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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022138766
(43)【公開日】2022-09-26
(54)【発明の名称】受信機及び受信方法
(51)【国際特許分類】
   H04L 27/22 20060101AFI20220915BHJP
   H04L 27/18 20060101ALI20220915BHJP
   H04B 17/309 20150101ALI20220915BHJP
【FI】
H04L27/22 Z
H04L27/18 A
H04B17/309
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021038838
(22)【出願日】2021-03-11
(71)【出願人】
【識別番号】000006666
【氏名又は名称】アズビル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110003166
【氏名又は名称】弁理士法人山王内外特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 宏
(57)【要約】      (修正有)
【課題】局部発振信号の位相を搬送波の位相に合わせることなく伝播時間を計測可能とする受信機及び受信方法を提供する。
【解決手段】受信機は、送信機において搬送波に対する位相偏移変調で用いられる疑似乱数列の信号を保持する送信情報保持部及び送信機により送信された位相偏移変調後の信号である受信信号を取得する受信情報取得部と、受信情報取得部により取得された受信信号に対して直交検波を行うことで復調する復調部と、復調部による復調後の信号を複素数とみなし、送信情報保持部により保持された疑似乱数列の信号との間で相関関数を算出する相互相関演算部241と、相互相関演算部241により算出された複素数の相関関数の絶対値を算出する絶対値演算部242と、絶対値演算部242により算出された絶対値のピークの位置を算出することで、伝播時間を算出する伝播時間演算部243と、を有する相関演算部24を備える。
【選択図】図5
【特許請求の範囲】
【請求項1】
送信機において搬送波に対する位相偏移変調で用いられる疑似乱数列の信号を保持する送信情報保持部と、
前記送信機により送信された位相偏移変調後の信号である受信信号を取得する受信情報取得部と、
前記受信情報取得部により取得された受信信号に対して直交検波を行うことで復調する復調部と、
前記復調による復調後の信号を複素数とみなし、前記送信情報保持部により保持された疑似乱数列の信号との間で相関関数を算出する相互相関演算部と、
前記相互相関演算部により算出された複素数の相関関数の絶対値を算出する絶対値演算部と、
前記絶対値演算部により算出された絶対値のピークの位置を算出することで、伝播時間を算出する伝播時間演算部と
を備えた受信機。
【請求項2】
前記送信機及び前記受信機の間で送受信される波動は超音波である
ことを特徴とする請求項1記載の受信機。
【請求項3】
前記復調部は、
局部発振信号として、前記受信情報取得部により取得された受信信号中の搬送波と同じ周波数である第1正弦波信号を生成する第1正弦波生成部と、
前記受信情報取得部により取得された受信信号に、前記第1正弦波生成部により生成された第1正弦波信号を乗算する第1乗算器と、
前記第1乗算器による乗算結果に対して高周波成分を除去することで、I信号を得る第1LPFと、
局部発振信号として、前記第1正弦波生成部により生成された第1正弦波信号と同じ周波数且つ位相が90°進んだ第2正弦波信号を生成する第2正弦波生成部と、
前記受信情報取得部により取得された受信信号に、前記第2正弦波生成部により生成された第2正弦波信号を乗算する第2乗算器と、
前記第2乗算器による乗算結果に対して高周波成分を除去することで、Q信号を得る第2LPFとを有する
ことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の受信機。
【請求項4】
送信情報保持部が、送信機において搬送波に対する位相偏移変調で用いられる疑似乱数列の信号を保持するステップと、
受信情報取得部が、前記送信機により送信された位相偏移変調後の信号である受信信号を取得するステップと、
復調部が、前記受信情報取得部により取得された受信信号に対して直交検波を行うことで復調するステップと、
相互相関演算部が、前記復調部による復調後の信号を複素数とみなし、前記送信情報保持部により保持された疑似乱数列の信号との間で相関関数を算出するステップと、
絶対値演算部が、前記相互相関演算部により算出された複素数の相関関数の絶対値を算出するステップと、
伝播時間演算部が、前記絶対値演算部により算出された絶対値のピークの位置を算出することで、伝播時間を算出するステップと
を有する受信方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、信号(波動)の伝播時間を計測するための受信機及び受信方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超音波等の波動を用いた伝播時間の計測が知られている(例えば特許文献1参照)。この伝播時間の計測は、搬送波を位相偏移変調(Phase Shift Keying,PSK)で変調し、この変調信号を送受信した際の送信信号と受信信号との間の相互相関を計算することで実現されている。
この伝播時間の計測は、例えば距離計測(例えば非特許文献1参照)で用いられている。一般に、位相偏移変調を復調する際には、受信機において局部発振(Local Oscillator;LO)信号の位相を受信信号中の搬送波の位相に合わせることが必要である。この非特許文献1に開示された技術では、位相を合わせるために、送信機側及び受信機側で同一のクロックを使用している。但し、これは送信機と受信機とが同じ場所に存在しているからできるのであり、通常は受信機が送信機と離れたところにあるため、受信機で位相同期検波(PLL)等の回路を使って搬送波と位相が合うように局部発振信号を生成する必要があると考えられていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006-246476号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】山根ほか、疑似乱数M系列によるスペクトル拡散音波の距離計測への応用、https://www.jstage.jst.go.jp/article/sicetr1965/39/10/39_10_879/_pdf/-char/ja
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記のように、位相偏移変調された信号を用いた伝播時間の計測では、位相偏移変調された信号を復調する際に、局部発振信号の位相を搬送波の位相に合わせて復調を行う必要があると考えられていた。このためには、受信機に位相同期検波等の回路が必要となり、回路が複雑となってしまう。
【0006】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたもので、位相偏移変調された信号を用いた伝播時間の計測において、位相偏移変調された信号を復調する際に、局部発振信号の位相を搬送波の位相に合わせることなく復調可能な受信機を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明に係る受信機は、送信機において搬送波に対する位相偏移変調で用いられる疑似乱数列の信号を保持する送信情報保持部と、送信機により送信された位相偏移変調後の信号である受信信号を取得する受信情報取得部と、受信情報取得部により取得された受信信号に対して直交検波を行うことで復調する復調部と、復調部による復調後の信号を複素数とみなし、送信情報保持部により保持された疑似乱数列の信号との間で相関関数を算出する相互相関演算部と、相互相関演算部により算出された複素数の相関関数の絶対値を算出する絶対値演算部と、絶対値演算部により算出された絶対値のピークの位置を算出することで、伝播時間を算出する伝播時間演算部とを備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
この発明によれば、上記のように構成したので、位相偏移変調された信号を用いた伝播時間の計測において、位相偏移変調された信号を復調する際に、局部発振信号の位相を搬送波の位相に合わせることなく復調可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施の形態1に係る伝播時間計測装置の構成例を示す図である。
図2】実施の形態1に係る送信機の構成例を示す図である。
図3】実施の形態1に係る受信機の構成例を示す図である。
図4】実施の形態1における復調部の構成例を示す図である。
図5】実施の形態1における相関演算部の構成例を示す図である。
図6】実施の形態1に係る受信機の動作例を示すフローチャートである。
図7】搬送波と局部発振信号の位相が揃っている場合でのBPSK信号の復調結果の一例を示す図である。
図8】搬送波の位相が局部発振信号の位相に対してφだけ進んでいる場合でのBPSK信号の復調結果の一例を示す図である。
図9】搬送波の位相が局部発振信号の位相に対してφだけ進んでいる場合でのPSK信号の復調結果の一例を示す図である。
図10】実施の形態1に係る伝播時間計測装置の具体的な構成例を示す図である。
図11図10に示す伝播時間計測装置で用いた疑似乱数列(M系列)の1周期分の信号を示す図である。
図12図10に示す伝播時間計測装置で得られた受信信号を示す図である。
図13図13Aは、図10に示す復調器で得られたI信号を示す図であり、図13Bは、図10に示す復調器で得られたQ信号を示す図である。
図14図10に示す相関演算部で得られた相関関数の絶対値を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、この発明の実施の形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
実施の形態1.
図1は実施の形態1に係る伝播時間計測装置の構成例を示す図である。
伝播時間計測装置は、信号(波動)の伝播時間を計測する。この伝播時間計測装置は、図1に示すように、送信機1及び受信機2を備えている。
【0011】
図2は実施の形態1に係る送信機1の構成例を示す図である。
送信機1は、変調部11及び送信部12を備えている。
変調部11は、搬送波に対して疑似乱数列の信号を位相偏移変調することで変調信号を生成する。また、変調部11は、外部から入力した送信タイミング信号が示す送信タイミングに応じて、上記生成を行う。
送信部12は、変調部11により生成された変調信号(位相偏移変調後の信号)を送信する。
【0012】
図3は実施の形態1に係る受信機2の構成例を示す図である。
受信機2は、後述する受信情報取得部22(受信部)を用いて、送信機1により送信された変調信号を取得する。また、受信機2は、後述する復調部23及び相関演算部24を用いて、送信機1で用いられる疑似乱数列の信号及び受信情報取得部22により取得された変調信号(受信信号)に基づいて、送信機1から受信機2までの信号の伝播時間を算出する。また、受信機2は、図3に示すように、伝播時間に音速をかけることで、送信機1から受信機2までの距離を算出することもできる。
【0013】
受信機2は、図3に示すように、送信情報保持部21、受信情報取得部22、復調部23及び相関演算部24を備えている。
【0014】
なお、受信機2は、ディスクリートな部品で実現されてもよいし、システムLSI(Large Scale Integration)等の処理回路、又はメモリ等に記憶されたプログラムを実行するCPU(Central Processing Unit)、又はメモリ等に記憶されたロジックを実行するFPGA(Field Programable Gate Array)等により実現されてもよい。
【0015】
送信情報保持部21は、送信機1で用いられる疑似乱数列の信号を保持する。
【0016】
受信情報取得部22は、送信機1により超音波等の波動として送信された変調信号(受信信号)を受信し取得する。
【0017】
復調部23は、受信情報取得部22により取得された受信信号に対して直交検波を行うことで復調する。復調部23は、例えば図4に示すように、直交検波部231、正弦波生成部(第1正弦波生成部)232、正弦波生成部(第2正弦波生成部)233、乗算器234及び加算器235を有している。また、図4に示す直交検波部231は、乗算器(第1乗算器)2311、LPF(Low Pass Filter)(第1LPF)2312、乗算器(第2乗算器)2313及びLPF(第2LPF)2314を有している。
【0018】
正弦波生成部232は、局部発振信号として、受信情報取得部22により取得された受信信号中の搬送波と同じ周波数である正弦波信号(第1正弦波信号)を生成する。
【0019】
正弦波生成部233は、局部発振信号として、正弦波生成部232により生成された第1正弦波信号と同じ周波数且つ位相が90°進んだ正弦波信号(第2正弦波信号)を生成する。
【0020】
乗算器2311は、受信情報取得部22により取得された受信信号に、正弦波生成部232により生成された第1正弦波信号を乗算する。
【0021】
LPF2312は、乗算器2311による乗算結果に対して高周波成分を除去することで、I信号を得る。このLPF2312は、受信情報取得部22により取得された受信信号中の搬送波の2倍の周波数を通さないようにするためのフィルタである。
【0022】
乗算器2313は、受信情報取得部22により取得された受信信号に、正弦波生成部233により生成された第2正弦波信号を乗算する。
【0023】
LPF2314は、乗算器2313による乗算結果に対して高周波成分を除去することで、Q信号を得る。このLPF2314は、受信情報取得部22により取得された受信信号中の搬送波の2倍の周波数を通さないようにするためのフィルタである。
【0024】
乗算器234は、LPF2314により得られたQ信号に対して、虚数単位jを乗算する。
【0025】
加算器235は、LPF2312により得られたI信号と、乗算器234による乗算後の信号とを加算することで、復調信号(複素数)を得る。
【0026】
相関演算部24は、外部から入力した送信タイミング信号が示す送信タイミングに応じ、送信情報保持部21により保持された疑似乱数列の信号、及び、復調部23による復調後の信号(復調信号)に基づいて、伝播時間を算出する。相関演算部24は、図5に示すように、相互相関演算部241、絶対値演算部242及び伝播時間演算部243を有している。
【0027】
相互相関演算部241は、外部から入力した送信タイミング信号が示す送信タイミングに応じ、復調部23による復調後の信号(復調信号)を複素数とみなし、送信情報保持部21により保持された疑似乱数列の信号との間で相関関数(複素数相関関数)を算出する。
【0028】
絶対値演算部242は、相互相関演算部241により算出された複素数の相関関数の絶対値を算出する。
【0029】
伝播時間演算部243は、絶対値演算部242により算出された絶対値のピークの位置を算出することで、伝播時間を算出する。
【0030】
次に、図1~5に示す実施の形態1に係る受信機2の動作例について、図6を参照しながら説明する。
なお、送信機1は、搬送波に対して疑似乱数列の信号を位相偏移変調することで変調信号を生成して当該生成した変調信号を超音波等の波動として送信し、受信機2はこの変調信号を受信する。
【0031】
ここで、送信機1で用いられる変調方式は位相偏移変調(PSK)に限定する。
PSKは、元となる信号に対して搬送波の位相を変化させる変調方式である。PSKとしては、二値PSK(Binary PSK;BPSK)及び4値PSK(Quadrature PSK;QPSK)等が挙げられる。二値PSKは、元となる信号である0と1の2値に対して0°と180°の位相を割り当てる変調方式である。4値PSKは、元となる信号である00,01,10,11(二進数)の4値に対して45°,135°,225°,315°等、90°毎の位相を割り当てる変調方式である。また、PSKとしては、位相だけではなく振幅も含めて変調する直角位相振幅変調(Quadrature Amplitude Modulation;QAM)のような方式もある。以下、簡単のために主にBPSKを用いて説明するが、QPSK又はQAM等、他の変調方式でも同様に適用できる。
【0032】
また、送信機1で用いられる変調をかける元となる信号としては、疑似乱数列の信号が用いられる。疑似乱数列の信号としては、M系列又はゴールド符号等の信号を用いればよい。
【0033】
なお、疑似乱数列には周期がある。送信機1は、変調をかける元となる信号としては1周期だけとし、それ以外のタイミングでは変調信号の送出そのものを止めてしまうことが望ましいが、複数周期にわたり連続して送出することも可能である。但し、送信機1が疑似乱数列の信号を複数周期にわたり連続して送出する場合、疑似乱数列の周期毎に複数の相関ピークが立つ可能性があるため、真のピークを見つけるためにピーク探索範囲に制約を設ける等といった対応が必要である。疑似乱数列の信号の送出が1周期だけであればこのような対応は不要となる。また、送信機1は、2周期だけ送出し、後処理により2周期分のデータを組み合わせることでノイズを低減させることも可能である(例えば非特許文献2参照)。
【非特許文献2】大槻ほか、海中における超音波伝搬状況観測のためのM系列2周期信号法、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasj/38/10/38_KJ00001453293/_pdf/-char/ja
【0034】
そして、受信機2は、送信機1で用いられる疑似乱数列の信号及び受信情報取得部22により取得された変調信号(受信信号)に基づいて、送信機1から受信機2まで超音波等の波動として伝播された変調信号の伝播時間を算出する。
【0035】
この図1~5に示す実施の形態1に係る受信機2の動作例では、図6に示すように、まず、受信情報取得部22は、送信機1により送信され超音波等の波動として伝播された変調信号を受信信号として取得する(ステップST601)。
次いで、復調部23は、受信情報取得部22により取得された受信信号に対して直交検波を行うことで復調する(ステップST602)。
次いで、受信機2は、復調部23による復調後の信号(復調信号)の時系列データを保存する(ステップST603)。
【0036】
また、送信情報保持部21は、送信機1で用いられる疑似乱数列の信号を取得して保持する(ステップST604)。
次いで、相互相関演算部241は、復調部23による復調信号を複素数とみなし、送信情報保持部21により保持された疑似乱数列の信号との間で相関関数を算出する(ステップST605)。
【0037】
ここで、相互相関演算部241が相関を計算する際、変調がかかった状態で相関を計算するという方法も考えられる。しかしながら、この方法では、搬送波の影響により相関結果に複数のピークが生じることが指摘されており、適当ではない。また、変調がかかった状態で相関を計算しようとすると、相関計算のためのデータ数が多くなるためメモリの必要量及び計算量も多くなる。
したがって、相互相関演算部241は、相関を計算する際、復調後の信号と疑似乱数列の信号との間で相関を計算するものとする。このようにすることで相互相関結果に複数のピークは生じなくなり、サンプリング周波数を低くでき、メモリも少なくて済むようになる。
【0038】
また、変調方式がPSK又はQAMである場合、復調部23は、受信信号に対して直交検波を行うことで復調を行う。
すなわち、復調部23は、変調がかかっている受信信号に第1正弦波信号及び第2正弦波信号をそれぞれ掛け合わせた上でLPFにそれぞれ通すことで、I信号及びQ信号を生成する。第1正弦波信号は、受信信号中の搬送波と同じ周波数の局部発振信号である。第2正弦波信号は、第1正弦波信号と同じ周波数で位相が90°進んだ局部発振信号である。
【0039】
一方、変調方式がBPSKである場合、変調される位相が0°と180°だけとシンプルであるため本来なら直交検波は必要ない。しかしながら、復調部23では、搬送波と局部発振信号とで位相が異なっている場合を想定しているため、BPSK信号に対しても直交検波を行う。なお、2つの局部発振信号(正弦波生成部232による第1正弦波及び正弦波生成部233による第2正弦波)は搬送波と位相は同期していないものの、周波数は同一であるとする。周波数に差異がある場合については後述する。
【0040】
PSK信号を直交検波すると、IQ空間上に復調した結果が得られる。
BPSK信号を復調した場合には、図7に示すように、搬送波と局部発振信号の位相が揃っていればIQ空間の中のI軸上で状態が変化する。また、図8に示すように、局部発振信号の位相に対して搬送波の位相がφだけ進んでいるとすれば、原点を中心としてI軸をφだけ回転した直線状で状態が変化することになる。
【0041】
一般に、PSK又は振幅方向にも変調をかけたQAM等は、直交検波すると、IQ空間上で復調されるが、図9に示すように、局部発振信号の位相に対して搬送波の位相がφだけ進んでいれば、原点を中心として本来のIQ空間上の点からφだけ回転した位置に対して状態が変化することとなる。
【0042】
このような状態では、信号がIQ空間上の正しい位置にいないため、デジタル通信であれば元の信号を復調することができないが、伝播時間計測が目的であれば問題ない。この点について、以下で説明する。
【0043】
IQ空間上の点は、I軸を実軸、Q軸を虚軸として複素数として表すことができる。例えば、(I,Q)=(1,-1)の点は、複素数で表すと1-jとなる。
【0044】
搬送波と局部発振信号の位相が揃っていれば、送信時のIQ空間上の点と受信時のIQ空間上の点は同じ点となる。一方、局部発振信号の位相に対して搬送波の位相がφだけ進んでいると、受信時のIQ空間上の点は送信時のIQ空間上の点に対して原点を中心としてφだけ回転した点となる。これを複素数で表すと、送信時の点がxだとすると受信時の点はy=xejφとなる。
【0045】
ここで、送信信号及び受信信号を複素IQ信号としてみることとする。
送信信号は、疑似乱数列を変調方式に従ってIQ空間上に配置したものである。疑似乱数列を使っているため、送信信号の自己相関を計算すると時間ずれなしのところで相関関数がピークとなり、それ以外の所では小さな値となる。すなわち、送信信号であるx(t)の自己相関関数(下式(1))は時間ずれなし(τ=0)のところで最大値を取る。式(1)において、C(τ)は自己相関関数を表している。
【0046】
ここで、搬送波と局部発振信号の位相が揃っていれば送信信号であるx(t)と受信信号であるy(t)とは伝播時間の分だけ時間的にずれた相似な信号であり(y(t)=x(t-t)、(tは伝播時間を表す))、送信信号と受信信号の相互相関関数(下式(2))は時間ずれが伝播時間に一致したところ(τ=t)で相関関数が最大となる。したがって、相互相関関数のピークを探索することで伝播時間を求めることができる。式(2)において、C’(τ)は送信信号と受信信号の相互相関関数を表している。
【0047】
一方、局部発振信号の位相に対して搬送波の位相がφだけ進んでいると、受信信号にはejφが掛け合わされた形となるため(y(t)=x(t-t)ejφ)、相互相関関数にもejφが掛け合わされたものとなる(下式(3))。式(3)において、C’’(τ)は局部発振信号の位相に対して搬送波の位相がφだけ進んでいる場合での相互相関関数を表している。
【0048】
そこで、絶対値演算部242は、相互相関演算部241により算出された相関関数の絶対値を算出する(ステップST606)。
次いで、伝播時間演算部243は、絶対値演算部242により算出された絶対値のピークの位置を算出することで、伝播時間を算出する(ステップST607)。
【0049】
すなわち、相互相関関数の絶対値を取ると、位相のずれがない場合での相互相関の絶対値とejφの絶対値との積となる。ejφの絶対値は1であるため、下式(4)のようになる。
【0050】
ここで、相互相関は局部発振信号の位相と搬送波の位相にずれがあるものとして復調信号は位相ずれを考慮した複素数として計算しているが、位相ずれがなかった場合の実数として計算した場合の相関関数と比較し、相関関数の絶対値が最大となる位置は実数として計算した場合の相関関数が最大となる位置と変わらない。したがって、復調信号を複素IQ信号として疑似乱数列の信号との間で相互相関を計算し絶対値を求めることで、局部発振信号の位相を搬送波の位相に合わせなくても、相関関数の絶対値が最大となる位置から伝播時間を算出することができる。
これにより、局部発振信号の位相を搬送波の位相に合わせることなく伝播時間を求めることが可能となる。
【0051】
なお、図6において、疑似乱数列が複数ある場合には、受信機2はステップST604~ST607の処理を繰返す。また、図6において、疑似乱数列が1つの場合には、受信機2はステップST603の処理を省略することもできる。
【0052】
なお、復調部23は、直交検波として既存の方法を使用すればよいが、図4に示されるような通常用いられる掛け算回路及びLPFによるものの他、4倍周波数サンプリング法(例えば非特許文献3参照)を用いてもよい。
また、相互相関演算部241は、相互相関の計算方法としては、上記で示した時間空間でのコンボリューションで計算する方法に限らず、フーリエ変換を施し周波数空間上で掛け算を行ってもよい。相関のピークの出現する範囲が広い場合には、FFT(Fast Fourier Transform)によるフーリエ変換を行って周波数空間上で掛け合わせた方が時間空間上でのコンボリューションよりも計算量が少なくなる。
【非特許文献3】鬼追ほか、ディジタル直交検波器の一構成法、広島工業大学紀要研究編第45巻(2011),pp.213-217、http://www.it-hiroshima.ac.jp/institution/library/pdf/research45_213.pdf
【0053】
また以下に、局部発振信号と搬送波とで周波数が異なる場合について説明する。
局部発振信号と搬送波で周波数が異なると、位相が時間と共に変化するため復調信号はIQ空間上の位置が回転していってしまう。伝播時間を算出するために疑似乱数列の一周期分を用いるとすると、その一周期分を送出するのに要する時間(=受信するのに要する時間)の間にIQ空間上の位置がどれだけ回転するかが問題となる。例えば疑似乱数列の一周期分を送出する間にIQ空間上の位置が360°回転してしまうとすると、相関計算では、ある時間では送信信号と受信信号とを強めあう方向に、別の時間では送信信号と受信信号とを弱めあう方向に働き、相関結果が打ち消しあって、相関結果が小さな値となってしまう。ある程度の相関結果を確保するためには疑似乱数の一周期分を送出する間にIQ空間上の位置が回転する量を180°以下に抑えるのがよい。望ましくは90°以下に抑える。疑似乱数列の一周期分を送出する時間をTとし、搬送波と局部発振信号との周波数差をΔfとすると、IQ空間上での回転量は下式(5)となる。式(5)において、ΔθはIQ空間上での回転量を表している。そして、この回転量を180°(π)、望ましくは90°(π/2)以下に抑える。
【0054】
なお、伝播時間演算部243により算出された伝播時間に伝播に用いている波動の速度(超音波の場合は音速)をかけることで、距離に換算できる。すなわち、実施の形態1に係る伝播時間計測装置に上記演算を行う距離演算部を加えた距離計測装置を構成することで、距離計測を行うことができる。
【0055】
また、上記距離計測装置において、複数の距離を計測することで測位(位置の計測)を行うことができる。この際、送信機1毎に異なる疑似乱数列を用い、受信機2では送信機1毎の疑似乱数列を保持しておくことで、各々の送信機1との距離を計測できる。受信機2は複数あってもよく、それぞれの受信機2で各々の送信機1との距離を計測できる。この距離計測装置は、GPSが使えない屋内での測位(屋内測位)で特に有効である。
後述する図10では相関演算部24は1つだけとし、疑似乱数列を順次切替えるように描かれているが、疑似乱数列毎に別々の相関演算部24を用意してもよい。この場合、復調信号に対して各送信機1からの伝播時間又は距離を同時に計測することが可能となる。又は、復調部23と相関演算部24の間の復調信号の部分で、信号をメモリに蓄えてもよい。この場合、メモリに蓄えられた同一の復調信号に対して順次異なる疑似乱数列との間で相関演算を行うことで、同一の受信に対して複数の伝播時間又は距離を計測することが可能となる。
【0056】
また、伝播時間演算部243により算出された伝播時間から流速又は流量を求めることもできる。すなわち、実施の形態1に係る伝播時間計測装置に上記演算を行う流速演算部又は流量演算部を加えた流速計又は流量計を構成してもよい。
【0057】
また、送信機1及び受信機2の間で送受信される波動としては、超音波又は音波の他、電波も用いることができる。実施の形態1に係る伝播時間計測装置で電波を用いる場合、送信タイミングを電気的に取ることができないので、伝播時間差(TDOA)による測位に用いることが適切である(GPSと同様)。伝播時間差に波動の速度をかけることで距離の差を求めることができるため、電波航法の原理を用いて測位を行うことができる。TDOAを使う方式は電波だけではなく超音波を用いる場合にも利用できる。TDOA方式では送信タイミングを使って送受信のタイミングを取ることが不要となる。但し、TDOA方式を使う場合には同一の受信信号に対して各々の送信機1からの伝播時間の差を求めることが必要となる。このためには、上述したように、疑似乱数列毎に別々の相関演算部24を用意しておき、伝播時間を同時に計測するか、復調信号をメモリに蓄えた上で、同じ復調信号に対して異なる疑似乱数列との間で相関を取り、各送信機1との間の伝播時間を計測することが必要となる。このようにして求めた伝播時間は送信タイミングが未知であるためオフセットを含む相対的なものであるが、送信機1間の伝播時間の差であるTDOAは引き算によりオフセットがキャンセルされるため、正確に算出することができる。
【0058】
次に、図1~5に示す伝播時間計測装置の具体例について、図10を参照しながら説明する。図10に示す伝播時間計測装置では、波動として超音波を用い、複数同時に空気中での距離計測を行う場合を示している。
図10では、送信機1として、40kHzの超音波を送信する超音波送信機1bが用いられている。また図10では、受信機2として、40kHzの超音波に感度を有し、当該超音波を受信可能な超音波受信機2b(MEMSマイク)が用いられている。以下では、超音波送信機1b及び超音波受信機2bを超音波センサとも称す。
【0059】
また図10では、超音波送信機1bがN個設けられている。図10において、1番目の超音波送信機1bと超音波受信機2bは距離(1)だけ離れて配置されて超音波の送受信を行い、2番目の超音波送信機1bと超音波受信機2bは距離(2)だけ離れて配置されて超音波の送受信を行い、N番目の超音波送信機1bと超音波受信機2bは距離(N)だけ離れて配置されて超音波の送受信を行う。また、各超音波送信機1bでは超音波の周波数が同じであるため、超音波同士が干渉する。この干渉を防ぐ方法としては、時分割、周波数分割又はコード分割といった方法が挙げられる。
【0060】
ここで、時分割は、確実な方法ではあるものの、時間的な制約で時間をずらすことができない場合がある。
また、周波数分割は、市販されている超音波センサでは周波数の種類がほとんどないため、対応できない。
したがって、以下では、コード分割の方法で行うこととする。
【0061】
コード分割は、疑似乱数列と相関を用いることで異なる疑似乱数列を使った送受信とは干渉せずに送受信を行えるようにするものである。
疑似乱数列は、そのまま超音波センサで送れるわけではない。40kHzの搬送波を用いて疑似乱数列を信号として変調した超音波を送受信する。変調方式としてはBPSKを用いることとした。疑似乱数は7bitのM系列を2種類用いることとした。異なる種類のM系列同士は相関がなく、同時に用いても干渉しない。7bitのM系列の周期は2-1=127である。
【0062】
超音波センサは、周波数帯域が狭く深い変調はかけられない。実験の結果、使用する超音波センサでは、搬送波20周期毎であれば位相偏移変調をかけられることが分かった(チップ長=20)。搬送波1周期は25μsであるため、搬送波20周期は0.5msに相当する。M系列の周期は127であるため、M系列1周期分を送出するには63.5msかかることとなる。超音波送信機1bは、送信開始タイミングから超音波の送出を開始し、M系列1周期分を送出し終えたら超音波の送出を終了する。図11に示すグラフは、送信信号の例を示す。時刻0より前と時刻63.5ms(0.635s)より後では信号が0で、その間ではM系列の0に対して1が、1に対して-1が0.5ms間隔で順に割り当てられている。
【0063】
また、超音波受信機2bには、復調部23が設けられている。ここでは、復調部23は、4倍周波数サンプリング法を用いることで、I信号及びQ信号を得ることとした。4倍周波数サンプリング法ではI信号とQ信号との間の時間差を補正する必要があるが、変調頻度が搬送波20周期に一度と少ないため、ここでは時間差の補正はしていないが補正してもよい。また、ここでは4倍周波数法を用いたが、通常の直交検波を用いてもよい。
【0064】
4倍周波数サンプリング法では搬送波1周期(25μs)ごとにI信号及びQ信号が得られる。
計測する距離の最大は10mとする。空気中での音速を340m/sとすると、伝播時間は最大で29.4msとなる。M系列1周期分の送出には63.5ms要するため、送信開始から受信終了までの時間としては、最大で29.4ms+63.5ms=92.9msが必要となる。これはI信号及びQ信号で3716点分である。相関の計算にFFTを使うことを考えるとデータ数としては2のべき乗が都合がよい。そこで、I信号及びQ信号は4096点とした。1点当たり25μsであるので、4096点は102.4ms(0.1024秒)に相当する。
【0065】
超音波送信機1bと超音波受信機2bとを5m離して設置し、超音波送信機1bから7bit M系列をBPSKで変調した信号を送出した際の受信信号の波形を図12に示す。時間軸の0は送信開始タイミングで、I信号及びQ信号を抽出すべき0.1024秒までがプロットしてある。4倍周波数サンプリング法によりI信号及びQ信号を抽出するため、この段階では160kHzにてサンプリングしている。5mでの伝播時間は14.7msであるので、14.7msから78.2ms(=14.7ms+63.5ms)までの範囲がBPSK信号を含む部分である。
【0066】
復調部23は、受信信号から4倍周波数サンプリング法を用いてI信号及びQ信号を抽出する(図13参照)。
そして、相関演算部24は、このI信号及びQ信号を複素数受信信号とみなし、送信の際に使ったM系列信号との間で相互相関を計算し、相関関数の絶対値を求めることで、ピーク位置から伝播時間を求めることができる(図14参照)。
図14では、ピーク位置は15msで、これに音速340m/sをかけることで距離は5.1mとなる。
【0067】
以上のように、この実施の形態1によれば、受信機2は、送信機1において搬送波に対する位相偏移変調で用いられる疑似乱数列の信号を保持する送信情報保持部21と、送信機1により送信された位相偏移変調後の信号である受信信号を取得する受信情報取得部22と、受信情報取得部22により取得された受信信号に対して直交検波を行うことで復調する復調部23と、復調部23による復調後の信号を複素数とみなし、送信情報保持部21により保持された疑似乱数列の信号との間で相関関数を算出する相互相関演算部241と、相互相関演算部241により算出された複素数の相関関数の絶対値を算出する絶対値演算部242と、絶対値演算部242により算出された絶対値のピークの位置を算出することで、伝播時間を算出する伝播時間演算部243とを備えた。これにより、実施の形態1に係る伝播時間計測装置は、局部発振信号の位相を搬送波の位相に合わせることなく伝播時間を計測可能となる。
【0068】
なお、本願発明はその発明の範囲内において、実施の形態の任意の構成要素の変形、若しくは実施の形態の任意の構成要素の省略が可能である。
【符号の説明】
【0069】
1 送信機
2 受信機
21 送信情報保持部
22 受信情報取得部
23 復調部
24 相関演算部
231 直交検波部
232 正弦波生成部(第1正弦波生成部)
233 正弦波生成部(第2正弦波生成部)
234 乗算器
235 加算器
241 相互相関演算部
242 絶対値演算部
243 伝播時間演算部
2311 乗算器(第1乗算器)
2312 LPF(第1LPF)
2313 乗算器(第2乗算器)
2314 LPF(第2LPF)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14