(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022135812
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】酸化物イオン伝導体および電気化学デバイス
(51)【国際特許分類】
H01B 1/06 20060101AFI20220908BHJP
C04B 35/50 20060101ALI20220908BHJP
H01B 1/08 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
H01B1/06 A
C04B35/50
H01B1/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021035886
(22)【出願日】2021-03-05
(71)【出願人】
【識別番号】000173522
【氏名又は名称】一般財団法人ファインセラミックスセンター
(74)【代理人】
【識別番号】100115646
【弁理士】
【氏名又は名称】東口 倫昭
(74)【代理人】
【識別番号】100115657
【弁理士】
【氏名又は名称】進藤 素子
(74)【代理人】
【識別番号】100196759
【弁理士】
【氏名又は名称】工藤 雪
(72)【発明者】
【氏名】松本 潮
(72)【発明者】
【氏名】小川 貴史
(72)【発明者】
【氏名】北岡 諭
(72)【発明者】
【氏名】森分 博紀
(72)【発明者】
【氏名】田中 功
【テーマコード(参考)】
5G301
【Fターム(参考)】
5G301CA02
5G301CA23
5G301CA25
5G301CA28
5G301CA30
5G301CD01
5G301CE02
(57)【要約】
【課題】新規な酸化物イオン伝導体、および当該酸化物イオン伝導体を備える電気化学デバイスを提供することを課題とする。
【解決手段】酸化物イオン伝導体は、一般式A
2B
2O
7(Aは3価の希土類元素、Bは4価の金属元素)で表される組成を有し、蛍石型構造の超構造を有し、カチオンの配列においてA層とB層とが積層する積層構造を有する金属酸化物を含む。金属酸化物は、二次元の酸化物イオンの拡散経路を有する。拡散経路は、A層およびB層のうち少なくとも一つの層内において、層の展開方向に延在する。電気化学デバイスは、上述の酸化物イオン伝導体を備える。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式A2B2O7(Aは3価の希土類元素、Bは4価の金属元素)で表される組成を有し、蛍石型構造の超構造を有し、カチオンの配列においてA層とB層とが積層する積層構造を有する金属酸化物を含む酸化物イオン伝導体であって、
前記金属酸化物は、二次元の酸化物イオンの拡散経路を有し、
前記拡散経路は、前記A層および前記B層のうち少なくとも一つの層内において、層の展開方向に延在する酸化物イオン伝導体。
【請求項2】
前記希土類元素Aは、Lu、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Tb、Gd、Eu、Smから選ばれる一種以上であり、前記金属元素Bは、Ce、Ti、Sn、Hf、Zrから選ばれる一種以上である請求項1に記載の酸化物イオン伝導体。
【請求項3】
前記希土類元素Aの配位数が8、前記金属元素Bの配位数が6の場合、
前記希土類元素Aのイオン半径rAと前記金属元素Bのイオン半径rBとの比(rA/rB)は1.36以上1.78以下である請求項1または請求項2に記載の酸化物イオン伝導体。
【請求項4】
前記金属酸化物を、50vol%以上有する請求項1ないし請求項3のいずれかに記載の酸化物イオン伝導体。
【請求項5】
1000K以下の温度域で用いられる請求項1ないし請求項4のいずれかに記載の酸化物イオン伝導体。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれかに記載の酸化物イオン伝導体を備える電気化学デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化物イオン伝導体、および当該酸化物イオン伝導体を備える電気化学デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
酸化物イオン伝導体は、酸化物イオン(O2-)が固体中を優先的に拡散する材料である。酸化物イオン伝導体は、SOFC(Solid Oxide Fuel Cell 固体酸化物形燃料電池)、酸素分離膜、酸素ガスセンサ、触媒などの電気化学デバイスに利用されている。高温域で高い酸化物イオン伝導性を有する、つまり高温域で作動可能な酸化物イオン伝導体としては、Y2O3を8mol%程度添加したイットリア安定化ジルコニア(YSZ)が挙げられる。中低温域で作動可能な酸化物イオン伝導体としては、特許文献1に示すBi系酸化物イオン伝導体や、特許文献2に示すLa9.33Si6O26が挙げられる。
【0003】
上述の酸化物イオン導電体と同様に、蛍石型構造の派生酸化物の一つであるYb2Ti2O7も、不定比合成や異種カチオン添加等により、比較的高い酸化物イオン伝導性を有する材料である。Yb2Ti2O7は、高温において、規則構造であるパイロクロア構造が安定である。
【0004】
非特許文献1においては、Yb2Ti2O7に対して、第一原理計算に基づく電子状態計算を用いた構造探索を実施している。第一原理計算によると、低温においては、規則構造であるウェバライト型構造がパイロクロア構造よりも安定である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-163193号公報
【特許文献2】特開2005-149797号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ushio Matsumoto et al.,J.Phys.Chem.C2020,124,20555-20562
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、一般式A2B2O7(Aは3価の希土類元素、Bは4価の金属元素)の組成を有し、ウェバライト型構造を有する金属酸化物については、イオン伝導性などの特性が不明だった。そこで、本発明は、新規な酸化物イオン伝導体、および当該酸化物イオン伝導体を備える電気化学デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明の酸化物イオン伝導体は、一般式A2B2O7(Aは3価の希土類元素、Bは4価の金属元素)で表される組成を有し、蛍石型構造の超構造を有し、カチオンの配列においてA層とB層とが積層する積層構造を有する金属酸化物を含む酸化物イオン伝導体であって、前記金属酸化物は、二次元の酸化物イオンの拡散経路を有し、前記拡散経路は、前記A層および前記B層のうち少なくとも一つの層内において、層の展開方向に延在することを特徴とする。ここで、「二次元の酸化物イオンの拡散経路」の「二次元」とは、パイロクロア構造の酸化物イオンの拡散経路と比較して、拡散経路が平面的であることを言う。また、本発明の電気化学デバイスは、上述の酸化物イオン伝導体を備えることを特徴とする。以下、「蛍石型構造の超構造を有し、カチオンの配列においてA層とB層とが積層する積層構造」を、ウェバライト型構造と称す。
【発明の効果】
【0009】
本発明の酸化物イオン伝導体の金属酸化物は、ウェバライト型構造を有している。すなわち、酸化物イオン伝導性に有利な、A層とB層との積層構造を有している。当該構造に起因して、本発明の酸化物イオン伝導体および電気化学デバイスは、酸化物イオン伝導性を有している。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、各B
4+カチオンにおけるパイロクロア型構造を基準にしたウェバライト型構造のエネルギーのA
3+カチオンのイオン半径に対する依存性を示すグラフである。
【
図2】
図2(A)は、[100]
DF方向から見たYb
2Ti
2O
7のウェバライト型構造である。
図2(B)は、
図2(A)の枠IIB内の(110)
DF面上のカチオン層である。
図2(C)は、
図2(A)の枠IIC内の(110)
DF面上のカチオン層である。
【
図3】
図3(A)は、[100]
DF方向から見たYb
2Ti
2O
7のパイロクロア構造である。
図3(B)は、
図3(A)の枠IIIB内の(110)
DF面上のカチオン層である。
図3(C)は、
図3(A)の枠IIIC内の(110)
DF面上のカチオン層である。
【
図4】
図4(A)は、Yb
2Ti
2O
7のウェバライト型構造である。
図4(B)は、Yb
2Ti
2O
7のパイロクロア構造である。
【
図5】
図5は、拡散係数の温度依存性を示すグラフである。
【
図6】
図6(A)は、Yb
2Ti
2O
7のウェバライト型構造の(11-0)
DF面上(Ti層内)の酸化物イオンの存在密度分布である。
図6(B)は、Yb
2Ti
2O
7のパイロクロア構造の(100)
DF面上の酸化物イオンの存在密度分布である。
【
図7】
図7は、Yb
2Ti
2O
7のウェバライト型構造の(11-0)
DF面上(Ti層内)の原子配列である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の酸化物イオン伝導体および電気化学デバイスの実施の形態について説明する。
【0012】
<酸化物イオン伝導体>
(組成)
まず、酸化物イオン伝導体の組成について説明する。酸化物イオン伝導体は、金属酸化物を含んでいる。当該金属酸化物は、一般式A2B2O7で表される組成を有している。当該組成中、Aは3価の希土類元素である。Bは4価の金属元素である。好ましくは、希土類元素Aは、Lu、Yb、Tm、Er、Ho、Dy、Tb、Gd、Eu、Smから選ばれる一種以上である方がよい。また、好ましくは、金属元素Bは、Ce、Ti、Sn、Hf、Zrから選ばれる一種以上である方がよい。
【0013】
酸化物イオン伝導体は、金属酸化物のみから構成されていてもよい。また、Ca、Sr、Baなどのアルカリ土類金属またはNb、Taなどの5価の遷移金属などの添加物を含んでいてもよい。添加物は、金属酸化物の結晶粒界や結晶粒内に存在していてもよい。酸化物イオン伝導体は、イオン伝導性を有していても、混合伝導性(イオン伝導性、電子伝導性)を有していてもよい。
【0014】
好ましくは、酸化物イオン伝導体は、酸化物イオン伝導体全体を100vol%として、金属酸化物を25vol%以上含有する方がよい。パーコレーション理論によると、粒子の連結は粒子のアスペクト比に依存する。粒子が球状の場合、25vol%以上で粒子が連結しやすい。このため、金属酸化物の粒子が球状の場合、酸化物イオン伝導体が金属酸化物を25vol%以上含有すると、隣り合う金属酸化物粒子同士が接触しやすくなり、金属酸化物粒子が連結しやすくなる。したがって、酸化物イオン伝導性を確保しやすくなる。
【0015】
さらに好ましくは、酸化物イオン伝導体は、酸化物イオン伝導体全体を100vol%として、金属酸化物を50vol%以上含有する方がよい。こうすると、さらに隣り合う金属酸化物粒子同士が接触しやすくなり(詳しくは面接触しやすくなり)、さらに金属酸化物粒子が連結しやすくなる。このため、さらに酸化物イオン伝導性を確保しやすくなり、高い酸化物イオン伝導性を確保することができる。
【0016】
金属酸化物の組成は特に限定しない。一般式A
2B
2O
7(Aは3価の希土類元素、Bは4価の金属元素)で表される組成であればよい。当該組成を有する金属酸化物の高温相はパイロクロア構造を有しており、低温相はウェバライト型構造を有している。
図1に、各B
4+カチオンにおけるパイロクロア型構造を基準にしたウェバライト型構造のエネルギーのA
3+カチオンのイオン半径に対する依存性をグラフで示す。以下、パイロクロア型構造を基準にしたウェバライト型構造のエネルギーを「エネルギー差」と称する。
【0017】
図1に示すように、各B
4+カチオンにおけるエネルギー差は、A
3+カチオンのイオン半径が小さくなるのに従って、減少する。この傾向は、相対的な安定性が、A
3+カチオンのイオン半径の関数として、連続的に変化することを示している。A
2Zr
2O
7(A=Lu~Nd)、A
2Hf
2O
7(A=Lu~Sm)、A
2Ti
2O
7(A=Lu~Dy)については、各B
4+カチオンにおいてエネルギー差が負の値になる範囲が存在する。当該範囲の組成において、ウェバライト型構造はパイロクロア構造よりも安定である。すなわち、ウェバライト型構造の安定性が高い、好適な希土類元素Aと金属元素Bとの組合せとしては、(A,B)=(Lu,Ti)、(Lu,Hf)、(Lu,Zr)、(Yb,Ti)、(Yb,Hf)、(Yb,Zr)、(Er,Ti)、(Er,Hf)、(Er,Zr)、(Ho,Ti)、(Ho,Hf)、(Ho,Zr)、(Dy,Ti)、(Dy,Hf)、(Dy,Zr)、(Tb,Hf)、(Tb,Zr)、(Gd,Hf)、(Gd,Zr)、(Eu,Hf)、(Eu,Zr)、(Sm,Hf)、(Sm,Zr)、(Nd,Zr)が挙げられる。これらの組合せを有しA
2B
2O
7で表される組成を有する金属酸化物は、本発明の酸化物イオン伝導体の金属酸化物に含まれる。
【0018】
(結晶構造)
次に、金属酸化物の結晶構造について説明する。金属酸化物は、低温相であるウェバライト型構造を有している。結晶構造は、空間群P-1に属する三斜晶系結晶である。カチオンの配位数について、希土類元素Aの配位数は7または8である。金属元素Bの配位数は6または7である。アニオンの配位数について、酸素Oの配位数は4である。
【0019】
ウェバライト型構造のアニオンの配位環境は、「3A+B」、「A+3B」という、2種類のカチオンの組合せで構成されている。「3A+B」四面体に囲まれたカチオンサイトは完全に酸素Oに占有されている。他方、「A+3B」四面体に囲まれたカチオンサイトは部分的に酸素Oに占有されている。なお、ウェバライト型構造のカチオンは層状に配置されている。このため、「4A」、「2A+2B」、および「4B」という配位環境は存在しにくい。
【0020】
希土類元素Aのイオン半径rAと金属元素Bのイオン半径rBとの比であるイオン半径比(rA/rB)は特に限定しない。ここで、「イオン半径rA、rB」とは”Shannon et al.,Acta cryst.(1976).A32,751”に記載の有効イオン半径をいう。
【0021】
好ましくは、イオン半径比(rA/rB)は1を超過する方がよい。すなわち、rA>rBである方がよい。また、好ましくは、希土類元素Aの配位数が8、金属元素Bの配位数が6の場合、イオン半径比(rA/rB)は、1.36以上である方がよい。こうすると、rA/rB<1.36の場合と比較して、ウェバライト型構造がパイロクロア構造よりも、より安定しやすい。また、イオン半径比(rA/rB)は、1.78以下である方がよい。こうすると、1.78<rA/rBの場合と比較して、層状ペロブスカイト構造が形成されるのを、より確実に抑制することができる。
【0022】
(酸化物イオン伝導性)
次に、金属酸化物の酸化物イオン伝導性について説明する。金属酸化物は、カチオンの配列において、A層とB層とが積層する積層構造を有している。このため、後述のシミュレーションからも明らかなように、金属酸化物つまり本発明の酸化物イオン伝導体は、酸化物イオン伝導性を有している。
【0023】
なお、従来の積層構造を有するイオン伝導体(例えばβ-アルミナ(ナトリウムイオン伝導体))は、層間にイオンの拡散経路を有している。これに対して、本発明の酸化物イオン伝導体の金属酸化物は、A層内、B層内、A層内およびB層内のいずれかに、二次元の酸化物イオンの拡散経路を有している。このように、従来のイオン伝導体と本発明の酸化物イオン伝導体とは、イオンの拡散経路が全く異なっている。
【0024】
また、本発明の酸化物イオン伝導体は、「A層およびB層の少なくとも一つの層内において、層の展開方向に延在する、二次元の酸化物イオンの拡散経路」以外の、酸化物イオンの拡散経路を有していてもよい。例えば、A層外やB層外に拡散経路を有していてもよい。また、三次元、一次元の拡散経路を有していてもよい。また、これら複数種類の拡散経路が、適宜、連結、交絡していてもよい。
【0025】
好ましくは、酸化物イオン伝導体の使用温度域は、1000K以下である方がよい。後述のシミュレーション(
図5)からも明らかなように、本発明の酸化物イオン伝導体は、高温域(例えば1000K超過)のみならず、中低温域(例えば1000K以下)において、酸化物イオンの拡散係数が高い。このため、1000K以下の中低温域で使用するのに好適である。
【0026】
<酸化物イオン伝導体の製造方法>
次に、本発明の酸化物イオン伝導体の製造方法について説明する。本発明の酸化物イオン伝導体の製造方法は、特に限定しない。例えば、所定の組成になるように原料を混合し(混合工程)、得られた混合物を所定の条件で仮焼し(仮焼工程)、得られた仮焼物を粉砕、成形し(粉砕・成形工程)、得られた成形体を温度、圧力、焼成パターン等を制御し焼結することにより(焼結工程)、製造される。また、本発明の酸化物イオン伝導体は、物理蒸着法等の薄膜コーティングによっても製造される。
【0027】
<電気化学デバイス>
次に、本発明の電気化学デバイスについて説明する。本発明の電気化学デバイスは、SOFC、酸素分離膜、酸素ガスセンサ、触媒などとして具現化することができる。本発明の電気化学デバイスをSOFCとして具現化する場合、本発明の酸化物イオン伝導体は、正極(空気極)と負極(燃料極)との間に介装される、固体電解質として用いられる。酸化物イオンは、固体電解質を介して、正極から負極に移動する。
【実施例0028】
以下、Yb2Ti2O7のパイロクロア構造と比較しながら、本発明の酸化物イオン伝導体の金属酸化物の一つであるYb2Ti2O7のウェバライト型構造の、結晶構造、酸化物イオン伝導性について説明する。
【0029】
<Yb
2Ti
2O
7の結晶構造>
まず、結晶構造について説明する。
図2(A)に、[100]
DF方向から見たYb
2Ti
2O
7のウェバライト型構造を示す。
図2(B)に、
図2(A)の枠IIB内の(110)
DF面上のカチオン層を示す。
図2(C)に、
図2(A)の枠IIC内の(110)
DF面上のカチオン層を示す。
図3(A)に、[100]
DF方向から見たYb
2Ti
2O
7のパイロクロア構造を示す。
図3(B)に、
図3(A)の枠IIIB内の(110)
DF面上のカチオン層を示す。
図3(C)に、
図3(A)の枠IIIC内の(110)
DF面上のカチオン層を示す。なお、
図2(A)~
図3(C)におけるa軸~c軸は、ウェバライト型構造、パイロクロア構造共通の母構造である欠陥蛍石構造の結晶軸である(面指数、方向指数の添字DFは”Defect fluorite”(欠陥蛍石)の略)。
【0030】
ウェバライト型構造、パイロクロア構造共に、(110)DF面上においては、カチオンが[1-11]DF方向に配列している。しかしながら、両構造の[100]DF方向の積層配列、つまり長距離秩序は互いに相違している。ウェバライト型構造では平面が単純に積み重なっているのに対して、パイロクロア構造では隣り合う平面が互いに90°回転して積み重なっている。このように、ウェバライト型構造のカチオン(Ybイオン、Tiイオン)の配列においては、Yb層とTi層とが交互に積層する積層構造を有している。
【0031】
カチオンの配位数については、ウェバライト型構造の場合、Ybイオンの配位数は7または8であり、Tiイオンの配位数は6または7である。これに対して、パイロクロア構造の場合、Ybイオンの配位数は8であり、Tiイオンの配位数は6である。
【0032】
<Yb2Ti2O7の酸化物イオン伝導性>
次に、酸化物イオン伝導性について説明する。酸化物イオン伝導性は、酸化物イオンの拡散性、酸化物イオンの拡散経路により評価した。これらの評価は、以下の第一原理分子動力学シミュレーションに基づいて行った。計算には、汎用計算ソフトVASP(Vienna Ab initio Simulation Package)を用いた。
【0033】
(第一原理分子動力学シミュレーション)
まず、第一原理分子動力学シミュレーションについて説明する。
図4(A)に、Yb
2Ti
2O
7のウェバライト型構造を示す。
図4(B)に、Yb
2Ti
2O
7のパイロクロア構造を示す。
図4(A)に示すウェバライト型構造は、132原子からなる超構造でモデル化した。
図4(B)に示すパイロクロア構造は、88原子からなる超構造でモデル化した。
【0034】
電子状態計算には、密度汎関数理論(DFT:Density Functional Theory)に基づく平面波基底第一原理計算を用いた。交換・相関項は一般化勾配化近似(GGA:Generalized-Gradient Approximation)レベルのPBEsol(Perdew-Burke-Ernzerhof parameterization adapted for solids)を用いた。ブリルアン領域の積分はMnkhorstPackのk点メッシュ(0.5Å-1以下)を用いた。平面波基底のエネルギーカットオフは300eVとし、各Kohn-Sham軌道の占有数は半値幅0.01eVのガウス関数でスメアリングした。Tiのd軌道には、ハバードモデルの+Uを5.4eV加えた。
【0035】
分子動力学計算については、NVT集団の基でNose-Hooverサーモスタットを用いて、2200K、2400K、2600Kの温度に対して、各々60000ステップを計算した。時間刻みは3fsとし、時間積分にはvelocity-verletアルゴリズムを用いた。
【0036】
(酸化物イオンの拡散性)
次に、上述の第一原理分子動力学シミュレーションに基づいて評価した、酸化物イオンの拡散性について説明する。以下の(式1)に示すように、酸化物イオンの拡散性の評価においては、重畳された時間τの関数として、MSD(Mean Square Displacement)を用いた。
【数1】
【0037】
ここで、N0は超構造の内部に存在する酸素原子の個数を、ri(t)は時刻tにおけるi番目の原子の座標を、Nは時間平均の個数を、各々示す。また、tjは初期値30ps、等差22.5psの等差数列で与えられる。上述のMSDを用いて、拡散係数は、以下の(式2)から算出した。
【数2】
【0038】
ここで、dは拡散の次元を表している。ウェバライト型構造の場合はd=2に設定した。パイロクロア構造の場合はd=3に設定した。拡散係数Dは、10psから90psの範囲で最小二乗法により最適化することで取得した。
【0039】
図5に、得られた拡散係数の温度依存性をグラフで示す。
図5に示すように、温度2200K、2400K、2600Kにおいて、ウェバライト型構造は、パイロクロア構造よりも、酸化物イオンの拡散係数Dが高かった。
【0040】
また、ウェバライト型構造の3点を最小二乗法で近似した直線(実線)と、パイロクロア構造の3点を最小二乗法で近似した直線(点線)と、を比較すると、あらゆる温度域において、ウェバライト型構造(実線)の方が、パイロクロア構造(点線)よりも、酸化物イオンの拡散係数が高かった。また、ウェバライト型構造(実線)の方が、パイロクロア構造(点線)よりも、直線の傾きの絶対値が小さかった。すなわち、ウェバライト型構造(実線)の方が、パイロクロア構造(点線)よりも、拡散係数の温度依存性が低かった。
【0041】
このように、あらゆる温度域において、ウェバライト型構造は、パイロクロア構造よりも、酸化物イオンの拡散係数が高いことが判った。つまり、ウェバライト型構造は、パイロクロア構造よりも、酸化物イオンの拡散性が高いことが判った。また、ウェバライト型構造とパイロクロア構造との拡散係数の差は、温度が低いほど大きくなることが判った。すなわち、ウェバライト型構造は、中低温域(例えば1000K以下)において、高い酸化物イオンの拡散係数を有することが判った。
【0042】
(酸化物イオンの拡散経路)
次に、前述の第一原理分子動力学シミュレーションに基づいて評価した、酸化物イオンの拡散経路について説明する。
図6(A)に、Yb
2Ti
2O
7のウェバライト型構造の(11-0)
DF面上(Ti層内)の酸化物イオンの存在密度分布を示す。
図6(B)に、Yb
2Ti
2O
7のパイロクロア構造の(100)
DF面上の酸化物イオンの存在密度分布を示す。なお、
図6(A)、
図6(B)中のx軸、y軸は0~1に正規化された座標である。また、温度は2000Kである。
【0043】
図6(A)、
図6(B)中の白い部分が酸化物イオンの密度が高い部分である。
図6(B)からは確認しにくいが、パイロクロア構造では、隣接する48fサイト間に線状に酸化物イオンの存在密度が高い部分(薄い灰色部分)が発現した。これは、
図6(B)に点線で示すように、パイロクロア構造の酸化物イオンの拡散経路が、48fサイト間を結ぶ三次元型であることを示している。
【0044】
これに対して、
図6(A)に示すウェバライト型構造では、Ti層内での酸化物イオン拡散が確認できた。しかしながら、Yb層内や、Ti層-Yb層間を垂直に跨ぐ方向においては、酸化物イオンの高い存在密度は確認できなかった。また、Ti層内ではTiを中心とするハニカム構造状に、酸化物イオンの存在密度が高い部分が発現した。したがって、
図6(A)に実線で示すように、ウェバライト型構造の主たる酸化物イオンの拡散経路は、二次元ハニカム型であることが判った。
【0045】
図7に、Yb
2Ti
2O
7のウェバライト型構造の(11-0)
DF面上(Ti層内)の原子配列を示す。
図7に示すように、基底状態において、Tiは、Ti層内に存在する4個または5個のOと結合している。このことから、Ti層内のTiの第一近接サイトの数は5個が最大と予想される。しかしながら、第一原理分子動力学シミュレーションによると、
図6(A)に示すように、Ti層内には、二次元ハニカム型構造の拡散経路が存在している。このことは、上述の予想に反して、6個のサイトが拡散に寄与していることを示している。