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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022139968
(43)【公開日】2022-09-26
(54)【発明の名称】X線分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2206 20180101AFI20220915BHJP
   G01N 23/223 20060101ALI20220915BHJP
   G01T 1/36 20060101ALI20220915BHJP
   G01T 1/24 20060101ALI20220915BHJP
【FI】
G01N23/2206
G01N23/223
G01T1/36 D
G01T1/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021040573
(22)【出願日】2021-03-12
(71)【出願人】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉井 裕
(72)【発明者】
【氏名】福津 久美子
(72)【発明者】
【氏名】伊豆本 幸恵
【テーマコード(参考)】
2G001
2G188
【Fターム(参考)】
2G001AA01
2G001BA04
2G001BA30
2G001CA01
2G001DA01
2G001EA03
2G001KA02
2G001SA02
2G188AA23
2G188BB03
2G188BB15
2G188CC28
2G188DD24
2G188EE01
2G188EE06
2G188EE12
2G188FF02
(57)【要約】
【課題】様々な長さの半減期を有する放射性核種を1台のX線分析装置を用いて分析できるようにする。
【解決手段】本発明に係るX線分析装置は、試料保持部11と、第1X線を発するX線管121と、前記X線管から発せられた前記第1X線を、前記試料保持部に保持された試料3に入射させるための光学系と、前記試料から放出される第2X線を検出するためのX線検出器13と、前記X線検出器が検出した前記第2X線のエネルギースペクトルを生成するスペクトル生成部141と、前記試料保持部に保持された試料に前記第1X線を入射させた状態で前記X線検出器に前記第2X線を検出させる蛍光X線検出モードと、前記試料保持部に保持された試料に前記第1X線を入射させない状態で前記X線検出器に前記第2X線を検出させる自発特性X線検出モードとを選択的に実行する、分析制御部25とを備えることを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料保持部と、
第1X線を発するX線源と、
前記X線源から発せられた前記第1X線を、前記試料保持部に保持された試料に入射させるための光学系と、
前記試料から放出される第2X線を検出するためのX線検出器と、
前記X線検出器が検出した前記第2X線のエネルギーとその強度との関係を表すエネルギースペクトルを生成するスペクトル生成部と、
前記試料保持部に保持された試料に前記第1X線を入射させた状態で前記X線検出器に前記第2X線を検出させる蛍光X線検出モードと、前記試料保持部に保持された試料に前記第1X線を入射させない状態で前記X線検出器に前記第2X線を検出させる自発特性X線検出モードとを選択的に実行する、検出制御部と
を備える、X線分析装置。
【請求項2】
前記X線検出器が、シリコンドリフト型放射線検出器である、請求項1に記載のX線分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のX線分析装置において、さらに、
前記スペクトル生成部が生成したエネルギースペクトルを表示するための表示部を備えることを特徴とする、X線分析装置。
【請求項4】
請求項1~3のいずれかに記載のX線分析装置において、さらに、
前記X線源、前記試料保持部、及び前記X線検出器の相対的な位置関係を変更するための位置変更機構を備える、X線分析装置。
【請求項5】
前記検出制御部が、前記蛍光X線検出モードと前記自発特性X線検出モードとで、前記X線源、前記試料保持部、及び前記X線検出器の相対的な位置関係を変更するよう、前記位置変更機構を制御する、請求項4に記載のX線分析装置。
【請求項6】
前記位置変更機構が、前記試料保持部および前記X線検出器の少なくとも一方を移動させるアクチュエータを含んでおり、
ユーザによる前記アクチュエータの駆動指示を受け付ける、指示入力部を、さらに備える、請求項4に記載のX線分析装置。
【請求項7】
試料に対して第1X線を入射させた状態で該試料から放出される第2X線をX線検出器で検出した結果と、前記試料に対して前記第1X線を入射させない状態で該試料から放出される第2X線を前記X線検出器で検出した結果とに基づき、前記試料に含まれる放射性核種を分析する、X線分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、試料に含まれる放射性同位体の分析に用いられるX線分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
原子中において、電子はK殻、L殻、M殻等の軌道上に存在する。何らかの原因で内殻軌道から電子が放出されて内殻空孔状態が生じると、外殻軌道の電子が内殻空孔に遷移し、その電子軌道間のエネルギー差に応じたエネルギーの電磁波が放出される。このような電磁波を特性X線といい、特にX線の入射によって内殻電子が励起されて電離し、それによって内殻空孔状態が生成された結果、生じる特性X線は蛍光X線と呼ばれる。蛍光X線のエネルギーは元素の種類に固有であり、その強度は原子数に比例する。したがって、物質から放出される蛍光X線のエネルギーとその強度を測定することにより、物質に含まれる元素の定性分析、定量分析が可能である。蛍光X線のエネルギースペクトルを用いた分析手法は蛍光X線分析と呼ばれ、一般的に安定同位元素の分析に利用される。
【0003】
一方、放射性同位元素の分析には、核壊変によって放射性物質から放出される放射線のエネルギーを利用した、γ線エネルギースペクトロメトリやα線エネルギースペクトロメトリ等の分析法が用いられる。また、放射性物質の中には、核壊変の後に内部転換を起こして特性X線を放出するものがあり、特性X線のエネルギーを利用した放射性同位元素の分析も行われている。核壊変の後の内部転換によって放射性物質から自発的に放出される特性X線には蛍光X線のような特定の名称は付されていないが、このような特性X線を本明細書では「自発特性X線」と呼び、蛍光X線と区別することとする。
【0004】
例えば表1は、自発特性X線を放出する放射性核種であるアクチノイド(ウラン、ネプツニウム、プルトニウム、アメリシウム)の代表的な同位体の原子番号、半減期、10ngあたりの放射能の関係、および自発特性X線の放出割合を示している。なお、アクチノイドのような原子番号の大きな元素は、K殻電子の電離エネルギーが非常に高く、核の余剰エネルギーでK殻電子を放出させることが困難なため、K-X線よりもL-X線の方が自発特性X線として放出され易い。このため、表1には、L-X線の放出割合を自発特性X線の放出割合としている。
【0005】
【表1】
【0006】
半減期と放射能とは反比例の関係にあるため、半減期の長い放射性同位体ほど10ng当たりの放射能が小さくなる。したがって、半減期の長さが大きく異なる複数の放射性核種が試料中に含まれている場合、放射線検出器の検出感度の関係上、全ての核種の自発特性X線の強度を正確に測定することは難しい。また、1回の核壊変につき放射性物質から放出される自発特性X線の割合は100%ではなく、放射性核種によって異なる。放射性物質から放出される自発特性X線の強度は放射能と放出割合の積に比例する。238Uのように半減期が非常に長く、且つ自発特性X線の放出割合が低い長半減期核種の場合は、他の放射性核種に比べると自発特性X線の強度が非常に低いため、自発特性X線を検出すること自体が困難である。
【0007】
これに対して、試料にX線を入射させ、それによって生じる蛍光X線を検出することで該試料中に含まれる238Uを分析することが提案されている(非特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Hiroshi YOSHII, "Total Reflection X-ray Fluorescence Analysis of Trace Uranium in Small Amount of Contaminated Water", Adv. X-Ray. Chem. Anal., Japan 51, pp.11-24 (2020)
【非特許文献2】Tsugufumi Matsuyama, et al.,"Development of Methods to Evaluate Several Levels of Uranium Concentrations in Drainage Water Using Total Reflection X-Ray Fluorescence Technique", Front. Chem., 22 March 2019, < https://doi.org/10.3389/fchem.2019.00152>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来一般的に、蛍光X線を測定するための装置と自発特性X線を測定するための装置とでは、それぞれの測定対象となる試料や測定対象範囲の大きさの違い等から受光面積の異なる放射線検出素子が採用されている。そのため、例えば試料中に含まれる放射性核種が不明であったり、試料に複数の放射性核種が含まれる場合であってそれらの半減期の長さが大きく異なったりする場合には、蛍光X線と自発特性X線とをそれぞれ別の装置を使って測定する必要があり、不便であった。
【0010】
本発明が解決しようとする課題は、試料に含まれる放射性核種を1台の装置で分析できるようにすることである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するために成された本発明に係るX線分析装置は、
試料保持部と、
第1X線を発するX線源と、
前記X線源から発せられた前記第1X線を、前記試料保持部に保持された試料に入射させるための光学系と、
前記試料から放出される第2X線を検出するためのX線検出器と、
前記X線検出器が検出した前記第2X線のエネルギーとその強度との関係を表すエネルギースペクトルを生成するスペクトル生成部と、
前記試料保持部に保持された試料に前記第1X線を入射させた状態で前記X線検出器に前記第2X線を検出させる蛍光X線検出モードと、前記試料保持部に保持された試料に前記第1X線を入射させない状態で前記X線検出器に前記第2X線を検出させる自発特性X線検出モードとを選択的に実行する、検出制御部と
を備えることを特徴とする。
【0012】
上記構成のX線分析装置において、自発特性X線検出モードの実行時は、試料中の原子に第1X線が入射されず、試料中に含まれる放射性核種から放出される自発特性X線のみがX線検出器によって検出される。つまり、自発特性X線検出モードでは、第2X線は自発特性X線から成る。一方、蛍光X線検出モードの実行時は、試料中の原子に第1X線が入射することによって生じる蛍光X線が試料から放出される。また、これとともに一部の放射性核種からは自発特性X線も放出され、これら蛍光X線及び自発特性X線がX線検出器によって検出される。つまり、蛍光X線検出モードでは、第2X線は蛍光X線と自発特性X線を含む。
【0013】
スペクトル生成部は、X線検出器が検出した結果に基づき第2X線のエネルギースペクトルを生成する。つまり自発特性X線検出モードでは自発特性X線のエネルギースペクトルが生成され、蛍光X線検出モードでは蛍光X線と自発特性X線の両方のエネルギースペクトルが生成されることになる。ただし、蛍光X線検出モードで得られる自発特性X線の信号強度は蛍光X線の信号強度に比べると非常に小さいため、蛍光X線検出モードで得られるエネルギースペクトルは蛍光X線のエネルギースペクトルとみなすことができる。また、蛍光X線モードで得られる自発特性X線のみのエネルギースペクトルを予め求めておき、このエネルギースペクトルを蛍光X線検出モードで得られる第2X線(蛍光X線+自発特性X線)のエネルギースペクトルから差し引くことにより蛍光X線のみのエネルギースペクトルを得ることができる。蛍光X線モードで得られる自発特性X線のみのエネルギースペクトルは、例えば、第1X線を試料に入射させない以外は蛍光X線検出モードと同じ条件にして該試料から放出される第2X線をX線検出器で検出した結果から得ることができる。
【0014】
本発明のX線分析装置では、X線検出器として、一般的な蛍光X線分析装置で採用されているエネルギー分散型検出器であるシリコン半導体検出器、シリコンドリフト型放射線検出器(SDD)、自発特性X線の検出に用いられているエネルギー分散型検出器である高純度ゲルマニウム半導体検出器(HPGe)を用いることができる。分析対象が放射性核種であるアクチノイドであるときは、該核種が放出する特性X線のエネルギー範囲において分解能に優れるSDDを用いることが好ましい。
【0015】
また、本発明のX線分析装置においては、さらに、前記スペクトル生成部が生成したエネルギースペクトルを表示するための表示部を備えると良い。X線分析装置のユーザは、表示部に表示されたエネルギースペクトルを見て、試料に含まれる放射線核種を同定することができる。
【0016】
また、本発明のX線分析装置は、前記X線源、前記試料保持部、及び前記X線検出部の相対的な位置関係を変更するための位置変更機構を備えることが好ましい。位置変更機構は、前記相対的な位置関係を手動で変更するためのものでも良く、位置変更機構がアクチュエータを含み、該アクチュエータによって前記相対的な位置関係が変更されるように構成されていても良い。
【0017】
上記構成によれば、前記X線源、前記試料保持部、及び前記X線検出部を適切な位置関係に配置した状態で、蛍光X線検出モード及び自発特性X線検出モードのそれぞれを実行することができる。適切な位置関係とは、例えば、蛍光X線検出モードでは、X線源から発せられる第1X線が試料の所定の箇所に入射し、試料から放出される蛍光X線がX線検出器に入射するように、前記X線源、前記試料保持部、及び前記X線検出部を配置することである。また、試料から放出される蛍光X線と自発特性X線とでは通常、試料から放出される特性X線の強度が異なることから、位置変更機構は、蛍光X線検出モードと自発特性X線検出モードとで、試料保持部とX線検出器との距離を変更するように構成することができる。なお、一般的には、自発特性X線の方が強度が低いため、試料保持部とX線検出器とを近づけることになる。
【0018】
また、本発明の別の態様は、X線分析方法であって、試料に対して第1X線を入射させた状態で該試料から放出される第2X線をX線検出器で検出した結果と、前記試料に対して前記第1X線を入射させない状態で該試料から放出される第2X線を前記X線検出器で検出した結果とに基づき、前記試料に含まれる放射性核種を分析することを特徴とする。
【0019】
上記のX線分析方法においては、試料に対して第1X線を入射させる状態と入射させない状態とに切り換えることによって、第2X線としての蛍光X線と自発特性X線の両方を共通の1台のX線検出器を使って測定することができ、その結果から試料に含まれる放射性核種を分析することができる。したがって、例えば試料に、自発特性X線を放出しないか、あるいは自発特性X線を放出するとしてもその強度が非常に低く、X線検出器の検出限界を下回るような放射性核種と、X線検出器で検出可能な強度の自発特性X線を放出する放射性核種の両方が試料に含まれる場合でも、それらの放射線核種を1台のX線検出器を使って分析することができる。
【発明の効果】
【0020】
例えば核燃料取扱施設において事故が発生した場合は、放射性物質であるアクチノイド(主としてウラン、ネプツニウム、プルトニウム、アメリシウム)の汚染状況を迅速に確認する必要がある。本発明によれば、1台の装置で、長半減期核種であるウランおよびネプツニウムの分析に有用な蛍光X線、短半減期核種であるアメリシウムの分析に有用な自発特性X線の測定を行うことができる。また、長半減期核種と短半減期核種の中間程度の半減期を有するプルトニウムについても、長半減期核種及び短半減期核種とともに本発明に係るX線分析装置を使って分析することができるため、迅速かつ網羅的なアクチノイドの分析が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明に係るX線分析装置の一実施形態の概略的な構成を示す図。
図2】X線分析動作のフローチャート。
図3A】蛍光X線検出モードにおけるX線源、試料、X線検出器の位置関係を説明するための図。
図3B】自発特性X線検出モードにおけるX線源、試料、X線検出器の位置関係を説明するための図。
図4】異なるX線検出器を用いて自発特性X線検出モードを実行した結果から得られたエネルギースペクトルを示す図。
図5】実験用試料の概略図。
図6A】蛍光X線検出モードで得られたX線エネルギースペクトルの一例。
図6B】自発特性X線検出モードで得られたX線エネルギースペクトルの一例。
図7】試料に対して全反射角度でX線を入射させるときのX線源、試料、X線検出器の位置関係を説明するための図。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係るX線分析装置の実施形態について図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態に係るX線分析装置の概略的な構成を示している。X線分析装置は、分析装置本体1とデータ処理装置2とから成る。分析装置本体1は筐体100と、該筐体100内に収容された試料保持部11、X線照射部12、X線検出器13、及び試料保持部11、X線照射部12、X線検出器13の動作を制御する制御部14とを含む。
【0023】
試料保持部11は、ターンテーブル111と該ターンテーブル111を回転駆動するモータ112と、ターンテーブル111の試料保持面(紙面手前側の面)に設けられた複数の試料保持用凸部113とを有している。ターンテーブル111は、モータ112によって矢印114で示す方向(時計回り方向、逆時計回り方向)に回転する。
【0024】
X線照射部12は、X線源であるX線管121と、該X線管121のX線出射口とターンテーブル111との間に配置された一次X線フィルタ122およびコリメータ123とを有している。一次X線フィルタ122及びコリメータ123は本発明の光学系に相当する。筐体100内には、支持枠124が固定されており、該支持枠124にX線管121、X線フィルタ122およびコリメータ123が取り付けられている。これにより、X線管121の出射口から出射される一次X線(本発明の第1X線に相当)は、一次X線フィルタ122及びコリメータ123を通過した後、ターンテーブル111の試料保持面に保持された試料3に入射する。
【0025】
X線検出器13は、シリコンドリフト型放射線検出器、リチウムドリフト型放射線検出器、高純度ゲルマニウム半導体検出器等のエネルギー分散型放射線検出器から成る。X線検出器13はターンテーブル111と対向する箇所に窓部131を有しており、該窓部131からX線検出器13に入射したX線は図示しない検出素子に入力され、電流として出力される。検出素子から出力された電流はX線検出器13内で電圧に変換され、一定時間毎に積分されて階段状の電圧パルス信号として出力される。電圧パルス信号の各段の高さがX線検出器13に入射したX線のエネルギーに対応している。
【0026】
また、筐体100内には、X線照射部12から出射するX線の光軸に対して略垂直なガイド棒132が固定されており、X線検出器13は、取付片部133を介して該ガイド棒132にスライド可能に取り付けられている。取付片部133はリニアアクチュエータ134に連結されており、該リニアアクチュエータ134の駆動によりX線検出器13は該ガイド棒132に沿ってスライド移動し、ターンテーブル111(に保持された試料)との距離が変化する。
【0027】
X線検出器13から出力された電圧パルス信号は、プリアンプ135を経て制御部14に入力される。制御部14は、デジタルシグナルプロセッサ(DSP)141、記憶部142、X線検出のために必要な電圧をX線検出器13に印加する電圧印加部143、該電圧印加部143、モータ112、リニアアクチュエータ134、X線管121の動作を制御するコントローラ144等を備える。
【0028】
DSP141は、プリアンプ135を経てX線検出器13から送られてくる階段状の電圧パルス信号を所定の周期でサンプリングしてデジタル化し、デジタル化されたパルス信号の波高値に応じて各パルスを弁別した後にそれぞれ計数して波高分布図、つまりX線エネルギースペクトルを作成する。したがって、本実施形態では、DSP141がスペクトル生成部に相当する。DSP141で作成されたX線エネルギースペクトルを構成するデータは記憶部142に格納される。
【0029】
データ処理装置2の実体はパーソナルコンピュータ、タブレット端末等のコンピュータであり、CPU21及びメモリ22と、キーボード、マウス、又はタッチパネル等から成る入力操作部23と、液晶ディスプレイ等から成る表示部24、ハードディスク又は半導体メモリ等から成る分析制御部25を備えている。
【0030】
分析制御部25は、OS(オペレーションシステム)251と、スペクトルデータ処理部252と、検出条件記憶部253と、ピーク情報記憶部254とを備えている。スペクトルデータ処理部252は、ピーク抽出部255、放射性核種決定部256を機能ブロックとして備えている。
【0031】
検出条件記憶部253には、蛍光X線検出モード、自発特性X線検出モード、それぞれの実行時における検出条件が格納されている。検出条件は、例えば両検出モードの実行時における、X線管121のオン・オフ、あるいはX線管121の管電流及び管電圧、X線検出器13の印加電圧、X線検出器13における電圧信号の積算時間、ターンテーブル111(モータ112)の回転位置、X線検出器13の位置(ターンテーブルからの距離)に関する情報を含む。
【0032】
ピーク情報記憶部254には、複数の放射性核種について、それぞれの蛍光X線及び自発特性X線のエネルギーに関する情報であるX線エネルギー情報が記憶されている。X線エネルギー情報には、例えば各放射性核種の蛍光X線のエネルギー値、自発特性X線のエネルギー値、同位体組成比(同位体存在度)が含まれる。ピーク抽出部255は、X線のエネルギースペクトルからピークを抽出し、放射性核種決定部256は、抽出されたピークのエネルギーとピーク情報記憶部254に記憶されているエネルギー情報とから各ピークが表す放射性核種を特定し、各ピーク強度から放射能濃度を決定する。
【0033】
なお、放射性核種が特定され、特性X線信号強度が決定されると、放射性核種決定部256は、想定しうる範囲で半減期の短い同位体が多く含まれるようにその放射性核種の同位体組成比を設定し、その組成比から放射性核種の重量濃度を算出するように構成しても良い。この場合、分析対象となる試料の種類に応じて予め求められている同位体組成比を放射性核種決定部256に格納しておき、それらの格納された同位体組成の中から適宜のものを読みだして放射性核種の重量濃度を計算しても良い。また、過去に重量濃度を計算したことのある試料と同じ種類の試料の場合は、過去の計算結果から同位体組成比を推定しても良い。
【0034】
スペクトルデータ処理部252はコンピュータをハードウェア資源とし、該コンピュータに搭載されたソフトウェアに従ってその機能を実現する。
【0035】
次に、X線分析装置を用いた放射性核種のX線分析について図2のフローチャートを参照して説明する。X線分析を実行するに当たり、まず、作業者は試料3をターンテーブル111に設置する。その後、入力操作部23を通じてX線検出モードが指定され、X線の分析開始が指示されると(ステップ11)、分析制御部25はそれが蛍光X線検出モードであるか自発特性X線検出モードであるかを判断する(ステップ12)。そして、蛍光X線検出モードであるときは(ステップ12にてYes)、検出条件記憶部253に保存されている蛍光X線検出モードの検出条件を読み出して分析装置本体1に送る。
【0036】
分析装置本体1に送られてきた検出条件は制御部14に入力され、該検出条件に従ってコントローラ144がモータ112、リニアアクチュエータ134を駆動する(ステップ13)。これにより、ターンテーブル111が回転され、X線検出器13がガイド棒132に沿って移動する。この結果、ターンテーブル111の回転位置、ターンテーブル111の回転中心からX線検出器13の窓部131までの距離が予め設定された状態とされる。つまり、本実施形態では、分析制御部25、制御部14が、蛍光X線検出モード及び自発特性X線検出モードを選択的に実行する検出制御部として機能する。また、コントローラ144、モータ112、リニアアクチュエータ134が、X線源(X線管121)、試料保持部(ターンテーブル111)、及びX線検出器(X線検出器13)の相対的な位置関係を変更するための位置変更機構を構成する。さらに、入力操作部23が指示入力部として機能する。入力操作部23(指示入力部)は、ユーザによるリニアアクチュエータ134(アクチュエータ)の駆動指示を受け付ける。
【0037】
この状態でX線管121及び電圧印加部143が駆動され(ステップ14)、X線管121からX線が出射する。X線管121から出射したX線は、一次X線フィルタ122、コリメータ123を通ってターンテーブル111に保持された試料3に入射し、その結果、試料3に含まれる放射性同位体から蛍光X線が放出される。また、試料3に入射したX線の一部は試料3表面で散乱される。さらに、試料3に対するX線の入射とは関係なく自発特性X線が該試料3中の放射性同位体から放出される。試料から放出された蛍光X線、自発特性X線、及び試料3表面で生じた散乱X線はいずれも窓部131を通ってX線検出器13に入射し、そこで検出される。
【0038】
例えば図3Aは、蛍光X線検出モードの実行時におけるX線管121、ターンテーブル111、X線検出器13の配置例を示している。この例では、ターンテーブル111に平板状の試料3が保持されている場合にその試料3に対して、X線管121から出射されるX線が45°程度の角度で入射するようにモータ112が駆動される。また、ターンテーブル111の回転中心(図3Aにおいて符号115で示す)からX線検出器13の窓部131までの距離が距離D1となるようにリニアアクチュエータ134が駆動される。
【0039】
一方、自発特性X線検出モードであるときは(ステップ12にてNo)、分析制御部25は検出条件記憶部253に保存されている自発特性X線検出モードの検出条件を読出して分析装置本体1に送る。分析装置本体1では、送られてきた検出条件に従い、コントローラ144がモータ112、リニアアクチュエータ134を駆動する(ステップ23)。これにより、ターンテーブル111の回転位置、ターンテーブル111の回転中心115からX線検出器13の窓部131までの距離が予め設定された状態とされる。
【0040】
この状態で電圧印加部143が駆動され(ステップ24)、ターンテーブル111に保持された試料3から放出される自発特性X線が窓部131を通ってX線検出器13に入射し、そこで検出される。つまり、自発特性X線検出モードでは、X線管121はオフされる。
【0041】
例えば図3Bは、自発特性X線検出モードの実行時におけるX線管121、ターンテーブル111、X線検出器13の配置例を示している。この例では、ターンテーブル111に平板状の試料3が保持されている場合にその試料3の両面のどちらかがX線検出器13の窓部131と対向するようにモータ112が駆動される。また、ターンテーブル111の回転中心115からX線検出器13の窓部131までの距離が距離D2となるようにリニアアクチュエータ134が駆動される。この距離D2と、上述した蛍光X線検出モードの実行時における距離D1は、両モードにおいて試料中の放射性同位体から発生するX線の強度に応じて設定されている。一般的に蛍光X線の強度に比べると自発特性X線の強度は小さいことから、距離D1よりも距離D2の方が短く設定されており(D1>D2)、自発特性X線検出モードの方が蛍光X線検出モードよりも窓部131を試料3に近づけた状態で実行される。
【0042】
X線検出器13においてX線が検出されると、そのX線のエネルギー及び強度に対応する階段状の電圧パルス信号が生成され、DSP141に出力される。DSP141は、この電圧パルス信号に対して所定のデジタル処理を実行し、エネルギースペクトルを作成する(ステップ15)。作成されたエネルギースペクトルを構成するデータは記憶部142に格納される。
【0043】
また、記憶部142に格納されたデータは、データ処理装置2からの要求に応じて該データ処理装置2に入力され、メモリ22に記憶されるとともに、そのデータに基づきエネルギースペクトルが表示部24に表示される。また、入力操作部23を通じて使用者からスペクトルデータの解析実行が指示されると、ピーク抽出部255はエネルギースペクトルからピークを抽出する(ステップ16)。そして、放射性核種決定部256がピーク情報記憶部254から各放射性核種のエネルギー値を読出し、抽出されたピークのエネルギー値と照合して、試料3に含まれる放射性核種を決定する(ステップ17)。
【0044】
<分析実験>
次に、上記構成のX線分析装置を用いて、放射性同位体を含む試料から放出される蛍光X線、及び自発特性X線を実際に分析した結果について説明する。ここでは、以下の理由から、X線検出器13としてシリコンドリフト型放射線検出器(SDD)を用いた。
【0045】
図4の上段及び下段は、それぞれプルトニウム(Pu)とアメリシウム(Am)を含む試料から放出される自発特性X線を高純度ゲルマニウム半導体検出器(HPGe)及びシリコンドリフト型検出器(SDD)で検出した結果に基づき得られたエネルギースペクトルをそれぞれ示している。このHPGeは、比較的低エネルギー(10~25keV程度)の自発特性X線の測定に用いられているX線検出器であり、SDDは、一般的な蛍光X線分析装置で採用されているX線検出器である。
【0046】
図4から分かるように、HPGeで自発特性X線を検出した結果から得られたエネルギースペクトルに比べると、SDDの検出結果から得られたエネルギースペクトルは、ピーク幅が細く、HPGeの検出結果から得られたエネルギースペクトルで分離できなかったプルトニウム由来のピークとアメリシウム由来のピークが、SDDの検出結果から得られたエネルギースペクトルでは良好に分離されていた。
【0047】
一般に、HPGeはSDDよりも受光面積の大きなものを製作しやすく、放射性物質の取り扱い施設で行われる汚染検査のように検査対象物が大きい場合、検査対象範囲が広い場合はHPGeの方がX線の検出効率に優れている。しかしながら、微小あるいは少量の試料に含まれる放射性核種を同定するためには、エネルギースペクトルにおいて各放射性核種に由来するピークを分離できることの方が、受光面積が小さいことよりも重要である。また、ピーク強度は、試料とX線検出器13との距離を近づけることで大きくすることができる。以下の分析実験では、針刺し傷を模した汚染創傷模型である微小な試料を用いたことからX線検出器13としてSDDを用いたが、試料の大きさに応じてX線検出器13の種類は適宜変更することができる。
【0048】
<実験用試料の作製>
分析実験に用いた試料(実験用試料)は次のように作製した。図5は、実験用試料の概略的な断面図である。
【0049】
まず、ポリエチレン製の矩形ブロック(PEブロック)の上に、中央に直径2mmの孔の開いたカーボン両面テープを貼り、その孔に直径2mmに切り出したろ紙を置いた。そのろ紙に、硝酸ウラニル(劣化ウラン)、硝酸ネプツニウム標準液、硝酸プルトニウム(放射能比5%のアメリシウムを含む)を混合したものを滴下し、ウラン、ネプツニウム、プルトニウムをそれぞれ300 ngずつ、アメリシウムを0.3 ng含むろ紙試料を調製した。
【0050】
次に、カーボン両面テープの上に厚さ4μmのポリプロピレン膜(PP膜)を貼り付けてろ紙試料を密閉し、これを実験用試料とした。
【0051】
<実験結果>
次に、上記実験用試料をPP膜がX線照射部12あるいはX線検出器13の方を向くようにターンテーブル111に設置して、上述した手順に従い蛍光X線検出モード及び自発特性X線検出モードをそれぞれ実行し、実験用試料から放出されるX線をX線検出器13で検出した。図6A及び図6Bは、蛍光X線検出モード及び自発特性X線検出モードの検出結果から得られたエネルギースペクトルである。
【0052】
図6Aから分かるように、蛍光X線検出モードで得られたエネルギースペクトルでは、バックグラウンドが高いものの、ウラン、ネプツニウム、プルトニウム由来のピークが観察された。一方、アメリシウム由来のピークは観察されなかった。これは、原子数で比べるとアメリシウムはウラン等の1000分の1程度しか含まれていないからである。
【0053】
また、図6Bに示す自発特性X線検出モードで得られたエネルギースペクトルでは、ネプツニウム由来プロトアクチニウム、プルトニウム由来ウラン、アメリシウム由来ネプツニウムの特性X線のピークは観察されたが、ウラン由来トリウムのピークは観察されなかった。これは、ウランの半減期が他の核種と比べて極端に長く、このため放射能が極端に低いためである。237Npは239Puよりも2桁半減期が長く、放射能は239Puよりもずっと低いが、特性X線の放出割合が高いため、低い強度ながらピークが確認できている。
【0054】
以上の結果から、バックグラウンドの処理に課題があるものの、本実施形態のX線分析装置によって蛍光X線検出モード、自発特性X線検出モードの両方で放射線核種の分析が可能であり、特に、蛍光X線検出モードではウラン、ネプツニウム、プルトニウムの定量分析の可能性が、自発特性X線検出モードではネプツニウム、プルトニウム、アメリシウムの定量分析の可能性が示された。
【0055】
バックグラウンドの処理の一つとして、蛍光X線検出モードの実行時においてX線照射部からの一次X線が全反射する方向から該一次X線を試料に入射させることが挙げられる。この場合は、例えば図7に示すように、試料に入射した一次X線の反射光がX線検出器13に入射しないように、X線照射部(X線管121)、試料保持部(試料保持部11に保持されている試料3)、及びX線検出器13を配置する。これにより、蛍光X線検出モードで得られるエネルギースペクトルに観察される、一次X線の反射光に起因するバックグラウンドを排除することができる。また、この場合は、蛍光X線検出モード、自発特性X線検出モードのいずれの実行時においても、X線照射部、試料保持部、及びX線検出部を同じ配置にすることが可能となる。
【0056】
また、上記実施形態では、蛍光X線検出モードと自発特性X線検出モードとで、X線管121をオン・オフ切り替えするようにしたが、X線管121から試料に至る一次X線(第1X線)の経路上に、該経路から退避させることが可能なシャッターを設け、蛍光X線検出モードでは前記経路からシャッターを退避させ、自発特性X線検出モードでは経路上にシャッターを配置するようにしてもよい。
【0057】
さらに、上記実施形態では、蛍光X線検出モード及び自発特性X線検出モードのいずれかの検出モードが指定されると、それに応じてX線管121のオン・オフが切り替えられるように構成したが、X線管121をオン・オフするためのスイッチ等を設け、X線管121がオンされると蛍光X線検出モードが実行され、X線管121がオフされると自発特性X線検出モードが実行されるようにしても良い。
【符号の説明】
【0058】
1…分析装置本体
100…筐体
11…試料保持部
111…ターンテーブル
112…モータ
12…X線照射部
121…X線管
122…一次X線フィルタ
123…コリメータ
13…X線検出器
131…窓部
132…ガイド棒
134…リニアアクチュエータ
135…プリアンプ
14…制御部
141…DSP
142…記憶部
143…電圧印加部
144…コントローラ
2…データ処理装置
21…CPU
22…メモリ
23…入力操作部
24…表示部
25…分析制御部
252…スペクトルデータ処理部
253…検出条件記憶部
254…ピーク情報記憶部
255…ピーク抽出部
256…放射性核種決定部
3…試料
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6A
図6B
図7