(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022134560
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】牛の肉質の軟化方法
(51)【国際特許分類】
A23K 50/10 20160101AFI20220908BHJP
A23K 20/189 20160101ALI20220908BHJP
【FI】
A23K50/10
A23K20/189
【審査請求】有
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021033748
(22)【出願日】2021-03-03
(71)【出願人】
【識別番号】000201641
【氏名又は名称】全国農業協同組合連合会
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武本 智嗣
(72)【発明者】
【氏名】平野 和夫
【テーマコード(参考)】
2B005
2B150
【Fターム(参考)】
2B005BA02
2B150AA02
2B150AB05
2B150DF11
(57)【要約】
【課題】経産牛のような肉が硬い牛であっても、その肉を軟化させることができる、牛の肉質の軟化方法を提供すること、及び牛肉の食味を改善する方法を提供すること。
【解決手段】牛の肉質の軟化方法及び牛肉の食味改善方法は、牛に還元型コエンザイムQ10を給与することを含む。
【効果】経産牛の肉のような硬い肉であっても、その肉質を軟化させることができ、また、牛肉内の甘味系アミノ酸が増大し、苦味系アミノ酸が減少するので、牛肉の食味を改善することができる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
牛に還元型コエンザイムQ10を給与することを含む、牛の肉質の軟化方法。
【請求項2】
前記還元型コエンザイムQ10の給与量が、0.1~10g/頭/日である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記牛が経産牛である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記牛が黒毛和種である請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
飼料の少なくとも50重量%以上、配合飼料を給与することを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
牛に還元型コエンザイムQ10を給与することを含む、牛肉の食味改善方法。
【請求項7】
前記還元型コエンザイムQ10の給与量が、0.1~10g/頭/日である、請求項6記載の方法。
【請求項8】
少なくとも出荷前の3ヶ月間にわたり、前記還元型コエンザイムQ10を給与する、請求項6又は7記載の方法。
【請求項9】
飼料の少なくとも50重量%以上、配合飼料を給与することを含む、請求項6~8のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、牛の肉を軟化することができる、牛の肉質の軟化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
経産牛は、肉質が硬いことが知られている。もし、経産牛の肉を軟らかくすることができる方法があれば有利である。
【0003】
従来、牛の肉質の軟化方法としては、肉を酵素で処理する方法(非特許文献1)、酵素処理、湿潤化処理、機械処理による方法(非特許文献2、3)等が知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Sung Sil Moon, Korean J. Food Sci. An. 2018 February 38(1):143-151
【非特許文献2】Z. Pietrasik et al., Meat Science 88 (2011) 8-13
【非特許文献3】Z. Pietrasik et al., Meat Science 71 (2005) 498-505
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願第一の発明の目的は、経産牛のような肉が硬い牛であっても、その肉を軟化させることができる、牛の肉質の軟化方法を提供することである。また、本願第二の発明の目的は、牛肉の食味を改善する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、コエンザイムQ10を牛に給与することにより、肉質が軟化すること、及び牛肉の食味が改善することを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1) 牛に還元型コエンザイムQ10を給与することを含む、牛の肉質の軟化方法。
(2) 前記還元型コエンザイムQ10の給与量が、0.1~10g/頭/日である、(1)記載の方法。
(3) 前記牛が経産牛である、(1)又は(2)記載の方法。
(4) 前記牛が黒毛和種である(1)~(3)のいずれか1項に記載の方法。
(5) 飼料の少なくとも50重量%以上、配合飼料を給与することを含む、(1)~(4)のいずれか1項に記載の方法。
(6) 牛に還元型コエンザイムQ10を給与することを含む、牛肉の食味改善方法。
(7) 前記還元型コエンザイムQ10の給与量が、0.1~10g/頭/日である、(6)記載の方法。
(8) 少なくとも出荷前の3ヶ月間にわたり、前記還元型コエンザイムQ10を給与する、(6)又は(7)記載の方法。
(9) 飼料の少なくとも50重量%以上、配合飼料を給与することを含む、(6)~(8)のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本願第一の発明の方法によれば、経産牛の肉のような硬い肉であっても、その肉質を軟化させることができる。また、本願第二の発明の方法によれば、牛肉の食味を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】下記実施例及び比較例において得られた、本発明の方法により飼育した牛の胸最長肉のせん断力価の測定結果を示す図である。
【
図2】下記実施例及び比較例において得られた、本発明の方法により飼育した牛の胸最長肉のカルパイン活性の測定結果を示す図である。
【
図3】下記実施例及び比較例において得られた、本発明の方法により飼育した牛の胸最長肉のクッキングロスの測定結果を示す図である。
【
図4】下記実施例及び比較例において得られた、本発明の方法により飼育した牛の胸最長肉中のα-トコフェロール含量の測定結果を示す図である。
【
図5】下記実施例及び比較例において得られた、官能試験の結果の一部を示す図である。
【
図6】下記実施例及び比較例において得られた、官能試験の結果の一部を示す図である。
【
図7】下記実施例において得られた、本発明の方法により飼育した牛の半模様筋のせん断力価の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下の説明において、単に「本発明」という場合には、本願第一の発明及び本願第二の発明の両者に共通の説明である。
【0011】
本発明の方法に供される牛は、牛であれば特に限定されないが、肉質の硬い経産牛において特に威力を発揮するので経産牛が好ましい。牛の種類は限定されず、国産黒毛和種、乳牛、輸入牛等、いずれの牛でもよい。これらのうち、国産黒毛和種が好ましい。
【0012】
本発明の方法では、還元型のコエンザイムQ10(以下、「CoQ10」と呼ぶことがある)を牛に給与する。給与は、CoQ10を添加した飼料を給与することにより行うことができる。CoQ10の給与量は、特に限定されないが、肉質の軟化の観点から、0.1~10g/頭/日が好ましく、0.5~2 g/頭/日がさらに好ましい。
【0013】
肉質をさらに軟化させるため又は食味をさらに改善するためには、肥育を行うことが好ましい。ここで、「肥育」とは、給与する飼料の少なくとも50重量%以上を配合飼料とすることを意味する。全飼料に対する配合飼料の割合は、好ましくは、70重量%以上、さらに好ましくは80重量%~90重量%である。なお、粗飼料を主たる飼料として飼育してきた牛を肥育する場合には、配合飼料と粗飼料の比率を徐々に変化させて、馴れさせながら最終的な比率に到達させることが望まれる。なお、配合飼料、粗飼料とも、牛の飼育に通常用いられている市販品をそのまま利用することができる。
【0014】
本発明の方法による飼育期間は、特に限定されず、幼牛から本発明の方法で飼育することも可能であるが、屠殺前の少なくとも3ヶ月、好ましくは屠殺前の4~8ヶ月を本発明の方法で飼育することが効率的である。
【0015】
下記実施例において具体的に記載するように、本願第一の発明の方法により、肉質が軟化する。特に、と畜後の胸最長筋における粗脂肪含量が増加してせん断力価が低下し、肉が噛み切りやすく、咀嚼しやすくなる。また、本願第二の発明の方法により、牛肉の食味が改善する。特に、肉内において甘味系アミノ酸が増加し、苦味系アミノ酸が減少する。
【0016】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0017】
実施例1、2、比較例1、2
約155ヶ月齢の黒毛和種経産牛23頭を用いた。JA東日本くみあい飼料株式会社製造の経産牛肥育用配合飼料「39かあさん」(表1)を給与した。粗飼料はフェスクストローを給与した。廃用牛として判断してから3週間の馴致後、約6ヶ月間飼養した。配合飼料の量を制限し、CoQ10を給与しない群を対照区(n=6)(比較例1)、配合飼料の量を多くし、CoQ10を給与しない群を肥育区(n=6)(比較例2)、対照区に加えてCoQ10を1g/頭/日給与する群をCoQ区(n=6)(実施例1)、肥育区に加えてCoQ10を1g/頭/日給与する群をCoQ肥育区(n=6)(実施例2)とした。なお、対照区と肥育区の給与体系は表2のとおりとした。その他の飼養管理は常法に従った。
【0018】
【0019】
【0020】
と畜後、7日間冷蔵保存した後の胸最長筋のせん断力価、カルパイン活性、クッキングロス、α-トコフェロール含量及び2-チオバルビツール酸反応性物質(TBARS)濃度を調査した。なお、TBARS濃度については血清中のTBARS濃度も測定した。これらの調査方法は次のとおりであった。
【0021】
(1) せん断力価
胸最長筋を厚さ1.8cmにカットした後、中心部が70℃に達するまで70℃に設定したウォーターバスで加熱し、オーバーナイトで冷蔵後、インストロン5542型によりせん断力価を測定した。筋線維に沿って1.27cmにくりぬいた肉片を、筋線維に垂直にV字ブレードでせん断した際の最大点圧縮荷重を測定し、せん断力価とした。せん断力価測定用アタッチメントであるV字ブレードのせん断速度は250 mm/分とした。
【0022】
(2) カルパイン活性
Calpain Assay Kit(Promo Cell社製)を用いて分析した。結果は対照区に対する相対値として示した。
【0023】
(3) クッキングロス
70℃に設定したウォーターバスで胸最長筋を60分間加熱し肉の中心温度を70℃にし、加熱前後の重量差から計算した。
【0024】
(4) α-トコフェロール含量
3gの胸最長筋を50ml遠沈管に採取し、これに1% NaCl溶液を1ml加えて懸濁後、さらに3%ピロガロール・エタノール溶液を10mlおよび60%KOHを2ml加えて70℃ で30分間ケン化した。遠沈管を氷水に浸けて反応を停止し、これに1% NaCl溶液14ml、酢酸エチル・n-ヘキサン混液(1:9)14mlを加えて、5分間激しく振とうした。1500rpmで5分間遠心分離し、上層のヘキサン層を100ml吸引採取した。これに酢酸エチル・n-ヘキサン混液(1:9)14mlを加えて再溶解した。振とう抽出・遠心分離・吸引採取を2回繰り返し、N2ガスで乾固した。HPLC用ヘキサンで希釈し、クロマトディスク0.45μm通して、HPLC分析した。HPLCは日本分光株式会社製(ポンプPU-2080Plus,蛍光検出器FP-2020Plus)を用いた.カラムは株式会社ワイエムシィ製YMC-Pack SIL-06 (内径 4.6mm×250mm)を用い、移動層はヘキサン、酢酸およびイソプロパノール(1000:5:6)で流量は1.5ml/分であった。また、検出波長は298nm(EX)および325nm(EM)であった。
【0025】
(5) TBARS濃度
血清:OXI-TEK TBARS-Assay kit(Alexis Corporation、USA、New York)を用い、製造者のマニュアルに従って、測定した。胸最長筋:約0.1gの胸最長筋に500μlのRIPAバッファーを加え、氷冷下でホモジナイズしたサンプルを用い、OXI-TEK TBARS-Assay kit(Alexis Corporation、USA、New York)により、製造者のマニュアルに従って、測定した。得られたマロンジアルデヒド量は総タンパク量で補正した。総タンパク質含量の測定にはBCA Protein Assay Kit(Thermo Scientific)を用いた。
【0026】
せん断力価の測定結果を
図1、カルパイン活性の測定結果を
図2、クッキングロスの測定結果を
図3、α-トコフェロール含量の測定結果を
図4、TBARS濃度の測定結果を下記表3に示す。
【0027】
【0028】
図1に示されるように、CoQ10給与により胸最長筋のせん断力価が有意に低下した。せん断力価が低下するということは、肉質が軟化して噛み切りやすくなったことを意味する。また、
図2に示されるように、カルパイン活性が有意に高まり、
図3に示されるように、クッキングロスが有意に低下し、
図4に示されるようにα-トコフェロール含量が有意に増大し、表3に示されるようにTBARS濃度が有意に低下した。カルパイン活性が高くなったことから、筋原繊維タンパク質や細胞骨格タンパク質がカルパインによる分解を受けて軟化したと考えられ、また、クッキングロスが低下したことから、胸最長筋中の粗脂肪含量が増大したと考えられ、これらがせん断力価の低下に寄与したと考えられる。また、α-トコフェロール含量の増加及びTBARS濃度の低下から、脂肪の酸化が抑制されていることがわかり、このことも、粗脂肪の増大と相俟ってせん断力価の低下に寄与しているものと考えられる。
【0029】
さらに、嗜好型官能評価を行った。と畜後7日間冷蔵した肋間筋のうち、水分、タンパク質、脂肪含量が各区の平均に近い個体の肋間筋を用いて、本出願人の従業員31人をパネリストとした官能評価を実施した。官能評価では、香りの強さ、噛み切りやすさ、咀嚼性、味の強さ、ジューシーさを評価した。結果を
図5及び
図6に示す。
【0030】
図5は、対照区とCoQ区の比較を示し、
図6は、肥育区とCoQ肥育区の比較を示す。両図からわかるように、CoQ10を給与することにより、かみ切りやすさと咀嚼性が有意に向上した。また、肥育飼養を行った場合には、CoQ10を給与することにより、さらに、ジューシーさも有意に向上した。
【0031】
実施例3
約27ヶ月齢の黒毛和種去勢肥育牛10頭および黒毛和種雌肥育牛10頭を供試した。1頭1日当り、JA東日本くみあい飼料社製の肥育用配合飼料「うし王後期」を10 kgと、粗飼料として稲わらを2.0kg給与した。30ヶ月齢まで肥育後、出荷、屠殺し、得られた肉を調査した。
【0032】
試験区分は、試験開始時の体重と性を基に以下の4区に割り当てた。
ア.対照区(去勢)(n=5);当室の慣行に従い飼育した。
イ.CoQ区(去勢)(n=5);対照区に加えて、3ヶ月間CoQ10を1g/頭/日給与した。
ウ.対照区(雌)(n=5);当室の慣行に従い飼育した。
エ.CoQ区(雌)(n=5);対照区に加えて、3ヶ月間CoQ10を1g/頭/日給与した。
【0033】
と畜7日後に、上記した方法により、半模様筋のせん断力価を調べた。結果を
図7に示す。
【0034】
図7に示されるように、去勢牛、雌牛とも、CoQ区のせん断力価は、対照区に比べて統計学的に有意に低く、本発明の肉質軟化効果が確認された。
【0035】
さらに、半模様筋中の各種アミノ酸含有量を調べた。結果を下記表4に示す。
【0036】
【0037】
表4に示されるように、甘味系アミノ酸の含有量は、CoQ区において統計学的に有意に多く、また、苦味系アミノ酸の含有量は、CoQ区において統計学的に有意に少なかった。このことから、CoQ給与により、牛肉の食味が改善されることが明らかになった。
【手続補正書】
【提出日】2022-03-04
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
牛に還元型コエンザイムQ10を含む飼料を給与することを含み、前記飼料中の配合飼料の割合が、80重量%~90重量%である、牛の肉質の軟化方法。
【請求項2】
前記還元型コエンザイムQ10の給与量が、0.1~10g/頭/日である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記牛が経産牛である、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記牛が黒毛和種である請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
牛に還元型コエンザイムQ10を含む飼料を給与することを含み、前記飼料中の配合飼料の割合が、80重量%~90重量%である、牛肉の食味改善方法。
【請求項6】
前記還元型コエンザイムQ10の給与量が、0.1~10g/頭/日である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
少なくとも出荷前の3ヶ月間にわたり、前記還元型コエンザイムQ10を給与する、請求項5又は6記載の方法。
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0007
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0007】
すなわち、本発明は、以下のものを提供する。
(1) 牛に還元型コエンザイムQ10を含む飼料を給与することを含み、前記飼料中の配合飼料の割合が、80重量%~90重量%である、牛の肉質の軟化方法。
(2) 前記還元型コエンザイムQ10の給与量が、0.1~10g/頭/日である、(1)記載の方法。
(3) 前記牛が経産牛である、(1)又は(2)記載の方法。
(4) 前記牛が黒毛和種である(1)~(3)のいずれか1項に記載の方法。
(5) 牛に還元型コエンザイムQ10を含む飼料を給与することを含み、前記飼料中の配合飼料の割合が、80重量%~90重量%である、牛肉の食味改善方法。
(6) 前記還元型コエンザイムQ10の給与量が、0.1~10g/頭/日である、(5)記載の方法。
(7) 少なくとも出荷前の3ヶ月間にわたり、前記還元型コエンザイムQ10を給与する、(5)又は(6)記載の方法。