(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022133812
(43)【公開日】2022-09-14
(54)【発明の名称】高糖化力、低チロシナーゼ活性、且つ種麹生産に適した新規麹菌
(51)【国際特許分類】
C12N 1/14 20060101AFI20220907BHJP
C12R 1/69 20060101ALN20220907BHJP
【FI】
C12N1/14 A
C12R1:69
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021032713
(22)【出願日】2021-03-02
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】591108178
【氏名又は名称】秋田県
(71)【出願人】
【識別番号】593061905
【氏名又は名称】株式会社 秋田今野商店
(74)【代理人】
【識別番号】100184767
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々 健太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100098556
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々 紘造
(74)【代理人】
【識別番号】100137501
【弁理士】
【氏名又は名称】佐々 百合子
(72)【発明者】
【氏名】上原 健二
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 隆幸
(72)【発明者】
【氏名】中村 勇之介
(72)【発明者】
【氏名】小笠原 博信
(72)【発明者】
【氏名】今野 宏
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 勉
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA63X
4B065AC13
4B065AC20
4B065CA42
(57)【要約】
【課題】高品質な甘酒製造を可能とする高糖化力、低チロシナーゼ活性を有し、且つ高い種麹生産性を有する新規麹菌を提供すること。
【解決手段】麹菌Aspergillus oryzae NGA3株(NITE P-03363)。
本発明によれば、麹菌の親株であるAOK3006株と比較して、糖化に必要な十分な活性を有し、麹を製造したときの褐変性ははるかに少なく、本願出願人の同様な麹菌株であるCK33-3株と比較して、種麹の生産性が高く安定的な種麹の供給を可能にする、麹菌を提供できる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
麹菌Aspergillus oryzae NGA3株(NITE P-03363)。
【請求項2】
請求項1の麹菌の分生胞子からなる種麹。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規麹菌に関する。さらに詳しくは、得られる米麹の香味が優れ、麹を製造したときの褐変性が少なく、種麹の生産性も高い、特に甘酒製造に適した新規麹菌に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の発酵食品ブームを追い風に、全国で様々な甘酒が開発され、上市されている。甘酒の官能評価では、香りや味はもとより、見た目の白さも重視され、これらの官能特性は麹菌によるところが大きい。麹菌では、糖化力(グルコアミラーゼ活性+α-グルコシダーゼ活性、以下同じ)が高いものが甘みの強い甘酒を製造できること、さらには、チロシナーゼ活性が低いものほど色調が白い甘酒が製造できることが知られている。したがって、高品質な甘酒製造を行うためには、糖化力が高く、且つチロシナーゼ活性が低い麹菌の開発が求められているが、このような麹菌は、既に、出願人により、既存の麹菌からトランスポゾン転移を利用して人工変異体を多数取得し、この人工変異体からチロシナーゼ活性等を指標にスクリーニングすることで、取得され実用化されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
甘酒を始めとする清酒、味噌、醤油などの発酵食品製造に麹菌を使用する際には、麹の素となる、麹菌の分生胞子を主成分とする種麹を使用するケースがほとんどである。しかしながら、出願人により実用化された高糖化力且つ低チロシナーゼ活性を有する麹菌(特許文献1のCK33-3株)は分生胞子形成能が弱いため、種麹生産性が低く、発酵食品製造メーカーへの種麹供給も不安定なものとなっている。
【0005】
したがって本発明の目的は、高品質な甘酒製造を可能とする高糖化力、低チロシナーゼ活性を有し、且つ高い種麹生産性を有する新規麹菌を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、本発明者は、糖化力の高いAOK3006株(本願出願人が保有する未公開株)を親株として、トランスポゾン変異をおこす際のストレス条件を検討し、さらに得られた変異株を培養する培地及びスクリーニング方法を検討して、高糖化力を維持しつつ、チロシナーゼ活性が低く、種麹生産性が向上した変異株を選抜することに成功し、本発明に到達した。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
1.麹菌Aspergillus oryzae NGA3株(NITE P-03363)。
2.請求項1の麹菌の分生胞子からなる種麹。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、麹菌の親株であるAOK3006株と比較して、糖化に必要な十分な活性を有し、麹を製造したときの褐変性ははるかに少なく、本願出願人の同様な麹菌株であるCK33-3株と比較して、種麹の生産性が高く安定的な種麹の供給を可能にする、麹菌を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】変異株を用いて製造した麹の、褐変性(上)とチロシナーゼ相対活性(下)を示した。AOK3006は親株、CK33-3(CK33)は報告済みの麹菌株でコントロールである。その他は今回作成した変異株である。
【
図2】実用スケールで製造したときの、本発明の麹菌で製造した麹のチロシナーゼ相対活性を示した。
【
図3】実用スケールで製造したときの、本発明の麹菌で製造した麹の糖化力(グルコアミラーゼ活性+α-グルコシダーゼ活性)とα-アミラーゼ活性を示した。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明を詳細に説明する。
1.本発明の麹菌について
本発明の麹菌Aspergillus oryzae NGA3株(以下、麹菌NGA3株、又は単にNGA3株)は、出願人が保有している未公開株である麹菌AOK3006株を変異させたものの中から本発明の目的に沿って選抜してきた麹菌株である。親株の麹菌AOK3006株と同じく、甘酒の香味に大きく寄与するとされる糖化力、でんぷんを溶解するα-アミラーゼ活性が高く、糖化に必要な十分な活性を有する。しかも親株と異なり、親株と比して褐変性の原因となるチロシナーゼ活性が低く、麹を製造したときの褐変性が低い。糖化力は、約90%精米した原料米を用いて、引込温度30~35℃で20~24時間程度培養後、手入れを行い、さらに30℃で20~24時間程度培養することで麹を製造したときに、400~800U/g乾燥麹である。同様に製造したときの、チロシナーゼ相対活性は、親株であるAOK3006株との相対値で0.2~0.6、CK-33株との相対値で0.4~1.2の間である。
同様な麹菌株CK33-3株を、出願人が以前に報告しているが(特許文献1参照)、驚くべきことに、本発明の麹菌株は、この麹菌株と比較して、種麹の生産性が2倍以上、より具体的には2~3倍程度である。例えば、おなじ120kgの玄米を用いた場合、CK33-3株では2.0kgの種麹しか生産できないのに対し、本発明の麹菌を使うと4.4kg生産できることとなり、その効果は非常に大きい。
さらにCK33-3株と比べ、本発明の麹菌株を用いて甘酒を製造すると、米麹の粒が残りにくいことも分かっている
【0010】
2.本発明の麹菌株の取得
麹菌変異株を作成し、そこから目的とする麹菌株をスクリーニングして、本発明の麹菌株を取得する。
【0011】
(1)内在性トランスポゾンの転移を利用した麹菌変異株の作成
麹菌AOK3006株は、出願人が保有している未公開株で、通常の麹菌に比して、甘酒の香味に大きく寄与するとされる糖化力、でんぷんを溶解するα-アミラーゼ活性が高い。しかしながら、この株は褐変という欠点がある。このAOK3006株を親株として、糖化に必要な十分な活性を維持しつつ、麹を製造する際に褐変しにくく、種麹の生産性が高い変異株の取得を目指す。
麹菌の人工的な突然変異体を得る方法としては、放射線や紫外線を照射する方法、化学薬品による方法等種々の方法が試みられているが、内在性トランスポゾンの転移を利用して変異株の取得を行う方法が知られている。トランスポゾン遺伝子は1~2kbpのユニットからなり、両端に20~30bpの逆向きの反復配列TIRとその外側に2~10bp程度の同方向の反復配列TSDを有し、Transposaseをコードする配列がTIR内部領域に位置する構造をとっている。転移の際はTransoposaseがTIRを認識して、ゲノムからトランスポゾンを切り出して他の位置に挿入すると推測されている。麹菌のトランスポゾン遺伝子Crawlerは既に報告されており、実用的な研究例もいくつかなされている(参考文献1:小笠原,日本醸造協会誌,Vol.105(6),p334-342(2010)。参考文献2:小笠原ら,秋田県総合食品研究センター報告,No.15,p19-28(2013),http://www.arif.pref.akita.jp/download/houkoku/houkoku15.pdf)。
AOK3006株は活性型DNAトランスポゾンCrawlerを多コピー有し、分生胞子への強いストレス処理によりCrawlerが転移する。そこで、AOK3006株に対し、麹菌トランスポゾンCrawlerによる変異を行って、変異株バンクを作成する。
本発明の、AOK3006株のトランスポゾン変異は、例えば熱や化学薬品によるストレス処理やこれらの組み合わせで処理をすることにより行う。化学薬品としては、通常銅イオン、過酸化水素や、pH3.0程度の酸処理が挙げられ、銅イオンが好ましい。化学薬品による処理は、例えば、親株の分生胞子の濃度が約105~107個/mlになるように調整した分生胞子懸濁液に、化学薬品を加え、27~35℃で、4~8時間振盪する。化学薬品の濃度は、通常、銅イオンの場合は約15~40mM、より好ましくは30~40mM、過酸化水素の場合は0.05~0.2%、酢酸ナトリウム緩衝液(pH3.0)の場合は0.2Mにて処理を行う。熱処理は通常50~52℃で6~8時間振盪することにより行う。
なお、特許文献1でも麹菌トランスポゾンCrawlerによる変異を行って変異株を取得しているが、同じストレス条件であれば、同じ変異株が取得できるというものではなく、さらにストレス条件を調整すれば、より異なった変異株が取得できると期待される。本願発明では、ストレス条件について検討して、特許文献1と比べて銅イオン濃度を高い方向に振ることで、目的の麹菌変異株の作成を期待する。
【0012】
(2)選抜培養
ストレス処理済み分生胞子懸濁液を、過塩素酸カリウムを含有した最少寒天培地(CD-KClO3、KClO3を含むCzapek-Dox培地)に塗布し、30℃にて7~14日培養する。生育してきた単独コロニーをランダムに採取し新たなCD-KClO3に植菌し、増殖後、トランスポゾン変異候補株として保存する(麹菌変異株バンク)。
今回使用した培地は、硝酸還元酵素(nitrate reductase(niaD))欠損株選択培地の1種である。硝酸還元酵素欠損株選択培地で生育してくる耐性株は通常窒素代謝に何らかの変異が導入されている可能性が高いが、同時にチロシナーゼ活性低減株が取得される可能性も高い(参考文献3:特開2003-339370号公報)。本願発明では、変異株を、硝酸還元酵素欠損株選択培地である、過塩素酸カリウムを含有した選択培地で培養することで、より目的に沿う麹菌株を選択的に培養する。
前記AOK3006株トランスポゾン変異株のうち、選択培地での生育が良い株、もしくは分生胞子形成がみられた菌糸をコレクションする。生育の良い株をコレクションすることで、生産性の高い麹菌株を取得できる。
【0013】
(3)麹菌変異株のスクリーニング
作成したAOK3006変異株バンクから、まずチロシナーゼ活性を指標として一次スクリーニングを行う。チロシナーゼ活性は麹菌における褐変と相関があることが知られており、活性が低いほど麹や甘酒の褐変が少ない。
(I)少量麹の製造
麹菌の実用に伴う酵素活性の多くは米麹培養特異的なものが多く、特に今回目的としたチロシナーゼはその例であり、米麹を作成しての評価が必須である。しかしながら、従来のシャーレや麹蓋を用いる麹製造はスペースや機材の関係からスクリーニングには向いてない。そこで、本発明者は、使い捨ての50mlコニカルチューブを用いた少量麹製造法について検討した。すなわち、ポテト・デキストロース寒天培地(PDA)プレートに生育させた麹菌の分生胞子を滅菌したマイクロスパーテルで一定量採取後、0.01%(W/V)Tween80溶液に懸濁し、胞子懸濁液を調製した。α化米3gをコニカルチューブに入れ、水分が35%前後となるように胞子懸濁液を加え、水分が均一になるようよく攪拌した。コニカルチューブのキャップを軽くしめ、30℃で20~24時間培養後、キャップの代わりにセルロースフィルターで蓋をして、さらに24時間程度培養を行った。このようにして得られた麹のチロシナーゼ活性は、現場での麹製造と比べると値は高くでてしまうものの、低チロシナーゼ活性変異株をスクリーニングするには十分であった。これにより、目標であったトランスポゾン変異株バンクをスクリーニングするための律速となる方法を確立することができた。
なお、特許文献1と比較し、米を毎回蒸すのではなく、α化米を使用することで、品質が安定化するので、結果の精度が上がり、チロシナーゼ活性のより低いものを選抜できるようになる。
(II)チロシナーゼ活性の測定
以下の2つの方法で測定し候補株を絞り込む。
まず、米麹に、チロシナーゼの基質のDOPA(ジヒドロキシフェニルアラニン(Dihydroxyphenylalanine))を加えて、酵素反応後の褐変度合いを目視で評価することで、候補株を絞り込む。
次に、絞り込まれた候補株の米麹をビーズで破砕した後、遠心して上清を回収し、DOPA(ジヒドロキシフェニルアラニン(Dihydroxyphenylalanine))を加え、酵素反応後の吸光度を測定することで、チロシナーゼ活性を測定し、さらに、候補株を絞り込む。
このようにして、本発明の麹菌NGA3株を取得する。
【0014】
3.本発明の麹菌株の種麹
種麹とは、麹を製造するときに、蒸した原料に散布して用いるもので、麹菌の分生胞子を主成分とする。本発明の種麹には、この分生胞子の他、例えば、αでんぷんなどの増量剤が混合していてもよいし、麹菌の分生胞子以外の一部が混ざっていてもよい。
種麹は米を原料に麹菌を培養し、分生胞子を十分に着生させた後、乾燥させて製造する。
【0015】
4.本発明の麹菌、種麹を用いて得られた麹
本発明の麹は、本発明の麹菌、種麹のいずれか又は両方を用いて製造する。蒸米に麹を混ぜて麹を製造してもよいし、蒸米に麹菌を植えて製造してもよいし、蒸米に本発明の麹菌株の種麹を散布して麹を製造してもよい。ただし、麹を製造する際、一般的には種麹が用いられることが多い。
【0016】
5.本発明の麹菌を使用した加工食品
本発明の麹菌又は種麹を使用して得られた麹を原料に含む加工食品には、例えば、甘酒、清酒、味噌、醤油、麹漬、甘酒配合飲料等が含まれ、さらに、麹を利用する飯寿司や魚醤油などの水産加工食品も含まれる。製造工程に発酵工程が含まれる加工食品に限らず、調味料や味付けに麹を使用するものも含む。
本発明の麹菌を用いて甘酒を製造するには、従来の麹菌と全く同様の方法で差し支えない。麹菌は、単独で甘酒用の種麹として使用可能であることはもちろんのこと、目的に応じて他の麹菌と併用しても差し支えない。
このようにして得られる甘酒においては、褐変が少なく、甘酒自体の色調も良好で、甘さも十分あり、高品質なものに仕上がる。
また甘酒以外の加工食品を、本発明の麹菌を用いて製造する場合も、従来公知の製造方法そのままで差し支えない。
【実施例0017】
実施例1 麹菌変異株バンクの調製
(1) 親株(AOK3006)分生胞子の調製
AOK3006株の分生胞子をポテト・デキストロース寒天培地(PDA)に塗布し、30℃で7~10日間培養した。分生胞子が生育したPDA上の麹菌体を0.1%Tween80溶液で懸濁した後、ミラクロスで麹菌糸や寒天培地などをろ過し、ろ液である分生胞子懸濁液を回収した。回収した分生胞子懸濁液に滅菌水を加え、遠心分離後、上清を除去する。滅菌水にて数回洗浄後、滅菌水に再懸濁して分生胞子の濃度が約106個/mlとなるように調整し、分生胞子懸濁液とした。
【0018】
(2) ストレス処理(トランスポゾン転移)
ストレス処理は銅イオンを添加することで行った。銅イオン処理は、分生胞子懸濁液に硫酸銅(CuSO4)を18mM、または33mMとなるように添加し、30℃で振盪培養した。終了後、0.01%Tween80溶液で洗浄し、遠心分離を行う。さらに、回収した分生胞子を滅菌水で数回洗浄し、滅菌水に再度懸濁して銅イオン・ストレス処理済み分生胞子懸濁液とした。
上記の処理で、18mM処理区では生存率が20%前後、33mM処理区では0.1~3%となる。一般的に変異処理による生存率が低い方が遺伝子変異が起こっている可能性が高く、33mM処理区の方が、トランスポゾン転移がより多くおこっていると考えられる。したがって、より生存率の低い33mMの銅イオン・ストレス処理済み分生胞子懸濁液中に、トランスポゾンが転移した分生胞子が存在する可能性が高い。
【0019】
(3) 選抜培養
33mMの方のストレス処理済み分生胞子懸濁液を、過塩素酸カリウムを含有した最少寒天培地(CD-KClO3;6.13% 過塩素酸カリウム含有Czapek-Dox培地(CD培地))(0.19% グルタミン酸ナトリウム、1.0%グルコース、0.1%リン酸水素二カリウム、0.1%、0.05%硫酸マグネシウム、0.05%塩化カリウム、0.0001% 硫酸鉄(II)七水和物、0.0088% 硫酸亜鉛(II)七和物、0.00004% 硫酸銅(II)五水和物、0.00002% 硫酸マンガン(II)五水和物、0.00001% 四ホウ酸ナトリウム十水和物、0.00001% モリブデン(VI)酸アンモニウム四水和物)に塗布し、30℃にて7~14日培養した。生育してきた単独コロニーをランダムに採取し新たなCD-KClO3に植菌し、増殖後、トランスポゾン変異候補株として保存した。(麹菌変異株バンク)
【0020】
実施例2 麹菌変異株バンクからの低チロシナーゼ活性株のスクリーニング
(1) 麹菌変異株バンクに含まれる麹菌の米麹作成
麹菌変異バンクの分生胞子懸濁液を24穴プレートに作成したポテト・デキストロース寒天培地(PDA)に植菌し、30℃で5~7日間培養した。生育した麹菌の分生胞子を滅菌したマイクロスパーテルで一定量採取後、0.01%(W/V)Tween80溶液に懸濁し、胞子懸濁液を調製した。α化米3gをコニカルチューブに入れ、水分が35%前後となるように胞子懸濁液を加え、水分が均一になるよう良く攪拌した。攪拌後、コニカルチューブのキャップを軽くしめ、30℃で20~24時間培養した後、キャップの代わりにセルロースフィルターで蓋をして、さらに24時間程度培養を行い、米麹を作成した。
(2) 低チロシナーゼ活性株のスクリーニング
得られた米麹のチロシナーゼ活性を評価し、チロシナーゼ活性の低い候補株のスクリーニングを行った。
まず、酵素活性評価を、米麹に10%エタノールを含むDOPA(ジヒドロキシフェニルアラニン(Dihydroxyphenylalanine)、チロシナーゼの基質)を加えて、40℃での褐変度合い([
図1]上)を目視で評価することで行った。褐変度合いの少ないものを、候補株として絞り込んだ。
次に、絞り込んだ候補株の米麹の破砕抽出液(0.5%NaClを含む20mM酢酸ナトリウム緩衝液、pH5.0、破砕はビーズで行った)を調整し、DOPAを含む酵素反応液を加え、酸化活性を測定した。結果を親株に対する相対活性として示した([
図1]下)。活性の低いものを選んで、候補株をさらに絞り込んだ。
両測定の対照として、チロシナーゼ活性が低い麹菌CK33-3株(特許文献1)を用いた。また、NGA1、8、10は他の候補変異株である。
[
図1]より、親株であるAOK3006よりもチロシナーゼ相対活性や目視での褐変度合いが低く、低チロシナーゼ活性株であるCK33-3株と同程度の酵素活性を示す株(NGA3株)が1株認められた。
このようにして、チロシナーゼ活性が低い株を選抜することが可能であった。
【0021】
実施例3 優良選抜株の種麹製造試験
実施例2においてチロシナーゼ相対活性が低かったNGA3株を用いて、種麹製造試験を行った。種麹の製造は以下の通り行った。
精米歩合97~98%となるように玄米を精米し、洗米後、十分量の水で浸漬した。水切り後、高圧滅菌釜内で蒸し、放冷した。フラスコ培養した種麹原菌を放冷した蒸米に散布し、種麹が均一になるようよく撹拌した。30~35℃で一晩静置後、滅菌した木製麹ブタに入れ、製麹前半は麹菌の増殖を目的とした品温管理(35℃前後)、製麹後半は麹菌の分生子形成を促すことを目的とした品温・湿度管理(品温30℃前後、飽和湿度)を行いながら5~6日間製麹した。製麹後の麹を水分10%以下になるまで乾燥後、篩いにかけて菌糸や穀粒を除き、分生胞子のみ回収した。得られた分生胞子の重量を、使用した玄米の重量で割って、種麹の生産性とした。すなわち、「種麹の生産性=分生胞子の重量/使用した玄米の重量」である。
最終的に分生胞子に、増量剤としてαでんぷん(米でんぷん、もしくは馬鈴薯でんぷん)を加えることで、種麹を作製した。
各麹菌の種麹の生産性を[表1]に示した。これまで得られている高糖化力且つ低チロシナーゼ活性を有する麹菌であるCK33-3株に比べて、NGA3株の種麹生産性は2倍以上高いことが明らかとなった。
【表1】
【0022】
実施例4 優良選抜株の実用麹製造試験
種麹製造試験で得られた種麹を、90%精米から調製した蒸米1.8kgに接種して、麹蓋を用いた定法にしたがって麹製造試験を行った。製麹作業工程上の問題点も特になく、対照株であるCK33-3とも同調して作業を進めることができた。
製造した麹のチロシナーゼ相対活性を実施例2と同様に測定したが、NGA3株を用いた米麹のチロシナーゼ相対活性は、低チロシナーゼ活性株であるCK33-3並みに低く([
図2])、出麹の状貌も白く仕上がっていた。
さらに、糖化力(グルコアミラーゼ活性+α-グルコシダーゼ活性)、α-アミラーゼ活性評価を以下のようにして行った。すなわち、国税庁所定分析法に準じて麹10gを50mlの20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.0、0.5%NaCl)にて室温で3時間抽出し、活性測定用酵素抽出液を調製した後、キッコーマンバイオケミファ社製醸造分析キット(糖化力測定キット:商品コード60211、α-アミラーゼ測定キット:商品コード60213)にて糖化力およびα―アミラーゼの活性測定を行った([
図3])。[
図3]より、対照株であるCK33に比べると若干酵素活性が低下しているが、いずれも高い活性値を示し、でんぷんを甘さの素であるグルコースに変換する能力は十分であった。
さらに、CK33-3株を用いた市販麹8点(A~H)を対照として官能評価を行った([表2])。官能評価パネルは8名で、評価項目は、色、ハゼ込み、香り、味、手ざわりの5つ、評価は5点法(1:非常によい 2:よい 3:普通 4:難あり 5:非常に難あり)で行い、平均値を計算した。評点が低いほど評価の高い麹となる。
[表2]のとおり、NGA3株を用いた米麹の評点は2.4と「普通~よい」の評価で、順位も2位であり、品質的には他のCK33-3株を使用した市販麹と比較してもそん色ないものであった。
【表2】
【0023】
実施例5 優良選抜株を用いた甘酒製造試験および官能試験
実施例3において作成した米麹を用いて、甘酒製造試験を行った。甘酒は、米麹100gに水200gを加え、58℃で4時間保温することで調製した。甘酒のBrix糖度、グルコース濃度は対照株であるCK33-3と同等で、十分な糖化が行われていた([表3])。
【表3】
さらに、CK33-3株を用いた市販麹8点(A~H)を用いて同様に甘酒を調製し、それを対照として官能評価を行った([表4])。官能評価パネルは8名で、評価項目は、外観、香味の2つ、評価は5点法(1:非常によい 2:よい 3:普通 4:難あり 5:非常に難あり)で行い、それらの平均値を計算した。評点が低いほど評価の高い甘酒となる。[表4]のとおり、NGA3株を用いた甘酒の評点は2.4と「普通~よい」の評価で、順位も3位であり、品質的にはCK33を使用した市販麹を用いて調製した他の甘酒と比較してもそん色ないものであった。
【表4】
本発明によれば、糖化に必要な十分な活性を有し、褐変性が少なく、種麹の生産性の高い麹菌を提供することができるので、特に、甘酒用の種麹の製造、甘酒の製造に有用である。