。ただし、結晶粒界における結晶配位は結晶粒内とは異なり、配位が乱れており、構造も異なっている。こうした形相・構造であるモフォロジーを有する多結晶体実用材料の、加工に際して生じるナノレベルの微視的変形挙動が、巨視的な加工性を決定する真の原因であると推察したものである。
【0009】
以下、段落0009~0017(以下段落表示省略)に金属物理学的なナノレベルの微視的変形挙動について述べる。
まず、第一に、微視的変形時のナノレベル塑性についてであるが、金属の単結晶の微視的内部構造には非金属介在物の存在とともに、特定金属を構成する元素以外の原子の固溶現象、すなわち格子点での置換と格子点以外特定空間への侵入の発生、原子の析出反応及び偏析現象の生成が起こるとともに、それらの不均一分布が生じることを免れない。多結晶体金属では、これら諸現象以外に結晶粒界の存在による応力集中や変形のピン止め等の諸現象の生起、加工過程における“結晶集合組織“の変化、加工熱による結晶粒界局部の回復現象、結晶粒界傾角の多岐に亘る存在と外力との相互関係、結晶回転の影響、シュミット因子の影響、特に金属の種類や加工温度に依存する積層欠陥や双晶の生成程度の相異等、巨視的な加工性を左右する微視的な諸現象が、大なり小なり存在する。これら各要因が外的条件の作用によって動的挙動、即ち巨視的加工性を決定するものと考えられるのである。
なお、シュミット因子は、微視的すべりを起こす、すべり系において外力とすべり面法線とすべり方向のなす角度で決まる力のことをいう。従って、シュミット因子の大きさによりすべり面とすべり方向の組み合わせである、すべり系が決定される。この大きさは、多結晶金属材料のステレオ三角形内の方向によって、異なる値をとる。
【0010】
結晶からなる鉄系及び非鉄系の金属材料は、単結晶及び多結晶体ともに、14種のブラベー格子のどれかに分類される。特に多結晶実用金属材料の結晶系は、体心立方格子(BCC)、面心立方格子(FCC)、稠密六方格子(HCP)のどれかに属する。
【0011】
これら結晶格子は、結晶系に応じた格子点位置に所定の元素の原子がすべて存在することはなく、必ず所要原子の存在を欠く「欠陥」(点欠陥)が存在し、zonemelting等の特殊処理による単結晶化や二重結晶(by-crystal)化等を慎重に行わない限り、欠陥のない「完全結晶体」を得ることはできない。「欠陥」には上記点欠陥のほかに線欠陥・面欠陥があり、外力・負荷が与えられたときに巨視的変形/硬化挙動をもたらすのは、主としてナノレベルの線欠陥による移動/変形である。この線欠陥、即ち格子点に原子の存在を欠く結晶格子の線状配列のずれを「転位(線)」と称する(
図1;非特許文献2)。転位の移動(運動)時(
図2;非特許文献1)には転位すべりの大きさと方向が重要で、これを転位のバーガースベクトルのスカラー値bと称し、これが転位線と直行する場合を「刃状転位」、平行な場合を「らせん転位」という。結晶の局部をbだけ、ずらしたときの線状歪を転位といってもよい。実用金属材料における転位の存在量である転位密度(ρ)はρ=10
5~10
8/cm
2であり、変形中の動力学、即ちこれら多数の転位の発生・移動・増殖・消滅に影響を与える結晶の微視的挙動とその条件が、材料の巨視的変形(破断)・硬化(強度)と密接に関係している。
【0012】
図3(非特許文献3)及び
図4(非特許文献4)に転位ミクロすべり後の光学顕微鏡写真及び電子顕微鏡写真の例を示した。
図3は転位の運動後に生じた多数の互に平行な痕跡(スリップバンド;負荷の方向にあたる)を示し、
図4は加工後の転位を直接観察した描像を示したもので、この例では転位密度が高く、相互にもつれた状態(tangling)が局在化している部位が随所に存在しているのが観察される。同時に「交叉すべり」(転位同どうしが互いに交叉して移動すること)も随所に散見される。交叉すべりは、後述する(0041)積層欠陥エネルギーが大きく、転位の拡張幅が小さいほうが、拡張転位の収縮のためのエネルギーが小さいので、より生じやすい。微振動動作の付与が、この点において有利に作用することが期待される。
【0013】
次いで、“ナノレベルの加工即ち転位の運動”について述べる。転位の運動は、上記の種々の金属組織によって阻害され、pile up(重畳している状態)したり、応力集中の「場」が生じたりして、微視的変形に困難をきたし、ひいては巨視的変形にネガティブな影響をもたらす。即ち、絞り加工性の劣化につながるから、その向上を期待するのは困難である。
【0014】
以上の事情に鑑み、本発明者らは、転位の基本的な運動を容易にし、かつ上述した“微視的金属組織”及び“微視的変形挙動”について考察した結果、結晶組織・微細析出物や非金属介在物・結晶粒界(場合によって回復に伴う亜結晶粒界を含む)・転位の運動に伴って生じる格子欠陥等の転位の運動の阻害要因を軽減する手段について思料した。即ち、転位の動的挙動を一方向のみに連続負荷させるのではなく、ポンチを逆方向にも戻して、即ち、ポンチストローク制御により、ナノレベルの微細な内的現象を緩和させる時間的余地を与えることにより、該転位の運動に対する諸障害や、結晶粒界におけるブロックやpile up、さらに応力/歪場が軽減・分散し、その後の微視的転位の変形挙動が向上するであろうことに想到したものである。その理由は、加工後に除荷する時間的余裕を与えることによって、力学的な反力に類似した現象の生起、あるいは熱力学的な自由エネルギーやエントロピーの増減現象が生じて、転位の継続運動、即ち加工の進展に寄与する可能性を推論したことによる。
【0015】
具体的な理由は以下のようである。第一に微視的転位の運動による変形量である真歪ε*(延性)についての関係式を求める。転位の長さをl(当該明細書において、数字の1と明確に区別するため、転移の長さを示すアルファベット小文字l(エル)には下線を付した)、転位が動いた距離をsとすると、転位がすべり終えた面積Aは,
A=l・s (1)
結晶の体積Uは次式で示される:
U=h・F (2)
ここに、hは結晶の厚さ、Fはすべり面の面積である。今、n0個の転位が平行に動くと微視的・ナノレベルの真歪ε*(実際のプレス加工における真歪はεであり、後出する)は、
ε*=(n0Ab)/U (3)
となるが、転位密度が
ρ=n0/(U/)l (4)
となるゆえ、ε*は結局次式で表される:
ε*=ρsb (5)
ここに、bは転位のバーガースベクトルbのスカラー値である。
【0016】
そして、微視的塑性変形は転位の上昇運動や増殖(点欠陥の発生、フランクリード源(外力によって転位が増殖作用する源のこと)の活動、交叉すべりの生成、ジョグ(転位線が一つのすべり面から1原子距離だけ離れた平行な隣のすべり面に移ったためにできる階段のこと)の発生等)等によって生じる。転位密度ρの増加をΔρとすると、結晶体積中の格子欠陥(原子空孔及び格子間侵入原子)の増減の程度cは、
c=(A/μ)∫τ*(ε*)dε* (6)
となるので(ここにτ*はナノレベルのせん断真応力;μは剛性率で、ヤング率Eとポアソン比πから、μ=E/{2(π-1)}で導出できる;積分範囲は0~ε*)、ε*が小さい場合は、Kを定数として、
Δρ=K・ε* (7)
で示され、Δρが比較的大きくなる。また、ε*が大きい場合は、J及びHを定数として、
Δρ=H+Jlnε* (8)
で示され、Δρは比較的小さくなる。これらは経験的にも首肯できる。
【0017】
第二に、微視的変形時の変形応力(強度)に関しては、理論計算による導出は困難であるが、多くの実験結果から微視的せん断真応力τ*と転位密度ρとの間に次式で示される相関関係が見出されている:
τ*=τ0
*+βμb√ρ (9)
ここに、τ0
*及びβは定数である。そして、τ*は、垂直真応力をσ*とすると、σ*cosθで表されるので(θは垂直真応力とせん断真応力とのなす角度を示す)、σ*の表式は次のようになる:
σ*=(τ0
*+βμb√ρ)/cosθ (10)
【0018】
ここで、0009~0017のごとき「金属物理学」的な微視的観点に対して、「塑性加工学」的な観点からの巨視的加工様式の典型例といえる実用金属材料の円筒深絞り成形について考えると、以下のような定量的な相互関係が存在する(0019~0027)。
【0019】
弾塑性加工にとって肝要な応力-歪(σ-ε)関連を中心に述べる。その理由は、本発明において微振動動作の付与という新たな発想内容が、微視的変形を扱う「金属物理学」と巨視的・実用的な変形を扱う「塑性加工学」を、間接的かつ学理的に結びつけるものであるとの予見に基づき、本発明の由来・機構を始めとする趣旨の理解に資するからである。
【0020】
実用的・工業的見地から深絞り加工性の評価指標について以下に概述する:まず、加工硬化指数n及び塑性歪比rが次のように定義されており、絞り性を検討・検証するときに有用である:
n=(dσ/dε)及びr=|εW/εt| (11)
ここにεW及びεtは、それぞれ単軸引張変形における平行部の板幅真歪及び板厚真歪を表す。これらは、「+」の場合と「-」の場合があるので「絶対値」で表示しており、何れも加工性の目安となる。
【0021】
単軸引張変形において、一般に真応力σと真歪εとの間には、実測結果から次の関係が成り立つことが分かっている(Ludwickの式):
σ=Cεn (12)
ここで、多結晶金属材料の加工変形時のσは、(12)式に従うと同時に、次のように、歪速度(dε/dt)及び変形温度Tにも依存する:
σ=F・εn・(dε/dt)m (13)
lnσ=B+(Q/kT) (14)
ここにF,Bは定数、mは歪速度感受性指数、Qは活性化エネルギー、kはボルツマン定数である。これらの関係も加工性を問題にするときに有用である。
【0022】
ここで、深絞り加工において、変形に伴うダイ及びしわ押さえ工具と素材表面間の摩擦力、即ちフランジ変形抵抗をPdとし、金属材料の臨界破断抵抗をPfとする。後者はεXとεYからなる直交座標系で種々の変形様式の破断力線図を表した変形状態図において、成形体の変形状態が常に(εx=0、εy)の変形状態にある変形様式を”平面歪変形様式”と称し、臨界破断真応力σcrはこの場合に発現し、Pfこの場合に発現し、他の変形様式に比べて最も変形能が小さい。種々の変形様式を含む成形体の加工において、Pdと成形体中で平面歪状態をなす局部(円筒深絞り加工の場合は、ポンチ肩部に相当する)の臨界破断抵抗Pfの、塑性安定域と塑性不安定域の境界近傍における大小関係が絞り加工性における成形能の限界を左右する。つまり、破断を生じずに加工が継続するには、
Pf>Pd (15)
を満たさなければならない。この臨界域に相当する種々の変形様式による加工において、その寸前の臨界域に相当する真応力σを上記のようにσcrとすると、この値はn及びrと板厚(t)を用いて、
σcr=(2+√3)1+n・[{(1+R)/2}/{(1+2R)1/2/3}]1+n・σu(t0/tf) (16)
で示される(非特許文献7)。なお、σuは単軸引張変形における引張り真応力(引張強さ)である。
ここに、Rはrの平均値、即ち材料を冷間圧延した際の圧延方向角度を0°として、そこから90°、45°の各方向のr値をr0,r90,r45で表した場合、次式での計算値で定義する:
R≡(r0+r90+2r45)/4 (17)
t0及びtfは、それぞれ加工前の初期板厚及び破断後の破断面の板厚の平均値である。
【0023】
また、変形前後で材料の体積または重量が変化しない事実関係を利用して、(12)式に簡単な微分計算を施すと、
n=εu (18)
の理論的な関係が求められる。ここに、εuは引張強さに相当するεの値である。本式は単軸引張試験データから加工性を検討・推測する場合に便宜である。
【0024】
ちなみに、一般的に商取引用にも使われる慣用応力S及び慣用歪λとσ及びεは、定義から出発して、微分・積分計算を行うと下掲に示す関係式によって互に結びつけられる。ただし、現実の加工における塑性変形領域、即ちS0~Smaxの間の変形に際しては、理論式と完全に一致しないが、有用な近似式とみなすことができ、式(19)及び式(20)を使用して差し支えない。:
σ=S(1+λ) (19)
ε=ln(1+λ) (20)
【0025】
また、円筒絞り加工における変形能等の成形性を比較する場合の指標として、塑性加工学の観点から、「絞り比」DR及びその限界値、即ち破断もしわも生じずに絞り抜けた場合に相当する「限界絞り比」LDRを使用することが多い。ただし、「塑性異方性(耳=earing)」の問題等は残る。それぞれの表式は、ポンチの直径をDp,素板である円形ブランクの直径をD0とすると、次式で定義される:
DR≡(D0/Dp);LDR≡(D0/Dp)max (21)
これらの逆数は「絞り率」といわれ、これも評価指標となる。
【0026】
さらに、絞り成形性を絞り深さH(ポンチの上死点から下死点までの(一方向への移動距離(ストローク)に等しい)で表すと加工性を直感的に判断しやすい。Hは、絞り加工による板厚減少率をτとして、加工前後でブランク重量は変わらないので、等方体材料の場合、
H
max=<(D
p/4)[{(D
0/D
p)
2/(1-τ)}-1]>
max(22)
なる式で算出される(特許文献7)。
図示する場合、H
maxをyD
p(y:変数)で示し、yD
p-DR関係で表すと見やすくなる(
図10参照)。ここに、LDRに相当するH
maxが最大絞り深さを表すこととなる。
【0027】
LDRは平底円筒絞り加工の場合n値とr値(解析には(17)式で示したr値の平均値Rを使用する)の関数として次式で表すことができる(非特許文献2):
LDR=(1+R)2・{(1+R)/(1+2R)1/2}n (23)
ただし、成形可能であるためには、(15)式からも分かるように、
η≡Pf/Pd>1 (24)
を満たさなければならない。
【0028】
以上、絞り成形を主体とした金属材料の加工に関して、ナノレベルの「金属物理学」に基づく“主として転位の存在とその挙動を中心にした微視的金属組織及び変形挙動”、ならびに巨視的実用加工レベルの「塑性加工学」に基づく“主として深絞り加工を中心にした巨視的変形挙動及びその評価指標”について検討した。
その理由と目的は、本発明の手段・効果の理解に供することにある。
【0029】
発明者らは、
図5に示したように、巨視的深絞り加工性能は微視的転位の性状と密接に関連するものであるとの考察から、後者を向上させるためには前者を適正に制御することが肝要であることを推認した。本発明は、鈍されて納入される材料に微視的な線欠陥である転位が多数存在すること、そして外力の負荷により、転移が移動・増殖するが、その程度が急激に低下し、変形挙動が困難になること、それを回避するために微振動動作の付与によって加工時間と除荷時間を設けることを発想し、深絞り成形能を向上せしめることに想到したものである。
【0030】
巨視的解析から、上記のごとく深絞り性がn値及びr値と関連することに鑑み、次の2点の微視的な観点から転位への外部作用によってn値及びr値を制御できるであろうことを思料した。
【0031】
その1:「微振動動作の付与」によって、転位の形成と移動性が変化するであろうことである。即ち、ポンチを上下双方向に微振動動作させつつトータルとしては一方向に移動(材料の加工)を行うのであるが、被加工材料がポンチと接触して外力・負荷が付与される「加工期(材料とポンチの接触期)」と、両者が非接触状態にあって加工期に生じた絞り性に不具合な、さらなる移動の障害となる微視的な転位の状況や内部状態を好転せしめる(応力場及び歪場の開放・分散等による)時間的余裕にあたる「非加工期(材料とポンチの非接触期)」を交互に設けることによって、転位の生成量(転位密度)が変化するであろうし、転位の運動状態にも影響して移動性の難易度を変化させ、加工によって劣化(低下)が不可避のn値の低下の程度を低減(緩和)させ、深絞り成形能が有利になるように制御できるであろうことを予測した。
【0032】
その2:一般に加工によってr値は減少するが、「微振動動作の付与」によって、転位の形成の分布及び密度が素材の(特に板厚内において)均一化され、動的なr値(外力負荷によってr値は応力依存性を有する)が、微振動動作を付与しない場合に比べて減少傾向は低下し、素材の板厚減少程度が緩和されるので、深絞り加工性を向上させるであろうとの結論に達した。
【0033】
これら0031及び0032が生じることに想到した理由は、転位の運動に際して、既述の関連諸現象のうち、「微振動動作の付与」が以下の微視的諸項目と関連し、成形加工性の向上に寄与するであろうことを予測し、現実に知見したからである。以下、五つの観点にまとめて記述する。
【0034】
1)素材に外力加工が加えられると、新たな転位が発生増殖し、焼鈍状態で不均一に存在している結晶粒界、析出物、酸化物や硫化物等の不純物、固溶原子等に集積し、歪場/応力場が生じると同時に、応力集中が発生することが考えられる。「微振動動作の付与」を行うことにより、かかる状況が緩和される時間が担保され、熱力学的自由エネルギー低下傾向に転じ、微視組織の均一化が図られることが予測される。これは成形加工性を向上させるのに寄与する。
【0035】
2)「微振動動作の付与」によって、3次元的な転位の分布・配列が比較的均一状態に近い状況を保ちながら変形が進むものと予想され、「交叉すべり」がかなりの程度、容易に起こりやすくなると考えられるので、変形の進行が比較的小さい外力/応力でなされることになる。かかる現象が生起する可能性が、材料学的に十分考えられるので、これは成形性の向上に結びつく。
【0036】
3)「微振動動作」の挙動を実行しながら加工を行うと、成形加工、例えば深絞り加工が、ポンチと被加工材料が接触して加工が進み、非接触時間帯での内部に転位の状態変化が生じる。即ち、稼働転位の運動を基礎的素過程として、外的な適正条件の制御によって素材の変形と硬化の可変性が容易になるものと予想される。従って、素材種及び結晶集合組織の遷移挙動にもよるが、n値及びr値を制御できる可能性がある。つまり、成形性を制御できることとなる。
【0037】
4)金属材料の結晶系は、殆どBCCかFCCかHCPかのいずれかである。そして、転位を発端とする各結晶系のすべり面とすべり方向が結晶学的及び熱力学的に決まっている。たとえば、BCCの主すべり変形は{110}<111>(副すべり変形は{112}<111>及び{123}<111>)である。ここに、一般に{hkl}は各結晶面のミラー指数、また<uvw>は各結晶方位を示すミラー指数である。BCCの場合、ミクロすべり変形のすべり方向は<111>となるが、見方を変えると{111}面が素材表面の垂直方向に対して直行面内に集積すると、ミクロすべりが生じやすいことが計算と実験によって実証されている(非特許文献10)。
【0038】
また、FCCの主すべり面・方位は{111}<110>であり、HCPの主すべり面・方位は{1000}<1110>である。いずれもBCCに比べると、すべり系の数が少ない。
【0039】
ダイへの水平方向に負荷で、ハンマリング効果と潤滑剤の分散効果を意図する従来の超音波振動加工とは全く異なるポンチへの微振動動作の付与によって巨視的な変形が進む場合、0037及び0038を考慮すると、いずれの結晶系においても{hkl}<uvw>で示される結晶面・方位(振動ごとに加工方向のストローク距離のほうを、逆方向のストローク距離よりも大きく設定する)におけるすべり進捗過程において「結晶回転」や「転位の再配列」が容易になり、加工性そのものに有利な影響を与えるものと推察した。公知の振動加工の例として、0045に記載の「超音波加工」がある。
【0040】
5)金属材料の種類や加工温度にもよるが、積層欠陥SF(原子の結晶としての積み重なりが一定周期に従わずに「ずれ」を生じる面状欠陥現象)の生成難易度を決めるエネルギー、すなわち積層欠陥エネルギーSFEが小さいと、外力による転位の幅が拡張し、「双晶変形」が生じる。材料の塑性変形(永久変形)は、既述してきた「すべり変形」と「双晶変形」の両者の和からなるが、加工を担う主体はすべり変形であり、双晶変形が生じるとすべり変形の障害となる。「微振動動作の付与」により、SFEの低下が生じにくくなり、拡張転位の形成が抑制されて、双晶が発生し難くなること、発生した場合でも、すべり変形に対する障害の程度が緩和されることが期待できる。その結果、成形加工に有利に作用するものと推論した。
【0041】
なお、積層欠陥エネルギーが大きいことは、積層欠陥が生じにくくなることを意味するので、すべり変形挙動に際して、「交叉すべり」が起こりやすくなり、成形性を向上させ得る。「微振動動作の付与」と積層欠陥エネルギーの相互関係を介して、このような加工性向上作用現象が機能する可能性が期待できる。
【0042】
以上のいくつかのナノレベルの微視的効果、例えば、転位密度・転位の再配列と結晶回転・交叉すべり・積層欠陥と双晶の発生等について、ポンチストロークとの定性的な関係を、模式的に示したのが
図6である。従来法と「微振動プレス加工方法」を比較して、双方の加工方法の特徴を示してある。
【0043】
さらに、実用金属多結晶材料の成形加工性例えば深絞り性に関し、「微振動動作の付与」に伴って、微視的な線欠陥である転位の生成と・易動性の変化に基づいたn値への影響及び転位形成の分布・密度の特に板厚内の均一化に基づいたr値への影響ならびに関連する微視的現象変化への影響を適正に制御するという機序の考察から、巨視的な塑性変形能/成形加工性が向上する可能性に想到した。端的には、微振動動作を与えたときのσcrをσcr
*とすると、
σcr
*>σcr (25)
の実現可能性を知見した。
【0044】
次いで、以下に実用に際しての微振動動作の付与に関する本発明の手段と条件につき、基礎・開発検討結果に基づいて記述する。
【0045】
0039に示唆したように、従来、プレス加工に関する「振動加工」については、「超音波加工法」が知られているが(非特許文献2)、このものはすでに1960年代には各種の塑性加工方法への検討がなされている。深絞り加工への応用の目的は、超音波装置で発生した振動を間歇的にダイ及びしわ押さえである金型工具に印加して、フランジ部のハンマリング効果と間接的にブランクへの潤滑効果を狙ったもので、本発明の被加工材料のナノレベルの微視的変形挙動ならびに被加工材に直接接触して変形加工を進捗させるポンチに振動を付与するものではない。
そして、本発明とは全く異なって、振動数や振動のパターンが本発明とは異なる単一振動を工具に伝えたものに過ぎず、実用化もされていない。その理由は、加工性の向上に乏しいこと、機械装置の操作性や安定性に欠けること、超音波器具や工具が高価であること、加工現象そのものや加工条件との関係が不明なこと等にある。
【0046】
サーボプレス機の普及と相俟って、鍛造加工における「低サイクルモーションを用いた自動再潤滑」の手法が公にされているが(非特許文献11)、これは鍛造加工中に金型の弾性変形と素材の塑性変形を利用して、鍛造加工中に数回スライドを除荷・上昇させて、素材周辺部の隙間から潤滑剤を侵入させて再潤滑を行うもので、サーボ機構を利用してはいるが、材料の内部変形の本質への考慮は全くなされておらず、鍛造以外の絞り加工等の一般のプレス加工に適用できるものではない。潤滑性の向上につては、別途異なる観点から後に言及している。
【0047】
以下、本発明の具体的な技術思想・原理や手段・効果について詳細に説明する。 本発明は、次の観点から成ったものである:プレス加工(主として深絞り加工)に際して、金属材料(大別すると鉄系と非鉄系;結晶系で区分するとBCC,FCC,HCP)の加工(塑性加工/永久加工)の本質が、ナノレベルの線状欠陥である「転位」の存在とその外力・負荷による運動、即ち微視的歪変形と微視的双晶変形に起因し、実用上は前者の微視的歪変形が主因であることに想到し、実用的な手段と効果に結びつけた。
【0048】
そして、この微視的歪変形における転位の運動に要する真応力σ*及び結果としての真歪ε*(以降微視的挙動の場合「肩ツキ*」を付して、実用レベルの場合のσやε等と識別する)が、それぞれ大略次式、
σ*=(τ0
*+βμb√ρ)/cosθ (10)
ε*=(n0Ab)/U (3)
で表され(各記号の意味は既出)、これらの関係が巨視的歪変形(成形加工/深絞り加工)において、種々の変形様式中最も加工難度の高い平面歪変形領域(平底円筒絞りの場合、ポンチの肩半径近傍に相当する)における臨界破断真応力σcrが次式で示されることを現認した(非特許文献5,6):
σcr=(2+√3)1+n・[{(1+R)/2}/{(1+2R)1/2/3}]1+n・σu(t0/tf) (16)
これら定式中の文字記号の意味は既出している。
【0049】
さらに、上述に基づいて本発明は、上記ナノレベルの微視的変形挙動と巨視的変形挙動の定量的な関連性を考慮して、一般的なメカニカルプレス機(サーボ機器が内蔵されているもの、もしくはそうでない場合はサーボ機構を付設したもの)による金属材料のプレス加工に際して、ポンチストロークに微振動を(以下、「微振動ポンチストローク」と称する)与える。
【0050】
本発明では金属材料が、この微振動ポンチストロークによるポンチの前進運動中は、ポンチから接触外力を受けて変形・加工し、またポンチの後退運動中及び次の前進運動で材料に接触するまではポンチと材料は接触せず、材料は外力負荷を受けずに内部で微視的な緩和現象が生起する時間的余裕が与えられる。これによって、金属材料のプレス加工性が格段に向上し、複数工程を回避した1回のみの単一のプレス加工工程(以下、「単一工程」という)で極めて深い絞り抜けを可能にする絞り加工を行うことができる。
【0051】
単一工程中の「微振動ポンチストローク」におけるポンチの前進距離をXp、後退距離をXrとする。従って、1回の微振動ポンチストロークの深絞り進行方向における材料/ポンチの移動距離ΔXは、Xp-Xrとなる。また、微振動ポンチストロークの前進速度をVp,後退速度をVrとすると、Vp=Xp/t及びVr=Xr/tで表される(t:時間)。そして微振動動作は、
0<ΔX<Xp (26)
Vp≧Vr (27)
を同時に満たすような条件で行うとよい。
ここに、式(26)は「微振動動作」条件下で深絞りが進捗するために必須であり、式(27)は微振動動作の効果を現出し得るよう、後退速度を前進速度と等しいか、あるいは、より遅くして、次の段階の転位の運動が容易になるように、時間の余裕を設けたものである。
【0052】
本発明における「微振動動作」の意味は、プレス機による加工においてポンチ(またはしわ押さえダイス)の上死点から下死点に至る「運動行程(ストローク、ラム、スライド)」(以下、「ストローク」という)を慣用のごとく、一定速度でポンチと被加工材料が常に接触して加工力が作用しつつ移動させるのではなく、この両死点間距離につき、ポンチを上下動(別視点からは前進・後退でもる)させつつ、即ち「振動」動作を付与しつつ移動させることである。
その振動の振動数ν(Hz)は
3≦ν(Hz)≦10;望ましくはν=5または6 (28)
なる直線的線形運動である微振動動作のパターンが特に好適であることを見出した。その微振動ポンチストロークを(P1)と称する。
【0053】
そして、この微振動動作の直線的線形運動からなる動作パターンの基本を3通りとし、Pj(j=1,2または3;次段落参照))で表すことが適正であるとの結論に達した。また、後述の0057にしるすように、異なる振動数あるいは微振動動作のパターン(実際のパターンはPjCiで示される組み合わせ数からなる)となるように設定する場合の「ステップ数」をNiとする。
ここにi=1、2、3の3通りのいずれかとするのが現実的であると判断された。そして、式(28)の条件内でνが変化しても(νiで表示)、本発明に影響しない。
【0054】
現用の慣用機械式サーボプレス機の線形(直線)ストローク(またはスライドやラム)のパターンは、前進時は「停止・加速・最大速度・減速・停止」、後退時は「加速・最大速度・減速・停止」となる。本発明の微振動ポンチストロークは、実用的には、大略かかる「加減速線形前進後退等速/非等速振動」(P1)でさしつかえない(ただし、最大速度を保持する時間はなく、「前進速度Vp>後退速度Vr」でなければならない)。さらに「定速線形前進後退等速/非等速振動」(P2)もしくは「正弦波定角速度線形前進後退等速/非等速振動」(P3)によるパターンが一層望ましい。これらの微振動動作のパターンPj(j=1,2,3)は、上述のように記載順にP1,P2,P3なる記号で示すものとする。
【0055】
微振動動作のパターンPj(j=1,2,3)の実用時の状況は以下のようになる。まず、選択肢はPjCi(Cは順列組合せ数の計算記号)で表される、いずれかの適正条件とする。前段落に記載のとおり、本発明の微振動動作のパターンの一すべてを示すと次のようになる:
3C1=3通り:P1orP2orP3 (29a)
3C2=3通り:(P1+P2)or(P2+P3)or(P3+P1)(29b)
3C3=1通り:P1+P2+P3 (29c)
【0056】
これらの三つの式で示される7種のパターン構成において、上死点から下死点に至るP1,P2,P3の占める時間的な長さの比率をΨj(jは1または2または3)とすると、式(29a)の場合は、それぞれk1、k2、k3であり、式(29b)の場合はそれぞれl
1、
l
2、
l
3であり、式(29c)の場合はm1、m2、m3である。そうすると、
k1=k2=k3=1 (30a)
l
1+l
2=l
2+l
3=l
3+l
1=1 (30b)
m1+m2+m3=1 (30c)
となる。材種によって加工性が最良になるように、Ψを予め実験的に決めておく(k1の場合は自動的にΨ1=1である)。
実験例では、
1 k系のパターンを使用の場合 Ψk≡=1(不変)(31a)
2 l系のパターンを使用の場合 Ψ
l
=1/2 (31b)
3 m系のパターンを使用の場合 Ψm=1/3 (31c)
を採用するのが望ましい。
【0057】
また、7種のパターン構成において振動数νのステップ数Ni(i=1,2,3)を決めておく必要がある(iは0053にしるしたように3までが現実的である)。即ち、上死点と下死点間において振動数が一定の場合は、7種のいずれのパターンであってもN=1で振動数はν(=ν1)であり、振動数がn回変える場合は、N=nで振動数はΣνiとなる。材種によって加工性が最良になるように、Nを予め実験的に決めておく(振動数が全ストロークにわたって一定の場合はνi=νである)。
【0058】
図7に従来法のポンチストロークと微振動ポンチストロークの概念図を示す。図にはダイハイト(ここではストロークの全行程を示すものとする)、上死点、下死点、ノックアウト等も示してある。従来法の場合は、ポンチ(ストローク)が高速度で上死点に達してブランクに接触し、成形加工が始まると、平均速度vで工程が進み、所定の絞り抜け深さまでの加工が済むと、ポンチはストローク動作によって初期の位置に戻る。
【0059】
これに対して、微振動動作の付与の場合は、ポンチが高速度で上死点に達してブランクに接触し、成形加工が始まると、まずポンチは速度V
pで距離X
pまで前進し、次いでポンチが被加工材料から離れ(除荷・非接触状態)、速度V
rで距離X
rまで後退する(単一振動過程(1回の振動);結果としてポンチの移動距離ΔX=Xp-X
r)。次いで、ポンチは次の振動過程に移り、前の前進位置にある素材に至るまでの距離間は非接触状態にあり、その後に接触状態に至り加工が進展する。このようにして前進・後退の微振動動作を繰り返しながら最終的に下死点に達する。
図7ではV
p=V
rの場合を模式的に示した。
【0060】
上死点と下死点間における“微振動動作”の基本的な因子(素過程)は、ポンチ及び「金属(合金)被加工材料」を対象にして、「距離X」、「時間t」、「振動/周波(数)ν」が挙げられ、これに副次的な因子として「微振動動作のパターンPj及びPjに関するPjCiによる組み合わせにおけるPjの比率ΨjならびにステップNi(数)」、「加工温度T」、「潤滑剤L」等が加わる。
【0061】
これらを通底事項とした本発明を現実に行うに際して、産業利用上考慮すべき肝要な要素は以下の3点である:1.ポンチの平均移動速度、2.加工量(絞り抜け深さ)、3.トータルの加工(絞り抜け)時間。以下、これらについてしるす。なお、微振動動作のパターンは、0054、0055、0056で述べたいずれであっても差し支えはなく、パラメーターと考え、上記各要素に対して特段の束縛はない。加工温度や潤滑剤の条件も同様パラメーターとする。
【0062】
1.微振動動作させたポンチストロークの移動速度Vは、上死点と下死点間の任意の位置までの距離をXiとすると次のようになる:
Xi=∫[{(Xp-Xr)/ν}・t]dt(積分範囲:t=0~ti
(32a)
V=(ΣXi)/tf (32b)
ここにti,tfはポンチストロークの途中と下死点までの経過時間である。ここに、Vはナノレベルの材料内部変化や潤滑・摩擦・発熱に関係し、生産性を通じてコストの影響要因ともなる。
【0063】
2.加工量(絞り抜け深さ)Hmaxは、本発明の単一プレス工程(1回のプレス工程)での加工性の良否を表す肝要な因子である。上死点からのポンチの移動距離をHiとすると次のように表式化することができる:
H=∫{(Xp-Xr)ν}dν(積分範囲:ν=ν1~νi)(33a)
Hmax=∫H・dt(積分範囲:t=0~tf) (33b)
tfは上死点から下死点までの経過時間である。ここに、Hmaxは既述した微振動動作の作用による微視的ならびに巨視的条件の影響を受けることによって、従来法を凌駕する絞り深さの実現を可能にする。
【0064】
3.絞り抜け加工時間tmaxは、i回目の(Xp-Xr)i=ΔXiの振動数νiの逆数になり、微振動動作のパターンPjの組み合わせPjCjから求められるPjの比率Ψjを介してステップ数Niのもとで加工が行われるので、
Ti=Σ[∫{(1/ν)}・dν](Ni)(ν=1~νi;Ni=1~3)(34a)
Tmax=ΣTi(i=上死点~下死点) (34b)
Tmaxは生産能率を大きく支配して、製品のコスト及び経済性に深く関わるゆえ、重要な加工要件となる。
【0065】
ここで、微振動動作の巨視的挙動の特徴であるポンチと材料の「接触」と「非接触」の問題について数量的に触れて置く。材料内部の転位の状態や応力場・歪場の変化(緩和)が生じるための、単一振動過程におけるポンチと材料が非接触状態にある時間Δtは次式で示される:
Δt=(Xr/Vr)+(Xr/Vp)=Xr{(1/Vr)+(1/Vp)}(35)
従って、Vp=Vrの場合は次式で表される:
Δt=2Xr/Vr=2Xr/Vp (36)
一般的に振動数νの場合は、
Δt=∫[Xr{(1/Vr)+(1/Vp)}]ν・dt(積分範囲:0~ti)
(37)
そして、生産性・量産性をも考慮して、式(32a,b)で表される平均速度Vは、従来法における速度vに対して、
V>v (38)
となるべく、制御条件と加工性の適正化を計る。この際に、既述した微振動動作のパターンPj,PjCj,Ψj,Niを考慮に入れることは無論必要であるが、一例として、Pj=P1を採用し、Vp=Vr(「両者とも可変制御」)のもとで、XpとXr及びνiとNiを適正制御するのが現実的であり、十分な効果をもたらすことができる。
【0066】
このような振動ポンチストロークが繰り返され、下死点に至る。厳密には、下死点に達したポンチはX
rの後退運動はせずに、一挙に高速度で初期の位置に戻る。
図7では、従来法との比較のため、振動は5回(正確には4回半)で、従来法と同じ下死点に達するように描いた。如上の内部変化を有意に生起させるように、振動数を増やす(次段落参照)。また、絞り抜け深さは従来法よりも格段に向上するから、下死点も両者で異なるが、比較のために同等に描いた。
【0067】
さらに
図8に、微振動ポンチストローク法の動作の一例を具体的に示した。この場合も理解を容易にするために、振動数につきポンチストロークの距離と時間の関係を示した。X
rは、ポンチが加工過程の成形材料と非接触状態にあればよいので、小さくても構わないが、微振動動作ごとに内部転位組織が変化する余裕時間Δtを確保するとともに、できるだけ絞り抜け深さが大きい加工が完了するまでのトータルの時間(即ち、加工時間及びコスト・経済性)も考慮に入れなければならない。
【0068】
本発明は、ポンチストロークに微振動動作のを付与しながら、前進速度V
p、後退速度V
rで上死点から下死点まで連続移行する(微振動動作の付与のない従来法の場合は、ポンチ(ストローク)加工速度は一定でvである)。そして加工過程の任意の位置の移動距離をS
i,移動時間をt
iとするポンチストロークの振動動作によってブランクの加工を進める。実際にはノックアウト工具による成形品の取出し操作が必要なので、
図7に示したように、ストロークとしては、ダイハイト距離を有効に使い、微振動動作の付与は加工行程の上死点~下死点間のみに適用して、生産効率の向上を計る。
【0069】
本発明においてはポンチの前進・後退の微振動動作のパターンの複合化をも考慮するとさらなる効果が期待できる。即ち、通常、微振動動作のパターンPj(j=1,2,3のいずれか)は一定だが、式(29)や(30)で述べたように、振動の組み合わせpjCjやPjの比率Ψjや振動数νiのステップ数Niを考慮した複数のパターンを設定するのが望ましい。この際のNiの値は、実用性を考慮してNI=1~3回の範囲とする。
【0070】
すでに式(16)、(22)、(23)にそれぞれ平面歪変形臨界破断力σ
crのn値及びr値依存性、絞り深さHと絞り比DRの関係、限界絞り比LDRとn値及びr値との関係について述べた。ここで、
図9にσ
crがn値よりもr値依存性が大きいことを示す(非特許文献5)。本発明では使用材のr値はすでに決まっているが、微振動動作の付与によってr値の加工による低下が抑制されることを示唆しているのが重要である。
図10に等方体材料の絞り加工におけるDRとH(0026にしるしたようにHをyD
pで表す;yは変数)の関係を、従来法・本発明のおよその比較ができるように、図中での位置を示した。ただし、各加工方法の占めるDR及びH(=yD
p)の位置は、一定値に決まったものではなく、互に「沁み出し現象(重なりあう部分があること)」が存在する。
【0071】
本発明は、如上の説明内容に基づき、それを実現・実行するための具体的条件・手段として、νの範囲を以下のように限定する。その理由は、下掲の範囲をはずれると加工によって生じた転位のすべり移動に起因する応力場及び歪場の緩和・均一分散状態が絞り加工に対して適切な状態変化を起こしにくくなるからである。従って、νの範囲は以下のように限定される
3≦ν≦10;望ましくはν=5または6
よって、本発明は、如上の説明内容に基づき、微振動動作を適切に実現するために、具体的条件・手段としてポンチストロークの振動数νが上式を満たし、かつ微振動動作のパターンPj(j=1,2,3単独または組み合わせ複合プロセス)は0054に述べたように「加減速線形前進後退等速/非等速振動」、「定速線形前進後退等速/非等速運動」、「正弦波定角速度線形前進後退等速/非等速振動」のいずれかまたは複合化によることを特徴とする。
【0072】
本発明は単一微振動ポンチストローク距離(Xp,Xr)及び速度(Vp,Vr)ならびに通常の均一加工ストローク速度vの条件を以下に従うことを特徴とする。:
0mm<Xp≦100mm;0mm<Xr<100mm;Xp>Xr(39)
Vp≧1mm/sec;Vr≦100mm/sec;Vp≧Vr (40)
1mm/sec≦V≦500mm/sec (41)
V>v (42)
ここに、Vは全微振動動作における平均ポンチストローク速度である。通常の連続加工の全ストロークをH(上死点から下死点までの距離)で表した場合、いずれの単一微振動動作をとっても、
Vr<V≦Vp (43)
を満たすように制御しなければならない。
【0073】
本発明においては、微振動動作における材料の加工温度Tを純金属又は合金である金属材料の結晶系によって以下の条件に従うことが望ましい。
体心立方系材料:RT≦T≦200℃ (44)
面心立方系材料:RT≦T≦300℃ (45)
稠密六方系材料:RT≦T≦400℃ (46)
ここに、「RT」は「室温」を表す。結晶系によって上限温度が異なるのは、一般に加工による微視的な転位群の集積/もつれや内部応力/歪場の程度と局在化が、BCC<FCC<HCPになるからで、その原因は、おもに各結晶系に属す実用に供される元素の種類を比較した場合、原子密度及び原子間力の差異の程度が異なることにある。
【0074】
上記金属材料は、純金属及びその合金を含めると多種多様に亘る。また、用途の面からも素粒子物理学・加速器や遺伝子医工学等の先端科学分野をも含む膨大な応用分野がある。本発明では、金属材料に関しては、鉄系及び非鉄系材料、もしくは結晶構造の面からBCC,FCC,HCPについても分類・検討した。その理由は、本発明のすべての金属材料の微振動動作による深絞り加工において、加工性能を決定する本質的原因がナノレベルの線状欠陥である「転位」の存在とその動的変形挙動にあるからで、それらが鉄系/非鉄系材料、もしくは上記した異なる結晶系を有する材料の影響を受けるためである。
【0075】
その中で、実用上重要で使用頻度が高く、加工難度も厳しい金属材料を結晶系ごとに挙げると、以下のようである(鉄系と非鉄系が混在している):BCC系材料として高純度鉄、高炭素鋼、高マンガン鋼、高張力鋼、表面処理鋼板、電磁鋼板、ニオブ、タンタル;FCC系材料としてオーステナイトステンレス鋼、アルミ二ウム(合金)、ニッケル(合金)、銅(合金);HCP系材料としてマグネシウム(合金)、チタン(合金)、亜鉛(合金)、ジルコニウム(合金)、タンタル(合金)等である。
【0076】
これらの材料は、その微視的転位の変形挙動が共通しており、巨視的な深絞り加工性能を左右するところから、微振動動作の付与により成形性が向上する。
【0077】
本発明は、さらに、上記諸金属材料の深絞り加工を行うにあたり、ポンチストロークに微振動動作を付与することを特徴とする。
【0078】
本発明における加工用潤滑剤は液体油性系とする。なぜなら、微振動動作においてはポンチが上下動しながら所定方向に加工が進行するので、素材表面の潤滑剤が特にポンチとの接触で移動しやすければ、潤滑膜に膜切れが生じにくく、加工中に均一安定な被膜が保持され、動摩擦現象による加工性の低下や、焼付きが生じにくいため、固体皮膜潤滑剤よりも易動性のよい液体潤滑剤を使用するのが望ましいからである。同時に、本発明によれば、材料とポンチが接触状態と非接触状態を交互に繰り返すために、潤滑液の分散・移動が生じやすく、潤滑性能が発揮・持続されやすいことが利点として挙げられる。
【0079】
そして、油性系の液体潤滑剤の性能としては、次式で定義される「動粘度」をΓで表した場合、
Γ≡(絶対粘度)/(加工温度における潤滑油の密度)
と定義される。ここにΓの測定法は次のとおりである:校正した毛管粘度計を使用し、一定体積の試料油が毛管を通過する時間を測定することで得られる。Γは温度依存性を有することを考慮して、
RT≦40℃における加工の場合は、金属材料の種類によらずに、Γ値が次のものを使用し、
Γ=25~100cSt(未満)
また、RT>40℃における各種金属材料の加工の場合は、
Γ=100越~800cSt
のものを使用するとよい。
【0080】
本発明は、微振動動作を付与した絞り抜けプレス深絞り加工成形体を「リストライク加工」(単一の前工程成形によって生じた歪をプレス機によって除去する矯正加工)及び/または「しごき加工」(絞り製品の壁部肉厚を均一にするために、ポンチとダイのクリアランス(間隙)を肉厚より狭くして押し通すプレス加工法)を施すことを特徴とする。
【0081】
これらの加工が容易に可能になるのは、微振動ポンチストロークによる絞り加工(従来法による複次工程ではなく、経済効果が期待される単一工程である)によって、成形体(1次成形品)の変形に後加工を行うための余裕が生じるからである。その理由は、厳しい深絞り加工では、一般には多大の転位の集積ともつれ及び不均一性が生じるのに対し、本発明によれば、その程度が大幅に緩和されるからである。
【0082】
この「変形の余裕度」をパラメーター“ζ”で表すこととし、ζの表式化について検討を行った結果、ζを絞り加工過程におけるしわ押さえ荷重Fの関数として評価するのが妥当であることを知見した。即ち、fが関数関係を表すこととすると、
ζ=f(F)=f[{F0(φ/φ0)}β] (50)
ここに、F0は絞り加工初期のしわ押さえ荷重、φ及びφ0は絞り加工過程及び初期のフランジの体積(面積×板厚)、βは絞り加工過程における金属材料によって決まる「べき乗指数」であり、基礎実験結果から結晶系によって以下のように示されることが知られた:
体心立方晶金属の場合:0<β≦3 (51)
面心立方晶金属の場合:1≦β≦3 (52)
稠密六方晶金属の場合:2≦β≦3 (53)
【0083】
複次工程及び焼鈍を回避した本発明では、上記プレス絞り加工後に、最終成形体構造によっては、必要に応じて、補足的な加工を施すことができる。
即ち、塑性加工(プレス加工)を加工形態から分類すると「1次加工」、「1.5次加工」、「2次加工」となる。
ここに1次加工」は本発明の主加工のことで、これを新規な手法(1工程のプレス加工で)如何に向上させ、産業応用に資するかが最重要課題である。
一般に、1次加工品のままでは、寸法精度・形状凍結性・絞り深さを単一加工限界の観点から仕様に供するには不十分であることが、ままあるので、さらなる加工、即ちリストライク加工またはしごき加工を施すことがある。これを、「1.5次加工」という。
さらに、1次加工後または1.5次加工後に、穴あけや突起出しバーリン加工を行うことも多い。これは、需要家のデザインによる要求に基ずくもので「2次加工」という。本発明の主体である1次加工によれば、上に述べた「(1次加工品の)変形の余裕度ζ」が十分に大きいことが、1.5次加工及び2次加工を容易にし得る原因であり、これは従来法では不可能である。
【0084】
一般に「2次加工」にはトリミング、縁曲げ、つばだし、フランジング、突起出し、穴あけ、バーリング、ブロー加工、かしめ、はぜおり、はぜつぶし、コーキング、リべッティング、口絞り、口拡げ等種々の加工形態がある。
特に、従来法で深絞り加工(1次加工)後に、これらの2次加工を行うことは極めて困難で特別な処理法を必要とするので、工程上の負担が多く、手間と時間がかかり、生産性や経済性に課題があった。
本発明によれば、「極深絞り加工」が容易になって1次加工性が向上するばかりではなく、これら2次加工性を向上させることができるので、最終製品化に多大な寄与が発揮できるのである。
【0085】
その理由は、0082に述べたのと同様で、1次加工後のナノレベルの転位の存在状況が従来法と異なる、即ち微視的な加工組織が平準化され、「変形余裕度ζ」が向上することにある。この事象は産業上への利用可能性を拡大するものである。
【0086】
プレス絞り加工において、「成形性」とともに重要なのは「形状凍結性」である。この、設計時の形状及びその精度・寸法及びその精度・時間経過による安定凍結性における関連現象は、成形性に優れるにつれて劣化するのが通例である。成形体に、より多くの微視的/巨視的歪が増大・局在化するのがその原因である。
【0087】
リストライク加工は成形体の歪を除去・軽減するのが目的で通常行われる方法であって、本発明のプレス絞り加工法によって得られる成形品のリストライク加工は、既述の変形余裕度ζが比較的大きいので、良好な結果を得やすい。即ち、形状寸法精度を上げやすい。
【0088】
平底円筒絞り加工の形状凍結性については、絞り加工底部の変形量が小さいためにスプリングバック及び/またはスプリングゴーが生じやすい。それをある程度軽減するために、絞り加工中、ポンチが下死点に達した際にポンチの運動は停止するわけであるが、ポンチ力を除荷せずにノックアウト工具に成形体底部を適当な時間押しつけたままにして、保持することが知られており、実用される場合がある。
【0089】
本発明のように、深絞り性が向上した極深絞り/超深絞り加工を実施する場合は、従来法よりも底部の歪が大きくなることと、本質的に上記した下死点加工力保持方法といえども、十分に機能するとはいい難く、保持時間も永くしなければならないのが一般であるゆえ、加工能率の劣化を招きかねないことが課題であると予測された。
【0090】
しかしながら、本発明によって得られた絞り成形体の平底部への上記ポンチ荷重保持作用によれば、
図11に示すように形状凍結性の時間依存性が従来法と異なり、より少ない時間で、かつ、ほぼ0に近い状態にまでなることが判明した。この結果は本発明の極絞り加工における形状凍結性が、常識的には困難になることが予想されたにもかかわらず、予想に反してむしろ向上することを示すものである。
【0091】
この原因は、転位及びその歪場が、材料中でless-complicatedな存在状態(微視組織が従来法と比較して複雑さの程度が軽減され、平均化していることによること、かつ自由エネルギーが低い状態にあって、微振動動作の過程で弾性変形が、材料とポンチの非接触時内に容易に開放される、つまり、活性化障壁が比較的低いことによるものであると推測できる。
【0092】
以上のプレス(絞り)加工は、ポンチストロークの速度及び温度条件をパラメーターとして、その移動・運動に微振動動作及び速度制御を可能にするサーボ機器と、プレス(絞り)加工用金型と、適正な動粘度を有する液体潤滑剤と、該金型から熱伝導によって金属材料の加工温度を制御する温度制御装置とを用いて行うことよい。
【0093】
上述のようなポンチストローク制御による金属材料の微振動プレス加工方法を利用することで、従来の課題を解決して、プレス加工製品を製造することができる。
【発明の効果】
【0094】
本発明の効果は、従来法と比較して以下のようにまとめることができる。ここに使用する表式の文字の意味の殆どは、幾つかの例を除いて、既出の表式中に使用して説明済みのものである。
【0095】
(1)プレス深絞り加工性を向上させるのに効果的である。即ち、直接的な指標として加工量(絞り抜け深さ)Hmaxが式(33a)及び式(33b)を合一することにより、次式で表される:
Hmax=[∫∫{(Xp-Xr)ν}dνdt]max (54)
そして、非振動法である従来法の絞り抜け深さhと比較すると、
H>h (55)
となり、加工量(絞り深さ)の点で加工性(深絞り性)に優れる。
【0096】
また、本発明の場合、加工性(絞り抜け性)の向上は、変形状態図において、破断危険部位となる平面歪変形による臨界破断力σcr
*が上昇し、破断抵抗が増大することにも起因する。即ち、本発明による臨界破断力σcr
*は、同一材料(n値、r値、板厚tが同一)であっても、従来法によるσcrと比較すると、
σcr
*>σcr(=f(n,r,t)) (56)
なる関係が実現するためである(fは関数関係を表す)。
【0097】
その主たるメカニズムは、既説明のごとく、外力・負荷が分散して、ナノレベルの線状欠陥転位の加工過程ならびに加工終了時の集団的なもつれが緩和され、同時にその分布が均一化することにある。
【0098】
(2)本発明は、従来法では、複数の工程を要し、かつ工程間に加工硬化した材料を軟質化するために熱処理工程を挿入せざるを得ない場合であっても、単一工程で絞り抜け成形体に加工することができる。従って、原価・経済性が大幅に向上する。
【0099】
(3)単一工程で従来法でも加工可能な形状寸法を有する場合を本発明と比較すると、従来法では低速加工(メカ二カルプレス機の替りに油圧プレス機への変更等)の必要性や、高粘度固形潤滑剤の使用と洗浄、あるいは温間プレス加工法や融合加工法等の工夫・採用が必要で、デメリットが生じる。本発明は、メカニカルプレス機のサーボ化による微振動ポンチストローク制御による金属材料の加工が基本であるから、生産性/量産性を直接支配する平均加工速度Vが格段に短縮され、式(32a)及び式(32b)を合一させると次式となる:
V=<Σ[∫{(Xp-Xr)/ν}・tdt]>/tf (57)
本式は微振動動作のパターンPjと関連項目のPjCj及び選択されたPjの比率Ψjならびにステップ数Niをパラメーターとした表式であるが、非振動法である従来法の平均加工速度vと比較すると、条件の適正選択によって、
V>v (58)
となり、生産速度・効率の点で経済性に優れる。
【0100】
即ち、従来法による成形品1個あたりの加工時間tmaxは、上死点~下死点間の平均加工速度をv、上死点からのポンチの移動距離をSとすると、
tmax=∫(S/v)dv(積分は0~Smax) (59)
となる。他方、本発明の場合の加工時間(非接触時間を含むトータルの時間)をTmaxとすると、式(34a)及び式(35b)を合一させると次式が得られる:
Tmax=Σ<Σ[∫{(1/ν)dν}Ni])>i (60)
この場合、振動数ν及びぱ微振動動作のパターンPjの数とその組み合わせ数PjCjやステップ数Niの制御範囲を種々変えることができ、適切な選択を行うことによって、
Tmax<tmax (61)
が容易に可能になる。従って、本発明より各成形体加工時間を短縮できるから、本発明は生産性・量産性・経済性において従来法より優れる。
【0101】
(4)金属材料の種類(成分組成や結晶系)が種々変化しても、本発明の諸条件可変加工手段の採用によって、その材種に適正な加工制御条件を容易に選択・実施することができる。
【0102】
(5)絞り加工性が従来法よりも優れ、成形難(易)度を低減させることが可能になる。即ち、プレス絞り加工にあたって材料の種類及び成形体・製品の形状及び寸法の自由度が拡大し、プレス加工適用範囲が拡大する。
【0103】
(6)ナノレベルの微視的挙動に依拠した変形余裕度の向上によって、リストライキングやしごきが容易になり、また穴あけ・バーリング・突起出し・口拡げ・その他の2次加工性が容易になる。
【0104】
(7)成形体微視組織(転位)の非局在化及び均一分布化を図った実用加工方法であるところから、形状寸法精度や板厚寸法精度で示される形状凍結性を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0105】
【
図1】金属材料を構成する結晶群の線状欠陥を2次元的に示した図である。丸印は格子点に位置する置換型原子を示し、中央部分の水平方向の点線の上下で格子点の原子の位置と存在状態が異なって、紙面に直交する原子面の数が異なり、線状配列のずれに相当する転位(刃状転位)が2次元的に示されている。
【
図2】金属材料の結晶群の一部を2次元平面上に表した場合、転位が存在する部分で、転位がバーガースベクトルのスカラー距離(ほぼ原子間距離)ずつ水平方向に移動して、微視的なすべり変形が生じることを説明する図である。
【
図3】転位がすべり変形を生じた金属材料多結晶体表面の光学顕微鏡写真で、すべりの痕跡が筋状にみられる(スリップバンド)。
【
図4】転位がすべり変形を生じた金属材料多結晶体内部の転位の様相を示す電子顕微鏡写真である。転位のもつれや交叉すべり現象が散見される。
【
図5】金属材料とその塑性加工の相互の関連性を、ナノレベルの因子を含む微視的観点及びハード装置を含む巨視的観点から示し、材料加工の実用的見地からの先進化を図るための因子・手段・効果・利用性を示す図である。
【
図6】金属材料加工時の微視的内部変化(転位の状態変化、その他)のうち、転位密度・結晶回転/転位の再配列・交叉すべり・積層欠陥(双晶)を、従来法と微振動動作を伴う加工の様相の差異に着目して、時間-ストローク関係上で比較した概念図である。
【
図7】プレス加工におけるダイハイト範囲内の従来法におけるストローク変化及び微振動動作におけるストローク変化の概念を説明する図である。
【
図8】ポンチの下降速度V
pと上昇速度V
rがそれぞれ=100mm/min及びVr=50mm/minの条件の場合、前進ポンチストローク及び後退ポンチストロークの交互運動からなる微振動動作状況の一例をモデル的に示した図である。
【
図9】平面歪変形における材料の臨界破断力σ
crの解析結果を示した図である。σ
crとr値の平均値Rの関係を描いたもので、n値をパラメーターとしている。r値の影響がn値よりも大きいことが知られる。
【
図10】室温における等方体材料の平底円筒絞り加工の際の絞り深さHの導出式を用いて、H(yD
pで表示;yは変数)とDR=D
0/D
p(ここでD
0,D
pはそれぞれブランクの直径とポンチの直径を示す)の間の関係を示す図である(板厚減少率τをパラメーターとしている)。従来法、及び微振動動作を伴なう本発明のおよその限界絞り比(LDR)を含むDRの範囲を図中に示した。
【
図11】従来法と本発明における下死点保持時間とスプリングバック量/スプリングゴー量、即ち形状凍結性の相違を定性的に説明する概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0106】
前述したように、近年金属材料に対する弾塑性加工性の向上、特に典型的な加工方法であるプレス加工における「絞り加工性」の向上が強く求められるようになってきた。その理由は、機械切削加工等からプレス加工への工法転換による工程削減や、生産性の向上、材料歩留りの向上、作業環境の改善、コストの低減、経済性等の効果が期待できるからである。
【0107】
プレス絞り加工を採用した場合、加工品の絞り深さが比較的小さい場合や形状寸法が単純であれば単一工程で済むが、一般には単一工程では成形が無理なことが多く、その場合は複数工程(2回以上の工程)を要する。たとえば、リチウムイオン電池ケースの加工の場合、円筒や四角筒の形状に対して所要深さが深く(円筒ケースでは直径の2倍以上)、10~20工程の加工が必要で、しかも工程間で加工硬化した材料に複数回の熱処理を外注や設備投資した熱処理炉での内製を施して軟質化しなければならない。従って、プレス機や金型工具の数が増え、製造工程の「流れ」を乱すので、多大な初期投資や製造時間がかかって量産性や経済性に齟齬をきたしていた。
【0108】
そこで「熱」を利用した周辺加熱深絞り法や温間深絞り法、「液圧」を利用した対向液圧深絞り法や液圧潤滑深絞り法、あるいは摩擦援用深絞り法やしわ押さえ力制御深絞り法あるいは融合プレス加工方法等の手段が工夫されている。一部有効に実用に供されているものもあるが、上記の要求を満たすのは容易ではなく、さらなる先進的なプレス加工方法が待望されていた。
【0109】
そこで
図5に記載したように、プレス加工に際して金属材料の巨視的加工が、ナノレベルの線状欠陥である「転位」の歪変形/運動に帰されることに着目した。また、近年サーボ機器がプレス機に搭載されるようになって、プレス加工における使用エネルギーの低減やストローク速度・モーションの制御が可能になってきた。かかる実情に着目して、本発明の「微振動ポンチストローク制御」による極深絞り加工方法の発明に至ったものである。
【0110】
本発明は、以下の(1)及び(2)の条件・要因の適正な組み合わせで実施されるゆえ、実際上の具体的な加工方法の種類は多岐に亘る:
(1)金属材料の種類(鉄系と非鉄系)・結晶系・転位組織・結晶集合組織。
(2)微振動動作の付与条件(振動モード=ポンチストロークの前進運動と後退運動の条件)・振動数・微振動動作のパターン・パターンの組合せ・パターンの組み合わせにおけるパターンの比率・パターンのステップ数・絞り深さ・加工速度・加工時間・加工温度・油性潤滑剤の動粘度。
従って、実施例としては、「実施の態様・傾向」を従来方法と比較して、記号及び説明文によって例示することとする。その場合、金属材料と加工条件を要因とし、結果については、機械的性質として単軸引張変形における強度・延性・n値・r値・臨界破断力への5項目に対する効果のまとめと、加工性能として深絞り加工変形における深絞り性・加工異方性・1.5次加工性・2次加工性・形状凍結性の5項目に対する効果のまとめとに分類した。そして、前者の材料特性関係と後者の深絞り性関係について、それぞれ具体的事象を取り上げ、従来法との比較性能結果の定性的な傾向を以下に示す。
【実施例0111】
表1に微振動動作を付与して行った単軸引張変形による材料特性を、通常の単軸引張変形を行った際の特性(それぞれの平均速度V及びvはいずれも3mm/sec)に対する比較傾向をしるす。この場合、金属材料としては、鉄系と非鉄系に大別し、それらを結晶系(BCC,FCC,HCP)に区分して、2種類の材料系と3種類の結晶系の変化傾向を示した。場合によって個々の金属種(純金属及びその合金を含む)の特徴を提示した。
これら「微振動動作」時(プレス加工時のと変形動作が若干異なる基礎試験に相当するので「微振動動作」と表現した)の前進距離Xp=6mm、前進速度Vp=6mm/secとし、後退距離Xr=0mm(単軸引張変形ゆえ、後退圧縮運動は不可能)、後退速度Vr=0(停止)として、Xpごとに1secの除荷・停止・緩和時間を与えた。よって上記のように平均引張速度Vは3mm/secで慣用単軸引張変形の場合のvと同じにした。振動数νは5Hz、引張温度TはRT及びT‘≦T<RT、微振動動作のパターンは「前進→停止(時間)」の繰り返しである。なおT‘は材種によって変えるべきであるが、ここでは相対比較を行うことを目的とするため100℃一定条件とした。試験片にはJIS13号Bを用いた。
【0112】
【表1】
これらの単軸引張変形特性は、直接的にはプレス深絞り加工特性を示唆するものとはいえないが、間接的に深絞り加工特性と関連する基本的性質を与えるもので、本発明の微振動動作の付与の効果を端的に把握するうえで、簡便で、肝要かつ基礎的な実証試験である。
表1の結果から以下の諸事項を知ることができる。ここで、そのための評価方法として、微振動動作を伴う加工法による結果と従来法による結果との相対比率を次式のρ
1で定義し、検討することとする:
ρ
1=(微振動法単軸引張特性)/(従来法単軸引張特性)(62)
【0113】
まず、「強度特性」は通常データとしては慣用引張強さTSまたは流動応力Sで示されるが、計算による真応力σ(=S(1+λ);式(19)を参照)及び真歪ε(=ln(1+λ);式(20)を参照)を用いるほうが、より正確で技術的である。微振動動作の付与(この場合は除荷・変形停止)の有無の影響について比較した表示の結果によれば、材種・結晶系にもよるが、全般的には微振動動作の付与によってρ1<1となり、強度が低下する傾向が認められる。そしてその程度は、材種及び結晶系によって若干異なる。この強度の低下傾向は、一方向・連続引張変形のみの従来法に比べて、転位の移動が容易化され、易動度が改善されたためである。即ち、既述のように、加工塑性体内部において移動した転位群(多数の微視的な線欠陥に相当する)が結晶粒界や不純物・非金属介在物・析出物・置換型原子や固溶原子の応力場、あるいは自身のpile upや他の転位(群)の存在等種々の「阻害条件」が、試験片の運動停止中に「緩和」されつつ、転位の運動が進むためと推察される。材種及び結晶系によって、その程度が異なるのは、上記の阻害条件が異なるためである。なお、なぜ「緩和」現象が生じるのかは、熱力学的には「エントロピー増大則」によるといえるが、その金属物理学的な機構の解明は今後の基礎的な研究課題である。
【0114】
このような微視的な転位挙動に基づく巨視的な強度の低下は、予想したとおりであり、本発明の目的を達成する可能性を示唆するものである。なぜなら、過度な強度の増加は、局部的に過大な硬化を招きやすく、材料の臨界破断力σcrを越えてしまいやすいからである。即ち、微振動動作の付与による強度の低下は、
σcr
*>σcr
なる関係が結果として実現し、絞り加工性の向上を期待させるものといえる。
【0115】
強度特性は、TSのみではなく、降伏点YSやYS~TS間のflow stress(流動応力)Sをも考慮すべきであるが、このことに関しては、後出のn値の定義式(11)のn=(dσ/dε)から検討する。
【0116】
次に「延性」に着目する。延性は単軸引張変形においては通常全伸びELや伸び率λで示される。解析が必要な場合は、均一伸びELu(伸び率λu)及び局部伸びELl(伸び率λ
l
)をも用いる。この場合、次の関係がある:EL≡ELt=ELu+EL
l
;λ≡λt=λu+λ
l
)。ここに下ツキtは、totalを表す。これらは単軸引張試験おいて慣用的に用いられる延性パラメーターを表す「伸び量」であり、強度の場合と同様、真歪εで表すと、ε=ln(1+λ)である(式(20)を参照)。
【0117】
表1の結果では、ρ1>1であり、伸びは殆どすべての条件下において明らかに改善されていた。金属材料では、式(12)のLudwickの関係、σ=Cεnが成り立つことが実証されているので、εは、
ε=exp{(σ/C)}/n} (63)
で表されるから、もしσを一定と仮定すると(Cは定数)、同一σに対して、絞り加工の場合、絞り深さを効率的に深くすることができ、プレス絞り加工性を向上させる可能性があることを意味する。
【0118】
このことは、本発明によって、加工度が同じであっても転位の運動が容易化されることによって、いわゆる微視的歪が、巨視的な良成形性の実現をもたらすであろうことを意味する。従って、実際のプレス絞り加工に有利に作用すると考えられるので、本発明の目標とするプレス絞り加工性の向上に寄与する可能性を有することは明らかである。
【0119】
「加工硬化指数n値」の結果を指標ρ1から判断すると、BCC金属の場合は殆ど変化せず、FCC金属では若干増加傾向が生じている。また、HCP金属の場合に変化はみられない。この原因は、BCC及びHCPにおいては、単位格子の原子密度が比較的小さいために、転位の増殖がそれほど大きくならず、加工硬化の程度が比較的少ないことにあると考えられる。これに対してFCC単位格子はBCCやHCPと比較すると原子密度が大きいから、転位の増殖が活発となり、転位密度が大きくなるために、運動時の抵抗が相対的に増大し、硬化しやすくなってn値の増加を招くものと考えられる。
【0120】
最終的には式(15)の臨界破断力σ
cr
*が深絞り加工性を規定するが、この関数関係は、改めて次式で示される(式(16)参照):
σ
cr
*=f(n,r,σ
u,t) (64)
この関数関係式中で、
図9からも分かるように、一般にn値の影響は軽度である。ただ、FCC金属については、0019に記したように、n値の増加が加工性にプラスに作用する。
【0121】
「塑性歪比r値」の結果を指標ρ1から判断すると、単軸引張変形中にBCC金属の場合、加工の進行に際して一般に起こる「減少傾向」の「抑制・緩和」が生じている。これに対して、FCC金属及びHCP金属では一貫して減少低下傾向が進んでいる(焼鈍材料を加工すると、すべり系がランダム化するために、一般にr値は減少する)。このBCCにおける原因は、上記原子密度、つまり転位密度とステレオ三角図(逆極点図)上のシュミット因子の影響により、加工中に結晶回転が生じやすくなり、しかも材料内部の自由エネルギーの変化によって、絞り加工に有利な{111}面強度の維持・生成に微振動動作が関与して、それを容易化するためと推量される。これに反してFCCやHCPの場合は、BCCと相反する微視的機構(たとえば、結晶集合組織のランダム化の生じやすさ等)に従って、r値の低下が加工の進捗とともに一貫して進むものと考えられる。
【0122】
n値の場合と同様に、最終的には式(16)(σ
crの計算式)及び式(54)(絞り抜け深さH
maxの計算式)に従って絞り加工性が決定されるわけであるが、式(15)(加工力P
f>フランジ抵抗P
f)についてσ
crに対するr値の影響をしらべると、n値よりもはるかに大きい(
図9)。それゆえ、円筒深絞り加工試験においては、微振動動作の効果が期待される。ただし、これら単軸引張変形特性結果から判断すると、成形性向上効果は、BCC金属のほうがFCC金属やHCP金属より大きいことが予想される。
【0123】
「臨界破断力σcr(上記単軸引張変形の替りに等二軸引張変形によって実測した)」に関しては、一般にρ1>1の傾向がある。これは既述した強度特性が一般にρ1>1の傾向を示しているのと照合しており、微振動動作の付与が加工性の向上をもたらす可能性を示唆する根拠になると考えられる結果となっている。
【0124】
以上、それぞれの特性値において、「加工温度」を室温から100℃に上げた場合の結果を指標ρ1から判断すると、強度の低下及び延性(伸び)の上昇傾向が強調されている。そして加工の進展とともに、室温の場合とは逆に若干のn値の増加とr値低減抑制効果の増大が認められた。即ち、加工温度の上昇が機械的特性に寄与している。この原因は、転位の消滅・加工歪の解消・応力場の開放に熱エネルギーが関与し、材料の加工組織に初期的な回復がもたらされることにあるとみられる。これらの現象は、いずれも深絞り加工性向上効果を有することを意味する。即ち、ポンチの微振動動作の付与によるプレス加工が材料内部の加工組織の変化・改善の促進・助長効果を有することを見出したといえる知見である。
表2には、平底円筒絞り加工における従来法(ポンチの微振動動作の付与なし;温度Tは室温;速度vは単軸引張変形時と同じ3mm/sec)に対する微振動動作の付与の相対的な効果に関する比率(ρ2)を、表1における式(62)と同様に定義し(次段落)、金属種と金属結晶系に分類して示した。ここで、深絞り加工条件は、直径40mmの平底円筒絞りとし、潤滑剤としては40℃での動粘度が245cStの液体油性のものを使用した。微振動ポンチストローク距離は、前進Xp=2.5mm、後退Xr=0.5mm、振動数ν=3Hz、よって前進速度Vp=7.5mm/sec、後退速度Vr=1.5mm/secとなるから、平均速度V=3mm/secとなり、従来法の場合と同様である。微振動動作のパターンPjは、従来法にならって絞り抜けまで加減速線形前進後退等速運動(P1)とした。加工温度TはRTとT’≦T<RTとに区分した。T‘は材種によって変えるべきであるが、ここでは100℃一定とした。
本発明と従来法の深絞り法とを比べた「深絞り性」は、ひとつには円筒深絞り加工の際に通常使用される絞り比DRとその破断限界を示す限界絞り比LDRが既述のように次式で定義されるので、
DR≡(D0/Dp);LDR≡(D0/Dp)max (21)
これらを指標とする。ここに、D0及びDpはそれぞれ円形ブランクの直径とポンチの直径を表す。ふたつには、既述のように直接的に絞り深さH及び破断限界の深さHmaxをデータとする。これらのデータは次の関係式で結ばれる。ただし、成形品に耳の発生がないか、または無視できる場合を想定した場合である(式(22)参照):
Hmax=<(Dp/4)[{DR2/(1-τ)}-1]>max(22)
ここに、τは平均板厚減少率である。
この作用機序には加工条件(材料及び結晶系)によって大小の関係がみられる。以下に、殆どがBCC(体心立方)系結晶に属する「鉄系の材料」について、二つの観点からしるす。
第一に材料の種類を大別した鉄系と非鉄系の結果を比較すると、発明の効果は鉄系のほうが大きい。その理由は明確ではないが、経験上、鉄元素とその合金は、歴史上使用材料が石器-土器-青銅器-鉄器と順次推移してきたなかで、強くて加工しやすいことが知られており、4000年来使用されてきている。これをナノレベルの状態と挙動から推測すると、鉄の元素番号が26と原子量が全元素中で“中庸”であることと、原子核を構成する陽子と中性子の和が偶数の、外乱に対して比較的安定ないわゆる“ボーズ粒子”であるという事実とから、ナノレベルの転位の運動が原子間力の影響を平均的に受け、その程度が比較的小さいことに関連するものと推察される(原子核反応にまで遡ると、金属元素である“鉄”の宇宙における存在比が異常に大きい事実に対し、同様な説明がなされている)。同時に、シュミット因子を規定する逆極点図上の結晶配位と結晶回転も無視できない。
第二に、上記のように鉄系材料の殆どがBCC結晶構造からなっており、原子密度が比較的小さく、転位の運動が容易で、すべり挙動が比較的容易なことも原因している。その証拠に、表2において、非鉄金属であり、かつBCC系のニオブやタンタルのρ2が大きい結果を得た。
次いで、加工異方性について調べると、程度は大きくはないが、明らかにプラスの効果が認められた。即ち、実用金属材料は、加工に際して等方性を呈するものではなく、種々の面・方位を有する多結晶集合組織からなるために、加工に際して辺縁部に凹凸(耳)を生じる異方性を呈するものである。加工品としては、凹耳部までしか使えないので、凹耳部までの絞り深さが深いこと、いいかえれば凸耳と凹耳の差ができるだけ小さい等方的な加工状態になることが望ましい。従って、本発明は従来法に比べて明らかに耳の差と凹耳深さが大きく、異方性低減に優れた加工法といえる。
「耳」が微振動動作の付与によって多少とも低減した理由は、かかる緩和現象が応力場や歪場を平均化し、微視的すべり現象をランダム化して、加工の進展によるr値の低下に起因するマイナス効果を考慮に入れても、トータルとしてはプラスの効果、即ち、耳の低下に寄与したことにあると考えられる。
形状凍結性は、主として弾性変形時の弾性歪(スプリングバック及びスプリングゴー)によって決定され、成形体の微視的な塑性歪の性状と分布状況の影響を受ける。相互の定量的な関係は不詳であるが、表2の結果では、総ての材料において多少にかかわらずρ2>1が得られているので微振動動作の付与効果が現れている。
その理由を実証するのは困難であるが、仮説として次のように説明することができる。即ち、弾性変形を含む全加工過程において外力負荷が0になる時間が存在しているので、負荷によって生じた内部組織状態がある程度復元して元の状態に戻ろうとする変化、つまり緩和現象が起こり、それが積み重なって従来の加工方法に比べて転位組織及び加工集合組織が均一状態になり、加工後の弾性変形分が元に戻ろうとする現象に対して、トータルにみて抵抗作用を及ぼことになろう。その結果、巨視的な歪に起因する形状/寸法精度(形状凍結性)性が向上する。さらに、変形余裕度ζ値が向上した事実が、余裕のある加工を可能にするので、加工後に基に戻ろうとする内部応力が減少するから、形状凍結性に効果を及ぼすことが推認できる。
同様に2次加工性(穴あけ及びバーリング突起出し加工)についても前段落と同じ結果が得られた。その原因がやはりζの増大が主因であることは明らかである。この事実は工業的応用に際して大変有利であり、応用範囲を広げるうえで期待されるものであり、産業上の利用可能性を考慮する際に重要である。
以上の実施例2において、「加工温度」をRTから100℃に上げると、深絞り性がさらに向上する。これは、巨視的には実施例1にしるした単軸引張変形挙動、即ち、単軸引張特性と密接な関係を有していると同時に、外力負荷による微視的な転位の運動の容易化が一層顕著になるからである。
そして、深絞り加工性・加工異方性・形状凍結性(寸法精度)・1.5次加工性(リストライクとしごき加工)・2次加工性(穴あけとバーリング突起出し加工性)のいずれにおいても、100℃という比較的低温度における加温処理が、微視的振動深絞り加工性にプラスの効果をもたらすことが分かる。従って、必要に応じて、温度効果を重畳させるのが望ましい。なお、外力負荷量・速度・振動数・前進距離と後退距離・緩和時間等の適正値が各種材料に関連・付随しているのはいうまでもない。