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  • 特開-表面被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2022140065
(43)【公開日】2022-09-26
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220915BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220915BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021040707
(22)【出願日】2021-03-12
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】村上 晃浩
(72)【発明者】
【氏名】龍岡 翔
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF16
3C046FF25
4K030AA03
4K030AA09
4K030AA17
4K030AA18
4K030BA18
4K030BA19
4K030BA41
4K030BB03
4K030BB12
4K030CA03
4K030CA11
4K030FA10
4K030JA09
4K030JA10
4K030LA22
(57)【要約】
【課題】析出硬化型ステンレス鋼の断続切削加工でも優れた性能を有する表面被覆工具の提供
【課題を解決する手段】平均組成が(Ti1-x)(C1-y)(x=0.001~0.150、y=0.400超え0.900未満)で縦長結晶組織であり、
その結晶粒は、粒界から2nmまでの領域におけるV含有割合が粒界から10~12nmの領域におけるV含有割合の1.10倍以上で、
工具基体表面の法線に対する結晶粒のそれぞれの{211}面の法線のなす傾斜角のうち、0~45度の範囲内にある傾斜角を0.25度毎に区分した傾斜角度分布の各区分における度数分布において、0~10度内の区分のいずれかに最高度数が存在し、0~10度の区分の度数分布の和が、0~45度の範囲内にある全区分の度数分布の和の35%以上で、平均塩素含有割合が0.001~0.300原子%である被覆層を有する表面被覆工具
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体と該工具基体の表面に被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
1)前記被覆層は、その平均層厚が1.0~20.0μmのTiとVとの複合炭窒化物層を1層または2層以上を含み、
2)前記複合炭窒化物層は、その平均組成を組成式:(Ti1-x)(C1-y)で表したとき、xは、0.001~0.150であり、yは、0.400を超え、0.900未満であり、
3)前記複合炭窒化物層を構成する岩塩型立方晶の結晶格子を有する結晶粒において、その粒界から2nmまでの領域におけるV含有割合が、前記粒界から10nm以上離れ、12nmまでの領域におけるV含有割合の1.10倍以上であり、
4)前記複合炭窒化物層は、縦長結晶組織を有し、
5)前記工具基体の表面の法線方向に対する前記結晶粒のそれぞれの{211}面の法線のなす傾斜角のうち、0~45度の範囲内にある傾斜角を0.25度毎に区分した傾斜角度分布の各区分における度数分布において、0~10度内の前記区分のいずれかに最高度数が存在し、かつ、前記0~10度の前記区分の度数分布の和が、前記0~45度の範囲内にある全区分の度数分布の和の35%以上を占め、
6)前記複合炭窒化物層は、その平均塩素含有割合が0.001~0.300原子%である、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、「被覆工具」ともいう。)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、炭化タングステン(以下、WCという。)基超硬合金等の工具基体の表面に、被覆層を形成した被覆工具は、優れた切削性能を発揮することが知られている。
そして、この被覆工具は、その切削性能を向上させるべく、被覆層にV元素を添加する等の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、TiとVとの複合炭窒化物層を含む被覆層を有する被覆工具が提案され、該被覆工具は、優れた耐塑性変形性を有するとされている。
【0004】
また、例えば、特許文献2には、VとTiC、TiN、TiCN等とが合金化された被覆層を有する被覆工具が提案され、該被覆工具は耐久性を有するとされている。
【0005】
また、例えば、非特許文献1には、VをTRD(Thermo Reactive Deposition and Diffusion)法により表面処理した皮膜は、皮膜中のVがFe酸化物保護層を薄く均等に形成する働きがあると記載され、この皮膜を有する切削工具は、特定条件にて耐久性を発揮するものと想定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001-315004号公報
【特許文献2】米国特許第8703245号明細書
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】本多史明、井上謙一、「被覆冷間プレス金型の摩擦特性と損傷形態」、日立金属技報、日立金属株式会社、2015年、第31巻、p.40-47
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、切削加工における対象材の範囲は拡大しており、特に、難削材の高能率化切削加工における要求が高まっている。
例えば、難削材として知られる析出硬化型ステンレス鋼(例えば、SUS630)の断続切削加工に対しても、その要求は例外ではない。
【0009】
そこで、本発明は、前記事情や、前記提案を鑑みてなされたものであり、析出硬化型ステンレス鋼の断続切削加工に供した場合においても、優れた切削性能を有する表面被覆工具を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
工具基体と該工具基体の表面に被覆層を有し、
1)前記被覆層は、その平均層厚が1.0~20.0μmのTiとVとの複合炭窒化物層を1層または2層以上を含み、
2)前記複合炭窒化物層は、その平均組成を組成式:(Ti1-x)(C1-y)で表したとき、xは、0.001~0.150であり、yは、0.400を超え、0.900未満であり、
3)前記複合炭窒化物層を構成する岩塩型立方晶の結晶格子を有する結晶粒において、その粒界から2nmまでの領域におけるV含有割合が、前記粒界から10nm以上離れ、12nmまでの領域におけるV含有割合の1.10倍以上であり、
4)前記複合炭窒化物層は、縦長結晶組織を有し、
5)前記工具基体の表面の法線方向に対する前記結晶粒のそれぞれの{211}面の法線のなす傾斜角のうち、0~45度の範囲内にある傾斜角を0.25度毎に区分した傾斜角度分布の各区分における度数分布において、0~10度内の前記区分のいずれかに最高度数が存在し、かつ、前記0~10度の前記区分の度数分布の和が、前記0~45度の範囲内にある全区分の度数分布の和の35%以上を占め、
6)前記複合炭窒化物層は、その平均塩素含有割合が0.001~0.300原子%である。
【発明の効果】
【0011】
前記によれば、析出硬化型ステンレス鋼の断続切削加工に供しても優れた切削性能を有する表面被覆工具を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例2における工具基体の表面の法線方向に対して、NaCl型面心立方構造の結晶粒の{211}面の法線方向のなす傾斜角の度数分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明者は、TiとVの複合炭窒化物(以下、「(TiV)(CN)」ということがある)層を被覆した被覆工具について、検討を行ったところ、TiとVの複合炭窒化物層を単に被覆しただけでは、耐欠損性が十分でないことを知見した。
【0014】
そこで、検討を重ねた結果、(TiV)(CN)結晶粒を、岩塩型結晶構造を有する縦長結晶とし、その結晶粒界には、Vを偏析させることにより、粒界の靭性が高まり、また、{211}面の法線方向を工具基体の表面に垂直な方向(工具基体の表面の法線方向)に配向させることにより耐欠損性が向上することを見出した。
【0015】
以下では、本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具について説明する。
本明細書および特許請求の範囲において、数値範囲を「L~M」(L、Mは共に数値)で表現するときは、その範囲は上限値(M)および下限値(L)を含んでおり、上限値(M)と下限値(L)の単位は同じである。
【0016】
本明細書において、工具基体の表面とは、工具基体と被覆層の界面粗さを平均した面とし、縦断面(インサートでは、工具基体の表面の凹凸を無視して工具基体の表面が水平と考えたときの工具基体に垂直な断面。軸物工具では軸に対して垂直な断面)の観察像においては、工具基体と被覆層の界面粗さの平均線を工具基体の表面とする。
【0017】
すなわち、工具基体がインサートのような平面の表面を有するときは、前記縦断面においてエネルギー分散型X線分析法(EDS:Energy dispersive X-ray spectroscopy)を用いた元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで被覆層(後述する下部層が存在すれば、被覆層の代わりに下部層を用いる)と工具基体の界面を定め、こうして得られた被覆層と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、縦断面の面内において、この平均線に対して垂直な方向を工具基体に垂直な方向(層厚方向)とする。
【0018】
また、工具基体がドリルのように曲面の表面を有する場合であっても、被覆層の層厚に対して工具径が十分に大きければ、測定領域における被覆層と工具基体との間の界面は略平面となることから、同様の手法により工具基体の表面を決定することができる。
【0019】
すなわち、例えばドリルであれば、軸方向に垂直な断面の被覆層の縦断面においてEDSを用いた元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで被覆層と工具基体の界面を定め、こうして得られた被覆層と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、縦断面の面内において、この平均線に対して垂直な方向を工具基体に垂直な方向と(層厚方向)する。
【0020】
I.被覆層
本実施形態の被覆層は、工具基体の表面上に存在し、(TiV)(CN)層を含む。工具基体と(TiV)(CN)層との間には、後述する下部層を有してもよく、(TiV)(CN)層の表面には上部層を有してもよい。また、(TiV)(CN)層は、中間層を介して2層以上存在してもよい。以下、(TiV)(CN)層を中心に説明する。
【0021】
1.(TiV)(CN)層
(1)平均層厚
(TiV)(CN)層の平均層厚は、1.0~20.0μmであることが好ましい。その理由は、平均層厚が1.0μm未満では、平均層厚が薄いため長期の使用にわたって耐摩耗性を十分確保することができず、一方、平均層厚が20.0μmを超えると、(TiV)(CN)層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなるためである。
【0022】
(2)組成
(TiV)(CN)層の組成は、組成を組成式:(Ti1-x)(C1-y)で表したとき、xの平均含有割合が0.001~0.150、yの平均含有割合が0.400超え、0.900未満であることが好ましく、より好ましくは0.500を超え、0.800未満である。
【0023】
その理由は、以下のとおりである。xが0.001未満では、VがFe酸化物保護層を薄く均一に形成する働きが十分に発揮されず、一方、0.150を超えると、(TiV)(CN)の耐熱性が低下するためである。また、yが0.400以下では、(TiV)(CN)の硬さが低下し、一方、yが0.900以上の場合は、(TiV)(CN)のFeに対する耐反応性が低下する。硬さと耐反応性のバランスを鑑みると、yの平均含有割合が0.400超え、0.900未満であることが好ましく、より好ましくは0.500を超え、0.800未満である。
【0024】
ここで、(TiV)(CN)層のVの平均含有割合xは、オージェ電子分光法(Auger Electron Spectroscopy:AES)を用い、試料断面を研磨した試料において、電子線を縦断面側から照射し、膜厚方向に5本の線分析を行って得られたオージェ電子の解析結果を平均したものである。
【0025】
また、Cの平均含有割合yについては、二次イオン質量分析(Secondary-Ion-Mass-Spectroscopy:SIMS)により求めることができる。すなわち、試料表面を研磨した試料において、層の表面側からイオンビームを70μm×70μmの範囲に照射し、イオンビームによる面分析とスパッタイオンビームによるエッチングとを交互に繰り返すことにより深さ方向の濃度測定を行う。まず、(TiV)(CN)層についての層の深さ方向へ0.5μm以上侵入した箇所から0.1μm以下のピッチで少なくとも0.5μmの長さの測定を行ったデータの平均を求める。さらに、これを少なくとも試料表面の5箇所において繰り返し算出した結果を平均してCの平均含有割合yとして求めることができる。
【0026】
なお、(Ti1-x)と(C1-y)との比は特に限定されるものではないが、(Ti1-x)を1とするとき、(C1-y)との比は0.8~1.2とすることが好ましい。その理由は、(Ti1-x)に対する(C1-y)の比が前記範囲内であれば、より確実に本発明の目的が達成できるためである。
【0027】
(3)岩塩型立方晶構造の結晶格子
(TiV)(CN)層には、岩塩型立方晶構造結晶格子を有する結晶粒が含まれていることが好ましい。すなわち、縦断面において、岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する結晶粒の占める面積割合が60%以上、より好ましくは80%以上、全ての結晶粒(面積割合が100%)が岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する結晶粒であってもよい。
【0028】
(4)粒界近傍と粒内のV含有割合の比
岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する結晶粒において、その粒界から2nmまでの領域におけるV含有割合が、前記粒界から10nm以上離れ、12nmまでの領域におけるV含有割合の1.10倍以上であることが好ましい(「その粒界から2nmまでの領域」および「粒界から10nm以上離れ、12nmまでの領域」は、粒界を挟んでそれぞれ2箇所存在する。「その粒界から2nmまでの領域」および「粒界から10nm以上離れ、12nmまでの領域におけるV含有割合」とは、これら2箇所のV含有割合の平均値である。)
【0029】
その理由は、粒界部にVが富化されることにより、粒界部の靭性が向上するためである。ここで、前述の含有割合が1.10倍以上とは、1.10倍以上であれば特段の制約はないが、後述する製造方法によれば、3.00倍程度が上限となる。
【0030】
ここで、岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する結晶粒の結晶粒界の画定方法とV含有割合の比の求め方について説明する。
【0031】
[1]結晶粒界の定義
高分解能電子線後方散乱回折装置(EBSD:Electron Backscatter Diffraction)を用いて、工具基体の表面に平行な方向に幅(横)10μm、縦は層厚(平均層厚)分の観察視野に対して結晶粒界を判定する。
【0032】
この観察視野面内を二次元方向に0.01μm間隔で解析し、観察視野面内の岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する測定点を求める。この岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する測定点の中で隣接する測定点(以下、ピクセルともいい、点と表記しているものの領域である)の間で5度以上の方位差がある場合、あるいは隣接する岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する測定点がない場合は、5度以上の方位差を検出した測定点、あるいは岩塩型立方晶構造ではない測定点と岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する測定点同士の境界(測定領域同士の境界)を粒界と定義する。
【0033】
そして、粒界により囲まれた領域で岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する測定点を含むものを1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある、あるいは、隣接する岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する測定点がないような、単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0034】
[2]V含有割合の比
前述のとおり特定された結晶粒のうち、隣接する2つの岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する結晶粒に対して、互いの粒界を挟んで、2nm以内のV含有割合と、この粒界からそれぞれの粒内へ10~12nmの範囲で入り込んだ領域のV含有割合とを高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法(HAADF-STEM)およびエネルギー分散型X線分析法(EDS)によって求め、両者の比を算出することによって、粒界近傍と粒内のV含有割合の比を求める。
【0035】
(5)縦長結晶組織
(TiV)(CN)層は、縦長結晶組織(アスペクト比が2以上の柱状晶が、面積割合で50%以上含まれている組織)であることが好ましい。
その理由は、縦長結晶組織が含まれていると、前述のVの粒界への偏析と相俟って、切削工具の切削時の異常損傷を抑制できるからである。
【0036】
縦長結晶組織において、アスペクト比が2以上の柱状晶は、面積割合で100%含まれていても(全ての結晶が、アスペクト比が2以上の柱状晶であっても)かまわない。
【0037】
ここで、平均アスペクト比の算出方法について、説明する。
前述のとおりに結晶粒を特定した後、に、ある結晶粒iに対して工具基体の表面と垂直方向(層厚方向)の最大長さH、工具基体と水平方向の最大長さである粒子幅W、および面積Sを求める。結晶粒iのアスペクト比AはA=H/Wとして算出する。このようにして、観察視野内の少なくとも20以上(i=1~20以上)の結晶粒の前記結晶粒のアスペクト比A~A(n≧20)を求め、数2により面積加重平均して、前記結晶粒の平均アスペクト比Aとする。なお、粒子幅Wiの平均値は、0.05~1.00μmであることが好ましい。。
【0038】
【数1】

【0039】
(6){211}面の法線方向の傾斜分布
(TiV)(CN)層に対して、電子線後方散乱解析法(EBSD:Electron Backscatter Diffraction)を用いて、岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する結晶粒に対して、
[1]工具基体の表面の法線方向に対して、この結晶粒の{211}面の法線方向がなす傾斜角を測定し
[2]その傾斜角のうち0~45度の範囲内にある傾斜角を0.25度毎に区分し、
[3」各区分に存在する度数を集計して傾斜角度度数分布を求めたとき、
この求めた傾斜角度度数分布において、0~10度の範囲にある区分のいずれかに最高ピーク(度数の最大値)があり、かつ、この0~10度の範囲にある度数の和が、0~45度の範囲に存在する度数の和に対して35%以上の割合で存在することが好ましい。
【0040】
この割合は、40%以上がより好ましく、45%以上がより一層好ましい。
このような傾斜角度数分布を有することにより、Σ3対応粒界が作りやすくなって被覆層の耐欠損性が確実に向上する。
【0041】
なお、傾斜角度数分布を求めるに当たり、理想的なランダム配向の場合、傾斜角度数は工具基体の表面の法線方向に対するある結晶面の法線方向がなす傾斜角によらず一定の値になるように規格化を行う。
【0042】
傾斜角度数分布の具体的な測定方法は、以下のとおりである。
(TiV)(CN)層の傾斜角度数分布については、縦断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM:Field-Emission Scanning Electron Microscope)の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在する岩塩型立方晶構造の結晶格子を有する結晶粒の個々に照射する。
【0043】
EBSD法を用いて、工具基体の表面と水平方向に長さ100μm、工具基体の表面と垂直な方向の断面に沿って層厚の距離までの測定範囲内の被覆層について0.01μm/stepの間隔で、工具基体の表面の法線(前記研磨面における工具基体の表面と垂直な方向)に対して、(TiV)(CN)層の結晶面である{211}面の法線がなす傾斜角を測定する。
【0044】
そして、この測定結果に基づいて、前記測定傾斜角のうち、0~45度の範囲内にある測定傾斜角を0.25度のピッチ毎に区分すると共に、各区分内に存在する度数を集計することにより、0~10度の範囲内に存在する度数のピークの存在(最高度数)を確認し、かつ0~10度の範囲内に存在する度数の割合を求める。
【0045】
(6)塩素含有割合
(TiV)(CN)層は、塩素を微量含有させて潤滑効果が発揮させ、切削中の摩耗による発熱を低減させることが好ましい。
そのため、塩素の平均含有割合は、0.001~0.300原子%であることが好ましい。ここで、塩素の含有割合は、塩素(Cl)が、Ti、V、C、Nと、Clの合量に対して占める原子%をいい、0.001原子%未満では、潤滑効果が発揮できず、0.030原子%を超える場合には、被覆層の脆化の原因となる。
【0046】
塩素の含有割合の測定方法は、刃先近傍のすくい面の刃先から90~110μm離れた位置において10点、電子線マイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro Analyser)を用いて塩素(Cl)がTi、V、C、Nと、Clとの合量に対して占める割合(原子%)を測定する。
【0047】
2.下部層
本実施形態の(TiV)(CN)層を含む被覆層は、それだけでも十分に前述の目的を達成するが、Tiの炭化物層、窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなり、0.1~20.0μmの合計平均層厚を有する下部層を設けた場合には、この層が奏する効果と相俟って、被覆工具として優れた特性が発揮される。
【0048】
ただし、Tiの炭化物層、窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上のTi化合物層からなる下部層を設ける場合、下部層の合計平均層厚が0.1μm未満では、下部層の働きが十分に発揮されず、一方、20.0μmを超えると結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0049】
3.上部層
また、本実施形態の(TiV)(CN)層を含む被覆層に、酸化アルミニウム層を含む合計の平均層厚が0.1~25.0μmとなる上部層を設けると、被覆工具として優れた特性がより一層発揮されて好ましい。ここで、合計平均層厚が1.0μm未満であると、上部層の働きが十分に発揮されず、一方、25.0μmを超えると、チッピングが発生しやすくなる。
【0050】
II.工具基体
(1)材質
材質は、従来公知の工具基体の材質であれば、前述の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例をあげるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb、Zr等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、cBN焼結体、またはダイヤモンド焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0051】
(2)形状
工具基体の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、ドリルの形状が例示できる。
【0052】
III.製造方法
本実施形態の(TiV)(CN)層の製造方法は、例えば、次のようにして行うことができる。
すなわち、TiCl、N、CHCNおよびHからなる反応ガス群Aと、VClおよびHからなる反応ガス群Bを交互に周期的に供給して、初期核を発生させ、続いて、TiCl、VCl、CHCN、NおよびHからなる反応ガス群Cを供給して、結晶粒を成長させ、成膜する。
【実施例0053】
以下、実施例をあげて本発明を説明するが、本発明は実施例に限定されるものではない。すなわち、実施例として、工具基体としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具をあげるが、工具基体の材質は前述のものであればよく、その形状は前述のとおりドリル等の形状であってもよい。
【0054】
1.工具基体の製造
原料粉末として、いずれも1~3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形した。
【0055】
その後、この圧粉体を5Paの真空中、1370~1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO企画CNMG120408のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体α~γをそれぞれ製造した。
【0056】
2.成膜
工具基体α~γの表面に、CVD装置を用いて、(TiV)(CN)層を成膜し、表5に示す実施例1~8を得た。成膜条件は、表2に示すとおりであったが、概ね、次のとおりであった。
【0057】
反応ガス組成(ガス成分の含有割合は、ガス群A、ガス群B、ガス群Cのそれぞれの合計を100容量%とする容量%である):
<初期核の形成>
反応ガス群A TiCl:2.0~3.0%、N、:20.0~30.0%、
CHCN:0.7~1.0%、H:残
反応ガス群B: VCl:0.40~0.60%、H:残
反応雰囲気圧力:3.5~4.1kPa
反応雰囲気温度:760~820℃
供給周期:反応ガス群Aと反応ガス群Bを交互に供給し、(反応ガス群A→反応ガス群B)を一周期としてこれを繰り返す周期供給である。各反応ガス群の供給時間は、反応ガス群A、反応ガス群Bのいずれも5~30秒であり、一周期当たりのガス供給時間は、10~60秒である。
【0058】
<結晶粒成長>
反応ガス群C TiCl:1.2~4.0%、VCl:0.20~0.60%、
CHCN:0.3~1.2%、N:30.0~50.0%、
:残
反応雰囲気圧力:3.1~4.1kPa
反応雰囲気温度:760~820℃
【0059】
なお、実施例1~8については、表3に示す条件により表4に示す下部層および/または上部層を成膜した。
【0060】
比較のために、工具基体α~γの表面に表2に示す成膜条件によって、(TiV)(CN)層を成膜し、表5に示す比較例1~8を得た。
なお、比較例1~8については、表3に示す条件により表4に示す下部層および/または上部層を成膜した。
【0061】
前記実施例1~8、比較例1~8について、前述した方法を用いて、平均Ti含有割合xと平均C含有割合yを算出した。また、工具基体の表面の法線方向に対して{211}面の法線がなすそれぞれの傾斜角度数分布において、傾斜角度数の最高度数が0~10度内の区分に存在するかを確認すると共に、傾斜角が0~10度の範囲内に存在する度数の割合を求めた。さらに、アスペクト比が2以上の柱状晶の面積割合、塩素の含有割合も求めた。
【0062】
平均層厚は、走査型電子顕微鏡(倍率5000倍)を用いて観察し、観察視野内の5点の層厚を測定して平均して求めた。
これらの結果を表5にまとめた。
【0063】
【表1】
【0064】
【表2】
【0065】
【表3】
【0066】
【表4】
【0067】
【表5】

【0068】
次に、実施例1~8、比較例1~8について、以下に示す、析出硬化型ステンレス鋼の高送り断続切削試験(切削条件Aと切削条件Bの2種)を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定する共に、溶着の発生等の有無について観察を行った。結果を表6に示す。
【0069】
≪切削条件A≫
切削試験:析出硬化型ステンレス鋼1スリット材湿式高送り断続切削加工試験
被削材: JIS・SUS630
切削速度:115m/min
切り込み:1.5mm
送り量:0.43mm/rev
切削時間:4.0分
【0070】
≪切削条件B≫
切削試験:析出硬化型ステンレス鋼4スリット材湿式断続高送り切削加工試験
被削材: JIS・SUS630
切削速度:95m/min
切り込み:1.2mm
送り量:0.38mm/rev
切削時間:1.0分
【0071】
【表6】

【0072】
表6に示す結果から明らかなように、実施例はいずれもチッピングの発生がなく、亭欠損生が向上しており、長期にわたって優れた切削性能を発揮する。
これに対して、比較被例1~8は、いずれもチッピングが発生し、短時間で使用寿命に至っている。
図1