(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022134169
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】軌道状態推定方法、軌道状態推定装置及び車両
(51)【国際特許分類】
B61K 9/08 20060101AFI20220908BHJP
【FI】
B61K9/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021033126
(22)【出願日】2021-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000203977
【氏名又は名称】日鉄テックスエンジ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】加藤 宗
(72)【発明者】
【氏名】久積 和正
(72)【発明者】
【氏名】君塚 清
(72)【発明者】
【氏名】坂田 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】寺地 平
(57)【要約】
【課題】稼働車両を利用して簡易に、かつ、精度よく軌道検測することの可能な、軌道状態推定方法を提供する。
【解決手段】車両の軸箱に設置された慣性計測装置により計測された3軸加速度及び3軸角速度に基づいて、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定ステップと、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出ステップと、を含む、軌道状態推定方法が提供される。
【選択図】
図8
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の軸箱に設置された慣性計測装置により計測された3軸加速度及び3軸角速度に基づいて、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定ステップと、
前記輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出ステップと、
を含む、軌道状態推定方法。
【請求項2】
前記傾斜角推定ステップでは、
前記慣性計測装置により計測された3軸加速度から、車両走行時の並進加速度成分をフィルタリング処理により抽出し、
抽出された前記並進加速度成分に基づいて、カルマンフィルタの観測モデルの誤差共分散行列を設定し、
前記誤差共分散行列が設定された観測モデルにより構成される状態空間モデルから定式化されたカルマンフィルタを用いて、前記3軸加速度及び前記3軸角速度から前記輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定し、
前記軌道状態算出ステップでは、前記輪軸の水平傾斜角に基づいて、前記軌道状態情報として平面性変位が算出される、請求項1に記載の軌道状態推定方法。
【請求項3】
前記並進加速度成分は、前記3軸加速度のうち左右加速度及び前後加速度に対して、軌道変位の卓越する周波数成分を除去するバンドパスフィルタ処理により抽出される、請求項2に記載の軌道状態推定方法。
【請求項4】
前記誤差共分散行列は、対角成分に、抽出された前記並進加速度成分に対して所定の係数を乗じた値を加算して設定される、請求項2または3に記載の軌道状態推定方法。
【請求項5】
車両の軸箱に設置された慣性計測装置により計測された3軸加速度及び3軸角速度に基づいて、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定部と、
前記輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出部と、
を備える、軌道状態推定装置。
【請求項6】
車両の軸箱に設置された慣性計測装置と、
前記慣性計測装置により計測された3軸加速度及び3軸角速度に基づいて、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定部、及び、
前記輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出部、を有する軌道状態推定装置と、
を備える、車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軌道状態推定方法、軌道状態推定装置及び車両に関する。
【背景技術】
【0002】
レール上を走行する車両の脱線要因の1つとして、元位置に対するレールの不整(以下、「軌道変位」ともいう。)がある。軌道変位は脱線に直接的に影響することから、軌道変位を適切に点検し整備することが、脱線のリスクを低減するために重要である。
【0003】
軌道変位の点検(以下、「軌道検測」ともいう。)は、例えば、手押し式の軌道検測装置を用いて行われている。しかし、軌道検測対象となるレールが長くなると、高い頻度で検測することは難しい。また、手押し式の軌道検測装置による軌道検測は、脱線時の状況とは異なる無負荷時状態での静的検測である。このため、車両走行時の動的検測を高い頻度で実施できることが望まれている。
【0004】
車両走行時の動的検測を高い頻度で実施するための一手法として、稼働車両を利用して軌道検測を行うことが考えられる。車両を利用した軌道検測装置として、例えば、特許文献1には、車両の台車枠に各種検出器から構成される検出器ユニットを取り付け、車両走行時に慣性正矢法に基づき軌道変位5項目を検測する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、特許文献1に記載の技術では、検出器ユニットにより軌道変位5項目を検測することはできるが、検出器ユニットによる検測機構が複雑であり高価となる。また、大型の検出器ユニットを装架する必要があるため、車両の構造によっては計測位置が車輪から離れる場合があり、車両載荷時のレールの変形を十分にとらえられない可能性がある。
【0007】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的とするところは、稼働車両を利用して簡易に、かつ、精度よく軌道検測することの可能な、軌道状態推定方法、軌道状態推定装置及び車両を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、車両の軸箱に設置された慣性計測装置により計測された3軸加速度及び3軸角速度に基づいて、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定ステップと、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出ステップと、を含む、軌道状態推定方法が提供される。
【0009】
傾斜角推定ステップでは、慣性計測装置により計測された3軸加速度から、車両走行時の並進加速度成分をフィルタリング処理により抽出し、抽出された並進加速度成分に基づいて、カルマンフィルタの観測モデルの誤差共分散行列を設定し、誤差共分散行列が設定された観測モデルにより構成される状態空間モデルから定式化されたカルマンフィルタを用いて、3軸加速度及び3軸角速度から輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定し、軌道状態算出ステップでは、輪軸の水平傾斜角に基づいて、軌道状態情報として平面性変位が算出されるようにしてもよい。
【0010】
また、並進加速度成分は、3軸加速度のうち左右加速度及び前後加速度に対して、軌道変位の卓越する周波数成分を除去するバンドパスフィルタ処理により抽出してもよい。
【0011】
誤差共分散行列は、対角成分に、抽出された並進加速度成分に対して所定の係数を乗じた値を加算して設定してもよい。
【0012】
また、上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、車両の軸箱に設置された慣性計測装置により計測された3軸加速度及び3軸角速度に基づいて、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定部と、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出部と、を備える、軌道状態推定装置が提供される。
【0013】
さらに、上記課題を解決するために、本発明の別の観点によれば、車両の軸箱に設置された慣性計測装置と、慣性計測装置により計測された3軸加速度及び3軸角速度に基づいて、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する傾斜角推定部、及び、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する軌道状態算出部、を有する軌道状態推定装置と、を備える、車両が提供される。
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように本発明によれば、稼働車両を利用して簡易に、かつ、精度よく軌道検測することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の一実施形態に係る車両の概略構成を示す模式図である。
【
図3】慣性計測装置による計測値を説明するための説明図である。
【
図4】慣性計測装置による計測値を説明するための輪軸断面模式図である。
【
図5】並進加速度を表す指標R
xの一算出例を示すグラフである。
【
図6】並進加速度を表す指標R
yの一算出例を示すグラフである。
【
図7】同実施形態に係る軌道状態推定装置の構成を示す機能ブロック図である。
【
図8】同実施形態に係る軌道状態推定方法の一例を示すフローチャートである。
【
図9】実施例における平面性変位の推定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0017】
[1.車両構成]
まず、
図1に基づいて、本発明の一実施形態に係る車両1の概略構成について説明する。
図1は、本実施形態に係る車両1の概略構成を示す模式図である。
【0018】
本実施形態に係る車両1は、延設された一対のレール5上を走行可能に構成されている。車両1は、
図1に示すように、車両の主構造部分である構体からなる車体部10と、車体部10を支持し、走行機構を有する台車部20とにより構成される。なお、以下では、車両進行方向(前後方向)をX方向、幅方向(左右方向)をY方向、高さ方向(上下方向)をZ方向とする。
【0019】
図1に示す車両1の台車部20には、車両進行方向に4つの車輪対が配置されている。各車輪対は、幅方向に対となる2つの車輪23が輪軸25によって連結されることにより構成されている。各輪軸25の両端には、輪軸25の軸受部分である軸箱27が設けられている。軸箱27は、コイルばね29により台車枠21に接続されている。なお、
図1では、輪軸25を示すために、1つの車輪23にのみ軸箱27及びコイルばね29を記載しているが、すべての車輪23が軸箱27及びコイルばね29を備えている。
【0020】
本実施形態に係る車両1は、少なくとも1つの車輪23の軸箱27に慣性計測装置(IMU:Inertial Measurement Unit)30を備えている。慣性計測装置30は、3次元の慣性運動(直行3軸方向の並進運動及び回転運動)を検出する装置である。慣性計測装置30は、加速度センサにより並進運動を検出し、角速度センサにより回転運動を検出する。慣性計測装置30による計測値は、車両1が走行するレール5の軌道状態を推定する軌道状態推定装置(
図3の軌道状態推定装置100)へ出力される。
【0021】
また、本実施形態に係る車両1は、レール5上の車両1の絶対位置を検出する位置検出装置(図示せず。)を備えている。位置検出装置は、例えばRFID(Radio Frequency Identification)リーダであってもよい。この場合、一対のレール5の幅方向中間位置に予め設定されているRFIDタグをRFIDリーダによって読み取ることにより、車両1の絶対位置を検出することができる。なお、車両1の絶対位置を検出する方法はかかる例に限定されず、周知の技術を用いてもよい。例えば、車両1の絶対位置として、人工衛星からの電波を用いて得られる位置情報を利用してもよい。
【0022】
[2.軌道状態の推定]
レールの軌道状態としては、平面性変位、通り変位、高低変位、水準変位、軌間変位がある。以下では、軌道状態として、脱線への寄与の大きい平面性変位を推定する場合について説明する。平面性変位とは、
図2に示すように、軌道の平面に対するねじれの状態をいい、車両進行方向に所定の間隔dだけ離れた2地点(例えば、点P1及び点P3の地点と点P2と点P4の地点)における左右のレール5の水準差CL(x)により表される。具体的には、一般車両においては固定軸距が5m程度であることから、平面性変位Tw(x)は、下記式(1)により表される。
【0023】
Tw(x)=CL(x)-CL(x-5) ・・・(1)
【0024】
ここで、車輪23の浮きが存在しないと仮定したとき、輪軸25の鉛直変位が軌道の鉛直変位に等しいとみなすことができる。このため、軸箱27に設置された慣性計測装置30の計測値に基づき輪軸25のロール角θxを推定することで、下記式(2)より水準差CL(x)を推定することができる。なお、式(2)において、Lは基準軌間長を表す。
【0025】
CL(x)=Ltanθx ・・・(2)
【0026】
本実施形態では、軸箱27に設置された慣性計測装置30の計測値のみを用いて、車輪直下の軌道変位を検測する。慣性計測装置30を軸箱27に設置することで、車輪直下の軌道変位を検測することができるが、車両走行に伴う衝撃的な振動等のノイズも計測されやすくなる。このため、慣性計測装置30の計測値から推定された軌道変位には、慣性計測装置30が計測軸方向に並進運動することで計測される、車両走行に伴う衝撃的な振動応答をはじめとした加速度成分(以下、「並進加速度成分」ともいう。)による誤差が発生しやすくなる。そこで、本実施形態では、慣性計測装置30の計測値に含まれる車両走行時の並進加速度成分による誤差影響を低減して、平面性変位を推定する手法を提示する。
【0027】
以下、軌道状態として平面性変位を推定する軌道状態推定手法の詳細と、軌道状態推定手法に基づく軌道状態推定処理を実行する軌道状態推定装置、及び、軌道状態推定方法について説明する。
【0028】
[2-1.軌道状態推定手法]
まず、
図3~
図6に基づいて、本実施形態に係る軌道状態を推定する軌道状態推定手法について説明する。
図3は、慣性計測装置30による計測値を説明するための説明図である。
図4は、慣性計測装置30による計測値を説明するための輪軸断面模式図である。
図5は、並進加速度を表す指標R
xの一算出例を示すグラフである。
図6は、並進加速度を表す指標R
yの一算出例を示すグラフである。
【0029】
以下の説明においては、慣性計測装置30により計測された時刻kにおける3軸加速度の計測値をa
xk、a
yk、a
zk、3軸角速度の計測値をω
xk、ω
yk、ω
zkとする。また、
図3に示すように、時刻kにおけるロール角をθ
k、ピッチ角をφ
k、ヨー角をψ
kとする。
【0030】
本実施形態では、カルマンフィルタ(Kalman Filter)を用いて、慣性計測装置30の計測値から輪軸25のロール角θxを推定する。カルマンフィルタは、データ同化手法の1つであり、ベイズ推定を利用し観測量との誤差を最小化する状態量を逐次的に推定する手法である。3軸加速度の計測値から得られるロール角推定値及びピッチ角推定値を観測量とし、絶対座標におけるロール角速度及びピッチ角速度の積分による時間更新式から、カルマンフィルタを定式化することができる。
【0031】
状態ベクトルxkは、下記式(3)で定義される。
【0032】
【0033】
また、観測ベクトルy
kは、
図4に示す、3軸加速度の計測値a
xk、a
yk、a
zkの低周波成分を抽出した重力加速度gの3軸方向の射影の関係から、下記式(4)のように表すことができる。観測ベクトルy
kにおいて、θ
0kは時刻kにおけるロール角の推定値、φ
0kは時刻kにおけるピッチ角の推定値である。
【0034】
【0035】
3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの重力加速度射影成分は、加速度低周波成分であり、例えば0~1Hzの成分とする。傾斜角推定部110は、例えばローパスフィルタにより、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから重力加速度射影成分を抽出し得る。
【0036】
時間更新式は、絶対座標系における角度の積分から導かれ、状態ベクトルについて非線形の関係式となる。そこで、本実施形態では、状態ベクトルxk-1の周辺で線形化を行う拡張カルマンフィルタ(Extended Kalman Filter)を用いる。このとき、システム方程式は、下記式(5)で表される。vkはプロセスノイズである。
【0037】
【0038】
また、観測ノイズwk、観測行列Hkをとしたとき、観測方程式は下記式(7)で表される。
【0039】
【0040】
上記式(5)~式(7)で表される状態空間モデルに基づくカルマンフィルタにより、3軸加速度の計測値axk、ayk、azk、及び、3軸角速度の計測値ωxk、ωyk、ωzkからロール角θk及びピッチ角φkを推定することができる。
【0041】
ここで、本実施形態では、慣性計測装置30の計測値に含まれる車両走行時の並進加速度成分による誤差影響を低減するため、傾斜角推定部110は、誤差因子となる車両走行時の3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから並進加速度成分をフィルタリング処理により抽出し、抽出された並進加速度成分に基づいてカルマンフィルタの観測誤差共分散行列を設定する。
【0042】
本願発明者は、角度推定値の誤差要因を調べた結果、急曲線部分において車輪フランジがレールに接触する際に発生する衝撃応答が、角度推定値の誤差要因となっていることを知見した。角速度の積分から角度を算出する上記式(5)、及び、加速度低周波成分(すなわち重力加速度の射影成分)から角度を算出する上記式(7)において、プロセスノイズvk及び観測ノイズwkは平均値ゼロのガウスノイズと仮定される。このノイズ設定は各関係式の誤差成分を表す。プロセスノイズvkは、角速度データの計測誤差、及び、積分誤差を意味する。観測ノイズwkは、加速度データの計測誤差、及び、加速度から抽出された重力加速度射影成分の推定誤差を意味する。
【0043】
急曲線部分において、車輪フランジがレールに接触する際には、角速度計測値及び加速度計測値のいずれにも衝撃的な応答が見られる場合があるが、衝撃的な応答は全周波数帯において卓越するという特徴がある。ここで、上記式(5)は衝撃応答の有無にかかわらず成立するが、上記式(7)の観測ベクトルykは、重力加速度射影成分から算出された角度であり、慣性計測装置30に並進加速度が作用する場合には誤差要因となる。すなわち、このような走行区間においては、観測ノイズwkを大きな値に設定することにより、上記式(7)の確からしさを低減させる(換言すると、上記式(5)の確からしさを増大させる)ことで、実応答を適切に表現できると考えられる。
【0044】
そこで、本実施形態では、慣性計測装置30に作用する並進加速度の大きさに応じて観測ノイズwkを設定し、角度推定値の精度向上を図る。具体的には、並進加速度を表す指標Rx、Ryを導入し、並進加速度成分の大きさに応じた観測ノイズwkの共分散行列Rを逐次的に設定する。
【0045】
観測ベクトルykのロール角θ0k及びピッチ角φ0kの算出精度は、それぞれ左右加速度ayk、前後加速度axkに支配され、いずれも並進加速度により誤差が生じうる。左右加速度aykについては急曲線通過時の衝撃応答が並進加速度として現れ、前後加速度axkについては車両速度を一定に保つための加減速が並進加速度として現れる。そこで、それぞれの並進加速度を表す指標Rx、Ryを定義する。
【0046】
指標Rxは、前後加速度の測定値axからバンドパスフィルタにより高周波成分のみを抽出し、抽出した値を二乗した後、所定区間(移動平均サンプル数)の移動平均を取った値とする。指標Ryは、左右加速度の測定値ayからバンドパスフィルタにより高周波成分のみを抽出し、抽出した値を二乗した後、所定区間(移動平均サンプル数)の移動平均を取った値とする。指標Rx、Ryは、低周波の応答(すなわち、重力加速度射影成分から推定される傾斜角)を補正する指標であることから、二乗して移動平均をとることにより高周波を除いた値とすることで、推定値を安定化させる。例えば、抽出する高周波成分は1~7Hzの周波数成分とし、移動平均サンプル数は250サンプル時間としてもよい。
【0047】
衝撃応答あるいは加減速による応答は、外部から作用する強制的な応答であり、全周波数成分において卓越していると仮定できる。一方、例えば1Hz未満の低周波数帯では角度変化による成分が卓越しており、例えば7Hz超の高周波数帯では計測ノイズが卓越していると考えられる。これより、本実施形態では、バンドパスフィルタを用いてこれらの帯域の周波数成分を除去している。
【0048】
詳細には、車両速度がほぼ一定状態であると仮定すると、フィルタリングを施す計測データ中の車両の平均速度をVave[m/s]、軌道変位の最大空間周波数Fspace[cycle/m]としたとき、時刻歴波形のカットオフ周波数Ftime[Hz]は下記式(8)により表すことができる。
【0049】
Ftime=Fspace×Vave ・・・(8)
【0050】
平面性変位の特性は、おおよそ、軌道変位の最大空間周波数Fspace=1、車両速度Vave=1である。これより、平面性変位の推定においては、低周波数帯と高周波数帯との境界とするカットオフ周波数Ftimeを1Hzとしている。
【0051】
高周波のカットオフ周波数Ftime_hについては、経験式として、下記式(9)のような一般性を持った形として表すことができる。
【0052】
Ftime_h=7×Fspace×Vave ・・・(9)
【0053】
指標Rx、Ryの移動平均サンプル数sについては、経験式として、計測値のサンプリング周波数fs[Hz]から下記式(10)により表すことができる。
【0054】
s=fs/(2×Ftime) ・・・(10)
【0055】
例えば、サンプリング周波数fs=500Hz、カットオフ周波数Ftime=1Hzであるとき、移動平均サンプル数sは250サンプル時間となる。
【0056】
図5は並進加速度を表す指標R
xの一例であり、
図6は並進加速度を表す指標R
yの一例である。
図5において、破線枠で示した指標R
xの値が大きい位置では、車両速度を一定に保つための加減速の影響を受けていることを表している。また、
図6において、破線枠で示した指標R
yの値が大きい位置では、急曲線通過時の衝撃の影響を受けていることを表している。
【0057】
次に、算出された指標Rx、Ryを用いて、並進加速度成分の大きさに応じた観測ノイズwkを逐次的に設定する。記誤差共分散行列R(k)は、対角成分に、抽出された並進加速度成分に対して所定の係数を乗じた値を加算して設定してもよい。具体的には、時刻kにおける観測ノイズwkの分散共分散行列R(k)は、並進加速度成分を表す指標Ry(k)、Rx(k)、及び、指標Ry(k)、Rx(k)に対する係数Ky、Kxを用いて、下記式(11)のように設定される。
【0058】
【0059】
また、プロセスノイズQは、時刻によらず一定とし、例えば下記式(12)のように設定してもよい。
【0060】
【0061】
なお、係数Ky、Kxは、指標Ry(k)、Rx(k)から上記式(7)で表される観測方程式のノイズ分散を設定するための値であり、理論的に導出することはできない。このため、係数Ky、Kxには、平面性変位の推定精度が最も高くなる値が最適値として設定される。プロセスノイズQも、平面性変位の推定精度が最も高くなる値に基づき、適宜設定される。
【0062】
このように、本実施形態では、時刻kにおける観測ノイズwkの分散共分散行列R(k)を上記式(11)のように設定し、上記式(7)に示した観測方程式の観測ノイズwkを並進加速度成分の大きさに応じて逐次的に設定する。これにより、慣性計測装置30を軸箱27に設けることによって計測値に含まれる、車両走行時の並進加速度成分による誤差影響を低減することができる。その結果、時刻kにおける観測ベクトルyk、すなわち、ロール角の推定値θ0k及びピッチ角の推定値φ0kを精度よく求めることができる。式(5)~式(7)で表され、式(11)により観測ノイズwkの分散共分散行列R(k)が設定された状態空間モデルに基づくカルマンフィルタにより、ロール角θk及びピッチ角φkが推定されれば、上記式(1)及び式(2)を用いて、平面性変位Tw(x)を算出することができる。
【0063】
[2-2.軌道状態推定装置]
図7に基づいて、上述の軌道状態推定手法に基づき軌道状態を推定する軌道状態推定装置100の構成について説明する。
図7は、本実施形態に係る軌道状態推定装置100の構成を示す機能ブロック図である。軌道状態推定装置100は、
図7に示すように、傾斜角推定部110と、軌道状態算出部120とを有する。
【0064】
傾斜角推定部110は、車両1の軸箱27に設置された慣性計測装置30により計測された3軸加速度axk、ayk、azk及び3軸角速度ωxk、ωyk、ωzkに基づいて、輪軸25の水平傾斜角(ロール角θk)及び前後傾斜角(ピッチ角φk)を推定する。
【0065】
まず、傾斜角推定部110は、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから重力加速度射影成分と並進加速度成分とを抽出する。また、傾斜角推定部110は、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから抽出された並進加速度成分から、並進加速度を表す指標Rx、Ryを算出し、上記式(11)を用いて時刻kにおける観測ノイズwkの分散共分散行列R(k)を設定する。そして、傾斜角推定部110は、上記式(7)において、設定した分散共分散行列R(k)を用いて、観測ベクトルyk(ロール角の推定値θ0k及びピッチ角の推定値φ0k)を算出する。さらに、傾斜角推定部110は、式(5)~式(7)で表され、式(11)により観測ノイズwkの分散共分散行列R(k)が設定された状態空間モデルに基づくカルマンフィルタにより、ロール角θk及びピッチ角φkを算出する。傾斜角推定部110は、算出した輪軸25のロール角θk及びピッチ角φkを、軌道状態算出部120へ出力する。
【0066】
軌道状態算出部120は、輪軸25の水平傾斜角(ロール角θk)及び前後傾斜角(ピッチ角φk)に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する。本実施形態では、軌道状態情報として、平面性変位が算出される。平面性変位を軌道状態情報として求める場合、軌道状態算出部120は、傾斜角推定部110により算出された輪軸25のロール角θkに基づき、上記式(1)及び式(2)を用いて、平面性変位Tw(x)を算出する。軌道状態算出部120は、算出した平面性変位Tw(x)を、例えば出力装置200へ出力する。出力装置200は、例えばディスプレイ等の表示装置であってもよい。
【0067】
本実施形態に係る軌道状態推定装置100は、例えばCPU(Central Processing Unit)やDSP(Digital Signal Processor)等の各種のプロセッサによって構成され、当該プロセッサが所定のプログラムにしたがって動作されることにより上記機能を実現し得る。
【0068】
本実施形態に係る軌道状態推定装置100は、車両1に設置されてもよく、別途の場所に設置されていてもよい。慣性計測装置30による3軸加速度の計測値axk、ayk、azk及び3軸角速度の計測値ωxk、ωyk、ωzkは、位置検出装置によって検出されたレール5上の車両1の絶対位置に関連付けて、記憶装置(図示せず。)に記録されている。軌道状態推定装置100は、記憶装置に記録された3軸加速度の計測値ayk、azk、3軸角速度の計測値ωxk、ωyk、ωzk、及び、車両1の絶対位置を取得することにより、軌道状態を推定し得る。
【0069】
[2-3.軌道状態推定方法]
図8に基づいて、本実施形態に係る軌道状態推定装置100により実施される軌道状態推定方法を説明する。
図8は、本実施形態に係る軌道状態推定方法の一例を示すフローチャートである。
【0070】
(S10、S20:3軸加速度及び3軸角速度の取得)
まず、車両1の軸箱27に設置された慣性計測装置30により、3軸加速度axk、ayk、azk及び3軸角速度ωxk、ωyk、ωzkが計測される(S10、S20)。慣性計測装置30により計測された3軸加速度及び3軸角速度の計測値axk、ayk、azk、ωxk、ωyk、ωzkは、軌道状態推定装置100の傾斜角推定部110へ出力される。
【0071】
(S30:重力加速度射影成分の抽出)
次いで、傾斜角推定部110は、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから、重力加速度射影成分を抽出する(S30)。3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの重力加速度射影成分は、加速度低周波成分であり、例えば0~1Hzの成分とする。傾斜角推定部110は、例えばローパスフィルタにより、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから重力加速度射影成分を抽出し得る。
【0072】
(S40:並進加速度成分の抽出)
また、傾斜角推定部110は、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから、並進加速度成分を抽出する(S40)。3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの並進加速度成分は、加速度高周波成分であり、例えば1~7Hzの成分とする。傾斜角推定部110は、例えばバンドパスフィルタにより、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkから並進加速度成分を抽出し得る。上述したように、平面性変位について、車両1の曲線走行時に卓越する衝撃に起因した加速度成分である並進加速度成分が、ロール角の推定値θk及びピッチ角の推定値φkの推定精度に大きく影響しているとの知見が得られている。そこで、傾斜角推定部110は、並進加速度成分を抽出し、並進加速度を表す指標Rx、Ryを算出する。
【0073】
(S50:傾斜角の推定)
次いで、傾斜角推定部110は、輪軸25の傾斜角θ(ここでは、ロール角θx)を推定する(S50)。輪軸25のロール角θxは、上記式(5)~式(7)で表される状態空間モデルに基づくカルマンフィルタを用いて算出し得る。ここで、傾斜角推定部110は、ステップS40にて算出した指標Rx、Ryを用いて、上記式(11)から時刻kにおける観測ノイズwkの分散共分散行列R(k)を設定する。これにより、上記式(7)に示した観測方程式の観測ノイズwkが、並進加速度成分の大きさに応じて逐次的に設定される。その結果、慣性計測装置30を軸箱27に設けることによって計測値に含まれる、車両走行時の並進加速度成分による誤差影響が低減され、観測ベクトルyk(ロール角の推定値θ0k及びピッチ角の推定値φ0k)を精度よく求めることができる。
【0074】
傾斜角推定部110は、式(5)~式(7)で表され、式(11)により観測ノイズwkの分散共分散行列R(k)が設定された状態空間モデルに基づくカルマンフィルタにより、ロール角θk及びピッチ角φkを算出する。そして、傾斜角推定部110は、算出した輪軸25のロール角θk及びピッチ角φkを、軌道状態算出部120へ出力する。
【0075】
(S60:軌道状態情報の推定)
その後、軌道状態算出部120は、輪軸25の水平傾斜角(ロール角θk)及び前後傾斜角(ピッチ角φk)に基づいて、軌道状態を表す軌道状態情報を算出する(S60)。本実施形態では、軌道状態情報として、平面性変位が算出される。平面性変位を軌道状態情報として求める場合、軌道状態算出部120は、ステップS50にて算出された輪軸25のロール角θkに基づき、上記式(1)及び式(2)を用いて、平面性変位Tw(x)を算出する。軌道状態算出部120は、算出した平面性変位Tw(x)を、出力装置200へ出力する。
【0076】
[3.まとめ]
以上、本発明の一実施形態に係る車両と、軌道状態として平面性変位を推定する軌道状態推定装置及び軌道状態推定方法とについて説明した。本実施形態によれば、車両の軸箱に慣性計測装置を設置し、当該慣性計測装置により計測された3軸加速度及び3軸角速度に基づいて、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定する。輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角はカルマンフィルタにより推定し得る。この際、慣性計測装置の計測値に含まれる車両走行時の並進加速度成分による誤差影響を低減するため、車両走行時の3軸加速度の計測値から誤差因子となる並進加速度成分をフィルタリング処理により抽出し、抽出された並進加速度成分に基づいてカルマンフィルタの観測誤差共分散行列を逐次的に設定する。これにより、輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を精度よく推定することができる。高精度に輪軸の水平傾斜角及び前後傾斜角を推定することで、平面性変位の推定精度を高めることができる。また、車両を走行させれば3軸加速度及び3軸角速度を測定することができるため、簡易に検測することができる。
【実施例0077】
上記実施形態に係る軌道状態推定手法の有効性を検証するため、当該軌道状態推定手法による平面性変位の推定値を評価した。検証に使用した車両は、
図1に示した構成の車両であり、車両進行方向(X方向)最前の一対の車輪の軸箱にそれぞれ慣性計測装置を設けた。軌道条件として、走行区間は、一部に最大40mm程度の平面性変位が設けられた全長200mの曲線区間(R=100m)を設定した。
【0078】
本検証では、手押し式の軌道検測装置により測定された平面性測定値を真値(True)とした。実施例として、上記実施形態に係る軌道状態推定手法を用いて平面性測定値を推定した。このとき、上記式(11)における係数Ky、Kxについて、平面性変位の推定精度が最も高くなる値を探索した。その結果、係数Ky、Kxはともに1.0×10-6となり、かかる係数Ky、Kxに基づき分散共分散行列Rを設定した。プロセスノイズQは上記式(12)とした。
【0079】
比較例として、上記式(7)に示した観測方程式の観測ノイズwkを固定値として観測ベクトルykを算出し、平面性変位を算出した。すなわち、比較例では、車両の曲線走行時に卓越する衝撃に起因した加速度成分(並進加速度成分)がノイズとして残っている状態で、平面性変位が推定される。比較例において、分散共分散行列R及びロセスノイズQは下記の通りとした。
【0080】
【0081】
図9に、実施例及び比較例において推定された平面性変位を示す。
図9に示すように、比較例では、推定された平面性変位は真値からずれが生じていたが、実施例では、推定された平面性変位は真値とほぼ同値となった。これより、上記実施形態に係る軌道状態推定手法を適用することで、車両走行時の衝撃応答による影響をはじめとする並進加速度による誤差影響が低減され、平面性変位の推定精度を高めることができることが示された。
【0082】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0083】
例えば、上記実施形態では、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの重力加速度射影成分である加速度低周波成分を0~1Hzの成分とし、3軸加速度の計測値axk、ayk、azkの並進加速度成分である加速度高周波成分を1~7Hzの成分としたが、本発明はかかる例に限定されない。上記加速度低周波成分及び加速度高周波成分の周波数帯域は、例えば、製鉄所において重量の大きい資材等を搬送するために使用される、低速走行車両を想定して設定されたものである。加速度低周波成分及び加速度高周波成分の周波数帯域は、例えば上記式(8)及び式(9)に基づき、車両の走行速度に応じて適宜設定すればよい。指標Rx、Ryの移動平均サンプル数sについても、上記式(10)に基づき設定すればよい。