(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022136103
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】in situ架橋性多糖類組成物及びその使用
(51)【国際特許分類】
A61K 9/10 20060101AFI20220908BHJP
A61K 8/04 20060101ALI20220908BHJP
A61K 8/73 20060101ALI20220908BHJP
A61L 27/20 20060101ALI20220908BHJP
A61L 27/52 20060101ALI20220908BHJP
A61L 27/58 20060101ALI20220908BHJP
A61K 47/36 20060101ALI20220908BHJP
A61K 47/38 20060101ALI20220908BHJP
A61Q 90/00 20090101ALI20220908BHJP
A61P 17/00 20060101ALI20220908BHJP
A61P 13/02 20060101ALI20220908BHJP
A61P 15/02 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
A61K9/10
A61K8/04
A61K8/73
A61L27/20
A61L27/52
A61L27/58
A61K47/36
A61K47/38
A61Q90/00
A61P17/00
A61P13/02
A61P15/02
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2022106969
(22)【出願日】2022-07-01
(62)【分割の表示】P 2018516501の分割
【原出願日】2016-10-14
(31)【優先権主張番号】15002953.6
(32)【優先日】2015-10-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(71)【出願人】
【識別番号】507409737
【氏名又は名称】メルツ・ファルマ・ゲーエムベーハー・ウント・コー・カーゲーアーアー
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】アンドレアス クラウス
(57)【要約】
【課題】本発明は、様々な美容及び治療用途において軟部組織を増大、充填又は置換するための、無菌性のin situ架橋性多糖類組成物に関する。
【解決手段】該組成物は、求核基により官能化された第1の多糖類誘導体及び求電子基により官能化された第2の多糖類誘導体を含む。該求核官能基及び該求電子官能基は、患者体内への混注後、自発的に共有結合をin situ形成することにより、混注部位において架橋ヒドロゲルを形成する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
美容用途において架橋ヒドロゲルをin situ形成させるための、第1の多糖類誘導体及び第2の多糖類誘導体の使用であって、前記第1の多糖類誘導体が求核基により官能化されており、前記第2の多糖類誘導体が求電子基により官能化されており、前記第1及び第2の両多糖類誘導体は滅菌されており、前記第1及び第2の多糖類誘導体の患者体内の標的部位への混注後、前記求核基及び前記求電子基が共有結合をin situ形成することにより、前記標的部位において架橋ヒドロゲルを形成する、使用。
【請求項2】
共有結合の前記in situ形成が、混注後自発的に起き、及び/又は、共有結合の前記in situ形成によって、水以外の他の副生成物が放出されない、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記第1の多糖類誘導体が第1の無菌性前駆体溶液の形態で存在し、前記第2の多糖類誘導体が第2の無菌性前駆体溶液の形態で存在する、請求項1又は2に記載の使用。
【請求項4】
前記第1及び第2の無菌性前駆体溶液が、1Hz及び25℃における振動レオロジー測定による測定で0.001Pa・s~5.0Pa・sの複素粘度を各々有する、若しくは、1.0mLのガラスシリンジを使用し、押出速度0.21mm/秒で30Gの針を通過させた測定で0.01N~15Nの注入力を各々有する、又は、これらの両方である、請求項3に記載の使用。
【請求項5】
前記第1の前駆体溶液及び前記第2の前駆体溶液が、混注の際に、ただし、患者の体内に入る前に混合され、液体in situ架橋性組成物を形成し、前記液体in situ架橋性組成物が、好ましくは、1Hz及び25℃における振動レオロジー測定による測定で0.1Pa・s~100Pa・sの複素粘度を有する、若しくは、1.0mLのガラスシリンジを使用し、押出速度0.21mm/秒で30Gの針を通過させた測定で0.01N~20Nの注入力を有する、又は、これらの両方である、請求項3又は4に記載の使用。
【請求項6】
前記第1の前駆体溶液中に存在する前記第1の多糖類誘導体の濃度が0.1重量%~5.0重量%であり、及び前記第2の前駆体溶液中に存在する前記第2の多糖類誘導体の濃度が0.1重量%~5.0重量%であり、並びに/又は患者体内の標的部位に注入される前記液体in situ架橋性組成物に含まれる、前記第1の多糖類誘導体対前記第2の多糖類誘導体の重量比が15:85~85:15である、請求項3~5のいずれか一項に記載の使用。
【請求項7】
前記求核基がヒドラジド部分であり、前記求電子基がアルデヒド部分であり、前記アルデヒド部分が、好ましくは、前記多糖類骨格の繰り返しの糖類の環を壊すことなく、前記多糖類に導入されている、請求項1~6のいずれか一項に記載の使用。
【請求項8】
前記第1及び第2の多糖類誘導体が、独立して、カルボキシル化セルロース及びカルボキシル化セルロース誘導体、カルボキシメチルデキストラン、カルボキシメチルスターチ、ヒアルロン酸、アルギネート、ヘパロサン、ヘパリン、ヘパリンサルフェート、ペクチン、コンドロイチンサルフェート、デルマタンサルフェート、セルロース、キトサン又はキチンからなる群から選択される、請求項1~7のいずれか一項に記載の使用。
【請求項9】
前記第1の多糖類誘導体がヒドラジド官能化による第1のヒアルロン酸(HA)誘導体であり、前記第2の多糖類誘導体が、アルデヒド官能化による第2のヒアルロン酸(HA)誘導体であり、前記第1のHA誘導体は、好ましくはHAの糖類単位のカルボキシル基がヒドラジド部分によって官能化されている、若しくは、前記第2のHA誘導体は、好ましくは、-CH2OH基の-CHO基への変換によって生成されたアルデヒド部分によって官能化されている、又は、これらの両方である、請求項1~8のいずれか一項に記載の使用。
【請求項10】
in situ架橋性組成物が、皮膚の皺及び皺線、眉間の皺線、鼻唇溝、頤の皺、マリオネットライン、下顎の輪郭、頬側交連、口周囲の皺、目尻の皺、皮膚陥凹み、傷痕、こめかみ、額の真皮支持、頬骨及び頬脂肪体、涙溝、鼻、唇、頬、頤、口周囲部、眼窩下部、及び顔面非対称の処置に使用される、請求項1~9のいずれか一項に記載の使用。
【請求項11】
治療用途の架橋ヒドロゲルの前記in situ形成のための、特に、腹圧性尿失禁、膣の乾燥、膀胱尿管逆流、声帯不全、及び声帯内方移動の処置に使用するための、請求項1~9のいずれか一項に記載の、第1の多糖類誘導体及び第2の多糖類誘導体。
【請求項12】
請求項9に記載の、第1のヒアルロン酸(HA)誘導体及び第2のヒアルロン酸(HA)誘導体の組み合わせ。
【請求項13】
少なくとも、(a)請求項3~9のいずれか一項に記載の第1の前駆体溶液が一方のバレルに、及び(b)請求項3~9のいずれか一項に記載の第2の前駆体溶液がもう一方のバレルに予め充填された、マルチバレルシリンジシステム。
【請求項14】
(i)請求項3~9のいずれか一項に記載の第1の前駆体溶液が入っている第1の容器と、(ii)請求項3~9のいずれか一項に記載の第2の前駆体溶液が入っている第2の容器と、任意に、(iii)使用説明書と、を備える、架橋多糖類ヒドロゲルをin situ形成させるためのキット。
【請求項15】
架橋ヒドロゲルを、美容又は治療用途において、in situ形成させるための方法であって、
(a)第1の多糖類誘導体の第1の前駆体溶液と、これとは別に、第2の多糖類誘導体の第2の前駆体溶液と、を準備する工程であって、前記第1の多糖類誘導体を求核基により官能化し、及び前記第2の多糖類誘導体を求電子基により官能化し、並びに前記第1及び第2の両前駆体溶液を滅菌する工程と、
(b)前記第1の前駆体溶液及び前記第2の前駆体溶液を混合することで、in situ架橋性混合溶液とする工程と、
(c)前記混合溶液を患者体内の標的部位に注入する工程であって、前記第1の多糖類誘導体の前記求核基及び前記第2の多糖類誘導体の前記求電子基を、共有結合をin situ形成することにより、前記標的部位において架橋ヒドロゲルを形成する工程と、を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、様々な美容及び治療用途において軟部組織を増大、充填又は置換するための、無菌性のin situ架橋性多糖類組成物に関する。該組成物は、求核基により官能化された第1の多糖類誘導体及び求電子基により官能化された第2の多糖類誘導体を含む。該求核官能基及び求電子官能基は、患者体内への混注後、自発的に共有結合をin situ形成することにより、混注部位において架橋ヒドロゲルを形成する。
【背景技術】
【0002】
今日、注入可能な充填剤が、多数の治療及び美容用途において、軟部組織にボリュームを付与するために使用されている。美容医療において、皮膚充填剤は、顔及び体の選択領域を再生するためにますます使用されている。皮膚充填剤は、顔の特徴(例えば、頬及び唇)の改善、皺(例えば、鼻唇溝)及び皺線の軽減を可能とし、更に、加齢と共に生じる、皮膚及び下部にある組織のボリューム及び弾性の減少の一部を回復させることが可能である。これにより、皮膚はよりすべすべしたものとなりふっくらとして見え、従ってより若々しい外観がもたらされる。
【0003】
多種多様な材料が、軟部組織充填剤での使用について知られている。これらの材料のほとんどは、体内に再吸収されるため(例えば、コラーゲン、ヒアルロン酸(HA)、カルシウムヒドロキシルアパタイト(CaHA)及びポリ-L-乳酸(PLLA))、効力が一時的なもの(約3~18ヶ月)である。ポリメチルメタクリレートビーズ(PMMAマイクロスフェア)をベースとするFDAにより承認された充填剤材料等の、少数の永続的な(すなわち非吸収性の)充填剤もまた、存在する。いくつかの軟部組織充填剤はまた、リドカイン(局所麻酔薬)を含有する。リドカインは、注入に関連する痛み又は不快感の低減を意図している。
【0004】
今日の、世界的に最も一般的に使用されている軟部組織充填剤の材料はヒアルロン酸(HA)である。これは、HAの、ボリュームを生じさせる優れた能力及び好ましい安全性による。HAは天然に生じるグルコサミノグリカンで、例えば、真皮の細胞外マトリックス中に存在し、交互に結合したβ-D-(1→3)グルクロン酸(GlcUA)残基及びβ-D-(1→4)-N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)残基から構成される。HAは、ゲル形態で水と結合して膨潤することができ、すべすべにする効果/充填効果をもたらす。ほとんどの場合、皮膚充填剤に使用されるHAは、体内でより長期間(約6~18ヶ月)持続するよう架橋されている。
【化1】
【0005】
多糖類(例えば、HA)分子のポリマー鎖を共に共有結合させ、分子間及び分子内架橋を有する充填剤材料マトリックスを形成させる様々な架橋アプローチが、当該技術分野において既知である。広範にわたって使用されるアプローチは、化学薬品による化学架橋である。これらの薬品は、通常、多糖類のヒドロキシル官能基及び/又はカルボキシル官能基と反応する。一般的に使用される架橋剤としては、限定はしないが、以下のものが挙げられる。すなわち、DVS(ジビニルスルホン)、二又は多官能性エポキシド(例えば、1,4-ブタンジオールジグリシジルエーテル(BDDE))、1,2-ビス(2,3-エポキシプロポキシ)エチレン(EGDGE)及び1,2,7,8-ジエポキシオクタン(DEO))、PEG系架橋剤(例えば、ペンタエリスリトールテトラグリシジルエーテル(PETGE))、ビスカルボジイミド(BCDI)(例えば、フェニレンビス-(エチル)-カルボジイミド及び1,6-ヘキサメチレンビス-(エチルカルボジイミド))、ジ-アミン又はマルチアミン架橋剤(例えば、ヘキサメチレンジアミン(HMDA)及び3-[3-(3-アミノプロポキシ)-2,2-ビス(3-アミノ-プロポキシメチル)-プロポキシ]-プロピルアミン(4AA))、ビス(スルホスクシンイミジル)スベレート(BS)、1-(2,3-エポキシプロピル)-2,3-エポキシシクロヘキサン、エピクロロヒドリン、アルデヒド(例えば、ホルムアルデヒド及びグルタルアルデヒド)、及びヒドラジド(ビス-、トリス-及び多価ヒドラジド化合物、例えば、アジピン酸ジヒドラジド(ADH))である。
【0006】
注入可能な多糖類ヒドロゲルの架橋に使用されてきたその他の方法としては、メタクリレート化ポリマーの光化学架橋(Moeller et al.,Int.J.Artif.Organs 2011,34:93-102)、マイケル付加架橋(Shu et al.,Biomacromolecules 2002,3:1304-1311)、シッフ塩基反応架橋(Tan et al.,Biomaterials 2009,30:2499-2506)、チオール-エン反応又はアジド-アルキン付加環化等の反応を使用した「クリック」ケミストリーアプローチ(Hoyle et al.,Chem.Soc.Rev.2010,39:1355-1387;van Dijk et al.,Bioconjug.Chem.2009,20:2001-2016)が挙げられる。軟部組織を増大させるための、光架橋した多糖類系充填剤もまた、当該技術分野において既知である(例えば、国際公開第2011/069475号を参照のこと)。加えて、「内部」で分子間及び/又は分子内エステル系架橋を形成する(「自己架橋ポリマー」又は「ACP」と称される)、酸性多糖類のカルボキシル官能基と、同一又は異なる多糖類分子のヒドロキシル基とのエステル化が、当該技術分野において研究されてきた。更に、米国特許公開第2006/0084759号は、チラミン修飾及び架橋されたHAヒドロゲル材料を記載している。該材料においては、ペルオキシダーゼによるジチラミン結合により、架橋がもたらされ、それをin vivoで実施可能である。
【0007】
しかしながら、従来の予め形成されたヒドロゲルには、粘性が高く、細針では注入できないという欠点があることが多い。従って、様々な用途に好適な、in situでゲル化するヒドロゲル組成物を開発するために、多くの試みがなされてきた。これらの組成物は、予め形成されたゲルの形態ではなく、液体の形態で組織に注入される。例えば、国際公開第95/15168号は、EDC(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド)カップリングケミストリーを使用した、HAヒドラジド誘導体の合成を記載している。ヒドラジド-HAは、ホモ若しくはヘテロ二官能性又はトラウト架橋剤によって架橋され、薬物送達用のヒドロゲルを形成することができる。国際公開第00/016818号は、HAのアルデヒド又はアミン官能化誘導体(例えば、アジピン酸ジヒドラジド-HA)を、ホモ又はヘテロ二官能性架橋剤(例えば、(SPA)1-PEG等の二官能性N-ヒドロキシスクシンイミドエステル架橋剤)と架橋することによる、ヒドロゲルのin situ形成を開示している。
【0008】
更に、国際公開第01/40314号は、酸化多糖類(例えば、アルデヒド基を有するアルギネートポリマー(PAG))及びヒドロゲル系内の多糖類を可逆的に架橋可能な、2個以上の官能基を有する少なくとも1種の架橋剤(アジピン酸ジヒドラジド(ADH)架橋剤等)を含む、ヒドロゲル組成物を開示している。更に、国際公開第2011/100469号は、硝子体代替生体材料として使用するための架橋HAヒドロゲルであって、アルデヒド官能基含有酸化HA(オキシ-HA)を、ジヒドラジド架橋剤(例えば、アジピン酸ジヒドラジド(ADH))と反応させることにより製造されるものを開示している。
【0009】
加えて、国際公開第2009/108100号は、アルデヒド修飾HA及びヒドラジド修飾ポリビニルアルコール(PVAH)架橋剤を混合し、複数のヒドロキシル基を呈する架橋構造を形成させることによってin situで調製した、HA系ヒドロゲルを開示している。国際公開第2011/069475号は、グルコサミン繰り返し単位のC6位にある一級ヒドロキシル基を、TEMPO(2,2,6,6-テトラメチル-ピペリジニルオキシル)/共酸化剤系を使用して酸化することによって、アルデヒド基を含有するアルデヒド-HA誘導体を調製する方法、及びジアミン化合物(例えば、ヘキサンジアミン)又はアミン-HA(例えば、ヘキサンジアミン置換HA)と反応させて、架橋HAヒドロゲルを調製するための、該アルデヒド-HA誘導体の使用を開示している。
【0010】
Dahlmann et al.(Biomaterials 2013,34:940-951)は、十分に明確な、in situ架橋性のアルギネート及び心筋組織工学用のHAヒドロゲルを記載している。ヒドロゲルは、ヒトI型コラーゲン及び新生仔ラット心筋細胞(NRHC)の存在下で、アルデヒド及びヒドラジド官能化アルギネート並びにHAを反応させることで調製され、ヒドラゾン架橋ヒドロゲル系生体人工心臓組織が得られる。
【0011】
Ossipov et al(Biomacromolecules 2010,11:2247-2254)は、水溶液中のHAのカルボキシレート残基とのアミド型反応が可能な、中心に二価の保護基を有する、対称な二官能性の特定の試薬を使用したヒドラジド官能化HAの合成を開示している。ヒドラジド官能化HAは、アルデヒドHA誘導体と混合することでヒドラゾンHAヒドロゲルのin situ形成に使用可能である。得られたヒドロゲルは、組織工学用途の成長因子送達媒体としての使用に好適である。
【0012】
Varghese et al.(J.Am.Chem.Soc.2009,131:8781-8783)は、ヒドラジド基及びアミノメチレンビスホスホネート基で二重に官能化されたHA誘導体であって、ビスホスホネート(BP、抗破骨細胞及び抗腫瘍低分子薬)を共有結合可能なものについて報告している。該二重に官能化されたHAをアルデヒド官能化HAと混合すると、埋植箇所でBP薬剤を制御放出するための、注入可能なHAヒドロゲルのin situ形成が行われる。
【0013】
Oommen et al.(Adv.Funct.Mater 2013,323:1273-1280)は、HA-アルデヒド誘導体をカルボジヒドラジド(CDH)官能化HA誘導体と混合し、ヒドラゾン結合を有するHAヒドロゲルを得ることにより調製されたHAヒドロゲルを記載している。更に、治療用タンパク質(例えば、遺伝子組換え型ヒト成長因子BMP-2)の存在下、ヒドロゲルをin situHA形成させることによって、骨組織の再生のために成長因子を送達することが可能な、in vivo用途のヒドロゲルが得られたことも記載されている。
【0014】
in situ架橋性多糖類ヒドロゲルは、細針であっても容易に注入することができるため、多くの臨床用途に望ましく、注入速度のより良好な制御に役立ち、シリンジの取り扱いを改善する。加えて、in situ架橋性多糖類ヒドロゲルは、任意の複雑な形状に形成され、その後に架橋することが可能であり、生物活性剤及び/又は細胞と容易に混合可能であり、また、ゲル形成中に所与の組織に癒着する。
【0015】
しかしながら、既存のin situ架橋性ヒドロゲル組成物は、それらの使用目的に対して所望又は要求される1つ以上の特性を呈さないという点で十分ではない。一般に、in situ架橋性ヒドロゲル組成物は、生体適合性、非免疫原性、非炎症性で、更に安全でなくてはならない。該ヒドロゲル組成物は、周辺組織の生物学的成分と反応してはならず、有害な副生成物を生じてはならず、更に、投与後in situで効率的に架橋しなくてはならない。また、該ヒドロゲル組成物は生分解性でなくてはならないが、同時に、十分に長いin vivo残存性をもたらさなくてはならない。更に重要なことに、in situ架橋性ヒドロゲルは細針によって注入可能でなくてはならないが、細針の場合、注入されるin situ架橋性ヒドロゲル組成物の粘度は十分に低い必要がある。
【0016】
本発明の目的
上記を鑑み、本発明の目的は、in situ架橋性組成物を提供することである。該組成物は、細針から容易に押し出すことが可能であり、投与後in situで所望の特性(例えば、機械的、化学的、レオロジー、生物学的及び免疫学的特性に関する特性)を有する架橋ヒドロゲルを形成し、様々な美容及び治療用途において、軟部組織を増大させ、充填し、置換する。
【発明の概要】
【0017】
上記目的は、患者体内への注入後(すなわち、in vivo条件下)、自発的に共有結合性架橋を形成する2種の官能化多糖類誘導体を提供することによって解決される。このように形成されたヒドロゲルの形態のin situ架橋した多糖類網状構造は、軟部組織充填剤、例えば皮膚充填剤として作用する。本発明のin situ架橋性多糖類組成物は、2種の官能化多糖類誘導体が液体の形態で混注可能であるため、細針であっても、低い押出力で混注が可能となるという点で有利である。望ましくは、in situゲル形成では、いかなる有害副生成物も生成しない。唯一の副生成物は、水である。水は、形成されたヒドロゲル及び/又は周辺組織に速やかに吸収される。加えて、in situ形成されたヒドロゲルは、組織との一体化(tissue integration)、皮膚の改善、組織成形能力及びボリューム形成能力に関し、所望の特性を有する。
【0018】
第1の態様では、本発明は、美容用途において架橋ヒドロゲルをin situ形成させるための、第1の多糖類誘導体及び第2の多糖類誘導体の使用に関する。第1の多糖類誘導体は求核基により官能化されており、かつ第2の多糖類誘導体は求電子基により官能化されている。更に、第1及び第2の両多糖類誘導体は滅菌されている。求核基及び求電子基は、第1及び第2の多糖類誘導体の患者体内の標的部位への混注後、共有結合をin situ形成することにより、標的部位において架橋ヒドロゲルを形成する。
【0019】
別の態様では、本発明は、本明細書で規定される、治療用途における架橋ヒドロゲルin situ形成のために、第1の多糖類誘導体を、好ましくは第1の前駆体溶液の形態で、第2の多糖類誘導体を、好ましくは第2の前駆体溶液の形態で提供する。治療用途又は適応症としては、腹圧性尿失禁、膣の乾燥、膀胱尿管逆流、声帯不全、及び声帯内方移動(vocal fold medialization)が挙げられるが、これらに限定されない。
【0020】
更なる態様では、本発明は、本明細書で規定される第1のヒアルロン酸(HA)誘導体及び第2のヒアルロン酸(HA)誘導体の組み合わせを、好ましくは第1のヒアルロン酸(HA)誘導体を含む第1の前駆体溶液、及び第2のヒアルロン酸(HA)誘導体を含む第2の前駆体溶液、の形態で提供する。
【0021】
なおも更なる態様では、本発明は、少なくとも、(a)本明細書で規定される第1の多糖類誘導体を含む第1の前駆体溶液が一方のバレルに、及び(b)本明細書で規定される第2の多糖類誘導体を含む第2の前駆体溶液がもう一方のバレルに、予め充填されたマルチバレルシリンジシステムを提供する。
【0022】
更に別の態様では、本発明は、(i)本明細書で規定される第1の多糖類誘導体の第1の前駆体溶液が入っている第1の容器と、(ii)本明細書で規定される第2の多糖類誘導体の第2の前駆体溶液が入っている第2の容器と、任意に、(iii)使用説明書と、を備える、架橋多糖類ヒドロゲルをin situ形成させるためのキットを提供する。
【0023】
更に別の態様では、本発明は、美容又は治療用途における、架橋多糖類ヒドロゲルを、in situ形成させる方法であって、該方法が、
(a)第1の多糖類誘導体の第1の前駆体溶液と、これとは別に、第2の多糖類誘導体の第2の前駆体溶液と、を準備する工程であって、第1の多糖類誘導体を求核基により官能化し、及び第2の多糖類誘導体を求電子基により官能化し、並びに第1及び第2の両前駆体溶液を滅菌する工程と、
(b)第1の前駆体溶液及び第2の前駆体溶液を混合することで、in situ架橋性混合溶液とする工程と、
(c)混合溶液を患者体内の標的部位に注入する工程であって、第1の多糖類誘導体の求核基及び第2の多糖類誘導体の求電子基を、共有結合をin situ形成することにより、標的部位において架橋ヒドロゲルを形成する工程と、を含む、方法を提供する。
【0024】
本発明の特定の実施形態は、添付の特許請求の範囲に明示される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
本発明をより完全に理解するために、以下の説明及び添付図面を参照する。
【0026】
【
図1】試験用ウサギ1の皮膚内の、台形塊状充填を示す写真である。該充填は、被験物質1の200μLを、1つのトンネル(tunnel)として(部位D、左上)、2つのトンネルとして(部位I、右上)及び4つのボーラスとして(部位J、右下)皮内注射した後、t=0時間において、in vivoで被験物質1がゲル化することにより形成された。PBS対照(200μL)を、部位E(左下)に注入している。
【0027】
【
図2】被験物質2により形成された隆起を示す肉眼写真である。該隆起は、皮膚を開いた後に1000μLをウサギ2に皮下注射した後、t=4時間で形成された。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の無菌性in situ架橋性多糖類組成物は、細針によって低い注入力で容易に注入可能であり、皮膚の改善、皮膚の成形又は良好なボリューム形成効果をもたらす。より具体的には、in situ架橋性組成物は、2種の無菌性前駆体溶液を単純に物理的に混合して注入することに付随して生成した無菌性低粘度液体混合物の形態で注入することにより、標的組織に好都合に適用できる。各前駆体溶液は、異なる官能化多糖類誘導体を含有している。これにより、有利には細針の使用が可能となり、ひいては患者の快適さを高め(注入時の痛みの低減、背圧の低下)、更に施術者が正確にかつ安全に(管の目詰まりなしに)ヒドロゲルを様々な皮膚層等の所望の標的部位に注入可能となる。
【0029】
更に、注入された前駆体溶液の混合物は、迅速にかつ効率的にin situ架橋し、体内の標的部位において共有結合性架橋ヒドロゲルを形成する。架橋反応を引き起こすために、添加剤、触媒、pHスイッチ、紫外線照射、更にその他の外的刺激(又は「トリガ」)のいずれも必要としない。特に、架橋剤は使用されず、必要でもない。架橋反応により生成する唯一の副生成物は、典型的には水である。水は、ヒドロゲル及び/又は周辺組織に速やかに吸収される。更に、本発明の官能化多糖類誘導体は比較的単純な方法、通常は単一段階の反応で合成することができ、更に有利には、湿熱滅菌(例えば、蒸気滅菌、好ましくは高圧蒸気滅菌)により好都合に滅菌することができる。
【0030】
更に、in situ形成された架橋ヒドロゲルは、軟部組織充填剤材料として使用するのに好ましい機械的、化学的及びレオロジー特性を呈する。特に、in situ形成された架橋ヒドロゲルは、高いボリューム生成能力を有している。また、本発明のin situ架橋ヒドロゲルは、依然として生分解性ではあるものの、長期のin vivo滞留時間を有している。加えて、本発明のin situ架橋ヒドロゲルは、望ましくは、麻酔薬(例えば、リドカイン)及び様々なその他の成分(例えば、幹細胞及び脂肪細胞を含む細胞、脂肪、脂質、成長因子並びにビタミン)を含むことが可能である。従って、本発明のin situ架橋性組成物は、美容(エステティック)目的での皮膚充填剤としての使用に特に好適である。
【0031】
第1の態様では、本発明は、美容用途において架橋ヒドロゲルをin situ形成させるための、第1の多糖類誘導体及び第2の多糖類誘導体の使用に関する。第1の多糖類誘導体は求核基により官能化されており、第2の多糖類誘導体は求電子基により官能化されている。更に、第1及び第2の両多糖類誘導体は滅菌されている。求核基及び求電子基は、第1及び第2の多糖類誘導体の患者体内の標的部位への混注後、共有結合をin situ形成することにより、標的部位において架橋ヒドロゲルを形成する。
【0032】
本明細書で使用する場合、用語「in situ」は、投与部位におけることを意味する。従って、投与部位でのヒドロゲル形成のため、第1及び第2の多糖類誘導体は、概して、混注され、又は別の方法で患者体内の特定部位(標的部位)、例えば、組織をエステティック面の理由により増大させる必要がある部位に、共に適用され、混注部位において共有結合性架橋する。本発明において、用語「in situ」及び「in vivo」は、互換的に使用され得る。本発明の意味において、「患者」は、例えば、美容(エステティック)又は治療目的のための、任意の個体又は被験体、例えば、特定の病状、容態又は疾患の処置を必要とする、哺乳動物及び好ましくはヒト等であり得る。
【0033】
本発明との関係において、用語「混注」は、概して、第1の多糖類誘導体及び第2の多糖類誘導体を、単一の液体組成物、例えば溶液として、患者体内の標的部位に、共に注入することを意味する。本明細書で使用する場合、用語「注入可能」又は「注入」は、in situヒドロゲル形成組成物をシリンジ又はシリンジシステムから投与可能であることを示す。特に、用語「混注」は、好ましくは、第1の多糖類誘導体及び第2の多糖類誘導体を、針の先から射出して患者体内の標的部位に導入する前に、混合、特に均質に混合した後、患者体内の標的部位に混合物として注入することを意味する。本発明において、用語「注入」又は「混注」は、皮内(intra-)注射、皮内(inter-)注射若しくは皮下(subdermal)注射又は皮下(subcutaneous)注射を指し得る。更に、本明細書で使用する場合、用語「針」は、「カニューレ」又は任意のその他の注入に好適な針状物を含む、又は、これらと同義であることが意図されている。
【0034】
本明細書で使用する場合、用語「ヒドロゲル」は、共有結合性架橋ポリマー鎖からなる、水で膨潤した3次元網状構造を意味する。好ましくは、in situ架橋(又は「ゲル化」)ヒドロゲルは凝集性である。本発明の意味において、用語「凝集性」又は「凝集力」は、材料(例えば、ヒドロゲル)が、該材料分子の互いの親和性のために分離しない能力であると定義される。凝集力は、ゲル埋植(例えば、本明細書に記載のin situゲル化ヒドロゲル)の鍵となる特性であり、ゲルの固相及び流体相が無欠性を保つために必要であり、従ってゲルの一体性に必要であると考えられている。本発明との関係において、多糖類ヒドロゲル、特にHA系ヒドロゲルの凝集力は、Gavard-Sundaram凝集力基準(Cohesivity Scale)(Sundaram et al.,Plast.Reconstr.Surg.136:678-686,2015)を使用して測定することができる。
【0035】
本明細書で使用する場合、用語「自発的」、「自発的に」は、第1の多糖類誘導体の求核基及び第2の多糖類誘導体の求電子基が、in vivo条件下で共有結合を形成する、すなわち、患者体内の標的部位に混注した後、熱又は紫外線のようないずれの外的刺激(「トリガ」とも称される。)がなくても、標的部位において架橋多糖類ヒドロゲルがin situ形成されるという事実を指すことを意図している。
【0036】
本発明において、in situ(又はin vivo)形成ヒドロゲルは、概して軟部組織充填剤に好適であり、軟部組織充填剤として使用され、かつ/又は軟部組織充填剤として機能する。本明細書で使用する場合、用語「軟部組織充填剤」は、概して軟部組織が不足している領域にボリュームを付加するよう設計された材料を指す。これは、例えば、軟部組織を増大、充填、又は置換することを含む。本明細書において、用語「軟部組織」は、概して、体のその他の構造及び器官を、結合し、支持し、又は取り囲む組織に関する。軟部組織としては、例えば、筋肉、腱(筋肉を骨に結合する線維帯)、線維組織、脂肪、血管、神経、及び滑膜組織(関節周囲の組織)が挙げられる。本発明との関係において、軟部組織充填剤は、好ましくは皮膚充填剤である。
【0037】
本明細書で使用する場合、用語「誘導体」は、好ましくは求核基又は求電子基により官能化され、患者体内の投与部位における架橋多糖類ヒドロゲルのin situ(又はin vivo)形成の目的に好適である多糖類を指す。好ましくは、本発明の官能化多糖類誘導体は、求核基又は求電子基以外の、その他の化学修飾を含まない。
【0038】
第1及び第2の多糖類誘導体は、通常両方とも滅菌されている。本明細書で使用する場合、用語「滅菌されている」又は「無菌性」は、加熱滅菌、特に湿熱滅菌(例えば、蒸気滅菌)を、更に好ましくは、高圧蒸気滅菌を指すことを意図している。高圧蒸気滅菌は、温度120℃~132℃で0.3分間~20分間、又は温度121℃~130℃で0.5分間~10分間、例えば、温度121℃で0.5分間~2分間実施され得る。
【0039】
第1の多糖類誘導体は、好ましくは、第1の無菌性前駆体溶液の形態で存在し、第2の多糖類誘導体は、好ましくは、第2の無菌性前駆体溶液の形態で存在する。
【0040】
第1及び第2の無菌性前駆体溶液は、典型的には、1Hz及び25℃における振動レオロジー測定による測定で、0.001Pa・s~5.0Pa・s、特に0.005Pa・s~3.0Pa・s、好ましくは0.001Pa・s~1.0Pa・s、より好ましくは0.001Pa・s~0.1Pa・sの低複素粘度を有する。更に、第1及び第2の前駆体溶液は、両方とも、標準的な1.0mLのガラスシリンジ(BD Hypak SCF、1mLの長さのRF-PRTC、ISO11040、内径6.35mm)を使用し、押出速度約0.21mm/秒で30Gの針(TSK Laboratory)を通過させた測定で、0.01N~15N、好ましくは0.1N~10N、より好ましくは0.5N~7.5N、最も好ましくは0.01N~50N又は1.0N~5.0Nである、低い押出力を特徴とし得る。
【0041】
本発明によれば、第1及び第2の多糖類誘導体は混注の過程で混合され、第1及び第2の多糖類誘導体混合物を含む液体のin situ架橋性組成物を形成する。通常、第1の多糖類誘導体及び第2の多糖類誘導体の両方は、別々の第1の前駆体溶液及び第2の前駆体溶液として、それぞれ存在している。これらの2種の前駆体溶液を注入中に混合(又は「混注」)することにより、最終的に針から射出され体内に埋植される液体のin situ架橋性組成物が得られる。
【0042】
液体のin situ架橋性組成物は、上記の通り測定するとき、好ましくは0.1Pa・s~100Pa・s又は0.1Pa・s~75Pa・s又は1.0Pa・s~75Pa・s、より好ましくは1Pa・s~50Pa・s又は5Pa・s~50Pa・sの複素粘度を有する。更に、組成物の注入力は、上記の通り測定するとき、好ましくは0.01N~20N又は0.01~10N、より好ましくは0.1N~10N、また、最も好ましくは1.0N~5.0Nである。
【0043】
混合及び注入(又は「混注」)は、本明細書にて以下に記載するダブルバレルシリンジ又はその他の好適なシリンジシステムを使用して実施することができる。ダブルバレルシリンジ又はその他の好適なシリンジシステムの内部において、第1及び第2の多糖類誘導体は、物理的に隔離された後、同時に押し出され、これに付随して混合され、混合された第1及び第2の多糖類誘導体が針(カニューレ)を通して患者体内に混注される。従って、混注は、第1及び第2の多糖類誘導体が体内の標的部位において沈着するより前の、先行的な架橋を回避する程度に迅速でなければならない。一方、ゲル化時間は、混注した材料が周辺組織へと散在してしまうことを回避するために、適度に短くなければならない。
【0044】
第1の前駆体溶液中に存在する第1の多糖類誘導体の量は、0.1重量%~5.0重量%、好ましくは0.5重量%~4.0重量%、より好ましくは1.0重量%~3.0重量%、また、最も好ましくは1.5重量%~2.5重量%であり得、第2の前駆体溶液中に存在する第2の多糖類誘導体の量は、0.1重量%~5.0重量%、好ましくは0.5重量%~4.0重量%、より好ましくは1.0重量%~3.0重量%、最も好ましくは1.5重量%~2.5重量%であり得る。更に、混注した第1及び第2の多糖類誘導体の重量比は、好ましくは15:85~85:15、より好ましくは30:70~70:30、また、最も好ましくは40:60~60:40、又は50:50(第1の誘導体対第2の誘導体の比)である。
【0045】
更に、第1及び/又は第2の前駆体溶液は、幹細胞及び脂肪細胞を含む細胞、脂肪、脂質、成長因子、サイトカイン、薬物、並びに生物活性物質等の更なる物質を含み得る。より具体的には、第1及び/又は第2の前駆体溶液は、局所麻酔薬、多価アルコール、ビタミン、アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩、金属、抗酸化剤、アミノ酸、並びにセラミック粒子を含み得る。
【0046】
本発明との関係において、局所麻酔薬の添加は、注入時の痛みを和らげる能力を考慮すると、特に望ましい。代表的な局所麻酔薬としては、アンブカイン、アモラノン、アミロカイン、ベノキシネート、ベンゾカイン、ベトキシカイン、ビフェナミン、ブピバカイン、ブタカイン、ブタンベン、ブタニリカイン、ブテタミン、ブトキシカイン、カルチカイン、クロロプロカイン、コカエチレン、コカイン、シクロメチカイン、ジブカイン、ジメチソキン、ジメトカイン、ジペロドン、ジシクロミン、エクゴニジン、エクゴニン、エチルクロライド、エチドカイン、β-ユーカイン、ユープロシン、フェナルコミン(fenalcomine)、ホルモカイン(formocaine)、ヘキシルカイン、ヒドロキシテトラカイン、イソブチルp-アミノベンゾエート、ロイシノカインメシレート、レボキサドロール、リドカイン、メピバカイン、メプリルカイン、メタブトキシカイン、メチルクロライド、ミルテカイン、ネパイン、オクトカイン(octocaine)、オルトカイン、オキセサゼイン、パレトキシカイン、フェナカイン、フェノール、ピペロカイン、ピリドカイン、ポリドカノール、プラモキシン、プリロカイン、プロカイン、プロパノカイン、プロパラカイン、プロピポカイン、プロポキシカイン、プソイドコカイン、ピロカイン、ロピバカイン、サリチルアルコール、テトラカイン、トリカイン、トリメカイン、ゾラミン、及びこれらの塩が挙げられるが、これらに限定されない。
【0047】
好ましくは、麻酔剤は、リドカインHClの形態等のリドカインである。第1及び/又は第2の前駆体溶液は、例えば、0.05重量%~8.0重量%、0.1重量%~4.0重量%、0.2重量%~3.0重量%、0.3重量%~2.0重量%、又は0.4重量%~1.0重量%のリドカイン濃度を有し得る。
【0048】
本明細書での使用に好適なポリオールとしては、グリセロール、マンニトール、ソルビトール、プロピレングリコール、エリスリトール、キシリトール、マルチトール、及びラクチトールが挙げられるが、これらに限定されない。本明細書での使用に特に好適なポリオールは、マンニトール及びグリセロールである。更に、ポリオールは、好ましくはグリコールで、任意に、前述のポリオール化合物のうちの1種以上、特にマンニトールと組み合わされる。好適なビタミンとしては、ビタミンC、ビタミンE及びビタミンB群、すなわちビタミンB1、B2、B3、B5、B6、B7、B9及びB12のうちの1種以上が挙げられる。ビタミンが存在することで、細胞代謝を刺激し、維持し得、それにより、コラーゲン産生を促進し得る。本明細書での使用に特に好ましいものは、ビタミンC、ビタミンE及びビタミンB6である。軟部組織充填剤組成物での使用に好ましい塩は、亜鉛塩である。セラミック粒子は、好ましくはヒドロキシアパタイト粒子、例えば、カルシウムヒドロキシルアパタイト(CaHA)粒子である。
【0049】
本発明において、求電子基は好ましくはアルデヒド部分であり、求核基はアミノ、アミノオキシ、カルバゼート又はヒドラジド部分から選択され得、更に好ましくはヒドラジド部分である。本明細書で使用する場合、用語「アルデヒド部分」は、アルデヒド官能基(すなわち-CHOが「ホルミル」)又はペンダント-CHO官能基、特にアルデヒド(すなわち-CHO)末端基(例えば、末端-CHO基を有する、直鎖状又は分岐鎖状C1~C6アルキル基又はアルケニル基)を有する、任意の基又は残基を含む。
【0050】
本発明にて使用するアルデヒド官能化多糖類誘導体は、無欠の、繰り返しの多糖類の環を有することが好ましい。これは、アルデヒド官能化多糖類誘導体が、多糖類内に、糖類単位のいかなる酸化開環(「直鎖状化」糖類単位とも称される)も有さないことを意味する。従って、この好ましい実施形態に従い、多糖類の繰り返しの糖類単位の開環をもたらさないこと限り、アルデヒド官能化多糖類誘導体を調製するための任意の方法が、本明細書に用いるのに好適である。従って、パーアイオデート(例えば、NaIO4)を使用してモノマー糖類単位内の隣接ジオールの酸化によってアルデヒド基を多糖類に導入するために従来技術でよく使用されていた方法は、使用しないのが好ましく、本発明から除外するのが好ましい。
【0051】
本明細書で使用する場合、用語「ヒドラジド部分」は、通常炭素原子の総数が15、10、5、4、3又は2個以下である、ヒドラジド官能基及びヒドラジド末端基又は残基を含む。ヒドラジド部分は、好ましくはヒドラジド(すなわち、[多糖類]-C(O)-NH-NH2)又はジヒドラジド部分、特に一般式
[多糖類]-C(=O)-NH-NH-R1-C(=O)-NH-NH2
[式中、R1は、共有結合、C(=O)、C(=O)-O-R2、(C=O)-R2であり、R2は、直鎖状又は分岐鎖状C1、C2、C3、C4、C5若しくはC6アルキル基又はアルケニル基である]のジヒドラジド部分である。特に本明細書にて使用するのに好ましいのは、カルボジヒドラジド(CDH)である。CDHがヒドラジド部分として使用され、多糖類のカルボキシル基と結合すると、得られた修飾多糖類は、以下のペンダントヒドラジド末端部分、すなわち、多糖類-C(=O)-R[式中、RはNH-NH-C(=O)-NH-NH2である。]を有する。
【0052】
第1及び第2の多糖類誘導体の多糖類は、天然多糖類及び半合成多糖類から選択され得る。好適なカルボキシル多糖類の具体例としては、カルボキシル化セルロース及びカルボキシル化セルロース誘導体(例えば、カルボキシメチルセルロース、カルボキシエチルセルロース、カルボキシメチルエチルセルロース)、カルボキシメチルデキストラン、カルボキシメチルスターチ、アルギネート、ヒアルロン酸、ペクチン、キチン、コンドロイチンサルフェート、デルマタンサルフェート、ヘパリン、ヘパリンサルフェート、ヘパロサン等が挙げられる。
【0053】
第1の多糖類誘導体は、ヒアルロン酸、アルギネート、ヘパロサン、ヘパリン又はヘパリンサルフェートをベースとするものが好ましく、第2の官能化多糖類は、ヒアルロン酸、セルロース、キトサン、キチン又はヘパロサンをベースとするものが好ましい。特に好ましくは、第1の多糖類誘導体及び第2の多糖類誘導体の両方が、ヒアルロン酸をベースとする、あるいは、ヘパロサンをベースとすることである。又は、第1の多糖類誘導体がヘパロサンをベースとし、第2の多糖類誘導体がヒアルロン酸をベースとすることである。又は、第1の多糖類誘導体がヒアルロン酸をベースとし、第2の多糖類誘導体がヘパロサンをベースとすることである。
【0054】
本発明の好ましい態様によれば、第1の多糖類誘導体は(第1の)ヒドラジド官能化ヒアルロン酸(HA)誘導体であり、第2の多糖類誘導体は、(第2の)アルデヒド官能化ヒアルロン酸(HA)誘導体である。in situ架橋が形成されると、ヒドラジド官能化HA誘導体及びアルデヒド官能化HA誘導体はヒドラゾン架橋ヒアルロン酸(HA)ヒドロゲルを形成する。
【0055】
上に示した第1及び第2の「多糖類」誘導体の使用に関する全ての定義、説明、及び記載は、特に指示しない限り、第1及び第2のヒアルロン酸(HA)誘導体にもまた当てはまる。更に、ヒアルロン酸又はHAへのあらゆる特定の言及は、ヘパロサンもまた含み得る。換言すれば、本願を通して、用語「ヒアルロン酸」又は「HA」は、「ヘパロサン」を含み得る、又は、「ヘパロサン」に置き換えられ得る。
【0056】
ヒドラジド官能化ヒアルロン酸(HA)誘導体のヒドラジド部分及びアルデヒド官能化ヒアルロン酸(HA)誘導体のアルデヒド部分は、好ましくは本明細書で上に定義したものである。従って、ヒドラジド部分は好ましくはヒドラジド基若しくはジヒドラジド基又は残基、特に上に定義した、カルボジヒドラジド(CDH)である。好ましくは、第1のHA誘導体は、HAの糖類単位のカルボキシル基が、ヒドラジド部分によって官能化されている。
【0057】
カルボキシル基の修飾は、当該技術分野において既知である、水溶性のカップリング試薬を使用する任意の方法によって実施され得る。例えば、好適な方法は標準的なカルボジイミドケミストリーの使用を伴い、例えば、EDC(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド)をカップリング試薬として使用し、ヒドラジド末端部分をカルボキシル基でカップリングし、対応するHAアシルヒドラジドを形成する(例えば、国際公開第95/15168号を参照)。その他の使用可能なカップリング試薬は、DMTMM(4-(4,6-ジメトキシ-1,3,5-トリアジン-2-yl)-4-メチルモルホリニウムクロライド、例えば、国際公開第2016/097211号を参照)等のトリアジン化合物、N,N’-ジスクシンイミジルカーボネート等の活性エステル、及びテトラメチルアミニウム塩(例えば、HATU)である。
【0058】
第2のHA誘導体は、好ましくは、繰り返しの糖類の環を壊すことなく、例えば、HA骨格を直鎖状化することなく、アルデヒド部分によって官能化されている。このような直鎖状化糖類単位は、例えば、HAの糖類単位の繰り返しの環状構造中へのアルデヒド基の導入をもたらす古典的なパーアイオデート酸化によって生成し、従って、並行して、HA骨格を壊し、「直鎖状化」を来す。更なる詳細については、上記の対応する説明を参照されたい。なお、上記の説明は、本箇所についても同じように当てはまる。
【0059】
好ましくは、第2のHA誘導体は、-CH2OH基の-CHO基への変換により製造され、特にアルデヒド官能化HA誘導体は、好ましくは、HAのN-アセチルグルコサミン単位のC6にあるヒドロキシル基が酸化され、ホルミル(-CHO)官能基となるように修飾されている。後の修飾に好適な方法は、例えば、国際公開第2011/069475号に記載されており、それによれば、TEMPO(2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシ)を酸化剤として使用し、一級アルコール基をアルデヒドに変換している。
【0060】
患者体内に導入される液体in situ架橋性HA組成物、すなわち、2種の前駆体溶液の混合物は、好ましくは総量0.1重量%~5.0重量%のヒドラジド及びアルデヒド官能化HA誘導体を含有し、及び/又はヒドラジド官能化HA誘導体対アルデヒド官能化HA誘導体の重量比は、好ましくは15:85~85:15の範囲内である。該総量及び該重量比の好ましい範囲については、多糖類に関する、上に提示したコメントが参照され、該コメントは、好ましい多糖類としてのヒアルロン酸についても同じように当てはまる。
【0061】
本発明によれば、液体組成物中に存在するヒドラジド及びアルデヒド官能化HA誘導体の総量は、好ましくは0.1重量%~5.0重量%、特に0.5重量%~4.0重量%、より好ましくは1.0重量%~3.0重量%、最も好ましくは1.5重量%~2.5重量%である。更に、ヒドラジド官能化HA誘導体対アルデヒド官能化HA誘導体の重量比は、好ましくは15:85~75:25、より好ましくは25:75~60:40、特に好ましくは40:60~60:40であり、最も好ましくは50:50である。
【0062】
ヒドラジド官能化HA誘導体及びアルデヒド官能化HA誘導体は、互いに独立して、3.0×104~5.0×106Da、より好ましくは0.1×106~4.0×106Da、また、最も好ましくは0.3×106~3.0×106Da、又は0.5×106~2.0×106Daの平均分子量を有するHA出発物質から製造され、又は、該HA出発物質をベースとする。本明細書で使用する場合、用語「ヒアルロン酸」又は「HA」は、ヒアルロン酸、ヒアルロネート、及びヒアルロン酸ナトリウム等の任意のヒアルロン酸塩を含む。
【0063】
第1及び/又は第2の前駆体溶液は非架橋HAを更に含み得、非架橋HAは、優先的に5.0×105~4.0×106Da、好ましくは1.0×106Da~3.0×106Daの分子量を有する。架橋HA対非架橋HAの重量比は、1:1~1:0.001、特に1:0.5~1:0.005、又は1:0.1~1:0.01であり得る。
【0064】
ヒドラジド官能化HA誘導体及びアルデヒド官能化HA誘導体の修飾の程度は、ヒドラジド部分又はアルデヒド部分の合計対HA二糖類単位の合計の比として表され、互いに独立して0.1%~50%、好ましくは0.5%~25%、0.5%~15%、又は0.5%~5.0%の範囲であり得る。修飾の程度は、とりわけ、NMR、UV-VIS及びIR等の分光測定及び/又は分光学的分析法、滴定、HPLC、SEC、粘度によって測定可能である。好都合なことに、修飾の程度は、1H-NMRによって測定可能である。
【0065】
本明細書では、多糖類(例えばHA)の「分子量」、「分子質量」、「平均分子量」又は「平均分子質量」を表す全ての数は、単位ダルトン(Da)で、質量平均モル質量(又は質量平均分子質量)又はMw(wは重量で、重量平均分子量(WAMW)とも称される)を示すものと理解する。質量平均モル質量(Mw)は、以下のように規定される。
Mw=ΣiNiMi
2/ΣiNiMi
式中、Niは、分子質量がMiである分子の数である。
【0066】
本明細書では、HAの分子量を測定するために、固有粘度測定(例えば、欧州薬局方7.0-Hyaluronic Acid monograph No.1472,01/2011)、キャピラリー電気泳動(CE)(例えば、Kinoshita et al.,Biomed.Chromatogr.,2002,16:141-45による)、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)(例えば、Kim et al.,Food Chem.,2008,109:63-770による)及びサイズ排除クロマトグラフィーと組み合わせた多角度レーザー光散乱(SEC-MALLS)(例えば、Hokputsa et al.,Eur.Biophys.J.Biophys.Lett.,2003,32:450-456による)等の各種方法を適用できる。
【0067】
本発明の枠組みでは、HAポリマーの質量平均モル質量(Mw)は、好ましくは、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)又はMark-Houwinkの式による粘度測定法により測定される。GPC技術は、最大数百バールの圧力で、ポリマー溶液を、架橋ポリマー粒子のマトリックス中を強制的に通過させることを伴う。当業者に公知であるように、低分散性標準物質の使用によって保持時間を分子量に関係させることができる。
【0068】
Mark-Houwinkの式を使用して求めた質量平均モル質量(Mw)は、粘度平均モル質量又はMvと称することもある。Mark-Houwinkの式は、固有粘度(η)と分子量Mとの関係を与え、固有粘度のデータからポリマーの分子量を求めることができ、その逆も可能である。本発明との関係において、固有粘度は、好ましくは、欧州薬局方7.0(Hyaluronic Acid monograph No.1472,01/2011)に規定の手順に従って測定される。固有粘度データからHAの分子量を計算するため、本明細書では、以下のMark-Houwinkの式を使用する。
[η]=K×Ma
式中、[η]は固有粘度であり、単位はm3/kgである。Mは分子量であり、K=2.26×10-5、かつa=0.796である。
【0069】
本発明によれば、美容用途としては、皮膚の皺及び皺線、眉間の皺線、鼻唇溝、頤の皺、マリオネットライン、下顎の輪郭、頬側交連、口周囲の皺、目尻の皺、皮膚陥凹み、傷痕、こめかみ、額の真皮支持、頬骨及び頬脂肪体、涙溝、鼻、唇、頬、頤、口周囲部、眼窩下部、及び顔面非対称の処置を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0070】
本発明が対象としている治療用途としては、腹圧性尿失禁、膣の乾燥、膀胱尿管逆流、声帯不全、及び声帯内方移動の処置が挙げられるが、これらに限定されない。
【0071】
更なる態様では、本発明は、本明細書で規定される第1のヒアルロン酸(HA)誘導体及び第2のヒアルロン酸(HA)誘導体の組み合わせに関し、第1のHA誘導体はヒドラジド部分によって官能化されており、第2のHA誘導体はアルデヒド部分によって官能化されており、該ヒドラジン部分及び該アルデヒド部分は、例えば、in vivo条件下において、共有結合をin situ形成可能である。
【0072】
好ましくは、第1のヒアルロン酸(HA)誘導体は、第1の前駆体溶液の形態であり、第2のヒアルロン酸(HA)誘導体は、第2の前駆体溶液の形態である。
【0073】
ヒドラジド官能化HA誘導体、アルデヒド官能化HA、第1及び第2の無菌性前駆体溶液、並びにヒドラゾン架橋ヒアルロン酸(HA)ヒドロゲルのin situ形成については、本明細書に上記定義した通りに、更に定義され得る。
【0074】
更なる態様では、本発明は架橋多糖類ヒドロゲルのin situ形成用のマルチバレルシリンジシステムに関し、マルチバレルシリンジは、少なくとも、(a)本明細書に記載の求核基により官能化された第1の多糖類誘導体の第1の前駆体溶液が一方のバレルに、及び(b)本明細書に記載の求電子基により官能化された第2の多糖類誘導体の第2の前駆体溶液がもう一方の(すなわち別の)バレルに、予め充填されている。第1及び第2の両前駆体溶液は、上記の通り、無菌性である。
【0075】
具体的には、本発明はマルチバレルシリンジシステム、好ましくは、ダブルバレル又はトリプルバレルシステムに関し、該シリンジシステムは、少なくとも、(a)本明細書で規定される求核基により官能化された第1の多糖類誘導体の第1の(無菌性)前駆体溶液が一方のバレルに、及び(b)本明細書で規定される求電子基により官能化された第2の多糖類誘導体の第2の(無菌性)前駆体溶液がもう一方の(別の)バレルに、更に任意に、追加の成分(例えば、脂肪、脂肪酸、幹細胞、ビタミン、ポリオール、無機塩、リドカイン等の麻酔薬、抗酸化剤、アミノ酸、アルカリ金属塩及びアルカリ土類金属塩)の溶液が任意に存在する第3のバレルに、予め充填されている。好ましくは、シリンジシステムは、(a)本明細書で規定される第1の前駆体溶液及び(b)本明細書で規定される第2の前駆体溶液が他方のバレルに予め充填されたダブルバレルシリンジシステムである。
【0076】
第1及び第2の多糖類誘導体、求核基及び求電子基、第1及び第2の無菌性前駆体溶液、並びにin situ形成された架橋多糖類ヒドロゲルは、本明細書に上記定義した通りに、更に定義され得る。更に、ダブルバレルシリンジシステムを含むマルチバレルシリンジシステムは、美容又は治療用途における使用、特に、本明細書で規定される美容又は治療用途目的で、生物組織を置換若しくは充填する、又は生物組織のボリュームを増大させるのに好適であり、又は、エステティック用の使用において皮膚充填剤として使用することが特に好ましい。
【0077】
本明細書で使用する場合、用語「マルチバレルシステム」は、少なくとも2個の別々のバレルを備え、かつ2個以上のプランジャを有し得る任意のシステム又はデバイス、通常はシリンジを意味することを意図する。本明細書で使用する場合、用語「ダブルバレルシリンジシステム」は、2個の別々のバレルを備え、かつ1個又は2個のプランジャを有し得る任意のシステム又はデバイス、通常はシリンジを意味することを意図する。加えて、マルチバレル、例えばダブルバレルのシリンジシステムは、概して、先端キャップ、又はシリンジシステムの末端(複数可)のを密封のための針シールドを有する、若しくは有しない、針又はカニューレを備える。バレルは、概して、十分な第1及び第2の前駆体溶液を含むための貯蔵容量を有する。バレルは、ガラス、プラスチック又は任意のその他の好適な材料で製造することができ、様々な形状、内径、材料組成、清澄度等を有し得る。更に、マルチバレルシリンジシステムは、一体に連結された2個のシリンジを有するシリンジ、すなわち、一体に連結された2個のバレルと、これらのバレルから内容物を投与するための1個又は2個のプランジャアセンブリとの形態の、ダブルバレルシリンジシステムであってもよい。また、シリンジシステムは、2個の、取り外し可能に連結されたバレル及び2個又は1個の取り外し可能に連結されたプランジャを含み得る。
【0078】
更に、シリンジシステムは、バレルに含まれる成分を十分に混合後、アプリケータチップから投与するように構成された、(手段例えば、アプリケータチップ)も含み得る。従って、バレルは、概して連結され、プランジャアセンブリは、概して、バレルからの内容物を同時に投与するように構成され、それにより、前駆体溶液の適切な混合比が保たれる。
【0079】
好ましくは、ダブルバレルシリンジシステムを含むマルチバレルシリンジシステムは、ヒドラゾン架橋ヒアルロン酸(HA)ヒドロゲルのin situ形成用であり、ダブルバレルシリンジは、(a)ヒドラジド官能化ヒアルロン酸(HA)誘導体の第1の前駆体溶液が一方のバレルに、及び(b)アルデヒド官能化HA誘導体の第2の前駆体溶液がもう一方の別のバレルに、予め充填されている。ヒドラジド官能化HA誘導体、アルデヒド官能化HA誘導体、第1及び第2の無菌性前駆体溶液について、並びにヒドラゾン架橋ヒアルロン酸(HA)ヒドロゲルのin situ形成については、好ましくは本明細書に上記定義した通りである。
【0080】
更に別の態様では、本発明は、(i)求核基により官能化された、本明細書で規定される第1の多糖類誘導体の第1の無菌性前駆体溶液が入っている第1の容器と、(ii)求電子基により官能化された、本明細書で規定される第2の多糖類誘導体の第2の無菌性前駆体溶液が入っている第2の容器と、任意に、(iii)使用説明書と、を備える、架橋多糖類ヒドロゲルをin situ形成させるためのキットに関する。
【0081】
第1及び第2の多糖類誘導体、求核基及び求電子基、第1及び第2の無菌性前駆体溶液、並びにin situ形成された架橋多糖類ヒドロゲルは、本明細書に上記定義した通りに、更に定義され得る。本明細書で使用する場合、用語「容器」は特に限定されず、例えば、ガラス若しくはプラスチックボトル、バイアル、カープル、又はその他の任意の密封容器を含む。
【0082】
「使用説明書」は、好ましくは美容又は治療用途、特に、本明細書で規定される美容又は治療用途目的で、生物組織を置換若しくは充填する、又は生物組織のボリュームを増大させるための使用説明書であり、又は、特に好ましくは、エステティック用の使用における皮膚充填剤としての使用説明書である。
【0083】
好ましくは、キットはヒドラゾン架橋ヒアルロン酸(HA)ヒドロゲルのin situ形成用であり、(i)ヒドラジド官能化HA誘導体の第1の無菌性前駆体溶液が入っている第1の容器と、(ii)アルデヒド官能化HAの第2の無菌性前駆体溶液が入っている第2の容器と、任意に、(iii)使用説明書と、を備える。ヒドラジド官能化HA誘導体、アルデヒド官能化HA誘導体、第1及び第2の無菌性前駆体溶液について、並びにヒドラゾン架橋ヒアルロン酸(HA)ヒドロゲルのin situ形成については、本明細書に上記定義した通りに、特に本発明の第1の態様に関して定義した通りに、更に定義され得る。任意に、キットには、マルチバレルシリンジシステムに関連して述べた追加の成分を含む第3の無菌性溶液が入っていてもよい。
【0084】
更に別の態様では、本発明は、美容又は治療用途において、架橋ヒドロゲルを。in situ形成させる方法であって、該方法が、
(a)第1の多糖類誘導体の第1の前駆体溶液と、これとは別に、第2の多糖類誘導体の第2の前駆体溶液と、を準備する工程であって、第1の多糖類誘導体を求核基により官能化し、第2の多糖類誘導体を求電子基により官能化し、並びに第1及び第2の両前駆体溶液を滅菌する工程と、
(b)第1の前駆体溶液及び第2の前駆体溶液を混合することで、in situ架橋性混合溶液とする工程と、
(c)混合溶液を患者体内の標的部位に注入する工程であって、第1の多糖類誘導体の求核基及び第2の多糖類誘導体の求電子基を、共有結合をin situ形成させることにより、標的部位において架橋ヒドロゲルを形成させる工程と、を含む。方法を提供する。
【0085】
混合及び注入は、本明細書で規定されるシリンジシステムを使用して実施可能であり、通常は、針(カニューレ)から投与する前に、両成分(すなわち、第1及び第2の前駆体組成物)を好ましくは均質な物理的混合物とすることが可能となる。本明細書で使用する場合、用語「均質な」は、混合物、分散体又は溶液全体にわたる均等な混合、分散又は希釈を意味し、全体にわたり均等な構造及び/又は組成の材料を指す。
【0086】
本発明を、ここで以下の非限定的な実施例により、更に例証する。
【実施例0087】
以下に示す実施例では、in situ架橋性ヒアルロン酸(HA)ヒドロゲルの調製を説明し、動物試験で、ヒドロゲルが様々な美容及び治療用途に対して有望な充填剤材料であることを示す。加えて、実施例では、in situ架橋性HA組成物が、過度の力を加えずに容易に細針から注入できる一方で、依然として生物組織を増大させるために、望ましい機械的及びレオロジー特性(すなわち、複素粘度(η*)、貯蔵弾性率(G’)、損失弾性率(G’’)、及び損失正接(tanδ))をもたらすことを実証する。
【0088】
押出力の測定
押出力(注入力)を、1.0mLのガラスシリンジ(BD Hypak SCF、1mLの長さのRF-PRTC、ISO11040,内径6.35mm)及び30Gの針(TSK Laboratory)を装着した、テクスチャーアナライザ(TA.XT Plus、Texture Technologies,Corp.)によって測定した。押出力を、距離25mmにわたって、試験速度0.21mm/秒を使用して測定した(ターゲットモード:距離、力:100.0g)。試験前及び試験後の速度を、それぞれ0.21mm/秒及び10.0mm/秒とした。トリガとなる力を、2.0g(トリガタイプ:自動(力))で、歪みは10.0%とした。プラトーに到達した後の平均の力を押出力とした。
複素粘度(η*)並びに貯蔵及び損失弾性率(G’及びG’’)の測定
複素粘度(η*)並びに貯蔵及び損失弾性率(G’及びG’’)を、コーンプレート形状(径50mm、角度0.1°、CP50-1、ギャップ寸法0.1mm)を装着したレオメータ(Anton Paar Physica MCR302Rheometer、Anton Paar GmbH)を使用して25℃で測定した。試料を1Paの応力で振動させ、発振周波数を0.1~10Hzで変化させた。
【0089】
以下の実施例では、用語「当量(equivalent)」又は「当量(eq)」は、別段の記載がない場合は、本明細書で使用するように、ヒアルロン酸二糖類繰り返し単位を指す。別段の記載がない場合は、百分率は重量%である。
【0090】
実施例1
HAアルデヒド誘導体(HA-Ald)の合成
国際公開第2011/069475号に記載の方法に従って(例えば、実施例1を参照)、アルデヒド官能化HA誘導体を、HAのN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)単位の一級C6ヒドロキシル基を選択的に酸化することによって調製した。つまり、TEMPO/共酸化剤系(TEMPO、2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシ)を使用して、ヒアルロン酸(HA)(Mw=1.0×106Da)を酸化した。透析後、溶液を凍結乾燥し、アルデヒド官能化HA(以下、「HA-Ald」と称する)を得た。
【0091】
実施例2
HAヒドラジド誘導体(HA-Ald)の合成
HA(6000.0mg、14.9mmolの二糖類繰り返し単位)を、室温で12時間をかけて、700.0mLの脱イオン水中に溶解させた。HOBt(2289.3mg、14.9mmol)を添加した後、固体EDC(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(1428.9mg、7.84mmol)を添加した。pHを5.5~6.5に調整し、溶液を1時間攪拌した。次に、カルボヒドラジド(CDH;4043.5mg、44.88mmol)を添加し、室温で10時間、攪拌を続けた。
【0092】
続いて溶液を5.0Lのイソプロパノール中に沈殿させ、沈殿物を収集し、生理食塩水に溶解させ、透析袋(Spectra Pro-6、MWCO 3500)に充填した。沈殿物を0.1MのNaClを含む蒸留水で透析した(2×2L、48時間)後、生理食塩水で透析した(2×2L、24時間)。最後に、溶液を凍結乾燥し、5000mg~5500mgのHAヒドラジド誘導体(以下、「HA-Hyd」と称する)を得た。
【0093】
実施例3
HAヒドロゲルの形成及び特性測定
HAヒドロゲルを、蒸気滅菌(131℃、0.7分)した実施例1のHAアルデヒド誘導体(「HA-Ald」)、及び蒸気滅菌(131℃、0.7分)した実施例2のHAヒドラジン誘導体(「HA-Hyd」)の、室温(約25℃)での同量混合により、調製した。HA-Ald及びHA-Hyd誘導体を、別々にpH6.5~7.5の、無菌性PBSに溶解し、それぞれ15mg/mL及び24.5mg/mLの濃度とした。続いて、1.0mLの、HA-Ald及びHA-Hyd前駆体溶液の各々(15mg/mL及び24.5mg/mLの濃度のそれぞれに対して別々に)を、体積比1:1で、1mLのルアーロックシリンジに充填した。使用した2個のシリンジの各々を、その各先端においてY字コネクタに連結し、2種の前駆体溶液を、針からの押し出しと同時に、効果的に混合可能とした。
【0094】
測定された、無菌性前駆体溶液及び無菌性前駆体溶液の混合物の平均押出力及びレオロジー特性(η
*、G’、G’’及びtan(δ))を表1に示す。
【表1】
【0095】
表1から分かるように、HA-Hyd前駆体溶液及びHA-Ald前駆体溶液の両方の押出力及び複素粘度は非常に低く、前駆体溶液が液体(非ゲル)状態であることを示している。更に、2種の前駆体溶液の混合物は、わずか約5Nの押出力であることが見出された。これは概ね、別々のシリンジから30Gの細針を通って押出された直後の、各前駆体溶液(15mg/mL)の合計である。従って、混合前駆体溶液の注入は、予め形成されたヒドロゲルの形態の皮膚充填剤組成物に比べて、はるかに容易である。
【0096】
表1に示すように、それぞれ15mg/mL及び24.5mg/mLの前駆体溶液から、in situ架橋HAヒドロゲルをペトリ皿上で調製した。最終的なゲル状態を得るための、適切かつ十分な架橋の持続時間を、レオロジーから、約30分であると特定した。このように、ヒドロゲルのレオロジー特性(η
*、G’、G’’及びtan(δ))を、2種の前駆体溶液を混合した30分後に、上記のAnton Paarレオメータを使用して評価した。結果を表2に示す。
【表2】
【0097】
表2に示すように、in situ架橋性ヒドロゲルは、予め形成された後に患者に注入される他の市販の充填剤に匹敵するレオロジー特性を呈する。加えて、試験したin situ架橋性ヒドロゲルは、両方ともGavard-Sundaramの凝集力基準で3以上のスコアにより示されるように、凝集性である。
【0098】
実施例4
概念実証を確証するための動物試験
予備的な動物実験
表2に示した2種の処方物を、ウサギにおけるヒドロゲルのin vivo形成に使用した。第1のヒドロゲル(「被験物質1」)を、HA-Hyd前駆体溶液(15mg/mL)及びHA-Ald前駆体溶液(15mg/mL)をウサギの皮膚に混注(1:1v/v)して入れた。第2のヒドロゲル(「被験物質2」)を、HA-Hyd前駆体溶液(24.5mg/mL)及びHA-Ald前駆体溶液(24.5mg/mL)をウサギの皮膚に混注(体積比1:1)して入れた。
【0099】
注入深さに応じて、100μL~1000μLの液量を、皮内(ID)及び皮下(SD)注射によって、ウサギの異なる皮膚層内に注入し、2種の市販の皮膚充填剤(対照物質1はBelotero Balance、対照物質2はBelotero Volume)と比較した。ホスフェート緩衝生理食塩水(PBS)を陰性対照として使用した。
図1及び2に、結果を示す。
【0100】
図1から分かるように、被験物質1は、皮内注射後、HA系充填剤の使用について典型的に見られるように、真皮内にほぼ台形の塊として現れている。加えて、こちらも見て分かるように、注入のタイプ(すなわち、ボーラス、1つのトンネル及び2つのトンネル状の注入)による形態の違いはもたらされていない。本質的に同一の結果が被験物質2について見られた。更に、追加の試験により、被験物質1及び2を、異なる液量で皮内注射しても、被験物質の分布において、関連性のある違いはもたらされないことが示されている(結果は示していない)。
【0101】
図2は、架橋した被験物質2により、t=4時間でin vivo形成された「隆起」又は「ブレブ」の肉眼写真である。図から分かるように、被験物質2は、注入後、数時間でリフティング効果をもたらす。比較すると、食塩水はその時間内に完全に消失した。同じことが、被験物質1についても観察された。in vivo架橋後に得られたブレブは、予め形成された市販の充填剤(例えば、Belotero(登録商標)充填剤レンジ(Merz Aesthetics))と同様のレオロジー特性を有する充填剤を注入した後に得られたブレブと同様である。
【0102】
結論として、ウサギの皮膚において、可変量の被験物質1及び2の皮内及び皮下注射により、所望のリフティング効果がもたらされ、いずれの有害な組織病理学的効果も伴わなかった。
【0103】
12週間の動物の追跡試験
12週間の試験をウサギにおいて実施し、上記の被験物質1の皮内注射(ID)及び上記の被験物質2の皮下注射(SC)後の皮膚反応の重症度を測定した。反応を、ID注射した対照物質1(Belotero Balance)及びSC注射した対照物質2(Belotero Volume Lidocaine)と比較した。注入4週間後、部位を肉眼で観察し、組織病理学的に分析し、各物質の皮膚反応を評価した。注入後と、次いで5日間は毎日、その後終了までは毎週、全部位を肉眼で観察した。
【0104】
驚くべきことに、2種の被験物質(in vivoでのHA充填剤)は、極小の顆粒及び針状体(spicules)を形成し、これらは、皮膚コラーゲン繊維の間に浸透していた。対照物質(Belotero Balance及びBelotero Balance Lidocaine)は、より大きな顆粒及びくぼみを形成し、これらは真皮内で広い空隙を充填し、皮膚コラーゲンには浸透していなかった。換言すれば、Belotero Balanceは、その優れた組織との一体化能力で知られているが(Flynn et al.Comparative histology of intradermal implantation of mono and biphasic hyaluronic acid fillers,Dermatol Surg.2011,37:637-643、及びMicheels et al.,Superficial dermal injection of hyaluronic acid soft tissue fillers:comparative ultrasound study,Dermatol Surg.2012,38:1162-1169)、in vivoのHA充填剤は、Belotero Balanceのように(as Belotero Balance)、実質的により良好な組織への浸透(局所充填に対して完全な組織との一体化)をもたらした。
【0105】
要約すれば、12週間のウサギでの試験は、本発明のin vivoのHA充填剤が市販の皮膚充填剤に匹敵すること示した。本試験は更に、in vivoのHA充填剤は、局所充填とは対照的に、完全な組織との一体化をもたらす、改善された組織への浸透性等の特有の特性をもたらすことを示した。これらの結果は、本発明のin vivoのHA充填剤が、様々な美容及び治療用途において軟部組織を増大、充填又は置換することに対する可能性を強く示唆している。