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特開2022-135634片面溶接の溶接方法及びフラックスコアードワイヤ
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  • 特開-片面溶接の溶接方法及びフラックスコアードワイヤ 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022135634
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】片面溶接の溶接方法及びフラックスコアードワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/173 20060101AFI20220908BHJP
   B23K 35/368 20060101ALI20220908BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
B23K9/173 A
B23K35/368 B
B23K35/30 320A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021035575
(22)【出願日】2021-03-05
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三輪 剛士
(72)【発明者】
【氏名】迎井 直樹
【テーマコード(参考)】
4E001
4E084
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB06
4E001CA04
4E001DB03
4E001DD02
4E001DD04
4E001DD05
4E001DD06
4E001DE01
4E001DF01
4E001EA07
4E001EA08
4E084AA17
4E084BA03
4E084BA04
4E084BA05
4E084BA06
4E084BA07
4E084BA08
4E084BA09
4E084BA11
4E084BA13
4E084BA14
4E084BA17
4E084BA29
4E084CA23
4E084DA10
(57)【要約】      (修正有)
【課題】バックシールドレスで裏ビードの酸化を抑制することができるとともに、良好な裏ビード形状を得ることができ、溶接能力を向上させることができる片面溶接の溶接方法及びフラックスコアードワイヤを提供する。
【解決手段】ガスメタルアーク溶接で被溶接部材の片面を溶接し、バックシールドレスで裏面まで溶融させる片面溶接の溶接方法であって、ガスメタルアーク溶接は、90体積%以上の不活性ガスを含有するシールドガスと、金属フッ化物を含有するフラックスコアードワイヤを用い、ガスメタルアーク溶接に用いる極性として、溶接中に少なくとも正極性の期間を有する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガスメタルアーク溶接で被溶接部材の片面を溶接し、バックシールドレスで裏面まで溶融させる片面溶接の溶接方法であって、
前記ガスメタルアーク溶接は、
90体積%以上の不活性ガスを含有するシールドガスと、
金属フッ化物を含有するフラックスコアードワイヤを用い、
前記ガスメタルアーク溶接に用いる極性として、
溶接中に少なくとも正極性の期間を有することを特徴とする、片面溶接の溶接方法。
【請求項2】
前記極性を直流正極性として溶接することを特徴とする、請求項1に記載の片面溶接の溶接方法。
【請求項3】
前記金属フッ化物は、アルカリ土類金属フッ化物であることを特徴とする、請求項1又は2に記載の片面溶接の溶接方法。
【請求項4】
前記フラックスコアードワイヤに含有されるフラックス成分のうち、金属及び金属フッ化物を除くフラックス成分の含有量が、ワイヤ全質量に対して0.5質量%以下であることを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項に記載の片面溶接の溶接方法。
【請求項5】
前記フラックスコアードワイヤは、沸点が800℃以上1400℃以下であるフラックス成分を含有することを特徴とする、請求項1~4のいずれか1項に記載の片面溶接の溶接方法。
【請求項6】
前記フラックスコアードワイヤは、Mgを含有することを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の片面溶接の溶接方法。
【請求項7】
前記フラックスコアードワイヤは、
ワイヤ全質量に対して、4質量%以上30質量%以下のフラックスを含有するとともに、
前記フラックス中に、ワイヤ全質量に対して、2質量%以上15質量%以下の非金属フラックスを含有することを特徴とする、請求項1~6のいずれか1項に記載の片面溶接の溶接方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか1項に記載の片面溶接の溶接方法に使用されるフラックスコアードワイヤであって、金属フッ化物を含有することを特徴とするフラックスコアードワイヤ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バックシールドレスで、特に高Cr含有鋼に対し片面溶接するための溶接方法及びフラックスコアードワイヤに関する。
【背景技術】
【0002】
火力発電設備におけるボイラーや熱交換器等の構造物には、耐熱性や耐圧性等の特性が要求されるため、一般的に、Crを比較的多く含む高Cr含有鋼が使用されている。このような高Cr含有鋼を用いた構造物のうち、特に、小径パイプを突合せ溶接により製造する場合に、内面からのアクセスが困難であるため、片面すなわちパイプの外面からアーク溶接する施工法が必要である。なお、この施工法は一般的に、片面溶接又は片側溶接と呼ばれている。
【0003】
例えば、特許文献1には、クロム含有量が18質量%以上25質量%以下である母材よりも、クロム量を2.50質量%以上6.00質量%以下で増量させた溶接材料を用いて、ガスタングステンアーク溶接により配管突合せ溶接を行うことが開示されている。上記特許文献1には、バックシールドガスとしてN又はArガスを使用することが記載されている。
また、特許文献2には、Cr含有量が9~19質量%であるクロム含有鋼に、アルゴンガスを用いたバックシールドを実施しながら溶融溶接を行う溶接方法が開示されている。上記特許文献2には、バックシールドは、溶接部に大気中の酸素及び窒素が取り込まれることによる耐食性劣化を防止するために不可欠な処置であることが記載されている。
【0004】
このように、高Cr含有鋼を片面溶接する際には、初層の溶接中に被溶接部材(以下、母材とも称する。)裏面側をシールドガスで満たすバックシールドを実施し、裏面ビード、すなわち裏波の酸化防止を行うことが一般的である。
なお、溶接時に使用するシールドガスとしては、表側ビードとアークを保護するためには、Heガス、Arガス及びCOガス、並びにこれらの混合ガスのような、通常の溶接施工用シールドガスが一般的に用いられる。また、裏面ビードを保護するためには、Arガスを用いることが一般的である。
【0005】
バックシールドを使用せずに、溶接面すなわち母材表面側からのシールドガス供給のみで、片面溶接施工を実施した場合、裏ビードが酸化し、健全な溶接継手が製作できなくなる。また、バックシールドは、その圧力及び冷却効果で溶融池を支持する効果を有するため、バックシールドを使用せずに片面溶接を実施すると、溶け落ちが発生することがある。
一方、バックシールドを使用すると、酸化の無い健全な裏面ビードが得られるが、この方法では母材裏面側、例えばパイプ内側にシールドガスを充満させるため、多量のガスが必要となる。また、初層と残層とで異なるシールドガスを準備する必要があり、コストの低減が課題であった。
【0006】
なお、特許文献3には、ワイヤ中の金属酸化物及び金属フッ化物の含有量を制御したフラックス入りワイヤが開示されている。上記特許文献3に記載のフラックス入りワイヤは、初層のTIG(Tungsten Inert Gas)溶接にも適用可能であり、このワイヤを使用した初層半自動TIG溶接は、バックシールドを必要としない、すなわち「バックシールドレス」の施工が可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2018-529522号公報
【特許文献2】特開2007-254894号公報
【特許文献3】特開2016-112575号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところで、上記特許文献1~3に示すように、バックシールドを必要とする片面溶接施工、又はバックシールドレスの施工における初層においては、TIG(Tungsten Inert Gas)溶接法が使用されることが一般的である。
しかしながら、TIG溶接法は溶接速度を上げられず、溶接能率が低いため、より一層の溶接能率の向上が期待されている。上記特許文献3に記載のフラックス入りワイヤを使用した場合であっても、初層にTIG溶接法を適用しているため、溶接能力についての更なる向上が課題となっている。
また、バックシールドを使用することなく、裏ビードの酸化を抑制することができるとともに、良好な裏ビード形状を得ることができ、これにより、低コストで溶接することができる溶接方法について、更なる改良が要求されている。
【0009】
本発明は、かかる課題に鑑みてなされたものであって、バックシールドレスで裏ビードの酸化を抑制することができるとともに、良好な裏ビード形状を得ることができ、溶接能力を向上させることができる片面溶接の溶接方法及びフラックスコアードワイヤを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、溶融金属の溶け落ちを抑制するために鋭意検討を行った結果、所定量、すなわち90体積%以上の不活性ガスを含有するシールドガスを用いるとともに、金属フッ化物を含有するフラックスコアードワイヤ、すなわちフラックス入りワイヤを用い、さらにガスメタルアーク溶接に用いる極性として、溶接中に少なくとも正極性の期間を有する溶接方法を用いることが有効であることを見出した。また、本発明者らは、金属フッ化物を含有するフラックスコアードワイヤを使用することにより、裏側ビードまでスラグで被覆することができ、バックシールドレスで、裏ビードの酸化を抑制することができることを見出した。
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
【0011】
本発明の上記目的は、片面溶接の溶接方法に係る下記[1]の構成により達成される。
【0012】
[1] ガスメタルアーク溶接で被溶接部材の片面を溶接し、バックシールドレスで裏面まで溶融させる片面溶接の溶接方法であって、
前記ガスメタルアーク溶接は、
90体積%以上の不活性ガスを含有するシールドガスと、
金属フッ化物を含有するフラックスコアードワイヤを用い、
前記ガスメタルアーク溶接に用いる極性として、
溶接中に少なくとも正極性の期間を有することを特徴とする、片面溶接の溶接方法。
【0013】
また、片面溶接の溶接方法に係る本発明の好ましい実施形態は、以下の[2]~[7]に関する。
[2] 前記極性を直流正極性として溶接することを特徴とする、[1]に記載の片面溶接の溶接方法。
【0014】
[3] 前記金属フッ化物は、アルカリ土類金属フッ化物であることを特徴とする、[1]又は[2]に記載の片面溶接の溶接方法。
【0015】
[4] 前記フラックスコアードワイヤに含有されるフラックス成分のうち、金属及び金属フッ化物を除くフラックス成分の含有量が、ワイヤ全質量に対して0.5質量%以下であることを特徴とする、[1]~[3]のいずれか1つに記載の片面溶接の溶接方法。
【0016】
[5] 前記フラックスコアードワイヤは、沸点が800℃以上1400℃以下であるフラックス成分を含有することを特徴とする、[1]~[4]のいずれか1つに記載の片面溶接の溶接方法。
【0017】
[6] 前記フラックスコアードワイヤは、Mgを含有することを特徴とする、[1]~[5]のいずれか1つに記載の片面溶接の溶接方法。
【0018】
[7] 前記フラックスコアードワイヤは、
ワイヤ全質量に対して、4質量%以上30質量%以下のフラックスを含有するとともに、
前記フラックス中に、ワイヤ全質量に対して、2質量%以上15質量%以下の非金属フラックスを含有することを特徴とする、[1]~[6]のいずれか1つに記載の片面溶接の溶接方法。
【0019】
本発明の上記目的は、フラックスコアードワイヤに係る下記[8]に関する。
[8] [1]~[7]のいずれか1つに記載の片面溶接の溶接方法に使用されるフラックスコアードワイヤであって、金属フッ化物を含有することを特徴とするフラックスコアードワイヤ。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、バックシールドレスで裏ビードの酸化を抑制することができるとともに、良好な裏ビード形状を得ることができ、溶接能力を向上させることができる片面溶接の溶接方法及びフラックスコアードワイヤを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、試験No.T6の裏ビード形状の断面を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0023】
[1.片面溶接の溶接方法]
本実施形態に係る片面溶接の溶接方法は、ガスメタルアーク溶接で被溶接部材の片面を溶接し、バックシールドレスで裏面まで溶融させる方法であって、ガスメタルアーク溶接は、90体積%以上の不活性ガスを含有するシールドガスと、金属フッ化物を含有するフラックスコアードワイヤを用い、ガスメタルアーク溶接に用いる極性として、溶接中に少なくとも正極性の期間を有する。
本実施形態においては、TIG溶接ではなく、ガスメタルアーク溶接によって片面溶接を実施するため、溶接能率を向上させることができる。また、バックシールドレスのため、バックシールドのガスにかかるコストを低減することができる。
【0024】
なお、本実施形態に係る溶接方法は、高Cr含有鋼からなる片面溶接、具体的にはパイプの突合せ溶接における初層に対して好適に用いられる。上述のとおり、パイプの突合せ溶接においては、内面からのアクセスが困難であるため、片面からのみ溶接する必要がある。一般的に、Cr含有量が1.25質量%以下である鋼材を対象とした場合には、バックシールドが適用されない場合が多いが、Cr含有量が2.25質量%以上である鋼材を溶接対象とした場合には、バックシールドが適用される。したがって、本実施形態に係る溶接方法のように、ガスメタルアーク溶接を適用することができ、バックシールドレスで良好な裏ビード形状を得ることができる溶接方法は、極めて有効なものとなる。
【0025】
溶接対象となる鋼材としては、Cr含有量が1.5質量%以上28.5質量%以下である鋼材を好適に用いることができる。なお、溶接対象となる鋼材のCr含有量は、2.0質量%以上であることがより好ましく、2.25質量%以上であることがさらに好ましく、2.5質量%以上であることが特に好ましい。
一方、溶接対象となる鋼材のCr含有量は、26質量%以下であることがより好ましく、20質量%以下であることがさらに好ましく、12質量%以下であることが特に好ましい。
【0026】
以下、本実施形態に係るガスメタルアーク溶接方法における、シールドガス、極性、並びにワイヤの種類及び必須成分について詳細に説明する。
【0027】
<シールドガス:不活性ガスの含有量が90体積%以上>
本実施形態に係るガスメタルアーク溶接方法で用いられるシールドガスは、不活性ガスを90体積%以上含有する。不活性ガスの含有量が高いシールドガスの代表として、例えば、100体積%のArシールドガスを使用すると、アークの圧力を抑制する効果と、溶融池表面への酸素供給を抑制する効果とを得ることができ、耐溶落ち性を向上させることができる。
【0028】
100体積%の不活性シールドガスの使用が、アークの圧力に与える影響について、以下に詳細に説明する。
シールドガス中の解離性ガス、すなわちCOのような活性ガスの含有量が増加すると、分子の解離にエネルギーが消費され、集中したアークとなる。このように、アークが集中する現象を、一般的に「アークの緊縮」という。アークが緊縮して電流密度が高くなると、電磁ピンチ力が働き、アークの圧力が高くなるため、溶け落ちが発生しやすくなる。
一方、単原子分子の希ガス、すなわちArやHeのような不活性ガスを90体積%以上含有するシールドガスを適用すると、アークが拡がり、電流密度が低下して、アーク圧力が低くなる。その結果、溶け落ちの発生を抑制することができる。
【0029】
また、不活性ガスの含有量が、溶融池表面への酸素供給量に与える影響について、以下に詳細に説明する。
酸素や硫黄のようなカルコゲン元素は、鋼の表面張力を低下させる作用を有する。したがって、シールドガス中の酸素量を減少させることにより、高い表面張力で溶融池を保持することができ、溶け落ちを抑制することができる。
【0030】
上記のような不活性ガスによる効果から、シールドガス中の不活性ガスの含有量が90体積%未満であると、アークの圧力が高くなるとともに、溶融池を保持する効果が低下し、溶け落ちが発生することがある。
したがって、シールドガスは、不活性ガスを90体積%以上含有するものとし、95体積%以上であることが好ましく、98体積%以上であることがより好ましく、100体積%であることがさらに好ましい。
【0031】
不活性ガスとしては、Arを使用することが好ましい。なお、シールドガス中に含有される不活性ガス以外のガスとしては、炭酸ガス(二酸化炭素;CO)や酸素ガス(O)等の酸化性ガス又はNガス、Hガス等を選択することができ、残部が不可避的不純物であることが好ましい。なお、選択的にこれら酸化性ガス、Nガス、Hガス等を含有させない設計の場合であっても、シールドガス中には、不可避的不純物としてこれらが含まれる場合もある。また、不可避的不純物の含有量については、少ないほど本発明の効果を妨げるおそれが低くなり、シールドガス全体積に対して、不可避的不純物の合計が0.03体積%以下に抑制されていることがより好ましい。
【0032】
<極性:溶接中に少なくとも正極性の期間を有すること>
ガスメタルアーク溶接において、極性を正極性として溶接を行うと、一般的にアークは不安定になりやすいが、アーク圧を小さくすることができ、溶融金属の溶け落ちを抑制する効果を得ることができる。したがって、溶融金属の溶け落ちを抑制するため、溶接中に少なくとも所定の正極性の期間を有することとする。
なお、所定の正極性の期間を有する場合の例として、交流電源を使用する場合のように、正極性と逆極性が交互に入れ替わるものが挙げられるが、溶融金属の溶け落ちを抑制する観点から、直流正極性、すなわち直流棒マイナス(DCEN:Direct Current Electrode Negative)であることが好ましい。
また、本明細書において上記「正極性」(EN:Electrode Negative)とは、溶接棒をマイナス極に接続し、母材をプラス極に接続した状態を意味するものとする。
【0033】
<ワイヤ:フラックスコアードワイヤ>
本実施形態に係るガスメタルアーク溶接方法は、バックシールドレスで、裏ビードの酸化を抑制することを目的としている。本実施形態においては、ワイヤとしてフラックスコアードワイヤ(FCW:Flux Cored Wire)を選択し、裏ビードまでスラグで被覆することができ、かつ裏ビードの酸化を抑制することができる設計としている。
【0034】
以下に、本実施形態に係るフラックスコアードワイヤ(以下、FCW又はワイヤとも称する。)に添加される金属、金属化合物及び含有される化学成分などについて説明する。
【0035】
(金属フッ化物)
FCWを用いてビードをスラグで被覆させるためには、スラグ造滓剤として、TiO、SiO、ZrO等の酸化物をFCWのフラックス中に添加することが一般的である。本実施形態では、FCWのフラックス中にスラグ造滓剤として、金属フッ化物を添加することにより、均一な肉厚のスラグで裏ビードを被覆できるとともに、溶融池表面への酸素供給を抑制することができる。したがって、本実施形態においては、金属フッ化物を含有するフラックスコアードワイヤを使用して溶接するものとする。これにより、溶接金属の保持力を高めることができ、耐溶落ち性が向上する。
なお、金属フッ化物は、スラグ造滓剤中の主成分とすることで、より均一な肉厚のスラグで裏ビードを被覆でき、溶融池表面への酸素供給を抑制することができる。すなわち、スラグ造滓剤全質量に対して、金属フッ化物が50質量%超であることが好ましく、80質量%以上であることがより好ましく、スラグ造滓剤が金属フッ化物と不可避的不純物のみからなることがさらに好ましい。
【0036】
本実施形態においては、上述のとおり、正極性の期間を有するため、アークが不安定になりやすいが、金属フッ化物として、アルカリ土類金属フッ化物を使用することにより、正極性での安定性を向上させることができる。
【0037】
アルカリ土類金属がアーク安定性に与える影響について、以下に詳細に説明する。
アルカリ土類金属の酸化物は、その仕事関数が鋼や鉄系酸化物と比較して低い。このため、アルカリ土類金属フッ化物を含有するワイヤを用いて、正極性で溶接を行った場合に、高温下でフラックスに吸着している酸素とアルカリ土類金属フッ化物とが反応して、酸化物に変化し、電子放出源としての役割を果たす。
したがって、ワイヤに含有される金属フッ化物として、アルカリ土類金属フッ化物を使用すると、ワイヤからの電子放出を容易にし、溶接安定性をより一層向上させることができる。
【0038】
また、低仕事関数である物質が陰極点を形成することにより、熱電子放出が活発になり、仕事関数に相当するエネルギーが陰極から奪われる。その結果、ワイヤが冷却されることになるので、ジュール熱、すなわち「溶接電流×アーク電圧」の条件が同一であっても、ワイヤの溶融速度が変化し、入熱-ワイヤ溶融量の関係改善が可能となる。すなわち、開先を溶融させるのに十分高い入熱としながら、溶着金属量を減少させることが可能なため、エネルギー密度が低い純Arシールドガスを使用して溶接した場合であっても、十分な開先の溶融が可能となる。
したがって、酸化物の仕事関数が低いアルカリ土類金属のフッ化物を含有するワイヤを用いることが好ましく、例えば、CaやSrのフッ化物を含有するワイヤを用いることが好ましい。
【0039】
(金属及び金属フッ化物を除くフラックス成分:0.5質量%以下)
上述のとおり、本実施形態においては、フラックス中にスラグ造滓剤として金属フッ化物を含有させることにより、溶融金属表面の酸素量を抑制し、高い表面張力を維持しており、これにより、耐溶け落ち性を向上させることができる。
したがって、ワイヤ中には酸化物を積極的に添加しないことが好ましく、フラックス中の金属及び金属フッ化物を除く成分は、ワイヤ全質量に対して0.5質量%以下であることが好ましく、0.3質量%以下であることがより好ましい。
なお、フラックス中の金属及び金属フッ化物を除く成分としては、フラックス中に含まれる不純物の他、後述する非金属フラックスとして、金属フッ化物を除く金属酸化物、金属硫化物、金属窒化物等や有機物等が挙げられる。
【0040】
(沸点が800℃以上1400℃以下であるフラックス成分)
正極性の不活性ガスシールド下の溶接において、ワイヤ先端近傍では、陰極点となる位置は、陽極となる母材からの距離の短さよりも、低仕事関数物質の存在位置によって支配的に決定される。溶滴中においては、対流が絶えず起こり、溶滴表面上の低仕事関数物質は溶滴表面上を動き回る。そのため、電流経路が時々刻々と変化して、溶滴に作用する電磁ピンチ力が安定しなくなり、溶滴移行が不安定となる。したがって、電磁ピンチ力とは異なった溶滴移行の駆動力を付与することが好ましい。
ワイヤが、フラックス成分として所定の温度域で気化する物質を含有していると、溶接中にワイヤに電流が流れ、ジュール発熱によってワイヤ自身が温度上昇した際に、この温度上昇によってワイヤ内部のフラックスが気化する。そして、気化した物質は、ワイヤ先端に向かってガス圧力を供給することになり、ワイヤ先端における溶滴離脱を促すことができる。なお、ここでいうフラックス成分とは、フラックスとしてワイヤ外皮に内包される各化学物質を指す。
【0041】
上記のような溶滴離脱を促進する効果を得るために、ワイヤには、ワイヤ先端近傍の固液界面とコンタクトチップの間の温度域で気化するフラックス成分を添加することが好ましい。具体的には、本実施形態において使用するワイヤは、沸点が800℃以上1400℃以下であるフラックス成分を含有することが好ましく、沸点が900℃以上1350℃以下であるフラックス成分を含有することがより好ましく、沸点が1000℃以上1300℃以下であるフラックス成分を含有することがさらに好ましい。
このようなフラックス成分、すなわち、化学物質としては、沸点が1330℃であるLi、沸点が1091℃であるMg、沸点が907℃であるZn、沸点が1260℃であるAlF等が挙げられる。
【0042】
(Mg)
上述したフラックス成分のうち、特にMgの金属粉又はMgを含む金属粉が添加されていることが好ましい。Mgは強脱酸性元素であり、溶融池表面の低酸素化に寄与するとともに、凝固後に溶接金属への歩留まりが極めて少ない元素である。溶接金属への性能に悪影響を及ぼすことなく、溶融池表面を低酸素化し、耐溶け落ち性をより一層向上させる観点から、本実施形態において使用するワイヤはフラックス中にMgを含有することが好ましい。フラックス中のMg含有量は、ワイヤ全質量に対して、1.0質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以下であることがより好ましい。なお、ワイヤ全質量に対するMg含有量が0%超であると、効果を発揮するため、Mg含有量の下限は特に規定しない。
【0043】
(フラックスの含有量:4質量%以上30質量%以下)
本実施形態に係る溶接方法は、後述するように、Crを比較的多く含む高Cr含有鋼の溶接を好適な対象としている。ワイヤ外皮を非Cr含有鋼とした場合に、溶接金属の化学成分を9%Cr鋼に相当するように制御するためには、フラックス中に金属Crを多量に添加する必要があり、これに応じてフラックス率を調整することができる。
すなわち、対象とする母材の合金含有量に応じて、必要となるフラックス率、すなわちフラックスの含有量は変化する。ただし、ワイヤ外皮として、Crを含有する鋼種を採用することができるため、合金成分の添加量とフラックス率は一意に対応するわけではない。
したがって、フラックスの含有量は特に限定されず、外皮成分、要求される母材の合金含有量等に応じて、種々に設計することができる。
【0044】
なお、フラックスの含有量を4質量%以上とすると、ワイヤの製造時に、フラックスをワイヤ外皮に容易に定量供給することができる。また、フラックスの含有量を30質量%以下とすると、ワイヤ外皮が薄くなりすぎることを防止することができ、製造工程中に破れ等のトラブルの発生を抑制することができる。
したがって、フラックスの含有量は、ワイヤ全質量に対して、4質量%以上であることが好ましく、8質量%以上であることがより好ましい。また、フラックスの含有量は、ワイヤ全質量に対して、30質量%以下であることが好ましく、25質量%以下であることがより好ましい。
【0045】
(非金属フラックスの含有量:2質量%以上15質量%以下)
フラックス中に含有される非金属フラックスは、スラグを形成して表裏のビードを保護するスラグ造滓剤としての効果を主に有する。よって、本実施形態では、非金属フラックスは、ほぼスラグ造滓剤としての働きを持つ。ワイヤ全質量に対する非金属フラックスが2質量%以上であると、裏ビードの表面をスラグで完全に被覆することができ、酸化を抑制することができる。一方、ワイヤ全質量に対する非金属フラックスが15質量%以下であると、均一なスラグを形成することができ、スラグを除去した後の裏ビード形状が良好となる。
したがって、フラックス中の非金属フラックスは、ワイヤ全質量に対して、2質量%以上であることが好ましく、3.5質量%以上であることがより好ましく、5.5質量%以上であることがさらに好ましく、6.0質量%以上であることが特に好ましい。また、フラックス中の非金属フラックスは、ワイヤ全質量に対して、15質量%以下であることが好ましく、7.5質量%以下であることがより好ましく、7.0質量%以下であることがさらに好ましい。
非金属フラックスとしては、上記フッ化物の他に、例えば、酸化物、硫化物等が挙げられる。また、本実施形態において、スラグ造滓剤とは、非金属フラックスのうち、フッ化物、酸化物、硫化物のことを指す。
【0046】
本実施形態に係るガスメタルアーク溶接方法において使用されるフラックスコアードワイヤは、上記以外の成分について特に限定されず、特に高Cr含有鋼の溶接において一般的に使用されるフラックスコアードワイヤを好適に使用することができる。このようなフラックスコアードワイヤとして、例えば、JIS Z 3317に規定のワイヤ成分と同様の溶着金属成分を目標として、合金成分を調整したものを使用することができる。
【0047】
以下、本実施形態において使用することができる溶接ワイヤの成分量として、上述のJIS Z 3317に係る数値範囲を、その限定理由とともに具体的に説明する。なお、さらに、上記各元素は、特筆しない限り、金属の形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていても、化合物の形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていてもよく、また、金属及び化合物の両方の形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていてもよい。したがって、上記各元素がどのような形態でフラックス入りワイヤ中に含有されていても、元素単体に換算した換算値で規定する。例えば、Siを例に挙げる場合に、Si含有量とは、金属SiとSi化合物のSi換算値の合計をいう。なお、金属Siとは、Si単体及びSi合金を含む。
【0048】
<C:0.15質量%以下(0質量%を含む)>
Cは、溶接金属中において炭化物として析出してクリープ強度を確保することができる元素である。このため、溶接金属のクリープ強度が高くなるように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にCを添加すればよい。また、Cは、オーステナイト生成元素でもあり、ワイヤ全質量に対するC含有量が0.15質量%を超えると、溶接金属のAc1変態点が低下し、溶接後熱処理時にオーステナイト変態が生じ、その結果、クリープ強度が低下するおそれがある。したがって、所望のクリープ強度を得ることを目的としてCを添加する場合には、ワイヤ全質量に対するC含有量は、0.15質量%以下とすることが好ましい。
【0049】
<Si:1.00質量%以下(0質量%を含む)>
Siは、溶接金属の溶融時に脱酸剤として作用して、溶接金属中の酸素含有量を低減し、靱性の向上に寄与する。また、Siは、溶接金属の溶融時に、その溶融金属の界面張力を低下させて、融合不良及びオーバーラップ等の溶接欠陥を低減する効果も有する。このため、溶接金属の靱性を高く設計したい場合や、溶接欠陥の低減を狙いたい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にSiを添加すればよい。なお、Siは、フェライト生成元素であるため、ワイヤ全質量に対するSi含有量が、1.00質量%を超えると、溶接金属中にフェライトが残留することとなり、靱性が劣化するおそれがある。したがって、所望の靱性を得ることを目的としてSiを添加する場合には、ワイヤ全質量に対するSi含有量は、1.00質量%以下とすることが好ましい。
【0050】
<Mn:2.50%質量以下(0質量%を含む)>
Mnは、溶接金属の溶融時に脱酸剤として作用し、さらに、溶接金属の強度及び靱性を確保することができる元素である。このため、強度及び靱性を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にMnを添加すればよい。なお、Mnはオーステナイト生成元素であるため、ワイヤ全質量に対するMn含有量が2.50質量%を超えると、溶接金属のAc1変態点が低下して、クリープ強度が低下するおそれがある。したがって、所望のクリープ強度を十分に確保しつつ、強度及び靱性を確保することを目的としてMnを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するMn含有量は、2.50質量%以下とすることが好ましい。
【0051】
<P:0.03%質量以下(0質量%を含む)>
<S:0.03%質量以下(0質量%を含む)>
P及びSは、溶接金属中の含有量が多くなるほど耐割れ性が低下するため、溶接ワイヤ中のP含有量及びS含有量はいずれも少ないほど好ましく、0質量%であってもよい。具体的には、溶接ワイヤ中のP含有量及びS含有量は、ワイヤ全質量に対して、それぞれ0.03質量%以下であることがより好ましい。
【0052】
<Cu:0.50%質量以下(0質量%を含む)>
Cuは、オーステナイト生成元素であり、溶接金属の靱性に悪影響を及ぼすフェライトの生成を抑制する効果を有する。このため、靱性を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にCuを添加すればよい。なお、ワイヤ全質量に対するCu含有量が0.50質量%を超えると、溶接金属のAc1変態点が低下して、クリープ強度が低下するおそれが高くなる。したがって、クリープ強度を十分に確保しつつ、することを目的としてCuを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するCu含有量は、0.50質量%以下とすることが好ましい。なお、溶接ワイヤの通電性及び送給性を改善するために、ワイヤ表面にCuメッキを施す場合もあるが、メッキされたCuもワイヤ中のCuと同じ作用・効果を奏する。したがって、このCuメッキの有無に拘わらず、溶接ワイヤ全体のCu含有量を、0.50質量%以下とすることが好ましい。
【0053】
<Ni:1.00質量%以下(0質量%を含む)>
Niは、オーステナイト生成元素であり、溶接金属の靱性に悪影響を及ぼすフェライトの生成を抑制する効果を有する。このため、靱性を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にNiを添加すればよい。なお、ワイヤ全質量に対するNi含有量が1.00質量%を超えると、溶接金属のAc1変態点が低下して、クリープ強度が低下するおそれが高くなる。したがって、所望のクリープ強度を確保しつつ、靱性を十分に確保することを目的としてNiを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するNi含有量は、1.00質量%以下とすることが好ましい。
【0054】
<Co:2.00質量%以下(0質量%を含む)>
Coは、オーステナイト生成元素であり、溶接金属の靱性に悪影響を及ぼすフェライトの生成を抑制する効果を有する。このため、靱性を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にCoを添加すればよい。なお、ワイヤ全質量に対するCo含有量が2.00質量%を超えると、溶接金属のAc1変態点が低下して、クリープ強度が低下するおそれが高くなる。したがって、所望のクリープ強度を十分に確保しつつ、靱性を確保することを目的としてCoを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するCo含有量は、2.00質量%以下とすることが好ましい。
【0055】
<Cr:12.00質量%以下(0質量%を含む)>
Crは、溶接金属の耐酸化性、耐食性及び強度等を確保する効果を有する。よって、耐食性及び強度等を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にCrを添加すればよい。なお、Crはフェライト生成元素であるため、ワイヤ全質量に対するCr含有量が12.00質量%を超えると、溶接金属中にフェライトが析出して靱性が劣化するおそれが高くなる。したがって、所望の靱性を十分に確保しつつ、耐酸化性、耐食性及び強度を確保することを目的としてCrを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するCr含有量は、12.00質量%以下とすることが好ましい。また、本実施形態に係るワイヤを用いた溶接において、好適な範囲の鋼材を母材とする場合は、ワイヤ中のCr含有量を、母材のCr含有量に対応させることがより好ましい。したがって、母材に合わせる場合は、ワイヤ全質量に対するCr含有量は、1.5質量%以上とすることがより好ましい。
【0056】
<Mo:1.20%質量以下(0質量%を含む)>
Moは、鋼中における固溶強化元素であり、溶接金属中に固溶して、溶接金属の強度を向上させる効果を有する。このため、強度を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にMoを添加すればよい。なお、Moはフェライト生成元素でもあるため、ワイヤ全質量に対するMo含有量が1.20質量%を超えると、溶接金属中にフェライトが析出して、靱性が劣化するおそれが高くなる。したがって、所望の靱性を十分に確保しつつ、強度を向上させることを目的としてMoを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するMo含有量は、1.20質量%以下とすることが好ましい。
【0057】
<V:0.50質量%以下(0質量%を含む)>
Vは、鋼中における析出強化元素であり、溶接金属中に炭窒化物として析出して、溶接金属の強度を向上させる効果を有する。このため、強度を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にVを添加すればよい。なお、ワイヤ全質量に対するV含有量が0.50質量%を超えると、溶接金属の強度が強くなり過ぎて、靱性が劣化するおそれが高くなる。したがって、所望の靱性を十分に確保しつつ、強度を向上させることを目的としてVを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するV含有量は、0.50質量%以下に規定することが好ましい。
【0058】
<Nb:0.15質量%以下(0質量%を含む)>
Nbは、鋼中における析出強化元素であり、溶接金属中に炭窒化物として析出して、溶接金属の強度を向上させる効果を有する。このため、強度を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にNbを添加すればよい。なお、ワイヤ全質量に対するNb含有量が0.15質量%を超えると、溶接金属の強度が強くなり過ぎて、靱性が劣化するおそれが高くなる。したがって、所望の靱性を確保しつつ、強度を確保することを目的としてNbを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するNb含有量は、0.15質量%以下とすることが好ましい。
【0059】
<W:2.00質量%以下(0質量%を含む)>
Wは、鋼中における固溶強化元素であり、溶接金属中に固溶して、溶接金属の強度を向上させる効果を有する。このため、強度を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にWを添加すればよい。なお、Wはフェライト生成元素でもあるため、ワイヤ全質量に対するW含有量が2.00質量%を超えると、溶接金属中にフェライトが析出して、靱性が劣化するおそれが高くなる。したがって、所望の靱性を確保しつつ、強度を向上させることを目的としてWを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するW含有量は、2.00質量%以下とすることが好ましい。
【0060】
<N:0.07質量%以下(0質量%を含む)>
Nは、鋼中において固溶強化の効果を発揮するとともに、Nb及びVと結合して窒化物として析出して、溶接金属のクリープ強度の向上に寄与する。このため、強度を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にNを添加すればよい。なお、Nは強力なオーステナイト生成元素でるため、ワイヤ全質量に対するN含有量が0.07質量%を超えると、溶接金属のAc1変態点が低下して、クリープ強度が低下するおそれが高くなる。したがって、所望のクリープ強度を確保することを目的としてNを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するN含有量は、0.07質量%以下とすることが好ましい。
【0061】
<Ti:0.30質量%以下(0質量%を含む)>
Tiはフェライト生成元素であり、靱性に悪影響を及ぼすフェライトを溶接金属中に析出させるが、溶接金属中に適切な含有量でTiが含有されていると、溶接金属の靱性を向上させることができる。このため、溶接金属の靱性を確保するように設計したい場合は、必要に応じて、ワイヤの原料にTiを添加すればよい。なお、TiはNb及びVと同様に、強力な炭化物形成元素であり、Cと結合して針状の炭化物となって溶接金属中に析出する。この形態の炭化物は、溶接金属の靱性を著しく阻害するおそれが高くなる。したがって、所望の靱性を確保することを目的としてTiを添加する場合は、ワイヤ全質量に対するTi含有量は、0.30質量%以下とすることが好ましい。
【0062】
<アルカリ土類金属:5.00質量%以下(0質量%を含む)>
本実施形態において、アルカリ土類金属は、上述の通り、アルカリ土類金属のフッ化物の形で添加されることで、ワイヤ中にアルカリ土類金属が含有される。アルカリ土類金属としては、Ca、Sr、Ba、Raが挙げられ、特にSr又はCaのうち、少なくとも一つが含有されていることが好ましい。上述のアルカリ土類金属のフッ化物が、アーク安定化の効果を最も発揮する範囲をワイヤ中のアルカリ土類金属の含有量として示すと、ワイヤ全質量に対するアルカリ土類金属の合計量は、0質量%超であることが好ましい。また、アルカリ土類金属の合計量は、5.00質量%以下であることが好ましく、4.00質量%以下とすることがより好ましい。
【0063】
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接方法に使用することができるワイヤには、上記元素の他、残部はFe及び不可避的不純物で構成されることが好ましい。不可避不純物としては、例えば、Sn、Na、Li、Sb、及びAs等が含有されることもある。なお、上記不可避的不純物として挙げられる各元素が、酸化物として溶接ワイヤ中に含まれる場合には、Oも不純物として含まれることとなる。
【0064】
また、本実施形態に係るガスメタルアーク溶接方法は、上記以外の条件について特に限定されない。ただし、開先角度、ルートギャップ、ワイヤ突出し長さ及びルートフェイスについては、好適な範囲が存在する。各溶接条件について、以下に説明する。
【0065】
(開先角度)
開先角度は特に限定しないが、開先角度を120°以下とすると、より一層良好な溶接能率で溶接することができる。したがって、V形開先においては、開先角度は120°以下とすることが好ましく、100°以下とすることがより好ましい。
一方、開先角度が45°以上であると、裏ビードの形状を平坦にすることができる。したがって、開先角度は45°以上であることが好ましく、60°以上であることがより好ましく、70°以上であることがさらに好ましく、75°以上であることが特に好ましい。
【0066】
また、U形開先を適用する場合には、開先底部の曲率半径が2mm以上であることが好ましく、4mm以上であることがより好ましく、6mm以上であることがさらに好ましい。
なお、本実施形態に係るガスメタルアーク溶接方法は初層溶接を対象にしており、開先角度は、初層該当部以外については任意であり、2段開先等にして開先断面積を狭くしてもよい。
【0067】
(ルートギャップ)
ルートギャップも特に限定しないが、ルートギャップが1mm以上であると、裏ビードの形状がより一層良好となる。したがって、ルートギャップは1mm以上であることが好ましく、2mm以上であることがより好ましい。
一方、ルートギャップが8mm以下であると、耐落ち性をより一層向上させることができる。したがって、ルートギャップは8mm以下であることが好ましく、6mm以下であることがより好ましく、4mm以下であることがさらに好ましい。
なお、適切な開先角度及びルートギャップを適用する場合には、開先形状をレ形開先やJ形開先としてもよい。
【0068】
(ワイヤ突出し長さ)
ワイヤ突出し長さは特に限定しないが、ワイヤ突出し長さを30mm以下とすると、溶接電流とワイヤ送給量の調節が容易となる。したがって、ワイヤ突出し長さは30mm以下であることが好ましく、20mm以下であることがより好ましく、15mm以下であることがさらに好ましい。
【0069】
(ルートフェイス)
ルートフェイスは特に限定しないが、ルートフェイスを2mm以下とすると、裏ビードをより一層平坦にすることができる。したがって、ルートフェイスは2mm以下であることが好ましく、1mm以下であることがより好ましく、0.5mm以下であることがさらに好ましい。なお、ルートフェイスは0mmであってもよい。
【0070】
[2.片面溶接の溶接方法に使用されるフラックスコアードワイヤ]
本実施形態に係る片面溶接の溶接方法に使用されるフラックスコアードワイヤは、上記[1.片面溶接の溶接方法]で説明したガスメタルアーク溶接方法において使用されるワイヤであって、金属フッ化物を含有するものである。
ワイヤに含有されるフラックス成分の種類及び含有量、金属フッ化物の種類、並びにMg等の好ましい含有量は、上記[1.片面溶接の溶接方法]で説明したとおりである。
【実施例0071】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明について詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0072】
[1.片面溶接の溶接方法]
(1-1.被溶接材及びフラックスコアードワイヤ)
被溶接材として、厚さが12mmである鋼板を2枚準備し、ルート間隔を2.4mm、開先角度を90°としたV形の開先に加工した。本実施形態に係るガスメタルアーク溶接方法は、高Cr含有鋼を好適な対象としたものであるが、本実施例は、バックシールドの必要性及びガスメタルアーク溶接の溶接能率を評価することを目的としているため、被溶接材としてSM490Aの鋼板を使用した。
フラックスコアードワイヤとしては、モリブデン鋼及びクロムモリブデン鋼用ガスシールドアーク溶接溶加棒及びソリッドワイヤに関するJIS Z 3317に記載された、G62A-9C1MVに準拠した溶加材成分と同様の成分を有する溶接金属が得られるように、合金成分の添加量を調整したワイヤを使用した。
【0073】
(1-2.ガスメタルアーク溶接)
下記表1に示す種々のフラックスコアードワイヤを使用し、純Arガスをシールドガスとしたガスメタルアーク溶接であるMIG(Metal Inert Gas)溶接により、被溶接材の開先に下向姿勢で初層裏波溶接を実施した。なお、ワイヤ送給速度を355cm/minとし、溶接電圧を17.5Vとした。また、上記ガスメタルアーク溶接に用いる極性は、直流棒マイナスすなわちDCEN(Direct Current Electrode Negative)、又は直流棒プラスすなわちDCEP(Direct Current Electrode Positive)とした。
【0074】
[2.評価]
評価項目として、バックシールドを必要としない施工法であるため、裏ビードの酸化有無を評価するとともに、初層溶接へのガスメタルアーク溶接の適用可否について判断するため、裏ビード形状を評価した。
【0075】
(2-1.裏ビードの酸化状態)
溶接後の裏ビードの酸化の有無を目視により観察することにより、酸化状態を評価した。
評価基準としては、スラグが裏ビードを全面的に被覆し、スラグを剥離させると、金属光沢のあるビードが観察できたものを「A」(優良)とした。また、裏ビードのスラグ被覆状態が均一でなくなり、部分的に金属光沢が弱くなったものを「B」(やや不良)、裏ビードが概ね全面的に黒く酸化したものを「C」(不良)とした。さらに、ビードの垂れ落ちが発生した場合には、酸化状態の評価に値しないと考え、評価を行わず「-」とした。なお、裏ビードの酸化状態について、評価結果の目標を「A」とした。
【0076】
(2-2.裏ビード形状)
溶接後の裏ビードを目視により観察することにより、裏ビード形状を評価した。
評価基準としては、裏ビードの状態が、溶接定常部全線において、母材裏面側から突出した形状、すなわちプラス形状となり、均一な高さを有していたものを「A」(優良)とした。また、母材裏面側において部分的に凹みを有する形状、すなわちマイナス形状となったものを「B」(良好)とし、溶接金属の垂れ落ちの発生により、溶接不能であったものを「C」(不良)と評価した。なお、裏ビード形状について、評価結果の目標を「B」以上とした。
【0077】
使用したフラックスコアードワイヤの種類及び溶接条件、並びに評価結果を下記表2に示す。なお、本実施例においては、裏ビードの酸化状態が「A」であるとともに、裏ビード形状が上「B」以上であったもの、すなわち、いずれの評価結果も目標を達成したものを合格とし、それ以外のものを不合格とした。
【0078】
【表1】
【0079】
【表2】
【0080】
上記表1及び2に示すように、実施例である試験No.T1~T7は、90体積%以上の不活性ガスを含有するシールドガスを使用し、正極性(DCEN)の期間を有し、金属フッ化物を含有するフラックスコアードワイヤを使用して溶接した試験例である。したがって、バックシールドレスで裏ビードの酸化を抑制することができ、かつ、裏ビードの形状も優良又は良好となった。
特に、試験No.T4~T6は、非金属フラックスの含有量をさらに好ましい値としたため、裏ビード形状がより一層優れたものとなった。
【0081】
図1は、試験No.T6の裏ビード形状の断面を示す図面代用写真である。上記のとおりV形状に加工した2枚の鋼板1の開先に、下向姿勢で初層裏波溶接を実施し、溶接金属2を形成した結果、試験No.T6の裏ビード3は、溶け落ちが発生せず、溶接定常部全線において鋼板1の裏面側から突出し、優れた裏ビード形状を得ることができた。
【0082】
比較例である試験No.T8は、シールドガス中の不活性ガスの含有量が90体積%未満であったため、裏ビードの酸化状態が「B」(やや不良)となった。
比較例である試験No.T9は、100体積%COのシールドガスを使用したものであったため、ビードの垂れ落ちが発生した。
比較例である試験No.T10は、使用したフラックスコアードワイヤに金属フッ化物が含有されておらず、直流棒プラス(DCEP)として溶接を実施したため、ビードの垂れ落ちが発生した。
比較例である試験No.T11は、直流棒プラス(DCEP)として溶接を実施したため、ビードの垂れ落ちが発生した。
【0083】
なお、上記実施例及び比較例において、裏ビードが概ね全面的に黒く酸化し、評価結果が「C」(不良)となったものはなかった。
また、ワイヤNo.W6を使用し、種々のシールドガスを使用した試験No.T6~T9は、ワイヤ中にMgが含有されているため、いずれも良好なアーク安定性を得ることができた。
図1