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特開2022-134005超音波画像生成方法及び装置、並びに信号処理方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022134005
(43)【公開日】2022-09-14
(54)【発明の名称】超音波画像生成方法及び装置、並びに信号処理方法
(51)【国際特許分類】
   A61B 8/14 20060101AFI20220907BHJP
【FI】
A61B8/14
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021033013
(22)【出願日】2021-03-02
(71)【出願人】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(71)【出願人】
【識別番号】000243364
【氏名又は名称】本多電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114605
【弁理士】
【氏名又は名称】渥美 久彦
(72)【発明者】
【氏名】穂積 直裕
(72)【発明者】
【氏名】小林 和人
【テーマコード(参考)】
4C601
【Fターム(参考)】
4C601BB03
4C601BB09
4C601DD18
4C601EE01
4C601EE02
4C601GC02
4C601GC10
4C601JB48
4C601JB49
4C601KK15
(57)【要約】
【課題】空間分解能を維持しつつ低周波ノイズを低減し、高精度で鮮明な超音波画像を生成する。
【解決手段】この超音波画像生成装置1は、走査しつつ超音波パルス波の集束ビームB1を送信して得られる反射波信号の処理を行う。この装置1は、周波数成分分解手段、空間平均処理手段、時間領域変換手段、超音波画像生成手段であるCPU31を備える。周波数成分分解手段は、反射波信号をフーリエ変換して時間領域から周波数領域に変換し、周波数成分に分解する。空間平均処理手段は、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域R1の周波数成分ほど範囲を広く設定して空間平均処理を行う。時間領域変換手段は、空間平均処理後の反射波信号を逆フーリエ変換して周波数領域から時間領域に戻す。超音波画像生成手段は、対象物の深さ方向の情報に基づき、超音波画像を生成する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象物の深さ方向に直交する方向に走査しつつ前記対象物に超音波パルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号の処理を行い、超音波画像を生成する方法であって、
反射波信号をフーリエ変換して時間領域から周波数領域に変換することにより周波数成分に分解する周波数成分分解ステップと、
分解された周波数成分のうち、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域の周波数成分ほど範囲を広く設定して空間平均処理を行う空間平均処理ステップと、
空間平均処理後の反射波信号を逆フーリエ変換して周波数領域から時間領域に戻す時間領域変換ステップと、
時間領域に戻された反射波信号から取得した前記対象物の深さ方向の情報に基づいて、前記超音波画像を生成する超音波画像生成ステップと
を含む超音波画像生成方法。
【請求項2】
前記空間平均処理ステップでは、分解された周波数成分のうち、
ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域の周波数成分では、範囲を広く設定して空間平均処理を行い、
ビームの拡がりが相対的に小さい高周波領域の周波数成分では、空間平均処理を全く行わず、
前記低周波領域と前記高周波領域との中間に位置する領域では、前記低周波領域のときよりも範囲を狭く設定して空間平均処理を行う
ことを特徴とした請求項1に記載の超音波画像生成方法。
【請求項3】
前記超音波画像生成ステップでは、
時間領域に戻された反射波信号から前記対象物の深さ方向の固有音響インピーダンス値を推定する処理を行った後、その推定された固有音響インピーダンス値の情報に基づいて前記超音波画像を生成する
ことを特徴とした請求項1または2に記載の超音波画像生成方法。
【請求項4】
前記空間平均処理ステップでは、前記周波数成分に対応したビーム径の範囲よりも狭い範囲を設定して前記空間平均処理を行うことを特徴とした請求項1乃至3のいずれか1項に記載の超音波画像生成方法。
【請求項5】
前記空間平均処理ステップでは、前記集束ビームの焦点付近の空間平均処理の範囲を基準範囲とし、焦点深度から深い位置ほど前記基準範囲よりも範囲を広く設定して、前記空間平均処理を行うことを特徴とした請求項1乃至4のいずれか1項に記載の超音波画像生成方法。
【請求項6】
対象物の深さ方向に直交する方向に走査しつつ前記対象物に超音波パルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号の処理を行い、超音波画像を生成する装置であって、
反射波信号をフーリエ変換して時間領域から周波数領域に変換することにより周波数成分に分解する周波数成分分解手段と、
分解された周波数成分のうち、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域の周波数成分ほど範囲を広く設定して空間平均処理を行う空間平均処理手段と、
空間平均処理後の反射波信号を逆フーリエ変換して周波数領域から時間領域に戻す時間領域変換手段と、
時間領域に戻された反射波信号から取得した前記対象物の深さ方向の情報に基づいて、前記超音波画像を生成する超音波画像生成手段と
を備えた超音波画像生成装置。
【請求項7】
対象物の深さ方向に直交する方向に走査しつつ前記対象物にパルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号を処理する方法であって、
前記反射波信号をフーリエ変換して時間領域から周波数領域に変換することにより、周波数成分に分解する周波数成分分解ステップと、
分解された周波数成分のうち、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域の周波数成分ほど範囲を広く設定して空間平均処理を行う空間平均処理ステップと、
空間平均処理後の反射波信号を逆フーリエ変換して周波数領域から時間領域に戻す時間領域変換ステップと、
時間領域に戻された反射波信号から前記対象物の深さ方向の物性値を推定する処理を行う物性値推定ステップと
を含む信号処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物に超音波パルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号を処理することにより、超音波画像を生成する方法及び装置、並びに信号処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、皮膚や細胞内部の状態を音響インピーダンス等の音響物性値で定量化し、その分布を画像として表示する装置がいくつか提案されている。その具体例として、本発明者らは超音波音響インピーダンス顕微鏡をこれまでに提案している(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
この装置は、既知の音響物性を有する基体、基材を介して超音波パルス波の送受信を行う超音波振動子、振動子走査手段、演算手段、画像生成手段等を含んで構成されている。この装置では、既知の音響物性を有する基体に、対象物及び既知の音響物性を有する参照物質を接して配置する。そしてこの状態で超音波パルス波の集束ビームを平面方向に走査しながら送信し、基体を介して対象物及び参照物質にビームを入射させる。そして、対象物及び参照物質からの超音波波形のインパルス応答を反射波信号として受信する。次に、参照物質に入射した超音波波形のインパルス応答情報及び対象物に入射した超音波波形のインパルス応答情報から、規格化されたインパルス応答情報を得る。この規格化されたインパルス応答情報に基づき、反射係数を固有音響インピーダンス値に変換する操作を時間軸上で繰り返し行うことにより、時間軸方向(即ち深さ方向)の固有音響インピーダンス分布を推定する。そして、得られた固有音響インピーダンス分布に基づいて、音響インピーダンス像の画像データを生成し、所望とする超音波画像を得るようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6361001号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記従来装置では、反射波信号を規格化する演算の過程で、反射係数を固有音響インピーダンス値に変換する操作を時間軸上で繰り返し行う。反射係数には低周波成分が含まれている。ここに低周波ノイズ(ベースラインの揺らぎ等に起因すると推定されるノイズ)が重畳すると、誤差が深さ方向の後方に伝搬して積算され、さらに大きな誤差をもたらす。その結果、深さ方向の固有音響インピーダンス分布の推定精度が低下し、得られる超音波画像に乱れが生じて不鮮明になってしまう。具体的にいうと、超音波画像の深さ方向に多くの筋が入るような乱れが生じ、皮膚などにおける微細な層構造が把握しにくくなる。
【0006】
ここで、超音波画像を補正する手法として、例えば、特定の走査点で取得した反射波信号と、その周囲の走査点で取得した反射波信号とから平均を求める空間平均処理を行えばよいとも考えられる。しかしながら、この処理を行った場合、低周波ノイズは低減される一方で、空間分解能の低下が避けられない。つまり、空間情報が失われて画像が暈けてしまうため、超音波画像を適切に補正することができない。
【0007】
それゆえ、従来においては、画像に関するいくつかのパラメータを手動で調整してユーザ自らが画像補正を行っていた。しかし、補正のためのパラメータ調整作業は、大変煩雑で時間がかかることに加え、作業を行ったとしても高精度で鮮明な画像を得ることが難しかった。
【0008】
以上のように、細胞や組織における微細な層構造がわかるような高精度かつ鮮明な超音波断層画像を生成できる方法や装置は、従来提案されていなかった。
【0009】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その主たる目的は、空間分解能を維持しつつ低周波ノイズを低減することを通じて、高精度で鮮明な超音波画像を生成することができる、超音波画像生成方法及び装置を提供することにある。
【0010】
また、本発明のさらなる目的は、空間分解能を維持しつつ低周波ノイズを低減することを通じて、対象物の深さ方向の物性値を精度よく推定することができる信号処理方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本願発明者らは、超音波パルス波の集束ビームの送信信号や反射波信号には低周波領域から高周波領域まで幅広く周波数成分が含まれること、及び集束ビームの拡がりは周波数に依存する(即ち集束ビームは周波数に依存した指向特性を持つ)ことに着目し、ビームの拡がりの大きさに応じて空間平均処理を行う範囲を変えることを思い付き、鋭意検討を行った。その結果、いったん周波数領域に変換してスペクトルに分解した反射波信号について、相対的にビームの拡がりが大きい低周波領域の周波数成分ほど範囲を広く設定する一方、相対的にビームの拡がりが小さい高周波領域の周波数成分ほど範囲を狭く設定して空間平均処理を行えば、空間分解能を維持しつつ低周波ノイズを有効に低減できることを新たに知見した。そして、本願発明者らはこの知見に基づいてさらに鋭意研究を進めることにより、下記に列挙する解決手段を想到するに至ったのである。
【0012】
[1]対象物の深さ方向に直交する方向に走査しつつ前記対象物に超音波パルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号の処理を行い、超音波画像を生成する方法であって、反射波信号をフーリエ変換して時間領域から周波数領域に変換することにより周波数成分に分解する周波数成分分解ステップと、分解された周波数成分のうち、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域の周波数成分ほど範囲を広く設定して空間平均処理を行う空間平均処理ステップと、空間平均処理後の反射波信号を逆フーリエ変換して周波数領域から時間領域に戻す時間領域変換ステップと、時間領域に戻された反射波信号から取得した前記対象物の深さ方向の情報に基づいて、前記超音波画像を生成する超音波画像生成ステップとを含む超音波画像生成方法。
【0013】
[2]前記空間平均処理ステップでは、分解された周波数成分のうち、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域の周波数成分では、範囲を広く設定して空間平均処理を行い、ビームの拡がりが相対的に小さい高周波領域の周波数成分では、空間平均処理を全く行わず、前記低周波領域と前記高周波領域との中間に位置する領域では、前記低周波領域のときよりも範囲を狭く設定して空間平均処理を行うことを特徴とした上記1に記載の超音波画像生成方法。
【0014】
[3]前記超音波画像生成ステップでは、時間領域に戻された反射波信号から前記対象物の深さ方向の固有音響インピーダンス値を推定する処理を行った後、その推定された固有音響インピーダンス値の情報に基づいて前記超音波画像を生成することを特徴とした上記1または2に記載の超音波画像生成方法。
【0015】
[4]前記空間平均処理ステップでは、前記周波数成分に対応したビーム径の範囲よりも狭い範囲を設定して前記空間平均処理を行うことを特徴とした上記1乃至3のいずれか1項に記載の超音波画像生成方法。
[5]前記空間平均処理ステップでは、前記集束ビームの焦点付近の空間平均処理の範囲を基準範囲とし、焦点深度から深い位置ほど前記基準範囲よりも範囲を広く設定して、前記空間平均処理を行うことを特徴とした上記1乃至4のいずれか1項に記載の超音波画像生成方法。
【0016】
[6]対象物の深さ方向に直交する方向に走査しつつ前記対象物に超音波パルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号の処理を行い、超音波画像を生成する装置であって、反射波信号をフーリエ変換して時間領域から周波数領域に変換することにより周波数成分に分解する周波数成分分解手段と、分解された周波数成分のうち、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域の周波数成分ほど範囲を広く設定して空間平均処理を行う空間平均処理手段と、空間平均処理後の反射波信号を逆フーリエ変換して周波数領域から時間領域に戻す時間領域変換手段と、時間領域に戻された反射波信号から取得した前記対象物の深さ方向の情報に基づいて、前記超音波画像を生成する超音波画像生成手段とを備えた超音波画像生成装置。
【0017】
[7]対象物の深さ方向に直交する方向に走査しつつ前記対象物にパルス波の集束ビームを送信したときに得られる反射波信号を処理する方法であって、前記反射波信号をフーリエ変換して時間領域から周波数領域に変換することにより、周波数成分に分解する周波数成分分解ステップと、分解された周波数成分のうち、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域の周波数成分ほど範囲を広く設定して空間平均処理を行う空間平均処理ステップと、空間平均処理後の反射波信号を逆フーリエ変換して周波数領域から時間領域に戻す時間領域変換ステップと、時間領域に戻された反射波信号から前記対象物の深さ方向の物性値を推定する処理を行う物性値推定ステップとを含む信号処理方法。
【発明の効果】
【0018】
以上詳述したように、上記手段1~6に記載の発明によると、空間分解能を維持しつつ低周波ノイズを低減することを通じて、高精度で鮮明な超音波画像を生成することができる超音波画像生成方法及び装置を提供することができる。また、上記手段7によると、空間分解能を維持しつつ低周波ノイズを低減することを通じて、対象物の深さ方向の物性値を精度よく推定することができる信号処理方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明を具体化した実施形態の超音波画像生成装置を示す概略構成図。
図2】実施形態の超音波画像生成装置の電気的構成を示すブロック図。
図3】X-Yステージの移動に伴う超音波の走査範囲の一例を示す概略図。
図4】実施形態において固有音響インピーダンス像の生成についての演算処理を説明するためのフローチャート。
図5】反射波信号のノイズ低減のための補正処理の原理を説明するための概略図。
図6】(a)は高周波領域の集束ビーム形状を示し、(b)は低周波領域の集束ビームのビーム形状を示す概略図。
図7】(a)は時間領域の反射波信号の波形を示し、(b)は周波数領域に変換された反射波信号の波形を示す概略図。
図8】(a)は集束ビームのビーム幅の計算方法を説明するための概略図、(b)は周波数に応じた空間平均の範囲を示すグラフ。
図9】実施形態の補正処理を数式で説明した文章を画像として組み込んだ図。
図10】実施形態の補正処理を数式で説明した文章を画像として組み込んだ図。
図11】(a)は補正処理前における皮膚の固有音響インピーダンス像、(b)は補正処理前における皮膚の深さ方向の固有音響インピーダンスの波形を示すグラフ、(c)は補正処理後における皮膚の固有音響インピーダンス像、(d)は補正処理後における皮膚の深さ方向の固有音響インピーダンスの波形を示すグラフ。
図12】(a)は無補正の培養細胞の固有音響インピーダンス像、(b)は実施形態の手法で自動的に補正された培養細胞の固有音響インピーダンス像、(c)は培養細胞の光学顕微鏡像、(d)は培養細胞を平面方向からみたCモード画像。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の超音波画像生成方法及び装置を具体化した実施形態を図1図12に基づき詳細に説明する。
【0021】
図1は、本実施形態の超音波画像生成装置1を示す概略構成図である。図1に示されるように、本実施形態の超音波画像生成装置1は、超音波を用いて皮膚8(対象物)を観察、診断等するための装置であって、パルス励起型超音波顕微鏡2と、パーソナルコンピュータ(PC)3とを備えている。
【0022】
パルス励起型超音波顕微鏡2は、ステージ4を有する顕微鏡本体5と、ステージ4の下方に設置された超音波プローブ6とを備える。パルス励起型超音波顕微鏡2の超音波プローブ6は、PC3と電気的に接続されている。
【0023】
本実施形態のステージ4は、ユーザの手動操作により、水平方向(即ちX方向及びY方向)に移動できるように構成されている。このステージ4には、対象物を接触させて配置するための樹脂プレート9が固定されている。ここでの対象物は、生体の軟組織(具体的には、肌組織;皮膚8)である。本実施形態では、ヒトの皮膚8を樹脂プレート9に直接押し付けることにより測定等を行っている。また、既知の音響物性を有する基体としての樹脂プレート9は、超音波を透過させることができる平板状部材である。樹脂プレート9は、対象物である皮膚8よりも硬い材料からなる。このような形状及び硬さの部材を基体として用いた場合、対象物である皮膚8を確実に密着配置することが可能となる。そして、深さ方向の固有音響インピーダンス分布を正確に推定可能となる結果、画像の精度が向上する。なお、本実施形態では厚さ0.8mmのポリスチレン板が用いられている。勿論、ポリスチレン以外の樹脂からなる板材などを用いることも許容される。
【0024】
この樹脂プレート9において上面は、皮膚8が接触配置される側の面である。当該上面には、参照物質としてのリファレンス部材10があらかじめ設置されている。リファレンス部材10は、樹脂プレート9とは異なる既知の音響物性を有している。本実施形態では例えばアクリル樹脂(アクリル接着剤)を付着させることによりリファレンス部材10としているが、勿論これに限定されるわけではない。リファレンス部材10に対して密着させることが可能なものであれば、樹脂材以外のもの(例えばガラス材、金属材、セラミック材など)をリファレンス部材10としてもよい。あるいは、このようなリファレンス部材10を設置する代わりに、例えば樹脂プレート9の上面に接するように水等を存在させておき、これを参照物質として用いてもよい。なお、樹脂プレート9にリファレンス部材10をあらかじめ設置しておくことにより、装置が置かれる環境の変化等に依存せず、リファレンス部材10に入射した超音波波形のインパルス応答情報を正確にかつ安定的に取得することができる。
【0025】
超音波プローブ6は、プローブ本体12と、超音波トランスデューサ13(超音波振動子)と、X-Yステージ14とを備える。プローブ本体12は、水などの超音波伝達媒体Wを貯留可能な貯留部11をその先端部に有している。超音波トランスデューサ13は、プローブ本体12の略中心部に配置されている。X-Yステージ14は、プローブ本体12をステージ4の平面方向、即ち対象物である皮膚8の深さ方向に直交する方向に沿って二次元的に機械走査するための装置である。プローブ本体12の貯留部11は上部が開口している。その貯留部11の開口側を上向きにした状態で、超音波プローブ6がステージ4の下方に設置されている。
【0026】
超音波トランスデューサ13は、例えば酸化亜鉛の薄膜圧電素子16とサファイアロッドの音響レンズ17とによって構成される。この超音波トランスデューサ13は、パルス励起されることで樹脂プレート9の下面側から皮膚8及びリファレンス部材10に対して超音波パルス波を照射する。超音波トランスデューサ13が照射する超音波パルス波のビームは、貯留部11の超音波伝達媒体Wを介して円錐状に集束する。そしてこの集束ビームB1は、樹脂プレート9の上面(皮膚8の表面付近)で焦点を結ぶようになっている。なお本実施形態では、超音波トランスデューサ13として、口径2.4mm、焦点距離4.0mm、中心周波数80MHz、帯域幅3~100MHz(-6dB)の仕様のものを用いている。勿論、これとは異なる仕様の超音波トランスデューサ13を用いてもよい。
【0027】
図2は、本実施形態の超音波画像生成装置1の電気的な構成を示すブロック図である。
【0028】
図2に示されるように、超音波プローブ6は、超音波トランスデューサ13、X-Yステージ14、パルス発生回路21、受信回路22、送受波分離回路23、検波回路24、A/D変換回路25、エンコーダ26、コントローラ27を備える。
【0029】
走査手段としてのX-Yステージ14は、Xステージ14X及びYステージ14Yを備えるとともに、それぞれのステージ14X,14Yを駆動するモータ28X,28Yを備えている。これらのモータ28X,28Yとしては、ステッピングモータやリニアモータが使用される。
【0030】
各モータ28X,28Yにはコントローラ27が接続されており、該コントローラ27の駆動信号に応答してモータ28X,28Yが駆動される。これらモータ28X,28Yの駆動により、Xステージ14Xを連続走査(連続送り)するとともに、Yステージ14Yを間欠送りとなるよう制御することで、X-Yステージ14の高速走査が可能となっている。
【0031】
また、本実施形態においては、Xステージ14Xに対応してエンコーダ26が設けられ、エンコーダ26によりXステージ14Xの走査位置が検出される。具体的には、走査範囲を300×300個の測定点(ピクセル)に分割した場合、1回のX方向(水平方向)の走査が300分割される。そして、各測定点の位置がエンコーダ26によって検出されPC3に取り込まれる。PC3はそのエンコーダ26の出力に同期して駆動制御信号を生成し、その駆動制御信号をコントローラ27に供給する。コントローラ27は、この駆動制御信号に基づいてモータ28Xを駆動する。また、コントローラ27は、エンコーダ26の出力信号に基づきX方向の1ラインの走査が終了した時点でモータ28Yを駆動して、Yステージ14YをY方向に1ピクセル分移動させる。
【0032】
さらに、コントローラ27は、駆動制御信号に同期してトリガ信号を生成してパルス発生回路21に供給する。これにより、パルス発生回路21において、そのトリガ信号に同期したタイミングで励起パルスが生成される。その励起パルスが送受波分離回路23を介して超音波トランスデューサ13に供給される。その結果、超音波トランスデューサ13から超音波パルス波の集束ビームB1が照射される。
【0033】
図3は、X-Yステージ14の移動に伴う超音波パルス波の集束ビームB1の走査範囲SR1の一例を示している。この例では、皮膚8を接触配置させる領域を包囲するようにリファレンス部材10が設けられている。そして、ヒトの皮膚8を当該領域に押し付けた状態で、リファレンス部材10がある位置を起点として、走査が開始される。そして、矢印で示すように、皮膚8の表面に沿ってX方向及びY方向に二次元的に走査が行われる。図3において各走査点はS1で表現されている。
【0034】
超音波トランスデューサ13の薄膜圧電素子16は、送受波兼用の超音波振動子である。このため、薄膜圧電素子16は、皮膚8で反射して戻ってきた超音波パルス波の反射波を受信して電気信号に変換する。そして、その反射波信号は、送受波分離回路23を介して受信回路22に供給される。受信回路22は、信号増幅回路を含んで構成されていて、反射波信号を増幅して検波回路24に出力する。
【0035】
検波回路24は、皮膚8からの反射波信号を検出するための回路であり、図示しないゲート回路を含む。本実施形態の検波回路24は、超音波トランスデューサ13で受信した反射波信号のなかから、皮膚8からの反射波信号やリファレンス部材10からの反射波信号を抽出する。そして、検波回路24で抽出された反射波信号は、A/D変換回路25に供給されてA/D変換された後、PC3に転送される。
【0036】
PC3は、CPU31(中央処理装置)、I/F回路32、メモリ33、記憶装置34、入力装置35、及び表示装置36を備え、それらはバス37を介して相互に接続されている。
【0037】
CPU31は、メモリ33を利用して制御プログラムを実行し、システム全体を統括的に制御する。制御プログラムとしては、X-Yステージ14による二次元走査を制御するためのプログラム、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列のデータを固有音響インピーダンス像へ変換するためのプログラム、固有音響インピーダンス像を表示するためのプログラムなどを含む。なお、CPU31とは別に例えばDSP(Digital Signal Processor:デジタル信号プロセッサ)を設けて、そこでCPU31が行っている信号処理の一部を行わせてもよい。
【0038】
I/F回路32は、超音波プローブ6との間で信号の授受を行うためのインターフェース(具体的には、USBインターフェース)である。I/F回路32は、超音波プローブ6に制御信号(コントローラ27への駆動制御信号)を出力したり、超音波プローブ6からの転送データ(A/D変換回路25から転送されるデータなど)を入力したりする役割を果たすものである。なお、超音波プローブ6との間で信号の授受を行う場合には、上記のような物理的なインターフェースに限定されることはなく、無線インターフェースを用いてもよい。
【0039】
表示装置36は、例えば、液晶、プラズマ、有機EL(electroluminescence)等のモニタディスプレイである。表示装置36は、カラー表示、モノクロ表示を問わずに使用できるが、カラー表示であることが望ましい。この表示装置36は、皮膚8の表層の固有音響インピーダンス像を表示したり、各種設定の入力画面を表示したりするために用いられる。
【0040】
入力装置35は、タッチパネル、マウス、キーボード、ポインティングデバイス等の入力ユーザインタフェースであって、ユーザからの要求や指示、パラメータの入力に用いられる。
【0041】
記憶装置34は、磁気ディスク装置や光ディスク装置などのハードディスクドライブであり、各種の制御プログラム及び各種のデータを記憶している。メモリ33は、RAM(ランダムアクセスメモリ)やROM(リードオンリーメモリ)を含み、超音波測定のためにあらかじめ取得されたリファレンス部材10の反射波形とその固有音響インピーダンスとを保存する。CPU31は、入力装置35による指示に従い、プログラムやデータを記憶装置34からメモリ33へ転送し、それを逐次実行する。CPU31は、メモリカード、フレキシブルディスク、光ディスクなどの記憶媒体に記憶されたプログラムを実行してもよく、通信媒体を介してダウンロードしたプログラムを実行してもよい。プログラムは、記憶装置34にインストールされて実行される。
【0042】
本実施形態の超音波画像生成装置1は、反射波信号を補正処理することにより反射波信号に含まれる低周波ノイズを低減するための信号補正処理手段を備えている。信号補正処理手段は、周波数成分分解手段と空間平均処理手段と時間領域変換手段とを含んで構成されている。本実施形態では、CPU31が信号補正処理手段として機能する。信号補正処理手段における周波数成分分解手段であるCPU31は、反射波信号をフーリエ変換して時間領域から周波数領域に変換することにより、反射波信号を周波数成分に分解する。信号補正処理手段における空間平均処理手段であるCPU31は、分解された周波数成分のうち、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域の周波数成分ほど範囲を広く設定して空間平均処理を行う。信号補正処理手段における時間領域変換手段であるCPU31は、空間平均処理後の反射波信号を逆フーリエ変換して、周波数領域から時間領域に戻す。そして以上の補正処理の結果、低周波ノイズが低減された反射波信号(補正反射波信号)が得られる。なお、このような演算は、メモリ33内に格納された所定のスペクトル分解空間平均アルゴリズムに基づいて実行される。
【0043】
次に、本実施形態の超音波画像生成装置1において、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列から固有音響インピーダンス像を生成する手法について説明する。
【0044】
この超音波画像構築装置1では、参照物質であるリファレンス部材10に入射した超音波波形のインパルス応答情報、及び対象物である皮膚8に入射した超音波波形のインパルス応答情報から、規格化されたインパルス応答情報を得る。そして、その規格化されたインパルス応答情報に基づいて、深さ方向の音響物性分布を多重反射の影響を考慮して推定する。また、このような推定を行うために、本実施形態では、対象物内において異なる固有音響インピーダンスを持つ無損失の微小伝送路が深さ方向に連なって伝送路の集合体をなしていると仮定する。そして、手前側の微小伝送路の固有音響インピーダンスの推定結果に基づきその奥側に隣接する微小伝送路の固有音響インピーダンスを推定する演算処理を順次繰り返す。この繰り返しの演算処理により、伝送路の深さ方向の音響物性分布(ここでは固有音響インピーダンス分布)を推定する。このような演算は、メモリ33内に格納された所定のアルゴリズムに基づいて実行される。
【0045】
このアルゴリズムでは、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列を用いることによって、深さ方向の固有音響インピーダンスの分布を推定する。このアルゴリズムは、時間領域反射測定法(TDR法:Time Domain Reflectometry法)の原理を参考としている。このアルゴリズムは、皮膚組織内部での多重反射を考慮した時間-周波数領域における解析を通じて、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列を深さ方向の固有音響インピーダンス像に変換する。なお、このアルゴリズムについては、例えば特許第6361001号公報に具体的に説明されているので、ここではその説明を省略する。
【0046】
本実施形態では、上記のような推定ステップを行って深さ方向の固有音響インピーダンス分布を推定した後、得られた推定結果に基づいて、Bモードエコー像の元となる反射信号列を固有音響インピーダンス像に変換する。
【0047】
次に、本実施形態の超音波画像構築装置1において固有音響インピーダンス画像を生成するために、プロセッサであるCPU31が実行する演算処理について、図4のフローチャートを用いて説明する。
【0048】
まず、対象物であるヒトの皮膚8を樹脂プレート9の上面に押し付けるようにして接触させる。この状態で、まず超音波プローブ6に初期動作を行わせる。即ち、CPU31からの指示に基づいてコントローラ27を作動させることにより、モータ28X,28Yを駆動し、X-Yステージ14を移動させる。そして、リファレンス部材10がある位置にて超音波パルス波の集束ビームB1の照射が可能な状態にする。
【0049】
またこのとき、CPU31からの指示に基づいて励起パルスがトランスデューサ13に供給されると、リファレンス部材10に超音波パルス波の集束ビームB1が照射される。そして、その反射波が受信回路22を経て検波回路24で検出される。次に、反射波取得手段としてのCPU31は、A/D変換回路25で変換されたデジタルデータをI/F回路32を介して取得する。CPU31は、そのデータをリファレンス部材10からの超音波波形のインパルス応答のデータとしてメモリ33に記憶する(ステップS100)。
【0050】
その後、CPU31からの指示に基づいてコントローラ27によりモータ28X,28Yが駆動され、X-Yステージ14による二次元走査が開始される。このときCPU31は、トランスデューサ13を次の測定点(走査点S1)へ移動させるととともに(ステップS110)、エンコーダ26の出力に基づいて測定点(走査点S1)の座標データを取得する(ステップS120)。
【0051】
そして、CPU31からの指示に基づいて励起パルスがトランスデューサ13に供給されることにより、皮膚8に超音波パルス波の集束ビームB1が照射される。そして、特定の測定点(走査点S1)における反射波が受信回路22を経て検波回路24で検出される。反射波取得手段としてのCPU31は、A/D変換回路25で変換されたデジタルデータをI/F回路32を介して取得する。CPU31は、その取得したデータを皮膚8からの超音波波形のインパルス応答のデータ(反射波信号データ)として、座標データに関連付けてメモリ33に記憶する(ステップS130)。
【0052】
次いで、CPU31は、全ての測定点(走査点S1)での処理が終了して画像データが全て取得されたか否かを判断する(ステップS140)。ここで、全データが取得されていない場合には(ステップS130:NO)、CPU31は、ステップS110に戻り、次の測定点(走査点S1)に移動してから、ステップS120~S140の処理を繰り返し実行する。全データが取得された場合には(ステップS140:YES)、CPU31は、次ステップS150に移行する。
【0053】
ステップS150においてCPU31は、取得した反射波信号を補正して低周波ノイズを低減する処理を行う。具体的には、反射波信号をフーリエ変換して時間領域から周波数領域に変換することにより、反射波信号を周波数成分に分解する(周波数成分分解ステップ)。次に、分解された周波数成分のうち、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域R1の周波数成分ほど範囲を広く設定して空間平均処理を行う。一方、ビームの拡がりが相対的に小さい高周波領域R2の周波数成分ほど範囲を狭く設定して空間平均処理を行う(空間平均処理ステップ)。次に、空間平均処理後の反射波信号を逆フーリエ変換して、周波数領域から時間領域に戻し、補正反射波信号とする(時間領域変換ステップ)。この後、CPU31は次ステップS160に移行する。
【0054】
次いで、演算手段としてのCPU31は、規格化されたインパルス応答信号のデータを用いて、TDR法の原理を参考とした推定ステップの演算を実行する。そしてCPU31は、その演算により皮膚8における各測定点(走査点S1)での深さ方向の固有音響インピーダンスを深さ方向の手前側から奥側に向かって順次推定することを通じて、深さ方向の固有音響インピーダンス分布を推定し、その推定結果をメモリ33に記憶する(ステップS160)。
【0055】
その後、画像生成手段としてのCPU31は、深さ方向の固有音響インピーダンス分布の推定結果に基づいて、深さ方向の固有音響インピーダンス像(超音波画像)を生成するための画像処理を行う(ステップS170)。詳しくは、CPU31は、固有音響インピーダンス分布の推定結果に基づいてカラー変調処理を行い、固有音響インピーダンスの大きさに応じて色分けして表示した画像データを生成し、この画像データをメモリ33に記憶する。
【0056】
そして、CPU31は、このデータを表示装置36に転送し、あらかじめ定めた直線上における固有音響インピーダンス像を表示させた後(ステップS180)、図4の処理を終了する。このような一連の処理により、皮膚8での固有音響インピーダンスの大きさに応じて色分けされた固有音響インピーダンス像が表示される。
【0057】
次に、本実施形態における低周波ノイズ低減のための補正処理について具体的に述べる。
【0058】
まず、問題の所在について説明すると、深さ方向の固有音響インピーダンス分布を推定するための演算を行う場合、その過程で、反射係数を固有音響インピーダンス値に変換する操作を時間軸上で繰り返し行う必要がある。反射係数には低周波成分が含まれており、ここに低周波ノイズ(ベースラインの揺らぎ等に起因すると推定されるノイズ)が重畳すると、誤差が深さ方向の後方に伝搬して積算され、さらに大きな誤差をもたらす。この大きな誤差は、深さ方向の固有音響インピーダンス分布の推定精度を低下させる原因となる。そして、このことが超音波画像の高精度化や鮮明化を達成するうえで問題となる。
【0059】
ここで、図5(a)は高周波領域R2の集束ビームB1の形状を示す概略図、図5(b)は低周波領域R1の集束ビームB1の形状を示す概略図である。両図を比較すると、高周波領域R2の集束ビームB1のほうが、低周波領域R1の集束ビームB1よりも焦点付近におけるビーム径が細いことがわかる。
【0060】
高周波領域R2では集束ビームB1の反射波信号波形は、対象物の内部の構造を反映したものとなる。また、超音波トランスデューサ13を走査して動かすと、反射波信号の波形が変化するという性質がある。これは、周波数が高くて波長が短くなると、拡がり関数の幅(即ち暈け)が小さくなるからである。
【0061】
一方、低周波領域R1では集束ビームB1の反射波信号波形は、対象物の内部の構造の平均的な特性に依存したものとなる。また、超音波トランスデューサ13を狭い範囲で走査して動かしても、反射波信号の波形が大きく変化しないという性質がある。これは、周波数が低くて波長が長くなると、拡がり関数の幅(即ち暈け)が大きくなるからである。
【0062】
ところで、超音波パルス波の集束ビームB1は、低周波領域R1から高周波領域R2まで幅広く周波数成分を含んでおり、周波数帯域が中心周波数の周りに広く拡がっているという特性を有している。ここで、図6は反射波信号のノイズ低減のための補正処理の原理を説明するためのものであり、図6(a)は各走査点S1における時間領域の反射波信号の波形、つまりフーリエ変換前の反射波信号の波形を三次元的に表した概略図である。この図6(a)では、超音波トランスデューサ13が平面方向(xy方向)に沿って二次元走査されるため、xy平面には複数の走査点S1が存在している。z方向は対象物の深さ方向であり、超音波パルス波の集束ビームB1が進行する方向である。なお、図7(a)も同様に時間領域の反射波信号の波形を示したグラフである。4本の曲線は、隣接する異なる走査点S1での反射波信号の波形である。これらの図に描かれた反射波信号は、低周波揺らぎを含んだものとなっている。
【0063】
次に、図6(b)は周波数領域に変換された反射波信号の波形、つまりフーリエ変換後の反射波信号の波形を三次元的に表した概略図である。なお、図7(b)も同様に周波数領域の反射波信号の波形を示したグラフである。4本の曲線は、隣接する異なる走査点S1での反射波信号の波形である。便宜上、図7(b)では、低周波領域をR1、高周波領域をR2、それらの間に位置する領域である中周波領域をR3として表している。そして、本実施形態では周波数領域ごとに異なる空間平均処理を行うようにしている。ここで「空間平均」とは、各走査点S1で取得した反射波信号と、その周りの走査点S1で取得した信号とを平均したものをいうこととする。通常は適当な関数で重み付けしてから平均をとる。なお、図8(a)は集束ビームB1のビーム幅の計算方法を説明するための概略図であり、図8(b)は周波数に応じた空間平均処理の範囲を示すグラフである。空間平均処理を行う範囲は、例えば使用する超音波トランスデューサ13の形状、寸法、材質等から算出されたビーム幅に基づき、周波数に応じて決定される。
【0064】
本実施形態では、時間領域の反射波信号をフーリエ変換して、いったん周波数領域に変換してスペクトルに分解する。そしてその反射波信号を空間平均処理するにあたり、ビームの拡がりの大きさに応じて(つまり周波数に依存したビームの指向特性に応じて)空間平均処理を行う範囲を変えるようにしている。具体的には、相対的に大きい低周波領域R1の周波数成分ほど範囲を広く設定する一方、相対的に小さい高周波領域R2の周波数成分ほど範囲を狭く設定している。図6(b)では、高周波領域R2の集束ビームB1が濃色で描かれている。高周波領域R2では、集束ビームB1の集束度合が高いため、空間平均処理の範囲を狭く(例えば隣接する周囲の走査点S1の1~10個分に)設定する。そしてこのような範囲設定により、空間分解能を低下させず維持するようにする。一方、図6(b)では、低周波領域R1の集束ビームB1が淡色で描かれている。低周波領域R1では、集束ビームB1の集束度合が低くて暈けているので、空間平均処理の範囲を広く(例えば隣接する周囲の走査点S1の30~100個分に)設定する。そしてこのような範囲設定により、低周波ノイズを低減するようにする。ただし、空間平均処理を行う範囲は、周波数成分に対応したビーム径の範囲よりも狭い範囲で設定される。この処理を行うにあたり、対応したビーム径の範囲を超えてあまりに広い範囲を設定してしまうと、空間分解能を維持できなくなるおそれがあるからである。空間平均処理を行う範囲は、周波数成分に対応したビーム径の範囲の例えば1/2以下がよく、1/4以下がさらによい。ちなみに、本実施形態の空間平均処理が成立する条件として、走査点S1の刻み幅がビーム径より細かく設定されていることが必要とされる。つまり、ビームにおける任意の深さ位置の横断面にて、複数の走査点S1が含まれるように走査点S1の刻み幅が設定される必要がある。例えば、高周波領域R2の集束ビームB1の場合、平均ビーム径が最も小さくなる焦点付近の横断面であっても、走査点S1を数個以上含むことがよい。
【0065】
ちなみに図7(b)では、低周波領域R1にて広い範囲で空間平均処理したものを使用し、中周波領域R3にてやや狭い範囲で空間平均処理したものを使用し、高周波領域R2にて非常に狭い範囲で空間平均処理したものを使用して、波形を補正することを示している。この場合、高周波領域R2については空間平均処理を全く行わず、波形をそのまま使用してもよい。
【0066】
そして、上記各周波数スペクトルを重み付け加算平均した後、逆フーリエ変換して周波数領域から時間領域に戻すことにより、補正反射波信号が得られる。図6(c)は、補正反射波信号の波形を示している。この処理を経ると、各走査点S1の高周波成分を保持したままで低周波揺らぎが低減されることになる。
【0067】
ここで、図9図10は、本実施形態の信号補正処理において、得られるべき信号のこと、ノイズのこと及び空間平均のことを、それぞれ数式を用いて詳細に説明した文章を図として組み込んだものである。図9図10の説明文から明らかなように、この補正処理によれば、空間分解能を低下することなく測定点(走査点S1)の信号の低周波ノイズを有効に低減することができる。なお、重み関数の拡がりは周波数が低いほど大きく設定され、二次元的に拡がった状態となる(図6(b)を参照)。重み関数の拡がりを周波数軸上に積み上げたものは、パゴダ(宝塔、仏塔)のような形に見えるので、これを「スペクトルパゴダ」と命名する。また、この原理に基づいて行う上記の信号処理方法のことを、「スペクトルパゴダ空間平均法」あるいは「スペクトル分解空間平均法」と呼ぶことにする。
【0068】
図11(a)は補正処理前における皮膚8の固有音響インピーダンス像、図11(b)は補正処理前における皮膚8の深さ方向の固有音響インピーダンスの波形を示すグラフである。図11(a)の固有音響インピーダンス像では、深さ方向に多くの筋が入るような乱れが生じて、層内に色ムラが生じており、画像が不鮮明になっている。そのため、皮膚8における微細な層構造が感覚的に把握しにくい画像となっている。また、図11(b)における固有音響インピーダンスの波形を見ると、同じ深さであっても値がかなりばらついていることがわかる。
【0069】
これに対し、図11(c)は補正処理後における皮膚8の固有音響インピーダンス像、図11(d)は補正処理後における皮膚8の深さ方向の固有音響インピーダンスの波形を示すグラフである。図11(c)の固有音響インピーダンス像では、深さ方向に若干筋が入っているものの乱れが生じておらず、層内における音響インピーダンス値が補正され画像の色ムラが減少している。また、補正処理前に比べて画像もかなり鮮明になっている。そのため、皮膚8における微細な層構造が把握可能な画像となっている。また、図11(d)における固有音響インピーダンスの波形を見ると、同じ深さの値が殆どばらついていないことがわかる。
【0070】
図12(c)は培養細胞の光学顕微鏡像であり、図12(d)は培養細胞を平面方向からみたときのCモード画像である。そして、図12(a)は、実施形態の手法による補正処理を行っていない培養細胞の固有音響インピーダンス像を示している。このときの固有音響インピーダンス像は、低周波揺らぎに起因した筋が深さ方向に多数入っていて、層内に色ムラがある。ゆえに、不鮮明な固有音響インピーダンス像となっている。これに対し、図12(b)は実施形態の手法で自動的に補正処理された培養細胞の固有音響インピーダンス像である。補正処理された固有音響インピーダンス像は、深さ方向に殆ど筋が入っておらず、層内における色ムラがない。ゆえに、画像が十分に補正されており、格段に鮮明な固有音響インピーダンス像が得られていることがわかる。
【0071】
従って、本実施形態によれば以下の効果を得ることができる。即ち、本実施形態の超音波画像構築装置1は、周波数成分分解手段、空間平均処理手段、時間領域変換手段及び超音波画像生成手段を備えている。周波数成分分解手段は、反射波信号をフーリエ変換して時間領域から周波数領域に変換することにより周波数成分に分解する。空間平均処理手段は、分解された周波数成分のうち、ビームの拡がりが相対的に大きい低周波領域R1の周波数成分ほど範囲を広く設定して空間平均処理を行う。時間領域変換手段は、空間平均処理後の反射波信号を逆フーリエ変換して周波数領域から時間領域に戻す。超音波画像生成手段は、時間領域に戻された反射波信号から取得した皮膚8の深さ方向の情報に基づいて、超音波画像を生成する。そしてこの装置1では、隣接する走査点S1との間で反射波信号の波形の空間平均処理を行うことから、空間情報を含んだ各走査点S1の高周波成分を保持したまま、揺らぎ等のノイズを含んだ低周波成分のみを除去することができる。その結果、空間分解能を維持しつつ低周波ノイズを効果的に低減することが可能となり、これを通じて高精度で鮮明な超音波画像を生成することができる。
【0072】
なお、本発明の各実施の形態は以下のように変更してもよい。
【0073】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、リファレンス部材10からの反射波を参照波形として用いて演算処理を行ったが、これに限定されるものではない。この参照波形としては、樹脂プレート9の上面において皮膚8が接触していない箇所からの反射波であればよい。例えば、樹脂プレート9の上面において皮膚8もリファレンス部材10も接触していない箇所(具体的には、リファレンス部材10よりも外側に位置する樹脂プレート9の表面)での反射波を用いてもよい。言い換えると、樹脂プレート9と空気層との界面からの反射波を参照波形として利用してもよい。
【0074】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、下方から超音波を照射する倒立型の超音波顕微鏡2を用いて超音波の照射を行ったが、上方から超音波を照射する正立型の超音波顕微鏡を用いてもよい。
【0075】
・上記実施形態では、基本的に疾患を有していない比較的健康な皮膚8を対象として、その状態を評価する目的で超音波画像生成装置1を用いたが、これに限定されない。例えば、皮膚がんなどの疾患に伴う皮膚の異常を早期に検出する目的で超音波画像生成装置1を用いてもよい。
【0076】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、対象物がヒトの頬の皮膚8であったが、頬以外の他の部位における皮膚8であっても勿論よい。また、対象物は皮膚8でなくてもよく、例えば内臓、筋肉、脳、脂肪などの生体の軟組織であってもよいほか、歯、爪、骨のような硬い組織であっても勿論よい。また、本発明における対象物は、ヒトの一部でなくてもよく、生体から単離された各種細胞(例えばグリア細胞など)であってもよい。なお、付着性細胞であれば生物種は問わずどのような培養細胞であってもよい。さらにいうと、対象物は必ずしも生体組織や生物でなくてもよく、非生物(例えば塗膜など)であってもよい。換言すると本発明は、医療分野、美容分野、化粧品分野のみに限定されず、例えば測定等に関する工業分野、宇宙航空分野などにおいても広く適用されることができる。
【0077】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1は、対象物に対して超音波トランスデューサ13を平面方向に沿った2方向に機械走査して走査点を移動させる走査手段を備えていた。これに代えて、超音波トランスデューサ13を平面方向に沿った1方向にのみ機械走査して走査点を移動させる走査手段を備えたものとしてもよい。また、機械式の走査手段ではなく、走査点を電子的に走査して走査点を移動させる走査手段を用いてもよい。
【0078】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、深さ方向の固有音響インピーダンス分布の推定結果に基づいて固有音響インピーダンス像を生成したが、これに限定されない。例えば、深さ方向の音速分布を推定し、その結果に基づいて音速像を生成してもよい。
【0079】
・上記実施形態の超音波画像生成装置1では、超音波Bモードエコー画像の元となる反射信号列から固有音響インピーダンス像を生成してそれを表示装置36に表示させるように構成したが、固有音響インピーダンス像ばかりでなく超音波Bモードエコー像も表示できるようにしても勿論よい。また、超音波Bモードエコー像を表示する汎用の超音波診断装置に上記実施形態のスペクトル分解空間平均アルゴリズムを組み込むことで、超音波画像生成装置1として動作させるようにしてもよい。
【0080】
・上記実施形態では、測定対象物内での多重反射を考慮した時間-周波数領域における解析を通じて、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列を深さ方向の固有音響インピーダンス像に変換する手法を採用したが、これに限定されない。反射波形から固有音響インピーダンスの分布を推定するための方法としては、例えば、伝送路内部での多重反射を含む全ての反射経路を想定して時間軸上で随時応答を解析していく手法を採用してもよい。この手法であっても、上記実施形態の手法のときと同様の固有音響インピーダンス分布の推定結果を得ることができる。
【0081】
・上記実施形態では、超音波Bモードエコー像の元となる反射信号列を深さ方向の固有音響インピーダンス像に変換するにあたり、対象物内での多重反射を考慮した解析手法を採用したが、これに限定されない。例えば、生体の軟組織のように多重反射の影響が小さいと考えられる場合、対象物内での多重反射を敢えて考慮しない解析手法を採用してもよい。
【0082】
・上記実施形態では、周波数成分に対応したビーム径の範囲よりも狭い範囲を設定して空間平均処理を行う際に、集束ビームB1の深さ方向において焦点からの距離を特に考慮せずに処理の範囲を設定したが、焦点からの距離を考慮してもよい。超音波パルス波の集束ビームB1は、焦点深度では最もビーム径が小さくなるが、焦点深度から深さ方向に距離が長くなるほど、ビームが拡がってビーム径が大きくなる性質がある(図5(a)(b)参照)。ゆえに、焦点深度よりも深い位置にて固有音響インピーダンスの分布推定を推定する場合には、焦点深度からの距離(即ちその深さ位置におけるビーム径)を考慮し、それに応じて周波数成分ごとに空間平均処理の範囲を設定してもよい。つまり、空間平均処理ステップでは、集束ビームB1の焦点付近の空間平均処理の範囲を基準範囲とし、焦点深度から深い位置ほど基準範囲よりも範囲を広く狭く設定して、空間平均処理を行ってもよい。
【0083】
・上記実施形態では、超音波パルス波を用いて送受信を行った場合の反射波信号を対象として本発明を具体化したが、異なる周波数帯域の電磁波を用いて送受信を行った場合の反射波信号を対象としてもよい。例えば、ギガヘルツ帯のパルス波や、テラヘルツ帯のパルス波や、さらにはそれらよりも短波長である光波のパルス波を用いて送受信を行った場合の反射波信号を対象とし、実施形態と同様の信号処理を行うことで、対象物の深さ方向の物性値を推定するようにしてもよい。この場合、推定される物性値は、固有音響インピーダンス等の音響物性値であってもよいが、音響に関係しない物性値を推定しても勿論よい。
【符号の説明】
【0084】
1…超音波画像生成装置
8…対象物としての皮膚
31…周波数成分分解手段、空間平均処理手段、時間領域変換手段、超音波画像生成手段としてのCPU
B1…集束ビーム
R1…低周波領域
R2…高周波領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12