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特開2022-135969神経細胞デバイス、その製造方法、及び神経活動評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022135969
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】神経細胞デバイス、その製造方法、及び神経活動評価方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/34 20060101AFI20220908BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220908BHJP
   G01N 33/483 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
C12M1/34 B
C12Q1/02
G01N33/483 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022024849
(22)【出願日】2022-02-21
(31)【優先権主張番号】P 2021033665
(32)【優先日】2021-03-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2021091786
(32)【優先日】2021-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】515135778
【氏名又は名称】株式会社幹細胞&デバイス研究所
(71)【出願人】
【識別番号】597124316
【氏名又は名称】学校法人東北工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100152331
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 拓
(72)【発明者】
【氏名】須藤 正樹
(72)【発明者】
【氏名】遠井 紀江
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 郁郎
【テーマコード(参考)】
2G045
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
2G045AA25
2G045CB01
2G045GC18
4B029AA07
4B029BB11
4B029FA01
4B063QA01
4B063QA05
4B063QQ02
4B063QR73
4B063QR82
4B063QS02
4B063QS36
4B063QS39
4B063QX04
(57)【要約】
【課題】神経活動又は神経毒性の評価に有用な神経細胞デバイス等を提供すること。
【解決手段】配向性を有する細胞足場と、細胞群とを含み、前記細胞群は、少なくとも1つの細胞塊と、前記細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含み、前記細胞群の神経活動が電気的に検出される、神経細胞デバイス。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配向性を有する細胞足場と、細胞群とを含み、
前記細胞群は、少なくとも1つの細胞塊と、前記細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含み、
前記細胞群の神経活動が電気的に検出される、
神経細胞デバイス。
【請求項2】
前記細胞群が、1.0×103個以上の細胞を含む少なくとも1つの神経細胞スフェロイドを前記細胞足場上で4日以上培養することにより得られる、請求項1に記載の神経細胞デバイス。
【請求項3】
前記神経細胞スフェロイドが、神経細胞を5日以上培養することにより得られる、請求項2に記載の神経細胞デバイス。
【請求項4】
前記細胞足場に接触するようにして配置された少なくとも2つの電極を更に含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の神経細胞デバイス。
【請求項5】
前記細胞群は、前記少なくとも2つの電極のそれぞれにおいて同期した電気的シグナルが検出される、請求項4に記載の神経細胞デバイス。
【請求項6】
前記細胞群が、2つの細胞塊を含み、前記2つの細胞塊が軸索により連結されている、請求項1~5のいずれか1項に記載の神経細胞デバイス。
【請求項7】
配向性を有する細胞足場を準備する工程と、
前記細胞足場に少なくとも1つの細胞塊を配置する工程と、
前記細胞塊を前記細胞足場上で培養することにより機能的に成熟させる工程と、
を含む、神経細胞デバイスの製造方法。
【請求項8】
神経細胞を培養することにより細胞塊を得る工程を更に含む、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
細胞塊を得る前記工程は、神経細胞を5日以上培養する工程を含む、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
前記細胞塊が、1.0×103個以上の細胞を含む神経細胞スフェロイドである、請求項7~9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
細胞塊を機能的に成熟させる前記工程は、前記細胞塊を前記細胞足場上で4日以上培養する工程を含む、請求項7~10のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項12】
少なくとも2つの電極を前記細胞足場に接触するように配置する工程を更に有する、請求項7~11のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項13】
配向性を有する細胞足場上に配置された細胞群から電気的シグナルを検出することを含み、
前記細胞群は、少なくとも1つの細胞塊と、前記細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含む、神経活動を評価する方法。
【請求項14】
前記電気的シグナルは、少なくとも2つの電極を用いて検出される、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記電気的シグナルが細胞外電位の変化を含む、請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
電気的シグナルの空間的伝播を検出することを含む、請求項13~15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
前記電気的シグナルが、2つの細胞塊を連結している軸索から生じる電気的シグナルを含む、請求項13~16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
前記電気的シグナルが、第1の細胞塊の近傍で検出される第1の電気的シグナルと、第2の細胞塊の近傍で検出される第2の電気的シグナルとを含み、
前記第2の電気的シグナルは、前記第1の電気的シグナルより遅延している、請求項13~17のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、神経細胞デバイス、その製造方法、及び神経活動評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
神経毒性は、医薬品開発における安全性評価において、心毒性や肝毒性と並んで医薬品開発が中止される主な原因の1つであり、医薬品開発の初期段階から的確な神経毒性評価が必要であることが知られている。しかしながら、非臨床試験における神経毒性の評価は、動物実験による症状観察や脳の病理組織評価等のin vivo評価系が主体であり、より簡便に実施できるin vitroでの神経毒性評価系は確立されていない。
【0003】
また、認知機能等の中枢神経系の高次機能の評価においても、主な評価手法は、実験動物を用いた行動解析、脳組織損傷実験及び病理組織評価、並びにノックアウト動物を用いた解析等であり、これらはいずれもin vivo評価系である。これらのin vivo評価系は操作が煩雑であるため、簡便に実施することができ、かつ多数の化合物の評価を容易に行うことができるin vitro評価系の確立を目的として、種々の方法が提案されている。
【0004】
例えば、非特許文献1は、単離した神経細胞又は多能性幹細胞から誘導した神経細胞を、微小電極アレイ(microelectrode array;以下、「MEA」という。)上に分散培養させることで神経ネットワークを構築させた後、かかるMEAを用いて神経ネットワークにおける神経細胞の細胞外電位を測定することにより神経活動を観察する方法を開示している。非特許文献1によれば、神経活動は、複数の神経細胞が軸索及び樹状突起を介して構築される神経ネットワークにおいて複数の神経細胞が相互作用することで発現する電気活動に基づくため、かかる方法により、ヒト由来神経細胞の機能を指標として神経毒性をin vitroで評価できるとしている。
【0005】
特許文献1には、神経ネットワーク及び/又は軸索内における電気活動の伝播を測定する方法が開示されている。特許文献1によれば、MEA上に神経細胞を直接播種するのではなく、配向性を有する細胞足場上に神経細胞を分散培養させた後、かかる細胞足場をMEA上に配置することにより、神経ネットワーク及び/又は軸索内における電気活動の伝播の測定が可能になるとしている。
【0006】
非特許文献2には、神経幹細胞を用いて得られるニューロスフェアを、高分子材料のファイバーシート上で培養させ、神経幹細胞の分化過程を観測する方法が開示されている。非特許文献2に記載の方法において、神経幹細胞の分化過程は、免疫染色により観測されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2020/13270号
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】A. Odawara, et al., Scientific Reports, 2016, 6, 26181
【非特許文献2】C. Czeisler, et al., The Journal of Comparative Neurology Research in Systems Neuroscience, 2016, 524, 3485-3502
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、これらの既存の方法は、神経毒性を評価するためのin vitro評価系として十分に確立された方法であるとはいえず、いくつかの課題を有する。例えば非特許文献1のようなMEA上に神経細胞を直接播種する方法は、神経活動がMEAを用いて測定できるようになるまでに播種した神経細胞を5~6週間以上長期培養することが必要であり、また、細胞の剥離や凝集が生じやすいという課題がある。特許文献1に記載の方法では、多数の神経細胞からなる神経ネットワークの神経活動を観測することに起因して、神経の発火が各所で同時多発的に生じるため、神経活動の伝播速度を計算するために神経活動の始点と終点の特定をする必要があり、より簡便な神経活動伝播の測定方法が求められている。また、非特許文献2に記載の方法は、神経幹細胞の分化過程を観測するものであり、神経細胞における神経活動を電気的に観測しているわけではないため、神経活動又は神経毒性の評価には不十分である。
【0010】
したがって、本発明は、上記の課題を解決し、神経活動又は神経毒性の評価に有用な神経細胞デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した。その結果、配向性を有する細胞足場と所定の細胞群とを含む神経細胞デバイスが上記の課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は以下のとおりである。
[1]
配向性を有する細胞足場と、細胞群とを含み、
前記細胞群は、少なくとも1つの細胞塊と、前記細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含み、
前記細胞群の神経活動が電気的に検出される、
神経細胞デバイス。
[2]
前記細胞群が、1.0×103個以上の細胞を含む少なくとも1つの神経細胞スフェロイドを前記細胞足場上で4日以上培養することにより得られる、[1]に記載の神経細胞デバイス。
[3]
前記神経細胞スフェロイドが、神経細胞を5日以上培養することにより得られる、[2]に記載の神経細胞デバイス。
[4]
前記細胞足場に接触するようにして配置された少なくとも2つの電極を更に含む、[1]~[3]のいずれか1つに記載の神経細胞デバイス。
[5]
前記細胞群は、前記少なくとも2つの電極のそれぞれにおいて同期した電気的シグナルが検出される、[4]に記載の神経細胞デバイス。
[6]
前記細胞群が、2つの細胞塊を含み、前記2つの細胞塊が軸索により連結されている、[1]~[5]のいずれか1つに記載の神経細胞デバイス。
[7]
配向性を有する細胞足場を準備する工程と、
前記細胞足場に少なくとも1つの細胞塊を配置する工程と、
前記細胞塊を前記細胞足場上で培養することにより機能的に成熟させる工程と、
を含む、神経細胞デバイスの製造方法。
[8]
神経細胞を培養することにより細胞塊を得る工程を更に含む、[7]に記載の製造方法。
[9]
細胞塊を得る前記工程は、神経細胞を5日以上培養する工程を含む、[8]に記載の製造方法。
[10]
前記細胞塊が、1.0×103個以上の細胞を含む神経細胞スフェロイドである、[7]~[9]のいずれか1つに記載の製造方法。
[11]
細胞塊を機能的に成熟させる前記工程は、前記細胞塊を前記細胞足場上で4日以上培養する工程を含む、[7]~[10]のいずれか1つに記載の製造方法。
[12]
少なくとも2つの電極を前記細胞足場に接触するように配置する工程を更に有する、[7]~[11]のいずれか1つに記載の製造方法。
[13]
配向性を有する細胞足場上に配置された細胞群から電気的シグナルを検出することを含み、
前記細胞群は、少なくとも1つの細胞塊と、前記細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含む、神経活動を評価する方法。
[14]
前記電気的シグナルは、少なくとも2つの電極を用いて検出される、[13]に記載の方法。
[15]
前記電気的シグナルが細胞外電位の変化を含む、[13]又は[14]に記載の方法。
[16]
電気的シグナルの空間的伝播を検出することを含む、[13]~[15]のいずれか1つに記載の方法。
[17]
前記電気的シグナルが、2つの細胞塊を連結している軸索から生じる電気的シグナルを含む、[13]~[16]のいずれか1つに記載の方法。
[18]
前記電気的シグナルが、第1の細胞塊の近傍で検出される第1の電気的シグナルと、第2の細胞塊の近傍で検出される第2の電気的シグナルとを含み、
前記第2の電気的シグナルは、前記第1の電気的シグナルより遅延している、[13]~[17]のいずれか1つに記載の方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、神経活動又は神経毒性の評価に有用な神経細胞デバイスを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】ラット大脳皮質神経細胞に由来する神経細胞スフェロイドを用いて作製された神経細胞デバイスの免疫染色画像を示す図である。
図2】配向性を有するポリスチレンファイバーシート上に2つの神経細胞スフェロイドを播種した状態の例を示す図である。
図3】ヒトiPS細胞由来神経細胞に由来する神経細胞スフェロイドを用いて作製された神経細胞デバイスの免疫染色画像を示す図である。
図4】多電極アレイ上に2つの神経細胞スフェロイドを播種した状態の例を示す図である。
図5】ラット大脳皮質神経スフェロイドデバイスのMEAによる神経ネットワーク活動の評価の一例を示す図であり、(A)ラスタープロット及びヒストグラム、並びに(B)4-AP添加によるスパイク数及びバースト数の増加の様子を示す。
図6】ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスのMEAによる神経ネットワーク活動の評価の一例を示す図であり、薬剤の投与に伴うラスタープロット及びヒストグラムの変化を示す。
図7】ラット大脳皮質神経スフェロイドデバイス及び比較例3の神経細胞デバイスにおいて測定された細胞外電位を比較した図である。
図8】ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイス及び比較例4~6の神経細胞デバイスにおいて測定されたラスタープロット及びヒストグラムを比較した図である。
図9】それぞれが2つの神経細胞スフェロイドを含む、ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイス及び比較例6の神経細胞デバイスにおいて測定されたラスタープロット及びヒストグラムを比較した図である。
図10】神経細胞スフェロイドを用いて構築した神経ネットワークにおいて、神経活動伝播速度を計測する方法の一例を示す図である。
図11】神経活動伝播速度の薬剤応答性を示す図である。
図12】ラット大脳皮質神経スフェロイドデバイスのCMOS-MEAによる神経活動の評価を示す図であり、(A)測定状況の一例、(B)測定された細胞外電位、並びに(C)細胞外電位の最大発火振幅のマッピング、及び各神経細胞スフェロイドのラスタープロットを示す。
図13】CMOS-MEAで測定された神経活動伝播速度の薬剤応答性を示す図である。
図14】ラット脊髄後根神経節(DRG)を用いて作製された神経細胞デバイスの免疫染色画像を示す図である。
図15】ラットDRGを用いた神経細胞デバイスにおいて、CMOS-MEAを用いて測定された細胞外電位を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0016】
[神経細胞デバイス]
本実施形態の神経細胞デバイスは、配向性を有する細胞足場と、細胞群とを含み、かかる細胞群は、少なくとも1つの細胞塊と、細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含み、その神経活動が電気的に検出されるものである。
本実施形態の神経細胞デバイスは、上記の構成を備えることにより、神経活動又は神経毒性の評価に有用となる。
神経細胞デバイスは、配向性を有する細胞足場を含む。かかる細胞足場は細胞群を構成する細胞の培養の足場として働き、細胞群における細胞は高密度に培養されると共に、細胞群には、成熟化が促進された神経細胞が含まれる。また、細胞足場があることにより、細胞同士の凝集を抑制し、細胞の凝集に起因する細胞の剥離を低減することができる。
また、細胞群は、少なくとも1つの細胞塊と、細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含み、かつ、神経活動が電気的に検出されるものである。そのような細胞群は、軸索部分と、それ以外の部分の区画が明確であるため、軸索部分における神経活動の伝播を観測することが容易であると共に、軸索内伝導による神経活動の伝播とシナプス間伝達による神経活動の伝播とを区別することができる。そして、細胞群は、平面培養に比べて神経細胞としての成熟度が高いため、神経活動の電気的な検出が容易である。したがって、本実施形態の神経細胞デバイスを用いれば、確実かつ簡便に、様々な態様の神経細胞の神経活動、特に神経活動の伝播を観測することができる。
更に、後述するように本実施形態の神経細胞デバイスは、その製造が容易であり、測定に適した標本の選抜や細胞播種密度の調整等をせずに、神経活動の観測が可能である。
【0017】
以下、本実施形態の神経細胞デバイスの各構成について詳述する。なお、各構成の説明における例示や好ましい態様等は、特に言及がない限り、それぞれを任意に組み合わせて本実施形態とすることができる。例えば、各構成について、好ましい態様として記載されている構成と、好ましい態様として記載されている構成とを組み合わせてもよいし、好ましい態様等として記載されている構成と、より好ましい態様(あるいは更に好ましい態様等)として記載されている構成とを組み合わせてもよい。
【0018】
(細胞足場)
本実施形態の細胞足場は、配向性を有するものである。すなわち、細胞足場は、一定方向に延伸する部材が部分的に結合ないし集束されることにより、大局的に方向性を持った部材である。細胞足場は、少なくとも細胞群を培養する部分において配向性を有していればよいため、配向部分のみからなる細胞足場であってもよく、配向部分と非配向部分とを含む細胞足場であってもよい。細胞足場の配向性を有する部分で細胞群は培養され、細胞足場の配向性を有する部分に細胞群が存在する。
【0019】
本明細書において、細胞足場が「配向性を有している」とは、その細胞足場が、配向性を有していると当業者に認識される程度の配向性を有していれば足り、例えば細胞足場における一定方向に延伸する部材のうち、部材全体の本数を基準として80%以上の部材が、所定の方向(この場合、この方向が配向方向である。)と±30°以内の角度をなしている場合は、その細胞足場が配向性を有しているということができる。すなわち、部材全体の本数を基準として80%以上の部材が、所定の方向と±30°以内の角度をなしている部分は、配向性を有している細胞足場である。細胞足場の一部分が配向性を有している場合には、細胞足場の非配向部分の状態は特に限定されない。
【0020】
細胞足場の配向性を有する部分又は細胞足場全体において、細胞足場の一部分を構成する部材又は細胞足場を構成する部材のうち、部材全体の本数を基準として90%以上の部材が、配向方向と±30°以内の角度をなすと好ましい。同様に、細胞足場の一部分を構成する部材又は細胞足場を構成する部材のうち、部材全体の本数を基準として80%以上の部材が、配向方向と±10°以内の角度をなすと好ましく、90%以上の部材が、配向方向と±10°以内の角度をなすとより好ましい。
【0021】
細胞足場としては、配向性を有し、かつ、細胞の足場となりうる部材であれば特に限定されないが、例えば一定方向に延伸する複数のファイバーを含むファイバーシートが挙げられる。本明細書中、「ファイバーシート」とは、複数のファイバーを集束させてなるシート状の部材であり、主に複数のファイバーにより構成される。ファイバーシートは、複数のファイバーが部分的に交絡することによりシート状に一体化したものであってもよく(この場合、ファイバーシートはファイバーのみからなるものである。)、複数のファイバーを部分的に接着剤等で接着させることにより形成されるシート状の部材であってもよい(この場合、ファイバーシートは実質的にファイバーからなり、ファイバーを一体化させるための部材を含むものである。)。ファイバーシートにおいて、一定方向に延伸する複数のファイバーが集束している部分を配向性部分ということができる。また、延伸方向がランダムである複数のファイバーが集束している部分を非配向性部分ということができる。
細胞足場は、例えば一定方向に延伸する複数のファイバーを集束させたものである。かかる複数のファイバーは、ファイバーの延伸方向に略垂直な方向と±45°以内をなす方向に伸びる部材により、部分的に結合されていてもよい。
ファイバーシートのファイバーは、ファイバーを構成する材料とは別の材料により被覆されていてもよい。ファイバーの材料は、1種であってもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
細胞足場は、一定方向に延伸する複数のファイバーを含むファイバーシートを更に複数枚重ね合わせたものであってもよい。細胞足場は、配向性を有するファイバーシート部分と、配向性を有しないファイバーシート部分とから構成されたものであってもよいが、細胞群を配置する部分は配向性を有するファイバーシートで構成されていることが好ましい。
【0023】
細胞足場を構成する材料としては、特に限定されないが、例えば高分子材料である。高分子材料は、生分解性であっても、非生分解性であってよい。高分子材料の具体例としては、特に限定されないが、例えば乳酸とグリコール酸の共重合体(PLGA)、ポリ乳酸(PLA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリスチレン(PS)、ポリスルホン(PSU)、及びポリテトラフルオロエチレン(PTFE)等が挙げられる。これらの中でも、PLGA及びPSが好ましい。PLGAは、乳酸単位とグリコール酸単位とが、ランダムに重合したものであってもよく、交互に重合したものであってもよく、ブロック状に重合したものであってもよい。
細胞足場の好ましい態様としては、PLGA及び/又はPSからなるファイバーを含むファイバーシート、PLGA及び/又はPSからなるファイバーからなるファイバーシート、PSからなるファイバーを含むファイバーシート、並びに、PSからなるファイバーからなるファイバーシート等が挙げられる。
【0024】
細胞足場がファイバーを含む場合、細胞足場を構成するファイバーの断面の平均直径は、特に限定されないが、例えば0.1μm以上8.0μm以下である。ファイバーの断面の平均直径は、上記範囲内において、好ましくは0.5μm以上であり、より好ましくは1.0μm以上である。ファイバーの断面の平均直径は、上記範囲内において、好ましくは7.0μm以下であり、より好ましくは6.0μm以下である。ファイバーの断面の平均直径は、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。ファイバーの断面の平均直径を上記の範囲内とすることにより、細胞足場と細胞との接着性が一層高まる傾向にある。なお、ファイバーの断面の平均直径は、3本以上のファイバーの断面を光学顕微鏡又はデジタルマイクロスコープのような顕微鏡等により観察し、円相当直径を算出したときの、相加平均とする。
【0025】
細胞足場がファイバーを含む場合、細胞足場を構成するファイバー間の平均距離は、特に限定されないが、例えば1.0μm以上70μm以下である。ファイバー間の平均距離は、上記範囲内において、好ましくは3.0μm以上であり、より好ましくは6.0μm以上である。ファイバー間の平均距離は、上記範囲内において、好ましくは60μm以下であり、より好ましくは40μm以下である。ファイバー間の平均距離は、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。ファイバー間の平均距離を上記の範囲内とすることにより、細胞足場と細胞との接着性が一層高まる傾向にある。なお、ファイバー間の平均距離は、2本のファイバー間の距離を光学顕微鏡又はデジタルマイクロスコープのような顕微鏡等により3組以上計測したときの、相加平均とする。ファイバー間の距離は、2本のファイバーの中心線の間の距離とする。
【0026】
細胞足場の平均厚さは、特に限定されないが、例えば1.0μm以上70μm以下である。細胞足場の平均厚さは、上記範囲内において、好ましくは5.0μm以上であり、より好ましくは10μm以上である。細胞足場の平均厚さを上記の範囲内とすることにより、細胞足場としての機能を有効かつ確実に奏することができる傾向にある。細胞足場の平均厚さは、上記範囲内において、好ましくは60μm以下であり、より好ましくは40μm以下であり、更に好ましくは30μm以下である。細胞足場の平均厚さを上記の範囲内とすることにより、細胞足場を隔てた細胞群の神経活動の電気的な検出が容易となる傾向にある。細胞足場の平均厚さは、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。なお、細胞足場の平均厚さは、細胞足場の断面の厚さを3か所以上光学顕微鏡又はデジタルマイクロスコープのような顕微鏡等により計測したときの、相加平均とする。
【0027】
細胞足場の空隙率は、特に限定されないが、例えば10%以上60%以下である。細胞足場の空隙率は、上記範囲内において、好ましくは15%以上であり、より好ましくは20%である。細胞足場の空隙率は、上記範囲内において、好ましくは50%以下であり、より好ましくは40%以下である。細胞足場の空隙率は、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。細胞足場の空隙率を上記の範囲内とすることにより、細胞足場と細胞との接着性が一層高まる傾向にある。なお、細胞足場の空隙率は、細胞足場の表面を光学顕微鏡又はデジタルマイクロスコープのような顕微鏡等により観察して得られる観察像において細胞足場が存在していない面積の割合を求めることにより算出することができる。
【0028】
細胞足場は、例えば、高分子材料を含む溶液からエレクトロスピニング法によって得られるファイバーシートであってもよい。
配向性を有するファイバーシートを製造する方法としては、特に限定されないが、例えば回転ドラムと、高分子材料を含む溶液を噴霧するノズルとを用いる方法が挙げられる。かかる方法では、ドラムを回転させながら、ノズルから当該ドラムの回転面に対して高分子材料を含む溶液を噴霧し、回転ドラム上にファイバーを形成すると共に、ドラムを回転させて該ファイバーを巻き取ることにより、ファイバーシートを製造することができる。非配向性のファイバーシートを製造する方法としては、高分子材料を含む溶液を平坦なプレート上に噴霧することにより、ファイバーシートを製造する方法が挙げられる。
【0029】
上記のファイバーシートの製造方法において、高分子材料の溶液は、例えば、高分子材料を10~30%(w/v)で有機溶媒に溶解させたものであってもよい。そのような有機溶媒としては、室温で上記のような高分子材料を溶解させることができるものであれば特に限定されないが、例えば、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)、及びN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)が挙げられる。
【0030】
配向性を有するファイバーシートは、市販により入手してもよい。例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)ファイバーシートには、住友電工株式会社のポアフロン(登録商標)を用いることができる。ポリカプロラクトン(PCL)ファイバーシートには、Nanofiber Solutions社の「NanoAligned」を用いることができる。ポリ乳酸(PLA)ファイバーシートには、Electrospininng Company社の「Mimetix Aligned」を用いることができる。
【0031】
(細胞群)
本実施形態の細胞群は、神経細胞を含む細胞群である。
本明細書において、細胞群が含む「神経細胞」とは、細胞体、樹状突起及び軸索から構成される神経単位を意味し、ニューロンと換言してもよい。神経細胞としての機能を一部でも有していれば神経細胞ということができ、その意味では、特段言及しない限り、神経前駆細胞も「神経細胞」との語に包含されるものとする。発生の過程やiPS細胞からの分化誘導においては、多くの神経細胞種で「神経幹細胞」→「神経前駆細胞」→「(未成熟な)神経細胞」→「(成熟化が進んだ)神経細胞」と誘導されるのが一般的であり、当該誘導系路は、通常、段階が遡ることはない。本明細書中、細胞群が含む「神経細胞」は、上記の分類において、神経前駆細胞、未成熟な神経細胞、及び/又は成熟化が進んだ神経細胞である。
また、「細胞群」とは、細胞の集合体を意味し、より具体的には、1つ以上の他の細胞と接触する複数の細胞の集まりを意味する。
ここで、本実施形態の神経細胞デバイスでは、細胞群の神経活動が電気的に検出されるデバイスであるため、細胞群に含まれる神経細胞は、細胞外電位の測定が可能になる、成熟化が進んだ神経細胞であることが好ましい。ただし、本実施形態の神経細胞デバイスは、細胞群の神経活動が電気的に検出される範囲で、神経幹細胞、神経前駆細胞、及び/又は未成熟な神経細胞を含んでいてもよい。
【0032】
細胞群に含まれる細胞の数は、特に限定されないが、例えば1×102個以上1×106個以下である。細胞群に含まれる細胞の数は、上記範囲内において、好ましくは1×103個以上であり、より好ましくは5×103個以上である。細胞群に含まれる細胞の数は、上記範囲内において、好ましくは1×105個以下であり、より好ましくは5×104個以下である。細胞群に含まれる細胞の数を上記の範囲内とすることにより、細胞群が細胞足場から剥離しにくくなると共に、神経活動の検出が容易になる傾向にある。細胞群に含まれる細胞の数は、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。
【0033】
細胞群に含まれる細胞のうち、神経細胞の割合は特に限定されないが、細胞全体の個数に対して、例えば30%以上100%以下である。神経細胞の割合は、上記範囲内において、好ましくは50%以上であり、より好ましくは70%以上である。神経細胞の割合は、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。神経細胞の占める割合を上記の範囲内とすることにより、細胞群の安定性が一層高まると共に、神経活動の検出が容易になる傾向にある。
【0034】
細胞群は、少なくとも1つの細胞塊と、当該細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含む。
本明細書において、「細胞塊」とは、複数の細胞が塊状に集合したものを意味する。細胞塊の形状は特に限定されず、略球状、扁平状、又は柱状であってもよく、典型的には略球状又は扁平状である。細胞塊は、好ましくは、成熟化が進んだ神経細胞を含む。
【0035】
細胞塊のサイズは特に限定されないが、細胞足場の面方向上部から細胞塊を観察したときの円相当直径は、例えば50μm以上1000μm以下である。かかる円相当直径は、上記範囲内において、好ましくは150μm以上であり、より好ましくは300μm以上である。細胞塊がそのようなサイズであると、神経細胞がより成熟している傾向にあるため、細胞群の神経活動が検出されやすくなる傾向にある。上記の円相当直径は、上記範囲内において、好ましくは800μm以下であり、より好ましくは600μm以下である。細胞塊がそのようなサイズであると、後述するMEAによる神経活動の測定が容易になる傾向にある。上記の円相当直径は、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。
【0036】
細胞塊に含まれる細胞の数は、特に限定されないが、例えば1×102個以上1×106個以下である。細胞塊に含まれる細胞の数は、上記範囲内において、好ましくは1×103個以上であり、より好ましくは5×103個以上である。細胞塊に含まれる細胞の数は、上記範囲内において、好ましくは1×105個以下であり、より好ましくは5×104個以下である。細胞塊に含まれる細胞の数を上記の範囲内とすることにより、細胞塊が細胞足場から剥離しにくくなると共に、神経活動の検出が容易になる傾向にある。細胞塊に含まれる細胞の数は、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。
【0037】
細胞塊に含まれる細胞のうち、神経細胞の割合は特に限定されないが、細胞全体の個数に対して、例えば30%以上100%以下である。神経細胞の割合は、上記範囲内において、好ましくは50%以上であり、より好ましくは70%以上である。神経細胞の割合は、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。神経細胞の占める割合を上記の範囲内とすることにより、細胞塊の安定性が一層高まると共に、神経活動の検出が容易になる傾向にある。
【0038】
細胞群は少なくとも1つの細胞塊を含むが、2つ以上の細胞塊を含んでいてもよい。細胞群に1つの細胞塊が含まれるとき、細胞群は、かかる細胞塊と、細胞塊から延出する軸索とを含んで構成される。細胞群に2つ以上の細胞塊が含まれるとき、細胞群は、かかる細胞塊と、細胞塊から延出する軸索とを含んで構成されるが、各細胞塊は、少なくとも1つの別の細胞塊と軸索により連結されているか、あるいは直接接触している。
【0039】
細胞群は、好ましくは、2つの細胞塊を含む。このとき、当該2つの細胞塊は、軸索により連結されているか、あるいは直接接触している。2つの細胞塊は、好ましくは、軸索により連結されている。そのような態様によれば、軸索における神経活動の伝播現象の観測が容易になる傾向にある。
【0040】
細胞塊からは略一軸方向に複数の軸索が延出している。軸索が「略一軸方向に延出している」とは、軸索が、細胞塊から一軸方向に延出していると当業者に認識される程度の配向性を有していれば足り、例えば、細胞塊から延出する軸索のうち、その総本数を基準として80%以上の軸索が、所定の方向(この場合、この方向が軸索の延出方向である。)と±30°以内の角度をなしている場合は、その軸索が略一軸方向に延出しているということができる。あるいは、免疫染色により軸索が延在している領域を確認した時に、軸索が細胞塊を中心として等方的に延在しているのではなく、一定の方向性を有して延在していると当業者に認識される場合も、軸索が「略一軸方向に延出している」といえる。このとき、例えば、細胞塊を中心として、軸索が最も長く延出している方向を方向Xとし、その方向Xに垂直な方向を方向Yとしたとき、方向Xに延びる軸索の最大長さと、方向Yに延びる軸索の最大長さの比が、2以上であればよく、3以上であると好ましい。
細胞塊から延出する軸索のうち、その総本数を基準として90%以上の軸索が、「延出方向」と±30°以内の角度をなすと好ましい。同様に、細胞塊から延出する軸索のうち、その総本数を基準として80%以上の軸索が、「延出方向」と±10°以内の角度をなすと好ましく、90%以上の軸索が、「延出方向」と±10°以内の角度をなすとより好ましい。
なお、軸索が「細胞塊から略一軸方向に延出している」とは、細胞塊からある一方向に軸索が延出しているときに、その方向から180°をなす方向にも軸索が延出している場合をも包含する。
【0041】
後述するように、細胞塊を、上記の配向性を有する細胞足場上で培養することにより、細胞塊から軸索を延出させることができる。したがって、軸索の延出方向と、細胞足場の細胞塊が配置されている部分における配向方向とは、典型的には一致する。ただし、軸索の延出方向と、細胞足場の配向方向とが一致していなくてもよい。
【0042】
また、細胞塊を細胞足場上で培養することにより軸索を延出させる場合、細胞群は、細胞足場の表面だけでなく、細胞足場の内部にも入り込み、細胞足場の内部及び表面において、3次元的に成長した構造となっていると考えられる。特に、細胞足場としてファイバーシートを用いる場合、細胞群を構成する細胞は、ファイバーシートを構成するファイバーに沿って接着し、ファイバーシートの片面又は両面上、及びファイバーシート内に入り込んで成長すると考えられる。ただし、細胞群は、上記のようなファイバーシート内に入り込んだ構造を有していなくてもよい。
【0043】
細胞塊から延出している軸索の最大長さは、特に限定されないが、例えば、上記の細胞塊の円相当直径以上であってもよく、上記の細胞塊の円相当直径の2倍以上であってもよく、上記の細胞塊の円相当直径の3倍以上であってもよい。より具体的には、細胞塊から延出している軸索の最大長さは、例えば100μm以上であり、300μm以上であり、500μm以上であり、1.0mm以上であり、又は2.0mm以上である。軸索の最大長さの上限は特に限定されず、例えば、10mm、9.0mm、8.0mm、7.0mm、6.0mm、5.0mm、又は3.0mmであってもよい。軸索の最大長さは、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。
【0044】
なお、細胞塊のサイズや軸索の長さは、従来公知の方法により測定することができ、例えば、免疫染色後の観察像から測定することができる。
【0045】
本実施形態の神経細胞デバイスにおいて、細胞群は、神経活動が電気的に検出されるものである。本明細書において、細胞群の「神経活動が電気的に検出される」とは、細胞群に含まれる神経細胞の電気生理学的な変化が電気的に検出されることを意味する。検出される電気生理学的変化は、電流の発生又は膜電位若しくは細胞外電位の変化であるが、典型的には、細胞外電位の変化である。したがって、「細胞群の神経活動が電気的に検出される」は、例えば、「細胞群に含まれる神経細胞の細胞外電位の変化が検出される」や「細胞群に含まれる神経細胞の膜電位の変化が検出される」等と換言してもよい。
【0046】
本実施形態において、細胞群の神経活動を電気的に検出するための方法としては、特に限定されないが、例えば微小な電極を細胞群に近接させて電極周辺の電位の変化を検出する方法が挙げられる。かかる方法において、好ましくは、少なくとも2つの電極が用いられ、より好ましくは、微小電極アレイ(MEA)が用いられる。MEAは、基板上に微小な電極が規則的に複数個配置されたものであり、複数の位置から電気信号(電気的シグナル)を同時に観測できるため、シグナルの増強や神経活動の伝播を観測することが可能である。
MEAの電極数は、特に限定されないが、例えば、2個以上、3個以上、4個以上、若しくは9個以上であり、又は100個以下、81個以下、64個以下、若しくは50個以下である。MEAの電極数は、上記した上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲としてもよい。
また、MEAとして、CMOS-MEAを用いることもできる。CMOS-MEAは、多数の電極を備えるため、高解像度に神経活動を測定することができる。CMOS-MEAの電極数は、特に限定されないが、例えば1000個以上、5000個以上、又は10000個以上である。
MEAは、例えば、各片が0.3~5.0mm、又は0.5~3.0mmの略正方形の範囲内に、規則的に(等間隔に)複数の電極が配置されることにより構成されるものである。
【0047】
より具体的には、細胞群の神経活動を電気的に検出するための方法としては、細胞群が培養された細胞足場を微小な電極(好ましくはMEA)上に配置し、電極と細胞群とを、接触ないし接近させることにより、細胞群の神経活動を電気的に検出することができる。神経活動の電気的な検出は、例えば、5%CO2、37℃環境下で行ってもよい。
【0048】
本実施形態の神経細胞デバイスにおいて、細胞群は、好ましくは、少なくとも2つの電極のそれぞれにおいて同期した電気的シグナルが検出されるものである。すなわち、細胞群の神経活動を少なくとも2つの電極を用いて測定したときに、その少なくとも2つの電極において電気的シグナルが検出され、かつ、その電気的シグナルが同期していることが好ましい。少なくとも2つの電極から得られる電気的シグナルが「同期している」とは、高頻度で、その少なくとも2つの電極から得られる電気的シグナルがほとんど同時に得られることを意味し、「同期バースト発火」が観測されると換言してもよい。したがって、細胞群は、好ましくは、同期バースト発火が観測されるものである。細胞群は、より好ましくはMEAにより同期した電気的シグナルが検出されるものである。
【0049】
本明細書において、「細胞群の神経活動が電気的に検出される」とは、その神経活動が実際に検出された状態だけでなく、神経活動を電気的に測定した場合に神経活動が電気的に検出される蓋然性が高いと判断される状態をも含む。例えば、ある細胞群について神経活動が実際に検出された場合、その細胞群と同様の条件で培養及び作製された細胞群は、神経活動を電気的に測定した場合に神経活動が電気的に検出される蓋然性が高いといえ、そのような細胞群も神経活動が電気的に検出されるといえる。ただし、本実施形態の細胞群としては、好ましくは、神経活動が実際に電気的に検出された細胞群を用いる。そのような細胞群を用いることにより、確実に神経細胞の神経活動を評価し、神経毒性を有効に評価できる傾向にある。
【0050】
細胞群の神経活動が電気的に検出される蓋然性の判断方法としては、例えば、カルシウム感受性色素、及びカルシウム感受性蛍光タンパク質等の蛍光カルシウムインジケーター、又は、電位感受性色素、及び電位感受性蛍光タンパク質等の蛍光電位インジケーターを用いた方法が挙げられる(Grienberger, C. and Konnerth, A., Neuron 73, 862-885, 2012; Antic, S. D., et al. J Neurophysiol. 116: 135-152, 2016; Miller, E. W., Curr Opin Chem Biol. 33: 74-80, 2016)。これらのインジケーターと併せて、セルイメージング装置を用いてもよい。
【0051】
カルシウム感受性色素としては、Quin-2、Fura-2、Fluo-3、-4、及び-8、Indo-1、Rhod-2、及び-3、X-Rhod-1、Cal-520、Calbryte(登録商標)、並びに、CaTMが挙げられる。これらは、神経細胞への透過性を付与するため、通常、アセトキシメチル(AM)エステル体として使用される。アセトキシメチル基は、細胞内エステラーゼにより加水分解されて脱離する。
また、カルシウム感受性蛍光タンパク質としては、Camgaroo-1、及び-2、GCaMP-2、-3、-5、及び-6、CaMPARI、並びに、Case12等の遺伝子コード型カルシウムプローブが挙げられる。
【0052】
電位感受性色素としては、Merocyanine 540、Rh1692、di-4-ANEPPS、JPW-1114、ANNINE-6、Indocyanine Green、Dipicrylamine、並びに、FluoVolt(登録商標)が挙げられる。
また、電位感受性蛍光タンパク質としては、Green Fluorescent Protein(GFP)を基にしたVSFP-1、及び-2、FlaSh、並びに、SPARC等の遺伝子コード型膜電位プローブが挙げられる(Siegel, M. S. and Isacoff, E. Y., Neuron 19, 735-741, 1997; Sakai, R., Repunte-Canonigo, V., et al. Eur. J Neurosci. 13, 2314-2318, 2001; Ataka, K. and Pieribone, V. A., Biophys J. 82, 509-516, 2002; Akemann, W. Mutoh, H., et al. Nature Methods, 7, 643-649, 2010)。
【0053】
本実施形態の細胞群は神経細胞を含む。ここで、神経細胞は、神経細胞が産生する神経伝達物質の違いにより分類することができ、神経伝達物質としては、ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリン、及びセロトニン等のモノアミン;アセチルコリン、γ-アミノ酪酸、及びグルタミン酸等の非ペプチド性神経伝達物質;並びに、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)、α-エンドルフィン、β-エンドルフィン、γ-エンドルフィン、及びバソプレッシン等のペプチド性神経伝達物質が挙げられる。例えば、ドーパミン、アセチルコリン、及びグルタミン酸を伝達物質とする神経細胞を、それぞれドーパミン作動性ニューロン、コリン作動性ニューロン、及びグルタミン酸作動性ニューロンという。
【0054】
細胞群に含まれる神経細胞としては、神経細胞に分類される細胞であれば特に限定されず、例えば初代培養細胞、及び多能性幹細胞由来の神経細胞等であってよい。細胞群は、神経細胞として、初代培養細胞としての神経細胞、又は多能性幹細胞由来の神経細胞のみを含んでいてもよく、初代培養細胞としての神経細胞及び多能性幹細胞由来の神経細胞を含んでいてもよい。
【0055】
初代培養細胞は、生体内において本来有する細胞機能を多く保持しているため、生体内における薬物等の影響を評価する系として好適に用いられる。
初代培養細胞としては、哺乳類、例えばマウス及びラット等のげっ歯類、又はサル及びヒト等の霊長類の、中枢神経系又は末梢神経系の神経細胞を用いることができる。これらの神経細胞を調製及び培養するに際し、動物の解剖方法、組織の採取方法、神経の分離・単離方法、神経細胞培養用培地、及び神経細胞の培養条件等は、培養する細胞の種類及び細胞の目的に応じて、公知の方法から選択することができる。市販の初代培養神細胞製品としては、例えば、ロンザ社のラット脳神経細胞、及びScienCell Research Laboratories社のヒト脳神経細胞が挙げられる。
【0056】
多能性幹細胞としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞)、及びiPS細胞が挙げられる。公知の神経分化誘導方法を用いて、多能性幹細胞を分化誘導することにより、様々なタイプの神経細胞を得ることができる。iPS細胞としては、ヒトiPS細胞が好ましい。
例えば、Honda et al. Biochemical and biophysical Research Communications 469 (2016) 587-592に記載の低分子化合物を用いた分化誘導方法によって神経細胞を得ることができる。また、市販の多能性幹細胞由来の神経細胞製品、例えば、セルラーダイナミックスインターナショナル社のiCell Neuron、及びXCell Science社のXCL-1 Neurons等を用いてもよい。これらの市販神経細胞は、付属の培養液を用いて培養することが好ましい。
【0057】
細胞群に含まれる神経細胞の状態は、細胞群の神経活動が電気的に検出されるのであれば特に限定されず、神経前駆細胞、未成熟な神経細胞、及び成熟化が進んだ神経細胞のいずれであってもよく、細胞群は、神経前駆細胞、未成熟な神経細胞、及び成熟化が進んだ神経細胞を組み合わせて含んでいてもよい。本実施形態の神経細胞デバイスでは細胞群の神経活動が電気的に検出されるため、細胞群は、神経前駆細胞以外の神経細胞を含むことが好ましく、神経活動が盛んである成熟化が進んだ神経細胞を含むことがより好ましい。
本実施形態の細胞群は、神経幹細胞を含んでいてもよい。
【0058】
細胞群は神経細胞以外の細胞を含んでいてもよい。そのような細胞としては、例えばグリア細胞が挙げられる。グリア細胞の例としては、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、上衣細胞、シュワン細胞、及びミクログリア等が挙げられる。これらの細胞が細胞群において占める割合は特に限定されない。
【0059】
神経細胞は、グリア細胞、例えば哺乳類の脳由来のアストロサイトと共に培養してもよい。あるいは、当該アストロサイトを培養したあとの培養液(アストロサイト培養上清)を神経細胞用培養液に、終濃度5~30%で添加し培養してもよい。
【0060】
上記のような細胞群は、例えば、上記の配向性を有する細胞足場上で少なくとも1つの細胞塊を培養することにより得ることができる。すなわち、配向性を有する細胞足場上における培養により、細胞塊から軸索が延出し、かつ、当該軸索及び/又は細胞塊の神経活動が電気的に検出されるようになる。
【0061】
培養する細胞塊としては、例えば胎仔を含む動物生体から摘出された組織片、及び細胞を培養して得られる神経細胞スフェロイド等が挙げられる。本明細書中、「神経細胞スフェロイド」とは、神経細胞を含むスフェロイドを意味する。ここで、スフェロイドは当業界における通常の意味で用いられ、例えば複数の細胞の3次元的な集合体を包含する。
好適に用いられる組織片としては、例えば大脳、小脳、又は脊髄から得られた組織片、及び脊髄後根神経節(DRG)から得られた組織片等が挙げられる。ここで、組織片は、例えば哺乳類から得てもよく、具体的には、マウス及びラット等のげっ歯類、又はサル及びヒト等の霊長類から得てもよい。
培養する組織片は、各片が例えば100μm以上1000μm以下のサイズであってもよい。
【0062】
神経細胞スフェロイドとしては、例えば神経細胞を培養して得られるものを用いることができる。好適に用いられる神経細胞スフェロイドとしては、初代培養細胞を培養して得られる神経細胞スフェロイド、及び多能性幹細胞由来の神経細胞を培養して得られる神経細胞スフェロイドが挙げられる。ここで、初代培養細胞としては、大脳、小脳、脊髄、又は脊髄後根神経節等の組織片から解離して得られた初代培養細胞が好適に用いられる。また、多能性幹細胞由来の神経細胞としては、ヒトiPS細胞由来の神経細胞が好適に用いられる。
【0063】
神経細胞を培養して神経細胞スフェロイドを得る場合、培養に用いる神経細胞は、神経前駆細胞、未成熟な神経細胞、及び成熟化が進んだ神経細胞のいずれであってもよい。一般的には、初代培養細胞は、未成熟な神経細胞に相当し、多能性幹細胞由来の神経細胞は、神経前駆細胞又は未成熟な神経細胞に相当する。神経細胞スフェロイドの作製に用いられる多能性幹細胞由来の神経細胞は、好ましくは神経前駆細胞を含む。
神経前駆細胞を用いて神経細胞スフェロイドを作製する場合、神経細胞スフェロイドの形成時及び/又はその後に続く神経細胞スフェロイドの細胞足場上での培養において、神経前駆細胞の分化及び神経細胞の成熟化が生じると推察される。
神経細胞スフェロイドは、少なくとも神経前駆細胞及び/又は未成熟な神経細胞を含む神経細胞を培養して得られるものであると好ましく、少なくとも神経前駆細胞を含む神経細胞を培養して得られるものであるとより好ましい。
【0064】
神経細胞スフェロイドは、神経細胞(好ましくは、初代培養細胞又は多能性幹細胞由来の神経細胞)を、例えば2日以上、好ましくは4日以上、より好ましくは5日以上、更に好ましくは1週間以上、又は例えば2週間以上培養することにより得られるものである。かかる培養期間の上限は特に限定されないが、3週間、4週間、又は5週間であってもよい。培養期間は、上記の上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲であってもよい。培養期間は、1~2週間(7日以上14日以下)であってもよい。
培養条件は、使用する細胞に合わせて適宜選択すればよく、市販の神経細胞を用いる場合は、添付の培養液を用いてもよい。培養条件としては、例えば5%CO2、37℃のインキュベータ中の培養であってもよい。培養の際、培養液は、例えば、1~7日間隔で交換してもよい。
【0065】
神経細胞スフェロイドは、細胞足場に配置する際に、例えば1×102個以上1×106個以下の細胞を含む。神経細胞スフェロイドに含まれる細胞数は、上記の範囲内において、好ましくは1.0×103個以上、より好ましくは5.0×103個以上である。かかる細胞数の上限は特に限定されないが、5.0×104個、1.0×105個、又は5.0×105個である。神経細胞スフェロイドの細胞数は、上記の上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲であってもよい。
また、神経細胞スフェロイドは、細胞足場に配置した際に、細胞足場の面方向上部から観察したときの円相当直径が、例えば50μm以上1000μm以下である。かかる円相当直径は、上記範囲内において、好ましくは100μm以上、より好ましくは150μm以上、更に好ましくは300μm以上である。かかる円相当直径の上限は特に限定されないが、上記範囲内において、800μm、700μm、又は600μmである。上記の円相当直径は、上記の上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲であってもよい。
このような神経細胞スフェロイドを用いて細胞群を作製すると、神経細胞がより早期に成熟するため、細胞群の神経活動が容易に検出されやすくなる傾向にある。
【0066】
配向性を有する細胞足場上で細胞塊を培養する期間は、例えば4日以上、好ましくは5日以上、より好ましくは1週間以上、更に好ましくは2週間以上である。細胞塊として初代培養細胞から得られる神経細胞スフェロイド又は生体から得られる組織片を用いる場合、多能性幹細胞由来の神経細胞から得られる神経細胞スフェロイドを用いる場合よりも、より短い培養期間で神経活動が電気的に検出されるようになる傾向にある。
細胞塊として初代培養細胞から得られる神経細胞スフェロイド又は生体から得られる組織片を用いる場合の培養期間としては、例えば4日以上、好ましくは5日以上、より好ましくは1週間以上、更に好ましくは2週間以上である。
細胞塊として多能性幹細胞由来の神経細胞から得られる神経細胞スフェロイド又は神経前駆細胞から得られる神経細胞スフェロイドを用いる場合の培養期間としては、例えば4日以上、好ましくは5日以上、より好ましくは1週間以上、更に好ましくは2週間以上である。
細胞塊の培養期間の上限は特に限定されないが、例えば、20週間、15週間、12週間、10週間又は8週間であってもよい。
細胞塊の培養期間は、上記の上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲であってもよい。配向性を有する細胞足場上で細胞塊を培養する条件は、神経細胞スフェロイドを作製する際の、細胞の培養条件と同様であってよい。
【0067】
(その他の構成)
本実施形態の神経細胞デバイスは、配向性を有する細胞足場、及び細胞群以外の構成として、その他の部材又は構成を備えていてもよい。
例えば、本実施形態の神経細胞デバイスは、細胞足場の周囲に配置されたフレームを備えていてもよい。フレームは、細胞足場を補強又は固定するための部材であり、更に、ある環境に配置されていた細胞足場を、別の環境に移動する際に把持するための把持部分としても働くことができる。
【0068】
フレームを細胞足場に固定又は保持する場合は、細胞培養に影響を及ぼさない限り特に限定されないが、例えば市販の生体適合性粘着剤、例えばシリコーン一液縮合型RVTゴム(信越化学社製、カタログ番号KE-45)を用いて、フレームと細胞足場とを接着することができる。
【0069】
フレームの素材は、細胞培養に影響を及ぼさない限り任意の材料を用いることができる。好適な材料の例としては、例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、ポリスチレン、ポリカーボネート、及びステンレスが挙げられる。
フレームの厚さは、特に限定されないが、0.1mm以上4.0mm以下、好ましくは0.25mm以上3.0mm以下、より好ましくは0.5mm以上2.0mm以下である。
フレームの形状は、使用目的によって変えることができ、縦長×横長が、それぞれ2.0mm×2.0mm~15mm×15mmが好ましく、円形または多角形である。
【0070】
本実施形態の神経細胞デバイスは、上記のフレームを備えて、又は上記のフレームなしに、細胞培養ディッシュ、又は複数のウェルを有するマルチウェルプレート内のウェルの少なくとも1つに配置してもよい。
【0071】
本実施形態の神経細胞デバイスは、細胞足場に接触するようにして配置された少なくとも2つの電極を更に備えていてもよい。電極は、MEAとして構成されていてもよい。かかる電極により細胞足場上の細胞群の神経活動を検出することができる。用いる電極としては、(細胞群)の項において上述した電極が挙げられる。
【0072】
ある実施形態において、本実施形態の神経活動デバイスは、例えば、配向性を有する細胞足場、及び細胞群に加えて、細胞足場の周囲に配置されたフレームを備えるものである。
この実施形態において、フレームを備える細胞足場に細胞塊が配置され、かかる細胞足場は、細胞培養ディッシュ、又はマルチウェルプレート内のウェルの少なくとも1つに配置される。ここで、フレームを把持することで細胞足場の移動が容易に実現される。その後、細胞培養ディッシュ、又はウェルにおいて、細胞塊が培養されることで、細胞塊から軸索が延出し、かつ、神経活動が電気的に検出される程度に成熟化され、その結果、本実施形態の神経細胞デバイスが形成される。この後、神経細胞デバイスは、MEA上に配置され、細胞群の神経活動が電気的に観測される。MEAによる神経活動の測定の結果、用いた細胞群の神経活動を評価することができ、更に、任意の化合物を細胞群に投与した後に神経活動を測定することで、その化合物の神経毒性の評価をすることができる。
【0073】
(用途)
本実施形態の神経細胞デバイスは、細胞足場上に配置されている細胞群の神経活動を測定することに好適に用いられる。神経活動は、微小電極、MEA、又はCMOS-MEAにより好適に測定され、より好ましくはMEA、又はCMOS-MEAにより測定される。神経活動が測定、解析、及び評価された細胞群は、その後細胞足場から剥離され、又は細胞足場と共に、生体内に移植されてもよい。
【0074】
また、本実施形態の神経細胞デバイスは、細胞群の薬剤に対する応答を測定することにも好適に用いられる。すなわち、本実施形態の神経細胞デバイスは、薬剤の神経毒性を評価するために好適に用いることができる。
【0075】
[神経細胞デバイスの製造方法]
本実施形態の神経細胞デバイスの製造方法は、配向性を有する細胞足場を準備する工程と、細胞足場に少なくとも1つの細胞塊を配置する工程と、細胞塊を細胞足場上で培養することにより機能的に成熟させる工程と、を含む。
本実施形態の神経細胞デバイスの製造方法は、上記の構成を備えることにより、容易に神経活動又は神経毒性の評価に有用である神経細胞デバイスを製造することができる。
以下、各工程について詳述する。
【0076】
(細胞足場準備工程)
本工程は、配向性を有する細胞足場を準備する工程(以下、「準備工程」という。)である。細胞足場の構成、例示、及び好ましい態様等は、神経細胞デバイスの項で詳述したものと同様である。
準備工程は、上述のような細胞足場を得る工程であれば特に限定されないが、例えば、細胞足場を市販により購入するか、従来公知の方法により製造する工程である。
【0077】
準備工程は、好ましくは、エレクトロスピニング法によって高分子材料を含む溶液からファイバーシートを製造する工程である。具体的には、上述したような回転ドラムと、高分子材料を含む溶液を噴霧するノズルとを用いる方法や、高分子材料を含む溶液を平坦なプレート上に噴霧する方法を用いることができる。
回転ドラムを用いるエレクトロスピニング法において、例えば、印加電圧は5~30kV、高分子溶液の射出流速は0.5~2.0mL/h、ドラム回転速度は500~3000rpmであってもよい。
【0078】
配向性を有するPLGAファイバーシートは、例えば以下のとおりに作製することができる。乳酸モノマーとグリコール酸モノマーのフィード比率が3:1の条件で製造された乳酸とグリコール酸の共重合体(PLGA)(シグマアルドリッチ社製、品番「P1941」)を、1,1,1,3,3,3-ヘキサフルオロ-2-プロパノール(HFIP)(富士フイルム和光純薬社製、品番「089-04233」)に室温条件下で溶解させ、20%(w/v)溶液とする。この溶液を、5mL容量シリンジ(ヘンケ社製、「Norm-Ject Syringes」)に充填後、22Gの刃先フラットのニードルを装着したナノファイバー電界紡糸装置(株式会社メック製、品番「NANON-03」)に設置する。ナノファイバー電界紡糸装置を用いて、ドラムコレクター上に、配向性を有するPLGAファイバーシートを形成する。その際の条件としては、電圧:20kV、射出流速:1.0mL/h、ドラム回転速度:750rpmの条件とする。
【0079】
(細胞塊配置工程)
本工程は、準備工程で準備した細胞足場に少なくとも1つの細胞塊を配置する工程(以下、「配置工程」という。)である。配置する細胞塊の構成、例示、及び好ましい態様等は、神経細胞デバイスの項で詳述したものと同様である。配置する細胞塊の個数は特に限定されず、1つ又は2つ以上であってよく、1つ又は2つであってもよく、2つ以上であってもよい。
細胞足場に細胞塊を配置する方法としては、細胞塊を含む溶液を細胞足場に滴下する方法が挙げられる。細胞塊の配置位置を制御するために位置決めのための部材を細胞足場に配置してもよい。そのような部材としては、例えば、適当なサイズの穴を有するシリコーンゴム製のシートが挙げられる。穴の直径は、例えば、0.5mm以上3.0mm以下であってもよい。そのような位置決めのための部材を用いることにより、容易に、2以上の細胞塊を隣接して配置させることができる。
【0080】
(細胞塊培養工程)
本工程は、配置工程で細胞足場上に配置した細胞塊を細胞足場上で培養することにより機能的に成熟させる工程(以下、「培養工程」という。)である。本工程において、細胞塊を、上記のような配向性を有する細胞足場上で培養すると、細胞足場の配向方向と同じ方向に配向した軸索が細胞塊から延出し、更に、細胞塊及び軸索が機能的に成熟する。これにより、細胞塊と、細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含む細胞群が得られる。
【0081】
培養工程における培養期間は、例えば4日以上、好ましくは5日以上、より好ましくは1週間以上、更に好ましくは2週間以上である。細胞塊として初代培養細胞から得られる神経細胞スフェロイド又は生体から得られる組織片を用いる場合、多能性幹細胞由来の神経細胞から得られる神経細胞スフェロイドを用いる場合よりも、より短い培養期間で細胞塊が機能的に成熟するようになる傾向にある。
細胞塊として初代培養細胞から得られる神経細胞スフェロイド又は生体から得られる組織片を用いる場合の培養期間としては、例えば4日以上、好ましくは5日以上、より好ましくは1週間以上、更に好ましくは2週間以上である。
細胞塊として多能性幹細胞由来の神経細胞から得られる神経細胞スフェロイド又は神経前駆細胞から得られる神経細胞スフェロイドを用いる場合の培養期間としては、例えば4日以上、好ましくは5日以上、より好ましくは1週間以上、更に好ましくは2週間以上である。
細胞塊の培養期間の上限は特に限定されないが、例えば、20週間、15週間、12週間、10週間、又は8週間であってもよい。
細胞塊の培養期間は、上記の上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲であってもよい。配向性を有する細胞足場上で細胞塊を培養する条件は、神経細胞デバイスの項において記載した、神経細胞スフェロイドを作製する際の細胞の培養条件と同様であってよい。
【0082】
本実施形態の製造方法は、上記の工程以外の工程を含んでいてもよい。そのような工程としては、例えば、神経細胞を培養することにより細胞塊を得る工程(以下、「作製工程」という。)や、少なくとも2つの電極を細胞足場に接触するように配置する工程(以下、「電極配置工程」という。)等が挙げられる。
【0083】
作製工程は、配置工程の前に行われる限り、準備工程の前又は後に実施してもよく、準備工程と並行して実施してもよい。電極配置工程は、準備工程の後に行われる限り、いつ実施してもよい。例えば、準備工程の後であって配置工程の前に実施してもよく、あるいは、培養工程の後に実施してもよい。
【0084】
作製工程は、例えば、神経細胞(好ましくは、初代培養細胞又は多能性幹細胞由来の神経細胞)を培養して、神経細胞スフェロイドを得る工程である。培養期間としては、例えば2日以上、好ましくは4日以上、より好ましくは5日以上、更に好ましくは1週間以上、又は例えば2週間以上である。かかる培養期間の上限は特に限定されないが、3週間、4週間、又は5週間であってもよい。培養期間は、上記の上限値及び下限値を任意に組み合わせた範囲であってもよい。培養期間は、1~2週間(7日以上14日以下)であってもよい。
培養条件は、使用する細胞に合わせて適宜選択すればよく、市販の神経細胞を用いる場合は、添付の培養液を用いてもよい。培養条件としては、例えば5%CO2、37℃のインキュベータ中の培養であってもよい。培養の際、培養液は、例えば、1~7日間隔で交換してもよい。
培養する神経細胞は、神経前駆細胞、未成熟な神経細胞、及び成熟化が進んだ神経細胞のいずれであってもよく、これらを2種以上組み合わせたものであってもよい。
培養する初代培養細胞としては、大脳、小脳、脊髄、又は脊髄後根神経節等の組織片から解離して得られた初代培養細胞が好適に用いられる。また、培養する多能性幹細胞由来の神経細胞としては、ヒトiPS細胞由来の神経細胞が好適に用いられる。
【0085】
電極配置工程は、例えば、少なくとも2つの電極から構成されるMEA上に、細胞足場を配置する工程である。用いるMEAとしては、神経細胞デバイスの項において例示したものが挙げられる。
【0086】
[神経活動評価方法]
本実施形態の神経活動評価方法は、配向性を有する細胞足場上に配置された細胞群から電気的シグナルを検出することを含み、細胞群は、少なくとも1つの細胞塊と、細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含む。本実施形態の神経活動評価方法は、例えば、上記の本実施形態の神経細胞デバイスを用いて、あるいは、上記の本実施形態の神経細胞デバイスの製造方法により製造された神経細胞デバイスを用いて実施される。したがって、細胞足場、並びに細胞群、細胞塊、及び軸索の構成、例示、及び好ましい態様等は、神経細胞デバイス及び神経細胞デバイスの製造方法の項で詳述したものと同様である。
【0087】
本実施形態の神経活動評価方法は、少なくとも1つの細胞塊と、細胞塊から略一軸方向に延出した軸索とを含む細胞群から電気的シグナルを検出する。かかる方法によれば、検出された電気的シグナルが、細胞群の細胞塊部分から検出されたものであるか、軸索部分から検出されたものであるかが明確であるため、軸索部分における神経活動の伝播を観測することが容易である。また、軸索内伝導による神経活動の伝播とシナプス間伝達による神経活動の伝播とを区別することができる。また、2つ以上の細胞塊を培養させて、それらを軸索により連結させたときに、かかる2つ以上の細胞塊が同期しているかを確認することで、細胞群の成熟度合いを確かめることができる。
【0088】
本実施形態の神経活動評価方法において、検出される電気的シグナルは、神経細胞の電気生理学的な変化に起因して得られる電気的シグナルである。ここで、電気生理学的変化は、電流の発生又は細胞外電位の変化であるが、典型的には、細胞外電位の変化である。
電気的シグナルは、微小な電極を細胞群に近接させて、電極周辺の電位の変化を検出することにより検出することができる。かかる方法において、好ましくは、少なくとも2つの電極が用いられ、より好ましくは、MEAが用いられる。MEAの構成、例示、及び好ましい態様等は、神経細胞デバイスの項で詳述したものと同様である。
【0089】
検出される電気的シグナルは、好ましくは、細胞塊からの電気的シグナルを含む。また、検出される電気的シグナルは、好ましくは、細胞塊から延出している軸索からの電気的シグナルを含む。
【0090】
本実施形態の神経活動評価方法は、好ましくは、電気的シグナルの空間的伝播を検出することを含む。本実施形態の神経活動評価方法は、好ましくは、軸索において電気的シグナルが空間的に伝播する様子を検出する。本実施形態の神経活動評価方法は、好ましくは、同期した電気的シグナル(同期バースト発火)を検出する。
【0091】
本実施形態の神経活動評価方法は、好ましくは少なくとも2つの細胞塊を含む細胞群を用い、ここで、かかる少なくとも2つの細胞塊は軸索により連結している。このような態様によれば、少なくとも2つの細胞塊を連結する軸索から生じる電気的シグナルを検出することができる。
更に、このような態様において、より好ましくは、電気的シグナルが、第1の細胞塊の近傍で検出される第1の電気的シグナルと、第2の細胞塊の近傍で検出される第2の電気的シグナルとを含み、第2の電気的シグナルは、第1の電気的シグナルより遅延している。例えば、細胞群が、隣接する2つの細胞塊と、2つの細胞塊を連結する軸索とを含む場合、第1の細胞塊の近傍で検出される第1の電気的シグナルと、第2の細胞塊の近傍で検出される第2の電気的シグナルとが検出され、第2の電気的シグナルは、第1の電気的シグナルより遅延している。これは、第1の細胞塊から第2の細胞塊に神経活動が伝播された結果、第1の電気的シグナルと第2の電気的シグナルとの間に遅延が生じることにより観測されるものであると考えられる。
【0092】
本実施形態の神経活動評価方法は、好ましくは、評価対象となる薬剤を細胞群に投与した後に又は投与しながら細胞群から電気的シグナルを検出することを含む。本実施形態の神経活動評価方法は、より好ましくは、評価対象となる薬剤を細胞群に投与した後に又は投与しながら細胞群における電気的シグナルの空間的伝播を検出することを含む。ここで、薬剤は、化合物であってもよく、評価対象とする化合物を含む組成物であってもよい。このような態様によれば、評価対象となる薬剤が神経活動に与える影響を評価することができ、例えば、神経活動の増幅や抑制、あるいは、神経活動の伝播速度に与える影響を評価することができる。
【実施例0093】
以下、本発明を実施例及び比較例を用いてより具体的に説明する。本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0094】
[作製例1]細胞足場(配向性ファイバーシート)の作製
以下のようにして、細胞足場として、配向性を有するPSファイバーシートを作製した。
【0095】
配向性を有するPSファイバーシートの作製方法は以下のとおりである。ポリスチレン(PS)(シグマアルドリッチ社製、品番「182435」)を、DMF(富士フイルム和光純薬社製)に室温条件下で溶解させ、30%(w/v)溶液とした。この溶液を、5mL容量シリンジ(ヘンケ社製、「Norm-Ject Syringes」)に充填後、25Gの刃先フラットのニードルを装着したナノファイバー電界紡糸装置(株式会社メック製、品番「NANON-03」)に設置した。ナノファイバー電界紡糸装置を用いて、ドラムコレクター上に、配向性を有するPSファイバーシートを形成した。その際の条件としては、電圧:8~12kV、射出流速:1.7mL/h、ドラム回転速度:2000rpmの条件とした。
【0096】
得られたPSファイバーシートをデジタルマイクロスコープ(キーエンス社製、品番「VHX-5000」)及びデジマチックインジケータ(ABSデジマチックインジケータID-CX,ID-C112XBS)で観察したところ、PSファイバーシートは以下のパラメータを有することがわかった。以下の数値範囲は、複数回の測定を行って算出された各平均値が、以下の数値範囲内に入ったことを意味する。
ファイバーの平均直径 :3~5μm
ファイバー間の平均距離 :6~30μm
ファイバーシートの空隙率:30~40%
ファイバーシートの厚さ :10~30μm
【0097】
上記のようにして得られた細胞足場(ファイバーシート)に、シリコーンゴム一液縮合型RVTゴム(信越化学社製、品番「KE-45-T」)を用いて、ステンレス製の円形フレーム(外径6mm、内径3mm)及びポリカーボネート製のフレーム(外径6mm、内径3mm)のそれぞれを、細胞足場(ファイバーシート)が最下面に位置するように接着させた。フレームを備える細胞足場の外観の一例を図12(A)に示す。
【0098】
[作製例2]神経細胞スフェロイドの作製
以下のようにして、ラット初代培養神経細胞又はヒトiPS細胞由来神経細胞を用いて神経細胞スフェロイドを作製した。
【0099】
ラット初代培養神経細胞を用いた神経細胞スフェロイドの作製方法は以下のとおりである。初代培養神経細胞であるラット大脳皮質神経細胞(ThermoFisher社製、品番「A10840」)を、PrimeSurfaceプレート96M(住友ベークライト社製、品番「MS-9096M」)の各ウェルに、0.5×104個、又は1.0×104個ずつ添加した。かかる神経細胞を、B-27 Plus Neuronal Culture System(ThermoFisher社製、品番「A3653401」)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で1~2週間培養することにより、ラット大脳皮質神経細胞に由来する神経細胞スフェロイド(以下、「ラット大脳皮質神経スフェロイド」という。)を作製した。ラット大脳皮質神経細胞を各ウェルに0.5×104個ずつ添加して作製されたラット大脳皮質神経スフェロイドは、後述する図1に示す神経細胞の免疫染色実験に用いた。
【0100】
ヒトiPS細胞由来神経細胞を用いた神経細胞スフェロイドの作製方法は以下のとおりである。ヒトiPS細胞由来神経細胞XCL-1 NEURONS(XCell Science社製、品番「XCS-NP-001-1V」)を、PrimeSurfaceプレート96M(住友ベークライト社製、品番「MS-9096M」)の各ウェルに、1.0×104個ずつ添加した。かかる神経細胞を、Neuron Medium(XCell Science社製、品番「XCS-NM-001-M100-1P」)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で1~2週間培養することにより、ヒトiPS細胞由来神経細胞に由来する神経細胞スフェロイド(以下、「ヒトiPS細胞由来神経スフェロイド」という。)を作製した。
【0101】
[作製例3]ラット大脳皮質神経スフェロイドを用いた神経細胞デバイスの作製
作製例2で作製したラット大脳皮質神経スフェロイドを、作製例1で作製した配向性を有するPSファイバーシート上に1~5個/0.07cm2の密度で播種した。次いで、培地として、ラット大脳皮質神経スフェロイドの作製に用いた培地(B-27 Plus Neuronal Culture System)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、ファイバーシート上のラット大脳皮質神経スフェロイドを培養することにより、ラット大脳皮質神経スフェロイドを用いた神経細胞デバイス(以下、「ラット大脳皮質神経スフェロイドデバイス」という。)を作製した。培養期間は、後述する試験例のとおりとした。
【0102】
このラット大脳皮質神経スフェロイドデバイスについて、DAPI及びβ3チューブリン抗体を用いて、ファイバーシート上での培養開始から5週間経過後に神経細胞の免疫染色を行った。図1にその結果を示す。図1より、神経細胞スフェロイドからファイバーシートの配向方向に沿って軸索が延出していることが示された。
【0103】
[作製例4]ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドを用いた神経細胞デバイスの作製
作製例2で作製したヒトiPS細胞由来神経スフェロイドを、作製例1で作製した配向性を有するPSファイバーシート上に1~2個/0.07cm2の密度で播種した。2つの神経細胞スフェロイドを播種する場合は、直径約1mmの穴を有するシリコーンゴム製シートを用いて、図2に示すように、ファイバーシートの配向方向に沿って2つの神経細胞スフェロイドが位置するように神経細胞スフェロイドを配置した。なお、図2において、神経細胞スフェロイドを囲う円が、シリコーンゴム製シートの穴であり、規則的に配列する4×4の点が、後述するMEAを構成する各微小電極である。図2では、ファイバーシートは、左下から右上に向かう方向(あるいは右上から左下に向かう方向)に配向している。
次いで、培地として、BrainPhysTM Neuronal Medium and SMI Kit(STEMCELL Technologies社製、品番「05792」)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、ファイバーシート上のヒトiPS細胞由来神経スフェロイドを培養することにより、ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドを用いた神経細胞デバイス(以下、「ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイス」という。)を作製した。培養期間は、後述する試験例のとおりとした。
【0104】
このヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスについて、DAPI及びNF200抗体を用いて、ファイバーシート上での培養開始から10週間経過後に神経細胞の免疫染色を行った。図3にその結果を示す。図3より、神経細胞スフェロイドからファイバーシートの配向方向に沿って軸索が延出していることが示された。
【0105】
[比較作製例1]ラット初代培養神経細胞がMEA上に播種された比較神経細胞デバイスの作製
以下のようにして、ラット初代培養神経細胞がMEA上に播種された比較神経細胞デバイス(以下、「比較例1の神経細胞デバイス」ともいう。)を作製した。まず、作製例2のラット大脳皮質神経スフェロイド作製に用いたラット初代培養神経細胞と同じ神経細胞を、24ウェルMEAプローブ(アルファメッドサイエンティフィック社(大阪府茨木市)製、品番「MED-Q2430L」)上に9.0×105cells/cm2の細胞密度で播種した。かかるMEAプローブは、各ウェル内に4×4の正方形状に等間隔で配置された16点の微小電極を有するものである。
次いで、培地として、作製例2においてラット大脳皮質神経スフェロイドの作製に用いた培地(B-27 Plus Neuronal Culture System)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、MEAプローブ上のラット初代培養神経細胞を培養することにより、比較例1の神経細胞デバイスを作製した。培養期間は、後述する試験例のとおりとした。
【0106】
[比較作製例2]ラット初代培養神経細胞が配向性ファイバーシート上に播種された比較神経細胞デバイスの作製
以下のようにして、ラット初代培養神経細胞が配向性ファイバーシート上に播種された比較神経細胞デバイス(以下、「比較例2の神経細胞デバイス」ともいう。)を作製した。まず、作製例2のラット大脳皮質神経スフェロイド作製に用いたラット初代培養神経細胞と同じ神経細胞を、作製例1で作製した配向性を有するPSファイバーシート上に、9.0×105cells/cm2の細胞密度で播種した。
次いで、培地として作製例2においてラット大脳皮質神経スフェロイドの作製に用いた培地(B-27 Plus Neuronal Culture System)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、ファイバーシート上のラット初代培養神経細胞を培養することにより、比較例2の神経細胞デバイスを作製した。培養期間は、後述する試験例のとおりとした。
【0107】
[比較作製例3]ラット大脳皮質神経スフェロイドがMEA上に直接配置された比較神経細胞デバイスの作製
以下のようにして、ラット大脳皮質神経スフェロイドがMEA上に直接配置された比較神経細胞デバイス(以下、「比較例3の神経細胞デバイス」ともいう。)を作製した。まず、作製例2で作製したラット大脳皮質神経スフェロイドを、比較作製例1で用いた24ウェルMEAプローブ上に1~5個播種した。
次いで、培地として作製例2においてラット大脳皮質神経スフェロイドの作製に用いた培地(B-27 Plus Neuronal Culture System)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、MEAプローブ上のラット大脳皮質神経スフェロイドを培養することにより、比較例3の神経細胞デバイスを作製した。培養期間は、後述する試験例のとおりとした。
【0108】
[比較作製例4]ヒトiPS細胞由来神経細胞がMEA上に播種された比較神経細胞デバイスの作製
以下のようにして、ヒトiPS細胞由来神経細胞がMEA上に播種された比較神経細胞デバイス(以下、「比較例4の神経細胞デバイス」ともいう。)を作製した。まず、作製例2のヒトiPS細胞由来神経スフェロイド作製に用いたヒトiPS細胞由来神経細胞XCL-1 NEURONSを、比較作製例1で用いた24ウェルMEAプローブ上に、3.0×105cells/cm2の細胞密度で播種した。
次いで、培地として、播種後8日目までは作製例2においてヒトiPS細胞由来神経細胞の作製に用いた培地(Neuron Medium)を、播種後8日目以降は作製例4において用いた培地(BrainPhysTM Neuronal Medium and SMI Kit)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、MEAプローブ上のヒトiPS細胞由来神経細胞を培養することにより、比較例4の神経細胞デバイスを作製した。培養期間は、後述する試験例のとおりとした。
【0109】
[比較作製例5]ヒトiPS細胞由来神経細胞が配向性ファイバーシート上に播種された比較神経細胞デバイスの作製
以下のようにして、ヒトiPS細胞由来神経細胞が配向性ファイバーシート上に播種された比較神経細胞デバイス(以下、「比較例5の神経細胞デバイス」ともいう。)を作製した。まず、作製例2のヒトiPS細胞由来神経スフェロイド作製に用いたヒトiPS細胞由来神経細胞XCL-1 NEURONSを、作製例1で作製した配向性を有するPSファイバーシート上に、6.0×105cells/cm2の細胞密度で播種した。
次いで、培地として、播種後8日目までは作製例2においてヒトiPS細胞由来神経細胞の作製に用いた培地(Neuron Medium)を、播種後8日目以降は作製例4において用いた培地(BrainPhysTM Neuronal Medium and SMI Kit)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、ファイバーシート上のヒトiPS細胞由来神経細胞を培養することにより、比較例5の神経細胞デバイスを作製した。培養期間は、後述する試験例のとおりとした。
【0110】
[比較作製例6]ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドがMEA上に直接配置された比較神経細胞デバイスの作製
以下のようにして、ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドがMEA上に直接配置された比較神経細胞デバイス(以下、「比較例6の神経細胞デバイス」ともいう。)を作製した。まず、作製例2で作製したヒトiPS細胞由来神経スフェロイドを、比較作製例1で用いた24ウェルMEAプローブ上に1又は2個播種した。2つの神経細胞スフェロイドを播種する場合は、図4に示すように、一方の神経細胞スフェロイドと、もう一方の神経細胞スフェロイドとが、MEAの電極のうち、対角線上に位置する2つの電極上に位置するように各神経細胞スフェロイドを配置した。図4では、電極チャネル4番及び電極チャネル13番のそれぞれの上に、神経細胞スフェロイドが配置されている。なお、図4において、規則的に配列する4×4の点が、MEAを構成する各微小電極である。
次いで、培地として、作製例4において用いた培地(BrainPhysTM Neuronal Medium and SMI Kit)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、MEAプローブ上のヒトiPS細胞由来神経スフェロイドを培養することにより、比較例6の神経細胞デバイスを作製した。培養期間は、後述する試験例のとおりとした。
【0111】
[試験例1]MEAによる神経細胞の細胞外電位の計測
[神経活動の測定]
作製例3及び4で作製した神経細胞デバイス、並びに、比較作製例1~6で作製した比較例1~6の神経細胞デバイスについて、MEAにより神経細胞の細胞外電位を測定することにより、神経細胞を含む細胞群の神経活動の測定を行った。
細胞足場(ファイバーシート)上に神経細胞又は神経細胞スフェロイドを播種した例については、比較作製例1で用いた24ウェルMEAプローブ上に細胞足場を配置し、細胞群とMEAプローブの電極とを接触させてから神経活動の測定を行った。MEA上に神経細胞又は神経細胞スフェロイドを播種した例については、当該MEAプローブを用いて神経活動の測定を行った。
神経活動の測定は、MEA測定装置としてアルファメッドサイエンティフィック社製の品番「MED64-Presto」を用いて、細胞群の細胞外電位を10分間又は20分間測定することにより行った。
【0112】
[測定データの解析]
解析用ソフトウェアとしてBurstAnalysis及びMED64 Burstscope(アルファメッドサイエンティフィック社製)を用いて、MEAの微小電極により測定された電位変化を解析し、スパイク数及びバースト数の計測、並びにラスタープロット及びヒストグラムの描画を行った。
【0113】
[使用した薬剤]
いくつかの試験では、神経活動の測定の際に、薬剤を細胞群に投与した。
薬剤として、細胞膜上のカリウムチャネルを遮断することにより神経細胞の膜電位の変化を誘起することが知られている4-アミノピリジン(4-AP)(富士フイルム和光純薬社製、品番「016-02781」)、GABAA受容体阻害剤であるピクロトキシン(PTX)(ナカライテスク社製、品番「28004-71」)、及び非NMDA型グルタミン酸受容体阻害剤である6-シアノ-7-ニトロキノキサリン-2,3-ジオン(CNQX)(Alomone Labs社製、品番「C-140」)を用いた。薬剤の投与には、溶媒としてジメチルスルホキシド(DMSO)を用いた。
薬剤の添加を伴う神経活動の測定では、ビヒクルとしてDMSOを0.1%(培地に対する体積比(v/v))で添加し細胞外電位を測定した(ビヒクル測定値)。その後、1度に又は段階的に薬剤を投与しながら細胞外電位を測定した。陰性対照としてDMSOのみを薬剤と同量添加したものについてもMEA測定を行った。
【0114】
[薬剤の添加を伴う神経細胞デバイスのMEA測定]
(1)MEA測定1
作製例3で作製したラット大脳皮質神経スフェロイドデバイスについて、神経細胞スフェロイドの播種後3週間が経過した時点で、MEA測定を行った。終濃度100μMの4-APを添加したところ、添加前(ビヒクル測定値)と比較してスパイク数及びバースト数が増加した(図5A及びB)。
(2)MEA測定2
作製例4で作製したヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスについて、神経細胞スフェロイドの播種後3週間が経過した時点で、MEA測定を行った。ここで、4-AP、PTX、及びCNQXを段階的に添加しながらMEA測定を行った。4-APは、終濃度が0.3μM、1μM、3μM、10μM、及び30μMになるように、PTX及びCNQXは、終濃度が0.1μM、0.3μM、1μM、3μM、及び10μMになるように段階的に添加した。その結果、これらの薬剤の濃度上昇に伴い、ラスタープロット及びヒストグラムの形状が変化した(図6)。
【0115】
以上のMEA測定1及び2の結果から、本実施形態の神経細胞デバイスを用いることで神経の機能評価、とりわけ神経ネットワーク活動の電気生理学的な評価に有用であることがわかった。
【0116】
[本実施形態の神経細胞デバイスと比較例の神経細胞デバイスとの比較試験]
(1)MEA測定3
作製例3で作製したラット大脳皮質神経スフェロイドデバイス、及び比較例3の神経細胞デバイス(ラット大脳皮質神経スフェロイドがMEA上に直接配置された比較神経細胞デバイス)について、神経細胞スフェロイドの播種後、1週間、2週間、及び3週間が経過した時点で、MEA測定を行った。
図7に、神経細胞スフェロイドの播種後、1週間、2週間、及び3週間が経過した時点で行ったMEA測定において、16点の微小電極のそれぞれで検出された細胞外電位を示す。図7によれば、ラット大脳皮質神経スフェロイドデバイス及び比較例3の神経細胞デバイスの双方において、神経細胞スフェロイドの直下又は近傍に位置する電極(図7の各測定結果において白枠で強調した箇所が該当する。)で細胞外電位の変化が検出されているものの、ラット大脳皮質神経スフェロイドデバイスは比較例に対してより大きな細胞外電位の変化が検出されていることがわかる。このことから、本実施形態の神経細胞デバイスは、神経細胞スフェロイドをMEAプローブ上に直接播種した場合と比較して、より早期からより高いシグナル対ノイズ(S/N)比でMEA測定を行えることがわかった。
【0117】
(2)MEA測定4
作製例4で作製したヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイス、及び比較例4~6の神経細胞デバイス(ヒトiPS細胞由来神経細胞がMEA上に播種された比較神経細胞デバイス;ヒトiPS細胞由来神経細胞が配向性ファイバーシート上に播種された比較神経細胞デバイス;ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドがMEA上に直接配置された比較神経細胞デバイス)について、MEA測定を行った。なお、作製例4及び比較作製例6における神経細胞スフェロイドとしては、作製例2において神経細胞を2週間培養して得られたものを用いた。ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイス、及び比較例6の神経細胞デバイスのMEA測定は、神経細胞スフェロイドの播種後1週間が経過した時点で行った。比較例4及び5の神経細胞デバイスのMEA測定は、神経細胞の播種後3週間が経過した時点で行った。
図8に、各例において得られたラスタープロット及びヒストグラムを示す。神経細胞スフェロイドを用いずに作製した比較例4及び5の神経細胞デバイスでは、スパイク数は検出閾値未満で検出されなかった。配向性を有するPSファイバーシートを用いずにMEAプローブ上に神経細胞スフェロイドを直接播種した比較例6の神経細胞デバイスと、作製例4で作製したヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスとを比較すると、ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスで、より多くのスパイク数及びバースト数が観測された。このことから、本実施形態の神経細胞デバイスは、神経細胞スフェロイドを用いずに作製された神経細胞デバイスや、神経細胞スフェロイドをMEAプローブ上に直接播種して作製された神経細胞デバイスと比較して、神経ネットワーク活動の観測をより短い培養期間で行うことができ、かつ、より大きなシグナル強度を得られることがわかった。
【0118】
(3)MEA測定5
作製例4で作製したヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイス、及び比較例6の神経細胞デバイス(ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドがMEA上に直接配置された比較神経細胞デバイス)について、MEA測定を行った。なお、神経細胞デバイスの作製は、作製例4及び比較作製例6において、作製例2で神経細胞を2週間培養して得られた神経細胞スフェロイドを2つ播種することにより行った。MEA測定は、神経細胞スフェロイドの播種後2週間が経過した時点で行った。
図9に、各例において得られたラスタープロット及びヒストグラムを示す。ファイバーシートを用いずにMEAプローブ上に神経細胞スフェロイドを直接播種した比較例6の神経細胞デバイスでは、スパイク数が0.3spikes/ms程度と低かった。また、比較例6の神経細胞デバイスは、顕微鏡下の観察では2つの神経細胞スフェロイドが軸索で連結しているように見えたが、MEA測定の結果、2つの神経細胞スフェロイドのバーストは同期していないことがわかった。一方、ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスでは、スパイク数が1.2spikes/msと高かった。更に、ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスは、2つの神経細胞スフェロイドのバーストが同期している様子が観測された。また、ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスでは、神経細胞スフェロイドの直下ではない電極番号6、9、10、及び11の電極でも細胞外電位の変化が検出された。このことから、本実施形態の神経細胞デバイスでは、神経細胞スフェロイドをMEAプローブ上に直接播種して作製された神経細胞デバイスと比較して、神経ネットワークの成熟化が促進されていることがわかった。
【0119】
[試験例2]神経細胞スフェロイドを用いて構築した神経ネットワークにおける神経活動伝播速度の測定
(1)神経活動伝播速度の計測
作製例4において、作製例2で神経細胞を2週間培養して得られた神経細胞スフェロイドを2つ播種し、その後2週間培養をすることにより、同期バースト発火を示す2つの神経細胞スフェロイドを含むヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスを作製した。2つの神経細胞スフェロイドは、図10(A)に示すように、MEAの対角線上に位置する電極番号4及び電極番号13の上に位置するように配置した。
本実施形態の神経細胞デバイスは、配向性を有する細胞足場によって軸索の延出方向が制御されているため、2つの神経細胞スフェロイド間の神経活動伝播速度を、細胞群の直下に位置しスパイクが検出された2つの電極間の距離を各電極で観測されたバーストの開始時刻の差(遅延時間)で除した値として、算出することができる(図10(A))。
上記のようにして作製した同期バースト発火を示す2つの神経細胞スフェロイドを含むヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスをMEA測定したところ、電極番号4で検出されたバーストと電極番号13で検出されたバーストとの間で遅延時間が生じていることがわかった。このことは、本実施形態の神経細胞デバイスでは、軸索の延出方向に沿った神経活動の伝播が観察可能なことを意味する。図10(B)に示した例では、遅延時間が340ms、電極間距離が1.41mmであるため、神経細胞スフェロイド間の神経活動伝播速度は約4.16mm/sと算出された。
【0120】
(2)神経活動伝播速度の薬剤応答性の評価
「(1)神経活動伝播速度の計測」に記載の方法により、同期バースト発火を示す2つの神経細胞スフェロイドを含むヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスを作製した。神経活動伝播速度に与える影響を評価する薬剤としては、4-AP、PTX、及びCNQXを用いた。使用した薬剤及び薬剤の投与方法は、試験例1と同様にした。4-APの終濃度は30μM、PTX及びCNQXの終濃度は10μMとした。
「(1)神経活動伝播速度の計測」に記載の方法により神経活動伝播速度を算出し、各薬剤について、薬剤の添加前後での神経活動伝播速度の変化を調べた。その結果、神経ネットワークを興奮させる薬剤である4-AP又はPTXを添加した場合、薬剤添加前に比べて神経活動伝播速度が約2.5倍となり、逆に神経活動の抑制に働く薬剤であるCNQXを添加した場合、薬剤添加前に比べて神経活動伝播速度が約1/2に低下していた(図11)。このことから、本実施形態に係る神経細胞デバイスを用いることにより、神経活動の伝播速度を指標とする神経活動の評価が可能であることが示された。
【0121】
[試験例3]CMOS-MEAによる神経細胞の細胞外電位の計測
(1)CMOS-MEA測定
作製例3で作製したラット大脳皮質神経スフェロイドデバイスについて、CMOS-MEA測定を行った。作製例3の手順において、ラット大脳皮質神経スフェロイドはファイバーシート上に2つ播種した。播種後3週間が経過した時点で、以下のようにしてCMOS-MEA測定を行った。
CMOS-MEAプローブとして、電極サイズが9.3×5.45sq-μm、電極間ピッチが17.5μm、電極数が26,400(記録電極数:1024)である高空間分解能の微小電極を有するCMOS-MEAプローブ(MaxWell Biosystems社(スイス チューリッヒ)製、製品名「MaxOneシングルウェル平面微小電極アレイ」)を用いた。かかるCMOS-MEAプローブ上に作製例3で作製したラット大脳皮質神経スフェロイドデバイスを配置し、CMOS-MEA測定装置としてMaxOne MEAシステム(MaxWell Biosystems社製)を用いて、細胞外電位を5分間測定した。図12(A)に測定の状況の一例を示す。
【0122】
その結果、図12(B)に示すように、各ラット大脳皮質神経スフェロイド近傍に位置する電極において、細胞外電位の変化が検出された(拡大した部分において、逆三角形で示されている。)。また、図12(C)に示すように、細胞外電位の最大発火振幅をマッピングすることにより、CMOS-MEA測定により各スフェロイドの位置を特定した。更に、図12(C)に示すように、各神経細胞スフェロイドのラスタープロットを描いたところ、スフェロイド間のシナプス伝達を介した同期活動が確認された。ラスタープロット中、2つのスフェロイドが同期している部分を矢印で示す。
【0123】
(2)薬剤の添加を伴うCMOS-MEA測定
上記の「(1)CMOS-MEA測定」において、試験例1と同様の方法でPTXを終濃度1μM又は10μMとなるように添加したところ、添加前(ビヒクル測定値)と比較して、PTXの濃度上昇に従って、ラスタープロットにおけるスフェロイド間の神経活動伝播の遅延時間が変化した(図13)。このことから、本実施形態に係る神経細胞デバイスを用いることにより、CMOS-MEAを用いた神経活動伝播速度の測定が可能であることが示された。
【0124】
[作製例5]ラット脊髄後根神経節(DRG)を用いた神経細胞デバイスの作製
妊娠15日のJcl:Wistarラット胎仔から採取したラット脊髄後根神経節(DRG)を、作製例1で作製した配向性を有するPSファイバーシート上に1個/0.07cm2の密度で播種した。次いで、アスコルビン酸含有NeurobasalTM培地(ThermoFisher社製)を用いて、5%CO2、37℃のインキュベータ中で、ファイバーシート上のDRGを培養することにより、ラットDRGを用いた神経細胞デバイスを作製した。培養期間は、後述する試験例のとおりとした。
【0125】
このラットDRGを用いた神経細胞デバイスについて、MBP抗体及びβ3チューブリン抗体を用いて、ファイバーシート上での培養開始から4週間経過後に神経細胞の免疫染色を行った。図14にその結果を示す。図14より、DRGからファイバーの配向方向に沿って有髄神経(ミエリン)が形成していることが示された。
【0126】
[試験例4]ラットDRGを用いた神経細胞デバイスを用いた、CMOS-MEAによる神経細胞の細胞外電位の計測
(1)CMOS-MEA測定
作製例5で作製したラットDRG神経細胞デバイスについて、CMOS-MEA測定を行った。DRG播種後3週間が経過した時点で、作製したラットDRG神経細胞デバイスを試験例3と同様のCMOS-MEAプローブ上に配置し、試験例3と同様のCMOS-MEA測定装置を用いて、細胞外電位を5分間測定した。
その結果、図15に示すようにDRGの近傍に位置する電極において、細胞外電位の変化が検出された(拡大した部分において、逆三角形で示されている。)。このことから、DRGを細胞足場上で培養させることにより作製された本実施形態に係る神経細胞デバイスについても、CMOS-MEAを用いた神経活動の測定が可能であることが示された。
【0127】
[試験例5]ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスのカルシウム感受性色素を用いた観察
作製例4で作製したヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスについて、神経細胞スフェロイドの播種後3週間が経過した時点で、カルシウム感受性色素を用いた観察を行った。ヒトiPS細胞由来神経スフェロイドデバイスを、カルシウムインジケーター試薬であるCal-520,AM(AAT Bioquest社製、品番「21130」)を終濃度0.5μMで含む培地中に移し、5%CO2、37℃のインキュベータ中で1時間培養した。その後、37℃のサーモプレート上に静置して蛍光顕微鏡(オリンパス社製、品番「IX73」)にて観察したところ、所定の検出波長(Ex 490nm/Em 514nm)で神経細胞スフェロイドの神経活動に起因する蛍光強度の変化が、蛍光の明滅として観察された。
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