(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022134671
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】鉄基焼結合金製バルブシート
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220908BHJP
C22C 38/46 20060101ALI20220908BHJP
C22C 38/56 20060101ALI20220908BHJP
C22C 27/04 20060101ALI20220908BHJP
B22F 5/00 20060101ALI20220908BHJP
C22C 33/02 20060101ALI20220908BHJP
F01L 3/02 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
C22C38/00 304
C22C38/00 302Z
C22C38/46
C22C38/56
C22C27/04 102
C22C38/00 301Z
B22F5/00 S
C22C33/02 B
F01L3/02 F
F01L3/02 H
【審査請求】有
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021033962
(22)【出願日】2021-03-03
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】柳本 明子
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA35
4K018AB01
4K018AB03
4K018AB05
4K018AB07
4K018AB10
4K018AC01
4K018BA09
4K018BA13
4K018BA14
4K018BA15
4K018BA16
4K018BB04
4K018BB06
4K018BC12
4K018CA02
4K018CA11
4K018DA21
4K018DA32
4K018DA33
4K018FA06
4K018FA08
4K018HA04
4K018KA10
(57)【要約】
【課題】腐食環境下での低温から高温までの広温度域での耐摩耗性に優れた鉄基焼結合金製バルブシートを提供する。
【解決手段】本発明の鉄基焼結合金製バルブシートは、基地相と、前記基地相中に分散した、互いに異なる成分組成を有する第1硬質粒子及び第2硬質粒子と、を有し、前記基地相は、0.1~5.0質量%のWを含有し、前記第1硬質粒子がFe-Mo合金粒子であり、前記第2硬質粒子がCrを10質量%以上含有する高Cr含有Fe系合金粒子であることを特徴とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基地相と、
前記基地相中に分散した、互いに異なる成分組成を有する第1硬質粒子及び第2硬質粒子と、
を有する鉄基焼結合金製バルブシートであって、
前記基地相は、0.1~5.0質量%のWを含有し、
前記第1硬質粒子がFe-Mo合金粒子であり、
前記第2硬質粒子がCrを10質量%以上含有する高Cr含有Fe系合金粒子である、
ことを特徴とする鉄基焼結合金製バルブシート。
【請求項2】
前記第1硬質粒子が、質量%で、Mo:40~70%、Si:2.0%以下、及びC:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Mo合金粒子である、請求項1に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【請求項3】
前記第2硬質粒子が、以下の(i)~(iii)から選択された少なくとも一種である、請求項1又は2に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
(i)質量%で、Cr:10~30%、Ni:10~18%、Mo:4~20%、及びC:3.0%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Cr-Ni-Mo合金粒子
(ii)質量%で、Cr:10~30%、Ni:10~18%、Mo:8~20%、W:5~20%、及びC:3.0%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Cr-Ni-Mo-W合金粒子
(iii)質量%で、Cr:10~30%、Ni:10~18%、Mo:4~6%、Si:0.5~2.0%、及びC:1.0~2.5%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Cr-Ni-Mo-Si-C合金粒子
【請求項4】
前記第1硬質粒子及び前記第2硬質粒子の総含有量が20~40質量%である、請求項1~3のいずれか一項に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【請求項5】
前記第1硬質粒子の含有量が10質量%以上である、請求項1~4のいずれか一項に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【請求項6】
前記第2硬質粒子の含有量が7質量%以上である、請求項1~5のいずれか一項に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【請求項7】
前記鉄基焼結合金の全体の成分組成が、質量%で、Cr:2.0~7.0%、Ni:0.5~3.0%、Mo:8.0~20.0%、W:0.1~5.0%、V:0.1~2.0%、C:1.5%以下、及びSi:2.0%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる、請求項1~6のいずれか一項に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【請求項8】
固体潤滑剤を0.5~3.0質量%含有する、請求項1~7のいずれか一項に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のシリンダヘッドに圧入され、バルブを着座させる鉄基焼結合金製バルブシートに関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関でバルブを着座させるバルブシートには、燃焼室の気密性の保持に加えて、バルブのくり返し当接による摩耗に十分耐えられる耐摩耗性と、バルブ温度の上昇を抑制せしめる高い伝熱性(熱伝導性)とを有することが求められている。バルブシートは、高い製造性と低コストであることが求められることから、粉末冶金を利用した焼結合金製であることが一般的である。
【0003】
特許文献1には、基地相中に、12質量%以上のCrを含有する鉄合金の硬質粒子が分散した鉄基焼結合金製バルブシートが記載されている。特許文献1では、硬質粒子中のCrを積極的に基地相へ拡散させて拡散相を形成し、硬質粒子と拡散相の摺動面における占有率を高めることで、耐熱性、耐酸化性、及び耐摩耗性を向上させている。
【0004】
特許文献2には、Fe-Mo-Si合金からなる第一硬質粒子と、Fe-C-Cr-Mo-V合金からなる第二硬質粒子と、質量%で0.2~0.8%の固体潤滑剤とを分散させた鉄基焼結合金製バルブシートが記載されている。特許文献2では、固体潤滑剤の量を制限しつつ、硬さの異なる2種類の硬質粒子を分散させることで、幅広い温度域での耐摩耗性を向上させている。
【0005】
特許文献3には、鉄基焼結合金の組織に対して、粒度の異なる2種類のCo系合金硬質粒子を分散させることで、耐摩耗性、機械強度、切削性を向上させた鉄基焼結合金製バルブシートが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2015-178749号公報
【特許文献2】特開2012-149584号公報
【特許文献3】国際公開第2009/122985号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1の焼結合金製バルブシートでは、硬質粒子の硬度が低下して、耐摩耗性が十分ではないという課題があった。また、特許文献3のように、基地や硬質粒子にCoを含有させると、密着性に優れた緻密な酸化皮膜の形成が阻害され、摺動面に酸化皮膜が形成されにくくなるため、耐摩耗性が十分ではないという課題があった。
【0008】
また、近年、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどの内燃機関は、高圧縮化や高効率化により高温環境となっている。更に、EGR率の上昇によって、腐食性物質(ガス、液体)が発生する環境となることが想定される。しかしながら、特許文献1~3をはじめとする従来の焼結合金製バルブシートでは、活性の高い腐食環境下における低温から高温までの広温度域での耐摩耗性が十分ではない課題があった。
【0009】
そこで本発明は、上記課題に鑑み、腐食環境下での低温から高温までの広温度域での耐摩耗性に優れた鉄基焼結合金製バルブシートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決すべく本発明者は鋭意研究を行い、以下の知見を得た。すなわち、基地相中に、互いに異なる成分組成を有する第1硬質粒子及び第2硬質粒子を分散させてなる焼結合金製バルブシートにおいて、(A)第1硬質粒子としてFe-Mo合金粒子を採用すること、(B)第2硬質粒子としてCrを10質量%以上含有する高Cr含有Fe系合金粒子を採用すること、及び(C)基地相中に所定量のWを含有させることによって、腐食環境下での低温から高温までの広温度域での耐摩耗性を向上させることができることを見出した。これは、基地相中に含まれるWが、高Cr含有合金粒子から基地相へのCrの拡散を抑制することによって、高Cr含有合金粒子の硬度低下が抑制されることによるものと考えられる。
【0011】
上記知見に基づき完成された本発明の要旨構成は以下のとおりである。
[1]基地相と、
前記基地相中に分散した、互いに異なる成分組成を有する第1硬質粒子及び第2硬質粒子と、
を有する鉄基焼結合金製バルブシートであって、
前記基地相は、0.1~5.0質量%のWを含有し、
前記第1硬質粒子がFe-Mo合金粒子であり、
前記第2硬質粒子がCrを10質量%以上含有する高Cr含有Fe系合金粒子である、
ことを特徴とする鉄基焼結合金製バルブシート。
【0012】
[2]前記第1硬質粒子が、質量%で、Mo:40~70%、Si:2.0%以下、及びC:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Mo合金粒子である、上記[1]に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【0013】
[3]前記第2硬質粒子が、以下の(i)~(iii)から選択された少なくとも一種である、上記[1]又は[2]に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
(i)質量%で、Cr:10~30%、Ni:10~18%、Mo:4~20%、及びC:3.0%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Cr-Ni-Mo合金粒子
(ii)質量%で、Cr:10~30%、Ni:10~18%、Mo:8~20%、W:5~20%、及びC:3.0%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Cr-Ni-Mo-W合金粒子
(iii)質量%で、Cr:10~30%、Ni:10~18%、Mo:4~6%、Si:0.5~2.0%、及びC:1.0~2.5%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Cr-Ni-Mo-Si-C合金粒子
【0014】
[4]前記第1硬質粒子及び前記第2硬質粒子の総含有量が20~40質量%である、上記[1]~[3]のいずれか一項に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【0015】
[5]前記第1硬質粒子の含有量が10質量%以上である、上記[1]~[4]のいずれか一項に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【0016】
[6]前記第2硬質粒子の含有量が7質量%以上である、上記[1]~[5]のいずれか一項に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【0017】
[7]前記鉄基焼結合金の全体の成分組成が、質量%で、Cr:2.0~7.0%、Ni:0.5~3.0%、Mo:8.0~20.0%、W:0.1~5.0%、V:0.1~2.0%、C:1.5%以下、及びSi:2.0%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる、上記[1]~[6]のいずれか一項に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【0018】
[8]固体潤滑剤を0.5~3.0質量%含有する、上記[1]~[7]のいずれか一項に記載の鉄基焼結合金製バルブシート。
【発明の効果】
【0019】
本発明の鉄基焼結合金製バルブシートは、腐食環境下での低温から高温までの広温度域での耐摩耗性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の一実施形態による鉄基焼結合金製バルブシート10の模式断面図である。
【
図2】本発明の他の実施形態による鉄基焼結合金製バルブシート21の模式断面図である。
【
図3】耐摩耗性評価試験で用いる単体摩耗試験機の概略を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の一実施形態による鉄基焼結合金製バルブシートは、内燃機関のシリンダヘッドに圧入され、バルブを着座させるものである。
図1は、本発明の一実施形態による鉄基焼結合金製バルブシート10の断面構造を示しており、リング状の構造を有し、その内周側に、バルブフェイスにくり返し当接するシート面10Aを有している。
図2は、本発明の他の実施形態による鉄基焼結合金製バルブシート21の断面構造を示している。
図2は、バルブにくり返し当接するリング状のシート層(鉄基焼結合金製バルブシート21)と、シリンダヘッドに接するリング状の支持層22とが一体化された2層構造のバルブシート20に関する。シート層21の内周側に、バルブフェイスにくり返し当接するシート面21Aを有している。2層構造のバルブシート20において、バルブにくり返し当接するシート層が、本発明の一実施形態による鉄基焼結合金製バルブシート21を構成する。
【0022】
本発明の一実施形態による鉄基焼結合金製バルブシート10,21は、基地相と、前記基地相中に分散した、互いに異なる成分組成を有する第1硬質粒子及び第2硬質粒子と、を有する。
【0023】
[基地相]
基地相は、W含有合金粉を必須で含み、さらに純鉄粉及び低合金粉の一方又は両方を任意で含む原料粉末を加圧・焼結してなる鉄基焼結合金である。
【0024】
W含有合金粉としては、W含有Coレスのハイス鋼粉末が好ましく、特に、JIS G 4403(2015)によるSKH鋼粉末が好ましく、その中でも、SKH50、SKH51、SKH52、SKH53、SKH54、及びSKH58が好ましい。
SKH50は、質量%で、C:0.77~0.87%、Si:0.70%以下、Mn、0.45%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.50~4.50%、Mo:8.00~9.00%、W:1.40~2.00%、V:1.00~1.40%、及びCu:0.25%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する。
SKH51は、質量%で、C:0.80~0.88%、Si:0.45%以下、Mn、0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80~4.50%、Mo:4.70~5.20%、W:5.90~6.70%、V:1.70~2.10%、及びCu:0.25%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する。
SKH52は、質量%で、C:1.00~1.10%、Si:0.45%以下、Mn、0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80~4.50%、Mo:5.50~6.50%、W:5.90~6.70%、V:2.30~2.60%、及びCu:0.25%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する。
SKH53は、質量%で、C:1.15~1.25%、Si:0.45%以下、Mn、0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80~4.50%、Mo:4.70~5.20%、W:5.90~6.70%、V:2.70~3.20%、及びCu:0.25%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する。
SKH54は、質量%で、C:1.25~1.40%、Si:0.45%以下、Mn、0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.80~4.50%、Mo:4.20~5.00%、W:5.20~6.00%、V:3.70~4.20%、及びCu:0.25%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する。
SKH58は、質量%で、C:0.95~1.05%、Si:0.70%以下、Mn、0.40%以下、P:0.030%以下、S:0.030%以下、Cr:3.50~4.50%、Mo:8.20~9.20%、W:1.50~2.10%、V:1.70~2.20%、及びCu:0.25%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する。
【0025】
低合金粉としては、Ni、Cr、及びMoからなる合金元素の1種以上を合計で5質量%以下含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するものであればよく、例えば、質量%で、Cr:1.0~3.0%及びMo:0.5~3.0%を、その合計量が5%以下となるように含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するものなどを好ましく用いることができる。
【0026】
なお、W含有合金粉、純鉄粉、及び低合金粉の配合比は、特に限定されず、基地相が後述のW量を有し、かつ、第1硬質粒子及び第2硬質粒子を含む全体の成分組成が後述の範囲を満たすように、適宜設定すればよい。
【0027】
W含有合金粉及び低合金粉は、プレアロイ粉でもよく、プレアロイ粉以外(鉄粉に各合金元素の金属粉末(カルボニルニッケル粉末、モリブデン粉末など)、フェロアロイ粉末、及び黒鉛粉末の1種以上を混合した混合粉)でもよい。また、基地相となる原料粉末(W含有合金粉、純鉄粉、及び低合金粉)は、アトマイズ粉末であることが好ましく、プレス成形機で加圧成形する際の成形性の観点から、特に水アトマイズによる不規則な非球形粉末が好ましい。原料粉末(W含有合金粉、純鉄粉、及び低合金粉)のメジアン径は特に限定されず、例えば10~250μmの範囲内とすることができる。メジアン径は、その粒子径と累積体積(特定の粒子径以下の粒子体積を累積した値)との関係を示す曲線において、50%の累積体積に対応する粒子径d50を表し、例えば、マイクロトラック・ベル株式会社のMT3000IIシリーズを用いて測定できる。
【0028】
本実施形態では、基地相が0.1~5.0質量%のWを含有することが肝要である。基地相中に含まれるWが、後述の第2硬質粒子(高Cr含有合金粒子)から基地相へのCrの拡散を抑制することによって、高Cr含有合金粒子の硬度低下が抑制され、腐食環境下での低温から高温までの広温度域での耐摩耗性を向上させることができる。基地相中にW量が0.1質量%未満の場合、この作用効果を十分に得ることができない。よって、基地相中のW量は0.1質量%以上とし、好ましくは0.4質量%以上とする。他方で、基地相中のW量が過多の場合、基地相が過度に硬くなってバルブ摩耗増加やバルブシートの加工性が悪くなる。よって、基地相中のW量は5.0質量%以下とし、好ましくは4.5質量%以下とする。
【0029】
[第1硬質粒子]
本実施形態において、第1硬質粒子はFe-Mo合金粒子であり、好ましくは、質量%で、Mo:40~70%、Si:2.0%以下、及びC:0.1%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Mo合金粒子である。この第1硬質粒子は、腐食環境下での200℃以下の低温における耐摩耗性の向上に寄与する。なお、Si量は0.4質量%以上であることが好ましい。
【0030】
第1硬質粒子は、特に限定されないが10~250μmのメジアン径を有することができる。また、第1硬質粒子は、特に限定されないが800~1600Hvのビッカース硬さを有することができる。
【0031】
[第2硬質粒子]
本実施形態において、第2硬質粒子は、Crを10質量%以上含有する高Cr含有Fe系合金粒子であることが肝要である。第2硬質粒子として、Crを10質量%以上含有する高Cr含有Fe系合金粒子を採用しつつ、既述のとおり、基地相中に所定量のWを含有させることによって、第2硬質粒子から基地相へのCrの拡散が抑制され、第2硬質粒子の硬度低下が抑制される。その結果、腐食環境下での低温から高温までの広温度域での耐摩耗性を向上させることができる。
【0032】
第2硬質粒子の成分組成は、Cr量が10質量%以上である限り特に限定されないが、好適には以下のものを採用することができる。
(i)質量%で、Cr:10~30%、Ni:10~18%、Mo:4~20%、及びC:3.0%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Cr-Ni-Mo合金粒子
(ii)質量%で、Cr:10~30%、Ni:10~18%、Mo:8~20%、W:5~20%、及びC:3.0%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Cr-Ni-Mo-W合金粒子
(iii)質量%で、Cr:10~30%、Ni:10~18%、Mo:4~6%、Si:0.5~2.0%、及びC:1.0~2.5%を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有するFe-Cr-Ni-Mo-Si-C合金粒子
第2硬質粒子のCr量は20質量%以上であることが好ましく、上記(i)~(iii)の粒子においてもCr量は20質量%以上であることが好ましい。
【0033】
第2硬質粒子は、特に限定されないが10~250μmのメジアン径を有することができる。また、第2硬質粒子は、特に限定されないが550~1200Hvのビッカース硬さを有することができる。
【0034】
[硬質粒子の含有量]
腐食環境下での耐摩耗性をより十分に向上させる観点から、第1硬質粒子及び第2硬質粒子の総含有量は20質量%以上であることが好ましく、25質量%以上であることがより好ましい。また、焼結性を悪化させず、十分な強度を確保する観点から、第1硬質粒子及び第2硬質粒子の総含有量は40質量%以下であることが好ましく、35質量%以下であることがより好ましい。
【0035】
腐食環境下での耐摩耗性をより十分に向上させる観点から、第1硬質粒子の含有量は10質量%以上であることが好ましく、12質量%以上であることがより好ましい。また、焼結性を悪化させず、十分な強度を確保する観点から、第1硬質粒子の含有量は33質量%以下であることが好ましく、25質量%以下であることがより好ましい。
【0036】
腐食環境下での耐摩耗性をより十分に向上させ、かつ、耐熱性を確保する観点から、第2硬質粒子の含有量は7質量%以上であることが好ましく、10質量%以上であることがより好ましい。また、焼結性を悪化させず、十分な強度を確保する観点から、第2硬質粒子の含有量は30質量%以下であることが好ましく、25質量%以下であることがより好ましい。
【0037】
[固体潤滑剤]
本実施形態において、自己潤滑効果を得る観点から、基地相は固体潤滑剤をさらに含んでもよい。固体潤滑剤は、C、BN、MnS、MoS2、CaF2、WS2、及びSiO2から選択される少なくとも一種であることが好ましい。なお、高温環境下での高い耐摩耗性を阻害しない観点から、固体潤滑剤の含有量は、鉄基焼結合金製バルブシートの全体に対して0.5~3.0質量%であることが好ましい。
【0038】
[相構成]
本実施形態による鉄基焼結合金製バルブシート10,21の相構成は、基地相と、第1硬質粒子及び第2硬質粒子からなる硬質相と、硬質相の合金元素が基地相に拡散して形成された合金拡散相と、からなる。基地相及び合金拡散相は、パーライト、マルテンサイト、ベイナイト、ソルバイト、オーステナイト、及び炭化物からなる組織を有し、基地相及び合金拡散相の合計の面積率は30~70%であることが好ましい。基地相は、Cr、Mo、V、W及びFeの1種又は2種以上の二次炭化物を含むことが好ましい。硬質相の面積率は、70~30%であることが好ましい。
【0039】
[全体の成分組成]
本実施形態では、鉄基焼結合金の全体の成分組成が、質量%で、Cr:2.0~7.0%、Ni:0.5~3.0%、Mo:8.0~20.0%、W:0.1~5.0%、V:0.1~2.0%、C:1.5%以下、及びSi:2.0%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなることが好ましい。
【0040】
Crは、耐食性及び耐熱性に寄与する元素である。この効果を得る観点から、Cr量は2.0%以上とすることが好ましく、3.0%以上とすることがより好ましい。しかし、Crが過多の場合、成形性及び焼結性が低下し、強度が低下する。このため、Cr量は7.0%以下とすることが好ましく、6.0%以下とすることがより好ましい。
【0041】
Niは、強度、耐食性、及び耐熱性に寄与する元素である。この効果を得る観点から、Ni量は0.5%以上とすることが好ましく、1.0%以上とすることがより好ましい。しかし、Niが過多の場合、残留オーステナイトが多くなり、硬度及び強度が低下する。このため、Ni量は3.0%以下とすることが好ましく、2.5%以下とすることがより好ましい。
【0042】
Moは、耐摩耗性と酸化被膜の生成に寄与する元素である。この効果を得る観点から、Mo量は8.0%以上とすることが好ましく、10.0%以上とすることがより好ましい。しかし、Moが過多の場合、バルブ攻撃性の増加や酸化の促進(耐食性の悪化)が懸念される。このため、Mo量は20.0%以下とすることが好ましく、15.0%以下とすることがより好ましい。
【0043】
基地相に含まれるWは、既述のとおり、第2硬質粒子から基地相へのCrの拡散を抑制するという、本発明において重要な役割を果たす。また、第2硬質粒子に含まれるWは、第2硬質粒子の硬度を高めることに寄与する。基地相中のW量を0.1~5.0質量%とし、かつ、第2硬質粒子がWを含む場合には第2硬質粒子の含有量をも考慮すると、本実施形態において、全体の成分組成におけるW量は0.1~5.0%であることが好ましく、0.3~3.0%であることがより好ましい。
【0044】
Vは、炭化物や金属間化合物を形成して、硬さや耐摩耗性の向上に寄与する元素である。この効果を得る観点から、V量は0.1%以上とすることが好ましく、0.3%以上とすることがより好ましい。しかし、Vが過多の場合、炭化物や金属間化合物が過剰に形成されてバルブ攻撃性が高まる懸念がある。このため、V量は2.0%以下とすることが好ましく、1.8%以下とすることがより好ましい。
【0045】
Cは、耐摩耗性及び焼結性に寄与する元素である。この効果を得る観点から、C量は0.5%以上とすることが好ましく、0.8%以上とすることがより好ましい。しかし、Cが過多の場合、炭化物が増加する。このため、C量は1.5%以下とすることが好ましく、1.5%以下とすることがより好ましい。
【0046】
Siは、硬度の上昇により耐摩耗性の向上に寄与する元素である。この効果を得る観点から、Si量は0.1%以上とすることが好ましい。しかし、Siが過多の場合、靭性が劣化する。このため、Si量は2.0%以下とすることが好ましい。
【0047】
鉄基焼結合金の全体の成分組成において、上記以外の残部はFe及び不可避的不純物からなる。固体潤滑剤が上記以外の元素を含有する場合、その元素は不可避的不純物として扱うものとする。
【0048】
[鉄基焼結合金製バルブシートの製造方法]
次に、本発明の一実施形態による鉄基焼結合金製バルブシートを製造するための好適な方法について説明する。まず、基地相となる原料粉末(W含有合金粉、任意で純鉄粉及び低合金粉)と、基地相中に分散させる第1硬質粒子及び第2硬質粒子と、任意の固体潤滑剤粉末とを所定の比率で混合して、混合粉末を得る。
【0049】
W含有合金粉、純鉄粉、及び低合金粉の配合比は、特に限定されず、基地相が上記のW量を有し、かつ、第1硬質粒子及び第2硬質粒子を含む全体の成分組成が後述の範囲を満たすように、適宜設定すればよい。
【0050】
混合粉末中の第1硬質粒子及び第2硬質粒子の総含有量は、20~40質量%であることが好ましく、25~35質量%であることがより好ましい。混合粉末中の第1硬質粒子の含有量は、10~33質量%であることが好ましく、12~25質量%であることがより好ましい。混合粉末中の第2硬質粒子の含有量は、7~30質量%であることが好ましく、10~25質量%であることがより好ましい。混合粉末中の固体潤滑剤の含有量は、既述のとおり0.5~3.0質量%であることが好ましい。
【0051】
混合粉末の合計量に対して、ステアリン酸塩等を0.5~2質量%、離型剤として添加してもよい。
【0052】
混合粉末をプレス成形機で加圧成形して、圧粉成形体を得る。得られた圧粉成形体を、真空又は非酸化性もしくは還元性雰囲気中で焼結して、焼結体を得る。焼結温度は、1100~1200℃の範囲とすることが好ましい。なお、非酸化性又は還元性雰囲気としては、具体的にはNH3ガス雰囲気、及び、N2とH2との混合ガス雰囲気を挙げることができる。前記焼結に引き続き、真空又は非酸化性もしくは還元性雰囲気中で前記焼結体を450~750℃で焼き戻してもよい。
【実施例0053】
[焼結合金製バルブシートの作製]
基地相となる原料粉末と、表1に記載の種類、配合量、及び硬度を有する第1硬質粒子と、表1に記載の種類、配合量、及び硬度を有する第2硬質粒子と、表1に記載の種類及び配合量を有する固体潤滑剤の粉末とを混合して、混合粉末を得た。混合粉末の合計量に対して、ステアリン酸塩を0.5質量%、離型剤として添加した。なお、基地相となる原料粉末としては、JIS G 4403(2015)によるSKH鋼粉末と、低合金粉としてのFe-Cr-Mo合金粉と、純鉄粉と、モリブデン粉末と、黒鉛粉末と、を適宜組み合わせて用いた。
【0054】
このようにして得た混合粉末をプレス成形機で、面圧637MPaで圧縮・成形して、圧粉成形体とした。圧粉成形体を、温度1100℃の真空雰囲気中で焼成して、引き続き600℃で焼き戻して、外径37.6mmφ、内径21.5mmφ、厚さ10mmのリング状焼結体を作製した。さらに、機械加工により、軸方向から45°傾斜したシート面を有する外径35mmφ、内径30mmφ、高さ7.0mmのバルブシートサンプルを作製した。各発明例及び比較例において、バルブシートサンプル全体の成分組成と、基地相中のW量とを、表1に示す。
【0055】
[腐食環境下での耐摩耗性の評価]
各発明例及び比較例のバルブシートサンプルを、80℃の腐食液(pH1の硝酸)に30分間浸漬し、その後、
図3に示す単体摩耗試験機による叩き摩耗試験に供した。バルブシートサンプル34は、シリンダヘッド相当材のバルブシートホルダ32に圧入して試験機にセットされる。摩耗試験は、バーナー31によりバルブ33及びバルブシートサンプル34を加熱しながら、カム37の回転に連動してバルブ33を上下させることによって行われる。なお、バルブシートサンプル34には熱電対35,36を埋め込み、バルブシートサンプル34の当たり面が所定の試験温度になるようにバーナー31の火力を調節する。バルブシートサンプル34はバルブ33よって繰り返し叩かれることにより摩耗する。試験前後のバルブシートサンプル34の形状を測定することにより、当たり面の後退量を算出し、摩耗量とした。バルブ33は、上記バルブシートサンプルに適合するサイズのSUH35合金(JIS G 4311)製のものを使用した。試験条件としては、温度150~350℃、力ム回転数3000rpm、試験時間5時間とした。各発明例及び比較例での摩耗量を表1に示す。
【0056】