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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022136738
(43)【公開日】2022-09-21
(54)【発明の名称】FM中継装置
(51)【国際特許分類】
   H04B 7/015 20060101AFI20220913BHJP
   H04J 1/10 20060101ALI20220913BHJP
   H04B 7/08 20060101ALI20220913BHJP
   H04H 20/67 20080101ALI20220913BHJP
【FI】
H04B7/015
H04J1/10
H04B7/08 422
H04H20/67
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021036497
(22)【出願日】2021-03-08
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-07-08
(71)【出願人】
【識別番号】591249323
【氏名又は名称】日本通信機株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】515320008
【氏名又は名称】山口放送株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】591164613
【氏名又は名称】株式会社NHKテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】河野 憲治
(72)【発明者】
【氏名】貝嶋 誠
(72)【発明者】
【氏名】峰吉 俊幸
(72)【発明者】
【氏名】大久保 寛
(72)【発明者】
【氏名】▲恵▼良 勝治
(72)【発明者】
【氏名】岩木 昌三
(72)【発明者】
【氏名】山根 実
(72)【発明者】
【氏名】上田 大一朗
【テーマコード(参考)】
5K046
【Fターム(参考)】
5K046AA05
5K046EE57
5K046HH11
(57)【要約】
【課題】単一周波数ネットワークを構成するFM放送システムの中継所において、回り込み波等の不要波を抑制する技術を提供する。
【解決手段】第1プロファイル生成部は、信号再生部にて生成された送信信号と、回り込み波探査期間に受信される受信信号との時間軸相関を算出した結果から第1遅延プロファイルを生成する。第2プロファイル生成部は、親局波抽出部にて抽出された親局信号と、マルチパス波探査期間に受信される受信信号との時間軸相関を算出した結果から第2遅延プロファイルを生成する。第1抑制部及び第2抑制部は、遅延プロファイルに従って回り込み波とマルチパス波のレプリカ信号を生成し、信号生成部に入力される受信信号からレプリカ信号を減じる。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
FM放送の放送波を、受信アンテナ(2,2A,2B)を介して受信するように構成された受信部(3,3A,3B)と、
前記受信部からの受信信号を復調し、復調した信号を再変調することで送信信号を生成するように構成された信号再生部(41)と、
前記信号再生部にて生成された前記送信信号を用いて前記放送波を再現した中継波を、送信アンテナ(7)を介して送信するように構成された送信部(5)と、
前記信号再生部にて生成された前記送信信号と、回り込み波探査期間に受信される前記受信信号とを用いて時間軸相関を算出し、前記時間軸相関の最大値である最大相関値、及び該最大相関値が得られるときの前記受信信号に対する前記送信信号の遅延時間を含んだ情報である第1遅延プロファイルを生成するように構成された第1プロファイル生成部(432)と、
前記信号再生部にて生成された前記送信信号を、前記第1遅延プロファイルに従って、前記遅延時間だけ遅延させ且つ前記最大相関値に応じた強度と位相に調整することで第1レプリカ信号を生成し、前記信号再生部に入力される前記受信信号から前記第1レプリカ信号を減じるように構成された第1抑制部(433,434)と、
前記放送波の送信元である親局からの直達波を親局波として、前記受信信号から前記親局波に基づく信号成分である親局信号を抽出するように構成された親局波抽出部(441)と、
前記親局波抽出部にて抽出された前記親局信号と、マルチパス波探査期間に受信される前記受信信号とを用いて時間軸相関を算出し、前記時間軸相関の最大値である最大相関値、及び該最大相関値が得られるときの前記親局信号に対する前記送信信号の遅延時間を含んだ情報である第2遅延プロファイルを生成するように構成された第2プロファイル生成部(442)と、
前記親局波抽出部にて抽出された前記親局信号を、前記第2遅延プロファイルに従って、前記遅延時間だけ遅延させ且つ前記最大相関値に応じた強度と位相に調整することで第2レプリカ信号を生成し、前記信号再生部に入力される前記受信信号から前記第2レプリカ信号を減じるように構成された第2抑制部(443,444)と、
を備え、
前記回り込み波探査期間は、前記送信アンテナから送信された前記中継波が回り込み波として前記受信アンテナにて受信されるまでに要する時間に基づいて設定される回込設定時間(ΔTr)を用いて、前記信号再生部にて前記送信信号が生成されてから前記回込設定時間が経過するまでの期間に設定され、
前記マルチパス波探査期間は、前記受信部にて受信された前記放送波が前記送信部から前記中継波として送信されるまでに要する再送遅延時間(Tr)を用いて、前記親局波抽出部にて前記親局信号が抽出されてから前記再送遅延時間が経過するまでの期間に設定された、
FM中継装置。
【請求項2】
請求項1に記載のFM中継装置であって、
当該FM中継装置の起動時に、前記送信アンテナが送信する前記中継波の出力レベルを、予め設定された最小レベルに設定し、前記中継波の出力レベルを予め設定された最大レベルまで回り込み波除去の進捗に応じて段階的に調整するように構成された出力調整部(414)
を更に備えるFM中継装置。
【請求項3】
請求項2に記載のFM中継装置であって、
当該FM中継装置の発振を検知するように構成された発振検知部(42)と、
を更に備え、
前記第1プロファイル生成部は、生成した前記第1遅延プロファイルを記憶し、前記第2プロファイル生成部は、生成した前記第2遅延プロファイルを記憶するように構成され、
前記第1抑制部は、前記第1プロファイル生成部に記憶された前記第1遅延プロファイルに従って前記第1レプリカ信号を生成し、前記第2抑制部は、前記第2プロファイル生成部に記憶された前記第2遅延プロファイルに従って前記第2レプリカ信号を生成するように構成され、
前記第1プロファイル生成部及び前記第2プロファイル生成部は、前記発振検知部による発振検知時に、前記第1遅延プロファイル及び前記第2遅延プロファイルの記憶内容を再設定する再設定処理を行うように構成された、
前記出力調整部は、前記起動時に加え、前記発振検知部による発振検知時にも、前記中継波の出力レベルを調整するように構成された、
FM中継装置。
【請求項4】
請求項3に記載のFM中継装置であって、
前記再設定処理として、前記第1プロファイル生成部は前記第1遅延プロファイルの記憶内容を消去し、前記第2プロファイル生成部は前記第2遅延プロファイルの記憶内容を消去するように構成された
FM中継装置。
【請求項5】
請求項3に記載のFM中継装置であって、
前記第1プロファイル生成部は、前記第1遅延プロファイルの履歴を更に記憶し、前記第2プロファイル生成部は、前記第2遅延プロファイルの履歴を更に記憶するように構成され、
前記第1プロファイル生成部は、前記再設定処理として、前記第1遅延プロファイルの記憶内容を、前記第1遅延プロファイルの履歴を用いて発振検知前の状態に戻し、前記第2プロファイル生成部は、前記再設定処理として、前記第2遅延プロファイルの記憶内容を、前記第2遅延プロファイルの履歴を用いて発振検知前の状態に戻すように構成された、
FM中継装置。
【請求項6】
請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載のFM中継装置であって、
前記放送波の無音状態を検知する無音検知部(45)を更に備え、
前記第1プロファイル生成部及び前記第2プロファイル生成部は、前記無音検知部にて前記無音状態が検知されている間、前記第1遅延プロファイル及び前記第2遅延プロファイルの生成を停止するように構成された
FM中継装置。
【請求項7】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載のFM中継装置であって、
前記受信部は、前記受信信号を、同相成分を表すI信号及び直交成分を表すQ信号に変換して出力し、
前記送信部は、前記I信号及び前記Q信号で表された前記送信信号を直交復調して送信するように構成された
FM中継装置。
【請求項8】
請求項1から請求項7のいずれか1項に記載のFM中継装置であって、
前記受信部は、前記放送波を、二つの受信アンテナ(2A,2B)を用いて受信するように構成され、
前記受信部から得られる二つの受信信号を、干渉波に基づく信号成分である干渉波成分の位相が逆相となり、かつ、前記干渉波成分の信号強度が一致するように合成するように構成された信号合成部(40)を更に備え、
前記信号再生部及び前記第1プロファイル生成部、前記第1抑制部、前記親局波抽出部、前記第2プロファイル生成部、前記第2抑制部は、処理対象となる前記受信信号として、前記信号合成部にて合成された合成信号を用いるように構成された、
を備えるFM中継装置。
【請求項9】
請求項8に記載のFM中継装置であって、
前記二つの受信アンテナは、前記放送波に基づく信号成分である放送波成分が、前記信号再生部での処理に必要な信号強度で前記合成信号に含まれるように配置された
FM中継装置。
【請求項10】
請求項9に記載のFM中継装置であって、
前記二つの受信アンテナで受信される前記放送波の位相差をΔθp、前記放送波のレベル差をΔPp、前記干渉波の位相差をΔθr、前記干渉波のレベル差をΔPr、前記信号再生部での処理に必要な信号強度に応じて設定される下限閾値をTHθ、THpとして、
前記二つの受信アンテナは、|Δθp-Δθr|≧THθ、及びΔPp-ΔPr≧THPのうち、少なくとも一方を満たすように配置された
FM中継装置。
【請求項11】
請求項8から請求項10までのいずれか1項に記載のFM中継装置であって、
前記信号合成部は、
前記受信部から得られる前記二つの受信信号を、設定された合成係数に従って位相差及びレベル差が調整された状態で合成することで前記合成信号を生成するように構成された干渉波逆相合成部(401)と、
前記合成信号の信号品質を指標として前記合成係数を設定するように構成された係数設定部(402,404)と、
を備えるFM中継装置。
【請求項12】
請求項11に記載のFM中継装置であって、
前記信号合成部は、予め設定された計測時間毎に、前記二つの受信信号の位相差の平均値及びレベル差の平均値を算出するように構成された差分検出部(403)を更に備え、
前記係数設定部は、前記干渉波が前記放送波より受信強度が大きい状態のときに、前記差分検出部での検出結果に従って前記合成係数を設定するように構成された
FM中継装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、FM放送システムの放送波を中継する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
周波数変調された同一周波数かつ同一プログラムの音声放送波を、複数の送信所から送信するFM同期放送が知られている。FMは、frequency Modulationの略である。一般に放送システムでは、受信エリアを拡大するために中継所が設けられる。既存のFM放送で用いられる中継所は、複数周波数ネットワーク(MFN)を構築する。すなわち、MFNに属する各中継所は、親局となる送信所から受信した放送波(以下、親局波)とは異なる周波数の放送波(以下、中継波)を再送信する。
【0003】
これに対して、FM同期放送で用いられる中継所は、親局波と同一周波数の中継波を用いる単一周波数ネットワーク(以下、SFN)を構築する。すなわち、SFNに属する各中継所は、親局波と同一周波数の中継波を再送信する。そして、SFNに属する中継所では、受信アンテナに親局波より強いレベルの中継波が回り込む、いわゆるマイナスD/Uの状態になると回り込み発振を起こすため、回り込み発振への対策が必要となる。
【0004】
特許文献1には、SFNを採用する地上デジタル放送システムにおいて、中継所で生じる回り込み波をキャンセルする技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009-105834号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の技術は、OFDM信号を用いる地上デジタル放送を前提とするものであり、使用する放送信号の形式が全く異なるアナログ変調方式のFM放送に適用することができないという問題があった。
【0007】
本開示の1つの局面は、単一周波数ネットワークを構成するFM放送システムの中継所において、回り込み波等の不要波を抑制する技術を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の一態様は、FM中継装置であって、受信部(3,3A,3B)と、信号再生部(41)と、送信部(5)と、第1プロファイル生成部(432)と、第1抑制部(433,434)と、親局波抽出部(441)と、第2プロファイル生成部(442)と、第2抑制部(443,444)と、を備える。
【0009】
受信部は、FM放送の放送波を、受信アンテナ(2,2A,2B)を介して受信するように構成される。信号再生部は、受信部からの受信信号を復調し、復調した信号を再変調することで送信信号を生成するように構成される。送信部は、信号再生部にて生成された送信信号を用いて放送波を再現した中継波を、送信アンテナ(7)を介して送信するように構成される。
【0010】
第1プロファイル生成部は、信号再生部にて生成された送信信号と、回り込み波探査期間に受信される受信信号とを用いて時間軸相関を算出し、時間軸相関の最大値である最大相関値、及び最大相関値が得られるときの受信信号に対する送信信号の遅延時間を含んだ情報である第1遅延プロファイルを生成するように構成される。第1抑制部は、信号再生部にて生成された送信信号を、第1遅延プロファイルに従って、遅延時間だけ遅延させ且つ最大相関値に応じた強度と位相に調整することで第1レプリカ信号を生成し、信号再生部に入力される受信信号から第1レプリカ信号を減じるように構成される。
【0011】
親局波抽出部は、放送波の送信元である親局からの直達波を親局波として、受信信号から親局波に基づく信号成分である親局信号を抽出するように構成される。第2プロファイル生成部は、親局波抽出部にて抽出された親局信号と、マルチパス波探査期間に受信される受信信号とを用いて時間軸相関を算出し、時間軸相関の最大値である最大相関値、及び最大相関値が得られるときの親局信号に対する送信信号の遅延時間を含んだ情報である第2遅延プロファイルを生成するように構成される。第2抑制部は、親局波抽出部にて抽出された親局信号を、第2遅延プロファイルに従って、遅延時間だけ遅延させ且つ最大相関値に応じた強度と位相に調整することで第2レプリカ信号を生成し、信号再生部に入力される受信信号から第2レプリカ信号を減じるように構成される。
【0012】
回り込み波探査期間は、送信アンテナから送信された中継波が回り込み波として受信アンテナにて受信されるまでに要する時間に基づいて設定される回込設定時間(ΔTr)を用いて、信号再生部にて送信信号が生成されてから回込設定時間が経過するまでの期間に設定される。マルチパス波探査期間は、受信部にて受信された放送波が送信部から中継波として送信されるまでに要する再送遅延時間(Tr)を用いて、親局波抽出部にて親局信号が抽出されてから再送遅延時間が経過するまでの期間に設定される。
【0013】
このように構成されたFM中継装置によれば、受信信号を時間的に区分けして、第1探索期間では、送信信号(すなわち、中継波)と同じ波形を有する回り込み波を抽出し、第2探索期間では、親局信号(すなわち、放送波)と同じ波形を有するマルチパス波を抽出する。したがって、回り込み波及びマルチパス波を、いずれも的確に抽出できる。
【0014】
FM中継装置では、第1レプリカ信号は、回り込み波と同じ波形を有するため、発振の原因となる回り込み波に基づく信号成分を的確に抑制できる。
FM中継装置では、回り込み波及びマルチパス波の影響を抑制する処理を、アナログ的な波形レベルで行っているため、回り込み波及びマルチパス波が有する遅延時間に関する情報と位相に関する情報とを、別個に分離することなく同時に処理でき、装置構成を簡略化できる。
【0015】
FM中継装置では、処理を繰り返すことで、強度の大きい回り込み波及びマルチパス波から順番に処理されるため、回り込み波の数及びマルチパス波の数に関わらず、全ての回り込み波及びマルチパス波に対処できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】同一周波数FM放送システムの概要を示す説明図である。
図2】第1実施形態のFM中継装置の構成を示すブロック図である。
図3】FM中継装置における親局波、中継波、回り込み波、マルチパス波の関係を示す説明図である。
図4】ステレオコンポジット信号のスペクトラムを示す説明図である。
図5】相関解析部での処理内容を示すフローチャートである。
図6】遅延プロファイルの概要、及び遅延プロファイルの生成に用いるパラメータを示す説明図である。
図7】起動時及び発振検知時に実施される中継波の出力レベル制御を示す説明図である。
図8】第2実施形態のFM中継装置の構成を示すブロック図である。
図9】信号合成部の構成を示すブロック図である。
図10】信号品質の検出結果を例示するグラフである。
図11】第1及び第2受信IQ信号、並びに合成IQ信号に含まれる親局波成分及び回り込み波成分をベクトルで示した説明図である。
図12】処理ブロックB5で検出される信号品質の検出結果を複素平面上に示したグラフである。
図13】遅延プロファイルの概要、及び遅延プロファイルの生成に用いるパラメータを示す説明図である。
図14】回り込み波による干渉がない場合及び干渉がある場合それぞれについての受信IQ信号を、複素平面上で示した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照しながら、本開示の実施形態を説明する。
[1.第1実施形態]
[1-1.同一周波数FM放送システム]
まず、本開示に係るFM中継装置1が適用される同一周波数FM放送システム100について説明する。
【0018】
同一周波数FM放送システム100は、図1に示すように、配信局101と一つ以上の送信所102,103と、一つ以上の中継所105とを備える。配信局101は、同一の音声信号を、所定の伝送網104を介して各送信所102,103に配信する。送信所102,103は、それぞれの放送エリアA1,A2の少なくとも一部が、互いに重なり合うように配置される。以下では、重なり合う放送エリアを重複エリアAdという。送信所102,103は、伝送網104を介して配信局101から受信した同一の音声信号により、同一周波数の搬送波を周波数変調した放送波を送信することで、FM同期放送(以下、単に同期放送)を行う。また、送信所102,103では、GPSを利用して取得される1秒パルス信号(以下、1pps)に同期したクロックを用いてFM変調のタイミングを含むFM変調特性が、両送信所間で同一となるように制御される。GPSは、Global Positioning Systemの略である。
【0019】
音声信号の配信に用いる伝送網104は、送信所102,103毎に異なっていてもよいし、同じでもよい。また、伝送網104は、例えば無線伝送網やIP伝送網などで構成されるが、これらに限定されるものではない。
【0020】
中継所105は、地勢的な影響で送信所102,103ではカバーできない地域(以下、難聴地域)A3での番組聴取を可能とするために設けられ、親局(図1では、送信所102)から受信し、同一周波数にて再送信することで中継放送を実現する。
【0021】
[1-2.FM中継装置の構成]
中継所105を構成するFM中継装置1について説明する。
図2に示すように、FM中継装置1は、受信アンテナ2と、受信部3と、中継処理部4と、送信部5と、パワーアンプ6と、送信アンテナ7と、を備える。
【0022】
以下では、図3に示すように、親局となる送信所102から受信アンテナ2に直接到来する放送波を親局波D、送信アンテナ7から送信される再現された放送波を中継波Drという。また、親局から送信され何らかの物体に反射して間接的に受信アンテナ2に到達する親局波Dをマルチパス波M0~Mm、送信アンテナ7から受信アンテナ2に回り込む中継波Drを回り込み波U0~Unという。回り込み波U0~Unは、受信アンテナ2での受信強度が大きい順に番号が付与されるものとする。通常、受信強度が最大となる回り込み波U0は、送信アンテナ7から受信アンテナ2に直接到達する直達波である。その他の回り込み波U1~Unは、何らかの物体に反射して間接的到達する反射波である。回り込み波U0~Unは、いずれも中継波Drを減衰かつ遅延させた波形を有する。
【0023】
また、FM中継装置1は、中継波Drが親局波Dから再送遅延時間Trだけ遅延して送信されるように設計される。再送遅延時間Trは、親局波Dと中継波Drとの干渉によって後述するステレオコンポジット信号Scにおける19KHzのパイロット信号の歪を低減するために、パイロット信号の1周期(すなわち、52.6μs)の整数倍に設定される。具体的には、例えば、パイロット信号の周期の6倍、即ち、Tr=315.8μsに設定される。但し、回り込み波を十分に除去できる運用条件においては、干渉によるパイロット信号の歪みも低減されることから、パイロット信号周期の整数倍に限定する必要はない。
【0024】
図2に戻り、受信アンテナ2は、親局波Dを少なくとも受信するように配置される。受信アンテナ2は、無指向性アンテナでも指向性アンテナでもよい。親局波Dは、FM変調波であり、その中心周波数をfcとする。
【0025】
受信部3は、増幅器31と、ローカル信号生成器32と、ミキサ33と、A/D変換器34と、直交復調器35と、帯域制限フィルタ36とを備える。
増幅器31は、受信アンテナ2からの受信信号を増幅する。
【0026】
ローカル信号生成器32は、受信アンテナ2から供給される受信信号の周波数をダウンコンバートするためのローカル信号LOを生成する。以下では、ローカル信号LOの周波数をflとする。
【0027】
ミキサ33は、増幅器31にて増幅された受信信号に、ローカル信号生成器32から供給されるローカル信号LOを混合することで、受信信号の周波数をfc-flにダウンコンバートする。
【0028】
A/D変換器34は、ミキサ33にてダウンコンバートされた受信信号を予め設定されたサンプリング周波数Fadにてサンプリングする。なお、A/D変換器34より上流の処理に関する説明では、「信号」はアナログ信号を意味し、A/D変換器34より下流の処理に関する説明では、「信号」はデジタル値の系列を意味する。A/D変換器34のサンプリング周波数Fadは、所望するチャンネル(すなわち、放送波Dに割り当てられた周波数帯)以外の広帯域のノイズ成分(あるいは別チャンネルの放送波)を除去するために、数十MHz程度に設定される。具体的には、信号処理用のサンプリング周波数の整数倍、例えば、49.152MHzに設定される。また、信号処理用のサンプリング周波数の整数倍に設定することで、後述のダウンサンプリングを簡潔に行うことができる。
【0029】
直交復調器35は、受信信号にヒルベルト変換を施すことで受信信号のサンプル値毎に同相成分及び直交成分を求めることで、受信信号を複素化する。具体的には、互いに直交する(即ち、位相が90°異なる)二つの搬送波信号を、受信信号に乗じることで同相成分を表すI信号及び直交成分を表すQ信号を生成する。I信号及びQ信号はベースバンド信号である。I信号及びQ信号はFM変調信号の2倍以上の帯域をカバーする周波数、例えば768kHzまでダウンサンプリングすることでデータ数を減らし、以降の中継処理部4での演算負荷を軽減してもよい。この信号処理用のサンプリング周波数Fsは、FM変調信号の帯域を十分カバーすることができればよく、768kHz以外に設定されてもよい。
【0030】
帯域制限フィルタ36は、直交復調器35にて生成されるI信号及びQ信号から、FM変調された搬送波がとり得る周波数範囲の信号を抽出する。
以下では、受信部3で生成されるI信号及びQ信号を総称して、受信IQ信号という。
【0031】
中継処理部4は、受信部3にて生成された受信IQ信号をFM復調し、再度、FM変調することで一定の振幅となるI信号及びQ信号を再生する。なお、中継処理部4の詳細は、後述する。以下では、中継処理部4で再生されるI信号及びQ信号を総称して、送信IQ信号という。
【0032】
送信部5は、直交変調器51と、D/A変換器52と、ローカル信号生成器53と、ミキサ54と、増幅器55とを備える。
直交変調器51は、中継処理部4にて再生された送信IQ信号に、互いに直交する二つの搬送波信号を乗じて加算することで、FM変調された送信信号を生成する。
【0033】
D/A変換器52は、デジタル値の系列で表された送信信号をアナログ信号に変換する。D/A変換器52より下流の処理に関する説明では、「信号」はアナログ信号を意味する。
【0034】
ローカル信号生成器53は、送信信号の周波数をアップコンバートするためのローカル信号LOを生成する。ローカル信号生成器53は、受信部3のローカル信号生成器32と共通の装置であってもよい。
【0035】
ミキサ54は、D/A変換器52にて生成された送信信号と、ローカル信号生成器53にて生成されたローカル信号LOとを混合して、送信信号の周波数をアップコンバートする。アップコンバートされた送信信号の中心周波数は、親局波Dの中心周波数fcと同じである。
【0036】
増幅器55は、ミキサ54にてアップコンバートされた送信信号を増幅する。この増幅された送信信号を中継信号という。
パワーアンプ6は、送信部5にて生成された中継信号を、更に増幅して送信アンテナ7に供給する。なお、パワーアンプ6は、中継所105がカバーする中継エリアの大きさに応じて設定される増幅器であり、多段接続されてもよいし、省略されてもよい。
【0037】
送信アンテナ7は、中継信号に応じた中継波Drを中継エリアに向けて送信する。
[1-3.中継処理部]
中継処理部4は、信号再生部41と、発振検知部42と、回り込み波除去部43と、マルチパス波除去部44と、無音検知部45とを備える。
【0038】
中継処理部4の機能は、全てハードウェアによって実現されてもよいし、少なくとも一部が、プロセッサ及び非遷移的実体的記録媒体であるメモリを有するマイクロコンピュータが実行する処理によって実現されてもよい。この場合、マイクロコンピュータによって実現される各種機能は、プロセッサがメモリに格納されたプログラムを実行することにより実現される。
【0039】
[1-3-1.信号再生部]
信号再生部41は、帯域制限フィルタ411と、FM復調部412と、コンポジットフィルタ413と、FM変調部414と、を備える。
【0040】
帯域制限フィルタ411は、回り込み波除去部43及びマルチパス波除去部44を介して受信部3から供給される受信IQ信号から、FM変調された搬送波がとり得る周波数範囲の信号を抽出する。帯域制限フィルタ411は、前述した帯域制限フィルタ36と同様のフィルタである。
【0041】
FM復調部412は、帯域制限フィルタ411で不要成分が除去された受信IQ信号を用いて、予め設定された単位期間Δt毎に、受信信号の位相を算出すると共に、直前の単位期間Δtに算出された位相との差分である瞬時位相変化分Δθを算出する。なお、単位期間Δtは、信号処理用のサンプリング周期Fsの逆数であるサンプリング周期Ts=1/Fs又はその整数倍に設定される。そして、算出した瞬時位相変化分Δθを、予め用意された変換テーブル又は変換式を用いてFM変調度に置き換えるΔf検波を行うことで、音声信号を生成する。FM変調度は、無変調時にゼロとなり、正負の符号を有した値をとる。音声信号は、ステレオ放送の場合はステレオコンポジット信号Scであり、モノラル放送の場合はモノラル音声信号である。
【0042】
ステレオコンポジット信号Scは、図4に示すように、19kHzのパイロット信号と、15kHz以下の周波数成分を有するL+R信号と、38kHzを中心に±15kHzの周波数成分を有するL-R信号とを有する。なお、L+R信号は、ステレオ音声信号を表すL信号及びR信号を加算した信号である。L-R信号は、L信号からR信号を減算した信号によって、パイロット信号の2倍の周波数(即ち、38kHz)を有する搬送波をAM変調した信号である。モノラル音声信号は、15kHz以下の周波数成分を有する信号である。
【0043】
図2に戻り、コンポジットフィルタ413は、ステレオ放送の場合、FM復調部412にて復調されたステレオコンポジット信号Scから、パイロット信号、L+R信号、及びL-R信号以外の不要成分を除去する。コンポジットフィルタ413は、各信号を個別に抽出する3つのバンドパスフィルタで構成されてもよいし、各信号を一括して抽出する1つのバンドパスフィルタで構成されてもよい。コンポジットフィルタ413は、モノラル放送の場合、モノラル音声信号を通過させるバンドパスフィルタで構成する。なお、コンポジット信号に57kHzや76kHzを中心とする有効な信号がある場合は、必要に応じてフィルタの帯域を変更してもよい。
【0044】
FM変調部414は、FM復調部412で復調された信号を再変調する。具体的には、FM変調部414は、コンポジットフィルタ413を通過した音声信号(すなわち、ステレオコンポジット信号Sc又はモノラル音声信号)について単位期間Δt毎にFM変調度Δfを算出し、FM復調部412で用いる同じ変換テーブルを用いて、FM変調度Δfから瞬時位相変化分Δθを算出する。そして、FM変調部414は、この瞬時位相変化分Δθから、送信信号の同相成分を表すI信号及び直交成分を表すQ信号、すなわち、送信IQ信号を生成する。
【0045】
FM変調部414は、生成した送信IQ信号の出力レベルを複数段階で制御できるように構成される。そして、FM中継装置1の起動時、又は発振検知部42から出力される発振検知信号Soがアクティブレベルになったときに、FM変調部414の出力レベルは最小レベルに初期設定される。発振検知信号Soのアクティブレベルは、回り込み発振が検知されたことを表す。その後、FM変調部414は、予め設定された起動時間をかけて回り込み波Uを順次除去しながら出力レベルを最大レベルまで段階的に増大させる。なお、最小レベルは、受信アンテナ2で直接受信される送信アンテナ7からの回り込み波UOの受信強度が、親局波Dの受信強度より十分に小さくなるように設定される。最大レベルは、送信部5での処理によって信号の飽和が発生しない大きさに設定される。
【0046】
[1-3-2.発振検知部/無音検知部]
発振検知部42は、受信IQ信号の振幅を監視し、振幅の変動が予め設定された閾値を超えている場合、又は飽和している場合に、アクティブレベルに設定した発振検知信号Soを出力する。つまり、発振検知部42では、FM変調波を表す受信IQ信号は、理想的には振幅が一定となるが、FM変調波に、遅延が異なる信号(すなわち、回り込み波U0~Un)が重畳されている場合には、振幅が変動することを利用して、発振を検知している。なお、振幅の変動幅が一定値を超えるFM変調波は、正しく復調することが困難となる。また、監視対象となる受信IQ信号は、帯域制限フィルタ411の入力側の信号でも出力側の信号でもよい。無音検知信号Ssは、後述する回り込み波除去部43の相関解析部432及びマルチパス波除去部44の相関解析部442、並びにFM変調部414に入力される。
【0047】
無音検知部45は、FM復調部412で生成される瞬時位相変化分Δθを監視し、瞬時位相変化分Δθの絶対値が閾値以下である状態が一定時間以上継続した場合に、アクティブレベルに設定した無音検知信号Ssを出力する。つまり、無音検知部45では、無音時には、パイロット信号以外の瞬時位相変化分Δθがゼロになることを利用して、無音状態を検知する。閾値は、Δθに含まれる検出誤差程度の大きさに設定される。無音検知信号Ssは、後述する回り込み波除去部43の相関解析部432に入力される。
【0048】
[1-3-3.回り込み波除去部]
回り込み波除去部43は、帯域制限フィルタ431と、相関解析部432と、適応フィルタ433と、減算器434とを備える。
【0049】
帯域制限フィルタ431は、信号再生部41にて再生された送信IQ信号から、FM変調された搬送波がとり得る周波数範囲の信号を抽出する。帯域制限フィルタ431は、前述した帯域制限フィルタ36,411と同様のフィルタである。
【0050】
相関解析部432は、回り込み探査期間に当該回り込み波除去部43から出力される受信IQ信号と、帯域制限フィルタ431から供給される送信IQ信号との時間軸相関を算出する。回り込み探査期間は、送信IQ信号に対する遅延時間が0~ΔTrとなる期間である。ΔTrは、送信アンテナ7から送信された中継波Drが回り込み波Uとして受信アンテナ2にて受信されるまでに要する時間の最大値より大きな値に設定される回込設定時間である。回込設定時間ΔTrは、適応フィルタ433のタップ数を調整することで設定され、例えば、45μs程度に設定される。但し、図6では、親局波D(すなわち、受信IQ信号)の受信タイミングを基準にして記載されており、親局波Dに対して中継波Dr(すなわち、送信IQ信号)は再送遅延時間Trだけ遅延するため、回り込み波探索期間は、Tr~Tr+ΔTrで表される。
【0051】
相関解析部432は、具体的には、あらかじめ設定された畳み込み演算時間To(<ΔTr)毎に受信IQ信号及び送信IQ信号を切り取る。そして、回り込み波探査期間Tr~Tr+ΔTrにおいて、サンプリング周期Tsの時間ずつ、送信IQ信号を順次遅延させながら、畳み込み演算時間To分の受信IQ信号と送信IQ信号の複素共役信号を乗算して畳み込み演算を行う。畳み込み演算時間Toは、信号の波形が十分識別できる時間、例えば、100Hz~数kHzの周波数が主となる音声信号を識別するには10ms程度に設定する。
【0052】
相関解析部432は、畳み込み演算の結果である時間軸相関に基づき、相関係数の最大値である最大相関値と、その最大相関値が得られる遅延時間DL(但し、DL≠0)とを抽出する。そして、相関解析部432は、抽出結果から推定される遅延波の信号強度Aと位相θと遅延時間DLとを遅延プロファイルとして記憶する。遅延プロファイルは、記憶内容を書き換え可能なメモリに記憶される。以下、相関解析部432にて生成される遅延プロファイルを、回り込み波用遅延プロファイルという。
【0053】
ここで、相関解析部432での処理の流れを、図5に示すフローチャートに沿って説明する。
相関解析部432での処理は、FM中継装置1が起動すると開始される。
【0054】
S110では、相関解析部432は、回り込み波用遅延プロファイルの記憶内容を初期化(例えば、ゼロクリア)する。
S120では、相関解析部432は、発振検知部42にて発振が検知されたか否か、即ち、発振検知信号Soがアクティブレベルになったか否かを判定する。相関解析部432は、発振が検知されたと判定した場合、処理をS130に移行し、発振が検知されていないと判定した場合、処理をS140に移行する。
【0055】
S130では、相関解析部432は、回り込み波用遅延プロファイルの記憶内容を再設定(例えば、ゼロクリア)して、処理をS120に戻す。
S140では、相関解析部432は、無音検知部45にて無音状態が検知されたか否か、即ち、無音検知信号Ssがアクティブレベルになったか否かを判定する。相関解析部432は、無音状態が検知されたと判定した場合、処理をS120に戻し、無音状態が検知されていないと判定した場合、処理をS150に移行する。
【0056】
S150では、相関解析部432は、送信IQ信号と受信IQ信号との畳み込み演算を実行することで時間軸相関を算出する。なお、送信IQ信号及び受信IQ信号は、いずれもI信号とQ信号とで表現される複素平面上のベクトルとして扱われ、畳み込み演算は、送信IQ信号の複素共役信号と受信IQ信号の複素信号とを乗算することで行われる。
【0057】
続くS160では、相関解析部432は、畳み込み演算の演算結果である時間軸相関に基づいて回り込み波用遅延プロファイルを作成する。以下では、S160にて畳み込み演算時間To毎に生成される回り込み波用遅延プロファイルを生成プロファイルとし、既に記憶されている回り込み波用遅延プロファイルを既存プロファイルという。
【0058】
続くS170では、相関解析部432は、遅延時間DLが生成プロファイルと一致する既存プロファイルが存在するか否かを判定する。相関解析部432は、一致する既存プロファイルが存在しないと判定した場合、処理をS180に移行し、一致する既存プロファイルが存在すると判定した場合、処理をS190に移行する。
【0059】
S180では、相関解析部432は、生成プロファイルを追加でメモリに記憶させて、処理をS120に戻す。
S190では、相関解析部432は、一致する既存プロファイルについて記憶されている信号強度Aと位相θに、生成プロファイルの信号強度Aと位相θを加えることで既存プロファイルの内容を更新して、処理をS120に戻す。
【0060】
相関解析部432での処理の結果、回り込み波探査期間Tr~Tr+ΔTrにおいて畳み込み演算時間To毎に遅延プロファイルが生成され、回り込み波用遅延プロファイルを記憶するメモリには、図6に示すように、遅延時間DLの異なる複数の回り込み波用遅延プロファイルが蓄積される。回り込み波用遅延プロファイルは、受信アンテナ2にて受信される回り込み波U0~Unの状態を表す情報である。
【0061】
図2に戻り、適応フィルタ433は、相関解析部432にて生成されメモリに記憶された回り込み波用遅延プロファイルのそれぞれに基づき、レプリカIQ信号を生成する。レプリカIQ信号は、回り込み波用遅延プロファイルに示された遅延時間DL、信号強度A、位相θに基づき、送信IQ信号を遅延時間DLだけ遅延させ、信号強度Aに基づいて振幅を調整し、位相θに基づいて位相を調整した信号である。レプリカIQ信号は、レプリカI信号、及びレプリカI信号とは位相が90°異なるレプリカQ信号の総称である。以下、適応フィルタ433で生成されるレプリカIQ信号を、回り込み波用レプリカIQ信号という。適応フィルタ433は、回り込み波用遅延プロファイルの数と同数の回り込み波用レプリカIQ信号を生成する。
【0062】
減算器434は、受信部3から供給される受信IQ信号から、適応フィルタ433にて生成された回り込み波用レプリカIQ信号を減じた結果を、マルチパス波除去部44に供給する。
【0063】
[1-3-4.マルチパス波除去部]
マルチパス波除去部44は、親局波抽出部441と、相関解析部442と、適応フィルタ443と、減算器444とを備える。
【0064】
親局波抽出部441は、当該マルチパス波除去部44が出力する(すなわち、信号再生部41に入力される)受信IQ信号から、親局からの直達波である親局波を抽出する。親局波の抽出には、干渉を受けていないFM変調波は振幅が一定となり、干渉を受けているFM変調波は振幅が変動するという特性を利用する。つまり、一定振幅の信号が親局波に基づく信号(以下、親局信号)であると推定する。
【0065】
相関解析部442は、マルチパス探査期間に当該マルチパス波除去部44から出力される受信IQ信号と、親局波抽出部441にて抽出された親局信号との時間軸相関を算出する。マルチパス波探査期間は、図6に示すように、親局信号に対する遅延時間が0~Trとなる期間である。
【0066】
相関解析部442は、具体的には、畳み込み演算時間To毎に受信IQ信号及び親局信号を切り取る。そして、マルチパス波探査期間0~Trにおいて、サンプリング周期Tsの時間ずつ、親局信号を順次遅延させながら、畳み込み演算時間To分の受信IQ信号と親局信号の複素共役信号を乗算して畳み込み演算を行う。
【0067】
相関解析部442は、畳み込み演算の結果である時間軸相関に基づき、相関解析部432での処理と同様に、遅延プロファイルを作成して記憶する。以下、相関解析部442にて生成される遅延プロファイルを、マルチパス波用遅延プロファイルという。
【0068】
相関解析部442での処理の流れは、図5に示すフローチャートを用いて説明した相関解析部432での処理の流れと同様である。処理の説明において、「回り込み波」は「マルチパス波」に読み替え、「送信IQ信号」は「親局信号」に読み替える。
【0069】
相関解析部442での処理の結果、マルチパス波探査期間内において畳み込み演算時間To毎にマルチパス波用遅延プロファイルが生成され、マルチパス波用遅延プロファイルを記憶するメモリには、図6に示すように、遅延時間DLの異なる複数のマルチパス波用遅延プロファイルが蓄積される。マルチパス波用遅延プロファイルは、受信アンテナ2にて受信されるマルチパス波M0~Mmの状態を表す情報である。
【0070】
図2に戻り、適応フィルタ443は、相関解析部442にて生成されメモリに記憶されたマルチパス波用遅延プロファイルのそれぞれに基づき、レプリカIQ信号を生成する。レプリカIQ信号は、マルチパス波用遅延プロファイルに示された遅延時間DL、信号強度A、位相θに基づき、親局信号を遅延時間DLだけ遅延させ、信号強度Aに基づいて振幅を調整し、位相θに基づいて位相を調整した信号である。以下、適応フィルタ443で生成されるレプリカIQ信号を、マルチパス波用レプリカIQ信号という。適応フィルタ443は、マルチパス波用遅延プロファイルの数と同数のマルチパス波用レプリカIQ信号を生成する。
【0071】
減算器444は、回り込み波除去部43から供給される受信IQ信号から、適応フィルタ443にて生成されたマルチパス波用レプリカIQ信号を減じた結果を、信号再生部41に供給する。
【0072】
[1-4.動作]
システムの動作について説明する。
FM中継装置1の起動直後では、中継処理部4で再生される送信IQ信号は、最低強度で出力される。これにより、受信アンテナ2で受信される回り込み波U0~Unの強度が十分に小さくなるため、回り込み波U0~Unによる発振が抑制される。
【0073】
回り込み波除去部43において、相関解析部432は、処理を行う時点で、受信IQ信号に含まれる最も強度が強い回り込み波Ui(i=0,1,…,n)についての遅延プロファイル(すなわち、回り込み波用遅延プロファイル)を生成する。従って、最初は、直達波U0についての回り込み波用遅延プロファイルが生成されて、メモリに記憶される。適応フィルタ433は、メモリに記憶された回り込み波用遅延プロファイルに従って直達波U0についての回り込み波用レプリカIQ信号を生成する。減算器434が、回り込み波用レプリカIQ信号を受信IQ信号から減じることで、直達波U0に基づく信号成分が受信IQ信号から除去される。
【0074】
引き続き、回り込み波除去部43では、直達波U0の影響が除去された受信IQ信号について、同様の処理が行われることにより、直達波U0を除いて最大強度となる反射波U1についての回り込み波用遅延プロファイルが新たに生成され、メモリに記憶された回り込み波用遅延プロファイルの内容が更新される。適応フィルタ433は、メモリに記憶された回り込み波用遅延プロファイルに従って、直達波U0,反射波U1についての回り込み波用レプリカIQ信号を生成する。減算器434が、回り込み波用レプリカIQ信号を受信IQ信号から減じることで、直達波U0及び反射波U1に基づく信号成分が受信IQ信号から除去される。
【0075】
以下、同様の処理を繰り返すことで、回り込み波U0~Unに基づく信号成分が受信強度の大きい順に、受信IQ信号から順次除去される。また、起動時等には、前述した回り込み波U0~Unを除去する処理の進捗に伴い、送信IQ信号(ひいては、中継波Dr)の出力レベルが徐々に大きくなる。
【0076】
マルチパス波除去部44において相関解析部442は、処理を行う時点で、受信IQ信号に含まれる最も強度が強いマルチパス波Mj(j=0,1,…,m)についての遅延プロファイル(すなわち、マルチパス波用遅延プロファイル)を生成して、順次、メモリに記憶する。つまり、最初は、マルチパス波M0についてのマルチパス波用遅延プロファイルが生成される。適応フィルタ443は、メモリに記憶されたマルチパス波用遅延プロファイルに従って、マルチパス波M0についてのマルチパス波用レプリカIQ信号を生成する。減算器444が、マルチパス波用レプリカIQ信号を受信IQ信号から減じることで、マルチパス波M0に基づく信号成分が受信IQ信号から除去される。
【0077】
引き続き、マルチパス波除去部44では、マルチパス波M0の影響が除去された受信IQ信号について、同様の処理が行われる。つまり、マルチパス波M0を除いて最大強度となるマルチパス波M1についてのマルチパス波用遅延プロファイルが新たに生成され、メモリに記憶されたマルチパス波用遅延プロファイルの内容が更新される。適応フィルタ443は、メモリに記憶されたマルチパス波用遅延プロファイルに従って、マルチパス波M0,M1についてのマルチパス波用レプリカIQ信号を生成する。減算器444が、マルチパス波用レプリカIQ信号を受信IQ信号から減じることで、マルチパス波M0,M1に基づく信号成分が受信IQ信号から除去される。
【0078】
以下、同様の処理を繰り返すことで、マルチパス波M0~Mmに基づく信号成分が受信強度の大きい順に、受信IQ信号から順次除去される。
[1-5.用語の対応]
本実施形態において、相関解析部432が第1プロファイル生成部に相当し、適応フィルタ433及び減算器434が第1抑制部に相当し、相関解析部442が第2プロファイル生成部に相当し、適応フィルタ443及び減算器444が第2抑制部に相当する。FM変調部414において出力レベルを調整する機能を実現するための構成が出力調整部に相当し、S140での処理が再設定処理に相当する。回り込み波用遅延プロファイルが第1遅延プロファイルに相当し、回り込み波用レプリカ信号が第1レプリカ信号に相当する。マルチパス波探査期間がマルチパス波探査期間に相当し、マルチパス波用遅延プロファイルが第2遅延プロファイルに相当し、マルチパス波用レプリカ信号が第2レプリカ信号に相当する。
[1-6.効果]
以上詳述した実施形態によれば、以下の効果を奏する。
【0079】
(1a)FM中継装置1では、親局波Dを受信してから再送遅延時間Trが経過するまでの期間をマルチパス波探索期間とし、中継波Drを送信してから所定時間ΔTrが経過するまでの期間を回り込み波探索期間として、マルチパス波M0~Mmと、回り込み波U0~Unとを区別して抽出する。したがって、マルチパス波及び回り込み波を、いずれも的確に抽出できる。
【0080】
すなわち、FM放送波は、音声信号の変化を中心周波数からの周波数偏移に変換して伝送するアナログ変調信号であり、地上デジタル放送波とは異なり、回り込み波Uを推定するための情報は重畳されていない。FM中継装置1では、回り込み波U及びマルチパス波Mを、期間を区切って探査することで、FM放送波に特別な信号を重畳することなく、親局波Dと同一周波数の回り込み波U及びマルチパス波Mの推定を可能としている。
【0081】
(1b)FM中継装置1では、回り込み波U0~Unに基づく信号成分を受信IQ信号から除去するために用いる回り込み波用レプリカIQ信号を、中継波Drの生成に用いる送信IQ信号、即ち、回り込み波U0~Unの元となる信号から生成する。このため、FM中継装置1によれば、発振の原因となる回り込み波U0~Unに基づく成分を的確に抑制できる。
【0082】
(1c)FM中継装置1では、マルチパス波M0~Mmに基づく信号成分を受信IQ信号から除去するために用いるマルチパス波用レプリカIQ信号を、受信IQ信号から抽出された親局信号、すなわち、マルチパス波M0~Mmの元となる信号から生成する。このため、FM中継装置1によれば、マルチパス波M0~Mmに基づく成分を的確に抑制できる。
【0083】
(1d)FM中継装置1において、回り込み波除去部43及びマルチパス波除去部44は、いずれも処理の時点で受信IQ信号に含まれる受信強度が最も大きい1つの回り込み波U及びマルチパス波Mについての遅延プロファイルを生成する。従って、処理を繰り返す毎に、回り込み波U及びマルチパス波Mの影響は、いずれも信号強度の大きい順に抑制される。このため、適応フィルタ433,443で生成可能なレプリカIQ信号の最大数を超えない限り、任意の数の回り込み波U及びマルチパス波Mに対処できる。
【0084】
(1e)FM中継装置1では、起動時及び発振検知時には、中継波Drの出力レベルを最小レベルに設定し、時間の経過(すなわち、回り込み波U0~Unを除去する処理の進捗)に伴って、出力レベルを徐々に増大させる。このため、FM中継装置1によれば、図7に示すように、回り込み波U0~Unの元となる中継波Drの最終的な出力信号が、親局波Dより大きいレベルで受信アンテナ2に回り込んでも、回り込み発振の発生を抑制できる。なお、回り込み波U0~Unを除去する処理の進捗は、時間の経過によって判定する以外に、遅延プロファイルの生成状況等によって判定してもよい。
【0085】
(1f)FM中継装置1では、無音状態の検知時には、遅延プロファイルの更新を停止する。したがって、無音状態の影響で遅延プロファイルの精度、ひいてはレプリカIQ信号による回り込み波U及びマルチパス波Mの抑制精度が低下することを抑制できる。
【0086】
(1g)FM中継装置1では、受信信号をヒルベルト変換することで生成される受信IQ信号から、レプリカIQ信号を減じること、すなわち、アナログ的な波形レベルで回り込み波U及びマルチパス波Mの影響を抑制する処理を行う。このため、FM中継装置1によれば、回り込み波U及びマルチパス波Mが有する遅延時間DLに関する情報と、強度A及び位相θに関する情報とを、別個に分離することなく同時に処理できるため、装置構成を簡略化できる。
【0087】
[2.第2実施形態]
[2-1.第1実施形態との相違点]
第2実施形態は、基本的な構成は第1実施形態と同様であるため、相違点について以下に説明する。なお、第1実施形態と同じ符号は、同一の構成を示すものであって、先行する説明を参照する。
【0088】
前述した第1実施形態では、1つの受信アンテナ2で受信される信号に基づいて処理を実行する。これに対し、第2実施形態では、2つの受信アンテナ2A,2Bで受信される信号に基づいて処理を実行する点で、第1実施形態と相違する。
【0089】
[2-2.構成]
図8に示すように、第2実施形態のFM中継装置1Aは、二つの受信アンテナ2A,2Bと、二つの受信部3A,3Bと、中継処理部4Aと、送信部5と、パワーアンプ6と、送信アンテナ7と、を備える。
【0090】
受信アンテナ2A,2Bは、理想的には、親局波Dが同相で受信され、かつ、回り込み波U0が逆相(すなわち、180°の位相差)で受信されるように配置される。実際には、受信アンテナ2A,2Bでそれぞれ受信される親局波Dと回り込み波U0の位相差は、正確に逆相である必要はなく、回り込み波U0を逆位相、かつ同レベルで合成したとき、親局波Dが残るように設定されていればよい。つまり、受信アンテナ2A,2Bは、後述する信号合成部40で生成される信号に、親局波Dに基づく信号成分である親局波成分が、信号再生部41での処理に必要な信号強度で含まれるように配置される。
【0091】
具体的には、受信アンテナ2A,2Bは、(1)(2)式のうち、少なくとも一方を満たすように配置されていればよい。但し、受信アンテナ2A,2Bで受信される親局波Dの位相差をΔθp、レベル差をΔPp、回り込み波U0の位相差をΔθr、レベル差をΔPrとする。また、THθ,THPは、信号再生部41での処理に必要な信号強度に応じて設定される下限閾値であり、例えば、THθ=10°、THP=3dBに設定される。
【0092】
|Δθp-Δθr|≧THθ (1)
ΔPp-ΔPr≧THP (2)
受信アンテナ2A,2Bは、無指向性アンテナでも指向性アンテナでもよい。親局波Dは、FM変調波であり、その中心周波数をfcとする。
【0093】
受信部3Aは、受信アンテナ2Aに接続され、受信部3Bは、受信アンテナ2Bに接続される。
受信部3A,3Bは、いずれも第1実施形態の受信部3と同様に構成される。なお、ローカル信号生成器32は、受信部3A,3Bで共通の構成とされてもよい。
【0094】
以下では、受信部3Aにて生成されるI信号及びQ信号を総称して、第1受信IQ信号と呼び、受信部3Bにて生成されるI信号及びQ信号を総称して、第2受信IQ信号と呼ぶ。
【0095】
中継処理部4Aは、受信部3A,3Bにて生成された第1受信IQ信号と第2受信IQ信号とを合成した合成IQ信号をFM復調し、再度、FM変調することで一定の振幅となるI信号及びQ信号を再生する。以下では、中継処理部4Aで再生されるI信号及びQ信号を総称して、送信IQ信号という。
【0096】
送信部5、パワーアンプ6、送信アンテナ7は、第1実施形態の場合と同様である。
[2-3.中継処理部]
中継処理部4Aは、信号合成部40と、信号再生部41と、発振検知部42と、回り込み波除去部43と、マルチパス波除去部44と、無音検知部45とを備える。
【0097】
中継処理部4Aの機能は、中継処理部4の機能と同様に、全てハードウェアによって実現されてもよいし、少なくとも一部が、プロセッサ及び非遷移的実体的記録媒体であるメモリを有するマイクロコンピュータが実行する処理によって実現されてもよい。
【0098】
なお、中継処理部4Aにおいて、信号合成部40以外の構成は、第1実施形態の中継処理部4と同様である。
[2-3-1.信号合成部]
信号合成部40は、干渉波逆相合成部401と、合成誤差解析部402と、差分検出部403と、係数調整部404とを備える。
【0099】
図9に示すように、干渉波逆相合成部401は、信号調整器81と、加算器82とを備える。信号調整器81は、係数調整部404によって設定される合成係数(φ,A)に従って、第2受信IQ信号の位相及び信号強度を調整する。φは位相調整量であり、Aはレベル調整量である。ここで、第1受信IQ信号に含まれる最大の回り込み波U0をUA0とし、第2受信IQ信号に含まれる最大の回り込み波U0をUB0とする。係数調整部404により、信号調整器81の位相調整量φは、回り込み波UB0の位相が、回り込み波UA0とは逆相となるように設定される。また、信号調整器81のレベル調整量Aは、回り込み波UB0の信号強度が、回り込み波UA0の信号強度と一致するように設定される。ここでは、レベル調整量Aとして、回り込み波UA0の信号強度を回り込み波UB0の信号強度で除した値をデシベルで表したものが用いられる。
【0100】
加算器82は、信号調整器81で、位相及び信号強度が調整された第2受信IQ信号と、第1受信IQ信号とを加算することで合成IQ信号を生成する。これにより、回り込み波UA0,UB0が打消し合い、親局波DA,DBが同相に近い状態で合成された合成IQ信号が生成される。つまり、回り込み波UA0,UB0が干渉波成分に相当し、親局波DA,DBが放送波成分に相当する。
【0101】
合成誤差解析部402は、合成IQ信号の信号品質を検出する品質検出器930を有する。信号品質は、例えば、エラー量を用いることができる。エラー量は、FM変調信号の場合、単位時間当たりの振幅のばらつき(例えば、分散値)で表すことができる。
【0102】
合成誤差解析部402は、更に、5個の処理ブロックB1~B5を有する。各処理ブロックBi(但し、i=1~5)は、信号調整器91iと、加算器92iと、品質検出器93iとを有する。
【0103】
信号調整器91iは、信号調整器81と同様に構成され、加算器92iは、加算器82と同様に構成され、品質検出器93iは、品質検出器930と同様に構成される。但し、係数調整部404によって信号調整器911~915に設定される合成係数がそれぞれ異なっている。
【0104】
具体的には、信号調整器81に設定される合成係数(φ,A)に基づいて、信号調整器911には、合成係数(φ,A-dA)が設定される。信号調整器912には、合成係数(φ,A+dA)が設定される。信号調整器913には、合成係数(φ-dφ,A)が設定される。信号調整器914には、合成係数(φ+dφ,A)が設定される。信号調整器915には、合成係数(φs,A)が設定される。但し、dAは微少な強度偏移量を表し、dφは微少な位相偏移量を表す。φsは、位相調整量を360°スキャンすることを意味する。
【0105】
各処理ブロックBiは、信号調整器91iに設定された合成係数に従って、位相及び信号強度が調整された第2受信IQ信号と、第1受信IQ信号とを加算することで制御用合成信号を生成し、生成された制御用合成信号の信号品質を検出する。
【0106】
つまり、合成誤差解析部402は、6種類の合成信号(すなわち、合成IQ信号、及び5種類の制御用合成信号)のそれぞれについて、信号品質を検出して、係数調整部404に供給する。
【0107】
差分検出部403は、第1受信IQ信号及び第2受信IQ信号のそれぞれについて、予め設定された計測時間毎に、位相差の平均値及びレベル差の平均値を算出し、係数調整部404に供給する。計測時間は、例えば、10ms(100Hzの逆数)が用いられるが、これに限定されるものではない。
【0108】
係数調整部404は、品質検出器930及び処理ブロックB1~B4にて検出された信号品質の検出結果に基づいて、信号品質を指標として、信号品質が最も良くなる(すなわち、エラー量が最小となる)ように、合成係数(φ,A)を生成する。
【0109】
ここで、合成係数が(φ,A-dA)、(φ,A)、(φ,A+dA)であるとき、すなわち、位相調整量φを固定してレベル調整量Aを微小に変化させたときの信号品質の検出結果の一例を、図10の上段に示す。また、合成係数が(φ-dφ,A)、(φ,A)、(φ+dφ,A)であるとき、すなわち、レベル調整量Aを固定して位相調整量φを微少に変化させたときの信号品質の検出結果の一例を、図10の下段に示す。これら二つのグラフを参照し、現在の合成係数(φ,A)に対して、マイナス側に変化させた合成係数(φ,A-dA)、(φ-dφ,A)の信号品質が良好(すなわち、エラー量が小)であれば、調整量φ,Aをマイナス側に微調整する。現在の合成係数(φ,A)に対して、プラス側に変化させた合成係数(φ,A+dA)、(φ+dφ,A)の信号品質が良好であれば、調整量φ,Aをプラス側に微調整する。位相調整量φの微調整量Δφ、及びレベル調整量Aの微調整量ΔAは、固定値であってもよいし、マイナス側の信号品質とプラス側の信号品質との差又は比に応じて設定される可変値であってもよい。そして、合成係数(φ,A-d1)及び(φ,A+dA)での信号品質が等しくなり、かつ、合成係数(φ-dφ,A)及び(φ+dφ,A)での信号品質が等しくなるように微調整を繰り返すことで、信号品質が最も良好となる合成係数(φ,A)が得られる。
【0110】
但し、係数調整部404は、受信アンテナ2A,2Bで受信される回り込み波Uの受信強度が親局波Dの受信強度より高くなる、いわゆるマイナスD/Uとなっている場合は、差分検出部403で検出された位相差φAV及び強度差AAVを利用して、(3)(4)式を満たすように、合成係数(φ,A)を設定する。
【0111】
φAV+φ=180° (3)
AV+A=0dB (4)
位相差φAVは、第1受信IQ信号の位相の平均値から、第2受信IQ信号の位相の平均値を減算した結果である。強度差AAVは、第1受信IQ信号の強度の平均値を、第2受信IQ信号の強度の平均値で除した結果であり、単位はデシベルである。
【0112】
すなわち、マイナスD/Uの場合は、差分検出部403では、レベルが最も大きい回り込み波U0についての位相差φAV及び強度差AAVが検出されるため、この値を、合成係数(φ,A)として用いてもよい。
【0113】
受信アンテナ2A,2Bの配置により、信号合成部40に入力される、第1受信IQ信号に含まれる親局波成分DAと、第2受信IQ信号に含まれる親局波成分DBとは、図11に示すように、略同位相となる。また、第1受信IQ信号に含まれる回り込み波成分UAと、第2受信IQ信号に含まれる回り込み波成分UBとは、180°に近い位相差を有するのが望ましいが、親局波成分の位相差と異なればよい。信号合成部40では、回り込み波成分UA,UBが、逆位相、且つ同じ信号強度となるように合成係数(φ,A)で調整された第2受信IQ信号と、第1受信IQ信号とが加算合成される。その結果、合成された回り込み波成分UA,UBは互いに打消し合い、親局波成分UA,UBは、元からの位相ずれ量に位相調整量φだけ加わった位相差を有した状態で合成される。
【0114】
係数調整部404は、処理ブロックB5での検出結果、すなわち、合成係数(φs,A)で合成された制御用合成信号の信号品質の検出結果に基づいて、図12に示すような、位相合成パターングラフを生成する。位相合成パターングラフは、親局波Dの位相を0°として、合成時に加える位相調整量を0~360°変化させたときに各位相で検出される回り込み波U0の信号強度を表したものである。位相合成パターングラフの凹みに対応する位相が、親局波Dに対する回り込み波U0の位相差を表す。つまり、係数調整部404は、この位相差を有する信号(すなわち、回り込み波U0)の到来方向にアンテナ合成ヌルを形成することで、回り込み波U0を除去する。従って、合成係数の初期値は、位相合成パターンフラフから読みとられる位相差を用いて設定されてもよい。
【0115】
[2-4.動作]
システムの動作について説明する。
FM中継装置1Aの起動直後では、中継処理部4で再生される送信IQ信号は、最低強度で出力される。これにより、受信アンテナ2A,2Bで受信される回り込み波U0~Unの強度が十分に小さくなるため、回り込み波U0~Unによる発振が抑制される。
【0116】
信号合成部40は、受信アンテナ2A,2Bで受信される回り込み波U0が逆相となり、信号強度が等しくなるように、第1受信IQ信号と第2受信IQ信号との間の位相差及びレベル差を調整して合成する。このため、図13に示すように、合成IQ信号では、最大の回り込み波U0が抑圧される。
【0117】
回り込み波除去部43は、信号合成部40にて除去することができない回り込み波U1~Unを、受信強度の大きい順に、遅延プロファイルを用いて除去する。仮に、信号合成部40にて、回り込み波U0の抑圧が不十分であった場合には、合成IQ信号において、抑圧された回り込み波U0の強度が最大強度となった時点で遅延プロファイルが生成される。このため、信号合成部40で除去し切れずに残った回り込み波U0も合成IQ信号から除去される。
【0118】
マルチパス波除去部44は、マルチパス波M0~Mmを、受信強度の大きい順に、遅延プロファイルを用いて除去する。
また、起動時等には、前述した回り込み波U0~Unを除去する処理の進捗に伴い、送信IQ信号(ひいては、中継波Dr)の出力レベルが徐々に大きくなる。
【0119】
[2-5.用語の対応]
本実施形態において、合成誤差解析部402及び係数調整部404が係数設定部に相当する。
【0120】
[2-6.効果]
以上詳述した第2実施形態によれば、前述した第1実施形態の効果(1a)~(1g)を奏し、さらに、以下の効果を奏する。
【0121】
(2a)FM中継装置1Aでは、最大強度の干渉波(例えば、回り込み波U0)を、二つの受信アンテナ2A,2Bから得られる信号の合成によって除去するため、回り込み波Uの全体レベルを速やかに低下させることができる。その結果、回り込み波Uによる発振が抑制され、動作の安定性を向上させることができる。
【0122】
(2b)FM中継装置1Aでは、信号合成部40は、二つの受信アンテナ2A,2Bから得られる信号を合成することで、干渉波を除去するため、最大強度の干渉波が、中継波Drとは異なる波形を有する場合でも、この干渉波を有効に除去できる。例えば、同一チャンネルで異種プログラム放送が混信する場合においても、アンテナの合成によって異種プログラム放送の位相差が逆位相になるように制御され、混信を除去できる。この場合、最大強度の回り込み波U0は、遅延プロファイルを用いた処理で除去される。
【0123】
(2c)FM中継装置1Aでは、最大強度の干渉波が抑圧された合成IQ信号に対して遅延プロファイルを用いた回り込み波Uの除去を行うため、回り込み波除去部43が扱う信号強度のレンジを狭めることができ、回り込み波除去部43の構成を簡略化できる。
【0124】
[3.他の実施形態]
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は前述の実施形態に限定されることなく、種々変形して実施することができる。
【0125】
(3a)本開示では、メモリに記憶される遅延プロファイルは、FM中継装置1,1Aの起動時に初期化(すなわち、S110)され、発振検知時に再設定(すなわち、S140)される。そして、初期化及び再設定時には、記憶内容をゼロクリアするように構成されているが、本開示は、これに限定されるものではない。例えば、メモリに、遅延プロファイルの更新履歴を記憶させ、相関解析部432,442は、発振検知時に、遅延プロファイルが記憶されたメモリの記憶内容をゼロクリアする代わりに、更新履歴に基づいて、遅延プロファイルの内容を発振検知前の状態に戻してもよい。このような構成によれば、発振検知後、回り込み波U0~Unの影響が十分に抑制された状態に、速やかに復帰させることができる。
【0126】
(3b)本開示では、起動時及び発振検知時における中継波Drの出力レベルの制御を、FM変調部414で行っているが、増幅器55や、パワーアンプ6の増幅率を変化させることで行ってもよいし、別途設けた減衰器によって行ってもよい。
【0127】
(3c)本開示では、FM中継装置1,1Aを、SFNを用いるFM同期放送システムにおいて放送エリアを拡張する場合について例示したが、これに限定されるものではなく、FM同期放送ではない通常のFM放送システムにおいて放送エリアを拡張する場合に適用してもよい。
【0128】
(3d)FM中継装置1,1Aは、受信IQ信号(FM中継装置1Aの場合は、第1受信IQ信号、第2受信IQ信号、及び合成IQ信号のうち少なくとも一つ)の状態や、合成誤差解析部402による信号品質の検出結果(FM中継装置1Aの場合のみ)を表示するための構成を備えてもよい。具体的には、FM中継装置1,1Aは、受信IQ信号を複素平面上にプロットした画像、信号品質をグラフ化した画像(FM中継装置1Aの場合のみ)を表す画像信号を生成する画像信号生成部と、画像信号を出力する画像出力端子とを備えてもよい。更に、画像出力端子に接続される表示装置や、画像信号を外部の表示装置(例えば、携帯電話等)に送信する無線通信器等を備えてもよい。
【0129】
受信IQ信号を複素平面上にプロットした画像は、図14に示すように、回り込み波やマルチパス波あるいは異種プログラム混信波による干渉がない場合と、干渉がある場合とで、異なる画像が得られるため、干渉の有無を視覚的に確認できる。信号品質をグラフ化した画像(例えば、図10及び図12を参照)は、例えば、合成係数を(φ=180°,A=1)に固定して表示させることで、受信アンテナ2A,2Bの設置時に状態を確認しながら作業を進めることができる。
【0130】
(3e)FM中継装置1,1Aでは、親局波Dに用いる受信IQ信号と、中継波Dr(ひいては、送信IQ信号)とで、搬送波の中心周波数が同一に設定されているが、本開示はこれに限定されるものではない。例えば、中継波Drの搬送波の中心周波数を、親局波Dの搬送波の中心周波数から、オフセット周波数Δfoだけ異ならせてもよい。この場合、オフセット周波数Δfoは、FM放送波において許容される中心周波数偏差(20ppm)の範囲内で設定され、例えば、100Hz(搬送波信号の周波数が80MHzなら1.25ppm)程度に設定されてもよい。
【0131】
また、この場合、受信IQ信号又は合成IQ信号と、送信IQ信号との時間軸相関を算出する際に、畳み込み演算を行う区間の長さを、オフセット周波数Δfoの逆数であるオフセット時間Toに設定してもよい。これにより、受信IQ信号又は合成IQ信号に含まれる親局波Dに基づく信号成分は、送信IQ信号との相関が弱くなり、相関解析部432での計算上では一種のノイズとして検出される。従って、親局波Dに基づく信号成分が、回り込み波Uの検出において妨害となることを抑制できる。つまり、中継波Drと親局波Dとで搬送波の中心周波数をオフセット周波数Δfoだけ異ならせることで、FM放送波に特別な信号を重畳することなく回り込み波の推定を可能としてもよい。
【0132】
(3f)上記実施形態における1つの構成要素が有する複数の機能を、複数の構成要素によって実現したり、1つの構成要素が有する1つの機能を、複数の構成要素によって実現したりしてもよい。また、複数の構成要素が有する複数の機能を、1つの構成要素によって実現したり、複数の構成要素によって実現される1つの機能を、1つの構成要素によって実現したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加又は置換してもよい。
【0133】
(3g)前述したFM中継装置1,1Aの他、当該FM中継装置1,1Aとしてコンピュータを機能させるためのプログラム、このプログラムを記録した半導体メモリ等の非遷移的実態的記録媒体、遅延プロファイル生成方法など、様々な形態で本開示を実現することもできる。
【符号の説明】
【0134】
1,1A…FM中継装置、2,2A,2B…受信アンテナ、3,3A,3B…受信部、4,4A…中継処理部、5…送信部、6…パワーアンプ、7…送信アンテナ、40…信号合成部、41…信号再生部、42…発振検知部、43…回り込み波除去部、44…マルチパス波除去部、45…無音検知部、401…干渉波逆相合成部、402…合成誤差解析部、403…差分検出部、404…係数調整部、431…帯域制限フィルタ、432,442…相関解析部、433,443…適応フィルタ、434,444…減算器、441…親局波抽出部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14