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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022134449
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】到来方向推定システム
(51)【国際特許分類】
   G01S 3/46 20060101AFI20220908BHJP
【FI】
G01S3/46
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021033572
(22)【出願日】2021-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】000001122
【氏名又は名称】株式会社日立国際電気
(74)【代理人】
【識別番号】100116687
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 爾
(74)【代理人】
【識別番号】100098383
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 純子
(74)【代理人】
【識別番号】100155860
【弁理士】
【氏名又は名称】藤松 正雄
(72)【発明者】
【氏名】仲田 樹広
(57)【要約】
【課題】校正用の既知信号を設けることが困難な環境であっても、アレーアンテナのアレー誤差を適切に校正することが可能な到来方向推定システムを提供する。
【解決手段】本例の到来方向推定システムは、アレーアンテナ2が有するアンテナ数と同じ回数の受信信号に基づいて、受信信号に関するアンテナ間の相関行列を演算する相関行列演算部4と、相関行列の固有値分解により雑音部分空間を抽出する雑音部分空間抽出部5と、雑音部分空間にキャリブレーション行列を乗算して校正雑音部分空間を取得するキャリブレーション適用部6と、校正雑音部分空間に基づいて電波の到来方向を推定するMUSIC部7と、電波の到来方向の推定結果に基づいてキャリブレーション行列を算出し、そのキャリブレーション行列をキャリブレーション適用部に与えるキャリブレーション行列最適化部8とを有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アレーアンテナを用いて電波の到来方向を推定する到来方向推定システムにおいて、
前記アレーアンテナが有するアンテナ数と同じ回数の受信信号に基づいて、受信信号に関するアンテナ間の相関行列を演算する相関行列演算部と、
前記相関行列の固有値分解により雑音部分空間を抽出する雑音部分空間抽出部と、
前記雑音部分空間にキャリブレーション行列を乗算して校正雑音部分空間を取得するキャリブレーション適用部と、
前記校正雑音部分空間に基づいて電波の到来方向を推定する到来方向推定部と、
電波の到来方向の推定結果に基づいてキャリブレーション行列を算出し、そのキャリブレーション行列を前記キャリブレーション適用部に与えるキャリブレーション行列最適化部とを有し、
前記キャリブレーション適用部、前記到来方向推定部、前記キャリブレーション行列最適化部の各処理を反復することを特徴とする到来方向推定システム。
【請求項2】
請求項1に記載の到来方向推定システムにおいて、
前記キャリブレーション行列最適化部は、前記校正雑音部分空間がアレー応答ベクトルと直交するようにキャリブレーション行列を算出することを特徴とする到来方向推定システム。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の到来方向推定システムにおいて、
前記キャリブレーション行列最適化部は、ラグランジュの未定乗算法を用いて、評価関数の値を最小化するキャリブレーション行列を算出することを特徴とする到来方向推定システム。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれかに記載の到来方向推定システムにおいて、
前記キャリブレーション適用部で使用するキャリブレーション行列の初期値として、単位行列を用いることを特徴とする到来方向推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アレーアンテナを用いて電波の到来方向を推定する到来方向推定システムに関する。
【背景技術】
【0002】
現在の航空交通管制システムでは、安全かつ円滑な運航を行うため、地上の航空管制官と航空機のパイロットの間で交信を行い、パイロットは管制官の指示に従って航行する。管制官とパイロットの交信はアナログ音声AM無線方式を用いて行われており、管制官は言語のコミュニケーションにより指示を行う。
【0003】
管制官が担当する空域には複数の航空機が航行しており、それらの航空機は同一の周波数を用いることが定められている。しかしながら、現状の音声無線通信による航空管制システムでは、管制官は、コールサインの確認などの交信以外にどのパイロットと交信しているかを知ることはできない。このシステム制約により、管制官の混乱やパイロットの認識誤り等によるインシデントが発生している状況である。
【0004】
この問題を緩和するため、欧州では、図6に示すように、複数のRDF(Radio Direction Finder)101で、航空機100から送信された音声無線の到来方向(以下、DOA:Direction Of Arrival)φi (iはRDF番号)を推定する。図6のRDFシステムでは、RDF101-1~101-6の6台を設置してある。それぞれのRDF101にて推定されたDOA φi は、測位部102に転送される。測位部102では、各到来方向線の交点に航空機100が存在すると推定し、測位結果をレーダコンソール103に転送する。レーダコンソール103では、現在管制官が交信している機体にマーキングする。航空機の位置自体は他のレーダシステムで把握しているため、このRDFシステムによるマーキングにより、管制官が現在交信している機体を特定することができるので、上記の問題を軽減することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】アレーアンテナによる適応信号処理、菊間信良、科学技術出版
【非特許文献2】Direction finding in the presence of mutual coupling、B.Friedlander,A.J.Weiss、IEEE Transactions on Antennas and Propagation、Volume:39、Issue:3、Mar 1991
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記に示したRDFは、複数のアンテナを用いる、いわゆるアレーアンテナにより音声無線信号の到来方向を推定する。推定方式としては、Beam Former法やMUSIC(MUltiple SIgnal Classification)法、ML(Maximum Likelihood)法などがある。
【0007】
例えば、MUSIC法は、各アンテナで受信した信号から相関行列を求めて、相関行列を固有値分解する。MUSIC法は部分空間法の一種であり、得られた固有ベクトルの中から雑音成分に対応する雑音部分空間を取り出す。この雑音部分空間はアレー応答ベクトルと直交するという特徴を利用して、角度を変えながらアレー応答ベクトルと雑音部分空間の直交性を算出し、最も直交する角度を探索するアルゴリズムである。MUSICの詳細なアルゴリズムは、例えば、非特許文献1を参考にされたい。
【0008】
現実のアレーアンテナでは、アンテナやケーブルの個体差、低雑音増幅器や周波数変換器などの受信アナログ素子の個体差、および温度偏差、経年偏差などが存在する。本明細書では、これらの偏差をアレー誤差と称することとする。
【0009】
例えば、上記のMUSIC法においては、このアレー誤差が存在するアナログ回路を経由した信号から得られた雑音部分空間は、アレー応答ベクトルと直交せず、正しいDOA推定が困難になってしまうという問題がある。このアレー誤差を補正するためには、キャリブレーション(校正)処理が必要である。例えば、MUSICなどを行う前にアレー誤差の逆特性などの補正係数を乗ずることで、アレー誤差をキャンセルし、理想的なMUSIC処理を行うことが可能となる。
【0010】
このキャリブレーション手法は大きく3つの方式に大別される。
1.事前計測法
予め測定器などを用いてアレー誤差を計測し、キャリブレーション係数を算出する手法である。しかしながら、この手法では温度偏差や経年偏差などには対応することが出来ない。
【0011】
2.Gloabal Calibration
キャリブレーションを行うための基準信号用の送信源をアレーアンテナの周囲に複数配置し、それら信号源の位置は既知であるとする。この基準信号を定期的に送信し、アレー誤差の影響を受けた受信信号と基準信号を比較して、キャリブレーション係数を算出する手法である。アレーアンテナの技術分野では、このカテゴリのキャリブレーションをGlobal Calibrationと称している。
【0012】
3.Auto Calibration
既知信号を必要とせず、受信信号自体を用いてキャリブレーションを行う手法であり、Auto Calibrationと呼ばれている。この手法は、前記の2つと異なり、アレー誤差、到来方向など未知パラメータが多くなるため、キャリブレーションの難易度は高くなる。
【0013】
これらのキャリブレーション手法を航空機測位システムのRDFに適用することを考える場合、経年偏差等が生じることを前提とすると、事前測定法は適用し難い。また、対象とする電波の波長も長い(周波数が低い)ため、アレーアンテナに平面波として入力するためには、基準信号を少なくとも10m程度は離して設置する必要がある。また、これら基準信号を複数(例えば、7個)設置することは、設置場所と設置コストの問題から採用し難い。したがって、Gloabal Calibrationも適用し難い。
【0014】
上記の事情を勘案すると、航空機測位システムに適用できるキャリブレーション手法には、Auto Calibrationが最も好適である。Auto Calibration法としては、Friedlander法(非特許文献2)がよく用いられている。Friedlander法は考案者の名前に由来しており、詳細は非特許文献2に譲るが、MUSIC法において、雑音部分空間とアレー応答ベクトルが直交するように、複数回の反復処理によりキャリブレーション係数を算出する手法である。
【0015】
Friedlander法では、同時に到来する複数の電波の到来方向を一括で推定する。しかしながら、各電波の到来角が近接するような場合には、それらを分離することが困難であり、正しいキャリブレーションを実現することができなくなる、という問題がある。
【0016】
本発明は、上記のような従来の事情に鑑みて為されたものであり、校正用の既知信号を設けることが困難な環境であっても、アレーアンテナのアレー誤差を適切に校正することが可能な到来方向推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明では、上記目的を達成するために、到来方向推定システムを以下のように構成した。
すなわち、アレーアンテナを用いて電波の到来方向を推定する到来方向推定システムにおいて、
アレーアンテナが有するアンテナ数と同じ回数の受信信号に基づいて、受信信号に関するアンテナ間の相関行列を演算する相関行列演算部と、相関行列の固有値分解により雑音部分空間を抽出する雑音部分空間抽出部と、雑音部分空間にキャリブレーション行列を乗算して校正雑音部分空間を取得するキャリブレーション適用部と、校正雑音部分空間に基づいて電波の到来方向を推定する到来方向推定部と、電波の到来方向の推定結果に基づいてキャリブレーション行列を算出し、そのキャリブレーション行列をキャリブレーション適用部に与えるキャリブレーション行列最適化部とを有し、キャリブレーション適用部、到来方向推定部、キャリブレーション行列最適化部の各処理を反復することを特徴とすることを特徴とする。
【0018】
ここで、キャリブレーション行列最適化部は、校正雑音部分空間がアレー応答ベクトルと直交するようにキャリブレーション行列を算出してもよい。
【0019】
また、キャリブレーション行列最適化部は、ラグランジュの未定乗算法を用いて、評価関数の値を最小化するキャリブレーション行列を算出してもよい。
【0020】
また、キャリブレーション適用部で使用するキャリブレーション行列の初期値として、単位行列を用いてもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、校正用の既知信号を設けることが困難な環境であっても、アレーアンテナのアレー誤差を適切に校正することが可能な到来方向推定システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の一実施形態に係る航空機測位システムの構成例を示す図である。
図2】複数回の航空機応答を受信する例を示す図である。
図3】アレー誤差が存在しない場合のMUSICスペクトルを例示する図である。
図4】アレー誤差が存在する場合のMUSICスペクトルを例示する図である。
図5】反復処理によるMUSICスペクトルの改善例を示す図である。
図6】従来例に係るRDFシステムの構成例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の一実施形態に係る航空機測位システムについて、図面を参照して説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る航空機測位システムの構成例を示す図である。本例の航空機測位システムは、航空機1と、アレーアンテナ2と、受信アナログ回路部3と、相関行列演算部4と、雑音部分空間抽出部5と、キャリブレーション適用部6と、MUSIC部7と、キャリブレーション係数最適化部8とを有する。
【0024】
本例の航空機測位システムにおいて、航空機1は管制塔との間で無線信号を用いて音声交信を行い、その際に、航空機1から電波が送出される。アレーアンテナ2はM本のアンテナで構成され、各アンテナは航空機1からの電波を受信してアナログ電気信号に変換する。アレーアンテナ2としては、複数のアンテナを円周上に配置するCircular Array、直線上に配置するLinear Array、矩形状に配置するRectangular Arrayなどがある。本発明においてはアレー形状に依存しないため、どのようなアレー形状を用いてもよい。
【0025】
アレーアンテナ2からの信号は受信アナログ回路部3に入力される。受信アナログ回路部3は、微弱な電気信号を増幅する低雑音増幅器、周波数を変換するミキサ、所望の周波数以外の信号電力を低減するフィルタなどのアナログ素子より構成される。このアナログ回路部3を経由した受信信号は、アナログ信号からデジタル信号に変換され、相関行列演算部4に入力される。
【0026】
受信アナログ回路部3で用いているアナログ部品は、製作誤差や電気的な誤差などにより全く同一の特性となることはなく、アレー誤差が存在する。また、これらのアレー誤差は、急激ではないものの、経時変化することが多い。本発明では、これらのアレー誤差をキャリブレーション(校正)する手法を提供する。
【0027】
相関行列演算部4では、アレーアンテナ2の各アンテナで受信し、受信アナログ回路3を経由して得られたデジタルサンプリング系列に対して、相関行列を演算する。航空機1からの送信信号をSn (t)、受信信号ベクトルをxn (t)、アレー誤差行列をΓ、アレー応答ベクトルをa(θn )、雑音成分をvn (t)とすると、受信信号は下記の式(1)で表される。
【数1】
【0028】
ここで、tはサンプリング時刻、nは航空機との応答回数を示している。また、xn 、a、vn はM×1ベクトル(ただし、Mはアンテナ数)である。また、アレー誤差行列Γは、Γ=diag{γ1 ,・・・,γM }である。γm は、m系統のアレー誤差であり、振幅/位相、もしくはI/Q成分の複素数である。diag{ }は、{ }内の要素を対角成分に持つ行列を示す。
【0029】
相関行列演算部4は更に、得られた受信信号xn (t)から、下記の式(2)に示す演算により受信信号のアンテナ間の相関行列を求める。
【数2】
ここで、E{ }は期待値演算を示し、Hはエルミート転置を示す。
【0030】
航空機応答回数nのイメージについて、図2を用いて説明する。航空機の航路は様々であり、RDFのアレーアンテナには様々な方向からの航空機応答信号xn が受信されるが、ここでは各応答が時間的に重複しないと仮定する。すなわち、複数の航空機が同じ周波数を用いて同時に管制塔と交信しないことを示している。仮に、複数の航空機が同じ周波数の信号を同時に送信すると、互いの電波が干渉し合い、音声は聞こえにくくなり、正常な交信ができなくなってしまう。図2のn=1~4は異なる時刻を示しており、各航空機の応答は異なる到来角θn で交信されている。
【0031】
本発明は、複数の航空機応答回数nにおける受信状況に基づいてキャリブレーションを実現する手法であり、1回の受信信号に基づいてキャリブレーションを行うFriedlander法(非特許文献2)とは異なる。必要とする航空機応答回数は、アレーアンテナが有するアンテナ数Mであり、例えば、M=7のアレーアンテナを用いている場合には、n=1~7の受信状況を観測した後にキャリブレーションを実施する。
【0032】
相関行列演算部4で得られた相関行列Rn は、雑音部分空間抽出部5に入力される。雑音部分空間抽出部5は、相関行列Rn を用いて雑音部分空間を算出する。具体的には、相関行列を下記の式(3)に示すように固有値分解する。
【数3】
ここで、En s、Λn sは、信号部分空間の固有ベクトル、固有値である。En v、Λn vは、n応答での雑音部分空間の固有ベクトル、固有値である。雑音部分空間の固有値Λn vは、信号部分空間の固有値Λn sよりも十分小さい値であるものとする。
【0033】
前述したように、MUSICアルゴリズムでは雑音部分空間En vとアレー応答ベクトルa(θn )は直交するため、下記の式(4)を満たす。
【数4】
【0034】
しかしながら、アレー誤差Γが存在する状況(Γ≠I:Iは単位行列)では、下記の式(5)に示すように直交しない。
【数5】
【0035】
雑音部分空間抽出部5で算出した雑音部分空間En vは、キャリブレーション適用部6に入力される。キャリブレーション適用部6は、下記の式(6)に示すように、キャリブレーション行列Γ^(k) を雑音部分空間En vに乗算し、校正雑音部分空間En c(k) を算出する。
【数6】
【0036】
本発明は、キャリブレーション適用部6、MUSIC部7、キャリブレーション係数最適化部8での処理を反復し、反復回数を重ねるにつれて徐々にキャリブレーション精度を向上させる方式である。式(6)におけるkは、反復回数を示す。反復処理の1回目(k=1)では、キャリブレーション行列Γ^(k)は単位行列とする。
【0037】
キャリブレーション適用部6で得られた校正雑音部分空間En c(k) は、MUSIC部7に入力される。MUSIC部7は、下記の式(7)の演算を行い、MUSICスペクトルPn (θ)を計算する。
【数7】
【0038】
MUSICスペクトルの計算では、アレー応答ベクトルの到来方向θを変えながら式(7)の計算を行う。ここで、θの分解能はシステム要求に従うが、0.1°~1°程度がよく用いられる。
【0039】
上記の計算で得られたMUSICスペクトルの例を図3に示す。図3は、30°の角度から信号が到来している場合を示している。MUSIC法の特徴として、非常にシャープなスペクトルが得られ、Beam Foremer法などと比べて高い分解能を有している。MUSIC法を用いた到来方向推定は、このMUSICスペクトルのピーク位置を探索し、ピーク位置を推定到来方向とするアルゴリズムである。
【0040】
図3はアレー誤差が存在しない場合(Γ=I)を示しているが、アレー誤差が存在する場合(Γ≠I)のMUSICスペクトルを図4に示す。図4は、図3と比較して、ピーク信号のシャープ度合は失われ、スペクトルのフロアは上昇している。また、30°よりも数°ずれた位置にピークがあり、到来方向推定精度も低下してしまうことが確認できる。
【0041】
このMUSICスペクトルから推定した到来方向をθ^n (k)とする。本発明では、航空機応答回数n毎に、MUSICを用いた到来方向推定を行うことが特徴である。Friedlander法では、同時にM波が到来し、MUSICスペクトルにはM個のピークが存在し、M個の到来方向を同時推定する。このとき、到来角が近接するような場合には、それらを分離することが困難であり、正しいキャリブレーションを実現することができなくなる。これに対し、本発明では、1波毎にMUSIC処理するため、MUSICスペクトルを算出するための演算量はM倍になるが、MUSICによる到来方向推定は1波のみであるため、近接した到来角であっても問題はない。
【0042】
MUSICスペクトルから推定した到来方向θ^n (k)は、キャリブレーション係数最適化部8に入力される。キャリブレーション係数最適化部8は、下記の式(8)に示すように、校正雑音部分空間En c(k) がアレー応答ベクトルと直交するようにキャリブレーション行列Γ^(k) を算出する。
【数8】
【0043】
具体的には、評価関数Jを最小化するように、キャリブレーション行列Γ^(k) を算出する。評価関数Jを最小化するキャリブレーション行列Γ^(k) はラグランジュの未定乗数法を用いて算出するが、以下にその過程を説明する。
【0044】
評価関数Jを下記の式(9)で定義する。
【数9】
【0045】
ここで、γ^(k) は、下記の式(10)に示すように、キャリブレーション行列Γ^(k) の対角成分を抽出したベクトルである。
【数10】
【0046】
また、Zは、下記の式(11)で定義する。
【数11】
【0047】
ここで、An (k)は、下記の式(12)で定義する。
【数12】
【0048】
式(11)は、Zは雑音部分空間En vとアレー応答行列An (k)との直交性を示す。式(9)では、キャリブレーションベクトルγ^(k) をZに乗じることで、その直交性を改善するように(Jの値が小さくなるように)最適化を行う。
【0049】
ラグランジュの未定乗数法より、Jの値が最も小さくなるγ^(k) は、下記の式(13)になる。
【数13】
ここで、1i は、i番目の要素を1とし、残りを0とするベクトルである。
【0050】
最後に、反復回数k+1のキャリブレーション行列Γ^(k+1) を、下記の式(14)により算出する。
【数14】
【0051】
以上の処理により、反復回数kの時点で、雑音部分空間En vとアレー応答行列An (k)が最も直行するようにキャリブレーション行列Γ^(k+1) の最適化を行い、反復回数k+1のキャリブレーション行列Γ^(k+1) をキャリブレーション適用部6の式(6)に適用する。
【0052】
上記のキャリブレーション適用部6、MUSIC部7、キャリブレーション係数最適化部8の各処理の反復回数を重ねるにつれて、到来方向推定θ^n (k)とキャリブレーション行列Γ^(k) の精度が徐々に改善する。このため、十分な回数の反復処理を行うことで、高精度なキャリブレーションを実現することが可能となる。
【0053】
これらの一連の処理によるMUSICスペクトルの改善イメージについて、図5を用いて説明する。図5では、図3、4と同様に30°の方向から電波が到来している。図5の左図の上から順に、反復回数が増加しているときのMUSICスペクトルを示している。本発明により、反復処理を重ねるにつれて直交性が改善するため、フロアが低下していることが確認できる。また、図5の右図は、MUSICスペクトルのピーク位置部分を拡大している。この図から、反復処理を重ねるにつれて到来方向推定精度が改善していることが確認できる。
【0054】
以上のように、本例の到来方向推定システムは、アレーアンテナ2が有するアンテナ数と同じ回数の受信信号に基づいて、受信信号に関するアンテナ間の相関行列を演算する相関行列演算部4と、相関行列の固有値分解により雑音部分空間を抽出する雑音部分空間抽出部5と、雑音部分空間にキャリブレーション行列を乗算して校正雑音部分空間を取得するキャリブレーション適用部6と、校正雑音部分空間に基づいて電波の到来方向を推定するMUSIC部7と、電波の到来方向の推定結果に基づいてキャリブレーション行列を算出し、そのキャリブレーション行列をキャリブレーション適用部に与えるキャリブレーション行列最適化部8とを有し、キャリブレーション適用部6、到来方向推定部7、キャリブレーション行列最適化部8の各処理を反復する。
【0055】
このような構成により、校正用の既知信号を用いずに、アレーアンテナのアレー誤差の校正を行うことが可能となる。また、キャリブレーション適用部6、到来方向推定部7、キャリブレーション行列最適化部8の各処理を反復する毎に、キャリブレーション行列が適正化され、これに伴って到来方向推定精度も改善する。したがって、校正用の既知信号を設けることが困難な環境であっても、アレーアンテナのアレー誤差を適切に校正することが可能となる。
【0056】
以上、本発明について一実施形態に基づいて説明したが、本発明はここに記載された構成に限定されるものではなく、他の構成のシステムに広く適用することができることは言うまでもない。
また、本発明は、例えば、上記の処理に関する技術的手順を含む方法や、上記の処理をプロセッサにより実行させるためのプログラム、そのようなプログラムをコンピュータ読み取り可能に記憶する記憶媒体などとして提供することも可能である。
【0057】
なお、本発明の範囲は、図示され記載された例示的な実施形態に限定されるものではなく、本発明が目的とするものと均等な効果をもたらす全ての実施形態をも含む。更に、本発明の範囲は、全ての開示されたそれぞれの特徴のうち特定の特徴のあらゆる所望する組み合わせによって画され得る。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明は、アレーアンテナを用いて電波の到来方向を推定する到来方向推定システムに利用することが可能である。
【符号の説明】
【0059】
1:航空機、 2:アレーアンテナ、 3:受信アナログ回路部、 4:相関行列演算部、 5:雑音部分空間抽出部、 6:キャリブレーション適用部、 7:MUSIC部、 8:キャリブレーション係数最適化部
図1
図2
図3
図4
図5
図6