(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022136375
(43)【公開日】2022-09-21
(54)【発明の名称】車両の制動制御装置
(51)【国際特許分類】
B60T 8/1755 20060101AFI20220913BHJP
B60T 13/128 20060101ALI20220913BHJP
B60T 13/18 20060101ALI20220913BHJP
B60T 13/68 20060101ALI20220913BHJP
B60T 8/46 20060101ALI20220913BHJP
B60T 8/48 20060101ALI20220913BHJP
【FI】
B60T8/1755 Z
B60T13/128
B60T13/18
B60T13/68
B60T8/46 A
B60T8/48
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021035938
(22)【出願日】2021-03-08
(71)【出願人】
【識別番号】301065892
【氏名又は名称】株式会社アドヴィックス
(72)【発明者】
【氏名】田中 啓介
【テーマコード(参考)】
3D048
3D246
【Fターム(参考)】
3D048BB21
3D048CC09
3D048HH15
3D048HH26
3D048HH66
3D048HH68
3D048RR01
3D048RR02
3D048RR06
3D048RR35
3D246BA02
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3D246GB09
3D246HA02A
3D246HA42A
3D246HA86A
3D246LA05Z
3D246LA33Z
3D246LA41Z
3D246LA45Z
3D246LA52Z
3D246LA72Z
(57)【要約】 (修正有)
【課題】2つの加圧源が使い分けられて、安定性制御の性能が向上される制動制御装置を提供する。
【解決手段】制動制御装置は、複数のホイールシリンダの制動液圧を個別に増加して安定性制御を実行する。制動制御装置は、「第1電気モータを動力源にして移動されるピストンと、ピストンが挿入されるシリンダとにて構成され、ピストンの移動によってシリンダから制動液を排出することで制動液圧を増加する第1ユニット」と、「第1ユニットとホイールシリンダとの間に設けられる調圧弁と、第2電気モータによって駆動される流体ポンプとにて構成され、流体ポンプが吐出する制動液の流れを調圧弁によって絞ることで制動液圧を増加する第2ユニット」と、を備える。安定性制御の基準液圧は、車両横方向の運動の程度を表す旋回状態量が所定量未満の場合には第2ユニットによって供給され、旋回状態量が所定量以上の場合には第1ユニットによって供給される。
【選択図】
図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の複数の車輪に設けられたホイールシリンダの制動液圧を個別に増加して前記車両の安定性を向上する安定性制御を実行する車両の制動制御装置であって、
第1電気モータを動力源にして移動されるピストンと、前記ピストンが挿入されるシリンダとにて構成され、前記ピストンの移動によって前記シリンダから制動液を排出することで前記制動液圧を増加する第1ユニットと、
前記第1ユニットと前記ホイールシリンダとを接続する連絡路に設けられる調圧弁と、前記第1電気モータとは別の第2電気モータによって駆動される流体ポンプとにて構成され、前記流体ポンプが吐出する制動液の流れを前記調圧弁によって絞ることで前記制動液圧を増加する第2ユニットと、
前記安定性制御を実行するために前記第1、第2ユニットを制御するコントローラと、
を備え、
前記コントローラは、前記車両の横方向の運動の程度を表す旋回状態量が所定量未満の場合には、前記安定性制御に要求される最大液圧に応じた基準液圧を前記第2ユニットによって供給し、前記旋回状態量が前記所定量以上の場合には、前記基準液圧を前記第1ユニットによって供給する、車両の制動制御装置。
【請求項2】
車両の複数の車輪に設けられたホイールシリンダの制動液圧を個別に増加して前記車両の安定性を向上する安定性制御を実行する車両の制動制御装置であって、
第1電気モータを動力源にして移動されるピストンと、前記ピストンが挿入されるシリンダとにて構成され、前記ピストンの移動によって前記シリンダから制動液を排出することで前記制動液圧を増加する第1ユニットと、
前記第1ユニットと前記ホイールシリンダとを接続する連絡路に設けられる調圧弁と、前記第1電気モータとは別の第2電気モータによって駆動される流体ポンプとにて構成され、前記流体ポンプが吐出する制動液の流れを前記調圧弁によって絞ることで前記制動液圧を増加する第2ユニットと、
前記安定性制御を実行するために前記第1、第2ユニットを制御するコントローラと、
を備え、
前記コントローラは、前記車両の横方向の運動の程度を表す旋回状態量が所定量に到達するまでは、前記安定性制御に要求される最大液圧に応じた基準液圧を前記第2ユニットによって供給し、前記旋回状態量が前記所定量に到達した後は、前記基準液圧を前記第1ユニットによって供給する、車両の制動制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、車両の制動制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
出願人は、特許文献1に記載されような、複数の制御装置で構成される車両の制動制御装置において、構成が簡素であり、信頼性が確保され得るものを開発している。具体的には、該制動制御装置は、「制動操作部材の操作変位を検出する操作変位センサと、「操作変位を、第1変位信号線を介して第1変位処理値として読み込み、これに基づいて制動液圧を調整する第1液圧ユニット」と、「操作変位を、第2変位信号線を介して第2変位処理値として読み込み、これに基づいて制動液圧を調整する第2液圧ユニット」と、第1液圧ユニットと第2液圧ユニットとの間で信号伝達を行う通信バスとを備える。ここで、第1液圧ユニットは、第2液圧ユニットから通信バスを介して第2変位処理値を取得し、第1変位処理値の適否判定を実行する。そして、第1液圧ユニットは、第1変位処理値の適正時には第1変位処理値に基づいて制動液圧を調整し、第1変位処理値の不適時には第2変位処理値に基づいて制動液圧を調整する。
【0003】
特許文献1には、第1液圧ユニットは、マスタシリンダに代わって、車両の4つの車輪に備えられたホイールシリンダに液圧を発生させるものであり、第2液圧ユニットは、車両安定性制御(単に、「安定性制御」ともいう)を実行するためのものであると記載されている。制動制御装置には、2つの液圧発生源が備えられているが、安定性制御の実行においては、2つの液圧発生源(「加圧源」ともいう)が上手く組み合わされて、その性能が向上されることが望ましい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、2つの加圧源を有する車両の制動制御装置において、それらが使い分けられて、車両安定性制御の性能が向上され得るものを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る制動制御装置は、車両(JV)の複数の車輪(WH)に設けられたホイールシリンダ(CW)の制動液圧(Pw)を個別に増加して前記車両の安定性を向上する安定性制御を実行するものであって、「第1電気モータ(MA)を動力源にして移動されるピストン(NP、NS)と、前記ピストン(NP、NS)が挿入されるシリンダ(CM)とにて構成され、前記ピストン(NP、NS)の移動によって前記シリンダ(CM)から制動液(BF)を排出することで前記制動液圧(Pw)を増加する第1ユニット(YA)」と、「前記第1ユニット(YA)と前記ホイールシリンダ(CW)とを接続する連絡路(HS)に設けられる調圧弁(UB)と、前記第1電気モータ(MA)とは別の第2電気モータ(MB)によって駆動される流体ポンプ(QB)とにて構成され、前記流体ポンプ(QB)が吐出する制動液(BF)の流れを前記調圧弁(UB)によって絞ることで前記制動液圧(Pw)を増加する第2ユニット(YB)」と、前記安定性制御を実行するために前記第1、第2ユニット(YA、YB)を制御するコントローラ(ECU)と、を備える。
【0007】
本発明に係る制動制御装置では、前記コントローラ(ECU)は、前記車両(JV)の横方向の運動の程度を表す旋回状態量(Gs)が所定量(gs)未満の場合には、前記安定性制御に要求される最大液圧(Ptx)に応じた基準液圧(Pd、Pe)を前記第2ユニット(YB)によって供給し、前記旋回状態量(Gs)が前記所定量(gs)以上の場合には、前記基準液圧(Pd、Pe)を前記第1ユニット(YA)によって供給する。
【0008】
本発明に係る制動制御装置では、前記コントローラ(ECU)は、前記車両(JV)の横方向の運動の程度を表す旋回状態量(Gs)が所定量(gs)に到達するまでは、前記安定性制御に要求される最大液圧(Ptx)に応じた基準液圧(Pd、Pe)を前記第2ユニット(YB)によって供給し、前記旋回状態量(Gs)が前記所定量(gs)に到達した後は、前記基準液圧(Pd、Pe)を前記第1ユニット(YA)によって供給する。
【0009】
制動制御装置SCには、第1、第2ユニットYA、YBの2つの加圧源が備えられる。第1ユニットYAは昇圧応答性に優れ、第2ユニットYBは調圧性能に優れる。上記構成によれば、通常の安定性制御では、第2ユニットYBによる基準液圧供給が行われる。そして、旋回状態量Gsに基づいて急激な車両挙動が発生し得る蓋然性が高いと判定される場合(即ち、旋回状態量Gsが所定量gs以上の場合)には、第1ユニットYAによる基準液圧供給に切り替えられる。この切り替えによって、昇圧応答性が向上されるので、急な挙動変化が発生する際にも、確実に車両安定性が確保され得る。第1、第2ユニットYA、YBの特徴を活かして、2つの加圧源YA、YBが使い分けられることにより、安定性制御の性能が向上される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】制動制御装置SCを搭載した車両JVの全体を説明するための構成図である。
【
図2】第1ユニットYAの構成例を説明するための概略図である。
【
図3】第2ユニットYBの構成例を説明するための概略図(液圧回路図)である。
【
図4】安定性制御での制動液圧Pwの調整方法を説明するためのフロー図である。
【
図5】基準液圧の調整処理を説明するためのフロー図である。
【
図6】基準液圧の調整動作を説明するための時系列線図である。
【0011】
以下、本発明に係る車両の制動制御装置SCの実施形態について、図面を参照しつつ説明する。
【0012】
<構成要素の記号等>
以下の説明において、「CW」等の如く、同一記号を付された部材、信号、値等の構成要素は同一機能のものである。車輪に係る各種記号の末尾に付された添字「f」、「r」は、それが前輪、後輪の何れに関する要素であるかを示す包括記号である。具体的には、「f」は「前輪に係る要素」を、「r」は「後輪に係る要素」を、夫々示す。例えば、ホイールシリンダCWにおいて、「前輪ホイールシリンダCWf、後輪ホイールシリンダCWr」というように表記される。更に、添字「f」、「r」は省略されることがある。これらが省略される場合には、各記号は、その総称を表す。
【0013】
更に、連絡路HSにおいて、ホイールシリンダCWを基準として、そこから離れた側を「上部」と、近い側を「下部」と称呼する。例えば、流体ポンプQBによる制動液BFの移動において、「制動液BFは、調圧弁UBの上部から吸い込まれ、調圧弁UBの下部に吐出される」というように記載される。また、第1、第2ユニットYA、YBは「上部ユニットYA、下部ユニットYB」とも称呼される。更に、第1ユニットYAによって制動液圧Pwが調整(増加等)されることが「上部調圧」と、第2ユニットYBによって制動液圧Pwが調整(増加等)されることが「下部調圧」と称呼される。
【0014】
<制動制御装置SCを搭載した車両JV>
図1の構成図を参照して、本発明に係る制動制御装置SCを搭載した車両JVの全体について説明する。車両JVには、制動操作部材BP、操舵操作部材SH、及び、各種センサ(BA等)が備えられる。制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPは、運転者が車両JVを減速するために操作する部材である。操舵操作部材(例えば、ステアリングホイール)SHは、運転者が車両JVを旋回させるために操作する部材である。
【0015】
車両JVには、以下に列挙される各種センサが備えられる。これらのセンサの検出信号(Ba等)は、後述するコントローラECUに入力される。
・制動操作部材BPの操作量(制動操作量)Baを検出する制動操作量センサBA、及び、操舵操作部材SHの操作量(操舵操作量であって、例えば、操舵角)Saを検出する操舵操作量センサSA。
・車輪WHの回転速度(車輪速度)Vwを検出する車輪速度センサVW。
・車両JV(特に、車体)において、ヨーレイトYrを検出するヨーレイトセンサYR、前後加速度Gxを検出する前後加速度センサGX、及び、横加速度Gyを検出する横加速度センサGY。
【0016】
車両JVには、制動装置SX、及び、制動制御装置SCが備えられる。制動制御装置SCでは、2系統の制動系統として、所謂、前後型(「II型」ともいう)のものが採用されている。
【0017】
制動装置SXには、制動制御装置SCによって発生される制動液圧Pwが供給される。そして、制動装置SXによって、制動液圧Pwに応じて、車輪WHに制動力Fbが発生される。制動装置SXは、回転部材(例えば、ブレーキディスク)KT、及び、ブレーキキャリパCPを含んで構成される。回転部材KTは、車両の車輪WHに固定され、回転部材KTを挟み込むようにブレーキキャリパCPが設けられる。ブレーキキャリパCPには、ホイールシリンダCWが設けられている。ホイールシリンダCWには、制動制御装置SCから、制動液圧Pwに調整された制動液BFが供給される。制動液圧Pwによって、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSが、回転部材KTに押し付けられる。回転部材KTと車輪WHとは、一体的に回転するよう固定されているため、このときに生じる摩擦力によって、車輪WHに制動トルクTb(結果、制動力Fb)が発生される。
【0018】
制動制御装置SCは、制動操作部材BPの操作量Baに応じて、実際の制動液圧Pwを調節し、前輪、後輪連絡路HSf、HSrを介して、制動装置SX(特に、ホイールシリンダCW)に制動液圧Pwを供給する。即ち、制動制御装置SCは、制動操作量Baに応じて制動液圧Pwを発生させ、車両JVを減速させる。更に、制動制御装置SCは、各ホイールシリンダCWの制動液圧Pwを、独立、且つ、個別に調節して、車両JVの安定性を向上する車両安定性制御(単に、「安定性制御」ともいう)を実行する。
【0019】
制動制御装置SCは、マスタシリンダCM、流体ユニットHU、及び、コントローラECUにて構成される。そして、流体ユニットHUは、2つのユニット(第1、第2ユニット)YA、YBにて構成される。制動制御装置SCの構成要素(第1、第2ユニットYA、YBに含まれる電磁弁、電気モータ等)は、コントローラECUによって制御される。コントローラECUは、信号処理を行うマイクロプロセッサMP、及び、電磁弁、電気モータを駆動する駆動回路DDにて構成される。
【0020】
<第1ユニットYA>
図2の概略図を参照して、流体ユニットHUに含まれる第1ユニット(上部ユニット)YAの構成例について説明する。第1ユニットYAは、4つのホイールシリンダCWの液圧(制動液圧)Pwを増加するための加圧源である。例では、第1ユニットYAは、マスタシリンダCMと一体化されている。そして、前後型の制動系統が採用されている。第1ユニットYAは、マスタシリンダCMを含むアプライユニットAU、及び、加圧ユニットKUにて構成される。アプライユニットAU、及び、加圧ユニットKUは、コントローラECUによって制御される。詳細には、コントローラECUには、制動操作量Ba(シミュレータ液圧Ps、操作変位Sp、操作力Fpのうちの少なくとも1つ)、車輪速度Vw、アキュムレータ液圧Pc、サーボ液圧Pu、供給液圧Pmが入力され、これら信号に基づいて、入力弁VNの駆動信号Vn、開放弁VRの駆動信号Vr、増圧弁UZの駆動信号Uz、減圧弁UGの駆動信号Ug、蓄圧用電気モータMAの駆動信号Maが演算される。そして、駆動信号「Vn、Vr、Uz、Ug、Ma」に応じて、第1ユニットYAを構成する電磁弁「VN、VR、UZ、UG」、及び、蓄圧用の電気モータMAが制御(駆動)される。
【0021】
後述するように、流体ユニットHU、ホイールシリンダCW等は、連絡路HS、入力路HN、減圧路HG、還流路HKにて接続される。これらは、制動液BFが移動される流体路である。流体路(HS等)としては、流体配管、流体ユニットHU内の流路、ホース等が該当する。
【0022】
≪アプライユニットAU≫
アプライユニットAUは、マスタリザーバRV、マスタシリンダCM,第1、第2マスタピストンNP、NS、第1、第2マスタばねDP、DS、入力シリンダCN、入力ピストンNN、入力ばねDN、入力弁VN、開放弁VR、ストロークシミュレータSS、及び、シミュレータ液圧センサPSにて構成される。
【0023】
マスタリザーバ(「大気圧リザーバ」ともいう)RVは、作動液体用のタンクであり、その内部に制動液BFが貯蔵されている。マスタリザーバRVは、マスタシリンダCM(特に、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmr)に接続されている。
【0024】
マスタシリンダCMは、底部を有するシリンダ部材である。マスタシリンダCMの内部には、第1、第2マスタピストンNP、NSが挿入され、その内部が、シール部材SLによって封止されて、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmrに分けられている。マスタシリンダCMは、所謂、タンデム型である。前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmr内には、第1、第2マスタばねDP、DSが設けられる。第1、第2マスタばねDP、DSによって、第1、第2マスタピストンNP、NSは、後退方向Hb(マスタ室Rmの体積が増加する方向であり、前進方向Haとは逆方向)に押圧されている。前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmr(=Rm)は、前輪、後輪連絡路HSf、HSr(=HS)、及び、第2ユニットYBを介して、最終的には前輪、後輪ホイールシリンダCWf、CWr(=CW)に、夫々接続されている。第1、第2マスタピストンNP、NSが前進方向Ha(マスタ室Rmの体積が減少する方向)に移動されると、第1ユニットYA(特に、マスタシリンダCM)から第2ユニットYBに対して、液圧Pm(「供給液圧」と称呼され、「前輪、後輪供給液圧Pmf、Pmr」である)の制動液BFが供給される。ここで、前輪供給液圧Pmfと後輪供給液圧Pmrとは等しい。
【0025】
第1マスタピストンNPには、つば部(フランジ)が設けられている。このつば部によって、マスタシリンダCMの内部は、更に、サーボ室Ruと後方室Roとに仕切られている。サーボ室Ruは、第1マスタピストンNPを挟んで、前輪マスタ室Rmfに相対するように配置される。また、後方室Roは、前輪マスタ室Rmfとサーボ室Ruとに挟まれ、それらの間に配置されている。サーボ室Ru、及び、後方室Roも、上記同様に、シール部材SLによって封止されている。
【0026】
入力シリンダCNは、マスタシリンダCMに固定されている。入力シリンダCNの内部には、入力ピストンNNが挿入され、シール部材SLによって封止されて、入力室Rnが形成されている。入力ピストンNNは、クレビス(U字リンク)を介して、制動操作部材BPに機械的に接続されている。入力ピストンNNには、つば部(フランジ)が設けられる。このつば部とマスタシリンダCMに対する入力シリンダCNの取付面との間に、入力ばねDNが設けられる。入力ばねDNによって、入力ピストンNNは、後退方向Hbに押圧されている。
【0027】
アプライユニットAUには、入力室Rn、サーボ室Ru、後方室Ro、及び、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmrの液圧室が設けられる。ここで、「液圧室」は、制動液BFが満たされ、シール部材SLによって封止されたチャンバである。夫々の液圧室の体積は、入力ピストンNN、第1、第2マスタピストンNP、NSの移動によって変化される。液圧室の配置においては、マスタシリンダCMの中心軸線Jmに沿って、制動操作部材BPに近い方から、入力室Rn、サーボ室Ru、後方室Ro、前輪マスタ室Rmf、後輪マスタ室Rmrの順で並んでいる。
【0028】
入力室Rnと後方室Roとは、入力路HNを介して接続されている。そして、入力路HNには、入力弁VNが設けられる。入力路HNは、後方室Roと入力弁VNとの間で、開放弁VRを介して、マスタリザーバRVに接続される。入力弁VN、及び、開放弁VRは、開位置(連通状態)と閉位置(遮断状態)とを有する2位置の電磁弁(「オン・オフ弁」ともいう)である。入力弁VNとして常閉型の電磁弁が採用される。開放弁VRとして常開型の電磁弁が採用される。なお、入力弁VN、開放弁VRは、制動コントローラECUからの駆動信号Vn、Vrによって駆動(制御)される。
【0029】
後方室Roには、ストロークシミュレータ(単に、「シミュレータ」ともいう)SSが接続されている。シミュレータSSによって、制動操作部材BPの操作力Fpが発生される。シミュレータSSの内部には、ピストン、及び、弾性体(例えば、圧縮ばね)が備えられる。制動液BFがシミュレータSSに流入する際に、制動液BFによってピストンが押される。ピストンには、弾性体によって制動液BFの流入を阻止する方向に力が加えられるため、制動操作部材BPの操作力Fpが発生される。つまり、制動操作部材BPの操作特性(操作変位Spと操作力Fpとの関係)は、シミュレータSSによって形成される。
【0030】
シミュレータSSの液圧(シミュレータ液圧であり、入力室Rn、後方室Roの液圧でもある)Psを検出するよう、シミュレータ液圧センサPSが設けられる。シミュレータ液圧センサPSは、上記の制動操作量センサBAの1つである。シミュレータ液圧Psは、制動操作量Baとして、制動用のコントローラECUに入力される。
【0031】
第1ユニットYAには、シミュレータ液圧センサPSの他に、制動操作量センサBAとして、制動操作部材BPの操作変位Spを検出する操作変位センサSP、及び/又は、制動操作部材BPの操作力Fpを検出する操作力センサFPが設けられる。つまり、制動操作量センサBAとしては、シミュレータ液圧センサPS、操作変位センサSP(ストロークセンサ)、及び、操作力センサFPのうちの少なくとも1つが採用される。従って、制動操作量Baは、シミュレータ液圧Ps、操作変位Sp、及び、操作力Fpのうちの少なくとも1つである。
【0032】
≪加圧ユニットKU≫
加圧ユニットKUによって、供給液圧Pmが発生され、調整される。加圧ユニットKUは、蓄圧用流体ポンプQA、蓄圧用電気モータMA(「第1電気モータ」に相当)、アキュムレータAC、アキュムレータ液圧センサPC、加圧シリンダCK、加圧ピストンNK、増圧弁UZ、減圧弁UG、及び、サーボ液圧センサPUにて構成される。
【0033】
加圧ユニットKUには、アキュムレータACを蓄圧するように、蓄圧用の流体ポンプQAが設けられる。蓄圧用流体ポンプQAは、蓄圧用の電気モータMA(第1電気モータ)によって駆動され、マスタリザーバRVから制動液BFを汲み上げる。そして、流体ポンプQAから吐出された制動液BFは、アキュムレータACに蓄えられる。アキュムレータACには、アキュムレータ液圧Pcにまで加圧された制動液BFが蓄えられる。アキュムレータ液圧Pcを検出するよう、アキュムレータ液圧センサPCが設けられる。
【0034】
制動コントローラECUによって、アキュムレータ液圧Pcが所定範囲内に維持されるよう、蓄圧用の電気モータMA(第1電気モータ)が制御される。具体的には、アキュムレータ液圧Pcが、下限値pl未満の場合には、電気モータMAが所定回転数で駆動される。また、アキュムレータ液圧Pcが、上限値pu以上の場合には、電気モータMAは停止される。ここで、下限値pl、及び、上限値puは、予め設定された所定値(定数)であり、「pl<pu」の関係にある。電気モータMAが制御されることによって、アキュムレータ液圧Pcは、下限値plから上限値puの範囲に維持される。
【0035】
加圧ユニットKUには、アキュムレータACからのアキュムレータ液圧Pcを調整して、サーボ室Ruに供給するよう、加圧シリンダCKが設けられる。加圧シリンダCKには、加圧ピストンNKが挿入されている。加圧ピストンNKによって、加圧シリンダCKの内部は、シール部材SLにて封止された、3つの液圧室Rp(パイロット室)、Rv(環状室)、Rk(加圧室)に区画されている。パイロット室Rpと加圧室Rkとは、加圧ピストンNKを挟むように配置される。つまり、パイロット室Rpは、加圧シリンダCKにおいて、加圧ピストンNKに対して加圧室Rkの反対側に位置する。パイロット室Rpには、後述する増圧弁UZ、及び、減圧弁UGによって調節されたパイロット液圧Ppが供給される。
【0036】
加圧ピストンNKの外周部には環状の凹部(くびれ部)が設けられている。この環状凹部と加圧シリンダCKの内周部とによって環状室Rvが形成される。更に、加圧ピストンNKの外周部には、弁体Vv(例えば、スプール弁)が形成されている。そして、この弁体Vvには、アキュムレータACからアキュムレータ液圧Pcに加圧された制動液BFが供給される。弁体Vvによって、アキュムレータ液圧Pcが調圧されて、環状室Rvに導入される。環状室Rvは、加圧ピストンNKに設けられた貫通孔を介して、加圧室Rkと連通されている。従って、環状室Rvの液圧と加圧室Rkの液圧は同一である。該液圧が、「サーボ液圧Pu」と称呼される。
【0037】
具体的には、パイロット室Rpの液圧(パイロット液圧)Ppによって、加圧ピストンNKが移動されると、弁体Vvの開口量が変化する。そして、パイロット液圧Pp(パイロット室Rpの液圧)とサーボ液圧Pu(環状室Rv、加圧室Rkの液圧)とが一致するよう、加圧ピストンNKの弁体Vvを通して、アキュムレータACから制動液BFが供給される。つまり、高圧のアキュムレータ液圧Pcが、弁体Vvによって絞られ、サーボ液圧Puに調節される。実際のサーボ液圧Puを検出するよう、サーボ液圧センサPUが設けられる。検出されたサーボ液圧Puは、制動コントローラECUに入力される。コントローラECUによって、サーボ液圧Puに基づいて、パイロット液圧Ppが調節され、最終的には、サーボ液圧Puが目標値に一致するように制御される。加圧室Rkとサーボ室Ruとは流体路によって接続されているので、サーボ液圧Puに調整された制動液BFが、加圧ユニットKUからサーボ室Ruに供給される。
【0038】
≪第1ユニットYAの作動≫
非制動時(即ち、制動操作部材BPの操作が行われていない場合)には、ピストン「NN、NP、NS」は、ばね「DN、DP、DS」によって押し付けられ、それらの初期位置(最も後退方向Hbに移動された位置)にまで戻されている。この状態では、前輪、後輪マスタ室Rmf、RmrとマスタリザーバRVとは連通状態であって、前輪、後輪供給液圧Pmf、Pmrは「0(大気圧)」である。また、各ピストンの初期位置においては、入力ピストンNNと第1マスタピストンNPとは隙間を有している。同様に、非制動時には、増圧弁UZは閉弁され、減圧弁UGは開弁されているので、パイロット室RpとマスタリザーバRVとは連通状態にされ、パイロット液圧Ppは「0(大気圧)」である。そして、加圧ピストンNKは、圧縮ばねDKによって、加圧シリンダCKの底部に押圧されていて、弁体Vv(スプール弁)は閉弁されている。加圧室RkとマスタリザーバRVとは連通状態にされているので、サーボ液圧Puも「0」である。更に、非制動時には、入力弁VN、及び、開放弁VRが開弁され、後方室Ro、及び、入力室RnはマスタリザーバRVに連通状態にされているので、これらの内圧Po、Pnも「0」である。即ち、非制動時には、「Pmf=Pmr=Pp=Pu=Po=Pn=0」の状態である。
【0039】
制動時(即ち、制動操作部材BPが操作される場合)には、入力弁VNが開弁され、開放弁VRが閉弁されている。即ち、入力室Rnと後方室Roとが連通状態され、後方室RoとマスタリザーバRVとの連通状態が遮断され、非連通状態にされている。制動操作部材BPの操作量Baの増加に伴い、入力ピストンNNは前進方向Haに移動され、入力室Rnから制動液BFが排出される。この制動液BFは、ストロークシミュレータSSに吸収されるので、入力室Rnの液圧Pn(入力液圧)、及び、後方室Roの液圧Po(後方液圧)が増加され、制動操作部材BPに操作力Fpが発生される。このとき、制動操作量Ba(シミュレータ液圧Ps、操作変位Sp、操作力Fpのうちの少なくとも1つ)に応じて、増圧弁UZ、及び、減圧弁UGが制御され、パイロット室Rpの液圧Pp(パイロット液圧)が増加される。パイロット液圧Ppの増加に応じて弁体Vvが開弁され、環状室Rv、及び、加圧室Rkの液圧Pu(サーボ液圧)が増加される。このサーボ液圧Puは、サーボ室Ruに供給されるので、第1マスタピストンNPは前進方向Haに押圧され、前進方向Haに移動される。第1マスタピストンNPの前進方向Haの移動に伴って、前輪、後輪供給液圧Pmf、Pmr(=Pm)が増加される。そして、第1ユニットYAによって供給液圧Pmに調節された制動液BFが、第2ユニットYBに対して供給され、最終的にはホイールシリンダCWの制動液圧Pwが増加される。
【0040】
制動制御装置SCは、所謂、ブレーキバイワイヤ型であるため、車両が電動車(例えば、電気自動車、ハイブリッド車)である場合には、回生協調制御が実行される。入力ピストンNNと第1マスタピストンNPとは隙間を有しているので、サーボ液圧Puが制御されることによって、この隙間の範囲内で、入力ピストンNNと第1、第2マスタピストンNP、NSとの相対的な位置関係が任意に調節可能である。例えば、回生制動による制動力のみが必要な場合には、「Pu=0」にされ、前輪、後輪マスタ室Rmf、Rmrからの供給液圧Pmは「0」のままにされる。回転部材KTと摩擦部材との摩擦による制動力は発生されず、制動力Fbは、発電機として機能する駆動用電気モータの回生制動力によってのみ発生される。
【0041】
<第2ユニットYB>
図3の概略図を参照して、流体ユニットHUに含まれる第2ユニット(下部ユニット)YBの構成例について説明する。第2ユニットYBは、連絡路HS(制動液BFを移動するための流体路)において、第1ユニットYAとホイールシリンダCWとの間に設けられている。制動制御装置SCは、第2ユニットYBによって、供給液圧Pmを調整(増加、保持、減少)することができる。第2ユニットYBは、供給液圧センサPM、調圧弁UB、還流用の流体ポンプQB、還流用の電気モータMB(「第2電気モータ」に相当)、調圧リザーバRC、インレット弁UI、及び、アウトレット弁VOにて構成される。
【0042】
第1ユニットYAと同様に、第2ユニットYBも制動コントローラECUによって制御される。詳細には、コントローラECUでは、上述した各種信号(Ba等)に基づき、調圧弁UBの駆動信号Ub、インレット弁UIの駆動信号Ui、アウトレット弁VOの駆動信号Vo、還流用電気モータMBの駆動信号Mbが演算される。そして、これらの駆動信号(Ub等)に応じて、第2ユニットYBを構成する電磁弁「UB、UI、VO」、及び、還流用電気モータMBが制御(駆動)される。
【0043】
前輪、後輪調圧弁UBf、UBr(=UB)が、前輪、後輪連絡路HSf、HSr(=HS)に設けられる。調圧弁UB(電磁弁)は、常開型のリニア弁(「差圧弁」、「比例弁」ともいう)である。調圧弁UBの上部(第1ユニットYAに近い側の連絡路HSの部位)と、調圧弁UBの下部(ホイールシリンダCWに近い側の連絡路HSの部位)とが、前輪、後輪還流路HKf、HKr(=HK)にて接続される。還流路HKには、前輪、後輪還流用流体ポンプQBf、QBr(=QB)、及び、前輪、後輪調圧リザーバRCf、RCr(=RC)が設けられる。還流用流体ポンプQBは、還流用の電気モータMB(第2電気モータ)によって駆動される。調圧弁UBの上部には、第1ユニットYAによって供給される実際の液圧(供給液圧)Pmを検出するよう、供給液圧センサPMが設けられる。
【0044】
電気モータMB(第2電気モータ)が回転駆動されると、流体ポンプQBは、調圧弁UBの上部から制動液BFを吸い込み、調圧弁UBの下部に制動液BFを吐出する。これにより、連絡路HS、及び、還流路HKには、調圧リザーバRCを含んだ、制動液BFの還流KN(即ち、前輪、後輪還流KNf、KNrであり、循環する制動液BFの流れ)が発生する。調圧弁UBによって制動液BFの還流KNが絞られると、オリフィス効果によって、調圧弁UBの下部の液圧Pq(「調整液圧」という)が、調圧弁UBの上部の液圧Pm(供給液圧)から増加される。つまり、第2ユニットYBによって、前輪、後輪制動液圧Pwf、Pwr(=Pw)を、供給液圧Pmから増加することが可能である。第2ユニットYBにおいて、還流用電気モータMB、還流用流体ポンプQB、及び、調圧弁UBが、「加圧源KB」と称呼される。
【0045】
第2ユニットYBの内部にて、前輪、後輪連絡路HSf、HSrは、夫々、2つに分岐されて、前輪、後輪ホイールシリンダCWf、CWrに接続される。そして、ホイールシリンダCW毎に、インレット弁UI、及び、アウトレット弁VOが設けられる。インレット弁UI(電磁弁)は、調圧弁UBと同様に、常開型のリニア弁である。ただし、調圧弁UBとインレット弁UIとは、開弁する方向が異なる。詳細には、調圧弁UBはホイールシリンダCWからマスタシリンダCMへの制動液BFの流れに対応して開弁するので、調圧弁UBによる調圧では、調整液圧Pqは供給液圧Pm以上である(即ち、「Pq≧Pm」)。一方、インレット弁UIはマスタシリンダCMからホイールシリンダCWへの流れに対応して開弁するので、インレット弁UIによる調圧では、制動液圧Pwは調整液圧Pq以下である(即ち、「Pq≧Pw」)。
【0046】
インレット弁UIは、分岐された連絡路HS(即ち、連絡路HSの分岐部に対してホイールシリンダCWに近い側)に設けられる。連絡路HSは、インレット弁UIの下部(ホイールシリンダCWに近い側の連絡路HSの部位)にて、減圧路HGを介して、調圧リザーバRCに接続される。そして、減圧路HGには、常閉型のオン・オフ弁であるアウトレット弁VOが配置される。
【0047】
制動液圧Pwが、ホイールシリンダCW毎に別々に調整されるよう、インレット弁UI、及び、アウトレット弁VOが個別に制御される。制動液圧Pwを減少するためには、インレット弁UIが閉弁され、アウトレット弁VOが開弁される。ホイールシリンダCWへの制動液BFの流入が阻止されるとともに、ホイールシリンダCW内の制動液BFが調圧リザーバRCに流出するので、制動液圧Pwは減少される。制動液圧Pwを増加するためには、インレット弁UIが開弁され、アウトレット弁VOが閉弁される。制動液BFの調圧リザーバRCへの流出が阻止され、調圧弁UBからの調整液圧PqがホイールシリンダCWに供給されるので、制動液圧Pwが増加される。制動液圧Pwを保持するためには、インレット弁UI、及び、アウトレット弁VOが共に閉弁される。ホイールシリンダCWは流体的に封止されるので、制動液圧Pwが一定に維持される。
【0048】
<車両安定性制御での制動液圧Pwの調整>
図4のフロー図を参照して、車両安定性制御における制動液圧Pwの調整処理について説明する。安定性制御では、車両JVに備えられる4つのホイールシリンダCWの液圧Pwを、独立、且つ、個別に制御することにより、車両JVにヨーイングモーメントを付与するとともに、車両JVを減速する。このモーメント付与等によって、車両JVにおいて、過大なオーバステア挙動、及び、過大なアンダステア挙動が抑制され、車両JVの安定化が図られる。車両の安定性制御は、公知であるため、簡単に説明する。
【0049】
制動液圧Pwの調整処理について説明する前に、以下の事柄を定義する。安定性制御では、各車輪WHに備えられたホイールシリンダCWについて、個別の目標液圧Ptが演算され、夫々の内圧(制動液圧)Pwが個別に制御される。ホイールシリンダCWにおいて、複数の目標液圧Ptのうちの最大値Ptx(「最大目標液圧」という)に対応するものが、「選択ホイールシリンダCWx」と称呼される。一方、複数のホイールシリンダCWのうちで、選択ホイールシリンダCWx以外のものが、「非選択ホイールシリンダCWz」と称呼される。つまり、車両JVにおいて、4つのホイールシリンダCWのうちの1つが選択ホイールシリンダCWxであり、残りの3つが非選択ホイールシリンダCWzである。
【0050】
更に、ホイールシリンダCWに係る構成要素のうちで、添字「x」が選択ホイールシリンダCWxに対応するものであることを、添字「z」が非選択ホイールシリンダCWzに対応するものであることを、夫々表す。従って、選択ホイールシリンダCWxの実際の液圧が「選択制動液圧Pwx」、非選択ホイールシリンダCWzの実際の液圧が「非選択制動液圧Pwz」、非選択ホイールシリンダCWzの目標液圧が「非選択目標液圧Ptz」と称呼される。なお、最大目標液圧Ptxは、目標液圧Ptの最大値であるので、非選択目標液圧Ptz(結果、実際の非選択制動液圧Pwz)と最大目標液圧Ptx(結果、実際の選択制動液圧Pwx)との大小関係は、「Ptz≦Ptx、Pwz≦Pwx」である。
【0051】
4つのホイールシリンダCWの夫々に対応して設けられる構成要素でも、選択ホイールシリンダCWxに該当するものに添字「x」が付与され、非選択ホイールシリンダCWzに該当するものに添字「z」が付与される。例えば、4つのインレット弁UI、及び、アウトレット弁VOにおいては、選択ホイールシリンダCWxに対応する要素として、「選択インレット弁UIx」、及び、「選択アウトレット弁VOx」と称呼される。一方、4つのインレット弁UI、及び、アウトレット弁VOのうちで、非選択ホイールシリンダCWzに対応する要素として、「非選択インレット弁UIz」、及び、「非選択アウトレット弁VOz」と称呼される。
【0052】
更に、制動制御装置SCでは、2系統の制動流体路が採用されるが、選択ホイールシリンダCWxを含む系統の構成要素に添字「x」が付され、選択ホイールシリンダCWxを含まない系統の構成要素に添字「z」が付される。例えば、2つの連絡路HS、調圧弁UB、調圧リザーバRC、及び、流体ポンプQBのうちで、選択ホイールシリンダCWxを含む要素として、「選択連絡路HSx」、「選択調圧弁UBx」、「選択調圧リザーバRCx」、及び、「選択流体ポンプQBx」と称呼される。一方、2つの連絡路HS、調圧弁UB、調圧リザーバRC、及び、流体ポンプQBのうちで、選択ホイールシリンダCWxを含まない要素として、「非選択連絡路HSz」、「非選択調圧弁UBz」、「非選択調圧リザーバRCz」、及び、「非選択流体ポンプQBz」と称呼される。
【0053】
車両安定性制御における制動液圧Pwの調整処理について説明する。ステップS110にて、車輪速度Vw、車体速度Vx、操舵操作量Sa、ヨーレイトYr、横加速度Gy、サーボ液圧Pu、供給液圧Pm等を含む各種信号が読み込まれる。ここで、車体速度Vxは、車輪速度Vw、及び、公知の方法に基づいて、コントローラECUにて演算される。
【0054】
ステップS120にて、操舵操作量Sa、ヨーレイトYr、及び、横加速度Gyに基づいて、安定性指標Jsが演算される。「安定性指標Js」は、車両JVの安定性の程度(即ち、オーバステア、アンダステアの度合い)を表す指標である。詳細には、安定性指標Jsが「0」に近いほど、車両JVの安定性は高く、安定性指標Jsの大きさ(絶対値)が大きいほど、車両JVの安定性は損なわれている。
【0055】
安定性指標Jsは、目標とする車両のヨーイング量(目標ヨーイング量)Jtと実際のヨーイング量Jaとの偏差hJ(=Ja-Jt)に基づいて演算される。ここで、「ヨーイング量」は、車両JVのヨーイング運動を表す状態量である。例えば、ヨーイング量としての物理量は、ヨーレイト、車体横滑り角(単に、「横滑り角」ともいう)、及び、車体横滑り角速度(単に、「横滑り角速度」ともいう)のうちの少なくとも1つとして演算される。なお、ヨーイング偏差hJが負符号(即ち、「hJ<0」)の場合がアンダステアを、ヨーイング偏差hJが正符号(即ち、「hJ>0」)の場合がオーバステアを、夫々表す。
【0056】
例えば、安定性指標Jsの物理量としてヨーレイトが採用される。具体的には、目標ヨーイング量Jtとして、操舵操作量(操舵角)Sa、及び、車体速度Vxに基づいて目標ヨーレイトYtが演算される。そして、実際のヨーレイトYr(ヨーレイトセンサYRの検出値)と目標ヨーレイトYtとの偏差hY(ヨーレイト偏差)が、安定性指標Jsとして採用される(即ち、「Js=Yr-Yt」)。
【0057】
また、安定性指標Jsは、単一の物理量ではなく、複数の物理量の相互関係として演算されてもよい。例えば、実際の横滑り角βaと目標横滑り角βtとの偏差hβ(横滑り角偏差)が、操舵操作量Sa、ヨーレイトYr、及び、横加速度Gyに基づいて演算される(即ち、「hβ=βa-βt」)。そして、ヨーレイト偏差hYと横滑り角偏差hβとの相互関係に基づいて、安定性指標Jsが演算される(式(1)を参照)。
Js=K1・hY+K2・hβ (ここで、K1、及び、K2は係数) …式(1)
【0058】
ステップS130にて、実行フラグFEに基づいて、「安定性制御が実行中であるか、否か」が判定される。実行フラグFEは、制御フラグであり、安定性制御の実行状態を表記する。具体的には、安定性制御が実行されている場合には、実行フラグFEは「1(実行中)」に設定され、安定性制御が実行されていない場合には、実行フラグFEは「0(非実行)」に設定される。「FE=0」であり、安定性制御が非実行である場合には、処理はステップS140に進められる。一方、「FE=1」であり、安定性制御が既に実行中である場合には、処理はステップS150に進められる。
【0059】
ステップS140にて、安定性指標Jsに基づいて、「安定性制御の開始条件が満足されるか、否か(開始判定)」が判定される。具体的には、安定性指標Jsの大きさが、開始しきい量jx以上である場合に、安定性制御の実行が開始される。ここで、開始しきい量jxは、予め設定された所定値(定数)である。「Js≧jx」の場合には、安定性制御の開始が肯定され、処理はステップS160に進められる。「Js<jx」の場合には、安定性制御の開始は否定され、処理はステップS110に戻される。なお、ステップS140では、開始判定に加え、安定性指標Jsに基づいて、車両JVの挙動が、アンダステアであるか、オーバステアであるかについても判定される。
【0060】
ステップS150にて、安定性指標Jsに基づいて、「安定性制御の終了条件が満足されるか、否か(終了判定)」が判定される。具体的には、安定性指標Jsの大きさが、終了しきい量jz未満である場合に、安定性制御の実行が終了される。ここで、終了しきい量jzは、予め設定された所定値(定数)である。開始しきい量jxと終了しきい量jzとの大小関係においては、終了しきい量jzは、開始しきい量jxよりも小さい値である。「Js<jz」の場合には、安定性制御の終了は肯定され、処理はステップS110に戻される。「Js≧jz」の場合には、安定性制御の終了は否定され、処理はステップS160に進められる。
【0061】
ステップS160にて、安定性指標Jsに基づいて、各ホイールシリンダCWの液圧Pwに対応する目標液圧Ptが演算される。即ち、安定性制御では、ホイールシリンダCW毎に目標液圧Ptが演算され、実際の制動液圧Pwが個別に調整される。詳細には、車両JVの挙動がオーバステアである場合の演算マップと、アンダステアである場合の演算マップとが別々に設定されている。そして、安定性指標Js、車両JVのステア特性(アンダステア挙動か、オーバステア挙動か)、及び、予め設定された演算マップに基づいて、安定性指標Jsが大きいほど、目標液圧Ptが大きくなるように、目標液圧Ptが演算される。なお、車両JVのヨーイングモーメント生成に不要な車輪WH(即ち、ホイールシリンダCW)においては、制動液圧Pwの増加は不要である。このため、例えば、非制動時(即ち、「Ba=0」)には、該当するホイールシリンダCWの目標液圧Ptは「0」にされる。
【0062】
車両挙動がオーバステアである際には、少なくとも、車両JVの旋回方向において外側前輪に対応する目標液圧Ptが、安定性指標Jsに基づいて演算される。一方、車両挙動がアンダステアである際には、少なくとも、車両JVの旋回方向において内側後輪に対応する目標液圧Ptが、安定性指標Jsに基づいて演算される。
【0063】
ステップS170にて、目標液圧Ptに基づいて、基準液圧の目標値Pdが演算される。そして、この目標値(目標基準液圧)Pdに基づいて、実際の基準液圧Peが調整される。具体的には、各ホイールシリンダCWの目標液圧Ptのうちの最大値が最大目標液圧Ptxとして決定される(即ち、「Ptx=MAX(Pt)」)。そして、目標基準液圧Pdが最大目標液圧Ptxに等しく演算される(即ち、「Pd=Ptx」)。つまり、基準液圧の目標値Pdは、安定性制御に要求される最大の目標液圧である。基準液圧Peは、目標基準液圧Pd(最大目標液圧)に対応する実際値(即ち、制御結果)である。換言すれば、安定性制御の実行中に、制動制御装置SCによって発生される最大の液圧が、基準液圧Pd(目標値)、Pe(実際値)であり、全ての制動液圧Pwは、基準液圧Peを基圧にして、これ以下の液圧で調整される。
【0064】
ステップS180にて、基準液圧Peを基圧(基とする液圧)にして、制動液圧Pwが調整される。選択ホイールシリンダCWxの液圧Pwx(=Pe)は、後述するように、第1ユニットYA、及び、第2ユニットYBのうちの少なくとも1つによって調整される。このとき、選択インレット弁UIx、及び、選択アウトレット弁VOxには電力は供給されず、それらは非作動の状態である。一方、非選択ホイールシリンダCWzの制動液圧Pwzは、非選択インレット弁UIz、及び、非選択アウトレット弁VOzによって、「0」から基準液圧Peまでの範囲で調整される。非選択インレット弁UIzの上部には、基準液圧Peが供給されているが、非選択インレット弁UIz、及び、非選択アウトレット弁VOzの開閉により、非選択制動液圧Pwzが調整される。
【0065】
詳細には、非選択制動液圧Pwzの調整には、「減少モード」、「増加モード」、及び、「保持モード」の3つの制御モードのうちの1つが選択される。減少モードにおいて、非選択制動液圧Pwzの減少が必要な場合には、非選択インレット弁UIzが閉弁され、非選択アウトレット弁VOzが開弁される。非選択インレット弁UIzの上部(連絡路HSにおいて、調圧弁UBとインレット弁UIとの間)には、目標基準液圧Pdに対応した基準液圧Peが供給されるが、非選択インレット弁UIzは閉弁されるので、この供給が阻止される。そして、非選択アウトレット弁VOzが開弁されるので、非選択ホイールシリンダCWz内の制動液BFは、調圧リザーバRCに流出し、非選択制動液圧Pwzは減少される。
【0066】
増加モードにおいて、非選択制動液圧Pwzの増加が必要な場合には、非選択アウトレット弁VOzが閉弁され、非選択インレット弁UIzが開弁される。非選択アウトレット弁VOzの閉弁によって、制動液BFの調圧リザーバRCへの流出が阻止される。そして、非選択インレット弁UIzを通して、基準液圧Peに調圧された制動液BFが非選択ホイールシリンダCWzに導入されるので、非選択制動液圧Pwzは増加される。ただし、非選択制動液圧Pwzの増圧は、基準液圧Peまでである。
【0067】
保持モードにおいて、非選択制動液圧Pwzの保持が必要な場合には、非選択インレット弁UIz、及び、非選択アウトレット弁VOzが共に閉弁される。非選択ホイールシリンダCWzは、流体的に封止されるので、非選択制動液圧Pwzは一定に維持される。なお、非選択制動液圧Pwzの調整において、保持モードは省略されてもよい。この場合、減少モードと増加モードとが繰り返されることによって、非選択ホイールシリンダCWzの制動液圧Pwzは調整される。なお、非選択目標液圧Ptzが「0」に演算されているホイールシリンダCWzでは、インレット弁UIzが閉弁されることにより、非選択制動液圧Pwzは「0」のままにされる。
【0068】
例えば、非制動時に、過大なオーバステア挙動が発生し、旋回外側の前輪、及び、後輪の制動液圧Pwの増加が要求され、旋回内側の前輪、及び、後輪の制動液圧Pwが「0」のままであることが要求される場合を想定する。この場合、オーバステアの抑制効果が最も高い旋回外側前輪の目標液圧Ptが、最大目標液圧Ptxとして演算される。そして、「Pd=Ptx」として決定され、第1、第2ユニットYA、YBのうちの少なくとも1つによって、目標基準液圧Pdが達成されるように加圧が行われる。従って、旋回外側前輪の選択制動液圧Pwx(即ち、基準液圧Pe)が、目標基準液圧Pdに一致するよう制御される。また、旋回外側後輪の非選択制動液圧Pwzは、非選択インレット弁UIzと非選択アウトレット弁VOzとによって、基準液圧Pe以下で調整される。また、「Ptz=0」に決定されている旋回内側の前後輪の非選択制動液圧Pwzは、非選択インレット弁UIzの閉弁によって、「0」に維持される。
【0069】
<基準液圧Peの調整処理>
図5のフロー図を参照して、基準液圧Peの調整処理について説明する。上述したように、目標基準液圧Pdは、車両安定性制御に要求される最大目標液圧Ptxに一致するように演算される。基準液圧Peは、目標基準液圧Pdに近付き、一致するように、第1ユニットYA、及び、第2ユニットYBのうちの少なくとも1つによって調整(増加、保持、減少)される。ここで、第1ユニット(上部ユニット)YAによる基準液圧Peの調整が「上部調圧」と、第2ユニット(下部ユニット)YBによる基準液圧Peの調整が「下部調圧」と称呼される。換言すれば、「上部調圧」では、第1ユニットYA(特に、加圧ユニットKU)が加圧源とされ、「下部調圧」では、第2ユニットYB(特に、加圧源KB)が加圧源とされる。
【0070】
ステップS210にて、下部調圧が実行される。車両安定性制御では、基本的には、第2ユニットYBによって調圧が行われる。従って、安定性制御が開始される際には、常に、下部調圧によって、基準液圧Pe(最終的には、制動液圧Pw)が増加される。
【0071】
具体的には、ステップS210では、電気モータMBに通電が行われ、流体ポンプQBが駆動される。そして、目標基準液圧Pdに基づいて、調圧弁UBへの通電量Ibの目標値Ibtが演算される。駆動回路DDには、実際の通電量Ibを検出する通電量センサIB(例えば、電流センサ)が設けられている。実際の通電量Ibが、目標通電量Ibtに一致するよう、駆動回路DDのスイッチング素子(MOS-FET等)が制御される。これは、調圧弁UBにおいて、通電量Ibと差圧mQ(調圧弁UBの上部と下部との液圧差)との関係(所謂、IP特性)は既知であることに基づく。なお、ステップS210では、上部調圧は実行されないので、制動操作部材BPが操作されていない非制動時には、第1ユニットYAによって調整される供給液圧Pmは「0」のままである。
【0072】
通電量Ib(電流値)の増加に伴い、調圧弁UBの開弁量は減少される。これにより、流体ポンプQBが吐出する制動液BFの還流KNが、調圧弁UBによって絞られて、調圧弁UBの下部の液圧(調整液圧)Pqが、調圧弁UBの上部の液圧(供給液圧)Pmよりも、圧力mQだけ増加される。つまり、調圧弁UBによって、供給液圧Pmと調整液圧Pqとの液圧差(差圧)mQが調整される。換言すれば、下部調圧では、調圧弁UBへの通電量Ibが調整されることによって、実際の基準液圧Pe(=Pm+mQ)が目標基準液圧Pdに近付き、一致するように調整される。なお、非制動時には、「Pm=0」であるため、「Pe=mQ」である。
【0073】
調圧弁UBの下部(調圧弁UBとインレット弁UIとの間)に調整液圧センサPQ(図示せず)が設けられ、該センサの検出値(調整液圧)Pqが、目標基準液圧Pdに一致するように、調圧弁UBへの通電量Ibが制御されてもよい。何れにしても、ステップS210では、第2ユニットYBの加圧源KB(即ち、電気モータMB、流体ポンプQB、及び、調圧弁UB)によって、基準液圧Peを調整するために、液圧差mQが調整される。
【0074】
ステップS220にて、操舵操作量Sa、ヨーレイトYr、横加速度Gy、車体速度Vx、サーボ液圧Pu、供給液圧Pm等を含む各種の信号が読み込まれる。
【0075】
ステップS230にて、操舵操作量Sa、ヨーレイトYr、及び、横加速度Gyのうちの少なくとも1つに基づいて、旋回状態量Gsが演算される。「旋回状態量Gs」は、車両JVの横方向の運動の程度(大きさ、度合い)を表す状態量(状態変数)であり、急激な車両挙動変化が発生することの蓋然性(発生確率)を表す。例えば、旋回状態量Gsの物理量として、「横加速度」が採用される。そして、横加速度センサGYによる検出値(横加速度)Gyが、旋回状態量Gs[Gy]として採用される。ここで、「Gs[ ]」は、[ ]内の状態量に基づいて決定(演算)された旋回状態量Gsであることを表している。つまり、旋回状態量Gsは、横加速度Gyに基づいて演算される。
【0076】
横加速度GyとヨーレイトYrとの間には所定の関係がある。このため、ヨーレイトYrに基づいて、旋回状態量Gs[Yr]が演算されてよい。具体的には、ヨーレイトYrに応じた旋回状態量Gs[Yr]は、以下の式(2)により演算される。
Gs[Yr]=Yr×Vx …式(2)
【0077】
更に、旋回状態量Gsが、操舵操作量Saに基づいて演算され得る。具体的には、操舵操作量Saに応じた旋回状態量Gs[Sa]は、以下の式(3)に基づいて算出される。
Gs[Sa]=(Vx2・Sa)/{L・Ns・(1+Kh・Vx2)} …式(3)
ここで、Lはホイールベース、Nsはステアリングギア比、Khはスタビリティファクタであり、夫々は、予め設定された所定値である。
【0078】
旋回状態量Gsは、上述した各種の旋回状態量Gs[Gy]、Gs[Yr]、Gs[Sa]が組み合わされることによって演算されてもよい。従って、旋回状態量Gsは、横加速度Gy、ヨーレイトYr、及び、操舵操作量Saのうちの少なくとも1つに基づいて演算される。
【0079】
ステップS240にて、状態フラグFKに基づいて、「下部調圧の状態であるか、否か(調圧判定)」が判定される。状態フラグFKは、調圧状態を表す制御フラグである。状態フラグFKは、「0」で下部調圧の状態を、「1」で上部調圧の状態を、夫々表す。「FK=0」であり、下部調圧の状態である場合には、処理はステップS250に進められる。一方、「FK=1」であり、上部調圧の状態である場合には、処理はステップS260に進められる。
【0080】
ステップS250にて、旋回状態量Gsに基づいて、「基準液圧Peの調整を下部調圧から上部調圧に切り替えるか、否か(切替判定)」が判定される。具体的には、ステップS250の切替判定では、「旋回状態量Gsが第1所定量gs以上であるか、否か(即ち、旋回状態量Gsが、第1所定量gs以上に増加したか、否か)」が判定される。ここで、第1所定量gsは、判定用のしきい値であり、予め設定された所定値(定数)として設定されている。
【0081】
上記の切替判定においては、車両JVの旋回方向についての許可条件(判定可否の条件)が付け加えられる。例えば、急激な車両挙動の変化は、スラローム走行での操作のように、操舵操作部材SHが一方向(例えば、左旋回方向)に操作された後に、一方向とは反対の他方向(例えば、右旋回方向)に操作される場合に生じ易い。このような操作が、「過渡操舵」と称呼される。過渡操舵では、操舵操作部材SHの操作に応じて、旋回状態量Gsの増減が発生する。このため、ステップS250の切替判定では、旋回状態量Gsの方向と、車両JVの旋回方向とが一致していることが条件とされる。具体的には、車両JVの旋回方向は、各状態量(Sa、Yr、Gy等)において正負の符号で表現される。例えば、正符号(+)が左旋回方向に対応付けられ、負符号(-)が右旋回方向に対応付けられている。そして、「操舵操作量Saの符号とヨーレイトYrの符号が一致していること」、及び、「操舵操作量Saの符号と横加速度Gyの符号が一致していること」のうちの少なくとも1つの条件が満足される場合に、上記の切替判定の実行が許可される。
【0082】
第1所定量gsは、操作速度dSに基づいて演算されてもよい。この場合、ステップS250では、操舵操作量Saに基づいて、操舵操作量Saが時間微分されることにより、操作速度dSが演算される。即ち、操作速度dSは、操舵操作量Saの時間変化量であり、例えば、操作角速度である。そして、吹き出し部ZAに示すように、操作速度dS(操舵角速度)、及び、演算マップZgsに基づいて、第1所定量gsが決定される。詳細には、演算マップZgsに応じて、操作速度dSが大きいほど、第1所定量gsが小さくなるように、第1所定量gsが決定される。これは、操作速度dSが大きいほど、急激な車両挙動(ヨーイング挙動、及び、ローリング挙動)が生じ易いことに基づく。操作速度dSが大である場合には、第1所定量gsが減少されているので、より小さい旋回状態量Gsにて、ステップS250が満足される。
【0083】
更に、操作速度dSと旋回状態量Gsとの位相差(動的変化における時間差)が補償されるよう、操作速度dSのピーク値dSpに基づいて、第1所定量gsが演算されてもよい。操作速度ピーク値dSpは、操作速度dSが時系列で記憶され、演算周期毎の比較に基づいて算出される。即ち、演算周期において、操作速度dSの前回値と、操作速度dSの今回値との大小比較が行われ、今回値の方が、前回値よりも大きい場合に、今回値が操作速度dSのピーク値dSpとして順次記憶されていくことで、操作速度ピーク値dSpが演算される。吹き出し部ZAの[ ]内に示すように、操作速度ピーク値dSp、及び、演算マップZgsに基づいて、第1所定量gsが決定される。演算マップZgsに応じて、操作速度ピーク値dSpが大きいほど、第1所定量gsが小さくなるように演算される。旋回状態量Gsは、操作速度dSに対して時間的に遅れて発生するが、操作速度ピーク値dSpが採用されることによって、操作速度dSと旋回状態量Gsとの位相差の影響が補償される。
【0084】
ステップS250では、旋回状態量Gsが第1所定量gs以上である場合(即ち、切替判定が肯定される場合)には、急激な車両挙動変化が発生する蓋然性が高いので、下部調圧から上部調圧に切り替えられるよう、処理はステップS270に進められる。一方、旋回状態量Gsが第1所定量gs未満である場合(即ち、切替判定が否定される場合)には、車両挙動急変の蓋然性が低いので、下部調圧が継続されるよう、処理はステップS220に戻される。
【0085】
ステップS260にて、「基準液圧調整を上部調圧から下部調圧に戻すか、否か(戻し判定)」が判定される。具体的には、ステップS260の戻し判定では、「旋回状態量Gsが第2所定量gt未満に減少したか、否か」が判定される。ここで、第2所定量gtは、旋回状態量Gsに対応するしきい値であり、第1所定量gs以下の値に設定されている。
【0086】
切替判定の許可条件と同様に、戻し判定においても、車両JVの旋回方向に係る許可条件が付け加えられる。つまり、「操舵操作量Saの符号とヨーレイトYrの符号が一致していること」、及び、「操舵操作量Saの符号と横加速度Gyの符号が一致していること」のうちの少なくとも1つの条件が満足される場合に、戻し判定の実行が許可される。
【0087】
ステップS260では、旋回状態量Gsが第2所定量gt未満である場合(即ち、戻し判定が肯定される場合)には、上部調圧から下部調圧に切り替えられる(即ち、戻される)よう、処理はステップS280に進められる。一方、旋回状態量Gsが第2所定量gt以上である場合(即ち、戻し判定が否定される場合)には、上部調圧が継続されるよう、処理はステップS270に進められる。
【0088】
更に、ステップS260の戻し判定には、「車体速度Vxが所定速度vx未満に低下したか、否か」、及び、「操舵操作量Saが所定操作量saの範囲内であるか、否か(即ち、操舵操作量Saの大きさ(絶対値)|Sa|がsa未満であるか、否か)」のうちの少なくとも1つが付け加えられる。具体的には、「Gs<gt」、且つ、「Vx<vx」の場合にはステップS260は満足されるが、「Gs≧gt」、及び、「Vx≧vx」のうちの何れか1つに該当する場合には、ステップS260は否定される。同様に、「Gs<gt」、且つ、「|Sa|<sa」の場合にはステップS260は満足されるが、「Gs≧gt」、及び、「|Sa|≧sa」のうちの何れか1つに該当する場合には、ステップS260は否定される。なお、所定速度vx、及び、所定操作量saは、予め設定された所定値(定数)である。
【0089】
ステップS270では、第1ユニットYAによって、基準液圧Peとして、供給液圧Pmが調整される。詳細には、目標基準液圧Pdに対応するサーボ液圧Puの目標値Pv(「目標サーボ液圧」ともいう)が演算される。そして、実際のサーボ液圧Pu(サーボ液圧センサPUの検出値)が、目標サーボ液圧Pv(目標値)に一致するように、増圧弁UZ、及び、減圧弁UGが制御(所謂、液圧フィードバック制御)される。
【0090】
ステップS280では、ステップS210と同じ処理(第2ユニットYBの調圧弁UB等による調圧)が実行される。電気モータMBによって、流体ポンプQBが駆動される。そして、流体ポンプQBが吐出する制動液BFの流れKNが、調圧弁UBによって絞られることで、基準液圧Peとして、液圧差mQが調整される。
【0091】
以下、旋回状態量Gsに基づいて、上部調圧と下部調圧を、適宜切り替えることについての理由、及び、効果について説明する。
【0092】
≪第1、第2ユニットYA、YBの特徴≫
制動制御装置SCには、加圧源として、2つのユニットYA、YBが備えられている。第1ユニットYAでは、ピストンNP、NSの移動によって、シリンダCMから制動液BFが圧送されることによって制動液圧Pwの増加(即ち、加圧)が行われる。一方、第2ユニットYBでは、流体ポンプQBが吐出する制動液BFの流れ(循環流)KNが絞られる際のオリフィス効果によって制動液圧Pwの増加が行われる。加圧方式の相違に起因して、第1、第2ユニットYA、YBは、以下の特徴(長所/短所)を備える。
【0093】
第1ユニットYAでは、シール部材SLによって、ピストンNP、NSとシリンダCMとが封止される。このため、ピストンNP、NSが移動されるときには、シール部材SLの摺動抵抗(摩擦力)が作用する。従って、制動液圧Pwの増加が開始される際の微細な調圧においては、第1ユニットYAよりも第2ユニットYBの方が有利である。特に、加圧ユニットKUにアキュムレータACが採用される構成では、アキュムレータACの高圧を基に極低圧を調整する状況では、その調圧において困難性を伴う。
【0094】
第1ユニットYAは、車両JVに備えられた全ての(即ち、4つの)ホイールシリンダCWの液圧Pwを同時に調整するものである。つまり、第1ユニットYAによって、制動液圧Pwが個別には調整されない。このため、第1ユニットYAは、主として、サービスブレーキ(常用制動)に用いられる。サービスブレーキの機能を満足するにあたり、第1ユニットYAは、制動操作部材BPの急操作(即ち、急制動)にも対応することができる。従って、第1ユニットYA(特に、加圧ユニットKU)の出力は、第2ユニットYB(特に、加圧源KB)の出力よりも大きい。更に、加圧ユニットKUにアキュムレータACが採用される構成では、アキュムレータACに蓄えられている高圧が利用できるため、昇圧応答に関しては有利である。これらの特徴を踏まえ、基準液圧Peの調整処理においては、第1ユニットYAと第2ユニットYBとが、適宜使い分けられる。
【0095】
車両安定性制御において、アンダステア挙動が抑制され、車両JVが滑らかに旋回するためには、然程大きな基準液圧Peが必要とはされないが、高い調圧精度が要求される。例えば、路面摩擦係数が低い路面(氷結路、圧雪路等)を走行している状況が、これに該当する。一方、オーバステア挙動が抑制される場合には、大きな基準液圧Peが必要であるだけでなく、それが素早く増加されることも要求される。例えば、路面摩擦係数が高い路面(アスファルト路、コンクリート路等の舗装路)で、操舵操作部材SHが急操作される状況である。これらの要求を1つのユニット(一般的には、第2ユニットYBが相当)にて満足するには、該ユニットが大型化され、高コストにもなりかねない。具体的には、調圧弁UBの流量増加、電気モータMBの出力増加、及び、流体ポンプQBの吐出量増加、或いは、応答性を補完するためのデバイス(例えば、アキュムレータ)の追加が必要となる。
【0096】
制動制御装置SCでは、加圧方式が異なる2つの加圧源(第1、第2ユニットYA、YB)の特徴が活かされ、それらが適切に使い分けられて、上記要求が満足される。具体的には、車両安定性制御に要求される基準液圧Peの調整処理では、デフォルト(初期設定)として、第2ユニットYBによる下部調圧が採用される。第2ユニットYBは、第1ユニットYAが発生する供給液圧Pmを、安定性制御の他に、アンチロックブレーキ制御、トラクション制御を実行するよう、各輪個別で調整することができる。第2ユニットYBによる下部調圧では、安定性制御の実行のために、基準液圧Peが増加されるが、この増加は、流体ポンプQBが吐出する制動液BFの流れKNが、連絡流体路HSに設けられる調圧弁UBによって絞ることで実現される。相対的に調圧精度が高い下部調圧によって、通常の安定性制御は実行されるので、制御性能が良好に確保され得る。
【0097】
制動制御装置SCでは、「Gs≧gs」に基づいて、急速に車両安定性が損なわれるような状況が判定される。該状況で、車両JVの安定性を維持するためには、基準液圧Peが、急速に増加されなければならない(即ち、高い昇圧応答性が必要とされる)。旋回状態量Gsが、第1所定量gs以上であると判定される場合には、下部調圧から上部調圧に切り替えられる。第1ユニットYAによって、高応答で基準液圧Peが増加されるため、急激なオーバステア挙動が発生しても、車両JVの安定性が適切に確保され得る。
【0098】
制動制御装置SCでは、「Gs<gs」の場合には、然程、高応答の加圧は要求されないので、下部調圧によって高精度な制御が実行される。一方、「Gs≧gs」の場合には、高応答加圧が要求されるので、上部調圧が採用される。つまり、2つの加圧源YA、YBが、適宜使い分けられて、安定性制御の性能が向上される。なお、第2ユニットYBによって、挙動急変の状況で好適に安定性を維持しようとすると、第2ユニットYB(特に、加圧源KB)が大型化されてしまうが、第1ユニットYAによって、該状況に対応できるので、加圧源の使い分けによって、第2ユニットYBが小型化され得るとも言える。
【0099】
制動制御装置SCでは、操作速度dS(操舵操作量Saの微分値)に基づいて、第1所定量gsが演算され得る。具体的には、操作速度dSが大きいほど、第1所定量gsが小さくなるように、第1所定量gsが演算される。これは、同程度の旋回状態量Gsであっても、操作速度dSが大きいほど、車両JVの安定性が損なわれ易いことに基づく。操作速度dSが大きい場合には、第1所定量gsが小さく設定されるので、下部調圧から上部調圧に切り替え易くされる。これにより、基準液圧Peの昇圧応答が、更に向上される。
【0100】
また、操作速度dSに基づいて、操作速度ピーク値dSpが演算され、操作速度ピーク値dSpに基づいて、第1所定量gsが演算され得る。上記同様に、操作速度ピーク値dSpが大きいほど、第1所定量gsが小さくなるように、第1所定量gsが演算される。操作速度dSと旋回状態量Gsとの間には時間的なズレ(即ち、位相差)が存在するが、操作速度dSに係る状態量として、操作速度ピーク値dSpが採用されることにより、このズレの影響が補償される。
【0101】
第2ユニットYBによる下部調圧から、第1ユニットYAによる上部調圧に切り替えられる際に、第1ユニットYAの昇圧応答性を補償するよう、第2ユニットYB(即ち、加圧源KB)による加圧は、直ちには終了されない。詳細には、実際の基準液圧Peが、目標基準液圧Pdに一致するまでは、加圧源KBによる加圧(即ち、下部調圧)は継続される。ここで、基準液圧Peは、第1ユニットYAから供給される液圧Pmに液圧差mQが加算されて演算される(即ち、「Pe=Pm+mQ」)。そして、実際の基準液圧Peが目標基準液圧Pdに一致した時点で、下部調圧が終了される。第1ユニットYAによる加圧に時間遅れがあっても、この遅れが補償されるように、第2ユニットYBによって加圧が継続されるので、急に車両安定性が損なわれる場合であっても、該状況に適切に対応でき、車両JVの安定性が維持され得る。
【0102】
<基準液圧Peの調整動作>
図6の時系列線図(時間Tの変化に対応する各種状態量(Gs等)の遷移図)を参照して、基準液圧Peの調整処理の動作について説明する。線図では、摩擦係数が高い路面(乾燥した舗装路)で、速いレーンチェンジを行う状況が想定されている。具体的には、ステアリングホイールSHが、左旋回方向(正符号で表示)に急激に操作され、その後に、連続して右旋回方向(負符号で表示)に操作され、更には、左旋回方向に操作される。なお、レーンチェンジに際しては、制動操作は行われていない。
【0103】
線図は、上から、操舵操作量Sa、旋回状態量Gs、目標基準液圧Pd、供給液圧Pm、液圧差mQの順で示されている。横加速度センサGYの検出値である横加速度Gyが、旋回状態量Gsとして採用され、表示されている。目標基準液圧Pdは、上述したように、4つのホイールシリンダCWに係る目標液圧Ptのうちの最大値Ptxに等しく演算される。供給液圧Pmは、第1ユニットYAによって発生され、液圧差mQは、第2ユニットYBによって発生される。従って、供給液圧Pmは、上部調圧による基準液圧Peに相当し、液圧差mQは、下部調圧による基準液圧Peに相当する。
【0104】
時点t0までは、操舵操作量(操舵角)Saは「0(操舵操作部材SHの中立位置であり、車両JVの直進走行に対応)」である。時点t0にて、運転者による操舵操作部材SHの操作が開始される。この操作に伴い、時点t0から、横加速度Gy(=Gs)が増加される。時点t1までは、安定性指標Jsの大きさが、安定性制御の開始しきい量jx未満であるため、安定性制御は実行されず、目標基準液圧Pdは「0」に演算される。
【0105】
時点t1にて、安定性指標Jsの大きさが、開始しきい量jx以上に遷移する。これにより、ステップS140が満足され、安定性制御の実行が開始される。従って、時点t1にて、目標基準液圧Pdが「0」から増加される。時点t1では、切替判定が満足されていないため、目標基準液圧Pdは、第2ユニットYBによる下部調圧のみによって達成される。即ち、時点t1にて、電気モータMBの駆動が開始され、流体ポンプQBが回転される。そして、流体ポンプQBが吐出する制動液BFの還流KNが、調圧弁UBによって絞られる。調圧弁UBのオリフィス効果によって、供給液圧Pmと調整液圧Pqとの液圧差mQが発生される。つまり、第2ユニットYB(特に、加圧源KB)のみによって、実際の基準液圧Pe(=mQ)が、目標基準液圧Pdに近付き、一致するよう、「0」から増加される。時点t2までは、旋回状態量Gs(例えば、横加速度Gy)は第1所定量gs未満であるため、下部調圧が継続される。このとき、上部調圧は実行されていないので、供給液圧Pmは「0」のままである。
【0106】
時点t2にて、旋回状態量Gsが、第1所定量gs未満の状態から、第1所定量gs以上の状態に遷移する。時点t2にて、「操舵操作量Saの方向と横加速度Gyの方向とが一致し、且つ、旋回状態量Gsが第1所定量gs以上」の状態になり、ステップS250が満足される。そして、時点t2にて、下部調圧から上部調圧に切り替えられる。上部調圧によって、実際の供給液圧Pm(=Pe)が「0」から増加される。
【0107】
時点t2では、下部調圧は、直ちには終了されない。第1ユニットYAは高応答で供給液圧Pmを昇圧することが可能ではあるが、供給液圧Pmの増加には、目標基準液圧Pdに対して時間的な遅れが生じている。この時間遅れが補償されるよう、実際の基準液圧Peが目標基準液圧Pdに一致するまでは、下部調圧が継続され、液圧差mQが増加される。換言すれば、供給液圧Pmの時間遅れが解消されるまでは(時点t2~t3の間は)、第1ユニットYAでの上部調圧、及び、第2ユニットYBでの下部調圧の両方によって、基準液圧Peが増加される。なお、実際の基準液圧Peは、供給液圧Pmと液圧差mQとの合算値「Pm+mQ」として算出される。例えば、供給液圧Pmは、供給液圧センサPMによって検出され、液圧差mQは、通電量Ib(電流値)に基づいて推定される。また、調整液圧Pqを検出する調整液圧センサPQが設けられる構成では、調整液圧センサPQによる検出値Pqが、実際の基準液圧Peとして用いられる。
【0108】
時点t3にて、実際の基準液圧Peが、目標基準液圧Pdに一致する。即ち、上部調圧の時間遅れが解消されたので、下部調圧は一旦停止され、調圧弁UBが開弁される。これにより、液圧差mQは、「0」に向けて減少される。この後、基準液圧Peは、上部調圧のみによって達成される。なお、下部調圧の停止においては、電気モータMBの駆動が継続されることが望ましい。これは、再度、上部調圧から下部調圧に切り替えられる際に、液圧差mQの応答性を確保するためである。
【0109】
時点t4にて、旋回状態量Gsが減少し、第2所定量gt以上の状態から、第2所定量gt未満の状態に遷移する。時点t4にて、「旋回状態量Gsが第2所定量gt未満であり、且つ、車体速度Vxが所定速度vx未満(又は、操舵操作量Saが所定操作量saの範囲内)」の状態になり、ステップS260が満足される。そして、時点t4にて、上部調圧から下部調圧に切り替えられる。これに伴い、第1ユニットYAによる供給液圧Pmは、「0」に向けて減少される。その一方で、第2ユニットYBによる液圧差mQは、「0」から増加される。この後、基準液圧Peは、下部調圧のみによって達成される。
【0110】
時点t5にて、安定性制御の終了条件(ステップS150の判定処理)が満足され、基準液圧Peは「0」にされる。安定性制御における基準液圧Peの発生は、基本的には下部調圧によって行われるので、安定性制御の開始時と同様に、その終了時においても、下部調圧のみによる加圧が実行される。
【0111】
安定性制御では、基本的には、第2ユニットYBによる液圧差mQの調整(下部調圧)によって、基準液圧Peが発生される。これは、第1ユニットYAよりも、第2ユニットYBの方が、滑らかで、高精度な調圧が容易であることに基づく。しかしながら、急激なヨーイング挙動、ローリング挙動が発生するような状況(即ち、「Gs≧gs」の場合)には、第2ユニットYBに代えて、昇圧応答性に優れる第1ユニットYAによって、基準液圧Peが発生される。このように車両の挙動に応じて、第1ユニットYA、及び、第2ユニットYBが使い分けられることによって、車両安定性制御の性能が向上され得る。
【0112】
第2ユニットYBが急激な挙動変化に対応し得るように構成されると、調圧弁UB、電気モータMB、流体ポンプQBの大容量化(調圧弁UBの流量増加、電気モータMBの出力増加、流体ポンプQBの吐出量増加)、又は、付加的な昇圧補助デバイスの追加(昇圧のためだけに使用される電動ポンプ、アキュムレータ等の追加)が必要になってくる。しかしながら、制動制御装置SCでは、上述した下部調圧から上部調圧への切り替えによって、その大型化が回避される。換言すれば、第1ユニットYA、及び、第2ユニットYBの夫々の特徴が活かされることによって、制動制御装置SCの小型化が達成される。
【0113】
上述の例では、摩擦係数の高い路面でのレーンチェンジ挙動における、下部調圧と上部調圧との切り替えについて説明した。摩擦係数が低い路面では、昇圧応答性の要求は然程高くない。このため、低摩擦路面では、この切り替えが行われないことが好ましい。上述したように、旋回状態量Gsは、横加速度Gy、ヨーレイトYr、及び、操舵操作量Saのうちの少なくとも1つに基づいて演算されるが、旋回状態量Gsを演算するための状態量として、少なくとも横加速度Gyが含まれることが好適である。横加速度Gyは路面摩擦係数に応じて発生するため、摩擦係数が低い路面では、旋回状態量Gsは小さいままである。結果、摩擦係数が低い路面では、「Gs≧gs」の条件が満足され難く、常に、下部調圧によって安定性制御が実行される
【0114】
<他の実施形態>
以下、制動制御装置SCの他の実施形態について説明する。他の実施形態でも、上記同様の効果(車両安定性制御の性能向上、即ち、急激な車両挙動変化に対応した昇圧応答性の向上、及び、装置SCの小型化の維持)を奏する。
【0115】
≪電動シリンダ型加圧源の採用≫
上記の実施形態では、第1ユニットYA(加圧源)として、第1電気モータMAによって、アキュムレータACに蓄えられたアキュムレータ液圧Pcが利用された。これに代えて、第1電気モータMAによって、シリンダに挿入されたピストンが直接駆動されることで制動液圧Pwが増加されてもよい。所謂、電動シリンダ型のものが、第1ユニットYAとして採用され得る。電動シリンダ型の構成は、例えば、「WO2012/046703」等で公知であるので、以下、該構成について、図示せずに、簡略に説明する。電動シリンダ型の第1ユニットYAは、調圧シリンダ、調圧ピストン、直動変換機構、及び、第1電気モータMAにて構成される。
【0116】
マスタシリンダCMとは別に、調圧シリンダ(「スレーブシリンダ」ともいう)が設けられる。調圧シリンダは、マスタシリンダCMと同様の構成であって、例えば、タンデム型シリンダである。調圧シリンダには、2つの調圧ピストンが、弾性体(圧縮ばね)を介して挿入されている。2つの調圧ピストンのうちの1つは、直動変換機構(例えば、ねじ機構)を介して第1電気モータMAに接続される。ここで、直動変換機構は、電気モータMAの回転動力を、調圧ピストンの直線動力(推力)に変換するものである。
【0117】
第1電気モータMAによって、調圧ピストンが駆動される。詳細には、電気モータMAが回転されると、その動力が、直動変換機構によって、調圧ピストンの直線動力に変換される。調圧シリンダ内は、2つの調圧ピストン、及び、シール部材によって、2つの調圧室に仕切られている。2つの調圧室は、連絡路HS、及び、第2ユニットYBを介して、ホイールシリンダCWに接続されている。従って、電気モータMAが駆動されると調圧室の体積が減少されるので、調圧室から、ホイールシリンダCWに制動液BFが、供給液圧Pmで圧送される。つまり、電動シリンダ型の第1ユニットYAでは、電磁弁UZ、UGが用いられることなく、電気モータMAの出力調整によって、供給液圧Pmが直接的に制御(調整)される。該構成では、選択ホイールシリンダCWxの液圧Pwxが、電気モータMAによって制御される。そして、非選択ホイールシリンダCWzの液圧Pwzが、非選択インレット弁UIz、及び、非選択アウトレット弁VOzによって調整される。
【0118】
≪目標基準液圧Pdの他の設定方法(即ち、「Pd>Ptx」として設定)≫
上記の実施形態では、最大目標液圧Ptxが、目標基準液圧Pdとして決定された(即ち、「Pd=Ptx」)。そして、選択ホイールシリンダCWxの液圧Pwx(=Pe)が、第1ユニットYA、又は、加圧源KB(特に、調圧弁UB)によって調整された(即ち、増加、保持、減少された)。また、非選択ホイールシリンダCWzの液圧Pwzが、基準液圧Pe(=Pwx)を基圧にして、「0」から基準液圧Peの範囲内で、非選択インレット弁UIz、及び、非選択アウトレット弁VOzによって調整された。これに代えて、目標基準液圧Pdが、最大目標液圧Ptxよりも大きく決定されてもよい。例えば、目標基準液圧Pdが、最大目標液圧Ptxよりも、所定圧pd(予め設定される定数)だけ大きい値に演算される(即ち、「Pd=Ptx+pd」)。この場合、基準液圧Peは、最大目標液圧Ptxよりも大きいので、選択ホイールシリンダCWxを含む全てのホイールシリンダCWの液圧Pwが、インレット弁UI、及び、アウトレット弁VOによって、「0」から基準液圧Peまでの範囲で調整される。該構成であっても、「Gs<gs」では、第2ユニットYB(特に、加圧源KB)によって、目標基準液圧Pdが達成され、実際の基準液圧Pe(=mQ)が調整される。一方、「Gs≧gs」では、第1ユニットYAによって、目標基準液圧Pdが達成され、実際の基準液圧Pe(=Pm)が調整される。
【0119】
≪ダイアゴナル型流体路≫
上記の実施形態では、2系統の制動流体路として、前後型の構成が採用された。これに代えて、ダイアゴナル型(「X型」ともいう)の制動系統が採用され得る。該構成では、マスタシリンダCM(又は、調圧シリンダ)内に形成された2つの液圧室のうちで、一方側が右前輪ホイールシリンダ、左後輪ホイールシリンダに接続され、他方側が左前輪ホイールシリンダ、右後輪ホイールシリンダに接続される。
【0120】
<制動制御装置SCの実施形態のまとめと作用・効果>
以下に、制動制御装置SCの実施形態についてまとめる。制動制御装置SCは、複数の車輪WHに設けられたホイールシリンダCWの制動液圧Pwを個別に増加して車両の安定性を向上する安定性制御を実行する。制動制御装置SCには、「第1電気モータMAを動力源にして移動されるピストンNP、NSとピストンNP、NSが挿入されるシリンダCMとにて構成され、ピストンNP、NSの移動によってシリンダCMから制動液BFを排出することで制動液圧Pwを増加する第1ユニットYA」と、「第1ユニットYAとホイールシリンダCWとを接続する連絡路HSに設けられる調圧弁UBと、第1電気モータMAとは別の第2電気モータMBによって駆動される流体ポンプQBとにて構成され、流体ポンプQBが吐出する制動液BFの流れを調圧弁UBによって絞ることで制動液圧Pwを増加する第2ユニットYB」と、「安定性制御を実行するために第1、第2ユニットYA、YBを制御するコントローラECU」と、が備えられる。
【0121】
制動制御装置SCでは、コントローラECUは、車両JVの横方向の運動の程度を表す旋回状態量Gs(急激な車両挙動の発生の蓋然性を表す状態変数)を演算する。そして、旋回状態量Gsが所定量gs未満の場合には、安定性制御に要求される最大液圧Ptxに応じた基準液圧Pd(目標値)、Pe(実際値)を第2ユニットYBによって供給する。一方、旋回状態量Gsが所定量gs以上の場合には、基準液圧Pd、Peを第1ユニットYAによって供給する。例えば、コントローラECUは、「Gs<gs」の場合には、第2ユニットYBのみによって基準液圧Pd、Peを供給し、「Gs≧gs」の場合には、第1ユニットYAのみによって基準液圧Pd、Peを供給する。
【0122】
ここで、基準液圧Pd、Peは、安定性制御における制動液圧Pwの調整の基となる液圧である。換言すれば、各ホイールシリンダCWの制動液圧Pwは、制動液圧Pwは、「0(大気圧)」以上、基準液圧Pe以下の範囲で制御され得る。目標基準液圧Pdは、最大目標液圧Ptxに基づいて、「Pd=Ptx」、又は、「Pd>Ptx」にて決定される。従って、基準液圧Pd、Peは、最大液圧Ptx、Pwx以上の液圧である。詳細には、基準液圧では、目標値Pdにおいて最大目標液圧Ptx以上であり、実際値Peにおいて選択制動液圧Pwx以上である(即ち、「Pd≧Ptx、Pe≧Pwx」)。
【0123】
制動制御装置SCでは、コントローラECUは、安定性制御を開始した後、旋回状態量Gsが所定量gsに到達するまでは、基準液圧Pd、Peを第2ユニットYBによって供給し、旋回状態量Gsが所定量gsに到達した後は、基準液圧Pd、Peを第1ユニットYAによって供給する。例えば、コントローラECUは、安定性制御を開始した後、「Gs<gs」の間は、第2ユニットYBのみによって基準液圧Pd、Peを供給するが、旋回状態量Gsが所定量gsに達した後は、第1ユニットYAのみによって基準液圧Pd、Peを供給する。
【0124】
制動制御装置SCには、第1、第2ユニットYA、YBの2つの加圧源が備えられる。第1ユニットYAは昇圧応答性に優れ、第2ユニットYBは調圧性能に優れる。第1、第2ユニットYA、YBの特徴に基づいて、安定性制御では、通常、第2ユニットYBによる基準液圧供給(下部調圧)が行われる。そして、旋回状態量Gsに基づいて、下部調圧から第1ユニットYAによる基準液圧供給(上部調圧)に切り替えられる。ここで、旋回状態量Gsは、急激な車両挙動(ヨーイング挙動、ローリング挙動)の発生の可能性を表す状態量である。旋回状態量Gsが大きい場合(即ち、「Gs≧gs」の場合)には、急激なヨーイング挙動等の発生確率が高い。このため、下部調圧から上部調圧への切り替えが行われる。制動制御装置SCにおける昇圧応答性が改善されるので、急な挙動変化が発生する際にも、確実に車両安定性が確保され、その制御性能が向上される。なお、旋回状態量Gsが小さい場合(即ち、「Gs<gs」の場合)には、急激な挙動の発生確率が低いので、切り替えは行われず、下部調圧が継続される。
【0125】
コントローラECUでは、操舵操作部材SHの操作速度dSが取得される。例えば、操作速度dSは、操作量(操舵角)Saが時間微分されることによって演算される。操作速度dS(例えば、操舵角速度)が大きいほど、所定量gsが小さくなるように、所定量gsが演算される。急激な車両挙動は、操作速度dSが大きいほど生じ易い。操作速度dSに基づいて、所定量gsが変更されるので、上部調圧への切り替えが早期に行われる。結果、急な挙動変化に対しても、適切な切り替えが行われる。
【0126】
コントローラECUでは、操作速度dSに基づいて、操作速度ピーク値dSpが演算される。そして、操作速度ピーク値dSpが大きいほど、所定量gsが小さくなるように、所定量gsが演算されてもよい。旋回状態量Gsは、操作速度dSに対して、時間的に遅れて発生する。操作速度ピーク値dSpが採用されることによって、この時間遅れが補償され得る。
【0127】
コントローラECUでは、下部調圧から上部調圧に切り替えられる際に、実際の基準液圧Peが目標基準液圧Pdに一致するまでは、下部調圧による基準液圧Pe(即ち、液圧差mQ)の増加が継続される。そして、実際の基準液圧Peが目標基準液圧Pdに達した時点で、下部調圧が停止される。上部調圧は、増圧応答性に優れるが、依然として、時間遅れは存在する。切り替え時には、下部調圧による増圧が継続されるため、該時間遅れが補償される。
【符号の説明】
【0128】
JV…車両、SC…制動制御装置、SX…制動装置、CP…ブレーキキャリパ、CW…ホイールシリンダ、KT…回転部材(ブレーキディスク)、MS…摩擦部材(ブレーキパッド)、ECU…制動用コントローラ、HU…流体ユニット、YA…第1ユニット(上部ユニット)、CM…マスタシリンダ、MA…電気モータ(第1電気モータ)、YB…第2ユニット(下部ユニット)、UB…調圧弁、UI…インレット弁、VO…アウトレット弁、MB…電気モータ(第2電気モータ)、QB…流体ポンプ、PM…供給液圧センサ、Pm…供給液圧(供給液圧センサPMの検出値)、Pq…調整液圧、Pw…制動液圧、mQ…液圧差(調整液圧Pqと供給液圧Pmとの差)、Pt…目標液圧(各ホイールシリンダ)、Ptx…最大目標液圧(目標液圧Ptの最大値)、Pd…基準液圧(目標値)、Pe…基準液圧(実際値)、Ib…通電量(調圧弁UBに対する実際の通電量)、Ibt…目標通電量(通電量Ibに対応する目標値)、CWx…選択ホイールシリンダ(複数のホイールシリンダのうちで、最大目標液圧Ptxに対応するホイールシリンダ)、CWz…非選択ホイールシリンダ(複数のホイールシリンダのうちで、選択ホイールシリンダCWxには該当しないホイールシリンダ)、Js…安定性指標、Gs…旋回状態量、gs…第1所定量(下部調圧から上部調圧に切り替えるためのしきい値)、gt…第2所定量(上部調圧から下部調圧に切り替えるためのしきい値)、Sa…操舵操作量(操舵角)、dS…操舵速度(操舵操作量Saの微分値)、dSp…操舵速度ピーク値。