(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022139516
(43)【公開日】2022-09-26
(54)【発明の名称】熱ショックタンパク質産生促進方法、及び、植物体用熱ショックタンパク質産生促進剤
(51)【国際特許分類】
A01G 7/06 20060101AFI20220915BHJP
A01G 22/15 20180101ALI20220915BHJP
A01P 21/00 20060101ALI20220915BHJP
A01N 57/20 20060101ALI20220915BHJP
【FI】
A01G7/06 A
A01G22/15
A01P21/00
A01N57/20 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021039938
(22)【出願日】2021-03-12
(71)【出願人】
【識別番号】000004466
【氏名又は名称】三菱瓦斯化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 豊嗣
(72)【発明者】
【氏名】高瀬 雄希
(72)【発明者】
【氏名】岡崎 仁
(72)【発明者】
【氏名】河合 隆一郎
(72)【発明者】
【氏名】田邉 昌子
【テーマコード(参考)】
2B022
4H011
【Fターム(参考)】
2B022EA10
2B022EB06
4H011AB03
4H011BB17
4H011DA13
4H011DD03
4H011DE15
(57)【要約】 (修正有)
【課題】植物体内における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法及び熱ショックタンパク質産生促進剤を提供する。
【解決手段】式(1)で表される化合物を植物体に投与する、植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法。
(式(1)中、R
1及びR
2は、各々独立に、水素原子、又は1価の炭化水素基を示し、前記炭化水素基は、ハロゲン原子等に置換されていてもよく、X
Cは、-COOH、又は-COO
-を示し、X
Nは、-NH
2、又は-NH
3
+を示し、nは0~10の整数を示す。)
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を植物体に投与する工程を有する、
前記植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法。
【化1】
(式(1)中、
R
1、及びR
2は、各々独立に、水素原子、又は1価の炭化水素基を示し、前記炭化水素基は、ハロゲン原子、-COOR
3、-CONR
3
2、-COR
3、-CN、-NO
2、-NHCOR
3、-OR
3、-SR
3、-OCOR
3、-SO
2R
3、及び-SO
2NR
3
2からなる群より選択される少なくとも1種の基に置換されていてもよく、R
3は、各々独立に、水素原子、又は1価の脂肪族炭化水素基を示し、
X
Cは、-COOH、又は-COO
-を示し、
X
Nは、-NH
2、又は-NH
3
+を示し、
nは0~10の整数を示す。)
【請求項2】
前記投与が、前記化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を含む液体を前記植物体の葉面に対して散布することにより行われる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記植物体は、シソ科、キク科、及びアブラナ科からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の方法を植物体に適用することにより、前記植物体のストレス耐性を向上させる方法。
【請求項5】
前記ストレス耐性は、耐熱性、耐低温性、耐乾燥性、及び耐塩性からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
請求項1~3のいずれか1項に記載の方法を植物体に適用することにより、前記植物体の成長を促進する方法。
【請求項7】
請求項1~3のいずれか1項に記載の方法を植物体に適用することにより、前記植物体における蒸散を抑制する方法。
【請求項8】
下記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、
植物体用の熱ショックタンパク質産生促進剤。
【化2】
(式(1)中、
R
1、及びR
2は、各々独立に、水素原子、又は1価の炭化水素基を示し、前記炭化水素基は、ハロゲン原子、-COOR
3、-CONR
3
2、-COR
3、-CN、-NO
2、-NHCOR
3、-OR
3、-SR
3、-OCOR
3、-SO
2R
3、及び-SO
2NR
3
2からなる群より選択される少なくとも1種の基に置換されていてもよく、R
3は、各々独立に、水素原子、又は1価の脂肪族炭化水素基を示し、
X
Cは、-COOH、又は-COO
-を示し、
X
Nは、-NH
2、又は-NH
3
+を示し、
nは0~10の整数を示す。)
【請求項9】
前記植物体は、シソ科、キク科、及びアブラナ科からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項8に記載の熱ショックタンパク質産生促進剤。
【請求項10】
前記植物体のストレス耐性を向上させるための、請求項8又は9に記載の熱ショックタンパク質産生促進剤。
【請求項11】
前記ストレス耐性は、耐熱性、耐低温性、耐乾燥性、及び耐塩性からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項10に記載の熱ショックタンパク質産生促進剤。
【請求項12】
前記植物体の成長を促進するための、請求項8又は9に記載の熱ショックタンパク質産生促進剤。
【請求項13】
前記植物体における蒸散を抑制するための、請求項8又は9に記載の熱ショックタンパク質産生促進剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物体における熱ショックタンパク質産生促進方法、植物体のストレス耐性を向上させる方法、植物体の成長を促進する方法、植物体における蒸散を抑制する方法及び植物体用熱ショックタンパク質産生促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
熱ショックタンパク質(Heat Shock Protein:以下、「HSP」ともいう。)は、生物が高温にさらされ、細胞に熱ストレスが与えられたときに、かかる細胞内において発現が誘導される(以下、「発現が誘導される」を包含する意味で「産生が促進される」ともいう。)タンパク質の一群である。熱ショックタンパク質は、分子シャペロンとして機能することが知られており、その性質や生物内、特に植物体内での機能が研究されている。
【0003】
例えば、非特許文献1には、熱ショックタンパク質は、熱ストレスだけでなく、高圧力、有害物質、水ストレス、及び栄養欠乏等の他のストレスによっても産生が促進されること、並びに、熱ショックタンパク質が植物体の細胞内で大量につくられると、種々のストレスに対する抵抗性が増し、耐性の獲得及び機能的な特性の改善がみられることが開示されている。
【0004】
また、特許文献1には、熱ショックタンパク質をコードするDNAを含む植物が開示されており、熱ショックタンパク質の発現によりかかる植物にストレス耐性が付与されることが開示されている。また、特許文献2には、熱ショックタンパク質をコードする核酸を有効成分として含有する植物用の成長促進剤が開示されている。特許文献2には、熱ショックタンパク質をコードする核酸を植物細胞内のゲノムに導入することで、その植物の成長が促進されること等が開示されている。また、特許文献3には、熱ショックタンパク質をコードする核酸を有効成分として含有する植物用の蒸散抑制剤が開示されている。特許文献3には、熱ショックタンパク質をコードする核酸を植物細胞内のゲノムに導入することで、その植物の蒸散が抑制されること等が開示されている。
【0005】
また、特許文献4には、揮発性成分を放出するハーブ類植物に対して熱ショックを与えることを特徴とする、揮発性成分の放出促進方法が開示されている。特許文献4には、ハーブ類植物に熱ショックを与えることで、揮発性成分の放出が促進されることが開示されている。すなわち、特許文献4には、ハーブ類植物において、熱ショックタンパク質の産生促進が揮発性成分の放出を促進することが示唆されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001-78603号公報
【特許文献2】特開2006-22062号公報
【特許文献3】国際公開第2008/117537号
【特許文献4】特開2015-97518号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】森本哲夫,植物環境工学(J.SHITA),2008,20(4),219-227
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記のとおり、植物体中の熱ショックタンパク質の濃度及び/又は含有量を上昇させることは、植物体のストレス耐性を向上させる観点、及び植物体の成長を促進する観点等から好ましい。したがって、植物体中の熱ショックタンパク質の濃度及び/又は含有量を上昇させる方法を提供することが望まれている。
【0009】
しかしながら、特許文献1~3に記載のような、熱ショックタンパク質をコードする遺伝子を植物体の細胞に導入することにより熱ショックタンパク質の産生を促進する方法は、遺伝子組み換え操作を必要とする点で、操作が煩雑である。また、特許文献4に記載のような、植物体に熱ショックを与えることにより熱ショックタンパク質の産生を促進する方法は、適切な熱ショックを付与するための装置を必要とする点で、好ましくない。
【0010】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、植物体内における熱ショックタンパク質の産生を促進する新規な方法、及び新規な熱ショックタンパク質産生促進剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記問題を解決するために鋭意検討した。その結果、特定の化合物、及びその塩が、植物体内における熱ショックタンパク質の産生を促進することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は以下のとおりである。
[1]
下記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を植物体に投与する工程を有する、
前記植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法。
【化1】
(式(1)中、
R
1、及びR
2は、各々独立に、水素原子、又は1価の炭化水素基を示し、前記炭化水素基は、ハロゲン原子、-COOR
3、-CONR
3
2、-COR
3、-CN、-NO
2、-NHCOR
3、-OR
3、-SR
3、-OCOR
3、-SO
2R
3、及び-SO
2NR
3
2からなる群より選択される少なくとも1種の基に置換されていてもよく、R
3は、各々独立に、水素原子、又は1価の脂肪族炭化水素基を示し、
X
Cは、-COOH、又は-COO
-を示し、
X
Nは、-NH
2、又は-NH
3
+を示し、
nは0~10の整数を示す。)
[2]
前記投与が、前記化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を含む液体を前記植物体の葉面に対して散布することにより行われる、[1]に記載の方法。
[3]
前記植物体は、シソ科、キク科、及びアブラナ科からなる群より選択される少なくとも1種である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]
[1]~[3]のいずれか1つに記載の方法を植物体に適用することにより、前記植物体のストレス耐性を向上させる方法。
[5]
前記ストレス耐性は、耐熱性、耐低温性、耐乾燥性、及び耐塩性からなる群より選択される少なくとも1種である、[4]に記載の方法。
[6]
[1]~[3]のいずれか1つに記載の方法を植物体に適用することにより、前記植物体の成長を促進する方法。
[7]
[1]~[3]のいずれか1つに記載の方法を植物体に適用することにより、前記植物体における蒸散を抑制する方法。
[8]
下記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を含有する、
植物体用の熱ショックタンパク質産生促進剤。
【化2】
(式(1)中、
R
1、及びR
2は、各々独立に、水素原子、又は1価の炭化水素基を示し、前記炭化水素基は、ハロゲン原子、-COOR
3、-CONR
3
2、-COR
3、-CN、-NO
2、-NHCOR
3、-OR
3、-SR
3、-OCOR
3、-SO
2R
3、及び-SO
2NR
3
2からなる群より選択される少なくとも1種の基に置換されていてもよく、R
3は、各々独立に、水素原子、又は1価の脂肪族炭化水素基を示し、
X
Cは、-COOH、又は-COO
-を示し、
X
Nは、-NH
2、又は-NH
3
+を示し、
nは0~10の整数を示す。)
[9]
前記植物体は、シソ科、キク科、及びアブラナ科からなる群より選択される少なくとも1種である、[8]に記載の熱ショックタンパク質産生促進剤。
[10]
前記植物体のストレス耐性を向上させるための、[8]又は[9]に記載の熱ショックタンパク質産生促進剤。
[11]
前記ストレス耐性は、耐熱性、耐低温性、耐乾燥性、及び耐塩性からなる群より選択される少なくとも1種である、[10]に記載の熱ショックタンパク質産生促進剤。
[12]
前記植物体の成長を促進するための、[8]又は[9]に記載の熱ショックタンパク質産生促進剤。
[13]
前記植物体における蒸散を抑制するための、[8]又は[9]に記載の熱ショックタンパク質産生促進剤。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、植物体内における熱ショックタンパク質の産生を促進する新規な方法、及び新規な熱ショックタンパク質産生促進剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態(以下、「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【0015】
[熱ショックタンパク質産生促進方法]
本実施形態の植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法は、下記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を植物体に投与する工程を有する。
【0016】
【化3】
ここで、式(1)中、R
1及びR
2は、各々独立に、水素原子、又は1価の炭化水素基を示し、かかる炭化水素基は、ハロゲン原子、-COOR
3、-CONR
3
2、-COR
3、-CN、-NO
2、-NHCOR
3、-OR
3、-SR
3、-OCOR
3、-SO
2R
3、及び-SO
2NR
3
2からなる群より選択される少なくとも1種の基に置換されていてもよく、R
3は、各々独立に、水素原子、又は1価の脂肪族炭化水素基を示し、X
Cは、-COOH、又は-COO
-を示し、X
Nは、-NH
2、又は-NH
3
+を示し、nは0~10の整数を示す。
【0017】
本発明者らは、上記式(1)で表される化合物、及びその塩(以下、これらを総称して、「本化合物等」という。)からなる群より選択される少なくとも1種を植物体に投与すると、その植物体内において、熱ショックタンパク質の産生が促進され、その結果、当該植物体中における熱ショックタンパク質の含有量又は濃度が増加することを見出した。
上記の非特許文献1に記載のように、植物体に何らかのショックが与えられると、そのショックが熱ショックでなくても熱ショックタンパク質の産生が促進されることが報告されている。したがって、本発明者らは、本化合物等の投与が植物体のストレスとなるため、植物体において熱ショックタンパク質の産生が促進されると推察している。ただし、その要因はこれに限られない。
【0018】
本明細書中、「植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する」とは、通常では熱ショックタンパク質が検出されない植物体に検出可能な程度の濃度又は含有量の熱ショックタンパク質を産生させること、植物体における熱ショックタンパク質の濃度又は含有量を上昇させること、並びに、本実施形態の方法を適用しない場合と比較して植物体における熱ショックタンパク質の濃度又は含有量が特定の値に到達するまでの時間を短縮することの全てを包含する。
【0019】
(化合物)
上記式(1)中、R1、及びR2は、各々独立に、水素原子、又は1価の炭化水素基を示し、かかる炭化水素基は、ハロゲン原子、-COOR3、-CONR3
2、-COR3、-CN、-NO2、-NHCOR3、-OR3、-SR3、-OCOR3、-SO2R3、及び-SO2NR3
2からなる群より選択される少なくとも1種の基に置換されていてもよく、R3は、各々独立に、水素原子、又は1価の脂肪族炭化水素基を示し、XCは、-COOH、又は-COO-を示し、XNは、-NH2、又は-NH3
+を示す。
【0020】
XCは、-COOH、及び-COO-から、XNは、-NH2、及び-NH3
+から各々独立に選択される。XC、及びXNの好ましい組み合わせは、XCが-COOHであり、XNが-NH2である場合、及びXCが-COO-であり、XNが-NH3
+である場合である。XC、及びXNの好ましい態様は、本化合物等の存在する環境により異なり、特に環境のpHに依存する。
【0021】
R1、及びR2における1価の炭化水素基には、1価の脂肪族炭化水素基、1価の脂環式炭化水素基、及び1価の芳香族炭化水素基、並びに、脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、及び芳香族炭化水素基のうち少なくとも2種の基が単結合を介して結合した1価の基が含まれる。
【0022】
R1、及びR2における1価の脂肪族炭化水素基の炭素数としては、1以上20以下が好ましく、1以上10以下がより好ましく、1以上3以下が更に好ましい。1価の脂肪族炭化水素基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、s-ブチル基、t-ブチル基、ペンチル基、ヘキシル基、デシル基、及びドデシル基のようなアルキル基;ビニル基、アリル基、及び1-ブテニル基のようなアルケニル基;並びに、エチニル基、及びプロピニル基のようなアルキニル基が挙げられる。
【0023】
R1、及びR2における1価の脂環式炭化水素基の炭素数としては、3以上15以下が好ましく、4以上10以下がより好ましく、5以上8以下が更に好ましい。1価の脂環式炭化水素基としては、例えば、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、及びシクロオクチル基のようなシクロアルキル基;シクロペンテニル基、及びシクロへキセニル基のようなシクロアルケニル基;並びに、パーヒドロナフタレン-1-イル基、ノルボルニル基、アダマンチル基、トリシクロ[5.2.1.02,6]デカン-8-イル基、及びテトラシクロ[4.4.0.12,5.17,10]ドデカン-3-イル基のような橋かけ環式炭化水素基が挙げられる。
【0024】
R1、及びR2における1価の芳香族炭化水素基の炭素数としては、6以上14以下が好ましく、6以上10以下がより好ましい。1価の芳香族炭化水素基としては、フェニル基、及びナフチル基が挙げられる。
【0025】
R1、及びR2における脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、及び芳香族炭化水素基のうち少なくとも2種の基が単結合を介して結合した1価の基としては、上記の脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、又は芳香族炭化水素基において、水素原子が上記の脂肪族炭化水素基、脂環式炭化水素基、及び芳香族炭化水素基の少なくとも1種に置換された基が挙げられる。すなわち、脂肪族炭化水素基と脂環式炭化水素基とが結合した1価の基としては、水素原子が上記の1価の脂環式炭化水素基に置換された上記の1価の脂肪族炭化水素基、及び水素原子が上記の1価の脂肪族炭化水素基に置換された上記の1価の脂環式炭化水素基が挙げられる。水素原子が上記の1価の脂環式炭化水素基に置換された上記の1価の脂肪族炭化水素基としては、例えば、シクロペンチルメチル基、シクロヘキシルメチル基、及び2-シクロヘキシルエチル基のようなシクロアルキル置換アルキル基が挙げられる。脂肪族炭化水素基と芳香族炭化水素基とが結合した基としては、水素原子が上記の1価の芳香族炭化水素基に置換された上記の1価の脂肪族炭化水素基であるアラルキル基、及び水素原子が上記の1価の脂肪族炭化水素基に置換された上記の1価の芳香族炭化水素基である脂肪族炭化水素置換アリール基が挙げられる。
【0026】
R1、及びR2における1価の炭化水素基としては、1価の脂肪族炭化水素基、及び1価の芳香族炭化水素基が好ましく、水素原子が1価の脂肪族炭化水素基に置換された1価の芳香族炭化水素基、及び水素原子が1価の脂肪族炭化水素基に置換された1価の脂環式炭化水素基も好ましい。その中でも、R1、及びR2における1価の炭化水素基としては、1価の脂肪族炭化水素基、及びアルキル置換アリール基(芳香族環の水素原子の1つ以上をアルキル基に置換したものから水素原子を1つ取り除いた1価の基)がより好ましい。
【0027】
R3における1価の脂肪族炭化水素基の炭素数としては、1以上20以下が好ましく、1以上10以下がより好ましく、1以上3以下が更に好ましい。R3における1価の脂肪族炭化水素基の例示は、R1、及びR2における1価の脂肪族炭化水素基として例示したものと同じである。
【0028】
R3における1価の脂肪族炭化水素基は、無置換であることが好ましいが、置換基を有していてもよい。そのような置換基としては、例えば、ハロゲン原子、カルボニル基、ヒドロキシ基、置換オキシ基(例えば、炭素数1~4のアルコキシ基、炭素数6~10のアリールオキシ基、炭素数7~16のアラルキルオキシ基、及び炭素数1~4のアシルオキシ基等)、カルボキシ基、置換オキシカルボニル基(例えば、炭素数1~4のアルコキシカルボニル基、炭素数6~10のアリールオキシカルボニル基、及び炭素数7~16のアラルキルオキシカルボニル基等)、置換又は無置換のカルバモイル基(例えば、カルバモイル、メチルカルバモイル等の炭素数1~4のアルキル置換カルバモイル、及びフェニルカルバモイル基等の炭素数6~10のアリール置換カルバモイル基)、シアノ基、ニトロ基、置換又は無置換のアミノ基(例えば、無置換のアミノ基;メチルアミノ基、ジメチルアミノ基、エチルアミノ基、及びジエチルアミノ基等の炭素数1~4のモノ又はジアルキルアミノ基;1-ピロリジニル、ピペリジノ、及びモルホリノ基等の5~8員の環状アミノ基;アセチルアミノ、プロピオニルアミノ、及びベンゾイルアミノ基等の炭素数1~10のアシルアミノ基;ベンゼンスルホニルアミノ、及びp-トルエンスルホニルアミノ基等のスルホニルアミノ基)、スルホ基、及び1価の複素環式基等が挙げられる。また、上記のヒドロキシ基やカルボキシ基は有機合成の分野で慣用の保護基で保護されていてもよい。
【0029】
R3における1価の脂肪族炭化水素基の置換基としての複素環式基に含まれる複素環には、芳香族性複素環及び非芳香族性複素環が含まれる。このような複素環としては、環を構成する原子に炭素原子と少なくとも1種のヘテロ原子(例えば、酸素原子、硫黄原子、及び窒素原子)を有する3~10員環、及びこれらの縮合環を挙げることができる。上記複素環は、好ましくは4~6員環である。複素環としては、ヘテロ原子として酸素原子を含む複素環(例えば、オキシラン環等の3員環;オキセタン環等の4員環;フラン環、テトラヒドロフラン環、オキサゾール環、イソオキサゾール環、及びγ-ブチロラクトン環等の5員環;4-オキソ-4H-ピラン環、テトラヒドロピラン環、及びモルホリン環等の6員環;ベンゾフラン環、イソベンゾフラン環、4-オキソ-4H-クロメン環、クロマン環、及びイソクロマン環等の縮合環;並びに、3-オキサトリシクロ[4.3.1.14,8]ウンデカン-2-オン環、及び3-オキサトリシクロ[4.2.1.04,8]ノナン-2-オン環等の橋かけ環)、ヘテロ原子として硫黄原子を含む複素環(例えば、チオフェン環、チアゾール環、イソチアゾール環、及びチアジアゾール環等の5員環;4-オキソ-4H-チオピラン環等の6員環;並びに、ベンゾチオフェン環等の縮合環等)、並びに、ヘテロ原子として窒素原子を含む複素環(例えば、ピロール環、ピロリジン環、ピラゾール環、イミダゾール環、及びトリアゾール環等の5員環;イソシアヌル環、ピリジン環、ピリダジン環、ピリミジン環、ピラジン環、ピペリジン環、及びピペラジン環等の6員環;並びに、インドール環、インドリン環、キノリン環、アクリジン環、ナフチリジン環、キナゾリン環、及びプリン環等の縮合環等)が挙げられる。なお、1価の複素環式基とは、上記の複素環から1個の水素原子を除いた基を意味する。
【0030】
R1、及びR2における1価の炭化水素基が、-COOR3、-CONR3
2、-COR3、-NHCOR3、-OR3、-SR3、-OCOR3、-SO2R3、及び-SO2NR3
2からなる群より選択される少なくとも1種の基に置換されている場合、R3が当該1価の炭化水素基と互いに結合することにより、環を形成していてもよい。
【0031】
R1、及びR2における1価の炭化水素基が置換基により置換されている場合、置換基としては、ハロゲン原子、-COOR3、-CONR3
2、-COR3、-NHCOR3、-OR3、及び-OCOR3が好ましく、-COOR3、-CONR3
2、及び-OR3がより好ましく、-COOR3が更に好ましく、-COOHが特に好ましい。
【0032】
R1、及びR2は、各々独立に、水素原子、及び上述した1価の炭化水素基から選択される。R1、及びR2の組み合わせは特に限定されないが、-OR1、及び-OR2の組み合わせとしては、下記の(i)、(ii)、(iii)、(iv)、(v)又は(vi)の組み合わせが好ましい。特に、上記式(1)中、後述するnが0以上2以下の場合は、下記の(i)、(ii)、(iii)、(iv)又は(v)の組み合わせが好ましく、下記の(iii)又は(v)の組み合わせがより好ましい。nが3以上の場合は、下記の(vi)の組み合わせが好ましい。
【0033】
(i)-OR
4で表される基(R
4は置換基を有していてもよい1価の芳香族炭化水素基、又は置換基を有していてもよい1価の複素環式基を示す。)と下記式(i-1)で表される基との組み合わせ
【化4】
ここで、式(i-1)中、R
5、R
6、及びR
7は、各々独立に、水素原子、置換基を有していてもよい1価の脂肪族炭化水素基、置換基を有していてもよい1価の芳香族炭化水素基、ハロゲン原子、-COOR
8、-CONR
8
2、-COR
8、-OCOR
8、-CF
3、-CN、-SR
8、-SOR
8、-SO
2R
8、-SO
2NR
8
2、及び-NO
2からなる群より選択される基を示す。R
8は、各々独立に、水素原子、アルキル基、及びアルケニル基からなる群より選択される基を示す。R
5、R
6、及びR
7から選択される2つの基は互いに結合して、環を形成していてもよい。
【0034】
R4、R5、R6、及びR7における1価の芳香族炭化水素基、1価の複素環式基、及び1価の脂肪族炭化水素基の例示は、R1、R2、又はR3において1価の芳香族炭化水素基、1価の複素環式基、及び1価の脂肪族炭化水素基として例示したものと同じである。また、R4、R5、R6、及びR7における1価の芳香族炭化水素基、1価の複素環式基、及び1価の脂肪族炭化水素基が有していてもよい置換基の例示は、R3において脂肪族炭化水素基が有していてもよい置換基として例示したものと同じである。R8におけるアルキル基、及びアルケニル基の例示は、R1、及びR2においてアルキル基、及びアルケニル基として例示したものと同じである。
【0035】
(ii)下記式(ii-1)で表される基と下記式(ii-2)で表される基との組み合わせ
【化5】
ここで、式(ii-1)中、R
9は水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、又は置換基を有していてもよいアリール基を示し、R
10は水素原子又は下記式(ii-1-1)で表される基である。
【化6】
ここで、式(ii-1-1)中、R
11は水素原子、メチル基、又はエチル基を示し、n1は0以上4以下の整数であり、n2は0又は1であり、n3は0以上4以下の整数である。n1、n2及びn3から選択される2以上は、同一であっても異なっていてもよい。X
1はアミド結合又はアルケニレン基を示し、X
2は-COOR
3、-CONR
3
2、-COR
3、-CN、-NO
2、-NHCOR
3、-OR
3、-SR
3、-OCOR
3、-SO
2R
3、及び-SO
2NR
3
2からなる群より選択される基を示す。ただし、R
3は上記と同義である。
【化7】
ここで、式(ii-2)中、Z
1は水素原子、アルキル基、アルケニル基、アルコキシ基、アルケニルオキシ基、ハロゲン原子、-COOR
8、-CONR
8
2、-COR
8、-OCOR
8、-CF
3、-CN、-SR
8、-SOR
8、-SO
2R
8、-SO
2NR
8
2、及び-NO
2からなる群より選択される基を示す。ただし、R
8は上記と同義である。Z
2は水素原子、置換基を有していてもよいアルキル基、置換基を有していてもよいアルケニル基、-COOR
3、-CONR
3
2、-COR
3、-CN、-NO
2、-NHCOR
3、-OR
3、-SR
3、-OCOR
3、-SO
2R
3、及び-SO
2NR
3
2からなる群より選択される基を示す。ただし、R
3は上記と同義である。Z
1とZ
2は互いに結合して、環を形成していてもよい。
【0036】
R9におけるアルキル基、及びアリール基の例示は、R1、及びR2においてアルキル基、及びアリール基として例示したものと同じであり、Z1、及びZ2におけるアルキル基、及びアルケニル基の例示は、R1、及びR2においてアルキル基、及びアルケニル基として例示したものと同じである。R9、及びZ2が有していてもよい置換基の例示は、R3において脂肪族炭化水素基が有していてもよい置換基として例示したものと同じである。
【0037】
X1におけるアルケニレン基としては、R1、及びR2においてアルケニル基として例示したものから、更に水素原子を1つ取り除いた2価の基が挙げられる。Z1におけるアルコキシ基、及びアルケニルオキシ基としては、R1、及びR2においてアルキル基、及びアルケニル基として例示したものに由来するアルコキシ基、及びアルケニルオキシ基が挙げられる。例えば、メチル基に由来するアルコキシ基とは、メトキシ基を意味し、ビニル基に由来するアルケニルオキシ基とは、ビニルオキシ基を意味する(以下同様。)。
【0038】
(iii)置換基を有していてもよいアルコキシ基と下記式(iii-1)、(iii-2)、(iii-3)及び(iii-4)(以下、「式(iii-1)~(iii-4)」と表記する。)で表される基から選択される基との組み合わせ(中でも、置換基を有していてもよいアルコキシ基と下記式(iii-1)で表される基との組み合わせが好ましい。)
【化8】
【化9】
【化10】
【化11】
ここで、式(iii-1)~(iii-4)中、Z
1、及びZ
2は上記と同義である。Z
1とZ
2は互いに結合して、環を形成していてもよい。式(iii-3)及び(iii-4)中、R
12は水素原子、メチル基、又はエチル基を示す。
【0039】
置換基を有していてもよいアルコキシ基としては、R1、及びR2においてアルキル基、及びアルケニル基として例示したものに由来するアルコキシ基、及びアルケニルオキシ基が挙げられる。また、かかるアルコキシ基が有していてもよい置換基の例示は、R3において脂肪族炭化水素基が有していてもよい置換基として例示したものと同じである。置換基を有していてもよいアルコキシ基は、好ましくは置換基を有していないものであり、アルコキシ基が置換されていない場合、好ましい炭素数は1~3である。すなわち、アルコキシ基としては、メトキシ基、エトキシ基、及びプロピルオキシ基が好ましい。
【0040】
式(iii-1)~(iii-4)中、Z1は水素原子、-COOR8、-CONR8
2-SO2R8、又は-SO2NR8
2であることが好ましく、水素原子、又は-COOR8であることがより好ましく、水素原子であることが更に好ましい。式(iii-1)~(iii-4)中、Z2は置換基を有していてもよい炭素数1~5のアルキル基であることが好ましく、置換基を有する炭素数1~5のアルキル基であることがより好ましい。この場合の置換基としては、ハロゲン原子、-COOR3、-CONR3
2、-COR3、-NHCOR3、-OR3、及び-OCOR3が好ましく、-COOR3、-CONR3
2、及び-OR3がより好ましく、-COOR3が更に好ましく、-COOHが特に好ましい。中でも、式(iii-1)~(iii-4)中、Z2は1つ又は2つの-COOHに置換されたメチル基、エチル基、又はプロピル基であると好ましい。
【0041】
(iv)-OR
1と-OR
2が、同一又は異なって、下記式(iv-1)で表される基である組み合わせ
【化12】
ここで、式(iv-1)中、Z
1、及びZ
2は上記と同義である。Z
1とZ
2は互いに結合して、環を形成していてもよい。
【0042】
(v)-OR1及び-OR2がいずれもヒドロキシ基である組み合わせ
【0043】
(vi)ヒドロキシ基と置換基を有していてもよい脂肪族炭化水素オキシ基(好ましくは炭素数1~6のアルコキシ基)との組み合わせ
【0044】
(vi)の組み合わせにおける脂肪族炭化水素オキシ基を構成する脂肪族炭化水素基の例示は、R1、及びR2において脂肪族炭化水素基として例示したものと同じである。
【0045】
R1、及びR2のより好ましい態様の一例としては、R1、及びR2が、各々独立に、水素原子、炭素数が1以上3以下の無置換のアルキル基、フェニル基、ベンジル基、トリル基、及びカルボキシメチル基置換フェニル基である場合が挙げられる。R1、及びR2の更に好ましい例としては、各々独立に、水素原子、炭素数が1以上3以下の無置換のアルキル基、及びカルボキシメチル基置換フェニル基が挙げられる。上記のトリル基としては、o-トリル基、m-トリル基、及びp-トリル基のいずれも好ましいが、m-トリル基が一層好ましい。上記のカルボキシメチル基置換フェニル基としては、2-カルボキシメチルフェニル基、3-カルボキシメチルフェニル基、及び4-カルボキシメチルフェニル基のいずれも好ましいが、3-カルボキシメチルフェニル基が一層好ましい。
【0046】
R1とR2との組み合わせは、水素原子と水素原子との組み合わせであってもよく、水素原子と炭素数が1以上3以下の無置換のアルキル基との組み合わせであってもよく、炭素数が1以上3以下の無置換のアルキル基と炭素数が1以上3以下の無置換のアルキル基との組み合わせであってもよく、水素原子とカルボキシメチル基置換フェニル基との組み合わせであってもよく、炭素数が1以上3以下の無置換のアルキル基とカルボキシメチル基置換フェニル基との組み合わせであってもよく、カルボキシメチル基置換フェニル基とカルボキシメチル基置換フェニル基との組み合わせであってもよい。
【0047】
上記式(1)中、nは0以上10以下の整数を示す。nは、好ましくは1以上9以下であり、より好ましくは2以上8以下であり、更に好ましくは2以上6以下であり、更により好ましくは2以上4以下であり、特に好ましくは2である。
【0048】
上記式(1)で表される化合物の具体例としては、下記の式(2)、(3)、(4)、(5)、又は(6)で表される化合物(光学異性体を含む)が挙げられるが、これらに限定されない。また、下記式(2)、(3)、(4)、(5)、又は(6)で表される化合物は、いずれも、そのアミノ基及び/又はカルボキシ基がプロトン化されている態様であってもよく、脱プロトン化されている態様であってもよい。
【0049】
【化13】
【化14】
【化15】
【化16】
【化17】
【0050】
上記式(1)で表される化合物は塩を形成していてもよい。上記式(1)で表される化合物の塩としては、例えば、ナトリウム塩、及びカリウム塩等のアルカリ金属塩;マグネシウム塩、カルシウム塩、及びバリウム塩等のアルカリ土類金属塩;アンモニアとの塩;トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、ピリジン、キノリン、ピペリジン、イミダゾール、ピコリン、ジメチルアミノピリジン、N,N-ジメチルアニリン、N-メチルピペリジン、N-メチルモルホリン、ジエチルアミン、シクロヘキシルアミン、プロカイン、ジベンジルアミン、N-ベンジル-β-フェネチルアミン、1-エフェナミン、N,N’-ジベンジルエチレンジアミン、及びN-メチル-D-グルカミン等の含窒素有機塩基との塩;リジン、アルギニン、及びオルニチン等の塩基性アミノ酸との塩;遷移金属塩;塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、及びホウ酸等の無機酸との塩;並びに、シュウ酸、酢酸、及びp-トルエンスルホン酸等の有機酸との塩等が挙げられる。
【0051】
上記式(1)で表される化合物は、従来公知の種々の方法により製造することができる。具体的な製造方法は、国際公開第2007/066705号、及び特開2017-100993号公報を参照することができる。
【0052】
式(1)で表される化合物の塩は、上記方法で得られた式(1)で表される化合物に、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム、及び水酸化バリウム等の塩基性化合物;アンモニア;トリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、ピリジン、キノリン、ピペリジン、イミダゾール、ピコリン、ジメチルアミノピリジン、N,N-ジメチルアニリン、N-メチルピペリジン、N-メチルモルホリン、ジエチルアミン、シクロヘキシルアミン、プロカイン、ジベンジルアミン、N-ベンジル-β-フェネチルアミン、1-エフェナミン、N,N’-ジベンジルエチレンジアミン、及びN-メチル-D-グルカミン等の含窒素有機塩基;リジン、アルギニン、及びオルニチン等の塩基性アミノ酸;塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、及びホウ酸等の無機酸;並びに、シュウ酸、酢酸、及びp-トルエンスルホン酸等の有機酸等を反応させることにより製造することができる。
【0053】
(熱ショックタンパク質)
本実施形態の方法は、上記した本化合物等を植物体に投与することにより、植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する。
熱ショックタンパク質とは、非特許文献1及び特許文献1~3に記載のように、生物が高温にさらされ、細胞に熱ストレスが与えられたときに、かかる細胞内において発現が誘導されるタンパク質の一群である。
【0054】
熱ショックタンパク質は、その分子量によって各ファミリーに分類されている。熱ショックタンパク質には、例えば、分子量約15~30kDaの小HSP、分子量約40kDaのHSP40、分子量約60kDaのHSP60、分子量約70kDaのHSP70、分子量約90kDaのHSP90、並びに、分子量約110kDaのHSP110等が含まれる。
【0055】
本実施形態の方法により産生が促進される熱ショックタンパク質は、特に限定されないが、好ましくは、HSP70である。HSP70は種々のタンパク質のシャペロンとして働くことが知られており、HSP70の産生を促進することにより、植物体のストレス耐性を一層有効に向上させ、又は植物体の成長を一層促進することができる傾向にある。
【0056】
HSP70は更にいくつかのメンバーに細分されており、HSP70のメンバーとしては、例えば、HSP70-1、HSP70-2、HSP70-5、HSP70-6、HSP70-7、HSP70-8、HSP70-9、HSP70-12a、HSP70-14、HSP72、HSC70、及びBiPが挙げられる。本実施形態の方法により産生が促進されるHSP70は特に限定されないが、HSP70-1であってもよい。本実施形態において、HSP70の例としては、例えば、Plant Mol. Biol., 25, 577-583(1994)に記載のHSC70タンパク質;Plant Physiol., 88, 731-740(1988)に記載のHSP70-1タンパク質、HSP70-2タンパク質、及びHSP70-3タンパク質;Plant Cell Physiol., 37, 862-865(1996)に記載のBiPタンパク質;並びに上記のタンパク質のアミノ酸配列において、1又は数個(具体的には、10個以下であり、好ましくは8個以下であり、より好ましくは5個以下である。)のアミノ酸が欠損、挿入、置換、又は付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質、及び上記のタンパク質と少なくとも60%以上、70%以上、80%以上、又は90%以上の相同性を有するタンパク質等が挙げられる。
【0057】
(植物体の種類)
本実施形態の植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法を適用する植物は、特に限定されず、種々の単子葉植物、双子葉植物、及び樹木等の植物全般に適用することができる。
単子葉植物としては、例えば、ウキクサ属植物、アオウキクサ属植物、カトレア属植物、シンビジウム属植物,デンドロビューム属植物、ネギ属植物、ファレノプシス属植物、バンダ属植物、パフィオペディラム属植物、ラン科植物、ガマ科植物、ミクリ科植物、ヒルムシロ科植物、イバラモ科植物、ホロムイソウ科植物、オモダカ科植物、トチカガミ科植物、ホンゴウソウ科植物、カヤツリグサ科植物、ヤシ科植物、サトイモ科植物、ホシグサ科植物、ツユクサ科植物、ミズアオイ科植物、イグサ科植物、ビャクブ科植物、ユリ科植物、ヒガンバナ科植物、ヤマノイモ科植物、アヤメ科植物、バショウ科植物、ショウガ科植物、カンナ科植物、及びヒナノシャクジョウ科植物等が挙げられる。
【0058】
また、双子葉植物としては、例えばアサガオ属植物、アブラナ属植物、ヒルガオ属植物、サツマイモ属植物、シロイヌナズナ属植物、ネナシカズラ属植物、ナデシコ属植物、ハコベ属植物、タカネツメクサ属植物、ミミナグサ属植物、ツメクサ属植物、ノミノツヅリ属植物、オオヤマフスマ属植物、ワチガイソウ属植物、ハマハコベ属植物、オオツメクサ属植物、シオツメクサ属植物、マンテマ属植物、センノウ属植物、フシグロ属植物、ナデシコ科植物、モクマモウ科植物、ドクダミ科植物、コショウ科植物、センリョウ科植物、ヤナギ科植物、ヤマモモ科植物、クルミ科植物、カバノキ科植物、ブナ科植物、ニレ科植物、クワ科植物、イラクサ科植物、カワゴケソウ科植物、ヤマモガシ科植物、ボロボロノキ科植物、ビャクダン科植物、ヤドリギ科植物、ウマノスズクサ科植物、ヤッコソウ科植物、ツチトリモチ科植物、タデ科植物、アカザ科植物、ヒユ科植物、オシロイバナ科植物、ヤマトグサ科植物、ヤマゴボウ科植物、ツルナ科植物、スベリヒユ科植物、モクレン科植物、ヤマグルマ科植物、カツラ科植物、スイレン科植物、マツモ科植物、キンポウゲ科植物、アケビ科植物、メギ科植物、ツヅラフジ科植物、ロウバイ科植物、クスノキ科植物、ケシ科植物、フウチョウソウ科植物、アブラナ科植物、モウセンゴケ科植物、ウツボカズラ科植物、ベンケイソウ科植物、ユキノシタ科植物、トベラ科植物、マンサク科植物、スズカケノキ科植物、バラ科植物、マメ科植物、カタバミ科植物、フウロソウ科植物、アマ科植物、ハマビシ科植物、ミカン科植物、ニガキ科植物、センダン科植物、ヒメハギ科植物、トウダイグサ科植物、アワゴケ科植物、ツゲ科植物、ガンコウラン科植物、ドクウツギ科植物、ウルシ科植物、モチノキ科植物、ニシキギ科植物、ミツバウツギ科植物、クロタキカズラ科植物、カエデ科植物、トチノキ科植物、ムクロジ科植物、アワブキ科植物、ツリフネソウ科植物、クロウメモドキ科植物、ブドウ科植物、ホルトノキ科植物、シナノキ科植物、アオイ科植物、アオギリ科植物、サルナシ科植物、ツバキ科植物、オトギリソウ科植物、ミゾハコベ科植物、ギョリュウ科植物、スミレ科植物、イイギリ科植物、キブシ科植物、トケイソウ科植物、シュウカイドウ科植物、サボテン科植物、ジンチョウゲ科植物、グミ科植物、ミソハギ科植物、ザクロ科植物、ヒルギ科植物、ウリノキ科植物、ノボタン科植物、ヒシ科植物、アカバナ科植物、アリノトウグサ科植物、スギナモ科植物、ウコギ科植物、セリ科植物、ミズキ科植物、イワウメ科植物、リョウブ科植物、イチヤクソウ科植物、ツツジ科植物、ヤブコウジ科植物、サクラソウ科植物、イソマツ科植物、カキノキ科植、ハイノキ科植物、エゴノキ科植物、モクセイ科植物、フジウツギ科植物、リンドウ科植物、キョウチクトウ科植物、ガガイモ科植物、ハナシノブ科植物、ムラサキ科植物、クマツヅラ科植物、シソ科植物、ナス科植物、ゴマノハグサ科植物、ノウゼンカズラ科植物、ゴマ科植物、ハマウツボ科植物、イワタバコ科植物、タヌキモ科植物、キツネノマゴ科植物、ハマジンチョウ科植物、ハエドクソウ科植物、オオバコ科植物、アカネ科植物、スイカズラ科植物、レンプクソウ科植物、オミナエシ科植物、マツムシソウ科植物、ウリ科植物、キキョウ科植物、及びキク科植物等が挙げられる。
【0059】
本実施形態の方法を適用する植物としては、ナス科植物、及びイネ科植物が好ましく、中でも、タバコ、イネ、ノシバ、及びポプラが好ましい。本実施形態の方法をこれらの植物に適用すると、植物体へのストレス耐性の付与、植物体の成長の促進、及び/又は、植物体における蒸散の抑制等の効果が顕著にみられる傾向にある。
また、本実施形態の方法を適用する植物としては、ハーブ類植物も好ましく、中でも、スイートバジル、セージ、レモンバーム、タイム、ゼラニウム、及びコリアンダーが好ましい。本実施形態の方法をこれらの植物に適用すると、植物体におけるファイトケミカルの産生の促進の効果が顕著にみられる傾向にある。
また、本実施形態の方法を適用する植物としては、シソ科植物、キク科植物、及びアブラナ科植物も好ましく、中でも、アキギリ属植物、アキノノゲシ属植物、ダイコン属植物、及びキク属植物が好ましく、セージ、レタス、ダイコン、及びピンポンマムがより好ましい。
【0060】
なお、本実施形態の方法を適用する植物としては、野生型の植物に限定されず、変異体や形質転換体であってもよい。
【0061】
(植物体の状態)
本実施形態の方法を適用する際の植物体の状態としては、特に限定されず、通常の生育状態であってもよいし、植物体の一部が切断された状態であってもよい。
【0062】
「通常の生育状態」とは、本実施形態の方法の対象とする植物の本来有すべき構成要素の全てが備えられている状態を意味し、例えば、植物体の特定の構成要素(器官)が人為的に取り除かれていない状態を意味する。「通常の生育状態」の例としては、植物体の根及び/又は茎の一部又は全部が地中に植えられている状態(土耕栽培)、並びに植物体の根及び/又は茎の一部又は全部が水中に浸漬された状態で保持されている状態(水耕栽培)等が挙げられる。
【0063】
「植物体の一部が切断された状態」である植物体としては、植物体の一部分が切断されて取り除かれた場合において、取り除かれた部分と、かかる部分が取り除かれた後に残る部分の双方を包含する。植物体の一部が切断された状態である植物体の例としては、植物体の茎、根、花、枝、葉、果実、稲穂、及びむかご等であって、植物体から切り離された状態にあるもの、並びに、茎、根、花、枝、葉、果実、稲穂、及びむかご等が取り除かれた植物体が挙げられる。より具体的には、植物体の一部が切断された状態である植物体としては、葉、切り花、塊茎、塊根、及び果実が挙げられる。
【0064】
一般的に、植物体においてその一部が切断されると、その切断面は、経時的に修復すると考えられ、切断直後においては、その切断面に、植物体の内部組織が露出しているが、一定期間経過後には、その切断面は修復され、内部組織が露出していない状態となる。本明細書において、「植物体の一部が切断された状態」には、その切断面において、内部組織が露出している状態と、内部組織が露出していない状態の双方を包含するものとする。
【0065】
本実施形態の方法を適用する際の植物体の状態としては、少なくとも葉を有すると好ましい。そのような態様によれば、後述するように、本化合物等を含む液体を葉面に散布することにより本化合物等を投与することができる。また、植物体は切り花であってもよく、切り花以外の植物体であってもよい。
【0066】
(化合物の投与)
本実施形態の植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法は、上記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を植物体に投与する工程を有する。本化合物等の投与方法は、特に限定されないが、例えば、本化合物等を含む液体を植物体の少なくとも一部に対して散布する方法、並びに、本化合物等を含む液体に植物体の少なくとも一部を浸漬する方法等が挙げられる。植物体が地中に植えられている場合、本化合物等を地面に散布することにより本化合物等を投与してもよい。
【0067】
本化合物等を含む液体を植物体の少なくとも一部に対して散布する方法において、液体を散布する植物体の部分は特に限定されないが、例えば、葉、根、茎、及び果実等が挙げられる。このなかでも液体が散布される部分は、葉(葉面)であると好ましい。そのような態様によれば、散布が容易であり、かつ、有効かつ確実に本実施形態の方法の効果を奏することができる。散布方法としては、特に限定されず、例えば、ジョウロ等を用いた散布、及び霧吹き等を用いた噴霧(スプレー散布)が挙げられる。
【0068】
本化合物等を含む液体に植物体の少なくとも一部を浸漬する方法において、液体に浸漬する植物体の部分は特に限定されないが、例えば、葉、根、茎及び果実等が挙げられる。
【0069】
植物体の一部が切断されている場合、本化合物等を投与する部分は、切断面であってもよいし、切断面でなくてもよい。すなわち、本実施形態の方法は、切断等により内部組織が露出した植物体の断面に直接本化合物等を投与する場合だけでなく、内部組織が露出していない植物体の外表面に本化合物等を投与することでも熱ショックタンパク質の産生を促進することができる。したがって、例えば、切り花に本実施形態の方法を適用する場合、本化合物等を含む液体に満たされた花瓶等に切り花を浸漬することで本化合物等を投与してもよいし、本化合物等を含む液体を切り花の葉、花、及び/又は茎に散布又は塗布することで本化合物等を投与してもよい。中でも、本化合物等を含む液体を切り花の葉、花、及び/又は茎に散布又は塗布する方法は、化合物等を含む液体に満たされた花瓶等に切り花を浸漬する方法に比べて、本化合物等の投与量を調整することが容易であり、熱ショックタンパク質の産生を効率的に促進することができるため、好ましい。
【0070】
本化合物等の投与の回数、各投与間の間隔、及び投与する期間は、特に限定されない。投与の回数は、1回であってもよく、5回以下であってもよく、10回以下であってもよく、50回以下であってもよい。各投与間の間隔は、1時間以下の間隔であってもよく、1日以下の間隔であってもよく、3日以下の間隔であってもよく、1週間以下の間隔であってもよい。投与する期間は、1日以下であってもよく、3日以下であってもよく、1週間以下であってもよく、1か月以下であってもよく、1年以下であってもよいし、あるいは、1日以上であってもよく、3日以上であってもよく、1週間以上であってもよく、1か月以上であってもよく、1年以上であってもよい。なお、本化合物等を含む液体に植物体を浸漬する場合や本化合物等を含む溶液を植物体に連続的に噴霧する場合においては、その投与の回数は1回とする。
【0071】
本実施形態の方法において、植物体内における熱ショックタンパク質濃度を高く保持し続ける観点から、例えば、10分以上3日以下の間隔で本化合物等を繰り返し投与し続けてもよい。投与間隔は、20分以上1日以下であってもよく、30分以上12時間以下であってもよく、45分以上3時間以下であってもよい。
【0072】
本化合物等の投与が本化合物等を含む液体を用いて行われる場合、当該液体は、本化合物等を任意の溶媒に溶解させることにより得ることができる。当該溶媒としては、植物体が接触及び/又は吸収することが許容可能な溶媒であれば特に限定されないが、好ましくは水である。
【0073】
液体中の上記式(1)で表される化合物、及びその塩の含有量の合計は特に限定されないが、液体全体に対して、質量比で、好ましくは10ppm以上10.0%以下であり、より好ましくは50ppm以上5.0%以下であり、更に好ましくは100ppm以上1.0%以下である。
【0074】
本化合物等を含む液体は、本化合物等、及び溶媒以外に、植物体が接触及び/又は吸収することが許容可能なその他の成分を含んでいてもよい。そのような成分としては、公知の肥料、鮮度保持剤、及びpH調整剤(特に、水酸化ナトリウム等の塩基性のものが挙げられる。)等が挙げられる。
【0075】
本実施形態の植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法によれば、植物体内における熱ショックタンパク質の産生を促進することができる。ここで、特許文献1~4を参照して上述したとおり、熱ショックタンパク質は、植物体の成長の促進、植物体へのストレス耐性の付与、植物体における蒸散の抑制、及び植物体におけるファイトケミカルの産生の促進等(特に、植物体の成長の促進、植物体へのストレス耐性の付与、及び植物体における蒸散の抑制)に寄与するものである。したがって、本実施形態は、植物体の成長を促進する方法、植物体のストレス耐性を向上させる方法、植物体における蒸散を抑制する方法、及び植物体におけるファイトケミカルの産生を促進する方法等(特に、植物体の成長を促進する方法、植物体のストレス耐性を向上させる方法、及び植物体における蒸散を抑制する方法)をも提供する。
【0076】
[植物体の成長を促進する方法]
本実施形態の植物体の成長を促進する方法は、本実施形態の植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法を植物体に適用することにより行われる。すなわち、本実施形態の植物体の成長を促進する方法は、上記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を植物体に投与する工程を有する。
【0077】
本明細書中、「植物体の成長を促進する」とは、植物体の通常の成長プロセスで生じる植物体の形態変化に要する時間を短縮すること、並びに、植物体の少なくとも一部を肥大化、及び/又は増加させることの双方を包含する。
【0078】
「植物体の通常の成長プロセスで生じる植物体の形態変化」とは、例えば、開花及び発芽である。したがって、本実施形態の方法によれば、植物体の開花を促進すること、種子の発芽を促進すること、並びに、枝及び茎等の植物体の一部から新芽が萌芽することを促進することの1つ以上を提供することができる。
【0079】
「植物体の少なくとも一部を肥大化、及び/又は増加させること」とは、例えば、植物体の少なくとも一部を肥大化させること;植物体の器官の少なくとも1種の数を増加させること;本実施形態の方法を適用しない場合と比較して、植物体の少なくとも一部が特定の大きさに到達するまでの時間を短縮すること;並びに、本実施形態の方法を適用しない植物体と比較して、植物体の器官の少なくとも1種の数が特定の数に到達するまでの時間を短縮することの全てを意味する。
【0080】
肥大化、及び/又は増加する植物体の部分としては、植物体の一部分である限り特に限定されず、例えば、茎、根、花、枝、葉、果実、稲穂、及びむかご等が挙げられる。
【0081】
植物体の成長を促進する具体例としては、育成中の植物体が成長し成体程度の大きさとなるまでの時間を短縮すること、植物体の発根及び/又は開花及び/又は発芽を促進すること、植物体の塊茎及び/又は塊根を増加及び/又は肥大化すること、並びに、切り花の開花を促進すること等が挙げられる。
【0082】
[植物体のストレス耐性を向上させる方法]
本実施形態の植物体のストレス耐性を向上させる方法は、本実施形態の植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法を植物体に適用することにより行われる。すなわち、本実施形態の植物体のストレス耐性を向上させる方法は、上記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を植物体に投与する工程を有する。
【0083】
本明細書中、「植物体のストレス耐性」とは、植物体に所定のストレスが与えられた場合において、当該植物体が、そのストレスを原因として発生する成長の抑制、衰弱、又は死滅に耐え得る性質を意味する。また、「植物体のストレス耐性を向上させる」とは、本実施形態の方法を適用しない場合と比較して植物体が所定のストレスを原因として発生する成長の抑制、衰弱、又は死滅までの時間を延長すること;本実施形態の方法を適用しない場合と比較して植物体が所定のストレスを原因として発生する成長の抑制、又は衰弱の度合いを低くすること;並びに、植物体が所定のストレスを原因として成長が抑制されないようにすること、衰弱しないようにすること、又は死滅しないようにすることの全てを包含する。
【0084】
本実施形態の方法において、対象とするストレスは、特に限定されず、例えば、植物体においてその成長を抑制し、植物体を衰弱させ、又は植物体を死滅させ得るストレスが挙げられる。具体的には、対象とするストレスは、高温ストレス、低温ストレス、水不足によるストレス、水過剰によるストレス、高濃度の塩にさらされることによるストレス、有害物質によるストレス、及び栄養欠乏によるストレス等を含む。したがって、本実施形態の方法におけるストレス耐性は、耐熱性、耐低温性、耐乾燥性、耐水性、耐塩性、耐有害物質性、及び耐栄養欠乏性等を含む。本実施形態の方法におけるストレス耐性は、耐熱性、耐低温性、耐乾燥性、又は耐塩性であってもよい。
【0085】
[植物体における蒸散を抑制する方法]
本実施形態の植物体における蒸散を抑制する方法は、本実施形態の植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法を植物体に適用することにより行われる。すなわち、本実施形態の植物体における蒸散を抑制する方法は、上記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を植物体に投与する工程を有する。
【0086】
「植物体における蒸散を抑制する」とは、植物体が蒸散により放出する単位時間あたりの水蒸気量を減少させること;本実施形態の方法を適用しない場合と比較して植物体が蒸散により放出する水蒸気の濃度(水蒸気圧)が一定の値に到達するまでの時間を延長すること;並びに、植物体が蒸散により放出する水蒸気量を、検出不可能な程度にまで著しく減少させることの全てを包含する。
【0087】
本実施形態の植物体における蒸散を抑制する方法によれば、植物体における水の利用効率が上昇するため、植物体の成長又は生命維持に必要な水分量を減少させることができる。
【0088】
[植物体におけるファイトケミカルの産生を促進する方法]
本実施形態の植物体におけるファイトケミカルの産生を促進する方法は、本実施形態の植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法を植物体に適用することにより行われる。すなわち、本実施形態の植物体におけるファイトケミカルの産生を促進する方法は、上記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を植物体に投与する工程を有する。
【0089】
本明細書中、「ファイトケミカル」(phytochemical)とは、植物体中において産生され得る化合物の総称であり、植物体中において産生され得る化合物であれば特に限定されない。また、「植物体におけるファイトケミカルの産生を促進する」とは、植物体において本実施形態の方法を適用しない場合には産生されない化合物を産生させること;植物体中の化合物の濃度又は含有量を上昇させること;並びに、本実施形態の方法を適用しない場合と比較して植物体における化合物の濃度又は含有量が特定の値に到達するまでの時間を短縮することの全てを包含する。
【0090】
本実施形態において、ファイトケミカルとしては、例えば、ハーブ類植物における揮発性成分(特に、抗菌性を有する揮発性成分)が挙げられる。上記ハーブ類植物としては、シソ科植物、フウロソウ科植物、及びセリ科植物が挙げられ、上記ハーブ類植物は、好ましくは、バジル、タイム、セージ、レモンバーム、ゼラニウム、又はコリアンダーである。
【0091】
[植物体用熱ショックタンパク質産生促進剤]
本実施形態の植物体用の熱ショックタンパク質産生促進剤は、下記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種を含有する。
【0092】
【化18】
ここで、式(1)中、R
1、及びR
2は、各々独立に、水素原子、又は1価の炭化水素基を示し、かかる炭化水素基は、ハロゲン原子、-COOR
3、-CONR
3
2、-COR
3、-CN、-NO
2、-NHCOR
3、-OR
3、-SR
3、-OCOR
3、-SO
2R
3、及び-SO
2NR
3
2からなる群より選択される少なくとも1種の基に置換されていてもよく、R
3は、各々独立に、水素原子、又は1価の脂肪族炭化水素基を示し、X
Cは、-COOH、又は-COO
-を示し、X
Nは、-NH
2、又は-NH
3
+を示し、nは0~10の整数を示す。
【0093】
式(1)中における、R1、及びR2の1価の炭化水素基、R3、XC、並びにXNの定義、例示、組み合わせ、及び好ましい態様は上述したものと同様である。また、式(1)で表される化合物の塩の例示についても、上述したものと同様である。
【0094】
本実施形態の熱ショックタンパク質産生促進剤の対象となる植物、及び植物体の状態は、本実施形態の植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法を適用する植物、及び植物体の状態として記載したものと同様である。
【0095】
本実施形態の熱ショックタンパク質産生促進剤の投与態様についても、本実施形態の植物体における熱ショックタンパク質の産生を促進する方法において記載したものと同様である。
【0096】
本実施形態の熱ショックタンパク質産生促進剤は、上記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種のみからなるものであってもよく、上記式(1)で表される化合物、及びその塩からなる群より選択される少なくとも1種以外の成分を含んでいてもよい。
【0097】
熱ショックタンパク質産生促進剤が含み得る成分としては、植物体が接触及び/又は吸収することが許容可能な成分であれば特に限定されず、溶媒、公知の肥料、鮮度保持剤、及びpH調整剤(特に、水酸化ナトリウム等の塩基性のものが挙げられる。)等が挙げられる。溶媒としては、特に限定されず、例えば、水等が挙げられる。
【0098】
熱ショックタンパク質産生促進剤における、上記式(1)で表される化合物、及びその塩の含有量の合計は、特に限定されないが、熱ショックタンパク質産生促進剤全体に対して、質量比で、好ましくは、10ppm以上10.0%以下であり、より好ましくは50ppm以上5.0%以下であり、更に好ましくは100ppm以上1.0%以下である。
【0099】
本実施形態の熱ショックタンパク質産生促進剤によれば、植物体内における熱ショックタンパク質の産生を促進することができる。ここで、特許文献1~4を参照して上述したとおり、熱ショックタンパク質は、植物体の成長の促進、植物体へのストレス耐性の付与、植物体における蒸散の抑制、及び植物体におけるファイトケミカルの産生の促進等(特に、植物体の成長の促進、植物体へのストレス耐性の付与、及び植物体における蒸散の抑制)に寄与するものである。したがって、本実施形態の熱ショックタンパク質産生促進剤によれば、植物体の成長を促進させ、植物体のストレス耐性を向上させ、植物体における蒸散を抑制し、又は植物体におけるファイトケミカルの産生を促進することができる。植物体の成長の促進、植物体のストレス耐性の向上、植物体における蒸散の抑制、及び植物体におけるファイトケミカルの産生の促進の詳細は、上記のものと同様である。
【実施例0100】
以下、本発明を実施例及び比較例を用いてより具体的に説明する。本発明は、以下の実施例によって何ら限定されるものではない。
【0101】
[熱ショックタンパク質の産生促進効果の評価]
(化合物)
式(1)で表される化合物として、下記式(2)で表される化合物(以下、「化合物(2)」という。)、及び下記式(4)で表される化合物(以下、「化合物(4)」という。)を準備した。
【化19】
【化20】
【0102】
(熱ショックタンパク質の定量方法)
植物体における熱ショックタンパク質(HSP70)の含有量を定量するために、ELISAキット(Agrisera社製、品番「AS17-4128」)を用いた。このELISAキットでは主にHSP70-1を検出する。
【0103】
(試験1)
セージの葉をサンプルとして、以下のような方法で、化合物(2)及び化合物(4)の熱ショックタンパク質産生促進効果を評価した。
【0104】
250mgのサンプルに、純水、化合物(4)の0.05質量%溶液、又は化合物(2)の0.05質量%溶液を20回スプレー散布した。1時間室温で静置した後、サンプルを乳鉢に入れ、液体窒素を加えて、乳棒ですり潰した。液体窒素が全て蒸発したことを確認した後、上記のELISAキットに付属の抽出用バッファー溶液を1mL加えて希釈液を得た。この希釈液を4℃下で、13000×gで15分遠心分離した。遠心分離後の上清を回収した後、上記のELISAキットを用い、450nmの吸光度を測定することにより抽出用バッファー溶液中の熱ショックタンパク質の濃度を測定した。結果を表1に示す。
【0105】
【0106】
(試験2)
フリルレタスの葉をサンプルとして、以下のような方法で、化合物(2)及び化合物(4)の熱ショックタンパク質産生促進効果を評価した。
【0107】
250mgのサンプルに、純水、化合物(4)の0.05質量%溶液、又は化合物(2)の0.05質量%溶液を20回スプレー散布した。1時間室温で静置した後、サンプルを乳鉢に入れ、液体窒素を加えて、乳棒ですり潰した。液体窒素が全て蒸発したことを確認した後、上記のELISAキットに付属の抽出用バッファー溶液を1mL加えて希釈液を得た。この希釈液について、ホモジナイザー(シャフトジェネレーター、IKAジャパン社製、型式「S25N-10G」)を用いて、更に12000rpmで1分間サンプルを破砕した。得られた希釈液を4℃下で、13000×gで15分遠心分離した。遠心分離後の上清を回収した後、上記のELISAキットを用い、450nmの吸光度を測定することにより抽出用バッファー溶液中の熱ショックタンパク質の濃度を測定した。結果を表2に示す。
【0108】
【0109】
(試験3)
葉ダイコンをサンプルとして、以下のような方法で、化合物(2)及び化合物(4)の熱ショックタンパク質産生促進効果を評価した。
【0110】
サンプルの葉面に、純水、化合物(4)の0.05質量%溶液、又は化合物(2)の0.05質量%溶液を40回スプレー散布した。1時間室温で静置した後、250mgに切り取ったサンプルを乳鉢に入れ、液体窒素を加えて、乳棒ですり潰した。液体窒素が全て蒸発したことを確認した後、上記のELISAキットに付属の抽出用バッファー溶液を1mL加えて希釈液を得た。この希釈液を4℃下で、13000×gで15分遠心分離した。遠心分離後の上清を回収した後、上記のELISAキットを用い、450nmの吸光度を測定することにより抽出用バッファー溶液中の熱ショックタンパク質の濃度を測定した。結果を表3に示す。
【0111】
【0112】
(試験4)
キクの切り花(品種:ピンポンマム)をサンプルとして、以下のような方法で、化合物(2)及び化合物(4)の熱ショックタンパク質産生促進効果を評価した。
【0113】
サンプルの葉面に、純水、化合物(4)の0.05質量%溶液、又は化合物(2)の0.05質量%溶液を40回スプレー散布した。1時間室温で静置した後、サンプルの葉を250mg切り取った。切り取った葉を乳鉢に入れ、液体窒素を加えて、乳棒ですり潰した。液体窒素が全て蒸発したことを確認した後、上記のELISAキットに付属の抽出用バッファー溶液を1mL加えて希釈液を得た。この希釈液を4℃下で、13000×gで15分遠心分離した。遠心分離後の上清を回収した後、上記のELISAキットを用い、450nmの吸光度を測定することにより抽出用バッファー溶液中の熱ショックタンパク質の濃度を測定した。結果を表4に示す。
【0114】
【0115】
表1~4から、式(1)で表される化合物を植物体に投与すると、植物体における熱ショックタンパク質の産生が促進されることがわかった。
本発明の方法は、植物体内における熱ショックタンパク質の産生を促進することができる。その結果、この方法は、植物体の成長の促進、植物体のストレス耐性の向上、植物体における蒸散の抑制、及び/又は植物体におけるファイトケミカルの産生の促進等に関与することができるため、例えば、農業、商業等の分野で産業上の利用可能性を有する。