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特開2022-133882イオン注入装置および静電四重極レンズ装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022133882
(43)【公開日】2022-09-14
(54)【発明の名称】イオン注入装置および静電四重極レンズ装置
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/12 20060101AFI20220907BHJP
   H01J 37/317 20060101ALI20220907BHJP
   G21K 5/04 20060101ALI20220907BHJP
   H05H 9/00 20060101ALI20220907BHJP
   H01L 21/265 20060101ALI20220907BHJP
【FI】
H01J37/12
H01J37/317 Z
G21K5/04 A
H05H9/00 B
H01L21/265 603B
H01L21/265 603Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】20
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021032815
(22)【出願日】2021-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】000183196
【氏名又は名称】住友重機械イオンテクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(74)【代理人】
【識別番号】100116274
【弁理士】
【氏名又は名称】富所 輝観夫
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 玄
(72)【発明者】
【氏名】稲田 耕二
(72)【発明者】
【氏名】河合 駿
【テーマコード(参考)】
2G085
5C101
【Fターム(参考)】
2G085AA03
2G085AA18
2G085BA06
2G085BA08
2G085BA15
2G085BD01
2G085BE06
2G085EA08
5C101AA25
5C101CC04
5C101EE04
5C101EE13
5C101EE28
5C101EE65
5C101EE67
5C101FF02
(57)【要約】
【課題】静電四重極レンズ装置に含まれる電極体や電極体を支持する絶縁部材への汚れの付着を抑制し、ビームラインの真空度を向上させる。
【解決手段】静電四重極レンズ装置は、ビームラインBLを挟んで、ビームラインBLが延びる軸方向と直交する径方向に対向し、軸方向および径方向の双方と直交する周方向に間隔をあけて配置される複数のレンズ電極82と、複数のレンズ電極82のビームライン上流側を被覆し、軸方向に開口するビーム入射口92aを有する上流側カバー電極84aと、複数のレンズ電極82のビームライン下流側を被覆し、軸方向に開口するビーム出射口92bを有する下流側カバー電極84bと、を備える。上流側カバー電極84aおよび下流側カバー電極84bの少なくとも一方は、径方向に開口する少なくとも一つのガス排出口94a,94b,96a,96bを有する。
【選択図】図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンビームを加速するための高エネルギー多段線形加速ユニットを備えるイオン注入装置であって、前記高エネルギー多段線形加速ユニットは、前記イオンビームが進行するビームラインに沿って設けられる複数段の高周波加速部と、前記ビームラインに沿って設けられる複数段の静電四重極レンズ装置と、を備え、
各段の静電四重極レンズ装置は、
前記ビームラインを挟んで、前記ビームラインが延びる軸方向と直交する径方向に対向し、前記軸方向および前記径方向の双方と直交する周方向に間隔をあけて配置される複数のレンズ電極と、
前記複数のレンズ電極のビームライン上流側を被覆し、前記軸方向に開口するビーム入射口を有する上流側カバー電極と、
前記複数のレンズ電極のビームライン下流側を被覆し、前記軸方向に開口するビーム出射口を有する下流側カバー電極と、を含み、
前記複数段のうち少なくとも一段の静電四重極レンズ装置に含まれる前記上流側カバー電極および前記下流側カバー電極の少なくとも一方は、前記径方向に開口する少なくとも一つのガス排出口を有することを特徴とするイオン注入装置。
【請求項2】
前記少なくとも一つのガス排出口は、前記複数のレンズ電極よりも前記ビームラインから前記径方向に離れた位置に設けられることを特徴とする請求項1に記載のイオン注入装置。
【請求項3】
前記少なくとも一つのガス排出口は、前記複数のレンズ電極のそれぞれに対して前記周方向にずれた位置に設けられることを特徴とする請求項1または2に記載のイオン注入装置。
【請求項4】
前記少なくとも一つのガス排出口は、前記複数のレンズ電極の少なくとも一つに対して前記周方向に45度ずれた位置に設けられることを特徴とする請求項3に記載のイオン注入装置。
【請求項5】
前記少なくとも一つのガス排出口は、前記周方向に異なる位置に設けられる複数のガス排出口を含むことを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項6】
前記少なくとも一つのガス排出口は、前記周方向に延びるスリットとして形成されることを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項7】
前記少なくとも一つのガス排出口は、メッシュ、または、微小開口アレイとして形成されることを特徴とする請求項1から5のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項8】
前記各段の静電四重極レンズ装置は、前記複数のレンズ電極のそれぞれを支持する複数の絶縁部材をさらに含み、前記複数の絶縁部材のそれぞれは、対応するレンズ電極から径方向外側に延びるように設けられ、
前記少なくとも一つのガス排出口の前記軸方向の位置は、前記複数のレンズ電極の前記軸方向の端部の位置と前記複数の絶縁部材の前記軸方向の位置の間であることを特徴する請求項1から7のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項9】
前記各段の高周波加速部は、前記イオンビームが通過する中空の円筒状の高周波電極と、前記高周波電極から径方向外側に延在するステムと、前記ステムを介して前記高周波電極に接続する高周波共振器と、前記ステムを支持する絶縁部材と、を含み、
前記少なくとも一つのガス排出口は、前記カバー電極と前記軸方向に隣接する高周波電極から延在する前記ステムに対して前記周方向にずれた位置に設けられることを特徴とする請求項1から8のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項10】
前記少なくとも一つのガス排出口は、前記ステムに対して前記周方向に45度以上ずれた位置に設けられることを特徴とする請求項9に記載のイオン注入装置。
【請求項11】
前記少なくとも一つのガス排出口は、前記ステムに対して前記周方向に90度ずれた位置に設けられる第1ガス排出口と、前記ステムに対して前記周方向に180度ずれた位置に設けられる第2ガス排出口と、前記ステムに対して前記周方向に270度ずれた位置に設けられる第3ガス排出口と、を含むことを特徴とする請求項9に記載のイオン注入装置。
【請求項12】
前記各段の静電四重極レンズ装置は、前記複数のレンズ電極および前記カバー電極を支持するベースプレートと、前記ベースプレートから前記軸方向に延在し、前記高エネルギー多段線形加速ユニットの真空槽に固定される取付部と、をさらに含み、
前記少なくとも一段の静電四重極レンズ装置に含まれる前記取付部は、前記真空槽内のガスを通過させる切り欠きを有することを特徴とする請求項1から11のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項13】
前記切り欠きは、前記ビームラインと、前記真空槽に接続される真空排気装置との間に設けられることを特徴とする請求項12に記載のイオン注入装置。
【請求項14】
前記切り欠きは、メッシュとして、または、微小開口アレイとして形成されることを特徴とする請求項12または13に記載のイオン注入装置。
【請求項15】
前記切り欠きを有する静電四重極レンズ装置は、別の静電四重極レンズ装置と前記軸方向に隣接して配置されることを特徴とする請求項12から14のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項16】
前記少なくとも一段の静電四重極レンズ装置は、前記高エネルギー多段線形加速ユニットの最上段から所定数の段までの少なくとも一段に設けられることを特徴とする請求項1から15のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項17】
前記高エネルギー多段線形加速ユニットは、多価イオンを含む前記イオンビームを加速することを特徴とする請求項1から16のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項18】
前記高エネルギー多段線形加速ユニットは、前記イオンビームを4MeV以上に加速することを特徴とする請求項1から17のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項19】
前記複数段の高周波加速部は、10段以上であり、前記複数段の静電四重極レンズ装置は、10段以上であることを特徴とする請求項1から18のいずれか一項に記載のイオン注入装置。
【請求項20】
ビームラインを挟んで、前記ビームラインが延びる軸方向と直交する径方向に対向し、前記軸方向および前記径方向の双方と直交する周方向に間隔をあけて配置される複数のレンズ電極と、
前記複数のレンズ電極のビームライン上流側を被覆し、前記軸方向に開口するビーム入射口を有する上流側カバー電極と、
前記複数のレンズ電極のビームライン下流側を被覆し、前記軸方向に開口するビーム出射口を有する下流側カバー電極と、を備え、
前記上流側カバー電極および前記下流側カバー電極の少なくとも一方は、前記径方向に開口する少なくとも一つのガス排出口を有することを特徴とする静電四重極レンズ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン注入装置および静電四重極レンズ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造工程では、半導体の導電性を変化させる目的、半導体の結晶構造を変化させる目的などのため、半導体ウェハにイオンを注入する工程(イオン注入工程ともいう)が標準的に実施されている。イオン注入工程で使用される装置は、イオン注入装置と呼ばれる。ウェハの表面近傍に注入されるイオンの所望の注入深さに応じて、イオンの注入エネルギーが決定される。比較的深い領域への注入には高エネルギー(例えば、1MeV以上)のイオンビームが使用される。
【0003】
高エネルギーのイオンビームを出力可能なイオン注入装置では、多段式の高周波線形加速装置(LINAC)を用いてイオンビームが加速される。高周波線形加速装置は、例えば、イオンビームを加速させるための複数段の高周波加速部と、イオンビームを収束させるための複数段の静電四重極レンズ電極とを含む。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第5504341号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
最近では、さらに深い領域への注入のために、超高エネルギー(例えば、4MeV以上)のイオンビームが求められている。超高エネルギーのイオンビームを生成するためには、高周波加速部に印加する加速電圧をより大きくし、レンズ電極に印加する収束/発散電圧もより大きくする必要がある。レンズ電極に印加される電圧が大きくなると、電極間で放電が発生しやすくなる。特に、レンズ電極などの電極体にイオンビームが衝突することによって電極体がスパッタされ、スパッタされた物質が電極体や電極体を支持する絶縁部材に付着して汚れると、放電がより発生しやすくなる。また、超高エネルギーのイオンビームを生成するために多価イオンを使用することがあるが、ビームラインの真空度が低下すると、多価イオンは、ビームラインに残留するガスと相互作用して価数を下げやすい傾向にある。
【0006】
本発明のある態様の例示的な目的は、静電四重極レンズ装置に含まれる電極体や電極体を支持する絶縁部材への汚れの付着を抑制し、ビームラインの真空度を向上させる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある態様のイオン注入装置は、イオンビームを加速するための高エネルギー多段線形加速ユニットを備えるイオン注入装置であって、高エネルギー多段線形加速ユニットは、イオンビームが進行するビームラインに沿って設けられる複数段の高周波加速部と、ビームラインに沿って設けられる複数段の静電四重極レンズ装置と、を備える。各段の静電四重極レンズ装置は、ビームラインを挟んで、ビームラインが延びる軸方向と直交する径方向に対向し、軸方向および径方向の双方と直交する周方向に間隔をあけて配置される複数のレンズ電極と、複数のレンズ電極のビームライン上流側を被覆し、軸方向に開口するビーム入射口を有する上流側カバー電極と、複数のレンズ電極のビームライン下流側を被覆し、軸方向に開口するビーム出射口を有する下流側カバー電極と、を含む。複数段のうち少なくとも一段の静電四重極レンズ装置に含まれる上流側カバー電極および下流側カバー電極の少なくとも一方は、径方向に開口する少なくとも一つのガス排出口を有する。
【0008】
本発明の別の態様は、静電四重極レンズ装置である。この装置は、ビームラインを挟んで、ビームラインが延びる軸方向と直交する径方向に対向し、軸方向および径方向の双方と直交する周方向に間隔をあけて配置される複数のレンズ電極と、複数のレンズ電極のビームライン上流側を被覆し、軸方向に開口するビーム入射口を有する上流側カバー電極と、複数のレンズ電極のビームライン下流側を被覆し、軸方向に開口するビーム出射口を有する下流側カバー電極と、を備える。上流側カバー電極および下流側カバー電極の少なくとも一方は、径方向に開口する少なくとも一つのガス排出口を有する。
【0009】
なお、以上の構成要素の任意の組み合わせや本発明の構成要素や表現を、方法、装置、システムなどの間で相互に置換したものもまた、本発明の態様として有効である。
【発明の効果】
【0010】
本発明のある態様によれば、静電四重極レンズ装置に含まれる電極体や電極体を支持する絶縁部材への汚れの付着を抑制し、ビームラインの真空度を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】実施の形態に係るイオン注入装置の概略構成を示す上面図である。
図2図2(a)~(c)は、線形加速装置の概略構成を示す断面図である。
図3図3(a),(b)は、静電四重極レンズ装置の概略構成を示す正面図である。
図4】高周波加速部の概略構成を示す断面図である。
図5】実施の形態に係る線形加速装置の構成を詳細に示す断面図である。
図6】実施の形態に係る真空槽の配置を示す断面図である。
図7】上流側から見たレンズユニットの一例を示す外観斜視図である。
図8】下流側から見た図7のレンズユニットを示す外観斜視図である。
図9図7のレンズユニットの内部構成を詳細に示すビームラインに沿った断面図である。
図10図7のレンズユニットの内部構成を詳細に示すビームラインに直交する断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を適宜省略する。また、以下に述べる構成は例示であり、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【0013】
実施の形態を詳述する前に概要を説明する。本実施の形態は、高エネルギー用のイオン注入装置に関する。イオン注入装置は、イオン源で生成したイオンビームを高周波線形加速装置により加速させ、加速して得られた高エネルギーのイオンビームをビームラインに沿って被処理物(例えば基板またはウェハ)まで輸送し、被処理物にイオンを注入する。
【0014】
本実施の形態における「高エネルギー」とは、1MeV以上、4MeV以上または10MeV以上のビームエネルギーを有するイオンビームのことをいう。高エネルギーのイオン注入によれば、比較的高いエネルギーで所望の不純物イオンがウェハ表面に打ち込まれるので、ウェハ表面のより深い領域(例えば深さ5μm以上)に所望の不純物を注入することができる。高エネルギーイオン注入の用途は、例えば、最新のイメージセンサ等の半導体デバイス製造におけるP型領域および/またはN型領域を形成することである。
【0015】
高周波線形加速装置は、イオンビームを加速させるための複数段の高周波加速部と、イオンビームを収束させるための複数段の静電四重極レンズ装置とを備える。静電四重極レンズ装置は、ビームラインを挟んで対向する複数のレンズ電極と、複数のレンズ電極のビームライン上流側を被覆する上流側カバー電極と、複数のレンズ電極のビームライン下流側を被覆する下流側カバー電極とを含む。上流側カバー電極および下流側カバー電極のそれぞれは、イオンビームが通過するビーム通過口を有し、グランド電極として機能する。
【0016】
より高エネルギーのイオンビームを生成するためには、高周波加速部に印加する加速電圧をより大きくし、レンズ電極に印加する収束/発散電圧をより大きくする必要がある。レンズ電極に印加される電圧が大きくなると、レンズ電極とカバー電極の間で放電が発生しやすくなる。レンズ電極やカバー電極の電極体は、ビームラインに近接して配置されるため、イオンビームの衝突によってスパッタされる。スパッタされた物質が電極体や電極体を支持する絶縁部材に付着して電極体や電極体を支持する絶縁部材が汚れると、電極体間での放電がより発生しやすくなる。また、各静電四重極レンズ装置の上流側カバー電極と下流側カバー電極の間の空間は、スパッタされた物質が滞留しやすく、電極体や電極体を支持する絶縁部材が汚れやすい環境となる。
【0017】
本実施の形態では、静電四重極レンズ装置のカバー電極にガス排出口を設けることにより、スパッタされた物質がガス排出口を通じてカバー電極の外側に排出されやすくする。また、ガス排出口を設けることにより、各静電四重極レンズ装置の上流側カバー電極と下流側カバー電極の間の空間の真空度、つまり、高周波線形加速装置のビームラインの真空度が高まるようにする。より高エネルギーのイオンビームを生成するために多価イオンを使用することがあるが、多価イオンは、ビームラインに残留するガスと相互作用すると価数が下がるという特性を持つ。特にイオンの価数が大きいほど、残留ガスと相互作用しやすい傾向にある。本実施の形態によれば、カバー電極にガス排出口を設けることにより、ビームライン中の残留ガスを減らすことができ、多価イオンの減少によるビーム電流の低下を抑制できる。
【0018】
図1は、実施の形態に係るイオン注入装置100を概略的に示す上面図である。イオン注入装置100は、ビーム生成ユニット12と、ビーム加速ユニット14と、ビーム偏向ユニット16と、ビーム輸送ユニット18と、基板搬送処理ユニット20とを備える。
【0019】
ビーム生成ユニット12は、イオン源10と、質量分析装置11とを有する。ビーム生成ユニット12では、イオン源10からイオンビームが引き出され、引き出されたイオンビームが質量分析装置11により質量分析される。質量分析装置11は、質量分析磁石11aと、質量分析スリット11bとを有する。質量分析スリット11bは、質量分析磁石11aの下流側に配置される。質量分析装置11による質量分析の結果、注入に必要なイオン種だけが選別され、選別されたイオン種のイオンビームは、次のビーム加速ユニット14に導かれる。
【0020】
ビーム加速ユニット14は、イオンビームの加速を行う複数の線形加速装置22a,22b,22cと、ビーム測定部23とを有し、ビームラインBLのうち直線状に延びる部分を構成する。複数の線形加速装置22a~22cのそれぞれは、一段以上の高周波加速部を備え、高周波(RF)電場をイオンビームに作用させて加速させる。ビーム測定部23は、ビーム加速ユニット14の最下流に設けられ、複数の線形加速装置22a~22cにより加速された高エネルギーイオンビームの少なくとも一つのビーム特性を測定する。ビーム測定部23は、イオンビームのビーム特性として、ビームエネルギー、ビーム電流量、ビームプロファイルなどを測定する。本明細書において、ビーム加速ユニット14を「高エネルギー多段線形加速ユニット」ともいう。
【0021】
本実施の形態では、三つの線形加速装置22a~22cが設けられる。第1線形加速装置22aは、ビーム加速ユニット14の上段に設けられ、複数段(例えば5段~15段)の高周波加速部を備える。第1線形加速装置22aは、ビーム生成ユニット12から出力される連続ビーム(DCビーム)を特定の加速位相に合わせる「バンチング(bunching)」を行い、例えば、1MeV程度のエネルギーまでイオンビームを加速させる。第2線形加速装置22bは、ビーム加速ユニット14の中段に設けられ、複数段(例えば5段~15段)の高周波加速部を備える。第2線形加速装置22bは、第1線形加速装置22aから出力されるイオンビームを例えば2~3MeV程度のエネルギーまで加速させる。第3線形加速装置22cは、ビーム加速ユニット14の下段に設けられ、複数段(例えば5段~15段)の高周波加速部を備える。第3線形加速装置22cは、第2線形加速装置22bから出力されるイオンビームを例えば4MeV以上の高エネルギーまで加速させる。
【0022】
ビーム加速ユニット14から出力される高エネルギーイオンビームは、ある範囲のエネルギー分布を持っている。このため、ビーム加速ユニット14の下流で高エネルギーのイオンビームを往復走査および平行化させてウェハに照射するためには、事前に高い精度のエネルギー分析、エネルギー分散の制御、軌道補正及びビーム収束発散の調整を実施しておくことが必要となる。
【0023】
ビーム偏向ユニット16は、ビーム加速ユニット14から出力される高エネルギーイオンビームのエネルギー分析、エネルギー分散の制御、軌道補正を行う。ビーム偏向ユニット16は、ビームラインBLのうち円弧状に延びる部分を構成する。高エネルギーイオンビームは、ビーム偏向ユニット16によって方向転換され、ビーム輸送ユニット18に向かう。
【0024】
ビーム偏向ユニット16は、エネルギー分析電磁石24と、エネルギー分散を抑制する横収束四重極レンズ26と、エネルギー分析スリット27と、第1ファラデーカップ28と、ステアリング(軌道補正)を提供する偏向電磁石30と、第2ファラデーカップ31とを有する。エネルギー分析電磁石24は、エネルギーフィルタ電磁石(EFM)とも呼ばれる。また、エネルギー分析電磁石24、横収束四重極レンズ26、エネルギー分析スリット27および第1ファラデーカップ28で構成される装置群は、総称して「エネルギー分析装置」とも呼ばれる。
【0025】
エネルギー分析スリット27は、エネルギー分析の分解能を調整するためにスリット幅が可変となるよう構成されてもよい。エネルギー分析スリット27は、例えば、スリット幅方向に移動可能な二枚の遮蔽体により構成され、二枚の遮蔽体の間隔を変化させることによりスリット幅が調整可能となるように構成されてもよい。エネルギー分析スリット27は、スリット幅の異なる複数のスリットのいずれか一つを選択することによりスリット幅が可変となるよう構成されてもよい。
【0026】
第1ファラデーカップ28は、エネルギー分析スリット27の直後に配置され、エネルギー分析用のビーム電流測定に用いられる。第2ファラデーカップ31は、偏向電磁石30の直後に配置され、軌道補正されてビーム輸送ユニット18に入るイオンビームのビーム電流測定用に設けられる。第1ファラデーカップ28および第2ファラデーカップ31のそれぞれは、ファラデーカップ駆動部(不図示)の動作によりビームラインBLに出し入れ可能となるよう構成される。
【0027】
ビーム輸送ユニット18は、ビームラインBLのうちもう一つの直線状に延びる部分を構成し、装置中央のメンテナンス領域MAを挟んでビーム加速ユニット14と並行する。ビーム輸送ユニット18の長さは、ビーム加速ユニット14の長さと同程度となるように設計される。その結果、ビーム加速ユニット14、ビーム偏向ユニット16およびビーム輸送ユニット18で構成されるビームラインBLは、全体でU字状のレイアウトを形成する。
【0028】
ビーム輸送ユニット18は、ビーム整形器32と、ビーム走査器34と、ビームダンプ35と、ビーム平行化器36と、最終エネルギーフィルタ38と、左右ファラデーカップ39L,39Rとを有する。
【0029】
ビーム整形器32は、四重極レンズ装置(Qレンズ)などの収束/発散レンズを備えており、ビーム偏向ユニット16を通過したイオンビームを所望の断面形状に整形するよう構成されている。ビーム整形器32は、例えば、電場式の三段四重極レンズ(トリプレットQレンズともいう)で構成され、三つの静電四重極レンズ装置を有する。ビーム整形器32は、三つのレンズ装置を用いることにより、イオンビームの収束または発散を水平方向(x方向)および鉛直方向(y方向)のそれぞれについて独立に調整しうる。ビーム整形器32は、磁場式のレンズ装置を含んでもよく、電場と磁場の双方を利用してビームを整形するレンズ装置を含んでもよい。
【0030】
ビーム走査器34は、ビームの往復走査を提供するよう構成され、整形されたイオンビームをx方向に走査するビーム偏向装置である。ビーム走査器34は、ビーム走査方向(x方向)に対向する走査電極対を有する。走査電極対は可変電圧電源(不図示)に接続されており、走査電極対の間に印加される電圧を周期的に変化させることにより、電極間に生じる電場を変化させてイオンビームをさまざまな角度に偏向させる。その結果、イオンビームが矢印Xで示される走査範囲にわたって走査される。図1において、走査範囲でのイオンビームの複数の軌跡を細実線で示している。なお、ビーム走査器34は、他のビーム走査装置で置き換えられてもよく、ビーム走査装置は磁場を利用する磁石装置として構成されてもよい。
【0031】
ビーム走査器34は、矢印Xで示される走査範囲を超えてビームを偏向させることにより、ビームラインBLから離れた位置に設けられるビームダンプ35にイオンビームを入射させる。ビーム走査器34は、ビームダンプ35に向けてビームラインBLからイオンビームを一時的に待避させることにより、下流の基板搬送処理ユニット20にイオンビームが到達しないようにイオンビームを遮断する。
【0032】
ビーム平行化器36は、走査されたイオンビームの進行方向を設計上のビームラインBLの軌道と平行にするよう構成される。ビーム平行化器36は、中央部にイオンビームの通過スリットが設けられた円弧形状の複数の平行化レンズ電極を有する。平行化レンズ電極は、高圧電源(不図示)に接続されており、電圧印加により生じる電場をイオンビームに作用させて、イオンビームの進行方向を平行に揃える。なお、ビーム平行化器36は他のビーム平行化装置で置き換えられてもよく、ビーム平行化装置は磁場を利用する磁石装置として構成されてもよい。
【0033】
最終エネルギーフィルタ38は、イオンビームのエネルギーを分析し必要なエネルギーのイオンを下方(-y方向)に偏向して基板搬送処理ユニット20に導くよう構成されている。最終エネルギーフィルタ38は、角度エネルギーフィルタ(AEF)と呼ばれることがあり、電場偏向用のAEF電極対を有する。AEF電極対は、高圧電源(不図示)に接続される。上側のAEF電極に正電圧、下側のAEF電極に負電圧を印加させることにより、イオンビームを下方に偏向させる。なお、最終エネルギーフィルタ38は、磁場偏向用の磁石装置で構成されてもよく、電場偏向用のAEF電極対と磁場偏向用の磁石装置の組み合わせで構成されてもよい。
【0034】
左右ファラデーカップ39L,39Rは、最終エネルギーフィルタ38の下流側に設けられ、矢印Xで示される走査範囲の左端および右端のビームが入射しうる位置に配置される。左右ファラデーカップ39L,39Rは、ウェハWに向かうビームを遮らない位置に設けられ、ウェハWへのイオン注入時にビーム電流を測定する。
【0035】
ビーム輸送ユニット18の下流側、つまり、ビームラインBLの最下流には基板搬送処理ユニット20が設けられる。基板搬送処理ユニット20は、注入処理室40と、ビームモニタ41と、ビームプロファイラ42と、プロファイラ駆動装置43と、基板搬送装置44と、ロードポート46とを有する。注入処理室40には、イオン注入時にウェハWを保持し、ウェハWをビーム走査方向(x方向)と直交する方向(y方向)に動かすプラテン駆動装置(不図示)が設けられる。
【0036】
ビームモニタ41は、注入処理室40の内部のビームラインBLの最下流に設けられる。ビームモニタ41は、ビームラインBL上にウェハWが存在しない場合にイオンビームが入射しうる位置に設けられており、イオン注入工程の事前または工程間においてビーム特性を測定するよう構成される。ビームモニタ41は、ビーム特性として、ビーム電流量、ビーム平行度などを測定する。ビームモニタ41は、例えば、注入処理室40と基板搬送装置44との間を接続する搬送口(不図示)の近くに位置し、搬送口よりも鉛直下方の位置に設けられる。
【0037】
ビームプロファイラ42は、ウェハWの表面の位置におけるビーム電流を測定するよう構成される。ビームプロファイラ42は、プロファイラ駆動装置43の動作によりx方向に可動となるよう構成され、イオン注入時にウェハWが位置する注入位置から待避され、ウェハWが注入位置にないときに注入位置に挿入される。ビームプロファイラ42は、x方向に移動しながらビーム電流を測定することにより、x方向のビーム走査範囲の全体にわたってビーム電流を測定できる。ビームプロファイラ42は、ビーム走査方向(x方向)の複数の位置におけるビーム電流を同時に計測可能となるように、x方向にアレイ状に並んだ複数のファラデーカップを有してもよい。
【0038】
ビームプロファイラ42は、ビーム電流量を測定するための単一のファラデーカップを備えてもよいし、ビームの角度情報を測定するための角度計測器を備えてもよい。角度計測器は、例えば、スリットと、スリットからビーム進行方向(z方向)に離れて設けられる複数の電流検出部とを備える。角度計測器は、例えば、スリットを通過したビームをスリット幅方向に並べられる複数の電流検出部で計測することにより、スリット幅方向のビームの角度成分を測定できる。ビームプロファイラ42は、x方向の角度情報を測定可能な第1角度測定器と、y方向の角度情報を測定可能な第2角度測定器とを備えてもよい。
【0039】
基板搬送装置44は、ウェハ容器45が載置されるロードポート46と、注入処理室40との間でウェハWを搬送するよう構成される。ロードポート46は、複数のウェハ容器45が同時に載置可能となるよう構成されており、例えば、x方向に並べられる4台の載置台を有する。ロードポート46の鉛直上方にはウェハ容器搬送口(不図示)が設けられており、ウェハ容器45が鉛直方向に通過可能となるよう構成される。ウェハ容器45は、例えば、イオン注入装置100が設置される半導体製造工場内の天井等に設置される搬送ロボットによりウェハ容器搬送口を通じてロードポート46に自動的に搬入され、ロードポート46から自動的に搬出される。
【0040】
イオン注入装置100は、さらに中央制御装置50を備える。中央制御装置50は、イオン注入装置100の動作全般を制御する。中央制御装置50は、ハードウェア的には、コンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や機械装置で実現され、ソフトウェア的にはコンピュータプログラム等によって実現される。中央制御装置50により提供される各種機能は、ハードウェアおよびソフトウェアの連携によって実現されうる。
【0041】
中央制御装置50の近傍には、イオン注入装置100の動作パラメータを設定するための表示装置や入力装置を有する操作盤49が設けられる。操作盤49および中央制御装置50の位置は特に限られないが、例えば、ビーム生成ユニット12と基板搬送処理ユニット20の間のメンテナンス領域MAの出入口48に隣接して操作盤49および中央制御装置50を配置できる。イオン注入装置100を管理する作業員による作業頻度の高いイオン源10、ロードポート46、操作盤49および中央制御装置50の場所を隣接させることで、作業効率を高めることができる。
【0042】
つづいて、ビーム加速ユニット14の構成の詳細を説明する。図2(a)~(c)は、線形加速装置22a~22cの構成を示す断面図である。図2(a)は、第1線形加速装置22aの構成を示し、図2(b)は、第2線形加速装置22bの構成を示し、図2(c)は、第3線形加速装置22cの構成を示す。線形加速装置22a~22cは、ビームラインBLに沿って配置される複数段の高周波加速部101~115と、ビームラインBLに沿って配置される複数段の静電四重極レンズ装置121~139とを含む。各段の高周波加速部101~115の上流側および下流側のそれぞれには、少なくとも一段の静電四重極レンズ装置が配置される。
【0043】
高周波加速部は、イオンビームIBが通過する高周波電極に高周波電圧VRFを印加することで、イオンビームIBを構成するイオン粒子を加速または減速させる。各段の高周波加速部は、高周波電圧VRFの電圧振幅V、周波数fおよび位相φを個別に調整可能となるよう構成される。本明細書において、高周波電圧VRFの電圧振幅V、周波数fおよび位相φを総称して「高周波パラメータ」ということがある。
【0044】
静電四重極レンズ装置は、イオンビームIBに静電場を作用させてイオンビームIBを収束または発散させるためのレンズ電極と、レンズ電極の上流側および下流側に設けられるグランド電極とを含む。静電四重極レンズ装置は、レンズ電極に印加する電圧の正負を切り替えることで、x方向にビームを収束させる横収束(縦発散)レンズ、または、y方向にビームを収束させる縦収束(横発散)レンズとして機能する。
【0045】
図2(a)~(c)では、y方向に対向するレンズ電極を図示しており、x方向に対向するレンズ電極を省略している。y方向に対向するレンズ電極に負の電圧を印加すると、横収束(縦発散)レンズとして機能する。逆に、y方向に対向するレンズ電極に正の電圧を印加すると、縦収束(横発散)レンズとして機能する。レンズ電極の構成は、図3(a),(b)を参照しながら別途後述する。
【0046】
第1線形加速装置22aは、5段の高周波加速部101,102,103,104,105と、7段の静電四重極レンズ装置121,122,123,124,125,126,127とを備える。第1線形加速装置22aの入口には、第1段および第2段の静電四重極レンズ装置121,122が連続して配置される。第1段および第2段を除いた第3段から第7段までの静電四重極レンズ装置123~127のそれぞれは、第1段から第5段までの高周波加速部101~105の各段の下流側に配置される。
【0047】
第1線形加速装置22aに設けられる7段の静電四重極レンズ装置121~127は、横収束レンズと縦収束レンズがビームラインBLに沿って交互となるように配置される。例えば、第1段、第3段、第5段および第7段の静電四重極レンズ装置121,123,125,127は、縦収束レンズであり、第2段、第4段および第6段の静電四重極レンズ装置122,124,126は、横収束レンズである。
【0048】
第2線形加速装置22bは、5段の高周波加速部106,107,108,109,110と、6段の静電四重極レンズ装置128,129,130,131,132,133とを備える。第2線形加速装置22bの入口に設けられる第8段の静電四重極レンズ装置128を除いた第9段から第13段までの静電四重極レンズ装置129~133のそれぞれは、第6段から第10段までの高周波加速部106~110の各段の下流側に配置される。第2線形加速装置22bに設けられる6段の静電四重極レンズ装置128~133は、横収束レンズと縦収束レンズがビームラインBLに沿って交互となるように配置される。例えば、第8段、第10段および第12段の静電四重極レンズ装置128,130、132は、横収束レンズであり、第9段、第11段および第13段の静電四重極レンズ装置129,131,133は、縦収束レンズである。
【0049】
第3線形加速装置22cは、5段の高周波加速部111,112,113,114,115と、6段の静電四重極レンズ装置134,135,136,137,138,139とを備える。第3線形加速装置22cの入口に設けられる第14段の静電四重極レンズ装置134を除いた第15段から第19段までの静電四重極レンズ装置135~139のそれぞれは、第11段から第15段までの高周波加速部111~115の各段の下流側に配置される。第3線形加速装置22cに設けられる6段の静電四重極レンズ装置134~139は、横収束レンズと縦収束レンズがビームラインBLに沿って交互となるように配置される。例えば、第14段、第16段および第18段の静電四重極レンズ装置134,136、138は、横収束レンズであり、第15段、第17段および第19段の静電四重極レンズ装置135,137,139は、縦収束レンズである。
【0050】
なお、線形加速装置22a~22cに含まれる高周波加速部および静電四重極レンズ装置の段数は図示するものに限られず、図示する例とは異なる段数で構成されてもよい。また、静電四重極レンズ装置の配置は、図示する例と異なってもよい。例えば、少なくとも一段の静電四重極レンズ装置は、横収束レンズと縦収束レンズのペアを一つ有してもよいし、横収束レンズと縦収束レンズのペアを複数有してもよい。
【0051】
図3(a),(b)は、ビームラインの上流側から見た静電四重極レンズ装置52a,52bの概略構成を示す正面図である。図3(a)の静電四重極レンズ装置52aは、イオンビームIBを横方向(x方向)に収束させる横収束レンズであり、図3(b)の静電四重極レンズ装置52bは、イオンビームIBを縦方向(y方向)に収束させる縦収束レンズである。
【0052】
図3(a)の静電四重極レンズ装置52aは、縦方向(y方向)に対向する一組の上下レンズ電極54aと、横方向(x方向)に対向する一組の左右レンズ電極56aとを有する。上下レンズ電極54aには負電位-Qaが印加され、左右レンズ電極56aには正電位+Qaが印加される。静電四重極レンズ装置52aは、正の電荷を有するイオン粒子で構成されるイオンビームIBに対し、負電位の上下レンズ電極54aとの間で引力を生じさせ、正電位の左右レンズ電極56aとの間で斥力を生じさせる。これにより、静電四重極レンズ装置52aは、イオンビームBをx方向に収束させ、y方向に発散させるようにビーム形状を整える。
【0053】
図3(b)の静電四重極レンズ装置52bは、図3(a)と同様、縦方向(y方向)に対向する一組の上下レンズ電極54bと、横方向(x方向)に対向する一組の左右レンズ電極56bとを有する。図3(b)では、図3(a)とは印加される電位の正負が逆であり、上下レンズ電極54bに正電位+Qbが印加され、左右レンズ電極56bに負電位-Qbが印加される。その結果、静電四重極レンズ装置52bは、イオンビームBをy方向に収束させ、x方向に発散させるようにビーム形状を整える。
【0054】
図4は、高周波加速部70の概略構成を示す断面図であり、線形加速装置22a~22cのそれぞれに含まれる一段分の高周波加速部の構成を示す。高周波加速部70は、高周波電極72と、高周波共振器74と、ステム76と、高周波電源78とを含む。高周波電極72は、中空の円筒形状の電極体であり、電極体の内部をイオンビームIBが通過する。高周波電極72は、ステム76を介して高周波共振器74に接続されている。高周波電源78は、高周波共振器74に高周波電圧VRFを供給する。中央制御装置50は、高周波共振器74と高周波電源78を制御することにより、高周波電極72に印加される高周波電圧VRFの電圧振幅V、周波数fおよび位相φを調整する。
【0055】
高周波加速部70の上流側および下流側には、静電四重極レンズ装置52a,52bが設けられる。上流側の静電四重極レンズ装置52aは、第1グランド電極60aと、第2グランド電極62aと、上下レンズ電極54aと、左右レンズ電極56aと、レンズ電源58a(図3参照)とを有する。上下レンズ電極54aおよび左右レンズ電極56aは、第1グランド電極60aと第2グランド電極62aの間に設けられる。下流側の静電四重極レンズ装置52bは、第1グランド電極60bと、第2グランド電極62bと、上下レンズ電極54bと、左右レンズ電極56bと、レンズ電源58b(図3参照)とを有する。上下レンズ電極54bおよび左右レンズ電極56bは、第1グランド電極60bと第2グランド電極62bの間に設けられる。
【0056】
図4の例では、上流側の静電四重極レンズ装置52aが横収束(縦発散)レンズであり、下流側の静電四重極レンズ装置52bが縦収束(横発散)レンズである。なお、高周波加速部70がいずれの段であるかに応じて、上流側の静電四重極レンズ装置52aが縦収束(横発散)であり、下流側の静電四重極レンズ装置52bが横収束(縦発散)レンズであってもよい。横収束と縦収束は、レンズ電源58a,58bにより印加される電圧の正負を反転させることで変更が可能である。
【0057】
図4の高周波加速部70は、高周波電極72と上流側の第2グランド電極62aの間の上流側ギャップ64と、高周波電極72と下流側の第1グランド電極60bの間の下流側ギャップ66とにおける電位差を利用して、イオンビームIBを構成するイオン粒子68を加速または減速する。例えば、上流側ギャップ64をイオン粒子68が通過するときに高周波電極72に負の電圧が印加され、かつ、下流側ギャップ66をイオン粒子68が通過するときに高周波電極72に正の電圧が印加されるように高周波電圧VRFの位相φを調整することで、高周波加速部70を通過するイオン粒子68を加速できる。なお、高周波電極72の内部は実質的に等電位であるため、高周波電極72の内部を通過するときにイオン粒子68は実質的に加減速されない。
【0058】
図5は、線形加速装置の構成を詳細に示す断面図である。図5は、図2(a)に示す第1線形加速装置22aのビームライン上流側の構成を示し、第1段から第5段の静電四重極レンズ装置121~125と、第1段から第3段の高周波加速部101~103とを示す。
【0059】
第1線形加速装置22aは、真空槽140を備える。真空槽140は、ビームラインBLに沿ってz方向に延在する。真空槽140は、ビームラインBLに直交する断面が矩形状であり、z方向に延在する四つの区画壁を有する。真空槽140は、四つの区画壁として、上部壁140a、左側壁140b、右側壁140c(後述する図6参照)および下部壁140dを有する。
【0060】
図6は、真空槽140の配置を示す断面図であり、z軸に直交する断面を示す。図5は、図6のA-A断面に相当する。図6に示されるように、真空槽140は、z軸まわりに45度回転させた向きで配置されている。上部壁140aは、ビームラインBLから見て鉛直上側(+y方向)に配置されるのではなく、左上側(+v方向)に配置される。+v方向は、+x方向および+y方向の単位ベクトルを合成したベクトルの向きに相当する。左側壁140bは、ビームラインBLから見て左下側(+u方向)に配置される。+u方向は、+x方向および-y方向の単位ベクトルを合成したベクトルの向きに相当する。右側壁140cは、ビームラインBLから見て右上側(-u方向)に配置される。下部壁140dは、ビームラインBLから見て右下側(-v方向)に配置される。
【0061】
図6は、高周波加速部101~103のそれぞれが備える高周波共振器74a~74cの配置をさらに示す。第1段の高周波加速部101が備える第1高周波共振器74aは、上部壁140aの外側に設けられており、ビームラインBLから見て+v方向の位置に配置される。第1高周波共振器74aは、ビームラインBLから見て+v方向に延びる第1ステム76aを介して第1高周波電極72aと接続される。
【0062】
第2段の高周波加速部102が備える第2高周波共振器74bは、左側壁140bの外側に設けられており、ビームラインBLから見て+u方向の位置に配置される。第2高周波共振器74bは、ビームラインBLから見て+u方向に延びる第2ステム76bを介して第2高周波電極72b(図5参照)と接続される。
【0063】
第3段の高周波加速部103が備える第3高周波共振器74cは、右側壁140cの外側に設けられており、ビームラインBLから見て-u方向の位置に配置される。第3高周波共振器74cは、ビームラインBLから見て-u方向に延びる第3ステム76cを介して第3高周波電極72c(図5参照)と接続される。
【0064】
なお、下部壁140dの外側には高周波共振器が設けられていない。下部壁140dには、真空槽140の内部を真空引きするための真空排気装置148が設けられる。真空排気装置148は、ビームラインBLから見て-v方向の位置に配置される。
【0065】
図6に示されるように、真空槽140を水平から45度回転させて配置することで、高周波共振器74a~74cが占めるx方向およびy方向の範囲を小さくでき、第1線形加速装置22aの装置全体のサイズを小型化できる。
【0066】
本明細書において、ビームラインBLが延びる方向を軸方向ということがある。また、軸方向と直交する方向を径方向ということがあり、軸方向および径方向の双方と直交する方向を周方向ということがある。x軸、y軸、u軸およびv軸のそれぞれは、周方向の角度が互いに異なる径方向に延びる軸である。
【0067】
図5に戻り、高周波加速部101~103の構成を説明する。第1段の高周波加速部101は、第1高周波電極72aと、第1高周波共振器74aと、第1ステム76aと、第1絶縁体77aとを含む。第1ステム76aは、上部壁140aに設けられる取付孔146に挿通される。第1絶縁体77aは、真空槽140の外側であって、高周波共振器74aの内部に設けられる。第1絶縁体77aは、上部壁140aに取り付けられ、第1ステム76aを支持する。第1絶縁体77aは、コーン状に構成され、取付孔146を塞ぐように設けられる。第1絶縁体77aは、グランド電位である真空槽140と、高周波電圧VRFが印加される第1ステム76aとの間を電気的に絶縁する。第1絶縁体77aは、ビームラインBLから見て+v方向の位置に設けられる。
【0068】
第2段の高周波加速部102は、第2高周波電極72bと、第2高周波共振器74bと、第2ステム76bと、第2絶縁体(不図示)とを含む。第2段の高周波加速部102は、第1段の高周波加速部101と同様に構成されるが、図6に示したように取付状態が異なる。具体的には、第2ステム76bは、ビームラインBLから見て+u方向の位置に配置される。第2絶縁体は、左側壁140bに取り付けられ、第2ステム76bを支持する。第2絶縁体は、ビームラインBLから見て+u方向の位置に配置される。
【0069】
第3段の高周波加速部103は、第3高周波電極72cと、第3高周波共振器74cと、第3ステム76cと、第3絶縁体(不図示)とを含む。第3段の高周波加速部103は、第1段の高周波加速部101と同様に構成されるが、図6に示したように取付状態が異なる。具体的には、第3ステム76cは、ビームラインBLから見て-u方向の位置に配置される。第3絶縁体は、右側壁140cに取り付けられ、第3ステム76cを支持する。第3絶縁体は、ビームラインBLから見て-u方向の位置に配置される。
【0070】
真空槽140の内部には、複数の静電四重極レンズ装置121~125が設けられる。複数の静電四重極レンズ装置121~125のそれぞれは、レンズユニット80として構成される。レンズユニット80は、図3(a),(b)および図4に示される静電四重極レンズ装置52a(または52b)をユニット化したものであり、上下レンズ電極54a(または54b)と、左右レンズ電極56a(または56b)と、第1グランド電極60a(または60b)と、第2グランド電極62a(または62b)とが一体化されている。本明細書において、レンズユニット80を静電四重極レンズ装置ともいう。
【0071】
レンズユニット80は、複数のレンズ電極82と、上流側カバー電極84aと、下流側カバー電極84bと、ベースプレート86と、取付部88とを備える。
【0072】
複数のレンズ電極82は、図3(a),(b)に示される上下レンズ電極54a(または54b)および左右レンズ電極56a(または56b)に相当する。複数のレンズ電極82は、ビームラインBLを挟んで径方向に対向し、周方向に間隔をあけて配置される。具体的には、一組の上下レンズ電極がy方向に対向し、一組の左右レンズ電極がx方向に対向する。また、二つの上下レンズ電極および二つの左右レンズ電極が周方向に交互に配置される。複数のレンズ電極82には、正または負の収束/発散電圧が印加される。
【0073】
上流側カバー電極84aは、複数のレンズ電極82のビームライン上流側を被覆する。上流側カバー電極84aは、曲面のみで構成される、または、曲面および平面で構成されるボウル状に形成されており、中央にイオンビームIBが通過するビーム入射口が設けられる。上流側カバー電極84aは、複数のレンズ電極82から軸方向または径方向に離れて配置される。上流側カバー電極84aは、グランド電極であり、図4の第1グランド電極60a(または60b)に相当する。
【0074】
下流側カバー電極84bは、複数のレンズ電極82のビームライン下流側を被覆する。下流側カバー電極84bは、上流側カバー電極84aと同様に、曲面のみでから構成される、または、曲面および平面で構成されるボウル状に形成されており、中央にイオンビームIBが通過するビーム出射口が設けられる。下流側カバー電極84bは、複数のレンズ電極82から軸方向または径方向に離れて配置される。下流側カバー電極84bは、グランド電極であり、図4の第2グランド電極62a(または62b)に相当する。
【0075】
ベースプレート86は、複数のレンズ電極82、上流側カバー電極84aおよび下流側カバー電極84bを支持する。ベースプレート86は、軸方向に厚みを有する板状部材である。複数のレンズ電極82は、ベースプレート86の中央を貫通する中央開口に収容される。上流側カバー電極84aは、ベースプレート86の上流側に取り付けられる。下流側カバー電極84bは、ベースプレート86の下流側に取り付けられる。
【0076】
取付部88は、真空槽140に固定される部分である。取付部88は、ベースプレート86の下部に設けられ、ベースプレート86から軸方向に延在する。真空槽140の内面には軸方向に延在する取付バー142が設けられている。取付部88は、ねじやボルトなどの締結部材144を用いて、取付バー142に固定される。
【0077】
図7は、上流側から見たレンズユニット80の一例を示す外観斜視図である。図7のレンズユニット80は、例えば、第1段の高周波加速部101の上流側に隣接する第2段の静電四重極レンズ装置122である。上流側カバー電極84aは、イオンビームIBが通過するビーム入射口92aと、複数のガス排出口(上流側ガス排出口ともいう)94a、95a、96aとを有する。ビーム入射口92aは、上流側カバー電極84aの中央に設けられ、軸方向に開口する。複数の上流側ガス排出口94a~96aは、上流側カバー電極84aの外周部に設けられ、径方向に開口する。複数の上流側ガス排出口94a~96aのそれぞれは、レンズユニット80の内部から外部へのガス排出のために設けられる。
【0078】
複数の上流側ガス排出口94a~96aのそれぞれは、周方向に異なる位置に設けられ、例えば、周方向に90度ずつ異なる位置に設けられる。例えば、第1ガス排出口94aは、ビームラインBLから見て+u方向の位置に設けられ、第2ガス排出口95aは、ビームラインBLから見て-u方向の位置に設けられ、第3ガス排出口96aは、ビームラインBLから-v方向の位置に設けられる。図示する例では、ビームラインBLから見て+v方向の位置にガス排出口が設けられていないが、ビームラインBLから見て+v方向の位置に第4ガス排出口が設けられてもよい。
【0079】
複数の上流側ガス排出口94a~96aのそれぞれは、周方向に延びるスリットとして形成される。複数の上流側ガス排出口94a~96aのそれぞれは、例えば、10度~60度程度の角度範囲にわたって連続的に延びるスリットとして形成される。なお、複数の上流側ガス排出口94a~96aのそれぞれは、周方向に連続して形成されなくてもよく、周方向に断続的に形成されてもよい。複数の上流側ガス排出口94a~96aのそれぞれは、例えば、メッシュとして形成されてもよいし、微小開口アレイとして形成されてもよい。
【0080】
取付部88は、ベースプレート86の左右方向(u方向)の両端に設けられ、ベースプレート86の左右方向の中央付近には設けられていない。取付部88は、上流側に設けられる切り欠き88aを有するように形成される。上流側の切り欠き88aは、ビームラインBLと真空排気装置148の間に設けられる。上流側の切り欠き88aは、例えば、複数の上流側ガス排出口94a~96aから真空排気装置148に向けて流れるガスを通過させる。上流側の切り欠き88aは、連続的に形成されるのではなく、メッシュまたは微小開口アレイとして形成されてもよい。
【0081】
図8は、下流側から見た図7のレンズユニット80を示す外観斜視図である。図示する例では、レンズユニット80の上流側と下流側の構成が同等である。下流側カバー電極84bは、イオンビームIBが通過するビーム出射口92bと、複数のガス排出口(下流側ガス排出口ともいう)94b、95b、96bとを有する。ビーム出射口92bは、下流側カバー電極84bの中央に設けられ、軸方向に開口する。複数の下流側ガス排出口94b~96bは、下流側カバー電極84bの外周部に設けられ、径方向に開口する。複数の下流側ガス排出口94b~96bは、例えば、上流側カバー電極84aに設けられる複数の上流側ガス排出口94a~96aと同様に構成される。複数の下流側ガス排出口94b~96bのそれぞれは、レンズユニット80の内部から外部へのガス排出のために設けられる。
【0082】
取付部88は、上流側と同様、下流側に設けられる切り欠き88bを有する。下流側の切り欠き88bは、ビームラインBLと真空排気装置148の間に設けられる。下流側の切り欠き88bは、例えば、複数の下流側ガス排出口94b~96bから真空排気装置148に向けて流れるガスを通過させる。下流側の切り欠き88bは、連続的に形成されるのではなく、メッシュまたは微小開口アレイとして形成されてもよい。
【0083】
図9は、図7のレンズユニット80の内部構成を詳細に示すビームラインBLに沿った断面図であり、図5に示すレンズユニット80を拡大したものである。図9のレンズユニット80は、例えば、第1段の高周波加速部101の上流側に隣接する第2段の静電四重極レンズ装置122である。レンズユニット80は、複数のレンズ電極82のそれぞれを支持する複数の絶縁部材90を備える。複数の絶縁部材90は、例えば、円柱状の碍子である。複数の絶縁部材90のそれぞれは、対応するレンズ電極82からベースプレート86に向けて径方向外側に延びる。複数の絶縁部材90のそれぞれは、ベースプレート86の中央開口86aの内周面86bに取り付けられている。ベースプレート86の下部には、v方向に延びる配線口86cが設けられる。配線口86cには、複数のレンズ電極82に高電圧を印加するための配線(不図示)が挿通される。
【0084】
上流側カバー電極84aおよび下流側カバー電極84bに設けられる複数のガス排出口94a~96a,94b~96bは、複数のレンズ電極82よりもビームラインBLから径方向に離れた位置に設けられる。つまり、複数のガス排出口94a~96a,94b~96bは、ビームラインBLから見て複数のレンズ電極82の裏側に設けられる。複数のレンズ電極82の裏側に複数のガス排出口94a~96a,94b~96bを設けることで、イオンビームIBに作用する収束/発散電場の空間分布が実質的に変化しないようにできる。つまり、ガス排出口を設けることによるレンズユニット80の収束/発散性能の変化を防止できる。
【0085】
複数のガス排出口94a~96a,94b~96bの軸方向の位置は、複数のレンズ電極82の軸方向の端部82a,82bの位置と、複数の絶縁部材90の軸方向の位置の間の範囲C1,C2にある。複数の上流側ガス排出口94a~96aは、複数のレンズ電極82の上流側端部82aと複数の絶縁部材90の間の範囲C1に設けられる。つまり、複数の上流側ガス排出口94a~96aは、複数のレンズ電極82の上流側端部82aよりも上流側の位置を避けて設けられる。これにより、ガス排出口を設けることによる上流側カバー電極84aのグランド電極としての性能の変化を防止できる。また、複数の下流側ガス排出口94b~96bは、複数のレンズ電極82の下流側端部82bと複数の絶縁部材90の間の範囲C2に設けられる。つまり、複数の下流側ガス排出口94b~96bは、複数のレンズ電極82の下流側端部82bよりも下流側の位置を避けて設けられる。これにより、ガス排出口を設けることによる下流側カバー電極84bのグランド電極としての機能の変化を防止できる。また、複数の絶縁部材90の軸方向の位置を避けて複数のガス排出口94a~96a,94b~96bを設けることにより、複数の絶縁部材90に向かうガスの流れを抑制し、複数の絶縁部材90へのスパッタ粒子の付着を抑制できる。
【0086】
図10は、図7のレンズユニット80の内部構成を詳細に示すビームラインBLに直交する断面図である。図10は、上流側カバー電極84aを取り外した状態のレンズユニット80をビームライン上流側から見ている。図10のレンズユニット80は、例えば、第1段の高周波加速部101の上流側に隣接する第2段の静電四重極レンズ装置122である。
【0087】
図10は、複数のレンズ電極82および複数の下流側ガス排出口94b~96bの周方向の配置関係を示す。図示されるように、複数の下流側ガス排出口94b~96bのそれぞれは、複数のレンズ電極82から周方向にずれて配置されている。複数の下流側ガス排出口94b~96bのそれぞれは、例えば、複数のレンズ電極82から45度ずれて配置されている。例えば、第1ステム76aが延びる方向(+v方向)を0度とした場合、複数のレンズ電極82は、45度、135度、225度、315度の位置に配置される。複数の下流側ガス排出口94b~96bは、270度、90度、180度の位置に配置される。なお、複数の上流側ガス排出口94a~96a(図10に不図示)も同様に、270度、90度、180度の位置に、複数の下流側ガス排出口94b~96bと対応するように配置される。
【0088】
レンズユニット80では、レンズ電極82やカバー電極84a,84bの電極体にイオンビームIBが衝突することにより、電極体がスパッタされ、スパッタされた電極体を構成する物質がスパッタ粒子となって飛散する。生成されたスパッタ粒子は、電極体や絶縁部材90の表面に汚れとして付着しうる。スパッタ粒子は、導電性物質であるため、電極体の表面に付着して微細な凹凸を形成することで、電極間で放電が発生しやすくなる。例えば、高電圧が印加されるレンズ電極82と、グランド電位であるカバー電極84a,84bとの間で放電が発生しうる。また、絶縁部材90の表面にスパッタ粒子が付着すると、絶縁部材90の絶縁性能が低下し、高電圧が印加されるレンズ電極82と、グランド電位であるベースプレート86との間で電気的な絶縁が確保できなくなるおそれがある。
【0089】
本実施の形態によれば、レンズユニット80に複数のガス排出口94a~96a,94b~96bが設けられるため、複数のガス排出口94a~96a,94b~96bを通ってレンズユニット80の内部から外部に向かうガスの流れを生成できる。例えば、図10に示されるように、複数の下流側ガス排出口94b~96bを通って、真空槽140の下部(-v方向)に設けられる真空排気装置148に向かうガスの流れFを生成できる。レンズユニット80の内部で生成されるスパッタ粒子の少なくとも一部は、レンズユニット80の内部から外部に向かうガスの流れFによって、レンズユニット80の外部に排出される。その結果、レンズユニット80の内部に設けられる電極体や絶縁部材90へのスパッタ粒子の付着を抑制することができ、電極体間の放電の発生や絶縁部材90の絶縁性能の低下を抑制できる。
【0090】
図10に示すレンズユニット80では、隣接する第1ステム76aが存在する0度の位置にガス排出口が設けられていない。第1ステム76aは、第1絶縁体77aによって支持されており、第1絶縁体77aにスパッタ粒子が付着すると、第1絶縁体77aの絶縁性能が低下してしまう。隣接する第1ステム76aが存在する0度の位置にガス排出口を設けないようにすることで、第1絶縁体77aに向かうスパッタ粒子の飛散を抑制でき、第1絶縁体77aの絶縁性能の低下を抑制できる。
【0091】
第1絶縁体77aに向かうスパッタ粒子の飛散を抑制するためには、第1ステム76aに対して周方向に45度以上ずれた位置に複数の下流側ガス排出口94b~96bを設けることが好ましい。特に、第1段の高周波加速部101に隣接するカバー電極において、ビームラインBLから見て+v方向の位置にガス排出口を設けないことが好ましい。第1段の高周波加速部101に隣接するカバー電極は、第2段の静電四重極レンズ装置122の下流側カバー電極、および、第3段の静電四重極レンズ装置123の上流側カバー電極である。
【0092】
なお、第2段の高周波加速部102では、ビームラインBLから見て+u方向の位置に第2ステム76bが存在する(図6参照)。したがって、第2段の高周波加速部102に隣接するカバー電極の場合、ビームラインBLから見て+u方向の位置にガス排出口を設けないこととし、+v方向、-v方向および-u方向の位置に複数のガス排出口を設けることが好ましい。第2段の高周波加速部102に隣接するカバー電極は、第3段の静電四重極レンズ装置123の下流側カバー電極、および、第4段の静電四重極レンズ装置124の上流側カバー電極である。
【0093】
また、第3段の高周波加速部103では、ビームラインBLから見て-u方向の位置に第3ステム76cが存在する(図6参照)。したがって、第3段の高周波加速部103に隣接するカバー電極の場合、ビームラインBLから見て-u方向の位置にガス排出口を設けないこととし、+v方向、-v方向および+u方向の位置に複数のガス排出口を設けることが好ましい。第3段の高周波加速部103に隣接するカバー電極は、第4段の静電四重極レンズ装置124の下流側カバー電極、および、第5段の静電四重極レンズ装置125の上流側カバー電極である。
【0094】
なお、高周波加速部に隣接しないカバー電極の場合、±v方向および±u方向の四方位にガス排出口を設けてもよい。つまり、カバー電極は、0度、90度、180度および270度の位置に設けられる四つのガス排出口を有してもよい。高周波加速部に隣接しないカバー電極は、第1段の静電四重極レンズ装置121の上流側および下流側カバー電極と、第2段の静電四重極レンズ装置122の上流側カバー電極である。
【0095】
本実施の形態によれば、取付部88に切り欠き88a,88bを設けることで、真空排気装置148に向けて流れるガスのコンダクタンスを向上できる。特に、複数段のレンズユニット80が連続して設けられる箇所において切り欠き88a,88bを設けることにより、残留ガスを効果的に排出できる。例えば、連続して隣接する第1段および第2段の静電四重極レンズ装置121,122の間の空間から残留ガスを効果的に排出できる。
【0096】
本実施の形態によれば、複数のガス排出口94a~96a,94b~96bを通じてレンズユニット80の内部から残留ガスを効果的に排出できるため、レンズユニット80の内部の真空度を高めることができる。また、切り欠き88a,88bを通じてレンズユニット80の周囲の空間から残留ガスを効果的に排出して真空度を高めることができる。これにより、ビームラインBLにおける真空度を真空槽140の全体において高めることができる。これにより、イオンビームIBと残留ガスが相互作用してイオンビームIBを構成するイオンの価数が下がったり、イオンが中性化したりする影響を軽減できる。これにより、ビーム加速ユニット14によるイオンビームIBの輸送効率を高め、ビーム加速ユニット14から出力されるイオンビームIBのビーム電流の低下を抑制できる。
【0097】
本実施の形態は、イオンビームIBを4MeV以上に加速する超高エネルギー多段線形加速ユニットに適用されてもよい。イオンビームIBを4MeV以上に加速するためには、各段の高周波加速部101~115に印加する加速電圧をより大きくする必要があり、各段の静電四重極レンズ装置121~139に印加する収束/発散電圧もより大きくする必要がある。より大きな電圧を印加することによって、電極体間の放電が発生しやすくなる。本実施の形態によれば、スパッタ粒子による電極体や絶縁部材の汚れを抑制できるため、電極体間の放電の発生を抑制できる。
【0098】
本実施の形態は、多価イオンを含むイオンビームIBを加速する高エネルギー多段線形加速ユニットに適用されてもよい。高周波加速部においてイオンビームIBに与えられる加速エネルギーは、高周波加速部に印加される加速電圧とイオンの価数の積に比例するため、価数の大きいイオンを用いることで、価数の小さいイオンを用いる場合よりも加速エネルギーを大きくできる。一方で、価数の大きいイオン(例えば、3価以上または4価以上のイオン)は、ビームラインBLに存在する残留ガスと相互作用しやすく、相互作用によって価数が下がることによりビームの輸送において損失してしまう。本実施の形態によれば、ビームラインBLの真空度を向上できるため、多価イオンの損失を抑制でき、ビーム加速ユニット14から出力されるイオンビームIBのビーム電流の低下を抑制できる。
【0099】
本実施の形態に係るレンズユニット80は、ビーム加速ユニット14に設けられる複数段の静電四重極レンズ装置121~139の全てに適用されてもよい。つまり、複数段の静電四重極レンズ装置121~139のそれぞれに設けられるカバー電極にガス排出口が設けられてもよい。なお、本実施の形態に係るレンズユニット80は、ビーム加速ユニット14に設けられる複数段の静電四重極レンズ装置121~139の一部の段に適用されてもよい。つまり、複数段の静電四重極レンズ装置121~139の少なくとも一段の静電四重極レンズ装置にレンズユニット80が適用されてもよい。
【0100】
本実施の形態に係るレンズユニット80は、ビーム加速ユニット14の最上段から所定数の段までの少なくとも一段の静電四重極レンズ装置に適用されてもよい。例えば、図5に示される第1段から第5段までの静電四重極レンズ装置121~125にレンズユニット80が適用されてもよい。レンズユニット80にて生じるスパッタ粒子は、イオンビームIBのエネルギーが比較的低い場合に発生しやすいため、ビーム加速ユニット14の下流部よりも上流部でスパッタ粒子が発生しやすい。例えば、第2線形加速装置22bや第3線形加速装置22cに比べて、第1線形加速装置22aにおいてスパッタ粒子が発生しやすい。そのため、スパッタ粒子の発生しやすいビーム加速ユニット14の上流部にレンズユニット80を適用することで、スパッタ粒子の排出による効果が得られやすい。一方、スパッタ粒子が発生しにくいビーム加速ユニット14の下流部の静電四重極レンズ装置(例えば、126~139)では、カバー電極にガス排出口が設けられなくてもよい。
【0101】
以上、本発明を上述の各実施の形態を参照して説明したが、本発明は上述の各実施の形態に限定されるものではなく、各実施の形態の構成を適宜組み合わせたものや置換したものについても本発明に含まれるものである。また、当業者の知識に基づいて各実施の形態における組み合わせや処理の順番を適宜組み替えることや各種の設計変更等の変形を実施の形態に対して加えることも可能であり、そのような変形が加えられた実施の形態も本発明の範囲に含まれ得る。
【0102】
上述の実施の形態では、上流側カバー電極84aおよび下流側カバー電極84bのそれぞれに複数のガス排出口94a~96a、94b~96bが設けられる場合について示した。別の実施の形態では、上流側カバー電極84aおよび下流側カバー電極84bの一方のみに複数のガス排出口が設けられてもよい。
【0103】
上述の実施の形態では、上流側カバー電極84aおよび下流側カバー電極84bのそれぞれに複数のガス排出口94a~96a、94b~96bが設けられる場合について示した。別の実施の形態では、上流側カバー電極84aおよび下流側カバー電極84bの少なくとも一方において、ガス排出口が一つだけ設けられてもよい。したがって、上流側カバー電極84aおよび下流側カバー電極84bの少なくとも一方は、少なくとも一つのガス排出口を有してもよい。
【符号の説明】
【0104】
14…ビーム加速ユニット、70…高周波加速部、72…高周波電極、74…高周波共振器、76…ステム、80…レンズユニット、82…レンズ電極、84a…上流側カバー電極、84b…下流側カバー電極、86…ベースプレート、88…取付部、88a,88b…切り欠き、90…絶縁部材、92a…ビーム入射口、92b…ビーム出射口、94a,94b…第1ガス排出口、95a,95b…第2ガス排出口、96a,96b…第3ガス排出口、100…イオン注入装置、101~115…高周波加速部、121~139…静電四重極レンズ装置、140…真空槽、148…真空排気装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10