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特開2022-135162巣状分節性糸球体硬化症の発症時期を推定する方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022135162
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】巣状分節性糸球体硬化症の発症時期を推定する方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20220908BHJP
   C12N 15/12 20060101ALN20220908BHJP
   C07K 14/47 20060101ALN20220908BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALN20220908BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
C12N15/12
C07K14/47
C12Q1/02
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021034787
(22)【出願日】2021-03-04
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年11月9日に以下のウェブサイトに掲載 https://www2.aeplan.co.jp/mbsj2020/ https://conference-apps-online.net/web/mbsj2020/abstract.html?sid=186 https://conference-apps-online.net/web/mbsj2020/abstract.html?sid=186&ano=2214 https://conference-apps-online.net/web/mbsj2020/poster.html 令和2年12月3日に第43回日本分子生物学会年会にて発表
(71)【出願人】
【識別番号】506087705
【氏名又は名称】学校法人産業医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100163658
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 順造
(72)【発明者】
【氏名】森 誠之
(72)【発明者】
【氏名】岡田 亮
(72)【発明者】
【氏名】小牧 竜也
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4H045
【Fターム(参考)】
2G045AA24
2G045AA25
2G045CB01
2G045DA36
2G045FB04
2G045FB05
2G045GC20
4B063QA01
4B063QA05
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QQ13
4B063QQ79
4B063QS05
4B063QS38
4B063QS39
4B063QX04
4H045AA10
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA40
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】TRPC6変異に起因する巣状分節性糸球体硬化症の発症時期を推定する方法を提供すること。
【解決手段】本発明は、以下の工程を含む、TRPC6変異に起因する巣状分節性糸球体硬化症の発症時期を推定する方法を提供する:
(1)TRPC6変異を有する対象者のTRPC6変異体について、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度をインビトロで評価すること、及び
(2)TRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度と巣状分節性糸球体硬化症の発症時期とを相関付けること。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、TRPC6変異に起因する巣状分節性糸球体硬化症の発症時期を推定する方法:
(1)TRPC6変異を有する対象者が有するTRPC6変異体について、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度をインビトロで評価すること、及び
(2)TRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度と巣状分節性糸球体硬化症の発症時期とを相関付けること。
【請求項2】
電気量が単位細胞膜あたりの電気量である、請求項1記載の方法。
【請求項3】
TRPC6チャネルを通過する電気量の増大が、TRPC6チャネルの不活性化の遅延によるものである、請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
TRPC6チャネルを通過する電気量の増大が、TRPC6チャネルのピーク電流の増大によるものである、請求項1又は2記載の方法。
【請求項5】
TRPC6変異が、TRPC6の細胞内領域におけるミスセンス変異である、請求項1~4のいずれか1項記載の方法。
【請求項6】
細胞内領域が、アンキリンリピート領域又はコイルドコイル領域である、請求項5記載の方法。
【請求項7】
TRPC6変異が、第109番グリシン、第175番アルギニン、第218番ヒスチジン又は第895番アルギニンにおけるアミノ酸置換である、請求項1~6のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、巣状分節性糸球体硬化症の発症時期を推定する方法に関する。より詳細には、本発明は、TRPC6の機能解析に基づく、TRPC6変異に起因する巣状分節性糸球体硬化症の発症時期を推定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
巣状分節性糸球体硬化症(focal segmental glomerulosclerosis: FSGS)は、ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群を発症して腎不全へ進行する難治性の腎疾患である。FSGSは、臨床的には尿中のタンパク質が増加し血中のタンパク質が減少して低タンパク血症を発症し、むくみ(浮腫)や腹水等の症状を呈する。高度になると、肺、腹部、心臓、陰嚢にも水がたまる。血中コレステロールの増加により、腎不全、血栓症、感染症等が引き起こされる。FSGSにおいては、光顕的には糸球体に巣状分節性の硬化病変を認め、電顕的に広範な糸球体上皮細胞の足突起の消失を呈する。FSGSは、日本では、一次性ネフローゼ症候群(指定難病222)に分類される。FSGSの腎生存率(透析非導入率)は、10年で85.3%、15年で60.1%、20年で33.5%と報告されていて、長期予後は不良である。この疾患の原因はさまざまであるが、家族性FSGSの原因遺伝子の1つとしてTRPC6(Transient Receptor Potential Canonical 6)チャネルが同定されている(非特許文献1、2)。その後、性別を問わず様々な人種のFSGS患者から多様なTRPC6の変異が同定されたが、FSGSの発症年齢は幼児から大人まで広く分布していて(非特許文献3~7)、変異の位置や置換するアミノ酸の種類と発症年齢との相関は見出せない。TRPC6変異は、家族性FSGSの約6%、非家族性FSGSの約2%をも占める(非特許文献8)。TRPC6は、非選択的カチオンチャネルであり、糸球体の足細胞(ポドサイト)の細胞膜に発現し、カチオン(主にナトリウムやカルシウムイオン)流入に関わることで、腎糸球体におけるフィルター機能を調節すると考えられているが、TRPC6の変異とFSGS発症年齢の関係は明らかでない(非特許文献1、2)。近年の研究から、FSGS発症に関与するTRPC6変異体では、TRPC6に元々備わっている不活性化機構に異常が生じていることが報告された(非特許文献9)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Winn et al., Science, 308, 1801-1804, 2005
【非特許文献2】Reiser et al., Nat Genetics, 37, 739-744, 2005
【非特許文献3】Heeringa et al., PLos One, 4, e7771, 2009
【非特許文献4】Buscher et al., Clinical Nephrology, 78, 47-53, 2012
【非特許文献5】Mir et al., Nephrol Dial Transplant, 27, 205-209, 2012
【非特許文献6】Hofstra et al., Nephrol Dial Transplant, 28, 1830-1838, 2013
【非特許文献7】鈴木博乃, 山田拓司, 日本小児腎臓病学会雑誌, 32, 37-42, 2019
【非特許文献8】Santin et al., Nephrol Dial Transplant, 24, 3089-3096, 2009
【非特許文献9】Polat et al., J Am Soc Nephrol, 30, 1587-1603, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、TRPC6変異体の機能と発症時期との関連性を明らかにし、TRPC6変異に起因する巣状分節性糸球体硬化症の発症時期を推定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、HEK293細胞に様々なTRPC6の変異体を発現させ、パッチクランプ法を用いてTRPC6電流の不活性化の程度、及び活性化後60秒間の単位細胞膜面積あたりの電気量(これを「総電流密度」ともいう。)を解析した。その結果、FSGS発症年齢が低い患者から同定された変異を持つTRPC6(R175W)は、FSGS発症年齢が高い患者で同定された変異を持つTRPC6(R175Q)に比べ、より不活性化が遅く、且つ活性化後60秒間の総電流密度が増大していた。また、発症年齢が異なる別の変異体(R895C及びR895L)同士を比較した場合でも、同様の傾向が得られた。即ち、FSGS発症までの期間が早い(若年型)の変異を有するTRPC6は、一旦活性化するとほとんど不活性化せず、その結果、総電流密度が増大し、一方FSGS発症までの期間が遅い(成人型)変異は、野生型と比べ、僅かに不活性化し難い傾向が得られた。更に分析を進めたところ、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量(特に、総電流密度(単位細胞膜あたりの電気量))の大幅な増大をもたらす変異では、不活性化の遅延が軽微であっても、FSGS発症年齢が低く、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量(特に、総電流密度(単位細胞膜あたりの電気量))の増大が軽微である変異では、不活性化の遅延が重度であっても、FSGS発症年齢が高かった。本発明者らは、これらの知見に基づき、更に検討を進め、本発明を完成した。
【0006】
即ち、本発明は以下に関する。
[1]以下の工程を含む、TRPC6変異に起因する巣状分節性糸球体硬化症の発症時期を推定する方法:
(1)TRPC6変異を有する対象者が有するTRPC6変異体について、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度をインビトロで評価すること、及び
(2)TRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度と巣状分節性糸球体硬化症の発症時期とを相関付けること。
[2]電気量が単位細胞膜あたりの電気量である、[1]の方法。
[3]TRPC6チャネルを通過する電気量の増大が、TRPC6チャネルの不活性化の遅延によるものである、[1]又は[2]の方法。
[4]TRPC6チャネルを通過する電気量の増大が、TRPC6チャネルのピーク電流の増大によるものである、[1]又は[2]の方法。
[5]TRPC6変異が、TRPC6の細胞内領域におけるミスセンス変異である、[1]~[4]のいずれかの方法。
[6]細胞内領域が、アンキリンリピート領域又はコイルドコイル領域である、[5]の方法。
[7]TRPC6変異が、第109番グリシン、第175番アルギニン、第218番ヒスチジン又は第895番アルギニンにおけるアミノ酸置換である、請求項1~6のいずれか1項記載の方法。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、TRPC6変異に起因するFSGSの発症年齢や進行状況を推測することが可能となり、FSGS患者の治療方針に有益な知見を与えることが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】FSGSとの関連性が報告されたTRPC6変異の例をまとめた模式図である。
図2】野生型TRPC6又はTRPC6変異体(R175Q、R175W)を発現したHEK293細胞をカルバコール刺激した際のTRPC6電流の経時的変化を示すグラフである。HEK293細胞は、ムスカリン受容体(M1R)をも共発現している。アスタリスクは、電流-電圧特性を調べるためのランプ波によるノイズを示す。
図3】TRPC6チャネルの不活性化度の経時的変化を、野生型TRPC6とTRPC6変異体(R175Q、R175W)とで比較したグラフである。黒丸は野生型TRPC6を、三角はR175Qを、四角はR175Wを、それぞれ示す。
図4】野生型TRPC6又はTRPC6変異体(H218L)を発現したHEK293細胞をカルバコール刺激した際のTRPC6電流の経時的変化を示すグラフである。縦軸は電流(pA)を、横軸は時間(ms)を示す。
図5】野生型TRPC6又はTRPC6変異体(G109S、R175Q、R175W、H218L、R895C、R895L)を発現したHEK293細胞をカルバコール刺激した際の活性化後の60秒間の単位細胞膜あたりの電気量(総電流密度)(pC/pF)を比較したグラフである。Youngは若齢でFSGSを発症した変異を、Adultは成人でFSGSを発症した変異を、それぞれ示す。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明は、以下の工程を含む、TRPC6変異に起因する巣状分節性糸球体硬化症の発症時期を推定する方法(以下、本発明の方法という。)を提供するものである:
(1)TRPC6変異を有する対象者が有するTRPC6変異体について、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度をインビトロで評価すること、及び
(2)TRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度と巣状分節性糸球体硬化症の発症時期とを相関付けること。
【0010】
「巣状分節性糸球体硬化症(focal segmental glomerulosclerosis: FSGS)」は、ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群を発症して腎不全へ進行する難治性の腎疾患である。FSGSは、臨床的には尿中のタンパク質が増加し血中のタンパク質が減少して低タンパク血症を発症し、むくみ(浮腫)や腹水等の症状を呈する。高度になると、肺、腹部、心臓、陰嚢にも水がたまる。血中コレステロールの増加により、腎不全、血栓症、感染症等が引き起こされる。FSGSにおいては、光顕的には糸球体に巣状分節性の硬化病変を認め、電顕的に広範な糸球体上皮細胞の足突起の消失を呈する。本明細書において、FSGSの「発症」とは、上述の病理学的な病変(即ち、糸球体における巣状分節性の硬化病変)を示すことを意味する。
【0011】
TRPC6(Transient Receptor Potential Canonical 6)は、Na+(ナトリウムイオン)やCa2+(カルシウムイオン)等のカチオンを細胞外から細胞内に透過する非選択的カチオンチャネルの一つである。TRPC6は、特に、α1-アドレナリン受容体、ムスカリン性アセチルコリン受容体、AT1R等のGタンパク質共役受容体(GPCR)へのアゴニスト刺激により活性化され、細胞内へNa+やCa2+等のカチオンを透過させる。本発明において使用されるTRPC6は、通常ヒト及び非ヒト哺乳動物のTRPC6であり、好ましくはヒトTRPC6である。野生型ヒトTRPC6の代表的なアミノ酸配列を配列番号1(GenBank accession no. NP_004612.2)に示す。本明細書において、ヒトTRPC6内の領域やアミノ酸の位置を示す場合、配列番号1で表されるアミノ酸配列を基準とする。
【0012】
本明細書において、TRPC6の細胞内領域とは、TRPC6のN末端及びC末端に位置する細胞内領域を意味し、配列番号1で表されるアミノ酸配列の第1番~第438番アミノ酸及び第728番~第931番アミノ酸に相当する。アンキリンリピート領域とは、アンキリン様の約33アミノ酸残基の繰り返し配列を意味し、配列番号1で表されるアミノ酸配列の第97番~第250番アミノ酸に相当する。TRPC6のアンキリンリピート領域は4つのアンキリン様配列(Ank1、Ank2、Ank3、Ank4)を含み、Ank1は配列番号1で表されるアミノ酸配列の第97番~第126番アミノ酸に、Ank2は配列番号1で表されるアミノ酸配列の第127番~160番アミノ酸に、Ank3は配列番号1で表されるアミノ酸配列の第161番~第217番アミノ酸に、Ank4は配列番号1で表されるアミノ酸配列の第218~第250番アミノ酸に、それぞれ相当する。TRPC6のC末端側の細胞内領域には、カルモジュリン結合領域(CaM-binding domain: CBD)及びコイルドコイル領域(coiled-coil domain: CC)が含まれる。カルモジュリン結合領域は、配列番号1で表されるアミノ酸配列の第853番~第874番アミノ酸に、コイルドコイル領域は、配列番号1で表されるアミノ酸配列の第879番~第920番アミノ酸に、それぞれ相当する。
【0013】
本明細書において、「TRPC6変異」とは、野生型TRPC6のアミノ酸配列とは異なるアミノ酸配列を生じさせる変異を意味する。変異は、ミスセンス変異又はナンセンス変異であり得るが、好ましくはミスセンス変異である。変異を生じるアミノ酸の数は、特に限定されないが、通常は5以下(即ち、5、4、3、2又は1)であり、好ましくは1である。即ち、TRPC6変異は、好ましくはTRPC6における1つのアミノ酸を他のアミノ酸へ置換するミスセンス変異である。
【0014】
変異を生じるTRPC6内の領域は、特に限定されないが、好ましくは細胞内領域であり、より好ましくはアンキリンリピート領域、カルモジュリン結合領域又はコイルドコイル領域であり、更に好ましくは、アンキリンリピート領域(例、Ank1、Ank2、Ank3、Ank4)又はコイルドコイル領域である。
【0015】
変異により置換されるアミノ酸の具体的な位置は、特に限定されないが、例えば、N末端側の細胞内領域では、第15番プロリン、第68番アルギニン、第89番セリン、第109番グリシン、第110番アスパラギン、第112番プロリン、第121番システイン、第125番アスパラギン、第130番アスパラギン酸、第132番メチオニン、第143番アスパラギン、第145番ヒスチジン、第162番グリシン、第173番チロシン、第175番アルギニン、第218番ヒスチジン、第270番セリン、第360番アルギニン、第395番ロイシン、第404番アラニン等を挙げることができ、C末端側の細胞内領域では、第757番グリシン、第780番ロイシン、第874番リジン、第875番グルタミン酸、第889番グルタミン、第895番アルギニン、第897番グルタミン酸等を挙げることができる。変異により置換されるアミノ酸は、好ましくは第109番グリシン、第175番アルギニン、第218番ヒスチジン又は第895番アルギニンである。置換後のアミノ酸の種類は、特に限定されない。
【0016】
一態様において、TRPC6変異は、FSGSとの関連性が既に報告されている公知の変異(図1参照)である。一態様において、TRPC6変異は、これまでにFSGSとの関連性が報告されていない新規の変異である。
【0017】
イオンチャネルの「活性化」とは、イオンチャネルを開くプロセスを意味する。TRPC6チャネルが活性化するとTRPC6を介して細胞外から細胞内へNa+やCa2+等のカチオンが流入する。
【0018】
「TRPC6チャネルを通過する電気量」とは、TRPC6チャネルの活性化後に、TRPC6を介した細胞内へのカチオンの流入により生じる電流を時間で積分した値を示す。一態様において、TRPC6チャネルを通過する電気量は、TRPC6チャネルの活性化後の一定期間(例えば5秒以上120秒以下、好ましくは20秒以上80秒以下(例、60秒))にTRPC6チャネルを通過する電気量である。
【0019】
本発明において、「TRPC6チャネルを通過する電気量」は、好ましくは単位細胞膜あたりのTRPC6チャネルを通過する電気量である。「単位細胞膜あたりの電気量」とは、TRPC6チャネルを通過する電気量を細胞膜の量で除した値である。細胞膜の量としては、細胞膜容量、細胞膜面積、細胞膜成分量等を用いることができるが、好ましくは、細胞膜容量である。細胞膜容量は、後述するパッチクランプ法において、細胞膜を破った直後の容量電流から算出することができる。また、本明細書において、単位細胞膜あたりの電気量を「総電流密度」と呼ぶ場合がある。また、細胞膜の1μm2当たりの電気的容量がおよそ0.01pFに相当するので、細胞膜容量から細胞膜面積を算出することができる。
【0020】
イオンチャネルの「不活性化」とは、活性化により開いたイオンチャネルを閉鎖するプロセスを意味する。野生型のTRPC6は、細胞内Ca2+依存的に不活性化する、Ca2+-dependent inactivation(CDI)と呼ばれる自己抑制的(ブレーキ)機構を保持し、TRPC6の活性化によりTRPC6を介して細胞外から細胞内へCa2+が流入し、細胞内Ca2+濃度が上昇すると、CDIによりTRPC6は直ちに不活性化されてチャネルが閉鎖され、細胞内Ca2+濃度が急速に低下する。TRPC6のCDIは、Ca2+と結合したカルモジュリンがTRPC6のcoiled-coilドメイン近傍において橋渡し的に相互作用することで生じることが報告されている(非特許文献9)。
【0021】
イオンチャネルの「不活性化の遅延」とは、イオンチャネルにおける変異等により、活性化により開いたイオンチャネルを閉鎖するプロセスが障害され、活性化により開いたイオンチャネルが閉鎖されない(即ち、開いたままとなる)か、正常なイオンチャネル(例えば、野生型のイオンチャネル)と比較してイオンチャネルが閉鎖するのにより長い時間を要することを意味する。TRPC6の変異によりCDIに障害が生じると、TRPC6の活性化により細胞外から細胞内へCa2+が流入し、細胞内Ca2+濃度が上昇した後も、TRPC6チャネルが閉鎖されないか、野生型のTRPC6と比較して閉鎖するのにより長い時間を要し、その結果、野生型TRPC6と比較して細胞内Ca2+濃度が低下するのにより長い時間を要する。TRPC6チャネルの不活性化の遅延は、TRPC6活性化時におけるTRPC6チャネルを通過する電気量(好ましくは、単位細胞膜あたりの電気量)の増大を引き起こす。
【0022】
本発明の方法においては、まず、TRPC6変異を有する対象者が有するTRPC6変異体について、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度をインビトロで評価する。評価対象者がTRPC6変異を有することは、周知の分子生物学的手法により、評価対象者からTRPC6コード領域を含むゲノムDNAかmRNAを単離し、TRPC6コード領域の塩基配列を解析し、推定アミノ酸配列へ翻訳し、これを野生型TRPC6のアミノ酸配列と比較することにより決定することができる。一態様において、本発明の方法における評価対象者は、TRPC6変異を有し、FSGSを未だ発症していないヒト(例えば、生後すぐにTRPC6遺伝子に変異が見つかった新生児)である。TRPC6変異体についての活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度の評価は、電気生理学的手法(例えば、パッチクランプ法)を用いて、TRPC6変異体のカチオンチャネル機能を解析することにより行うことができる。例えば、TRPC6変異体を適切な哺乳動物細胞に強制発現したトランスフェクタント、及び、野生型TRPC6を強制発現したコントロールトランスフェクタントを作成し、これらの細胞にTRPC6を活性化する刺激を加え、TRPC6活性化及びその後の不活性化により細胞内外間に生じる電流の経時的変化を、パッチクランプ法により計測し、時間積分によりTRPC6チャネルを通過する電気量を算出し、それをTRPC6変異体と野生型TRPC6とで比較する。単位細胞膜あたりの電気量を算出する場合は、細胞膜を破った直後の容量電流から細胞膜容量を決定し、電気量を細胞膜容量で除する。TRPC6変異体及び野生型TRPC6を強制発現する哺乳動物細胞は、TRPC6の活性化及びその後の不活性化を評価可能な細胞である。上述の通り、TRPC6は、α1-アドレナリン受容体、ムスカリン性アセチルコリン受容体、AT1R等のGPCRへのアゴニスト刺激により活性化される。また、TRPC6のCDIは、Ca2+と結合したカルモジュリンがTRPC6に相互作用することで生じる。従って、α1-アドレナリン受容体、ムスカリン性アセチルコリン受容体、AT1R等のGPCR、及びカルモジュリンを発現する哺乳動物細胞(好ましくはヒト細胞、より好ましくはヒト腎細胞又はヒト腎細胞由来の細胞株)に、TRPC6変異体及び野生型TRPC6を強制発現し、該GPCRのアゴニストで刺激した際に細胞内外間に生じる電流の経時的変化を計測するのが好ましい。例えば、ムスカリン性アセチルコリン受容体(例、M1R)及びカルモジュリンを発現するヒト腎細胞由来の細胞株(例、HEK293細胞)に、TRPC6変異体及び野生型TRPC6を強制発現し、ムスカリン性アセチルコリン受容体に対するアゴニスト(例、カルバコール)で刺激した際に細胞内外間で生じる電流の経時的変化を計測し、時間積分によりTRPC6チャネルを通過する電気量を算出する。
【0023】
野生型TRPC6を発現した場合は、GPCRアゴニスト等の刺激により活性化されたTRPC6を介して細胞外から細胞内へCa2+が流入して細胞内Ca2+濃度が上昇し、CDIによりTRPC6は直ちに不活性化されてチャネルが閉鎖され、細胞内Ca2+濃度が急速に低下する。そのため、GPCRアゴニスト等の刺激後にTRPC6チャネルを通過する電気量(好ましくは、単位細胞膜あたりの電気量)は、TRPC6変異体と比較して相対的に小さくなる。TRPC6変異体において、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量が、野生型TRPC6よりも増大する要因は、特に限定されない。一態様において、該要因は、TRPC6チャネルの不活性化の遅延によるものである。不活性化の遅延を生じるTRPC6変異体を発現した場合は、GPCRアゴニスト等の刺激により細胞内カチオン濃度が上昇した後で、TRPC6チャネルが閉鎖されないか、閉鎖するのにより長い時間を要し、その結果、野生型TRPC6と比較して細胞内カチオン濃度が高い状態が長い時間継続するので、細胞内外間に生じる電流が高い状態が継続し、その結果TRPC6チャネルを通過する電気量(好ましくは、単位細胞膜当たりの電気量)が野生型TRPC6と比較して相対的に大きくなる。また、別の態様において、TRPC6変異体において、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量が、野生型TRPC6よりも増大する要因は、ピーク電流の増大によるものである。野生型TRPC6と比較して、高いピーク電流を生じるTRPC6変異体を発現した場合は、仮にTRPC6チャネルの不活性化のスピードが野生型TRPC6と同等であっても、結果として、TRPC6チャネルを通過する電気量(好ましくは、単位細胞膜当たりの電気量)が野生型TRPC6と比較して相対的に大きくなる。
【0024】
次に、TRPC6変異体の活性化時においてTRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度とFSGSの発症時期とを相関付ける。後述の実施例に示すように、野生型TRPC6と比較してGPCRアゴニスト等刺激による活性化後にTRPC6チャネルを通過する電気量の(好ましくは、単位細胞膜当たりの電気量)の大幅な増大をもたらすようなTRPC6変異体(例えば、不活性化の遅延の程度が大きなTRPC6変異体、ピーク電流が野生型よりも大幅に高いTRPC6変異体)の場合には、FSGSの発症する時期が相対的に早く、若年型のFSGSである可能性が高く、野生型TRPC6と比較してGPCRアゴニスト刺激による活性化後にTRPC6チャネルを通過する電気量(好ましくは、単位細胞膜当たりの電気量)の増大が軽微なTRPC6変異体(例えば、不活性化の遅延の程度が小さなTRPC6変異体、ピーク電流が野生型よりもわずかに高いTRPC6変異体)の場合には、FSGSの発症する時期が相対的に遅く、成年型のFSGSである可能性が高い。即ち、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量(好ましくは、単位細胞膜当たりの電気量)の増大の程度とFSGSを発症するまでの期間との間の負の相関に基づき、FSGSの発症時期を推定することができる。またTRPC6変異体の活性化時におけるTRPC6チャネルを通過する電気量(好ましくは、単位細胞膜当たりの電気量)が野生型TRPC6と同等な場合には、FSGSを発症する可能性が低いと推定することができる。
【0025】
一般的に、FSGS治療の主体は副腎皮質ステロイド療法であり、ステロイドに対する抵抗性を示す場合には、免疫抑制剤(シクロスポリンなど)を用いる。しかし、若年型のFSGS場合は早期に腎不全に至ることが多く、その場合は腎代替療法(人工透析、腎移植)へ移行する。従って、対象者のTRPC6変異体の活性化時におけるTRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度が大きく、FSGSの発症する時期が相対的に早く、若年でFSGSを発症する可能性が高いと判断された場合には、腎代替療法への準備を早期に開始するように治療方針を調整することができる。一方、対象者のTRPC6変異体の活性化時におけるTRPC6チャネルを通過する電気量の増大の程度が小さく、FSGSの発症する時期が相対的に遅く、成年になった後でFSGSの発症する可能性が高いと判断された場合には、FSGSに発症するまでの時間やその後の経過が比較的緩徐であることから、生活習慣の改善や、こまめな検診による状態の確認など予防的な措置をとれる可能性がある。
【0026】
刊行物、特許文献等を含む、本明細書に引用されたすべての参考文献は、引用により、それらが個々に具体的に参考として援用されかつその内容全体が具体的に記載されているのと同程度まで、本明細書に援用される。
【0027】
以下に、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
【実施例0028】
1.方法
(TRPC6変異体)
FSGS患者において同定された以下のTRPC6変異体を、それぞれHEK293細胞に発現させ、全細胞電位固定(whole-cell voltage-clamp)法により、受容体刺激後のTRPC6チャネル電流を測定し、Ca2+依存的不活性化(Ca2+-dependent inactivation, CDI)を解析した。
【0029】
【表1】
【0030】
(分子生物学)
全てのTRPC6チャネルは、pIRES2 (Invitrogen)をIRESからEGFPコード領域の欠損により改変したpIRESnベクター中のヒトTRPC6 (GenBank accession no. NM_004621)から構築した。TRPC6における変異は、変異原性プライマーを用いたオーバーラップ伸長PCRにより作成した。
【0031】
(細胞培養)
HEK293細胞をATCCから入手し、10%FBS及びペニシリン/ストレプトマイシン(Invitrogen)を添加したDMEM(Gibco)中で37℃、5% CO2にて維持した。電気生理学的解析のためのTRPC6発現ベクターのトランスフェクションは、製造者の推奨に従って、SuperFect(Qiagen)により行った。トランスフェクトしたHEK293細胞は、48時間以内に使用した。
【0032】
(電気生理学的解析)
TRPC6変異体を発現したHEK293細胞を全細胞電位固定法に付した。低ノイズパッチクランプ増幅器(AxoPatch 200B; Axon Instruments)により電流シグナルを記録した。シグナルは2 kHzでフィルタリングし、1 kHzでデジタル化した。内液は、120mM CsOH、120mM アスパラギン酸、20mM CsCl、2mM MgCl2、1mM EGTA、0.3mM CaCl2、2mM ATP-Na2、0.1mM GTP、10mM HEPES及び10mM グルコースを含有し、pH 7.2(Tris塩基で調整)でおよそ290mOSmであった。火仕上げしたパッチピペットは、内液で埋め戻した際に5-8 MΩの抵抗を有していた。外液は、140mM NaCl、5mM KCl、1.8mM CaCl2、1.2mM MgCl2、10mM HEPES、及び 10mM グルコースを含有し、pH 7.4で300 mOsm (グルコースで調整)だった。TRPC6チャネルの電流を確認するため、外液中のNaClを同濃度のN-メチル-D-グルコース(NMDG)で置換した。100μM塩化カルバミルコリン(カルバコール、CCh; Sigma)をアプライすることにより、電流を発生させた。電流は、-50 mVの保持電位で記録した。試験中、HEK293細胞を0.5 ml/minの流速で重力供給方式の外液により継続的に還流した。細胞膜単位当たりのイオン電流量として電流密度(=電流値/細胞膜容量)を算出した。細胞膜容量は細胞膜を破った直後の容量電流から算出した。
【0033】
2.結果
野生型TRPC6チャネルは、カルバコール刺激により活性化されCa2+流入による電流シグナルが生じた後、直ちに不活性化された(Ca2+依存的不活性化:CDI)(図2)。解析したいずれのTRPC6変異体も、野生型TRPC6と比較してカルバコール刺激後60秒間にTRPC6チャネルを通過する電気量、特に単位細胞膜あたりの電気量(総電流密度)が増大した(図5)。FSGS発症年齢が低い患者から同定された変異を有するTRPC6(R175W)は、FSGS発症年齢が高い患者で同定された変異を有するTRPC6(R175Q)に比べ、より不活性化が遅く(図2、3)、活性化後60秒間にTRPC6チャネルを通過する電気量、特に単位細胞膜あたりの電気量が増大した(図2、5)。発症年齢が低いR895Lと発症年齢が高いR895Cとを比較した場合も、同様の傾向が確認された(図5)。FSGS発症年齢が低いH218L変異は、不活性化の遅延は軽微であったが(図4)、ピーク電流が増大し、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量、特に単位細胞膜あたりの電気量(総電流密度)が顕著に増大していた(図5)。FSGS発症年齢が高いR895C変異は、不活性化の遅延は重度であったが、活性化時にTRPC6チャネルを通過する電気量、特に単位細胞膜あたりの電気量(総電流密度)の増大は軽微であった(図5)。これらの結果から、野生型TRPC6と比較し、TRPC6活性化後のTRPC6チャネルを通過する電気量、特に単位細胞膜あたりの電気量(総電流密度)の大幅な増大をもたらすようなTRPC6変異を対象者が有する場合は、生後FSGSを発症するまでの期間が短く、若年型であり、TRPC6活性化後のTRPC6チャネルを通過する電気量、特に単位細胞膜あたりの電気量(総電流密度)の増大の程度が軽微なTRPC6変異を対象者が有する場合は、生後FSGSを発症するまでの期間が長く、成人型であり得ることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明により、TRPC6変異に起因するFSGSの発症年齢や進行状況を推測することが可能となり、FSGS患者の治療方針に有益な知見を与えることが期待できる。
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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