(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022137697
(43)【公開日】2022-09-22
(54)【発明の名称】高強度ボルト
(51)【国際特許分類】
C23C 28/00 20060101AFI20220914BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20220914BHJP
F16B 31/02 20060101ALI20220914BHJP
F16B 35/00 20060101ALI20220914BHJP
F16B 33/06 20060101ALI20220914BHJP
C22C 38/34 20060101ALI20220914BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20220914BHJP
【FI】
C23C28/00 C
C22C38/00 301Z
F16B31/02 E
F16B35/00 J
F16B33/06 A
F16B33/06 Z
C22C38/34
C21D9/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021037316
(22)【出願日】2021-03-09
(71)【出願人】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000144485
【氏名又は名称】株式会社サンノハシ
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】八田国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】小林 大介
(72)【発明者】
【氏名】浜田 孝浩
(72)【発明者】
【氏名】本間 友範
(72)【発明者】
【氏名】畠山 祐樹
【テーマコード(参考)】
4K042
4K044
【Fターム(参考)】
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA04
4K042BA06
4K042CA06
4K042CA08
4K042DA01
4K042DA02
4K042DC02
4K044AA02
4K044AB05
4K044BA10
4K044BA17
4K044BA21
4K044BB03
4K044BC02
4K044CA16
4K044CA18
4K044CA53
(57)【要約】
【課題】耐食性および疲労強度に優れた高強度ボルトを提供する。
【解決手段】引張強度が1500MPa以上である高強度ボルトにおいて、前記ボルトは、C:0.50~0.65質量%、Si:1.5~2.5質量%、Cr:1.0~1.6質量%、Mn:0.4質量%以下、およびMo:1.5~2.2質量%を含むボルト用鋼を用いてなり、前記ボルトの表面粗さRaが、0.48μm以下であり、前記ボルトの表面に、化成被膜、めっき被膜、または塗装被膜から選択される表面処理膜を有することを特徴とする、高強度ボルトである。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強度が1500MPa以上である高強度ボルトにおいて、
前記ボルトは、C:0.50~0.65質量%、Si:1.5~2.5質量%、Cr:1.0~1.6質量%、Mn:0.4質量%以下、およびMo:1.5~2.2質量%を含むボルト用鋼を用いてなり、
前記ボルトの表面粗さRaが、0.48μm以下であり、
前記ボルトの表面に、化成被膜、めっき被膜、または塗装被膜から選択される表面処理膜を有することを特徴とする、高強度ボルト。
【請求項2】
前記表面処理膜は、リン酸亜鉛被膜、リン酸マンガン被膜、亜鉛めっき被膜、または亜鉛アルミニウム複合被膜である、請求項1に記載の高強度ボルト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度ボルトに関する。より詳細には、耐食性および疲労強度に優れた高強度ボルトに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、ボルト用鋼としては、合金鋼(SCM435、SCM440など)が使用されているが、高強度で使用する場合には、ボルトを製造する工程において、焼入れや焼戻しなどの熱処理が必要である。ところが、熱処理を含む工程により得られた高強度ボルトは、遅れ破壊が生じやすくなるという問題がある。ボルトが高強度になればなるほど遅れ破壊が生じやすくなることから、自動車などの部材に使うボルトについては、引張強度が1200MPaを下回るものとすることが一般的である。
【0003】
一方、最近の自動車用エンジンでは、高性能化のために燃焼圧が高くなっているため、コンロッドなどの部品を締結するボルトに高い軸力が求められており、さらにはエンジンの軽量・コンパクト化のためにボルトの細径化が求められている。そのため、引張強度が1200MPa以上の高強度ボルトの採用・開発が進められており、例えば特許文献1には、ボルト用鋼の成分を特定することによって、耐遅れ破壊性に優れた高強度ボルトを得る技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載された高強度ボルトを用いても、さらなる高出力化が求められる高出力エンジンに適用する際の要求性能である耐食性および疲労強度について改善が求められる。例えば、コンロッド機構や複リンク機構を有するレシプロエンジンなどに用いられる締結ボルトにおいては、これまで以上に高強度であって、かつ耐食性および疲労強度に優れた高強度ボルトが求められている。
【0006】
そこで本発明は、耐食性および疲労強度に優れた高強度ボルトを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた。その結果、所定の成分を有するボルト用鋼を用いた高強度ボルトにおいて、ボルトの表面粗さを特定の範囲の値に制御し、ボルトの表面に特定の表面処理を行うことで、上記目的が達成されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち本発明は、引張強度が1500MPa以上である高強度ボルトにおいて、前記ボルトは、C:0.50~0.65質量%、Si:1.5~2.5質量%、Cr:1.0~1.6質量%、Mn:0.4質量%以下、およびMo:1.5~2.2質量%を含むボルト用鋼を用いてなり、前記ボルトの表面粗さRaが、0.48μm以下であり、前記ボルトの表面に、化成被膜、めっき被膜、または塗装被膜から選択される表面処理膜を有することを特徴とする、高強度ボルトである。
【発明の効果】
【0009】
本発明の高強度ボルトによれば、所定の組成を有するボルト用鋼を用いることにより優れた引張強度を与える。また、表面粗さを制御することにより、表面粗さが切欠きとして疲労強度に影響を及ぼしやすい高強度ボルトにおいても優れた疲労強度を達成できる。また、所定の表面処理膜を形成することで耐食性が向上しうる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態に係る高強度ボルトについて説明する。
【0011】
[高強度ボルト]
本発明の一実施形態は、引張強度が1500MPa以上である高強度ボルトにおいて、前記ボルトは、C:0.50~0.65質量%、Si:1.5~2.5質量%、Cr:1.0~1.6質量%、Mn:0.4質量%以下、およびMo:1.5~2.2質量%を含むボルト用鋼を用いてなり、前記ボルトの表面粗さRaが、0.48μm以下であり、前記ボルトの表面に、化成被膜、めっき被膜、または塗装被膜から選択される表面処理膜を有することを特徴とする、高強度ボルトである。
【0012】
(ボルト用鋼)
本発明の一実施形態に係る高強度ボルトは、C:0.50~0.65質量%、Si:1.5~2.5質量%、Cr:1.0~1.6質量%、Mn:0.4質量%以下、およびMo:1.5~2.2質量%を含むボルト用鋼を用いてなるものである。
【0013】
好ましくは、前記ボルト用鋼は、C:0.50~0.65質量%、Si:1.5~2.5質量%、Cr:1.0~1.6質量%、Mn:0.4質量%以下、およびMo:1.5~2.2質量%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物からなる。
【0014】
(炭素(C):0.50~0.65質量%)
炭素の含有量が0.50質量%未満である場合には、十分な焼き戻し軟化抵抗が得られず、後述する高温焼き戻しが実施できないため、耐遅れ破壊性が優れたものとならない。また、炭素の含有量が0.65質量%を超える場合には、水素を集積するセメンタイトの量が著しく増加するため、耐遅れ破壊性が優れたものとならない。
【0015】
(ケイ素(Si):1.5~2.5質量%)
ケイ素の含有量が1.5質量%未満である場合には、十分な焼き戻し軟化抵抗が得られず、後述する高温焼き戻しが実施できないため、耐遅れ破壊性が優れたものとならない。また、ケイ素の含有量を高くすることで、鋼中の水素の拡散係数が低くなり、遅れ破壊を引き起こす水素の集中を抑制することができる。しかしながら、ケイ素の含有量が2.5質量%を超える場合には、鍛造性が著しく悪化するため、所定のボルトを成形できない。
【0016】
(クロム(Cr):1.0~1.6質量%)
クロムの含有量が1.0質量%未満である場合には、十分な焼き戻し軟化抵抗が得られず、後述する高温焼き戻しが実施できないため、耐遅れ破壊性が優れたものとならない。また、クロムの含有量が1.6質量%を超える場合にはクロムを含む粗大な合金炭化物が増え、耐遅れ破壊性が低下する恐れがある。クロムの含有量は、1.4質量%以下であることが好ましい。
【0017】
(マンガン(Mn):0.4質量%以下)
マンガンの含有量が0.4質量%を超える場合には、粒界偏析成分の粒界偏析が促進されることによって、粒界強度が著しく低下するため、耐遅れ破壊性が優れたものとならない。なお、マンガンの含有量は、特に限定されるものではないが、0質量%超であることが好ましく、0.2質量%以上であることがより好ましい。
【0018】
(モリブデン(Mo):1.5~2.2質量%)
モリブデンの含有量が1.5質量%未満である場合には、水素を無害化するモリブデン系炭化物の生成量が十分なものとならないため、耐遅れ破壊性が優れたものとならない。一方、モリブデンの含有量が2.2質量%を超える場合には、モリブデンを含む粗大な合金炭化物が増え、耐遅れ破壊性が低下する恐れがある。
【0019】
(ボルトの組成)
本実施形態に係るボルトは、好ましくは、C:0.50~0.65質量%、Si:1.5~2.5質量%、Cr:1.0~1.6質量%、Mn:0.4質量%以下、およびMo:1.5~2.2質量%を含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる。
【0020】
(ボルトの引張強度)
本実施形態に係るボルトは、引張強度が1500MPa以上である。引張強度が1500MPaを下回る場合には、高出力エンジンなどに適用する際に要求される強度としては不十分である。
【0021】
ボルトの引張強度は、ボルト用鋼の組成を適切に制御し、ボルトを製造する工程において、焼入れや焼戻しなどの熱処理を適切に行うことで上記範囲に制御することができる。例えば、特開2016-50329号公報に記載の技術などが適宜採用されうる。ボルトの引張強度は、後述の実施例に記載の方法で測定することができる。
【0022】
(ボルトの表面粗さ)
本実施形態に係るボルトは、ボルトの表面粗さが、算術平均粗さRaで、0.48μm以下である。ボルトの表面粗さが、Raで0.48μmを超える場合には、十分な疲労強度が得られずに、高強度ボルトとして採用することができない。ボルトの表面粗さは、疲労強度を高める観点から小さいほど好ましく、その下限値は特に制限されないが、実質的に、0.2μmである。なお、ボルトの表面粗さは、表面処理膜を形成した後のボルト座面部の表面粗さを指す。
【0023】
ボルトの表面粗さは、例えば、ボルトの製造工程において、焼入れや焼き戻しなどの熱処理の前または後に、ショットブラストの工程を行うことにより制御することができる。鋼材からなる素地の表面には通常酸化スケールが存在し、一定以上の表面粗さを有する場合があるが、ショットブラストの工程を行うことにより所定の表面粗さに制御することができる。この際、例えば、ショットブラストの際の投射材の球種、形状、粒径、硬度を適宜調節することで表面粗さを調節することができる。高強度ボルトにおいては、ショットブラストなどによる粗さが切欠きとなり、ボルトの疲労強度が低下する原因となる場合があるが、ボルトの表面粗さを上記範囲とすることで高い疲労強度を確保することができる。なお、ボルトの表面粗さは、後述の実施例に記載の方法で測定することができる。
【0024】
(表面処理膜)
本実施形態に係るボルトは、表面に、化成被膜、めっき被膜、または塗装被膜から選択される表面処理膜を有する。これにより、ボルトの耐食性および疲労強度が向上しうる。表面処理膜は、ボルトの表面の少なくとも一部に形成されていればよいが、ボルトの表面の全体に形成されていることが好ましい。さらに、上記表面処理膜は、ボルトの表面の全体に均一に密着していることが好ましい。表面処理膜が形成されていることや、その膜厚は、例えば、ボルトを切断し、その断面を用いてボルト表面に関し電子顕微鏡で観察することによって確認することができる。
【0025】
化成被膜は、上記ボルト用鋼からなる素地の表面に処理剤を作用させて化学反応を生じさせることで形成することができ、例えば、リン酸亜鉛およびリン酸亜鉛鉄から実質的になる被膜(リン酸亜鉛被膜)、リン酸マンガンおよびリン酸マンガン鉄から実質的になる被膜(リン酸マンガン被膜)の形成などが利用されうる。すなわち、リン酸亜鉛被膜、リン酸マンガン被膜などが好ましく用いられうる。
【0026】
めっき被膜は、上記ボルト用鋼からなる素地の表面に金属の薄膜を吸着させて被覆した被膜である。めっき被膜は、特に制限されず、電解めっき、非電解めっき、溶融めっき、真空めっきなどによって形成されうる。めっき被膜を形成する金属も特に制限されないが、亜鉛が好ましい。
【0027】
塗装被膜は、上記ボルト用鋼からなる素地の表面に塗装剤を塗布し、必要に応じて焼き付け、乾燥することにより形成される表面処理膜である。塗装被膜は、粉体塗装、溶剤塗装のいずれによっても形成されうる。塗装被膜としては、特に制限されないが、亜鉛アルミニウム複合被膜が好ましく用いられうる。
【0028】
表面処理膜の膜厚は、特に制限されないが、例えば1~20μmであり、好ましくは1~10μmであり、より好ましくは2~10μmである。このうち、化成被膜、塗装被膜の場合は、膜厚が6μm以下であることがさらに好ましく、5μm以下であることが特に好ましい。表面処理膜の膜厚が1μm以上であると、表面処理膜が早期に消滅することがなく安定に形成され、被膜が形成されていない部分が生じにくい。また、表面処理膜を精度よく形成することができるため好ましい。一方、20μm以下、特には10μm以下であると、締結時に支障をきたすことがないため好ましい。
【0029】
表面処理膜としては、リン酸亜鉛被膜、リン酸マンガン被膜、亜鉛めっき被膜、または亜鉛アルミニウム複合被膜のいずれかであることが好ましい。これらの表面処理被膜であると、ボルトの耐食性がさらに向上しうる。
【0030】
(リン酸亜鉛被膜)
リン酸亜鉛被膜は化成被膜のひとつであり、金属表面にリン酸塩被膜を形成させる化成処理により形成することができる。例えば、後述の製造方法により得られた高強度ボルトに対して、好ましくはアルカリ脱脂洗浄を行った後、ショットブラストなどにより表面粗さを調節し、表面調整(化成処理の前に行う、化学的な下地処理)を行い、条件管理されたリン酸亜鉛浴に浸漬し化学反応させることで被膜を形成させることができる。膜厚は、特に制限されないが、1~6μmが好ましく、2~5μmがより好ましい。1μm以上であると、リン酸亜鉛被膜が早期に消滅しにくく、被膜が形成されていない部分が生じにくい。反応時間を適宜管理したり、表面状態のばらつきを抑えることにより高強度ボルトの表面の全体に適切な膜厚の被膜を形成することができる。
【0031】
(リン酸マンガン被膜)
リン酸マンガン被膜は化成被膜のひとつであり、金属表面にリン酸塩被膜を形成させる化成処理により形成することができる。上述の高強度ボルトに、好ましくはアルカリ脱脂洗浄を行った後、ショットブラストなどにより表面粗さを調節し、表面調整(化成処理の前に行う、化学的な下地処理)を行い、条件管理されたリン酸マンガン浴に浸漬し化学反応させることで被膜を形成させる。膜厚は、1~6μmが好ましく、2~5μmがより好ましい。1μm以上であると、リン酸マンガン被膜が早期に消滅しにくく、被膜が形成されていない部分が生じにくい。反応時間を適宜管理したり、表面状態のばらつきを抑えることにより高強度ボルトの表面の全体に適切な膜厚の被膜を形成することができる。また、金属表面のエッチング耐性が強いという特徴がある。
【0032】
(亜鉛めっき被膜)
亜鉛めっき被膜は、電気めっき法により形成されるめっき被膜である。めっき浴としては、酸性浴とアルカリ浴のいずれも使用できる。上記アルカリ浴としては、シアン浴、ジンケート浴を挙げることができ、シアン浴による亜鉛めっきは、均一な電着性や平滑性、めっき被膜の柔軟性に優れる。上記酸性浴としては、塩化浴、硫酸浴が挙げることができ、上記塩化浴としては、塩化亜鉛アンモン浴、塩化亜鉛カリ浴、塩化亜鉛アンモン・カリ浴が挙げられる。上記亜鉛めっき被膜は、慣用のめっき法、例えば、金属塩、導電性付与剤、水素イオン濃度調節剤、添加剤などを含むめっき浴中、金属基材を陰極として、適当な電流密度で金属基材の表面に亜鉛を析出させることにより形成できる。好ましい一実施形態において、上述の高強度ボルトに、アルカリ脱脂洗浄を行った後、ショットブラストなどにより表面粗さを調節した後、亜鉛めっき被膜を形成する。
【0033】
(亜鉛アルミニウム複合被膜)
亜鉛アルミニウム複合被膜は、例えば、上述の高強度ボルトに対してアルカリ脱脂洗浄を行い、好ましくはショットブラストなどにより表面粗さを調節した後、金属フレークとケイ素系無機バインダーを主成分とする塗装液を塗装・焼付け(乾燥)することで形成される。亜鉛アルミニウム複合被膜の塗装方式は、ディップスピン方式およびスプレー方式のいずれも使用可能である。
【0034】
上記亜鉛アルミニウム複合被膜の塗着量は、特に制限されないが、塗装・焼付け回数で管理するのが一般的であり、通常は2C2B(2コート2ベーク)を選択することが多いが、被膜を薄くしたい場合は1C1B(1コート1ベーク)を選択するケースもある。
【0035】
(ボルトの製造方法)
本実施形態の高強度ボルトの製造方法は特に制限されない。例えば、特開2016-50329号公報に記載の方法など、従来公知の方法が適宜採用されうる。例えば、上述の高強度ボルト用鋼に対して、まず、冷間鍛造を行い、次いで、900℃以上で焼入れをし、570℃以上で焼き戻し(高温焼き戻し)をする熱処理を行い、さらに、ねじ転造を行うことにより、高強度ボルトを得ることができる。上記熱処理(焼入れおよび焼き戻し)と上記ねじ転造の順序を入れ替えて行ってもよい。また、570℃以上のような高温焼き戻しをすると、脆化の要因となる粒界上の片状セメンタイトが球状化し、粒界強度を向上させることができる。
【0036】
好ましくは、熱処理前もしくは熱処理後に、圧縮残留応力を付加する工程(ショットブラストなど)を行う。この際にボルトの表面粗さを所定の範囲となるように制御することで、高強度ボルトにおいて優れた疲労強度が得られうる。また、鋼材の表面の酸化スケールを除去することができるため、表面処理膜を容易に形成させることができる。その結果、ボルト表面に密着した表面処理膜を得ることができ、腐食環境下であっても適用できる、耐食性に優れたボルトが得られうる。ショットブラストの条件は、所定の表面粗さが得られる条件であれば特に制限されず、従来公知の知見が適宜参照されうる。
【0037】
ショットブラストの条件としては、例えば、ガラスなどの投射材を用いることができる。投射材の形状も特に制限されないが、球状であることが好ましい。投射材の粒径も特に制限されないが、20~60μmであることが好ましい。投射材の硬度も制限されないが、例えば、Hv450~650である。ショット時間は、特に制限されないが、例えば1~100分である。
【0038】
次いで、表面処理を行うことで、ボルトの表面に表面処理膜を形成することができる。表面処理膜の具体的な形態は上記の通りである。
【0039】
本実施形態の高強度ボルトは、特に制限されないが、複リンク機構を有するレシプロエンジンにおけるロアリンクに好適に適用されうる。複リンク機構を有するレシプロエンジンにおいては、一般的な単リンク機構を有するレシプロエンジンに比べてロアリンクに対する要求強度は高いものとなる。また、燃費性能向上の観点から、ロアリンクのコンパクト化や軽量化も望まれている。ロアリンクは、通常、分割されたロアリンク部品を高強度ボルトで締結する構造を有する。そして、上述のような高い要求性能を満たすロアリンクとするためには、耐食性および疲労強度に優れた高強度ボルトが必要になる。本実施形態の高強度ボルトは、特に限定されるものではないが、このようなロアリンク部品の締結に特に好適なものである。
【実施例0040】
以下、本発明を実施例および比較例により更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0041】
(実施例1~4、比較例1~5)
C:0.59質量%、Si:1.9質量%、Cr:1.2質量%、Mn:0.3質量%、およびMo:1.6質量%を含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる組成の高強度ボルト用鋼に対して、冷間鍛造を行い、次いで、ねじ転造を行った。しかる後、900℃以上で焼入れ、570℃以上で焼き戻しする熱処理を行って、高強度ボルトを得た。熱処理後の高強度ボルトに対して、アルカリ脱脂洗浄を行った後、下記表1に従ってショットブラストを実施した。その後、実施例1~4、比較例5のボルトについては以下の表面処理を行って、実施例1~4、比較例1~5の高強度ボルト(M11×1.0、首下長さ26mm)を得た。表1に、ショットブラスト条件および表面処理膜の種類を示す。
【0042】
(実施例1、比較例5のリン酸マンガン被膜処理)
熱処理後の高強度ボルトに対して、アルカリ脱脂洗浄を行った後、下記表1の条件でショットブラストを実施した。その後、市販の表面調整剤を用いて表面調整を行い、リン酸マンガン浴中に浸漬して反応させ、膜厚が3μmのリン酸マンガン被膜を形成した。ただし、比較例5については被膜がボルト全体に均一に密着しなかった。これは、比較例5のボルトでは、ボルト表面の酸化スケールが除去できていないためと考えられる。酸化スケールが除去できていない場合は化成処理の反応が十分に進行せず、被膜がボルトに密着しにくい。
【0043】
(実施例2のリン酸亜鉛被膜処理)
熱処理後の高強度ボルトに対して、アルカリ脱脂洗浄を行った後、下記表1の条件でショットブラストを実施した。その後、市販の表面調整剤を用いて表面調整を行い、リン酸亜鉛浴中に浸漬して反応させ、膜厚が3μmのリン酸亜鉛被膜を形成した。
【0044】
(実施例3の亜鉛アルミニウム複合被膜処理)
熱処理後の高強度ボルトに対して、アルカリ脱脂洗浄を行った後、下記表1の条件でショットブラストを実施した。その後、アルミニウムおよび亜鉛の金属フレークとケイ素系無機バインダーを主成分とする塗装液を上記のボルトに塗装・焼付け(乾燥)し、水洗した。これにより、ボルトの表面に膜厚が8μmの亜鉛アルミニウム複合被膜を形成した。
【0045】
(実施例4の亜鉛めっき被膜処理)
熱処理後の高強度ボルトに対して、アルカリ脱脂洗浄を行った後、下記表1の条件でショットブラストを実施した。その後、金属亜鉛13g/L、水酸化ナトリウム140g/L、光沢剤9g/Lを含み、浴温30℃のアルカリ浴中に浸漬し、電流密度3A/dm2で25分間処理した。その後、水洗して膜厚が5μmの亜鉛めっき被膜を形成した。
【0046】
(ボルトの引張強度)
各実施例、比較例で作製したボルトの引張強度を、JIS B 1051:2014 炭素鋼及び合金鋼製締結用部品の機械的性質-強度区分を規定したボルト,小ねじ及び植込みボルト-並目ねじ及び細目ねじに従って測定した。各実施例、比較例で作製したボルトの引張強度は、いずれも1600MPaであった。
【0047】
(ボルトの表面粗さ)
各実施例、比較例で作製したボルトの表面粗さをJIS B 1071:2010の表面粗さ測定方法に従って測定した。結果を下記表1に示す。
【0048】
(腐食試験)
各実施例、比較例で作製した高強度ボルトを用いて、複合腐食試験を行い、耐食性能を評価した。具体的には、室温35℃で4時間、5質量%塩化ナトリウム水溶液を用いた塩水噴霧処理を行い、次いで、室温60℃、相対湿度30%RH以下で2時間乾燥処理を行い、しかる後、室温50℃、相対湿度95±5%RHで2時間湿潤処理を行う1サイクルの8時間の複合腐食試験を18サイクル(合計144時間)行った後、腐食ピット発生状況の観点から外観腐食状況を観察した。各実施例、比較例の高強度ボルトの腐食試験の結果を下記表1に示す。なお、表1中、「OK」とは、ボルトに腐食ピットが発生しなかったことを示し、「NG」とはボルトに腐食ピットが発生したことを示す。
【0049】
(疲労試験)
各実施例、比較例で作製した高強度ボルトについて、JIS B 1081:1997 ねじ部品-引張疲労試験-試験方法及び結果の評価に基づいて、室温(25℃)、大気雰囲気にて、軸方向疲労試験機に取り付け、繰返し引張荷重を作用させて一定の応力で疲労試験を実施し、ボルトの破断寿命を比較した。得られた結果を下記表1に示す。表1中、破断寿命は、比較例1の破断までの時間を1.0として、相対比率(=各実施例、比較例の破断までの時間/比較例1の破断までの時間)で小数第1位までを表示している。
【0050】
【0051】
上記表1の結果から、所定の表面処理膜を有し、表面粗さが0.48μm以下である実施例1~4の高強度ボルトは、耐食性および疲労強度に優れた高強度ボルトであることが分かる。一方、表面処理膜を有さない、または、表面粗さが0.48μmを超える比較例1~5のボルトは耐食性および疲労強度が不十分であった。