(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022135746
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】作業時心理状態評価方法及び装置、並びに作業自体の楽しさの評価方法及び装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/16 20060101AFI20220908BHJP
A61B 5/1455 20060101ALI20220908BHJP
A61B 10/00 20060101ALI20220908BHJP
A61B 5/026 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
A61B5/16 120
A61B5/1455
A61B10/00 E
A61B5/026 120
【審査請求】未請求
【請求項の数】21
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021035752
(22)【出願日】2021-03-05
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業 共創の場形成支援 センター・オブ・イノベーションプログラム、「精神的価値が成長する感性イノベーション拠点」委託研究開発、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504300181
【氏名又は名称】国立大学法人浜松医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100114605
【弁理士】
【氏名又は名称】渥美 久彦
(72)【発明者】
【氏名】山本 清二
(72)【発明者】
【氏名】大星 有美
(72)【発明者】
【氏名】田村 和輝
(72)【発明者】
【氏名】福司 康子
【テーマコード(参考)】
4C017
4C038
【Fターム(参考)】
4C017AA11
4C017AB06
4C017AC28
4C017BC11
4C017EE01
4C017FF05
4C038KK00
4C038KL05
4C038KL07
4C038KX02
4C038KY04
4C038PP01
4C038PP03
4C038PS00
4C038PS09
(57)【要約】
【課題】作業課題に応じた作業を行っている者の心理状態を比較的高い信頼度で客観的に評価できる新規な装置を提供する。
【解決手段】本発明は、作業課題付与・脳血流量データ取得・評価の各ステップを含む。作業課題付与ステップS100では、被検者に作業課題を与える。脳血流量データ取得ステップS200では、作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、NIRSにより被検者の脳の前頭極部の脳血流量を連続的に計測し、脳血流量計測データを取得する。評価ステップS300では、計測データから、作業前安静状態の脳血流量に対する作業時の脳血流量の割合を示す第1血流変化率と、作業前安静状態の脳血流量に対する作業後安静状態の脳血流量の割合を示す第2血流変化率とを算出する。次に第1及び第2血流変化率に基づき、被検者が作業時に肯定的心理状態であったか否かを評価する。
【選択図】
図9
【特許請求の範囲】
【請求項1】
与えられた作業課題に応じた作業を行っているときの心理状態を評価する方法であって、
被検者に前記作業課題を与える作業課題付与ステップと、
作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、近赤外分光分析法により前記被検者の脳の前頭極部における脳血流量を連続的に計測し、脳血流量に関する計測データを取得する脳血流量データ取得ステップと、
取得した前記計測データから、作業前安静状態の脳血流量に対する作業時の脳血流量の割合を示す第1血流変化率と、作業前安静状態の脳血流量に対する作業後安静状態の脳血流量の割合を示す第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率に基づいて、前記被検者が作業時に肯定的心理状態であったか否かを評価する評価ステップと
を含むことを特徴とする作業時心理状態評価方法。
【請求項2】
前記脳血流量データ取得ステップでは、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、
前記評価ステップでは、
作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、
前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率がともに100%を超える値であり、かつ前記第1血流変化率に比べて前記第2血流変化率のほうが大きいときに、前記被検者が作業時に肯定的心理状態であったと判定する
ことを特徴とする請求項1に記載の作業時心理状態評価方法。
【請求項3】
前記脳血流量データ取得ステップでは、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、
前記評価ステップでは、
作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、
前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率と、基準値データとしてあらかじめ記憶されている基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率とをそれぞれ比較して前記評価を行う
ことを特徴とする請求項1に記載の作業時心理状態評価方法。
【請求項4】
前記作業課題付与ステップでは、被検者に2種類の前記作業課題として、創作作業課題と、対照となる単純作業課題とを与え、
前記脳血流量データ取得ステップでは、前記創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、及び、前記単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間のそれぞれについて、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、
前記評価ステップでは、
前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出するとともに、前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出し、
前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きく、かつ、前記創作作業課題の付与時における前記第2血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第2血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きい場合、前記被検者が前記創作作業課題に応じた作業を行っていた時に肯定的心理状態であったと判定する
ことを特徴とする請求項1に記載の作業時心理状態評価方法。
【請求項5】
前記評価ステップにおいて前記肯定的心理状態とは、楽しさ、意欲、集中、覚醒及び好意から選択される少なくともいずれかの感情または状態を伴う心理状態であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の作業時心理状態評価方法。
【請求項6】
与えられた作業課題に応じた作業を行っているときの心理状態を評価する装置であって、
作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、近赤外分光分析法により前記被検者の脳の前頭極部における脳血流量を連続的に計測し、脳血流量に関する計測データを取得する脳血流量データ取得装置と、
取得した前記計測データから、作業前安静状態の脳血流量に対する作業時の脳血流量の割合を示す第1血流変化率と、作業前安静状態の脳血流量に対する作業後安静状態の脳血流量の割合を示す第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率に基づいて、前記被検者が作業時に肯定的心理状態であったか否かを評価する評価手段と
を備えることを特徴とする作業時心理状態評価装置。
【請求項7】
前記評価手段は、
作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、
前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率がともに100%を超える値であり、かつ前記第1血流変化率に比べて前記第2血流変化率のほうが大きいときに、前記被検者が作業時に肯定的心理状態であったと判定する
ことを特徴とする請求項6に記載の作業時心理状態評価装置。
【請求項8】
基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率を基準値データとしてあらかじめ記憶する記憶手段をさらに備え、
前記評価手段は、
作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、
前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率と、前記基準第1血流変化率及び前記基準第2血流変化率とをそれぞれ比較して前記評価を行う
ことを特徴とする請求項6に記載の作業時心理状態評価装置。
【請求項9】
被検者に2種類の前記作業課題として、創作作業課題と、対照となる単純作業課題とを与える場合において、
前記脳血流量データ取得装置は、前記創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、及び、前記単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間のそれぞれについて、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、
前記評価手段は、
前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出するとともに、前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出し、
前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きく、かつ、前記創作作業課題の付与時における前記第2血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第2血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きい場合、前記被検者が前記創作作業課題に応じた作業を行っていた時に肯定的心理状態であったと判定する
ことを特徴とする請求項6に記載の作業時心理状態評価装置。
【請求項10】
前記被検者に前記作業課題を与える作業課題付与手段をさらに備えることを特徴とする請求項6乃至9のいずれか1項に記載の作業時心理状態評価装置。
【請求項11】
前記評価手段による評価結果を表示する表示装置をさらに備えることを特徴とする請求項6乃至10のいずれか1項に記載の作業時心理状態評価装置。
【請求項12】
作業課題を与えてそれに応じた作業を行わせるときの前記作業自体の楽しさを評価する方法であって、
被検者に前記作業課題を与える作業課題付与ステップと、
作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、近赤外分光分析法により前記被検者の脳の前頭極部における脳血流量を連続的に計測し、脳血流量に関する計測データを取得する脳血流量データ取得ステップと、
取得した前記計測データから、作業前安静状態の脳血流量に対する作業時の脳血流量の割合を示す第1血流変化率と、作業前安静状態の脳血流量に対する作業後安静状態の脳血流量の割合を示す第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率に基づいて、当該作業自体が楽しいものであるか否かを評価する評価ステップと
を含むことを特徴とする作業自体の楽しさの評価方法。
【請求項13】
前記脳血流量データ取得ステップでは、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、
前記評価ステップでは、
作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、
前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率がともに100%を超える値であり、かつ前記第1血流変化率に比べて前記第2血流変化率のほうが大きいときに、当該作業自体が楽しいものであると判定する
ことを特徴とする請求項12に記載の作業自体の楽しさの評価方法。
【請求項14】
前記脳血流量データ取得ステップでは、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、
前記評価ステップでは、
作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、
前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率と、基準値データとしてあらかじめ記憶されている基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率とをそれぞれ比較して前記評価を行う
ことを特徴とする請求項12に記載の作業自体の楽しさの評価方法。
【請求項15】
前記作業課題付与ステップでは、被検者に2種類の前記作業課題として、創作作業課題と、対照となる単純作業課題とを与え、
前記脳血流量データ取得ステップでは、前記創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、及び、前記単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間のそれぞれについて、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、
前記評価ステップでは、
前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出するとともに、前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出し、
前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きく、かつ、前記創作作業課題の付与時における前記第2血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第2血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きい場合、当該創作作業自体が楽しいものであると判定する
ことを特徴とする請求項12に記載の作業自体の楽しさの評価方法。
【請求項16】
作業課題を与えてそれに応じた作業を行わせるときの前記作業自体の楽しさを評価する装置であって、
作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、近赤外分光分析法により前記被検者の脳の前頭極部における脳血流量を連続的に計測し、脳血流量に関する計測データを取得する脳血流量データ取得装置と、
取得した前記計測データから、作業前安静状態の脳血流量に対する作業時の脳血流量の割合を示す第1血流変化率と、作業前安静状態の脳血流量に対する作業後安静状態の脳血流量の割合を示す第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率に基づいて、当該作業自体が楽しいものであるか否かを評価する評価手段と
を備えることを特徴とする作業自体の楽しさの評価装置。
【請求項17】
前記評価手段は、
作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、
前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率がともに100%を超える値であり、かつ前記第1血流変化率に比べて前記第2血流変化率のほうが大きいときに、当該作業自体が楽しいものであると判定する
ことを特徴とする請求項16に記載の作業自体の楽しさの評価装置。
【請求項18】
基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率を基準値データとしてあらかじめ記憶する記憶手段をさらに備え、
前記評価手段は、
作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、
前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率と、前記基準第1血流変化率及び前記基準第2血流変化率とをそれぞれ比較して前記評価を行う
ことを特徴とする請求項16に記載の作業自体の楽しさの評価装置。
【請求項19】
被検者に2種類の前記作業課題として、創作作業課題と、対照となる単純作業課題とを与える場合において、
前記脳血流量データ取得装置は、前記創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、及び、前記単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間のそれぞれについて、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、
前記評価手段は、
前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出するとともに、前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出し、
前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きく、かつ、前記創作作業課題の付与時における前記第2血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第2血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きい場合、当該創作作業自体が楽しいものであると判定する
ことを特徴とする請求項16に記載の作業自体の楽しさの評価装置。
【請求項20】
前記被検者に前記作業課題を与える作業課題付与手段をさらに備えることを特徴とする請求項16乃至19のいずれか1項に記載の作業自体の楽しさの評価装置。
【請求項21】
前記評価手段による評価結果を表示する表示装置をさらに備えることを特徴とする請求項16乃至20のいずれか1項に記載の作業自体の楽しさの評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作業時心理状態評価方法及び装置、並びに作業自体の楽しさの評価方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近赤外線の光を利用して脳の血中のヘモグロビンの濃度の変化を測定することにより、血中の酸素化の状態や脳血流の変化を評価する手法として、NIRS(近赤外分光分析法)が従来知られている。この手法は、脳機能を評価する他の方法、例えばfMRI(磁気共鳴機能画像法)、PET、脳波計測などに比べて、作業を行いながら比較的簡便に脳機能を評価できる点で優れている。そのため、NIRSによる脳機能の測定(以下単に「脳NIRS」とも称する。)によれば、何か動作をしたときの脳の変化を非侵襲的に確認することが可能となる。このようなことから、近年では脳NIRSを利用して、例えば(A)会話における認知負荷度(例えば特許文献1を参照)、(B)被験者に難易度の異なる作業を行わせたときの認知機能の評価(例えば特許文献2を参照)、(C)電車の乗り心地や車内広告の印象、(D)味覚の調査、などを行うことが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-151217号公報
【特許文献2】特開2020-130630号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、例えば何らかの作業課題を与えられた作業者が、その作業課題に応じた作業を行っているときの心理状態(楽しさや意欲等を感じているか否か)を評価したいような場合がある。しかしながら、作業時の心理状態を評価することは非常に難しく、現状では作業終了後に作業者の感想を求めたりアンケート調査を行ったりしている。これらによって得られるのはあくまで主観的な評価であり、作業時の心理状態を客観的に評価する有効な手法はまだない。また、アンケート調査等では作業者の主観的な心理状態しか評価できず、作業自体の面白さを客観的に評価することは非常に困難である。
【0005】
なお、脳NIRSを利用すれば、作業時の心理状態の評価や、作業自体の楽しさの評価を行うことが不可能ではないかもしれないが、そのような手法はこれまで具体的に提案されていない。また、仮に作業を実際に行っているときに脳NIRSによって脳活性化の状態が把握できたとしても、作業時の心理状態や作業自体の楽しさと脳活性化状態との相関関係について、有効な知見が全くないのが現状である。従って、作業時に脳が活性化状態にある場合に「作業者は楽しさや意欲等を感じているであろう」と推定し、また「その作業自体が楽しいものであろう」と推定したとしても、その推定結果の信頼性や客観性はおのずと低いものとなる。
【0006】
本発明は上記の技術的な課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、与えられた作業課題に応じた作業を行っている者の心理状態を比較的高い信頼度で客観的に評価することができる新規な方法及び装置を提供することにある。また、本発明の別の目的は、作業課題を与えてそれに応じた作業を行わせるときの当該作業自体の楽しさを比較的高い信頼度で客観的に評価することができる新規な方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、脳NIRSによる研究を通じて、感情の変化を伴う状況を想像すると脳の前頭極部の賦活が大きくなることを確認した。そこで、創作作業を行うときのほうが、単純作業を行うときよりも楽しいあるいは面白いという感情の変化を伴い、その結果「創作作業時と単純作業時とで脳血流変化に差が生じる」という仮説を立てた。これを検証するために、時間分解分光(TRS)法によるNIRSで、創作作業課題に応じて創作作業を行う場合の脳の前頭極部の脳血流変化を、単純作業課題に応じて単純作業を行う場合の脳の前頭極部の脳血流変化と比較検討した。その結果、1)創作作業の作業時及び作業後安静状態での脳血流量の増加が、単純作業の作業時及び作業後安静状態での脳血流量の増加に比べて有意に大きくなることがわかった(第1の知見)。換言すると、創作作業を行った場合においては、作業時ばかりでなく意外にも作業後安静状態においても脳賦活状態が続く(脳賦活状態の収束に遅延がみられる)ことがわかった。また、2)予想に反して、創作作業の作業後安静状態の脳血流量の増加のほうが、創作作業の作業時の脳血流量の増加に比べて大きくなることがわかった(第2の知見)。さらに、3)主観調査結果(Visual Analogue Scale(VAS)値)から、創作作業時に意欲や楽しいという感情を表すVAS値が有意に高くなることがわかった(第3の知見)。それゆえ、これらの知見から、「創作作業時と単純作業時とで脳血流変化に差が生じる」という仮説は正しく、楽しみ等の肯定的感情を伴う作業時には脳の前頭極部の活動がより高まるという事実を確認した。そこで、本発明者らは上記の知見に基づいてさらに鋭意研究を行い、最終的に下記の発明を完成させるに至ったのである。
【0008】
上記の技術的な課題を解決するための手段を下記[1]~[21]に列挙する。
[1]与えられた作業課題に応じた作業を行っているときの心理状態を評価する方法であって、被検者に前記作業課題を与える作業課題付与ステップと、作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、近赤外分光分析法により前記被検者の脳の前頭極部における脳血流量を連続的に計測し、脳血流量に関する計測データを取得する脳血流量データ取得ステップと、取得した前記計測データから、作業前安静状態の脳血流量に対する作業時の脳血流量の割合を示す第1血流変化率と、作業前安静状態の脳血流量に対する作業後安静状態の脳血流量の割合を示す第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率に基づいて、前記被検者が作業時に肯定的心理状態であったか否かを評価する評価ステップとを含むことを特徴とする作業時心理状態評価方法。
[2]前記脳血流量データ取得ステップでは、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、前記評価ステップでは、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率がともに100%を超える値であり、かつ前記第1血流変化率に比べて前記第2血流変化率のほうが大きいときに、前記被検者が作業時に肯定的心理状態であったと判定する、上記1に記載の評価方法。
[3]前記脳血流量データ取得ステップでは、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、前記評価ステップでは、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率と、基準値データとしてあらかじめ記憶されている基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率とをそれぞれ比較して前記評価を行う、上記1に記載の評価方法。
[4]前記作業課題付与ステップでは、被検者に2種類の前記作業課題として、創作作業課題と、対照となる単純作業課題とを与え、前記脳血流量データ取得ステップでは、前記創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、及び、前記単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間のそれぞれについて、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、前記評価ステップでは、前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出するとともに、前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出し、前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きく、かつ、前記創作作業課題の付与時における前記第2血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第2血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きい場合、前記被検者が前記創作作業課題に応じた作業を行っていた時に肯定的心理状態であったと判定する、上記1に記載の評価方法。
[5]前記評価ステップにおいて前記肯定的心理状態とは、楽しさ、意欲、集中、覚醒及び好意から選択される少なくともいずれかの感情または状態を伴う心理状態である、上記1乃至4に記載の評価方法。
[6]与えられた作業課題に応じた作業を行っているときの心理状態を評価する装置であって、作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、近赤外分光分析法により前記被検者の脳の前頭極部における脳血流量を連続的に計測し、脳血流量に関する計測データを取得する脳血流量データ取得装置と、取得した前記計測データから、作業前安静状態の脳血流量に対する作業時の脳血流量の割合を示す第1血流変化率と、作業前安静状態の脳血流量に対する作業後安静状態の脳血流量の割合を示す第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率に基づいて、前記被検者が作業時に肯定的心理状態であったか否かを評価する評価手段とを備えることを特徴とする作業時心理状態評価装置。
[7]前記評価手段は、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率がともに100%を超える値であり、かつ前記第1血流変化率に比べて前記第2血流変化率のほうが大きいときに、前記被検者が作業時に肯定的心理状態であったと判定する、上記6に記載の評価装置。
[8]基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率を基準値データとしてあらかじめ記憶する記憶手段をさらに備え、前記評価手段は、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率と、前記基準第1血流変化率及び前記基準第2血流変化率とをそれぞれ比較して前記評価を行う、上記6に記載の評価装置。
[9]被検者に2種類の前記作業課題として、創作作業課題と、対照となる単純作業課題とを与える場合において、前記脳血流量データ取得装置は、前記創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、及び、前記単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間のそれぞれについて、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、前記評価手段は、前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出するとともに、前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出し、前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きく、かつ、前記創作作業課題の付与時における前記第2血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第2血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きい場合、前記被検者が前記創作作業課題に応じた作業を行っていた時に肯定的心理状態であったと判定する、上記6に記載の評価装置。
[10]前記被検者に前記作業課題を与える作業課題付与手段をさらに備える、上記6乃至9のいずれか1項に記載の評価装置。
[11]前記評価手段による評価結果を表示する表示装置をさらに備える、上記6乃至10のいずれか1項に記載の評価装置。
[12]作業課題を与えてそれに応じた作業を行わせるときの前記作業自体の楽しさを評価する方法であって、被検者に前記作業課題を与える作業課題付与ステップと、作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、近赤外分光分析法により前記被検者の脳の前頭極部における脳血流量を連続的に計測し、脳血流量に関する計測データを取得する脳血流量データ取得ステップと、取得した前記計測データから、作業前安静状態の脳血流量に対する作業時の脳血流量の割合を示す第1血流変化率と、作業前安静状態の脳血流量に対する作業後安静状態の脳血流量の割合を示す第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率に基づいて、当該作業自体が楽しいものであるか否かを評価する評価ステップとを含むことを特徴とする作業自体の楽しさの評価方法。
[13]前記脳血流量データ取得ステップでは、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、前記評価ステップでは、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率がともに100%を超える値であり、かつ前記第1血流変化率に比べて前記第2血流変化率のほうが大きいときに、当該作業自体が楽しいものであると判定する、上記12に記載の評価方法。
[14]前記脳血流量データ取得ステップでは、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、前記評価ステップでは、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率と、基準値データとしてあらかじめ記憶されている基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率とをそれぞれ比較して前記評価を行う、上記12に記載の評価方法。
[15]前記作業課題付与ステップでは、被検者に2種類の前記作業課題として、創作作業課題と、対照となる単純作業課題とを与え、前記脳血流量データ取得ステップでは、前記創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、及び、前記単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間のそれぞれについて、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、前記評価ステップでは、前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出するとともに、前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出し、前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きく、かつ、前記創作作業課題の付与時における前記第2血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第2血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きい場合、当該創作作業自体が楽しいものであると判定する、上記12に記載の評価方法。
[16]作業課題を与えてそれに応じた作業を行わせるときの前記作業自体の楽しさを評価する装置であって、作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、近赤外分光分析法により前記被検者の脳の前頭極部における脳血流量を連続的に計測し、脳血流量に関する計測データを取得する脳血流量データ取得装置と、取得した前記計測データから、作業前安静状態の脳血流量に対する作業時の脳血流量の割合を示す第1血流変化率と、作業前安静状態の脳血流量に対する作業後安静状態の脳血流量の割合を示す第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率に基づいて、当該作業自体が楽しいものであるか否かを評価する評価手段とを備えることを特徴とする作業自体の楽しさの評価装置。
[17]前記評価手段は、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率がともに100%を超える値であり、かつ前記第1血流変化率に比べて前記第2血流変化率のほうが大きいときに、当該作業自体が楽しいものであると判定する、上記16に記載の評価装置。
[18]基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率を基準値データとしてあらかじめ記憶する記憶手段をさらに備え、前記評価手段は、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第1血流変化率と、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合を示す前記第2血流変化率とを算出するとともに、前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率と、前記基準第1血流変化率及び前記基準第2血流変化率とをそれぞれ比較して前記評価を行う、上記16に記載の評価装置。
[19]被検者に2種類の前記作業課題として、創作作業課題と、対照となる単純作業課題とを与える場合において、前記脳血流量データ取得装置は、前記創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、及び、前記単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間のそれぞれについて、前記近赤外分光分析法により酸素化ヘモグロビン濃度を計測し、前記評価手段は、前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出するとともに、前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率及び前記第2血流変化率を算出し、前記創作作業課題の付与時における前記第1血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第1血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きく、かつ、前記創作作業課題の付与時における前記第2血流変化率と前記単純作業課題の付与時における前記第2血流変化率とを比較したときに前者が後者よりも大きい場合、当該創作作業自体が楽しいものであると判定する、上記16に記載の評価装置。
[20]前記被検者に前記作業課題を与える作業課題付与手段をさらに備える、上記16乃至19のいずれか1項に記載の評価装置。
[21]前記評価手段による評価結果を表示する表示装置をさらに備える、上記16乃至20のいずれか1項に記載の作業自体の楽しさの評価装置。
【発明の効果】
【0009】
以上詳述したように、請求項1~11に記載の発明によると、与えられた作業課題に応じた作業を行っている者の心理状態を比較的高い信頼度で客観的に評価することができる新規な方法及び装置を提供することができる。また、請求項12~21に記載の発明によると、作業課題を与えてそれに応じた作業を行わせるときの当該作業自体の楽しさを比較的高い信頼度で客観的に評価することができる新規な方法及び装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】第1の実施形態の検証試験の手順を説明するための説明図。
【
図2】上記検証試験で行う脳NIRSにおけるプローブの位置を説明するための概略図。
【
図3】上記検証試験における主観調査の結果を示すグラフ。
【
図4】上記検証試験において、単純作業を行ったときのヘモグロビン濃度変化の様子を示すグラフ。
【
図5】上記検証試験において、創作作業を行ったときのヘモグロビン濃度変化の様子を示すグラフ。
【
図6】上記検証試験において、作業課題に応じた作業を行ったときの区間ごと、条件ごとのoxy-Hb平均変化率を示すグラフ。
【
図7】上記検証試験において、作業課題に応じた作業を行ったときの区間ごと、条件ごとのdeoxy-Hb平均変化率を示すグラフ。
【
図8】第2の実施形態の作業時心理状態評価装置を説明するためのブロック図。
【
図9】当該装置を用いた作業時心理状態評価の一連の手順を説明するためのフローチャート。
【
図10】当該装置による作業時心理状態評価ステップの詳細を説明するためのフローチャート。
【
図11】当該装置による作業時心理状態評価ステップの詳細を説明するための別のフローチャート。
【
図12】第3の実施形態の作業自体の楽しさの評価装置を用いた、作業自体の楽しさ評価の一連の手順を説明するためのフローチャート。
【
図13】当該装置による作業自体の楽しさ評価ステップの詳細を説明するためのフローチャート。
【
図14】当該装置による作業自体の楽しさ評価ステップの詳細を説明するための別のフローチャート。
【
図15】第4の実施形態の作業時心理状態評価装置による作業時心理状態評価ステップの詳細を説明するためのフローチャート。
【
図16】第5の実施形態の作業自体の楽しさの評価装置による作業自体の楽しさ評価ステップの詳細を説明するためのフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[第1の実施形態]
本実施形態では、創作作業を行うときのほうが単純作業を行うときよりも楽しい、面白い等という感情の変化を伴い、その結果「創作作業時と単純作業時とで脳血流変化に差が生じる」という仮説を検証するために、下記の検証試験を行った。この検証試験では、時間分解分光(TRS)法によるNIRSで、創作作業課題に応じて創作作業を行う場合の脳の前頭極部の脳血流変化と、単純作業課題に応じて単純作業を行う場合の脳の前頭極部の脳血流変化とをそれぞれ計測し、両者を比較検討した。また、併せてスコア化した主観調査を行った。なお、ここでいう「作業」としては、遂行するのにある程度の時間、例えば分単位の時間を要する作業である(即ち、数秒程度で遂行できる作業でない)ことが望ましい。ただし、この時間は特に限定されず任意であって、例えば数秒から十数秒程度の作業を複数回繰り返すことを含めて、NIRSによる計測及び評価が可能であれば、作業に要する時間は必ずしも分単位でなくてもよい。本実施形態では分単位の時間を要する作業を設定しているが、その理由としては、創作をするためには最低でも分単位の時間が要求されることが多いと通常考えられ、作業遂行に要する時間を長めにとることにより、十分な計測データが得やすくなり、評価結果についての信頼性を高める結果につながると考えられるからである。この場合、例えば1分以上の時間を要する作業としてもよく、好ましくは3分以上の時間を要する作業としてもよく、さらに好ましくは5分以上の時間を要する作業としてもよい。
【0012】
図1は、この検証試験の手順を説明するための説明図である。この検証試験では、脳の賦活状態を見るための作業課題として、実際に手を動かして部品を扱う2種類の作業課題(創作作業課題と単純作業課題)を設定した。これらの作業課題を行うために、ここでは「ねじブロック(橋本螺子株式会社の登録商標)」を用いた。「ねじブロック」はねじを用いた玩具であって、ねじでブロック同士をつなぎ合わせて組み立てることにより、各種の動物やロボットなど、様々なオブジェが制作できるようになっている。この検証試験では、「ねじブロック」を用いて所定の犬を作ることを「創作作業課題」として設定した。一方、「ねじブロック」に含まれる六角ボルトねじ(長さ5cm)に六角ねじを留めて外す作業を繰り返すことを「単純作業課題」として設定した。
【0013】
この検証試験では、作業を行う場合の脳の賦活状態をNIRSにより計測するにあたり、時間分解分光システム(浜松ホトニクス株式会社製、商品名「TRS-41」)を用いた。
図2は、脳NIRSにおけるプローブの位置を説明するための概略図である。ここでは、国際脳波10-20法Fpzを基準とし、左右の前額部にそれぞれプローブユニット1を装着した。左右のプローブユニット1は、照射プローブ2、第1検出プローブ3及び第2検出プローブ4を各々有している。照射プローブ2は前額部の中央から最も離れた位置にあり、第1検出プローブ3は照射プローブ2から1.5cm離れた位置にあり、第2検出プローブ4は照射プローブ2から3cm離れた位置にある。なお、右側のプローブユニット1を「Ch1」とし、左側のプローブユニット1を「Ch2」とした。
【0014】
そして上記のような創作作業課題と単純作業課題を行った場合のそれぞれにおいて、作業前安静状態、作業中、作業後安静状態の脳の賦活状態をNIRSにより計測した。より具体的に説明すると、この検証試験ではNIRSによる計測を2回行うものとした。計測1回目においては、あらかじめ創作作業課題または単純作業課題を与えておいた後、まず被験者に作業前の3分間安静にしてもらい、次いでねじを使った作業(創作作業または単純作業)を7分間行ってもらった後、作業後の3分間再び安静にしてもらった。このとき、3分間の作業前安静状態から7分間の作業を経て3分間の作業後安静状態に至るまでの間、NIRSによる脳血流量計測を連続して行う(サンプリングレート0.33Hzで行う)ものとした。計測1回目が終了して計測2回目を行うまでの間、1回目の作業に対する主観調査の用紙に結果を記入しながら休憩(約5分)してもらうようにした。続く計測2回目においても、あらかじめ創作作業課題または単純作業課題を与えておいた後、まず被験者に作業前の3分間安静にしてもらい、次いでねじを使った作業(創作作業または単純作業)を7分間行ってもらった後、作業後の3分間再び安静にしてもらった。このときも同様に、3分間の作業前安静状態から7分間の作業を経て3分間の作業後安静状態に至るまでの間、NIRSによる脳血流量計測を連続して行うものとした。ただし、計測1回目に創作作業課題を与えられて創作作業を行った被検者については、計測2回目には単純作業課題を与えるようにした。計測1回目に単純作業課題を与えられて単純作業を行った被検者については、計測2回目には創作作業課題を与えるようにした。そして計測2回目の終了後には、2回目の作業に対する主観調査の用紙に結果を記入してもらうようにした。ちなみにこの検証試験では、24名の健常な男女成人ボランティアを被検者とし、体動によるデータ解析不能例1例を除外した23名分のデータを用いて解析を行うこととした。なおこの検証試験では、上記のように、作業前安静状態及び作業後安静状態の時間を作業時の時間よりも短く、かつ1分間以上の時間とすることが好ましい。作業前安静状態及び作業後安静状態の時間が短すぎると、十分な計測データが得にくくなるおそれがあり、評価結果についての信頼性に影響を及ぼす可能性があるからである。また、作業前安静状態及び作業後安静状態の時間が長すぎると、十分な計測データが得やすくなる反面、評価結果を得るのに時間がかかってしまうからである。
【0015】
主観調査としては、Visual Analogue Scale (VAS)による主観調査を行った。ここでは、作業時の心理状態に関する内容について以下の7つの質問を設定し、それぞれについて最小値を0、最大値を100とした数値評価を行ってもらうようにした。
Q1:「楽しさ」→数値が大きいほど「楽しかった」
Q2:「集中度」→数値が大きいほど「集中できた」
Q3:「難しさ」→数値が大きいほど「難しかった」
Q4:「意欲」→数値が大きいほど「やる気があった」
Q5:「覚醒度」→数値が大きいほど「目が覚める気がした」(小さいほど「眠気を感じた」)
Q6:「疲労度」→数値が大きいほど「疲れが減った気がする」(小さいほど「疲れた」)
Q7:「好きか嫌いか(好意)」→数値が大きいほど「好き(好意を持った)」
【0016】
NIRSにより取得した脳血流量データを解析し、被検者23名についてのヘモグロビン濃度の「平均変化率」を算出し、創作作業及び単純作業間における有意差を検定した。なお、解析にあたっては従来公知の手法を用いた。NIRSで計測可能なヘモグロビン濃度としては、酸素化ヘモグロビン濃度、還元ヘモグロビン濃度、全ヘモグロビン濃度の3つがある。
【0017】
脳血流量データの解析方法について以下具体的に説明する。まず、酸素化ヘモグロビン濃度、還元ヘモグロビン濃度、全ヘモグロビン濃度の3つのそれぞれについて全解析対象者分(23名分)を加算して平均化し、それぞれの平均値を算出した。このようにして得た酸素化ヘモグロビン濃度の平均値を「oxy-Hb」、還元ヘモグロビン濃度の平均値を「deoxy-Hb」、全ヘモグロビン濃度の平均値を「total-Hb」と便宜上表すものとする。
【0018】
そして、oxy-Hb、deoxy-Hb、total-Hbについて、作業前安静状態(Rest pre)の前の10データポイント(約33秒)分の平均値を基準値とし、各データポイントの値を基準値で除して変化率(%)を算出した。また、条件ごと(「創作作業」、「単純作業」)、区間ごと(「rest pre1」,「rest pre2」, 「rest pre3」,「task1」,「task2」,「task3」,「task4」,「task5」,「task6」,「task7」, 「rest post1」,「rest post2」,「rest post3」の計13区間)の平均変化率(%)を算出した。また、集団解析では、23名の区間ごとの平均変化率を算出し、二元配置分散分析[課題条件(2;単純作業vs創作作業)×区間(13;rest pre1~rest post3)]、対応のあるt検定によって、区間ごとに創作作業及び単純作業間での条件間比較を実施した。
【0019】
次に検証試験の結果について説明する。
図3は主観調査の結果を示すグラフである。
図3に示されるように、主観調査によると被検者は、「楽しさ」、「集中度」、「難しさ」、「意欲」、「覚醒度」、「好きか嫌いか(好意)」の6項目について、創作作業のVAS値のほうが単純作業のVAS値に比べて有意に高かった(p<0.001)。一方、「疲労度」については、創作作業及び単純作業で有意な差は認められなかった。以上のことから、被検者は創作作業時に「意欲や楽しさ等の肯定的な感情を伴いながら」、その作業に取り組んでいたことが確認された。
【0020】
図4は単純作業を行ったときのヘモグロビン濃度変化の波形を示すグラフである。同図のグラフから明らかなように、被検者が単純作業を行ったときには、作業時及び作業後安静状態においてoxy-Hb平均変化率、deoxy-Hb平均変化率、total-Hb平均変化率が次第に低下する傾向が見られた。また、時間の経過とともに変化率の低下度合が大きくなる傾向が見られた。
【0021】
一方、
図5は創作作業を行ったときのヘモグロビン濃度変化の波形を示すグラフである。同図のグラフから明らかなように、被検者が創作作業を行ったときのoxy-Hb平均変化率は、作業時にて増加し、作業後安静状態にてさらに増加する傾向が見られた。同じくdeoxy-Hb平均変化率は、作業時及び作業後安静状態において次第に低下する傾向が見られた。同じくtotal-Hb平均変化率は、全体を通じてあまり大きな変動が見られなかった。
【0022】
図6は作業課題に応じた作業を行ったときの区間ごと、条件ごとのoxy-Hb平均変化率を示すグラフである。同図のグラフから明らかなように、作業前安静状態でのoxy-Hb平均変化率については、創作作業及び単純作業を比較しても有意な差は認められなかった。これに対し、作業時及び作業後安静状態でのoxy-Hb平均変化率については、創作作業の数値のほうが単純作業の数値に比べて有意に高かった。なお、このような傾向は、左右の前頭極部の両方において見られたが、特に右の前頭極部において顕著であった。具体的にいうと、例えば、単純作業における作業時及び作業後安静状態でのoxy-Hb平均変化率に関しては、「task2」,「task3」,「task6」,「task7」, 「rest post1」,「rest post2」,「rest post3」の計6区間で有意差があった。一方、創作作業における作業時及び作業後安静状態でのoxy-Hb平均変化率に関しては、「task1」,「task2」,「task3」,「task4」,「task5」,「task6」,「task7」, 「rest post1」,「rest post2」,「rest post3」の計13区間、即ち全区間で有意差があった。しかも、そのうちの12区間において極めて高い有意差を示した(p<0.001)。
【0023】
図7は作業課題に応じた作業を行ったときの区間ごと、条件ごとのdeoxy-Hb平均変化率を示すグラフである。同図のグラフから明らかなように、作業前安静状態でのdeoxy-Hb平均変化率については、創作作業及び単純作業を比較しても有意な差は認められなかった。これに対し、左の前頭極部における作業時及び作業後安静状態でのdeoxy-Hb平均変化率については、創作作業の数値のほうが単純作業の数値に比べて有意に低かった。また、右の前頭極部における作業時でのdeoxy-Hb平均変化率については、創作作業の数値のほうが単純作業の数値に比べて有意に低かった。
【0024】
以上の検証試験の結果から、創作作業を行うときのほうが単純作業を行うときよりも楽しい、面白い等という感情の変化を伴い、その結果「創作作業時と単純作業時とで脳血流変化に差が生じる」という仮説が正しいことが証明された。具体的には、楽しさや意欲を伴う創作作業の作業時及び作業後安静状態に脳の前頭極部の活動がより高まり、脳血流量(酸素化ヘモグロビン濃度)が有意に増加することがわかった。その際、作業後安静状態のほうが作業時に比べて脳血流量(酸素化ヘモグロビン濃度)の増加が大きくなることもわかった。また、併せて行った主観調査では、創作作業時に意欲や楽しいという感情を表すVAS値が有意に高くなることがわかった。従って、これらの結果を関連付けて考えると、NIRSによる脳血流量計測を行って、作業時及び作業後安静状態での脳血流量(酸素化ヘモグロビン濃度)の増加が上記のような特徴的パターンを示しているかどうかについて調べれば、被検者の心理状態を比較的高い信頼度で客観的に評価することが可能であるという結論に至った。同様に作業時及び作業後安静状態での脳血流量(酸素化ヘモグロビン濃度)の増加が上記のような特徴的パターンを示しているかどうかについて調べれば、作業自体の楽しさを比較的高い信頼度で客観的に評価することが可能であるという結論に至った。
【0025】
[第2の実施形態]
【0026】
以下、本発明を具体化した第2の実施形態の作業時心理状態評価装置及び方法を
図8~
図11に基づき詳細に説明する。
【0027】
本実施形態の作業時心理状態評価装置11は、与えられた作業課題に応じた作業を行っているときの被検者の心理状態を評価するための装置であって、基本的に上記第1の実施形態で得た結論に基づいて完成されたものである。
図8に示されるように、この装置11は、脳血流量データ取得装置21と、パーソナルコンピュータ(PC)31と、作業課題付与手段41とによって構成されている。
【0028】
本実施形態の脳血流量データ取得装置21は、近赤外分光分析法(NIRS)により被検者の脳の前頭極部における脳血流量を連続的に計測し、脳血流量に関する計測データを取得する装置である。この脳血流量データ取得装置21は、プローブ保持バンド22を含んで構成されている。プローブ保持バンド22には、近赤外の波長領域の計測光を被検者の脳の左右前頭極部に照射して受光する一対のプローブユニット1が保持されている。各々のプローブユニット1は、照射プローブ2、第1検出プローブ3及び第2検出プローブ4を有している。照射プローブ2が照射した計測光は、頭部内で反射した後に第1検出プローブ3及び第2検出プローブ4に入射する。その結果、計測光の強度(受光量)に関する計測データが取得される。ここでは、脳血流量の変化の指標としての酸素化ヘモグロビンの変化量を計測するために、酸素化ヘモグロビンの吸光特性に合った波長の計測光が照射される。
【0029】
パーソナルコンピュータ(PC)31は、I/F回路32、入力装置33、表示装置34、CPU35、記憶装置36、メモリ37を含んで構成されており、これらの機器はバスを介して通信可能に接続されている。I/F回路32は、PC31と外部機器との間に介在して配置される入出力回路であって、上記の脳血流量データ取得装置21や作業課題付与手段41が電気的に接続されている。脳血流量データ取得装置21が取得した計測データは、このI/F回路32を介してPC31内に入力される。また、PC31が生成した表示データは、このI/F回路32を介して作業課題付与手段41に出力される。CPU35は、制御プログラムに基づいて各種の制御を実行する。記憶装置36は、磁気ディスク装置や光ディスク装置などのハードディスクドライブ(HDD)あるいはソリッドステートドライブ(SSD)であり、各種の制御プログラムを記憶している。記憶装置36内には、上記各種の制御プログラムとして、例えば、作業課題付与プログラム、脳血流量データ取得・計測プログラム、作業時心理状態評価プログラム、評価結果表示プログラムなどが記憶されている。メモリ37は、RAM(ランダムアクセスメモリ)やROM(リードオンリーメモリ)を含んで構成され、例えば各種のデータを一時的に保存する。CPU31は、所定の指示に従って、プログラムやデータを記憶装置36からメモリ37へ転送し、それを逐次実行する。
【0030】
入力装置33は各種パラメータ、ユーザからの要求や指示等の入力するための装置であって、例えば、キーボード、タッチパネル、マウス、ポインティングデバイス等のような装置が用いられる。表示装置34は作業時の心理状態を評価した結果を可視化して表示するための装置であって、例えばLCDディスプレイ、プラズマディスプレイ、有機ELディスプレイ等のようなモニタ装置が用いられる。作業課題付与手段41は視覚や聴覚を通じて被検者に作業課題を与えるための装置であって、例えばタブレットPC等のようなデバイスが用いられる。
【0031】
本実施形態において、CPU35は、脳血流量計測データに基づいて被検者が作業時に肯定的心理状態であったか否かを評価する評価手段として機能する。評価手段としてのCPU35は、取得した脳血流量計測データから算出される酸素化ヘモグロビン濃度に基づき、第1血流変化率(%)と第2血流変化率(%)とを算出する。ここで「第1血流変化率」については、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業時の酸素化ヘモグロビン濃度の割合と定義している。「第2血流変化率」については、作業前安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度の割合と定義している。より具体的には、右の前頭極部における作業前安静状態(第1の実施形態における「rest pre1」区間)の酸素化ヘモグロビン濃度を100としたときの、右の前頭極部における作業時(第1の実施形態における「task1」~「task7」の7区間)の酸素化ヘモグロビン濃度の平均値の割合を、「第1血流変化率」とした。また、右の前頭極部における作業前安静状態(第1の実施形態における「rest pre1」区間)の酸素化ヘモグロビン濃度を100としたときの、右の前頭極部における作業後安静状態(「rest post1」~「rest post3」の3区間)の酸素化ヘモグロビン濃度の平均値の割合を、「第2血流変化率」とした。ちなみに「第1血流変化率」及び「第2血流変化率」について本実施形態ではそれぞれ上記のように定義したが、あくまで一例であってこれに限定されるわけではない。
【0032】
また、記憶手段としてのRAM37は、基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率を、基準値データとしてあらかじめ記憶している。「基準第1血流変化率」は、第1の実施形態の検証試験で得た23名分の計測データを流用してまず第1血流変化率を算出し、これを参考にして規定された数値である。本実施形態の「基準第1血流変化率」は、例えば100.5(%)に設定される。「基準第2血流変化率」は、第1の実施形態の検証試験で得た23名分の計測データを流用してまず第2血流変化率を算出し、これを参考にして規定された数値である。本実施形態の「基準第2血流変化率」は、例えば101.5(%)に設定される。ちなみに、基準第1血流変化率と基準第2血流変化率とでは、基準第2血流変化率のほうがいくぶん高い値となる。
【0033】
そしてCPU35は、計測により得られた第1血流変化率及び第2血流変化率と、基準となる所定の値(例えば、基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率)とをそれぞれ比較することを通じて、被検者が作業時に肯定的心理状態であったか否かを評価する。より具体的には、計測により得られた第1血流変化率及び第2血流変化率に基づき、第1血流変化率及び第2血流変化率がともに100%を超える値であり、かつ第1血流変化率に比べて第2血流変化率のほうが大きいときに、被検者が作業時に肯定的心理状態であったと判定する。また、第1の実施形態の検証試験で得た主観調査の結果を踏まえて、「肯定的心理状態」とは、楽しさ、意欲、集中、覚醒及び好意から選択される少なくともいずれかの感情または状態を伴う心理状態であると定義した。
【0034】
次に、当該装置11を用いた作業時心理状態評価の一連の手順を
図9のフローチャートに基づいて説明する。ここでは、被検者として、第1の実施形態における23名の被検者とは別の人物を選定している。被検者は1名であってもよく、2名以上であってもよい。まず、被検者の前頭部に、脳血流量データ取得装置21のプローブ保持バンド22を装着する。この状態で、入力装置33によって被検者に関する情報を入力しかつ計測開始を指示する情報を入力する。すると、CPU35は作業課題付与ステップに移行して所定の処理を実行する(ステップS100)。即ちCPU35は、作業課題付与手段41であるタブレットPCを駆動し、被検者に所定の作業課題を与える。なお、ここでは第1の実施形態のときと同じ創作作業課題、つまり「ねじブロック」を用いて所定の犬を作るという課題を与えることとした。具体的には、ねじブロックを用いて組み立てられた犬の画像を表示するとともに、この犬をねじブロックを用いて時間内に組み立てることを指示する旨の文字の表示や音声の出力を行うようにした。このとき、作業時間は7分間であること、作業の前後に3分間安静にしてもらうこと等を説明する文字の表示や音声の出力を行うようにしてもよい。なお、本実施形態ではタブレットPCを用いて作業課題を付与しているが、タブレットPC以外のデバイス(例えば対話型ロボットなど)を用いて作業課題を付与してもよい。あるいは、これらのようなデバイスに頼らず、人間が作業課題を付与しても勿論よい。
【0035】
次にCPU35は、脳血流量データ取得ステップに移行して所定の処理を実行する(ステップS200)。即ちCPU35は、脳血流量データ取得装置21からの出力信号(計測データ)を取り込み、メモリ37に順次記憶させる。本実施形態における脳血流量データの取得は、上記の創作作業課題を与えたときの作業前安静状態(3分間)、作業中(7分間)、作業後安静状態(3分間)を通じて連続的に行うものとした。
【0036】
次にCPU35は、作業時の心理状態を評価する評価ステップに移行して所定の処理を実行する(ステップS300)。
図10は、評価ステップの詳細(サブルーチン)を説明するためのフローチャートである。評価ステップにおいてCPU35は、取得した脳血流量計測データから第1血流変化率を算出するとともに(ステップS302)、第2血流変化率を算出する(ステップS304)。続いてCPU35は、算出した第1血流変化率が100を超える値であるか否か、即ち作業前安静状態に比べて作業時の酸素化ヘモグロビン濃度が増加したか否かを判定する(ステップS306)。第1血流変化率が100を超える値である場合(ステップS306:Y)、CPU35は次のステップS308に移行する。第1血流変化率が100以下の値である場合(ステップS306:N)、CPU35は「被検者が作業時に肯定的心理状態ではなかった」と判定し(ステップS314)、評価ステップを終了する。
【0037】
続いてCPU35は、算出した第2血流変化率が100%を超える値であるか否か、即ち作業前安静状態に比べて作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度が増加したか否かを判定する(ステップS308)。第2血流変化率が100を超える値である場合(ステップS308:Y)、CPU35は次のステップS310に移行する。第2血流変化率が100以下の値である場合(ステップS308:N)、CPU35は「被検者が作業時に肯定的心理状態ではなかった」と判定し(ステップS314)、評価ステップを終了する。つまり、ステップS314に到った場合、具体的には、被検者は作業時に「楽しかった」、「集中できた」、「やる気(意欲)があった」、「目が覚める気がした」、「好き(好意を持った)」という感情を抱いていなかったと判定される。
【0038】
続いてCPU35は、第2血流変化率が第1血流変化率よりも大きいか否か、即ち作業時に比べて作業後安静状態の酸素化ヘモグロビン濃度がさらに増加したか否かを判定する(ステップS310)。第2血流変化率が第1血流変化率よりも大きい場合(ステップS310:Y)、CPU35は「被検者が作業時に肯定的心理状態であった」と判定し(ステップS312)、評価ステップを終了する。第2血流変化率が第1血流変化率以下である場合(ステップS310:N)、CPU35は「ステップS312のときほどではないが、被検者が作業時にそれに準ずるような肯定的心理状態であった」と判定し(ステップS316)、評価ステップを終了する。なお、ステップS310でNOの場合、具体的には、被検者は作業時に「楽しかった」、「集中できた」、「やる気(意欲)があった」、「目が覚める気がした」、「好き(好意を持った)」という感情を抱いていたと判定される。また、ステップS310でYESの場合、具体的には、被検者は作業時に「とても楽しかった」、「とても集中できた」、「とてもやる気(意欲)があった」、「とても目が覚める気がした」、「とても好き(好意を持った)」という感情を抱いていたと判定される。即ち、
図10の評価ステップサブルーチンにおいては、以上のような3段階の評価結果が得られる。
【0039】
なお、
図10の評価ステップサブルーチンに代えて、例えば
図11の評価ステップサブルーチンを採用してもよい。
図11の評価ステップサブルーチンにおいて、ステップS302~S308は
図10と共通しているため説明を割愛する。CPU35は、ステップS308の実行後にステップS322に移行し、計測により得られた第1血流変化率と基準第1血流変化率(100.5%)とを比較する。第1血流変化率が基準第1血流変化率よりも大きい場合(ステップS322:Y)、CPU35は次のステップS324に移行する。ステップS324においてCPU35は、計測により得られた第2血流変化率と基準第2血流変化率(101.5%)とを比較する。第2血流変化率が基準第2血流変化率よりも大きい場合(ステップS324:Y)、CPU35は「被検者が作業時に肯定的心理状態であった」と判定し(ステップS312)、評価ステップを終了する。第1血流変化率が基準第1血流変化率以下の場合(ステップS322:N)、第2血流変化率が基準第2血流変化率以下の場合(ステップS324:N)、CPU35は「ステップS312のときほどではないが、被検者が作業時にそれに準ずるような肯定的心理状態であった」と判定し(ステップS316)、評価ステップを終了する。ステップS306、S308において判定が否のときには、CPU35は「被検者が作業時に肯定的心理状態ではなかった」と判定し(ステップS314)、評価ステップを終了する。即ち、
図11の評価ステップサブルーチンにおいても、以上のような3段階の評価結果が得られる。
【0040】
評価ステップの終了後、CPU35は評価結果表示ステップに移行して所定の処理を実行する(ステップS400)。具体的には、CPU35は評価結果を含む画像表示データを生成し、その画像表示データを表示装置34に出力する。その結果、表示装置34が評価結果を可視化してモニタ画面上に表示する。
【0041】
従って、本実施の形態によれば以下の効果を得ることができる。
【0042】
(1)本実施形態の作業時心理状態評価装置11は、上記のような脳血流量データ取得装置21、評価手段として機能するCPU35を含むPC31等を備えている。脳血流量データ取得装置21は、作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、NIRSにより被検者の脳の前頭極部における脳血流量を連続的に計測し、脳血流量に関する計測データを取得する。評価手段は、取得した計測データから、作業前安静状態の脳血流量を基準とする作業時の脳血流量の変化率である第1血流変化率と、作業前安静状態の脳血流量を基準とする作業後安静状態の脳血流量の変化率である第2血流変化率とを算出する。また評価手段は、第1血流変化率及び第2血流変化率に基づいて、被検者が作業時に肯定的心理状態であったか否かを評価する。つまりこの装置11では、作業時の脳血流量データのみに基づいて作業時心理状態を評価するのではなく、作業時及び作業後安静状態の脳血流量データに基づいて作業時心理状態を評価している点が新規である。そして後者のほうが、脳血流量データと作業時心理状態との相関関係が高いことは上述したとおりである。これは、創作作業を行ったとき、作業時ばかりでなく作業後安静状態においても脳賦活状態が続き、しかも作業後安静状態の脳血流量の増加のほうが作業時の脳血流量の増加に比べて大きくなる、という特徴的な脳血流量増加パターンが見られることを根拠としている。従って、この装置11及びそれを用いた評価方法によれば、与えられた作業課題に応じた作業を行っている者の心理状態を比較的高い信頼度で客観的にかつ非侵襲的に評価することができる。
【0043】
(2)特に本実施形態の装置11では、
図10に示した処理手順あるいは
図11に示した処理手順によって作業時心理状態の判定を行っているため、例えば作業時心理状態を楽しさ等の程度や評価の信頼度に応じて段階的に評価することが可能となる。
【0044】
(3)本実施形態の装置11は、被検者に作業課題を与える作業課題付与手段41を備えている。作業課題付与手段41は本発明の装置11では必須ではなく任意の構成であるが、このような作業課題付与手段41を用いることにより、作業課題を人手に頼らず提示することができる。よって、効率化や省力化を図ることが可能となる。
【0045】
(4)本実施形態の装置11は、評価手段による評価結果を表示する表示装置34を備えている。表示装置34は本発明の装置11では必須ではなく任意の構成であるが、このような表示装置34を用いることにより、評価結果を可視化してユーザに分かりやすく示すことが可能となる。
【0046】
[第3の実施形態]
【0047】
以下、本発明を具体化した第3の実施形態の「作業自体の楽しさの評価装置及び方法」を
図12~
図14に基づき詳細に説明する。なお、本実施形態の装置11の構成は基本的に上記第2の実施形態のものと同じであるため、その詳細な説明を省略するとともに、異なる点を中心に説明する。
【0048】
本実施形態における評価手段としてのCPU35も、計測により得られた第1血流変化率及び第2血流変化率と、基準となる所定の値(例えば、基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率)とをそれぞれ比較することを通じて、被検者に作業課題として与えられた作業自体が楽しいものであるか否かを評価する。より具体的には、計測により得られた第1血流変化率及び第2血流変化率に基づき、第1血流変化率及び第2血流変化率がともに100%を超える値であり、かつ第1血流変化率に比べて第2血流変化率のほうが大きいときに、当該作業自体が楽しいものであると判定する。
【0049】
次に、当該装置11を用いた作業自体の楽しさ評価の一連の手順を
図12のフローチャートに基づいて説明する。ここでは、被検者として、第1の実施形態における23名の被検者とは別の人物を選定している。被検者は1名であってもよく、2名以上であってもよい。そして、被検者の前頭部に脳血流量データ取得装置21のプローブ保持バンド22を装着した状態で、作業課題を付与する(ステップS100)。このとき、既に楽しいものと判っている作業(例えば「ねじブロック」を用いて所定の犬を作るという作業)を課題とするのではなく、楽しいものであるか否かまだ判っていない作業を課題とし、それを被検者に対して与える。即ち、既に創作作業であると判っている作業ではなく、創作作業であるか否かまだ判っていない作業を課題とする。
【0050】
付与されるべき作業課題の具体例を挙げると、例えば、「ねじブロック」を用いて「犬以外の別の生き物(例えば馬、象、鳥、魚、昆虫など)」を作ることや、「ねじブロック」を用いて「非生物のオブジェ(例えばロボット、車、飛行機など)」を作ることなどがある。勿論、「ねじブロック」以外の玩具(例えばつみき、プラモデル、知恵の輪、盤ゲーム、カードゲーム、テレビゲームなど)を用いた作業や、玩具ではない物品や器具(例えばはさみ、ナイフ、かみそり、フォーク、ピンセット、ドライバー、六角レンチ等の手動工具)を用いた作業などを作業課題としてもよい。さらには、工場等の製造現場において実際に製品を製造する際の組立作業、加工作業、検査作業、運搬作業などを作業課題としてもよい。なお、作業課題は必ずしも手を動かす作業に限定されず、手以外の部位(例えば足や顔など)を動かす作業であってもよいほか、身体の一部ではなく全体を動かす作業であってもよい。さらに、身体の動きを伴う作業に限定されず、身体の動きを全くあるいは殆ど伴わない作業(計算、作文、クイズ等の知的作業)であってもよい。
【0051】
次にCPU35は、脳血流量データを取得する処理を実行した後(ステップS200)、作業自体の楽しさを評価するステップに移行する(ステップS350)。
図13は、評価ステップのサブルーチンを説明するためのフローチャートである。本実施形態の装置11の評価ステップは、
図11のフローチャートのステップS302~S310と共通している。即ち、CPU35は、第1血流変化率の算出、第2血流変化率の算出、第1血流変化率が100%を超える値であるか否かの判定、第2血流変化率が100%を超える値であるか否かの判定、第2血流変化率が第1血流変化率よりも大きいか否かの判定を順次実行する(ステップS302~S310)。
【0052】
そして、第1血流変化率が100%以下の値である場合(ステップS306:N)や、第2血流変化率が100%以下の値である場合(ステップS308:N)には、CPU35は「作業課題として与えられた作業自体が楽しいものではなかった」と判定し(ステップS354)、評価ステップを終了する。また、第2血流変化率が第1血流変化率よりも大きい場合(ステップS310:Y)、CPU35は「作業課題として与えられた作業自体が楽しいものであった」と判定し(ステップS352)、評価ステップを終了する。第2血流変化率が第1血流変化率以下である場合(ステップS310:N)、CPU35は「ステップS352のときほどではないが、作業課題として与えられた作業自体が楽しいものであった」と判定し(ステップS356)、評価ステップを終了する。即ち、
図13の評価ステップサブルーチンにおいては、以上のような3段階の評価結果が得られる。
【0053】
なお、
図13の評価ステップサブルーチンに代えて、例えば
図14の評価ステップサブルーチンを採用してもよい。
図14の評価ステップサブルーチンにおいて、ステップS302~S308は
図13と共通しているため説明を割愛する。CPU35は、ステップS308の実行後にステップS322に移行し、計測により得られた第1血流変化率と基準第1血流変化率(100.5%)とを比較する。第1血流変化率が基準第1血流変化率よりも大きい場合(ステップS322:Y)、CPU35は次のステップS324に移行する。ステップS324においてCPU35は、計測により得られた第2血流変化率と基準第2血流変化率(101.5%)とを比較する。第2血流変化率が基準第2血流変化率よりも大きい場合(ステップS324:Y)、CPU35は「作業課題として与えられた作業自体が楽しいものであった」と判定し(ステップS352)、評価ステップを終了する。第1血流変化率が基準第1血流変化率以下の場合(ステップS322:N)、第2血流変化率が基準第2血流変化率以下の場合(ステップS324:N)、CPU35は「ステップS352のときほどではないが、作業課題として与えられた作業自体が楽しいものであった」と判定し(ステップS356)、評価ステップを終了する。ステップS306、S308において判定が否のときには、CPU35は「作業課題として与えられた作業自体が楽しいものではなかった」と判定し(ステップS354)、評価ステップを終了する。即ち、
図14の評価ステップサブルーチンにおいても、以上のような3段階の評価結果が得られる。
【0054】
評価ステップの終了後、CPU35は評価結果表示ステップに移行して所定の処理を実行する(ステップS400)。具体的には、CPU35は評価結果を含む画像表示データを生成し、その画像表示データを表示装置34に出力する。その結果、表示装置34が評価結果を可視化してモニタ画面上に表示する。
【0055】
以上のように構成された本実施形態の装置11では、作業時の脳血流量データのみに基づいて作業自体の楽しさを評価するのではなく、作業時及び作業後安静状態の脳血流量データに基づいて作業自体の楽しさを評価している点が新規である。そして後者のほうが、脳血流量データと作業自体の楽しさとの相関関係が高いことは上述したとおりである。これは、創作作業を行ったとき、作業時ばかりでなく作業後安静状態においても脳賦活状態が続き、しかも作業後安静状態の脳血流量の増加のほうが作業時の脳血流量の増加に比べて大きくなる、という特徴的な脳血流量増加パターンが見られることを根拠としている。従って、この装置11及びそれを用いた評価方法によれば、作業課題を与えてそれに応じた作業を行わせるときの当該作業自体の楽しさを比較的高い信頼度で客観的にかつ非侵襲的に評価することができる。なお、本装置11によって作業自体の楽しさを客観的に評価できれば、作業内容の改善を通じて生産性の向上が期待できるため、産業上有用であると考えられる。
【0056】
(2)特に本実施形態の装置11では、
図13に示した処理手順あるいは
図14に示した処理手順によって作業自体の楽しさの判定を行っているため、例えば楽しさの程度や評価の信頼度に応じて段階的に評価することが可能となる。
【0057】
(3)また、本実施形態の装置11は、作業課題付与手段41や表示装置34を備えている。作業課題付与手段41は任意の構成であるが、これの使用により作業課題を人手に頼らず提示することができる。よって、効率化や省力化を図ることが可能となる。表示装置34も任意の構成であるが、これの使用により評価結果を可視化してユーザに分かりやすく示すことが可能となる。
【0058】
[第4の実施形態]
【0059】
以下、本発明を具体化した第4の実施形態の「作業時心理状態評価装置及び方法」を
図15に基づき詳細に説明する。なお、本実施形態の装置11の構成は基本的に上記第2の実施形態のものと同じであるため、その詳細な説明を省略するとともに、異なる点を中心に説明する。
【0060】
本実施形態では、被検者に対し、評価対象とされる創作作業課題だけを付与して脳NIRSの計測を行うばかりではなく、対照(コントロール)となる単純作業課題についても付与して脳NIRSの計測を行う点が、上記第2、第3の実施形態とは異なっている。つまり、第1の実施形態における検証試験のときと同様に2種類の作業課題が設定される(
図1参照)。評価対象とされる創作作業課題は、既に創作作業であると判っている作業を課題とするものでもよいが、創作作業であると判っていないものの創作作業であると予想される作業を課題とするものでもよい。
【0061】
本実施形態の脳血流量データ取得装置21は、創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、及び、単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間のそれぞれについて、NIRSにより酸素化ヘモグロビン濃度を連続的に計測する。
【0062】
本実施形態における評価手段としてのCPU35は、取得した脳血流量計測データから算出される酸素化ヘモグロビン濃度に基づき、第1血流変化率(%)及び第2血流変化率(%)を作業課題ごとに算出する。具体的にいうと、CPU35は、創作作業課題の付与時における第1血流変化率(%)及び第2血流変化率(%)を算出するとともに、単純作業課題の付与時における第1血流変化率(%)及び第2血流変化率(%)を算出する。CPU35は、さらに創作作業課題の付与時における第1血流変化率と単純作業課題の付与時における第1血流変化率との比較結果、及び、創作作業課題の付与時における第2血流変化率と単純作業課題の付与時における第2血流変化率との比較結果に基づいて、肯定的心理状態であったか否かの判定を行う。
【0063】
次に、当該装置11を用いた作業時心理状態評価の一連の手順について説明する。ここでは、第1の実施形態ときの被検者とは関係のない別の被験者が選定される。そして、
図9のフローチャートに示すように、作業課題の付与(ステップS100)、脳血流量に関するデータの取得(ステップS200)、作業時心理状態の評価(ステップS300)、評価結果の表示(ステップS400)を順次行う。具体的には、第1回目の計測のために、単純作業課題の付与、3分間の作業前安静、7分間の単純作業及び3分間の作業後安静を行ってもらい、次いで第2回目の計測のために創作作業課題の付与、3分間の作業前安静、7分間の創作作業及び3分間の作業後安静を行ってもらう。ここでは安静時間及び作業時間を3分間及び7分間に設定したが、これらの時間はそれぞれ任意に変更されてもよい。ステップS200では、創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、脳NIRSにより酸素化ヘモグロビン濃度を計測する(第1回目の計測)。同様に、単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、脳NIRSにより酸素化ヘモグロビン濃度を計測する(第2回目の計測)。
【0064】
ステップS300において作業時心理状態の評価を行うときのサブルーチンが
図15に示されている。CPU35は、まず作業課題ごとに第1血流変化率(%)を算出する。つまり、創作作業課題の付与時における第1血流変化率(%)と、単純作業課題の付与時における第1血流変化率(%)を算出する(ステップS332)。次に、創作作業課題の付与時における第2血流変化率(%)と、単純作業課題の付与時における第2血流変化率(%)を算出する(ステップS334)。続いてCPU35は、ステップS336に移行して、創作作業課題の付与時における第1血流変化率(%)と単純作業課題の付与時における第1血流変化率(%)とを比較する。比較の結果、創作作業課題の付与時における第1血流変化率(%)が、単純作業課題の付与時における第1血流変化率(%)よりも大きい場合(ステップS336:Y)、CPU35は次のステップS338に移行する。そうでない場合(ステップS336:N)、CPU35は別のステップS342に移行し、「被検者が作業時に肯定的心理状態ではなかった」と判定して評価ステップを終了する。ステップS338においてCPU35は、創作作業課題の付与時における第2血流変化率(%)と単純作業課題の付与時における第2血流変化率(%)とを比較する。比較の結果、創作作業課題の付与時における第2血流変化率(%)が、単純作業課題の付与時における第2血流変化率(%)よりも大きい場合(ステップS338:Y)、CPU35は次のステップS340に移行し、「被検者が作業時に肯定的心理状態であった」と判定して評価ステップを終了する。そうでない場合(ステップS338:N)、CPU35は別のステップS342に移行し、「被検者が作業時に肯定的心理状態ではなかった」と判定して評価ステップを終了する。
【0065】
そして、以上説明した本実施形態の作業時心理状態評価装置11及びそれを用いた評価方法であっても、与えられた作業課題に応じた作業を行っている者の心理状態を比較的高い信頼度で客観的にかつ非侵襲的に評価することができる。特に
図15の処理手順を採用したこの装置11では、同一被検者が行った2種類の作業課題同士の比較を通じて作業時心理状態の判定を行う。そのため、例えば被検者が異なることに起因する脳血流量測定データのばらつきの影響を最小限に抑えることができる。
【0066】
[第5の実施形態]
【0067】
以下、本発明を具体化した第5の実施形態の「作業自体の楽しさの評価装置及び方法」を
図16に基づき詳細に説明する。なお、本実施形態の装置11及びそれによる評価方法は、基本的に上記第4の実施形態と同じであるため、その詳細な説明を省略するとともに、異なる点を中心に説明する。
【0068】
本実施形態の装置11を用いた作業自体の楽しさ評価の一連の手順は、
図12のフローチャートに示すとおりであり、作業課題の付与、脳血流量に関するデータの取得、作業自体の楽しさ評価、評価結果の表示を順次行う(ステップS100~400)。ここでも第4の実施形態のときと同じように、作業課題の種類を変えて2回の計測を行う。具体的には、第1回目の計測のために、単純作業課題の付与、3分間の作業前安静、7分間の単純作業及び3分間の作業後安静を行ってもらい、次いで第2回目の計測のために創作作業課題の付与、3分間の作業前安静、7分間の創作作業及び3分間の作業後安静を行ってもらう。ステップS200では、創作作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、脳NIRSにより酸素化ヘモグロビン濃度を計測する(第1回目の計測)。同様に、単純作業課題の付与時における作業前安静状態から作業時を経て作業後安静状態に至るまでの間、脳NIRSにより酸素化ヘモグロビン濃度を計測する(第2回目の計測)。
【0069】
図16は、ステップS300において作業自体の楽しさの評価を行うときのサブルーチンを示している。なお、ステップS332~S338までの処理については、
図15にて示した第4の実施形態のときと同じであるため説明を省略する。創作作業課題の付与時における第1血流変化率(%)が、単純作業課題の付与時における第1血流変化率(%)以下である場合(ステップS336:N)、CPU35は別のステップS364に移行し、「作業課題として与えられた作業自体が楽しいものではなかった」と判定して評価ステップを終了する。また、創作作業課題の付与時における第2血流変化率(%)が、単純作業課題の付与時における第2血流変化率(%)以下である場合も(ステップS338:N)、CPU35は別のステップS364に移行し、「作業課題として与えられた作業自体が楽しいものではなかった」と判定して評価ステップを終了する。これに対し、創作作業課題の付与時における第1血流変化率(%)が、単純作業課題の付与時における第1血流変化率(%)よりも大きく(ステップS336:Y)、かつ、創作作業課題の付与時における第2血流変化率(%)が、単純作業課題の付与時における第2血流変化率(%)よりも大きい場合(ステップS338:Y)、CPU35は次のステップS362に移行する。すると、CPU35は「作業課題として与えられた作業自体が楽しいものであった」と判定して評価ステップを終了する。
【0070】
そして、以上説明した本実施形態の作業自体の楽しさの評価装置11及びそれを用いた評価方法であっても、作業課題を与えてそれに応じた作業を行わせるときの当該作業自体の楽しさを比較的高い信頼度で客観的にかつ非侵襲的に評価することができる。特に
図16の処理手順を採用したこの装置11では、同一被検者が行った2種類の作業課題同士の比較を通じて、評価対象である創作作業のそれ自体の楽しさの判定を行う。そのため、例えば被検者が異なることに起因する脳血流量測定データのばらつきの影響を最小限に抑えることができる。また、この装置11及び評価方法によれば、対照となる単純作業をある種の基準として捉えることができ、評価対象である創作作業が、対照となる単純作業よりも楽しいものであるか否かを把握することができる。
【0071】
なお、本発明の実施形態は一例であって、発明の趣旨を逸脱しない範囲において適宜変更してもよい。
【0072】
・上記実施形態では、1台の装置11が1個の脳血流量データ取得装置21を備えているとしたが、複数個の脳血流量データ取得装置21を備えていてもよい。このような構成であれば、複数名の被検者についての脳血流量計測データを個別にかつ同時に取得し、複数名についての評価結果を短時間で得ることが可能となる。よって、さらなる効率化を図ることができる。
【0073】
・上記実施形態では、右の前頭極部の脳血流量計測データに基づいて所定の評価を行ったが、これに限定されない。即ち、左の前頭極部の脳血流量計測データに基づいてもよく、あるいは左右両方の前頭極部の脳血流量計測データに基づいてもよい。
【0074】
・上記実施形態では、脳血流量計測データのうち、酸素化ヘモグロビン濃度の平均値oxy-Hbに着目してこの値を用いて所定の評価を行ったが、これに限定されない。例えば、還元ヘモグロビン濃度の平均値deoxy-Hbを用いて所定の評価を行ってもよく、特に左の前頭極部の還元ヘモグロビン濃度の平均値deoxy-Hbを用いて所定の評価を行ってもよい。具体的にいうと、評価ステップにおいて、作業前安静状態の還元ヘモグロビン濃度に対する作業時の還元ヘモグロビン濃度の割合を示す第1血流変化率を算出する。次いで、作業前安静状態の還元ヘモグロビン濃度に対する作業後安静状態の還元ヘモグロビン濃度の割合を示す第2血流変化率とを算出する。さらに、第1血流変化率及び第2血流変化率と、基準値データとしてあらかじめ記憶されている基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率とをそれぞれ比較して評価を行う。第1の実施形態の検証結果に基づくような場合には、基準第1血流変化率及び基準第2血流変化率を例えば「97.0%」に設定し、これを基準データとしてもよい。なお、酸素化ヘモグロビン濃度の平均値及び還元ヘモグロビン濃度の平均値の両方を用いて所定の評価を行うことも可能であり、この場合には評価の信頼性をよりいっそう高めることが可能となる。
【0075】
・上記第2、第3の実施形態では、NIRSによる脳血流量の計測を作業1回分について行っていたが、作業2回分について計測を行うようにしてもよい。また、上記第2、第3の実施形態では、作業後の主観調査を省略したが、主観調査を併用しても勿論よい。
【0076】
・作業課題付与手段41として用いたタブレットPC等のデバイスを、例えば被検者自身が操作してもよい情報入力装置として使用してもよい。具体的にいうと、例えば、脳血流量データ取得ステップにおいて被検者に対して主観調査を行うような場合、情報入力装置であるタブレットPCの画面上に主観調査の項目を表示し、画面上でVAS値を入力してもらうようにする。このようにすれば、主観調査を人手に頼らず実施することができ、さらなる効率化や省力化を図ることが可能となる。また、主観調査の結果を即時PC31内に取り込むとともに、脳血流量計測データ等と関連付けてメモリ37内に記憶しておくことが可能となる。
【符号の説明】
【0077】
11:作業時心理状態評価装置、作業自体の楽しさの評価装置
13:評価手段としてのCPU
21:脳血流量データ取得装置
34:表示装置
37:記憶手段としてのメモリ
41:作業課題付与手段