(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022134120
(43)【公開日】2022-09-14
(54)【発明の名称】セルロースナノファイバー乾燥固形物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C08J 3/12 20060101AFI20220907BHJP
C08B 11/12 20060101ALI20220907BHJP
【FI】
C08J3/12 101
C08J3/12 CEP
C08B11/12
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022030757
(22)【出願日】2022-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2021032391
(32)【優先日】2021-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100126985
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 充利
(74)【代理人】
【識別番号】100141265
【弁理士】
【氏名又は名称】小笠原 有紀
(74)【代理人】
【識別番号】100129311
【弁理士】
【氏名又は名称】新井 規之
(72)【発明者】
【氏名】安井 皓章
(72)【発明者】
【氏名】山田 喜威
【テーマコード(参考)】
4C090
4F070
【Fターム(参考)】
4C090AA03
4C090AA10
4C090BA29
4C090BB84
4C090BD15
4C090BD19
4C090CA19
4F070AA02
4F070AB03
4F070AC12
4F070AE28
4F070CA05
4F070CB02
4F070CB12
4F070DA34
4F070DC07
(57)【要約】
【課題】再分散性が良好なセルロースナノファイバー乾燥固形物及びその製造方法を提供する。
【解決手段】平均繊維長が450nm以下のセルロースナノファイバーを含むセルロースナノファイバー乾燥固形物。また、平均繊維長が450nm以下のセルロースナノファイバーを含む分散液を、スプレー乾燥装置を用いて乾燥することを含む、セルロースナノファイバー乾燥固形物の製造方法。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均繊維長が450nm以下のセルロースナノファイバーを含む分散液を、スプレー乾燥装置を用いて乾燥することを含む、セルロースナノファイバー乾燥固形物の製造方法。
【請求項2】
前記スプレー乾燥装置におけるスプレー噴霧方式が、二流体ノズルまたはロータリーアトマイザーである、請求項1に記載の製造方法
【請求項3】
前記乾燥固形物の固形分が、90.0質量%以上である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記セルロースナノファイバーが、アニオン変性セルロースナノファイバーである、請求項1~3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記アニオン変性セルロースナノファイバーが、カルボキシル化セルロースナノファイバーである、請求項4に記載の製造方法。
【請求項6】
前記カルボキシル化セルロースナノファイバーが、カルボキシル化セルロースナノファイバーの絶乾質量に対して、カルボキシル基量が0.6~3.0mmol/gである、請求項4に記載の製造方法。
【請求項7】
平均繊維長が450nm以下のセルロースナノファイバーを含む、セルロースナノファイバー乾燥固形物。
【請求項8】
固形分が90.0質量%以上である、請求項7に記載の乾燥固形物。
【請求項9】
セルロースナノファイバーの濃度が1.0質量%となるように前記乾燥固形物に水を添加し、ホモディスパー(3000rpm)で30分間撹拌して得た水分散液の、波長660nmの光の透過率(光路長10mm)が、65%以上である、請求項7または8に記載の乾燥固形物。
【請求項10】
セルロースナノファイバーの濃度が0.5質量%となるように前記乾燥固形物に水を添加し、墨滴を加えて撹拌した後の、光学顕微鏡観察により算出されるセルロースナノファイバー凝集物の面積率が、10.0%以下である、請求項7~9のいずれか一項に記載の乾燥固形物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースナノファイバー乾燥固形物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースナノファイバーは、水系媒体での分散性に優れている約3nm~数百nm程度の繊維径を有する微細繊維であり、食品、化粧品、医療品又は塗料等の粘度の保持、食品原料生地の強化、水分の保持、食品安定性向上、低カロリー添加物又は乳化安定化助剤としての利用が期待されている。しかし、水に分散している状態(湿潤状態)のセルロースナノファイバーを乾燥させて乾燥固形物とした場合には、通常、微細セルロース繊維の繊維間に水素結合が形成されるため、この乾燥固形物に水を加えて再分散させようとしても、粘度などの諸特性が乾燥前(湿潤状態)と同等までには復元しなくなる。このため、セルロースナノファイバーは水に分散している状態(湿潤状態)で製造され、通常、乾燥させずに湿潤状態のままで各種用途に使用されている。
【0003】
しかしながら、この湿潤状態のセルロースナノファイバーを安定に保つためには、セルロースナノファイバーに対して数倍~数百倍の質量の水が必要であり、保存スペースの確保、保存及び輸送コストの増大等、種々の問題点がある。湿潤状態のセルロースを乾燥する手段としては、凍結乾燥法(特許文献1)が提案されている。しかしながら、セルロースナノファイバーを凍結乾燥した場合、膨大なエネルギーが必要となるとともに、条件によってはセルロースナノファイバーの微細繊維間の水が凍結する際に、微細繊維間の空隙よりも大きな氷晶の成長がおこり、セルロースナノファイバーの微細繊維同士の会合が発生し、セルロースナノファイバー乾燥固形物の再分散性が悪化するという問題があった。
【0004】
これに対し、本出願人は、アニオン変性セルロースナノファイバーに対し、水溶性高分子を5~300質量%含有させて乾燥固形物とすることにより、セルロースナノファイバー乾燥固形物の再分散性を向上させる方法(特許文献2)、また、セルロースナノファイバーと溶媒との混合物を真空乾燥装置を用いて乾燥することにより、セルロースナノファイバー乾燥固形物の再分散性を向上させる方法(特許文献3)を提案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6-233691号公報
【特許文献2】国際公開第2015/107995号
【特許文献3】国際公開第2019/189318号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2及び3に記載の方法は、再分散性のよいセルロースナノファイバー乾燥固形物を製造するのに有効な方法であるが、製造工程の柔軟性を高めるために別の装置や方法を用いても製造できる新たなセルロースナノファイバー乾燥固形物をさらに開発することは好ましい。
【0007】
本発明は、再分散性が良好な新たなセルロースナノファイバー乾燥固形物及びその製造方法を提供することを目的とする。再分散性が良好とは、乾燥前の湿潤状態のセルロースナノファイバー分散液と、セルロースナノファイバー乾燥固形物とした後に再分散して得られたセルロースナノファイバー分散液との間で、粘度や透明度の変化が少ないことをいう。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的に対し、本発明者らが鋭意検討した結果、特定の範囲の平均繊維長を有するセルロースナノファイバーであれば、再分散性が良好となるセルロースナノファイバー乾燥固形物を製造することができることを見出した。また、乾燥の際には、スプレー乾燥装置を用いることが好ましいことを見出した。本発明は、これらに限定されないが、以下を含む。
[1]平均繊維長が450nm以下のセルロースナノファイバーを含む分散液を、スプレー乾燥装置を用いて乾燥することを含む、セルロースナノファイバー乾燥固形物の製造方法。
[2]前記スプレー乾燥装置におけるスプレー噴霧方式が、二流体ノズルまたはロータリーアトマイザーである、[1]に記載の製造方法
[3]前記乾燥固形物の固形分が、90.0質量%以上である、[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]前記セルロースナノファイバーが、アニオン変性セルロースナノファイバーである、[1]~[3]のいずれか一項に記載の製造方法。
[5]前記アニオン変性セルロースナノファイバーが、カルボキシル化セルロースナノファイバーである、[4]に記載の製造方法。
[6]前記カルボキシル化セルロースナノファイバーが、カルボキシル化セルロースナノファイバーの絶乾質量に対して、カルボキシル基量が0.6~3.0mmol/gである、[4]に記載の製造方法。
[7]平均繊維長が450nm以下のセルロースナノファイバーを含む、セルロースナノファイバー乾燥固形物。
[8]固形分が90.0質量%以上である、[7]に記載の乾燥固形物。
[9]セルロースナノファイバーの濃度が1.0質量%となるように前記乾燥固形物に水を添加し、ホモディスパー(3000rpm)で30分間撹拌して得た水分散液の、波長660nmの光の透過率(光路長10mm)が、65%以上である、[7]または[8]に記載の乾燥固形物。
[10]セルロースナノファイバーの濃度が0.5質量%となるように前記乾燥固形物に水を添加し、墨滴を加えて撹拌した後の、光学顕微鏡観察により算出されるセルロースナノファイバー凝集物の面積率が、10.0%以下である、[7]~[9]のいずれか一項に記載の乾燥固形物。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、再分散性が良好なセルロースナノファイバー乾燥固形物を得ることができる。特に、セルロースナノファイバーのうち、アニオン変性セルロースナノファイバーの一種であるカルボキシル化セルロースナノファイバーは、従来の方法では再分散性を高めることが困難な傾向にあったが、本発明では、再分散性が非常に良好なカルボキシル化セルロースナノファイバー乾燥固形物を得ることができるという利点がある。なお、再分散性が良好とは、乾燥前の湿潤状態のセルロースナノファイバー分散液と、セルロースナノファイバー乾燥固形物とした後に再分散して得られたセルロースナノファイバー分散液との間で、粘度や透明度などの変化が少ないことをいう。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施例1、2、4~6で得られた乾燥固形物を倍率400倍の光学顕微鏡で観察したものである。
【
図2】比較例1、2で得られた乾燥固形物を倍率400倍の光学顕微鏡で観察したものである。
【
図3】実施例1、2、4~6で得られた乾燥固形物の再分散液について、CNF同士の凝集を墨汁法で評価したものである。
【
図4】比較例1、2で得られた乾燥固形物の再分散液について、CNF同士の凝集を墨汁法で評価したものである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。本発明において「~」はその両端の値を含む。すなわち「X~Y」はXおよびYを含む。
本発明は、セルロースナノファイバー(以下、「CNF」という。)乾燥固形物及びその製造方法である。詳細には、平均繊維長が450nm以下のCNFを含むCNF乾燥固形物、また、平均繊維長が450nm以下のCNFを含む分散液をスプレー乾燥装置を用いて乾燥することを含むCNF乾燥固形物の製造方法である。本発明により、再分散性が良好なCNF乾燥固形物を得ることができる。
【0012】
本発明により得られるCNF乾燥固形物が、優れた再分散性を発現する理由は明らかではないが、平均繊維長が450nm以下のCNFを用いて乾燥させることにより、CNF同士の電気的な反発を低下させて再分散性を悪化させる原因と考えられる繊維間の水素結合の生成や、繊維同士の絡まりが、抑制されたのではないかと推測している。
【0013】
(セルロースナノファイバー)
本発明において、セルロースナノファイバー(CNF)は、セルロース原料であるパルプなどがナノメートルレベルの繊維幅まで微細化されたものである。CNFの繊維幅(平均繊維径)は、通常、約3nm~数百nm程度であり、例えば、3~500nm程度である。本発明ではCNFの平均繊維径として3~100nm程度のものを用いることが好ましく、3~20nm程度のものがさらに好ましい。
【0014】
本発明では、上記のような平均繊維径を有するCNFのうち、平均繊維長が450nm以下のものを用いる。平均繊維長はより好ましくは400nm以下であり、さらに好ましくは350nm以下である。平均繊維長の下限は特に限定されないが、CNFの増粘性や吸水性、保形性などの効果を得るためには、100nm以上が好ましく、150nm以上がさらに好ましい。
【0015】
CNFの平均繊維径および平均繊維長は、原子間力顕微鏡(AFM)または透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて、200本程度の繊維を観察した結果から得られる繊維径および繊維長の平均値を算出することによって得ることができる。
【0016】
CNFは、後述するパルプなどのセルロース原料に機械的な力を加えて微細化(解繊)することにより得ることができる。セルロース原料としては、後述するような未変性のセルロースや製紙用のパルプ等を用いてもよいし、製紙用のパルプ等をさらに化学変性させた化学変性セルロースを用いてもよい。化学変性させたセルロースの例としては、これらに限定されないが、セルロース鎖にアニオン性基を導入したアニオン変性セルロースや、カチオン性基を導入したカチオン変性セルロースが挙げられる。これらの中では、アニオン変性セルロースを用いることが好ましい。特に、アニオン変性セルロースの中でも、アニオン性基としてカルボキシル基を導入したカルボキシル化セルロースは、本発明に用いるCNFの原料として好適である。
【0017】
(セルロース原料)
CNFの原料となるセルロースとしては、植物、動物(例えばホヤ類)、藻類、微生物(例えば酢酸菌(アセトバクター))、微生物産生物等を起源とするものが知られており、本発明ではそのいずれも使用できる。植物由来のものとしては、例えば、木材、竹、麻、ジュート、ケナフ、農地残廃物、布、パルプ(針葉樹未漂白クラフトパルプ(NUKP)、針葉樹漂白クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹未漂白クラフトパルプ(LUKP)、広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹未漂白サルファイトパルプ(NUSP)、針葉樹漂白サルファイトパルプ(NBSP)サーモメカニカルパルプ(TMP)、再生パルプ、古紙等)が挙げられる。本発明においては、植物または微生物由来のセルロース繊維が好ましく、植物由来のセルロース繊維がより好ましい。セルロース原料は、以下に説明するように化学変性を行ってもよい。上述のセルロース原料または化学変性したセルロース原料(化学変性セルロース)の繊維幅をナノメートルレベルにまで微細化することにより、CNFまたは化学変性CNFを得ることができる。
【0018】
(化学変性セルロース)
化学変性セルロースの例としては、これらに限定されないが、セルロース鎖にアニオン性基を導入したアニオン変性セルロースや、カチオン性基を導入したカチオン変性セルロースが挙げられる。アニオン変性セルロースの例としては、カルボキシル基を導入したカルボキシル化セルロース、カルボキシメチル基を導入したカルボキシメチル化セルロース、リン酸エステル基等を導入したリン酸エステル化セルロースなどがあげられる。これらの中では、アニオン変性セルロースを用いることが好ましく、また、カルボキシル化セルロースを用いることが好ましい。カルボキシル化セルロースを原料としたカルボキシル化CNFは、再分散性が良好な乾燥固形物とすることが従来の方法では困難な傾向があったが、本発明の方法では、再分散性が非常に良好なカルボキシル化CNFの乾燥固形物を製造することができる。
【0019】
(カルボキシル化セルロース)
アニオン変性セルロースの一例として、カルボキシル化(酸化)したセルロース(ルボキシル化セルロース)が挙げられる。カルボキシル化セルロースは、上記のセルロース原料を公知の方法でカルボキシル化(酸化)することにより得ることができる。特に限定されるものではないが、カルボキシル化の際には、カルボキシル化セルロースの絶乾質量に対して、カルボキシル基の量が0.6~3.0mmol/gとなるように調整することが好ましく、0.6~2.0mmol/gとなるように調整することがさらに好ましく、1.0mmol/g~2.0mmol/gになるように調整することがさらに好ましい。
【0020】
カルボキシル化(酸化)方法の一例として、セルロース原料を、N-オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物もしくはこれらの混合物からなる群から選択される化合物との存在下で酸化剤を用いて水中で酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、セルロース表面のグルコピラノース環のC6位の一級水酸基が選択的に酸化され、表面にアルデヒド基と、カルボキシル基(-COOH)またはカルボキシレート基(-COO-)とを有するセルロースを得ることができる。反応時のセルロース原料の濃度は特に限定されないが、5質量%以下が好ましい。
【0021】
N-オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物をいう。N-オキシル化合物としては、目的の酸化反応を促進する化合物であれば、いずれの化合物も使用できる。例えば、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカル(TEMPO)およびその誘導体(例えば4-ヒドロキシTEMPO)が挙げられる。
【0022】
N-オキシル化合物の使用量は、原料となるセルロースを酸化できる触媒量であればよく、特に制限されない。例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.01~10mmolが好ましく、0.01~1mmolがより好ましく、0.05~0.5mmolがさらに好ましい。また、反応系に対し0.1~4mmol/L程度が好ましい。
【0023】
臭化物とは臭素を含む化合物であり、その例には、水中で解離してイオン化可能な臭化アルカリ金属が含まれる。また、ヨウ化物とはヨウ素を含む化合物であり、その例には、ヨウ化アルカリ金属が含まれる。臭化物またはヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物およびヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.1~100mmolが好ましく、0.1~10mmolがより好ましく、0.5~5mmolがさらに好ましい。
【0024】
酸化剤としては、公知のものを使用でき、例えば、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸またはそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物などを使用できる。中でも、安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムが好ましい。酸化剤の使用量としては、例えば、絶乾1gのセルロース原料に対して、0.5~500mmolが好ましく、0.5~50mmolがより好ましく、1~25mmolがさらに好ましく、3~10mmolが最も好ましい。また、例えば、N-オキシル化合物1molに対して1~40molが好ましい。
【0025】
セルロースの酸化は、比較的温和な条件であっても反応を効率よく進行させられる。よって、反応温度は4~40℃が好ましく、また15~30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率よく進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して、反応液のpHを8~12、好ましくは10~11程度に維持することが好ましい。反応媒体は、取扱容易性や、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。
【0026】
酸化反応における反応時間は、酸化の進行の程度に従って適宜設定することができ、通常は0.5~6時間、例えば、0.5~4時間程度である。
また、酸化反応は、2段階に分けて実施してもよい。例えば、1段目の反応終了後に濾別して得られたカルボキシル化セルロースを、再度、同一または異なる反応条件で酸化させることにより、1段目の反応で副生する食塩による反応阻害を受けることなく、効率よく酸化させることができる。
【0027】
カルボキシル化(酸化)方法の別の例として、オゾンを含む気体とセルロース原料とを接触させることにより酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、グルコピラノース環の少なくとも2位および6位の水酸基が酸化(カルボキシル化)されると共に、セルロース鎖の分解が起こる。オゾンを含む気体中のオゾン濃度は、50~250g/m3であることが好ましく、50~220g/m3であることがより好ましい。セルロース原料に対するオゾン添加量は、セルロース原料の固形分を100質量部とした際に、0.1~30質量部であることが好ましく、5~30質量部であることがより好ましい。オゾン処理温度は、0~50℃であることが好ましく、20~50℃であることがより好ましい。オゾン処理時間は、特に限定されないが、1~360分程度であり、30~360分程度が好ましい。オゾン処理の条件がこれらの範囲内であると、セルロースが過度に酸化および分解されることを防ぐことができ、カルボキシル化セルロースの収率が良好となる。オゾン処理を施した後に、酸化剤を用いて、追酸化処理を行ってもよい。追酸化処理に用いる酸化剤は、特に限定されないが、二酸化塩素、亜塩素酸ナトリウム等の塩素系化合物や、酸素、過酸化水素、過硫酸、過酢酸などが挙げられる。例えば、これらの酸化剤を水またはアルコール等の極性有機溶媒中に溶解して酸化剤溶液を作成し、溶液中にセルロース原料を浸漬させることにより追酸化処理を行うことができる。
【0028】
カルボキシル化セルロースのカルボキシル基の量は、上記した酸化剤の添加量、反応時間等の反応条件をコントロールすることで調整することができる。なお、カルボキシル化セルロースにおけるカルボキシル基の量と、同カルボキシル化セルロースを解繊することにより得たカルボキシル化CNFのカルボキシル基の量とは、通常同じである。
【0029】
カルボキシル化セルロースを後述の方法で解繊することにより、カルボキシル化CNFを製造することができる。
(カルボキシメチル化セルロース)
アニオン変性セルロースの一例として、カルボキシメチル化セルロースが挙げられる(以下、カルボキシメチル化を「CM化」という)。CM化セルロースは、上記のセルロー
ス原料を公知の方法でCM化することにより得てもよいし、市販品を用いてもよい。いずれの場合も、セルロースの無水グルコース単位当たりのカルボキシメチル基置換度が0.01~0.50となるものが好ましい。そのようなCM化セルロースを製造する方法の一例として次のような方法を挙げることができる。セルロース原料に、溶媒として3~20質量倍の水及び/又は低級アルコール、具体的には水、メタノール、エタノール、n-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n-ブタノール、イソブタノール、第3級ブタノール等の単独、又は2種以上の混合媒体を添加する。なお、低級アルコールを混合する場合の低級アルコールの混合割合は、60~95質量%が好ましい。マーセル化剤としては、セルロース原料の無水グルコース残基当たり0.5~20倍モルの水酸化アルカリ金属、具体的には水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを使用することが好ましい。セルロース原料と溶媒、マーセル化剤を混合し、反応温度0~70℃、好ましくは10~60℃、かつ反応時間15分~8時間、好ましくは30分~7時間、マーセル化処理を行う。その後、カルボキシメチル化剤をグルコース残基当たり0.05~10.0倍モル添加し、反応温度30~90℃、好ましくは40~80℃、かつ反応時間30分~10時間、好ましくは1時間~4時間、エーテル化反応を行う。
【0030】
なお、本明細書において、CM化CNFの調製に用いるアニオン変性セルロースの一種である「カルボキシメチル化セルロース」または「CM化セルロース」は、水に分散した際にも繊維状の形状の少なくとも一部が維持されるものをいう。したがって、「カルボキシメチル化セルロース」または「CM化セルロース」は、水溶性高分子の一種であるカルボキシメチルセルロースとは区別される。「カルボキシメチル化セルロース」または「CM化セルロース」の水分散液を電子顕微鏡で観察すると、繊維状の物質を観察することができる。一方、水溶性高分子の一種であるカルボキシメチルセルロースの水分散液を観察しても、繊維状の物質は観察されない。また、「カルボキシメチル化セルロース」または「CM化セルロース」はX線回折で測定した際にセルロースI型結晶のピークを観測することができるが、水溶性高分子のカルボキシメチルセルロースではセルロースI型結晶はみられない。
【0031】
CM化セルロースを後述の方法で解繊することにより、CM化CNFを製造することができる。なお、カルボキシメチル化セルロースにおけるカルボキシメチル置換度と、同CM化セルロースを解繊することにより得たCM化CNFのカルボキシメチル置換度とは、通常同じである。
【0032】
(リン酸エステル化セルロース)
アニオン変性セルロースの一例として、リン酸エステル化セルロースが挙げられる。リン酸エステル化セルロースは、前述のセルロース原料にリン酸系化合物の粉末や水溶液を混合する方法により得ることができる。
【0033】
リン酸系化合物としては、リン酸、ポリリン酸、亜リン酸、ホスホン酸、ポリホスホン酸、メタリン酸、ピロリン酸あるいはこれらの塩またはエステルが挙げられる。これらの中でも、低コストであり、扱いやすく、解繊効率が向上するなどの理由から、リン酸、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸三ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、メタリン酸ナトリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸水素二カリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸カリウム、メタリン酸カリウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸三アンモニウム、ピロリン酸アンモニウム、メタリン酸アンモニウム等が好ましく、リン酸、リン酸のナトリウム塩、リン酸のカリウム塩、リン酸のアンモニウム塩がより好ましい。特にリン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウムが好ましい。これらは1種、あるいは2種以上を併用できる。また、反応の均一性が高まり、かつリン酸基導入の効率が高くなることから前記リン酸系化合物は水溶液として用いることが好ましい。リン酸系化合物の水溶液のpHは、リン酸基導入の効率が高くなることから7以下であることが好ましく、セルロース繊維の加水分解を抑える観点からpH3~7が好ましい。
【0034】
リン酸エステル化セルロースの製造方法の一例として以下の方法を挙げることができる。固形分濃度0.1~10質量%のセルロース原料の分散液に、リン酸系化合物を撹拌しながら添加してセルロースにリン酸基を導入する。セルロース原料を100質量部とした際に、リン酸系化合物の添加量はリン元素量として、0.2~500質量部であることが好ましく、1~400質量部であることがより好ましい。リン酸系化合物の割合が前記下限値以上であれば、リン酸エステル化CNFの収率をより向上させることができる。しかし、前記上限値を超えると収率向上の効果は頭打ちとなるのでコスト面から好ましくない。
【0035】
セルロース原料、リン酸系化合物の他に、塩基性を示す窒素含有化合物を添加してもよい。ここでの「塩基性」は、フェノールフタレイン指示薬の存在下で水溶液が桃~赤色を呈すること、または水溶液のpHが7より大きいことと定義される。塩基性を示す窒素含有化合物の例としては、これに限定されないが、アミノ基を有する化合物が好ましい。例えば、尿素、メチルアミン、エチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ピリジン、エチレンジアミン、ヘキサメチレンジアミンなどが挙げられる。この中でも低コストで扱いやすい尿素が好ましい。塩基性を示す窒素含有化合物の添加量はセルロース原料の固形分100質量部に対して、2~1000質量部が好ましく、100~700質量部がより好ましい。反応温度は0~95℃が好ましく、30~90℃がより好ましい。反応時間は特に限定されないが、1~600分程度であり、30~480分がより好ましい。リン酸エステル化反応の条件がこれらの範囲内であると、セルロースが過度にエステル化されて溶解しやすくなることを防ぐことができ、リン酸エステル化セルロースの収率が良好となる。得られたリン酸エステル化セルロース懸濁液を脱水した後、セルロースの加水分解を抑える観点から、100~170℃で加熱処理することが好ましい。さらに、加熱処理の際に水が含まれている間は130℃以下、好ましくは110℃以下で加熱し、水を除いた後、100~170℃で加熱処理することが好ましい。
【0036】
リン酸エステル化セルロースのグルコース単位当たりのリン酸基置換度は0.001~0.40であることが好ましい。セルロースにリン酸基置換基を導入することで、セルロース同士が電気的に反発する。このため、リン酸基を導入したセルロースは容易にナノスケールの繊維幅へと解繊することができる。なお、グルコース単位当たりのリン酸基置換度が0.001より小さいと、十分にナノ解繊することができない。一方、グルコース単位当たりのリン酸基置換度が0.40より大きいと、膨潤あるいは溶解するため、CNFとして得られなくなる場合がある。解繊を効率よく行なうために、上記で得たリン酸エステル化セルロースは、煮沸した後、冷水で洗浄することが好ましい。
【0037】
リン酸エステル化セルロースを後述の方法で解繊することにより、リン酸エステル化CNFを製造することができる。なお、リン酸エステル化CNFにおけるリン酸基置換度と、同リン酸エステル化セルロースを解繊することにより得たリン酸エステル化CNFのリン酸基置換度とは、通常同じである。
【0038】
(カチオン変性セルロース)
化学変性CNFの調製に用いる化学変性セルロースとして、前記カルボキシル化セルロースをさらにカチオン化したカチオン変性セルロースを使用してもよい。カチオン変性セルロースは、前記カルボキシル化セルロースに、グリシジルトリメチルアンモニウムクロリド、3-クロロ-2-ヒドロキシプロピルトリアルキルアンモニウムハイドライトまたはそのハロヒドリン型などのカチオン化剤と、触媒である水酸化アルカリ金属(水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど)を、水または炭素数1~4のアルコールの存在下で反応させることによって得ることができる。
【0039】
グルコース単位当たりのカチオン置換度は0.02~0.50であることが好ましい。セルロースにカチオン置換基を導入することで、セルロース同士が電気的に反発する。このため、カチオン置換基を導入したセルロースは容易にナノスケールの繊維幅へと解繊することができる。グルコース単位当たりのカチオン置換度が0.02より小さいと、十分に解繊することができない。一方、グルコース単位当たりのカチオン置換度が0.50より大きいと、膨潤あるいは溶解するため、CNFとして得られなくなる場合がある。解繊を効率よく行なうために、上記で得たカチオン変性セルロースを解繊前に洗浄することが好ましい。当該カチオン置換度は、反応させるカチオン化剤の添加量、水または炭素数1~4のアルコールの組成比率によって調整できる。
【0040】
カチオン変性セルロースを後述の方法で解繊することにより、カチオン変性CNFを製造することができる。なお、カチオン変性セルロースにおけるカチオン置換度と、同カチオン変性セルロースを解繊することにより得たカチオン変性CNFのカチオン置換度とは、通常同じである。
【0041】
(解繊)
上記化学変性セルロース等を含むセルロース原料を解繊することにより、CNFを得ることができる。解繊に使用する装置は特に限定されないが、強力なせん断力を印加することができる高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などの装置を用いることが好ましい。特に、効率よく解繊するには、解繊に供するセルロース原料の分散液に50MPa以上の圧力を印加し、かつ強力なせん断力を印加できる湿式の高圧または超高圧ホモジナイザを用いることが好ましい。前記圧力は、より好ましくは100MPa以上であり、さらに好ましくは140MPa以上である。また、高圧ホモジナイザでの解繊及び分散処理に先立って、必要に応じて、高速せん断ミキサーなどの公知の混合、攪拌、乳化、分散装置を用いて、予備処理を施してもよい。
【0042】
解繊により得られるCNFの平均繊維長は、装置の種類や圧力などの解繊条件、また予備処理の組合せなどにより調整することができる。
(CNFを含む分散液)
上記の解繊により、CNFを含む分散液が得られる。本発明で乾燥に供する分散液中のCNFは、平均繊維長が450nm以下であり、好ましくは400nm以下であり、さらに好ましくは300nm以下である。
【0043】
乾燥に供する分散液における分散媒は特に限定されないが、水、親水性有機溶媒、疎水性有機溶媒またはこれらの混合溶媒であることが好ましく、水、または水と親水性有機溶媒との混合溶媒がさらに好ましい。化学変性セルロースの多くは水を分散媒として製造されるので、アニオン変性セルロースやカルボキシル化セルロースなどの化学変性セルロース由来の化学変性CNFを用いる場合は、化学変性セルロースを解繊して得た化学変性CNFの水分散液をそのまま乾燥に供することができる。または、当該水分散液に乾燥またはろ過処理等の前処理を行ってから本発明のスプレー乾燥装置による乾燥工程に供してもよい。
【0044】
溶媒を水と親水性有機溶媒との混合溶媒とする場合は、化学変性セルロースなどのセルロース原料の水分散液またはCNFの水分散液に親水性有機溶媒を添加するか、あるいは水分散液の一部を親水性有機溶媒に置換すればよい。当該置換は、水分散液から水を乾燥またはろ過等により除去し、濃縮された水分散液またはウェットケーキを得て、これに親水性有機溶媒を添加するなどして調製できる。溶媒の量は、水質量に対し、10~100質量%となる量であることが好ましく、20~80質量%となる量であることがより好ましい。
【0045】
親水性有機溶媒とは、水に溶解する有機溶媒である。その例として、メタノール、エタノール、2-プロパノール、ブタノール、グリセリン、アセトン、メチルエチルケトン、1,4-ジオキサン、N-メチル-2-ピロリドン、テトラヒドロフラン、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル、およびこれらの組合せが挙げられる。中でもメタノール、エタノール、2-プロパノール等の炭素数が1~4の低級アルコールが好ましく、安全性および入手容易性の観点から、メタノール、エタノールがより好ましく、エタノールがさらに好ましい。
【0046】
前記混合溶媒中の親水性有機溶媒の量は、混合溶媒の質量に対し10質量%以上が好ましく、20質量%以上がより好ましく、25質量%以上がさらに好ましい。当該量の上限は限定されないが95質量%以下が好ましく、80質量%以下がより好ましい。また、発明の効果を損なわない程度で、混合溶媒は疎水性有機溶媒を含んでいてもよい。
【0047】
乾燥に供するCNFを含む分散液は、水酸化ナトリウムなどのアルカリを用いてpHを7~11に調整してもよい。pHがこのような範囲であると再分散性が向上する傾向がある。
【0048】
乾燥に供するCNFを含む分散液における固形分は、0.1~10質量%程度であることが好ましく、0.5~8質量%程度がさらに好ましく、1~5質量%程度がさらに好ましい。
【0049】
乾燥に供する平均繊維長が450nm以下のCNFを含む分散液に、水溶性高分子を含有させてもよい。これにより、平均繊維長が450nm以下のCNFに加えて、水溶性高分子を含む、乾燥固形物としてもよい。水溶性高分子としては、例えば、これらに限定されないが、カルボキシメチルセルロースのようなセルロース誘導体や、デキストリン等が挙げられる。水溶性高分子を配合する場合、その配合量は、CNF(絶乾固形分)に対して、1~50質量%が好ましく、20~45質量%がより好ましく、30~40質量%がさらに好ましい。
【0050】
(乾燥)
平均繊維長が450nm以下のCNFを含む分散液を、乾燥することで、再分散性の良好なCNF乾燥固形物を得ることができる。乾燥の際には、スプレー乾燥装置を用いることが好ましい。
【0051】
スプレー乾燥装置における微粒化装置の種類は特に限定されない。ロータリーアトマイザー式でもよく、ノズル式でもよい。ノズル式の場合、一流体ノズルでもよく、二流体ノズルでもよい。また、並流二流体ノズルでもよく、噴水式二流体ノズルでもよい。これらの中では、取り扱いが容易であることから、二流体ノズルをセットしたスプレー乾燥装置を用いることが好ましい。
【0052】
スプレー乾燥装置における入口温度は、100℃~350℃が好ましく、120℃~250℃がより好ましく、140℃~210℃がさらに好ましい。出口温度は、50℃~150℃が好ましく、60℃~130℃がより好ましく、70℃~120℃がさらに好ましい。これらの温度が低いと充分に乾燥が進まない可能性があり、温度が高すぎるとCNFの過乾燥により、再分散性が低下する可能性がある。
【0053】
乾燥速度は、例えば乾燥空気の量80kg/hに対して、分散液の送液量が1.0~5.0kg/h程度が好ましく、1.2~3.5kg/h程度がより好ましく、1.5~3.0kg/h程度がさらに好ましい。これらの速度が遅いと収量が低下することがあり、速度が速いと充分に乾燥が進まない可能性がある。
【0054】
(CNF乾燥固形物)
上記の乾燥により、CNF乾燥固形物が得られる。本明細書において、CNF乾燥固形物は、固形分が80質量%以上であるものを含み、固形分の量によっては湿潤状態である場合もある。輸送にかかる費用を低減させるという観点から、固形分は85質量%以上が好ましく、90質量%以上がさらに好ましく、93質量%以上がさらに好ましい。通常このような高い固形分となるまで乾燥を行うと、再分散性が悪化する傾向があるが、本発明の製法により得られた乾燥固形物は、高い固形分を有しながら高い再分散性も有することができる。
【0055】
(再分散)
本発明により得られるCNF乾燥固形物は、良好な再分散性を有する。再分散性が良好とは、乾燥前の湿潤状態のCNF分散液と、CNF乾燥固形物とした後に再分散して得られたCNF分散液との間で、粘度や透明度などの変化が少ないことをいう。
【0056】
乾燥固形物を分散媒に再分散して分散液とする際に用いる装置としては、特に限定されないが、ホモミキサーなどの分散機を挙げることができる。再分散時に用いる分散媒としては、特に限定されないが、例えば、水、前記親水性有機溶媒、およびこれらの混合溶媒を挙げることができ、好ましくは水である。再分散後の分散液の固形分は、用途に応じて適宜選択すればよく、特に限定されないが、0.1~10.0質量%程度が好ましく、1.0~6.0質量%程度がより好ましい。
【0057】
(粘度)
再分散性が良好であることを示す指標の一つとして、上述の通り、乾燥前の湿潤状態のCNF分散液と、CNF乾燥固形物とした後に再分散して得られたCNF分散液との間で、粘度の変化が少ないことが挙げられる。例えば、これに限定されないが、乾燥前のCNF水分散液の粘度に対し、乾燥後に同じ固形分濃度となるように水を加えて再分散させて得たCNF水分散液の粘度(粘度の復元率)が、30%以上となることが好ましく、40%以上となることがより好ましく、50%以上となることがさらに好ましく、55%以上となることがさらに好ましい。粘度は、後述する実施例に記載の通り、例えば、B型粘度計を用いて、25℃、回転数6rpm又は60rpmで、3分後の粘度を測定することができる。
【0058】
(透明度(波長660nm光の透過率))
再分散性が良好であることを示す指標の一つとして、上述の通り、乾燥前の湿潤状態のCNF分散液と、CNF乾燥固形物とした後に再分散して得られたCNF分散液との間で、透明度の変化が少ないことが挙げられる。また、再分散後のCNF分散液(再分散液)自体の透明度が高いことも、再分散性が良好であることの一つの指標となる。透明度は、後述する実施例に記載の通り、光路長10mmの角型セルを用いて、波長660nmの光の透過率を求めることにより測定することができる。
【0059】
例えば、これに限定されないが、乾燥前のCNF水分散液の透明度に対し、乾燥後に同じ固形分濃度となるように水を加えて再分散させて得たCNF水分散液の透明度(透明度の復元率)が、50%以上となることが好ましく、60%以上となることがより好ましく、70%以上となることがさらに好ましく、80%以上となることがさらに好ましく、90%以上となることがさらに好ましい。
【0060】
また、CNFの濃度が1.0質量%となるように、CNF乾燥固形物に水を添加し、ホモディスパー(3000rpm)で30分間撹拌して得た水分散液(再分散液)の透明度(波長660nmの光の透過率、光路長10mm)が、60%以上となることが好ましい。より好ましくは65%以上であり、さらに好ましくは80%以上であり、さらに好ましくは85%以上であり、さらに好ましくは90%以上である。
【0061】
(再分散液中のCNF凝集物の評価)
乾燥固形物の再分散性が良好である場合、再分散液中のCNF同士の凝集物は少なくなる傾向にある。再分散液中のCNF凝集物の量は、後述する実施例に記載する方法でCNF凝集物の面積率を算出することにより、評価することができる。CNF凝集物の面積率は、10.0%以下が好ましい。8.0%以下がより好ましく、5.0%以下がより好ましく、1.0%以下がさらに好ましい。
【実施例0062】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されない。
<カルボキシル基量の測定>
カルボキシル化CNFの0.5質量%水分散液60mLを調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定し、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出した:
カルボキシル基量〔mmol/gカルボキシル化セルロース〕=a〔mL〕×0.05/カルボキシル化セルロース質量〔g〕。
【0063】
<CNFの平均繊維径及び平均繊維長の測定>
原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、ランダムに選んだ200本の繊維について解析し、平均を取った。
【0064】
<乾燥固形物の固形分の測定>
乾燥固形物における固形分は、乾燥固形物を105℃で3時間以上乾燥させた後の質量(絶乾質量)と、乾燥前の質量とを用いて算出することができる。
【0065】
<カルボキシル化CNF1の製造>
漂白済み針葉樹由来溶解クラフトパルプ(バッカイ社製DKP)5g(絶乾)を、TEMPO(Sigma Aldrich社)78mg(0.5mmol)と臭化ナトリウム755mg(7.4mmol)とを溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応系に2M次亜塩素酸ナトリウム水溶液16mlを添加した後、0.5N塩酸水溶液でpHを10.3に調整し、酸化反応を開始した(酸化処理)。反応中は系内のpHは低下するが、0.5N水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。2時間反応させた後、ガラスフィルターで濾過し、十分に水洗することでカルボキシル化セルロースを得た。これを水で5.0%(w/v)としたカルボキシル化セルロースのスラリーを調製し、ここに過酸化水素をカルボキシル化セルロースに対して2%(w/w)添加し、3M水酸化ナトリウムでpHを11.3に調整した。このスラリーを80℃の温度下に2時間おき、加水分解を行った。これを水で5.0%(w/v)に調整し、超高圧ホモジナイザー(20℃、140MPa)で10回処理し、カルボキシル化CNF1を得た。得られたカルボキシル化CNF1のカルボキシル基量は、1.7mmol/g、平均繊維径は3nm、平均繊維長は350nmであった。
【0066】
<カルボキシル化CNF2の製造>
カルボキシル化CNF1の製造において、2M次亜塩素酸ナトリウム水溶液の添加量を14mlに変更した以外は、カルボキシル化CNF1と同様に製造した。カルボキシル基量は、1.5mmol/g、平均繊維径は3nm、平均繊維長は400nmであった。
【0067】
<カルボキシル化CNF3の製造>
針葉樹由来の漂白済み未叩解クラフトパルプ(白色度85%)5g(絶乾)をTEMPO(Sigma Aldrich社)39mgと臭化ナトリウム514mgとを溶解した水溶液500mLに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液を5.5mmol/gになるように添加し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHが低下するが、3M水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。次亜塩素酸ナトリウムを消費し、系内のpHが変化しなくなった時点で反応を終了した。反応後の混合物を、塩酸を用いて酸性化処理した後、ガラスフィルターで濾過してパルプを分離し、パルプを十分に水洗することで酸化されたパルプであるカルボキシル化セルロースを得た。これを水で1.0%(w/v)に調整し、超高圧ホモジナイザー(20℃、150MPa)で3回処理し、カルボキシル化CNF3を得た。得られたカルボキシル化CNF3のカルボキシル基量は、1.6mmol/g、平均繊維径は3nm、平均繊維長は550nmであった。
【0068】
<カルボキシル化CNF4の製造>
カルボキシル化CNF1の製造において、2M次亜塩素酸ナトリウム水溶液の添加量を9mlに変更した以外は、カルボキシル化CNF1と同様に製造した。カルボキシル基量は、0.9mmol/g、平均繊維径は3nm、平均繊維長は400nmであった。
【0069】
<カルボキシル化CNF5の製造>
超高圧ホモジナイザー(20℃、140MPa)での処理を5回に変更した以外は、カルボキシル化CNF4と同様に製造した。カルボキシル基量は、0.9mmol/g、平均繊維径は3nm、平均繊維長は500nmであった。
【0070】
<乾燥固形物の製造>
(実施例1)
上記のカルボキシル化CNF1の水分散液(固形分3.0質量%、pH7.5)を準備し、ロータリーアトマイザー式のスプレー乾燥装置で、入り口温度200℃、出口温度90℃、乾燥空気量80kg/h、送液量2.12kg/hで乾燥を行い、乾燥固形物を得た。得られた乾燥固形物の固形分は、95.6質量%であった。装置での乾燥の際に、乾燥固形物の壁面への付着が見られた。
【0071】
(実施例2)
上記のカルボキシル化CNF1の水分散液(固形分3.0質量%、pH7.5)を準備し、二流体ノズル式のスプレー乾燥装置で、入り口温度200℃、出口温度90℃、乾燥空気量80kg/h、送液量2.18kg/hで乾燥を行い、乾燥固形物を得た。得られた乾燥固形物の固形分は、96.5質量%であった。乾燥固形物の装置壁面への付着はなかった。
【0072】
(実施例3)
カルボキシル化CNF1の代わりにカルボキシル化CNF2を用いた以外は、実施例2と同様にして乾燥固形物を得た。得られた乾燥固形物の固形分は、96.2質量%であった。乾燥固形物の装置壁面への付着はなかった。
【0073】
(実施例4)
上記のカルボキシル化CNF1の水分散液(固形分3.0質量%、pH7.5)を準備し、二流体ノズル式のスプレー乾燥装置で、入り口温度160℃、出口温度70℃、乾燥空気量80kg/h、送液量2.18kg/hで乾燥を行い、乾燥固形物を得た。得られた乾燥固形物の固形分は、90.9質量%であった。乾燥固形物の装置壁面への付着はなかった。
【0074】
(実施例5)
上記のカルボキシル化CNF1の水分散液(固形分3.0質量%、pH7.5)に1M塩酸を加えてpH5.5に調整し、二流体ノズル式のスプレー乾燥装置で、入り口温度200℃、出口温度90℃、乾燥空気量80kg/h、送液量2.18kg/hで乾燥を行い、乾燥固形物を得た。得られた乾燥固形物の固形分は、94.9質量%であった。乾燥固形物の装置壁面への付着はなかった。
【0075】
(実施例6)
上記のカルボキシル化CNF4の水分散液(固形分3.0質量%、pH7.5)を準備し、二流体ノズル式のスプレー乾燥装置で、入り口温度200℃、出口温度90℃、乾燥空気量80kg/h、送液量2.18kg/hで乾燥を行い、乾燥固形物を得た。得られた乾燥固形物の固形分は、91.0質量%であった。乾燥固形物の装置壁面への付着はなかった。
【0076】
(比較例1)
上記のカルボキシル化CNF3の水分散液(固形分0.7質量%、pH7.5)を準備し、二流体ノズル式のスプレー乾燥装置で、入り口温度200℃、出口温度90℃、乾燥空気量80kg/h、送液量2.18kg/hで乾燥を行い、乾燥固形物を得た。得られた乾燥固形物の固形分は、96.6質量%であった。乾燥固形物の装置壁面への付着はなかった。
【0077】
(比較例2)
上記のカルボキシル化CNF5の水分散液(固形分3.0質量%、pH7.5)を準備し、二流体ノズル式のスプレー乾燥装置で、入り口温度200℃、出口温度90℃、乾燥空気量80kg/h、送液量2.18kg/hで乾燥を行い、乾燥固形物を得た。得られた乾燥固形物の固形分は、91.8質量%であった。乾燥固形物の装置壁面への付着はなかった。
【0078】
<乾燥固形物の光学顕微鏡による観察>
実施例1、2、4~6と比較例1、2で得られた乾燥固形物を、それぞれ倍率400倍の光学顕微鏡を用いて観察した。光学顕微鏡写真を
図1及び2に示す。乾燥固形物は粒子状であり、粒子の大きさは、実施例1の固形物が30μm未満程度、実施例2~6及び比較例1、2の固形物が12μm未満程度であった。
【0079】
<乾燥固形物の再分散>
実施例1~6及び比較例2で得られた乾燥固形物に水を添加し、ホモディスパー(3000rpm)で30分間撹拌して、CNFの濃度が5.0質量%、1.0質量%、又は0.5質量%となる各再分散液を得た。また、比較例1で得られた乾燥固形物についても同様に再分散液を作成しようとしたが、CNF濃度5.0質量%では再分散させることができなかったため、比較例1については濃度1.0質量%と0.5質量%の再分散液を作成した。
【0080】
<CNF再分散液の粘度の測定>
実施例1~6及び比較例2のCNF再分散液については、CNF濃度5.0質量%の水分散液を用い、B型粘度計(東機産業社製)を用いて、25℃で、回転数60rpmまたは6rpmで、3分後の粘度を測定した。比較例1の再分散液については、CNF濃度1.0質量%の水分散液を用いた以外は実施例1~6及び比較例2と同様にして、粘度を測定した。
【0081】
<CNF再分散液の透明度の測定>
実施例1~6及び比較例1、2について、CNF濃度1.0質量%のCNF再分散液を用い、分光光度計U-3000(日立ハイテクノロジーズ社製)を用いて、光路長10mmの角型セルで、波長660nmの光の透過率を測定し、透明度(単位:%)とした。
【0082】
<粘度及び透明度の復元率の評価>
乾燥前のCNF分散液の粘度及び透明度を予め測定したところ、表1に示す通りであった。なお、粘度は、カルボキシル化CNF1、2、4、5についてはCNF濃度5.0質量%で測定し、カルボキシル化CNF3についてはCNF濃度1.0質量%で測定した。また、透明度は、カルボキシル化CNF1~5共にCNF濃度1.0質量%で測定した。
【0083】
【0084】
表1の乾燥前のCNF分散液における粘度及び透明度の値と、CNF乾燥固形物とした後に再分散させて得た再分散液の粘度及び透明度の値とを用いて、以下の式により、粘度の復元率と透明度の復元率をそれぞれ計算した。:
復元率(%)=(再分散液における粘度または透明度)/(乾燥前の分散液の粘度または透明度)×100
結果を表2に示す。
【0085】
<CNF再分散液中のCNF凝集物の面積率の測定及び光学顕微鏡による観察>
実施例1、2、4~6と比較例1、2について、CNF濃度0.5質量%のCNF再分散液を用い、再分散液中のCNF凝集物を墨滴を用いて評価した。この方法は、CNF分散液に色材(墨滴)を添加してから光学顕微鏡で観察することにより、目視では判別できない分散液中のCNF同士の凝集物の有無を、確認しやすくしたものである。評価方法は具体的には以下の通りである:
CNF濃度0.5質量%の再分散液に、墨滴(株式会社呉竹製、固形分10%)を2滴垂らし、ボルテックスミキサー(IUCHI社製、機器名:Automatic Lab-mixer HM-10H)の回転数の目盛りを最大に設定して30秒間撹拌した。撹拌後の液を二枚のガラス板に挟み、膜厚が0.15mmになるようにし、光学顕微鏡(KEYENCE社製デジタルマイクロスコープVHX-6000)を用いて倍率100倍で観察した。CNF凝集物の面積率を、KEYENCE社製のデジタルマイクロスコープVHX-6000の、輝度抽出領域の面積計測のモードを用いて測定した。詳細にはCNF凝集物の観察画像において輝度レンジを180~260に設定し、その輝度レンジ内の輝度を有する領域を抽出し、この領域の面積(輝度レンジ内の面積)を用いて、以下の式で算出した。詳細はKEYENCE社製のデジタルマイクロスコープVHX-6000の、ユーザーズマニュアルの9-29及び30頁に記載されている:
面積率(%)=(輝度レンジ内の面積 / 測定範囲の面積 )× 100。
【0086】
面積率の結果を表2に示す。また、墨滴を垂らした再分散液を光学顕微鏡で、倍率100倍で観察した際の写真を
図3及び4に示す。
【0087】
【0088】
表2の結果より、平均繊維長が450nm以下のCNFを用いることにより、再分散性が良好であり、再分散時のCNF凝集物の少ないCNF乾燥固形物を製造することができることがわかる。
【0089】
また、
図3及び4より、実施例1、2、4の再分散液では、CNFの凝集物は見られないことがわかる。実施例5、6の再分散液では若干の凝集物が見られるが程度は少ないことがわかる。一方、比較例1、2の再分散液では、CNF同士の凝集物が粒子状に多数観察された。