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特開2022-132864添加剤、イオン化方法及び質量分析方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022132864
(43)【公開日】2022-09-13
(54)【発明の名称】添加剤、イオン化方法及び質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20220906BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20220906BHJP
【FI】
G01N27/62 V
H01J49/04 180
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021031571
(22)【出願日】2021-03-01
(71)【出願人】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中山 憲司
(72)【発明者】
【氏名】李 新
(72)【発明者】
【氏名】後藤 崇之
(72)【発明者】
【氏名】小川 修
(72)【発明者】
【氏名】清水 公治
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA04
2G041FA06
2G041GA03
2G041GA08
(57)【要約】
【課題】既存の質量分析装置においても、測定対象試料のイオン化効率を高め、且つ、バックグラウンドノイズを低減して、質量分析における検出感度を向上させることができる添加剤を提供する。
【解決手段】緩衝能を有する成分を含み、マトリックスと測定対象試料とに混合されて前記測定対象試料のイオン化を促進するための添加剤。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
緩衝能を有する成分を含み、マトリックスと測定対象試料とに混合されて前記測定対象試料のイオン化を促進するための添加剤。
【請求項2】
前記緩衝能を有する成分が、下記(1)~(4)からなる群より選択される少なくとも一種である、請求項1に記載の添加剤:
(1)酸と、アンモニア、アミン及びピリジンからなる群より選択される少なくとも一種の塩基;
(2)前記酸と、前記アンモニアとから形成されるアンモニウム塩;
(3)前記酸と、前記アミンとから形成されるアミン塩;
(4)前記酸と、前記ピリジンとから形成されるピリジン塩。
【請求項3】
前記酸が、塩酸、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、炭酸及び二酸化炭素からなる群より選択される少なくとも一種である、請求項2に記載の添加剤。
【請求項4】
前記緩衝能を有する成分が、塩化アンモニウム、塩化アミン、塩化ピリジン、ギ酸アンモニウム、ギ酸アミン、ギ酸ピリジン、酢酸アンモニウム、酢酸アミン、酢酸ピリジン、トリフルオロ酢酸アンモニウム、トリフルオロ酢酸アミン、トリフルオロ酢酸ピリジン、炭酸アンモニウム、炭酸アミン、炭酸ピリジン、重炭酸アンモニウム、重炭酸アミン、重炭酸トリエチルアンモニウム、重炭酸ピリジン、エタノールアミン、エタノールアミン塩類、メチルアミン、メチルアミン塩類、ジメチルアミン、ジメチルアミン塩類、トリエチルアミン、トリエチルアミン塩類、ジブチルアミン及びジブチルアミン塩類からなる群より選択される少なくとも一種である、請求項1~3のいずれか一項に記載の添加剤。
【請求項5】
前記マトリックスが、N-1-ナフチルエチレンジアミン二塩酸塩、9-アミノアクリジン、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、α-シアノ-2,4-ジフルオロフェニルアクリル酸、2-シアノ-3-(4-クロロフェニル)アクリル酸、2’,5’-ジヒドロキシアセトフェノン、4-フェニル-α-シアノけい皮酸アミド及び6-アザ-2-チオチミンからなる群より選択される少なくとも一種である、請求項1~4のいずれか一項に記載の添加剤。
【請求項6】
以下の工程(A)~(C):
(A)マトリックスと、請求項1~5のいずれか一項に記載の添加剤とを混合してマトリックス試薬を調製する工程、
(B)測定対象試料と、前記マトリックス試薬とを混合して混合物を調製する工程、及び
(C)前記混合物に光を照射して前記測定対象試料をイオン化する工程
を備える、イオン化方法。
【請求項7】
前記工程(C)が、前記混合物に光を照射して前記測定対象試料をアニオン化する工程である、請求項6に記載のイオン化方法。
【請求項8】
前記測定対象試料が、分子量5,000以下の有機化合物である、請求項6又は7に記載のイオン化方法。
【請求項9】
前記マトリックス試薬のpHが、2~13である、請求項6~8のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項10】
請求項6~9のいずれか一項に記載のイオン化方法の工程(A)~(C)と、
(D)前記工程(C)でイオン化された測定対象試料の質量分析を行う工程と、を備える、質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、添加剤、イオン化方法及び質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析法(Mass Spectrometry:MS)は分子量を測定する方法であり、測定対象試料をイオン化し、次いで該イオン化したイオンを質量と電荷とイオンの比に応じて分析する方法である。質量分析法としては、例えば、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization:MALDI)が知られている。
【0003】
MALDIにおける測定対象試料は、マトリックスと呼ばれる化合物と均一に混合される。マトリックスは、紫外光である窒素レーザー光(波長=337nm)やNd:YAGレーザー光(波長=355nm)を吸収して熱エネルギーに変換されることにより、マトリックスの一部が急速に加熱され、測定対象試料とともに気化されて様々の大きさのイオンが発生する。
【0004】
MALDIにおける測定対象試料の効率的なイオン化の手法については、例えば、非特許文献1及び2に詳述されている。特に、低分子量領域での測定においてはマトリックス由来のバックグラウンドの影響が課題となるため、ノイズ低減のために添加剤として、液体マトリックスを用いた手法(非特許文献1及び2)及び界面活性剤を加えた手法(非特許文献3)が知られている。
【0005】
質量分析装置を改良することでイオン化効率を高める方法としては、特殊な表面微細構造を持つ金属や無機プレートにレーザー光を照射する手法(非特許文献4)、及び通常のレーザー照射によるイオン化に加えて、イオンの飛行方向に対して垂直に二次レーザー光を照射する方法(非特許文献5)が知られている。
【0006】
また、既存の質量分析装置でイオン化効率を高める方法としては、緩衝液で試料切片をリンスする前処理法(非特許文献6及び7)、及び異なるマトリックス試薬を混合したバイナリーマトリックス、ハイブリッドマトリックス等の方法(非特許文献8)が知られている。
【0007】
例えば、非特許文献9には、塩などの不純物をクリーンアップし、0.1%のトリフルオロ酢酸を分析サンプルに添加して感度増強を図る手法についても記載されているが、アニオン化する分子の測定には効果的ではなかった。
【0008】
一方で、非特許文献10には、塩基性マトリックスである9-アミノアクリジン(9-AA)を用いて、強酸の0.1%トリフルオロ酢酸又は弱塩基の2%アンモニア水を用いてpHをpH3、pH7又はpH10に設定することにより、MALDIのマススペクトルが変わること、及びアミノ酸、リン酸化合物、ヌクレオシド等の測定対象試料の検出プロファイルが変わることが記載されている。
【0009】
また、非特許文献11には、9-AA及びN-1-ナフチルエチレンジアミン二塩酸塩(NEDC)の2種類の混合マトリックス(9-AAとNEDCとのモル比=1:1.35)を使用することで、脳内代謝物のMALDI分析における妨害物質(硫酸化糖脂質;スルファチド)のイオン化抑制に成功している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】HN Abdelhamid. Organic matrices, ionic liquids, and organic matrices@nanoparticles assisted laser desorption/ionization mass spectrometry. Trends Anal. Chem. 2017; 89: 68-98.
【非特許文献2】Calvano CD, Monopoli A, Cataldi TRI, Palmisano F. MALDI matrices for low molecular weight compounds: an endless story? Anal Bioanal Chem. 2018; 410: 4015-4038.
【非特許文献3】van Kampen JJ, Burgers PC, de Groot R, Gruters RA, Luider TM. Biomedical application of MALDI mass spectrometry for small-molecule analysis. Mass Spectrom Rev. 2011; 30: 101-120.
【非特許文献4】HN Abdelhamid. Nanoparticle-based surface assisted laser desorption ionization mass spectrometry: a review. Microchimica Acta. 2019; 186: 682.
【非特許文献5】Soltwisch J, Kettling H, Vens-Cappell S, Wiegelmann M, Muthing J, Dreisewerd K. Mass spectrometry imaging with laser-induced postionization. Science. 2015; 348:211-215.
【非特許文献6】van Hove ER, Smith DF, Fornai L, Glunde K, Heeren RM. An alternative paper based tissue washing method for mass spectrometry imaging: localized washing and fragile tissue analysis. J Am Soc Mass Spectrom. 2011; 22: 1885-1890.
【非特許文献7】Norris JL, Caprioli RM. Analysis of tissue specimens by matrix-assisted laser desorption/ionization imaging mass spectrometry in biological and clinical research. Chem Rev. 2013;113: 2309-2342.
【非特許文献8】Samarah LZ, Vertes A. Mass spectrometry imaging based on laser desorption ionization from inorganic and nanopHotonic platforms. View. 2020; 1: 20200063. https://doi.org/10.1002/VIW.20200063.
【非特許文献9】Chen X, Jia X, Lei H, Wen X, Hao Y, Ma Y, Ye J, Wang C, Gao J. Screening and identification of serum biomarkers of osteoarticular tuberculosis based on mass spectrometry. J Clin Lab Anal. 2020; 34: e23297.
【非特許文献10】Sun G, Yang K, Zhao Z, Guan S, Han X, Gross RW. Shotgun Metabolomics Approach for the Analysis of Negatively Charged Water-Soluble Cellular Metabolites from Mouse Heart Tissue. Anal. Chem. 2007; 79: 6629-6640.
【非特許文献11】Wang J, Wang C, Han X. Enhanced coverage of lipid analysis and imaging by matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry via a strategy with an optimized mixture of matrices. Anal Chim Acta. 2018; 1000: 155-162.
【非特許文献12】Li X, Nakayama K, Goto T, Akamatsu S, Shimizu K, Ogawa O, Inoue T. Comparative evaluation of the extraction and analysis of urinary phospholipids and lysophospholipids using MALDI-TOF/MS. 2019. Chem Phys Lipids. 2019 Sep;223:104787.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
MALDIのイオン化については、現在までに様々な方法について試みがなされてきたが、これらの新しい技術を活用したイオン化促進法は、主にカチオン性物質を標的としている。また、安価な手法から、より高価な金属や有機プレートを利用する手法へと移行しており、質量分析装置もより複雑になって来ている。
【0012】
特に、検出が困難な負イオンとなるアニオン性物質のイオン化促進技術としては、非特許文献5に記載されている方法があるが、既存の質量分析装置では対応できず、特別な光源や機構を必要とするといった課題があった。
【0013】
本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものである。即ち、本発明は、既存の質量分析装置においても、測定対象試料のイオン化効率を高め、且つ、バックグラウンドを低減して、質量分析における検出感度を向上させることができる添加剤を提供することを目的とする。さらに、本発明は、該添加剤を用いたイオン化方法及び質量分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、マトリックスにpH緩衝能を付与する添加剤によれば、上記課題を達成できることを見出した。本発明は、本発明者らがさらに研究を重ね、完成させたものである。
【0015】
すなわち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1.
緩衝能を有する成分を含み、マトリックスと測定対象試料とに混合されて前記測定対象試料のイオン化を促進するための添加剤。
項2.
前記緩衝能を有する成分が、下記(1)~(4)からなる群より選択される少なくとも一種である、項1に記載の添加剤:
(1)酸と、アンモニア、アミン及びピリジンからなる群より選択される少なくとも一種の塩基;
(2)前記酸と、前記アンモニアとから形成されるアンモニウム塩;
(3)前記酸と、前記アミンとから形成されるアミン塩;
(4)前記酸と、前記ピリジンとから形成されるピリジン塩。
項3.
前記酸が、塩酸、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、炭酸及び二酸化炭素からなる群より選択される少なくとも一種である、項2に記載の添加剤。
項4.
前記緩衝能を有する成分が、塩化アンモニウム、塩化アミン、塩化ピリジン、ギ酸アンモニウム、ギ酸アミン、ギ酸ピリジン、酢酸アンモニウム、酢酸アミン、酢酸ピリジン、トリフルオロ酢酸アンモニウム、トリフルオロ酢酸アミン、トリフルオロ酢酸ピリジン、炭酸アンモニウム、炭酸アミン、炭酸ピリジン、重炭酸アンモニウム、重炭酸アミン、重炭酸トリエチルアンモニウム、重炭酸ピリジン、エタノールアミン、エタノールアミン塩類、メチルアミン、メチルアミン塩類、ジメチルアミン、ジメチルアミン塩類、トリエチルアミン、トリエチルアミン塩類、ジブチルアミン及びジブチルアミン塩類からなる群より選択される少なくとも一種である、項1~3のいずれか一項に記載の添加剤。
項5.
前記マトリックスが、N-1-ナフチルエチレンジアミン二塩酸塩、9-アミノアクリジン、2,5-ジヒドロキシ安息香酸、α-シアノ-2,4-ジフルオロフェニルアクリル酸、2-シアノ-3-(4-クロロフェニル)アクリル酸、2’,5’-ジヒドロキシアセトフェノン、4-フェニル-α-シアノけい皮酸アミド及び6-アザ-2-チオチミンからなる群より選択される少なくとも一種である、項1~4のいずれか一項に記載の添加剤。
項6.
以下の工程(A)~(C):
(A)マトリックスと、項1~5のいずれか一項に記載の添加剤とを混合してマトリックス試薬を調製する工程、
(B)測定対象試料と、前記マトリックス試薬とを混合して混合物を調製する工程、及び
(C)前記混合物に光を照射して前記測定対象試料をイオン化する工程を備える、イオン化方法。
項7.
前記工程(C)が、前記混合物に光を照射して前記測定対象試料をアニオン化する工程である、項6に記載のイオン化方法。
項8.
前記測定対象試料が、分子量5,000以下の有機化合物である、項6又は7に記載のイオン化方法。
項9.
前記マトリックス試薬のpHが、2~13である、項6~8のいずれか一項に記載のイオン化方法。
項10.
項6~9のいずれか一項に記載のイオン化方法の工程(A)~(C)と、
(D)前記工程(C)でイオン化された測定対象試料の質量分析を行う工程と、を備える、質量分析方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、既存の質量分析装置においても、測定対象試料のイオン化効率を高め、且つ、バックグラウンドノイズを低減して、質量分析における検出感度を向上させることができる添加剤を提供することができる。さらに、本発明によれば、該添加剤を用いたイオン化方法及び質量分析方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1及び比較例1におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。
図2】実施例1におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトル及び実施例1において測定対象試料を含まないマトリックス試薬のみのMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。
図3】実施例2における10mMのNEDCを添加剤ABCで滴定した滴定曲線を示す。
図4】実施例3におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。
図5】実施例4におけるマトリックス由来のバックグラウンドを示す。
図6】実施例5及び比較例2における測定対象標準物質の濃度と信号強度の相関関係を示す。
図7】実施例6におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトル及び比較例3のMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。
図8】実施例7及び比較例4のMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。
図9】実施例8におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。
図10】実施例9及び比較例5におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトル、並びに実施例9のバックグラウンドのMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。
図11】実施例10におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。以下に記載する構成要件の説明は、代表的な実施形態及び具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。
【0019】
本明細書に段階的に記載されている数値範囲において、ある段階の数値範囲の上限値又は下限値は、他の段階の数値範囲の上限値又は下限値と任意に組み合わせることができる。また、本明細書に記載されている数値範囲において、その数値範囲の上限値又は下限値は、実施例に示されている値又は実施例から一義的に導き出せる値に置き換えてもよい。更に、本明細書において、「~」で結ばれた数値は、「~」の前後の数値を下限値及び上限値として含む数値範囲を意味する。
【0020】
本明細書において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0021】
1.添加剤
本発明の添加剤は、緩衝能を有する成分を必須成分として含有する。本発明の添加剤は、このような構成を備えていることにより、マトリックスにpH緩衝能を付与することができる。本発明の添加剤は、マトリックスと測定対象試料とに混合されて該測定対象試料のイオン化を促進するために用いられる。本発明の添加剤は、既存の質量分析装置においても、測定対象試料のイオン化効率を高め、且つ、バックグラウンドノイズを低減して、質量分析における検出感度を向上させることができる。言い換えると、本発明では、緩衝能を有する成分を必須成分として含有する添加剤を用いることで、pH変化を積極的に測定対象試料の検出感度の向上につなげるとの発想に起因する。なお、非特許文献10及び11に記載の方法は、測定対象試料中の生体成分のイオン化にpHやマトリックスのモル比が影響していることは示しているものの緩衝能を有していない。このため、非特許文献10及び11に記載の方法では、pHは安定せず、測定対象試料のイオン化効率は低く不安定であった。
【0022】
以下、本発明の添加剤について、詳述する。
【0023】
<緩衝能を有する成分>
本発明において、緩衝能を有する成分は、揮発性であることが好ましい。この場合、本発明の添加剤をマトリックスと測定対象試料とに混合した際に、緩衝能を有する成分は、最終的には揮発するためイオン化を妨害する成分とならず、測定対象試料のイオン化を促進させることができる。
【0024】
本発明において、緩衝能を有する成分は、下記(1)~(4)からなる群より選択される少なくとも一種であることが好ましい:
(1)酸と、アンモニア、アミン及びピリジンからなる群より選択される少なくとも一種の塩基;
(2)酸とアンモニアとから形成されるアンモニウム塩;
(3)酸とアミンとから形成されるアミン塩;
(4)酸とピリジンとから形成されるピリジン塩。
【0025】
本発明において、緩衝能を有する成分は、上記(2)、(3)及び(4)からなる群より選択される少なくとも一種であることがより好ましい。この場合、本発明の添加剤は、塩としてマトリックスのpHを制御することにより、測定対象試料のイオン化効率を選択的に高めることが可能となる。
【0026】
(アミン)
アミンとしては、第一級アミン、第二級アミン及び第三級アミンが挙げられる。第一級アミンとしては、例えば、エタノールアミン、メチルアミン、エチルアミン、n-プロピルアミン、n-ブチルアミン、イソブチルアミン、2-エチルヘキシルアミン、エチレンジアミン、プロピレンジアミン、ベンジルアミン、アニリン、シクロヘキシルアミン等が挙げられる。第二級アミンとしては、例えば、ジメチルアミン、メチルエチルアミン、ジエチルアミン、ジプロピルアミン、ジブチルアミン、メチルベンジルアミン、N-メチルプロピルアミン、N-メチルアニリン、N-メチルシクロヘキシルアミン、N-エチルモリホリン、ピロリジン、ピペリジン、ピペラジン、モルホリン、ピロール、ピラゾール、イミダゾール等が挙げられる。第三級アミンとしては、例えば、トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリプロピルアミン、トリエタノールアミン、ジメチルエタノールアミン、ジエチルエタノールアミン等が挙げられる。
【0027】
(アンモニウム塩)
酸とアンモニアとから形成されるアンモニウム塩としては、例えば、塩化アンモニウム、ギ酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、トリフルオロ酢酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム(炭酸水素アンモニウム)、重炭酸トリエチルアンモニウム(炭酸水素トリエチルアンモニウム)、第四級アンモニウム塩(第四級アンモニウムカチオンと、H等のアニオンとの塩)等が挙げられる。第四級アンモニウム塩としては、例えば、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド等が挙げられる。これらのアンモニウム塩は、それぞれ単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0028】
(アミン塩)
酸と、上記アミンとから形成されるアミン塩としては、例えば、塩化アミン(アミンの塩酸塩)、ギ酸アミン(アミンのギ酸塩)、酢酸アミン(アミンの酢酸塩)、トリフルオロ酢酸アミン(アミンのトリフルオロ酢酸塩)、炭酸アミン(アミンの炭酸塩)、重炭酸アミン(アミンの重炭酸塩)、エタノールアミン塩類、メチルアミン塩類、トリエチルアミン塩類、ジブチルアミン塩類等が挙げられる。エタノールアミン塩類としては、エタノールアミン塩酸塩、エタノールアミンギ酸塩、エタノールアミン酢酸塩、エタノールアミントリフルオロ酢酸塩、エタノールアミン炭酸塩、エタノールアミン重炭酸塩が挙げられる。メチルアミン塩類としては、メチルアミン塩酸塩、メチルアミンギ酸塩、メチルアミン酢酸塩、メチルアミントリフルオロ酢酸塩、メチルアミン炭酸塩、メチルアミン重炭酸塩が挙げられる。ジメチルアミン塩類としては、ジメチルアミン塩酸塩、ジメチルアミンギ酸塩、ジメチルアミン酢酸塩、ジメチルアミントリフルオロ酢酸塩、ジメチルアミン炭酸塩、ジメチルアミン重炭酸塩が挙げられる。トリエチルアミン塩類としては、トリエチルアミン塩酸塩、トリエチルアミンギ酸塩、トリエチルアミン酢酸塩、トリエチルアミントリフルオロ酢酸塩、トリエチルアミン炭酸塩、トリエチルアミン重炭酸塩が挙げられる。ジブチルアミン塩類としては、ジブチルアミン塩酸塩、ジブチルアミンギ酸塩、ジブチルアミン酢酸塩、ジブチルアミントリフルオロ酢酸塩、ジブチルアミン炭酸塩、ジブチルアミン重炭酸塩が挙げられる。これらのアミン塩は、それぞれ単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0029】
(ピリジン塩)
酸とピリジンとから形成されるピリジン塩としては、例えば、塩化ピリジン(ピリジンの塩酸塩)、ギ酸ピリジン(ピリジンのギ酸塩)、酢酸ピリジン(ピリジンの酢酸塩)、トリフルオロ酢酸ピリジン(ピリジンのトリフルオロ酢酸塩)、炭酸ピリジン(ピリジンの炭酸塩)、重炭酸ピリジン(ピリジンの重炭酸塩)等が挙げられる。これらのピリジン塩は、それぞれ単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0030】
(酸)
本発明において、酸が、塩酸、ギ酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、炭酸及び二酸化炭素からなる群より選択される少なくとも一種であることが好ましく、ギ酸、酢酸、炭酸及び二酸化炭素からなる群より選択される少なくとも一種であることがより好ましく、酢酸、炭酸及び二酸化炭素からなる群より選択される少なくとも一種であることがより一層好ましい。
【0031】
本発明において、緩衝能を有する成分が、塩化アンモニウム、塩化アミン、塩化ピリジン、ギ酸アンモニウム、ギ酸アミン、ギ酸ピリジン、酢酸アンモニウム、酢酸アミン、酢酸ピリジン、トリフルオロ酢酸アンモニウム、トリフルオロ酢酸アミン、トリフルオロ酢酸ピリジン、炭酸アンモニウム、炭酸アミン、炭酸ピリジン、重炭酸アンモニウム、重炭酸アミン、重炭酸トリエチルアンモニウム、重炭酸ピリジン、エタノールアミン、エタノールアミン塩類、メチルアミン、メチルアミン塩類、ジメチルアミン、ジメチルアミン塩類、トリエチルアミン、トリエチルアミン塩類、ジブチルアミン及びジブチルアミン塩類からなる群より選択される少なくとも一種であることが好ましく、酢酸アンモニウム、重炭酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、重炭酸トリエチルアンモニウム、ジメチルアミン及びトリエチルアミンからなる群より選択される少なくとも一種であることがより好ましい。
【0032】
<マトリックス>
本発明において、マトリックスが、N-1-ナフチルエチレンジアミン二塩酸塩(NEDC)、9-アミノアクリジン(9-AA)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)、α-シアノ-2,4-ジフルオロフェニルアクリル酸(DiFCCA)、2-シアノ-3-(4-クロロフェニル)アクリル酸、2’,5’-ジヒドロキシアセトフェノン(2,5-DHAP)、4-フェニル-α-シアノけい皮酸アミド及び6-アザ-2-チオチミンからなる群より選択される少なくとも一種であることが好ましく、N-1-ナフチルエチレンジアミン二塩酸塩(NEDC)及び9-アミノアクリジン(9-AA)の少なくとも一方がより好ましい。
【0033】
<測定対象試料>
本発明において、測定対象試料が、分子量5,000以下(好ましくは分子量1,500以下、より好ましくは分子量1,000以下)の有機化合物であることが好ましい。該有機化合物としては、脂質、核酸、糖鎖、ペプチド、リン酸化合物及び硫酸化合物からなる群より選択される少なくとも一種であることがより好ましい。
【0034】
本発明の添加剤は、pHが2~13であることが好ましい。
【0035】
本発明は、MALDI質量分析用マトリックスを調製するための添加剤であることが好ましく、MALDI-TOF/MS用マトリックスを調製するための添加剤であることが特に好ましい。
【0036】
2.イオン化方法
本発明のイオン化方法は、
(A)マトリックスと、上記添加剤とを混合してマトリックス試薬を調製する工程、
(B)測定対象試料と、前記マトリックス試薬とを混合して混合物を調製する工程、及び
(C)前記混合物に光を照射して前記測定対象試料をイオン化する工程
をこの順で備える。
【0037】
以下、本発明のイオン化方法ついて、詳述する。「2.イオン化方法」において、添加剤の詳細は、特に言及がない限り、上記「1.添加剤」に記載したとおりである。
【0038】
本発明において、好ましいイオン化法は、マトリックス支援レーザーイオン化(MALDI)法、大気圧MALDI法、表面増強レーザー脱離イオン化(SELDI)法、大気圧光イオン化法(APPI)である。
【0039】
<工程(A)>
工程(A)は、マトリックスと、添加剤とを混合してマトリックス試薬を調製する工程である。
【0040】
工程(A)において、マトリックスは、上記「1.添加剤」において記載したマトリックスと同様である。
【0041】
工程(A)において、添加剤は、上記「1.添加剤」に記載した添加剤と同様である。
【0042】
工程(A)において、マトリックスに添加剤を添加することにより、マトリックスにpH緩衝能が付与され、測定対象試料のイオン化効率を高めることができる。
【0043】
工程(A)において、マトリックス試薬のpHが、2~13であることが好ましく、3~10であることがより好ましく、4~9であることがより一層好ましく、5~8.5であることが特に好ましい。
【0044】
工程(A)において、マトリックス試薬中の添加剤とマトリックスとのモル比が、0.25:1~10:1であることが好ましく、0.5:1~9.5:1であることがより好ましく、0.75:1~9:1であることがより一層好ましく、1:1~8:1であることが特に好ましい。
【0045】
マトリックスと添加剤とを混合してマトリックス試薬を調製する方法としては、例えば、マトリックスを秤量し、メタノール溶液、イソプロパノール/アセトニトリル溶液等の有機溶媒に溶解し、良く攪拌した後、超音波を用いて溶解を促進し、完全にマトリックスが溶解した後、添加剤を混和・攪拌して、未溶解の粒子を除去するため15,000×gの高速遠心を10分間実施し、上清を分取してマトリックス試薬とする方法を採用することができる。
【0046】
添加剤の使用量は、マトリックス1モルに対して0.5~10モルであることが好ましい。
【0047】
<工程(B)>
工程(B)は、測定対象試料と、工程(A)で調製したマトリックス試薬とを混合して混合物を調製する工程である。
【0048】
工程(B)において、測定対象試料は、上記「1.添加剤」に記載した測定対象試料と同様である。
【0049】
工程(B)において、混合物中の測定対象試料の濃度が、1zmol(ゼプトモル)~1nmol(nmモル)であることが好ましい。
【0050】
測定対象試料と工程(A)で調製したマトリックス試薬とを混合して混合物を調製する方法としては、例えば、測定対象試料及びマトリックス試薬を等量分取して混合し、良く攪拌して、遠心器でスピンダウンしたものを使用する方法を採用することができる。
【0051】
<工程(C)>
工程(C)は、工程(B)で調製した混合物に光を照射して混合物中の測定対象試料をイオン化する工程である。
【0052】
工程(C)が、工程(B)で調製した混合物に光を照射して混合物中の測定対象試料をアニオン化する工程であることが好ましい。
【0053】
工程(C)において、光がレーザー光であることが好ましく、紫外光、可視光、近赤外光、あるいはそれらの組み合わせであることがより好ましい。
【0054】
3.質量分析方法
本発明の質量分析方法は、上記工程(A)、工程(B)及び工程(C)と、
(D)工程(C)でイオン化された測定対象試料の質量分析を行う工程と、を備える。
【0055】
「3.質量分析方法」において、工程(A)、工程(B)及び工程(C)の詳細は、特に言及がない限り、上記「2.イオン化方法」に記載したとおりである。
【0056】
<工程(D)>
工程(D)は、工程(C)でイオン化された測定対象試料の質量分析を行う工程である。
【0057】
工程(D)において、イオン化された測定対象試料に対して、負イオンモードでの質量分析がより好適である。
【0058】
工程(D)において、質量分析を行う方法としては、例えば、飛行時間型質量分析(TOF/MS)法、セクター型質量分析法、四重極型質量分析法、四重極イオントラップ質量分析法、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析法等が挙げられる。イオン化法としては、マトリックス支援レーザーイオン化(MALDI)法、表面増強レーザー脱離イオン化(SELDI)法、大気圧MALDI(AP-MALDI)法、大気圧光イオン化(APPI)法等が挙げられる。質量分析を行う方法としては、TOF/MS法が好ましい。イオン化法としては、MALDI法、AP-MALDI法及びAPPI法が好ましい。工程(D)において、質量分析を行う方法としては、MALDI-TOF/MSが特に好ましい。
【実施例0059】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例の態様に限定されるものではない。
【0060】
実施例及び比較例で用いたマトリックス、イオン化標準試料並びに実施例で用いた緩衝能を有する成分を含む添加剤は以下のとおりである。
<マトリックス>
・N-1-ナフチルエチレンジアミン二塩酸塩(NEDC)(シグマアルドリッチ社製)
・9-アミノアクリジン(9-AA)(シグマアルドリッチ社製)
<緩衝能を有する成分を含む添加剤(以下、「添加剤」と表記する)>
・酢酸アンモニウム(AA:CHCOONH)(富士フイルム和光純薬社製)
・重炭酸アンモニウム(ABC:NHHCO)(シグマアルドリッチ社製)
・重炭酸トリエチルアンモニウム(TAB:(CNHHCO)(富士フイルム和光純薬社製)
・ジメチルアミン(DMA:(CHNH)(富士フイルム和光純薬社製)
<イオン化標準試料>
・EquiSPLASHTM lipidomix(登録商標) quantitative mass spec internal standard(Avanti Polar Lipids社製)
・18:1-d7 lyso phosphoethanolamine [LPE(18:1d7)](Avanti Polar Lipids社製)
・16:0-18:1 Phospahtidic acid[PA(34:1)](Avanti Polar Lipids社製)
・15:0-18:1-d7 Phospahtidic acid[PA(33:1d7)](Avanti Polar Lipids社製)
<超純水>
・LC/MS(液体クロマトグラフィー/質量分析計)用超純水(富士フイルム和光純薬社製)
【0061】
以下、ABCとNEDCとのモル比とは、ABCのモル濃度とNEDCのモル濃度との比を意味し、TABとNEDCとのモル比とは、TABのモル濃度とNEDCのモル濃度との比を意味し、AAとNEDCとのモル比とは、AAのモル濃度とNEDCのモル濃度との比を意味する。
【0062】
(実施例1:尿中代謝物のイオン化促進効果)
実施例1では、マトリックスとしてNEDCを、添加剤としてABCを用いた。
2.6mgのNEDCを、1,000μLの70%メタノール溶液(メタノール:超純水=70:30)に溶解し、更に、ABCを、NEDC及びABCの終濃度がそれぞれ10mMと40mMになるように混和し、15,000×gの高速遠心を行って上清を分取し、マトリックス試薬とした。マトリックス試薬は、ABCとNEDCのモル比=4:1で、pHは8.2であった。
【0063】
上記非特許文献12の4ページ目の「2.7.Lipid extraction」に記載の方法と同様の方法で、尿中の脂質抽出を行い、最終的に抽出された200μLの尿中脂質を測定対象試料(分子量:400Da~1,000Daの範囲)とした。次いで、調製した3μLの測定対象試料と3μLのマトリックス試薬とを混合し、6μLの分析サンプルを調製した。
【0064】
MALDI-TOF/MS(島津製作所社製、製品名「AXIMA Performance」)を用いて、調製した分析サンプル6μLのうち0.7μLをMALDI-TOF測定用のステンレスプレート(Hudson Surface Technology社製;μFocus MALDI plate;384 circles,900μm spot size)上で、蒸発乾固させた後、真空下においてレーザー光を照射し、分析サンプルに含まれる測定対象試料をイオン化して質量分析を実施した。なお、測定対象試料を混合しないマトリックス試薬を用いたものを実施例1のバックグラウンドとした。
【0065】
なお、MALDI-TOF/MSの測定条件は以下の通りとした。
・測定モード:負イオン・リフレクトロン・モード
・レーザー波長:337nm(窒素レーザー)
・レーザー強度:83(NEDC)、93(9-AA)
・レーザー直径:200μm
・測定質量範囲:400から1,000まで
【0066】
(比較例1:実施例1の比較実験)
比較例1では、マトリックスとして、負イオン検出のための標準的なマトリックスである9-AAを用いた。なお、比較例1ではマトリックスへの添加剤は用いなかった。
【0067】
まず、10mgの9-AAを、1,000μLのイソプロパノール/アセトニトリル(イソプロパノールとアセトニトリルとの体積比=3:2)溶液に溶解させて、マトリックス試薬(50mM、pH:11)を調製した。
【0068】
実施例1と同様の方法で、尿中の脂質抽出を行い、最終的に抽出された200μLのサンプルを測定対象試料(分子量:400Da~1,000Daの範囲)とした。
【0069】
実施例1と同様の方法で、調製した3μLの測定対象試料と3μLのマトリックス試薬と混合し、6μLの分析サンプルを調製した。
【0070】
レーザー強度を93とした以外は実施例1と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、調製した分析サンプル6μLのうち0.7μLの分析サンプルにレーザー光を照射し、分析サンプルに含まれる測定対象試料をイオン化し、測定対象試料の質量分析を行った。
【0071】
図1は、実施例1(図1の上段)及び比較例1(図1の下段)におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。図1の横軸はm/z(質量電荷比)を示し、縦軸は検出されるイオンの強度(イオン電流:mV)を示している。また、図1中の代謝物A、B、C及びDはそれぞれ尿中の代謝物を意味する。
【0072】
比較例1では、m/z=900付近の間に多くのピークが検出されたが、これらのピークは質量分析の妨害となる物質である分子内に硫酸を含む硫酸化糖脂質(スルファチド)の存在を示している。また、比較例1では、m/z=600~800の間にわずかなピークが検出されていることが確認された。
【0073】
これに対して、実施例1では、m/z=900付近のピークの強度が比較例1と比べて低減していることから、スルファチドのイオン化が大幅に抑制されることが確認された。また、実施例1では、m/z=600~800の間に多くのピークが検出されたことから、比較例1と比べて尿中の代謝物のイオン化が大幅に促進されることが確認された。
【0074】
図2は、実施例1におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトル(図2の上段)及び実施例1において測定対象試料を含まないマトリックス試薬のみのMALDI-TOF/MSのマススペクトル(図2の下段)を示す。なお、図2の上段は、図1の上段と同一の図を示す。図2の下段はマトリックス由来のバックグラウンドが低いことを示しており、実施例1では、マトリックス由来のバックグラウンドノイズの影響は無視できることが確認された。
【0075】
(実施例2:添加剤によるマトリックスの滴定)
実施例2では、10mMのNEDCマトリックスを、添加剤ABCを用いて滴定した。1,000μLの70%メタノール溶液(メタノール:超純水=70:30)に2.6mgのNEDCを溶解し、NEDCとABCとの終濃度のモル比(NEDC:ABC)が下記になるようにABCを添加し、それぞれ500μL溶液を調製した。
NEDCとABCとのモル比=1.0:0.00(10mM NEDC)
NEDCとABCとのモル比=1.0:0.03
NEDCとABCとのモル比=1.0:0.06
NEDCとABCとのモル比=1.0:0.13
NEDCとABCとのモル比=1.0:0.25
NEDCとABCとのモル比=1.0:0.50
NEDCとABCとのモル比=1.0:0.60
NEDCとABCとのモル比=1.0:0.70
NEDCとABCとのモル比=1.0:0.80
NEDCとABCとのモル比=1.0:0.90
NEDCとABCとのモル比=1.0:1.0
NEDCとABCとのモル比=1.0:1.5
NEDCとABCとのモル比=1.0:2.0
NEDCとABCとのモル比=1.0:3.0
NEDCとABCとのモル比=1.0:4.0
【0076】
調製した溶液から350μLを分取し、コンパクトpHメータ(堀場製作所社製、LAQUAtwin)に供して、良く攪拌してからpHを測定した。
【0077】
図3は、10mMのNEDCを添加剤ABCで滴定した滴定曲線を示す。図3から分かるように、10mMのNEDCは強酸としてpH 2を示し、ABCの添加により、NEDCとABCとのモル比=1.0:0.80(pH 3.2)から変曲点を迎え、NEDCとABCとのモル比=1.0:1.5でpH 8.1となった。その後は大きなpHの変化は確認されず、NEDCとABCとのモル比=1.0:4.0でpH 8.4に達することが確認された。これにより、NEDCにABCを添加することで、pHを制御できること、等モルを超えるとpH7.6から8.4の間でpHが安定であることが確認された。
【0078】
(実施例3:pHとイオン化促進との関係)
実施例3では、マトリックスとしてNEDCを、添加剤としてABCを用いた。10mMのNEDCを1,000μLの70%メタノール溶液(メタノール:超純水=70:30)に溶解し、更に、ABCの終濃度が5mM、10mM、20mM、40mM、80mMとなるようにABCを添加し、良く混和し、15,000×gの高速遠心を行って上清を分取し、マトリックス試薬とした。
【0079】
上記の方法で、以下のマトリックス試薬1~6をそれぞれ1,000μL調製した。
マトリックス試薬1
(NEDCのみ、pH:2.0)
マトリックス試薬2
(ABCとNEDCとのモル比=0.5:1、pH:2.4)
マトリックス試薬3
(ABCとNEDCとのモル比=1:1、pH:3.3)
マトリックス試薬4
(ABCとNEDCとのモル比=2:1、pH:8.0)
マトリックス試薬5
(ABCとNEDCとのモル比=4:1、pH:8.2)
マトリックス試薬6
(ABCとNEDCとのモル比=8:1、pH:8.4)
【0080】
次いで、実施例1と同様の方法で200μLの測定対象試料(分子量:400Da~1,000Daの範囲)を調製した。調製した3μLの測定対象試料と3μLのマトリックス試薬1~6とを、実施例1と同様の方法でそれぞれ混合し、6μLの混合物を6種の分析サンプルとした。
【0081】
実施例1と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、調製した分析サンプル6μLのうち0.7μLの分析サンプルにレーザー光を照射し、該分析サンプルに含まれる測定対象試料をイオン化し、測定対象試料の質量分析を行った。
【0082】
図4は、実施例3におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。図4の横軸はm/z(質量電荷比)を示し、縦軸は検出されるイオンの強度(イオン電流値:mV)を示している。
【0083】
図4から分かるように、実施例3では、NEDCが揮発性緩衝液であるABCによりpHが増加し、中和されていくにつれて、スルファチドのイオン化効率が低減し、尿中脂質のイオン化効率が向上していくことが確認された。
【0084】
(実施例4:pHとバックグラウンド低減効果との関係)
実施例4では、実施例3と同一の方法で6種類のマトリックス試薬1~6をそれぞれ1,000μL調製し、0.7μLを分析サンプルとした。実施例4では、測定対象試料を使用せず、マトリックス試薬1~6のみを使用した。次いで、実施例1と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、測定対象試料を含まない0.7μLの分析サンプルにレーザー光を照射し、マトリックス溶液のバックグラウンドとして質量分析を行った。
【0085】
図5は、実施例4におけるマトリックス由来のバックグラウンドを示す。図5の横軸はm/z(質量電荷比)を示し、縦軸は検出されるイオンの強度(イオン電流値:mV)を示している。図5から分かるように、実施例4では、NEDCがABCによりpH値が増加し、中和されるにつれて、マトリックス由来のバックグラウンドノイズが低減されることが確認された。
【0086】
(実施例5:標準物質濃度の信号強度)
実施例5では、測定対象標準物質としてEquiSPLASHTM lipidomix(登録商標) quantitative mass spec internal standardに含まれる18:1-d7 lyso phosphoethanolamine [LPE(18:1d7)]を、イオン化標準物質として16:0-18:1 Phospahtidic acid [PA(34:1)]を用いた。
【0087】
マトリックスとしてNEDCを、添加剤としてABCを用いて、実施例1と同様の方法でマトリックス試薬(ABCとNEDCのモル比=4:1で、pH:8.2)を調製した。次いで、イオン化標準物質PA(34:1)の終濃度が3.5 pmol/μLとなるようにマトリックス試薬で希釈した。
【0088】
実施例1と同様の方法で、200μLの測定対象試料(分子量:400Da~1,000Daの範囲)を調製した。
【0089】
測定対象標準物質のLPE(18:1d7)が、下記の終濃度になるようにメタノールで希釈し、測定対象標準試料を調整した。
4.110 pmol/μL
2.055 pmol/μL
1.028 pmol/μL
0.514 pmol/μL
0.257 pmol/μL
0.128 pmol/μL
0.064 pmol/μL
0.000 pmol/μL
【0090】
測定対象試料3μLとLPE(18:1d7)を含む測定対象標準試料3μLを混合し、6μLの混合液を作製した。作製した混合液から3μLを分取し、イオン化標準物質 PA(34:1)を加えたマトリックス試薬3μLと混合し、6μLの分析サンプルとした。
【0091】
実施例1と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、分析サンプル6μLのうち1.0μLにレーザー光を照射し、該分析サンプルに含まれる測定対象試料と測定対象標準試料をイオン化して質量分析を実施した。
【0092】
LPE(18:1d7)としてm/z=485.4のピーク強度を、PA(34:1)としてm/z=673.6のピーク強度を用いて強度比[Intensity ratio(target/ionization STD)]を算出した。
【0093】
(比較例2:実施例5の比較実験)
比較例2では、9-AAをマトリックスとして用いた。比較例1と同様の方法でマトリックス試薬(50mM、pH:11)を調製した。次いで、イオン化標準物質PA(34:1)の終濃度が3.5 pmol/μLとなるようにマトリックス試薬で希釈した。マトリックスの調製以外は実施例5と同一の方法で実施した。
【0094】
図6は、実施例5及び比較例2における測定対象標準物質の濃度と信号強度の相関関係を示す。図6の横軸は添加した測定対象標準物質(Avanti Polar Lipids社製のEquiSPLASHTM lipidomix(登録商標) quantitative mass spec internal standardに含まれる18:1-d7 lyso phosphoethanolamine[LPA])の濃度(fmol/μL)を示し、縦軸は測定対象標準物質(18:1-d7 LPA)とイオン化標準物質(Avanti Polar Lipids社製の16:0-18:1 Phospahtidic acid[PA])の検出されたイオン強度の比を示している。図6から分かるように、比較例2に対して実施例5は、高い定量性があることが確認された。さらに、100fmol以下という低濃度レベルでの良好な直線性から検出感度の向上が確認された。
【0095】
(実施例6:標準物質を用いたイオン化促進効果)
実施例6では、イオン化標準物質として、4.5pmol/μLのPhospahtidic acid(PA)33:1d7(Avanti Polar Lipids社製)を用いた。
【0096】
マトリックスとしてNEDCを、添加剤としてABCを用い、実施例1と同様の方法でマトリックス試薬(ABCとNEDCのモル比=4:1で、pH:8.2)を調製した。
【0097】
実施例1と同様の方法で、200μLの測定対象試料(分子量:400Da~1,000Daの範囲)を調製した。
【0098】
調製した4μLの測定対象試料と4μLのマトリックス試薬とを混合し、更に2μLの4.5pmol/μLのイオン化標準物質PA(33:1d7)を添加・混合して、10μLの分析サンプルとした。
【0099】
実施例1と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、調製した分析サンプル10μLのうち分析サンプル1.0μLにレーザー光を照射し、該分析サンプルに含まれる測定対象試料をイオン化して質量分析を実施した。
【0100】
(比較例3:実施例6の比較実験)
比較例3では、マトリックスとして9-AAを用いた。比較例1と同様の方法でマトリックス試薬(50mM、pH:11)を調製した。実施例1と同様の方法で200μLの測定対象試料(分子量:400Da~1,000Daの範囲)を調製した。
【0101】
調製した4μLの測定対象試料と4μLのマトリックス試薬とを混合し、更に2μLの4.5pmol/μLのイオン化標準物質PA(33:1d7)を添加・混合して、10μLの分析サンプルとした。
【0102】
比較例1と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、調製した分析サンプル10μLのうち分析サンプル1.0μLにレーザー光を照射し、該分析サンプルに含まれる測定対象試料をイオン化して質量分析を実施した。
【0103】
図7は、添加剤としてABCを用いた実施例6のMALDI-TOF/MSのマススペクトル(上段)及び50mMの9-AAをマトリックスとした比較例3のMALDI-TOF/MSのマススペクトル(下段)を示す。図7の横軸はm/z(質量電荷比)を示し、縦軸は検出されるイオンの強度(イオン電流値:mV)を示している。
【0104】
図7の下段から分かるように、比較例3では、m/z=850~950の間に多くのピークが検出されたが、これらのピークは硫酸化糖脂質であるスルファチドの存在を意味する。比較例3では、m/z=500以上850未満の間にわずかなピークが検出された。
【0105】
これに対して、図7の上段から分かるように、実施例6では、m/z=850~950の間のピークの強度が下段の比較例3と比べて約10分の1に低減されていることから、スルファチドのイオン化が大幅に抑制されることが確認された。また、実施例6では、m/z=500以上850未満の間に多くのピークが検出されたことから、下段の比較例3と比べて尿中の脂質のイオン化が大幅に促進されることが確認された。標準物質を用いた実験により、本発明によるイオン化促進効果を定量的に確認することができた。
【0106】
(実施例7:照射波長の異なるレーザー光でのイオン化促進効果)
実施例7では、マトリックスとしてNEDCを、添加剤としてABCを用いて、実施例1と同一の方法で、マトリックス試薬(ABCとNEDCのモル比=4:1で、pH:8.2)を調製した。
【0107】
実施例1と同様の方法で、200μLの測定対象試料(分子量:400Da~1,000Daの範囲)を調製した。
【0108】
調製した4μLの測定対象試料と4μLのマトリックス試薬とを実施例1と同様の方法で混合し、更に2μLの4.5pmol/μLのイオン化標準物質PA(33:1d7)を添加・混合して、10μLの分析サンプルとした。
【0109】
MALDI-TOF/MS(Bruker Daltonics社製、製品名「MALDI-TOF質量分析装置 rapifleX(登録商標) MALDI Tissuetyper(登録商標)」)を用いて、調製した分析サンプル10μLのうち1.0μLの分析サンプルにレーザー光を照射し、該分析サンプルに含まれる測定対象試料をアニオン化し、アニオン化された測定対象試料の質量分析を行った。
【0110】
MALDI-TOF/MSの測定条件は以下の通りとした。
・測定モード:負イオン・リフレクトロン・モード
・レーザー波長:355nm(SmartbeamTM3Dレーザー)
・レーザー直径:10μm
・測定質量範囲:0から5,000まで
【0111】
(比較例4:実施例7の比較実験)
比較例4では、マトリックスとして9-AAを用いた。比較例1と同様の方法でマトリックス試薬(50mM、pH:11)を調製した。実施例1と同様の方法で200μLの測定対象試料(分子量:400Da~1,000Daの範囲)を調製した。
【0112】
調製した4μLの測定対象試料と4μLのマトリックス試薬とを混合し、更に2μLの4.5pmol/μLのイオン化標準物質PA(33:1d7)を添加し、混合して、10μLの分析サンプルとした。
【0113】
実施例7と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、調製した分析サンプル10μLのうち1.0μLにレーザー光を照射し、該分析サンプルに含まれる測定対象試料をイオン化して質量分析を実施した。
【0114】
図8は、実施例7(上図)及び比較例4(下図)のMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。図8の横軸はm/z(質量電荷比)を示し、縦軸は検出されるイオンの強度(イオン電流値:mV)を示している。
【0115】
図8の下図から分かるように、比較例4では、m/z=850~950の間に多くのピークが検出されたが、これらのピークは硫酸化糖脂質であるスルファチドの存在を示した。また、比較例4では、m/z=500以上850未満の間にわずかなピークが検出された。
【0116】
これに対して、図8の上図から分かるように、実施例7では、m/z=850~950の間のピークの強度が比較例4と比べて約3分の1に低減されていることから、スルファチドのイオン化が大幅に抑制されることが確認された。また、実施例7では、m/z=500以上850未満の間に多くのピークが検出されたことから、比較例4と比べて尿中脂質のイオン化が大幅に促進されることが確認された。
【0117】
使用するレーザー光の波長条件が実施例1と異なるMALDI-TOF/MS装置を用いた場合においても、尿中脂質のイオン化の促進とスルファチドのイオン化の抑制の再現性が確認された。これにより、本発明は、特定の質量分析装置に限定されることなく、イオン化促進の効果があることが確認された。
【0118】
(実施例8:異なる添加剤でのイオン化促進効果)
実施例8では、揮発性緩衝能を有する異なる添加剤を用いた。マトリックスのNEDCと添加剤としてのAAが、それぞれの終濃度が10mMと40mMになるように混和し、15,000×gの高速遠心を行って上清をマトリックス試薬7として分取した。該マトリックス試薬は、AAとNEDCとのモル比=4:1で、pHは6.0であった。
【0119】
また、マトリックスのNEDCと添加剤としてのABCが、それぞれの終濃度が10mMと40mMになるように混和し、15,000×gの高速遠心を行って上清をマトリックス試薬8として分取した。該マトリックス試薬は、ABCとNEDCとのモル比=4:1で、pHは8.2であった。
【0120】
更に、マトリックスのNEDCと添加剤としてのTABが、それぞれの終濃度が10mMと20mMになるように混和し、15,000×gの高速遠心を行って上清をマトリックス試薬9として分取した。該マトリックス試薬は、TABとNEDCとのモル比=2:1で、pHは8.5であった。
【0121】
次いで、実施例1と同様の方法で200μLの測定対象試料(分子量:400Da~1,000Daの範囲)を調製した。調製した3μLの測定対象試料と3μLのマトリックス試薬7~9とを、実施例1と同様の方法でそれぞれ混合し、6μLの混合物を3種の分析サンプルとした。
【0122】
実施例1と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、調製した分析サンプル6μLのうち0.7μLにレーザー光を照射し、該分析サンプルに含まれる測定対象試料をイオン化し、測定対象試料の質量分析を実施した。
【0123】
図9は、実施例8におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示している。図9の横軸はm/z(質量電荷比)を示し、縦軸は検出されるイオンの強度(イオン電流値:mV)を示している。
【0124】
図9から分かるように、実施例8では、酸性マトリックスであるNEDCが、揮発性緩衝能を有する添加剤AA、ABC及びTABの添加では、pHが増加し中和することで、スルファチドのイオン化が抑制され、測定対象試料のイオン化効率が向上することが確認された。これにより、本発明は、緩衝能を有する添加剤では、その種類に限定されることなく、イオン化促進の効果があることが確認された。
【0125】
(実施例9:セカンドメッセンジャーに対するイオン化促進効果)
実施例9では、測定対象試料として、生体分子のセカンドメッセンジャーの一種であるイノシトール1,4,5-三りん酸(以下、「Ins(1,4,5)P3」と表記)を用いた。また、マトリックスとしてNEDCを、添加剤としてABCを使用し、実施例1と同様の方法でマトリックス試薬(ABCとNEDCのモル比=4:1、pHは8.2)を調製した。
【0126】
Ins(1,4,5)P3をLC/MS用超純水に溶解し、5pmol/μLのIns(1,4,5)P3を含む1,000μLの測定対象試料(分子量:551.99)を調製した。
【0127】
調製した3μLの測定対象試料と3μLのマトリックス試薬とを混合し、6μLの分析サンプルとした。
【0128】
実施例1と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、調製した分析サンプル6μLのうち0.7μLにレーザー光を照射し、該分析サンプルに含まれる測定対象試料をイオン化し、測定対象試料の質量分析を実施した。
【0129】
(比較例5:実施例9の比較実験)
比較例5では、マトリックスとして9-AAを用いた。比較例1と同様の方法でマトリックス試薬(50mM、pH:11)を調製した。実施例9と同様の方法で、Ins(1,4,5)P3を含む1,000μLの測定対象試料(分子量:551.99)を調製した。
【0130】
調製した3μLの測定対象試料と3μLのマトリックス試薬とを混合し、6μLの分析サンプルとした。
【0131】
実施例1と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、調製した分析サンプル6μLのうち0.7μLにレーザー光を照射し、該分析サンプルに含まれる測定対象試料をイオン化し、測定対象試料の質量分析を実施した。
【0132】
図10は、実施例9及び比較例5におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトル、並びに実施例9のバックグラウンドのMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。図10の横軸はm/z(質量電荷比)を示し、縦軸は検出されるイオンの強度(イオン電流値:mV)を示している。
【0133】
図10から分かるように、中段の比較例5ではm/z=385付近、419付近にわずかにピークが検出されたが、上段の実施例9ではm/z=419付近に高いピークが検出されており、比較例5と比べてIns(1,4,5)P3のイオン化が大幅に促進されることが確認された。また、下段の実施例9のバックグランドのMALDI-TOF/MSのマススペクトルでは、マトリックス由来のバックグラウンドノイズがほとんど検出されないことが確認された。本発明は、生体分子の種類に限定されることなく、イオン化促進の効果があることが確認された。
【0134】
(実施例10:塩基性マトリックスでのイオン化促進効果)
実施例10では、塩基性マトリックス(9-AA)と揮発性緩衝能を有するpHレンジの高い添加剤(DMA)とを用いた。まず、10mgの9-AAを、1,000μLのイソプロパノール/アセトニトリル(イソプロパノールとアセトニトリルとの体積比=3:2)溶液に溶解させて、9-AA溶液(50mMの、pH:10.6)を調製した。
【0135】
次いで、添加剤として超純水を用いて1.0M(pH:12.7)のDMA溶液を調製した。
【0136】
200μLの9-AA(50mM)とメタノール700μLとを添加し、DMAの終濃度が10mM、20mM、40mMになるように、DMA溶液(1.0M、pH:12.7)をそれぞれ、0、10、20、40μL添加し、総量が1,000μLになるように超純水を加えた。
【0137】
上記の方法で、以下のマトリックス試薬10~13をそれぞれ1,000μL調製し、4種類のマトリックス試薬とした。
マトリックス試薬10
(9-AAのみ、pH:10.6)
マトリックス試薬11
(DMAと9-AAとのモル比=1:1、pH:11.3)
マトリックス試薬12
(DMAと9-AAとのモル比=2:1、pH:11.5)
マトリックス試薬13
(DMAと9-AAとのモル比=4:1、pH:11.6)
【0138】
実施例1と同様の方法で200μLの測定対象試料(分子量:400Da~1,000Daの範囲)を調製した。
【0139】
調製した3μLの測定対象試料と3μLのマトリックス試薬10~13とを、実施例1と同様の方法でそれぞれ混合し、6μLの混合物を4種の分析サンプルとした。
【0140】
実施例1と同一条件下で、MALDI-TOF/MSを用いて、調製した分析サンプル6μLのうち0.7μLにレーザー光を照射し、該分析に含まれる測定対象試料をイオン化して質量分析を実施した。
【0141】
図11は、実施例10におけるMALDI-TOF/MSのマススペクトルを示す。図11の横軸はm/z(質量電荷比)を示し、縦軸は検出されるイオンの強度(イオン電流値:mV)を示している。
【0142】
図11から分かるように、実施例10では、9-AAがDMAの添加により、アルカリ側にシフトしていくにつれて、分析サンプルに含まれる尿中脂質のイオン化効率が向上していることが確認された。これにより、本発明は、中和に限定されるものではなく、pHの最適化によってイオン化促進効果があることが確認された。
図1
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図9
図10
図11