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特開2022-13859構造物の流体抵抗低減方法、構造物の流体抵抗低減装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022013859
(43)【公開日】2022-01-18
(54)【発明の名称】構造物の流体抵抗低減方法、構造物の流体抵抗低減装置
(51)【国際特許分類】
   F15D 1/12 20060101AFI20220111BHJP
   B63B 1/32 20060101ALI20220111BHJP
【FI】
F15D1/12
B63B1/32 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】19
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021107722
(22)【出願日】2021-06-29
(31)【優先権主張番号】P 2020111951
(32)【優先日】2020-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】501204525
【氏名又は名称】国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100098545
【弁理士】
【氏名又は名称】阿部 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100189717
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 貴章
(72)【発明者】
【氏名】川島 英幹
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 茂行
(72)【発明者】
【氏名】川北 千春
(57)【要約】
【課題】放射した音響流により、流れを乱すこと無く境界層内の流場に直接的な影響を与え、効果的に流体抵抗を低減することができる構造物の流体抵抗低減方法、及び構造物の流体抵抗低減装置を提供すること。
【解決手段】構造物の表面に電圧の印加により弾性表面波を発生する圧電材料10を貼付し、弾性表面波の波長を決定する複数の電極の間隔を圧電材料10の厚みより大きくなるように設定した回路20を圧電材料10の上に形成し、流体の流体音速と圧電材料10の材料表面波音速と電圧の周波数とで決まる音響流の放射方向を表面側となるように制御し、音響流を流体の構造物の表面に形成される境界層に作用させて境界層の速度分布を変化させ、及び/又は境界層の速度変動を抑制し、流体による構造物の流体抵抗を低減する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体が表面を流れる構造物の流体抵抗低減方法であって、
前記構造物の前記表面に電圧の印加により弾性表面波を発生する圧電材料を貼付し、前記弾性表面波の波長を決定する複数の電極の間隔を前記圧電材料の厚みより大きくなるように設定した回路を前記圧電材料の上に形成し、前記流体の流体音速と前記圧電材料の材料表面波音速と前記電圧の周波数とで決まる音響流の放射方向を前記表面側となるように制御し、前記音響流を前記流体の前記構造物の前記表面に形成される境界層に作用させて前記境界層の速度分布を変化させ、及び/又は前記境界層の速度変動を抑制し、前記流体による前記構造物の流体抵抗を低減することを特徴とする構造物の流体抵抗低減方法。
【請求項2】
前記音響流の前記放射方向を前記表面に対して34度以下となるように制御することを特徴とする請求項1に記載の構造物の流体抵抗低減方法。
【請求項3】
前記音響流の前記放射方向は、前記回路の構成により前記流体の流れ方向の一方向にのみ放射するものであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の構造物の流体抵抗低減方法。
【請求項4】
前記材料表面波音速が、前記流体音速の1倍を超え1.2倍以下であることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の構造物の流体抵抗低減方法。
【請求項5】
前記圧電材料と前記構造物との間に基盤材料を貼付し、前記圧電材料と前記基盤材料の表面波音速特性の組み合わせにより、前記材料表面波音速を調整することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の構造物の流体抵抗低減方法。
【請求項6】
前記電極の側面又は前記回路の上面にコーティングを施し、前記電極の前記間隔を前記圧電材料の厚みに前記コーティングの厚みを加えた総厚みより大きくなるように設定することを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の構造物の流体抵抗低減方法。
【請求項7】
前記圧電材料に印加する前記電圧のレベルを変え、乱流境界層における前記流体の流速の時間的変動を低減することを特徴とする請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の構造物の流体抵抗低減方法。
【請求項8】
前記流速の前記時間的変動に応じて、前記電圧のレベルを時間的に変えることを特徴とする請求項7に記載の構造物の流体抵抗低減方法。
【請求項9】
前記流速を検出し、検出した検出流速に基づいて前記電圧のレベルを変えることを特徴とする請求項7又は請求項8記載の構造物の流体抵抗低減方法。
【請求項10】
流体が表面を流れる構造物の流体抵抗低減装置であって、
前記構造物の前記表面に貼付し電圧の印加により弾性表面波を発生する圧電材料と、前記圧電材料の上に形成した前記弾性表面波の波長を決定する複数の電極の間隔を前記圧電材料の厚みより大きくなるように設定した回路と、前記流体の流体音速と前記圧電材料の材料表面波音速と前記電圧の周波数とで決まる音響流の放射方向を前記表面側となるように制御する制御手段とを備え、前記音響流を前記流体の前記構造物の前記表面に形成される境界層に作用させて前記境界層の速度分布を変化させ及び/又は前記境界層の速度変動を抑制し、前記流体による前記構造物の流体抵抗を低減することを特徴とする構造物の流体抵抗低減装置。
【請求項11】
前記制御手段は、前記音響流の前記放射方向を前記表面に対して34度以下となるように制御することを特徴とする請求項10記載の構造物の流体抵抗低減装置。
【請求項12】
前記回路が、前記音響流の前記放射方向を前記流体の流れ方向の一方向にのみ放射する回路構成を有したことを特徴とする請求項10又は請求項11に記載の構造物の流体抵抗低減装置。
【請求項13】
前記回路構成が、主電路と接続される櫛歯状の前記電極を向かい合わせに組み合わせ、前記電極の間に開放浮き電極と短絡浮き電極を有した櫛歯状回路であることを特徴とする請求項12に記載の構造物の流体抵抗低減装置。
【請求項14】
前記材料表面波音速を、前記流体音速の1倍を超え1.2倍以下に設定したことを特徴とする請求項10から請求項13のいずれか1項に記載の構造物の流体抵抗低減装置。
【請求項15】
前記圧電材料と前記構造物の間に基盤材料を貼付し、前記圧電材料と前記基盤材料の表面波音速特性の組み合わせにより、前記材料表面波音速を調整することを特徴とする請求項10から請求項14のいずれか1項に記載の構造物の流体抵抗低減装置。
【請求項16】
前記電極の側面又は前記回路の上面にコーティングを有し、前記電極の前記間隔を前記圧電材料の厚みに前記コーティングの厚みを加えた総厚みより大きくなるように設定したことを特徴とする請求項10から請求項15のいずれか1項に記載の構造物の流体抵抗低減装置。
【請求項17】
前記制御手段が、前記圧電材料に印加する前記電圧のレベルを変え、乱流境界層における前記流体の流速の時間的変動を低減することを特徴とする請求項10から請求項16のいずれか1項に記載の構造物の流体抵抗低減装置。
【請求項18】
前記制御手段が、前記流速の前記時間的変動に応じて前記電圧のレベルを時間的に変化させることを特徴とする請求項17に記載の構造物の流体抵抗低減装置。
【請求項19】
前記制御手段が、前記流速を検出する流速検出手段により検出した検出流速に基づいて前記電圧のレベルを変えることを特徴とする請求項17又は請求項18に記載の構造物の流体抵抗低減装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶や配管等といった構造物の流体抵抗を低減する構造物の流体抵抗低減方法、構造物の流体抵抗低減装置に関する。
【背景技術】
【0002】
国際海事機関(IMO)では、今後建造される船舶が排出する温室効果ガスの総排出量を2025年までに30%に削減する規制を国際条約で定めている。さらに2050年までには、海事分野に於ける温室効果ガスの総排出量を2008年の50%に削減することを戦略目標としている。船舶の全抵抗の70~80%を乱流摩擦抵抗が占めるため、船舶の温室効果ガスの排出削減目標を達成するためには、乱流摩擦抵抗を低減する方法の開発が必要不可欠である。一方、船舶の摩擦抵抗低減は、何らかの手段で乱流境界層を層流化できても、その状態を広範囲にわたって維持しなくてはならないため、10オーダーの非常に高いレイノルズ数の発達した乱流境界層において摩擦抵抗低減効果を得るところに難しさがある。そのため、現状において船舶の乱流摩擦抵抗等の流体抵抗を削減する実用化された手段は、本件発明者もその実現に貢献した空気潤滑法のみである。
このような背景の中、本件発明者は、昨今、話題になっている弾性表面波を発生する圧電材料を用いて、放射した音響流を乱流境界層に作用させて摩擦抵抗を低減するという着想を得るに至った。
ここで、特許文献1には、本体と、本体を液体表面または液体中に配置したときに、液体に少なくとも部分的に接するように、本体に取り付けられた高周波振動アクチュエータとを具備し、高周波振動アクチュエータにより液体中に超音波を生成し、その際、高周波振動アクチュエータの表面と液体との間の界面に生じる音響放射圧によって推進力を得るようにした液中推進装置が開示されている。
また、特許文献2には、基材上での1以上の液滴の滑りを促進する方法であって、液滴を慣性毛管固有振動モードで変形させるのに十分な振幅の超音波表面波を基材に発生させて、基材への液滴の付着力を低減させて、外力の作用下での液滴の移動を促進し、超音波表面波の振幅が、超音波表面波の伝播方向の外力の非存在下で液滴の移動を起こすまでの液滴の対称的変形を生じるには不十分である方法が開示されている。また、段落0087には、音響ウェーバー数がWeac0.5未満の波を発生させることが記載されている。
また、特許文献3には、オイラー角の水晶基板を用い、ストップバンド上端モードのSAWを励振する入力IDT、出力IDTと、入力IDTA、出力IDTを構成する電極指間に位置する基板を窪ませた溝を有するSAWデバイスであって、SAWの波長と溝の深さが所定の関係を満たし、かつ、溝の深さとIDTのライン占有率とが所定の関係を満たすトランスバーサル型弾性表面波デバイスが開示されている。
また、特許文献4には、圧電特性を有する圧電基板と、基板上に作製された櫛歯電極からなり、表面弾性波を発生させて基板上の液滴を微粒化して噴霧する液滴噴霧装置において、櫛歯電極が液滴をはさんで対向するように配され、その中間部に表面弾性波伝播を阻害する不連続面を有する液滴噴霧装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-32956号公報
【特許文献2】特表2019-508301号公報
【特許文献3】特開2015-84535号公報
【特許文献4】特開2013-99734号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1から4は、空気潤滑法以外の方法で船舶等の構造物における流体抵抗を低減しようとするものではない。
そこで本発明は、放射した音響流により、流れを乱すこと無く境界層内の流場に直接的な影響を与え、効果的に流体抵抗を低減することができる構造物の流体抵抗低減方法、及び構造物の流体抵抗低減装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
請求項1記載に対応した構造物の流体抵抗低減方法においては、流体が表面を流れる構造物の流体抵抗低減方法であって、構造物の表面に電圧の印加により弾性表面波を発生する圧電材料を貼付し、弾性表面波の波長を決定する複数の電極の間隔を圧電材料の厚みより大きくなるように設定した回路を圧電材料の上に形成し、流体の流体音速と圧電材料の材料表面波音速と電圧の周波数とで決まる音響流の放射方向を表面側となるように制御し、音響流を流体の構造物の表面に形成される境界層に作用させて境界層の速度分布を変化させ、及び/又は境界層の速度変動を抑制し、流体による構造物の流体抵抗を低減することを特徴とする。
請求項1に記載の本発明によれば、表面側となるように放射した音響流により、構造物の表面に対して流れの垂直方向の速度成分を少なくして平行方向の速度成分を大きくすることで、流れを乱すこと無く境界層内の流場に直接的な影響を与え、効果的に流体抵抗を低減することができる。
【0006】
請求項2記載の本発明は、音響流の放射方向を表面に対して34度以下となるように制御することを特徴とする。
請求項2に記載の本発明によれば、構造物の表面に沿う方向に音響流を放射することで、流れの垂直方向の速度成分を少なくして平行方向の速度成分を大きくし、さらに音響流の密度を上げ音響流制御のエネルギー効率を高めることができる。
【0007】
請求項3記載の本発明は、音響流の放射方向は、回路の構成により流体の流れ方向の一方向にのみ放射するものであることを特徴とする。
請求項3に記載の本発明によれば、音響流制御の効率を上げることができる。
【0008】
請求項4記載の本発明は、材料表面波音速が、流体音速の1倍を超え1.2倍以下であることを特徴とする。
請求項4に記載の本発明によれば、音響流の放射角を構造物の表面に対して、平行に近い角度を持つようにし、ほぼ接線方向に音響流を放射できる。
【0009】
請求項5記載の本発明は、圧電材料と構造物との間に基盤材料を貼付し、圧電材料と基盤材料の表面波音速特性の組み合わせにより、材料表面波音速を調整することを特徴とする。
請求項5に記載の本発明によれば、基盤材料を用いない場合と比べて、表面波音速特性を組み合わせることにより、音響流の放射方向を構造物の表面に対して平行に近い角度に近づけやすくなる。
【0010】
請求項6記載の本発明は、電極の側面又は回路の上面にコーティングを施し、電極の間隔を圧電材料の厚みにコーティングの厚みを加えた総厚みより大きくなるように設定することを特徴とする。
請求項6に記載の本発明によれば、電極の側面にコーティングを施した場合は、回路の凹凸を無くし、流体抵抗を低減することができる。また、回路の上面にコーティングを施した場合は、電極の間隔を総厚みより大きくなるように設定することで、総厚みが弾性表面波の波長よりも小さくなるため、圧電材料の表面波音速の制御が可能となる。
【0011】
請求項7記載の本発明は、圧電材料に印加する電圧のレベルを変え、乱流境界層における流体の流速の時間的変動を低減することを特徴とする。
請求項7に記載の本発明によれば、時間的変動を抑制することで、例えば渦による流体の流速の時間的変動に対応し、効率的に流体抵抗を低減できる。
【0012】
請求項8記載の本発明は、流速の時間的変動に応じて、電圧のレベルを時間的に変えることを特徴とする。
請求項8に記載の本発明によれば、より効率的に流体抵抗を低減できる。
【0013】
請求項9記載の本発明は、流速を検出し、検出した検出流速に基づいて電圧のレベルを変えることを特徴とする。
請求項9に記載の本発明によれば、検出流速に基づくことで、効果的に流体抵抗の低減を図ることができる。
【0014】
請求項10記載に対応した構造物の流体抵抗低減装置においては、流体が表面を流れる構造物の流体抵抗低減装置であって、構造物の表面に貼付し電圧の印加により弾性表面波を発生する圧電材料と、圧電材料の上に形成した弾性表面波の波長を決定する複数の電極の間隔を圧電材料の厚みより大きくなるように設定した回路と、流体の流体音速と圧電材料の材料表面波音速と電圧の周波数とで決まる音響流の放射方向を表面側となるように制御する制御手段とを備え、音響流を流体の構造物の表面に形成される境界層に作用させて境界層の速度分布を変化させ及び/又は境界層の速度変動を抑制し、流体による構造物の流体抵抗を低減することを特徴とする。
請求項10に記載の本発明によれば、表面側となるように放射した音響流により、構造物の表面に対して流れの垂直方向の速度成分を少なくして平行方向の速度成分を大きくすることで、流れを乱すこと無く境界層内の流場に直接的な影響を与え、効果的に流体抵抗を低減することができる。
【0015】
請求項11記載の本発明は、制御手段は、音響流の放射方向を表面に対して34度以下となるように制御することを特徴とする。
請求項11に記載の本発明によれば、構造物の表面に沿う方向に音響流を放射することで、流れの垂直方向の速度成分を少なくして平行方向の速度成分を大きくし、さらに音響流の密度を上げ音響流制御のエネルギー効率を高めることができる。
【0016】
請求項12記載の本発明は、回路が、音響流の放射方向を流体の流れ方向の一方向にのみ放射する回路構成を有したことを特徴とする。
請求項12に記載の本発明によれば、音響流制御の効率を上げることができる。
【0017】
請求項13記載の本発明は、回路構成が、主電路と接続される櫛歯状の電極を向かい合わせに組み合わせ、電極の間に開放浮き電極と短絡浮き電極を有した櫛歯状回路であることを特徴とする。
請求項13に記載の本発明によれば、向かい合わせに組み合わせた櫛歯状電極と、電極の間に開放浮き電極と短絡浮き電極を有することにより、単方向型として音響流を一方向のみに放射することが可能となり、音響流制御の効率を上げることができる。
【0018】
請求項14記載の本発明は、材料表面波音速を、流体音速の1倍を超え1.2倍以下に設定したことを特徴とする。
請求項14に記載の本発明によれば、音響流の放射角を構造物の表面に対して平行に近い角度を持つようにし、ほぼ接線方向に音響流を放射できる。
【0019】
請求項15記載の本発明は、圧電材料と構造物の間に基盤材料を貼付し、圧電材料と基盤材料の表面波音速特性の組み合わせにより、材料表面波音速を調整することを特徴とする。
請求項15に記載の本発明によれば、基盤材料を用いない場合と比べて、表面波音速特性を組み合わせることにより、音響流の放射方向を構造物の表面に対して平行に近い角度に近づけやすくなる。
【0020】
請求項16記載の本発明は、電極の側面又は回路の上面にコーティングを有し、電極の間隔を圧電材料の厚みにコーティングの厚みを加えた総厚みより大きくなるように設定したことを特徴とする。
請求項16に記載の本発明によれば、電極の側面にコーティングを施した場合は、回路の凹凸を無くし、流体抵抗を低減することができる。また、回路の上面にコーティングを施した場合は、電極の間隔を総厚みより大きくなるように設定することで、総厚みが弾性表面波の波長よりも小さくなるため、圧電材料の表面波音速の制御が可能となる。
【0021】
請求項17記載の本発明は、制御手段が、圧電材料に印加する電圧のレベルを変え、乱流境界層における流体の流速の時間的変動を低減することを特徴とする。
請求項17に記載の本発明によれば、時間的変動を抑制することで、例えば渦による流体の流速の時間的変動に対応し、効率的に流体抵抗を低減できる。
【0022】
請求項18記載の本発明は、制御手段が、流速の時間的変動に応じて電圧のレベルを時間的に変化させることを特徴とする。
請求項18に記載の本発明によれば、より効率的に流体抵抗を低減できる。
【0023】
請求項19記載の本発明は、制御手段が、流速を検出する流速検出手段により検出した検出流速に基づいて電圧のレベルを変えることを特徴とする。
請求項19に記載の本発明によれば、検出流速に基づくことで、効果的に流体抵抗の低減を図ることができる。
【発明の効果】
【0024】
本発明の構造物の流体抵抗低減方法によれば、表面側となるように放射した音響流により、構造物の表面に対して流れの垂直方向の速度成分を少なくして平行方向の速度成分を大きくすることで、流れを乱すこと無く境界層内の流場に直接的な影響を与え、効果的に流体抵抗を低減することができる。
【0025】
また、音響流の放射方向を表面に対して34度以下となるように制御する場合は、構造物の表面に沿う方向に音響流を放射することで、流れの垂直方向の速度成分を少なくして平行方向の速度成分を大きくし、さらに音響流の密度を上げ音響流制御のエネルギー効率を高めることができる。
【0026】
また、音響流の放射方向は、回路の構成により流体の流れ方向の一方向にのみ放射するものである場合は、音響流制御の効率を上げることができる。
【0027】
また、材料表面波音速が、流体音速の1倍を超え1.2倍以下である場合は、音響流の放射角を構造物の表面に対して、平行に近い角度を持つようにし、ほぼ接線方向に音響流を放射できる。
【0028】
また、圧電材料と構造物との間に基盤材料を貼付し、圧電材料と基盤材料の表面波音速特性の組み合わせにより、材料表面波音速を調整する場合は、基盤材料を用いない場合と比べて、表面波音速特性を組み合わせることにより、音響流の放射方向を構造物の表面に対して平行に近い角度に近づけやすくなる。
【0029】
また、電極の側面又は回路の上面にコーティングを施し、電極の間隔を圧電材料の厚みにコーティングの厚みを加えた総厚みより大きくなるように設定する場合は、電極の側面にコーティングを施すことで、回路の凹凸を無くし、流体抵抗を低減することができる。また、回路の上面にコーティングを施したときは、電極の間隔を総厚みより大きくなるように設定することで、総厚みが弾性表面波の波長よりも小さくなるため、圧電材料の表面波音速の制御が可能となる。
【0030】
また、圧電材料に印加する電圧のレベルを変え、乱流境界層における流体の流速の時間的変動を低減する場合は、時間的変動を抑制することで、例えば渦による流体の流速の時間的変動に対応し、効率的に流体抵抗を低減できる。
【0031】
また、流速の時間的変動に応じて、電圧のレベルを時間的に変える場合は、より効率的に流体抵抗を低減できる。
【0032】
また、流速を検出し、検出した検出流速に基づいて電圧のレベルを変える場合は、検出流速に基づくことで、効果的に流体抵抗の低減を図ることができる。
【0033】
本発明の構造物の流体抵抗低減装置によれば、表面側となるように放射した音響流により、構造物の表面に対して流れの垂直方向の速度成分を少なくして平行方向の速度成分を大きくすることで、流れを乱すこと無く境界層内の流場に直接的な影響を与え、効果的に流体抵抗を低減することができる。
【0034】
また、制御手段は、音響流の放射方向を表面に対して34度以下となるように制御する場合は、構造物の表面に沿う方向に音響流を放射することで、流れの垂直方向の速度成分を少なくして平行方向の速度成分を大きくし、さらに音響流の密度を上げ音響流制御のエネルギー効率を高めることができる。
【0035】
また、回路が、音響流の放射方向を流体の流れ方向の一方向にのみ放射する回路構成を有した場合は、音響流制御の効率を上げることができる。
【0036】
また、回路構成が、主電路と接続される櫛歯状の電極を向かい合わせに組み合わせ、電極の間に開放浮き電極と短絡浮き電極を有した櫛歯状回路である場合は、向かい合わせに組み合わせた櫛歯状電極と、電極の間に開放浮き電極と短絡浮き電極を有することにより、単方向型として音響流を一方向のみに放射することが可能となり、音響流制御の効率を上げることができる。
【0037】
また、材料表面波音速を、流体音速の1倍を超え1.2倍以下に設定した場合は、音響流の放射角を構造物の表面に対して平行に近い角度を持つようにし、ほぼ接線方向に音響流を放射できる。
【0038】
また、圧電材料と構造物の間に基盤材料を貼付し、圧電材料と基盤材料の表面波音速特性の組み合わせにより、材料表面波音速を調整する場合は、基盤材料を用いない場合と比べて、表面波音速特性を組み合わせることにより、音響流の放射方向を構造物の表面に対して平行に近い角度に近づけやすくなる。
【0039】
また、電極の側面又は回路の上面にコーティングを有し、電極の間隔を圧電材料の厚みにコーティングの厚みを加えた総厚みより大きくなるように設定した場合は、電極の側面にコーティングを施すことで、回路の凹凸を無くし、流体抵抗を低減することができる。また、回路の上面にコーティングを施したときは、電極の間隔を総厚みより大きくなるように設定することで、総厚みが弾性表面波の波長よりも小さくなるため、圧電材料の表面波音速の制御が可能となる。
【0040】
また、制御手段が、圧電材料に印加する電圧のレベルを変え、乱流境界層における流体の流速の時間的変動を低減する場合は、時間的変動を抑制することで、例えば渦による流体の流速の時間的変動に対応し、効率的に流体抵抗を低減できる。
【0041】
また、制御手段が、流速の時間的変動に応じて電圧のレベルを時間的に変化させる場合は、より効率的に流体抵抗を低減できる。
【0042】
また、制御手段が、流速を検出する流速検出手段により検出した検出流速に基づいて電圧のレベルを変える場合は、検出流速に基づくことで、効果的に流体抵抗の低減を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
図1】本発明の実施形態による構造物の流体抵抗低減装置の構成を示す図
図2】同流体抵抗低減装置を用いた音響流放射による境界層内流場制御の概念図
図3】同乱流によるレイノルズ応力の発生時における流速分布を示す図
図4】同流体抵抗低減装置を用いた音響流の放射方向を示す図
図5】同音響波の放射角と音響ウェーバー数の関係の一例を示す図
図6】同回路の上面にコーティングを施した状態を示す図
図7】同複合圧電材料の表面波音速の推定結果を示す図
図8】同圧電材料をポリフッ化ビニリデンとし基盤材料をアルミとした複合圧電材料の外観写真
図9】同圧電材料をニオブ酸リチウムとし基盤材料をポリスチレン樹脂とした複合圧電材料の外観写真
図10】同乱流による流速変動制御時の電力入力波形を示す図
図11】同並列型の回路の例を示す図
図12】同櫛歯状の電極を用いた単方向型回路の例を示す図
図13】本発明の他の実施形態による構造物の流体抵抗低減装置の構成を示す図
図14】同流速検出手段と組み合わせた回路の例を示す図
図15】レイリー角(音響流の放射角)を示す図
図16】櫛歯状の電極を用いた双方向型回路の例を示す図
【発明を実施するための形態】
【0044】
本発明の実施形態による構造物の流体抵抗低減方法、及び構造物の流体抵抗低減装置について説明する。
図1は本実施形態による構造物の流体抵抗低減装置の構成を示す図である。
流体抵抗低減装置1は、船舶、航空機、鉄道、自動車、又は配管など、流体が表面を流れる構造物(流体機械を含む)の流体抵抗の低減に用いられる。上述のように、例えば船舶においては全抵抗の70~80%を乱流摩擦抵抗が占める。発達した乱流境界層(境界層ともいう)において摩擦抵抗を低減するには、継続的かつ能動的に乱流境界層の速度分布や速度変動に関連する乱流渦を抑制する作用が必要であり、それを効果的に行うためには、乱流の発生源である構造物の表面側から制御することが有効である。
そこで流体抵抗低減装置1は、構造物の表面に貼付され電圧の印加により弾性表面波を発生する圧電材料10と、複数の電極を有する回路20と、音響流の放射方向を制御する制御手段30と、電源手段40と、電源手段40から回路20に入力する電力の周波数を制御する周波数制御手段50を備え、構造物の表面に弾性表面波を発生させ、構造物の表面から放射される音響流を流体の構造物の表面の近傍に形成される境界層に作用させて境界層の速度分布を変化させ、及び/又は境界層の速度変動を抑制し、流体による構造物の流体抵抗を低減する。なお、圧電材料10の構造物の表面に貼付された状態には、表面に臨んで埋設されたり、表面の近傍に埋設されたり、表面に貼付された上に被覆を有したり、関連する材料を含めて貼付されたりする状態等も含むものとする。
【0045】
図2は流体抵抗低減装置を用いた音響流放射による境界層内流場制御の概念図であり、左側に流場制御なしの場合の境界層内の速度分布を示し、右側に流場制御ありの場合の境界層の速度分布を示している。なお、構造物と圧電材料10との間には基盤材料60が設けられている。ここで、構造物は図示していないが、図2において基盤材料60の下面に位置する船舶、航空機、鉄道、自動車、又は配管などであり、その表面に圧電材料10及び基盤材料60が貼付される。また、構造物の表面は、平面、曲面を問わず、凡そ圧電材料10及び基盤材料60が貼付可能なものであれば適用が可能である。なお、基盤材料60を必要としない場合は、構造物の表面に圧電材料10が直接貼付される。
圧電材料10に電源手段40から交流電力を入力すると、構造物の表面に弾性表面波が生じて音響流が励起され表面から音響流が放射される。流体抵抗低減装置1は、放射した音響流により境界層内の流場を制御することで流体抵抗低減を図る。
流体の速度は構造物の表面に近いほど遅くなるため、構造物の表面からの距離に応じた速度勾配が生じる。流体抵抗低減装置1は、表面の接線方向の音響流を放射することで、図2右側の円囲いした箇所のように表面に近い流体を加速させ、境界層内の速度分布を変化させる。これにより、表面に近い流体と表面から遠い流体との速度差が縮小して速度勾配が小さくなり、流体抵抗を低減することができる。
音響流の法線方向の速度が大きくなると、音響流により流体の塊を図2において上の方に押しやり、主流側に近づけることからいわゆるレイノルズ応力が大きくなり摩擦抵抗を増加させる結果となる。
このレイノルズ応力について、図3に基づいて説明する。図3は乱流によるレイノルズ応力の発生時における流速分布を示す図である。
固体壁面に沿って流れがあるとき、壁に平行な面に働く力τは次式(1)で表される。
【数1】
右辺第1項は流体の粘性によって発生する分子粘性応力項であり、壁に平行な速度成分uの垂直(y)方向の勾配に比例し、分子粘性係数μを比例定数とする。文字に付したオーバーライン(上線)は時間平均を表す。右辺第2項は乱流によって発生し、レイノルズ応力と呼ばれ、流体の密度ρと、乱流によって発生する壁に平行(x)方向の速度変動u’と垂直(y)方向の速度変動v’の積の時間平均で表される。実用的な高レイノルズ数流れでは、レイノルズ応力が圧倒的に大きく、流体摩擦を低減させるためにはレイノルズ応力を低減させる必要がある。図3に示す流速分布をもつ流れでレイノルズ応力が正となることは容易に理解できる。
すなわち流体の塊が上に移動(v’>0)すると、周囲の流れよりも遅い(u’<0)ので、-u’v’>0となる。下に移動した場合も同様である。すなわちレイノルズ応力項は摩擦を増加させる。
この点から、音響流の放射方向を壁面に近い表面側とすることにより、速度変動v’、u’を抑える効果が期待でき、さらに表面に近づけることによりフリースリップ的な効果が期待できる。すなわち、音響流の放射方向を表面に近くすることにより、境界層における乱流渦の法線(y)方向、流れ(x)方向の速度を小さくでき、結果的に速度変動の関連するレイノルズ応力を低減できる。
またフリースリップ的な効果により速度勾配が小さくなり、図3に示されるような乱流渦による法線(y)方向の速度を低減でき、流体の混合により発生するレイノルズ応力を軽減することができる。
さらに、音響流の放射方向を壁面に近い表面側とすることにより、超音波モータのような弾性表面波による表面近くの流体のドライブ効果も期待ができる。
また、回路20は、音響流の放射方向を流体の流れ方向の一方向にのみ放射する回路構成を有している。これにより、音響流制御の効率を有効に上げることができる。また、流れを徒に乱すことなく、境界層の速度分布や速度変動を改善できる。
【0046】
音響流放射のための弾性表面波の発生手段としては、SAW(Surface Acoustic Wave)デバイスの技術を利用する。SAWデバイスは、櫛歯型の電極を圧電材料10上に形成し、電流を流すことで、表面に弾性表面波を励起する装置である。
圧電材料10は、船体外板や配管内面など、構造物のうち流体と接する表面(壁面)に貼付する。また、回路20は、圧電材料10の上に形成され、弾性表面波の波長を決定する。
ここで、図15はレイリー角(音響流の放射角)を示す図である。
レイリー角、又は音響流が構造物100の表面と成す放射方向(放射角)は、下式(2)に示すように、構造物100の表面の縦波の伝播速度(音速)と流体の縦波の伝播速度(音速)で決まるため、単に弾性表面波を発生させるだけでは、音響流の放射角は構造物100の表面に対して大きな角度を持ち、むしろ流場を乱してしまう。
【数2】
θ;レイリー角、Cfluid;流体の音速、Csurface;表面の音速
【0047】
そのため制御手段30は、音響流の放射方向を表面側となるように制御する。音響流の放射方向は、流体の音速(流体音速)と、圧電材料10の材料表面波音速と、電圧の周波数で決まる。境界層内の速度分布のうち、表面に対して垂直方向の速度成分は流れを乱すため少なくし、表面と平行方向の速度成分を大きくすることで、音響流は流れを乱すこと無く境界層内の流場に直接的な影響を与えるため、境界層内速度分布の制御による抵抗低減効果を高めて効果的に流体抵抗を低減することができる。
【0048】
図4は流体抵抗低減装置を用いた音響流の放射方向を示す図である。
圧電材料10の材料表面波音速は、圧電材料10の厚みを弾性表面波の波長より小さく(薄く)することで制御が可能となる。発生させる弾性表面波の波長は回路20の電極の間隔で決まるので、回路20における電極の間隔を圧電材料10の厚みtよりも大きく設定することにより、圧電材料10の厚みtを弾性表面波の波長λよりも小さくできる。
音響流の放射方向を表面側とするには、構造物の表面に対して出来るだけ45度以下(レイリー角が45度以上)の平行に近い角度とする。制御手段30が、音響流の放射方向を表面に対して34度以下(レイリー角が56度以上)となるように制御することにより、有効な乱流摩擦抵抗の低減効果が得られるところ、30度以下(レイリー角が60度以上)となるように制御することが好ましく、25度以下に制御することがより好ましい。構造物の表面に沿う方向に音響流を放射することで、流れの垂直方向の速度成分を少なくして平行方向の速度成分を大きくして流体抵抗の低減効果を高め、さらに音響流の密度を上げることができ、音響流制御のエネルギー効率を高めることができる。
【0049】
流体抵抗低減装置1は、電源手段40から入力する電力を制御手段30によって制御することで、放射させる音響流の速度を任意に制御することが可能である。
流体音速に合わせて材料表面波音速を制御し、構造物の表面の接線方向の音響流を放射することで、流れを乱すこと無く境界層内の流場に直接的な影響を与え、乱流摩擦抵抗の低減を図れるため、流場制御を効率化することができる。
制御手段30は、材料表面波音速が、流体音速よりやや速くなるように制御する。なお、「やや速く」とは、材料表面波音速が流体音速の1倍を超え1.2倍以下の範囲である。材料表面波音速は、流体音速の1倍を超え1.16倍以下に設定することが好ましく、1倍を超え1.1倍以下に設定することがより好ましい。材料表面波音速を流体音速の1.16倍とした場合は、音響流の放射方向が表面に対して約30度(レイリー角が約60度)となる。なお、材料表面波音速を流体音速の1.2倍とした場合は音響流の放射方向が表面に対して約34度に相当し、1.1倍とした場合は約25度に相当する。
このように材料表面波音速が流体音速を僅かに上回る速度とすることで、音響流の放射角を構造物の表面に対して、平行に近い角度を持つようにし、ほぼ接線方向に音響流を放射できる。
【0050】
但し、弾性表面波を発生させる装置における圧電材料として一般的に用いられているニオブ酸リチウム(LiNbO、音速3992m/s)の場合、水(音速1483m/s)に放射される音響流のレイリー角θは22.5度(放射方向が表面に対して67.5度)となり、単独で用いた場合は構造物の表面に対して垂直方向の速度成分が接線方向の速度成分を卓越してしまう。また、圧電材料としてポリフッ化ビニリデン(PVDF、音速1300m/s)を単独で用いた場合は、水より音速が遅いので音響流が放射されない。
そのため、一般的な圧電材料単体では音響流の放射方向を構造物の表面に対して平行に近い角度とすることが難しい。一方、発生させる弾性表面波の波長より薄い厚みの圧電材料10の裏面に別の材料の基盤を貼り付けることで、弾性表面波の音速特性を変化させ、音速を変化させられる。
そこで、本実施形態においては、圧電材料10と構造物との間に基盤材料60を貼付して複合圧電材料としている。この場合は、圧電材料10の厚みを弾性表面波の波長よりも小さくすることと、基盤材料60の上に圧電材料10を貼り合わせることとの組み合わせにより、材料表面波音速を変化させて調整することができ、基盤材料60を用いない場合と比べて、表面波音速特性を組み合わせることにより、音響流の放射方向を構造物の表面に対して平行に近い角度(表面の接線方向に近い角度)に近づけやすくなる。
なお、基盤材料60は、金属、樹脂、又はガラス等である。圧電材料10と基盤材料60の表面波音速特性の組み合わせにより、両者を貼り合わせた際の表面波音速特性を調整して、所要の表面波音速特性を設計可能である。
また、圧電材料10のみで、所要の表面波音速特性が得られる場合は、基盤材料60を使用しないこともできる。
【0051】
音響ウェーバー数Weは音響波が媒体(液体)の表面を加速する力を表す指標であり、表面波の場合、音響ウェーバー数Weは下式(3)で示される。
We=ρ(A・ω)R/(σ・(COSθ)) ・・・(3)
ρ;媒体(液体)の密度、A;音響波の縦波振幅、ω;縦波振動の角周波数、R;(3V/2π)1/3 媒体(液体)の等価半径、θ;レイリー角、σ;物体表面と媒体(液体)間の表面張力
【0052】
図5は音響波の放射角と音響ウェーバー数の関係の一例を示す図である。
音響波の縦波振幅Aは、LiNbO 128°Yの実測データより電気機械結合係数を補正した近似式である下式(4)を用いている。
A=1.67E-10*VIN (m) ・・・(4)
VIN;印加電圧(V0-p
図5に示すように、レイリー角θが22度のとき音響ウェーバー数Weは1.0、レイリー角θが68度のとき音響ウェーバー数Weは6.14、レイリー角θが85度のとき音響ウェーバー数Weは114となる。
レイリー角θ=22度に対してレイリー角θ=85度では音響ウェーバー数Weは約100倍となり、限りなくレイリー角θを90度近くにすることにより流体の慣性力を大きくすることができ、効率的に流場に作用を与えることができる。
【0053】
図6は回路の上面にコーティングを施した状態を示す図である。
圧電材料10の上に形成した回路20の上面には、腐食防止のためコーティング70を施すことが好ましい。コーティング70の材料は、圧電材料10と表面波音速が近い材料が良く、圧電材料10と同じ材料でも良い。
コーティング70を回路20の上面に有する場合、電極の間隔は、圧電材料10の厚みtにコーティング70の厚みtを加えた総厚みt+tよりも大きく設定する。これにより、圧電材料10とコーティング70を足し合わせた厚み(総厚みt+t)が弾性表面波の波長λよりも小さくなるため、圧電材料10の材料表面波音速の制御が可能となる。
また、電極の側面にコーティング70を施すこともできる。これにより回路20の凹凸を無くし、流体抵抗を低減することができる。
【0054】
下式(5)は、圧電材料10の物性と厚み、基盤材料60の厚み、及び回路20で設定する波長に基づく、複合圧電材料の表面波音速と音響流の放射角の推定式である。
【数5】
SAW;複合圧電材料の表面波音速、Vpiezo;圧電材料10の材料表面波音速、Vbase;基盤材料60の表面波音速、α;定数、h;圧電材料10の厚み、λ;弾性表面波の波長
また、図7は複合圧電材料の表面波音速の推定結果を示す図である。図7における複合圧電材料は、圧電材料10を窒化アルミニウムとして基盤材料60をシリカとした複合圧電材料(AIN/Si)、圧電材料10をニオブ酸リチウムとして基盤材料60を樹脂とした複合圧電材料(LiNbO/Dia)、及び圧電材料10をタンタル酸リチウムとして基盤材料60を樹脂とした複合圧電材料(LiTaO/Dia)である。
【0055】
式(5)の推定式を用いて、圧電材料10の種類と厚み、基盤材料60の材質、回路20の波長を変化させて、いろいろな組み合わせの流体抵抗低減装置1を設計した。定数αは、圧電材料10と基盤材料60の組み合わせにより幅があるため、この幅を考慮しながら複合圧電材料を選定する。
図8は圧電材料をポリフッ化ビニリデン(PVDF樹脂シート)として基盤材料60をアルミとした複合圧電材料の外観写真、図9は圧電材料をニオブ酸リチウムとして基盤材料60をポリスチレン樹脂とした複合圧電材料の外観写真である。
図8に示す複合圧電材料は、圧電材料10であるPVDF樹脂シート上に回路20を形成している。PVDF樹脂シートは、比較的水に近い音速で圧電性を持つ。PVDF樹脂シートの材料表面波音速は1300m/sであり、水の音速1483m/sよりも遅いため、そのままでは音響流が水中に放射されない。よって、表面波音速の速い金属材料であるアルミを基盤材料60とする組み合わせで複合圧電材料化した。
また、図9に示す複合圧電材料は、圧電材料10であるニオブ酸リチウム薄膜上に回路20を形成している。ニオブ酸リチウム薄膜の材料表面波音速は3992m/sであり、水の音速よりも速い。よって、表面波音速の遅いポリスチレン樹脂を基盤材料60とする組み合わせで複合圧電材料化した。
また、図は省略するが、この他に圧電材料10をポリフッ化ビニリデンとし基盤材料60をステンレスとした複合圧電材料を製作した。
これら製作した複合圧電材料について共振周波数の計測を行った結果、表面波音速の変化が確認できた。例えば、ポリフッ化ビニリデン単独の場合の音速は1300m/sであるが、ポリフッ化ビニリデンを基盤材料60の上に貼付した場合は音速が1776m/sに変化し、これに伴う周波数特性の変化(共振周波数5.48MHz)を確認した。
また、製作した複合圧電材料について、回路20の同調周波数を探索することにより表面波音速を算定した結果、表面波音速を制御できることが確認できた。
なお、BSO (ビスマスシリコンオキサイド Bi12SiO20)、BGO(ビスマスゲルマニウムオキサイド Bi12GeO20)という単独材料での表面波の縦波音速(1620m/s~1720m/s程度)が、水の音速(1483m/s)より少し速い材料を用いると、材料単独でも壁面に対して25°程度の放射角で音響流を放射できることが期待できる。また、これらの材料を複合材料化すれば、より水の音速に近い表面波の縦波音速を実現することができ、ほぼ水平に近い音響流の放射が可能となり、より理想に近い流場制御が可能となる。
【0056】
図10は乱流による流速変動制御時の電力入力波形を示す図である。
電源手段40から電極に入力する電力は、交流で入力され、その周波数は1Mz~10Mzとしている。
弾性表面波を発生させる周波数よりも低い周波数であれば、波形を重畳させ、周期的に音響流の放射速度を変化させることができる。流体抵抗低減装置1の駆動周波数を1Mz~10Mzとしているのに対し、乱流による流速変動の周波数は10KHzのオーダーであるので、駆動周波数に流場変動の周波数を重畳すれば、流場変動を抑制するように音響流を放射することができ、乱流摩擦抵抗を抑制することができる。
乱流境界層においては、流速の時間的変動が乱流摩擦抵抗の原因の一つとなっているので、圧電材料10に印加する電圧のレベルを変え、乱流境界層における流体の流速の時間的変動を低減する。時間的変動を抑制することで、例えば乱流渦による流体の流速の時間的変動に対応し、効率的に乱流摩擦抵抗等の流体抵抗を低減できる。
電圧のレベルは、流速の時間的変動に応じて時間的に変えることが好ましい。これにより、より効率的に流体抵抗を低減できる。
【0057】
また、乱流境界層においては、流速の空間的な変動が乱流摩擦抵抗の原因と一つなっている。そのため、空間的変動を抑制することで、効率的に乱流摩擦抵抗を低減できる。乱流渦の空間的なスケールは10~100μmのオーダーであるが、回路20を微細化することにより、空間分解能を弾性表面波の波長(例えば、5Mzで324μm)のスケールまで細かくすることが可能である。
【0058】
図11は並列型の回路の例を示す図である。また、図12は櫛歯状の電極を用いた単方向型回路の例を示す図であり、図12(a)は全体図、図12(b)は一部拡大図である。
ここで、図16は櫛歯状の電極を用いた双方向型回路の例を示す図である。一般的な櫛歯状の電極は、主電路と接続された櫛歯状の電極を向かい合わせに組み合わせる構造となっており、交流電力を入力すると櫛歯の両方向に弾性表面波を励起し、音響流も両方向に放出される。
これに対して本実施形態の回路20は、回路構成が、主電路と接続される櫛歯状の電極を向かい合わせに組み合わせ、電極の間に開放浮き電極21と短絡浮き電極22を有した櫛歯状回路とすることで、音響流の放射方向の一方向性を実現している。このように、向かい合わせに組み合わせた櫛歯状電極と、電極の間に開放浮き電極21と短絡浮き電極22を有することにより、単方向型として音響流を一方向のみに放射することが可能となり、音響流制御の効率を上げることができる。
【0059】
次に、本発明の他の実施形態による構造物の流体抵抗低減方法、及び構造物の流体抵抗低減装置について説明する。なお、上記した実施形態と同一機能部材については同符号を付して説明を省略する。
図13は本実施形態による構造物の流体抵抗低減装置の構成を示す図、図14は流速検出手段と組み合わせた回路の例を示す図である。なお、図14における1~4の数字は各ポジションを示している。
【0060】
構造物の表面近傍の境界層内の速度分布は、構造物の速度変化に伴い変化する。このため制御手段30は、構造物の速度に合わせて電源手段40から圧電材料10に入力する電圧を調整して、放射する音響流の速力を変化させる。
本実施形態の流体抵抗低減装置1は、回路20の上流側に流体の流速を検出する流速検出手段80を備える。
流速検出手段80は、電極式の剪断力計と、電極式の温度計を有する。また、制御手段30に接続されている記憶手段(図示無し)には、流速変化と剪断力変化の関係、及び流速変化と温度変化の関係が記憶されている。
剪断力計及び温度計は計測値を制御手段30へ出力する。制御手段30は、剪断力計で計測される剪断応力の瞬時値を用いて流体の流速を検出し、検出した流速(検出流速)に基づいて電圧のレベルを変え音響流放射を制御する。検出流速に基づくことで、効果的に流体抵抗の低減を図ることができる。また、制御手段30は、温度計で計測された温度を用いて流体の流速を検出し、検出した流速も併せて用いることで、より精度よく制御を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、流体が表面を流れる船舶、航空機、鉄道、自動車、又は配管等の構造物に適用し、外部表面又は内部表面に発生する流体抵抗を低減することができる。船舶に適用する場合、浸水表面全体に適用しても良いが、船首尾又は船首尾の曲率が大きい部分等、効果の大きい部分にのみ適用しても良い。また、プロペラに適用する場合、プロペラ全体に適用しても良いが、プロペラの曲率の大きい部分や、翼前縁部分などにのみ適用しても良い。
【符号の説明】
【0062】
1 流体抵抗低減装置
10 圧電材料
20 回路
21 開放浮き電極
22 短絡浮き電極
30 制御手段
60 基盤材料
70 コーティング
80 流速検出手段
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16