(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022133225
(43)【公開日】2022-09-13
(54)【発明の名称】構造体、センサー、構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01S 3/20 20060101AFI20220906BHJP
H01S 3/00 20060101ALI20220906BHJP
H01S 3/083 20060101ALI20220906BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20220906BHJP
G01N 13/02 20060101ALN20220906BHJP
【FI】
H01S3/20
H01S3/00 A
H01S3/083
G01N21/64 F
G01N13/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021128352
(22)【出願日】2021-08-04
(31)【優先権主張番号】P 2021031924
(32)【優先日】2021-03-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和3年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「自己組織化によるトポロジカルマイクロ共振器の形成」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】山本 洋平
(72)【発明者】
【氏名】藤田 圭太郎
(72)【発明者】
【氏名】山岸 洋
【テーマコード(参考)】
2G043
5F172
【Fターム(参考)】
2G043AA06
2G043EA01
2G043FA02
2G043JA01
2G043KA02
2G043KA03
2G043KA09
2G043LA03
5F172AE24
5F172AF12
5F172CC04
5F172EE12
5F172ZZ04
(57)【要約】
【課題】常温、大気下において、長時間にわたって安定に光を発振することができ、かつ僅か外部の力を光シグナルとして取り出すことが可能な構造体、およびそれを備えたセンサー、並びに構造体の製造方法を提供する。
【解決手段】基材10と、基材10の一方の面10aを被覆する液滴形成膜20と、液滴形成膜20上に配置されたマイクロ液滴30と、を備え、マイクロ液滴30は、イオン性発光色素を含む不揮発性液体からなる球状の粒子であり、液滴形成膜20の表面20aに対するマイクロ液滴30の接触角は、90°以上である構造体1。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の一方の面を被覆する液滴形成膜と、前記液滴形成膜上に配置されたマイクロ液滴と、を備え、
前記マイクロ液滴は、イオン性発光色素を含む不揮発性液体からなる球状の粒子であり、
前記液滴形成膜の表面に対する前記マイクロ液滴の接触角は、90°以上である、構造体。
【請求項2】
前記マイクロ液滴の直径は、2μm以上1mm以下である、請求項1に記載の構造体。
【請求項3】
前記液滴形成膜の表面の算術平均粗さ(Ra)は、1μm以上5μm以下である、請求項1または2に記載の構造体。
【請求項4】
前記不揮発性液体は、表面張力が30mJ/m2を超えるイオン液体、またはグリセロールである、請求項1~3のいずれか1項に記載の構造体。
【請求項5】
前記イオン液体は、下記式(1)で表されるイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩である、請求項4に記載の構造体。
【化1】
[但し、R1は炭素原子数1~6のアルキル基であり、R2は炭素原子数2~10のアルキル基である。]
【請求項6】
前記イオン性発光色素は、下記式(2)~(4)で表される化合物である、請求項1~5のいずれか1項に記載の構造体。
【化2】
【化3】
【化4】
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載の構造体からなる共振器を備える、センサー。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか1項に記載の構造体からなる共振器を備える、温度センサー、または流速センサー。
【請求項9】
請求項1~6のいずれか1項に記載の構造体の製造方法であって、
基材の一方の面に液滴形成膜を形成する工程と、
前記液滴形成膜上に、イオン性発光色素を含む不揮発性液体を滴下して、前記不揮発性液体からなる球状のマイクロ液滴を形成する工程と、を有する、構造体の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、構造体、およびそれを備えたセンサー、並びに構造体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、レーザー発振子として機能する液滴光共振器としては、大気組成や温度等が厳密に管理された密閉環境でのみで機能するものが知られている(例えば、非特許文献1参照)。また、レーザー発振子として機能する固体共振も知られている(例えば、特許文献1、非特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Edin Nuhiji,Francois G.Amar,Hongxia Wang,Nolene Byrne,Tich-Lam Nguyenc and Tong Lin,Whispering gallery mode emission generated in tunable quantum dot doped glycerol/water and ionic liquid/water microdroplets formed on a superhydrophobic coating,Journal of Materials Chemistry,2011,21,10823-10828
【非特許文献2】Soh Kushida,Daichi Okada,Fumio Sasaki,Zhan-Hong Lin,Jer-Shing Huang,and Yohei Yamamoto,Low-Threshold Whispering Gallery Mode Lasing from Self-Assembled Microspheres of Single-Sort Conjugated Polymers,Advanced Optical Materials 2017,5,1700123,1-7
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
従来、常温、大気下で高い形状安定性をもつ液体光共振器およびレーザー発振子は存在しなかった。これは、室温、大気下において媒質である液体の蒸発を抑えることが原理的に困難であったからである。また、ほとんどの液体材料は表面張力が小さいため、液体材料は基板上で真球形状を形成することが困難であった。また、レーザー発振子は、液体材料の凝集に伴う発光・吸光特性の劣化により、発振閾値が上がってしまう。
また、固体共振器は、外部からの力による変異が僅かであるため、微小な力を光シグナルとして取り出すことが困難であった。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、常温、大気下において、長時間にわたって安定に光を発振することができ、かつ僅かな外部の力を光シグナルとして取り出すことが可能な構造体、およびそれを備えたセンサー、並びに構造体の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は以下の態様を有する。
【0008】
[1]基材と、前記基材の一方の面を被覆する液滴形成膜と、前記液滴形成膜上に配置されたマイクロ液滴と、を備え、前記マイクロ液滴は、イオン性発光色素を含む不揮発性液体からなる球状の粒子であり、前記液滴形成膜の表面に対する前記マイクロ液滴の接触角は、90°以上である、構造体。
【0009】
[2]前記マイクロ液滴の直径は、2μm以上1mm以下である、[1]に記載の構造体。
【0010】
[3]前記液滴形成膜の表面の算術平均粗さ(Ra)は、1μm以上5μm以下である、[1]または[2]に記載の構造体。
【0011】
[4]前記不揮発性液体は、表面張力が30mJ/m2を超えるイオン液体、またはグリセロールである、[1]~[3]のいずれかに記載の構造体。
【0012】
[5]前記イオン液体は、下記式(1)で表されるイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩である、[5]に記載の構造体。
【0013】
【化1】
[但し、R1は炭素原子数1~6のアルキル基であり、R2は炭素原子数2~10のアルキル基である。]
【0014】
[6]前記イオン性発光色素は、下記式(2)~(4)で表される化合物である、[1]~[5]のいずれかに記載の構造体。
【0015】
【0016】
【0017】
【0018】
[7][1]~[6]のいずれかに記載の構造体からなる共振器を備える、センサー。
【0019】
[8][1]~[6]のいずれかに記載の構造体からなる共振器を備える、温度センサー、または流速センサー。
【0020】
[9][1]~[6]のいずれか1項に記載の構造体の製造方法であって、基材の一方の面に液滴形成膜を形成する工程と、前記液滴形成膜上に、イオン性発光色素を含む不揮発性液体を滴下して、前記不揮発性液体からなる球状のマイクロ液滴を形成する工程と、を有する、構造体の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、常温、大気下において、長時間にわたって安定に光を発振することができ、かつ僅か外部の力を光シグナルとして取り出すことが可能な構造体、およびそれを備えたセンサー、並びに構造体の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】本発明の一実施形態に係る構造体の一例を示す断面図である。
【
図2】撥水性基板の撥水性膜の走査型電子顕微鏡像である。
【
図3】イオン性発光色素を含むイオン液体の可視紫外吸収測定および発光測定の結果を示す図である。
【
図4】実施例1で作製した微小液滴レーザーの光学顕微鏡像である。
【
図5】実施例1で作製した微小液滴レーザーを有する撥水性基板を90°傾ける前の微小液滴レーザーを示す光学顕微鏡像である。
【
図6】実施例1で作製した微小液滴レーザーを有する撥水性基板を90°傾けた後の微小液滴レーザーを示す光学顕微鏡像である。
【
図8】実施例1の微小液滴レーザーの蛍光スペクトルを計測した結果を示す図である。
【
図9】実施例1の微小液滴レーザーを10個用いて、レーザー発振閾値を測定した結果を示す図である。
【
図10】比較例のポリビニルアルコールを用いたマイクロ液滴の蛍光スペクトルを計測した結果を示す図である。
【
図11】比較例のポリビニルアルコールを10個用いて、レーザー発振閾値を測定した結果を示す図である。
【
図12】実施例3の微小液滴レーザーの蛍光スペクトルを計測した結果を示す図である。
【
図13】実施例4の微小液滴レーザーの蛍光スペクトルを計測した結果を示す図である。
【
図14】撥水性基板の表面に形成したグリセリン光共振器の検知する温度を制御した結果を示す図である。
【
図15】撥水性基板の表面に形成したグリセリン光共振器を25℃と30℃に温度制御した結果を示す図である。
【
図16】撥水性基板の表面に形成したグリセリン光共振器を25℃と30℃に温度制御した結果を示す図である。
【
図17】温度が一定(30℃、35℃、40℃)の状態におけるグリセリン光共振器を構成するグリセリンの蒸発量を時間毎に観測した結果を示す図である。
【
図18】温度が30℃の状態におけるグリセリン光共振器の直径の変化を観測した結果を示す図である。
【
図19】温度が35℃の状態におけるグリセリン光共振器の直径の変化を観測した結果を示す図である。
【
図20】温度が40℃の状態におけるグリセリン光共振器の直径の変化を観測した結果を示す図である。
【
図21】光学顕微鏡で、30%と85%の2点間で相対湿度を変化させた場合のグリセリン光共振器の形状を観測した結果を示す図である。
【
図22】撥水性基板の表面に形成した微小液滴レーザーの検知する温度を制御した結果を示す図である。
【
図23】撥水性基板の表面に形成した微小液滴レーザーを25℃と30℃に温度制御した結果を示す図である。
【
図24】撥水性基板の表面に形成した微小液滴レーザーを25℃と30℃に温度制御した結果を示す図である。
【
図25】撥水性基板の表面に形成したグリセリン光共振器を35℃と40℃に温度制御した結果を示す図である。
【
図26】撥水性基板の表面に形成した微小液滴レーザーを35℃と40℃に温度制御した結果を示す図である。
【
図27】微小液滴レーザーをニードルと共にガラス管内に入れ、ガラス管内に流し込む窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図28】微小液滴レーザーをニードルと共にガラス管内に入れ、ガラス管内に流し込む窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図29】微小液滴レーザーをニードルと共にガラス管内に入れ、ガラス管内に流し込む窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図30】微小液滴レーザーをニードルと共にガラス管内に入れ、ガラス管内に流し込む窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図31】フッ素コートしたニードル上に設置した微小液滴レーザーにガラス管より窒素ガスを流し込んだ場合の微小液滴レーザーの形状変化の様子を示す図である。
【
図32】フッ素コートしたニードル上に設置した微小液滴レーザーにガラス管より窒素ガスを当てた場合の微小液滴レーザーの形状変化の様子を示す図である。
【
図33】フッ素コートしたニードル上に設置した微小液滴レーザーにガラス管より窒素ガスを当てた場合の微小液滴レーザーの形状変化の様子を示す図である。
【
図34】窒素ガスの流量を観測する実験方法を模式的に示す斜視図である。
【
図35】窒素ガスの流量を観測する実験方法を模式的に示す断面図である。
【
図36】微小液滴レーザーを設置した撥水性基板およびニードルの一端の近傍に、ガラス管の一方の開口部を設置し、ガラス管内に流し込む窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図37】微小液滴レーザーを設置した撥水性基板およびニードルの一端の近傍に、ガラス管の一方の開口部を設置し、ガラス管内に流し込む窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図38】微小液滴レーザーを設置した撥水性基板およびニードルの一端の近傍に、ガラス管の一方の開口部を設置し、ガラス管内に流し込む窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図39】微小液滴レーザーを設置した撥水性基板およびニードルの一端の近傍に、ガラス管の一方の開口部を設置し、ガラス管内に流し込む窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図40】撥水性基板上に設置した微小液滴レーザーにガラス管より窒素ガスを当てた場合の微小液滴レーザーの形状変化の様子を示す図である。
【
図41】撥水性基板上に設置した微小液滴レーザーにガラス管より窒素ガスを当てた場合の微小液滴レーザーの形状変化の様子を示す図である。
【
図42】撥水性基板上に設置した微小液滴レーザーにガラス管より窒素ガスを当てた場合の微小液滴レーザーの形状変化の様子を示す図である。
【
図43】窒素ガスの流量を観測する実験方法を模式的に示す斜視図である。
【
図44】窒素ガスの流量を観測する実験方法を模式的に示す断面図である。
【
図45】撥水性基板における微小液滴レーザーを設置した面に対して垂直方向から窒素ガスを流し込んだ場合にレーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図46】撥水性基板における微小液滴レーザーを設置した面に対して垂直方向から窒素ガスを流し込んだ場合にレーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図47】撥水性基板における微小液滴レーザーを設置した面に対して水平方向から窒素ガスを流し込んだ場合にレーザー特性について観測した結果を示す図である。
【
図48】撥水性基板における微小液滴レーザーを設置した面に対して水平方向から窒素ガスを流し込んだ場合にレーザー特性について観測した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の構造体、およびそれを備えたセンサー、並びに構造体の製造方法の実施の形態について説明する。
なお、本実施の形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。
【0024】
[構造体]
本発明の一実施形態に係る構造体は、基材と、前記基材の一方の面を被覆する液滴形成膜と、前記液滴形成膜上に配置されたマイクロ液滴と、を備える。前記マイクロ液滴は、イオン性発光色素を含む不揮発性液体からなる球状の粒子である。
【0025】
以下、図を参照しながら、本実施形態の構造体を説明する。
図1は、本実施形態の構造体の一例を示す断面図である。
図1に示すように、本実施形態の構造体1は、基材10と、基材10の一方の面10aを被覆する液滴形成膜20と、液滴形成膜20上(液滴形成膜20の一方の面20a上)に配置されたマイクロ液滴30と、を備える。マイクロ液滴30は、球状の粒子である。
【0026】
「基材」
基材10は、板状であり、少なくともその一方の面10aに液滴形成膜20を形成することができるものであれば特に限定されない。基材10としては、例えば、シリコン基板、石英基板、ガラス基板、サファイア基板、マイカ基板等が挙げられる。
【0027】
基材10を平面視した場合の形状としては、特に限定されず、円形状、楕円形状、三角形状、正方形状、長方形状、五角以上の多角形状等が挙げられる。
基材10の厚さは、特に限定されず、液滴形成膜20の厚さや、マイクロ液滴30の粒径等に応じて適宜調整される。
基材10は、少なくともその一方の面10aに液滴形成膜20を形成することができるものであれば特に平面に限定されず、曲面状でもよい。基材10の一方の面10aは、平面であってもよく、曲面であってもよい。基材10としては、例えば、ガラス棒、金属ニードル、凸面レンズ、凹面レンズ等が挙げられる。
【0028】
「撥水性膜」
液滴形成膜20は、撥水性を有する撥水性膜あるいは、撥油性を有する撥油性膜である。ここでは、例えば、液滴形成膜20は、基材10の一方の面10a上に堆積させた、多数の撥水性無機微粒子21から構成される撥水性膜である。
【0029】
液滴形成膜20の厚さは、特に限定されないが、例えば、1μm以上1000μm以下であることが好ましく、20μm以上40μm以下であることがより好ましい。
【0030】
液滴形成膜20の厚さは、基板に対して水平に観察した光学顕微鏡画像によって測定する。
【0031】
液滴形成膜20の表面20a(液滴形成膜20の一方の面20a)の算術平均粗さ(Ra)は、0.1μm以上5μm以下であることが好ましく、0.5μm以上2μm以下であることがより好ましい。液滴形成膜20の表面20aの算術平均粗さ(Ra)が前記下限値以上であると、液滴形成膜20の表面20aに所定の粒径のマイクロ液滴30を形成することができる。液滴形成膜20の表面20aの算術平均粗さ(Ra)が前記上限値以下であると、ロータス効果による接触角増大が起こる。なお、液滴形成膜20が多数の撥水性無機微粒子21から構成される場合、液滴形成膜20の表面20aとは、液滴形成膜20を構成する撥水性無機微粒子21のうち、最上部に存在する撥水性無機微粒子21の最表面を繋いだ稜線によって形成される面のことである。
【0032】
液滴形成膜20の表面20aの算術平均粗さ(Ra)は、アルバック社製の触針式の表面粗さ計を用いて試料表面をなぞることで断面曲線を電気的に検出し、JIS B 0601:2013「製品の幾何特性仕様(GPS)-表面性状:輪郭曲線方式-用語,定義及び表面性状パラメータ」に準じて算出する。
【0033】
撥水性無機微粒子21は、核となる無機微粒子あるいは有機微粒子(図示略)と、無機微粒子あるいは有機微粒子の表面の一部または全部を被覆する撥水性被膜(図示略)とを有する。
【0034】
撥水性無機微粒子21の粒子径は、特に限定されないが、液滴形成膜20の表面20aの算術平均粗さ(Ra)に応じて適宜調整される。撥水性無機微粒子21の粒子径は、例えば、50nm以上200nm以下であることが好ましく、80nm以上120nm以下であることがより好ましい。
【0035】
撥水性無機微粒子21の粒子径は、走査型電子顕微鏡画像によって測定する。
【0036】
無機微粒子の材質は、特に限定されないが、例えば、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化アルミニウム等が挙げられる。有機微粒子の材質は、特に限定されないが、例えば、ポリスチレン等が挙げられる。
【0037】
撥水性被膜の材質は、特に限定されないが、例えば、フッ素を含む化合物が挙げられる。
フッ素を含む化合物としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、ポリフッ化ビニル、ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂等が挙げられる。
【0038】
「マイクロ液滴」
マイクロ液滴30は、イオン性発光色素を含む不揮発性液体からなる球状の粒子(マイクロ球体である。なお、本実施形態の構造体1において、球状の粒子とは、真球からなる粒子、または球冠の高さが球体の半径以上の球冠からなる粒子、または0.5以下の正の値、および0、および負の値の扁平率をもつ回転楕円体からなる粒子、またはそれらの粒子を幅・高さ・奥行き方向に1μm以下の長さで変形させた粒子、それらの形状を組み合わせた形をもつ粒子、のことである。マイクロ液滴30が、球状の粒子であることにより、マイクロ液滴30内部でWGM発振する。
【0039】
マイクロ液滴30の直径は、2μm以上1mm以下であることが好ましく、2μm以上80μm以下であることがより好ましい。マイクロ液滴30の直径が前記下限値以上であると、マイクロ液滴30内に励起光を照射することにより、マイクロ液滴30内部でウィスパリング・ギャレリー・モード(Whispering Gallery Mode、WGM)発振する。マイクロ液滴30の直径が前記上限値以下であると、液滴形成膜20の表面20a上にて、マイクロ液滴30は長期間形状を維持することができるとともに、液滴形成膜20の表面20aを鉛直方向下向きにしても、液滴形成膜20の表面20aからマイクロ液滴30が落下(剥離)することがない。
【0040】
マイクロ液滴30の直径は、光学顕微鏡画像によって測定する。
【0041】
液滴形成膜20の表面20aに対するマイクロ液滴30の接触角θは、90°以上であることが好ましく、140°以上であることがより好ましく、160°以上であることがさらに好ましい。マイクロ液滴30の接触角θが前記下限値以上であると、マイクロ液滴30と撥水性膜20との接触面積が小さいため、マイクロ液滴30から液滴形成膜20へ漏れ出る発振光が少なくなり、構造体1をレーザー発信器として用いた場合にレーザー発振閾値が低くなる。すなわち、光閉じ込めの効率に優れる。
【0042】
マイクロ液滴30の接触角θは、基材10の水平方向から観察した光学顕微鏡画像の、液滴形成膜20とマイクロ液滴30の接触点付近の接線がなす角度によって測定する。
【0043】
マイクロ液滴30を構成する不揮発性液体としては、25℃以下の温度で揮発しない液体であるとともに、液滴形成膜20の表面20aに滴下すると、表面張力によってマイクロ液滴30を形成することができるものであれば特に限定されない。不揮発性液体としては、例えば、表面張力が30mJ/m2を超えるイオン液体、またはグリセロールが好適に用いられる。表面張力が30mJ/m2を超えるイオン液体としては、例えば、下記式(1)で表されるイミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩、またはグリセロールが好適に用いられる。
【0044】
【化5】
[但し、R1は炭素原子数1~6のアルキル基であり、R2は炭素原子数2~10のアルキル基である。]
【0045】
イミダゾリウムテトラフルオロホウ酸塩の中でも、下記式(5)で表される1-エチル-3-メチルイミダゾリウムテトラフルオロボラート(1-etyl-3-methylimidazolium tetrafluoroborate)が好ましい。
【0046】
【0047】
不揮発性液体に含まれるイオン性発光色素としては、不揮発性液体に溶解するとともに、励起光の照射により、励起光とは異なる波長の光を発光する色素であれば特に限定されない。イオン性発光色素としては、例えば、下記式(2)で表される化合物(Acid Red 52)、下記式(3)で表される化合物(Stilbene 420)、下記式(4)で表される化合物(Pyrromethene 556)、下記式(6)で表される化合物(Rhodamine 6G)が好適に用いられる。
【0048】
【0049】
【0050】
【0051】
【0052】
マイクロ液滴30において、不揮発性液体に対するイオン性発光色素の含有比(イオン性発光色素/不揮発性液体)は、モル比で、0.0001以上0.01以下であることが好ましく、0.001以上0.002以下であることがより好ましい。前記モル比が前記下限値以上であると、均一なマイクロ液滴30が得られ、または十分な光増幅が得られる。前記モル比が前記上限値以下であると、十分な発光量が得られる。
【0053】
マイクロ液滴30は、上記のイオン性発光色素を含む不揮発性液体からなるため、その形状が室温、大気下で数ヶ月以上維持される。
【0054】
本実施形態の構造体1によれば、基材10と、基材10の一方の面10aを被覆する液滴形成膜20と、液滴形成膜20上に配置されたマイクロ液滴30と、を備え、マイクロ液滴30は、イオン性発光色素を含む不揮発性液体からなる球状の粒子であるため、常温、大気下において、長時間にわたって安定に光を発振することができ、かつ僅か外部の力を光シグナルとして取り出すことが可能である。
本実施形態の構造体1では、マイクロ液滴30がイオン性発光色素を含む不揮発性液体からなることにより、マイクロ液滴30の発光・吸光特性が向上して、マイクロ液滴30のレーザー発振特性の発現と、レーザー発振閾値の低減とを実現している。また、マイクロ液滴30は、不揮発性液体からなるため、弾性変形可能であり、ガスの流れ等の僅かな外部の力に応じて変形し、レーザー発振波長が変調する。この特性を利用することで、構造体1を流速センサー等としての利用が可能である。
【0055】
[構造体の製造方法]
本実施形態の構造体の製造方法は、基材の一方の面に撥水性膜を形成する工程(以下、「撥水性膜形成工程」と言う。)と、前記撥水性膜上に、イオン性発光色素を含む不揮発性液体を滴下して、前記不揮発性液体からなる球状のマイクロ液滴を形成する工程(以下、「マイクロ液滴形成工程」と言う。)と、を有する。
【0056】
以下、
図1を参照して、本実施形態の構造体の製造方法を説明する。
「撥水性膜形成工程」
撥水性膜形成工程では、基材10の一方の面10aに液滴形成膜20を形成する。ここでは、液滴形成膜20が上記の撥水性無機微粒子21から構成される撥水性膜である場合について説明する。
液滴形成膜20を形成する方法としては、特に限定されないが、例えば、撥水性無機微粒子21を含むスラリーを、基材10の一方の面10aに塗布または吹き付けて、基材10の一方の面10aに前記スラリーからなる塗膜を形成する。
次いで、基材10の一方の面10aに形成した塗膜を加熱、乾燥することにより、液滴形成膜20を得る。
【0057】
上記スラリーは、撥水性無機微粒子21に加えて、撥水性無機微粒子21を分散させるための溶媒を含む。溶媒としては、特に限定されず、撥水性無機微粒子21を分散または溶解することができるものが選択されて用いられる。溶媒としては、例えば、液化天然ガス、ヘプタン、ヘキサン、ペンタン、ブタン、プロパン、ジメチルエーテル等が好ましい。
スラリーの粘度は、特に限定されず、基材10の材質や、スラリーの塗布方法に応じて適宜調整される。
【0058】
スラリーを塗布する方法としては、例えば、スプレーによる噴霧、滴下やスピンコートによる塗布、浸漬、刷毛や筆等による塗布、インクジェットによる吹付け等が挙げられる。
スラリーを吹き付ける方法としては、例えば、スプレー法等が挙げられる。
【0059】
基材10の一方の面10aに形成した塗膜を加熱する温度や時間は、スラリーに含まれる溶媒の種類に応じて適宜調整される。
【0060】
「マイクロ液滴形成工程」
マイクロ液滴形成工程では、液滴形成膜20の表面20a上に、イオン性発光色素を含む不揮発性液体を滴下して、不揮発性液体からなる球状のマイクロ液滴30を形成する。
【0061】
不揮発性液体に、イオン性発光色素を分散または溶解する方法は、特に限定されず、例えば、不揮発性液体にイオン性発光色素を添加し、これらを撹拌、混合する方法が用いられる。
不揮発性液体に対するイオン性発光色素の添加量は、上記の不揮発性液体に対するイオン性発光色素の含有比となる量とする。
【0062】
液滴形成膜20の表面20a上に、イオン性発光色素を含む不揮発性液体を滴下する方法としては、例えば、ピペットを用いた滴下、インクジェットによる吹付け、スプレーによる噴霧等が用いられる。
イオン性発光色素を含む不揮発性液体の滴下量は、1fL以上100nL以下であることが好ましい。前記不揮発性液体の滴下量を前記範囲内とすることにより、球状のマイクロ液滴30を形成することができる。
【0063】
液滴形成膜20の表面20a上に、イオン性発光色素を含む不揮発性液体を滴下すると、その表面張力により不揮発性液体からなるマイクロ液滴30が形成される。
以上の工程により、本実施形態の構造体1が得られる。
【0064】
本実施形態の構造体の製造方法によれば、上述の実施形態の構造体1が得られる。
【0065】
[センサー]
本実施形態のセンサーは、上述の実施形態の構造体1からなる共振器を備える。
【0066】
本実施形態のセンサーとしては、マイクロ液滴30が外部の力に応じて変形し、レーザー発振波長が変調する機能を利用することができるものであれば特に限定されないが、例えば、温度を検知するセンサー(温度センサー)、気体の流速を検知するセンサー(流速センサー)、重力を検知するセンサー、電場を検知するセンサー、湿度を検知するセンサー、揮発性有機化合物を検知するセンサー等が挙げられる。
【0067】
本実施形態のセンサーによれば、上述の実施形態の構造体1からなる共振器を備えるため、温度、気体の流速、重力、電場、湿度、揮発性有機化合物を検知することができる。
【0068】
以上、この発明の実施の形態を図面により詳述してきたが、実施の形態はこの発明の例示にしか過ぎないものである。よって、この発明は実施の形態の構成にのみ限定されるものではなく、この発明の要旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があってもこの発明に含まれることは勿論である。また、例えば、各実施の形態に複数の構成が含まれている場合には、特に記載がなくとも、これらの構成の可能な組合せが含まれることは勿論である。また、実施の形態に複数の実施例や変形例がこの発明のものとして開示されている場合には、特に記載がなくとも、これらに跨がった構成の組合せのうちの可能なものが含まれることは勿論である。また、図面に描かれている構成については、特に記載がなくとも、含まれることは勿論である。さらに、「等」の用語がある場合には、同等のものを含むという意味で用いられている。
【実施例0069】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0070】
[撥水性基板の作製]
石英基板(縦15mm×横15mm×厚さ0.5mm)をスピンコーターにセットして、1000rpmで回転させた。
回転している石英基板から約20cm離した距離から、撥水性スプレー(商品名:HIREC1450NF、NTTアドバンステクノロジ社製)を5秒間噴射した後、石英基板を30秒間回転させた。
その後、スピンコーターから石英基板を取り出し、その石英基板を1日間室温にて乾燥させた。
以上の工程を2度繰り返し、撥水性膜を有する撥水性基板を得た。
得られた撥水性基板の表面を、走査型電子顕微鏡で観察した。撥水性基板の表面の走査型電子顕微鏡像を
図2に示す。
図2に示す走査型電子顕微鏡像から、石英基板の表面には、粒子径が100nm程度のフッ素含有化合物で被覆された微小無機粒子からなるが撥水性膜が形成されていることが確認された。撥水性膜は、石英基板の表面に無秩序に配置された多数の前記微小無機粒子から構成され、前記微小無機粒子によって形成された細かい凹凸を有していた。
【0071】
「実施例1」
[微小液滴レーザーの作製]
イオン液体(1-etyl-3-methylimidazolium tetrafluoroborate)に、イオン性発光色素(Acid Red52)を0.385質量%添加し、ヒートガンで10分間熱することにより、イオン液体にイオン性発光色素を完全に溶解させた。
次に、マイクロピペットを用いて、撥水性基板上に色素添加したイオン液体を滴下することにより、イオン液体からなる微小液滴レーザー(マイクロ液滴)を作製した。
得られた微小液滴レーザーの形状は、真球形状であった。
【0072】
「実施例2」
[グリセリン光共振器の作製]
グリセリンに、イオン性発光色素(Rhodamine 6G)を5mol/mL添加し、ヒートガンで10分間熱することにより、グリセリンにイオン性発光色素を完全に溶解させた。
次に、マイクロピペットを用いて撥水性基板上に色素添加したグリセリンを滴下することにより、グリセリンからなるグリセリン光共振器(マイクロ液滴)を作製した。
【0073】
「比較例」
[ポリビニルアルコールを用いたマイクロ液滴の作製]
界面活性剤として、Sorbitan Monooleate(商品名:Span80、東京化成工業社製)0.473gを、n-ヘキサン2mLに加え、激しく振って、n-ヘキサンに界面活性剤を溶解させた。
次に、100μLのポリビニルアルコール溶液にイオン性発光色素(AcidRed52)を20μg添加し、ポリビニルアルコール溶液に含まれるイオン性発光色素の濃度を、最終的に得られるマイクロ液滴中の色素濃度とほぼ当量(0.395質量%)になるようにした。
これら2つの溶液を混合させた後、ホモジナイザーにより、30krpmの回転速度で2分間、ホモジナイズして、ポリビニルアルコールコロイド懸濁液を調製した。
次に、50mLバイアルに、20mLのアセトンと1mLのn-ヘキサンとを層状に注いだ後、ピペットを用いて、最上層(n-ヘキサン)に、液面を乱さないように、ポリビニルアルコールコロイド懸濁液を注いだ。
その後、バイアルを1時間静置して、バイアル内の溶液中で、ゆっくりとマイクロ液滴を形成させた。
次に、遠心分離により、バイアル内に形成されたマイクロ液滴を回収した。
次に、回収したマイクロ液滴をアセトンで洗浄して、界面活性剤とn-ヘキサンを取り除いた。
その後、回収したマイクロ液滴をガラス容器内で30秒間振ることで、凝集したマイクロ液滴を分離させた。
【0074】
[吸収・発光測定]
イオン液体(1-etyl-3-methylimidazolium tetrafluoroborate)に、イオン性発光色素(Acid Red52)を0.005mol/mL溶解した。イオン性発光色素を含むイオン液体を石英セルに導入し、可視紫外吸収測定および発光測定を行なった。
可視紫外吸収測定は、UV-570(商品名:紫外可視近赤外分光光度計、日本分光社製)を用い、液体を3mL含む石英セルに光を照射し、その透過光を測定することで、吸収スペクトルを得た。
発光測定は、FP-6200(商品名:分光蛍光光度計、日本分光社製)を用い、液体を3mL含む石英セルに光を照射し、その発光を測定することで、発光スペクトルを得た。
結果を
図3に示す。
図3に示すグラフから、紫外線吸収波長のピーク値と発光波長のピーク値とが異なり、入射光によりイオン性発光色素が蛍光を発光することが確認された。
【0075】
[接触角測定]
実施例1で作製した微小液滴レーザーを光学顕微鏡で観察し、撥水性基板を構成する撥水性膜の表面に対する微小液滴レーザーの接触角を測定した。微小液滴レーザーの光学顕微鏡像を
図4に示す。
図4に示す光学顕微鏡から、微小液滴レーザーの接触角は161.3°であることが分かった。
【0076】
[撥水性基板上の微小液滴の傾きに対する耐久性]
実施例1で作製した微小液滴レーザーを有する撥水性基板を、水平の状態から鉛直方向になるように90°傾けた。その結果、撥水性基板を90°傾けても、微小液滴レーザーの形状は真球形状を保持していた。
また、微小液滴レーザーの直径が大きくなり過ぎると、微小液滴レーザーに加わる重力が大きくなり、撥水性基板から微小液滴レーザーが滑り落ちてしまう。そこで、実施例1で作製した微小液滴レーザーを有する撥水性基板を、上述のように90°傾ける前と傾けた後(90°傾けて水平の状態に戻した後)で、撥水性基板上に形成した微小液滴レーザーを観察した。微小液滴レーザーの観察には、光学顕微鏡を用いた。結果を
図5および
図6に示す。
図5は、上記撥水性基板を90°傾ける前の微小液滴レーザーを示す光学顕微鏡像である。
図6は、上記撥水性基板を90°傾けた後の微小液滴レーザーを示す光学顕微鏡像である。
図5と
図6を比較すると、微小液滴レーザーの直径が500μm以下であれば、重力の影響がなく、微小液滴レーザーは真球形状を保持できることが分かった。
【0077】
[顕微蛍光分光測定]
実施例1の微小液滴レーザーおよび比較例のポリビニルアルコールを用いたマイクロ液滴の発光スペクトルを、
図7に示すような顕微蛍光分光計測装置により計測した。
図7に示す顕微蛍光分光計測装置100は、励起光源110と、発光検出器120と、ビームスプリッター130と、オブジェクティブレンズ140と、X-Yステージ150とから概略構成されている。
【0078】
励起光源110は、X-Yステージ150上に載置された微小液滴レーザー200に、レーザー光(励起光)を照射する。励起光源110としては、波長250nm~700nmの光を、周波数1Hz~1MHzで発光するか、もしくは連続光で発光するものが用いられる。
【0079】
発光検出器120は、微小液滴レーザー200からの発光を検出する。
【0080】
ビームスプリッター130は、励起光源110から発せられた光を反射して、その光の光路を微小液滴レーザー200側に向ける。また、ビームスプリッター130は、微小液滴レーザー200から発する蛍光(発光)を透過し、発光検出器120側に向ける。
【0081】
オブジェクティブレンズ140は、励起光源110から発せられた励起光を収束して、微小液滴レーザー200に照射する。また、オブジェクティブレンズ140は、微小液滴レーザー200から発する蛍光(発光)を収束する。
【0082】
X-Yステージ150は、測定対象である微小液滴レーザー200を載置して、所定の測定位置に設定する。
【0083】
顕微蛍光分光計測装置100では、励起光源110からレーザー光(励起光)を発すると、そのレーザー光がビームスプリッター130で反射し、さらに、オブジェクティブレンズ140で収束されて、微小液滴レーザー200に照射される。
微小液滴レーザー200にレーザー光が照射されると、微小液滴レーザー200のマイクロ液滴は、内部でウィスパリング・ギャレリー・モード(WGM)発振する。これにより、マイクロ液滴は蛍光を発する。
マイクロ液滴が発する蛍光は、ビームスプリッター130を透過して、発光検出器120に入射する。
発光検出器120では、受光した蛍光のスペクトルを測定し、そのスペクトルパターンを表示装置等に出力する。
【0084】
[レーザー発振特性]
上述の顕微蛍光分光計測装置を用いて、実施例1の微小液滴レーザーのレーザー特性を測定した。
実施例1の微小液滴レーザーをフェムト秒パルスレーザー(波長=565nm、周波数=1kHz、パルス幅=100fs)で励起し、蛍光スペクトルを計測した。結果を
図8に示す。
図8に示す結果から、ブロードな発光ピークの上に先鋭なレーザーピークが観測された。
さらに、実施例1の微小液滴レーザーを10個用いて、レーザー発振閾値を測定した。各々の液滴に対して、励起光エネルギーを徐々に上昇させながら、随時発光スペクトルを測定し、レーザー発振が観測され始めた励起光強度を測定した。結果を
図9に示す。
図9に示す結果から、実施例1の微小液滴レーザーのレーザー発振閾値の平均値は、1.21±0.25μJ・cm
-2であった。
実施例1の微小液滴レーザーの場合と同様にして、比較例のポリビニルアルコールを用いたマイクロ液滴のレーザー特性を測定した。結果を
図10および
図11に示す。
図9と
図11とを比較すると、実施例1の微小液滴レーザーのレーザー発振閾値は、比較例のポリビニルアルコールを用いたマイクロ液滴のレーザー発振閾値(29.3±0.25μJ・cm
-2)の30分の1程度であることが分かった。すなわち、実施例1の微小液滴レーザーは、レーザー発振閾値を低減する効果があることが分かった。
【0085】
「実施例3」
[微小液滴レーザーの作製]
イオン性発光色素として、Stilbene 420を用いたこと以外は実施例1と同様にして、実施例3の微小液滴レーザーを作製した。
得られた微小液滴レーザーの形状は、真球形状であった。
上述の顕微蛍光分光計測装置を用いて、実施例3の微小液滴レーザーのレーザー特性を測定した。
実施例3の微小液滴レーザーをフェムト秒パルスレーザー(波長=355nm、周波数=1kHz、パルス幅=7fs)で励起し、蛍光スペクトルを計測した。結果を
図12に示す。
図12に示す結果から、ブロードな発光ピークの上に先鋭なレーザーピークが観測された。
【0086】
「実施例4」
[微小液滴レーザーの作製]
イオン性発光色素として、Pyrromethene 556を用いたこと以外は実施例1と同様にして、実施例4の微小液滴レーザーを作製した。
得られた微小液滴レーザーの形状は、真球形状であった。
上述の顕微蛍光分光計測装置を用いて、実施例4の微小液滴レーザーのレーザー特性を測定した。
実施例4の微小液滴レーザーをフェムト秒パルスレーザー(波長=355nm、周波数=1kHz、パルス幅=7fs)で励起し、蛍光スペクトルを計測した。結果を
図13に示す。
図13に示す結果から、ブロードな発光ピークの上に先鋭なレーザーピークが観測された。
【0087】
「実施例5」
[温度センサー]
実施例2のグリセリン光共振器を、CWレーザー(波長=450nm)で励起し、蛍光スペクトルを測定した。すると、WGM共振ピークを観測することができた。
さらに、このグリセリン光共振器を備えた撥水基板と、その底部に薄型ヒートステージ(SG101、株式会社ブラスト社製)を設置した温度センサーを作製した。
撥水性基板と、その撥水性膜の表面に形成したグリセリン光共振器とを、ヒーター上に設置し、温度を変化させることにより、グリセリン光共振器の検知する温度を制御した。結果を
図14に示す。
図14に示すグラフから、温度の上昇に伴って、WGM共振ピークは2.40nm/℃短波長側にシフトすることが分かった。
さらに、撥水性基板と、その撥水性膜の表面に形成したグリセリン光共振器とを、25℃と30℃に温度制御した。結果を
図15、
図16に示す。
図15、
図16に示すグラフから、2点間の温度変化に対して、WGM共振ピークの波長は可逆性を示すことが分かった。
【0088】
グリセリンの沸点は290℃であり、グリセリンが一般的に不揮発性溶媒として知られている。しかしながら、グリセリンは、マイクロサイズの大きさでは体積に対する表面積の割合が大きいことから、低い温度であっても液滴が蒸発する現象が見られる。そこで、光学顕微鏡で、温度が一定(30℃、35℃、40℃)の状態におけるグリセリン光共振器の様子を時間毎に観測した。結果を
図17~
図20に示す。
図17および
図18に示す結果から、30℃では、グリセリンがほとんど蒸発しなかった。
図17、
図19および
図20に示す結果から、35℃以上では、グリセリンが蒸発することが分かった。
【0089】
グリセリンは、空気中の湿度に応じて、非常に水蒸気の吸脱着が起こり易い液体である。温度と相対湿度は相関関係を持ち、温度が上昇すると相対湿度が減少する(Forney,C.F.and D.G.Brandl.(1992).Control of humidity in smal controlled-environmental chambers using glycerol-water solutionsHortTechnology,2,52-54.参照)。したがって、グリセリン光共振器は、温度変化によって空気中の相対湿度が変化し、サイズ変化が起こっている。
そこで、相対湿度変化に対するグリセリン光共振器のサイズ変化を観測するために、光学顕微鏡で、30%と85%の2点間で相対湿度を変化させた場合のグリセリン光共振器の形状を観測した。結果を
図21に示す。
図21に示す結果から相対湿度を30%から85%まで上昇させると、空気中の水蒸気がグリセリンに吸着して、グリセリンが膨潤し、グリセリン光共振器の直径が13.0μmから21.3μmへと拡大した。一方、相対湿度を85%から30%まで減少させると、グリセリンに吸着した水が脱着し、グリセリン光共振器の直径が21.3μmから14.0μmへと縮小した。このように、グリセリン光共振器は、周囲の相対湿度に応答してサイズが変化する。
【0090】
「実施例6」
[温度センサー]
イオン液体(1-etyl-3-methylimidazolium tetrafluoroborate)に、イオン性発光色素(Rhodamine 6G)を0.385質量%添加し、ヒートガンで10分間熱することにより、イオン液体にイオン性発光色素を完全に溶解させた。
次に、マイクロピペットを用いて、撥水性基板上に色素添加したイオン液体を滴下することにより、イオン液体からなる微小液滴レーザー(マイクロ液滴)を作製した。
得られた微小液滴レーザーの形状は、真球形状であった。
この微小液滴レーザーを、CWレーザー(波長=450nm)で励起し、蛍光スペクトルを測定した。すると、WGM共振ピークを観測することができた。
さらに、この微小液滴レーザーを備えた撥水基板と、その底部に薄型ヒートステージ(型式名:SG101、株式会社ブラスト社製)を設置した温度センサーを作製した。
撥水性基板と、その撥水性膜の表面に形成した微小液滴レーザーとを、ヒーター上に設置し、温度を変化させることにより、微小液滴レーザーの検知する温度を制御した。結果を
図22に示す。
図22に示すグラフから、温度の上昇に伴って、WGM共振ピークは0.26nm/℃短波長側にシフトすることが分かった。
さらに、撥水性基板と、その撥水性膜の表面に形成した微小液滴レーザーとを、25℃と30℃に温度制御した。結果を
図23、
図24に示す。
図23、
図24に示すグラフから、2点間の温度変化に対して、WGM共振ピークの波長は可逆性を示すことが分かった。
【0091】
「実施例7」
[グリセリン光共振器と微小液滴レーザーの同じ温度範囲間での温度可逆性]
実施例1の微小液滴レーザーと実施例2のグリセリン光共振器を、同じ温度範囲間でのWGM共振ピークの温度可逆性を比較した。
実施例5と同様にして、撥水性基板と、その撥水性膜の表面に形成した微小液滴レーザーとを、35℃と40℃に温度制御した。また、撥水性基板と、その撥水性膜の表面に形成したグリセリン光共振器とを、35℃と40℃に温度制御した。結果を
図25、
図26に示す。
図25に示す結果から、実施例2のグリセリン光共振器は、蒸発の影響で直径が小さくなってしまい、WGM共振ピークを観測できなくなった。
一方、
図26に示す結果から、実施例1の微小液滴レーザーは、WGM共振ピークを維持し、さらにピークシフトの可逆性を示した。したがって、実施例1の微小液滴レーザーは、より高い温度にも適用可能な温度センサーとして利用できる。
【0092】
「実施例8」
[流速センサー]
実施例1の微小液滴レーザーを用いた風の流速センシングを行なった。
実施例1の微小液滴レーザーをナノ秒パルスレーザー(波長=355nm、周波数=1kHz、パルス幅=7ns)で励起し、蛍光スペクトルを計測した。その結果、WGM共振ピークを観測することができた。レーザーピークは、WGM共振ピークに比べて半値幅が非常に狭く、高精度なセンシングが実現した。
次に、微小液滴レーザーを用いて窒素ガスの流量を観測する実験について示す。
まず、撥水コートしたニードルの上に微小液滴を滴下して、微小液滴レーザーを作製した。
次に、この微小液滴光レーザーをニードルと共に断面積2mm
2のガラス管内に入れた。このガラス管内に窒素ガスを流し込み、窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した。結果を、
図27~
図30に示す。
図27および
図28に示す結果から、WGM共振ピークは、窒素ガスの流量の増加に応じて、短波長側にシフトした。
また、
図29および
図30に示す結果から、窒素ガスの流量が8.3m/sと25m/sの2点間の流量変化に対して、WGM共振ピークの波長は可逆性を示すことが分かった。
【0093】
撥水コートしたニードル上に設置した微小液滴レーザーに、ガラス管より窒素ガスを流し込んだ場合の微小液滴光レーザーの形状変化の様子を
図31~
図33に示す。本実験では、詳細な微小液滴レーザーの形状変化を観測するために、窒素ガスを送り込むガラス管近傍に微小液滴レーザーを設置して光学顕微鏡にて観察した。窒素ガスを流し込んでいない状態では微小液滴レーザーの形状は真球形状を保持するが、窒素ガスの流量が6.7m/sになると、微小液滴レーザーの形状は縦に伸びたような形状変化を示す。さらに、窒素ガスを流し込むのを止めると、微小液滴レーザーの形状は再び真球形状に戻る可逆性を示した。以上のことから、実施例1の微小液滴レーザーは、流速センサーとして機能することが分かった。
【0094】
「実施例9」
[流速センサー]
実施例1の微小液滴レーザーを用いた風の流速センシングを行なった。
実施例1の微小液滴レーザーをナノ秒パルスレーザー(波長=355nm、周波数=1kHz、パルス幅=7ns)で励起し、蛍光スペクトルを計測した。その結果、WGM共振ピークを観測することができた。レーザーピークは、WGM共振ピークに比べて半値幅が非常に狭く、高精度なセンシングが実現した。
次に、微小液滴レーザーを用いて窒素ガスの流量を観測する実験について示す。
図34および
図35は、窒素ガスの流量を観測する実験方法を説明する図である。
まず、直径4mmのニードル300の外周面300a上に、1辺の長さが7mmの正方形状のフッ素コートした基板(以下、「撥水性基板」と言う。)310を設置した。撥水性基板310を、ニードル300の一端部に設置した。この撥水性基板310の上に微小液滴を滴下して、微小液滴レーザー400を作製した。
次に、この微小液滴レーザー400を設置した撥水性基板310およびニードル300の一端の近傍に、ガラス管320の一方の開口部320aを設置した。ガラス管320としては、長手方向の断面の形状が正方形状であり、断面積100m
2のガラス管を用いた。このガラス管320内に、撥水性基板310における微小液滴レーザー400を設置した面310aに対して水平方向から窒素ガスを流し込んだ。この状態で、レーザー発信器330から微小液滴レーザー400にナノ秒パルスレーザーを照射し、窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した。撥水性基板310とレーザー発信器330の距離を5mmとした。
結果を、
図36~
図39に示す。
図36および
図37に示す結果から、WGM共振ピークは、窒素ガスの流量を0m/s~0.05m/sの範囲で変化させた場合、窒素ガスの流量の増加に応じて、371.1nm/m/sという高い感度で短波長側にシフトした。
また、
図38および
図39に示す結果から、窒素ガスの流量が0m/sと0.167m/sの2点間の流量変化に対して、WGM共振ピークの波長は可逆性を示すことが分かった。
【0095】
フッ素コートした基板上に設置した微小液滴光共振器に、ガラス管より窒素ガスを流し込んだ場合の微小液滴光共振器の形状変化の様子を
図40~
図42に示す。本実験では、詳細な微小液滴光共振器の形状変化を観測するために、窒素ガスを送り込むガラス管近傍に微小液滴光共振器を設置して光学顕微鏡にて観察した。窒素ガスを流し込んでいない状態では微小液滴光共振器の形状は真球形状を保持するが、窒素ガスの流量が6.7m/sになると、微小液滴光共振器の形状は縦に伸びたような形状変化を示す。さらに、窒素ガスを流し込むのを止めると、微小液滴光共振器の形状は再び真球形状に戻る可逆性を示した。以上のことから、実施例1の微小液滴レーザーは、流速センサーとして機能することが分かった。
【0096】
「実施例10」
[流速センサー]
実施例9の流速センサーは、レーザー光を用いていることから、非常に時間分解能が高いことが利点である。このことから、流体の層流や乱流というような対流を検知することが可能である。
そこで、実施例9と同様にして、微小液滴レーザーを用い、下記のようにして、窒素ガスの流量を観測する実験を行った。
図43および
図44は、窒素ガスの流量を観測する実験方法を説明する図である。
まず、直径4mmのニードル300の一端面300bに接するように、1辺の長さが7mmの正方形状のフッ素コートした基板(以下、「撥水性基板」と言う。)310を設置した。この撥水性基板310の上に微小液滴を滴下して、微小液滴レーザー400を作製した。
次に、この微小液滴レーザー400を設置した撥水性基板310の近傍に、ガラス管320の一方の開口部320aを設置した。ガラス管320の長手方向が、撥水性基板310における微小液滴レーザー400を設置した面310aに対して垂直になるように、ガラス管320を配置した。ガラス管320としては、長手方向の断面の形状が正方形状であり、断面積100m
2のガラス管を用いた。このガラス管320内に、撥水性基板310における微小液滴レーザー400を設置した面310aに対して垂直方向から窒素ガスを流し込んだ。この状態で、レーザー発信器330から微小液滴レーザー400にナノ秒パルスレーザーを照射し、窒素ガスの流量を変化させながら蛍光スペクトルを測定して、レーザー特性について観測した。微小液滴レーザー400とレーザー発信器330の距離を5mmとした。
また、実施例9と同様にして、撥水性基板310における微小液滴レーザー400を設置した面310aに対して水平方向から窒素ガスを流し込んだ場合について、レーザー特性について観測した。
結果を、
図45~
図48に示す。
図45および
図46は、撥水性基板310における微小液滴レーザー400を設置した面310aに対して垂直方向から窒素ガスを流し込んだ場合にレーザー特性について観測した結果を示す図である。
図47および
図48は、撥水性基板310における微小液滴レーザー400を設置した面310aに対して水平方向から窒素ガスを流し込んだ場合にレーザー特性について観測した結果を示す図である。
図45および
図46に示す結果から、撥水性基板310における微小液滴レーザー400を設置した面310aに対して垂直方向から窒素ガスを流し込み、窒素ガスの流量を0mm/s~6.7mm/sの範囲で変化させた場合、レーザーピーク波長は不規則な時間変化の挙動を示すことが確認された。
図47および
図48に示す結果から、撥水性基板310における微小液滴レーザー200を設置した面310aに対して水平方向から窒素ガスを流し込み、窒素ガスの流量を0mm/s~5.0mm/sの範囲で変化させた場合、大きな時間変化の挙動が確認されなかった。
したがって、微小液滴レーザー400は、撥水性基板310における微小液滴レーザー400を設置した面310aに対する風向き(水平方向と垂直方向)によって、レーザーピーク波長の時間変化の挙動が異なるため、撥水性基板310の表面近傍の対流を検知できることが分かった。