(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022133697
(43)【公開日】2022-09-14
(54)【発明の名称】金属表面の改質処理方法
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20220907BHJP
B22D 17/22 20060101ALI20220907BHJP
B22C 9/06 20060101ALI20220907BHJP
B29C 33/38 20060101ALI20220907BHJP
【FI】
C23C26/00 D
B22D17/22 R
B22C9/06 D
B29C33/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021032535
(22)【出願日】2021-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】321001931
【氏名又は名称】株式会社堀越ラジエーター製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100098936
【弁理士】
【氏名又は名称】吉川 晃司
(74)【代理人】
【識別番号】100098888
【弁理士】
【氏名又は名称】吉川 明子
(72)【発明者】
【氏名】堀越 一輝
【テーマコード(参考)】
4E093
4F202
4K044
【Fターム(参考)】
4E093NA01
4F202AJ02
4F202AJ09
4F202AJ14
4F202AR06
4F202AR12
4F202AR20
4F202CA30
4F202CD01
4F202CD07
4F202CD22
4K044AA02
4K044AB10
4K044BA02
4K044BC06
4K044CA34
4K044CA36
(57)【要約】
【課題】金型のスライドのように、耐摩耗性と共に寸法精度と滑らかな表面が要求される部位の処理に適した金属表面の改質処理方法の提供。
【解決手段】金属の表面に放電被覆によりモリブデン(Mo)被膜を施し、その後に再結晶温度以下の熱処理に供し、最終段階で仕上げ磨きを実施することで、金属表面を、耐摩耗性と共に寸法精度と滑らかな表面が要求される部位の処理に適するよう改質できる。この改質処理方法では、処理後のモリブデン被膜の厚さが10μm以下で、ビッカース硬度HVが1200~1300、平均粗さ(Ra)が5μm以下、最大粗さ(Rt)が25μm以下を達成できる。また、モリブデン被膜の厚さは5μm以下にすることも可能となっている。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属の表面に放電被覆によりモリブデン被膜を施し、その後に再結晶温度以下の熱処理に供し、最終段階で仕上げ磨きを実施することを特徴とする金属表面の改質処理方法。
【請求項2】
請求項1に記載した金属表面の改質処理方法において、
処理後のモリブデン被膜の厚さが10μm以下で、ビッカース硬度HVが1200~1300、平均粗さ(Ra)が5μm以下、最大粗さ(Rt)が25μm以下であることを特徴とする改質処理方法。
【請求項3】
請求項2に記載した金属表面の改質処理方法において、
モリブデン被膜の厚さが5μm以下であることを特徴とする改質処理方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載した金属表面の改質処理方法において、
熱処理では300℃以上の熱を加えることを特徴とする改質処理方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載した金属表面の改質処理方法において、
金型の表面処理に適用することを特徴とする改質処理方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載した金属表面の改質処理方法において、
ガン型電動ハンドドリルを備えた放電被覆装置を用いて放電被覆を実施することを特徴とする改質処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は金属表面の改質処理方法に係り、特に、耐摩耗性と共に寸法精度と滑らかな表面が要求される部位の処理に適した金属表面の改質処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金型については、耐摩耗性の向上を目的として、表面の硬度を高めるために、硬質被膜でコーティングすることが一般的に行われており、具体的には、成型面の表面にニッケルメッキやクロームメッキ等の各種のメッキ、PVD、CVDによるセラミックコーティング、DLCコーティング等が行われている。
而して、金型の部材どうしが擦れ合うスライド面は、特に高い耐摩耗性が要求されている。
また、プラスチック成型品についてはその強度を強化するために、材料に添加するガラス繊維の量が年々増大しており、今後は30%以上になることも予想されており、ガラス繊維との接触により金型の成型面はより一層摩耗し易くなる。
【0003】
摩耗の進行は金型としての寿命を縮めることから、コスト意識の高まりにつれて、従来にも増して耐摩耗性が向上した金型を提供することが強く求められている。
これに対して、新たな被膜候補となる素材として、超硬合金として代表的なタングステンカーバイドが考えられる。タングステンカーバイドは、特許文献1に記載のような放電被覆法により希望する部位に被膜を作れることが知られている。
【0004】
しかしながら、タングステンカーバイド被膜は薄膜化が困難で、被膜の厚さが最低でも20~30μm程度になってしまう。放電被覆を金型に対して施す場合には、金型の製作後に必要な箇所だけを現場で行うことができるよう、通常はポータブルのガン型電動ハンドドリルを用いて手作業で行っているため、これだけの厚さになると被膜の厚さに個体差が出てしまう。そのため、被膜の厚さ分だけ予め減じた寸法設計で金型を設計しても、被覆後に金型の寸法精度を再現性良く確保することができない。
また、仕上げ磨きをしても表面がゴツゴツとしてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、金型のスライド面のように、耐摩耗性と共に寸法精度と滑らかな表面が要求される部位の処理に適した金属表面の改質処理方法を提供することを、その目的とする。
また、樹脂成型用の金型の成型面には、高温に加熱された樹脂から放出された腐食性のガスや付着物に対応できる耐食性の高いものが、アルミダイカスト用の金型の成型面には耐Al溶損性が求められているが、それらにも適した、金属表面の改質処理方法を提供することを、その目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、試行錯誤の結果、金属の表面に放電被覆によりモリブデン(Mo)被膜を施し、その後に再結晶温度以下の熱処理に供し、最終段階で仕上げ磨きを実施することで、金属表面を、耐摩耗性と共に寸法精度と滑らかな表面が要求される部位の処理に適するよう改質できることを見出し、本発明を完成するに至った。
この改質処理方法では、処理後のモリブデン被膜の厚さが10μm以下で、ビッカース硬度HVが1200~1300、平均粗さ(Ra)が5μm以下、最大粗さ(Rt)が25μm以下を達成できる。また、モリブデン被膜の厚さを5μm以下にすることも可能となっている。
なお、この改質処理方法は、金型の表面処理に適しているが、これに限定されるわけではない。
【0008】
本発明の金属表面の改質処理方法では、硬化の向上を確保するために、熱処理では300℃以上の熱を加えることが推奨される。
放電被覆装置には、ポータブルタイプのガン型電動ハンドドリルを備えたものがあるが、これを用いて放電被覆を実施できる。
【発明の効果】
【0009】
本発明の金属表面の改質処理方法は、耐摩耗性と共に寸法精度と滑らかな表面が要求される部位、例えば金型のスライドの表面処理に適している。また、耐食性、耐Al溶損性についても従来の金型と同様な性能が確保されており、樹脂成型用の金型の成型面、アルミダイカスト用の金型の成型面への適用も可能となっている。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の金属表面の改質処理方法を以下で詳細に説明する。
(処理対象)
金属の表面であり、求める特性が耐摩耗性、寸法精度、表面の滑らかさであることから、金型のスライドや成型面に適しているが、それに限定されない。
また、金属の素材は、ステンレス鋼、工具鋼等の各種の鉄系、更には非鉄合金系についても適用可能であり、金型用として従来から一般的に使用されている鉄系が含まれているので、本発明の改質処理方法を金型に適用するに際しては素材の変更は必要としない。但し、放電被覆の特性上、導電性は要求される。
放電被覆前には、必要に応じて、従来のコーティングした場合と同様に適宜前処理を行う。
【0012】
(被膜素材)
被膜素材は、モリブデン(Mo)である。
モリブデンはレアメタルの一種で、高硬度、高融点のため、単体では加工が非常に困難な金属である。そのため、鋼材の添加材として使用されることが多い。
放電被覆では放電により高融点の材料を瞬間的に溶融させることができるので、モリブデンを溶融させて金属の表面に施すことが可能になっている。
【0013】
[被覆方法]
放電被覆法を利用する。
従来からある放電加工法は、電極材と導電ワークの間に放電を発生させ、ワークを除去するための方法であり、通常電極消耗は少ないほど良かったが、この放電被覆法では、電極材と導電ワークの間に放電を発生させることは同じであるが、電極材を積極的に消耗させ、ワークに被膜を施すことを目的としている。電極材の材質は、導電ワークの材質や用途によって任意に選択可能になっており、本発明の表面改質処理方法では、モリブデンで電極材を構成する。その際、電極材としては、99.9%の純モリブデン材を使用することが推奨される。不純物が含まれると、改質先の金属の組織そのものが変化して、劣化の原因となるからである。
【0014】
放電被覆装置としては市販のものをそのまま利用でき、10,000~20,000℃までの加熱能力を有していれば、モリブデンは15,000℃程度で溶融するので、モリブデンの使用に対応できて、本発明の表面改質処理方法に用いることができる。
モリブデンを溶融させる際、導電ワークとなる金属表面側には温度上昇がほとんど見られないので歪みが発生することはない。
更に、放電被覆装置には、ポータブルタイプでコンパクトなので運搬が容易であり商業電源の有る所ならば何処でも使用することができるものがあり、これらは現場作業で金型の特定の金属表面を改質するのに適した装置になっている。
【0015】
このタイプの装置を用いた場合には、ガン型電動ハンドドリルの先端で電極材をクランプして、手作業で導電ワークの表面に溶融したモリブデンを乗せて塗布していくことになる。
そのため、塗布量には個体差が出るように思われるが、モリブデンの被膜は意外なことに一定以上は厚くなっていかない。モリブデンの表面は滑り易く、上層となる側が下層側に対して積み重ならずに気化してしまうためではないかと推測される。
従って、手作業であっても、金属の表面を隙間なく被覆するのに十分な時間放電被覆することで、厚くなり過ぎないでモリブデン被膜を施すことができる。
【0016】
放電被覆をして未だ仕上げ磨きをしていない状態でも、被膜の厚さは最大で10μm+α程度に収めることができる。
金型の表面の改質処理については、金型の全面に対して行う必要は無く、コスト面等を考慮すれば必要な箇所だけを選んで行うことになるが、手作業のため、簡単に対応できる。
【0017】
[熱処理方法]
放電被覆の後には、熱を加えて硬化を促す。
熱を加えることで、金属の表面に乗ったモリブデン被膜中のモリブデンが酸素と化合して酸化モリブデンになると共に、境界側が表面に冶金的に転移して確実に合金化する。再結晶により結晶粒子が粗大化すると却って硬度が低下することから、加熱温度は再結晶温度以下にする。
なお、硬化の発現を確実化するために、300℃以上で加熱することが推奨される。
【0018】
具体的な熱処理方法としては、電気炉内で400~500℃に加熱して保持したり、1000℃以上のガスバーナーで火炎処理を行ったりすることになる。電気炉を用いる場合には3時間以上になるが、ガスバーナ―を用いた場合には30分程度で収まる。このように、最適な処理時間は、処理装置の構造、更には被処理材の材質や形状に左右される。
いずれの条件下でも、共通するのは空気雰囲気での実施になっており、モリブデン被膜中のモリブデンが酸素と化合して酸化モリブデンになる。なお、酸化モリブデンは白鼠色を呈するので、肉眼での確認も可能になっている。
【0019】
[仕上げ磨き]
熱処理の後には、金型の表面は、仕上げ磨きをする。
通常の磨きなので、サンドブラスト(ショットピーニング)で、ガラスビーズを当てて仕上げている。なお、ガラスビーズに代えて、スチールビーズやカーボンビーズの使用も可能となっている。
【0020】
(表面改質面)
上記の処理により、金属の表面にモリブデン被膜が施された状態になり、表面が改質さされる。
通常の仕上げ磨きでは、モリブデン被膜の厚さが10μm以下で、ビッカース硬度HVが1200~1300、平均粗さ(Ra)が5μm以下、最大粗さ(Rt)が25μm以下が実現される。また、モリブデン被膜の厚さが5μm以下も実現される。
顕微鏡観察される断面により、表面改質面を特定することは難しいが、上記の特性により表面改質の有無は特定されることになる。
【0021】
金型の寸法精度では、10μm以下は寸法誤差の許容範囲になっているので、本発明の金属の表面改質処理方法は、金型の表面改質処理として利用できる。
しかも、モリブデン被膜の厚さが5μm以下も実現されており、対向する両面側にそれぞれモリブデン被膜を施しても合計で10μm以下となる。
また、被膜の組成から耐食性は保証されており、耐Al溶損性も既存の金型と同様な特性が得られることが実験的に確認されていることから、樹脂成型用やAlダイカスト用の金型の成型面への適用も期待できるものとなっている。
【実施例0022】
熱間工具鋼SKD61に常法で焼き入れ・焼き戻しを行い、角形の試験片(縦40mm×横40mm×高さ15mm)を製作した。この試験片の表面の全面にわたって、特許文献1の装置を用いて放電被覆処理を行い、モリブデン被膜を施した。その際、電極材として99.9%の純モリブデン材を用いて、15,000℃で溶融させた。
その後、電気炉内で500℃で5時間保持して硬化させた。その後に、通常の仕上げ磨きを行った。
【0023】
処理後の試験片は、
図1に示すようになった。
モリブデン被膜の厚さ:5μm
ビッカース硬度HV:1210
平均粗さ(Ra):3.282μm
最大粗さ(Rt):20.921μm
【0024】
また、試験片と未処理片を、アルミ合金の溶湯に浸漬したときの重量減少率、すなわち耐Al溶損性を比較したところ、試験片の方が溶損し難くなっていたことが確認された。