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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022134258
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】オーステナイト系鋳鋼及び鋳物
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220908BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20220908BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C22C30/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021033280
(22)【出願日】2021-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】鷲見 芳紀
(72)【発明者】
【氏名】大木 優太朗
(72)【発明者】
【氏名】松岡 真司
(57)【要約】
【課題】高温強度、耐酸化性、及び切削加工性に優れたオーステナイト系鋳鋼及びこれを用いた鋳物を提供すること。
【解決手段】オーステナイト系鋳鋼は、0.2≦C≦0.6mass%、0.1≦Si≦2.0mass%、0.5≦Mn≦2.0mass%、0.04≦S≦0.20mass%、21.0≦Ni≦45.0mass%、21.0≦Cr≦30.0mass%、0.5≦Nb≦3.0mass%、0.3≦Al≦0.8mass%、0.05≦N≦0.20mass%、0≦Mo≦2.0mass%、及び、0≦W≦5.0mass%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。鋳物は、このような組成を有するオーステナイト系鋳鋼からなる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.2≦C≦0.6mass%、
0.1≦Si≦2.0mass%、
0.5≦Mn≦2.0mass%、
0.04≦S≦0.20mass%、
21.0≦Ni≦45.0mass%、
21.0≦Cr≦30.0mass%、
0.5≦Nb≦3.0mass%、
0.3≦Al≦0.8mass%、
0.05≦N≦0.20mass%、
0≦Mo≦2.0mass%、及び、
0≦W≦5.0mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなるオーステナイト系鋳鋼。
【請求項2】
1050℃、100hの大気中の連続酸化試験における酸化増量が3.5g/cm2以下である請求項1に記載のオーステナイト系鋳鋼。
【請求項3】
1000℃における引張強度が100MPa以上である請求項1又は2に記載のオーステナイト系鋳鋼。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか1項に記載のオーステナイト系鋳鋼からなる鋳物。
【請求項5】
鋳造まま表面を含み、次の式(1)を満たす請求項4に記載の鋳物。
[Ci]<[Cs]≦1.0mass% …(1)
但し、
[Cs]は、前記鋳造まま表面から深さ0.2mmまでの領域の平均炭素量、
[Ci]は、前記鋳物の中心部の平均炭素量。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オーステナイト系鋳鋼及び鋳物に関し、さらに詳しくは、高温強度、耐酸化性、及び切削加工性に優れたオーステナイト系鋳鋼、及び、これを用いた鋳物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の環境規制に対応するため、ガソリンターボ車においては、エンジンの熱効率向上を目的として排気ガス温度を高温化する設計が主流となりつつある。近年では、1050℃を超える排ガス温度のニーズも出てきている。ガソリン車用ターボチャージャーのハウジング用材料には、フェライト系鋳鋼又はオーステナイト系鋳鋼が主に用いられているが、近年の高温化ニーズに合わせて、フェライト系鋳鋼よりも耐酸化性や高温強度に優れるオーステナイト系鋳鋼が主流となってきている。
【0003】
現在、市場で流通しているオーステナイト系鋳鋼としては、DIN規格材の1.4837、1.4848、1.4849などがある。しかしながら、これらの既存材の中でも最も耐熱性に優れるとされる1.4849でも、1050℃付近での使用は、耐酸化性や熱疲労強度の不足が懸念されている。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、重量基準で、C:0.2~1.0%、Si:3%以下、Mn:2%以下、S:0.5%以下、Cr:15~30%、Ni:6~30%、W及び/又はMo:0.5~6%、Nb:0.5~5%、N:0.01~0.5%、Al:0.23%以下、及び、O:0.07%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる高Cr高Niオーステナイト系耐熱鋳鋼が開示されている。
同文献には、Alの含有量が0.23%を超えると、高温耐力、高温引張強さ、耐酸化性、室温伸び、及び、被削性が低下する点が記載されている。
【0005】
特許文献2には、質量基準で、C:0.4~0.55%、Si:1~2%、Mn:0.5~1.5%、Cr:18~27%、Ni:8~22%、Nb:1.5~2.5%、N:0.01~0.3%、S:0.1~0.2%、及び、Al:0.1~0.15%を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、所定の関係式を満たすオーステナイト系耐熱鋳鋼が開示されている。
同文献には、Alの含有量が0.15%を超えると、鋳造欠陥が助長され、かつ、被削性、高温強度及び延性が低下する点が記載されている。
【0006】
さらに、特許文献3には、質量%で、C:0.2~1.0%、Ni:8.0~45.0%、Cr:15.0~30.0%、W:10%以下、及び、Nb:0.5~3.0%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、かつ、[C-0.13Nb]:0.05~0.95%を満たす耐熱鋳鋼が開示されている。
同文献には、このような組成を有する耐熱鋳鋼は、耐熱性及び耐熱疲労性に優れている点が記載されている。
【0007】
特許文献1~3に記載の鋳鋼は、いずれも、Cr及びNiを多量に含有させ、かつ、Nb、Mo及びWの中から幾つかの元素を選択して添加することで、高温強度や熱疲労特性を向上させている。また、これらの鋳鋼は、相対的に多量のCrを添加することで高温での耐酸化性を確保している。
しかしながら、本願発明者らによる調査によれば、Crの多量添加のみにより1050℃超の温度域での耐酸化性を確保するのは難しいことが判明している。これは、1050℃超の温度では、Crの酸化物が揮発し、不安定となるためである。
【0008】
一方、Ni量を増加させると、1050℃超の領域での耐酸化性が改善される。また、Ni量を増加させると、熱膨張係数が低下し、これによって熱疲労特性が向上する。しかしながら、Ni量の増加は、高温強度の低下を招く。特に、多量のNiを含む従来の鋳鋼は、1000℃以上の温度域では引張強度が不足するために、1050℃超の温度域で使用される部材に使用することはできない。
また、従来のオーステナイト系鋳鋼は、被削性の悪い合金である。特に、Cr、Niなどの合金元素を多量に含むオーステナイト系鋳鋼は、切削加工時に工具摩耗量が大きく、加工に要するコストや時間がかかりすぎるという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2005/103314号
【特許文献2】国際公開第2013/168770号
【特許文献3】特開2006-118048号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、高温強度、耐酸化性、及び切削加工性に優れたオーステナイト系鋳鋼を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このようなオーステナイト系鋳鋼を用いた鋳物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために本発明に係るオーステナイト系鋳鋼は、
0.2≦C≦0.6mass%、
0.1≦Si≦2.0mass%、
0.5≦Mn≦2.0mass%、
0.04≦S≦0.20mass%、
21.0≦Ni≦45.0mass%、
21.0≦Cr≦30.0mass%、
0.5≦Nb≦3.0mass%、
0.3≦Al≦0.8mass%、
0.05≦N≦0.20mass%、
0≦Mo≦2.0mass%、及び、
0≦W≦5.0mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなることを要旨とする。
また、本発明に係る鋳物は、本発明に係るオーステナイト系鋳鋼からなる。
【発明の効果】
【0012】
相対的に多量のNiを含むオーステナイト系鋳鋼に対し、所定量のCr、Nb、Mo、及びWを添加すると、高い耐酸化性を維持したまま、高温強度を向上させることができる。しかしながら、浸炭が生じる環境下において(例えば、コールドボックス鋳型を用いて)、Cr等を多量に含む鋳鋼を鋳造すると、鋳物の表面に高硬度の浸炭層が形成される。その結果、切削加工性が低下する。
【0013】
これに対し、オーステナイト系鋳鋼に対して所定量のAlを添加すると、高い高温強度及び高い耐酸化性を維持したまま、切削加工性の低下が抑制される。これは、鋳造時に鋳物の表面に酸化アルミニウムを主成分とする被膜が形成されることによって、外部から鋳物内部への炭素の拡散が抑制されるためと考えられる。また、所定量のAlを添加することによって、鋳物の耐酸化性がさらに向上する。これは、高温での使用時に鋳物表面に酸化アルミニウムを主成分とする被膜が形成されるためと考えられる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. オーステナイト系鋳鋼]
[1.1. 成分]
本発明に係るオーステナイト系鋳鋼は、以下のような元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及び、その限定理由は、以下の通りである。
【0015】
(1)0.2≦C≦0.6mass%:
Cは、Cr、Mo、Nb及び/又はWと結合して炭化物を形成する。また、炭化物が形成されると、鋳物の高温強度が上昇し、かつ、熱膨張係数が低下する。その結果、鋳物の耐熱疲労特性が向上する。このような効果を得るためには、C含有量は、0.2mass%以上である必要がある。C含有量は、好ましくは、0.26mass%以上、さらに好ましくは、0.38mass%以上である。
一方、C含有量が過剰になると、鋳物の靱延性が低下し、切削加工性が悪化する場合がある。従って、C含有量は、0.6mass%以下である必要がある。C含有量は、好ましくは、0.50mass%以下、さらに好ましくは、0.45mass%以下である。
【0016】
(2)0.1≦Si≦2.0mass%:
Siは、鋳物の耐酸化性及び溶湯の湯流れ性を向上させる効果、並びに、表層浸炭層を抑制する効果がある。このような効果を得るためには、Si含有量は、0.1mass%以上である必要がある。Si含有量は、好ましくは、0.5mass%以上である。
一方、Si含有量が過剰になると、鋳物の高温強度が低下する場合がある。従って、Si含有量は、2.0mass%以下である必要がある。Si含有量は、好ましくは、1.0mass%以下である。
【0017】
(3)0.5≦Mn≦2.0mass%:
Mnは、脱酸剤として作用する。また、Mnは、SやSeと結合して、鋳物の被削性を向上させる介在物を形成する。このような効果を得るためには、Mn含有量は、0.5mass%以上である必要がある。Mn含有量は、好ましくは、1.0mass%以上である。
一方、Mn含有量が過剰になると、鋳物の耐酸化性が低下する場合がある。従って、Mn含有量は、2.0mass%以下である必要がある。Mn含有量は、好ましくは、1.5mass%以下である。
【0018】
(4)0.04≦S≦0.20mass%:
Sは、Mnと結合してMnSを生成し、鋳物の被削性を向上させる。このような効果を得るためには、S含有量は、0.04mass%以上である必要がある。
一方、S含有量が過剰になると、鋳物の靱性及び延性が著しく低下する場合がある。従って、S含有量は、0.20mass%以下である必要がある。S含有量は、好ましくは、0.15mass%以下、さらに好ましくは、0.10mass%以下である。
【0019】
(5)21.0≦Ni≦45.0mass%:
Niは、母相のオーステナイトを安定化させる元素であり、鋳物の耐熱性及び耐酸化性を高める効果がある。また、Niは、鋳物の熱膨張係数を低下させる効果がある。このような効果を得るためには、Ni含有量は、21.0mass%以上である必要がある。Ni含有量は、好ましくは、23.0mass%以上、さらに好ましくは、25.0mass%以上である。
一方、Ni含有量が過剰になると、コストが上昇するだけでなく、鋳物の被削性が低下する場合がある。従って、Ni含有量は、45.0mass%以下である必要がある。Ni含有量は、好ましくは、32.0mass%以下、さらに好ましくは、30.0mass%以下である。
【0020】
(6)21.0≦Cr≦30.0mass%:
Crは、Cと結合して主にM236型炭化物を形成し、鋳物の高温強度の向上と熱膨張係数の低下に役立つ。母相中のCrは、鋳物の耐酸化性を確保し、耐熱性を高める効果がある。このような効果を得るためには、Cr含有量は、21.0mass%以上である必要がある。Cr含有量は、好ましくは、22.5mass%以上、さらに好ましくは、24.0mass%以上である。
一方、Cr含有量が過剰になると、脆性相であるσ相を析出させ、鋳物の熱疲労特性及び耐酸化性を低下させる場合がある。従って、Cr含有量は、30.0mass%以下である必要がある。Cr含有量は、好ましくは、28.0mass%以下、さらに好ましくは、26.0mass%以下である。
【0021】
(7)0.5≦Nb≦3.0mass%:
Nbは、Cと結合してMC型炭化物を形成し、鋳物の高温強度の向上と熱膨張係数の低下に役立つ。このような効果を得るためには、Nb含有量は、0.5mass%以上である必要がある。Nb含有量は、好ましくは、0.8mass%以上である。
一方、Nb含有量が過剰になると、鋳物の靱延性を低下させる場合がある。また、浸炭を助長し、粗大な1次炭化物を形成し、鋳物の被削性を悪化させる場合がある。従って、Nb含有量は、3.0mass%以下である必要がある。Nb含有量は、好ましくは、2.0mass%以下、さらに好ましくは、1.5mass%以下である。
【0022】
(8)0.3≦Al≦0.8mass%:
Alは、高温下において鋳物の表面に安定な酸化物被膜を形成し、鋳物の耐酸化性を向上させる。また、Alは、浸炭が生じる環境下において鋳造する場合(例えば、コールドボックス鋳型を用いて鋳造する場合)において、外部から鋳物への浸炭を抑制し、鋳物の被削性の低下を抑制する効果がある。このような効果を得るためには、Al含有量は、0.3mass%以上である必要がある。
一方、Al含有量が過剰になると、鋳物の溶接性の悪化を招く場合がある。従って、Al含有量は、0.8mass%以下である必要がある。
【0023】
(9)0.05≦N≦0.20mass%:
Nは、オーステナイト相を安定化させる効果がある。また、Nは、炭化物の粗大化を抑制し、鋳物の耐熱疲労特性の低下を抑制する作用もある。このような効果を得るためには、N含有量は、0.05mass%以上である必要がある。
一方、N含有量が過剰になると、窒化物が形成され、鋳物の靱延性が低下する場合がある。従って、N含有量は、0.20mass%以下である必要がある。
【0024】
(10)0≦Mo≦2.0mass%:
Moは、Cと結合してM236型炭化物を形成し、鋳物の高温強度の向上と熱膨張係数の低下に役立つ。また、母相中に含まれるMoは、鋳物の熱膨張係数の低下に非常に有効に作用する。そのため、必要に応じてMoを添加することができる。Mo含有量は、好ましくは、0.8mass%以上である。
一方、Mo含有量が過剰になると、コストの上昇を招くだけでなく、鋳物の被削性及び耐酸化性が低下する場合がある。従って、Mo含有量は、2.0mass%以下が好ましい。Mo含有量は、好ましくは、1.2mass%以下である。
【0025】
(11)0≦W≦5.0mass%:
Wは、Moと同様に、Cと結合してM236型炭化物を形成し、鋳物の高温強度の向上と熱膨張係数の低下に役立つ。また、母相中に含まれるWは、鋳物の熱膨張係数の低下に非常に有効に作用する。そのため、必要に応じてWを添加することができる。W含有量は、好ましくは、3.0mass%以上である。
一方、W含有量が過剰になると、コストの上昇を招くだけでなく、脆性相であるμ相が増加し、鋳物の熱疲労特性が低下する場合がある。従って、W含有量は、5.0mass%以下が好ましい。
【0026】
(12)不可避的不純物:
本発明において、不可避的不純物としては、例えば、P、Ti、Cuなどがある。これらの不可避的不純物の含有量は、少ないほど良い。
【0027】
これらの内、Pは、被削性に寄与する成分であるが、P含有量が過剰になると、鋳物の耐酸化性及び靱延性が著しく低下する場合がある。従って、P含有量は、0.1mass%以下が好ましく、さらに好ましくは0.05mass%以下である。
【0028】
Tiは、結晶粒を微細化する効果を狙って鋳鋼に添加されることもある。しかしながら、Tiは、C及びNとの親和性が高い。そのため、過剰のTiを添加すると、浸炭を助長し、炭化物や窒化物を形成し、鋳物の被削性が悪化する場合がある。従って、Ti含有量は、0.05mass%以下が好ましい。
【0029】
Cuは、原料から不可避的に混入することがある元素である。Cu含有量が過剰になると、鋳物が脆化する場合がある。従って、Cu含有量は、0.1mass%以下が好ましい。
【0030】
[1.2. 特性]
[1.2.1. 酸化増量]
「酸化増量」とは、25mm×15mm×3mmの大きさの鋳鋼に対して、1050℃、100hの大気中の連続酸化試験を行った時の単位面積当たりの重量増加をいう。
本発明に係るオーステナイト系鋳鋼において、各元素の含有量を最適化すると、酸化増量は、3.5g/cm2以下となる。各元素の含有量をさらに最適化すると、酸化増量は、3.2g/cm2以下となる。
【0031】
[1.2.2. 引張強度]
「引張強度」とは、JIS G 0567に準拠して測定される値をいう。
本発明に係るオーステナイト系鋳鋼において、各元素の含有量を最適化すると、1000℃における引張強度は、100MPa以上となる。各元素の含有量をさらに最適化すると、1000℃における引張強度は、115MPa以上となる。
【0032】
[1.2.3. 工具寿命]
「工具寿命」とは、オーステナイト系鋳鋼からなる鋳物に対し、超硬工具を用いて、切削速度:80mm/min、送り量:0.15mm/刃、切り込み量:2.0mmの条件下において、切削液を用いない乾式のフライス加工を行った時の、工具の逃げ面の摩耗量が0.2mmとなるまでの合計加工時間をいう。
本発明に係るオーステナイト系鋳鋼において各元素の含有量を最適化すると、浸炭が生じる環境下で鋳造された鋳物に対して切削加工を行う場合であっても、工具寿命は、15分以上となる。各元素の含有量をさらに最適化すると、工具寿命は、25分以上となる。
【0033】
[2. 鋳物]
[2.1. 材料]
本発明に係る鋳物は、本発明に係るオーステナイト系鋳鋼からなる。オーステナイト系鋳鋼の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0034】
[2.2. 形状]
本発明において、鋳物の形状は、特に限定されない。本発明に係るオーステナイト系鋳鋼を用いて製造される鋳物としては、例えば、自動車用ターボチャージャーのハウジング、エンジンのエキゾーストマニホールド及びこれらの結合部、並びに、連続焼鈍炉用ハースロールなどがある。
【0035】
[2.3. 特性]
[2.3.1. 酸化増量]
本発明に係る鋳物は、本発明に係るオーステナイト系鋳鋼を用いて製造されるため、連続酸化試験後の酸化増量が少ない。酸化増量の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0036】
[2.3.2. 引張強度]
本発明に係る鋳物は、本発明に係るオーステナイト系鋳鋼を用いて製造されるため、1000℃における引張強度が相対的に高い。1000℃における引張強度の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0037】
[2.2.3. 工具寿命]
本発明に係る鋳物は、本発明に係るオーステナイト系鋳鋼を用いて製造されるため、工具寿命が長い。工具寿命の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0038】
[2.2.4. 表層部の平均炭素濃度]
一般に、鋳造は、浸炭が生じない環境下で行われる場合と、浸炭が生じる環境下で行われる場合とがある。例えば、生型や焼結型を用いて鋳造を行った場合、鋳造時に浸炭が生じる可能性は低い。しかし、生型は、製造コストは安いが、鋳物の寸法精度は低い。また、焼結型は、鋳物の寸法精度は高いが、製造コストが高い。
【0039】
一方、コールドボックス鋳型は、鋳砂を接着剤で固めた鋳型である。そのため、コールドボックス鋳型を用いると、寸法精度の高い鋳物を低コストで製造することができる。しかしながら、コールドボックス鋳型を用いて鋳物を鋳造すると、鋳物が接着剤由来の炭素成分によって浸炭されることがある。このような浸炭が生じる環境下においてオーステナイト系鋳鋼の鋳造を行うと、鋳物の表面に浸炭層が形成され、鋳物の切削加工性が著しく低下する場合がある。
【0040】
これに対し、本発明に係るオーステナイト系鋳鋼は、高い高温強度及び高い耐酸化性を発現させるために必要な元素が相対的に多量に含まれているにもかかわらず、浸炭が生じる環境下で鋳造した場合であっても、鋳物の切削加工性の低下が抑制される。これは、所定の組成を有するオーステナイト系鋳鋼に対して所定量のAlをさらに添加することによって、鋳物の耐浸炭性が向上し、鋳造時における浸炭層の形成が抑制されるためと考えられる。
【0041】
本発明に係るオーステナイト系鋳鋼を用いて鋳物を製造する場合において、その成分を最適化すると、浸炭が生じる環境下において鋳物を製造する場合であっても、鋳造まま表面を含み、かつ、式(1)を満たす鋳物が得られる。
なお、「鋳造まま表面」とは、鋳型から取り出した状態の表面だけでなく、鋳型から取り出してショットブラストやサンドブラスト等の清浄処理を行った状態の表面も含まれる。
[Ci]<[Cs]≦1.0mass% …(1)
但し、
[Cs]は、前記鋳造まま表面から深さ0.2mmまでの領域の平均炭素量、
[Ci]は、前記鋳物の中心部の平均炭素量。
なお、「鋳物の中心部」とは、浸炭による影響を受けない領域をいう。
【0042】
[3. 作用]
相対的に多量のNiを含むオーステナイト系鋳鋼に対し、所定量のCr、Nb、Mo、及びWを添加すると、高い耐酸化性を維持したまま、高温強度を向上させることができる。しかしながら、浸炭が生じる環境下において(例えば、コールドボックス鋳型を用いて)、Cr等を多量に含む鋳鋼を鋳造すると、鋳物の表面に高硬度の浸炭層が形成される。その結果、切削加工性が低下する。
【0043】
これに対し、オーステナイト系鋳鋼に対して所定量のAlを添加すると、高い高温強度及び高い耐酸化性を維持したまま、切削加工性の低下が抑制される。これは、鋳造時に鋳物の表面に酸化アルミニウムを主成分とする被膜が形成されることによって、外部から鋳物内部への炭素の拡散が抑制されるためと考えられる。また、所定量のAlを添加することによって、鋳物の耐酸化性がさらに向上する。これは、高温での使用時に鋳物表面に酸化アルミニウムを主成分とする被膜が形成されるためと考えられる。
【実施例0044】
(実施例1~8、比較例1~9)
[1. 試料の作製]
高周波誘導炉にて、表1に示す組成の鋳鋼を溶解した。得られた溶湯をコールドボックス鋳型に鋳造し、JIS規格Y形B号供試材を得た。
【0045】
【表1】
【0046】
[2. 試験方法]
[2.1. 高温引張試験]
得られた鋳物から標点間距離:40mm、直径:8mmの引張試験片を切り出した。得られた引張試験片を用いて、JIS G 0567に準拠して1000℃における高温引張試験を行った。
【0047】
[2.2. 酸化増量]
得られた鋳物から、25mm×15mm×3mmの試験片を切り出した。これを、大気中において、1050℃で100hの加熱した。試験前後の重量変化と、試験片の表面積から酸化増量を算出した。
【0048】
[2.3. 表層部の平均炭素濃度]
電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)を用いて、表層部(鋳肌表面から深さ0.2mmまでの領域)の平均炭素濃度を測定した。
【0049】
[2.4. 工具寿命]
得られた鋳物に対し、超硬工具を用いて、切削速度:80mm/min、送り量:0.15mm/刃、切り込み量:2.0mmの条件下において、切削液を用いない乾式のフライス加工を行った。切削加工は、工具の逃げ面の摩耗量が0.2mmとなるまで行い、その時の合計加工時間を算出した。
【0050】
[3. 結果]
表2に結果を示す。表2より、以下のことが分かる。
(1)比較例1、2は、高温引張強度が低く、酸化増量が大きく、かつ、表層部の平均炭素濃度も高い。これは、Ni量が少ないためと考えられる。
(2)比較例3は、高温強度が低い。これは、Cr量が少ないためと考えられる。
【0051】
(3)比較例4、5は、酸化増量が大きく、表層部の平均炭素濃度が高い。また、比較例5は、工具寿命も短い。これは、Alの添加がないためであり、また、TiではAlのような効果が得られないためと考えられる。
(4)比較例6、7は、表層部の平均炭素濃度が高く、工具寿命が短い。これは、Alの添加がないためと考えられる。
(5)比較例8は、表層部の平均炭素濃度が高く、工具寿命が短い。これは、Cr量が過剰であるためと考えられる。
【0052】
(6)比較例9は、表層部の平均炭素濃度が高く、工具寿命が短い。これは、Alの添加がないためと考えられる。
(7)実施例1~8は、いずれも、高温引張強度が高く、酸化増量が少なく、表層部の平均炭素濃度が低く、かつ、工具寿命も長くなった。これは、高温強度及び耐酸化性を確保するために必要な元素を含み、かつ、適量のAlを含んでいるためと考えられる。
【0053】
【表2】
【0054】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明に係るオーステナイト系鋳鋼は、自動車用ターボチャージャーのハウジング、エンジンのエキゾーストマニホールド及びこれらの結合部、並びに、連続焼鈍炉用ハースロールなどの材料として用いることができる。