IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 浜松ホトニクス株式会社の特許一覧

<>
  • 特開-細胞刺激方法及び細胞刺激装置 図1
  • 特開-細胞刺激方法及び細胞刺激装置 図2
  • 特開-細胞刺激方法及び細胞刺激装置 図3
  • 特開-細胞刺激方法及び細胞刺激装置 図4
  • 特開-細胞刺激方法及び細胞刺激装置 図5
  • 特開-細胞刺激方法及び細胞刺激装置 図6
  • 特開-細胞刺激方法及び細胞刺激装置 図7
  • 特開-細胞刺激方法及び細胞刺激装置 図8
  • 特開-細胞刺激方法及び細胞刺激装置 図9
  • 特開-細胞刺激方法及び細胞刺激装置 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022136298
(43)【公開日】2022-09-15
(54)【発明の名称】細胞刺激方法及び細胞刺激装置
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20220908BHJP
   C12N 13/00 20060101ALI20220908BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20220908BHJP
   C12M 1/42 20060101ALI20220908BHJP
【FI】
C12Q1/02
C12N13/00
C12M1/00 A
C12M1/42
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022121762
(22)【出願日】2022-07-29
(62)【分割の表示】P 2017028025の分割
【原出願日】2017-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100224546
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 龍
(72)【発明者】
【氏名】建部 厳
(72)【発明者】
【氏名】清水 良幸
(72)【発明者】
【氏名】山内 豊彦
(72)【発明者】
【氏名】道垣内 龍男
(57)【要約】
【課題】生きている細胞のイオン濃度を効率良く変化させることができる細胞刺激方法及び細胞刺激装置を提供することを目的とする。
【解決手段】中赤外光L1を生きている細胞2に連続的に照射することにより、細胞2のCa2+濃度を変化させるか、或いは、細胞2及び細胞2の周囲に配置される他の細胞2B~2FのCa2+濃度を変化させる。
【選択図】図4

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中赤外光を生きている細胞に連続的に照射することにより、前記細胞のイオン濃度を変化させるか、或いは、前記細胞及び前記細胞の周囲に配置される他の細胞のイオン濃度を変化させる、細胞刺激方法。
【請求項2】
前記中赤外光を前記細胞の一部に照射する、請求項1に記載の細胞刺激方法。
【請求項3】
前記中赤外光の波長は、4μm以上10μm以下である、請求項1又は2に記載の細胞刺激方法。
【請求項4】
中赤外光を出力する光照射部を備え、
前記中赤外光を生きている細胞に連続的に照射することにより、前記細胞のイオン濃度を変化させるか、或いは、前記細胞及び前記細胞の周囲に配置される他の細胞のイオン濃度を変化させる、細胞刺激装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞刺激方法及び細胞刺激装置に関する。
【背景技術】
【0002】
非特許文献1及び非特許文献2には、近赤外光を用いて細胞のカルシウムイオン(Ca2+)濃度を変化させる方法が記載されている。非特許文献1に記載された方法では、培養皿内のHela細胞の近傍に金属粒子を配置し、その金属粒子に波長1064nmの近赤外光を照射することにより金属粒子から熱を発生させ、その金属粒子の熱によってHela細胞のCa2+濃度を変化させている。非特許文献2に記載された方法では、培養皿内の心筋細胞に近赤外パルス光を直接照射することにより、その心筋細胞のCa2+濃度を変化させている。この方法では、波長1862nm、パルスエネルギー9.1J/cm~11.6J/cm、パルス幅3ms~4msの近赤外パルス光が用いられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Vadim Tseeb, Madoka Suzuki, Kotaro Oyama, Kaoru Iwai, Shin'ichi Ishiwata,“Highly thermosensitive Ca2+ dynamics in a HeLa cell through IP3receptors”, HFSP(Human Frontier Science Program) Journal, 21 October 2008, pp117-123.
【非特許文献2】Gregory M Dittami, Suhrud M Rajguru, Richard A Lasher, Robert WHitchcock, Richard D Rabbitt, “Intracellular calcium transients evoked bypulsed infrared radiation in neonatal cardiomyocytes”, TheJournal of Physiology, 15 March 2011, pp1295-1306.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
生体の細胞は、核酸、タンパク質、脂質、及び糖類といった有機分子(生体分子)によって構成されている。これらの生体分子の官能基及び生体分子間の結合は、その生体分子固有の振動をしている。これらの生体分子に赤外光を照射すると、生体分子は、赤外光の光子エネルギーを吸収する。この生体分子に吸収される赤外光の光子エネルギーの大きさは、その生体分子の振動の状態を変化させるために必要なエネルギーの大きさに相当する。従って、生体分子に赤外光を照射することによって、生体分子の振動の状態を変化させることができる。このような生体分子の振動の状態の変化は、生体分子のイオン濃度に変化を引き起こすと考えられる。例えば近赤外光を用いて細胞のCa2+濃度を変化させる方法が考えられている(非特許文献1及び非特許文献2参照)。
【0005】
しかしながら、近赤外領域の波長の生体分子への吸収が大きくないので、非特許文献1及び非特許文献2に記載された方法では、それぞれ次のような問題がある。
【0006】
すなわち、非特許文献1に記載された方法では、細胞に近赤外光を直接照射しておらず、その細胞の近傍の金属粒子に近赤外光が照射している。従って、この方法では、細胞に近赤外光を直接照射する場合に比べて、細胞のイオン濃度を効率良く変化させることが難しい。なお、この方法では金属粒子を細胞の近傍に設ける必要があるので、この方法を例えば生体内の細胞に適用できない可能性がある。
【0007】
また、非特許文献2に記載された方法では、細胞のイオン濃度を変化させるために、近赤外パルス光のパルスエネルギーは、或る程度の大きさを有することが必要である。つまり、近赤外パルス光のパルスエネルギーの大きさを小さく抑えると、細胞のイオン濃度を変化させることができなくなってしまう可能性がある。従って、このような近赤外パルス光を用いて、細胞のイオン濃度を効率良く変化させることは難しい。また、この方法では、近赤外パルス光を細胞に照射し続けた場合、細胞が損傷又は死滅してしまうおそれがある。従って、このような場合には、生きている状態の細胞のイオン濃度を変化させることができない可能性がある。
【0008】
本発明は、このような問題点に鑑みてなされたものであり、生きている細胞のイオン濃度を効率良く変化させることができる細胞刺激方法及び細胞刺激装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の細胞刺激方法は、中赤外光を生きている細胞に連続的に照射することにより、細胞のイオン濃度を変化させるか、或いは、細胞及び細胞の周囲に配置される他の細胞のイオン濃度を変化させる。
【0010】
本発明の細胞刺激装置は、中赤外光を出力する光照射部を備え、中赤外光を生きている細胞に連続的に照射することにより、細胞のイオン濃度を変化させるか、或いは、細胞及び細胞の周囲に配置される他の細胞のイオン濃度を変化させる。
【0011】
先に述べたように、赤外光のうち近赤外光を用いて細胞内のイオン濃度を変化させる方法が提案されている。しかしながら、近赤外領域の波長の生体分子への吸収が大きくないので、近赤外光を用いて、生きている細胞のイオン濃度を効率良く変化させることが難しい。これに対し、本発明者は、赤外光のうち中赤外光の波長域が、生体分子の指紋領域(すなわち生体分子の固有の吸収ピークが現れる波長域)に相当し細胞内の生体分子への吸収が大きい波長域であることに着目し、この中赤外光を細胞に直接照射することにより、生きている細胞のイオン濃度を効率良く変化させることができることを見出した。具体的には、中赤外光の波長領域には細胞内の生体分子の固有の吸収ピークが多く現れるので、或る特定の生体分子の吸収帯に相当する波長を有する中赤外光を細胞に照射することにより、細胞内の任意の生体分子のイオン濃度を変化させることができる。また、近赤外光に比べて中赤外光では、細胞内の生体分子への吸収が大きいので、中赤外光の照射強度を近赤外光の照射強度(細胞のイオン濃度を変化させるために必要な照射強度)より小さく抑えても、細胞のイオン濃度を変化させることができる。加えて、このように中赤外光の照射強度を小さく抑えることができるので、中赤外光を細胞に連続的に照射しても、細胞の損傷又は死滅を回避しつつ、細胞のイオン濃度を変化させることができる。これにより、細胞のイオン濃度を持続的に変化させることができる。
【0012】
また、中赤外光を細胞の一部に照射してもよい。中赤外光を細胞の一部に局所的に照射することにより、細胞の当該一部を除く他の部分のイオン濃度の変化とは異なるイオン濃度の変化を、細胞の当該一部に起こさせることができる。すなわち、細胞のイオン濃度を局所的に変化させることができる。
【0013】
また、中赤外光の波長は、4μm以上10μm以下であってもよい。細胞内の生体分子の固有の吸収ピークは、この波長領域に特に多く現れる。これにより、上述した本発明の効果を好適に得ることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、生きている細胞のイオン濃度を効率良く変化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】一実施形態の細胞刺激装置の概略構成図である。
図2】一実施形態の細胞刺激方法を示すフローチャートである。
図3】(a),(b),(c),及び(d)は、第1実施例における蛍光の強度を示す画像である。
図4】(a)は、第1実施例における蛍光の強度の時間変化を示すグラフである。(b)は、(a)の一部を拡大して示すグラフである。
図5】第2実施例における蛍光の強度を示す画像である。
図6】第2実施例における蛍光の強度の時間変化を示すグラフである。
図7】第3実施例における蛍光の強度を示す画像である。
図8】第3実施例における蛍光の強度の時間変化を示すグラフである。
図9】第4実施例における蛍光の強度を示す画像である。
図10】第4実施例における蛍光の強度の時間変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面を参照しながら、本発明の細胞刺激装置及び細胞刺激方法の実施の形態を詳細に説明する。なお、図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0017】
図1は、本発明の一実施形態の細胞刺激装置1の概略構成図である。細胞刺激装置1は、中赤外光L1を生きている細胞2に照射することにより、細胞2のイオン濃度を変化させ、そのイオン濃度の変化を継時的に観察するための装置である。図1に示されるように、細胞刺激装置1は、培養皿10と、赤外光源(光照射部)20と、シャッタ30と、対物レンズ40と、励起光源50と、ダイクロイックミラー60と、対物レンズ70と、撮像装置80と、を備える。
【0018】
培養皿10は、シリコンウェハ11を含む。培養皿10の底面には、開口が設けられており、該開口を塞ぐようにシリコンウェハ11が貼り付けられている。シリコンウェハ11上に細胞2が配置されている。培養皿10には、シリコンウェハ11上の細胞2とともに培養液12が容れられている。細胞2は、例えばHela細胞(子宮頸がん由来の細胞)、CHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞)、又はNeuro-2a(マウス神経芽細胞腫)である。この細胞2は、蛍光試薬による染色処理が行われたものである。細胞2に染色処理を行うと、蛍光試薬が細胞2に取り込まれる。蛍光試薬は、細胞2の特定のイオンと定量的に反応して蛍光L3を発する。この蛍光L3の強度は、細胞2のイオン濃度に比例する。細胞2のイオンとしては、例えばカルシウムイオン(Ca2+)、ナトリウムイオン(Na2+)、カリウムイオン(K)、塩素イオン(Cl)、マグネシウムイオン(Mg2+)、及び亜鉛イオン(Zn2+)が挙げられる。なお、細胞2の染色処理の具体的な方法については、後述する第1実施例及び第4実施例にて説明する。培養皿10の周囲には、ヒータ13が設けられている。ヒータ13は、培養皿10の外周面を囲うように取り付けられている。ヒータ13は、培養皿10内の細胞2を所定の温度(例えば体温である36度)に保つために設けられる。
【0019】
赤外光源20は、培養皿10に対して下方に位置している。赤外光源20は、培養皿10内の細胞2に向けて中赤外光L1を出力する。中赤外光L1は、連続光である。なお、ここでの連続光とは、時間間隔を空けずに連続して出力されるような光に限らず、1kHz以上の時間間隔を空けて繰り返し出力されるようなパルス光を含む。なぜなら、例えば神経細胞の活動電位(スパイク)の時間幅は1ミリ秒程度であるので、この時間幅よりも短い時間間隔で出力されるパルス光を細胞2に照射するときと、時間間隔を空けずに連続して出力される光を細胞2に照射するときとで、細胞2のイオン濃度の変化の様子に差異はないと考えられるからである。中赤外光L1の光軸は、一例では、培養皿10の底面に垂直な方向に沿って延びている。中赤外光L1の波長は、例えば4μm~10μmの範囲内であることが好適である。なぜなら、この波長領域は、細胞2内の生体分子の固有の吸収ピークが多く現れる領域(指紋領域)に相当するからである。
【0020】
対物レンズ40は、赤外光源20と培養皿10との間に位置しており、培養皿10のシリコンウェハ11の裏面(細胞2が配置される面とは反対側の面)と対向するように配置されている。対物レンズ40は、赤外光源20と光学的に結合されている。対物レンズ40は、赤外光源20から出射された中赤外光L1をシリコンウェハ11上の細胞2に集光する。対物レンズ40から出射された中赤外光L1は、シリコンウェハ11の裏面に照射され、シリコンウェハ11を透過してシリコンウェハ11上の細胞2に照射される。
【0021】
シャッタ30は、赤外光源20と対物レンズ40との間に位置しており、中赤外光L1の光軸上に設けられている。シャッタ30は、開閉可能に構成されている。シャッタ30の開閉のタイミングによって、中赤外光L1が細胞2に照射される照射期間、及び中赤外光L1が細胞2に照射されない非照射期間が調整される。シャッタ30が開かれている期間(照射期間)では、赤外光源20から出力される中赤外光L1は、シャッタ30を通過したのち、対物レンズ40を介して培養皿10内の細胞2に連続的に照射される。一方、シャッタ30が閉じられている期間(非照射期間)では、中赤外光L1は、シャッタ30により遮られるので、培養皿10内の細胞2に照射されない。
【0022】
励起光源50、ダイクロイックミラー60、対物レンズ70及び撮像装置80は、培養皿10に対して上方に位置している。ダイクロイックミラー60、対物レンズ70、及び撮像装置80は、中赤外光L1の光軸方向に沿って配置されている。励起光源50は、中赤外光L1の光軸方向と交差する方向に沿って配置されている。励起光源50は、培養皿10内の細胞2に励起光L2を照射するために設けられる。励起光源50は、ダイクロイックミラー60に向けて可視光を出力する。可視光は、細胞2内の蛍光試薬を励起し得る励起波長を含んでいる。可視光の光軸上には、励起フィルタ51が設けられている。励起フィルタ51は、励起光源50から到達する可視光のうち特定波長の励起光L2を選択的に透過させ、他の波長の光を遮断する。励起光L2が細胞2に照射されると、細胞2内の蛍光試薬が励起され、細胞2から所定波長の蛍光L3が発せられる。
【0023】
ダイクロイックミラー60は、培養皿10と撮像装置80との間において、中赤外光L1の光軸と励起光L2の光軸とが交差する位置に取り付けられる。ダイクロイックミラー60は、その面が励起光L2の光軸及び中赤外光L1の光軸に対して斜めになるように設けられている。ダイクロイックミラー60は、特定波長より短波長の光を反射し、その特定波長以上の波長の光を透過する波長帯域特性を有する。ダイクロイックミラー60は、励起フィルタ51から到達する励起光L2を培養皿10内の細胞2に向けて反射させるとともに、細胞2から発せられる蛍光L3を透過させる。
【0024】
対物レンズ70は、ダイクロイックミラー60と、培養皿10のシリコンウェハ11との間に配置されている。対物レンズ70は、ダイクロイックミラー60を介して励起光源50と光学的に結合されている。対物レンズ70は、ダイクロイックミラー60から到達する励起光L2を集光する。また、対物レンズ70は、細胞2から発せられる蛍光L3をコリメートし、撮像装置80に向けて出射する。対物レンズ70と撮像装置80との間には、蛍光フィルタ81が設けられている。蛍光フィルタ81は、対物レンズ70から出射された蛍光L3を選択的に透過させ、他の波長の光を遮断する。撮像装置80は、この蛍光フィルタ81を透過した蛍光L3を受け、蛍光L3の画像を取得する。
【0025】
次に、細胞刺激装置1の動作を説明する。併せて、本実施形態による細胞刺激方法について説明する。図2は、細胞刺激方法を示すフローチャートである。まず、励起光源50から出力された励起光L2は、励起フィルタ51を通過してダイクロイックミラー60によって反射されたのち、対物レンズ70を介して培養皿10内の細胞2に照射される(ステップS1)。細胞2に励起光L2が照射されると、蛍光試薬に対応するイオン濃度に応じた強度の蛍光L3が細胞2から発せられる。この細胞2から発せられる蛍光L3は、対物レンズ70によってコリメートされたのち、ダイクロイックミラー60及び蛍光フィルタ81を通過して、撮像装置80に到達する。次に、赤外光源20は、培養皿10内の細胞2に向けて中赤外光L1を出力する。照射期間では、中赤外光L1は、対物レンズ40を介して培養皿10内の細胞2に連続的に照射され、非照射期間では、中赤外光L1は、シャッタ30に遮られ、培養皿10内の細胞2に照射されない(ステップS2)。この照射期間及び非照射期間における蛍光L3の強度の変化の様子を、撮像装置80にて継時的に観察する。
【0026】
以下、第1実施例~第4実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下の第1実施例~第4実施例では、対物レンズ40として倍率20倍の水浸対物レンズ(オリンパス製、UMPLFLN20XW)、励起光源50としてLED(中心波長505nm)、赤外光源20として分布帰還型(DFB)の量子カスケードレーザ(連続発振型)、対物レンズ70としてZnSe赤外光集光用対物レンズ(エドモンドオプティクス製、型番:♯88-447、焦点距離12mm)、撮像装置80として1280×960の画素数(640×480の実効画素数)を有するCCDカメラ(BasleracA 1300-30um)を用いた。なお、この撮像装置80には、S/N比の向上のためにビニング処理(2×2)が施されている。また、この撮像装置80の観察視野は、180μm×135μmであり、この撮像装置80のゲインは0dBであり、撮像装置80の分解能は8ビットであった。また、撮像装置80のガンマ補正はされていないものであった。また、この撮像装置80による撮像の際の露光時間は400ミリ秒であり、フレームレートは2fpsであった。また、励起フィルタ51は、波長489nm~505nmの光を透過するものであり、蛍光フィルタ81は、波長524nm~546nmの光を透過するものであり、ダイクロイックミラー60は、特定波長515nmより短波長の光を反射し、その特定波長以上の波長の光を透過するものであった。
【0027】
(第1実施例)
第1実施例では、細胞2としてHela細胞を用意した。この細胞2を、12%ウシ胎児血清(FBS)及び4mMのグルタミン酸を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)にて培養した。この細胞2に蛍光試薬による染色処理を行った。蛍光試薬として、細胞2のCa2+と定量的に反応して蛍光L3を発するカルシウム蛍光試薬を用意した。カルシウム蛍光試薬は、Calcium Green -1 AM(Thermo Fisher Scientific製)である。このカルシウム蛍光試薬は、波長506nmの励起光L2にて励起される。また、このカルシウム蛍光試薬の蛍光L3の中心波長は、531nmである。
【0028】
ここで、このカルシウム蛍光試薬による染色処理の方法について具体的に説明する。まず、10mMのHEPES、140mMのNaCl、4mMのKCl、2mMのMgCl、2mMのCaCl、及び10mMのグルコースを含む溶液A(HEPESbuffer、全量50ml)を調製した。また、50μgのカルシウム蛍光試薬に50μlのジメチルスルホキシド(DMSO)を加えて溶解させた溶液Bを調整した。次に、7.56mlの溶液Aに、50μlの溶液Bと、50μlの界面活性剤(PluronicF127)とを加えた溶液C(全量7.75ml)を調製した。そして、この溶液C及び溶液Aを37度で加温した。その後、培養皿10から培地(DMEM)を除去し、950μlの溶液Cを培養皿10に加えた。そして、この溶液Cが加えられた培養皿10を37度で1時間インキュベートした。その後、培養皿10から溶液Cを除去し、培養皿10内の細胞2を溶液Aで洗浄したのち、培養皿10に溶液Aを2.0ml加えた。以上の方法により細胞2にカルシウム蛍光試薬を取り込ませて染色処理を施した。
【0029】
続いて、この染色処理が施された細胞2に励起光L2及び中赤外光L1を照射することにより、蛍光L3の観察を行った。具体的には、まず、励起光源50から励起光L2を細胞2に照射させる。励起光L2は、励起フィルタ51を透過してダイクロイックミラー60により反射されたのち、対物レンズ40を介して培養皿10内の細胞2に照射する。励起光L2が細胞2に照射されると、培養皿10内の細胞2のカルシウム蛍光試薬が励起され、Ca2+濃度に応じた強度の蛍光L3が細胞2から発せられる。この蛍光L3は、対物レンズ70によってコリメートされたのち、ダイクロイックミラー60及び蛍光フィルタ81を通過して、撮像装置80に到達する。
【0030】
次に、赤外光源20から中赤外光L1を細胞2に照射した後、中赤外光L1の細胞2への照射を停止し、これを繰り返した。すなわち、中赤外光L1が細胞2に照射される照射期間と、中赤外光L1が細胞2に照射されない非照射期間とが、交互に繰り返されるようにした。なお、本実施例では、中赤外光L1の波長を7.7μmとし、中赤外光L1の照射強度を30mWとした。また、照射期間を6秒とし、非照射期間を8秒とした。照射期間では、中赤外光L1は、シャッタ30及び対物レンズ40を介して、培養皿10のシリコンウェハ11の裏面に照射され、シリコンウェハ11を透過してシリコンウェハ11上の細胞2に連続的に照射される。なお、中赤外光L1がシリコンウェハ11の裏面に照射されるときに、例えば空気とシリコンウェハ11との界面におけるフレネル反射により中赤外光L1のエネルギーが低減されるので、中赤外光L1は、13mW程度の照射強度にて細胞2に照射されると考えられる。また、中赤外光L1が細胞2に照射されるときの中赤外光L1の照射スポット径は、50μmφ未満である。非照射期間では、中赤外光L1は、シャッタ30に遮られるので、細胞2に照射されない。このように、中赤外光L1の細胞2への照射又は非照射を交互に繰り返すことにより、細胞2から発せられる蛍光L3の強度の変化について撮像装置80を用いて継時的に観察した。
【0031】
図3(a)は、中赤外光L1の細胞2への照射を開始する前(観察開始後10秒経過時)の蛍光L3の強度を示す画像である。図3(b)は、中赤外光L1を細胞2に照射した後、中赤外光L1の細胞2への照射を停止した非照射期間(観察開始後128秒経過時)の蛍光L3の強度を示す画像である。図3(c)は、中赤外光L1を細胞2に照射した照射期間(観察開始後133秒経過時)の蛍光L3の強度を示す画像である。図3(d)は、中赤外光L1の細胞2への照射又は非照射の繰り返しを終了した後(観察開始後240秒経過時)の蛍光L3の強度を示す画像である。これらの図において、蛍光L3の強度が色の濃淡で示されており、蛍光L3の強度が大きいほど淡く、蛍光L3の強度が小さいほど濃くなっている。この蛍光L3の強度の大きさは、細胞2のCa2+濃度の大きさを表している。従って、以下、「蛍光L3の強度」を「Ca2+濃度」に適宜置き換えて説明することがある。
【0032】
図3(a)、図3(b)、及び図3(c)に示されるように、中赤外光L1の細胞2への照射を開始すると、細胞2のCa2+濃度が明らかに大きくなっている。そして、図3(d)に示されるように、中赤外光L1の細胞2への照射及び非照射の繰り返しを終了した後においても、細胞2のCa2+濃度が大きい状態を維持していることがわかる。
【0033】
図4(a)は、蛍光L3の強度の時間変化を示すグラフである。図4(b)は、図4(a)の一部(時間110秒~150秒)を拡大して示すグラフである。図4(a)及び図4(b)において、縦軸は、蛍光L3の強度を示しており、横軸は、観察を開始してからの時間(秒)を示している。また、図4(a)及び図4(b)において、G10は、細胞2の全体の蛍光L3の強度の時間変化を示しており、G11は、細胞2の細胞核近傍の蛍光L3の強度の時間変化を示しており、G12は、細胞2の細胞質の蛍光L3の強度の時間変化を示している。また、図4(a)及び図4(b)において、照射期間T1と非照射期間T2とが交互に繰り返されている。
【0034】
図4(a)及び図4(b)に示されるように、細胞2の全体のCa2+濃度、及び細胞2の細胞核近傍のCa2+濃度は、照射期間T1において単調に減少していき、非照射期間T2において単調に増加している。そして、中赤外光L1の細胞2への照射及び非照射の繰り返しを終了した後、これらのCa2+濃度は、増加して大きくなった状態を維持している。これに対し、細胞2の細胞質のCa2+濃度は、照射期間T1において単調に増加していき、非照射期間T2において単調に減少している。このように細胞2の細胞核近傍と細胞質とでCa2+濃度の増減の様子が逆になっているのは、細胞2の細胞核付近にCa2+をストックする小胞体があることが起因していると考えられる。つまり、細胞2に中赤外光L1が照射されると、小胞体からCa2+が細胞質内に流出すると考えられる。その結果、細胞2の細胞核付近のCa2+濃度が減少していき、細胞2の細胞核近傍のCa2+濃度が増加していくと考えられる。また、細胞2の細胞核近傍のCa2+濃度は、増減を繰り返しながら全体として増加している。この細胞2の細胞核近傍のCa2+濃度の増減に応じて、細胞2の全体のCa2+濃度も全体として増加している。これは、細胞2の細胞核近傍にCa2+が徐々に蓄積されているためと考えられる。細胞2の細胞核近傍にCa2+が徐々に蓄積される要因としては、外部からのCa2+の流入や、細胞2の細胞核近傍のカルシウムが遊離することによるCa2+の増加が考えられる。
【0035】
(第2実施例)
第2実施例では、中赤外光L1の波長を6.1μmとし、中赤外光L1の照射強度を60mWとした。その他の条件は、第1実施例と同じである。
【0036】
図5は、照射期間T1の蛍光L3の強度を示す画像である。図5において、蛍光L3の強度が色の濃淡で示されており、蛍光L3の強度が大きいほど淡く、蛍光L3の強度が小さいほど濃くなっている。図5には、中赤外光L1が連続的に照射される細胞2の細胞核近傍(一部)2a、並びに、中赤外光L1が照射されない細胞2の細胞核近傍2b、細胞質2c、及び細胞質2dが示されている。図5に示されるように、細胞核近傍2aのCa2+濃度よりも、細胞核近傍2b、細胞質2c、及び細胞質2dのCa2+濃度の方が小さくなっていることがわかる。また、図5において、細胞質2cのCa2+濃度の大きい部分が、斑点状に点在している。すなわち、細胞質2cにおいて、Ca2+が斑点状に蓄積している。
【0037】
図6は、蛍光L3の強度の時間変化を示すグラフである。図6において、縦軸は、蛍光L3の強度を示しており、横軸は、観察を開始してからの時間(秒)を示している。G20は、細胞核近傍2aの蛍光L3の強度の時間変化を示しており、G21は、細胞核近傍2bの蛍光L3の強度の時間変化を示しており、G22は、細胞質2cの蛍光L3の強度の時間変化を示しており、G23は、細胞質2dの蛍光L3の強度の時間変化を示している。また、図6において、照射期間T1と非照射期間T2とが交互に繰り返されている。図6に示されるように、細胞核近傍2aのCa2+濃度は、照射期間T1において単調に減少していき、非照射期間T2において単調に増加している。そして、中赤外光L1の細胞2への照射及び非照射の繰り返しを終了した後、細胞核近傍2aのCa2+濃度は、増加して大きくなった状態を維持している。これに対し、細胞核近傍2b、細胞質2c、及び細胞質2dのCa2+濃度は、照射期間T1において単調に増加していき、非照射期間T2において単調に減少している。なお、中赤外光L1の細胞2への照射及び非照射の繰り返しを開始してから途中までの期間においては、細胞質2cのCa2+濃度と細胞質2dのCa2+濃度とは、互いに同様に変化したが、その期間の経過後においては、細胞質2cのCa2+濃度が細胞質2dのCa2+濃度よりも大きくなり、細胞質2cのCa2+濃度と細胞質2dのCa2+濃度との差が徐々に大きくなっていった。
【0038】
(第3実施例)
第3実施例では、細胞2としてCHO細胞を用意した。また、中赤外光L1の波長を6.1μmとした。その他の条件は、第1実施例と同じである。
【0039】
図7は、照射期間T1の蛍光L3の強度を示す画像である。図7において、蛍光L3の強度が色の濃淡で示されており、蛍光L3の強度が大きいほど淡く、蛍光L3の強度が小さいほど濃くなっている。図7には、細胞2A及び細胞2Aの周囲に配置された他の細胞2B~2Fが示されている。中赤外光L1は、細胞2Aに連続的に照射され、細胞2B~2Fには照射されない。図7に示されるように、中赤外光L1が照射される細胞2のCa2+濃度のみならず、中赤外光L1が照射されない細胞2B~2FのCa2+濃度も大きくなっていることがわかる。また、図7では、細胞2Aの細胞核近傍のCa2+濃度が、細胞2Aの他の部分のCa2+濃度よりも大きくなっているように観察される。
【0040】
図8は、蛍光L3の強度の時間変化を示すグラフである。図8において、縦軸は、蛍光L3の強度を示しており、横軸は、観察を開始してからの時間(秒)を示している。G30~G34は、それぞれ細胞2A~2Fの蛍光L3の強度の時間変化を示している。また、図8において、照射期間T1と非照射期間T2とが交互に繰り返されている。図8に示されるように、細胞2AのCa2+濃度は、照射期間T1において単調に減少していき、非照射期間T2において単調に増加している。そして、中赤外光L1の細胞2Aへの照射及び非照射の繰り返しを終えた後、細胞2AのCa2+濃度は、増加して大きくなった状態を維持している。細胞2B~2FのCa2+濃度は、中赤外光L1の細胞2Aへの照射及び非照射の繰り返しの途中の非照射期間T2から増減し始めているように観察される。これは、細胞2AのCa2+が、周囲の細胞2B~2Fに伝搬されたことによるものと考えられる。なお、細胞2B~2FのCa2+濃度は、中赤外光L1の細胞2Aへの照射及び非照射のタイミングとは異なるタイミングにて増減している。また、細胞2B~2FのCa2+濃度の増減のタイミングは、それぞれ互いに異なっている。
【0041】
(第4実施例)
第4実施例では、蛍光試薬として、細胞2のNaと定量的に反応して蛍光L3を発するナトリウム蛍光試薬を用意した。ナトリウム蛍光試薬は、CoroNa AM(Thermo Fisher Scientific製)である。このナトリウム蛍光試薬は、波長492nmの励起光L2にて励起される。また、このナトリウム蛍光試薬の蛍光L3の中心波長は、516nmである。細胞2にナトリウム蛍光試薬による染色処理を行った。
【0042】
ここで、ナトリウム蛍光試薬による染色処理の方法について具体的に説明する。まず、10mMのHEPES、140mMのNaCl、4mMのKCl、2mMのMgCl、2mMのCaCl、及び10mMのグルコースを含む溶液A1(HEPESbuffer、全量50ml)を調製した。また、50μgのナトリウム蛍光試薬に50μlのジメチルスルホキシド(DMSO)を加えて溶解させた溶液B1を調整した。次に、7.56mlの溶液A1に、50μlの溶液B1と、50μlの界面活性剤(PluronicF127)とを加えた溶液C1(全量7.75ml)を調製した。そして、この溶液C1と溶液A1とを37度で加温した。その後、培養皿10から培地(DMEM)を除去し、950μlの溶液C1を培養皿10に加えた。この溶液C1が加えられた培養皿10を37度で45分間インキュベートした。その後、培養皿10から溶液C1を除去し、培養皿10内の細胞2を溶液A1で洗浄したのち、培養皿10に溶液A1を2.0ml加えた。以上の方法により細胞2にナトリウム蛍光試薬を取り込ませて染色処理を施した。また、中赤外光L1の照射強度を60mWとした。その他の条件は、第1実施例と同じである。
【0043】
図9は、照射期間T1の蛍光L3の強度を示す画像である。図9において、蛍光L3の強度が色の濃淡で示されており、蛍光L3の強度が大きいほど淡く、蛍光L3の強度が小さいほど濃くなっている。この蛍光L3の強度の大きさは、細胞2のNa濃度の大きさを表している。従って、以下、「蛍光L3の強度」を「Na濃度」に適宜置き換えて説明することがある。図9には、中赤外光L1が連続的に照射される細胞2が示されている。図9に示されるように、中赤外光L1を細胞2に連続的に照射すると、Na濃度が大きくなることがわかる。図10は、蛍光L3の強度の時間変化を示すグラフである。図10において、縦軸は、蛍光L3の強度を示しており、横軸は、観察を開始してからの時間(秒)を示している。また、図10において、照射期間T1と非照射期間T2とが交互に繰り返されている。図10に示されるように、細胞2のNa濃度は、照射期間T1において単調に減少していき、非照射期間T2において単調に増加している。そして、中赤外光L1の細胞2への照射及び非照射の繰り返しを終了した後、細胞2のNa濃度は、増加して大きくなった状態を保っている。すなわち、中赤外光L1を細胞2に連続的に照射すると、細胞2のNa濃度は、細胞2のCa2+濃度と同様に変化する。
【0044】
次に、上記実施形態、並びに第1実施例~第4実施例の細胞刺激装置1及び細胞刺激方法によって奏される効果について、従来技術に触れつつ説明する。
【0045】
生体の細胞は、核酸、タンパク質、脂質、及び糖類といった有機分子(生体分子)によって構成されている。これらの生体分子の生理機能のバランスは、通常、生体分子の官能基及び生体分子間の結合等の相互作用により、保たれている。しかし、例えば外的要因によって、その生理機能のバランスが撹乱されると、生体において各種疾患が引き起こされることがある。従って、生体において、生理機能のバランスが保たれた状態が維持されることが望ましい。ここで、生理機能とは、例えば筋肉細胞の収縮や、細胞のシグナル伝達、タンパク質の機能調節といった生体内における機能である。このような生理機能は、例えば生体分子のイオンによって制御されている。例えばCa2+は、細胞のシグナルを伝達する因子として重要な役割を果たしている。例えば筋肉細胞の収縮において、カルシウムが生理機能を制御する因子として機能している場合もあれば、Ca2+のシグナルの下流における生体分子が様々な生理機能を発揮している場合もある。なお、生理機能は、生体分子のCa2+に限らず、生体分子の他のイオンによっても制御される。従って、生理機能のバランスが撹乱されても、生体分子のイオン濃度を意図的に変化させることにより、再び生理機能のバランスが保たれるようにすることができると考えられる。すなわち、細胞内の生体分子のイオン濃度を意図的に変化させることができれば、生理機能のバランスが保たれた状態を維持することができ、生体における各種疾患の発生を防止することができる可能性があると考えられる。
【0046】
そこで、生体分子のイオン濃度を意図的に変化させる方法として、細胞内の生体分子に赤外光を照射することにより、生体分子のイオン濃度を変化させる方法が考えられる。細胞内の生体分子に赤外光を照射すると、生体分子は、赤外光の光子エネルギーを吸収する。この生体分子に吸収される赤外光の光子エネルギーの大きさは、その生体分子の振動の状態を変化させるために必要なエネルギーの大きさに相当する。従って、生体分子に赤外光を照射することによって、生体分子の振動の状態を変化させることができる。このような生体分子の振動の状態の変化は、生体分子のイオン濃度に変化を引き起こすと考えられる。例えば近赤外光を用いて細胞内のCa2+濃度を変化させる方法が考えられている(非特許文献1及び非特許文献2参照)。しかしながら、近赤外領域の波長の生体分子への吸収が大きくないので、近赤外光を用いて、生きている細胞のイオン濃度を効率良く変化させることが難しい。
【0047】
これに対し、本発明者は、赤外光のうち中赤外光L1の波長域が、生体分子の指紋領域(すなわち生体分子の固有の吸収ピークが現れる波長域)に相当し細胞2内の生体分子への吸収が大きい波長域であることに着目し、この中赤外光L1を細胞2に直接照射することにより、生きている細胞2のイオン濃度を効率良く変化させることができることを見出した。具体的には、中赤外光L1の波長領域には細胞2内の生体分子の固有の吸収ピークが多く現れるので、或る特定の生体分子の吸収帯に相当する波長を有する中赤外光L1を細胞2に照射することにより、細胞2内の任意の生体分子のイオン濃度を変化させることができる。また、近赤外光に比べて中赤外光L1では、細胞2内の生体分子への吸収が大きいので、中赤外光L1の照射強度を近赤外光の照射強度(細胞2のイオン濃度を変化させるために必要な照射強度)より小さく抑えても、細胞2のイオン濃度を変化させることができる。加えて、このように中赤外光L1の照射強度を小さく抑えることができるので、中赤外光L1を細胞2に連続的に照射しても、細胞2の損傷又は死滅を回避しつつ、細胞2のイオン濃度を変化させることができる。これにより、細胞2のイオン濃度を持続的に変化させることができる。
【0048】
また、上記実施形態並びに第1実施例~第4実施例のように、中赤外光L1の波長は、4μm以上10μm以下であってもよい。細胞2内の生体分子の固有の吸収ピークは、この波長領域に特に多く現れる。これにより、上述した効果を好適に得ることができる。
【0049】
また、第2実施例のように、中赤外光L1を細胞2の一部である細胞核近傍2aに照射してもよい。このように、細胞核近傍2aに中赤外光L1を局所的に照射することにより、細胞核近傍2b、細胞質2c、及び細胞質2dのCa2+濃度の変化とは異なるCa2+濃度の変化を細胞核近傍2aに起こさせることができる。すなわち、細胞2のCa2+濃度を局所的に変化させることができる。
【0050】
本発明の細胞刺激方法及び細胞刺激装置は、上述した実施形態、第1実施例~第4実施例に限られるものではなく、他に様々な変形が可能である。例えば、上述した実施形態、第1実施例~第4実施例では、培養皿10内の細胞2に中赤外光L1を照射したが、生体内の細胞2に中赤外光L1を照射してもよい。
【符号の説明】
【0051】
1…細胞刺激装置、2,2A~2F…細胞、2a,2b…細胞核近傍、2c,2d…細胞質、10…培養皿、11…シリコンウェハ、12…培養液、13…ヒータ、20…赤外光源、30…シャッタ、40,70…対物レンズ、50…励起光源、51…励起フィルタ、60…ダイクロイックミラー、80…撮像装置、81…蛍光フィルタ、L1…中赤外光、L2…励起光、L3…蛍光、T1…照射期間、T2…非照射期間。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【手続補正書】
【提出日】2022-08-24
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
中赤外光を生きている細胞に連続的に照射することにより、前記細胞のイオン濃度を変化させるか、或いは、前記細胞及び前記細胞の周囲に配置される他の細胞のイオン濃度を変化させる、細胞刺激方法であって、
前記中赤外光は、レーザ光源から出力され、
前記中赤外光は、第1対物レンズを介して前記細胞に照射され、
前記細胞内の蛍光試薬から発せられる蛍光は、前記第1対物レンズとは別の第2対物レンズを介して、撮像装置により撮像される、細胞刺激方法。
【請求項2】
前記細胞は、シリコンウェハ上に配置され、
前記中赤外光は、前記シリコンウェハを介して前記細胞に照射される、請求項1に記載の細胞刺激方法。
【請求項3】
前記シリコンウェハは、前記細胞に接触する接触面を有し、
前記中赤外光は、前記シリコンウェハを通って前記接触面から前記細胞に照射される、請求項2に記載の細胞刺激方法。
【請求項4】
前記中赤外光を前記細胞の一部に照射する、請求項1~3のいずれか一項に記載の細胞刺激方法。
【請求項5】
前記中赤外光の波長は、4μm以上10μm以下である、請求項1~4のいずれか一項に記載の細胞刺激方法。
【請求項6】
中赤外光を出力する光照射部と、
細胞内の蛍光試薬から発せられる蛍光を撮像する撮像装置と、
前記光照射部と前記細胞との間に配置され、前記光照射部からの前記中赤外光を前記細胞に集光する第1対物レンズと、
前記撮像装置と前記細胞との間に配置され、前記細胞からの前記蛍光をコリメートする、前記第1対物レンズとは別の第2対物レンズと、を備え、
前記光照射部は、レーザ光源であり、
前記光照射部は、前記中赤外光を生きている細胞に連続的に照射することにより、前記細胞のイオン濃度を変化させるか、或いは、前記細胞及び前記細胞の周囲に配置される他の細胞のイオン濃度を変化させる、細胞刺激装置。