(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022138719
(43)【公開日】2022-09-26
(54)【発明の名称】熱間工具鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20220915BHJP
C22C 38/46 20060101ALI20220915BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20220915BHJP
【FI】
C22C38/00 301H
C22C38/00 302E
C22C38/46
C21D9/00 M
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021038765
(22)【出願日】2021-03-10
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2021-10-06
(71)【出願人】
【識別番号】000231165
【氏名又は名称】日本高周波鋼業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090158
【弁理士】
【氏名又は名称】藤巻 正憲
(72)【発明者】
【氏名】根岸 茂利
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA02
4K042BA10
4K042BA14
4K042CA06
4K042CA07
4K042CA08
4K042CA10
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA03
4K042DC02
4K042DC03
4K042DE01
4K042DE05
4K042DE06
(57)【要約】
【課題】高温での0.2%耐力が優れた熱間工具鋼を得ることができ、この熱間工具鋼を使用して金型を製造すれば、加工対象が高強度の鋼種であっても、塑性変形することがなく、高精度の加工が可能となる熱間工具鋼を提供する。
【解決手段】C:0.35~0.50質量%、Si:0.50質量%以下、Mn:0.37~1.00質量%、Cr:4.30~5.50質量%、Ni:0.20質量%以下、Mo+(1/2)W:1.5~3.2質量%、V:0.30~0.80質量%、N:0.006~0.025質量%、を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である組成を有し、更に、成分Xの含有量(質量%)を[X]で表したとき、A=1050-373.6[C]+28.7[Cr]-150.0[Ni]-127.3[V]+45.9[Mo+(1/2)W]で求まるAが1000を超える。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.35~0.50質量%、
Si:0.50質量%以下、
Mn:0.37~1.00質量%、
Cr:4.30~5.50質量%、
Ni:0.20質量%以下、
Mo+(1/2)W:1.5~3.2質量%、
V:0.30~0.80質量%、
N:0.006~0.025質量%、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である組成を有し、
更に、成分Xの含有量(質量%)を[X]で表したとき、
A=1050-373.6[C]+28.7[Cr]-150.0[Ni]-127.3[V]+45.9[Mo+(1/2)W]
で求まるAが1000を超えることを特徴とする熱間工具鋼。
【請求項2】
Cは0.45質量%以下であることを特徴とする請求項1に記載の熱間工具鋼。
【請求項3】
Mnは0.45質量%以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の熱間工具鋼。
【請求項4】
Vは0.49~0.62質量%であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の熱間工具鋼。
【請求項5】
Mo+(1/2)Wが1.6質量%以上であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれ1項に記載の熱間工具鋼。
【請求項6】
焼入性の指標である焼入臨界冷却時間が60分以上であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の熱間工具鋼。
【請求項7】
焼入焼戻処理により、500℃における高温引張試験の0.2%耐力が1000MPa以上に調質されていることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の熱間工具鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温熱間プレス、ダイカスト、熱間押出、又は温熱間鍛造等に使用される金型(ダイスを含む)の素材として好適な高焼入性及び高高温強度の熱間工具鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
温熱間プレス、ダイカスト、熱間押出、又は温熱間鍛造に使用される金型用の素材として、JIS・SKD61及びSKD7が汎用的に使用されている。両鋼種は、要求される特性によって使い分けがされており、靭性が求められる部材には一般的にSKD61が使用され、高温強度が求められる部材には主としてSKD7が使用されている。
【0003】
ところで、熱間加工工具の鋼材として、Cr及びMoの含有量を調整することにより、軟化抵抗特性(高温強度)と靭性の双方を向上させることを目的として熱間工具鋼が提案されている(特許文献1)。この特許文献1に記載された発明に係る熱間金型用鋼は、靱性がシャルピー衝撃試験値で50.3~86.6J/cm2であり、かつ、焼入焼戻しにより調質する前の初期硬さのHRCと焼入焼戻しにより調質した後のHRCとの差であるΔHRCが7.3~11.1である。このΔHRCを軟化抵抗特性(高温強度)としている。
【0004】
また、焼入焼戻し後の炭化物組成と量に着目して、それらを適正に制御することにより靭性及び高温強度を向上させることを目的とした熱間金型用鋼も提案されている(特許文献2)。この特許文献2に記載された発明に係る熱間金型用鋼は、シャルピー衝撃値が30J/cm2以上、軟化量(ΔHRC)が13HRC以下である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013-087322
【特許文献2】特開2017-155306
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般的にSKD61、SKD62、SKD7等の鋼種は、熱間で使用される金型用の素材として知られている。そして、耐熱性と共に耐ヒートチェック性及び靭性が要求される用途にはSKD61が金型素材として採用され、耐軟化性及び耐熱強度が要求される用途にはSKD7が金型素材として採用されている。
【0007】
一方、特許文献1又は特許文献2に開示された発明において、熱間工具鋼の高温強度は、45HRCに焼入れ焼戻された鋼材の高温保持後の硬さの低下(軟化抵抗)で評価されている。これは、ダイカストなどの溶融アルミニウムを鋳造する金型鋼の特性評価としては問題ないが、熱間押出又は温熱間鍛造などの被加工材の強度が高い材料を加工する金型の用途では、金型材料にかかる応力が高く、強度が不足するため、適していない。即ち、熱間押出用の金型では、40HRC以下の硬さでは強度不足により加工時にたわみが生じ、押出製品の寸法規格を満たすことができなくなる。特許文献1,2の発明では、軟化抵抗後の硬さが35HRC以下の鋼材も含まれており、熱間押出又は温熱間鍛造のような被加工材の強度が高い場合には、上述のごとく、加工時にたわみが生じ、高寸法精度の製品を得ることはできない。
【0008】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、高温での0.2%耐力が優れた熱間工具鋼を得ることができ、この熱間工具鋼を使用して金型を製造すれば、加工対象が高強度の材料であっても、塑性変形することがなく、高精度の加工が可能となる熱間工具鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る熱間工具鋼は、
C:0.35~0.50質量%、
Si:0.50質量%以下、
Mn:0.37~1.00質量%、
Cr:4.30~5.50質量%、
Ni:0.20質量%以下、
Mo+(1/2)W:1.5~3.2質量%、
V:0.30~0.80質量%、
N:0.006~0.025質量%、
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物である組成を有し、
更に、成分Xの含有量(質量%)を[X]で表したとき、
A=1050-373.6[C]+28.7[Cr]-150.0[Ni]-127.3[V]+45.9[Mo+(1/2)W]
で求まるAが1000を超えることを特徴とする。
【0010】
本発明において、例えば、
Cは0.45質量%以下であること、Mnは0.45質量%以上であること、Vは0.49~0.62質量%であること、又はMo+(1/2)Wは1.6質量%以上とすることができる。
【0011】
また、本発明においては、例えば、
焼入性の指標である焼入臨界冷却時間が60分以上であることが好ましく、
更に、
焼入焼戻処理により、500℃における高温引張試験の0.2%耐力が1000MPa以上に調質されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高温での0.2%耐力が優れた熱間工具鋼が得られ、この鋼材を使用して製造した金型により押出加工又は鍛造加工した場合は、相手材が高強度であって繰り返し加工した場合でも、金型は塑性変形することなく、高精度の製品を加工することができる。
【0013】
また、本発明の鋼材を使用した金型は、塑性変形が防止されるので、金型寿命を向上させることができる。そして、本発明の鋼材は、焼入性も良好であり、焼入冷却速度の影響による靭性の低下を抑制することができる。更に、本発明の鋼材は焼入性が優れているので、この鋼材を使用した金型であれば、大型材でも製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】0.2%耐力を説明する引張特性を示す図である。
【
図2】0.2%耐力と、弾性歪み又は塑性歪みとの関係を示す図である。
【
図3】A値と0.2%耐力(MPa)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について、詳細に説明する。熱間工具鋼、特に熱間押出ダイスに使用される金型用鋼材には、高強度の被加工材を高精度な製品に仕上げ加工するための特性が必要であり、それは使用する金型のたわみを小さくすることを可能とする特性である。この特性の実現のためには、金型用鋼材の高温での弾性限度が高いことが必要である。本発明はこのような知見に基づいてなされたものである。
【0016】
実際上、金型材の高温の弾性限度を測定することは実験的に困難である。このため、一般に用いられる高温引張試験の0.2%耐力を塑性変形領域までの強度の指標とした。
図1は、横軸に伸び(歪み)をとり、縦軸に荷重(応力)をとって、高温における鋼材の引張特性を示す模式図である。また、
図2は弾性域の高温引張特性を取り出して示す模式図である。
図1において、点Pは比例限荷重、点Eは弾性限荷重、点Bは最大荷重、点Fは破断荷重である。また、荷重が0のときの伸びが0.2%の点から、応力―歪み線の弾性域に平行に線を引いて応力―歪み線と交差する点が、0.2%耐力σ
0.2である。なお、
図1及び
図2は、高温引張特性を模式的に示したもので、鋼種及び試験温度は特定のものに限定されるものではない。前述のごとく、高温の弾性限度を測定することは困難であるから、代わりに、0.2%耐力σ
0.2を高温における弾性限度の指標(塑性変形領域までの強度の指標)とする。なお、荷重0から弾性限荷重Eまで引っ張ったときの歪みが弾性ひずみであり、弾性限荷重Eから後は塑性歪みである。そして、鋼材の弾性限の指標である0.2%耐力σ
0.2が大きいと塑性歪みが生じ始める荷重が大きくなり、0.2%耐力σ
0.2が大きい鋼材を金型(ダイス)に適用した場合には、加工応力及び熱応力を受けたときに、弾性域での変形が支配的となり、金型に発生するたわみが小さくなる。従って、金型を使用して加工される製品の精度が高くなり、また、金型寿命も向上する。
【0017】
よって、本願発明者らは、この0.2%耐力σ0.2を金型用鋼材の高温におけるたわみの少なさの指標として、塑性変形が少なくて高精度の加工を可能とする鋼材の開発をすべく種々実験研究を行った。多くの場合、高強度熱間押出ダイスは49HRC程度に調質して使用される。本願発明者らは実際の使用硬度レベルに調質した鋼材における高温引張試験の0.2%耐力σ0.2を測定し、その値が高くなる鋼材成分の組合せを検討した。このとき、0.2%耐力σ0.2の目標値は1000MPaとした。当然、使用し続ける回数が増えるに従って、ダイスは熱影響による軟化が発生するため、金型材には軟化抵抗性が高いことも要求される。加えて、0.2%耐力が高いことは、前述のごとく、使用される金型の塑性変形が抑制されるので、金型の長寿命化をもたらすことになる。更に、熱間工具鋼の焼入れ性は、金型中心部の焼入れ冷却速度に影響する。特に、大型の金型の場合は、金型を構成する鋼材の焼入性が低いと、金型中心部の焼入冷却速度が遅くなるために、焼入が不十分となって、靱性値の低下につながり、金型の早期破損が生じてしまう。従って、本発明においても、この熱間工具鋼の焼入れ性が高いことは重要な要素である。
【0018】
このように、本発明は、0.2%耐力σ0.2、軟化抵抗、及び焼入れ性(靱性)を高めることにより、温熱間で使用される金型用鋼材として、塑性変形が小さく高精度の製品を得ることを可能にする金型用鋼材として有用な熱間工具鋼を提案するものである。
【0019】
先ず、本発明の熱間工具鋼の成分添加理由及び組成限定理由について説明する。
【0020】
「C:0.35~0.50質量%」
Cは、熱間工具鋼の基地に固溶し、熱間工具鋼の硬度を高め、耐摩耗性を高める元素である。また、Cは炭化物を形成し、高温での軟化抵抗性を高める。Cが0.35質量%未満では、それらの必要特性を満足することができない。一方、Cが0.50質量% を超えると、鋼の靱性が低下する。よって、Cの含有量は、0.35~0.50質量%とする。また、Cは後述するA値にも影響を与える元素であり、過剰に添加すると、高温での0.2%耐力σ0.2が低下する。このため、好ましくは、Cの上限は0.45質量%以下である。
【0021】
「Si:0.50質量%以下」
Siは、鋼の被削性を高めるという効果があるので、添加することができる。一方で、Siを0.50質量% を超えて含有させると、偏析の悪化により、靭性が低下する。よって、Siの含有量は、0.50質量%以下とする。
【0022】
「Mn:0.37~1.00質量%」
Mnは、オーステナイトを安定化させ、焼入性を高める元素である。Mnが0.37質量%未満では、焼入性の低下が著しい。望ましくは、Mnは0.45質量%以上である。Mnが1.00質量%を超えて含有されると、加工性及び熱伝導率が悪化するため、その含有量は、0.37~1.00質量%とする。
【0023】
「Cr:4.30~5.50質量%」
Crは、焼入性と靭性を高める元素である。また、Crは焼入後の焼戻において、炭化物を生成して耐熱性を高める作用がある。Crが4.30質量%未満では、鋼の焼入性の低下が著しい。また、Crは後述するA値にも影響を与える元素であり、その添加により高温での0.2%耐力σ0.2が増加するため、Crは4.30質量%以上の添加が必要である。一方、Crを5.50質量%を超えて含有させると、Cr系の炭化物を過剰に生成しやすく、そうすると靭性が低下するため、Crの含有量は、4.30~5.50質量%とする。
【0024】
「Ni:0.20質量%以下」
Niは、Crと同様に、鋼の焼入性を向上させるために有効な元素であるが、Niが0.20質量%を超えると、鋼材の被削性が低下するので、Niの含有量は、0.20質量%以下とする。また、Niは後述するA値にも影響を与える元素であり、その添加により高温での0.2%耐力σ0.2が大きく低下する。このため、Niの多量の添加は好ましくなく、このような理由からも、Ni添加量の上限は0.20質量%である。
【0025】
「Mo+(1/2)W:1.5~3.2質量%」
MoとWは、いずれも、Crと同様に、焼入性を向上させるために有効な元素である。また、Mo及びWは、焼入後の焼戻において、炭化物を生成して鋼材の強度と耐熱性を高めるために有効である。Mo含有量と、W含有量の1/2の量の合計(Mo+(1/2)W)が、1.5質量%未満であると、焼入性の向上効果が得られない。一方、(Mo+(1/2)W)が、3.2質量%を超えると、晶出炭化物が発生して、焼入性の低下が認められる。このため、(Mo+(1/2)W)は、1.5~3.2質量%とする。但し、WはMoの約2倍の原子量を有しており、原子数が同等である場合に、焼入性が同等であって、その効果の程度において相互に置き換え可能な特性を有する。このため、Mo及びWの添加については、(Mo+(1/2)W)を指標とした。なお、Mo及びWは、そのいずれか一方を単独で添加してもよい。また、Mo及びWは、後述するA値にも影響を与える元素であり、その添加により、高温での0.2%耐力が増加する。そのため、好ましくは、Mo+(1/2)Wを1.6質量%以上とすることが好ましい。
【0026】
「V:0.30~0.80質量%」
Vは炭化物を形成し、焼入時の結晶粒の粗大化防止及び耐摩耗性の向上に有効な元素である。この効果を得るためには、V は0.30質量%以上含有することが必要である。しかし、Vが0.80質量%を超えると、鋼中に粗大な炭化物を形成し、鋼の靱性を低下させると共に、Vの過剰な添加は、製造コストを上昇させてしまう。このため、Vの含有量は、0.30~0.80質量%とする。また、Vは、後述するA値にも影響を与える元素であり、Vの添加により高温での0.2%耐力が低下してしまう。このため、Vの含有量は、好ましくは、0.49質量%以上であり、また0.62質量%以下である。
【0027】
「N:0.006~0.025質量%」
Nは、微細な炭化物を形成し、鋼の焼入時の結晶粒粗大化防止及び被削性の向上に有効な元素である。この効果を得るためには、Nは0.006質量%以上であることが必要である。また、Nが0.025質量%を超えると、粗大な炭化物を形成し、鋼の靭性を劣化させるので、Nの含有量は0.006~0.025%とする。
【0028】
このように、本発明の目的を達成するために、各成分組成を、所定の組成範囲内にすることが必要であるが、特に、C、Si、Mn、Cr、Ni、V及び(Mo+(1/2)W)の量を上記範囲にすることが重要である。なお、上記成分に加えて、不可避的不純物としては、例えば焼入性改善効果があるB、被削性改善効果があるS、結晶粒微細化効果があるTi又はNbが、他の特性を悪化させない程度に含有する場合もある。
【0029】
「A>1000」
Aは、成分Xの含有量(質量%)を[X]で表したとき、下記数式1にて求まる。
【0030】
【0031】
本発明においては、このA値が1000を超えるように各成分の含有量を決める。
【0032】
本発明の技術分野である熱間鍛造、熱間押出、及びダイカスト等の金型に使用される熱間工具鋼は、焼入れ焼戻しにより40~50HRCに調質されて利用されるのが一般的である。そして、上述のようにして調質された金型は、400~500℃前後の温度に加熱した後、被加工材を押出、鍛造又は鋳造する際の型材として利用される。
【0033】
ところで、本願発明者等は、前述のごとく、上記金型材の高温での必要特性として、0.2%耐力σ0.2をその指標とした。熱間工具鋼の0.2%耐力σ0.2は、室温から300℃程度までは、合金成分の影響を受けにくいが、一方で、500℃以上となると、例えばJIS SKD61とJIS SKD7ではその特性に差異が生じてくる。そこで、500℃において、0.2%耐力σ0.2に与える各合金成分の影響に関して鋭意研究を重ねた結果、高温の0.2%耐力σ0.2と合金元素との関係は[C]、[Ni]、[V]を添加するとA値が低下し、反対に[Cr]、[Mo+(1/2)W]の添加量を増加させるとA値が高くなり、A値が高いほど、0.2%耐力σ0.2が大きくなって、特性が向上することが判明した。
【0034】
上記A値の数式1は、以下のようにして求めた。即ち、本願発明者等は、各合金元素の含有量を変化させて製造した試験片を、HRCが49±1になるように調質し、500℃で高温引張試験を実施した。そして、この高温引張試験において、0.2%耐力σ0.2を測定し、その後、0.2%耐力σ0.2に与える各元素の影響度合いを、最小二乗法(重回帰分析)により算出した。この影響度合いの解析結果から、各成分の含有量の係数を求め、A値の式(数式1)を求めた。
【0035】
図3は横軸にA値をとり、縦軸に0.2%耐力σ0.2をとって、各鋼材の試験片の0.2%耐力測定値と、組成から求めたA値との関係を、図中にプロットした。この場合に、この0.2%耐力がA値で最もよく近似されるように、A値の係数を最小二乗法により求めたのが、上記数式1である。本発明においては、近似式である数式1が1000を超えるように、各成分の含有量を決定すると、0.2%耐力σ
0.2がほぼ1000を超えた値となる。
【0036】
図3に示すように、A値が高いほど、0.2%耐力σ
0.2が高くなるので、このA値が高くなるように、これらの成分[C]、[Ni]、[V]、[Cr]、[Mo+(1/2)W]の含有量を規定することにより、本発明の目的が達成される。具体的には、このA値の閾値をA=1000とすると、本発明の鋼材の成分の各含有量がA>1000を満たした場合に、0.2%耐力が1000MPa以上となるので、本発明においては、このA値が1000より大となるように、各成分の含有量を決める。
【実施例0037】
次に、本発明の請求項1を満たす実施例の熱間工具鋼の特性を、本発明の範囲から外れる比較例の熱間工具鋼の特性と対比して、本発明の効果について説明する。下記表1に示す組成の実施例1~5及び比較例6~14の鋼材を高周波誘導炉にて溶解し、20kgのインゴットを得た。また、比較例15,16は、量産電気炉で溶製した3~6トンの鋼塊を6S以上の鍛錬比で鍛造したものである。これらのインゴットを、1200~1280℃の温度に4時間以上加熱した後、鍛造し、その後、820~870℃の温度に4時間以上加熱保持し、400~500℃の温度まで15~35℃/時の冷却速度で冷却を行う焼なまし処理を実施した。そして、この焼なまし処理後の鋼材から、軟化抵抗試験片、焼入性試験片、引張試験片、及びシャルピー衝撃試験片を採取した。
【0038】
そして、これらの試験片をもとに、表2に示す「焼入性」、「靱性」、「0.2%耐力σ0.2」及び「軟化抵抗」を求めた。
【0039】
「焼入性」試験は、フォーマスタ試験によりCCT曲線を作成し、ベイナイトが発生する焼入臨界冷却時間(分)を求めることにより、その優劣を判定した。具体的には、1030℃に10分保持した後に等速度で冷却し、ベイナイトが発生するまでの焼入臨界冷却時間が60分以上の場合は〇とし、60分未満は×として、焼入性を評価した。
【0040】
「靭性」試験は、10×10×55mmのJIS3号試験片を切り出し、1030℃に30分加熱後に、毎分12.5℃の冷却速度で室温まで冷却する焼入を行った後に、580~630℃で2回以上の焼戻しを行い、硬さを49±1HRCに揃えた後、衝撃値を測定した。評価は衝撃値が25J/cm2以上は◎、15J/cm2以上25J/cm2未満は〇、15J/cm2未満の場合は×として表した。
【0041】
「軟化抵抗」試験は、1030℃に30分間加熱した後に、毎分33.3℃の冷却速度で室温まで冷却する焼入を行った後に、580~630℃で2回以上の焼戻しを行い、硬さを48±1HRCに調質した各鋼材を600℃にて50時間保持し、この鋼材を空冷した後に硬度を測定し、初期の調質硬さとの差、即ち硬度低下ΔHRCにて評価した。初期の調質硬さと試験後の硬さの差ΔHRCが10HRC以下であれば、軟化抵抗の評価は◎とし、10を超えて13HRC以下であれば○とし、13HRC超であれば×とした。
【0042】
高温引張試験における「0.2%耐力」は、鋼材から平行部の直径が6mm、平行部の長さが30mmとしたつば付き試験片(JIS G0567)を切りだし、1030℃に30分加熱した後に、毎分33.3℃の冷却速度で室温まで冷却する焼入を行った後に、580~630℃で2回以上の焼戻しを行い、硬さを49±1HRCに揃えた。得られた試験片について、JIS G0567に準拠して500℃の温度環境下で引張試験を行った。引張速度は平行部長さが30mmの部位に対し、0.3%/分とした。そして、0.2%耐力σ0.2を求めて表2に示した(単位はMPa)。本発明においては、この0.2%耐力σ0.2が1000MPa以上の場合に良好と判断される。
【0043】
【0044】
【0045】
表1は試験に供した鋼材のC、Si、Mn、Cr、Ni、Mo、W、V、及びNの含有量と、Mo+(1/2)Wの値を示す。表1の残部は、Fe及び不可避的不純物である。本発明の実施例1~5は、各成分の含有量が請求項1を満たし、また、A値は表2に示すように、1000を超えている。そして、実施例1~5は、焼入性が○、靱性が◎又は○、軟化抵抗が○であり、0.2%耐力σ0.2は1000MPaを超えている。
【0046】
一方、比較例6は、A値が1000超を満足しているが、Cr含有量が本発明の範囲よりも少なすぎると共に、Mo+(1/2)Wが本発明の範囲より多いため、晶出炭化物が発生して焼入性が劣り、本発明にて焼入性の指標としている焼入臨界冷却時間の60分以上を満たしていない。また、比較例9、10、11、14も、Cr含有量が本発明の範囲よりも少なすぎるため、本来的には比較例6と同様に焼入性が劣るものであるが、これらの比較例9,10,11,14では、他の元素の添加で焼入性の向上を図ったため、表2に示すように、焼入性の欄は、いずれも○(焼入臨界冷却時間は60分以上)である。しかし、比較例9,10,11,14は、いずれもNiを本発明の範囲を超えて添加しているため、このようなA値を下げるNi(A値の式の係数が負)を添加したため、A値が1000以下となり、高温での0.2%耐力σ0.2が低いものとなった。また、比較例9はC及びVも比較的高く、これも、A値を低くする要因である。
【0047】
比較例7,8,12,13は、Niが高いため、A値が低いものとなった。また、比較例7、12、13はCが若干高いため、これも、A値を低くする要因である。
【0048】
また、比較例10,12,13,14は、Mo+(1/2)Wの含有量が比較的低いため、A値が低く、0.2%耐力σ0.2も低い。
【0049】
更に、比較例15は、Siが多く、Mnが少なく、Mo+(1/2)Wが少ないため、軟化抵抗が低く、A値も低いため、0.2%耐力σ0.2も低い。比較例16は、Mn及びCrが少ないため、焼入性及び靱性が低いものであった。
本発明によれば、高温での弾性限度が高く、塑性変形歪みが小さい金型の製造に有効であり、金型寿命の延長が可能である。このため、本発明によれば、高強度な相手材に対して繰り返し押出又は鍛造を行う場合にも、高精度の製品を製造することを可能とする金型用の鋼材として、有益である。