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  • 特開-表面被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022139720
(43)【公開日】2022-09-26
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220915BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220915BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021040226
(22)【出願日】2021-03-12
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】中村 大樹
(72)【発明者】
【氏名】浅利 翔太
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF03
3C046FF10
3C046FF16
3C046FF22
3C046FF25
3C046FF27
4K030AA03
4K030AA09
4K030AA13
4K030AA17
4K030AA18
4K030BA02
4K030BA18
4K030BA27
4K030BA38
4K030BB03
4K030CA03
4K030JA05
4K030JA06
4K030JA09
4K030JA10
4K030JA11
4K030LA22
(57)【要約】      (修正有)
【課題】Ni基耐熱合金等の切削加工に供しても耐摩耗性等の切削性能を発揮する被覆工具の提供。
【解決手段】(a)被覆層はTiとAlとの複合炭窒化物層を含み、(b)複合炭窒化物層はNaCl型面心立方構造の結晶粒を80~100面積%含有し、(c)TiAlCN層の組成を組成式:(Ti1-xAl)(C1-y)で表したとき、その平均組成であるxavgは0.75~0.95、yavgは0.000~0.010で、(d)NaCl型面心立方構造を有する全ての結晶粒において、xが0.00~0.30である領域α2が10~30面積%存在し、(e)NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒において、その結晶粒界から該結晶粒内に10nm離間した曲線と前記結晶粒界に囲まれた範囲を領域γ3とするとき、領域α2は、その全体の60~100面積%が、領域γ3内に存在する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体と該工具基体の表面の被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)前記被覆層はTiとAlとの複合炭窒化物層を含み、
(b)前記複合炭窒化物層はNaCl型面心立方構造の結晶粒を80~100面積%含有し、
(c)前記TiAlCN層の組成を組成式:(Ti1-xAl)(C1-y)で表したとき、その平均組成であるxavgは0.75~0.95、yavgは0.000~0.010であり、
(d)前記NaCl型面心立方構造を有する全ての結晶粒において、前記xが0.00~0.30である領域αが10~30面積%存在し、
(e)前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒のそれぞれにおいて、その結晶粒界から該結晶粒内に10nm離間した曲線と前記結晶粒界に囲まれた範囲を領域γとするとき、領域αは、その全体の60~100面積%が、前記領域γ内に存在する、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記領域αに関して、個々の該領域の面積が100~50000nmであり、
前記工具基体の表面に平行な方向に20μm、工具基体表面と垂直な方向に平均層厚分の長さとする四角形領域を一辺が1μmの正方形に区分に分割したとき、前記領域αが存在する区分が全ての区分のうち15~100個数%を占めることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒は、平均粒子幅Wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~5.0であることを特徴とする請求項1または2に記載の表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の切削加工装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これにより、Ni基耐熱合金等の難削材の切削など、切削加工条件はより厳しいものとなってきている。
【0003】
被覆工具として、AlとTiの複合窒化物(以下、TiAlNということがある)層を含む被覆層を、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金等の工具基体の表面に、蒸着法により、被覆形成した被覆工具が知られている。
そして、この被覆工具の切削性能を改善するために、多くの提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、工具基体上に接合層とTiAlN層を有し、両層の間にTiNおよびh-AlNの混合層とfcc-TiAlN層との割合が変化する勾配層を有する被覆工具が記載され、該被覆工具は耐摩耗性に優れるとされている。
【0005】
また、例えば、特許文献2には、被覆層が立方晶TiAlCNと六方晶AlNを含有し、該立方晶TiAlCNが、0.1μm以上の結晶子サイズを有するfcc-Ti1-xAl(ここで、x>0.75、y=0~0.25、z=0.75~1)であり、粒界領域内に非晶質炭素を0.01~20質量%で含有している被覆工具が記載され、該被覆工具は耐酸化性に優れるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2011-500964号公報
【特許文献2】特表2013-510946号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記事情や前記提案を鑑みてなされたものであって、Ni基耐熱合金等の難削材の切削加工に供しても満足できる耐摩耗性等の切削性能を発揮する被覆工具を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
工具基体と該工具基体の表面の被覆層を有し、
(a)前記被覆層はTiとAlとの複合炭窒化物層を含み、
(b)前記複合炭窒化物層はNaCl型面心立方構造の結晶粒を80~100面積%含有し、
(c)前記TiAlCN層の組成を組成式:(Ti1-xAl)(C1-y)で表したとき、その平均組成であるxavgは0.75~0.95、yavgは0.000~0.010であり、
(d)前記NaCl型面心立方構造を有する全ての結晶粒において、前記xが0.00~0.30である領域αが10~30面積%存在し、
(e)前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒のそれぞれにおいて、その結晶粒界から該結晶粒内に10nm離間した曲線と前記結晶粒界に囲まれた範囲を領域γとするとき、領域αは、その全体の60~100面積%が、前記領域γ内に存在すること。
【0009】
さらに、前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、以下の(1)、(2)のいずれかまたは両方を満足してもよい。
【0010】
(1)前記領域αに関して、個々の該領域の面積が100~50000nmであり、
前記工具基体の表面に平行な方向に20μm、工具基体表面と垂直な方向に平均層厚分の長さとする四角形領域を一辺が1μmの正方形に区分に分割したとき、前記領域αが存在する区分が全ての区分のうち15~100個数%を占めること。
【0011】
(2)前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒は、平均粒子幅Wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~5.0であること。
【発明の効果】
【0012】
前記によれば、Ni基耐熱合金等の難削材の切削加工に供しても満足できる耐摩耗性等の切削性能を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】結晶粒界近傍における領域αおよび領域γを表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者は、前述の目的を達成する被覆工具を得るべく鋭意検討を行った。その結果、TiAlCN層を構成するNaCl型面心立方構造の結晶粒の粒界近傍に、Al含有割合が低い領域が所定割合で存在するとき、同層の耐摩耗性が向上するという知見を得た。
【0015】
以下では、本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具について説明する。
なお、本明細書および特許請求の範囲において、数値範囲を「A~B」(A、Bは共に数値)で表現するときは、その範囲は上限値(B)および下限値(A)を含んでおり、上限値(B)と下限値(A)の単位は同じである。
【0016】
1.被覆層
本実施形態に係る表面被覆切削工具は、被覆層としてTiAlCN層を有している。
【0017】
(1)平均層厚
TiAlCN層の平均層厚は、1.0~23.0μmであることが好ましい。その理由は、平均層厚が1.0μm未満では、平均層厚が薄いため長期の使用にわたって耐摩耗性を十分確保することができないことがあり、一方、その平均層厚が23.0μmを超えると、TiAlCN層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなることがあるためである。平均層厚は、5.0~15.0μmがより好ましい。
【0018】
ここで、TiAlCN層の平均層厚は、例えば、集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー装置(CP:Cross section Polisher)等を用いて、TiAlCN層を任意の位置の縦断面(インサートでは、工具基体の表面の微小な凹凸を無視し平らな面として扱ったとき、この面に対して垂直な面。ドリルのような軸物工具では、軸心に対して垂直な断面)で切断して観察用の試料を作製し、その縦断面を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて複数箇所(例えば、5箇所)で観察して、平均することにより得ることができる。
【0019】
(2)NaCl型面心立方構造の結晶粒
TiAlCN層において、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の面積割合は、縦断面において80面積%以上であることが好ましい。その理由は、80面積%以上であれば、前述の目的達成ができるためである。この面積割合は、より好ましくは90面積%以上である。また、上限は100面積%(全ての結晶粒がNaCl型の面心立方構造を有すること)であってもよい。
なお、NaCl型面心立方構造である結晶粒の面積割合は、後述する粒界の判定の結果を利用する。
【0020】
(3)TiAlCN層の平均組成
TiAlCN層は、組成式:(Ti1-xAl)(C1-y)で表したとき、
TiとAlの合量に占めるAlの含有割合(以下、「Al含有割合」という)xの平均xavgが、CとNとの合量に占めるCの含有割合(以下、「C含有割合」という)yの平均yavgが、それぞれ、0.75≦xavg≦0.95、0.000≦yavg≦0.010(ただし、x、y、xavg、yavgはいずれも原子比)を満足することが好ましい。
【0021】
なお、(Ti1-xAl)と(C1-y)との比は特に限定されるものではないが、(Ti1-xAl)を1とする場合、(C1-y)の比は0.8~1.2とすることが好ましい。その理由は、(Ti1-xAl)に対する(C1-y)の比が前記範囲内であれば、確実に本発明の目的が達成できるためである。
また、TiAlCN層は微量のOやCl等の不可避的不純物(意図しないで含まれる不純物)を含んでいても前述の目的の達成を損なうことはない。
【0022】
前記xavg、yavgの範囲が好ましい理由は、以下のとおりである。
Al含有割合の平均xavgが0.75未満であると、TiAlCN層は硬さが劣るため、
Ni基耐熱合金等の難削材の切削に供したとき、耐摩耗性が十分でなく、一方、0.95を超えると六方晶の結晶粒が析出し、耐摩耗性が低下するためである。xavgは、より好ましくは、0.80≦xavg≦0.90である。
【0023】
C含有割合については、前記範囲であれば、耐チッピング性を保ちつつ硬さを向上させることができるためである。yavgは、より好ましくは0.006≦yavg≦0.010である。
【0024】
TiAlCN層のAl含有割合の平均xavgは、オージェ電子分光法(AES:Auger Electron Spectroscopy)を用い、縦断面を研磨した試料(被覆工具)において、電子線を縦断面側から照射し、膜厚方向(工具基体の表面に垂直な方向)全長にわたって少なくとも5本の線分析を行って得られたオージェ電子の解析結果を平均したものである。
【0025】
また、C含有割合の平均yavgは、二次イオン質量分析(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)により求める。すなわち、その表面を研磨した試料(被覆工具)において、TiAlCN層の表面側からイオンビームを70μm×70μmの範囲に照射し、イオンビームによる面分析とスパッタイオンビームによるエッチングとを交互に繰り返すことにより深さ方向の組成測定を行う。まず、TiAlCN層について層の深さ方向へ0.5μm以上侵入した箇所から0.1μm以下のピッチで少なくとも0.5μmの深さの測定を行ったデータの平均を求める。さらに、これを少なくとも試料表面の5箇所において繰返し算出した結果を平均してC含有割合の平均yavgとして求める。
【0026】
(4)領域α
NaCl型面心立方構造を有する結晶粒には、Al含有割合xが0.00~0.30であるAl含有割合xの低い領域(Tiの濃化領域)である領域αが存在し、その存在割合は、NaCl型面心立方構造を有する結晶粒の全ての面積に対して、10~30面積%であることが好ましい。
【0027】
この面積割合が好ましい理由は、10面積%未満であると、TiAlCN層への圧縮応力の付与が小さく、硬さ向上が期待できず、一方、30面積%超えると、結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が多くなり、硬さが低下することがあるためである。
【0028】
なお、領域αの1つ当たりの面積は100~50000nmであることがより好ましい。その理由は、100nm未満であると、切削加工時における粒界を通じた酸素のTiAlCN層内部への拡散が抑制できず、耐酸化性が低下することがあり、一方、50000nm以上であると、結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が多くなり、硬さが低下することがあるためである。
【0029】
また、前記工具基体の表面に平行な方向に20μm、工具基体の表面と垂直な方向に平均層厚分の長さの範囲の四角形領域を一辺が1μmの正方形に区分に分割したとき、前記領域αが存在する区分(表面の区分において、区分内全体にAlTiCN層が存在しないものは除外する)が全ての区分のうち15~100個数%を占めることがより好ましい。
【0030】
その理由は、15個%未満であると、TiAlCN層に圧縮応力の付与が小さく、硬さ向上の効果が見込めず、切削加工時における粒界を通じた酸素のTiAlCN層内部への拡散が抑制できず、同層の耐酸化性が低下することがあるためである。
【0031】
ここで、工具基体の表面とは、前記縦断面の観察像における、工具基体と被覆層(後述の下部層があるときは下部層。以下同様)の界面粗さの基準線とする。すなわち、工具基体がインサートのような平面の表面を有するときは、前記縦断面においてEDSを用いた元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで被覆層と工具基体の界面を定め、こうして得られた被覆層と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、この平均線に対して、垂直な方向を工具基体に垂直な方向(層厚方向)とする。
【0032】
また、工具基体がドリルのように曲面の表面を有する場合であっても、被覆層の層厚に対して工具径が十分に大きければ、測定領域における被覆層と工具基体との間の界面は略平面となることから、同様の手法により工具基体の表面を決定することができる。すなわち、例えばドリルであれば、軸方向に垂直な断面の被覆層の縦断面においてEDSを用いた元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで被覆層と工具基体の界面を定め、こうして得られた被覆層と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、この平均線に対して、垂直な方向を工具基体に垂直な方向(層厚方向)とする。
【0033】
(5)TiAlCN層のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒における粒界近傍領域におけるα領域の割合
図1に示すように、NaCl型の面心立方構造を有する各結晶粒において、その結晶粒界(1)から該結晶粒内に10nm離間した曲線と前記結晶粒界に囲まれた範囲を領域γ(3)とするとき、領域α(2)は、その全体の60~100面積%がこの領域γ(3)に存在することが好ましい。
【0034】
その理由は、60面積%未満であると、切削加工時における粒界を通じた酸素のTiAlCN層内部への拡散が抑制できず、耐酸化性が低下するためである。
【0035】
(6)平均粒子幅Wと平均アスペクト比A
TiAlCN層のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の平均粒子幅Wと平均アスペクト比Aは、ぞれぞれ、0.10~2.00μm、2.0~5.0であることがより好ましい。
【0036】
その理由は次のとおりである。
平均粒子幅Wは、0.10μmよりも小さい微粒結晶になると、粒界の増加によりチッピングの発生起点が多くなり、TiAlCN層の耐チッピング性が低下することがあり、一方、2.00μmよりも大きくなると、粗大に成長した粒子の存在により、靱性が低下することがあるためである。
【0037】
また、平均アスペクト比Aは、2.0よりも小さい粒状結晶になると切削時に被覆層の表面に生じるせん断応力に対してその界面が破壊起点となりやすくなってしまいチッピングの原因となることがあり、一方、5.0を超えると、切削時に刃先に微小なチッピングが生じ、隣り合う柱状結晶組織に欠けが生じた場合に、被覆層表面に生じるせん断応力に対しての抗力が小さくなりやすく、柱状結晶組織が破断することで一気に損傷が進行し、大きなチッピングを生じることがあるためである。
【0038】
(7)その他の層
被覆層として、前記TiAlCN層を含む被覆層はNi基耐熱合金等の難削材の切削加工において、十分な耐チッピング性、耐摩耗性を有するが、前記被覆層とは別に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20.0μmの合計平均層厚を有するTi化合物(化学量論的な化合物に限定されない)層を含む下部層を工具基体に隣接して設けた場合、および/または、少なくとも酸化アルミニウム(化学量論的な化合物に限定されない)層を含む層が1.0~25.0μmの合計平均層厚で上部層としてTiAlCN層の上に設けられた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、より一層優れた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮することができる。
【0039】
ここで、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の働きが十分になされず、一方、20.0μmを超えると下部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均層厚が1.0μm未満では、上部層の働きが十分になされず、一方、25.0μmを超えると上部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0040】
2.工具基体
(1)材質
工具基体は、この種の工具基体として従来公知の基材であれば、前述の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例を挙げるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、または、cBN焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0041】
(2)形状
工具基体の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、ドリルの形状が例示できる。
【0042】
3.粒界の特定方法
次のようにして、TiAlCN層を構成する結晶粒の結晶粒界を求め、結晶粒を特定する。すなわち、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)に付属する結晶方位解析装置を用いて、工具基体表面に垂直な表面研磨された面(縦断面)において、前記表面研磨面の法線方向に対して0.5~1.0度に傾けた電子線をPrecession(歳差運動) 照射しながら、電子線を任意のビーム径および間隔でスキャンし、連続的に電子回折パターンを取り込み、個々の測定点の結晶方位を解析する。工具基体の表面に平行な方向に幅50μm、縦は層厚(平均層厚)分の観察視野に対して結晶粒界を判定する。
【0043】
なお、本測定に用いた電子回折パターンの取得条件は加速電圧200kV、カメラ長20cm、ビームサイズ2.4nmで、測定ステップは5.0nmである。このとき、測定した結晶方位は測定面上を離散的に調べたものであり、隣接測定点間の中間までの領域をその測定結果で代表させることにより、測定面全体の方位分布として求めるものである。なお、これら測定点で代表させた領域(以下、ピクセルということがある)として、正方形状のものを例示できる。
【0044】
このピクセルのうち隣接するもの同士の間で5度以上の結晶方位の角度差がある場合、または隣接するピクセルの片方のみがNaCl型の面心立方構造を示す場合は、これらピクセルの接する前記領域の辺を粒界とする。そして、この粒界とされた辺により囲まれた部分を1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある、あるいは、隣接するNaCl型の面心立方構造を有する測定点がないような、単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0045】
(1)NaCl型面心立方構造である結晶粒の面積割合
このようにして特定したNaCl型面心立方構造の結晶粒が観察視野に占める面積割合を求め、NaCl型面心立方構造である結晶粒の面積割合とする。
【0046】
(2)NaCl型面心立方構造の全結晶粒に対し、領域αが占める面積割合の求め方
前述の手順により特定された少なくとも10個のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含む観察視野を定義し、TEMを用いたエネルギー分散型X線分光法(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectrometry)(ビーム径1nm)を用いて、面分析を行う。そして、前記観察視野の5視野に対して、前記xが0.30以下である領域(領域α)と前記xが0.30を超える領域とで2種類に色分けをする。次に、画像処理を行い、NaCl型面心立方構造の全結晶粒に対し、領域αが占める面積割合を求める。
【0047】
(3)領域αのうち、領域γ内に存在するものの面積割合の求め方
NaCl型の面心立方構造を有する各結晶粒において、その結晶粒界から該結晶粒内に10nm離間した線と前記結晶粒界に囲まれた範囲を領域γとする。少なくとも10個のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含む観察視野を定義し、この観察視野の5視野に対し前述のとおりEDSマッピングにより色分けされた領域αに関して、画像処理により観察視野における面積を求める。次に、画像処理により領域γ内の領域αの面積を求め、領域α全体のうち、前記領域γ内に存在する領域αの面積割合を求める。
【0048】
(4)個々の領域αの面積の求め方
少なくとも10個のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含む観察視野を定義し、この5視野に対し上述のとおりEDSマッピングにより色分けされた領域αに関して、画像処理により個々の面積をそれぞれ求める。
【0049】
(5)領域αが存在する区分の求め方
前記TiAlCN層の工具基体表面の縦断面に対して、測定範囲を、工具基体の表面に平行な方向に10μm、工具基体の表面と垂直な方向(層厚方向)に平均層厚分の長さの範囲の四角形を観察視野として定義し、該測定視野を1μm四方ずつの区分に分割する(表面の区分において、区分内全体にAlTiCN層が存在しないものは除外する)。前述のとおりマッピングにより前記xが0.30以下である領域(領域α)と前記xが0.30を超える領域とで2種類に色分けをする。画像処理により前記1μm四方ずつの区分のうち領域αが存在する区分を同定し、該区分のうち領域αが存在する区分の個数割合を求める。この個数割合の算出を5視野に対して実施する。
【0050】
(6)結晶粒の平均粒子幅Wと平均アスペクト比Aの求め方
結晶粒の平均粒子幅Wと平均アスペクト比Aの算出方法について説明する。まず、前述のとおりに、粒界の判定を行って結晶粒を特定する。次に、画像処理を行い、ある結晶粒iに対して工具基体の表面と垂直方向(層厚方向)の最大長さH、工具基体の表面と水平方向の最大長さである粒子幅W、および面積Sを求める。結晶粒iのアスペクト比AはA=H/Wとして算出する。このようにして、観察視野内の少なくとも20以上(i=1~20以上)の結晶粒の粒子幅W~W(n≧20)を基に[数1」により面積加重平均し、前記結晶粒の平均粒子幅Wとする。また、同様にして前記結晶粒のアスペクト比A~A(n≧20)を求め、[数2]により面積加重平均して、前記結晶粒の平均アスペクト比Aとする。
【0051】
【数1】
【0052】
【数2】

【0053】
4.製造方法
本発明のTiAlCN層の成膜方法は、例えば、以下のとおりである。後述するガス群Aとガス群Bを用いて第1回から第n回までの成膜を行う。第n回の成膜で目標とするTiAlCN層の層厚を得る。各回の成膜は、表面に新たに膜を堆積し層厚の増える過程1と、粒界近傍のTi濃度を高める過程2とからなる。各回の成膜は、過程1を一定時間行い、続いてこれの半分の時間で過程2を行う。なお、過程2では、過程1で成膜された層の表面に新たな層の堆積はほとんどなされず、層厚の変化は事実上無視できる。
【0054】
前記2種の反応ガス組成を例示すると、以下のとおりである。なお、ガス組成はガス群Aとガス群Bの組成和を100容量%としたものであり、以下、%で略記する。過程の記載がないガス組成は過程1および過程2で共通の組成範囲である。
【0055】
反応ガス組成(容量%):
ガス群A: NH:2.0~5.0%(過程1)、0.1~0.3%(過程2)、
:65~75%
ガス群B: AlCl:0.64~1.12%(過程1)、
0.01~0.04%(過程2)、
TiCl:0.05~0.32%、
:0.0~10.0%、
:0.0~0.5%、
:残
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
ガス供給周期:2.00~15.00秒
1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.25秒
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差:0.10~0.20秒
【実施例0056】
次に、実施例について説明する。
ここでは、本発明被覆工具の具体例として、工具基体としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具に適用したものについて述べるが、工具基体として、前記の他の材質のものを用いた場合であっても同様であるし、ドリル、エンドミルに適用した場合も同様である。
【0057】
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~Cを製造した。
【0058】
次に、これら工具基体A~Cの表面に、CVD装置を用いて、表2、表4に示す成膜条件によりTiAlCN層をCVDにより形成し、表7に示される実施例1~16を得た。
A1~H1、A2~H2は、それぞれ、前述の過程1、過程2にそれぞれ相当する。
【0059】
前記の過程1では、表2、表4に示される形成条件を示す形成記号A~H、A1~H1、すなわち、ガス群AとしてNH:2.0~5.0%、H:65~75%、ガス群BとしてAlCl:0.64~1.12%、TiCl:0.05~0.32%、N:0.0~10.0%、C:0.0~0.5%、H:残(%は、ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)、反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa、反応雰囲気温度:700~850℃、ガス供給周期:2.00~15.00秒、1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差:0.10~0.20秒とし、所定時間、CVD法により、成膜を行った。
【0060】
前記の過程2では、表2、表4に示される形成条件を示す形成記号A~H、A2~H2、すなわち、ガス群AとしてNH:0.1~0.3%、H:65~75%、ガス群BとしてAlCl:0.01~0.04%、TiCl:0.05~0.32%、N:0.0~10.0%、C:0.0~0.5%、H:残(%は、ガス群Aおよびガス群Bを合わせた全体に対する容量%)、反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa、反応雰囲気温度:700~850℃、ガス供給周期:2.00~15.00秒、1周期当たりのガス供給時間:0.15~0.25秒、ガス群Aとガス群Bの供給の位相差:0.10~0.20秒とし、所定時間、CVD法により、粒界近傍のTi濃度を高めた。
【0061】
前記の条件でTiAlCN層を形成することにより、表7に示す実施例1~16を製造した。ここで、実施例2、5、7、8、12、14~16は、表6に示すように下部層および/または上部層を表5に示す成膜条件により成膜した。
【0062】
また、比較のために、これら工具基体A~Cの表面に、CVD装置を用いて、表3、表4に示す成膜条件を示す形成記号a~hでTiAlCN層をCVDにより形成し、表7に示される比較例1~16を得た。なお、b1~h1、b2~h2は、それぞれ、前述の過程1、過程2に相当する。
ここで、比較例2、5、7、8、12、14~16は、表6に示すように下部層および/または上部層を表5に示す成膜条件により成膜した。
【0063】
【表1】
【0064】
【表2】
【0065】
【表3】
【0066】
【表4】
【0067】
【表5】
【0068】
【表6】
【0069】
【表7】
【0070】
表7において、
(1)「個々の領域αが100~50000nmにあるか」の欄で「〇」は個々の領域αが100~50000nmを満たすことを、「×」は個々の領域αが100~50000nm2を満たさないことを、「-」はNaCl型面心立方構造を有する結晶粒において領域αが存在しないことを表す。
(2)☆領域αが存在する区分の個数割合とは、工具基体の表面に平行な方向に20μm、工具基体の表面と垂直な方向に平均層厚分の長さの四角形領域を一辺が1μmの正方形に区分したとき、領域αが存在する区分の割合をいう。
【0071】
続いて、実施例1~16および比較例1~16について、前記各種の工具基体A~C(ISO規格CNMG120412形状)をいずれも工具鋼製バイト先端部に固定治具にてクランプした状態で、以下に示す、切削加工試験1および2を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。表8、9に、切削加工試験1、切削加工試験2の結果をそれぞれ示す。なお、比較例については、チッピング発生が原因で切削時間終了前に寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0072】
切削加工試験1(湿式高速連続切削試験)
被削材: Ni-19Cr-19Fe-3Mo-0.9Ti-0.5Al-5.1 (Nb+Ta)合金(数字は質量%を示す)
切削速度: 150 m/min
切り込み: 0.75 mm
一刃送り量:0.30 mm/rev
切削時間: 4分
【0073】
切削加工試験2(湿式断続切削試験)
被削材: Ni-19Cr-19Fe-3Mo-0.9Ti-0.5Al-5.1 (Nb+Ta)合金(数字は質量%を示す)の長さ方向等間隔8本縦溝入り丸棒
切削速度: 40 m/min
切り込み: 0.25 mm
一刃送り量:0.10 mm/rev
切削時間: 5分
【0074】
【表8】
【0075】
【表9】
【0076】
表8、9に示す結果から明らかなように、実施例は、いずれも難削材の切削加工に供しても、被覆層のチッピングがなく、優れた耐久性を有することがわかる。
これに対して、比較例は、いずれも高速切削加工時の負荷によりチッピングが発生し、短時間の工具寿命であった。
【符号の説明】
【0077】
1 結晶粒界
2 領域α
3 領域γ
図1